説明

被覆膜の除膜方法および被覆部材の再生方法

【課題】基材の表面に被覆膜が形成された被覆部材において、被覆膜が炭素を主成分とする炭素系被覆膜さらには金属元素等を含む炭素系被覆膜であっても被覆膜を容易に除去できる、新規な被覆膜の除膜方法を提供する。また、被覆膜を除去した後、再び被覆膜を成膜することで、被覆部材を再生する方法を提供する。
【解決手段】本発明の被覆膜の除膜方法は、基材と、基材の表面の少なくとも一部に被覆され炭素を主成分とする炭素系被覆膜と、からなる被覆部材10から炭素系被覆膜を除去する除膜方法であって、炭素に対して酸化作用をもつ溶融塩2を炭素系被覆膜に接触させて基材の表面に被覆された炭素系被覆膜の少なくとも一部を除去する。また、本発明の被覆部材の再生方法は、本発明の被覆膜の除膜方法を用いて被覆部材から炭素系被覆膜を除去した(11)後に、その表面に被覆膜を形成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、基材の表面に被覆膜が形成された被覆部材から被覆膜の少なくとも一部を取り除く被覆膜の除膜方法に関し、特に、炭素を主成分とする炭素系被覆膜の除膜方法に関する。また、被覆部材の被覆膜を取り除いた後に、再び被覆膜を形成する被覆部材の再生方法に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、工具や金型、各種装置の部品などの表面には、求められる性能に応じた被覆膜が形成されている。たとえば、耐久性が求められる工具や金型の表面には硬質膜が形成される。工具や金型は、使用に伴い表面の硬質膜に損傷を受けるため、工具や金型の表面から硬質膜を全て取り除いた後、再び硬質膜を形成して再使用することがある。また、硬質膜があると不都合な部位から硬質膜を取り除きたい場合や、所望の膜厚以上に成膜された硬質膜の表層部を取り除いて寸法調整したい場合もある。
【0003】
硬質膜を取り除く方法のひとつとして化学的処理がある。たとえば、特許文献1には、チタン被膜やTiN、TiC、TiCN等のチタン化合物被膜の除去に使用可能な、水酸化アルカリを主剤とする混合水溶液からなる除去剤が開示されている。また、特許文献2には、過マンガン酸イオンおよび/または重クロム酸イオンを含むpH10以上の水溶液を用いたTiAlN硬質膜の剥離方法が開示されている。
【0004】
ところが、非晶質炭素(ダイヤモンドライクカーボン:DLC)膜などの炭素系被覆膜は、化学的に安定なため、上記の化学的処理での除去は困難であった。そこで、特許文献3では、基材の表面にDLC膜が形成されてなる工具からDLC膜を除去するために、微粒の研磨材を空気とともにDLC膜に噴射する。ところが、引用文献3では研磨材を用いるため、DLC膜が除去された後の基材の表面粗さが大きくなったり、基材までもが研磨されて工具の寸法変化を引き起こしたりするおそれがある。
【0005】
また、特許文献4では、グロー放電またはアーク放電雰囲気中でDLC膜をエッチングする方法が開示されている。DLC膜の主成分である炭素は、活性化された酸素との反応により燃焼されて容易に除去されるが、DLC膜が珪素や金属元素を含む場合には除去が困難である。さらに、グロー放電やアーク放電を形成する装置が必要となるため、高コスト化を招く。
【特許文献1】特開平5−112885号公報
【特許文献2】特開平8−325755号公報
【特許文献3】特開2003−200350号公報
【特許文献4】特開平5−339758号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、上記問題点に鑑み、基材の表面に被覆膜が形成された被覆部材において、被覆膜が炭素を主成分とする炭素系被覆膜さらには金属元素等を含む炭素系被覆膜であっても被覆膜を容易に除去できる、新規な被覆膜の除膜方法を提供することを目的とする。また、被覆膜を除去した後、再び被覆膜を形成することで、被覆部材を再生する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の被覆膜の除膜方法は、基材と該基材の表面の少なくとも一部に被覆され炭素を主成分とする炭素系被覆膜とからなる被覆部材から該炭素系被覆膜を除去する除膜方法であって、
炭素に対して酸化作用をもつ溶融塩を前記炭素系被覆膜に接触させて前記基材の表面に被覆された該炭素系被覆膜の少なくとも一部を除去することを特徴とする。
【0008】
本発明の被覆膜の除膜方法において、前記溶融塩は、硝酸塩、硫酸塩および金属酸化物からなる群から選ばれる少なくとも1種以上の酸化剤を含むのが好ましい。この際、前記溶融塩は、前記酸化剤とともに、亜硝酸塩、炭酸塩、フッ化物および塩化物からなる群から選ばれる少なくとも1種以上を含む混合塩であるのが好ましい。
【0009】
前記溶融塩の温度は、100℃以上さらには120℃以上700℃以下であるのが好ましい。
【0010】
前記溶融塩は、該溶融塩の温度を450℃としたときに、75at%の炭素と25at%の水素とからなる非晶質炭素に対して0.01μm/h以上の除去速度を示すのが好ましい。
【0011】
また、本発明の被覆部材の再生方法は、本発明の被覆膜の除膜方法を用いて前記被覆部材から前記炭素系被覆膜を除去した後に、その表面の少なくとも一部に被覆膜を形成することを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
本発明の被覆膜の除膜方法では、溶融塩を炭素系被覆膜(以下、単に「被覆膜」と略記することもある)に接触させることで、炭素系被覆膜が除去される。本発明において用いられる溶融塩は、炭素に対して酸化作用をもつため、炭素系被覆膜を構成する炭素は酸化されて燃焼し、気体となって放出される。その結果、炭素系被覆膜の除膜が進行する。
【0013】
また、炭素系被覆膜に金属元素や珪素などの半導体元素が含まれる場合には、溶融塩中で炭素系被覆膜の表面に金属酸化物や酸化珪素からなる膜(酸化物膜)が形成される。これらの酸化物膜は、溶融塩との反応により溶融塩へ溶解するため、除膜の進行を阻害することはない。したがって、金属元素や半導体元素が含まれる炭素系被覆膜であっても、良好に除膜される。
【0014】
本発明の被覆膜の除膜方法によれば、溶融塩を用いた化学研磨により、被覆膜の表面の表面粗さを大きくすることなく、被覆膜を均一に除去できる。そのため、本発明の被覆膜の除膜方法を用い、被覆膜の膜厚調整を目的として、被覆膜の表層部を除去することが可能である。
【0015】
また、用いる溶融塩の種類と基材の材質との組み合わせを適切に選択することで、溶融塩によって生じる基材の腐食を抑制できる。すなわち、本発明の被覆膜の除膜方法を用いて被覆部材から被覆膜を除去して得られる基材は、除膜前の被覆部材の基材と同様の状態である。したがって、本発明の被覆膜の除膜方法は、本発明の被覆部材の再生方法において、被覆部材から被膜を除膜する方法として好適である。
【0016】
さらに、本発明の被覆膜の除膜方法を実施するには、少なくとも、溶融塩を液体状態で所定の時間保持できる容器があればよい。したがって、高価な装置を用いる必要が無く、低コストで除膜を行える。また、除膜される被覆膜は数ミクロン程度の膜厚であり、一度に処理される量が少量なので、ある程度の回数であれば同じ溶融塩を繰り返し用いて複数の被覆部材を除膜することができる。
【0017】
溶融塩として混合塩を用いることにより、溶融塩の使用可能な温度範囲を調整することができる。そのため、ある程度の除膜速度を保ったまま比較的低い温度領域での除膜が可能となり、被覆部材の基材の耐熱性が低い場合には、基材の劣化や変形が抑制される。すなわち、本発明の被覆膜の除膜方法を用いて被覆部材から被覆膜を除去して得られる基材は、除膜前の被覆部材の基材と同様の形状や性質をもつ。したがって、本発明の被覆膜の除膜方法は、本発明の被覆部材の再生方法において、被覆部材から被膜を除膜する方法として好適である。なお「除膜速度」とは、1時間あたりに除去される炭素系被覆膜の厚さとする。
【0018】
なお、炭素系被覆膜を気相中で燃焼させるには、かなりの高温(600℃以上)で行わないと炭素が酸化されない。一方、溶融塩を用いた本発明の被覆膜の除膜方法であれば、低温であっても炭素は燃焼され、除膜が進行する。また、気相中で金属元素等を含む炭素系被覆膜を燃焼させると、大気中の酸素との反応により金属元素の酸化物膜が炭素系被覆膜の表面に形成される。気相反応では、この酸化物膜は除去されないため、除膜は進行しなくなる。一方、溶融塩を用いた本発明の被覆膜の除膜方法であれば、酸化物膜が形成されても酸化物が溶融塩に溶解するため、炭素系被覆膜は良好に除膜される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
以下に、本発明の被覆膜の除膜方法および本発明の被覆部材の再生方法を実施するための最良の形態を説明する。
【0020】
本発明の被覆膜の除膜方法(以下「本発明の除膜方法」と略記)は、基材と、基材の表面の少なくとも一部に被覆された炭素系被覆膜と、からなる被覆部材から炭素系被覆膜を除去する方法である。
【0021】
本発明の除膜方法において、除去される炭素系被覆膜は、炭素を主成分とする炭素系被覆膜であれば特に限定はない。炭素量をあえて規定するのであれば、炭素系被覆膜全体を100at%としたときに炭素を30at%以上さらには40〜100at%含むとよい。
【0022】
また、炭素系被覆膜は、炭素の他、水素、窒素、フッ素、酸素、金属元素および半導体元素からなる群から選ばれる少なくとも1種以上を含んでもよい。ここで、金属元素および半導体元素は、溶融塩中で酸化されるとともに形成された酸化物が溶融塩に溶解する(後述)元素であるとよい。たとえば、金属元素としては、周期表の3〜6族の元素、特に、チタン、クロム、タングステンであるとよい。半導体元素としては、珪素、ゲルマニウム等が挙げられる。このとき、金属元素および半導体元素からなる群から選ばれる少なくとも1種以上の元素の含有量が合計で40at%以下さらには35at%以下であるのが望ましい。
【0023】
炭素系被覆膜の構造にも特に限定はないが、非晶質構造を有する非晶質炭素膜(DLC膜)が好適である。炭素系被覆膜は、水素、窒素、フッ素および酸素から選ばれる少なくとも1種以上を含むDLC膜であるのが望ましい。さらに、DLC膜は、金属元素および半導体元素からなる群から選ばれる少なくとも1種以上を含んでもよい。また、ダイアモンド構造を有するダイアモンド膜であっても、本発明の除膜方法により取り除くことが可能なものもある。
【0024】
なお、炭素系被覆膜は、プラズマCVD法、イオンプレーティング法、スパッタリング法など、既に公知のCVD法、PVD法により、基材の表面に成膜される。たとえば、プラズマCVD法によりDLC膜を形成する場合には、真空容器内に基材を配置して、反応ガスおよびキャリアガスを導入する。そして、放電によりプラズマを発生させ、プラズマ中でイオン化されたC、H、Si等からなる反応ガスを基材に付着させることで、DLC膜が形成される。反応ガスには、メタン、アセチレン等の炭化水素ガス、(CHSi(テトラメチルシラン:TMS)、SiH、SiCl、SiH等の珪素化合物ガス、および水素ガスを用い、キャリアガスにはアルゴンガス等を用いればよい。
【0025】
被覆部材の基材は、その材質に特に限定はなく、金属製基材、セラミックス製基材または半導体物質からなる基材のいずれであってもよい。金属製基材としては、鉄または鉄合金からなる基材、ニッケルまたはニッケル合金からなる基材、コバルトまたはコバルト合金からなる基材、チタンまたはチタン合金からなる基材、アルミニウムまたはアルミニウム合金からなる基材、超硬合金からなる基材などが挙げられる。セラミックス製基材としては、サーメット、アルミナ、窒化珪素などが挙げられる。ただし、サーメットの種類によっては炭化物が含まれるため、本発明の除膜方法の実施の際に基材と溶融塩とが直接接触することがある場合には溶融塩の選択に注意が必要である。また、半導体物質からなる基材は、珪素からなる基材が挙げられる。
【0026】
また、これらの基材は、表面に各種表面処理が施されていてもよい。たとえば、基材の表面に窒化物、炭化物、酸化物、ホウ化物またはこれらのうちの2種以上の複合化物からなる保護膜を形成してもよい。もちろん、上記の基材の表面に炭素系被覆膜が直接形成されていてもよい。
【0027】
表面に炭素系被覆膜が形成されてなる被覆部材の具体例としては、金型、ドリル、エンドミル、パンチ等の工具、クラッチやベアリング等の摺動部品、腐食環境下で使用される耐食性部材、また、炭素系被覆膜を絶縁膜または導電膜として利用した電子部品などが挙げられる。
【0028】
そして、本発明の除膜方法では、溶融塩を炭素系被覆膜に接触させて基材の表面に被覆された炭素系被覆膜の少なくとも一部を除去する。溶融塩と炭素系被覆膜とを接触させるには、溶融塩中に被覆部材を浸漬させるのが最も簡便な方法である。たとえば、溶融槽に常温で固体の塩や酸化物を充填するとともに、溶融槽の温度を上昇させて塩や酸化物を加熱溶解して、液体状の溶融塩とする。そして、溶融槽に貯留された溶融塩に、被覆部材を投入すればよい。この際、溶融塩の温度は一定に保たれるのが望ましい。被覆部材を所定時間、溶融塩中に浸漬させたあと、被覆部材を溶融塩から取り出して冷却することで、除膜の進行が停止する。被覆部材を冷却すると、被覆部材の表面に溶融塩が固化した状態で付着するが、この固形物の多くが水溶性であるため、容易に除去ができる。
【0029】
また、溶融塩は、イオンに基づく導電性が高い。そのため、たとえば、鉄などの陰極と被覆部材(陽極)とを溶融塩に挿入して直流電解を行うことで、除膜が加速される。
【0030】
用いる溶融塩は、炭素に対して酸化作用をもつ。炭素系被覆膜が溶融塩と接触すると、炭素系被覆膜の主成分である炭素は酸化されて燃焼され、気体となって放出される。また、炭素に対して酸化作用をもつ溶融塩は、炭素の他、水素、窒素、金属元素、半導体元素も同様に酸化する。したがって、炭素系被覆膜は酸化によって消耗することで、除膜が進行する。
【0031】
ただし、前述のように、金属元素や半導体元素を含む炭素系被覆膜は、溶融塩の作用で酸化されると、炭素系被覆膜の表面に金属酸化物や酸化珪素からなる膜(酸化物膜)が形成される。これらの酸化物膜は、溶融塩と反応して溶融塩へ溶解する。酸化物膜は炭素系被覆膜の表面から消滅するため、除膜の進行が阻害されることがない。
【0032】
溶融塩は、少なくとも炭素に対して酸化作用を示せば特に限定はない。たとえば、溶融状態で荷電変換が起こり高次の酸化物から低次の酸化物に変化(たとえばKNO→KNO)して酸素を放出する溶融塩、溶融することで酸素を供給する酸化性の強い金属酸化物の溶融塩、酸化作用を引き起こす溶存酸素などを含む溶融塩、など溶融状態で酸素を含む溶融塩であれば強い酸化作用を示す。そのため、溶融塩は、硝酸塩、硫酸塩および金属酸化物からなる群から選ばれる少なくとも1種以上の酸化剤を含むのが好ましい。ここで「酸化剤」とは、少なくとも炭素に対して酸化剤として作用する物質である。具体的な酸化剤を挙げるならば、硝酸塩としては、硝酸リチウム、硝酸ナトリウム、硝酸カリウム、硝酸マグネシウム、硝酸カルシウム、硝酸バリウム等が挙げられる。硫酸塩としては、硫酸リチウム、硫酸ナトリウム、硫酸カリウム、硫酸マグネシウム、硫酸カルシウム、硫酸バリウム等が挙げられる。金属酸化物としては、酸化モリブデン(MoO)、酸化タングステン(WO)、酸化マンガン(MnO)、酸化銀(AgO)、酸化クロム(CrO)等、酸化の度の高い酸化物が挙げられる。これらのうちの1種を溶融塩として単独で用いてもよいし、塩と金属酸化物を組み合わせて用いたり、同じ塩または同じ金属酸化物から選択した2種以上を混合したりして用いてもよい。また、硝酸塩などに比べれば炭素に対する酸化作用は弱いが、後述の炭酸塩も酸化剤として使用可能である。
【0033】
また、溶融塩は、酸化剤とともに、亜硝酸塩、炭酸塩、フッ化物および塩化物からなる群から選ばれる少なくとも1種以上を含む混合塩であってもよい。一般的に、溶融塩は、混合塩とした場合に融点が低下する傾向にあることが知られている。したがって、比較的低温で除膜を行いたい場合には、混合塩にして用いるとよい。亜硝酸塩としては、亜硝酸リチウム、亜硝酸ナトリウム、亜硝酸カリウム、亜硝酸マグネシウム、亜硝酸カルシウム、亜硝酸バリウム等が挙げられる。炭酸塩としては、炭酸リチウム、炭酸ナトリウム、炭酸カリウム、炭酸マグネシウム、炭酸カルシウム、炭酸バリウム等が挙げられる。フッ化物としては、フッ化リチウム、フッ化ナトリウム、フッ化カリウム、フッ化マグネシウム、フッ化カルシウム、フッ化バリウム等が挙げられる。塩化物としては、塩化リチウム、塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化マグネシウム、塩化カルシウム、塩化バリウム等が挙げられる。
【0034】
除膜の際の溶融塩の温度は、100℃以上さらには120℃以上700℃以下であるのが望ましい。本発明の除膜方法では、溶融塩の温度が高いほど酸化作用が強く、除膜速度が速くなるため、溶融塩の温度が100℃以上さらには120℃以上であれば、実用的な除膜速度が得られる。一方、溶融塩の温度が700℃を超えると、被覆部材の基材の材質によっては熱の影響により基材が変形したり基材の性質が変化したりする場合があるため、望ましくない。
【0035】
また、本発明の除膜方法に好適に使用できる溶融塩の指標のひとつとして、非晶質炭素の除去速度(1時間あたりの除去進行距離)を示す。溶融塩の温度を450℃としたときに、75at%の炭素と25at%の水素とからなる非晶質炭素(75at%C−25at%H)に対して0.01μm/h以上さらには0.1μm/h以上10μm/h以下の除去速度を示す溶融塩であれば、本発明の除膜方法に好適である。非晶質炭素の主成分である炭素には、化学結合における原子軌道の違いにより、sp混成軌道をもつ炭素(Csp)とsp混成軌道をもつ炭素(Csp)とがある。非晶質炭素がもつ全炭素のCspとCspとの割合は、同一の組成の非晶質炭素であっても、たとえば作製方法の違いにより異なる場合がある。そのため、同一の組成および構造をもつ炭素系被覆膜について本発明の除膜方法を同じ条件の下で実施したとしても、炭素系被覆膜が有するCspとCspとの割合が異なる場合には除去速度に差が生じることがある。ところが、75at%C−25at%Hの組成を有する非晶質炭素は、CspとCspとの割合が成膜方法によって大きく変化することがない。そのため、本発明の除膜方法に好適に使用できる溶融塩の指標には、75at%C−25at%Hの組成を有する非晶質炭素の除去速度を用いる。溶融塩の温度を450℃としたときの除去速度が0.01μm/h以上であれば、実用的な除膜速度が得られる。
【0036】
また、溶融塩は、基材と接触しない限り、基材の耐熱温度未満で使用できるものであれば大きな問題はない。しかしながら、被覆膜が全て除去されて基材の表面と溶融塩とが接触する場合や、被覆膜に欠陥があり孔食が生じる可能性がある場合には、基材に対する防食性が高い溶融塩を用いるとよい。たとえば、被覆部材がもつ炭素系被覆膜の除膜速度よりも基材の腐食速度が遅い溶融塩、具体的には、溶融塩の温度を450℃としたときの基材の腐食速度(1時間あたりの腐食進行距離)が1μm/h以下さらには0.1μm/h以下である溶融塩を用いるとよい。
【0037】
本発明の除膜方法は、基材の表面に被覆された炭素系被覆膜の少なくとも一部を除去できる。すなわち、本発明の除膜方法により、炭素系被覆膜を全て取り除いてもよいし、表層部のみを取り除いてもよい。炭素系被覆膜を全て取り除き再び表面を被覆することにより、基材を再利用できる。また、炭素系被覆膜の成膜装置を構成する治具や部品を清浄化することも可能である。さらに、炭素系被覆膜の表層部のみを取り除くことで、被覆部材がもつ被覆膜の膜厚を調整することができる。溶融塩の種類や使用温度を調整して除膜速度を最適化することにより、膜厚の微調整が可能となる。また、本発明の除膜方法は、溶融塩を用いた化学研磨であるため、膜表面の表面粗さを大きくすることなく被覆膜を均一に除去できるため、膜厚調整後そのままの表面状態で使用可能である。
【0038】
本発明の除膜方法は、被覆部材の再生方法に用いることが可能である。すなわち、本発明の被覆部材の再生方法は、本発明の除膜方法を用いて被覆部材から炭素系被覆膜を除去した後に、その表面の少なくとも一部に被覆膜を形成する。形成される被覆膜の種類に特に限定はなく、DLC膜のような炭素系被覆膜の他、TiN膜やCrメッキ膜を形成し、新たな目的に使用できる被覆部材として再生させてもよい。もちろん、除膜された炭素系被覆膜と同じ組成の炭素系被覆膜を形成してもよい。
【0039】
既に述べたように、本発明の除膜方法によれば、用いる溶融塩の種類と基材の材質との組み合わせを適切に選択することで、溶融塩によって生じる基材の腐食を抑制できる。また、溶融塩に含まれる酸化剤などの種類を選択することにより、比較的低い温度領域での除膜が可能となり、基材の劣化や変形が抑制される。すなわち、本発明の除膜方法を用いて被覆部材から被覆膜を除去して得られる基材は、除膜前の被覆部材の基材と同様の形状や性質をもつ。その結果、再生前の被覆部材と再生後の被覆部材との間で品質に差が生じにくい。
【0040】
本発明の被覆部材の再生方法は、表面に炭素系被覆膜をもつ工具や金型において、炭素系被覆膜が損傷した場合に有効である。被覆膜が損傷した部位のみに被膜を再形成することは困難であるため、炭素系被覆膜を全て取り去った後に再び表面を被覆することで、再利用が可能となる。
【0041】
なお、本発明の被覆膜の除膜方法および本発明の被覆部材の再生方法は、下記の実施形態に限定されるものではない。本発明の被覆膜の除膜方法および被覆部材の再生方法は、本発明の要旨を逸脱しない範囲において、当業者が行い得る変更、改良等を施した種々の形態にて実施することができる。
【実施例】
【0042】
上記実施形態に基づいて、鋼製基材の表面に被覆膜としてDLC膜または珪素を含むDLC膜(DLC−Si膜)をもつ被覆部材から、被覆膜を除膜した。
【0043】
[被覆部材の作製]
[DLC膜をもつ被覆部材の作製]
図2に示す直流プラズマCVD装置を用いて、鋼製で円筒形の基材(合金工具鋼鋼材(SKD11)、φ15mm×25mm、表面粗さ(JIS)Rz0.3μm)の表面にDLC膜を成膜した。図2に示すように、直流プラズマCVD装置5は、ステンレス製の容器50と、基台51と、ガス導入管52と、ガス導出管53とを備える。ガス導入管52は、バルブ(図略)を介して各種ガスボンベ(図略)に接続される。ガス導出管53は、バルブ(図略)を介してロータリーポンプ(図略)および拡散ポンプ(図略)に接続される。
【0044】
容器50内に設置された基台51の上に、基材6を配置した。次に、容器50を密閉し、ガス導出管53に接続されたロータリーポンプおよび拡散ポンプにより、容器50内のガスを排気した。容器50内にガス導入管52から水素ガスを14sccm導入し、ガス圧を約133Paとした。その後、容器50の内側に設けたステンレス製陽極板54と基台51との間に200Vの直流電圧を印加して、放電を開始した。そして、基材6の表面温度が500℃になるまで、イオン衝撃による昇温を行った。昇温後、水素ガスとアルゴンガスとの混合ガスを用いたイオンボンバードにより、基材6の表面のクリーニング等の活性化処理を行った。
【0045】
活性化処理に引き続き、基材の表面にDLC膜を成膜した。ガス導入管52から原料ガスであるベンゼンを供給し、各ガスを、ベンゼン:20sccm、水素ガス:30sccm、アルゴンガス:30sccmの流量で導入し、圧力約400Pa、電圧300V(電流1〜2A)とし、500℃で60分間成膜して、膜厚が約6μmのDLC膜を成膜した。
【0046】
得られたDLC膜の組成は、75at%C−25at%Hであった。なお、膜中のH含有量は弾性反跳粒子検出法(ERDA)により定量した。
【0047】
[DLC−Si膜をもつ被覆部材の作製]
上記と同様の手順で行った活性化処理に引き続き、基材の表面にDLC−Si膜を成膜した。ガス導入管52から原料ガスであるメタンおよびTMSを供給し、各ガスを、メタン:50sccm、TMS:10sccm、水素ガス:30sccm、アルゴンガス:30sccmの流量で導入し、圧力約400Pa、電圧300V(電流1〜2A)とし、500℃で80分間成膜して、膜厚が約6μmのDLC−Si膜を成膜した。
【0048】
得られたDLC−Si膜の組成は、62at%C−10at%Si−28at%Hであった。なお、膜中のH含有量は弾性反跳粒子検出法(ERDA)、C含有量とSi含有量は電子プローブ微小部分析法(EPMA)により定量した。
【0049】
[被覆膜の除膜]
被覆部材の被覆膜を除膜して、後述の各種測定に用いる測定試料を作製した。除膜の手順を図1を用いて説明する。
【0050】
はじめに、図示しない熱電対を内部にもつステンレス製の溶融槽(SUS容器91)に、所定のモル比となるように秤量した塩および/または金属酸化物を150g充填した。このSUS容器91を電気炉92に収納して大気中で加熱して液体状態とし、溶融塩2を得た。溶融塩2が所定の温度となってから、溶融塩2に被覆部材10を投入して、所定時間(0.5〜20時間)被覆部材10を溶融塩2に浸漬させて被覆膜の少なくとも一部を除去した(除膜工程)。その間、溶融塩2の温度は、電気炉92の出力を制御することで一定に保った。
【0051】
次に、除膜された被覆部材11を溶融塩2から取り出し、水3を満たした容器に投入して水冷した(冷却工程)。被覆部材11を冷却することで、除膜の進行が停止した。その後、被覆部材11を水3から取り出し、98℃の熱湯4を満たした容器に投入して30分間放置して湯洗浄した(洗浄工程)。湯洗浄することで、被覆部材11の表面に付着した塩が溶解した。被覆部材11を熱湯4から取り出し、乾燥させて、測定試料を得た(乾燥工程)。
【0052】
被覆膜としてDLC膜またはDLC−Si膜をもつ18個の被覆部材に対し、溶融塩の種類や溶融塩の温度を変えて上記の手順で除膜を行い、測定試料1〜18を得た。表1に、測定試料1〜18について、被覆部材の基材と除膜した被覆膜の種類、除膜に使用した溶融塩の種類と混合比および溶融塩の温度をそれぞれ示す。
【0053】
【表1】

【0054】
[測定]
A.基材に対する溶融塩の防食性の評価
基材に対する溶融塩の防食性を確かめるために、基材(被覆膜をもたない)を表1に記載の各溶融塩にそれぞれ浸漬させ、その前後の基材の重量変化を測定した。いずれの溶融塩を用いた場合でも、浸漬後の基材に重量の減少は認められなかった。したがって、溶融塩による基材の顕著な腐食は生じなかった。
【0055】
B.膜厚測定および除膜速度の算出
測定試料1〜18について、基材の表面に残存する被覆膜の膜厚を測定し、浸漬前後の膜厚変化と浸漬時間から除膜速度を算出した。膜厚の測定には、カロテスタを用いた。結果を表1に示す。
【0056】
測定試料1〜8は、同じ種類の溶融塩を用いてDLC−Si膜を除膜した試料である。測定結果より、溶融塩の温度が高い程、除膜速度が速いことがわかった。また、炭素に対して還元剤として働くNaNOを用いずに酸化剤として働くKNOを単独で用いる場合には、KNOの溶融塩は350〜500℃の範囲でしか用いることができないが、NaNOとの混合塩にして用いることで、300℃以下での低温での使用も可能となった。
【0057】
測定試料8の表面には、残存する被覆膜はほとんど無く、30分間の浸漬によりほとんど全てのDLC−Si膜が除膜された。すなわち、本発明の除膜方法によれば、珪素を含むDLC−Si膜であっても、珪素に阻害されることなく除膜が進行することがわかった。
【0058】
測定試料6および9〜18の結果から、同じ溶融塩の温度でも、溶融塩の種類を変えることで、除膜速度を調整できることがわかった。
【0059】
測定試料18は、各種炭酸塩を組み合わせた溶融塩を用いて除膜された。炭酸塩は炭素に対する酸化作用が小さいため、20時間浸漬させて除膜された厚さは0.1μm以下であった。ところが、測定試料17で用いた溶融塩のように、炭酸塩からなる溶融塩に、炭素に対する酸化作用の大きい金属酸化物(MoO)を添加することで、除膜速度が大きくなった。
【0060】
C.測定試料の表面観察
測定試料1〜18の表面を目視で観察した。いずれの試料も光沢があり、滑らかな状態であった。すなわち、本発明の除膜方法によれば、残存する被覆膜の表面の表面粗さを大きくすることなく除膜することができた。
【図面の簡単な説明】
【0061】
【図1】本発明の被覆膜の除膜方法の手順を説明する模式図である。
【図2】直流プラズマCVD装置の概略図である。
【符号の説明】
【0062】
10:被覆部材
11:除膜後の被覆部材(測定試料)
2:溶融塩
91:溶融槽
92:電気炉

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材と該基材の表面の少なくとも一部に被覆され炭素を主成分とする炭素系被覆膜とからなる被覆部材から該炭素系被覆膜を除去する除膜方法であって、
炭素に対して酸化作用をもつ溶融塩を前記炭素系被覆膜に接触させて前記基材の表面に被覆された該炭素系被覆膜の少なくとも一部を除去することを特徴とする被覆膜の除膜方法。
【請求項2】
前記溶融塩は、硝酸塩、硫酸塩および金属酸化物からなる群から選ばれる少なくとも1種以上の酸化剤を含む請求項1記載の被覆膜の除膜方法。
【請求項3】
前記溶融塩は、前記酸化剤とともに、亜硝酸塩、炭酸塩、フッ化物および塩化物からなる群から選ばれる少なくとも1種以上を含む混合塩である請求項2記載の被覆膜の除膜方法。
【請求項4】
前記溶融塩の温度は、100℃以上である請求項1記載の被覆膜の除膜方法。
【請求項5】
前記溶融塩の温度は、120℃以上700℃以下である請求項1記載の被覆膜の除膜方法。
【請求項6】
前記溶融塩は、該溶融塩の温度を450℃としたときに、75at%の炭素と25at%の水素とからなる非晶質炭素に対して0.01μm/h以上の除去速度を示す請求項1記載の被覆膜の除膜方法。
【請求項7】
前記炭素系被覆膜は、水素、窒素、フッ素、酸素、金属元素および半導体元素からなる群から選ばれる少なくとも1種以上を含む請求項1記載の被覆膜の除膜方法。
【請求項8】
前記炭素系被覆膜は、非晶質炭素膜である請求項1記載の被覆膜の除膜方法。
【請求項9】
前記非晶質炭素膜は、水素、窒素、フッ素および酸素から選ばれる少なくとも1種以上を含む請求項8記載の被覆膜の除膜方法。
【請求項10】
前記非晶質炭素膜は、さらに、金属元素および半導体元素からなる群から選ばれる少なくとも1種以上を含む請求項9記載の被覆膜の除膜方法。
【請求項11】
前記炭素系被覆膜は、金属元素および半導体元素からなる群から選ばれる少なくとも1種以上の元素の含有量が40at%以下である請求項7記載の被覆膜の除膜方法。
【請求項12】
前記金属元素はチタン、クロムおよびタングステンの1種以上、前記半導体元素は珪素である請求項7記載の被覆膜の除膜方法。
【請求項13】
前記基材は、金属製基材、セラミックス製基材または半導体物質からなる基材である請求項1記載の被覆膜の除膜方法。
【請求項14】
請求項1に記載の被覆膜の除膜方法を用いて前記被覆部材から前記炭素系被覆膜を除去した後に、その表面の少なくとも一部に被覆膜を形成することを特徴とする被覆部材の再生方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2008−75114(P2008−75114A)
【公開日】平成20年4月3日(2008.4.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−254289(P2006−254289)
【出願日】平成18年9月20日(2006.9.20)
【出願人】(000003609)株式会社豊田中央研究所 (4,200)
【Fターム(参考)】