説明

車両用ブレーキシステム

【課題】リーディング・トレーリング式ドラムブレーキにおいて、安価に制動トルクを検出する。
【解決手段】車両前進時にリーディングシューとして機能するブレーキシューに押付機構により加えられる駆動力と、アンカからリーディングシューに加えられるアンカ反力とに基づいてリーディングシューによる制動トルクと(168)、リーディングシューの摩擦係数とを取得する。その取得した摩擦係数からトレーリングシューの摩擦係数を推定し(170)、その推定した摩擦係数と、トレーリングシューに加えられる押付機構の駆動力とに基づいてトレーリングシューによる制動トルクを推定する(172)。リーディングシューによる制動トルクとトレーリングシューによる制動トルクとの和として全制動トルクを得る(174)。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両用ブレーキシステムに関するものであり、特に制動トルクの検出に関するものである。
【背景技術】
【0002】
車両用ブレーキシステムにおいて、ブレーキを制御するために、ブレーキにより実際に発生させられる制動トルクを取得することが必要になる場合がある。下記特許文献1には、ドラムブレーキにおける制動トルク検出装置が記載されている。この制動トルク検出装置は、2つのブレーキシューの、ホイールシリンダによって駆動される端部とは反対側の端部を受けるアンカの両端部に、板状部を設けるとともに、その板状部の、ブレーキシューを受ける側の面とは反対側の面に歪ゲージを固着し、歪ゲージの出力に基づいて2つのブレーキシューによりアンカに加えられる力を検出するものである。
【0003】
また、下記特許文献2および特許文献3には、デュオサーボ式電動ドラムブレーキにおいて、セカンダリシューの一端を受けるアンカピンに歪センサを設け、プライマリおよびセカンダリ両シューからの荷重に応じたアンカピンの変形を検出することにより、ドラムブレーキの実際の制動トルクを取得することが記載されている。取得された実制動トルクは、摩擦部材の摩擦係数のいかんを問わず、実制動トルクがブレーキ操作量に正確に対応するように電動ドラムブレーキを制御するために使用される。引用文献3にはさらに、セルフサーボ式電動ディスクブレーキの実制動トルクの検出および電動モータの制御についても記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2002−67914号公報
【特許文献2】特開2001−191903号公報
【特許文献3】特開平11−43041号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、上記の事情を背景として、複数の摩擦部材がそれぞれ対応する駆動部により駆動されて1つのブレーキ回転体に押し付けられるとともに、各摩擦部材のブレーキ回転体の周方向の移動がそれぞれ対応する移動阻止部により阻止されることによって、ブレーキ回転体の回転が抑制される形式のブレーキを備えた車両用ブレーキシステムにおいて、ブレーキ回転体に加えられる実制動トルクを安価に検出可能とする等、一層実用的な車両用ブレーキシステムを得ることを課題として為されたものである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
この課題を解決するために、本発明に係る車両用ブレーキシステムは、(a)車輪と共に回転するブレーキ回転体と、(b)それぞれそのブレーキ回転体に摺接してそのブレーキ回転体の回転方向に平行な制動力を発生させる複数の摩擦部材と、(c)それら複数の摩擦部材をそれぞれ駆動してブレーキ回転体に押し付ける複数の駆動部と、(d)それら複数の駆動部の作動時に前記複数の摩擦部材の各々と係合してそれら摩擦部材の移動を阻止する複数の移動阻止部と、(e)それら複数の移動阻止部の1つに設けられ、その1つの移動阻止部が前記複数の摩擦部材の1つである選定摩擦部材から受ける力を検出する力検出装置と、(f)その力検出装置により検出された力と、前記複数の駆動部のうちの前記選定摩擦部材を駆動する駆動部である選定駆動部の駆動力とに基づいて、前記複数の摩擦部材のうちの前記選定摩擦部材以外の摩擦部材である非選定摩擦部材の摩擦係数である非選定摩擦係数を推定する非選定摩擦係数推定部と、(g)前記力検出装置により検出された力と選定駆動部の駆動力との少なくとも一方と、前記複数の駆動部のうち非選定摩擦部材を駆動する駆動部である非選定駆動部の駆動力と、非選定摩擦係数推定部により推定された非選定摩擦係数とに基づいて、前記複数の摩擦部材の全てによりブレーキ回転体に加えられる制動トルクを取得する制動トルク取得部とを含むように構成される。
【発明の効果】
【0007】
この構成の車両用ブレーキシステムにおいては、1つのブレーキ回転体に摺接してそのブレーキ回転体に制動力を加える複数の摩擦部材の1つである選定摩擦部材の移動を阻止する移動阻止部が、その選定摩擦部材から受ける力が(換言すれば、移動阻止部が選定摩擦部材に加える反力が)、その移動阻止部に設けられた力検出装置により検出され、その検出された力と、選定摩擦部材に駆動部により加えられる駆動力とに基づいて、複数の摩擦部材のうちの選定摩擦部材以外の摩擦部材である非選定摩擦部材の非選定摩擦係数が、非選定摩擦係数推定部により推定される。選定摩擦部材と被選定摩擦部材とは共通のブレーキ回転体に押し付けられるため、それら摩擦部材の摩擦係数は互いに同じとみなすことができる場合が多く、同じと見なすことができない場合でも、選定摩擦部材の選定摩擦係数と被選定摩擦部材の非選定摩擦係数との間には一定の関係が存在するのが普通であるため、選定摩擦係数を検出すれば、その選定摩擦係数に基づいて非選定摩擦係数を推定することができる。
【0008】
そして、選定摩擦部材の選定摩擦係数は、選定摩擦部材に加えられる駆動力と、選定摩擦部材から対応する移動阻止部に加えられる力(移動阻止部が選定摩擦部材に加える反力)とが判れば、取得することができるため、上記両力に基づいて選定摩擦部材の選定摩擦係数を取得し、その取得した選定摩擦係数に基づいて、非選定摩擦部材の非選定摩擦係数を推定するか、あるいは、上記両力に基づいて直接、非選定摩擦係数を推定することができる。いずれにしても、選定摩擦部材に加えられる駆動力と、選定摩擦部材から対応する移動阻止部に加えられる力(移動阻止部から選定摩擦部材に加えられる反力)とから、非選定摩擦部材の非選定摩擦係数を推定することができるのであり、その推定した非選定摩擦係数と、非選定摩擦部材に非選定駆動部により加えられる駆動力とから、非選定摩擦部材によりブレーキ回転体に加えられる制動トルクが判る。また、選定摩擦部材によりブレーキ回転体に加えられる制動トルクは、選定摩擦部材の選定摩擦係数が取得される場合は、その取得された選定摩擦係数と選定摩擦部材に加えられる駆動力とから取得することができ、選定摩擦部材の選定摩擦係数が取得されない場合には、選定摩擦部材に加えられる駆動力と、力検出装置により検出される力とに基づいて取得することができる。
【0009】
また、選定摩擦部材および非選定摩擦部材に加えられる駆動力は、例えば、駆動部の駆動源が電動モータである場合には電動モータへの供給電流に基づいて、駆動部の駆動源が液圧シリンダである場合には液圧に基づいて、容易にかつ安価に取得できる。
結局、本発明に従えば、選定摩擦部材から移動阻止部に加えられる力(移動阻止部から選定摩擦部材に加えられる反力)を1つの力検出装置により検出すれば、複数の摩擦部材の全てにより共通のブレーキ回転体に加えられる制動トルクを推定することができるのであり、力検出装置の数を減少させて、車両ブレーキシステムの製造コストを低減させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】本発明の一実施形態である車両ブレーキシステムの主体を成すドラムブレーキの正面図である。
【図2】上記ドラムブレーキの押付機構,電動モータ,回転伝達機構を示す一部断面図である。
【図3】図2のAA断面図である。
【図4】(A)上記押付機構に含まれるランプ機構の展開図である。(B) ランプ機構の駆動部材の斜視図である。(C)ランプ機構の作用作動状態を示す図である。
【図5】(A)上記ドラムブレーキの非作用状態を示す図である。(B)上記ドラムブレーキの作用作動時の押圧部材のストロークと拡開力との関係を示す図である。
【図6】上記押付機構の作動を説明するための図である。
【図7】上記ドラムブレーキにおけるリーディングシューの制動トルク取得のためのモデルを示す図である。
【図8】上記ドラムブレーキにおけるトレーリングシューの制動トルク取得のためのモデルを示す図である。
【図9】上記車両ブレーキシステムのブレーキECUが制動トルクを取得する場合における機能を概念的に示す機能ブロック図である。
【図10】上記車両ブレーキシステムのブレーキECUが上記ドラムブレーキのドラムの回転方向を判定する原理を説明するためのグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明の一実施形態である車両ブレーキシステムを図面に基づいて詳細に説明する。本車両ブレーキシステムは、図1に示すドラムブレーキ10を含む。ドラムブレーキ10は、図示しない車体に取り付けられた非回転部材としてのバッキングプレート12と、内周摩擦面14を備えて車輪と共に回転するドラム16とを含む。バッキングプレート12の一直径方向に隔たった2箇所には、それぞれアンカ17と電動アクチュエータ18(図2参照)とが固定されている。また、それらアンカ17と電動アクチュエータ18の押付機構19との間に、各々円弧状を成す一対のブレーキシュー20a,20bがドラム16の内周摩擦面14に対面する状態で、シューホールドダウン装置22a,22bによってバッキングプレート12の面に沿って移動可能に取り付けられている。
なお、バッキングプレート12の中央に設けられた貫通穴は、図示しないアクスルシャフトの貫通を許容するためのものである。
【0012】
一対のブレーキシュー20a,20bは、それぞれ、一端部が押付機構19に係合させられ、他端部がアンカ17と当接して、拡開可能に支持される。また、ブレーキシュー20a,20bの各々の外周面には摩擦材としてのブレーキライニング24a,24bが保持され、それら一対のブレーキライニング24a,24bがドラム16の内周摩擦面14に摺接させられることにより、それらブレーキライニング24a,24bとドラム16との間に摩擦力が発生する。
さらに、一対のブレーキシュー20a,bの一端部同士の間には、アジャスタ付きストラット28と、リターンスプリング30とが設けられる。アジャスタ付きストラット28は、ブレーキライニング24a,bの摩耗に応じて、これら一対のブレーキライニング24abと内周摩擦面14との隙間を調整するものである。
【0013】
図1において、車両前進時には車輪が矢印Zで示す向きに回転し、ドラム16も一体的に同方向に回転する。その場合には、ブレーキシュー20aは押付機構19によりドラム16の回転方向と同じ向きに押され、ブレーキシュー20bは押付機構19によりドラム16の回転方向と逆の向きに押される。ブレーキシュー20aがリーディングシューとして機能し、ブレーキシュー20bがトレーリングシューとして機能するのであり、本ドラムブレーキ10は、リーディング・トレーリング式となっている。車両の後退時には、リーディングシューとトレーリングシューとが逆になる。
【0014】
アンカ17の、車両前進時にリーディングシューとなるブレーキシュー20aの端部を受ける移動阻止部には、ブレーキシュー20aからアンカ17が受ける力(換言すれば、アンカ17がブレーキシュー20aに加える反力)を検出する力検出装置32が設けられている。力検出装置32は、アンカ本体部34に2つの連結部35によって連結された接触部36と、接触部36とアンカ本体34との間に予圧縮を受けた状態で挟まれた圧電素子を主体とする荷重センサ38とを含んでいる。接触部36はブレーキシュー20aと接触して、ブレーキシュー20aからの力を荷重センサ38に伝達する部分であり、2つの連結部35は、荷重センサ38の両側に、荷重センサ38からドラム16のほぼ半径方向(ブレーキシュー20aがアンカ17に加える力の作用方向と交差する方向)に隔たって設けられ、接触部36に力が加えられた場合に弾性変形してその力が荷重センサ38に伝達されることを許容するとともに、ブレーキラインイング24aの摩耗につれてブレーキシュー20aの接触部36への接触点が変化した場合に、荷重センサ38に偏心荷重に起因する曲げモーメントが作用することを極力回避するために設けられた部分である。なお、アンカ本体部34は、実際には、複数の部材の組合わせにより構成されるのであるが、本発明を理解する上で不可欠ではないため詳細な説明は省略する。
【0015】
電動アクチュエータ18は、図2に示すように、押付機構19に加えて、駆動源としての電動モータ40と、電動モータ40の回転を押付機構19に伝達する回転伝達機構42とを含む。電動モータ40および回転伝達機構42は、バッキングプレート12のブレーキシュー20a,bを保持する側とは反対側に保持されている。
押付機構19は、一対の押圧部材44a,bを前進させる機構であり、ハウジング50と、回転入力部材52と、回転スライド部材53と、駆動部材54とを含む。
押圧部材44a,bは、それぞれ、ハウジング50に、回り止め機構58a,58bを介して相対回転不能かつ軸方向(中心軸線Lと平行な方向)に相対移動可能に保持される。
回転入力部材52は、概して中空の円筒状を成したものであり、ハウジング50に、軸方向に相対移動不能かつ相対回転可能に、一対のベアリング62,64を介して保持される。回転入力部材52には、電動モータ40の回転が伝達される。
【0016】
回転スライド部材53は、軸方向に延びた中空の軸66と、それの一端部に設けられた頭部68とを有し、軸部66において、回転入力部材52に、相対回転不能かつ軸方向に相対移動可能に保持されている。
図3に示すように、回転スライド部材53の軸部66はスプライン軸とされており、回転入力部材52にはスプライン穴72が形成され、それらスプライン軸とスプライン穴72との嵌合により、回転スライド部材53が回転入力部材52に保持されている。スプライン軸とスプライン穴74とには、DLC(Diamond like Carbon)処理(表面処理)が施されて摩擦係数が非常に小さくされており、回転スライド部材53は回転入力部材52に対して軸方向に軽快にすべる。また、DLC処理が施されることにより、耐摩耗性が向上させられている。
本実施形態においては、上記スプライン軸とスプライン穴72とにより回転スライド機構74が構成されている。また、頭部68には、押圧部材44bがスラストベアリング76を介して相対回転可能に係合させられ、押圧部材44bには、頭部68を押圧部材44bに押し付ける向きに付勢する付勢手段としてのばね部材77が設けられている。
【0017】
駆動部材54は、軸方向に延びた中実の軸部78と、一端部に設けられた頭部80とを有し、軸部78において回転スライド部材53の中空の軸部66の内側に、軸方向に相対移動可能に保持される。回転スライド部材53の軸部66の中心部には雌ねじ穴82が形成される一方、駆動部材54の軸部78は雄ねじ部とされ、これらが螺合されて、回転を直線移動に変換する運動変換機構が構成されている。本運動変換機構は、一組の雄ねじ部と雌ねじ穴82とから成るねじ機構84により構成されており、相対回転時にはすべり摩擦が生じ、軸方向の荷重が大きくなればロック状態となる。そのため、駆動部材54に設定値以上の軸方向力が加えられた状態では、駆動部材54と回転スライド部材53とは一体的に回転する。
【0018】
駆動部材54と押圧部材44aとは中心軸線Lの回りに相対回転可能であり、駆動部材54の頭部80には、押圧部材44aがランプ機構の一種であるボールランプ機構90を介して係合させられている。また、押圧部材44aには、頭部80を押圧部材44aに押し付ける向きに付勢する付勢手段としてのばね部材91が設けられている。
【0019】
ボールランプ機構90は、図4(A)の展開図に示すように、駆動部材54と押圧部材44aとの互いに対向する端面80P、44Pの間に設けられる。ボールランプ機構90は、頭部80(図4(B)参照)の押圧部材44aに対向する端面80P,押圧部材44aの駆動部材54(頭部80)に対向する端面44Pに、それぞれ形成された第1傾斜溝92a,b,cおよび第2傾斜溝94a,b,cと、これら第1傾斜溝92a,b,cおよび第2傾斜溝94a,b,cの間にそれぞれ1つずつ保持された3つの転動体としてのボール96a,b,cとを含む。第1,第2傾斜溝92,94a,b,cは、図4(A)、(B)に示すように、それぞれ、中心軸線Lを中心とする円筒面に沿って形成され、かつ、中心軸線Lと直角な直角基準平面(本実施形態においては、端面80P,44Pが直角基準平面と平行な面である)に対して傾斜した状態で形成される。換言すれば、円周に沿って進むにつれて傾斜溝の底面と直角基準平面との間の距離(以下、溝の軸方向成分と称する)が単調に(図示の例では直線的に)減少する形状を成している。また、第1傾斜溝92a,b,cおよび第2傾斜溝94a,b,cは、それぞれ、2/3πずつ位相がずれた位置に設けられている。
【0020】
駆動部材54が押圧部材44aに対して相対回転させられると、図4(C)に示すように、ボール96a,b,cが、それぞれ、第1傾斜溝92a,b,c、第2傾斜溝92,94a,b,cの間を転動してこれらの相対位置が変化し、押圧部材44aが駆動部材54に対して軸方向に相対移動させられる。この押圧部材44aの駆動部材54に対する相対移動量(以下、ランプ機構90のストロークと称することがある)の理論上の最大値は、ボール96a,b,cの直径よりわずかに小さい値となる。
【0021】
駆動部材54は、回転スライド部材53にねじ機構84を介して係合させられているが、駆動部材54に加えられる軸方向の力が設定値以下である間はねじ機構84がロックすることはない。また、駆動部材54は押圧部材44aにばね部材91によって押し付けられており、駆動部材54に加えられる軸方向の力が設定値以下である間、駆動部材54の押圧部材44aに対する相対回転が阻止される。駆動部材54が押圧部材44aに対して相対回転するためには、ボール96a,b,cが第1傾斜溝92a,b,cおよび第2傾斜溝94a,b,cをころがり上り、駆動部材54と押圧部材44aとをばね部材91の付勢力に抗して互いに離間させることが必要であるが、その際に駆動部材54が押圧部材44aから受ける抵抗トルク(ボール96a,b,cが第1傾斜溝92a,b,cおよび第2傾斜溝94a,b,cを登るのに必要な軸方向の力とボール96a,b,cのころがり摩擦とに起因して受ける抵抗トルクであるが、ころがり摩擦は小さいため無視することもできる)が、上記軸方向の力が設定値以下である状態では、駆動部材54と回転スライド部材53とが相対回転する際にねじ機構84において受ける抵抗トルク(ねじ面間におけるすべり摩擦力と、一方のねじ山が他方のねじ山をリード角分登るのに必要な軸方向の力とに起因して受ける抵抗トルク)より大きくなるように、ねじ機構84におけるリード角,ねじ機構84におけるすべり摩擦係数,ボールランプ機構90における第1,第2傾斜溝92,94a,b,cの傾斜角,およびばね部材77の設定荷重が選定されているのである。
そのため、駆動部材54に加えられる軸方向の力が設定値以下である間は、回転スライド部材53の回転に伴って駆動部材54は前進(直線移動)させられ、押圧部材44aが前進させられる。
【0022】
それに対して、駆動部材54に加えられる軸方向の力が設定値より大きくなると、ねじ機構84がロックする。その結果、駆動部材54に加えられる駆動回転トルクが大きくなり、ボールランプ機構90が駆動部材54と押圧部材44aとを離間させようとする力がばね部材91の付勢力を超える。そのために、駆動部材54は、押圧部材44aに対して相対回転させられ、ボール96a,b,cが第1傾斜溝92a,b,cと第2傾斜溝94a,b,cをころがり上り、それによって、押圧部材44bが駆動部材54に対して軸方向に相対的に移動させられる。
本実施形態においては、上記「駆動部材54に加えられる軸方向の力の設定値」が、後述するように、リターンスプリング24のセット荷重に応じた大きさ以下の大きさ、すなわち、リターンスプリング24のセット荷重に応じた力が加えられた場合には、ねじ機構84がロックする大きさとされている。上記設定値は、例えば、リターンスプリング24のセット荷重に応じた力Fsに係数α(0<α≦1)を掛けた大きさ(Fs・α)とすることができる。
【0023】
回転伝達機構42は、本実施形態においては、4つのギヤ100〜103を含む。ギヤ100は、電動モータ40の出力軸106に相対回転不能に設けられ、ギヤ101〜103は、それぞれ、ハウジング50に回転可能に保持される。
ギヤ101は、回転入力部材52と噛み合わされている。ギヤ102はギヤ100と噛み合わされ、ギヤ103はギヤ101と噛み合わされるが、ギヤ102,103は、同軸状に一体的に回転可能に保持されている。そのため、電動モータ40の出力軸106の回転は、ギヤ100,102,103,101を介して回転入力部材52に伝達される。
【0024】
以上のように構成されたドラムブレーキ10の作動を図5,6に基づいて説明する。
(A)ドラムブレーキ10の非作用状態
まず、図6(A)に示すように、押付機構19において、一対の押圧部材44a,bとブレーキシュー20a,bとの間に隙間Δa,Δbがある場合について説明する。
ドラムブレーキ10の作用に伴ってブレーキライニング24a,bが摩耗する。本ドラムブレーキ10はリーディング・トレーディング式のものであるため、車両の前進時にドラム16が矢印Zの方向に回転する場合に、ブレーキシュー20aがリーディングシューとなる。そのため、ブレーキシュー20aのブレーキライニング24aの方が、車両の前進中の制動時にトレーリングシューとなるブレーキシュー20bのブレーキライニング24bより多く摩耗する。ブレーキライニング24a,bと内周摩擦面14との間の隙間Δsa,Δsbが設定値以上大きくなれば、アジャスタ付きストラット28において隙間を減少させる調整が行われ、図5(A)に示すように、押圧部材44a,bとブレーキシュー20a,bとの間に隙間Δa,Δbが生じる。ただし、ブレーキライニング24a,bの摩耗量が非常に小さい場合、あるいは、後述するように、摩耗量に応じた調整が行われた直後においては、隙間Δa,Δbは非常に小さい。
また、ドラムブレーキ10の非作用状態においては、ランプ機構90は復帰状態にあり、押圧部材44aは駆動部材54に最も接近した位置にある。また、ボール96は、一対の傾斜溝92,94の間の、軸方向成分(溝と底面と直角基準平面との間の距離)が最も大きい位置にある。
【0025】
(B)ドラムブレーキ10の調整作用作動(押圧部材44a,bとブレーキシュー20a,bとの間の隙間Δa、Δbを消滅させる作動)
運転者によってブレーキ操作部材154が操作された場合等ドラムブレーキ10を作用させる要求が検出された場合には、電動モータ40が回転させられる。
図6(B)に示すように、押付機構19において、回転入力部材52が回転させられ、それによって、回転スライド部材53が回転させられ、駆動部材54が回転スライド部材53に対して軸方向に相対移動させられて、押圧部材44aがブレーキシュー20aに近づけられる。駆動部材54の回転スライド部材53に対する突出量が大きくなり、一対の押圧部材44a,bの間の距離が長くなる。
押圧部材44aがブレーキシュー20aに当接すると、回転スライド部材53は、相対回転しつつ駆動部材54とは反対向きに相対移動し、押圧部材44bがブレーキシュー20bに近づけられる。一対の押圧部材44a,bがブレーキシュー20a,bに当接するまで、駆動部材54と回転スライド部材53とが相対移動させられる。
この間、駆動部材54に加えられる軸方向の力は非常に小さく、設定値以下である。ねじ機構84に加えられる軸方向の力も非常に小さく、ロックすることがない。また、ばね部材92によって頭部80が押圧部材44aへ押し付けられる力が、ボールランプ機構90が頭部80と押圧部材44aとを互いに離間させようとるす力より大きいため、ボールランプ機構90は復帰状態に保たれ、駆動部材54が押圧部材44aに対して相対回転させられることはない。
この状態は、図5(B)においては領域αで表される。
【0026】
(C)ドラムブレーキ10の初期作用作動(ブレーキシュー20a,bと内周摩擦面14との間の隙間Δsa,Δsbを消滅させる作動)
一対の押圧部材44a,bがそれぞれ一対のブレーキシュー20a,bに当接した状態では、駆動部材54には、ドラムブレーキ10のリターンスプリング30(図5参照)の弾性力(リターンスプリング24のセット荷重に相当する力)が加えられるのであり、設定値より大きい力が加えられることになる。
それにより、図6(C)に示すように、ねじ機構84がロックする。その結果、ボールランプ機構90が頭部80と押圧部材44aとを互いに離間させようとるす力が、ばね部材91によって頭部80が押圧部材44aへ押し付けられる力より大きくなり、駆動部材54が押圧部材44aに対して相対回転させられ、ボールランプ機構90が作用作動する。ボール96a,b,cが第1、第2傾斜溝92,94a,b,cをころがり上り、押圧部材44aが駆動部材54に対して軸方向に相対移動させられ、ブレーキシュー20aを押す。また、押圧部材44bも前進させられ、ブレーキシュー20bを押す。これら押圧部材44a,bによってブレーキシュー20a,bに加えられる軸方向の駆動力は同じ大きさである。
このように、押圧部材44aと押圧部材44bとがブレーキシュー20a,20bを拡開させるのであるが、ブレーキライニング24a,bと内周摩擦面14との間にクリアランスΔsa,Δsbが存在する間は、押圧部材44a,bによるブレーキシュー20a,bの駆動力は、リターンスプリング24のセット荷重に応じた一定の大きさとなる。換言すれば、押圧部材44a.bに加えられる軸方向の力がリターンスプリング24のセット荷重に応じた大きさとなるのである。この状態は、図5(B)の領域βで表される。
【0027】
(D)ドラムブレーキ10の実効作用作動(制動力ないし制動トルクを付与する作動)
クリアランスΔsa,Δsbがなくなると、押付部材44a,bの前進に伴ってブレーキシュー20a,bのライニング24a,bが内周摩擦面14に押し付けられ、ブレーキシュー20a,bの内周摩擦面14に対する押付力が大きくなり、制動力ないし制動トルクが大きくなる。制動力ないし制動トルクは、電動モータ40の回転に伴って大きくなるのであり、実際の制動力ないし制動トルクが目標制動力ないし目標制動トルクに近づくように、電動モータ40が制御される。この状態は、図5(B)の領域γで表される。
【0028】
(E)ドラムブレーキ10の解除
運転者によるブレーキ操作部材154の操作が解除されると、電動モータ40に電流が供給されなくなる(供給電流が0とされる)。ドラムブレーキ10においてリターンスプリング30の作用により、一対のブレーキシュー20a,bが、アジャスタ付きストラット28で決まる位置まで縮径させられる。それに伴って、押圧部材44a,bが後退させられ、ボールランプ機構90が復帰状態まで戻される。図5(B)のEの位置、すなわち、図6(B)の状態が終了し、(C)の状態が開始する位置まで戻されるのであり、隙間Δa,bが非常に小さい状態(事実上0の状態)とる。
このように、前述の図6(B)のドラムブレーキ10の調整作用作動において駆動部材54が軸方向に相対移動させられた分は、電動モータ40を逆方向に回転させない限り戻されることはない。換言すれば、ブレーキライニング24a,bの摩耗量が増加すると、駆動部材54の回転スライド部材53に対する突出量が大きくされた位置が、ドラムブレーキ10の非作用位置(初期位置)とされるのであり、ブレーキライニング24a,bの摩耗量に応じて初期位置が調整される。この意味において、駆動部材54を摩耗補償用部材と称し、ねじ機構84を摩耗補償機構と称することができる。
【0029】
(F)隙間Δa,Δbがごく小さい場合の作用作動
この状態からドラムブレーキ10が作用作動させられる場合には、隙間Δa,bが非常に小さいため、電動モータ40の回転に伴って一対の押圧部材44a,bが前進させられると、直ちに、一対のブレーキシュー20a,bに当接する。電動モータ40の回転に伴ってボールランプ機構90が作用作動させられ、一対のブレーキシュー20a,bがドラム16の内周摩擦面14に接近させられ、内周摩擦面14に押し付けられる。このように、ドラムブレーキ10を速やかに効かせることができる。
【0030】
(G)ドラムブレーキ10の、ドラム16が偏心して取り付けられている場合の作動
ドラム16が偏心して取り付けられている場合には、図5(A)に示すブレーキシュー20a,bの各々とドラム内周面14との間の隙間Δsa,Δsbが互いに異なる大きさとなる。この場合には、図6(D)に示すように、上述の図5の領域βにおいて(ランプ機構90が作用作動する状態で)、回転スライド部材53(押圧部材44a,b,回転スライド部材53,駆動部材54全体)が必要に応じて軸方向に移動させられ、それによって、隙間Δsa、Δsbの両方が消滅させられる。また、偏心したドラム16が回転するにつれて、ブレーキシュー20a,bが押圧部材44a,bおよびアンカ17に対して、押圧機構19とアンカ17とを通る直線に平行な方向に滑ることと、押圧部材44a,b、回転スライド部材53,駆動部材54全体が上記直線と直交する方向に移動することとが繰り返されることによって、偏心したドラム16の回転に容易に追従する。それによって、ドラム16の偏心に起因するドラムブレーキ10の振動を良好に抑制することができる。
【0031】
本ドラムブレーキ10は、図2に示すように、コンピュータを主体とするブレーキECU150に接続されている。ブレーキECU150は、入出力部、実行部、記憶部を含み、入出力部には、電動モータ40の回転角度を検出する回転角センサ152、運転者によって操作可能なブレーキ操作部材154の操作ストロークや操作力等の操作量を検出するブレーキ操作量検出装置156、前記荷重センサ38等が接続されるとともに、電動モータ40が図示しない駆動回路を介して接続される。電動モータはブラシレスDCモータであり、電動モータ40への供給電流が回転角センサ152の出力信号に基づいて制御される。
【0032】
ブレーキECU150は、ブレーキ操作量検出装置156により検出されるブレーキ操作部材154の操作量に基づいて、車両のすべてのブレーキの目標制動トルクを決定し、駆動回路に、各目標制動力に応じた電流を各ブレーキの駆動源たる電動モータに供給させるとともに、各ブレーキが発生する実制動トルクを検出し、その実制動トルクが上記目標制動トルクと等しくなるように、各電動モータへの供給電流をフィードバック制御する。そのうち、ドラムブレーキ10における制動トルク制御について、以下に説明する。
なお、目標制動トルクは、車両の走行状態に基づいて決定されるようにすることもでき、運転者がブレーキ操作部材154を操作しなくても自動でドラムブレーキ10が作動させられるようにすることもできる。
【0033】
まず、ブレーキシュー20aからアンカ17に加えられる力、換言すれば、アンカ17からブレーキシュー20aに加えられるアンカ反力の取得について説明する。この力は、荷重センサ38の出力に基づいて力検出装置32により検出される。力検出装置32においては、ブレーキシュー20aからアンカ17に加えられる力が、接触部36から荷重センサ38と2つの連結部35に伝達され、それら3者によって受けられる。荷重センサ38は、自身が受ける力に比例する電圧を出力するのであるが、荷重センサ38が受ける力はブレーキシュー20aからアンカ17に加えられる力に比例するため、結局、荷重センサ38の出力電圧はブレーキシュー20aからアンカ17に加えられる力に比例することなり、ブレーキECU150は荷重センサ38の出力電圧に基づいてブレーキシュー20aからアンカ17に加えられる力を演算する。厳密には、ブレーキECU150のこの演算を行う部分と力検出装置32とにより、ブレーキシュー20aからアンカ17に加えられる力(あるいはアンカ反力)を検出する装置が構成されているのである。
【0034】
ブレーキECU150は、上記力の検出に続いて、ドラムブレーキ10において2つのブレーキシュー20a,bによりドラム16に加えられる制動トルクを取得する。この取得は、図7および図8に示すようにモデル化されたドラムブレーキ10について行われ、その際のブレーキECU150の機能は、図9の機能ブロック図で表すことができる。
図9において、モータ電流取得部160は、電動モータ40に供給される電流を検出する図示しない電流計の出力信号を読み込むことによって、電動モータ40への供給電流を取得する部分である。モータ電流取得部160により取得された供給電流に基づいて駆動力取得部162において、押付機構19によるブレーキシュー20a,bの駆動力が演算により取得される。また、力検出装置32の荷重センサ38の出力信号に基づいて、アンカ反力取得部164により、アンカ17からブレーキシュー20aに加えられる反力(換言すれば、ブレーキシュー20aからアンカ17に加えられる力)が取得される。
【0035】
上記駆動力取得部162により取得された駆動力とアンカ反力取得部164により取得されたアンカ反力とに基づいて、前進・後退判定部166により、車両の前進中における制動か、後退中における制動かが判定される。この判定の詳細は後に詳述するが、この判定結果により、ブレーキシュー20aとブレーキシュー20bとのうち、いずれがリーディングシューでいずれがトレーリングシューであるかが明らかになるため、選定シュー制動トルク取得部168において、選定シュー、すなわち、力検出装置32によりアンカ反力が検出される側のブレーキシュー20aの制動トルクが演算により取得されるとともに、非選定シュー摩擦係数推定部170により非選定シュー、すなわちブレーキシュー20bのブレーキライニング24bの摩擦係数が推定され、さらに非選定シュー制動トルク推定部172によりブレーキシュー20bの制動トルクが推定される。そして、全制動トルク推定部174により、両ブレーキシュー20a,bによりドラム16に加えられる全制動トルクが推定される。これら選定シュー制動トルク取得部168,非選定シュー摩擦係数推定部170,非選定シュー制動トルク推定部172および全制動トルク推定部174の機能について、以下に詳細に説明する。
【0036】
図7は、車両前進中の制動時に、リーディングシューとして機能するブレーキシュー20aに作用する力を示す図である。図中の各記号はそれぞれ以下のものを示す。
Fk:押圧機構19がブレーキシュー20aに加える駆動力
Kx:アンカ17がブレーキシュー20aに加えるアンカ反力
H:ブレーキシュー20aのブレーキライニング24aとドラム16の内周摩擦面14との間の面圧の水平方向(X軸方向)成分の合力(実際にはブレーキシュー20aの長手方向の中央に作用するわけではないが、単純化のために中央に作用するとみなす)
Ky:ブレーキシュー20aのブレーキライニング24aとドラム16の内周摩擦面14との間の面圧の鉛直方向(Y軸方向)成分の合力(実際には、内周摩擦面14からブレーキシュー20aに加えられる力であり、ブレーキシュー20aの端部に集中的に加えられるわけではないが、単純化のために端部に加えられるとみなす)
μ:ブレーキシュー20aのブレーキライニング24aとドラム16の内周摩擦面14との間の摩擦係数
Lk:押付機構19の作用点とアンカ17の作用点とのY方向距離
Lhy:アンカ17の作用点と合力Hの作用点とのY方向距離
Lhx:アンカ17の作用点と合力Hの作用点とのX方向距離
R:内周摩擦面の半径
【0037】
リーディングシューとしてのブレーキシュー20aにおけるX方向およびY方向の力の釣合いはそれぞれ次式で表される。
Fk+Kx=H・・・(1)
Ky=μ・H・・・(2)
また、ブレーキシュー20aにおける回転モーメントの釣合いは次式で表される。
Fk・Lk+μ・H・Lhx=H・Lhy・・・(3)
(1),(3)式より
μ={(Kx+Fk)・Lhy−Fk・Lk}/(Kx+Fk)・Lhx・・・(4)
また、(3)式より
H=Fk・Lk/(Lhy−μ・Lhx)・・・(5)
そして、ブレーキシュー20aによりドラム16に加えられる制動トルクTaは、
Ta=μ・H・R=μ・R・Fk・Lk/(Lhy−μ・Lhx)・・・(6)
となる。
【0038】
一方、車両前進中の制動時に、トレーリングシューとして機能するブレーキシュー20bには、図8に示す力が作用する。図中の各記号はそれぞれ以下のものを示す。
Fk′:押圧機構19がブレーキシュー20bに加える駆動力
Kx′:アンカ17がブレーキシュー20bに加える反力
H′:ブレーキシュー20bのブレーキライニング24bとドラム16の内周摩擦面14との間の面圧の水平方向(X軸方向)成分の合力
Ky′:ブレーキシュー20bのブレーキライニング24bとドラム16の内周摩擦面14との間の面圧の鉛直方向(Y軸方向)成分の合力
μ′:ブレーキシュー20bのブレーキライニング24bとドラム16の内周摩擦面14との間の摩擦係数
Lk:押付機構19の作用点とアンカ17の作用点とのY方向距離
Lhy:アンカ17の作用点と合力H′の作用点とのY方向距離
Lhx:アンカ17の作用点と合力H′の作用点とのX方向距離
【0039】
トレーリングシューとしてのブレーキシュー20bにおけるX方向およびY方向の力の釣合いはそれぞれ次式で表される。
Fk′+Kx′=H′・・・(7)
Ky′=μ′・H′・・・(8)
また、ブレーキシュー20bにおける回転モーメントの釣合いは次式で表される。
Fk′・Lk=μ′・H′・Lhx+H′・Lhy・・・(9)
(9)式より
H′=Fk′・Lk/(Lhy+μ′・Lhx)・・・(10)
そして、ブレーキシュー20bによりドラム16に加えられる制動トルクTbは、
Tb=μ′・R・H′=μ′・R・Fk′・Lk/(Lhy+μ′・Lhx)・・・(11)
となる。
【0040】
そして、上記ブレーキシュー20aによる制動トルクTaとブレーキシュー20bによる制動トルクTbとの和として、ブレーキシュー20a,bによりドラム16に加えられる全制動トルクTtが演算される。
なお、上記式においては、押付機構19によってブレーキシュー20aとブレーキシュー20bとに加えられる駆動力を互いに異なる記号Fk,Fk′で表したが、実際には、押付機構19において、前述のように、押圧部材44a,b,回転スライド部材53,駆動部材54全体が、スライド機構74によって極めて軽快に軸方向に移動可能とされているため、Fk=Fk′と見なして差し支えない。また、駆動力Fk,Fk′は、電動モータ40への供給電流に基づいて演算で求めることができる。
【0041】
さらに付言すれば、上記制動トルクTa,Tbを演算するための式は、ドラムブレーキ10を単純化したモデルについて得たものであるから、上式の演算によって取得される摩擦係数μ,μ′は、実際の摩擦係数とはある程度違う大きさとなる場合がある。換言すれば、実際のドラムブレーキ10とモデル化されたドラムブレーキとの違いに起因して発生するモデル化誤差が摩擦係数μ,μ′に集約されるのであり、摩擦係数μ,μ′は見かけの摩擦係数とでも称するべきものである。そのことを容認すれば、上式により実用上充分な精度で制動トルクを取得するができる。
【0042】
また、上記のように、モデル化誤差が摩擦係数μ,μ′に集約され、しかも、そのモデル化誤差がリーディングシューとトレーリングシューとでは異なるため、本来は、2つの摩擦係数μ,μ′も互いに異なる。さらに、リーディングシューとトレーリングシューとではブレーキライニング24a,bの摩耗量や摩耗の仕方が異なることや、ブレーキライニング24a,bの材質が互いに異ならされることがあるなどの理由で、実際の摩擦係数が互いに異なる場合もある。
【0043】
しかしながら、2つの摩擦係数μ,μ′が互いに異なっても、ブレーキシュー20a,bは、同一の環境において、共通のドラム16に摺接させられるため、摩擦係数μと摩擦係数μ′との間には比例関係等、一定の関係が成立することが多い。摩擦係数μと摩擦係数μ′とを同じと見なして差し支えない場合もある。そのため、実験により、所定の駆動力をブレーキシュー20a,bに加えた場合の実際の制動トルクを検出し、その検出結果に基づいて、摩擦係数μと摩擦係数μ′との関係を取得し、ブレーキECU150にテーブルあるいは数式の形態で記憶させておけば、リーディングシューたるブレーキシュー20aについて取得した摩擦係数μから、トレーリングシューたるブレーキシュー20bの摩擦係数μ′を推定することができる。
【0044】
以上、車両前進時について説明したが、車両後退時には、ブレーキシュー20bがリーディングシューとして機能し、ブレーキシュー20aがトレーリングシューとして機能する状態となる。すなわち、本実施形態においては、アンカ17に加える力(あるいはアンカ反力)を力検出装置32によって検出されるブレーキシュー20aが、車両前進時においてはリーディングシューであるのに、車両後退時においてはトレーリングシューに変わるのである。そして、リーディングシューとトレーリングシューとでは成り立つ式が異なるため、ブレーキECU150は実制動トルクを演算するに先立って車両が前進中か後退中かを決定することが必要である。
【0045】
この決定は、前記前進・後退判定部166において、力検出装置32によって検出される力(あるいはアンカ反力)と、押付機構10の駆動力との関係に基づいて以下のように行われる。
図10に、前記(1)〜(11)式により演算したリーディングシューとトレーリングシューとにおける駆動力とアンカ反力との関係を示す。図から明らかなように、リーディングシュー側においては、トレーリングシュー側に比較して、駆動力に対するアンカ反力が大きくなる。そして、ブレーキライニングの摩擦係数を0.1,0.2,0.3と仮定した場合のリーディングシュー側の駆動力とアンカ反力との関係を示す直線群は、ブレーキライニング24a,bの摩擦係数を0と仮定した場合における駆動力とアンカ反力との関係を示す摩擦零直線より上になり、トレーリングシュー側の駆動力とアンカ反力との関係を示す直線群は摩擦零直線より下になる。したがって、例えば、力検出装置32によって検出される力(あるいはアンカ反力)と、押付機構10の駆動力との関係を示す点が摩擦零直線より上にあれば、ブレーキシュー20aがリーディングシューとして機能している、すなわち車両前進中の制動であると判定し、摩擦零直線より下にあれば、ブレーキシュー20aがトレーリングシューとして機能している、すなわち車両後退中における制動であると判定することができる。この場合には、摩擦零直線が、車両が前進中か後退中かを判定するためのしきい値の集合を表していることになる。
【0046】
そして、ブレーキECU150は、車両前進中の制動であると判定した場合には、ブレーキシュー20aについて前記(1)〜(6)式を、ブレーキシュー20bについて前記(7)〜(11)式をそれぞれ用いた演算を行う。車両後退中の制動であると判定した場合には、当然、反対の式を用いて演算を行う。ブレーキECU150の、ブレーキシュー20aについての演算を行う部分が前記選定シュー制動トルク取得部168を構成し、ブレーキシュー20bについての演算を行う部分が前記非選定シュー摩擦係数推定部170および前記非選定シュー制動トルク推定部172を構成するのであるが、同じ選定シュー制動トルク取得部168であっても、車両前進中と車両後退中とでは演算に使用する式が異なるのである。
【0047】
本実施形態においては、非選定シューであるブレーキシュー20bの制動トルクTbの演算には、選定シューであるブレーキシュー20aについて取得された摩擦係数μに基づいて推定された摩擦係数μ′が使用される。そのため、ブレーキシュー20bの制動トルクには、摩擦係数μ′の推定誤差に起因する誤差が含まれることになる。
また、リーディングシューによって発生させられる制動トルクは、トレーリングシューによって発生させられる制動トルクより大きいため、全制動トルクを精度よく取得するためには、リーディングシューの制動トルクを精度よく取得できることが望ましい。
一方、車両用ブレーキシステムにおいては、一般に、車両前進時における制動トルクの制御の方が、車両後退時における制動トルクの制御より重視される。
この観点から、本実施形態においては、車両前進時にリーディングシューとして機能するブレーキシュー20aが、制動トルクを精度よく検出し易い選定シューとされているのである。
【0048】
ブレーキECU150は、上記のようにして全制動トルクTtを実制動トルクとして取得する一方、ブレーキ操作量検出装置156により検出されたブレーキ操作量に基づいてドラムブレーキ10の目標制動トルクを決定し、実制動トルクが目標制動トルクに等しくなるように、電動モータ40への供給電流を決定し、駆動回路に指令する。
それによって、ドラムブレーキ10が発生させる全制動トルクが正確にブレーキ操作量に対応した大きさに制御される。また、他の車輪のブレーキ(ディスクブレーキでもドラムブレーキでもよい)の制動トルクも同様に制御され、結局、車両全体が正確にブレーキ操作量に応じた減速度で減速させられることとなる。
【0049】
以上の説明から明らかなように、本実施形態においては、ドラムがブレーキ回転体を構成し、ブレーキシュー20a,bが複数の摩擦部材を構成している。また、電動アクチュエータ18の押付機構19の、それぞれブレーキシュー20a,bを駆動する部分が2つの駆動部を構成している。本ドラムブレーキ10においては、2つの駆動部が、電動モータ40を共有しているのである。さらに、アンカ17の、それぞれブレーキシュー20a,bと当接して、ブレーキシュー20a,bの移動を阻止する部分が2つの移動阻止部を構成しており、それら2つの移動阻止部のうち、力検出装置32が設けられた側の移動阻止部により移動を阻止されるブレーキシュー20aが選定摩擦部材、力検出装置32が設けられていない移動阻止部により移動を阻止されるブレーキシュー20bが非選定摩擦部材となっている。また、押付機構19が電動モータの回転トルクを駆動力に変換する変換装置を構成している。
【0050】
さらに、ブレーキECU150の、ブレーキシュー20aの摩擦係数μを取得する部分が選定摩擦係数取得部を構成し、その選定摩擦係数取得部を含んで、ブレーキシュー20bの摩擦係数μ′を推定する部分が非選定摩擦係数推定部を構成している。また、ブレーキECU150の前記全制動トルクTtを演算する部分が制動トルク取得部を構成している。ブレーキ操作量検出装置156が操作量取得部を構成し、ブレーキECU150の目標制動トルクと電動モータ40への供給電流とを決定する部分と前記駆動回路とがモータ制御部を構成し、そのモータ制御部が駆動部制御部を構成している。ブレーキECU150の、車両の前進,後退を判定する部分が回転方向判定部を構成している。
【0051】
上記実施形態においては、力検出装置32が、車両前進時にリーディングシューとなるブレーキシュー20aの側に設けられていたが、車両前進時にトレーリングシューとなるブレーキシュー20bの側に力検出装置32を設けることも可能であり、その場合にはブレーキシュー20bが選定摩擦部材たる選定シューとなる。そして、回転方向判定部は、力検出装置32により検出された力が、選定駆動部たる押付機構19によるブレーキシュー20bの駆動力に基づいて決まるしきい値以上である場合は、車輪の回転方向が車両後退方向であると判定し、しきい値より小さい場合は、車両前進方向であると判定するものとされる。
【0052】
ブレーキシューによりアンカ17等の移動阻止部に加えられる力を検出する装置は、力検出装置32に限定されるものではなく、従来公知の種々の力検出装置の採用が可能である。ブレーキシューをドラムの内周摩擦面に押し付ける駆動部も、ねじ機構84およびボールランプ機構90を含む押付機構19を備えた電動アクチュエータ18に限定されるものではなく、電動モータとそれの回転を直線運動に変化する運動変換装置とを含む従来公知の種々の押付装置に置換することが可能である。さらに、電動モータを駆動源とすることも不可欠ではなく、液圧シリンダ等の液圧アクチュエータを駆動源とする駆動部の採用も可能である。
【0053】
また、前記実施形態においては、選定シューに駆動部により加えられる駆動力に基づいて決まるしきい値と、その選定シューから移動阻止部に加えられる力(移動阻止部から選定シューに加えられる反力)との大小関係に基づいて車輪(ブレーキドラム)の回転方向が判定されるようになっており、ブレーキシステム内の情報のみに基づいて回転方向を判定し得る利点がある。しかし、車両の走行速度検出装置,車輪の回転速センサ,前後加速度センサ,トランスミッションの切換装置等、ブレーキシステム以外の装置からの情報に基づいて車両の前進,後退が判定されるようにすることも可能である。
【0054】
前記実施形態においては、ドラムブレーキがリーディング・トレーリング式とされていたが、2つのブレーキシューが、車両前進時には共にリーディングシューとして機能し、車両後退時には共にトレーリングシューとして機能するいわゆるツーリーディング式のドラムブレーキ等、複数のシューの各々がそれぞれの駆動部により駆動され、それぞれの移動阻止部により移動を阻止されるタイプのドラムブレーキであれば、本発明を同様に適用することができる。さらに、ドラムブレーキに限定されるわけでもなく、1つのブレーキディスクに、摩擦部材としてのブレーキパッドが複数、それぞれの駆動部により押し付けられ、それぞれの移動阻止部により移動を阻止されるものであれば、ディスクブレーキであっても本発明を適用することができる。
【0055】
以上、本発明のいくつかの実施形態を説明したが、これらは文字通り例示に過ぎず、本発明は当業者の知識に基づいて種々の変更を施した態様で実施することができる。
【符号の説明】
【0056】
10:ドラムブレーキ 12:バッキングプレート 14:内周摩擦面 16:ドラム 17:アンカ 18:電動アクチュエータ 19:押付機構 20a,20b:ブレーキシュー 24a,24b:ブレーキライニング 28:アジャスタ付きストラット 30:リターンスプリング 32:力検出装置 34:アンカ本体部 35:連結部 36:接触部 38:荷重センサ 40:電動モータ 84:ねじ機構(運動変換機構) 90:ボールランプ機構 91:ばね部材

【特許請求の範囲】
【請求項1】
車輪と共に回転するブレーキ回転体と、
それぞれそのブレーキ回転体に摺接してそのブレーキ回転体の回転方向に平行な制動力を発生させる複数の摩擦部材と、
それら複数の摩擦部材をそれぞれ駆動して前記ブレーキ回転体に押し付ける複数の駆動部と、
それら複数の駆動部の作動時に前記複数の摩擦部材の各々と係合してそれら摩擦部材の移動を阻止する複数の移動阻止部と、
それら複数の移動阻止部の1つに設けられ、その1つの移動阻止部が前記複数の摩擦部材の1つである選定摩擦部材から受ける力を検出する力検出装置と、
その力検出装置により検出された力と、前記複数の駆動部のうちの前記選定摩擦部材を駆動する駆動部である選定駆動部の駆動力とに基づいて、前記複数の摩擦部材のうちの前記選定摩擦部材以外の摩擦部材である非選定摩擦部材の摩擦係数である非選定摩擦係数を推定する非選定摩擦係数推定部と、
前記力検出装置により検出された力と前記選定駆動部の駆動力との少なくとも一方と、前記複数の駆動部のうち前記非選定摩擦部材を駆動する駆動部である非選定駆動部の駆動力と、前記非選定摩擦係数推定部により推定された前記非選定摩擦係数とに基づいて、前記複数の摩擦部材の全てにより前記ブレーキ回転体に加えられる制動トルクを取得する制動トルク取得部と
を含む車両用ブレーキシステム。
【請求項2】
前記非選定摩擦係数推定部が、前記選定駆動部の駆動力と、前記力検出装置により検出された力とに基づいて前記選定摩擦部材の摩擦係数である選定摩擦係数を取得する選定摩擦係数取得部を含み、その選定摩擦係数取得部により取得された選定摩擦係数に基づいて前記非選定摩擦係数を推定するものである請求項1に記載の車両用ブレーキシステム。
【請求項3】
前記ブレーキ回転体が内周摩擦面を備えたブレーキドラムであり、前記複数の摩擦部材が前記内周摩擦面に摺接する2つのブレーキシューであって、ドラムブレーキシステムとして構成された請求項1または2に記載の車両用ブレーキシステム。
【請求項4】
さらに、前記選定駆動部の駆動力と前記力検出装置により検出された力とに基づいて前記車輪の回転方向を判定する回転方向判定部を含む請求項3に記載の車両用ブレーキシステム。
【請求項5】
前記ブレーキ回転体が内周摩擦面を備えたブレーキドラムであり、前記複数の摩擦部材が、前記内周摩擦面に摺接し、車両の前進時にそれぞれリーディングシューとトレーリングシューとして作用する2つのブレーキシューであり、前記移動阻止部が、それぞれ前記リーディングシューと前記トレーリングシューとの互いに近接した端部と係合する2つの移動阻止部であり、前記複数の駆動部が、前記リーディングシューと前記トレーリングシューとの前記移動阻止部と係合する側とは反対側の端部を互いに離間する向きに駆動するものであって、ドラムブレーキシステムとして構成された請求項1または2に記載の車両用ブレーキシステム。
【請求項6】
前記力検出装置が、車両の前進時に前記リーディングシューとして機能するブレーキシューと係合する前記移動阻止部に設けられた請求項5に記載の車両用ブレーキシステム。
【請求項7】
さらに、前記力検出装置により検出された力が、前記選定駆動部による前記リーディングシューの駆動力に基づいて決まるしきい値以上である場合は前記車輪の回転方向が車両前進方向であると判定し、前記しきい値より小さい場合は車両後退方向であると判定する回転方向判定部を含む請求項6に記載の車両用ブレーキシステム。
【請求項8】
前記力検出装置が、車両の前進時に前記トレーリングシューとして作用するブレーキシューと係合する移動阻止部に設けられ、当該車両用ブレーキシステムが、前記力検出装置により検出された力が、前記選定駆動部による前記トレーリングシューの駆動力に基づいて決まるしきい値以上である場合は前記車輪の回転方向が車両後退方向であると判定し、前記しきい値より小さい場合は車両前進方向であると判定する回転方向判定部を含む請求項5に記載の車両用ブレーキシステム。
【請求項9】
さらに、
ブレーキ操作部材と、
そのブレーキ操作部材の操作量を取得する操作量取得部と、
前記制動トルク取得部により取得された制動トルクが、前記操作量取得部により取得された操作量に応じて決定される目標制動トルクに等しくなるように、前記複数の駆動部を制御する駆動部制御部と
を含む請求項1ないし8のいずれかに記載の車両用ブレーキシステム。
【請求項10】
前記複数の駆動部の各々が、
回転型の電動モータと、
その電動モータの回転トルクを前記駆動力に変換する変換装置と
を含み、前記駆動部制御部が前記電動モータを制御するモータ制御部を含む請求項9に記載の車両用ブレーキシステム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2010−274689(P2010−274689A)
【公開日】平成22年12月9日(2010.12.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−126581(P2009−126581)
【出願日】平成21年5月26日(2009.5.26)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】