説明

赤外線シャッター機構および赤外線測定器

【課題】機械的要素の摩耗や、開状態における透過率の低下を招くことなく、十分に広い波長領域の赤外線をチョッピングする。
【解決手段】各高屈折率層3,4,5は、赤外線IRの波長=λ、屈折率=n、物理的な厚み=dとしたときに、その光学的厚みndが1/4λとなるように導電性材料でそれぞれ形成されると共に、対向する2つの高屈折率層の間に電圧が印加された状態において2つの高屈折率層がそれぞれ光学的に一体化し、かつ、2つの高屈折率層の間に電圧が印加されない状態においてその光学的厚みndが1/4λの空気層8a,8bが2つの高屈折率層の間に形成されるようにそれぞれ配設されて、各高屈折率層3,4,5が厚み方向で光学的に一体化した状態において厚み方向に赤外線IRを透過させると共に、各高屈折率層3,4,5の間に空気層8a,8bが形成された状態において赤外線IRを反射する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、赤外線測定機器に搭載されて赤外線をチョッピングする赤外線シャッター機構、およびその赤外線シャッター機構と赤外線センサとを備えて構成された赤外線測定器に関するものである。
【背景技術】
【0002】
赤外線ガス分析計などの赤外線測定機器において検出器(赤外線センサ)に対する赤外線の入射量を測定するには、検出器に対して赤外線が入射している状態と、検出器に対して赤外線が入射していない状態とを交互に生じさせて、対象とする赤外線以外の光の検出信号やノイズ等をキャンセルするのが一般的となっている。したがって、この種の赤外線測定機器においては、赤外線のチョッピングが必要不可欠となっている。この場合、特開平11−248934号公報における「従来の技術」に記載されているように、従来の赤外線測定機器は、回転セクタ方式、振動フォーク方式、およびミラー回転方式などの機械式のチョッピング機構を備えて赤外線をチョッピングする構成が採用されている。しかしながら、機械式のチョッピング機構では、駆動源(モータ)を安定動作させるのが困難であることに起因して、赤外線を所望の周期で安定してチョッピングするのが困難となっているだけでなく、機械的要素の摩耗に起因して、長期に亘って一定の性能を維持するのが困難となっている。
【0003】
この場合、機械的要素の摩耗に起因する上記の問題点を解決すべく、一対の偏向板の間に挟み込んだ光偏向面回転素子(液晶や透明セラミック片等)を両偏向板の間において回転させることによって、赤外線の透過を許容または規制する構成のチョッピング機構も考案されている。しかしながら、このような構成のチョッピング機構では、開状態(赤外線の透過を許容する状態)における透過率が30%程度と非常に低く、しかも、波長依存性が高い(透過を許容できる波長領域が狭い)ため、赤外線測定機器用のチョッピング機構としての実用化が困難となっている。
【0004】
一方、上記の公開公報には、チョッピング機能を有する多層膜干渉フィルタ(ファブリーペロー型のDHW型多層膜干渉フィルタ:以下、「干渉フィルタ」ともいう)が開示されている。この干渉フィルタは、一方の面にλ/4多層膜(5,6)が形成された一対の支持基板(1,2)と、λ/4多層膜(7)とを備え、多層膜(5,6)の形成面同士を対向させるように配置した支持基板(1,2)の間に多層膜(7)を挟み込むことにより、支持基板(1)に形成された多層膜(5)と多層膜(7)との間に上部可変ギャップ(3)が形成されると共に、支持基板(2)に形成された多層膜(6)と多層膜(7)との間に下部可変ギャップ(4)が形成されて構成されている。また、この干渉フィルタは、支持基板(1,2)および多層膜(7)における互いに対向する位置に静電電極(11)がそれぞれ形成され、対向する電極(11)間に所定値の電圧を印加することにより、可変ギャップ(3,4)を拡げたり狭めたりする構成が採用されている。
【0005】
この場合、この干渉フィルタでは、可変ギャップ(3,4)の合計長を例えば4000nmに規定すると共に、対象とする赤外線の透過率をほぼ100%とする際(干渉フィルタを「開状態」とする際)には、可変ギャップ(3)と可変ギャップ(4)とが互いに等しくなるように(この例では、透過波長=λと等しい2000nmとなるように)調整し、対象とする赤外線の透過率を低下させる際(干渉フィルタを「閉状態」とする際)には、可変ギャップ(3)に対して可変ギャップ(4)が十分に大きくなるように(例えば、可変ギャップ(3)が1970nmで、可変ギャップ(4)が2030nmとなるように)調整する。このように、この干渉フィルタでは、各電極(11)に対して印加する電圧の値を調整して可変ギャップ(3)に対する可変ギャップ(4)の比を変化させる(支持基板(1,2)に対する多層膜(7)の相対的位置を変化させる)ことによって、対象とする赤外線をチョッピングすることが可能となっている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平11−248934号公報(第2−8頁、第1−11図)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ところが、従来の干渉フィルタには、以下の問題点が存在する。すなわち、従来の干渉フィルタでは、支持基板(1,2)に対する多層膜(7)の相対的位置を変化させることによって赤外線の透過率を変化させる構成が採用されている。これにより、従来の干渉フィルタでは、機械的要素の摩耗や、開状態における透過率の低下を招くことなく、赤外線をチョッピングすることが可能となっている。しかしながら、上記の公開公報における図5に図示されているように、従来の干渉フィルタには、波長=2000nm±20nm程度の極く狭い波長領域の赤外線だけしかチョッピングすることができないという問題点が存在する。
【0008】
この場合、発明者らは、多層膜(5,6,7)の光学設計(屈折率や厚み)を変更することによって、チョッピング可能な波長を、2000nmを中心とする波長以外の波長とすることができるのを確認した。しかしながら、支持基板(1,2)に対する多層膜(7)の相対的位置を変化させる構成を採用している干渉フィルタでは、多層膜(5,6,7)の光学設計を変更したとしても、チョッピング可能な光の波長領域を十分に拡げるのが困難であることが確認された。したがって、赤外線放射温度計や赤外線分光測定器などの広い波長領域を対象とする赤外線測定機器においては、従来の干渉フィルタのような構成の干渉フィルタをチョッピング機構として採用することができず、機械式のチョッピング機構を採用せざるを得ないという現状がある。
【0009】
また、従来の干渉フィルタでは、支持基板(1)に対して多層膜(7)を接近させて可変ギャップ(4)に対して可変ギャップ(3)を十分に短くすることにより、両可変ギャップ(3,4)が互いに等しい長さの状態よりも赤外線の透過光量比を小さくする(赤外線の透過を規制する)構成が採用されている。この場合、例えば、静電駆動形の干渉フィルタでは、可変ギャップ(3)が初期長に対する1/3を下回る長さ(この例では、2000/3nm≒700nm)となったときに、いわゆる「pull-in 現象」が生じて、多層膜(7)が支持基板(1)に貼り付いてしまう。このような状態においては、所望の光学的特性を発揮するのが困難となる。このため、従来の干渉フィルタでは、赤外線の透過光量を十分に小さくするために支持基板(1)に対して多層膜(7)を十分に接近させつつ、「pull-in 現象」の発生を回避するために支持基板(1)に対して多層膜(7)を十分に離間させる駆動制御が非常に困難となっている。
【0010】
一方、特開平7−270690号公報には、下ホルダーの上に光チョッパ(赤外線シャッター機構)および焦電型赤外線検出器(赤外線センサ)が配設された放射温度計(赤外線測定器)が開示されている。この放射温度計における光チョッパは、ロータ、電磁コイルおよびステータからなるモータによって半円形状の遮光板を回転させることで赤外線をチョッピングする構成が採用されている。この場合、この放射温度計では、光チョッパにおける回転体(遮光板および枢軸)の重心がモータの回転中心とは一致していないことに起因して、枢軸や軸受けに対して大きなストレスが加わっている。このため、従来の放射温度計では、機械的要素(枢軸や軸受け等)に摩耗が生じ易く、これに起因して、長期に亘って一定の性能を維持するのが困難となっている。
【0011】
さらに、回転体の重心が回転中心とは一致していない光チョッパでは、回転体(遮光板等)を安定して回転させるのが困難であることに起因して、赤外線を所望の周期で安定してチョッピングするのが困難となっている。また、そのような回転体を回転させるためにモータの仕事量が増加していることに起因してモータからの発熱量が多く、しかも、大きな振動も生じ易くなっている。このため、従来の放射温度計のような機械式のチョッピング機構では、作動時に生じる熱や振動の影響により、赤外線センサによる赤外線の検出精度を低下させるおそれがある。
【0012】
具体的には、例えば、上記の放射温度計に搭載された焦電型赤外線検出器のような焦電型の赤外線センサは、赤外線の照射時(結晶構造の加熱時)および非照射時(結晶構造の冷却時)における電気分極によって生じる電流を検出することで赤外線を検出する構成が採用されている。したがって、焦電型の赤外線センサを搭載している赤外線測定器では、赤外線シャッター機構(チョッピング機構)を通過した赤外線の照射による加熱以外の熱によって結晶構造が加熱されたときに、この熱量の分だけ、赤外線センサから出力される検出信号のノイズ成分が大きくなる。このため、検出信号のS/N比が大きく低下する。
【0013】
この場合、この種の赤外線測定器のなかには、赤外線シャッター機構等の駆動によって生じる熱量をモニタリングして、赤外線センサによる赤外線の検出値を補正する(検出信号に含まれる上記のノイズ成分をキャンセルする)構成が採用されたものも存在する。しかしながら、赤外線シャッター機構等の駆動によって生じる熱に起因するノイズ成分をキャンセルすることができたとしても、赤外線シャッター機構等の駆動時に生じる振動に起因するノイズ成分の量を特定するのが困難であるため、この振動に起因するノイズの分だけ、検出信号のS/N比が大きく低下する。このため、機械式のチョッピング機構を採用している従来の放射温度計では、測定精度の向上が困難となっているという問題点がある。
【0014】
また、従来の放射温度計では、半円形状の遮光板をモータによって回転させることで赤外線をチョッピングする構成が採用されている。このため、従来の放射温度計では、赤外線のチョッピング時に遮光板が焦電型赤外線検出器に当接して遮光板や焦電型赤外線検出器が破損する事態を招くことのないように、遮光板と焦電型赤外線検出器との間に十分な隙間を設ける必要がある。また、遮光板を回転させるためのモータ(ロータ、電磁コイルおよびステータ)や、遮光板の中心部に固定された枢軸の存在に起因して、光チョッパ自体も非常に大きくなっている。このため、従来の放射温度計には、小形化が困難となっているという問題点もある。
【0015】
本発明は、かかる問題点に鑑みてなされたものであり、機械的要素の摩耗や、開状態における透過率の低下を招くことなく、十分に広い波長領域の赤外線を確実かつ容易にチョッピングし得る赤外線シャッター機構の提供、および小形化を図りつつ、十分に広い波長領域の赤外線を高精度で検出し得る赤外線測定器の提供を主目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
上記目的を達成すべく請求項1記載の赤外線シャッター機構は、赤外線を透過可能な支持基板における一方の面に形成された第1の高屈折率層と、当該第1の高屈折率層の厚み方向で当該第1の高屈折率層に対向配置された第2の高屈折率層と、当該第2の高屈折率層の厚み方向で当該第2の高屈折率層に対向配置された第3の高屈折率層とを備え、前記赤外線の波長をλとし、屈折率をnとし、物理的な厚みをdとしたときに、その光学的厚みndが1/4λに対する奇数倍の厚みとなるように導電性材料で前記各高屈折率層がそれぞれ形成されると共に、対向する2つの当該高屈折率層の間に電圧が印加された状態において当該2つの高屈折率層が光学的に一体化し、かつ、当該2つの高屈折率層の間に当該電圧が印加されない状態においてその光学的厚みndが1/4λに対する奇数倍の厚みの空気層が当該2つの高屈折率層の間に形成されるように前記各高屈折率層がそれぞれ配設されて、前記各高屈折率層の間に前記電圧が印加されて当該各高屈折率層が前記厚み方向で光学的に一体化した状態において当該厚み方向に前記赤外線を透過させると共に、当該各高屈折率層の間に当該電圧が印加されずに当該各高屈折率層の間に前記空気層が形成された状態において当該赤外線を反射する。なお、「光学的に一体化した状態」とは、各高屈折率層が光学的に「連続する1つの層」として捉えることができる状態を意味する。したがって、「光学的に一体化した状態」には、各高屈折率層が物理的に接して厚み方向において物理的に連続している状態だけでなく、例えば、各高屈折率層の間に、光学的には殆ど影響のない極く薄厚の薄膜や、光学的には殆ど影響のない極く薄厚の空気の層が存在している状態がこれに含まれる。
【0017】
また、請求項2記載の赤外線シャッター機構は、請求項1記載の赤外線シャッター機構において、前記支持基板を形成している材料よりも屈折率が低い材料によってその光学的厚みndが1/4λに対する奇数倍の厚みとなるように当該支持基板における他方の面に支持基板側反射率低減層が形成されると共に、前記第3の高屈折率層を形成している前記導電性材料よりも屈折率が低い材料によってその光学的厚みndが1/4λに対する奇数倍の厚みとなるように当該第3の高屈折率層における前記第2の高屈折率層側とは反対側の面に高屈折率層側反射率低減層が形成されている。
【0018】
さらに、請求項3記載の赤外線シャッター機構は、請求項1または2記載の赤外線シャッター機構において、前記第1の高屈折率層における前記第2の高屈折率層側の面、前記第2の高屈折率層における前記第1の高屈折率層側の面、前記第2の高屈折率層における前記第3の高屈折率層側の面、および前記第3の高屈折率層における前記第2の高屈折率層側の面に保護膜がそれぞれ形成されている。
【0019】
また、請求項4記載の赤外線シャッター機構は、赤外線を透過可能な支持基板における一方の面に形成された第1の高屈折率層と、当該第1の高屈折率層の厚み方向で当該第1の高屈折率層に対向配置された第2の高屈折率層とを備え、前記赤外線の波長をλとし、屈折率をnとし、物理的な厚みをdとしたときに、その光学的厚みndが1/4λに対する奇数倍の厚みとなるように導電性材料で前記各高屈折率層がそれぞれ形成されると共に、当該各高屈折率層の間に電圧が印加された状態において当該各高屈折率層が光学的に一体化し、かつ、当該各高屈折率層の間に当該電圧が印加されない状態においてその光学的厚みndが1/4λに対する奇数倍の厚みの空気層が当該各高屈折率層の間に形成されるように前記各高屈折率層がそれぞれ配設されて、前記各高屈折率層の間に前記電圧が印加されて当該各高屈折率層が前記厚み方向で光学的に一体化した状態において当該厚み方向に前記赤外線を透過させると共に、当該各高屈折率層の間に当該電圧が印加されずに当該各高屈折率層の間に前記空気層が形成された状態において当該赤外線を反射する。
【0020】
さらに、請求項5記載の赤外線シャッター機構は、請求項4記載の赤外線シャッター機構において、前記支持基板を形成している材料よりも屈折率が低い材料によってその光学的厚みndが1/4λに対する奇数倍の厚みとなるように当該支持基板における他方の面に支持基板側反射率低減層が形成されると共に、前記第2の高屈折率層を形成している前記導電性材料よりも屈折率が低い材料によってその光学的厚みndが1/4λに対する奇数倍の厚みとなるように当該第2の高屈折率層における前記第1の高屈折率層側とは反対側の面に高屈折率層側反射率低減層が形成されている。
【0021】
また、請求項6記載の赤外線シャッター機構は、請求項4または5記載の赤外線シャッター機構において、前記第1の高屈折率層における前記第2の高屈折率層側の面、および前記第2の高屈折率層における前記第1の高屈折率層側の面に保護膜がそれぞれ形成されている。
【0022】
また、請求項7記載の赤外線測定器は、請求項1から6のいずれかに記載の赤外線シャッター機構と、前記支持基板における前記他方の面側に前記赤外線シャッター機構と一体的に形成された赤外線センサとを備えている。
【0023】
また、請求項8記載の赤外線測定器は、請求項7記載の赤外線測定器において、前記赤外線センサは、前記支持基板における前記他方の面、および当該他方の面に形成された機能層における当該支持基板側とは反対側の面のいずれかに密着するように形成された薄膜赤外線センサで構成されている。
【発明の効果】
【0024】
請求項1記載の赤外線シャッター機構によれば、対向する2つの高屈折率層の間に電圧が印加された状態において2つの高屈折率層が光学的に一体化し、かつ、2つの高屈折率層の間に電圧が印加されない状態においてその光学的厚みndが1/4λに対する奇数倍の厚みの空気層が2つの高屈折率層の間に形成されるように各高屈折率層を配設して、各高屈折率層の間に電圧が印加されて各高屈折率層が厚み方向で光学的に一体化した状態において厚み方向に赤外線を透過させると共に、各高屈折率層の間に電圧が印加されずに各高屈折率層の間に空気層が形成された状態において赤外線を反射するように構成したことにより、モータ等の駆動源が不要のため、赤外線を所望の周期で安定してチョッピングすることができると共に、機械的要素の摩耗を招くことがないため、長期に亘って一定の性能を維持することができ、しかも、開状態における赤外線の透過率の大幅な低下を招くことなく、非常に広い波長領域内の波長の赤外線を対象としてチョッピングすることができる。
【0025】
また、この赤外線シャッター機構によれば、赤外線を透過させるときには、2つの高屈折率層を光学的に一体化させ、赤外線の透過を規制する(反射する)ときには、2つの高屈折率層の間に空気層を形成するだけの制御でよいため、赤外線の透過光量を十分に小さくするために支持基板に対して多層膜を十分に接近させつつ、「pull-in 現象」の発生を回避するために支持基板に対して多層膜を十分に離間させるといった煩雑な駆動制御が不要となる結果、対象とする赤外線を確実かつ容易にチョッピングすることができる。
【0026】
また、この赤外線シャッター機構によれば、各高屈折率層を導電性材料で形成したことにより、支持基板(1,2)や多層膜(5,6,7)とは別個に電極(11)が形成されている従来の干渉フィルタと比較して、赤外線シャッター機構を閉状態にするための(各高屈折率層に電圧を印加するための)専用の電極の形成が不要となる分だけ、赤外線シャッター機構の製造コストを低減できると共に、支持基板に形成された第1の高屈折率層に対して相対的に移動させる第2の高屈折率層や第3の高屈折率層の質量を十分に小さくすることができるため、赤外線シャッター機構を高速に、しかも安定して駆動することができる。
【0027】
請求項2記載の赤外線シャッター機構によれば、支持基板における他方の面に支持基板側反射率低減層を形成すると共に、第3の高屈折率層における第2の高屈折率層側とは反対側の面に高屈折率層側反射率低減層を形成したことにより、支持基板における他方の面や、第3の高屈折率層における第2の高屈折率層側とは反対側の面において赤外線が大きく反射されて開状態における透過率が低下する事態を回避して、開状態における透過率を十分に高くすることができる。
【0028】
請求項3記載の赤外線シャッター機構によれば、第1の高屈折率層における第2の高屈折率層側の面、第2の高屈折率層における第1の高屈折率層側の面、第2の高屈折率層における第3の高屈折率層側の面、および第3の高屈折率層における第2の高屈折率層側の面に保護膜をそれぞれ形成したことにより、各高屈折率層の酸化や傷付きを招くことなく、赤外線シャッター機構の光学的性能を長期に亘って一定に維持することができる。
【0029】
請求項4記載の赤外線シャッター機構によれば、各高屈折率層の間に電圧が印加された状態において各高屈折率層が光学的に一体化し、かつ、各高屈折率層の間に電圧が印加されない状態においてその光学的厚みndが1/4λに対する奇数倍の厚みの空気層が各高屈折率層の間に形成されるように各高屈折率層を配設して、各高屈折率層の間に電圧が印加されて各高屈折率層が厚み方向で光学的に一体化した状態において厚み方向に赤外線を透過させると共に、各高屈折率層の間に電圧が印加されずに各高屈折率層の間に空気層が形成された状態において赤外線を反射するように構成したことにより、モータ等の駆動源が不要のため、赤外線を所望の周期で安定してチョッピングすることができると共に、機械的要素の摩耗を招くことがないため、長期に亘って一定の性能を維持することができるだけでなく、開状態における赤外線の透過率の大幅な低下を招くことなく、非常に広い波長領域内の波長の赤外線を対象としてチョッピングすることができる。
【0030】
また、この赤外線シャッター機構によれば、赤外線を透過させるときには、2つの高屈折率層を光学的に一体化させ、赤外線の透過を規制する(反射する)ときには、2つの高屈折率層の間に空気層を形成するだけの制御でよいため、赤外線の透過光量を十分に小さくするために支持基板に対して多層膜を十分に接近させつつ、「pull-in 現象」の発生を回避するために支持基板に対して多層膜を十分に離間させるといった煩雑な駆動制御が不要となる結果、対象とする赤外線を確実かつ容易にチョッピングすることができる。
【0031】
また、この赤外線シャッター機構によれば、各高屈折率層を導電性材料で形成したことにより、支持基板(1,2)や多層膜(5,6,7)とは別個に電極(11)が形成されている従来の干渉フィルタと比較して、赤外線シャッター機構を閉状態にするための(各高屈折率層に電圧を印加するための)専用の電極の形成が不要となる分だけ、赤外線シャッター機構の製造コストを低減できると共に、支持基板に形成された第1の高屈折率層に対して相対的に移動させる第2の高屈折率層の質量を十分に小さくすることができるため、赤外線シャッター機構を高速に、しかも安定して駆動することができる。
【0032】
請求項5記載の赤外線シャッター機構によれば、支持基板における他方の面に支持基板側反射率低減層を形成すると共に、第2の高屈折率層における第1の高屈折率層側とは反対側の面に高屈折率層側反射率低減層を形成したことにより、支持基板における他方の面や、第2の高屈折率層における第1の高屈折率層側とは反対側の面において赤外線が大きく反射されて開状態における透過率が低下する事態を回避して、開状態における透過率を十分に高くすることができる。
【0033】
請求項6記載の赤外線シャッター機構によれば、第1の高屈折率層における第2の高屈折率層側の面、および第2の高屈折率層における第1の高屈折率層側の面に保護膜をそれぞれ形成したことにより、各高屈折率層の酸化や傷付きを招くことなく、赤外線シャッター機構の光学的性能を長期に亘って一定に維持することができる。
【0034】
請求項7記載の赤外線測定器によれば、請求項1から6のいずれかに記載の赤外線シャッター機構と、支持基板における他方の面側に赤外線シャッター機構と一体的に形成した赤外線センサとを備えて構成したことにより、機械式のチョッピング機構を有する赤外線測定器と比較して、赤外線シャッター機構に対して赤外線センサを十分に接近させる(この例では、密着させる)ことができる分だけ十分に小形化することができるだけでなく、モータ(ロータ、電磁コイルおよびステータ)や、遮光板等を支持するための枢軸等が不要な分だけ、赤外線測定器を一層小形化することができる。また、赤外線シャッター機構の作動時に生じる熱量や振動が十分に小さいため、赤外線センサから出力される検出信号に含まれる「振動や発熱に起因するノイズ成分」を十分に減少させることができる結果、十分に高いS/N比の検出信号を出力することができる。これにより、赤外線の検出精度を十分に高めることができる。
【0035】
請求項8記載の赤外線測定器によれば、支持基板における他方の面、および他方の面に形成した機能層における支持基板側とは反対側の面のいずれかに密着するように形成した薄膜赤外線センサで赤外線センサを構成したことにより、赤外線シャッター機構と赤外線センサとの間に隙間を設ける構成と比較して、赤外線センサとしての薄膜赤外線センサの形成(成膜)が容易となる分だけ、赤外線測定器を容易に製造することができると共に、赤外線シャッター機構と薄膜赤外線センサとの間に隙間が存在しない分だけ、一層小形化することができる。
【図面の簡単な説明】
【0036】
【図1】赤外線の透過を規制する閉状態の赤外線シャッター機構1の断面図である。
【図2】赤外線の透過を許容する開状態の赤外線シャッター機構1の断面図である。
【図3】閉状態の赤外線シャッター機構1についての光学的特性について説明するための説明図である。
【図4】開状態の赤外線シャッター機構1についての光学的特性について説明するための説明図である。
【図5】赤外線シャッター機構1が閉状態となっている赤外線測定器10の断面図である。
【図6】赤外線シャッター機構1が開状態となっている赤外線測定器10の断面図である。
【図7】赤外線の透過を規制する閉状態の赤外線シャッター機構1Aの断面図である。
【図8】赤外線の透過を許容する開状態の赤外線シャッター機構1Aの断面図である。
【図9】閉状態の赤外線シャッター機構1Aについての光学的特性について説明するための説明図である。
【図10】開状態の赤外線シャッター機構1Aについての光学的特性について説明するための説明図である。
【図11】赤外線シャッター機構1Aが閉状態となっている赤外線測定器10Aの断面図である。
【図12】赤外線シャッター機構1Aが開状態となっている赤外線測定器10Aの断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0037】
以下、赤外線シャッター機構および赤外線測定器の実施の形態について、添付図面を参照して説明する。
【0038】
図1,2に示す赤外線シャッター機構1は、赤外線放射温度計や赤外線分光測定器などの広い波長領域の赤外線IRを対象とする赤外線測定機器に搭載されて、対象の赤外線IRをチョッピングするチョッピング機構として機能するシャッター機構(赤外線変調器)であって、支持基板2および高屈折率層3,4,5を備えている。支持基板2は、一例としてSiによって厚み300μm程度の平板状に形成されて、この赤外線シャッター機構1の変調対象である波長領域(一例として、10000nm±2000nmの範囲:以下、「対象波長領域」ともいう)の赤外線IRを透過可能に構成されている。この場合、支持基板2を形成する材料はSiに限定されず、変調対象の赤外線IRを透過可能であり、かつ、高屈折率層3を形成している材料とは相違する材料であれば任意の材料によって形成することができる。具体的には、一例として、Ge、Si、ZnSおよびBaF等によって形成することができる。また、支持基板2の厚みは、変調対象の赤外線IRを透過可能で、かつ、赤外線シャッター機構1の物理的強度を確保できる範囲内において任意に変更することができる。
【0039】
高屈折率層3は、第1の高屈折率層の一例であって、支持基板2における一方の面(両図における上面)にGe(「導電性材料」の一例)によって厚み(物理的な厚み)が567nm程度となるように形成されている。また、高屈折率層4は、第2の高屈折率層の一例であって、Geによって厚み(物理的な厚み)が567nm程度となるように形成されて、高屈折率層3の厚み方向で高屈折率層3に対向配置されている。さらに、高屈折率層5は、第3の高屈折率層の一例であって、Geによって厚み(物理的な厚み)が567nm程度となるように形成されて、高屈折率層4の厚み方向で高屈折率層4に対向配置されている。
【0040】
この場合、Geの屈折率(n)が4.4であるため、高屈折率層3,4,5の光学的厚み(nd)は、「4.4×567=2494.8≒2500nm」で、上記の対象波長領域の中心波長(この例では、10000nm)に対する1/4となっている(「nd=1/4λ」に対する1倍の構成の例(奇数倍の一例))。なお、高屈折率層3,4,5を形成する材料やその厚みは上記の例に限定されず、その光学的厚み(nd)が上記の対象波長領域の中心波長に対する1/4の奇数倍となる条件を満たすことを条件として、各種屈折率の導電性材料で任意の厚みに形成することができる。具体的には、一例として、SiやGe等によって上記の条件を満たすように形成することができる。
【0041】
また、この赤外線シャッター機構1では、支持基板2における他方の面(図1,2における下面)、および高屈折率層5における高屈折率層4側とは反対側の面に反射率低減層(無反射コーティング層)6a,6bがそれぞれ形成されている。反射率低減層6aは、「機能層」の一例である支持基板側反射率低減層に相当し、後述するように高屈折率層5,4,3を透過して支持基板2に入射した赤外線IRが支持基板2における他方の面(高屈折率層3が形成されている側の面に対する反対側の面)において大きく反射されるのを阻止するために、ZnSeによって厚み1042nm程度となるように形成されている。また、反射率低減層6bは、高屈折率層側反射率低減層に相当し、後述するように高屈折率層5に向かって赤外線シャッター機構1に入射しようとする赤外線IRが高屈折率層5における高屈折率層4が形成されている側の面に対する反対側の面において大きく反射されるのを阻止するために、ZnSeによって厚み1042nm程度となるように形成されている。
【0042】
この場合、ZnSeの屈折率(n)は、Siの屈折率(n=3.4)やGeの屈折率(n=4.4)よりも低い2.4であり、これにより、反射率低減層6a,6bの光学的厚み(nd)は、「2.4×1042=2500.8≒2500nm」で、上記の対象波長領域の中心波長(この例では、10000nm)に対する1/4となっている(「nd=1/4λ」に対する1倍の構成の例(奇数倍の一例))。なお、反射率低減層6a,6bを形成する材料やその厚みは上記の例に限定されず、その光学的厚み(nd)が上記の対象波長領域の中心波長に対する1/4の奇数倍となる条件を満たすことを条件として、各種屈折率の材料で任意の厚みに形成することができる。具体的には、一例として、ZnSe、ZnSおよびBaF等によって上記の条件を満たすように形成することができる。
【0043】
さらに、この赤外線シャッター機構1では、高屈折率層3における高屈折率層4側の面、高屈折率層4における高屈折率層3側の面、高屈折率層4における高屈折率層5側の面、および高屈折率層5における高屈折率層4側の面にZnSeによって厚み10nm程度の保護膜(保護用絶縁膜)7がそれぞれ形成されている。この保護膜7は、高屈折率層3,4,5の酸化や傷付きを阻止すると共に、高屈折率層3,4,5を相互に絶縁するための薄膜であって、赤外線シャッター機構1に与える光学的影響を十分に小さくするために極く薄厚に形成されている。この場合、保護膜7を形成する材料やその厚みは上記の例に限定されず、高屈折率層3,4,5の保護および絶縁が可能で、赤外線シャッター機構1に与える光学的影響が十分に小さければ、任意の材料で任意の厚みに形成することができる。具体的には、一例として、ZnSe、ZnSおよびBaF等によって形成することができる。
【0044】
この赤外線シャッター機構1は、一例として、高屈折率層5から高屈折率層3に向かう向きの赤外線IRを反射または透過させることによって赤外線IRをチョッピングする構成が採用されている。具体的には、赤外線シャッター機構1は、赤外線放射温度計や赤外線分光測定器などの赤外線測定機器に搭載された状態において、上記の高屈折率層3,4,5が電極として機能するように赤外線測定機器における駆動制御部(図示せず)に電気的に接続される。
【0045】
この場合、この赤外線シャッター機構1では、図1に示すように、上記の駆動制御部によって高屈折率層3,4,5に対して電圧が印加されていない状態において、高屈折率層3,4の間に、その光学的厚み(nd)が上記の対象波長領域の中心波長(この例では、10000nm)に対する1/4である2500nm程度(「nd=1/4λ」に対する1倍の例(奇数倍の一例))の空気層8aが形成されると共に、高屈折率層4,5の間に、その光学的厚み(nd)が上記の対象波長領域の中心波長に対する1/4である2500nm程度(「nd=1/4λ」に対する1倍の例(奇数倍の一例))の空気層8bが形成されるように(空気層8a,8bを挟んで高屈折率層3,4,5が厚み方向で重なるように)構成されている。
【0046】
このように、空気層8a,8b(空気で形成された「低屈折率層」)が形成された状態(「各高屈折率層の間に電圧が印加されずに各高屈折率層の間に空気層が形成された状態」の一例)では、高屈折率層5における高屈折率層4側の面、高屈折率層4における高屈折率層5側の面、高屈折率層4における高屈折率層3側の面、および高屈折率層3における高屈折率層4側の面において赤外線IRが反射される結果、赤外線IRの透過が規制される。以下、この状態を「閉状態」ともいう。なお、この赤外線シャッター機構1は、同図に示すように空気層8a,8bが形成された状態(閉状態)においても、支持基板2、高屈折率層3,4,5、反射率低減層6a,6bおよび各保護膜7の図示しない端部が互いに接して、これらの層および膜が厚み方向で連続した状態となっている。
【0047】
また、この赤外線シャッター機構1では、高屈折率層3,4(「対向する2つの高屈折率層」に相当)の間に駆動制御部によって数V〜数十V程度の電圧が印加されると共に、高屈折率層4,5(「対向する2つの高屈折率層」に相当)の間に駆動制御部によって数V〜数十V程度の電圧が印加されたときに、高屈折率層3,4の間、および高屈折率層4,5の間に静電引力が生じ、図2に示すように、高屈折率層3,4が保護膜7,7を介して面的に接触して光学的に一体化すると共に、高屈折率層4,5が保護膜7,7を介して面的に接触して光学的に一体化するように構成されている。このように、各高屈折率層3,4,5の間に電圧が印加されて各高屈折率層3,4,5が厚み方向で光学的に一体化した状態では、高屈折率層5における高屈折率層4側の面、高屈折率層4における高屈折率層5側の面、高屈折率層4における高屈折率層3側の面、および高屈折率層3における高屈折率層4側の面における赤外線IRの反射が極く小さなものとなる結果、各高屈折率層3,4,5の厚み方向への赤外線IRの透過が許容される。以下、この状態を「開状態」ともいう。
【0048】
これにより、この赤外線シャッター機構1では、駆動制御部によって電圧を印加する状態と電圧を印加しない状態との2種類の状態を一定周期で交互に繰り返すことにより、赤外線IRを一定周期でチョッピングすることが可能となっている。この場合、図3に示すように、この赤外線シャッター機構1では、閉状態において、前述した対象波長領域(10000nm±2000nmの範囲)内のすべての波長の赤外線IRについての透過率を2%以下とすることが可能となっている。また、図4に示すように、この赤外線シャッター機構1では、開状態において、上記の対象波長領域内のすべての波長の赤外線IRについての透過率を78%以上とすることが可能となっている。
【0049】
この場合、この赤外線シャッター機構1では、開状態において、上記の対象波長領域内の波長の赤外線IRだけでなく、7000nmから8000nmの範囲内の赤外線IRについての透過率を70%以上とすることが可能であり、12000nmから16000nmの範囲内の赤外線IRについての透過率についても75%以上とすることが可能となっている。また、7000nmから8000nmの範囲内の赤外線IRや、12000nmから16000nmの範囲内の赤外線IRについては、閉状態において、その透過率を5%以下とすることが可能となっている。したがって、この赤外線シャッター機構1では、実質的には、7000nmから16000nmまでの非常に広い波長領域内の赤外線IRを対象として好適にチョッピングすることができるのが理解できる。
【0050】
この場合、反射率低減層6a,6bが存在しない点を除いて上記の赤外線シャッター機構1と同様に製造した赤外線シャッター機構(図示せず)の光学的特性を調査したところ、チョッピング可能な赤外線IRの波長領域自体は、上記の赤外線シャッター機構1と同様であるものの、開状態における赤外線IRの透過率が45%程度まで低下するのが確認された。したがって、反射率低減層6a,6bを形成することによって、開状態における透過率を十分に高くすることができるのが理解できる。また、反射率低減層6a,6bの光学的厚みを上記の対象波長領域の中心波長(この例では、10000nm)に対する3/4倍や5/4倍の反射率低減層(「nd=1/4λ」に対する奇数倍の他の一例:図示せず)とした赤外線シャッター機構を製造して光学的特性を調査したところ、チョッピング可能な赤外線IRの波長領域自体は、上記の赤外線シャッター機構1と同様であるものの、開状態における赤外線IRの透過率が赤外線シャッター機構1よりも若干低下するのが確認された。したがって、反射率低減層6a,6bの光学的厚み(nd)については、対象波長領域の中心波長(この例では、10000nm)に対する1/4倍(nd=1/4λ)とするのが好ましい。
【0051】
さらに、高屈折率層3,4,5について、その光学的厚み(nd)が上記の赤外線シャッター機構1とは相違するように、nd=1/4λに対する3倍の厚みや、5倍の厚みとなるように各高屈折率層を形成した赤外線シャッター機構(図示せず)を製造して光学的特性を調査したところ、高屈折率層がnd=3/4λの赤外線シャッター機構では、閉状態において好適に反射し得る波長領域が上記の赤外線シャッター機構1よりも狭い9000nmから11000nmの範囲となり、高屈折率層がnd=5/4λの赤外線シャッター機構では、閉状態において好適に反射し得る波長領域が上記の赤外線シャッター機構1よりも狭い9500nmから10500nmの範囲となるのが確認された。したがって、高屈折率層3,4,5の光学的厚み(nd)については、対象波長領域の中心波長(この例では、10000nm)に対する1/4倍(nd=1/4λ)とするのが好ましい。
【0052】
また、この赤外線シャッター機構1は、公知の半導体製造プロセスに従って、上記の各層を一体的に形成することが可能となっている。具体的には、一例として、支持基板2を構成するSi基板上に、高屈折率層3を形成するためのGeの層、保護膜7を形成するためのZnSeの層、空気層8aを形成するための空気層形成層、保護膜7を形成するためのZnSeの層、高屈折率層4を形成するためのGeの層、保護膜7を形成するためのZnSeの層、空気層8bを形成するための空気層形成層、保護膜7を形成するためのZnSeの層、および高屈折率層5を形成するためのGeの層をこの順で形成して積層体を製造し(図示せず)、この積層体に対する所定のマスクパターンを用いた現像処理を実行することによって、空気層形成層を消失させて空気層8a,8bを形成した後に、支持基板2および高屈折率層5の表面に反射率低減層6a,6bを形成することによって製造することができる。この場合、上記の空気層形成層は、一例として、二酸化シリコン、多結晶シリコンおよび各種ポリマーによって形成することができる。
【0053】
なお、積層体に対する現像処理を実行することで空気層8a,8bを形成した後に、支持基板2および高屈折率層5の表面に反射率低減層6a,6bを形成する上記の製造方法に代えて、積層体における支持基板2および高屈折率層5の表面に反射率低減層6a,6bを形成した後に、反射率低減層6bの側から、マスクパターンを用いた現像処理(例えば、エッチングガスを用いたエッチング処理)を実行することで空気層形成層を消失させて空気層8a,8bを形成する製造方法を採用することもできる。このような製造方法を採用することにより、空気層8a,8bの形成によって物理的強度が低下した状態の積層体に反射率低減層6a,6bを形成する製造方法よりも、製造過程における赤外線シャッター機構1の破損を好適に回避することができる。
【0054】
このように、半導体製造プロセスに従って上記の各層を一体的に形成することにより、多層膜(5)を形成した支持基板(1)と、多層膜(6)を形成した支持基板(2)とによって多層膜(7)を挟むようにして一体化させて製造する従来の干渉フィルタと比較して、その製造コストを十分に低減することが可能となっている。また、多層膜(5,6)の双方に厚手の支持基板(1,2)が一体的に付随している従来の干渉フィルタでは、支持基板(1)と一体化した多層膜(5)に対して、支持基板(2)と一体化した多層膜(6)を相対的に移動させようとしても(多層膜(5,6)を互いに接近または離間させようとしても)、厚手の支持基板(2)の質量が大きいことに起因して、非常に大きな力を要することとなる。これに対して、この赤外線シャッター機構1では、高屈折率層5には、極く薄厚の反射率低減層6bおよび保護膜7だけが形成され、高屈折率層4には、極く薄厚の保護膜7だけが形成されているため、これら高屈折率層4,5を移動させるのに要する力が十分に小さくなっている。
【0055】
このように、この赤外線シャッター機構1によれば、対向する2つの高屈折率層3,4の間、および高屈折率層4,5の間に電圧が印加された状態において2つの高屈折率層3,4が光学的に一体化すると共に2つの高屈折率層4,5が光学的に一体化し、かつ、2つの高屈折率層3,4の間、および高屈折率層4,5の間に電圧が印加されない状態においてその光学的厚みndが1/4λに対する奇数倍の厚みの空気層8a,8bが高屈折率層3,4の間、および高屈折率層4,5の間に形成されるように各高屈折率層3,4,5を配設して、各高屈折率層3,4,5の間に電圧が印加されて各高屈折率層3,4,5が厚み方向で光学的に一体化した状態において厚み方向に赤外線IRを透過させると共に、各高屈折率層3,4,5の間に電圧が印加されずに各高屈折率層3,4,5の間に空気層8a,8bが形成された状態において赤外線IRを反射するように構成したことにより、モータ等の駆動源が不要のため、赤外線IRを所望の周期で安定してチョッピングすることができると共に、機械的要素の摩耗を招くことがないため、長期に亘って一定の性能を維持することができ、しかも、前述したように、開状態における赤外線IRの透過率の大幅な低下を招くことなく、非常に広い波長領域内の波長の赤外線IRを対象としてチョッピングすることができる。
【0056】
また、この赤外線シャッター機構1によれば、赤外線IRを透過させるときには、各高屈折率層3,4,5を光学的に一体化させ、赤外線IRの透過を規制する(反射する)ときには、高屈折率層3,4の間、および高屈折率層4,5の間に空気層8a,8bを形成するだけの制御でよいため、赤外線の透過光量を十分に小さくするために支持基板に対して多層膜を十分に接近させつつ、「pull-in 現象」の発生を回避するために支持基板に対して多層膜を十分に離間させるといった煩雑な駆動制御が不要となる結果、対象とする赤外線IRを確実かつ容易にチョッピングすることができる。
【0057】
また、この赤外線シャッター機構1によれば、各高屈折率層3,4,5を導電性材料で形成したことにより、支持基板(1,2)や多層膜(5,6,7)とは別個に電極(11)が形成されている従来の干渉フィルタと比較して、赤外線シャッター機構1を閉状態にするための(高屈折率層3,4,5に電圧を印加するための)専用の電極の形成が不要となる分だけ、赤外線シャッター機構1の製造コストを低減できると共に、支持基板2に形成された高屈折率層3に対して相対的に移動させる高屈折率層4や高屈折率層5の質量を十分に小さくすることができるため、赤外線シャッター機構1を高速に、しかも安定して駆動することができる。
【0058】
また、この赤外線シャッター機構1によれば、支持基板2における他方の面に反射率低減層6aを形成すると共に、高屈折率層5における高屈折率層4側とは反対側の面に反射率低減層6bを形成したことにより、支持基板2における他方の面や、高屈折率層5における高屈折率層4側とは反対側の面において赤外線IRが大きく反射されて開状態における透過率が低下する事態を回避して、開状態における透過率を十分に高くすることができる。
【0059】
さらに、この赤外線シャッター機構1によれば、高屈折率層3における高屈折率層4側の面、高屈折率層4における高屈折率層3側の面、高屈折率層4における高屈折率層5側の面、および高屈折率層5における高屈折率層4側の面に保護膜7をそれぞれ形成したことにより、高屈折率層3,4,5の酸化や傷付きを招くことなく、赤外線シャッター機構1の光学的性能を長期に亘って一定に維持することができる。
【0060】
次に、上記の赤外線シャッター機構1を備えて構成された赤外線測定器10について、添付図面を参照して説明する。
【0061】
図5,6に示す赤外線測定器10は、上記の赤外線シャッター機構1と、赤外線シャッター機構1の支持基板2における他方の面側に赤外線シャッター機構1と一体的に形成された薄膜赤外線センサ9とを備えて構成されている。この場合、この赤外線測定器10では、支持基板2における他方の面に形成した反射率低減層6a(「機能層」の一例)における支持基板2側とは反対側の面に密着するように形成した薄膜赤外線センサ9によって「赤外線センサ」が構成されている。また、この赤外線測定器10では、反射率低減層6aの表面に、カーボン、ポリイミドおよびアルミニウム等の各種材料によって、表面平滑性がある程度低下するように形成した極く薄厚の発熱膜(赤外線吸収膜)が設けられると共に、この発熱膜を覆うようにしてPZTやPbTiO等の強誘電体材料の層(薄膜状の結晶構造)を形成することで「焦電型赤外線センサ」の一例である薄膜赤外線センサ9が赤外線シャッター機構1に対して接した状態(密着した状態)で形成されている。
【0062】
この赤外線測定器10では、半導体製造プロセスに従って上記の赤外線シャッター機構1を製造する過程において薄膜赤外線センサ9を形成することにより、赤外線シャッター機構1および薄膜赤外線センサ9が一体的に形成されている。具体的には、一例として、前述したように、支持基板2の一方の面に、高屈折率層3、保護膜7、空気層形成層、保護膜7、高屈折率層4、保護膜7、空気層形成層、保護膜7および高屈折率層5をこの順で形成して積層体を製造する。次いで、製造した積層体の一方の表面(支持基板2の表面)に反射率低減層6aおよび薄膜赤外線センサ9をこの順で形成すると共に、積層体の他方の表面(高屈折率層5の表面)に反射率低減層6bを形成する。続いて、反射率低減層6bの側から、マスクパターンを用いた現像処理(例えば、エッチングガスを用いたエッチング処理)を実行することで空気層形成層を消失させて空気層8a,8bを形成する。これにより、図5に示すように、赤外線測定器10が完成する。
【0063】
この赤外線測定器10では、高屈折率層5の側から赤外線測定器10に入射して薄膜赤外線センサ9に向かう向きの赤外線IRを赤外線シャッター機構1によって一定周期でチョッピングすることにより、薄膜赤外線センサ9に対して入射する赤外線IRを断続させる構成が採用されている。具体的には、この赤外線測定器10では、赤外線シャッター機構1の高屈折率層3,4,5に対して電圧が印加されていない状態においては、図5に示すように、高屈折率層3,4の間および高屈折率層4,5の間に空気層8a,8bがそれぞれ形成されて赤外線シャッター機構1が光学的に閉状態となり、赤外線IRの透過が規制される。この状態においては、薄膜赤外線センサ9に対する赤外線IRの入射が阻止される。
【0064】
一方、高屈折率層3,4の間、および高屈折率層4,5の間に電圧が印加された状態においては、図6に示すように、高屈折率層3,4が保護膜7,7を介して面的に接触して光学的に一体化すると共に、高屈折率層4,5が保護膜7,7を介して面的に接触して光学的に一体化する結果、赤外線シャッター機構1が光学的に開状態となり、赤外線IRの透過が許容される。この状態においては、薄膜赤外線センサ9に対する赤外線IRの入射が許容される。この際には、薄膜赤外線センサ9に対する赤外線IRの入射量に応じて発熱膜が発熱し、この熱によって強誘電体材料の層(結晶構造)が加熱されることで、発熱膜に生じた熱量、すなわち、薄膜赤外線センサ9に対する赤外線IRの照射量に応じた電流値の検出信号が薄膜赤外線センサ9から出力される。
【0065】
この場合、この赤外線測定器10では、赤外線IRをチョッピングするための赤外線シャッター機構1が、作動時に大量の熱を発するモータ等の駆動源を有していない。したがって、この赤外線測定器10では、赤外線シャッター機構1を透過した赤外線IRの照射による発熱膜の発熱以外の熱によって強誘電体の層(結晶構造)が加熱される熱量が十分に小さくなっている。このため、薄膜赤外線センサ9に対する赤外線IRの照射が許容されているとき(赤外線シャッター機構1が光学的に開状態に制御されているとき)に強誘電体の層(結晶構造)が加熱される熱量に対して、薄膜赤外線センサ9に対する赤外線IRの照射が規制されているとき(赤外線シャッター機構1が光学的に閉状態に制御されているとき)に強誘電体の層(結晶構造)が加熱される熱量が十分に小さくなっている。これにより、検出信号のS/N比が十分に大きくなっている。
【0066】
また、この赤外線測定器10において採用されている赤外線シャッター機構1では、回転セクタ方式、振動フォーク方式、およびミラー回転方式などの機械式のチョッピング機構と比較して、作動時において生じる振動が十分に小さくなっているだけでなく、その消費電力も十分に少なくなっている。さらに、遮光板が焦電型赤外線検出器に当接して遮光板や焦電型赤外線検出器が破損する事態を招くことのないように遮光板と焦電型赤外線検出器との間に十分な隙間を設ける必要がある従来の放射温度計とは異なり、赤外線シャッター機構1に対して薄膜赤外線センサ9を十分に接近させる(この例では、赤外線シャッター機構1に対して薄膜赤外線センサ9を密着させる)ことが可能となっている。
【0067】
このように、この赤外線測定器10によれば、上記の赤外線シャッター機構1と、支持基板2における他方の面側に赤外線シャッター機構1と一体的に形成した薄膜赤外線センサ9とを備えて構成したことにより、機械式のチョッピング機構を有する赤外線測定器と比較して、赤外線シャッター機構1に対して薄膜赤外線センサ9を十分に接近させる(この例では、密着させる)ことができる分だけ十分に小形化することができるだけでなく、モータ(ロータ、電磁コイルおよびステータ)や、遮光板等を支持するための枢軸等が不要な分だけ、赤外線測定器10を一層小形化することができる。また、赤外線シャッター機構1の作動時に生じる熱量や振動が十分に小さいため、薄膜赤外線センサ9から出力される検出信号に含まれる「振動や発熱に起因するノイズ成分」を十分に減少させることができる結果、十分に高いS/N比の検出信号を出力することができる。これにより、赤外線IRの検出精度を十分に高めることができる。
【0068】
また、この赤外線測定器10によれば、支持基板2における他方の面、および他方の面に形成した機能層における支持基板2側とは反対側の面のいずれか(この例では、「機能層」の一例である反射率低減層6aにおける支持基板2側とは反対側の面)に密着するように形成した薄膜赤外線センサ9で「赤外線センサ」を構成したことにより、赤外線シャッター機構1と薄膜赤外線センサ9との間に隙間を設ける構成と比較して、薄膜赤外線センサ9の形成(成膜)が容易となる分だけ、赤外線測定器10を容易に製造することができると共に、赤外線シャッター機構1と薄膜赤外線センサ9との間に隙間が存在しない分だけ、一層小形化することができる。
【0069】
次に、赤外線シャッター機構の他の実施の形態について、添付図面を参照して説明する。なお、前述した赤外線シャッター機構1と同一の機能を有する構成要素については、同一の符号を付して重複する説明を省略する。
【0070】
図7,8に示す赤外線シャッター機構1Aは、前述した赤外線シャッター機構1と同様にして、赤外線放射温度計や赤外線分光測定器などの広い波長領域の赤外線IRを対象とする赤外線測定機器に搭載されて、対象の赤外線IRをチョッピングするチョッピング機構として機能するシャッター機構(赤外線変調器)であって、赤外線シャッター機構1における高屈折率層3に代えて高屈折率層3aが形成され、かつ、赤外線シャッター機構1における高屈折率層5に代えて高屈折率層5a形成されると共に、赤外線シャッター機構1における高屈折率層4、および高屈折率層4に形成された保護膜7,7が存在しない点を除き、赤外線シャッター機構1とほぼ同様に構成されている。
【0071】
高屈折率層3aは、第1の高屈折率層の一例であって、支持基板2における一方の面(両図における上面)にGe(「導電性材料」の一例)によって厚み(物理的な厚み)が567nm程度となるように形成されている。また、高屈折率層5aは、第2の高屈折率層の一例であって、Geによって厚み(物理的な厚み)が567nm程度となるように形成されて、高屈折率層3aの厚み方向で高屈折率層3aに対向配置されている。この場合、前述したように、Geの屈折率(n)が4.4であるため、高屈折率層3a,5aの光学的厚み(nd)は、「4.4×567=2494.8≒2500nm」で、前述した対象波長領域の中心波長(この例では、10000nm)に対する1/4となっている(「nd=1/4λ」に対する1倍の構成の例(奇数倍の一例))。なお、高屈折率層3a,5aを形成する材料やその厚みは上記の例に限定されず、その光学的厚み(nd)が上記の対象波長領域の中心波長に対する1/4の奇数倍となる条件を満たすことを条件として、各種屈折率の導電性材料で任意の厚みに形成することができる。
【0072】
この赤外線シャッター機構1Aは、一例として、高屈折率層5aから高屈折率層3aに向かう向きの赤外線IRを反射または透過させることによって赤外線IRをチョッピングする構成が採用されている。具体的には、赤外線シャッター機構1Aは、赤外線放射温度計や赤外線分光測定器などの赤外線測定機器に搭載された状態において、上記の高屈折率層3a,5aが電極として機能するように赤外線測定機器における駆動制御部(図示せず)に電気的に接続される。
【0073】
この場合、この赤外線シャッター機構1Aでは、図7に示すように、上記の駆動制御部によって高屈折率層3a,5aに対して電圧が印加されていない状態において、高屈折率層3a,5aの間に、その光学的厚み(nd)が上記の対象波長領域の中心波長(この例では、10000nm)に対する1/4である2500nm程度(「nd=1/4λ」に対する1倍の例)の空気層8が形成されるように(空気層8を挟んで高屈折率層3a,5aが厚み方向で重なるように)構成されている。このように、空気層8が形成された状態(「各高屈折率層の間に電圧が印加されずに各高屈折率層の間に空気層が形成された状態」の一例)では、高屈折率層5aにおける高屈折率層3a側の面、および高屈折率層3aにおける高屈折率層5a側の面において赤外線IRが反射される結果、赤外線IRの透過が規制される。以下、この状態を「閉状態」ともいう。なお、この赤外線シャッター機構1Aは、同図に示すように空気層8が形成された状態(閉状態)においても、支持基板2、高屈折率層3a,5a、反射率低減層6a,6bおよび各保護膜7の図示しない端部が互いに接して、これらの層および膜が厚み方向で連続した状態となっている。
【0074】
また、この赤外線シャッター機構1Aでは、高屈折率層3a,5a(「対向する2つの高屈折率層」に相当)の間に駆動制御部によって数V〜数十V程度の電圧が印加されたときに、高屈折率層3a,5aの間に静電引力が生じ、図8に示すように、高屈折率層3a,5aが保護膜7,7を介して面的に接触して光学的に一体化するように構成されている。このように、各高屈折率層3a,5aの間に電圧が印加されて各高屈折率層3a,5aが厚み方向で光学的に一体化した状態では、高屈折率層5aにおける高屈折率層3a側の面、および高屈折率層3aにおける高屈折率層5a側の面における赤外線IRの反射が極く小さなものとなる結果、各高屈折率層3a,5aの厚み方向への赤外線IRの透過が許容される。以下、この状態を「開状態」ともいう。
【0075】
これにより、この赤外線シャッター機構1Aでは、駆動制御部によって電圧を印加する状態と電圧を印加しない状態との2種類の状態を一定周期で交互に繰り返すことにより、赤外線IRを一定周期でチョッピングすることが可能となっている。この場合、図9に示すように、この赤外線シャッター機構1Aでは、閉状態における赤外線IRの透過率が15%〜25%の範囲内のやや高い値となっているが、図10に示すように、開状態における赤外線IRの透過率は、赤外線シャッター機構1と同程度であり、かつ、チョッピング可能な波長範囲(実質的な波長範囲)についても、赤外線シャッター機構1と同じ7000nmから16000nmとなっている。なお、反射率低減層6a,6bの有無や、反射率低減層6a,6bおよび高屈折率層3a,5aの光学的厚みの相違による光学特性の相違については、赤外線シャッター機構1における反射率低減層6a,6bの有無や、反射率低減層6a,6bおよび高屈折率層3,4,5の光学的厚みの相違に関して前述した内容と同様のため、その説明を省略する。
【0076】
また、この赤外線シャッター機構1Aは、前述した赤外線シャッター機構1と同様にして、公知の半導体製造プロセスに従って、上記の各層を一体的に形成することが可能となっている。したがって、従来の干渉フィルタと比較して、その製造コストを十分に低減することが可能となっている。また、この赤外線シャッター機構1Aでは、前述した赤外線シャッター機構1と同様にして、高屈折率層5aに対して極く薄厚の反射率低減層6bおよび保護膜7だけ形成されているため、高屈折率層5aを移動させるのに要する力が十分に小さくなっている。
【0077】
このように、この赤外線シャッター機構1Aによれば、各高屈折率層3a,5aの間に電圧が印加された状態において各高屈折率層3a,5aが光学的に一体化し、かつ、各高屈折率層3a,5aの間に電圧が印加されない状態においてその光学的厚みndが1/4λに対する奇数倍の厚みの空気層8が各高屈折率層3a,5aの間に形成されるように各高屈折率層3a,5aを配設して、各高屈折率層3a,5aの間に電圧が印加されて各高屈折率層3a,5aが厚み方向で光学的に一体化した状態において厚み方向に赤外線IRを透過させると共に、各高屈折率層3a,5aの間に電圧が印加されずに各高屈折率層3a,5aの間に空気層8が形成された状態において赤外線IRを反射するように構成したことにより、モータ等の駆動源が不要のため、赤外線IRを所望の周期で安定してチョッピングすることができると共に、機械的要素の摩耗を招くことがないため、長期に亘って一定の性能を維持することができるだけでなく、前述したように、開状態における赤外線IRの透過率の大幅な低下を招くことなく、非常に広い波長領域内の波長の赤外線IRを対象としてチョッピングすることができる。
【0078】
また、この赤外線シャッター機構1Aによれば、赤外線IRを透過させるときには、両高屈折率層3a,5aを光学的に一体化させ、赤外線IRの透過を規制する(反射する)ときには、両高屈折率層3a,5aの間に空気層8を形成するだけの制御でよいため、赤外線の透過光量を十分に小さくするために支持基板に対して多層膜を十分に接近させつつ、「pull-in 現象」の発生を回避するために支持基板に対して多層膜を十分に離間させるといった煩雑な駆動制御が不要となる結果、対象とする赤外線IRを確実かつ容易にチョッピングすることができる。
【0079】
また、この赤外線シャッター機構1Aによれば、各高屈折率層3a,5aを導電性材料で形成したことにより、支持基板(1,2)や多層膜(5,6,7)とは別個に電極(11)が形成されている従来の干渉フィルタと比較して、赤外線シャッター機構1Aを閉状態にするための(高屈折率層3a,5aに電圧を印加するための)専用の電極の形成が不要となる分だけ、赤外線シャッター機構1Aの製造コストを低減できると共に、支持基板2に形成された高屈折率層3aに対して相対的に移動させる高屈折率層5aの質量を十分に小さくすることができるため、赤外線シャッター機構1Aを高速に、しかも安定して駆動することができる。
【0080】
また、この赤外線シャッター機構1Aによれば、支持基板2における他方の面に反射率低減層6aを形成すると共に、高屈折率層5aにおける高屈折率層3a側とは反対側の面に反射率低減層6bを形成したことにより、支持基板2における他方の面や、高屈折率層5aにおける高屈折率層3a側とは反対側の面において赤外線IRが大きく反射されて開状態における透過率が低下する事態を回避して、開状態における透過率を十分に高くすることができる。
【0081】
さらに、この赤外線シャッター機構1Aによれば、高屈折率層3aにおける高屈折率層5a側の面、および高屈折率層5aにおける高屈折率層3a側の面に保護膜7をそれぞれ形成したことにより、高屈折率層3a,5aの酸化や傷付きを招くことなく、赤外線シャッター機構1Aの光学的性能を長期に亘って一定に維持することができる。
【0082】
次に、上記の赤外線シャッター機構1Aを備えて構成された赤外線測定器10Aについて、添付図面を参照して説明する。
【0083】
図11,12に示す赤外線測定器10Aは、上記の赤外線シャッター機構1Aと、赤外線シャッター機構1Aの支持基板2における他方の面側に赤外線シャッター機構1Aと一体的に形成された薄膜赤外線センサ9とを備えて構成されている。この場合、この赤外線測定器10Aでは、前述した赤外線測定器10と同様にして、支持基板2における他方の面に形成した反射率低減層6a(「機能層」の一例)における支持基板2側とは反対側の面に密着するように形成した薄膜赤外線センサ9によって「赤外線センサ」が構成されている。また、この赤外線測定器10Aでは、「焦電型赤外線センサ」の一例である薄膜赤外線センサ9が赤外線シャッター機構1A(反射率低減層6a)に対して接した状態(密着した状態)で形成されている。
【0084】
この赤外線測定器10Aでは、半導体製造プロセスに従って上記の赤外線シャッター機構1Aを製造する過程において薄膜赤外線センサ9を形成することにより、赤外線シャッター機構1Aおよび薄膜赤外線センサ9が一体的に形成されている。具体的には、一例として、支持基板2の一方の面に、高屈折率層3a、保護膜7、空気層形成層、保護膜7および高屈折率層5aをこの順で形成して積層体を製造する。次いで、製造した積層体の一方の表面(支持基板2の表面)に反射率低減層6aおよび薄膜赤外線センサ9をこの順で形成すると共に、積層体の他方の表面(高屈折率層5aの表面)に反射率低減層6bを形成する。続いて、反射率低減層6bの側から、マスクパターンを用いた現像処理(例えば、エッチングガスを用いたエッチング処理)を実行することで空気層形成層を消失させて空気層8を形成する。これにより、図11に示すように、赤外線測定器10Aが完成する。
【0085】
この赤外線測定器10Aでは、高屈折率層5aの側から赤外線測定器10Aに入射して薄膜赤外線センサ9に向かう向きの赤外線IRを赤外線シャッター機構1Aによって一定周期でチョッピングすることにより、薄膜赤外線センサ9に対して入射する赤外線IRを断続させる構成が採用されている。具体的には、この赤外線測定器10Aでは、赤外線シャッター機構1Aの高屈折率層3a,5aに対して電圧が印加されていない状態においては、図11に示すように、高屈折率層3a,5aの間に空気層8が形成されて赤外線シャッター機構1Aが光学的に閉状態となり、赤外線IRの透過が規制される。この状態においては、薄膜赤外線センサ9に対する赤外線IRの入射が阻止される。
【0086】
一方、高屈折率層3a,5aの間に電圧が印加された状態においては、図12に示すように、高屈折率層3a,5aが保護膜7,7を介して面的に接触して光学的に一体化する結果、赤外線シャッター機構1Aが光学的に開状態となり、赤外線IRの透過が許容される。この状態においては、薄膜赤外線センサ9に対する赤外線IRの入射が許容される。この際には、薄膜赤外線センサ9に対する赤外線IRの入射量に応じて発熱膜が発熱し、この熱によって強誘電体材料の層(結晶構造)が加熱されることで、発熱膜に生じた熱量、すなわち、薄膜赤外線センサ9に対する赤外線IRの照射量に応じた電流値の検出信号が薄膜赤外線センサ9から出力される。
【0087】
この場合、この赤外線測定器10Aでは、前述した赤外線測定器10と同様にして、赤外線IRをチョッピングするための赤外線シャッター機構1Aが、作動時に大量の熱を発するモータ等の駆動源を有していない。したがって、この赤外線測定器10Aでは、赤外線シャッター機構1Aを透過した赤外線IRの照射による発熱膜の発熱以外の熱によって強誘電体の層(結晶構造)が加熱される熱量が十分に小さくなっている。このため、薄膜赤外線センサ9に対する赤外線IRの照射が許容されているとき(赤外線シャッター機構1Aが光学的に開状態に制御されているとき)に強誘電体の層(結晶構造)が加熱される熱量に対して、薄膜赤外線センサ9に対する赤外線IRの照射が規制されているとき(赤外線シャッター機構1Aが光学的に閉状態に制御されているとき)に強誘電体の層(結晶構造)が加熱される熱量が十分に小さくなっている。これにより、検出信号のS/N比が十分に大きくなっている。
【0088】
また、この赤外線測定器10Aにおいて採用されている赤外線シャッター機構1Aでは、前述した赤外線測定器10の赤外線シャッター機構1と同様にして、回転セクタ方式、振動フォーク方式、およびミラー回転方式などの機械式のチョッピング機構と比較して、作動時において生じる振動が十分に小さくなっているだけでなく、その消費電力も十分に少なくなっている。さらに、遮光板が焦電型赤外線検出器に当接して遮光板や焦電型赤外線検出器が破損する事態を招くことのないように遮光板と焦電型赤外線検出器との間に十分な隙間を設ける必要がある従来の放射温度計とは異なり、赤外線シャッター機構1Aに対して薄膜赤外線センサ9を十分に接近させる(この例では、赤外線シャッター機構1Aに対して薄膜赤外線センサ9を密着させる)ことが可能となっている。
【0089】
このように、この赤外線測定器10Aによれば、上記の赤外線シャッター機構1Aと、支持基板2における他方の面側に赤外線シャッター機構1Aと一体的に形成した薄膜赤外線センサ9とを備えて構成したことにより、機械式のチョッピング機構を有する赤外線測定器と比較して、赤外線シャッター機構1Aに対して薄膜赤外線センサ9を十分に接近させる(この例では、密着させる)ことができる分だけ十分に小形化することができるだけでなく、モータ(ロータ、電磁コイルおよびステータ)や、遮光板等を支持するための枢軸等が不要な分だけ、赤外線測定器10Aを一層小形化することができる。また、赤外線シャッター機構1Aの作動時に生じる熱量や振動が十分に小さいため、薄膜赤外線センサ9から出力される検出信号に含まれる「振動や発熱に起因するノイズ成分」を十分に減少させることができる結果、十分に高いS/N比の検出信号を出力することができる。これにより、赤外線IRの検出精度を十分に高めることができる。
【0090】
また、この赤外線測定器10Aによれば、支持基板2における他方の面、および他方の面に形成した機能層における支持基板2側とは反対側の面のいずれか(この例では、「機能層」の一例である反射率低減層6aにおける支持基板2側とは反対側の面)に密着するように形成した薄膜赤外線センサ9で「赤外線センサ」を構成したことにより、赤外線シャッター機構1Aと薄膜赤外線センサ9との間に隙間を設ける構成と比較して、薄膜赤外線センサ9の形成(成膜)が容易となる分だけ、赤外線測定器10Aを容易に製造することができると共に、赤外線シャッター機構1Aと薄膜赤外線センサ9との間に隙間が存在しない分だけ、一層小形化することができる。
【0091】
なお、「機能層」の一例である反射率低減層6aにおける支持基板2側とは反対側の面に密着するように薄膜赤外線センサ9を形成した赤外線測定器10,10Aを例に挙げて説明したが、反射率低減層6aが不要の場合には、支持基板2の表面(「支持基板における他方の面」)に密着するように薄膜赤外線センサ9を形成することもできる。また、反射率低減層6a以外の各種機能層(例えば、支持基板2に対する薄膜赤外線センサ9の密着性を高めるために設ける密着層などを支持基板2の表面に設ける場合には、この機能層の表面(「他方の面に形成した機能層における支持基板側とは反対側の面」の他の一例)に密着するように薄膜赤外線センサ9を形成することもできる。このような構成を採用した場合においても、上記の赤外線測定器10,10Aと同様の効果を奏することができる。
【0092】
さらに、「赤外線シャッター機構」による赤外線IRのチョッピングや、「赤外線センサ」による赤外線IRの検出には影響のない端部領域において「赤外線シャッター機構」と「赤外線センサ(薄膜赤外線センサ)」との間に支持層(スペーサ層)を設けることにより、赤外線シャッター機構における支持基板の表面、または、支持基板の表面に形成した機能層における支持基板側とは反対側の面と赤外線センサ(薄膜赤外線センサ)との間に、極く薄厚の空気層を設ける構成(「赤外線シャッター機構」と「赤外線センサ(薄膜赤外線センサ)」とを僅かに離間させた状態で一体的に形成する構成)を採用することもできる。このような構成を採用することにより、「赤外線シャッター機構」から「赤外線センサ(薄膜赤外線センサ)」への伝熱が阻止される結果、「赤外線シャッター機構」が作動時に僅かに発熱したとしても、その熱の影響によって「赤外線センサ(薄膜赤外線センサ)」による赤外線IRの検出精度が低下する事態を確実に回避することができる。
【0093】
また、焦電型赤外線センサの一例である薄膜赤外線センサ9を備えた赤外線測定器10,10Aを例に挙げて説明したが、「赤外線センサ」は、焦電型赤外線センサに限定されず、サーモパイル型赤外線センサやサーミスタ等の各種熱型センサ、および量子型赤外線センサなどを採用して赤外線測定器を構成することができる。このように、焦電型赤外線センサ以外の「赤外線センサ」を採用する場合においても、公知の半導体製造プロセスに従って「赤外線シャッター機構」と一体的に形成することにより、前述した赤外線測定器10,10Aと同様の効果を奏することができる。
【符号の説明】
【0094】
1,1A 赤外線シャッター機構
2 支持基板
3,3a 高屈折率層
4 高屈折率層
5,5a 高屈折率層
6a,6b 反射率低減層
7 保護膜
8,8a,8b 空気層
9 薄膜赤外線センサ
10,10A 赤外線測定器
IR 赤外線

【特許請求の範囲】
【請求項1】
赤外線を透過可能な支持基板における一方の面に形成された第1の高屈折率層と、当該第1の高屈折率層の厚み方向で当該第1の高屈折率層に対向配置された第2の高屈折率層と、当該第2の高屈折率層の厚み方向で当該第2の高屈折率層に対向配置された第3の高屈折率層とを備え、
前記各高屈折率層は、前記赤外線の波長をλとし、屈折率をnとし、物理的な厚みをdとしたときに、その光学的厚みndが1/4λに対する奇数倍の厚みとなるように導電性材料でそれぞれ形成されると共に、対向する2つの当該高屈折率層の間に電圧が印加された状態において当該2つの高屈折率層が光学的に一体化し、かつ、当該2つの高屈折率層の間に当該電圧が印加されない状態においてその光学的厚みndが1/4λに対する奇数倍の厚みの空気層が当該2つの高屈折率層の間に形成されるようにそれぞれ配設されて、前記各高屈折率層の間に前記電圧が印加されて当該各高屈折率層が前記厚み方向で光学的に一体化した状態において当該厚み方向に前記赤外線を透過させると共に、当該各高屈折率層の間に当該電圧が印加されずに当該各高屈折率層の間に前記空気層が形成された状態において当該赤外線を反射する赤外線シャッター機構。
【請求項2】
前記支持基板を形成している材料よりも屈折率が低い材料によってその光学的厚みndが1/4λに対する奇数倍の厚みとなるように当該支持基板における他方の面に支持基板側反射率低減層が形成されると共に、前記第3の高屈折率層を形成している前記導電性材料よりも屈折率が低い材料によってその光学的厚みndが1/4λに対する奇数倍の厚みとなるように当該第3の高屈折率層における前記第2の高屈折率層側とは反対側の面に高屈折率層側反射率低減層が形成されている請求項1記載の赤外線シャッター機構。
【請求項3】
前記第1の高屈折率層における前記第2の高屈折率層側の面、前記第2の高屈折率層における前記第1の高屈折率層側の面、前記第2の高屈折率層における前記第3の高屈折率層側の面、および前記第3の高屈折率層における前記第2の高屈折率層側の面に保護膜がそれぞれ形成されている請求項1または2記載の赤外線シャッター機構。
【請求項4】
赤外線を透過可能な支持基板における一方の面に形成された第1の高屈折率層と、当該第1の高屈折率層の厚み方向で当該第1の高屈折率層に対向配置された第2の高屈折率層とを備え、
前記各高屈折率層は、前記赤外線の波長をλとし、屈折率をnとし、物理的な厚みをdとしたときに、その光学的厚みndが1/4λに対する奇数倍の厚みとなるように導電性材料でそれぞれ形成されると共に、当該各高屈折率層の間に電圧が印加された状態において当該各高屈折率層が光学的に一体化し、かつ、当該各高屈折率層の間に当該電圧が印加されない状態においてその光学的厚みndが1/4λに対する奇数倍の厚みの空気層が当該各高屈折率層の間に形成されるようにそれぞれ配設されて、前記各高屈折率層の間に前記電圧が印加されて当該各高屈折率層が前記厚み方向で光学的に一体化した状態において当該厚み方向に前記赤外線を透過させると共に、当該各高屈折率層の間に当該電圧が印加されずに当該各高屈折率層の間に前記空気層が形成された状態において当該赤外線を反射する赤外線シャッター機構。
【請求項5】
前記支持基板を形成している材料よりも屈折率が低い材料によってその光学的厚みndが1/4λに対する奇数倍の厚みとなるように当該支持基板における他方の面に支持基板側反射率低減層が形成されると共に、前記第2の高屈折率層を形成している前記導電性材料よりも屈折率が低い材料によってその光学的厚みndが1/4λに対する奇数倍の厚みとなるように当該第2の高屈折率層における前記第1の高屈折率層側とは反対側の面に高屈折率層側反射率低減層が形成されている請求項4記載の赤外線シャッター機構。
【請求項6】
前記第1の高屈折率層における前記第2の高屈折率層側の面、および前記第2の高屈折率層における前記第1の高屈折率層側の面に保護膜がそれぞれ形成されている請求項4または5記載の赤外線シャッター機構。
【請求項7】
請求項1から6のいずれかに記載の赤外線シャッター機構と、前記支持基板における前記他方の面側に前記赤外線シャッター機構と一体的に形成された赤外線センサとを備えている赤外線測定器。
【請求項8】
前記赤外線センサは、前記支持基板における前記他方の面、および当該他方の面に形成された機能層における当該支持基板側とは反対側の面のいずれかに密着するように形成された薄膜赤外線センサで構成されている請求項7記載の赤外線測定器。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2011−100109(P2011−100109A)
【公開日】平成23年5月19日(2011.5.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−201552(P2010−201552)
【出願日】平成22年9月9日(2010.9.9)
【出願人】(000227180)日置電機株式会社 (982)
【Fターム(参考)】