説明

車輪用転がり軸受装置の軸部材とその製造方法

【課題】成形後の研削や研磨を必要とする個所が熱間鍛造より比較的少ない冷間鍛造にて車輪用転がり軸受装置の軸部材を一体に成形するとともに、より高硬度の構造用炭素鋼を用いて、成形後の焼入れ焼き戻し処理をするべき個所を削減することができる車輪用転がり軸受装置の軸部材とその製造方法を提供する。
【解決手段】車輪用転がり軸受装置の軸部材1は、軸部10とフランジ部21と嵌合軸部30とを有し、軸部とフランジ部の境界部近傍に形成した内輪軌道面18に隣接する位置に隣接外周面19が形成され、軸部はフランジ部に近い側の大径軸部11と遠い側の小径軸部12を有し、大径軸部と小径軸部の段差部には内輪突き当て面12aが形成され、熱処理工程(H)では、焼入れ焼き戻し処理が行われ、小径軸部12の外周面と内輪突き当て面12aと隣接外周面19に焼入れ焼き戻し処理を行うことなく、内輪軌道面18に焼入れ焼き戻し処理を行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車輪用転がり軸受装置の軸部材とその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
車輪用転がり軸受装置に用いられるハブホイールとしての車輪用転がり軸受装置の軸部材、及び当該車輪用転がり軸受装置の軸部材を製造する方法においては、例えば特許文献1〜3に開示されている。
特許文献1に開示された、図6(A)及び(B)に示す従来の車輪用転がり軸受装置の軸部材106の製造方法では、冷間鍛造にて比較的低荷重の側方押し出し成形にて、放射状に延出した複数のフランジ部107を軸部105と一体的に成形している。図6(A)に示すように、特許文献1に記載された車輪用転がり軸受装置の軸部材106の冷間鍛造では、(a)の中実状の丸棒部材に前方押出し成形を施して(b)の形状の軸状部材130aを成形する。そして軸状部材130aの頭部をヘディングして外径がほぼφD(嵌合軸部の外径)となるまで潰して(c)の形状の軸部素材130bを成形し、さらに側方押出し成形を施して(d)の形状の車輪用転がり軸受装置の軸部材106を成形している。
また、特許文献2に開示された、図6(C)に示す従来の車輪用転がり軸受装置201では、炭素含有量が比較的高い炭素鋼(0.45質量%以上0.75質量%以下)を素材として、当該素材を軟化焼鈍処理して冷間鍛造にて車輪用転がり軸受装置の軸部材206を成形している。そして車輪用転がり軸受装置の軸部材206の軸部205における内輪軌道面213、隣接外周面214(軸部205とフランジ部207との境界部)、内輪嵌合軸部の外周面210、を含む軸部205の外周面の全体に高周波焼入れによる硬化層222を形成している。
また、特許文献3に開示された、従来の車輪用転がり軸受装置及びその製造方法では、種々の炭素含有量の構造炭素鋼の素材を用いて熱間鍛造にて車輪用転がり軸受装置の軸部材を成形し、成形後の焼入れ焼き戻しを種々異ならせてその影響を実験した結果が表にまとめられている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2006−111070号公報
【特許文献2】特開2008−223990号公報
【特許文献3】特開2009−220795号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1に記載された従来技術では、低荷重の冷間鍛造にて、図6(A)及び(B)に示すように車輪用転がり軸受装置の軸部材106の軸部105と、フランジ部107と、嵌合軸部109とを一体に成形しているが、炭素の含有量が比較的高い構造用炭素鋼を素材とした場合では、素材の硬度が高く、フランジ部107における径方向の長さを所望する長さにすることは非常に困難である。また、特許文献1に開示された製造方法では、比較的軟らかい素材を用いて低荷重で冷間鍛造しているため、鍛造後の成形品において、応力が集中する内輪軌道面113、隣接外周面114(軸部105とフランジ部107との境界部)、内輪嵌合軸部の外周面110(図6(B)におけるクロスハッチング部分)に、焼入れ焼き戻し処理が必要となる。
また、特許文献2に記載された従来技術では、炭素の含有量が比較的高い構造用炭素鋼を素材とし、冷間鍛造の前に軟化焼鈍し処理を行ってから冷間鍛造をすることで、図6(C)に示す軸部205、フランジ部207、嵌合軸部209を一体的に成形しているが、成形後の焼入れを、軸部の外周面の全体に施して硬化層222を形成しており、この焼入れ用の設備、時間、費用がかさむ。
また、特許文献3に記載された従来技術では、構造用炭素鋼の素材を用いて熱間鍛造にて、軸部、フランジ部、嵌合軸部を一体的に成形している。熱間鍛造では素材が流動し易く低荷重で車輪用転がり軸受装置の軸部材を成形することができるが、成形品の表面粗さが冷間鍛造した場合の表面粗さよりも粗く、成形後に研削や研磨を必要とする個所が多く、研削や研磨の設備、時間、費用がかさむ。
【0005】
本発明は、このような点に鑑みて創案されたものであり、成形後の研削や研磨を必要とする個所が熱間鍛造より比較的少ない冷間鍛造にて車輪用転がり軸受装置の軸部材を一体に成形するとともに、より高硬度の構造用炭素鋼を用いて、成形後の焼入れ焼き戻し処理をするべき個所を削減することができる車輪用転がり軸受装置の軸部材とその製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するため、本発明に係る車輪用転がり軸受装置の軸部材とその製造方法は次の手段をとる。
まず、本発明の第1の発明は、外周面に内輪軌道面が形成される軸部と、前記軸部の一端側に前記軸部と同軸上に形成される嵌合軸部と、前記軸部と前記嵌合軸部との間に位置して外径方向に延出されるフランジ部と、を有する車輪用転がり軸受装置の軸部材の製造方法である。
その製造方法は、構造用炭素鋼よりなる軸状素材を焼鈍して焼鈍済軸状素材を形成する焼鈍処理工程と、前記焼鈍済軸状素材を冷間鍛造して、前記軸部と、前記嵌合軸部と、前記フランジ部と、を一体に有する冷間鍛造品を形成する冷間鍛造工程と、前記冷間鍛造品の一部を旋削して旋削済鍛造品を形成する旋削工程と、前記旋削済鍛造品の一部を熱処理して熱処理済鍛造品を形成する熱処理工程と、を有する。
そして、前記旋削済鍛造品において、前記軸部と前記フランジ部の境界部の近傍における前記軸部の外周面の一部には円周方向に連続する前記内輪軌道面が形成され、前記内輪軌道面に隣接して前記フランジ部に近い側における外周面の一部には円周方向に連続する隣接外周面が形成されており、前記軸部には、前記フランジ部に近い側に径が大きな大径軸部が形成され、前記フランジ部から遠い端部に前記大径軸部よりも小さな径の小径軸部が形成され、前記大径軸部と前記小径軸部との段差部には前記軸部の回転軸に直交する面である内輪突き当て面が形成されている。
また、前記熱処理工程では、焼入れ焼き戻し処理が行われ、前記小径軸部の外周面と前記内輪突き当て面と前記隣接外周面に前記焼入れ焼き戻し処理を行うことなく、前記内輪軌道面に前記焼入れ焼き戻し処理を行う。
【0007】
この第1の発明によれば、焼鈍処理工程において、構造用炭素鋼よりなる軸状素材を変態点温度以上の温度で加熱して焼鈍した焼鈍済軸状素材を得ることで、材料自体の延性を向上させることができる。
そして焼鈍済軸状素材は鍛造性に優れた素材となるので、冷間鍛造工程において、鍛造回数を削減し、軸部、フランジ部、嵌合軸部とを一体に有する冷間鍛造品を容易に形成することができる。
また、熱処理工程における焼入れ焼き戻し処理を施す個所を削減し、より短時間に車輪用転がり軸受装置の軸部材を製造することができる。
【0008】
次に、本発明の第2の発明は、上記第1の発明に係る車輪用転がり軸受装置の軸部材の製造方法によって製造される車輪用転がり軸受装置の軸部材であって、前記小径軸部の外周面と前記内輪突き当て面と前記隣接外周面に焼入れ焼き戻し処理が行われることなく、前記内輪軌道面に前記焼入れ焼き戻し処理が行われている。
【0009】
この第2の発明によれば、冷間鍛造工程において、鍛造回数を削減し、軸部、フランジ部、嵌合軸部とを一体に有する冷間鍛造品を容易に形成することが可能であり、熱処理工程における焼入れ焼き戻し処理を施す個所を削減し、より短時間に製造することができる車輪用転がり軸受装置の軸部材を実現することができる。
【0010】
次に、本発明の第3の発明は、上記第2の発明に係る車輪用転がり軸受装置の軸部材であって、前記内輪突き当て面は、前記小径軸部に嵌合させる円環状の内輪が突き当たる面であり、前記小径軸部に前記内輪が嵌め込まれた場合、前記小径軸部の端部がかしめられて、かしめ部と前記内輪突き当て面にて前記内輪を固定するための面であり、前記内輪突き当て面の面積は、前記焼入れ焼き戻し処理を行うことなく前記内輪を固定可能な強度を有する面積以上に設定されている。
【0011】
この第3の発明では、小径軸部の外周面と内輪突き当て面には焼入れ焼き戻し処理を行わず、内輪を嵌合してかしめ処理し、かしめ部と内輪突き当て面とで内輪を固定するが、内輪突き当て面の面積を適切なサイズとすることで、必要な強度を確保し、かしめ時における内輪突き当て面の変形を適切に防止することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明の車輪用転がり軸受装置の軸部材の製造方法にて製造された車輪用転がり軸受装置の軸部材1が車輪用転がり軸受装置Aとして組み付けられた状態を示す軸方向断面図である。
【図2】図1に示す車輪用転がり軸受装置の軸部材1をB方向から見た図である(ハブボルト27は図示省略)。
【図3】車輪用転がり軸受装置の軸部材1の軸方向断面図である。
【図4】車輪用転がり軸受装置の軸部材1の、軸部10、フランジ部21、嵌合軸部30を拡大して示す軸方向断面図である。
【図5】軸状素材60から車輪用転がり軸受装置の軸部材を成形するまでの工程(A)〜(H)による素材の形状の変化等を示す図である。
【図6】従来の車輪用転がり軸受装置の軸部材の製造方法における、各工程による素材の形状の変化を示す図(A)と、従来の車輪用転がり軸受装置101(第1例)の軸方向断面図(B)と、従来の車輪用転がり軸受装置201(第2例)の軸方向断面図(C)である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下に本発明を実施するための形態を図面を用いて説明する。図1は、本発明の車輪用転がり軸受装置の軸部材の製造方法にて製造された車輪用転がり軸受装置の軸部材1が車輪用転がり軸受装置Aとして組み付けられた状態を示す軸方向断面図を示している。
【0014】
●[車輪用転がり軸受装置の全体構造(図1)]
次に図1を用いて車輪用転がり軸受装置の全体構造について説明する。
図1に示すように、車輪用転がり軸受装置A(いわゆる車輪用ハブユニット)に採用される車輪用転がり軸受装置の軸部材1(いわゆるハブホイール)は、軸部10と、嵌合軸部30と、フランジ基部20と、フランジ部21とを一体に有している。
なお、車輪用転がり軸受装置Aが車両に取り付けられた場合、軸部10は車両内側に位置しており、嵌合軸部30は車両外側に位置しており、図1においては紙面の左方向が車両内側を示し、紙面の右方向が車両外側を示している。
【0015】
軸部10は略円柱形状であり、軸部10における嵌合軸部30と反対の側には、フランジ部21に近い側に径が大きな大径軸部11が形成され、フランジ部21から遠い端部に大径軸部11よりも小さな径の小径軸部12が形成され、大径軸部11と小径軸部12との段差部には軸部10の回転軸に直交する面である内輪突き当て面12aが形成されている。
フランジ基部20は、上記の軸部10と後述する嵌合軸部30との間に位置しており、このフランジ基部20の外周面に外径方向に放射状に延出された複数のフランジ部21(図2参照)が形成されている。また複数のフランジ部21には、車輪を締め付けるハブボルト27が圧入によって配置されるボルト孔24が貫設されている。
嵌合軸部30は、軸部10の一端側(小径軸部12と反対の側)に、軸部10と同軸上に、連続する略円筒形状に成形されており、車輪(図示省略)の中心孔が嵌め込まれる。
また嵌合軸部30には、フランジ部21側にブレーキロータ用嵌合部31が形成され、先端側にブレーキロータ用嵌合部31よりも若干小径の車輪用嵌合部32が形成されている。
またフランジ部21における嵌合軸部30の側の面であるロータ支持面22には、図1に示すようにブレーキロータ55の中心孔の周囲の面が当接する。
また図3に示すように、車輪用転がり軸受装置の軸部材1は、回転軸方向に沿って、嵌合軸部30、中間軸部23、軸部10、が同軸状に形成されている。なお中間軸部23にはフランジ基部20とフランジ部21が含まれている。
また嵌合軸部30の内径側には、凹状の鍛造凹部35が形成されている。
【0016】
図1、図3に示すように本実施の形態にて説明する車輪用転がり軸受装置の軸部材1の軸部10の大径軸部11におけるフランジ部21(フランジ基部20)との境界部の近傍における外周面の一部には、転がり軸受としての複列のアンギュラ玉軸受における一方の軸受部を構成する第1内輪軌道面18が円周方向に連続するように形成されている。
また、第1内輪軌道面18に隣接してフランジ部21に近い側における外周面の一部には、円周方向に連続する後述のシール面19(隣接外周面に相当)が形成されている。
また小径軸部12の外周面には、円周方向に連続するように形成された第2内輪軌道面44を外周面に有する内輪42が嵌め込まれる。なお内輪42は、内輪突き当て面12aに突き当たるまで嵌め込まれている。
そして、小径軸部12における内輪42からの突出部(図1中の軸端部15)は径方向外側にかしめられて、かしめ部17が形成され、かしめ部17と内輪突き当て面12aにて内輪42が固定されている。
【0017】
車輪用転がり軸受装置の軸部材1の軸部10の外周面には、環状空間を保って外輪45が配置されている。
外輪45の内周面には、車輪用転がり軸受装置の軸部材1に形成されている第1内輪軌道面18に対向する第1外輪軌道面46と、内輪42に形成されている第2内輪軌道面44に対向する第2外輪軌道面47と、が形成されている。なお、各内輪軌道面、各外輪軌道面は、それぞれの面において円周方向に連続するように形成されている。
そして第1内輪軌道面18と第1外輪軌道面46との間には、複数の第1転動体50が保持器52によって保持されて転動可能に配置され、第2内輪軌道面44と第2外輪軌道面47との間には、複数の第2転動体51が保持器53によって保持されて転動可能に配置されている。
なお、複数の第1転動体50、及び複数の第2転動体51には、小径軸部12の端部をかしめてかしめ部17を形成した際のかしめ力に基づいて、軸方向の予圧が付与されてアンギュラ玉軸受を構成している。
【0018】
また外輪45の外周面には、車体側フランジ48が一体に形成されており、当該車体側フランジは、車両の懸架装置(図示省略)に支持されたナックル、キャリア等の車体側部材の取付面にボルト等によって締結される。
また外輪45における第1外輪軌道面46に隣接する開口部の内周面には、シール部材56が圧入されて組み付けられ、当該シール部材56のリップ58の先端が、シール面19(隣接外周面に相当)に摺接(接触)して外輪45と車輪用転がり軸受装置の軸部材1との隙間をシールしている。
なお、シール面19は、第1内輪軌道面18に隣接してフランジ部21(フランジ基部20)に近い側における外周面の一部に、円周方向に連続するように形成されている。
【0019】
●[車輪用転がり軸受装置の軸部材の構造と製造方法(図2〜図5)]
次に図2〜図5を用いて、車輪用転がり軸受装置の軸部材1の構造と製造方法について説明する。
図5(A)〜(H)は軸状素材60から各工程を経て車輪用転がり軸受装置の軸部材1を成形する様子を示しており、図2〜図4は、成形した車輪用転がり軸受装置の軸部材1の形状を示している。
本実施の形態にて説明する車輪用転がり軸受装置の軸部材1は、焼鈍処理工程、被膜処理工程、冷間鍛造工程、旋削工程、熱処理工程、研磨工程、を経て製造される。
まず、焼鈍処理工程に先立って、S45C、S50C、S55C等の炭素量0.5%前後の略円柱形状の構造用炭素鋼を所定長さに切断して軸状素材60を形成する(図5(A)参照)。
【0020】
[1.焼鈍処理工程(図5(B))]
焼鈍処理工程において、軸状素材60を変態点温度以上の温度(好ましくは、変態点温度よりも20℃〜70℃程度高い温度)で加熱する。
これによって、軸状素材60中の炭素成分を球状化させて球状化焼鈍することで焼鈍済軸状素材61を形成する(図5(B)参照)。この焼鈍済軸状素材61は、これ自体の材料の延性が向上する。
【0021】
[2.被膜処理工程(図5(C))]
次に被膜処理工程において、焼鈍済軸状素材61の表面に潤滑剤を被膜処理して潤滑剤被膜36を有する被膜処理済軸状素材62を形成する(図5(C)参照)。
例えば、焼鈍済軸状素材61の表面に潤滑剤としてのリン酸塩を塗布して潤滑剤被膜(リン酸塩被膜)36を有する被膜処理済軸状素材62を形成する。
被膜処理済軸状素材62は、その表面の潤滑剤被膜36によって、冷間鍛造の成形型と素材(材料)との間に生じる摩擦力を低減する。
このように、前記した焼鈍処理工程及び被膜処理工程を経た被膜処理済軸状素材62は、冷間鍛造性に優れた素材となる。
【0022】
[3.冷間鍛造工程(図5(D)、(E))]
続く冷間鍛造工程は、1次冷間鍛造工程と2次冷間鍛造工程にて構成されている。
1次冷間鍛造工程では、冷間鍛造の前方押出し加工の鍛造型装置(図示省略)を用いて、被膜処理済軸状素材62を前方押出し加工し、軸部10(大径軸部11、小径軸部12、軸端部15を含む)と、中間軸部(フランジ基部20と嵌合軸部30の一部)23と、嵌合軸部30の外径を形成し、冷間鍛造の前方押出し加工による1次冷間鍛造品63を成形する(図5(D)参照)。
【0023】
2次冷間鍛造工程では、冷間鍛造の側方押出し加工の鍛造型装置(図示省略)を用いて、1次冷間鍛造品63の嵌合軸部30の中心部端面に鍛造凹部35を形成しながら、軸部10と嵌合軸部30との間に位置する中間軸部23(フランジ基部20)の外周面に複数のフランジ部21を放射状に成形し、2次冷間鍛造品64を製作する(図5(E)参照)。
【0024】
[4.旋削工程(図5(G))]
旋削工程では、2次冷間鍛造品64の一部、例えば、フランジ部21の一側面のロータ支持面22と、嵌合軸部30の端面33とを旋削し、フランジ部21にボルト孔24を孔開け加工して旋削済鍛造品66を形成する(図5(G)参照)。
この旋削工程において、2次冷間鍛造品64の少なくとも嵌合軸部30の車輪用嵌合部32(図4参照)の潤滑剤被膜36は旋削することなく残す。
また本実施の形態では、図3、図4に示すように、フランジ部21のロータ支持面22の反対側の面と、第1内輪軌道面18の肩部に隣接して形成されたシール面19(隣接外周面に相当)と、鍛造凹部35の表面と、軸部10の小径軸部12の先端の軸端部15の端面においても潤滑剤被膜36は旋削されることなく残される。そして、潤滑剤被膜36を残した分だけ旋削加工範囲が小さくなり、旋削加工が容易に、且つ短時間となる。
本実施の形態の説明では、必要最小限の旋削としてロータ支持面22と、嵌合軸部30の端面33とを旋削したが、これらの旋削も行わず、旋削工程を省略してもよい。
【0025】
[5.熱処理工程(図5(H))]
次に、熱処理工程(焼入れ焼き戻し工程)において、旋削済鍛造品66の軸部10の第1内輪軌道面18を高周波焼入れした後、焼き戻しして熱処理済鍛造品67を形成する(図5(H)参照)。この場合、シール面19、小径軸部12の外周面、内輪突き当て面12aには、あえて高周波焼入れを行わない(図3参照)。これにより、熱処理工程の時間を短縮化することができる。なお、図3に示すように、第1内輪軌道面18の周囲には焼入れ焼き戻しによる硬化層Sが形成される。
本実施の形態では、比較的炭素量が多く高硬度の構造用炭素鋼を用いているので、シール面19の周囲である軸部10とフランジ部21(フランジ基部20)との境界部に高周波焼入れを行わなくても、必要な強度を確保することができる。また図1に示すように、小径軸部12の軸端部15をかしめたかしめ部17と内輪突き当て面12aにて内輪42を固定した際に内輪42を固定可能な強度を有するように、内輪突き当て面12aの面積が設定されている(面積が大きいほうが強度が高い)。
なお、かしめを実施する際の加圧力[N]は、内輪42と内輪突き当て面12aの座屈(変形)を防止するために、下記の関係式を満たすように設定することが好ましい。
加圧力[N]≦内輪突き当て面の面積[mm2]*500[N/mm2] (式1)
【0026】
[6.研磨工程]
研磨工程では、熱処理済鍛造品67の第1内輪軌道面18を研磨加工して車輪用転がり軸受装置の軸部材1を形成する(図3、図4参照)。
【0027】
本実施の形態にて説明した車輪用転がり軸受装置の軸部材の製造方法では、上記のように、焼鈍処理工程においてS45C、S50C、S55C等の構造用炭素鋼を変態点温度以上の温度で加熱して焼鈍済軸状素材61を形成し、続く被膜処理工程において焼鈍済軸状素材61の表面に、冷間鍛造の成形型との間に生じる摩擦力を低減する潤滑剤被膜36を施して被膜処理済軸状素材62を形成し、鍛造性に優れた素材としている。
これによって、続く冷間鍛造工程では、1次冷間鍛造工程と2次冷間鍛造工程の2回の冷間鍛造工程によって、軸部10、嵌合軸部30、複数のフランジ部21とを一体に有する冷間鍛造品(2次冷間鍛造品64)を容易に形成することができる。
【0028】
また、比較的高硬度の構造用炭素鋼を用いていることと、内輪突き当て面12aの面積を適切に設定することで、熱処理工程において軸部10の第1内輪軌道面18のみに熱処理を施し、シール面19、小径軸部12の外周面、内輪突き当て面12aには、あえて熱処理を施さないようにしても必要な強度を確保することができる。これにより、熱処理工程の時間を短縮化している。
また、本実施の形態にて説明した、車輪用転がり軸受装置の軸部材の製造方法によって製造された車輪用転がり軸受装置の軸部材1は、熱処理工程において第1内輪軌道面18のみに熱処理が施されており、必要な強度を維持しているとともに、より短時間に製造されている。
【0029】
本発明の車輪用転がり軸受装置の軸部材とその製造方法は、本実施の形態で説明した処理、工程等の製造方法、外観、構成、構造等に限定されず、本発明の要旨を変更しない範囲で種々の変更、追加、削除が可能である。
また、本実施の形態の説明に用いた数値は一例であり、この数値に限定されるものではない。
また、以上(≧)、以下(≦)、より大きい(>)、未満(<)等は、等号を含んでも含まなくてもよい。
【符号の説明】
【0030】
1 車輪用転がり軸受装置の軸部材
10 軸部
11 大径軸部
12 小径軸部
12a 内輪突き当て面
15 軸端部
17 かしめ部
18 第1内輪軌道面
19 シール面(隣接外周面)
20 フランジ基部
21 フランジ部
30 嵌合軸部
36 潤滑剤被膜
42 内輪
44 第2内輪軌道面
45 外輪
46 第1外輪軌道面
47 第2外輪軌道面
60 軸状素材
61 焼鈍済軸状素材
62 被膜処理済軸状素材
63 1次冷間鍛造品
64 2次冷間鍛造品
66 旋削済鍛造品
67 熱処理済鍛造品
A 車輪用転がり軸受装置



【特許請求の範囲】
【請求項1】
外周面に内輪軌道面が形成される軸部と、
前記軸部の一端側に前記軸部と同軸上に形成される嵌合軸部と、
前記軸部と前記嵌合軸部との間に位置して外径方向に延出されるフランジ部と、を有する車輪用転がり軸受装置の軸部材の製造方法であって、
構造用炭素鋼よりなる軸状素材を焼鈍して焼鈍済軸状素材を形成する焼鈍処理工程と、
前記焼鈍済軸状素材を冷間鍛造して、前記軸部と、前記嵌合軸部と、前記フランジ部と、を一体に有する冷間鍛造品を形成する冷間鍛造工程と、
前記冷間鍛造品の一部を旋削して旋削済鍛造品を形成する旋削工程と、
前記旋削済鍛造品の一部を熱処理して熱処理済鍛造品を形成する熱処理工程と、を有し、
前記旋削済鍛造品において、
前記軸部と前記フランジ部の境界部の近傍における前記軸部の外周面の一部には円周方向に連続する前記内輪軌道面が形成され、前記内輪軌道面に隣接して前記フランジ部に近い側における外周面の一部には円周方向に連続する隣接外周面が形成されており、
前記軸部には、前記フランジ部に近い側に径が大きな大径軸部が形成され、前記フランジ部から遠い端部に前記大径軸部よりも小さな径の小径軸部が形成され、前記大径軸部と前記小径軸部との段差部には前記軸部の回転軸に直交する面である内輪突き当て面が形成されており、
前記熱処理工程では、
焼入れ焼き戻し処理が行われ、前記小径軸部の外周面と前記内輪突き当て面と前記隣接外周面に前記焼入れ焼き戻し処理を行うことなく、前記内輪軌道面に前記焼入れ焼き戻し処理を行う、
車輪用転がり軸受装置の軸部材の製造方法。
【請求項2】
請求項1に記載の車輪用転がり軸受装置の軸部材の製造方法によって製造される車輪用転がり軸受装置の軸部材であって、
前記小径軸部の外周面と前記内輪突き当て面と前記隣接外周面に焼入れ焼き戻し処理が行われることなく、前記内輪軌道面に前記焼入れ焼き戻し処理が行われている、
車輪用転がり軸受装置の軸部材。
【請求項3】
請求項2に記載の車輪用転がり軸受装置の軸部材であって、
前記内輪突き当て面は、前記小径軸部に嵌合させる円環状の内輪が突き当たる面であり、前記小径軸部に前記内輪が嵌め込まれた場合、前記小径軸部の端部がかしめられて、かしめ部と前記内輪突き当て面にて前記内輪を固定するための面であり、
前記内輪突き当て面の面積は、前記焼入れ焼き戻し処理を行うことなく前記内輪を固定可能な強度を有する面積以上に設定されている、
車輪用転がり軸受装置の軸部材。



【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2012−184813(P2012−184813A)
【公開日】平成24年9月27日(2012.9.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−48882(P2011−48882)
【出願日】平成23年3月7日(2011.3.7)
【出願人】(000001247)株式会社ジェイテクト (7,053)
【Fターム(参考)】