説明

車両

【課題】駆動輪のスリップ状態においても安定的に姿勢制御を行う。
【解決手段】車両の走行時において、駆動輪がスリップしているか否かを常時監視しておき、スリップが検出された場合には、駆動輪による通常の姿勢制御を切り離しスリップ状態用の姿勢制御を行う。すなわち、車両の前後方向に移動可能なバランサ(重量体)を配置し、スリップによって車両が前傾した場合にはバランサを後方に移動し、後傾した場合にはバランサを前方に移動することで姿勢制御を行う。スリップの検出は、駆動輪の接地周速度V2と、車両の走行速度V1を比較することでスリップ状態か否かを判定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両に係り、例えば、互いに対抗配置された2つの駆動輪を有する横置き二輪車両の姿勢の制御に関する。
【背景技術】
【0002】
倒立振り子の姿勢制御を利用した車両(以下、単に倒立振り子車両という)が注目され、現在実用化されつつある。
例えば、同軸上に配置された2つの駆動輪を有し、運転者の重心移動による駆動輪の姿勢を感知して駆動する技術が特許文献1で提案されている。
また、従来の円形状の駆動輪1つや、球体状の駆動輪1つの姿勢を制御しながら移動する車両や各種倒立振り子車両について提案されている。
【特許文献1】特開2004−276727公報
【特許文献2】特開2004−129435公報
【0003】
このような、車両では、運転者による体重移動量、リモコンや操縦装置からの操作量、予め入力された走行指令データ等に基づいて、姿勢制御を行いながら停車状態を維持したり走行したりするようになっている。
走行中の姿勢制御は、車両が目標傾斜角となるように、駆動輪の出力トルクを制御することで行われている。例えば、外力などにより車両が目標傾斜角よりも前方に傾斜していた場合、駆動輪の出力トルクを大きくし、駆動輪の回転速度を早めることで、車両の姿勢(傾斜角)を目標傾斜角となるように制御している。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
例えば、走行中に駆動輪がスリップすることにより車体が目標傾斜角よりも前方に傾斜すると、通常の姿勢制御では傾斜姿勢を立て直すために駆動輪の回転を速める方向に制御される。しかし、スリップしているため姿勢を立て直せずに更に回転を速める方向に制御する必要がある。一方、スリップ状態から復帰するためには回転を遅くする必要があり、通常の姿勢制御と相反する制御が必要になる。
このように、通常状態における姿勢制御は駆動輪がスリップしていない状態を想定した力学的構造に基づいて制御しているため、力学的構造が異なるスリップ状態では車両の姿勢制御を安定的に行うことができない。
【0005】
そこで本発明は、駆動輪のスリップ状態においても安定的に姿勢制御を行うことが可能な車両を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
(1)請求項1記載の発明では、互いに対向配置された2つの駆動輪を含む車両であって、車両の前後方向に移動可能に配置された重量体と、駆動輪がスリップしているか否かを判定するスリップ判定手段と、前記スリップ判定手段によりスリップしていると判定した場合には前記重量体を移動させることで姿勢を制御する姿勢制御手段と、を車両に具備させて前記目的を達成する。
(2)請求項2に記載した発明では、請求項1に記載の車両において、前記スリップ検出手段は、前記駆動輪のスリップ率を検出し、前記姿勢制御手段は、前記検出したスリップ率が所定の閾値を超えている場合、前記重量体移動手段による姿勢制御に加えて、又は代えて、目標車体傾斜角を補正することで姿勢を制御する、ことを特徴とする。
(3)請求項3に記載した発明では、請求項1に記載の車両において、前記姿勢制御手段は、スリップの状態に応じて、前記駆動輪の回転速度の低下と前記重量体の後方移動、又は前記駆動輪の回転速度の増加と前記重量体の前方移動により姿勢制御を行う、ことを特徴とする。
【発明の効果】
【0007】
本発明では、車両の前後方向に移動可能な重量体を配置し、駆動輪車両がスリップしている場合には重量体を移動することで姿勢制御を行うようにしたので、駆動輪のスリップ状態においても安定的に姿勢制御を行うことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
以下、本発明の車両における好適な実施の形態について、図1から図6を参照して詳細に説明する。
(1)実施形態の概要
車両の走行時において、駆動輪がスリップしているか否かを常時監視しておき、スリップが検出された場合には、駆動輪による通常の姿勢制御を切り離しスリップ状態用の姿勢制御を行う。
すなわち、車両の前後方向に移動可能なバランサ(重量体)を配置し、スリップによって車両が前傾した場合にはバランサを後方に移動し、後傾した場合にはバランサを前方に移動することで姿勢制御を行う。
【0009】
スリップの検出は、駆動輪の接地周速度V2と、車両の走行速度(並進移動速度の推定値)V1を比較することでスリップ状態か否かを判定する。
【0010】
また、両速度の差からスリップ率を推定し、スリップ率が所定の閾値Hを超える場合には、出力トルクが小さく成るように目標傾斜角θ1*を補正することで車体傾斜で対応するようにしてもよい。この場合の、車体傾斜での対応は、バランサ移動による姿勢制御と合わせて行ってもよく、バランサ移動による姿勢制御に代えて行うようにしてもよい。
【0011】
さらに、スリップの状態に応じて、車体が前傾する場合には車輪回転速度の低下と前記重量体の後方移動により姿勢制御をし、一方、車体が後傾斜する場合には車輪回転速度の増加と前記重量体の前方移動により姿勢制御を行うようにしてもよい。
このように前傾時の減速、後傾時の加速によりスリップ状態から抜けやすくなる。
【0012】
(2)実施形態の詳細
図1は、本実施形態における車両の外観構成を例示したものである。
図1に示されるように、車両は、同軸上に配置された2つの駆動輪11a、11bを備えている。
両駆動輪11a、11bは、それぞれ駆動モータ12で駆動されるようになっている。
【0013】
駆動輪11a、11b(以下、両駆動輪11aと11bを指す場合には駆動輪11という)及び駆動モータ12の上部には、重量体である荷物や乗員等が搭乗する搭乗する搭乗部13(シート)が配置されている。
搭乗部13は、運転者が座る座面部131、背もたれ部132、及びヘッドレスト133で構成されている。
【0014】
搭乗部13は、駆動モータ12が収納されている駆動モータ筐体121に固定された支持部材14により支持されている。
【0015】
搭乗部13の左脇には操縦装置30が配置されている。この操縦装置30は、運転者の操作により、車両の加速、減速、旋回、その場回転、停止、制動等の指示を行う為のものである。
【0016】
本実施形態における操縦装置30は、座面部131に固定されているが、有線又は無線で接続されたリモコンにより構成するようにしてもよい。また、肘掛けを設けその上部に操縦装置30を配置するようにしてもよい。
【0017】
また、本実施形態の車両には、操縦装置30が配置されているが、予め決められた走行指令データに従って自動走行する車両の場合には、操縦装置30に代えて走行指令データ取得部が配設される。走行指令データ取得部は、例えば、半導体メモリ等の各種記憶媒体から走行指令データを読み取る読み取り手段で構成し、または/及び、無線通信により外部から走行指令データを取得する通信制御手段で構成するようにしてもよい。
【0018】
なお、図1において、搭乗部13には人が搭乗している場合について表示しているが、必ずしも人が運転する車両には限定されず、荷物だけを乗せて外部からのリモコン操作等により走行や停止をさせる場合、荷物だけを乗せて走行指令データに従って走行や停止をさせる場合、更には何も搭乗していない状態で走行や停止をする場合であってもよい。
【0019】
本実施形態において、操縦装置30の操作により出力される操作信号によって加減速等の制御が行われるが、例えば、特許文献1に示されるように、運転者が車両に対する前傾きモーメントや前後の傾斜角を変更することで、その傾斜角に応じた車両の姿勢制御及び走行制御を行うようにしてもよい。また、両方式を切り替え可能にしてもよい。
【0020】
搭乗部13と駆動輪11との間には、図示しないが後述するバランサ(重量体)134が配置されている。このバランサ134は、バランサアクチュエータ62によって前後方向(車軸と水平面で直交する方向)に移動可能に構成されている。
【0021】
搭乗部13と駆動輪11との間には制御ユニット16が配置されている。
本実施形態において制御ユニット16は、搭乗部13の座面部131の下面に取り付けられているが、支持部材14に取り付けるようにしてもよい。
【0022】
図2は、制御ユニット16の構成を表したものである。
制御ユニット16は、車両の走行、姿勢制御、及び本実施形態における旋回時の走行制御等の各種制御を行う制御ECU(電子制御装置)20を備えており、この制御ECU20には、操縦装置30、走行制御用センサ40、重心位置測定用センサ50、アクチュエータ60、及びバッテリ等のその他の装置が電気的に接続されている。
【0023】
バッテリは、駆動モータ12、アクチュエータ60、制御ECU20等に電力を供給するようになっている。
【0024】
制御ECU20は、走行制御プログラム、姿勢制御プログラム、本実施形態における姿勢制御処理プログラム等の各種プログラムやデータが格納されたROM、作業領域として使用されるRAM、外部記憶装置、インターフェイス部等を備えたコンピュータシステムで構成されている。
【0025】
制御ECU20は、バランサの目標位置λB*、目標車体傾斜角θ1*を算出する場合に、使用する、バランサ質量mB、搭乗者を含む車両全体の質量M、車体の傾斜する部分の質量m1、車軸と車体全体の重心間の距離l1について、既知の値、又は規定値としてROM等の記憶手段に記憶している。
また、摩擦係数μをスリップ率から決定するための摩擦係数−スリップ率マップも記憶手段に記憶している。
【0026】
制御ECU20は、車体走行制御システム21とスリップ状態推定システム23を備えている。
車体走行制御システム21は、車両の前後方向の加減速を制御する前後加減速機能と、車両を旋回させる旋回機能を実現するように構成され、スリップ時の姿勢制御を安定的に行うためスリップ対応制御システム22を備えている。
車体走行制御システム21は、スリップ状態でない通常状態時において、コントローラ31から入力される走行目標、走行制御用センサ44から供給される両駆動輪11a、11bの車輪回転角及び/又は並進加速度から姿勢制御を行うようになっている。
【0027】
また、操縦装置30から供給される前後方向加減速、及び旋回の指示に応じて、それを実現する出力指令値を車輪駆動アクチュエータ61に供給する。
本実施形態では、両駆動輪11a、11bの回転数を制御することで旋回するようになっている。
【0028】
スリップ対応制御システム22は、スリップ状態推定システム23から供給されるスリップ判別結果(スリップ率を考慮する変形例ではスリップ率)に基づいて、バランサ目標位置λB*を算出し、指令値としてバランサアクチュエータ62に供給する。
またスリップ対応制御システム22は、変形例において、目標車体傾斜角θ1*を算出し、対応する出力トルク指令値を車輪駆動アクチュエータ61に供給する。
【0029】
操縦装置30はコントローラ31を備えており、運転者の操作に基づいて車両走行の目標値を制御ECU20に供給するようになっている。
コントローラ31は、ジョイスティックを備えている。ジョイスティックは直立した状態をニュートラル位置とし、前後方向に傾斜させることで前後進を指示し、左右に傾斜させることで左右方向の旋回を指示するようになっている。傾斜角度に応じて、要求速度、旋回曲率が大きくなる。
【0030】
走行制御用センサ40は、車輪回転角を検出する車輪回転計41と、車両の並進加速度を検出する加速度計42、車両の走行速度を検出する車速センサ43を備えている。
走行制御用センサ40による検出値は、車体走行制御システム21に供給される。
【0031】
アクチュエータ60は、車体走行制御システム21から供給される指令値に従って駆動輪11を駆動する車体駆動アクチュエータ61を備えている。
車体駆動アクチュエータ61は、指令値に従って、両駆動輪11a、11bを各々独立して駆動制御するようになっている。
【0032】
アクチュエータ60は、さらに、スリップ状態推定システム23から供給される指令値(バランサ目標位置λB*)に従って、バランサ移動機構を制御するバランサアクチュエータ62を備えている。
【0033】
図3は、バランサ134をバランサ目標位置λB*に移動させるバランサ移動機構について、その構成例を表したものである。
このバランサ移動機構は、重量体移動手段として機能し、バランサ134を前後方向に動かすことによって車両の重心を移動させる。
【0034】
バランサ移動機構は、搭乗部13の座面部131の下部に配置されたバランサ134を前後方向向に移動させるように構成されている。
本実施形態である図3(a)のバランサ移動機構は、スライダ型アクチュエータ135によって、スライダ上でバランサ134を平行移動させる。
図3(b)に示すバランサ移動機構では、2つの伸縮型アクチュエータ136a、136bの一方を伸ばし、他方を縮めることで、バランサ134を平行移動させる。
図3(c)に示すバランサ移動機構は、回転傾斜型バランサを用いた機構である。支持軸138の上端部にはバランサ134が配設され、支持軸138の下端部には、駆動輪軸139の中央に配置されたモータ140のロータが固定されている。そして、モータ140によって、支持軸138を半径とする円周上でバランサ134を移動させる。
【0035】
以上のように、車体中心軸と車軸に垂直な方向に移動可能なバランサ134と、そのバランサ134に駆動力を与えるアクチュエータと、バランサ134の位置を検出するセンサによって、バランサを任意の位置に動かす。
なお、本実施形態のバランサ134は独立した重量体を配置しているが、車体に元々搭載している重量物(バッテリ、ECUなど)自体でバランサを構成し、または該重量物と独立した重量体とでバランサを構成することで、本機構実現に伴う余分な重量増を少なくすることができる。
【0036】
以上のように構成された実施形態としての車両における姿勢制御処理について、次に説明する。
図4は、姿勢制御処理の内容を表したフローチャートである。
制御ECU20のスリップ状態推定システム23は、駆動輪の回転周速度V2を計測する(ステップ10)。
すなわち、スリップ状態推定システム23は、車輪回転計41で計測された車輪回転角から駆動輪11の回転速度を測定し、駆動輪の接地半径から回転周速度を決定する。
駆動輪の接地半径については、制御ECUの記憶手段に記憶された接地半径の規定値が使用されるが、駆動輪の内圧を測定し内圧測定値により規定の接地半径を補正するようにしてもよい。また、車体に配置したレーザ距離センサにより地面までの距離を測地することで接地半径を測定するようにしてもよく、オブザーバにより推定するようにしてもよい。
【0037】
ついでスリップ状態推定システム23は、車両の運動状態として車速センサ43により車速(車両の並進速度)V1を測定する(ステップ20)。
【0038】
なお、車体の運動状態として、配置した加速度計の計測値の積分値と、配置したジャイロセンサによる角速度とから車速を算出するようにしてもよい。この場合、非スリップ時(定常成分)を参照することで、積分による定常偏差の蓄積を補正するようにしてもよい。
また、流速計、画像やレーザセンサ等による車外の静止物体(道路など)との相対速度を検出するようにしてもよい。
更に、オブザーバによる車体運動推定するようにしてもよい。すなわち、直進加減速、旋回、姿勢制御におけるWMトルクと各センサ出力値から車速を推定する。
【0039】
次に、スリップ状態推定システム23は、測定した駆動輪の回転周速度V2と車速V1とからスリップ率を算出し、スリップ対応制御システム22に供給する(ステップ30)。
スリップ対応制御システム22では、スリップ率からスリップしているか否かを判断する(ステップ40)。
なお、スリップ率が、測定値V2、V1が完全に一致している場合でなくても、定常走行時のスリップ率や測定誤差を考慮した所定の閾値以下であれば、スリップ無しと判断する。
【0040】
スリップ状態でないと判断した場合(ステップ40;N)、車体走行制御システム21は、駆動輪による通常状態での姿勢制御を行い(ステップ50)、メインルーチンにリターンする。
通常状態での姿勢制御としては、コントローラ30からの走行目標値に応じた目標傾斜角となるように駆動輪の出力トルクを制御することで前後方向のバランスを保持するように姿勢制御が行われる。
通常状態での姿勢制御の方法としては、例えば、米国特許第6,302,230号明細書、特開昭63−35082号公報、特開2004−129435公報、特開2004−276727公報で開示された各種制御方法が使用可能である。
【0041】
一方、スリップ状態と判断された場合(ステップ40;Y)、スリップ対応制御システム22は、スリップ状態対応姿勢制御を行う(ステップ60)。
すなわち、スリップ対応制御システム22は、バランサ移動によるスリップ対応姿勢制御を行い、メインルーチンにリターンする。
このバランサ移動による姿勢制御は、非スリップ状態へ復帰するまで(ステップ40でスリップしていないと判断(;N)されるまで)、バランサによる姿勢制御が実行される。
【0042】
図5は、スリップ状態におけるスリップ状態対応姿勢制御の状態を表したものである。
スリップの状態は、図5(a)〜(c)に示すように駆動輪周速度V2が車両速度V1よりも大きい場合と、図5(d)〜(f)に示すように駆動輪周速度V2が車両速度V1よりも小さい場合とがある。
【0043】
図5(a)に示すように、スリップにより駆動輪周速度V2>車両速度V1となった場合、駆動輪11の移動速度が制御モデル内で想定している速度より遅いために、図5(b)に示すように車体が前傾することになる。
そこで、スリップ対応制御システム22は、図5(c)に示すようにバランサ134を後方に移動して車両全体の重心位置を後方に移動することで車両の姿勢を制御する。
【0044】
一方、図5(d)に示すように、駆動輪周速度V2>車両速度V1である場合には、図5(e)に示すように車体が後継する。この姿勢を直すためにスリップ対応制御システム22は、図5(f)に示すようにバランサ134を前方に移動することにより車両の姿勢を制御する。
【0045】
バランサ134の移動位置については、図5(a)、(d)に示されるように車軸の位置を原点をとし、次の数式1によりバランサ目標位置λB*を決定する。
数式1において、τWは駆動モータ12に与えている出力トルク、μは摩擦係数、Mは搭乗者やバランサ134を含む車両全体の質量、gは重力加速度、mBはバランサ質量を表す。
摩擦係数μは、ステップ30で算出したスリップ率に基づいて、ROMに格納された摩擦係数μ−スリップ率マップから決定する。なお、摩擦係数μはオブザーバーを使用して推定するようにしてもよい。
【0046】
(数式1)
λB*=(τW−μMg)/mB
【0047】
数式1により求めたバランサ目標位置λB*は指令値としてバランサアクチュエータ62に供給され、バランサ134がバランサ目標位置λB*に移動されることで、姿勢が制御される。
【0048】
以上説明したように、スリップ状態が検出された場合に、通常状態の姿勢制御ではなく、バランサ134の移動による姿勢制御を行うことで、走行を継続する。
走行を継続することでスリップ状態から抜け出した後(ステップ40;N)は、通常の姿勢制御が行われる。
【0049】
次に、スリップ状態対応姿勢制御の他の第2例について説明する。
上記した第1例のように、バランサ134だけによる姿勢制御では、スリップ率が大きい場合、即ちV2とV1の速度差が大きいと場合、姿勢を復帰させるのに時間がかかることになる。
そこでスリップ状態対応姿勢制御の第2例では、スリップ率が所定の閾値H未満の場合にはバランサ134によりる姿勢制御(第1例)を行い、閾値H以上の場合には第1例の姿勢制御に加えて車体傾斜の目標値を補正することで、姿勢の復帰を早めるようにする。
【0050】
即ち、ステップ40で算出したスリップ率が閾値H以上である場合、車体走行制御システム21は、次の数式2により、補正後の目標車体傾斜角θ1*を算出し、この目標車体傾斜角θ1*にしたがって、車輪駆動アクチュエータ61に指令値を供給する。
数式2においてl1は、車軸と車両全体の重心との距離である。
【0051】
(数式2)
θ1*=(τW−μMg)/mBgl1
【0052】
なお、第2例の変形例とし、スリップ率が閾値H未満の場合にバランサ134の移動による姿勢制御を行い、閾値H以上の場合に目標車体傾斜角θ1*の補正による姿勢制御を行うようにしてもよい。
また、第2例ではスリップ率が閾値H以上である場合について説明したが、スリップ率に関係なく、バランサ134と目標車体傾斜角θ1*の補正とを併用した姿勢制御を行うようにしてもよい。
【0053】
次に、スリップ状態対応姿勢制御の他の第3例について説明する。
この第3実施形態では、第1例、第2例、及びこれらの変形例に加えて、スリップ状態を解消するための制御を能動的に行う。
すなわち、スリップ状態を検出した場合、スリップ状態を抜け出る方向に車輪速度を減速(前傾時)、加速(後傾時)させ、加減速に応じてバランサ134の移動及び/又は目標車体傾斜角θ1*の補正を行う。
例えば、図5(b)に示すようにスリップにより前傾した状態の場合、駆動輪の回転を減速することでスリップ状態からの解消を早めると共に、減速によるさらなる前傾を考慮してバランサ134の後方への移動及び/又は目標車体傾斜角θ1*の補正を行う。
また図5(e)に示すようにスリップにより後傾した状態の場合、駆動輪の回転を加速することでスリップ状態からの解消を早めると共に、加速によるさらなる後傾を考慮して34の前方への移動及び/又は目標車体傾斜角θ1*の補正を行う。
【0054】
以上説明したように、本実施形態によれば、スリップ状態において、バランサ134の移動することで姿勢を制御するようにしたので、安定的に姿勢制御を行うことができる。
【0055】
以上説明した各実施形態及び変形例の説明では、数式1、数式2において使用する、車両全体の質量Mについては、想定される範囲の搭乗者の体重を含めた車両全体の質量として規定値を使用したが、搭乗者/搭乗物の荷重を計測する荷重計を座面部131に配置することで搭乗者等の質量mHを測定し、これと既知(設計値)の車両質量mCBとから車両全体の質量M(=mH+mCB)を算出するようにしてもよい。この場合、バランサ134の質量を含めた車両質量mCBについては、ROM等の記憶手段に記憶しておく。
このように、搭乗者/搭乗物の質量を計測することで、正確な車両全体の質量を得ることで、スリップ時の姿勢制御をより安定させることができる。
【0056】
また、数式2における車軸と車両全体の重心との距離l1についても、以下の方法でより正確に推定するようにしてもよい。
すなわち、荷重計に加えて、背もたれ部132及びヘッドレスト133に座高計を配置する。座高計は、移動型(走査型)の光センサを鉛直方向(高さ方向)に走査することで搭乗物の高さ(乗員の座高)ξHを測定し、これにより高精度な測定が可能になる。なお、複数の固定型センサを鉛直方向に配置し、搭乗物の高さξHを離散的に測定するようにしてもよい。
【0057】
そして、車体走行制御システム21は、座高計により搭乗物の高さ(座高、荷物の高さ)ξHと、荷重計で測定した搭乗物質量mに基づき、搭乗物の種類(人、荷物、無し)を判別し、その種類に適した方法で搭乗物重心高さhHを、重心位置推定システムにより推定する。
重心位置推定システムは制御ECU20に備える。
【0058】
図6は、搭乗物の種類の判別、及び、その種類に基づく重心高さhHの決定について説明したものである。
図6に示されるように、座高ζH、質量mH、比質量mH/ζHに対して、ある閾値を設定し、それに基づいて搭乗物の種類を判別する。なお、図6及び以下の判別式で用いる各閾値は一例であり、想定される使用環境に応じて修正する。
(a)mH<0.2kg、かつ、ζH<0.01mの場合、搭乗物は「無し」と判別する。
(b)mH>8kg、かつ、ζH>0.3m、かつ、mH/ζH>30kg/mの場合、搭乗物は「人」と判別する。
(c)その他の場合(上記(a)、(b)以外の場合)、搭乗物は「荷物」であると判別する。
【0059】
以上の判別条件において、人の判別条件(b)で体重に対する閾値が8kgと小さいのは、子供の乗車も想定しているためである。また、比質量(単位座高当たりの重さ;mH/ζH)を人の判別条件に加えることで、その判別の正確性を高めることができる。
なお、小さくて重い荷物(例えば、鉄塊)を乗せた場合も人と判定しないために、上限としてmH/ζH<p(例えば、80kg/m)を人の判別条件に加えてもよい。
また、各判別条件及び判別値は、一例であり、想定される使用条件に応じて適宜変更され、判別される。
【0060】
以下、重心位置推定システムは、判別した搭乗物の種類に応じて、搭乗物の重心高さ(座面部131からの高さ)hHを推定する。このように、搭乗物を判別し、その種類に応じて重心高さhHの推定方法(評価式)を変えることで、より正確な値を推定することができる。
【0061】
(a)搭乗物を「無し」と判別した場合
H=0
【0062】
(b)搭乗物を「荷物」と判別した場合、重心が幾何中心よりも下にずれていると仮定し、その下方向へのズレの程度を表す偏心度γを用いて、次の数式3から重心高さhHを求める。この偏心度γはあらかじめ設定した仮定値であり、本実施形態ではγ=0.4としている。
(数式3)
H=((1−γ)/2)ζH
【0063】
(c)搭乗物を「人」と判別した場合、標準的な人の体型を基準として、数式4から重心高さhHを求める。
数式4において、ζH,0、hH,0は座高と重心高さの標準値であり、本実施形態では、ζH,0=0.902m、hH,0=0.264mとする。
(数式4)
H=(ζH/ζH,0)hH,0
【0064】
以上により、搭乗物の種類に応じた重心位置hHを算出すると、重心位置推定システムは、荷重計で測定した搭乗物の荷重mHと、既知の車両質量mCBを使用して、次の数式5から、車軸と車両全体の重心との距離l1を算出する。
数式5において、lH=hH+l0で、l0は、車軸(車体の前後方向の回転中心)から座面部131の座面までの距離である。また、lCBは車体重心の車軸からの距離(既知の設計値)、Mは搭乗者を含めた車両全体の質量(=mH+mCB)をそれぞれ表す。
【0065】
(数式5)
1=(mHH+mCBCB)/M
【0066】
以上説明した実施形態では、1軸の二輪車を例に説明したが、本発明では、三輪以上の車両に対しても、本実施形態におけるスリップ対応姿勢制御の方法を適用することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0067】
【図1】本実施形態における車両の外観構成図である。
【図2】制御ユニットの構成図である。
【図3】バランサ移動機構の構成例を表した説明図である。
【図4】姿勢制御処理の内容を表したフローチャートである。
【図5】スリップ状態対応姿勢制御の状態を表した説明図である。
【図6】搭乗物の種類判別と、それに基づく重心高さの推定についての説明図である。
【符号の説明】
【0068】
11 駆動輪
12 駆動モータ
13 搭乗部
131 座面部
14 支持部材
16 制御ユニット
20 制御ECU
21 車体走行制御システム
22 スリップ対応制御システム
23 スリップ状態推定システム
30 操縦装置
31 コントローラ
40 走行制御用センサ
41 車輪回転計
42 姿勢センサ
43 車速センサ
60 アクチュエータ
61 駆動輪アクチュエータ
62 バランサアクチュエータ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
互いに対向配置された2つの駆動輪を含む車両であって、
車両の前後方向に移動可能に配置された重量体と、
駆動輪がスリップしているか否かを判定するスリップ判定手段と、
前記スリップ判定手段によりスリップしていると判定した場合には前記重量体を移動させることで姿勢を制御する姿勢制御手段と、
を具備したことを特徴とする車両。
【請求項2】
前記スリップ検出手段は、前記駆動輪のスリップ率を検出し、
前記姿勢制御手段は、前記検出したスリップ率が所定の閾値を超えている場合、前記重量体移動手段による姿勢制御に加えて、又は代えて、目標車体傾斜角を補正することで姿勢を制御する、
ことを特徴とする請求項1に記載の車両。
【請求項3】
前記姿勢制御手段は、スリップの状態に応じて、前記駆動輪の回転速度の低下と前記重量体の後方移動、又は前記駆動輪の回転速度の増加と前記重量体の前方移動により姿勢制御を行う、
ことを特徴とする請求項1に記載の車両。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2008−68801(P2008−68801A)
【公開日】平成20年3月27日(2008.3.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−250848(P2006−250848)
【出願日】平成18年9月15日(2006.9.15)
【出願人】(591261509)株式会社エクォス・リサーチ (1,360)
【Fターム(参考)】