説明

超音波測定装置および超音波治療システム

【課題】超音波を利用して生体内の温度変化を検出する装置の改良構成を提供する。
【解決手段】治療用振動子14により、比較的強力な超音波の送信ビームB1,B2が形成され、測定ポイントP1,P2が設定される。そして、測定用振動子12を利用した超音波の送受信により測定ポイントP1,P2の各々についての境界データが形成される。さらに、その境界データに基づいて測定ポイントP1,P2が追跡され、測定ポイントP1,P2間の間隔の変化が計測される。その間隔の変化から、組織の膨張収縮や組織内における音速の変化が確認され、治療領域100の温度変化が検出される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生体内の温度変化を検出する超音波測定装置および超音波治療システムに関する。
【背景技術】
【0002】
強力集束超音波(HIFU)やラジオ波を利用し、生体内の悪性腫瘍等を加熱して生体を治療する焼灼治療装置が実用化されている。焼灼治療装置では、悪性腫瘍等を含んだ治療領域を例えばセ氏65度程度に加熱する。しかし、必要以上の加熱、例えばセ氏90度程度以上の加熱は、細胞組織を沸騰させてしまうことなどが懸念され、生体にとって好ましくない。そのため、焼灼治療装置を利用した治療においては、治療領域の温度を確認しつつ治療領域を加熱することが望ましい。
【0003】
こうした背景において、生体内の温度を確認するために超音波を利用した技術がいくつか提案されている。例えば、特許文献1,2には、超音波を利用して組織の温度を確認する旨の装置が提案されている。また、生体内の温度を確認する際の原理として、非特許文献1には、組織の温度膨張に注目し、2点間の距離の変化から確認される組織の膨張に基づいて、温度の変化を検出する旨の原理が紹介されている。さらに、非特許文献2には、組織内における音速の温度依存性が紹介されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特許第2735280号公報
【特許文献2】特開2005−530号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Eunsol Baek and Jongbum Seo,“Temperature Estimation in HIFU with Lateral Speckle Tracking”, 2009 IEEE International Ultrasonics Symposium.
【非特許文献2】U.Techavipoo et al,“Temperature dependence of ultrasonic propagation speed and attenuation in excised canine liver tissue measured using transmitted and reflected pulses”,J.Acoust.Soc.Am.115(6),June 2004,p2859-2865.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上述した背景技術に鑑み、本願の発明者は、超音波を利用して生体内の温度変化を検出する技術について研究開発を重ねてきた。特に、非特許文献1に紹介された組織の温度膨張や非特許文献2に紹介された音速の温度依存性などの原理に注目した。
【0007】
本発明は、上述した研究開発の過程において成されたものであり、その目的は、超音波を利用して生体内の温度変化を検出する装置の改良構成を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的にかなう好適な超音波測定装置は、生体に対して超音波を送受する振動子と、振動子を制御することにより、生体内にある複数の測定ポイントの各々に対して複数の超音波ビームを形成する送受信部と、各超音波ビーム内において各測定ポイントの境界を特定することにより、各測定ポイントごとに複数の境界点を得る境界特定部と、各測定ポイントごとに、前記複数の境界点に基づいてその測定ポイントの境界に関する形状データを得る形状特定部と、各測定ポイントごとに、互いに異なる時刻に得られた形状データ同士を比較することによりその測定ポイントを追跡する測定ポイント追跡部と、追跡された複数の測定ポイント間における間隔の変化に基づいて生体内の温度変化を検出する温度変化検出部と、を有することを特徴とする。
【0009】
望ましい具体例において、前記温度変化検出部は、超音波ビームに対して直交する方向における前記測定ポイント間の距離の変化から、生体内組織の膨張収縮を確認して、生体内の温度変化を検出する、ことを特徴とする。
【0010】
望ましい具体例において、前記温度変化検出部は、超音波ビーム方向における前記測定ポイント間の時間的な間隔の変化から、生体内における音速変化を確認して、生体内の温度変化を検出する、ことを特徴とする。
【0011】
望ましい具体例において、前記温度変化検出部は、超音波ビームに対して直交する方向における前記距離の変化から生体内組織の膨張収縮量を算出し、当該膨張収縮量に基づいて、超音波ビーム方向における膨張収縮に伴う誤差を補正して、生体内における音速変化量を算出する、ことを特徴とする。
【0012】
望ましい具体例において、前記形状特定部は、各測定ポイントごとに、前記形状データとして複数の境界点を結ぶ境界線データを形成する、ことを特徴とする。
【0013】
望ましい具体例において、前記測定ポイント追跡部は、各測定ポイントごとに、互いに異なる時刻に得られた形状データ同士の相関演算により形状データの変位後の位置を特定してその測定ポイントを追跡する、ことを特徴とする。
【0014】
また上記目的にかなう好適な超音波治療システムは、前記超音波測定装置と、生体に対して超音波を送波して生体内を加熱する治療用振動子と、治療用振動子を送信制御して生体内の互いに異なる複数の箇所を焦点として超音波を送波させることにより、当該複数の箇所における組織の性状を変化させて当該複数の箇所を前記複数の測定ポイントとする治療用送信部と、を有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0015】
本発明により、超音波を利用して生体内の温度変化を検出する装置の改良構成が提供される。例えば、本発明の好適な態様によれば、互いに異なる時刻に得られた形状データ同士を比較することによりその形状データに対応した測定ポイントが追跡される。これにより、例えば、超音波ビームに対して直交する方向における測定ポイント間の距離の変化から、生体内組織の膨張収縮が確認され、生体内の温度変化が検出される。また、例えば、超音波ビーム方向における測定ポイント間の時間的な間隔の変化から、生体内における音速変化が確認され、生体内の温度変化が検出される。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明において好適な超音波の送受信制御を説明するための図である。
【図2】境界線データを説明するための図である。
【図3】境界線データに基づいた測定ポイントの追跡を説明するための図である。
【図4】測定ポイント間の間隔の計測を説明するための図である。
【図5】測定ポイント間の時間的な間隔の計測を説明するための図である。
【図6】本発明の実施において好適な超音波治療システムを示す図である。
【図7】強力超音波の照射制御を説明するためのフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下に本発明の好適な実施形態を説明する。
【0018】
図1は、本発明において好適な超音波の送受信制御を説明するための図である。複合型振動子10は、測定用振動子12と治療用振動子14で構成されている。測定用振動子12は、超音波を送受する複数の振動素子を備えている。そして、これら複数の振動素子が制御され、生体に対して超音波の送信ビームが形成され、受信ビームに沿って受信信号が得られる。なお、測定用振動子12として、例えば、公知の超音波診断装置が備える超音波振動子を利用してもよい。
【0019】
一方、治療用振動子14は、比較的強力な超音波を送波する複数の振動素子を備えている。そして、これら複数の振動素子が制御され、生体に対して比較的強力な治療用の送信ビームが形成される。治療用振動子14は、測定用振動子12の外側に配置される。また治療用振動子14を構成する複数の振動素子は、例えば、外側のものほど深さ方向に突出して配置される。なお、治療用振動子14として、例えば、公知の強力集束超音波(HIFU)を送波する焼灼治療装置が備える超音波振動子を利用してもよい。
【0020】
測定用振動子12と治療用振動子14は、1次元的に配列された複数の振動素子で構成されてもよいし、2次元的に配列された複数の振動素子で構成されてもい。2次元的に配列された複数の振動素子で構成される場合には、例えば、測定用振動子12の振動子面と治療用振動子14の振動子面が同心円状に形成され、同心円の中心に円状の測定用振動子12が配置され、それを取り囲むように環状の治療用振動子14が設けられる。
【0021】
治療用振動子14は、生体内の治療領域100を目標として比較的強力な超音波を送波する。例えば、悪性腫瘍等を含んだ治療領域100の中心位置を焦点とするように送信ビームが形成され、比較的強力な超音波により治療領域100を加熱して悪性腫瘍等を焼灼する。治療領域100は、例えば、深さ方向に10mm程度、深さ方向に垂直な横方向に5mm程度の大きさである。この焼灼においては、治療領域100が例えばセ氏65度程度に加熱される。しかし、必要以上の加熱、例えばセ氏90度程度以上の加熱は、細胞組織を沸騰させてしまう等の理由から好ましくない。そこで、本実施形態においては、超音波を利用して治療領域100の温度変化が確認される。その温度変化の確認において、複数の測定ポイントP1,P2が利用される。
【0022】
複数の測定ポイントP1,P2は、治療領域100内あるいは治療領域100の近傍にあり、後に説明するエコートラッキング処理に利用される。そのため、複数の測定ポイントP1,P2の各々は、その周辺の組織に比べて超音波の強い反射スポットであることが望ましい。本実施形態においては、治療用振動子14を利用して、生体内に複数の測定ポイントP1,P2が形成される。
【0023】
つまり、治療用振動子14により、測定ポイントP1となる箇所を焦点として、比較的強力な超音波の送信ビームB1が形成され、この送信ビームB1により焦点における組織の性状を変化させ、測定ポイントP1が形成される。治療用振動子14が備える複数の振動素子を制御することにより、送信ビームB1の方向や焦点の位置(深さ)を調整することにより、その制御の範囲内において任意の位置に測定ポイントP1を形成することができる。例えば、測定用振動子12を利用して治療領域100を含むBモード画像を形成して、医師等のユーザがそのBモード画像を確認し、測定ポイントP1の位置を決定するようにしてもよい。
【0024】
同様に、治療用振動子14により、測定ポイントP2となる箇所を焦点として、比較的強力な超音波の送信ビームB2が形成され、この送信ビームB2により焦点における組織の性状を変化させ、測定ポイントP2が形成される。測定ポイントP1と測定ポイントP2は、例えば、治療領域100の中心を挟むように、Y軸方向の互いに異なる深さに且つX軸方向の互いに異なる位置に形成される。例えば、測定ポイントP1と測定ポイントP2を結ぶ直線が超音波ビーム方向(深さ方向)であるY軸方向に対して30〜60度程度の角度で交差するように、測定ポイントP1と測定ポイントP2が設定される。
【0025】
治療用振動子14を利用して測定ポイントP1と測定ポイントP2が形成されると、測定用振動子12を利用して測定ポイントP1,P2間の間隔が測定される。この測定においては、公知のエコートラッキング処理が利用される。なお、例えば、治療領域100内あるいは治療領域100の近傍に、エコートラッキング処理に好適な比較的硬い組織等があれば、既に存在するそれらの組織等を複数の測定ポイントP1,P2として利用してもよい。
【0026】
本実施形態においては、エコートラッキング処理により、測定ポイントP1,P2の境界に対応した境界点を追跡する。エコートラッキング処理においては、複数のトラッキング用の超音波ビームが利用される。トラッキング用の超音波ビームは、超音波画像の形成に利用される複数の超音波ビームの中から選択されてもよいし、超音波画像用の超音波ビームとは別に、トラッキング用の超音波ビームが形成されてもよい。
【0027】
エコートラッキング処理では、各超音波ビームごとに、そのエコー信号内の比較的振幅の大きな信号部分で、組織等の境界に対応した境界点が特定される。単に振幅の大きな部分として信号部分を捉えてしまうと、信号部分は時間軸方向(深さ方向)に広がっているため、その広がりの程度に応じた誤差が生じてしまう可能性がある。そこで、エコートラッキング処理では、信号部分の代表点としてゼロクロス点が検知され、検知されたゼロクロス点をトラッキングすることで、境界点の特定の精度を飛躍的に高めている。ゼロクロス点は、トラッキングの範囲として設定されたトラッキングゲート期間内において、エコー信号(受信信号)の振幅が正から負へ、または、負から正へと極性が反転するタイミングとして検知される。ゼロクロス点が検知されるとその点を中心として、新たにトラッキングゲートが設定される。そして、次の送受信タイミングで、同じ部位から取得されるエコー信号においては、新たに設定されたトラッキングゲート期間内でゼロクロス点が検知される。
【0028】
こうして、エコートラッキング処理により、各超音波ビームごとに境界点が特定され、測定ポイントP1に対して形成された複数のトラッキング用の超音波ビームを利用して測定ポイントP1に関する複数の境界点が追跡され、測定ポイントP2に対して形成された複数のトラッキング用の超音波ビームを利用して測定ポイントP2に関する複数の境界点が追跡される。
【0029】
さらに、本実施形態においては、測定ポイントP1に関する複数の境界点に基づいて、測定ポイントP1の境界に関する形状データが生成され、測定ポイントP2に関する複数の境界点に基づいて、測定ポイントP2の境界に関する形状データが生成される。形状データとして、例えば複数の境界点を結ぶ境界線データが形成される。
【0030】
図2は、境界線データを説明するための図である。図2(A)は、ある1つの測定ポイント(例えば図1の測定ポイントP1)が変位する前の計測状態を示しており、図2(A)には、測定用振動子12により形成される5本のトラッキング用の超音波ビームB1〜B5と、各超音波ビーム上において特定される境界点E1〜E5が図示されている。
【0031】
境界点E1〜E5は、前述のエコートラッキング処理により追跡されるゼロクロス点である。本実施形態においては、境界点E1〜E5に基づいて、各測定ポイントの境界の形状を反映させた境界線データLaが形成される。
【0032】
超音波ビームB1〜B5は、図示しない制御部により制御される測定用振動子12により形成される。そのため、測定用振動子12を基準としたXY座標系上において、各超音波ビームB1〜B5のX軸上における位置は予め分かっている。そして、各超音波ビームB1〜B5上において、エコートラッキング処理により各境界点E1〜E5が追跡され、各境界点E1〜E5のY軸上における位置(深さ)が計測される。これにより、図2のXY座標系内における各境界点E1〜E5の座標値が得られる。
【0033】
そこで、図2のXY座標系上において、各境界点E1〜E5の座標値に基づいて、5つの境界点E1〜E5を結ぶ境界線データLaが形成される。例えば、5つの境界点E1〜E5を対象とした多項式近似やスプライン補間などの数学的な演算を用いて、測定ポイントの境界線に関する近似曲線である境界線データLaが形成される。
【0034】
エコートラッキング処理では、各超音波ビームB1〜B5上において、刻々と変位する境界点E1〜E5が追跡されている。そのため、図2(A)の変位前と同様に、図2(B)に示す測定ポイントが変位した後においても、各境界点E1〜E5のY軸上における位置が計測され、XY座標系内において各境界点E1〜E5の座標値が得られる。
【0035】
そして、図2(B)の変位後においても、各境界点E1〜E5の座標値に基づいて、5つの境界点E1〜E5を結ぶ境界線データLbが形成される。境界線データLbも、例えば5つの境界点E1〜E5を対象とした多項式近似やスプライン補間などにより形成される。
【0036】
こうして、1つの測定ポイントの変位前と変位後において、境界線データLaと境界線データLbが形成されると、境界線データLaと境界線データLbが比較され、変位する測定ポイントが追跡される。
【0037】
図3は、境界線データに基づいた測定ポイントの追跡を説明するための図である。図3には、図2のXY座標系内において形成された境界線データLaと境界線データLbが図示されている。図2に示す変位前と変位後において、測定用振動子12に対して測定ポイントが変位すると、図3に示すように、測定ポイントの変位に応じて境界線データも変位する。
【0038】
本実施形態においては、境界線データLaと境界線データLbとを対象とした相関演算により、境界線データの移動量が算出される。その相関演算においては、例えば、XY座標系内において境界線データLa上の座標に対応したデータを「1」として他の座標に対応したデータを「0」とした変位前の二次元データと、XY座標系内において境界線データLb上の座標に対応したデータを「1」として他の座標に対応したデータを「0」とした変位後の二次元データが利用される。
【0039】
そして、変位前の二次元データをX軸方向とY軸方向に段階的に微小距離だけ移動させつつ、各段階ごとに、変位後の二次元データとの間の全座標に亘るデータの相関値が算出され、相関値が最大となるX軸方向の移動量ΔxとY軸方向の移動量Δyが探索される。つまり、パターンマッチングの原理により移動量Δxと移動量Δyが特定される。なお、変位前の二次元データをX軸方向とY軸方向に段階的に微小距離だけ移動させつつ、さらに微小角度だけ回転させつつパターンマッチングを行うことにより、移動量Δxと移動量Δyに加えて、回転移動量が算出されてもよい。
【0040】
このようにして境界線データに関する移動量Δxと移動量Δyが算出されると、変位前の境界線データLa上における任意の点、例えば座標値(x,y)の点が、変位後に座標値(x+Δx,y+Δy)に移動したことが確認される。したがって、変位前後に得られた形状データ同士を比較することにより、変位前後に亘って測定ポイントの位置を追跡することができる。なお、境界線データに関する移動量に基づいて、トラッキング用の超音波ビームの位置が変更されてもよい。
【0041】
図3では、ある1つの測定ポイントについての追跡処理について説明したが、図1の測定ポイントP1と測定ポイントP2の各々について、図3による追跡処理が実行される。そして、測定ポイントP1,P2間の間隔の変化から、生体内の温度変化、つまり図1の治療領域100の温度変化が検出される。
【0042】
図4は、測定ポイント間の間隔の計測を説明するための図である。図4には、図1の測定ポイントP1,P2が拡大表示されている。図4において、測定ポイントP1は変位後のものであり、破線で示す変位前の測定ポイントP1´が変位(移動)したものである。同様に測定ポイントP2は変位後のものであり、破線で示す変位前の測定ポイントP2´が変位(移動)したものである。
【0043】
本実施形態においては、図3を利用して説明した追跡処理により、変位前後に亘って各測定ポイントP1,P2が追跡される。そこで、各測定ポイントP1,P2の代表的な箇所を各測定ポイントP1,P2の測定位置とする。例えば、各測定ポイントP1,P2に対応した境界線データのY軸方向の極大箇所が各測定ポイントP1,P2の測定位置とされる。
【0044】
そして、変位前後における各測定ポイントP1,P2の測定位置における座標値が計測され、その座標値から、測定ポイントP1,P2間における間隔の計測結果として、図4に示すように、変位前におけるX軸方向の距離Dx0と、変位後におけるX軸方向の距離Dx1が計測される。また、変位前におけるY軸方向の距離Dy0を伝播する超音波の伝播時間t0と、変位後におけるY軸方向の距離Dy1を伝播する超音波の伝播時間t1が計測される。
【0045】
本実施形態においては、図4に示す測定ポイントP1,P2間における間隔の計測結果に基づいて、生体内の温度変化つまり図1の治療領域100の温度変化が検出される。その検出は、組織の温度膨張や音速の温度依存性に基づいている。
【0046】
まず、温度上昇に伴う生体組織の膨張(非特許文献1参照)は、温度1度につき1cmあたり0.36μm程度である。エコートラッキング処理による位置の検出精度は、超音波の周波数を6MHz、受信信号(エコー信号)のサンプリング周波数を400MHz、音速を1500m/sとすると、約2μmになる。したがって、この場合における温度変化の測定精度は、5.6(=2/0.36)度程度となる。
【0047】
一方、一般的な組織の音速の温度依存性は、温度1度あたり0.6m/s程度の音速変化であり、したがって、温度1度あたり1cmの組織部分における音速変化を位置変位に換算すると8μm程度となる。この音速変化に伴う見かけ上の位置変位8μmは、前述した組織の熱膨張による変位0.36μmに比べて一桁以上大きい値となる。
【0048】
そこで、組織の温度膨張により温度変化を検出する場合には、図4におけるX軸方向の距離の変化を利用する。X軸方向は、超音波ビーム方向(超音波が送受される方向)であるY軸方向に対して直交する方向であるため、音速変化の影響を受けずに、膨張に伴う距離の変化を計測することができる。例えば、変位前におけるX軸方向の距離Dx0が、温度変化後の変位により距離Dx1に変化した場合に、Dx1>Dx0であれば組織が膨張しており温度が上昇したと判定し、Dx1<Dx0であれば組織が収縮しており温度が下降したと判定し、Dx1=Dx0であれば組織の膨張収縮が無く温度変化も無いと判定する。もちろん、温度1度につき1cmあたり0.36μmとする膨張率を利用して、Dx1とDx0の差から温度の変化量を算出してもよい。
【0049】
一方、音速の温度依存性により温度変化を検出する場合には、図4におけるY軸方向の時間間隔の変化を利用する。Y軸方向は、超音波が送受される方向であるため、超音波の音速変化の影響を受けている。しかも、先に説明したように、音速変化に伴う見かけ上の位置変位は、熱膨張による変位に比べて一桁以上大きい値となる。つまり、熱膨張に比べて音速変化の方が支配的である。
【0050】
そこで、例えば、変位前におけるY軸方向の伝播時間t0が、温度変化後の音速変化により伝播時間t1に変化した場合に、t1>t0であれば音速が小さくなったと判定し、t1<t0であれば音速が大きくなったと判定し、t1=t0であれば音速変化が無いと判定する。
【0051】
なお、一桁以上の差があるものの、Y軸方向においても組織の膨張や収縮がある。そこで、X軸方向における膨張収縮の測定結果に基づいて、Y軸方向における膨張収縮に伴う誤差を補正しつつ、音速の変化を検出するようにしてもよい。
【0052】
例えば、温度上昇に伴う組織の膨張により、Y軸方向において距離Dy0が距離Dy1に増加したとする。温度上昇による音速の変化が支配的あるため、このY軸方向における距離の変化を直接的に計測することは困難である。そこで、このY軸方向における変位後の距離をX軸方向の距離の変化から次式のように推定する。
【0053】
【数1】

【0054】
数1式におけるαは、X軸方向の膨張量とY軸方向の膨張量の比率である。例えば、測定ポイントP1,P2を結ぶ直線がX軸とY軸に対して45度の角度で交差する場合にはαを1とする。また、距離Dy0は温度変化前における音速の仮定値と、伝播時間t0の計測値に基づいて算出される。例えば、生体の常温状態から測定を開始するのであれば、常温状態の音速として1500m/sを利用して距離Dy0を算出する。
【0055】
また、Y軸方向において計測される伝播時間t0と伝播時間t1に基づいて、温度変化前(変位前)の音速S0と、温度変化後(変位後)の音速S1がそれぞれ次式のように算出される。
【0056】
【数2】

【0057】
したがって、計測値である距離Dy0と距離Dy1と伝播時間t0と伝播時間t1、さらに、仮定値である距離Dy0と数1式から得られる距離Dy1に基づいて、温度上昇に伴う音速変化ΔSが次式のように算出される。
【0058】
【数3】

【0059】
伝播時間t0と伝播時間t1は、エコートラッキング処理を直接的に利用することにより、極めて高い精度で測定することが可能である。
【0060】
図5は、測定ポイント間の時間的な間隔の計測を説明するための図である。この計測においては、測定用振動子12(図1)が利用され、測定ポイントP1と測定ポイントP2に対して、測定用の超音波ビーム(送信ビームと受信ビーム)が形成され、その超音波ビームに沿って受信信号が得られる。測定ポイントP1,P2は、超音波の比較的強い反射スポットであるため、受信信号内において、測定ポイントP1,P2に対応した信号部分の振幅が比較的大きい。図5には、測定ポイントP1,P2に対応した信号部分を含んだ受信信号が図示されている。
【0061】
図5(I)は、温度変化前の受信信号を示しており、図5(II)は、温度変化後の受信信号を示している。測定ポイントP1を通るように形成された1本の超音波ビームから得られる受信信号内においては、測定ポイントP1に対応した信号部分の振幅が比較的大きい。また、測定ポイントP2を通るように形成された1本の超音波ビームから得られる受信信号内においては、測定ポイントP2に対応した信号部分の振幅が比較的大きい。
【0062】
エコートラッキング処理では、信号部分の代表点としてゼロクロス点が検知され、検知されたゼロクロス点をトラッキングすることで抽出精度を飛躍的に高めている。つまり、図5に示すように、測定ポイントP1に対応した信号部分のゼロクロス点Z1がトラッキングされる。同様に、測定ポイントP2に対応した信号部分のゼロクロス点Z2もトラッキングされる。そして、ゼロクロス点Z1とゼロクロス点Z2の時間間隔が測定される。この時間間隔は、ゼロクロス点Z1とゼロクロス点Z2の間の超音波の伝播時間に相当する。
【0063】
こうして、図5(I)示すように、温度変化前(変位前)における測定ポイントP1と測定ポイントP2の間の伝播時間t0が計測され、さらに、図5(II)示すように、温度変化後(変位後)における測定ポイントP1と測定ポイントP2の間の伝播時間t1が計測される。
【0064】
なお、X軸方向への組織の膨張による影響を低減するために、測定ポイントP1の真下に測定ポイントP3を設定し、測定ポイントP2に代えて測定ポイントP3を利用して、図5に示した伝播時間の計測を行ってもよい。その際には、例えば、2つの測定ポイントP1,P3を通る1本の超音波ビームにより、測定ポイントP1に対応した信号部分と測定ポイントP3に対応した信号部分が特定されてもよい。
【0065】
図6は、本発明の実施において好適な超音波治療システムを示す図である。治療用振動子14は、比較的強力な超音波を送波し、治療領域を加熱するとともに、測定ポイントの形成にも利用される(図1参照)。治療用振動子14は、送信部24により送信制御される。
【0066】
測定用振動子12は、送受信部22により制御され、生体内の治療領域を含む二次元平面内で又は三次元空間内で超音波ビームを電子走査する。そして、複数の超音波ビームが次々に電子走査され、各超音波ビームごとにエコー信号(受信信号)が取得される。取得された複数のエコー信号は画像形成部38に出力され、画像形成部38は複数のエコー信号に基づいて生体内の超音波画像(Bモード画像や三次元画像など)を形成する。形成された超音波画像は表示部50に表示される。
【0067】
送受信部22で取得されたエコー信号は、エコートラッキング処理部(ET処理部)32へも出力される。エコートラッキング処理部32は、既に説明したエコートラッキング処理を行うものである。なお、エコートラッキング処理に利用されるトラッキング用エコー信号は、超音波画像に利用される複数の超音波ビームの中から選択されてもよいし、超音波画像用の超音波ビームとは別に、トラッキング用の超音波ビームを形成してトラッキング用エコー信号を得るようにしてもよい。
【0068】
形状データ生成部34は、複数の境界点に基づいて対象組織の境界に関する形状データを生成する。形状データ生成部34は、図2を利用して説明したように、形状データとして、複数の境界点を結ぶ境界線データを形成する。また、測定ポイント追跡部36は、図3を利用して説明したように、変位前後の互いに異なる時刻に得られた形状データ同士を比較することにより、各測定ポイントを追跡する。そして、温度変化検出部40は、図4を利用して説明したように、測定ポイント間の間隔の変化に基づいて、治療領域100(図1)の温度変化を検出する。その検出結果は、例えば表示部50に表示される。
【0069】
また、温度変化検出部40による温度変化の検出結果は、制御部60に伝えられ、制御部60は、検出された温度変化に基づいて送信部24を制御する。制御部60は、温度変化の検出結果に基づいて、送信部24による強力超音波の照射時間などを制御する。
【0070】
例えば、犬の肝臓に関する音速の計測結果によれば(非特許文献2のFig.2)、セ氏60度程度が音速のピークになる。つまり、セ氏20度程度から60度程度までの範囲では、温度の上昇と共に音速も大きくなり、セ氏60度程度から90度程度までの範囲では、温度の上昇と共に音速が小さくなる。水中における音速にも同様な現象がみられ、セ氏75度程度が音速のピークになる。生体組織の主成分が水であり、また、犬の肝臓に関する測定結果も踏まえると、生体組織についても、セ氏60度程度からセ氏75度程度の範囲において、音速のピークが現れることが十分に期待される。つまり、音速のピークを検出することにより、例えば、生体組織がセ氏60度程度からセ氏75度程度の温度にあることが確認できる。そこで、制御部60は、例えば、温度変化の検出結果から音速のピークを判定し、生体組織が例えばセ氏60度程度からセ氏75度程度にあると判断して、強力超音波の照射を停止させる、または、強力超音波を照射する残り時間を決定する。
【0071】
図7は、図6の超音波治療システムによる強力超音波の照射制御を説明するためのフローチャートである。図1から図6に示した符号を利用しつつ図7のフローチャートに従ってその照射制御について説明する。
【0072】
まず、測定用振動子12が利用されて生体内の超音波画像が形成され、医師等のユーザがその超音波画像を参考にして、治療領域100の位置や大きさなどを確認する(S701,図1参照)。そして、治療用振動子14が利用され、複数の測定ポイントP1,P2が設定される(S702,図1参照)。さらに、測定用振動子12を利用して測定ポイントP1,P2間の間隔が計測される(S703,図4参照)。
【0073】
次に、治療用振動子14が利用され、治療領域100に対して強力超音波が照射される(S704)。予め設定された例えば数秒間だけ強力超音波が照射されると、強力超音波が停止されて照射時間が積算される(S705)。その後、測定用振動子12を利用して測定ポイントP1,P2間の間隔が計測され、その計測結果に基づいて音速変化ΔS(数3式)が算出される(S706,図4参照)。
【0074】
S707において、音速変化ΔSがゼロ以上であれば、音速が増加傾向にあり治療領域100の温度が上昇傾向にあると判断され、再び強力超音波が照射されてS704からS707までの処理が実行される。そして、再び実行されたS707において、音速変化ΔSがゼロ以上であれば、さらにS704からS707までの処理が実行される。
【0075】
S704からS707までの処理が繰り返されると、つまり強力超音波の照射が繰り返し実行されると、治療領域100の温度が上昇し続け、例えばセ氏60度程度からセ氏75度程度において音速がピークとなる。音速がピークを超えて減少傾向になると、S707の比較において、音速変化ΔSがゼロよりも小さくなる。
【0076】
こうして、S707において音速がピークを超えたことが確認され、治療領域100の温度が例えばセ氏60度程度からセ氏75度程度に達したと判断されると、追加の照射時間が決定される(S708)。例えば、治療領域100の温度がセ氏90度に達しない程度で所望の温度となるように、実験データなどに基づいた追加の照射時間が決定される。そして、その追加の照射時間だけ、治療領域100に対して強力超音波がさらに照射される(S709)。
【0077】
図7に示した照射制御によれば、治療領域100の温度が例えばセ氏60度程度からセ氏75度程度に達したことを確認してから、所望の温度となる追加の照射時間を決定しているため、比較的高い精度をもって照射時間を制御でき、例えば過度の加熱を抑えることができる。
【0078】
以上、本発明の好適な実施形態を説明したが、上述した実施形態は、あらゆる点で単なる例示にすぎず、本発明の範囲を限定するものではない。本発明は、その本質を逸脱しない範囲で各種の変形形態を包含する。
【符号の説明】
【0079】
10 複合型振動子、12 測定用振動子、14 治療用振動子、32 エコートラッキング処理部、34 形状データ生成部、36 測定ポイント追跡部、40 温度変化検出部、60 制御部。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
生体に対して超音波を送受する振動子と、
振動子を制御することにより、生体内にある複数の測定ポイントの各々に対して複数の超音波ビームを形成する送受信部と、
各超音波ビーム内において各測定ポイントの境界を特定することにより、各測定ポイントごとに複数の境界点を得る境界特定部と、
各測定ポイントごとに、前記複数の境界点に基づいてその測定ポイントの境界に関する形状データを得る形状特定部と、
各測定ポイントごとに、互いに異なる時刻に得られた形状データ同士を比較することによりその測定ポイントを追跡する測定ポイント追跡部と、
追跡された複数の測定ポイント間における間隔の変化に基づいて生体内の温度変化を検出する温度変化検出部と、
を有する、
ことを特徴とする超音波測定装置。
【請求項2】
請求項1に記載の超音波測定装置において、
前記温度変化検出部は、超音波ビームに対して直交する方向における前記測定ポイント間の距離の変化から、生体内組織の膨張収縮を確認して、生体内の温度変化を検出する、
ことを特徴とする超音波測定装置。
【請求項3】
請求項2に記載の超音波測定装置において、
前記温度変化検出部は、超音波ビーム方向における前記測定ポイント間の時間的な間隔の変化から、生体内における音速変化を確認して、生体内の温度変化を検出する、
ことを特徴とする超音波測定装置。
【請求項4】
請求項3に記載の超音波測定装置において、
前記温度変化検出部は、超音波ビームに対して直交する方向における前記距離の変化から生体内組織の膨張収縮量を算出し、当該膨張収縮量に基づいて、超音波ビーム方向における膨張収縮に伴う誤差を補正して、生体内における音速変化量を算出する、
ことを特徴とする超音波測定装置。
【請求項5】
請求項1から4のいずれか1項に記載の超音波測定装置において、
前記形状特定部は、各測定ポイントごとに、前記形状データとして複数の境界点を結ぶ境界線データを形成する、
ことを特徴とする超音波測定装置。
【請求項6】
請求項1から5のいずれか1項に記載の超音波測定装置において、
前記測定ポイント追跡部は、各測定ポイントごとに、互いに異なる時刻に得られた形状データ同士の相関演算により形状データの変位後の位置を特定してその測定ポイントを追跡する、
ことを特徴とする超音波測定装置。
【請求項7】
請求項1から6のいずれか1項に記載の超音波測定装置と、
生体に対して超音波を送波して生体内を加熱する治療用振動子と、
治療用振動子を送信制御して生体内の互いに異なる複数の箇所を焦点として超音波を送波させることにより、当該複数の箇所における組織の性状を変化させて当該複数の箇所を前記複数の測定ポイントとする治療用送信部と、
を有する、
ことを特徴とする超音波治療システム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2012−24284(P2012−24284A)
【公開日】平成24年2月9日(2012.2.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−165053(P2010−165053)
【出願日】平成22年7月22日(2010.7.22)
【出願人】(390029791)日立アロカメディカル株式会社 (899)
【Fターム(参考)】