説明

車輪独立駆動式電気自動車の駆動力制御装置

【課題】車輪を個々のモータで駆動する車輪独立駆動方式の電気自動車において、モータの出力を減少側に補正する場合に、車両のヨーレイト挙動が変化して走行が不安定になるのを防止する。
【解決手段】コントローラ5は駆動モータ3FL,3FR,3RL,3RRに設けた温度センサ6FL,6FR,6RL,6RRからの信号により、検出したモータ温度を読み込み、検出後のモータ温度を推定する。車幅方向左側のモータ3FLが許容温度域を超えると推定すると、モータ3FLの出力を絞り車輪2FLの目標駆動力を−α減少補正する。同時に、残りのモータ3RLの出力を増やし車輪2RLの目標駆動力を+α増大補正し、車幅方向左側の駆動力合計を補正前と同じにするとともに、車輪2FL,2FR,2RL,2RRの総駆動力を補正前と同じにする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車輪を個々の駆動モータで独立に駆動する車輪独立駆動式電気自動車の駆動力制御に関するものである。
【背景技術】
【0002】
車輪を個々の駆動モータで独立に駆動する車輪独立駆動式車両につき、駆動モータに異常が生じて駆動不能に陥った場合における制御の発明としては従来、例えば特許文献1に記載のごときものが知られている。
【0003】
特許文献1に記載の駆動力制御装置は、旋回走行中に、左右側に個々に設けた駆動源のうちの旋回方向内輪が駆動不能になった場合には、左右の駆動源の駆動力供給を瞬時に停止し、旋回方向外輪が駆動不能になった場合には、当該外輪の駆動源の駆動力供給を瞬時に停止するとともに、内輪の駆動力を徐々に減少させながら停止せしめ、車両の唐突な挙動変化を防止し、もって走行安定性および安全性の向上を図るものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平8−168112号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、上記従来のような駆動力制御装置にあっては、以下に説明するような問題を生ずる。つまり、駆動力供給を停止する特許文献1の制御では、車両の唐突な挙動変化によって生じる車両の不安定な走行を抑制することはできるものの、車両の挙動変化そのものまで防止することはできないという問題が依然として残っている。
【0006】
このため、運転者の操舵操作に対応した車両の実際の旋回走行状態であるヨーレイト挙動を維持することができず、駆動不能に陥る前の直進安定性や、旋回半径等が変化してしまう。
【0007】
また、駆動不能に陥る前の総駆動力を維持することができず、運転者のアクセル操作に対応した加速状態で走行できない。
【0008】
本発明は、モータにより駆動される車輪の駆動力を通常の制御時よりも減少補正することにより生じる問題、つまり、駆動力配分の変化により、車両に新たなヨーモーメントが発生してしまい、ヨーレイト挙動が変化するという問題を解決し、減少補正中は勿論、その後も通常の制御時のヨーレイト挙動を維持することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
この目的のため本発明による駆動力制御装置は、請求項1に記載のごとく、
車輪を個々のモータで独立に駆動する車輪独立駆動式電気自動車に用いられ、該車輪の駆動力を個々に制御する駆動力制御装置において、
前記車輪のうち、少なくとも1つ以上の車輪を駆動させる駆動モードを複数設定し、該駆動モードのうちから1の駆動モードを選択して実行する駆動モード選択手段を具え、
前記複数の駆動モードに優先順位を設定し、前記モータで駆動される車輪の駆動力を減少側に補正するとともに、補正をしない場合の車両のヨーモーメントを維持するよう、残りの車輪の駆動力を補正する時には、前記駆動モード選択手段が前記優先順位に従って駆動モードを選択して実行することを特徴としたものである。
【発明の効果】
【0010】
かかる本発明の駆動力制御装置によれば、個々のモータで独立に駆動される車輪の駆動力を減少側に補正するとき、優先順位に従って駆動モードを選択し、減少側に補正する前に車両に発生していたヨーモーメントを維持するように、残りのモータの出力を補正することにより、当該補正中であっても車両に発生するヨーモーメントが変化することがなく、補正前の運転者の操舵操作に対する車両の実際の旋回走行であるヨーレイト挙動を維持することが可能となる。
したがって、直進走行中に当該補正を行う場合であっても、ヨーモーメントの発生を防止して直進性を損なうことがない。
また、旋回走行中に当該補正を行う場合であっても、ヨーレイト挙動が変化するのを防止して、旋回走行時の走行特性を維持することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】本発明になる車輪独立駆動式車両の駆動力制御装置を具えた、4輪独立駆動方式の電気自動車の駆動系を示す要部平面図である。
【図2】同駆動力制御装置が実行する制御プログラムを示すフローチャートである。
【図3】同電気自動車の全てのモータの出力を、焼け付き防止のため一律に減少させる場合のこれらモータおよび車輪の配置関係を示す平面図である。
【図4】同電気自動車の左側前方のモータの出力を、焼け付き防止のため減少させる場合において、残りのモータの出力を増大補正する時の、これらモータおよび車輪の配置関係を示す平面図である。
【図5】同電気自動車の左側前方のモータの出力を、焼け付き防止のため減少させる場合において、残りのモータの出力を減少補正する時の、これらモータおよび車輪の配置関係を示す平面図である。
【図6】検出した各モータ温度の時間変化と、推定したモータ温度と、焼け付き防止のため出力を減少補正されるモータの出力の時間変化とを対比して示すタイムチャートである。
【図7】同電気自動車のモータの出力を、焼け付き防止のため減少させる場合において、残りのモータの出力を補正する時の、これらモータおよび車輪の配置関係を示す平面図である。
【図8】同電気自動車のモータの出力を、焼け付き防止のため減少させる場合において、全輪駆動モード(4WD)で残りのモータの出力を補正する時の、これらモータおよび車輪の配置関係を示す平面図であり、(a)は左右前輪のモータ出力を通常制御し、左右後輪のモータ出力を減少補正する場合を、(b)は左右前輪のモータ出力を減少補正し、左右後輪のモータ出力を通常制御する場合を、(c)は全てのモータ出力を減少補正する場合を示す。
【図9】同電気自動車のモータの出力を、焼け付き防止のため減少させる場合において、前方輪駆動モード(FF)で残りのモータの出力を補正する時の、これらモータおよび車輪の配置関係を示す平面図であり、(a)は左右前輪のモータ出力を通常制御し、左右後輪のモータ出力を0にする場合を、(b)は左右前輪のモータ出力を減少補正し、左右後輪のモータ出力を0にする場合を示す。
【図10】同電気自動車のモータの出力を、焼け付き防止のため減少させる場合において、後方輪駆動モード(RR)で残りのモータの出力を補正する時の、これらモータおよび車輪の配置関係を示す平面図であり、(a)は左右前輪のモータ出力を0にし、左右後輪のモータ出力を通常制御する場合を、(b)は左右前輪のモータ出力を0にし、左右後輪のモータ出力を減少補正する場合を示す。
【図11】同電気自動車のモータの出力を、焼け付き防止のため減少させる場合において、対角輪駆動モードで残りのモータの出力を補正する時の、これらモータおよび車輪の配置関係を示す平面図であり、(a)は左側前方および右側後方のモータ出力を0にし、右側前方および左側後方のモータ出力を通常制御する場合を、(b)は左側前方および右側後方のモータ出力を0にし、右側前方および左側後方のモータ出力を減少補正する場合を示す。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の実施の形態を、図面に示す実施例に基づき詳細に説明する。
【0013】
図1は本発明の一実施例になる駆動力制御装置を具えた4輪独立駆動方式の電気自動車を、その駆動系と共に示す要部平面図である。
【0014】
この電気自動車1は、左前輪2FL、右前輪2FR、左後輪2RL、および右後輪2RRの4つの車輪具え、これら車輪2FL,2FR,2RL,2RRはそれぞれドライブシャフト9FL,9FR,9RL,9RRを介して、個々の駆動源であるモータ3FL,3FR,3RL,3RRと連結する。これによりモータ3FL,3FR,3RL,3RRは車輪2FL,2FR,2RL,2RRを個別に駆動することで電気自動車1を走行可能とする。
【0015】
モータ3FL,3FR,3RL,3RRは電力ケーブル4FL,4FR,4RL,4RRを介してコントローラ5と接続する。コントローラ5は、車輪2FL,2FR,2RL,2RRの目標駆動力を演算し、これら目標駆動力の実現に必要な電力をモータ3FL,3FR,3RL,3RRへ供給する。コントローラ5が、各車輪の目標駆動力を求め、必要な電力を供給し得るよう、このコントローラ5には、モータ3FL,3FR,3RL,3RRの温度をそれぞれ検出する温度センサ6FL,6FR,6RL,6RRからの信号と、電気自動車1のヨーレイト挙動を検出するヨーレイトセンサ7からの信号と、バッテリ8からの電力とを入力する。
【0016】
コントローラ5は、基本的にはアクセル開度および車速に基づいて各車輪の目標駆動力を演算し、これら目標駆動力を実現するようモータへ電力を供給するが、検出したモータ3FL,3FR,3RL,3RRの温度およびこれらモータ温度の単位時間あたりの上昇率から、モータ温度が所定の許容温度域を超えると推定するときは、超えると推定したモータへの電力供給を絞ってこのモータに係る車輪の駆動力を減少側に補正し、このモータの発熱量を低減することでモータの焼け付きを防止する。
【0017】
このように車輪の駆動力を減少補正する場合、電気自動車1は運転者が入力したアクセル開度に応じた加速走行を実現できず、運転者が違和感を感じることとなる。また、左右輪のうち、一方の車輪の駆動力のみを減少補正する場合、電気自動車1に新たなヨーモーメントが発生してヨーレイト挙動が変化するため、運転者の操舵操作通りに直進走行または旋回走行することができなくなる。
【0018】
そこで本実施例では、コントローラ5が、アクセル開度および車速に基づいて各車輪の目標駆動力を演算し、これら目標駆動力を実現するようモータ3FL,3FR,3RL,3RRの出力を制御する通常の制御に加えて、図2にフローチャートで示す制御プログラムを繰り返し実行して、上記の問題が生じないよう残りのモータに係る車輪の目標駆動力を補正する。
【0019】
先ずステップS1では、温度センサ6FL,6FR,6RL,6RRからの信号を読み込み、モータ3FL,3FR,3RL,3RRの温度を検出する。
【0020】
次のステップS2では、モータが駆動回転するのに理想的な温度範囲であるモータ温度の推奨温度域を参照し、検出した各モータ3FL,3FR,3RL,3RRのモータ温度のうち、いずれか1つ以上が推奨温度域を超えているか否かを判断する。なお、推奨温度域はコントローラ5にあらかじめ記憶しておく。
【0021】
いずれのモータ温度も推奨温度域を超えていない場合(No)、検出したモータ温度が許容温度域の上限値よりも十分低く、モータが焼け付くおそれがないため、ステップS3へ進み、演算した各車輪の目標駆動力を補正せずにそのまま実現する通常の制御に従って4輪走行を継続し、本制御を終了する。
【0022】
なお、モータ温度の許容温度域とは、モータが焼け付き等の不具合を生じないように駆動回転することができる範囲をいい、許容温度域の上限値は、推奨温度域の上限値よりも高い。
【0023】
一方ステップS2において、いずれか1つ以上のモータ温度が推奨温度域を超えている場合には(Yes)、ステップS4へ進み、時間Δtのモータ温度の変化量、例えば前回フローチャート実行時に検出したモータ温度と、今回フローチャート実行時に検出したモータ温度との変化量をフローチャート実行時間で除したモータ温度変化率、を算出する。そして、算出したモータ温度変化率と、直近で検出したモータ温度とから、演算した各車輪の目標駆動力を実現する通常の制御に従って4輪走行を継続した場合に、許容温度域を超えるか否か推定する。
【0024】
前方のモータ3FL,3FRおよび後方のモータ3RL,3RRの両者が許容温度域を超えると推定する場合(Yes)、ステップS5へ進み、全ての車輪の目標駆動力を一律の割合で減少側に補正し、減少補正した駆動力を実現するよう4輪走行を継続し、本制御を終了する。
【0025】
図3は、上記ステップS5で実行する目標駆動力の補正の一例を、模式的に示した平面図であり、全てのモータ3FL,3FR,3RLおよび3RRの出力を同じ割合で減少補正する。
【0026】
一方ステップS4において、前方のモータ3FL,3FRまたは後方のモータ3RL,3RRのうちいずれか一方のモータが許容温度域を超えると推定する場合には(No)、ステップS6へ進む。
【0027】
ステップS6では、許容温度域を超えると推定されたモータが、前輪2FL,2FRの駆動モータ3FL,3FRか、または後輪2RL,2RRの駆動モータ3RL,3RRかを判断する。
【0028】
前輪モータ3FL,3FRのうち、いずれか一方あるいは双方が許容温度域を超えると推定する場合には(Yes)、ステップS7へ進み、該当する前輪モータに係る前輪2FL,2FRの目標駆動力を所定値αだけ減少側に補正するよう、該当するモータの出力を速やかに減少させる。
【0029】
続くステップS8では、後輪モータ3RL,3RRの最大出力に基づき後輪2RL,2RRの最大駆動力をまず求め、これら最大駆動力と目標駆動力との差を算出し、後輪2RL,2RRの駆動力を所定値αだけ増大可能であるか否かを判断する。
【0030】
増大可能であると判断した場合(Yes)、ステップS9へ進み、左右輪のうち上記ステップS7で減少補正した側と同じ側にある後輪2RL,2RRの駆動力を、所定値αだけ増大側に補正し、4駆走行を行う。
【0031】
つまり、車輪2FL,2FR,2RL,2RRの総駆動力が、補正をしない場合のそれを維持する状態で走行を継続する。
【0032】
図4は、上記ステップS7およびS9で実行する目標駆動力の補正の一例を、模式的に示した平面図である。上記ステップS7において例えば前輪モータ3FLの出力を減少補正する場合には、上記ステップS9において後輪モータ3RLの出力を増大補正する。
【0033】
なお、上記ステップS7において左右の前輪2FL,2FRの双方を減少側に補正する場合には、ステップS9において左右の後輪2RL,2RRの目標駆動力をそれぞれ増大側に補正する。
【0034】
一方上記ステップS8において、増大不可能であると判断した場合(No)、ステップS10へ進み、左側輪および右側輪のうち上記ステップS7で減少補正した側と反対側にある後輪2RL,2RRの駆動力を所定値αだけ減少側に補正し、4駆走行を継続する。
【0035】
つまり、車輪2FL,2FR,2RL,2RRの総駆動力が補正をしない場合のそれよりも減少した状態で走行を継続する。
【0036】
図5は、上記ステップS7およびS10で実行する目標駆動力の補正の一例を、模式的に示した平面図である。上記ステップS7において例えば前輪モータ3FLの出力を減少補正する場合には、上記ステップS10において後輪モータ3RRの出力を減少補正する。
【0037】
一方ステップS6において、後輪モータ3RL,3RRのうち、いずれか一方あるいは双方が許容温度域を超えると推定する場合には(No)、ステップS11へ進み、該当する後輪モータに係る後輪2RL,2RRの目標駆動力を所定値αだけ減少側に補正するよう、該当するモータの出力を速やかに減少させる。
【0038】
続くステップS12では、前輪モータ3FL,3FRの最大出力に基づき前輪2FL,2FRの最大駆動力を算出し、前輪2FL,2FRの駆動力を所定値αだけ増大可能であるか否かを判断する。
【0039】
増大可能であると判断した場合(Yes)、ステップS13へ進み、左側輪および右側輪のうち上記ステップS11で出力を減少補正する側と同じ側にある前輪2FL,2FRの駆動力を、所定値αだけ増大補正し、4駆走行を継続する。
【0040】
つまり、車輪2FL,2FR,2RL,2RRの総駆動力が、補正をしない場合のそれを維持する状態で走行を継続する。
【0041】
なお、上記ステップS11において左右の後輪2RL,2RRの双方を減少側に補正する場合には、ステップS13において左右の前輪2FL,2FRの目標駆動力をそれぞれ増大補正する。
【0042】
一方、上記ステップS12において、増大不可能であると判断した場合(No)、ステップS14へ進み、左側輪および右側輪のうち上記ステップS11で減少補正した側と反対側にある前輪2FL,2FRの駆動力を所定値αだけ減少側に補正し、4駆走行を継続する。
【0043】
つまり、車輪2FL,2FR,2RL,2RRの総駆動力が補正をしない場合のそれよりも減少した状態で走行を継続する。
【0044】
上記ステップS9,S10,S13またはS14における車輪2FL,2FR,2RL,2RRの駆動力の補正制御の実行後は、ステップS15へ進み、温度センサ6FL,6FR,6RL,6RRからの信号を読み込み、モータ3FL,3FR,3RL,3RRの温度を検出する。
【0045】
次のステップS16では、検出したモータ温度が推奨温度域の上限値以下であるか否かを判断する。いずれのモータ温度も推奨温度域の上限値以下である場合(Yes)、ステップS17へ進み、車輪2FL,2FR,2RL,2RRの駆動力を補正しない場合の目標駆動力に一致させるよう、モータ3FL,3FR,3RL,3RRの出力補正を徐々に行って、本制御を終了する。
【0046】
一方ステップS16で、推奨温度域を超えている場合(No)、ステップS17をスキップして本制御を終了し、繰り返し制御の上記ステップS7〜S14で、目標駆動力の補正を継続する。
【0047】
図6は検出したモータ3FL,3FR,3RL,3RRの温度の時間変化と、焼け付き防止のため出力を減少補正されるモータの出力の時間変化とを対比して示すタイムチャートである。このタイムチャートに基づき本実施例の駆動制御について説明すると、時刻t1で4つのモータ温度のうち1つがモータ推奨温度域を超えた場合(上記ステップS2にてYes)、この時刻t1から時間Δt後までのモータ温度の変化量から、図中の一点鎖線で示すように当該モータ温度の上昇率を推定する。この結果当該モータ温度の推定値がモータ許容温度域の上限値を超えるため(上記ステップS4にてNo)、その後の時刻t2から時刻t3の短い時間D1で当該モータの出力を、太点線で示すように通常制御時よりも減少側に補正する(上記ステップS7およびS11)。
【0048】
当該モータの出力は時刻t3以降も継続して、減少補正されているが、その後しばらくして、時刻t4で当該モータ温度がモータ推奨温度域の上限値以下になったとき(上記ステップS16にてYes)、時刻t4から時刻t5までの長い時間D2をかけて当該モータの出力を、太点線で示すように、補正をしない場合の値(通常の制御時の出力)に戻し、車輪2FL,2FR,2RL,2RRの駆動力を補正をしない場合の目標駆動力に一致させる。
【0049】
図6では、残りのモータの目標駆動力の補正について記載を省略したが、残りのモータのうち、目標駆動力の補正を行ったモータについても、時刻t4から時刻t5までの間に、補正をしない場合の値(通常の制御時の出力)へ徐々に戻す。
【0050】
なお上記の通り、車輪の目標駆動力を絞って減少補正するときは速やかに行うため、所要時間D1は短く、車輪の目標駆動力を元に戻すときは緩やかに行うため、所要時間D2は長いものとする(D1<D2)。
【0051】
ところで、上記本実施例においては、例えば図7に示すようにモータ3FLのモータ温度が所定の許容温度域を超えると推定された時には、コントローラ5が、ステップS7においてモータ3FLの出力を減少側に補正するとともに、残りのモータ3FR,3RL,3RRの出力を上記ステップS8〜S10において通常制御、または、増大あるいは減少補正することとし、補正時の左側輪2FL,2RLの総駆動力と補正時の右側輪2FR,2RRの総駆動力との比率が、補正をしない場合の左側輪2FL,2RLの総駆動力と補正をしない場合の右側輪2FR,2RRの総駆動力との比率を維持するように、残りの車輪2FR,2RL,2RRの目標駆動力を補正するものである。
【0052】
したがって、補正直後に車体1に発生するヨーモーメントを、補正直前に車体1に発生するヨーモーメントと同一にすることが可能になり、補正直後にヨーレイトが急激に変化することを防止することができる。
【0053】
さらに、補正中の車体1のヨーレイト挙動を、補正をしない場合の車体1のヨーレイト挙動に一致させることが可能となり、従来のように車両の走行性能が変化してしまうことない。したがって、焼け付き防止のためモータの出力を減少補正することと、車両のヨーレイト挙動を維持することの両立が可能となって、運転車の操舵操作に対する直進安定性および旋回走行時の走行特性が変化するのを防止することができる。
【0054】
また従来のように、車輪の駆動力をすべて停止して走行を続けることができなくなるということがなく、自走を続行することができる。
【0055】
なお、上記ステップS7〜S14で残りの車輪の目標駆動力につき所定値αの増減補正を行う場合において、ヨーレイトセンサ7からの信号に基づき、当該目標駆動力補正をフィードバック制御により微調整することで、車体1のヨーレイト挙動の変化防止に完全を期することができる。
【0056】
また本実施例においては、焼け付き防止のためモータの出力を減少補正しつつ、図8(a),(b),(c)等の各図に示すように4駆走行を維持するものであるが、この全輪駆動モード(4WD)に限らず、図9(a),(b)等に示すような前方輪2FL,2FRを駆動する前方輪駆動モード(FF)と、図10(a),(b)等に示すような後方輪2RL,2RRを駆動する後方輪駆動モード(RR)と、図11(a),(b)等に示すような右側前方輪2FRおよび左側後方輪2RLを駆動する、あるいは図示しなかったが左側前方輪2FLおよび右側後方輪2RRを駆動する対角輪駆動モードと、をコントローラ5に設定しておき、焼け付き防止のためのモータ出力補正時には、第1に全輪駆動モードを実行し、走行設定上あるいはモータ3FL,3FR,3RL,3RRの失陥等の理由により全輪駆動モードが実行できない場合には、第2に前方輪駆動モードを実行し、以下第3に後方輪駆動モードを実行し、第4に対角輪駆動モードを実行するようにしても、車体1のヨーレイト挙動を維持することが可能であるとともに、車両の運動特性を安定サイドに設定することができ、走行安全性を高めることができる。
【0057】
ここで付言すると、全輪駆動モード(4WD)は車体1の重量配分等に応じて車輪2FL,2FR,2RL,2RRの駆動力配分を最適に決定することができるため、車両の運動特性を最も安全側に設定することができる。また、前方輪駆動モード(FF)は旋回特性がアンダーステアとなるため、車体がスピンしにくく車両の運動特性を安全側に設定することができる。また、後方輪駆動モード(RR)は旋回特性がオーバーステアとなる。
【0058】
したがって、実行する駆動モードの優先順位を、第1に全輪駆動モード(4WD)を選択し、第2に前方輪駆動モード(FF)を選択し、第3に後方輪駆動モード(RR)を選択し、第4に対角輪駆動モードを選択するよう設定するものである。
【0059】
なお、本実施例においては4つのモータ3FL,3FR,3RL,3RRにより全輪駆動モード(4WD)を実行するものであるが、本実施例以外にも2つのモータ3FL,3FRのみを搭載し、前方輪駆動モード(FF)のみを実行する車両や、あるいはまた、2つのモータ3RL,3RRのみを搭載し、後方輪駆動モード(RR)のみを実行する車両であっても、本発明によれば車体のヨーレイト挙動を維持することが可能であること勿論である。
【0060】
特に本実施例においては図4に示すように、ステップS7においてモータ3FLの出力を減少側に補正する場合には、ステップS9において残りのモータ3RLの出力を増大側に補正するものである。
【0061】
すなわち、ステップS9を選択した場合においては、−α補正された左側前方輪2FLと同じ左側にある左側後方輪2RLの目標駆動力を+α補正する。したがって、補正後の車輪2FL,2RL,2FR,2RRの総駆動力が、補正前の車輪2FL,2RL,2FR,2RRの総駆動力を維持するように残りの車輪2FR,2RL,2RRの目標駆動力を補正することが可能となり、ヨーレイト挙動の維持のみならず前後方向加速度も維持することができ、車両の走行特性が低下することなくモータの焼け付きを防止することができる。
【0062】
あるいは、後輪モータ3RLの最大出力につき余裕分がなく、ステップS9に代えてステップS10を選択した場合においては、−α補正された左側前方輪2FLと車体1に対して対角位置にある右側後方輪2RRの目標駆動力を−α補正する。
【0063】
したがって、補正後の車輪2FL,2RL,2FR,2RRの総駆動力が、補正前の車輪2FL,2RL,2FR,2RRの総駆動力を維持できず、前後方向加速度は低下するものの、補正後の左側輪2FL,2RLの駆動力合計と補正後の右側輪2FR,2RRの駆動力合計との比率が、補正前の左側輪2FL,2RLの駆動力合計と補正前の右側輪2FR,2RRの駆動力合計との比率と同一にすることができる。
【0064】
この結果、車体1に発生するヨーモーメントが変化するのを防止し、車体1のヨーレイト挙動を維持することが可能となって、車両1の旋回特性を維持しながらモータの焼け付きを防止することができる。
【0065】
特に、前方輪駆動モード(FF)や、後方輪駆動モード(RR)や、対角輪駆動モードを実行する場合、全輪駆動モード(4WD)と異なり補正前の車輪2FL,2RL,2FR,2RRの総駆動力を維持できないため、ステップS10で実行する本制御により、車体1のヨーレイト挙動を維持することができる。
【0066】
なお本実施例においては、全てのモータ3FL,3FR,3RL,3RRの焼け付きを防止する際には、ステップS5において全てのモータ3FL,3FR,3RL,3RRの出力を一律に減少側に補正することから、前後方向加速度は低下するものの、車体1のヨーレイト挙動を維持することが可能となって、車両1の旋回特性を維持しながら一部のモータの焼け付きを防止することができる。
【0067】
また、コントローラ5は、温度センサ6FL,6FR,6RL,6RRからの信号に基づき、各モータ3FL,3FR,3RL,3RRのモータ温度と、これより時間Δtだけ前に検出したモータ温度との時間変化とから、モータ温度が許容域を超えるか否かを推定することから、モータ3FL,3FR,3RL,3RRをオーバーヒートさせることなく、モータの焼け付きを防止することができる。したがって、モータ3FL,3FR,3RL,3RRの耐久性の向上を期待できる。
【0068】
さらに本実施例では、焼け付き防止のため出力を減少補正したモータの温度が、推奨温度域まで低下した場合には、ステップS16において、図6の時刻t4からt5までに示すように、当該減少補正されたモータの出力を通常制御時の出力に徐々に戻すものである。
【0069】
したがって、電気自動車1の走行特性の変化が緩やかなものとなり、運転者に違和感を与えることがない。
【0070】
なお本発明は、電動モータも用いて車輪を駆動する全ての車両に適用することができるものであって、モータの電源としてバッテリの他、燃料電池等を含むこと勿論である。
【符号の説明】
【0071】
1 電気自動車(車体)
2FL 左側前方の車輪
2FR 右側前方の車輪
2RL 左側後方の車輪
2RR 右側後方の車輪
3FL 左側前方車輪の駆動モータ
3FR 右側前方車輪の駆動モータ
3RL 左側後方車輪の駆動モータ
3RR 右側後方車輪の駆動モータ
5 コントローラ
6FL 左側前方車輪の駆動モータの温度センサ
6FR 右側前方車輪の駆動モータの温度センサ
6RL 左側後方車輪の駆動モータの温度センサ
6RR 右側後方車輪の駆動モータの温度センサ
7 ヨーレイトセンサ
8 バッテリ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
車輪を個々のモータで独立に駆動する車輪独立駆動式電気自動車に用いられ、該車輪の駆動力を個々に制御する駆動力制御装置において、
前記車輪のうち、少なくとも1つ以上の車輪を駆動させる駆動モードを複数設定し、該駆動モードのうちから1の駆動モードを選択して実行する駆動モード選択手段を具え、
前記複数の駆動モードに優先順位を設定し、前記モータで駆動される車輪の駆動力を減少側に補正するとともに、補正をしない場合の車両のヨーモーメントを維持するよう、残りの車輪の駆動力を補正する時には、前記駆動モード選択手段が前記優先順位に従って駆動モードを選択して実行することを特徴とする車輪独立駆動式電気自動車の駆動力制御装置。
【請求項2】
車体の前方と後方と左側と右側にそれぞれ前記車輪を具えた車輪独立駆動式電気自動車に用いられる請求項1に記載の駆動力制御装置において、
前記複数の駆動モードとは、すべての車輪を駆動する全輪駆動モードと、前方輪を駆動する前方輪駆動モードと、後方輪を駆動する後方輪駆動モードと、右側前方輪および左側後方輪を駆動する、あるいは左側前方輪および右側後方輪を駆動する対角輪駆動モードのことであり、
前記優先順位とは、第1に全輪駆動モード、第2に前方輪駆動モード、第3に後方輪駆動モード、第4に対角輪駆動モードの順で優先することを特徴とする車輪独立駆動式電気自動車の駆動力制御装置。
【請求項3】
請求項1または2のいずれか1項に記載の駆動力制御装置において、
前記補正時の車輪の総駆動力が、補正をしない場合の車輪の総駆動力を維持するよう、前記残りの車輪の駆動力を補正することを特徴とする車輪独立駆動式電気自動車の駆動力制御装置。
【請求項4】
車体の左側と右側にそれぞれ前記車輪を具えた請求項3に記載の駆動力制御装置において、
車輪の最大駆動力を算出する手段を具え、算出した最大駆動力が不足するために補正をしない場合の車輪の総駆動力を維持できない場合には、左右に配置された前記残りの車輪のうち、駆動力が減少側に補正される車輪が位置する側と反対側に位置する車輪の駆動力を、減少側に補正することを特徴とする車輪独立駆動式電気自動車の駆動力制御装置。
【請求項5】
請求項1乃至4のいずれか1項に記載の駆動力制御装置において、
前記モータの温度を検出する手段と、検出したモータ温度に基づき検出後のモータ温度を推定する温度推定手段を具え、
推定したモータ温度が、モータに熱的不具合が生じない温度範囲である許容温度域を超える時、該許容温度域を超えるモータで駆動される車輪の駆動力を減少側に補正することを特徴とする車輪独立駆動式電気自動車の駆動力制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2009−247205(P2009−247205A)
【公開日】平成21年10月22日(2009.10.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−136486(P2009−136486)
【出願日】平成21年6月5日(2009.6.5)
【分割の表示】特願2004−8986(P2004−8986)の分割
【原出願日】平成16年1月16日(2004.1.16)
【出願人】(000003997)日産自動車株式会社 (16,386)
【Fターム(参考)】