説明

複層軸受の製造方法

【課題】鉛または鉛化合物を含まない含浸被覆組成物を用い、高面圧下において、動摩擦係数や摩耗量などの摺動特性に優れ、また安定した摺動特性を有する。
【解決手段】金属裏金2の表面に形成された多孔質層3と、この多孔質層3に含浸被覆された含浸被覆組成物4とからなる複層軸受1の製造方法において、上記含浸被覆組成物4は、鉛類を含まず、ポリイミド樹脂およびポリフェニレンサルファイド樹脂から選ばれる少なくとも一つと、所定の粒状無機充填材と、炭素繊維と、残部であるポリテトラフルオロエチレン樹脂とからなり、該製造方法は、金属裏金2の表面に銅あるいは銅合金の粉末を散布し、これを加熱・加圧することで金属裏金2の表面に焼結金属からなる多孔質層3を形成する工程と、多孔質層3上に含浸被覆組成物4を塗布し、加熱・加圧により含浸被覆組成物4を多孔質層3に含浸被覆する工程とを有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は複層軸受の製造方法に関し、特に環境保全のために鉛類を配合しないでも摺動特性と耐摩耗性に優れた複層軸受の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
鋼板などの金属板に裏打ちされた多孔質層に、ポリテトラフルオロエチレン樹脂(以下、PTFEと記す)と、鉛または酸化鉛等の鉛類を含む含浸被覆組成物を含浸被覆させてなる複層軸受は、高面圧下での摺動特性に優れた軸受として知られている(例えば、特許文献1、特許文献2、特許文献3)。
一方、環境保全のため、鉛または鉛化合物の使用は望ましくないことから、ポリフッ化ビニリデンと酸化クロムおよび酸化鉄の一方からなる非毒性金属酸化物を用いた軸受用材料(特許文献4)、PTFEとフェノール樹脂粉末を用いた複層摺動部材(特許文献5)、PTFEを主成分とする樹脂に炭素繊維およびモース硬度 4 以下のウィスカを配合してなる複層軸受(特許文献6)等が知られている。
【特許文献1】特公昭39−16950号公報
【特許文献2】特公平7−35513号公報
【特許文献3】特公平7−35514号公報
【特許文献4】特許第2630938号公報
【特許文献5】特許第2660853号公報
【特許文献6】特開2000−55054号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかしながら、摺動面に存在することで、摩擦係数を下げ、摩耗量を減少させ、さらに耐焼付け性を向上させることのできる鉛または鉛化合物を含んだ含浸被覆組成物に代わる優れた材料は見つかっていないという問題がある。
特に車のシュレッダーダスト等に含まれる鉛を西暦 2000 年に 1/2、 2005 年に 1/3に減少させるとの通産省産業構造審議会の答申もあり、全く鉛を含まない鉛レス複層軸受が望まれている。
【0004】
PTFEを主成分とする樹脂に炭素繊維およびモース硬度 4 以下のウィスカを配合してなる複層軸受とすることにより、耐摩耗性、耐クリープ性が樹脂類の中でも劣るPTFEを用いても、比較的高い面圧下での摺動特性が得られる。しかし、この複層軸受は、面圧がより高くなると摺動特性が急激に低下するという問題がある。また、摺動特性の中で経時的な摩擦係数のばらつきが大きいという問題がある。
【0005】
本発明は、このような問題に対処するためになされたもので、鉛または鉛化合物を含まない含浸被覆組成物を用い、高面圧下において、動摩擦係数や摩耗量などの摺動特性に優れ、また安定した摺動特性を有する複層軸受の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の複層軸受の製造方法は、金属裏金の表面に形成された多孔質層と、この多孔質層に含浸被覆された含浸被覆組成物とからなる複層軸受の製造方法において、上記含浸被覆組成物は、鉛類を含まず、ポリイミド樹脂(以下、PIと記す)およびポリフェニレンサルファイド樹脂(以下、PPSと記す)から選ばれる少なくとも一つの合成樹脂5〜30体積%と、硫酸カルシウム粉末、ホウ酸アルミニウム粉末、チタン酸カリウム粉末から選ばれる少なくとも一つの平均粒子径8〜40μmの粒状無機充填材3〜30体積%と、炭素繊維1〜15体積%と、残部であるPTFEとからなり、該製造方法は、上記金属裏金の表面に銅あるいは銅合金の粉末を散布し、これを加熱・加圧することで上記金属裏金の表面に焼結金属からなる上記多孔質層を形成する工程と、上記多孔質層上に上記含浸被覆組成物を塗布し、加熱・加圧により該含浸被覆組成物を上記多孔質層に含浸被覆する工程とを有することを特徴とする。
【0007】
上記含浸被覆組成物を多孔質層に含浸被覆する工程において、該含浸被覆組成物は、溶媒に溶解あるいは分散させたディスパージョン液として塗布することを特徴とする。
また、上記多孔質層を形成する工程の前に、該多孔質層を形成する上記金属裏金の表面に、銅あるいは銅合金のメッキをすることを特徴とする。
【0008】
上記製造方法により得られる複層軸受は、PTFEにPIまたはPPSと平均粒子径 1〜50μm の粒状無機充填材と炭素繊維とを配合することにより、鉛または鉛化合物を含まない含浸被覆組成物により構成される。また、この配合とすることにより、優れた摺動特性を有する反面、耐摩耗特性、耐クリープ特性が樹脂類の中でも劣るPTFEを主成分としても、より高面圧下で優れた摺動特性が得られる。
【発明の効果】
【0009】
本発明の複層軸受の製造方法は、含浸被覆する含浸被覆組成物がPTFEにPIおよび/またはPPSを含み平均粒子径 1〜50μm の粒状無機充填材および炭素繊維を少なくとも配合してなるので、鉛または鉛化合物を全く含まない。その結果、環境保全に優れる。
【0010】
また、含浸被覆組成物がPIおよび/またはPPSを 5〜 30 体積%、粒状無機充填材を 3〜 30 体積%、炭素繊維を 1〜 15 体積%、残部をPTFEとするので、得られる複層軸受は高面圧下でも摺動特性に優れ、さらに耐クリープ特性が向上する。
【0011】
本発明の複層軸受の製造方法は、金属裏金の表面に銅あるいは銅合金の粉末を散布し、これを加熱・加圧することで金属裏金の表面に焼結金属からなる多孔質層を形成する工程と、多孔質層上に含浸被覆組成物を塗布し、加熱・加圧により含浸被覆組成物を多孔質層に含浸被覆する工程とを有するので、(1)金属裏金、(2)多孔質層、(3)摺動面となる含浸被覆面からなる三層構造体で、高面圧下での摺動特性に優れた複層軸受を製造できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明の製造方法により得られる複層軸受の一例を図1に示す。図1は複層軸受の断面図である。
複層軸受1は、鋼板などの金属裏金2の表面に焼結金属などの多孔質層3を形成し、この多孔質層3中に含浸被覆組成物4が含浸被覆された三層構造体となっている。含浸被覆面が摺動面となり、高面圧下での摺動特性に優れた軸受が得られる。
【0013】
含浸被覆組成物4を構成するPTFEは、−(CF2−CF2n−で表される公知の樹脂を用いることができる。また、PTFEにパーフルオロアルキルエーテル基(−Cp2p−O−)(pは 1〜4 の整数)あるいはポリフルオロアルキル基(H(CF2q−)(qは 1〜 20 の整数)などを導入した変性PTFEもPTFEと共に使用できる。
これらのPTFEおよび変性PTFEは、一般的なモールディングパウダーを得る懸濁重合法、ファインパウダーを得る乳化重合法のいずれを採用してもよいが、数平均分子量(Mn)は約 50 万から 1000 万が好ましく、さらに限定すれば 50 万から 300万が好ましい。
PTFEの市販品としては、三井・デュポンフロロケミカル社製:テフロン(登録商標)7Jを、変性PTFEの市販品としては、三井・デュポンフロロケミカル社製:テフロンTG70J、ダイキン工業社製:ポリフロンM111、ポリフロンM112、ヘキスト社製:ホスタフロンTFM1600、ホスタフロンTFM1700等を例示できる。
【0014】
本発明に使用できるPIおよびPPSは、いわゆるスーパーエンジニアリングプラスチックスの一種であり、近年高温雰囲気で使用される比率が高くなっている合成樹脂である。PTFEにPIもしくはPPSを配合することによって、PTFEの欠点であった耐摩耗性、耐クリープ特性が改善できる。
【0015】
本発明に使用できる平均粒子径 1〜50μm の粒状無機充填材は、非金属系の無機充填材であってアスペクト比が 3 以下の球状、板状、不定形状の粒状で、PTFEと分散配合できる無機充填材が使用できる。具体的には、硫酸カルシウム粉末、水酸化アルミニウム粉末、酸化亜鉛粉末、硫酸バリウム粉末等が例示できる。これらの中で、耐摩耗性の効果が高いための理由で硫酸カルシウム粉末が好ましい。
【0016】
本発明に使用できる炭素繊維は、粒状無機充填材と併用することで含浸被覆組成物を補強できるものであれば、ピッチ系あるいはPAN系のいずれでも用いることができる。炭素繊維の繊維長は 0.05mm 〜1mm の短繊維であることが好ましく、さらに好ましくは 0.05mm 〜0.1mm である。繊維径はφ 20 μm 以下、好ましくは、φ 7μm 〜φ15μm であり、アスペクト比は 5〜80、好ましくは 20 〜 50 である。この特性を有する炭素繊維であると、含浸被覆組成物への補強効果に優れ、耐摩耗特性、耐クリープ特性に優れる。
また、糸種は特に限定しないが、2000℃焼成、あるいはそれ以上の温度での処理品(黒鉛化品)より 1000 ℃焼成品(炭化品)の方が好ましい。なお、焼成温度については低弾性を狙った低温焼成品あるいは高弾性を狙った高温焼成品も使用できる。
【0017】
炭素繊維の市販品は、ピッチ系として、呉羽化学社製:クレカミルドM101S、M101F、M101T、M107S、M1007S、M201S、M207S、大阪ガスケミカル社製:ドナカーボンS241、S244、SG241、SG244を、PAN系として、東邦レーヨン社製:ベスファイトHTA−CMF0160−0H、CMF0070−0Hが挙げられる。
【0018】
含浸被覆組成物における配合割合は、PIまたはPPSが 5〜 30 体積%であり、粒状無機充填材が 3〜 30 体積%であり、炭素繊維が 1〜 15 体積%であり、残部がPTFEである。
粒状無機充填材が 30 体積%をこえると相手材がアルミニウム合金等の軟質材の場合に相手部材を摩耗損傷するおそれがあり、 3 体積%未満であると耐摩耗性効果が発現しない。
炭素繊維の配合量が 30 体積%をこえると成形性に問題が生じ、 3体積%未満であると補強効果に乏しく、十分な耐クリープ性、耐摩耗性が得られない。
PIまたはPPSが 30 体積%をこえると高荷重下で摩擦係数が上昇し、初期トルクの増大および摩擦による発熱量の増大等の不具合が生じ、 5体積%未満であると補強効果が発揮できない。
PTFEの配合量は、全配合量の残部とする。
【0019】
上述の原材料を溶媒に溶解あるいは分散させてディスパージョン液などが得られる。このディスパージョン液等を多孔質層に含浸させて溶媒を除去することにより、本発明の含浸被覆組成物が得られる。
【0020】
本発明に使用できる金属裏金2としては、鋼(SPCC等の構造用圧延鋼等)あるいは鋼以外の金属、例えばステンレス鋼または青銅などの銅系合金等が使用できる。また、裏金表面には、焼結金属層との密着性強化のため、焼結金属層と同等のメッキ(銅あるいは青銅等の銅合金)をするのが好ましい。
本発明に使用できる多孔質層3としては焼結金属層が好ましく、焼結金属層としては、銅あるいは青銅等の銅合金が摩擦摩耗特性に優れ好ましい。
【0021】
本発明の製造方法により得られる複層軸受は、鉛または鉛化合物を配合しなくても、高面圧下での摺動特性に優れるため、樹脂製軸受では割れや欠けが生じやすい分野、あるいは自動車部品、家電部品分野で使用することができる。
【実施例】
【0022】
実施例および比較例に用いる原材料を一括して以下に示す。なお、[ ]は、表1に示す略号を示す。
(1)PTFE[PTFE]三井・デュポンフロロケミカル社製:テフロン7J
(2)PPS[PPS]東ソー社製:B160(融点 288℃)
(3)PI[PI]宇部興産社製:UIP−R(融点 400℃)
(4)ピッチ系炭素繊維[CF−1]呉羽化学製:クレカミルドM101S(繊維長 100μm 、繊維径 14.5 μm )
(5)PAN系炭素繊維[CF−2]東邦レーヨン社製:ベスファイトHTA−CMF0160−0H(繊維長 160μm 、繊維径 7μm )
(6)硫酸カルシウム粉末[CaSO−P]ノリタケ社製:D−101A(モース硬度 2〜3 、平均粒子径 24 μm )
(7)ホウ酸アルミニウム粉末[AlBO−P]四国化成工業社製:アルボライトPC08(モース硬度 7 、不定形状、平均粒子径 8 μm )
(8)チタン酸カリウム粉末[KTiO−P]クボタ社製:TXAX−SA(モース硬度 4 、板状、平均粒子径 30〜40μm )
(9)硫酸カルシウムウイスカ[CaSO−W]大日精化工業社製(モース硬度 2〜3 、平均繊維長 50 〜 60 μm )
(10)チタン酸カリウムウイスカ[KTiO−W]大塚化学社製:ティスモN(モース硬度 4、平均繊維長 10 〜 20 μm )
【0023】
実施例1〜実施例4
実施例1〜実施例4の複層軸受を次の方法で作製した。
ステンレス鋼(SUS304)の鋼板を脱脂した後、銅メッキを行ない、この鋼板の表面に青銅粉末(#100 メッシュをパスし、#200 メッシュでオンするもの)を散布した。
青銅粉末が一様に散布された鋼板を加熱・加圧することにより均一な層厚の多孔質層を形成した。
この多孔質層上に、表1に示す配合割合(単位は体積%)に調整したPTFE粒子のディスパージョンを塗布し、乾燥炉中で溶媒を蒸発させ、加熱・加圧により樹脂成分を多孔質層に含浸被覆した。
【0024】
このようにして得られた複層軸受の板材を所定の試験片形状に加工し、リングオンディスク型試験機により動摩擦係数、摩耗量を測定した。リングオンディスク型試験機の概要を図2に示す。リングオンディスク型試験機は、押圧力が印加され固定された相手材5に対して試験片6を所定の条件で回転させ動摩擦係数、摩耗量を測定する試験装置である。なお、7はロードセルである。
試験条件は速度 153m/min 、面圧 1.5 MPa で 30 時間供試し、試験終了直前の動摩擦係数、摩耗量を測定した。測定結果を表1に示す。
【0025】
比較例1〜比較例4
表1に示す配合割合に調整したPTFE粒子のディスパージョンを塗布する以外は、実施例1と同一の条件方法で複層軸受を作製した。得られた複層軸受の板材を実施例1と同一のリングオンディスク型試験機を用いて評価した。結果を表1に示す。
【0026】
【表1】

【0027】
表1の結果から明らかなとおり、各実施例の複層軸受は、高PV値において低摩擦性を維持しつつも耐摩耗性を有していた。
一方、各比較例の複層軸受は、摩擦特性は良好であったが耐摩耗性が劣っていた。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】複層軸受の断面図である。
【図2】リングオンディスク型試験機の概要を示す図である。
【符号の説明】
【0029】
1 複層軸受
2 金属裏金
3 多孔質層
4 含浸被覆組成物
5 相手材
6 試験片
7 ロードセル

【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属裏金の表面に形成された多孔質層と、この多孔質層に含浸被覆された含浸被覆組成物とからなる複層軸受の製造方法において、
前記含浸被覆組成物は、鉛類を含まず、ポリイミド樹脂およびポリフェニレンサルファイド樹脂から選ばれる少なくとも一つの合成樹脂5〜30体積%と、硫酸カルシウム粉末、ホウ酸アルミニウム粉末、チタン酸カリウム粉末から選ばれる少なくとも一つの平均粒子径8〜40μmの粒状無機充填材3〜30体積%と、炭素繊維1〜15体積%と、残部であるポリテトラフルオロエチレン樹脂とからなり、
該製造方法は、前記金属裏金の表面に銅あるいは銅合金の粉末を散布し、これを加熱・加圧することで前記金属裏金の表面に焼結金属からなる前記多孔質層を形成する工程と、
前記多孔質層上に前記含浸被覆組成物を塗布し、加熱・加圧により前記含浸被覆組成物を前記多孔質層に含浸被覆する工程とを有することを特徴とする複層軸受の製造方法。
【請求項2】
前記含浸被覆組成物を前記多孔質層に含浸被覆する工程において、該含浸被覆組成物は、溶媒に溶解あるいは分散させたディスパージョン液として塗布することを特徴とする請求項1記載の複層軸受の製造方法。
【請求項3】
前記多孔質層を形成する工程の前に、該多孔質層を形成する前記金属裏金の表面に、銅あるいは銅合金のメッキをすることを特徴とする請求項1または請求項2記載の複層軸受の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2009−79766(P2009−79766A)
【公開日】平成21年4月16日(2009.4.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−275732(P2008−275732)
【出願日】平成20年10月27日(2008.10.27)
【分割の表示】特願2001−132802(P2001−132802)の分割
【原出願日】平成13年4月27日(2001.4.27)
【出願人】(000102692)NTN株式会社 (9,006)
【Fターム(参考)】