説明

誘電体薄膜の形成方法および高周波マグネトロンスパッタリング装置

【課題】高周波マグネトロンスパッタリングにより、同じ特性で、熱的安定性に優れた誘電体薄膜を、安定した成膜速度で形成する方法を提供する。
【解決手段】高周波マグネトロンスパッタリングでは、ターゲットに印加された高周波電力により、ターゲットに直流電圧が誘起される。本発明の形成方法によれば、ターゲットに誘起される電圧の直流成分の絶対値を50V以上として成膜をおこなうことにより、誘電体薄膜を安定した成膜速度で成膜することが可能になるとともに、一定の屈折率値の膜が得られるようになり、さらに、得られた膜の熱的安定性が向上する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は誘電体薄膜を形成する方法およびその装置に関する。
【背景技術】
【0002】
ターゲットに高周波電力を印加しておこなうマグネトロンスパッタリング法は、基板上に薄膜を形成する方法として広く用いられている。しかしながら、成膜をおこなうと時間の経過とともに成膜速度が変化する問題があった(非特許文献1)。成膜中に成膜速度が変化すると、一定膜厚を得るためには、成膜中に膜厚をモニターしたり、成膜速度を安定化させるための制御手段を設けたりする必要がある。このような成膜速度を安定化させる技術としては、ターゲットに印加された高周波電流および高周波電圧を測定し、算出された両者の位相差等に基づき高周波電源の出力や反応性ガス分圧、スパッタガス分圧等を制御する技術が特許文献1に記載されている。また、非特許文献2には、磁性体からなるターゲットを用いて磁性体膜を形成するときに、ターゲット裏面に配設された強磁場のマグネトロン磁場を発生する磁気回路を、ターゲットの消耗に応じて、ターゲットから後退させて磁場を変化させ、カソードに誘起されるカソード電圧の直流成分を一定にする方法が記載されている。
【0003】
【特許文献1】特開2000−144417号公報
【非特許文献1】P.G.Quigley,R.A.Rao and C.B.Eom,J.Vac.Sci.Technol.A,15(1997),p.2854.
【非特許文献2】Akinori Furuya and Shigeru Hirono,J.Appl.Phys.,87(2000),p.939.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
成膜速度を安定化させるために、成膜中に膜厚をモニターしたり、ターゲットでの高周波電流および高周波電圧を成膜中に測定して、算出された両者の位相差等に基づいて印加する高周波電力や反応性ガス分圧、スパッタガス分圧等を制御したり、あるいはターゲット裏面の磁気回路の位置を調整したりする、従来技術では、測定手段を設けたり、測定結果を演算して成膜条件を調整する手段を設ける必要があり、装置およびその制御機構の複雑化が避けられないという問題点があった。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は前述の課題を解決するため、誘電体材料からなるターゲットと、前記ターゲットに近接して配設されたアノードと、の間に高周波電力を印加し、前記ターゲット表面におけるプラズマ密度を高めるためのマグネトロン磁場の下、基板上に誘電体薄膜を形成するマグネトロンスパッタリングによる誘電体薄膜の形成方法であって、前記ターゲットに誘起されるカソード電圧の直流成分の絶対値を50V以上とすることを特徴とする誘電体薄膜の形成方法を提供する。
【0006】
前記ターゲット表面におけるマグネトロン磁場は、磁束線の方向がターゲット面に対し水平となる位置が1箇所の場合はその位置での磁束密度が、また磁束線の方向が水平となる位置が複数ある場合はそれぞれの位置における磁束密度の最小値が、0.005〜0.025Tであることが好ましい。
【0007】
さらに、前記マグネトロン磁場が、ターゲットの裏側に配置された磁石の組により生成され、前記磁石の組が、ターゲットの中心部に配設された第1の磁石と、外縁部に配設された第2の磁石と、第1の磁石と第2の磁石との間に配置された補助磁石とを備え、前記マグネトロン磁場が、前記ターゲット表面での磁束密度のターゲット面に垂直な成分の絶対値が0.01T以下となる範囲の幅の、ターゲット幅に対する割合が10%以上であり、かつターゲット表面での磁束密度の垂直成分が前記範囲内に少なくとも一つの極大値および極小値を持つ磁場であることが好ましい。
【0008】
また、前記アノードは、前記ターゲットの外周の全周にわたって隣接して配置されていて、前記ターゲットと前記アノードとの最近接部の間隔が1〜10mmであることが好ましい。
本発明は、また、前記ターゲットがBiを主成分とするガラスからなるターゲットである、Biを主成分とするガラス膜からなる誘電体薄膜の形成方法を提供する。
【0009】
本発明は、さらに、誘電体材料からなるターゲットと、ターゲットに近接して配設されたアノードと、ターゲット表面のプラズマ密度を高めるマグネトロン磁場とを備え、減圧雰囲気下、前記ターゲットと前記アノードとの間に高周波電圧を印加し、基板上に誘電体薄膜を形成するための高周波マグネトロンスパッタリング装置であって、前記ターゲット表面にマグネトロン磁場を発生させる磁気回路が、ターゲット表面において磁束線の方向が水平となる位置が1箇所の場合はその位置での磁束密度が、また磁束線の方向が水平となる位置が複数ある場合はそれぞれの位置における磁束密度の最小値が、0.005〜0.025Tである磁場を発生させる磁気回路であって、前記ターゲットに成膜時に誘起されるカソード電圧の直流成分の絶対値が50V以上となる様に制御されることを特徴とする高周波マグネトロンスパッタリング装置を提供する。
【発明の効果】
【0010】
本発明の誘電体薄膜の形成方法および高周波マグネトロンスパッタリング装置を用いると、成膜条件を測定・制御したり、磁気回路位置を調整したり、することなく、安定した成膜速度でマグネトロンスパッタリングにより基板上に誘電体薄膜を形成することができる。また、一定の膜特性をもつ誘電体薄膜が容易に得られる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明において用いられる、薄膜を形成する基板としては、平板状の基板、特にガラス基板が好ましいが、これに限定されず目的に応じて種々の基板を用いることができる。
本発明の誘電体薄膜の形成方法においてターゲットとして用いることができる材料としては、SiO、Bi、Al、Ga、La、CeO、Er、B、GeO、Y、YBaCu等の酸化物およびこれらの混合物、またはSi等の窒化物、MgF等のフッ化物、またはこれらを成分とするガラス材料、などの誘電体材料が例示されるが、これらに限定されず形成しようとする薄膜材料に応じて適宜選択される。成膜時には基板は、固定されていてもよく、カルーセル型基板ホルダを用いる等により搬送されたり自転または自公転されたりしてもよい。
【0012】
マグネトロンスパッタリングは、好ましくは0.01〜100Paの減圧雰囲気下でターゲットとアノードとの間に高周波電力を印加して、ターゲット前面の空間にプラズマを生成させておこなわれる。高周波電力の印加によりターゲットに負の高電圧が誘起され、この高電圧による電場によりプラズマ中のガスイオンが加速され、ターゲットに衝突し、ターゲット表面の原子または分子をたたき出す。このようにしてたたき出されたターゲット原子または分子を基板上に堆積させることにより、基板上に薄膜が形成される。スパッタリングをおこなう雰囲気としては、Ar、Ne、Kr、Xe等の不活性ガスおよびこれらの混合ガス、または前記不活性ガスおよびこれらの混合ガスに、O、N、CO等の反応性ガスを混合した混合ガス雰囲気が好ましく例示されるが、これらに限定されない。
【0013】
ターゲット裏面には、プラズマ密度を高めるためのマグネトロン磁場を発生させる磁気回路が配置されている。
アノードは、通常ターゲット外周の全周にわたって隣接して配置されていて、カソードとされるターゲットとの間に高周波電力が印加される。高周波電力の周波数は限定されないが、1MHz〜40.68MHzが好ましい。ターゲットへの投入電力は0.5〜7W/cmが好ましいが、これに限定されない。
マグネトロンスパッタにおいて、高周波電力の印加によりターゲットに誘起されるカソード電圧は、高周波成分と、直流成分とからなる。本発明の誘電体薄膜の形成方法において、ターゲットに誘起されるカソード電圧の直流成分の絶対値(以下「誘起される直流電圧」という)は50V以上とする。50V以上とすることにより、継続して成膜をおこなったときの成膜速度の変化を抑制することができる。成膜速度の変化をより小さく抑制するためには、200V以上とすることが好ましい。誘起される直流電圧は2000V以下とすることが好ましい。2000V超ではターゲットの割れが生じるおそれがある。誘起される直流電圧は、例えば高周波電力を給電するためのターゲット裏面の端子部の電圧を、高電圧受動プローブとオシロスコープを用いて測定することができる。
【0014】
マグネトロン磁場を、ターゲット表面において磁束線の方向が水平となる位置における磁束密度(以下、単に「磁場強度」という)が0.005〜0.025Tである分布とすることが好ましい。また、マグネトロン磁場に、ターゲット表面において磁束線の方向が水平となる位置が複数ある場合には、それらの位置における磁束密度の最小値が0.005〜0.025Tである分布とすることが好ましい。このような磁場強度のマグネトロン磁場を用いることにより、ターゲットに誘起される直流電圧を前述の値とすることができる。
【0015】
さらに、ターゲット近傍の空間領域をターゲット中心を含む断面で見たときに、ターゲット表面において磁束線の方向が略水平である範囲、すなわちターゲット面に対して垂直な方向の磁束密度の絶対値(以下「磁束密度の垂直成分」という)が0.01T以下であって、かつ前記範囲内において磁束密度の垂直成分の分布が少なくとも一つの極大値と、少なくとも一つの極小値とを持つ範囲(以下「水平磁場の範囲」という)をターゲット幅に対して10%以上広くすると、長時間スパッタリングをおこなったときの、ターゲットに誘起される直流電圧の変化を抑制することができる。また、成膜速度および膜特性の変化を小さく抑えることができる。さらに、成膜速度およびターゲットの材料利用効率が向上される。ターゲットが円形の場合は、ターゲット幅はターゲット直径とされる。
【0016】
また、本発明においては、ターゲットに隣接して配置されているアノードと、ターゲットとの間隔(以下、「ターゲットとアノードとの間隔」という)を、1mm以上とすることが好ましい。ターゲットに誘起される直流成分を大きくするためには、3mm以上とすることがより好ましい。10mm超とすると、ターゲット保持のため、ターゲット裏面にボンディングされているバッキングプレートへの膜付着が顕著になり異物欠点の原因となるおそれがあるので、10mm以下が好ましい。また、アノードは、ターゲット面に対して垂直方向から見たときに、アノードの内縁がターゲット面に対してかぶらないように配置することが好ましい。
【0017】
本発明の誘電体薄膜の形成方法によれば、ターゲットとほぼ同じ組成を有する誘電体薄膜が得られる。本発明の誘電体薄膜の形成方法では、安定した成膜速度で成膜することができ、また一定の特性の薄膜が得られるので、厚い膜厚を形成する場合や、連続して成膜をおこなう場合に好ましく用いることができる。本発明の誘電体薄膜の形成方法により成膜する薄膜の膜厚は、適宜、必要に応じて選択されるが、0.001〜20μmが好ましく、0.01〜10μmがより好ましい。
【0018】
また、一定の特性の薄膜が得られるので、多成分ガラスからなる誘電体薄膜を用いて形成される光導波路のように、屈折率値を精度よく制御して誘電体薄膜を形成することが必要な場合に、好ましく用いることができる。このような多成分ガラスからなる誘電体薄膜を用いて形成される光導波路としては、Bi系ガラスからなるコアをもつ光導波路や、特にEr等の希土類元素を添加したBi系ガラスからなるコアをもつ光導波路が例示される。
【0019】
図1に、このような光導波路の断面の概念図を示す。図1の光導波路は、基板11上に形成された、下層クラッド12と上層クラッド14とからなるクラッドと、コア13と、からなる。図1の光導波路は、例えば、基板11上に、クラッドおよびコアとされる、Biを主成分とし他にSiO等数種類の成分を含むBi系多成分ガラス薄膜を順次積層するとともに、フォトリソグラフィグラフィおよびドライエッチングにより所望のコアパターンを形成して作製される。本発明の誘電体薄膜の形成方法により、クラッドおよびコアとされるBi系多成分ガラス薄膜を形成することにより、安定した成膜速度で形成することができて、膜の屈折率および膜組成が所望の値に精密に制御され、良好なロット毎の再現性が得られる。
【実施例】
【0020】
以下、本発明の実施例と比較例について説明する。例1、2は実施例であって、例3、4は比較例である。
【0021】
[例1]
Bi76.99wt%、Al2.81wt%、Ga10.32wt%、La1.80wt%、CeO0.14wt%、SiO7.94wt%なる組成のBi系多成分ガラスからなる、直径101.6mm、厚さ3mmの円板状のターゲット23を作製し、これを銅製のバッキングプレート24にボンディングした。バッキングプレート24にボンディングされたBi系多成分ガラス製ターゲット23を、高周波マグネトロンスパッタリング装置(アネルバ社製SPC−350)のマグネトロンカソードにセットした。このときのターゲット周りの概略断面図を図3に示す。
【0022】
本例においてマグネトロン磁場は、ターゲット表面における磁束密度分布が、ターゲット中心を含む断面でみたときに図2に示す回転対称の磁場分布となるように、寸法と磁力を設計して製作された磁気回路25Aにより発生される。図2は、ターゲット中心からの距離に対して、ターゲット表面の磁束密度の水平方向の成分Bx、垂直方向の成分Bzをプロットしたグラフである。本例においては磁気回路25Aは、Nd−Fe−B系永久磁石からなる磁石の組と、SUS430からなるヨーク25cとからなり、トンネル状のマグネトロン磁場を発生させる。磁石の組は、断面が円形の第1の磁石としての中心磁石25aおよび断面が円環状の第2の磁石としての外縁磁石25bと、トンネル状の磁場の水平磁場の範囲を広くし、この範囲内に磁束密度の垂直成分の分布の極値を持たせるために設けられた、断面が円環状の2つの磁石を同心円状に配置して組合せた補助磁石25dとからなり、補助磁石25dは、非磁性体補助ヨーク25eにより所定の位置に保持されている。
【0023】
磁気回路25Aとバッキングプレート24にボンディングされたターゲット23とは、カソードボディ26に組み付けられる。図2からわかるように、この磁気回路による磁場の強さは、ターゲット表面において磁束の方向が水平となる位置における磁束密度(以下、「磁気回路の磁場強度」という)すなわち該位置における磁束の水平成分Bxが0.01Tである。また、ターゲット表面における磁束の垂直成分Bzが0.01T以下である、すなわち水平磁場の範囲の幅は、図2のグラフ中で20mmであって、この水平磁場の範囲内で磁束の垂直成分Bzは極大値と極小値を一つずつ有する。また、この水平磁場の範囲の幅の、ターゲット幅に対する割合は39%である。
アノード27には、内径108mmの円環状の電極を、ターゲット表面と上面を一致させ、中心を一致させて配置して用いた。このとき、ターゲットとアノードとの間隔は3.2mmである。
【0024】
成膜に先立って、残留ガスの影響を除くためにチャンバ内を5.4×10−5Pa以下までロータリーポンプおよびターボ分子ポンプで排気し、次いで、マスフローコントローラにより流量制御してArガス30sccm、Oガス0.5sccmの混合ガスを導入してチャンバ内圧力を0.3Paとした雰囲気中で、高周波電源28により周波数13.56MHz、電力120Wの高周波をターゲットに印加してプラズマ22を発生させ、6rpmで回転させたカルーセル型の基板ホルダ(図示せず)にセットされた直径76.2mm、厚さ1mmの円板状のソーダライムシリカガラス基板11上に、Bi系多成分ガラスからなる誘電体薄膜21を形成した。
【0025】
ターゲット23に誘起される直流電圧は、カソードボディ26への高周波電力の端子部に対して、高電圧受動プローブ(日本テクトロニクス社製P6009)およびオシロスコープ(日本テクトロニクス社製TDS−520)(ともに図示せず)を用いて測定をおこなった。形成された膜の屈折率と膜厚は、プリズムカプラ(メトリコン社製モデル2010)により波長1304nmにて測定した。このときの成膜速度と屈折率の変化を図8および図9のグラフにまとめた。ターゲットに誘起された直流電圧は、成膜開始時は270Vであった。また成膜を継続しておこなったときの、ターゲットに誘起される直流電圧の変化は、成膜した膜厚1μm当たり0.6V、すなわち0.6V/μmであった。
【0026】
膜の形成とプリズムカプラによる測定とを繰り返し、また、得られたBi系多成分ガラス膜21に対して熱処理をおこなって、熱処理前後の膜厚と屈折率を測定した。熱処理は、真空引き可能な熱処理装置を用いて、まず1.33Pa以下まで排気した後、Oガス5sccmをフローさせて圧力26.6Paとした雰囲気中、5℃/分で350℃まで昇温して3時間保持した後、5℃/分で室温まで降温させておこなった。
【0027】
[例2]
例1と同じ高周波マグネトロンスパッタリング装置で、同様に作製したBi系多成分ガラス製ターゲット23を用いて、Bi系多成分ガラスからなる誘電体薄膜を形成した。ただし、ターゲット裏面に配設する磁気回路を、補助磁石25dと非磁性体補助ヨーク25eとを備えない磁気回路25Bに変更した。図5にターゲット周りの概略断面図を示した。この磁気回路25Bの磁場強度は0.01Tであって、ターゲット中心を含む断面でみたときの、ターゲット表面における磁束密度分布は図4に示すとおりであって、水平磁場の範囲の幅は19mmであって、ターゲット幅の1/2に対する水平磁場の範囲の幅の割合は37%であるが、磁束の垂直成分Bzは、この水平磁場の範囲内で極大値も極小値も有さない。
【0028】
アノード27および成膜条件は例1と同様としてスパッタリングをおこなって、本例のBi系多成分ガラス膜21を得た。このときの成膜速度と屈折率の変化を図8および図9のグラフにまとめた。また、ターゲットに誘起された直流電圧は、成膜開始時は572Vであって、ターゲットに誘起される直流電圧の変化は0.8V/μmであった。
【0029】
[例3]
例1と同様にして、Bi系多成分ガラスからなる誘電体薄膜を形成した。ただし、ターゲット裏面に配設する磁気回路を、例2と同様の補助磁石を備えない磁気回路25Bとした。この磁気回路25Bの磁場強度は0.03Tとした。ターゲット中心を含む断面でみたときの、ターゲット表面における磁束密度分布は図6に示すとおりであって、水平磁場の範囲の幅は7mmで、ターゲット幅に対する水平磁場の範囲の幅の割合は14%であるが、磁束密度の垂直成分Bzは、この水平磁場の範囲内で極大値も極小値も有さない。また、アノード27には内径92mmの円環状の電極を、直径101.6mmのターゲットに対して中心を一致させて配置した。このときアノード内縁の径がターゲット外周より小さいので、アノード内縁の下面をターゲット表面から2mm上方に配置した。ターゲットとアノードとの間隔は4.8mmである。
【0030】
例1と同様の成膜条件でスパッタリングをおこなって、本例のBi系多成分ガラス膜21を作製し、このときの成膜速度と屈折率の変化を図8および図9のグラフにまとめた。また、ターゲットに誘起された直流電圧は、成膜開始時は20Vであって、ターゲットに誘起される直流電圧の変化は1.1V/μmであった。
【0031】
[例4]
例1と同様にして、Bi系多成分ガラスからなる誘電体薄膜を形成した。ただし、ターゲット裏面に配設する磁気回路を、例2と同様の補助磁石を備えない磁気回路25Bとした。この磁気回路25Bの磁場強度は0.1Tとした。ターゲット中心を含む断面でみたときの、ターゲット表面における磁束密度分布は図7に示すとおりであって、水平磁場の範囲の幅は2mmで、ターゲット幅に対する水平磁場の範囲の幅の割合は4%であるが、磁束密度の垂直成分Bzは、この水平磁場の範囲内で極大値も極小値も有さない。また、アノード27は例3と同様とした。
【0032】
例1と同様の成膜条件でスパッタリングをおこなって、本例のBi系多成分ガラス膜21を作製し、このときの成膜速度と屈折率の変化を図8および図9のグラフにまとめた。また、ターゲットに誘起された直流電圧は、成膜開始時は4Vであって、ターゲットに誘起される直流電圧の変化は1.3V/μmであった。
【0033】
<例1〜4で形成された膜の成膜速度の変化と熱的安定性の評価>
成膜直後の膜厚を成膜時間で除して求めた成膜速度を、同一ターゲットから成膜した積算膜厚に対してプロットしたグラフを図8に示す。ここで縦軸の成膜速度は、同一ターゲットから得られた初期の成膜速度により規格化した。図9は成膜直後の屈折率を、同様に同一ターゲットから成膜した積算膜厚に対してプロットしたグラフである。また、それぞれのサンプルに対して熱処理前後の膜厚の変化率を、同様に積算膜厚に対してまとめた結果を図10に示す。図11は、熱処理後の屈折率変化を、同様に積算膜厚に対してプロットしたグラフである。
【0034】
図8からわかるように、例1と例2では成膜速度はほぼ低下することなく、同一ターゲットから積算膜厚28μm以上の成膜をおこなうことができたが、例3では積算膜厚22μm以上から、例4では初期から、成膜速度の低下が見られた。成膜された膜の屈折率は、図9からわかるように、例1と例2では積算膜厚28μm以上の成膜をおこなっても変化幅が±0.002以内で一定であるのに対して、同じ屈折率の変化幅±0.002以内が得られる積算膜厚は、例3では26μm以下、例4では12μm以下の範囲であった。
【0035】
また、同一ターゲットから積算膜厚28μmの成膜をおこなっても、膜厚の熱処理前後の変化率は例1では−1〜+1%、例2では−1〜+3%と小さく、屈折率の熱処理前後の変化は例1では−0.001〜0.000、例2では−0.002〜+0.003と小さい。
それに対して、熱処理による膜厚の変化率は、例3では−1〜+4%、例4では+3〜+4%と大きく、熱処理による屈折率の変化は、例3では−0.016〜−0.010、例4では−0.034〜−0.024と大きい。すなわち、例1および例2では、熱安定性に優れた膜が安定して得られることがわかった。
【産業上の利用可能性】
【0036】
本発明の薄膜の製造方法によれば、成膜速度の変化により膜特性が変化する膜、特に誘電体膜の形成に適用すると、安定した特性をもつ薄膜を安定した膜厚で容易に再現性良く得られる。また熱的安定性が高い膜が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0037】
【図1】光導波路の断面の概念図。
【図2】例1の磁気回路を用いた場合のターゲット面上での磁束密度分布(水平方向Bx、垂直方向Bz)を示す図。
【図3】補助磁石を備えた磁気回路を備えた高周波スパッタリング装置のターゲット周りの概略断面図。
【図4】例2の磁気回路を用いた場合のターゲット面上での磁束密度分布(水平方向Bx、垂直方向Bz)を示す図
【図5】補助磁石を備えない磁気回路を備えた高周波スパッタリング装置のターゲット周りの概略断面図。
【図6】例3の磁気回路を用いた場合のターゲット面上での磁束密度分布(水平方向Bx、垂直方向Bz)を示す図
【図7】例4の磁気回路を用いた場合のターゲット面上での磁束密度分布(水平方向Bx、垂直方向Bz)を示す図
【図8】熱処理前の成膜速度と、同一ターゲットから得られた膜の熱処理前の積算膜厚との関係を示す図
【図9】熱処理前の屈折率と、同一ターゲットから得られた膜の熱処理前の積算膜厚との関係を示す図
【図10】熱処理前後の膜厚の変化率と、同一ターゲットから得られた膜の熱処理前の積算膜厚との関係を示す図
【図11】熱処理前後の屈折率の変化と、同一ターゲットから得られた膜の熱処理前の積算膜厚との関係を示す図
【符号の説明】
【0038】
11:基板
12:下層クラッド
13:コア
14:上層クラッド
21:Bi系多成分ガラス膜
22:プラズマ
23:ターゲット
24:バッキングプレート
25A:補助磁石を備えた磁気回路
25B:補助磁石を備えない磁気回路
25a:中心磁石
25b:外縁磁石
25c:ヨーク
25d:補助磁石
25e:非磁性体補助ヨーク
26:カソードボディ
27:アノード
28:高周波電源

【特許請求の範囲】
【請求項1】
誘電体材料からなるターゲットと、前記ターゲットに近接して配設されたアノードと、の間に高周波電力を印加し、前記ターゲット表面におけるプラズマ密度を高めるためのマグネトロン磁場の下、基板上に誘電体薄膜を形成するマグネトロンスパッタリングによる誘電体薄膜の形成方法であって、
前記ターゲットに誘起されるカソード電圧の直流成分の絶対値を50V以上とすることを特徴とする誘電体薄膜の形成方法。
【請求項2】
前記ターゲット表面におけるマグネトロン磁場は、磁束線の方向がターゲット面に対し水平となる位置が1箇所の場合はその位置での磁束密度が、また磁束線の方向が水平となる位置が複数ある場合はそれぞれの位置における磁束密度の最小値が、0.005〜0.025Tである請求項1に記載の誘電体薄膜の形成方法。
【請求項3】
前記マグネトロン磁場が、ターゲットの裏側に配置された磁石の組により生成され、
前記磁石の組が、ターゲットの中心部に配設された第1の磁石と、外縁部に配設された第2の磁石と、第1の磁石と第2の磁石との間に配置された補助磁石とを備え、
前記マグネトロン磁場が、前記ターゲット表面での磁束密度のターゲット面に垂直な成分の絶対値が0.01T以下となる範囲の幅の、ターゲット幅に対する割合が10%以上であり、かつターゲット表面での磁束密度の垂直成分が前記範囲内に少なくとも一つの極大値および極小値を持つ磁場である請求項1または2に記載の誘電体薄膜の形成方法。
【請求項4】
前記アノードは、前記ターゲットの外周の全周にわたって隣接して配置されていて、前記ターゲットと前記アノードとの最近接部の間隔が1〜10mmである請求項1、2または3のいずれか1項に記載の誘電体薄膜の形成方法。
【請求項5】
前記ターゲットがBiを主成分とするガラスからなるターゲットである、請求項1〜4のいずれか1項に記載のBiを主成分とするガラス膜からなる誘電体薄膜の形成方法。
【請求項6】
誘電体材料からなるターゲットと、ターゲットに近接して配設されたアノードと、ターゲット表面のプラズマ密度を高めるマグネトロン磁場とを備え、減圧雰囲気下、前記ターゲットと前記アノードとの間に高周波電圧を印加し、基板上に誘電体薄膜を形成するための高周波マグネトロンスパッタリング装置であって、
前記ターゲット表面にマグネトロン磁場を発生させる磁気回路が、ターゲット表面において磁束線の方向が水平となる位置が1箇所の場合はその位置での磁束密度が、また磁束線の方向が水平となる位置が複数ある場合はそれぞれの位置における磁束密度の最小値が、0.005〜0.025Tである磁場を発生させる磁気回路であって、
前記ターゲットに成膜時に誘起されるカソード電圧の直流成分の絶対値が50V以上となる様に制御されることを特徴とする高周波マグネトロンスパッタリング装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2007−119806(P2007−119806A)
【公開日】平成19年5月17日(2007.5.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−309991(P2005−309991)
【出願日】平成17年10月25日(2005.10.25)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国等の委託研究の成果に係る特許出願(平成16年度独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「フォトニックネットワーク技術の開発事業」委託研究、産業活力再生特別措置法第30条の適用を受ける特許出願)
【出願人】(000000044)旭硝子株式会社 (2,665)
【Fターム(参考)】