説明

車両用制動力制御装置

【課題】制動力の前後輪配分を制御する際の車両の余分なヨーレートに起因するふらつきを防止する。
【解決手段】制動時に後輪の車輪速度が前輪の車輪速度よりも車輪速度の目標相違量高い後輪の目標車輪速度になるよう左右後輪の制動力を個別に制御することにより制動力の前後輪配分制御を行う車両用制動力制御装置。前輪に対する後輪の目標車輪速度Vwrtを演算し(S100)、接地荷重増大側の後輪の目標車輪速度が接地荷重減少側の後輪の目標車輪速度に比して低くなるよう、車両のロールレートφdに基づいて後輪の目標車輪速度を補正することにより、左右後輪の目標車輪速度Vwrlt及びVwrrtを演算する(S150〜600)。そして左右後輪の車輪速度が目標車輪速度になるよう制動力を制御する(S950)。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両用制動力制御装置に係り、更に詳細には制動時に前輪に対する左右後輪のスリップ度合が目標スリップ度合になるよう左右後輪の制動力を制御することにより制動力の前後輪配分制御を行う制動力制御装置に係る。
【背景技術】
【0002】
制動力の前後輪配分制御を行う制動力制御装置は従来知られている。例えば下記の特許文献1には左右前輪のうち高い方の車輪速度と左右後輪の車輪速度との差が所定の範囲内の値になるよう左右後輪の制動力を個別に制御する制動力制御装置が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平10−138895号公報
【発明の概要】
【0004】
〔発明が解決しようとする課題〕
上記公開公報に記載された制動力制御装置の如く制動力の前後輪配分制御を行う従来の制動力制御装置が搭載された車両に於いては、例えば高速走行時に制動が行われると、車両が左右にふらつくことがある。
【0005】
本願発明者は、車両の上記現象について鋭意研究を行った結果、一般に車両の重心は車両の中心より左右方向にずれており、左右の車輪の接地荷重が異なることが原因で上記現象が発生することを見出した。即ち左右の車輪に制動力が与えられた場合の減速効果は接地荷重が低い方が高いので、操舵輪が直進位置にあっても車両は接地荷重が低い側へ偏向し、旋回しようとすることにより車両に余分なヨーレートが発生する。そして余分なヨーレートに起因して車両に余分なロールモーメントが作用し、車両がロールすることにより左右にふらつく。
【0006】
車両がロールすると、車両横方向の荷重移動が生じることにより左右輪の接地荷重が変動する。制動力の前後輪配分制御により前輪に対する左右後輪の制動スリップが同一になるよう制動力が制御されると、左右輪の制動力が接地荷重に比例するよう制御される。
【0007】
しかし車両のロール挙動は車両の余分なヨーレートに対し一次遅れの関係にある。そのため制動力の前後輪配分制御により左右後輪の制動力が制御されても、車両の余分なロールによるふらつきを防止することはできず、制御の遅れに起因して車両のロールが悪化することがある。
【0008】
本発明は、制動力の前後輪配分制御を行う従来の車輌用制動装置に於ける上述の如き問題に鑑みてなされたものであり、本発明の主要な課題は、制動力の前後輪配分を制御する際の車両の余分なヨーレートに起因するふらつきを防止することである。
〔課題を解決するための手段及び発明の効果〕
【0009】
上述の主要な課題は、本発明によれば、請求項1の構成、即ち制動時に後輪の車輪速度が前輪の車輪速度よりも車輪速度の目標相違量高い後輪の目標車輪速度になるよう左右後輪の制動力を個別に制御することにより制動力の前後輪配分制御を行う車両用制動力制御装置に於いて、接地荷重増大側の後輪の目標車輪速度が接地荷重減少側の後輪の目標車輪速度に比して低くなるよう、車両横方向の荷重移動量の変化率に関連するパラメータに基づいて左右後輪の少なくとも一方の目標車輪速度を補正することを特徴とする車両用制動力制御装置によって達成される。
【0010】
上記の構成によれば、接地荷重増大側の後輪の目標車輪速度が接地荷重減少側の後輪の目標車輪速度に比して低くなるよう、車両横方向の荷重移動量の変化率に関連するパラメータに基づいて左右後輪の少なくとも一方の目標車輪速度が補正される。よって制動力の前後輪配分を制御しつつ、接地荷重増大側の後輪の制動力が接地荷重減少側の後輪の制動力に比して高くなるよう、左右後輪の制動力を制御することができる。従って左右後輪の制動力の差により車両に接地荷重の増減を抑制する方向のヨーモーメントを付与することができる。
【0011】
この場合目標車輪速度の補正は車両横方向の荷重移動量よりも位相が進んだ車両横方向の荷重移動量の変化率に関連するパラメータに基づいて行われる。よって車両横方向の荷重移動による左右後輪の接地荷重の変化よりも位相が進んだ補正量にて左右後輪の少なくとも一方の目標車輪速度を補正することができる。従って左右後輪の接地荷重の変化よりも位相が進んだヨーモーメントを車両に付与して余分なヨーレートの発生を効果的に抑制することができるので、車両のふらつきを効果的に低減し、制御の遅れに起因する車両のロールの悪化を防止することができる。
【0012】
また本発明によれば、上述の主要な課題を効果的に達成すべく、上記請求項1の構成に於いて、左右後輪の補正後の目標車輪速度の差が前記パラメータに応じた値になるよう、左右後輪の少なくとも一方の目標車輪速度を補正するよう構成される(請求項2の構成)。
【0013】
上記の構成によれば、左右後輪の補正後の目標車輪速度の差が上記パラメータに応じた値になるよう、左右後輪の少なくとも一方の目標車輪速度が補正される。よって左右後輪の補正後の目標車輪速度の差を上記パラメータに応じた値にすることができるので、余分なヨーレートの発生を効果的に低減することができ、これにより車両のふらつきを効果的に低減することができる。
【0014】
また本発明によれば、上述の主要な課題を効果的に達成すべく、上記請求項1又は2の構成に於いて、左後輪の目標車輪速度の補正量の大きさ及び右後輪の目標車輪速度の補正量の大きさが互いに同一であるよう、左右後輪の両方の目標車輪速度を補正するよう構成される(請求項3の構成)。
【0015】
上記の構成によれば、左後輪の目標車輪速度の補正量の大きさ及び右後輪の目標車輪速度の補正量の大きさは互いに同一であるので、左右後輪の補正後の目標車輪速度の和は左右後輪の補正前の目標車輪速度の和と同一である。従って制動力の前後輪配分は目標車輪速度の補正による影響を受けないので、左右後輪全体として達成すべき制動力の前後輪配分を達成することができる。
【0016】
また本発明によれば、上述の主要な課題を効果的に達成すべく、上記請求項1乃至3の何れか一つの構成に於いて、前記パラメータは車両のヨー加速度、車両のロールレート、車両の横加加速度、左右輪の接地荷重差の変化率の何れかを含むよう構成される(請求項4の構成)。
【0017】
上記の構成によれば、上記パラメータは車両のヨー加速度、車両のロールレート、車両の横加加速度、左右輪の接地荷重差の変化率の何れかを含むので、上記パラメータを車両横方向の荷重移動量の変化率を示す値にすることができる。
【0018】
また本発明によれば、上記請求項1乃至4の何れか一つの構成に於いて、左右後輪の少なくとも一方の目標車輪速度を補正するための補正量は、車速が高いときには車速が低いときに比して大きさが大きくなるよう、車速に基づいて修正されるよう構成される(請求項5の構成)。
【0019】
一般に車両のふらつきは車速が高いときには車速が低いときに比して大きくなる。上記の構成によれば、車速が高いときには車速が低いときに比して大きさが大きくなるよう、車速に基づいて左右後輪の少なくとも一方の目標車輪速度を補正するための補正量を修正することができる。よって車速が低いときに目標車輪速度の補正が過剰になることを防止しつつ、車速が高いときに目標車輪速度の補正が不足することを防止することができ、これにより車両のふらつきを車速に関係なく好ましく低減することができる。
【0020】
また本発明によれば、上述の主要な課題を効果的に達成すべく、上記請求項1乃至4の何れか一つの構成に於いて、左右後輪の少なくとも一方の目標車輪速度を補正するための補正量は、制動力の前後輪配分制御が開始された時点からの経過時間が長いときには前記経過時間が短いときに比して大きさが小さくなるよう、前記経過時間に基づいて修正されるよう構成される(請求項6の構成)。
【0021】
上記の構成によれば、制動力の前後輪配分制御が開始された時点からの経過時間が長いときには経過時間が短いときに比して大きさが小さくなるよう、経過時間に基づいて左右後輪の少なくとも一方の目標車輪速度を補正するための補正量を修正することができる。よって経過時間が長くなるにつれて車速が低下することに対応して補正量を低減し、これにより車両のふらつきを低減するための制御量が過剰にならないよう経過時間に応じて制御量を低下させることができる。
【0022】
また本発明によれば、上述の主要な課題を効果的に達成すべく、上記請求項1乃至4の何れか一つの構成に於いて、左右後輪の少なくとも一方の目標車輪速度を補正するための補正量は、目標車輪速度の補正を開始するときの車両の減速度の変化率の指標値が高いときには前記指標値が低いときに比して大きさが大きくなるよう、前記指標値に基づいて修正されるよう構成される(請求項7の構成)。
【0023】
上記の構成によれば、目標車輪速度の補正を開始するときの車両の減速度の変化率の指標値が高いときには上記指標値が低いときに比して大きさが大きくなるよう、補正量を上記指標値に基づいて修正することができる。よって車両の減速度の変化率の指標値が高いときに補正量が不足することを防止することができ、逆に車両の減速度の変化率の指標値が低いときに補正量が過剰になることを防止することができる。従って目標車輪速度の補正を開始するときの車両の減速度の変化率の指標値の高低に関係なく目標車輪速度を適正に補正することができる。
【0024】
また本発明によれば、上述の主要な課題を効果的に達成すべく、上記請求項1乃至7の何れか一つの構成に於いて、前記パラメータは少なくとも左右一対の車輪の車輪速度に基づいて推定されるよう構成される(請求項8の構成)。
【0025】
上記の構成によれば、車両のヨー加速度等を検出したり推定したりすることなく、制動力の前後輪配分制御を行うために検出される少なくとも左右一対の車輪の車輪速度に基づいて上記パラメータを推定することができる。
【0026】
また本発明によれば、上述の主要な課題を効果的に達成すべく、上記請求項1乃至8の何れか一つの構成に於いて、後輪のスリップ度合が前輪のスリップ度合よりもスリップ度合の目標相違量低い後輪の目標スリップ度合になることによって後輪の車輪速度が後輪の目標車輪速度になるよう左右後輪の制動力を個別に制御し、接地荷重増大側の後輪の目標スリップ度合が接地荷重減少側の後輪の目標スリップ度合に比して高くなるよう、車両横方向の荷重移動量の変化率に関連するパラメータに基づいて左右後輪の少なくとも一方の目標スリップ度合を補正することによって左右後輪の少なくとも一方の目標車輪速度を補正するよう構成される(請求項8の構成)。
上記の構成によれば、後輪のスリップ度合が補正後の目標スリップ度合になるよう左右後輪の制動力を個別に制御することにより、制動力の前後輪配分を制御しつつ左右後輪の少なくとも一方の目標車輪速度を補正し、車両のふらつきを低減することができる。
〔課題解決手段の好ましい態様〕
【0027】
本発明の一つの好ましい態様によれば、上記請求項1乃至7の構成に於いて、前輪に対する左右後輪のスリップ度合は車輪速度が高い方の前輪に対する左右後輪のスリップ度合であるよう構成される(好ましい態様1)。
【0028】
本発明の他の一つの好ましい態様によれば、上記請求項1乃至7の構成に於いて、前輪に対する左右後輪のスリップ度合は車輪速度が高い方の前輪に対する左右後輪のスリップ量であるよう構成される(好ましい態様2)。
【0029】
本発明の他の一つの好ましい態様によれば、上記請求項1乃至7の構成に於いて、前輪に対する左右後輪のスリップ度合は車輪速度が高い方の前輪に対する左右後輪のスリップ率であるよう構成される(好ましい態様3)。
【0030】
本発明の他の一つの好ましい態様によれば、上記請求項1乃至7の構成に於いて、接地荷重増大側及び接地荷重減少側の判定は左右方向の荷重移動の変化の方向に基づいて判定されるよう構成される(好ましい態様4)。
【0031】
本発明の他の一つの好ましい態様によれば、上記好ましい態様4の構成に於いて、左右方向の荷重移動の変化の方向は車両のヨー加速度、車両のロールレート、車両の横加加速度、左右輪の接地荷重差の変化率の何れかに基づいて判定されるよう構成される(好ましい態様5)。
【0032】
本発明の他の一つの好ましい態様によれば、上記請求項1乃至9の何れか一つの構成に於いて、前記パラメータに基づいて左右後輪の少なくとも一方の目標車輪速度を補正するための補正量を演算し、該補正量にて左右後輪の少なくとも一方の目標車輪速度を補正するよう構成される(好ましい態様6)。
【0033】
本発明の他の一つの好ましい態様によれば、上記好ましい態様6の構成に於いて、前記パラメータに基づいて左右後輪の両方の目標車輪速度を補正するための補正量を演算し、該補正量にて左右後輪の両方の目標車輪速度を補正するよう構成される(好ましい態様7)。
【0034】
本発明の他の一つの好ましい態様によれば、上記請求項4又は上記好ましい態様5の構成に於いて、車両のヨー加速度、車両のロールレート、車両の横加加速度、左右輪の接地荷重差の変化率の何れかは各車輪の車輪速度に基づいて演算されるよう構成される(好ましい態様8)。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【図1】本発明による車両用制動力制御装置の第一の実施形態を示す概略構成図である。
【図2】本発明による車両用制動力制御装置の第一の実施形態に於ける制動力の前後輪配分制御ルーチンを示すフローチャートである。
【図3】本発明による車両用制動力制御装置の第二の実施形態に於ける制動力の前後輪配分制御ルーチンを示すフローチャートである。
【図4】本発明による車両用制動力制御装置の第三の実施形態に於ける制動力の前後輪配分制御ルーチンを示すフローチャートである。
【図5】本発明による車両用制動力制御装置の第四の実施形態に於ける制動力の前後輪配分制御ルーチンを示すフローチャートである。
【図6】第一の実施形態の修正例として構成された本発明による車両用制動力制御装置の第五の実施形態に於ける制動力の前後輪配分制御ルーチンを示すフローチャートである。
【図7】第三の実施形態の修正例として構成された本発明による車両用制動力制御装置の第六の実施形態に於ける制動力の前後輪配分制御ルーチンを示すフローチャートである。
【図8】車両のロールレートφdと目標車輪速度差ΔVwrtとの間の関係を示すグラフである。
【図9】車速Vと車速に基づく修正係数Kvとの間の関係を示すグラフである。
【図10】マスタシリンダ圧力の変化率Pmdと減速度勾配に基づく修正係数Ksとの間の関係を示すグラフである。
【図11】車両のヨーレートγと左後輪の修正係数Krlとの間の関係を示すグラフである。
【図12】制動力の前後輪配分制御が開始された時点からの経過時間Tと経過時間に基づく修正係数Ktとの間の関係を示すグラフである。
【図13】車両のロールレートφdの絶対値と車両のヨーレートγと接地荷重増大側の目標車輪速度差ΔVwinct及び接地荷重減少側の目標車輪速度差ΔVwdectとの間の関係を示すグラフである。
【図14】従来の制動力制御装置について、車両が直進走行状態にて制動される場合に於ける車速V、車両のヨーレートγ、車両の減速度Vd、各車輪の制動圧Pfl〜Prrの変化の例を示すグラフである。
【図15】第一の実施形態について、車両が直進走行状態にて制動される場合に於ける車速V、車両のヨーレートγ、車両の減速度Vd、各車輪の制動圧Pfl〜Prrの変化の例を示すグラフである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0036】
以下に添付の図を参照しつつ、本発明を幾つかの好ましい実施形態について詳細に説明する。
[第一の実施形態]
【0037】
図1は本発明による車両用制動力制御装置の第一の実施形態を示す概略構成図である。
【0038】
図1に於いて、50は車両10の制動力制御装置を全体的に示している。車両10は左右の前輪12FL及び12FR及び左右の後輪12RL及び12RRを有している。操舵輪である左右の前輪12FL及び12FRは運転者によるステアリングホイール14の転舵に応答して駆動されるラック・アンド・ピニオン式のパワーステアリング装置16によりタイロッド18L及び18Rを介して操舵される。
【0039】
各車輪の制動力は制動装置100の油圧回路22によりホイールシリンダ24FR、24FL、24RR、24RL内の圧力、即ち各車輪の制動圧が制御されることによって制御される。図には示されていないが、油圧回路22はオイルリザーバ、オイルポンプ、種々の弁装置等を含んでいる。油圧回路22は運転者によるブレーキペダル26の踏み込み操作により駆動されるマスタシリンダ28内の圧力、即ちマスタシリンダ圧力Pm等に基づいて電子制御装置30によって制御される。
【0040】
車輪12FR〜12RLにはそれぞれ対応する車輪速度Vwi(i=fr、fl、rr、rl)を検出する車輪速度センサ32FR〜32RLが設けられており、マスタシリンダ28にはマスタシリンダ圧力Pmを検出する圧力センサ34が設けられている。また車両10には車両のロールレートφdを検出するロールレートセンサ36及び車両のヨーレートγを検出するヨーレートセンサ38が設けられている。各センサにより検出された値を示す信号は電子制御装置30へ入力される。尚ロールレートセンサ36は車両の右方向へのロール増大方向を正としてロールレートφdを検出し、ヨーレートセンサ38は車両の左旋回方向を正としてヨーレートγを検出する。
【0041】
尚図には詳細に示されていないが、電子制御装置30は例えばCPUとROMとRAMとバッファメモリと入出力ポート装置とを有し、これらが双方向性のコモンバスにより互いに接続された一般的な構成のマイクロコンピュータを含んでいる。
【0042】
電子制御装置30は、マスタシリンダ圧力Pmに基づいて左右前輪の制動圧を制御し、これにより左右前輪の制動力をブレーキペダル26の踏み込み操作量、運転者の制動操作量に応じて制御する。また電子制御装置30は、後に詳細に説明する如く図2に示されたフローチャートに従って、制動力の前後輪配分を好ましい配分にするための左右後輪の目標車輪速度Vwrtを演算する。
【0043】
更に電子制御装置30は、制動力の前後輪配分制御により生じる車両のふらつきを低減するための左右後輪間の目標車輪速度差ΔVwrtを車両のロールレートφdに基づいて演算する。また電子制御装置30は、左右後輪の目標車輪速度差ΔVwrtに基づいて目標車輪速度Vwrtを補正することにより左右後輪の目標車輪速度差Vwrlt及びVwrrtを演算する。そして電子制御装置30は、左右後輪の車輪速度がそれぞれ対応する目標車輪速度差Vwrlt及びVwrrtを含む所定の範囲内の値になるよう左右後輪の制動圧を個別に制御し、これにより車両のふらつきを抑制しつつ制動力の前後輪配分を好ましい配分に制御する。
【0044】
次に図2に示されたフローチャートを参照して第一の実施形態に於ける制動力の前後輪配分制御ルーチンについて説明する。尚図2に示されたフローチャートによる制御は、マスタシリンダ圧力Pmが制御開始判定基準値Pms(正の定数)以上になったときに開始され、マスタシリンダ圧力Pmが制御終了判定基準値Pme(正の定数)以下になるまで所定の時間毎に繰返し実行される。
【0045】
まずステップ100に於いては各車輪の車輪速度Vwiに基づいて車速Vが演算されると共に、車速Vの微分値が車両の減速度Vdとして演算される。また車速Vが高いほど大きく、車両の減速度Vdが高いほど大きくなるよう、車速V及び車両の減速度Vdに基づいて前輪に対する後輪の目標車輪速度差ΔVwxが演算される。そして左右前輪のうち高い方の車輪速度Vwfmaxと目標車輪速度差ΔVwxとの和が後輪の目標車輪速度Vwrtとして演算される。
【0046】
ステップ150に於いては車両のロールレートφdに基づいて図8に示されたグラフに対応するマップより左右後輪間の目標車輪速度差ΔVwrtが演算される。この場合目標車輪速度差ΔVwrtは車両のロールレートφdが正の値で大きいほど正の大きい値になり、ロールレートφdが負の値で大きさが大きいほど負の小さい値になるよう演算される。
【0047】
ステップ250に於いては車速Vに基づいて図9に示されたグラフに対応するマップより車速に基づく修正係数Kvが演算される。この場合修正係数Kvは車速Vが第二の基準値V2(正の定数)以上で第三の基準値V3(V2よりも大きい正の定数)以下であるときには1に演算され、車速Vが第三の基準値V3よりも大きいときには車速Vが高いほど大きい値になるよう演算される。また車速Vが第一の基準値V1(V2よりも小さい正の定数)以上で第二の基準値V2未満であるときには、車速Vが低いほど小さい値になるよう演算され、車速Vが第一の基準値V1未満であるときには0に演算される。
【0048】
ステップ350に於いては減速度勾配に基づく修正係数Ksが演算済みであるか否かの判別が行われ、否定判別が行われたときには制御はステップ450へ進み、肯定判別が行われたときには制御はステップ400へ進む。
【0049】
ステップ400に於いては車両の減速度勾配を示す値としてマスタシリンダ圧力Pmの変化率Pmdが演算される。そしてマスタシリンダ圧力の変化率Pmdに基づいて図10に示されたグラフに対応するマップより減速度勾配に基づく修正係数Ksが演算される。この場合修正係数Ksはマスタシリンダ圧力の変化率Pmdが基準値Pmd0(正の定数)未満であるときには1に演算され、基準値Pmd0以上であるときにはマスタシリンダ圧力の変化率Pmdが大きいほど大きい値になるよう演算される。
【0050】
ステップ450に於いては走行路が悪路であるか否かの判別が行われ、否定判別が行われたときには制御はステップ550へ進み、肯定判別が行われたときには制御はステップ500へ進む。
【0051】
尚走行路が悪路であるか否かの判別は、本発明の要旨をなすものではないので、任意の要領にて判定されてよい。例えば特開平2−8677号公報に記載されている如く、路面の上下変位が検出され、その周波数が特定の値以上であるときに悪路であると判定されてよい。また特開平3−284463号公報に記載されている如く、制動中の車輪減速度が所定時間内に所定回数以上大きい値になったときに悪路であると判定されてよい。更に特開2000−127936号公報に記載されている如く、車輪速度の変動周期及び半周期中のピーク値が所定の値であるときに悪路であると判定されてよい。
【0052】
ステップ500に於いては左後輪の目標車輪速度Vwrlt及び右後輪の目標車輪速度Vwrrtがステップ100に於いて演算された後輪の目標車輪速度Vwrt、即ち補正前の後輪の目標車輪速度に設定される。
【0053】
ステップ550に於いては車両横方向の荷重移動の方向及び大きさの指標値の一つである車両のヨーレートγに基づいて、図11に於いて実線にて示されたグラフに対応するマップより左後輪の修正係数Krlが演算される。この場合修正係数Krlはヨーレートγが−γc(正の定数)以上でγc以下であるときには0.5に演算される。また修正係数Krlはヨーレートγがγcよりも大きいときには、大きいほど1未満の大きい値になり、ヨーレートγが−γc未満であるときには、小さいほど、換言すれば絶対値が大きいほど正の小さい値に演算される。
【0054】
ステップ600に於いては左後輪の目標車輪速度Vwrlt及び右後輪の目標車輪速度Vwrrtがそれぞれ下記の式1及び2に従って演算される。尚下記の式2に於いて、係数Krrは右後輪の修正係数(=1−Krl)である。よって右後輪の修正係数Krrは図11に於いて破線にて示されたグラフに対応するマップより演算されてもよい。
Vwrlt=Vwrt+KrlKvKsΔVwrt ……(1)
Vwrrt=Vwrt−KrrKvKsΔVwrt ……(2)
【0055】
ステップ950に於いては左右後輪の車輪速度がそれぞれ目標車輪速度Vwrlt−α(正の定数)以上でVwrlt+α以下の範囲及びVwrrt−α以上でVwrlt+α以下の範囲になるよう、左右後輪の制動圧が制御され、これにより左右後輪の制動力が制御される。即ち左後輪の車輪速度がVwrlt−α未満であるときには、左後輪の制動圧が低減され、逆に左後輪の車輪速度がVwrlt+αよりも高いときには、左後輪の制動圧が増大される。同様に右後輪の車輪速度がVwrrt−α未満であるときには、右後輪の制動圧が低減され、逆に右後輪の車輪速度がVwrrt+αよりも高いときには、右後輪の制動圧が増大される。
【0056】
この第一の実施形態に於いては、運転者により制動操作が開始され、マスタシリンダ圧力Pmが制御開始判定基準値Pms以上になると、図2に示されたフローチャートによる制御が開始される。尚マスタシリンダ圧力Pmが制御開始判定基準値Pms未満であるときには、左右後輪の制動圧も左右前輪の制動圧と同様にマスタシリンダ圧力Pmに基づいて制御される。
【0057】
まずステップ100に於いて前輪に対する後輪の目標車輪速度差ΔVwxが演算されると共に、左右前輪のうち高い方の車輪速度Vwfmaxと目標車輪速度差ΔVwxとの和が後輪の目標車輪速度Vwrtとして演算される。
【0058】
またステップ150に於いて車両のロールレートφdの大きさが大きいほど大きさが大きい値になるよう、図8に示されたグラフに対応するマップより左右後輪間の目標車輪速度差ΔVwrtが演算される。
【0059】
またステップ250に於いて基本的には車速Vが高いほど大きい値になるよう車速に基づく修正係数Kvが演算され、ステップ400に於いて基本的には車両の減速度勾配が大きいほど大きい値になるよう車両の減速度勾配に基づく修正係数Ksが演算される。
【0060】
走行路が悪路でないときには、ステップ450に於いて否定判別が行われるので、ステップ550に於いて左後輪の修正係数Krlがヨーレートγに基づいて演算される。
【0061】
そしてステップ600に於いて左後輪の目標車輪速度Vwrlt及び右後輪の目標車輪速度Vwrrtがそれぞれ上記式1及び2に従って演算される。更にステップ950に於いて左右後輪の車輪速度がそれぞれ目標車輪速度Vwrlt及びVwrrtを含む所定の範囲内の値になるよう、左右後輪の制動圧が制御される。
【0062】
従って第一の実施形態によれば、前輪に対する後輪の制動力の配分が目標車輪速度差ΔVwxに対応する好ましい配分になると共に、左右後輪の制動力の配分が目標車輪速度差ΔVwrtに対応する好ましい配分になるよう、左右後輪について制動力の前後及び左右の配分を制御することができる。
【0063】
この場合左右後輪間の目標車輪速度差ΔVwrtは、ステップ150に於いて車両のロール角やヨーレートγ等よりも位相が進んだ車両のロールレートφdに基づいて図8に示されたグラフに対応するマップより演算される。
【0064】
従って車両横方向の荷重移動による左右後輪の接地荷重の変化よりも位相が進んだ補正量にて左右後輪の制動力を補正することができる。よって制動力の前後輪配分制御に於ける車両のふらつきを効果的に低減することができ、制御の遅れに起因する車両のふらつきロールの悪化を効果的に防止することができる。
【0065】
例えば図14及び図15はそれぞれ従来の制動力制御装置及び第一の実施形態について、車両が直進走行状態にて制動される場合に於ける車速V、車両のヨーレートγ、車両の減速度Vd、各車輪の制動圧Pfl〜Prrの変化の例を示すグラフである。
【0066】
図14に示されている如く、従来の制動力制御装置の場合には、車両の制動が開始されると、各車輪の制動圧は増大するが、制動力の前後配分制御により左右後輪の制動圧Prl及びPrrは左右前輪の制動圧Pfl及びPfrよりも低い値に維持される。また車両の減速度Vdは増大した後実質的に一定になり、車速Vは漸次低下する。そして例えば運転席が左側にあり、重心が車両の中心よりも左側にある車両の場合には、左右輪の制動圧が同一であっても、車輪の支持荷重が小さい右側車輪の制動力が左側車輪の制動力よりも高くなる。その結果車両は右方向に偏向して旋回しようとし、図示の如く車両には比較的大きさの大きい右旋回方向のヨーレートγが発生する。
【0067】
車両が右旋回しようとするので、旋回外側後輪である左後輪の車輪速度Vwrlは旋回内側後輪である右後輪の車輪速度Vwrlよりも高くなる。そのため制動力の前後配分制御によって左右後輪の制動スリップが同一になるよう、左後輪の制動圧Prlが右後輪の制動圧Prrよりも僅かに高い値に制御される。従って運転者により操舵操作が行われなくても、車両のヨーレートγの大きさが徐々に減少する。
【0068】
車両のヨーレートγの大きさが減少すると、左右後輪の車輪速度の差も減少するので、制動力の前後配分制御による左右後輪間の制動力の差も減少する。そのため左右輪の接地荷重差による制動力差に起因して車両は再度右方向へ偏向して右旋回するようになる。以上の現象が繰り返し発生することにより、車両のヨーレートγの大きさが繰り返し増減するので、車両がふらつくことが避けられない。
【0069】
これに対し第一の実施形態の場合には、車両の制動が開始されると、車両の減速度Vdは増大し、車速Vは漸次低下するが、車両は実質的に旋回状態にはならず、車両には大きさの大きいヨーレートγは発生しない。よって車両のヨーレートγが大きく変動することはなく、従って車両がふらつくこともない。
【0070】
かくして車両のふらつきを防止できるのは、制動力の前後配分制御に加えて車両のロールレートφdに基づく制動力の左右配分制御が行われることにより、左右後輪の制動力の差によって車両の余分なヨーレートγの発生や増減が遅れなく防止されることによる。このことは図14と図15との間にて左右後輪の制動圧Prl、Prr及び車両のヨーレートγの変化を比較することにより明らかである。
【0071】
また第一の実施形態によれば、ステップ250に於いて図9に示されたグラフに対応するマップより基本的には車速Vが高いほど大きい値になるよう車速に基づく修正係数Kvが演算される。そしてステップ600に於いて修正係数Kvを使用して左後輪の目標車輪速度Vwrlt及び右後輪の目標車輪速度Vwrrtが演算される。
【0072】
従って車速が高いほど顕著になる制動力の前後輪配分制御に於ける車両のふらつきを車速に関係なく効果的に低減することができ、また低車速域に於いて左右後輪の目標車輪速度の補正量が過剰になることを防止することができる。尚この作用効果は後述の第三、第五、第六の実施形態に於いても同様に得られる。
【0073】
また第一の実施形態によれば、ステップ550及び600に於いて車両のヨーレートγの大きさがγc以下であるときには、左後輪の修正係数Krl及び右後輪の修正係数Krrは何れも0.5に設定される。よって左右後輪の目標車輪速度の増加補正量及び低減補正量の大きさが同一であるので、目標車輪速度の補正によって左右後輪の目標車輪速度の和が変更されることはない。従って左右後輪の目標車輪速度の補正が制動力の前後輪配分制御に悪影響を与えることを確実に回避することができる。尚この作用効果は後述の第二の実施形態に於いても同様に得られる。
【0074】
また第一の実施形態によれば、修正係数Krlはヨーレートγがγcよりも大きいときには、大きいほど1未満の大きい値になり、ヨーレートγが−γc未満であるときには、小さいほど、換言すれば絶対値が大きいほど正の小さい値に演算される。よってヨーレートγの絶対値が大きい状況に於いて、接地荷重が高い側の目標車輪速度の補正量の大きさを大きくすると共に、接地荷重が低い側の目標車輪速度の補正量の大きさを小さくすることができる。従って目標車輪速度の補正量を車両横方向の荷重移動量及びその変化率の両者に基づいて可変設定することができる。尚この作用効果は後述の第二の実施形態に於いても同様に得られる。
[第二の実施形態]
【0075】
図3は本発明による車両用制動力制御装置の第二の実施形態に於ける制動力の前後輪配分制御ルーチンを示すフローチャートである。尚図3に於いて図2に示されたステップと同一のステップには図2に於いて付されたステップ番号と同一のステップ番号が付されている。このことは後述の他の実施形態についても同様である。
【0076】
この第二の実施形態に於いては、ステップ150が完了すると、ステップ250に代えてステップ300が実行される。またステップ300が完了すると、制御はステップ350へ進む。またステップ550が完了すると、ステップ600に代えてステップ650が実行される。この第二の実施形態の他のステップは上述の第一の実施形態の場合と同様に実行される。
【0077】
ステップ300に於いては制動力の前後輪配分制御が開始された時点からの経過時間Tに基づいて図12に示されたグラフに対応するマップより経過時間に基づく修正係数Ktが演算される。この場合修正係数Ktは経過時間Tが基準値T0(正の定数)未満であるときには1に演算され、基準値T0以上であるときには経過時間Tが長いほど小さい値になるよう演算される。また修正係数Ktは車速Vが終了判定の基準値Te(T0よりも大きい正の定数)以上であるときには0に演算される。
【0078】
ステップ650に於いては左後輪の目標車輪速度Vwrlt及び右後輪の目標車輪速度Vwrrtがそれぞれ下記の式3及び4に従って演算される。
Vwrlt=Vwrt+KrlKtKsΔVwrt ……(3)
Vwrrt=Vwrt−KrrKtKsΔVwrt ……(4)
【0079】
以上の説明より解る如く、第二の実施形態によれば、第一の実施形態の場合と同様に、車両横方向の荷重移動よりも位相が進んだ補正量にて左右後輪の制動力を補正することができる。よって制動力の前後輪配分制御に於ける車両のふらつきを効果的に低減することができ、制御の遅れに起因する車両のふらつきロールの悪化を防止することができる。
【0080】
特に第二の実施形態に於いては、ステップ300に於いて制動力の前後輪配分制御が開始された時点からの経過時間Tに基づいて図12に示されたグラフに対応するマップより経過時間に基づく修正係数Ktが演算される。そしてステップ650に於いて車速に基づく修正係数Kvに代えて修正係数Ktを使用して左後輪の目標車輪速度Vwrlt及び右後輪の目標車輪速度Vwrrtが演算される。
【0081】
一般に制動力の前後輪配分制御に於ける車両のふらつきは車速Vが低いほど穏やかになる。一方車速Vは車両の制動の継続につれて、従って制動力の前後輪配分制御が開始された時点からの経過時間Tが長くなるにつれて漸次低下する。従って第二の実施形態によれば、車速が高い制動力の前後輪配分制御の開始時に於ける車両のふらつきを効果的に低減することができると共に、制動力の前後輪配分制御の進行につれて左右後輪の制動力の左右配分の補正量を漸次低下させることができる。尚この作用効果は後述の第四の実施形態に於いても同様に得られる。
[第三の実施形態]
【0082】
図4は本発明による車両用制動力制御装置の第三の実施形態に於ける制動力の前後輪配分制御ルーチンを示すフローチャートである。
【0083】
この第三の実施形態に於いては、ステップ100が完了すると、ステップ150が実行されることなくステップ200が実行される。またステップ200が完了すると、制御はステップ250へ進む。ステップ250乃至500及びステップ950は上述の第一の実施形態の場合と同様に実行される。
【0084】
ステップ200に於いては接地荷重増加側の後輪の目標車輪速度差ΔVwinct及び接地荷重減少側の後輪の目標車輪速度差ΔVwdectが図13に示されたグラフに対応するマップよりそれぞれ負の値及び正の値に演算される。これらの目標車輪速度差は車両のロールレートφdの絶対値が大きいほど大きさが大きくなるよう演算される。また車両のロールレートφdの絶対値が同一の場合について見ると、目標車輪速度差ΔVwinct及びΔVwdectの大きさは互いに等しい。
【0085】
更に車両のヨーレートγの絶対値が基準値γcよりも大きいときには、目標車輪速度差ΔVwinctの大きさはヨーレートγの絶対値が大きいほど大きさが小さくなり、目標車輪速度差ΔVwdectの大きさはヨーレートγの絶対値が大きいほど大きさが大きくなる。尚目標車輪速度差ΔVwinct及びΔVwdectの大きさは、車両のヨーレートγの絶対値が小さい領域に於いては、ヨーレートγの絶対値が小さいほど大きさが小さくなるよう設定されてもよい。
【0086】
尚、ヨーレートγの絶対値が基準値γc以下であるときの目標車輪速度差ΔVwdect及びΔVwinctの絶対値の和は、ロールレートφdの絶対値が同一である場合について見て、上述の第一及び第二の実施形態の目標車輪速度差ΔVwrtと同一であってよい。
【0087】
またこの第三の実施形態に於いては、ステップ450に於いて否定判別が行われたときには、制御はステップ700へ進む。ステップ700に於いては車両のロールレートφdが正の値であるか否かの判別、即ち車両の横方向の荷重移動の変化が右方向であるか否かの判別が行われる。そして否定判別が行われたときには制御はステップ800へ進み、肯定判別が行われたときには制御はステップ750へ進む。
【0088】
ステップ750に於いては左輪が接地荷重減少側であり右輪が接地荷重増大側であるので、左後輪の目標車輪速度Vwrlt及び右後輪の目標車輪速度Vwrrtがそれぞれ下記の式5及び6に従って演算される。
Vwrlt=Vwrt+KvKsΔVwdect ……(5)
Vwrrt=Vwrt+KvKsΔVwinct ……(6)
【0089】
ステップ800に於いては左輪が接地荷重増大側であり右輪が接地荷重減少側であるので、左後輪の目標車輪速度Vwrlt及び右後輪の目標車輪速度Vwrrtがそれぞれ下記の式7及び8に従って演算される。尚ステップ750又は800が完了すると、制御はステップ950へ進む。
Vwrlt=Vwrt+KvKsΔVwinct ……(7)
Vwrrt=Vwrt+KvKsΔVwdect ……(8)
【0090】
この第三の実施形態によれば、ステップ200に於いて車両のロールレートφdの絶対値及び車両のヨーレートγの絶対値に基づいて接地荷重増加側の後輪の目標車輪速度差ΔVwinct及び接地荷重減少側の後輪の目標車輪速度差ΔVwdectが演算される。そしてステップ700に於ける車両横方向の荷重移動の変化の方向の判定結果に応じて接地荷重増大側の後輪の目標車輪速度が接地荷重減少側の後輪の目標車輪速度に比して低くなるよう、ステップ750又は800に於いて左右後輪の目標車輪速度Vwrlt及びVwrrtが演算される。
【0091】
従って第三の実施形態によれば、第一及び第二の実施形態の場合と同様に、車両横方向の荷重移動よりも位相が進んだ補正量にて左右後輪の制動力を補正することができる。よって制動力の前後輪配分制御に於ける車両のふらつきを効果的に低減することができ、制御の遅れに起因する車両のふらつきロールの悪化を防止することができる。
【0092】
特に第三の実施形態によれば、図13に示されている如く、車両のロールレートφdの絶対値が同一の場合について見ると、目標車輪速度差ΔVwinct及びΔVwdectの大きさは互いに等しい。よって左右後輪の目標車輪速度の増加補正量及び低減補正量の大きさが同一であるので、目標車輪速度の補正によって左右後輪の目標車輪速度の和が変更されることはない。従って左右後輪の目標車輪速度の補正が制動力の前後輪配分制御に悪影響を与えることを確実に回避することができる。尚この作用効果は後述の第四及び第六の実施形態に於いても同様に得られる。
【0093】
また第三の実施形態によれば、ヨーレートγの絶対値がγcよりも大きいときには、ヨーレートγの絶対値が大きいほど目標車輪速度差ΔVwinctの大きさが大きくされると共に、目標車輪速度差ΔVwdectの大きさが小さくされる。よってヨーレートγの絶対値が大きく、車両横方向の荷重移動量が大きい状況に於いて、接地荷重増大側の目標車輪速度の補正量の大きさを大きくすると共に、接地荷重減少側の目標車輪速度の補正量の大きさを小さくすることができる。尚この作用効果は後述の第四及び第六の実施形態に於いても同様に得られる。
[第四の実施形態]
【0094】
図5は本発明による車両用制動力制御装置の第四の実施形態に於ける制動力の前後輪配分制御ルーチンを示すフローチャートである。
【0095】
この第四の実施形態に於いては、ステップ200が完了すると、ステップ250が実行されることなくステップ300が実行される。
【0096】
またステップ700に於いて否定判別が行われたときには制御はステップ900へ進み、肯定判別が行われたときには制御はステップ850へ進む。
【0097】
ステップ850に於いては左後輪の目標車輪速度Vwrlt及び右後輪の目標車輪速度Vwrrtがそれぞれ下記の式9及び10に従って演算される。
Vwrlt=Vwrt+KtKsΔVwdect ……(9)
Vwrrt=Vwrt+KtKsΔVwinct ……(10)
【0098】
ステップ900に於いては左後輪の目標車輪速度Vwrlt及び右後輪の目標車輪速度Vwrrtがそれぞれ下記の式11及び12に従って演算される。
Vwrlt=Vwrt+KtKsΔVwinct ……(11)
Vwrrt=Vwrt+KtKsΔVwdect ……(12)
【0099】
図4と図5との比較より解る如く、この第四の実施形態の他のステップは上述の第三の実施形態の場合と同様に実行される。
【0100】
この第四の実施形態によれば、車速に基づく修正係数Kvが上述の第二の実施形態の場合と同様に経過時間Tに基づく修正係数Ktに置き換えられる点を除き、左右後輪の目標車輪速度Vwrlt及びVwrrtが上述の第三の実施形態の場合と同様に演算される。
【0101】
従って制動力の前後輪配分制御に於ける車両のふらつきを効果的に低減することができ、制御の遅れに起因する車両のふらつきロールの悪化を防止することができると共に、上述の第二及び第三の実施形態の場合と同様の作用効果を得ることができる。
[第五の実施形態]
【0102】
図6は第一の実施形態の修正例として構成された本発明による車両用制動力制御装置の第五の実施形態に於ける制動力の前後輪配分制御ルーチンを示すフローチャートである。
【0103】
この第五の実施形態に於いては、図2と図6との比較より解る如く、ステップ100に先立ってステップ50が実行され、他のステップ100〜500及びステップ950は上述の第一の実施形態の場合と同様に実行される。
【0104】
ステップ50に於いては各車輪の車輪速度Vwiに基づいて車両のヨーレートγが演算されると共に、演算されたヨーレートγの微分値に基づいて車両のロールレートφdが演算される。そしてステップ150に於いては演算された車両のロールレートφdに基づいて図8に示されたグラフに対応するマップより左右後輪間の目標車輪速度差ΔVwrtが演算される。
【0105】
従ってこの第五の実施形態によれば、上述の第一の実施形態の場合と同様の作用効果を得ることができるだけでなく、車両のロールレートφdを検出するセンサは不要であるので、第一の実施形態の場合に比して制動力制御装置のコストを低減することができる。
また第五の実施形態に於いては、上述の第一の実施形態に於けるステップ550は実行されず、左後輪の目標車輪速度Vwrlt及び右後輪の目標車輪速度Vwrrtがそれぞれ下記の式13及び14に従って演算される。
Vwrlt=Vwrt+KvKsΔVwrt/2 ……(13)
Vwrrt=Vwrt−KvKsΔVwrt/2 ……(14)
従ってこの第五の実施形態によれば、車両のヨーレートγの如何に関係なく、左右後輪の目標車輪速度の増加補正量及び低減補正量の大きさを同一することができ、目標車輪速度の補正によって左右後輪の目標車輪速度の和が変更されることはない。従って車両のヨーレートγの如何に関係なく、左右後輪の目標車輪速度の補正が制動力の前後輪配分制御に悪影響を与えることを確実に回避することができる。
[第六の実施形態]
【0106】
図7は第三の実施形態の修正例として構成された本発明による車両用制動力制御装置の第六の実施形態に於ける制動力の前後輪配分制御ルーチンを示すフローチャートである。
【0107】
この第六の実施形態に於いては、ステップ100に先立って第五の実施形態と同様にステップ50が実行される。またこの第六の実施形態の他のステップは上述の第三の実施形態の場合と同様に実行される。
【0108】
従って第六の実施形態によれば、車両のロールレートφdを検出するセンサや車両のヨーレートγを検出するセンサは不要である。よって上述の第三の実施形態の場合と同様の作用効果を得ることができるだけでなく、第三の実施形態の場合に比して制動力制御装置のコストを低減することができる。
【0109】
以上の説明より解る如く、上述の各実施形態によれば、前輪に対する後輪の制動力の配分が好ましい配分になるよう制動力の前後輪配分制御を行うことができると共に、制動力の前後輪配分制御が行われるときの車両のふらつきを効果的に低減することができる。
【0110】
また上述の各実施形態によれば、ステップ450に於いて走行路が悪路であるかと判別されると、ステップ500に於いて左右後輪の目標車輪速度Vwrlt及びVwrrtは補正前の後輪の目標車輪速度Vwrtに設定される。従って走行路が悪路であることに起因して車両がふらつく状況に於いて左右後輪の目標車輪速度が不必要に補正されることを回避することができる。
【0111】
また上述の各実施形態によれば、ステップ350及び400に於いて制動力の前後輪配分制御開始時の車両の減速度勾配を示す値としてマスタシリンダ圧力Pmの変化率Pmdが演算される。そしてマスタシリンダ圧力の変化率Pmdが大きいほど大きい値になるよう減速度勾配に基づく修正係数Ksが演算され、修正係数Ksを使用して左右後輪の目標車輪速度Vwrlt及びVwrrtが演算される。
【0112】
一般に、制動力の前後輪配分制御が行われるときの車両のふらつきは制動力の前後輪配分制御開始時に於ける車両の減速度勾配が高いほど顕著になる。上述の各実施形態によれば、車両の減速度勾配に応じて最適に左右後輪の目標車輪速度を補正し、これにより減速度勾配が低いときに過剰の補正が行われることを防止しつつ、減速度勾配が高いときの車両のふらつきを効果的に低減することができる。
【0113】
特に上述の第一、第三及び第五の実施形態によれば、図9に示されている如く、車速に基づく修正係数Kvは車速Vが第一の基準値V1未満であるときには0に演算される。従って車両のふらつきが発生しにくく且つ左右後輪の目標車輪速度の補正による車両のふらつき防止効果が低い低車速域に於いて左右後輪の目標車輪速度が無駄に補正されることを防止することができる。
【0114】
また車速に基づく修正係数Kvは車速Vが第二の基準値V2以上で第三の基準値V3以下であるときには修正係数Kvが1に演算されるが、車速Vが第一の基準値V1以上で第二の基準値V2未満であるときには、車速Vが低いほど小さい値になるよう演算される。従って例えば車速Vが第二の基準値V2未満であるときには修正係数Kvが0に演算される場合に比して、車速Vが低下して第二の基準値V2を横切って変化する際に修正係数Kvが1から0へ急変することを防止することができる。
【0115】
尚上述の各実施形態によれば、制動力の前後輪配分制御は前輪と後輪との間の車輪速度差に基づいて行われ、車両のふらつき低減のための制動力の制御は左右後輪間の車輪速度差に基づいて行われるようになっている。これらの制御が車両の速度を基準速度とする車輪のスリップ度合、即ち車両の速度と車輪速度との差であるスリップ量又はスリップ量を車両の速度にて除算したスリップ率に基づいて行われる場合には、車両の速度を推定する必要がある。これに対し上述の各実施形態によれば、車両の速度を推定することなく制動力の前後輪配分制御や車両のふらつき低減のための制動力の制御を簡便に実行することができる。
【0116】
以上に於いては本発明を特定の実施形態について詳細に説明したが、本発明は上述の実施形態に限定されるものではなく、本発明の範囲内にて他の種々の実施形態が可能であることは当業者にとって明らかであろう。
【0117】
例えば上述の各実施形態に於いては、制動力の前後輪配分制御は前輪と後輪との間の車輪速度差に基づいて行われ、車両のふらつき低減のための制動力の制御は左右後輪間の車輪速度差に基づいて行われるようになっている。しかしこれらの制御は車両の速度を基準速度とする車輪のスリップ度合、即ちスリップ量又はスリップ率に基づいて行われるよう修正されてもよい。
【0118】
その場合制動力の前後輪配分制御に於いては、後輪のスリップ度合が前輪のスリップ度合よりもスリップ度合の目標相違量低い後輪の目標スリップ度合になることによって後輪の車輪速度が後輪の目標車輪速度になるよう左右後輪の制動力が個別に制御される。また車両のふらつき低減のための制動力の制御に於いては、接地荷重増大側の後輪の目標スリップ度合が接地荷重減少側の後輪の目標スリップ度合に比して高くなるよう、左右後輪の少なくとも一方の目標スリップ度合が補正される。そしてその補正量は車両横方向の荷重移動量の変化率に関連するパラメータに基づいて演算される。
【0119】
また上述の各実施形態に於いては、車両横方向の荷重移動量の変化率に関連するパラメータは車両のロールレートφdであるが、車両のヨー加速度、車両の横加加速度、左右輪の接地荷重差の変化率の何れかに設定されてもよい。また後者の場合、車両のヨー加速度、車両の横加加速度、左右輪の接地荷重差の変化率の何れかが各車輪の車輪速度に基づいて演算されてもよい。
【0120】
また上述の各実施形態に於いては、左右後輪の目標車輪速度の増加補正量及び低減補正量の大きさは基本的には同一であるが、増加補正量及び低減補正量の大きさが互いに異なる値に設定されてもよい。
【0121】
逆に上述の第一乃至第四の実施形態及び第六の実施形態態に於いては、ヨーレートγの大きさが基準値γcよりも大きい領域に於いて左右後輪の目標車輪速度の増加補正量及び低減補正量の大きさが互いに異なる値になる。しかしこれらの実施形態はヨーレートγの大きさに関係なく右後輪の目標車輪速度の増加補正量及び低減補正量の大きさが常に同一になるよう修正されてもよい。
【0122】
また上述の各実施形態に於いては、左右後輪の車輪速度がそれぞれ目標車輪速度Vwrlt及びVwrrtを含む所定の範囲内の値になるよう、左右後輪の制動圧が制御される。しかし目標車輪速度Vwrlt及びVwrrtがそれぞれ上限値及び下限値を有する値として演算され、左右後輪の車輪速度が上限値と下限値との間の値になるよう左右後輪の制動圧が制御されるよう修正されてもよい。
【0123】
また上述の各実施形態に於いては、制動力の前後輪配分制御開始時の車両の減速度勾配を示す値としてマスタシリンダ圧力Pmの変化率Pmdが演算される。しかし減速度勾配を示す値は例えば車両の減速度Vdの微分値であってもよい。
【0124】
また上述の第二及び第四の実施形態態に於いては、経過時間Tは制動力の前後輪配分制御が開始された時点からの経過時間である。しかし経過時間Tは車両の制動の継続時間を示す値である限り、目標スリップ度合の補正が開始された時点からの経過時間又は運転者による制動操作が開始された時点からの経過時間に設定されてもよい。
【0125】
また上述の第五及び第六の実施形態はそれぞれ第一及び第三の実施形態の修正例として構成されているが、第二及び第四の実施形態がそれぞれ第五及び第六の実施形態と同様に修正されてもよい。
【符号の説明】
【0126】
10…車両、26…ブレーキペダル、30…電子制御装置、32FL〜32RR…車輪速度センサ、34…圧力センサ、36…ロールレートセンサ、38…ヨーレートセンサ、50…制動力制御装置、100…制動装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
制動時に後輪の車輪速度が前輪の車輪速度よりも車輪速度の目標相違量高い後輪の目標車輪速度になるよう左右後輪の制動力を個別に制御することにより制動力の前後輪配分制御を行う車両用制動力制御装置に於いて、接地荷重増大側の後輪の目標車輪速度が接地荷重減少側の後輪の目標車輪速度に比して低くなるよう、車両横方向の荷重移動量の変化率に関連するパラメータに基づいて左右後輪の少なくとも一方の目標車輪速度を補正することを特徴とする車両用制動力制御装置。
【請求項2】
左右後輪の補正後の目標車輪速度の差が前記パラメータに応じた値になるよう、左右後輪の少なくとも一方の目標車輪速度を補正することを特徴とする請求項1に記載の車両用制動力制御装置。
【請求項3】
左後輪の目標車輪速度の補正量の大きさ及び右後輪の目標車輪速度の補正量の大きさが互いに同一であるよう、左右後輪の両方の目標車輪速度を補正することを特徴とする請求項1又は2に記載の車両用制動力制御装置。
【請求項4】
前記パラメータは車両のヨー加速度、車両のロールレート、車両の横加加速度、左右輪の接地荷重差の変化率の何れかを含むことを特徴とする請求項1乃至3の何れか一つに記載の車両用制動力制御装置。
【請求項5】
左右後輪の少なくとも一方の目標車輪速度を補正するための補正量は、車速が高いときには車速が低いときに比して大きさが大きくなるよう、車速に基づいて修正されることを特徴とする請求項1乃至4の何れか一つに記載の車両用制動力制御装置。
【請求項6】
左右後輪の少なくとも一方の目標車輪速度を補正するための補正量は、目標車輪速度の補正が開始された時点からの経過時間が長いときには前記経過時間が短いときに比して大きさが小さくなるよう、前記経過時間に基づいて修正されることを特徴とする請求項1乃至4の何れか一つに記載の車両用制動力制御装置。
【請求項7】
左右後輪の少なくとも一方の目標車輪速度を補正するための補正量は、目標車輪速度の補正を開始するときの車両の減速度の変化率の指標値が高いときには前記指標値が低いときに比して大きさが大きくなるよう、前記指標値に基づいて修正されることを特徴とする請求項1乃至4の何れか一つに記載の車両用制動力制御装置。
【請求項8】
前記パラメータは少なくとも左右一対の車輪の車輪速度に基づいて推定されることを特徴とする請求項1乃至7の何れか一つに記載の車両用制動力制御装置。
【請求項9】
後輪のスリップ度合が前輪のスリップ度合よりもスリップ度合の目標相違量低い後輪の目標スリップ度合になることによって後輪の車輪速度が後輪の目標車輪速度になるよう左右後輪の制動力を個別に制御し、接地荷重増大側の後輪の目標スリップ度合が接地荷重減少側の後輪の目標スリップ度合に比して高くなるよう、車両横方向の荷重移動量の変化率に関連するパラメータに基づいて左右後輪の少なくとも一方の目標スリップ度合を補正することによって左右後輪の少なくとも一方の目標車輪速度を補正することを特徴とする請求項1乃至8の何れか一つに記載の車両用制動力制御装置。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【公開番号】特開2012−96610(P2012−96610A)
【公開日】平成24年5月24日(2012.5.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−244272(P2010−244272)
【出願日】平成22年10月29日(2010.10.29)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】