説明

転がり摺動部材及び転動装置

【課題】高真空環境下のような水分やガスが十分に存在しない環境下においても優れた潤滑性を有するとともに、優れた耐摩耗性及び耐久性を有する転がり摺動部材及び転動装置を提供する。
【解決手段】深溝玉軸受の内輪1の軌道面1a,外輪2の軌道面2a,及び転動体3の転動面3aのうち少なくとも1つは、ダイヤモンドライクカーボン膜Dで覆われている。このダイヤモンドライクカーボン膜Dは、Cr,W,Ti,Si,及びNiのうち少なくとも1種の金属からなる金属層Mと、金属層Mを構成する金属と炭素との化合物からなる複合層Fと、炭素からなるカーボン層Cと、の3つの層で構成されていて、これらの3つの層は表面側からカーボン層C,複合層F,金属層Mの順に配されている。さらに、カーボン層Cには水素が含有され、カーボン層C中の炭素原子の数Cと水素原子の数Hとの比H/Cは、0.2以上0.5以下である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、潤滑性に優れる転がり摺動部材及び転動装置に関する。
【背景技術】
【0002】
ダイヤモンドライクカーボン(以降はDLCと記すこともある)は、その表面硬さがダイヤモンドに準じて高く、表面の摩擦係数は0.2以下と二硫化モリブデンやフッ素樹脂と同様に小さい。このように、DLCは特異な表面性質を有していることから、転がり摺動部材の新たな潤滑材料として注目されている。そして、化学蒸着法(CVD),プラズマCVD,イオンビーム形成法,イオン蒸着法等によりDLCを形成した軸受が、特許文献1〜6に開示されている。
【0003】
DLCは、大気中の水分やガス等を表面に吸着することにより潤滑性が向上し、摩擦係数0.2以下の優れた潤滑性となる性質を備えている。また、その構造上、塑性変形硬さが20GPa以上であるため、耐摩耗性に優れている。よって、境界潤滑環境下又は潤滑剤を使用できない環境下で且つ大気中で使用される部材の潤滑に好適である。
【0004】
ただし、高真空環境下のような水分やガスが十分に存在しない環境下では、前述の吸着作用によるDLCの潤滑性の向上が十分には期待できない。そこで、前述の吸着作用が生じなくても優れた潤滑性を有し、水分やガスが十分に存在しない高真空環境下においても潤滑剤として使用可能なDLCが求められていた。
【特許文献1】国際公開第99/14512号パンフレット
【特許文献2】特開平9−144764号公報
【特許文献3】特開2000−136828号公報
【特許文献4】特開2000−205277号公報
【特許文献5】特開2000−205279号公報
【特許文献6】特開2000−205280号公報
【特許文献7】特開2001−72986号公報
【非特許文献1】Surface and Coating Technology120-121,p548-554(1999)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
DLC中の炭素原子同士の結合には、ダイヤモンドの場合と同様のsp2 結合と、グラファイトの場合と同様のsp3 結合とがあり、sp3 結合は硬さに関係するのに対して、sp2 結合は大気中では摺動性に関係すると言われている。ただし、高真空環境下においては、ダングリングボンド(未結合手)が存在すると、接触表面が活性になり摩擦,摩耗が進行する。
【0006】
DLC膜中の水素の含有量は、DLC膜の製法や成膜条件によって大きく変化し、電気的特性,機械的特性等のDLC膜の物性にも影響を与える。そして、水素はダングリングボンドのターミネーターとしても働くことから、前述の高真空環境下における摩擦,摩耗を抑制する作用がある。特許文献7には、水素の含有量が30原子%未満であるDLC膜を摺動面に被覆した摺動部材が開示されている。
【0007】
また、プラズマCVD等の手法を用いて、ダングリングボンドを有する炭素と水素とを結合させて不活性にすることが試みられている(非特許文献1を参照)。
しかしながら、このようなDLC膜は表面硬さが十分ではなく、摩耗が進行しやすく耐久性が不十分である場合があった。
そこで、本発明は上記のような従来技術が有する問題点を解決し、高真空環境下のような水分やガスが十分に存在しない環境下においても優れた潤滑性を有するとともに、優れた耐摩耗性及び耐久性を有する転がり摺動部材及び転動装置を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記課題を解決するため、本発明は次のような構成からなる。すなわち、本発明に係る請求項1の転がり摺動部材は、他部材と転がり接触する転がり接触面がダイヤモンドライクカーボン膜で覆われており、前記転がり接触面が鋼で構成された転がり摺動部材において、前記ダイヤモンドライクカーボン膜は、Cr,W,Ti,Si,及びNiのうち少なくとも1種の金属からなる金属層と、前記金属層を構成する金属と炭素との化合物からなる複合層と、炭素からなるカーボン層と、の3つの層で構成され、これらの3つの層は表面側からカーボン層,複合層,金属層の順に配されており、前記カーボン層には水素が含有され、前記カーボン層中の炭素原子の数Cと水素原子の数Hとの比H/Cは、0.2以上0.5以下であることを特徴とする。
【0009】
また、本発明に係る請求項2の転がり摺動部材は、請求項1に記載の転がり摺動部材において、前記カーボン層中の炭素原子の数Cと水素原子の数Hとの比H/Cが、転がり接触面側から表面側に向かうに従って大きくなっていることを特徴とする。
さらに、本発明に係る請求項3の転がり摺動部材は、請求項1又は請求項2に記載の転がり摺動部材において、前記ダイヤモンドライクカーボン膜は、非平衡型マグネトロンを用いたスパッタリングにより形成されたものであり、前記複合層及び前記カーボン層の炭素供給源は固体状炭素及び炭化水素系ガスであることを特徴とする。
【0010】
さらに、本発明に係る請求項4の転動装置は、外面に軌道面を有する内方部材と、該内方部材の軌道面に対向する軌道面を有し前記内方部材の外方に配置された外方部材と、前記両軌道面間に転動自在に配された複数の転動体と、を備える転動装置において、前記内方部材,前記外方部材,及び前記転動体のうち少なくとも1つを、請求項1〜3のいずれかに記載の転がり摺動部材としたことを特徴とする。
【0011】
なお、本発明は種々の転動装置に適用することができる。例えば、転がり軸受,ボールねじ,リニアガイド装置,直動ベアリング等である。
また、本発明における内方部材とは、転動装置が転がり軸受の場合には内輪、同じくボールねじの場合にはねじ軸、同じくリニアガイド装置の場合には案内レール、同じく直動ベアリングの場合には軸をそれぞれ意味する。また、外方部材とは、転動装置が転がり軸受の場合には外輪、同じくボールねじの場合にはナット、同じくリニアガイド装置の場合にはスライダ、同じく直動ベアリングの場合には外筒をそれぞれ意味する。
【発明の効果】
【0012】
本発明の転がり摺動部材及び転動装置は、高真空環境下のような水分やガスが十分に存在しない環境下においても優れた潤滑性を有するとともに、優れた耐摩耗性及び耐久性を有する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明に係る転がり摺動部材及び転動装置の実施の形態を、図面を参照しながら詳細に説明する。図1は、本発明に係る転動装置の一実施形態である深溝玉軸受の構成を示す部分縦断面図であり、図2は、図1の深溝玉軸受のうち内輪の軌道面近傍部分を拡大して示した部分拡大断面図である。
図1の深溝玉軸受は、外周面に軌道面1aを有する内輪1と、軌道面1aに対向する軌道面2aを内周面に有する外輪2と、両軌道面1a,2a間に転動自在に配された複数の転動体3と、両軌道面1a,2a間に複数の転動体3を保持する保持器4と、を備えている。
【0014】
内輪1,外輪2,及び転動体3はSUJ2等の鋼製である。また、図2に示すように、他部材と転がり接触する転がり接触面である内輪1の軌道面1a,外輪2の軌道面2a,及び転動体3の転動面3aのうち少なくとも1つは、潤滑性を有するダイヤモンドライクカーボン膜Dで覆われている。そして、このダイヤモンドライクカーボン膜Dは、図2に示すように、Cr,W,Ti,Si,及びNiのうち少なくとも1種の金属からなる金属層Mと、金属層Mを構成する金属と炭素との化合物からなる複合層Fと、炭素(ダイヤモンドライクカーボン)からなるカーボン層Cと、の3つの層で構成されていて、これらの3つの層は表面側からカーボン層C,複合層F,金属層Mの順に配されている。さらに、カーボン層Cには水素が含有され、カーボン層C中の炭素原子の数Cと水素原子の数Hとの比H/Cは、0.2以上0.5以下である。なお、図2においては、説明の便宜上、内輪1の軌道面1aのみにダイヤモンドライクカーボン膜Dを設けた図を示してある。
【0015】
軌道面1aがダイヤモンドライクカーボン膜Dで覆われており、そのダイヤモンドライクカーボン膜Dは水素を含有するカーボン層Cを備えているので、高真空環境下のような水分やガスが十分に存在しない環境下においても優れた潤滑性を有する。これは、水素によってカーボン層C(ダイヤモンドライクカーボン膜D)の表面が不活性となり、摩擦,摩耗が抑制されるためである。このカーボン層Cの厚さは、1μm以上であることが好ましい。
【0016】
また、ダイヤモンドライクカーボン膜Dは、複合層F及び金属層Mを備えている。これらカーボン層C,複合層F,金属層Mを、スパッタリング法等の手法により連続的に形成すれば、ダイヤモンドライクカーボン膜Dと軌道面1aを構成する鋼とを強固に密着させることができる。なお、スパッタリング法において、カーボンターゲットのスパッタ効率を徐々に増加させるとともに、金属のスパッタ効率を徐々に減少させれば、3つの層を金属層M,複合層F,カーボン層Cの順に連続的に形成することが可能である。
【0017】
カーボン層C中の炭素原子の数Cと水素原子の数Hとの比H/Cは、0.2以上0.5以下である必要があるが、0.2未満であるとカーボン層Cの硬さが高く剛性が大きくなるので、相手部材の摩耗を促進するとともに、転がり接触応力に対して変形しにくくなって、その結果剥離が生じやすくなる。一方、0.5超過であるとカーボン層Cの硬さが低くなるので、ダイヤモンドライクカーボン膜Dが摩耗しやすく耐久性が不十分となるおそれがある。
【0018】
また、カーボン層C中の炭素原子の数Cと水素原子の数Hとの比H/Cは、軌道面1a側から表面側に向かうに従って大きくなっていることが好ましい。このようなカーボン層Cは、摩擦特性や耐摩耗性がより優れている。
さらに、ダイヤモンドライクカーボン膜Dは、非平衡型マグネトロンを用いたスパッタリングにより形成されたものであることが好ましい。そして、複合層F及びカーボン層Cの炭素供給源は固体状炭素及び炭化水素系ガスであることが好ましい。
【0019】
DLC中の水素の含有量を調整する方法としては、プラズマCVDやプラズマソースイオン注入法が知られているが、この方法には、金属層を形成することが困難である、金属の量と炭素の量とを連続的に変化させて前述したスパッタリング法のように複合層及び金属層を形成することができないため下地である鋼に対する密着性が不十分である、カーボン層の硬さや弾性率を制御しにくい、というような問題点がある。
【0020】
また、高真空イオンプレーティング法によるDLCの形成は、炭化水素系ガスによって水素の供給を行うことが困難であるため、問題がある。
非平衡型マグネトロンを用いたスパッタリングによれば、上記のような問題点がなく、カーボン層をスパッタリング法で形成する際に、例えば炭素供給源として固体状炭素と炭化水素系ガスとを併用すれば、カーボン層中の水素の含有量を制御することができる。炭化水素系ガスとしては、脂肪族炭化水素系ガス(例えばメタンのようなアルカン系炭化水素ガス)や芳香族炭化水素系ガスが使用可能である。
【0021】
スパッタ電力を低下させ、炭化水素系ガスの量を増加させれば、水素の含有量の多いカーボン層が得られ、逆にスパッタ電力を増加させ、炭化水素系ガスの量を減少させれば、水素の含有量の少ないカーボン層が得られる。
このように、カーボン層の形成時にアシストガスの量を任意に調整可能であり、また、スパッタ電力及びバイアス電圧もそれぞれ独立に制御でき、しかも金属層及び複合層を形成可能であることから、非平衡型マグネトロンを用いたスパッタリングによりダイヤモンドライクカーボン膜を形成することが好ましい。
【0022】
なお、本実施形態は本発明の一例を示したものであって、本発明は本実施形態に限定されるものではない。
例えば、ダイヤモンドライクカーボン膜Dは、軌道面1a,軌道面2a,及び転動体3の転動面3aのうちの少なくとも一つに被覆すれば、深溝玉軸受の耐摩耗性及び耐久性を向上させることができる。また、保持器4の表面のうち、内輪1,外輪2,転動体3と接触して摺動する摺動面(例えば転動体3と接触して摺動するポケット面4a)に、ダイヤモンドライクカーボン膜Dを被覆してもよい。すなわち、内輪1の軌道面1a,外輪2の軌道面2a,転動体3の転動面3a,及び保持器4の摺動面のうちの少なくとも一つに、ダイヤモンドライクカーボン膜Dを被覆してもよい。さらに、深溝玉軸受は、保持器4を備えていない構成としてもよい。
【0023】
さらに、本実施形態においては転動装置の例として深溝玉軸受をあげて説明したが、本発明は、他の種類の様々な転がり軸受に対して適用することができる。例えば、アンギュラ玉軸受,自動調心玉軸受,円筒ころ軸受,円すいころ軸受,針状ころ軸受,自動調心ころ軸受等のラジアル形の転がり軸受や、スラスト玉軸受,スラストころ軸受等のスラスト形の転がり軸受である。
さらに、本発明は、転がり軸受に限らず、他の種類の様々な転動装置に対して適用することができる。例えば、ボールねじ,リニアガイド装置,直動ベアリング等である。
【0024】
〔実施例〕
さらに具体的な実施例を示して、本発明を説明する。
まず、ボールオンディスク摩擦摩耗試験により、ダイヤモンドライクカーボン膜を備える転がり摺動部材の耐摩耗性を評価した。以下に、試験方法を説明する。
水平にした軸受鋼SUJ2製の試験平板の上に軸受鋼SUJ2製の試験球を載置し、試験球に試験平板を押圧する方向の圧力(面圧0.7GPa)を負荷しながら、真空環境下(真空度4×10-6Pa)において、試験球を滑り速度0.6m/sで水平方向に回転運動させた(回転運動時間は10minである)。そして、試験平板及び試験球に生じた摩耗の量を測定した。試験平板の摩耗量は、表面粗さ計により測定した摩耗深さにより評価した。また、試験球の摩耗量は、円形の摩耗痕の大きさから算出した。
【0025】
なお、試験平板は、直径62mm,厚さ7mmの円板状である。そして、試験平板の表面には厚さ3mmのダイヤモンドライクカーボン膜が被覆されており、表面粗さは0.004μmRaである。また、試験球は、直径9.52mmのボールである。さらに、該ボールオンディスク摩擦摩耗試験においては、グリース,潤滑油等の潤滑剤は使用しなかった。
【0026】
ここで、試験平板の表面にダイヤモンドライクカーボン膜を形成する方法について説明する。油分を脱脂した試験平板を株式会社神戸製鋼所製のアンバランスドマグネトロンスパッタリング装置504(以降はUBMS装置と記す)に設置し、アルゴンプラズマによるスパッタリング法を用いて、表面にボンバード処理を15分間施した。
【0027】
そして、タングステン及びクロムをターゲットとして、表面にこの2種類の金属をスパッタリングして成膜し、金属層を形成した。次に、この2種類の金属のスパッタリングを続けながら、カーボンをターゲットとした炭素のスパッタリングを開始した。このようなスパッタリングによって、前記2種類の金属と炭素とが結合した金属カーバイドからなる複合層が、金属層の上に形成された。
【0028】
さらに、前記2種類の金属のスパッタ効率を徐々に減少させながら、炭素のスパッタ効率を徐々に増加させた。この時、試験平板には負のバイアス電圧を印加した。そして、前記2種類の金属のスパッタリングを終了し、炭素のスパッタリングのみとして、複合層の上にダイヤモンドライクカーボンからなるカーボン層を形成した。
【0029】
炭素のスパッタリングのみを行いカーボン層を形成する際には、カーボンターゲットとして固体状炭素とメタンガスとを使用し、メタンガスの分圧(メタンガスの量)を制御しながらスパッタリングを行った。このようなスパッタリングにおいて、スパッタ電力とメタンガスの量とを調節することにより、カーボン層に含有される水素の量を制御することができる。例えば、スパッタ電力を低下させ、メタンガスの量を増加させれば、水素の含有量の多いカーボン層が得られ、逆にスパッタ電力を増加させ、メタンガスの量を減少させれば、水素の含有量の少ないカーボン層が得られる。
【0030】
ボールオンディスク摩擦摩耗試験の結果を、図3,4に示す。図3は、カーボン層中の水素の含有量と試験平板の摩耗深さとの関係を示すグラフであり、図4は、カーボン層中の水素の含有量と試験球の摩耗量との関係を示すグラフである。なお、両グラフに示したカーボン層中の水素の含有量とは、カーボン層中の炭素原子の数Cと水素原子の数Hとの比H/Cである。
【0031】
図3のグラフから、カーボン層中の水素の含有量が0.5以下であると、試験平板の摩耗深さが小さいことが分かる。また、図4のグラフから、カーボン層中の水素の含有量が0.2以上であると、試験球の摩耗量が小さいことが分かる。これらの結果から、カーボン層中の水素の含有量が0.2以上0.5以下であると、高真空環境下のような水分やガスが十分に存在しない環境下においても、転がり摺動部材の耐摩耗性が優れていることが分かる。
【0032】
次に、転がり接触面にダイヤモンドライクカーボン膜を被覆した転がり軸受について、高真空環境下において回転試験を行い、耐久性を評価した。以下に、試験方法を説明する。
転がり軸受を高真空環境下(真空度4×10-6Pa)に配し、アキシアル荷重50Nを負荷しながら回転速度3000rpmで回転させた。そして、メータリレーによる負荷電流が過電流に至るまでの時間を寿命とした。
【0033】
なお、この転がり軸受は内径30mm,外径62mmの深溝玉軸受であり、内輪の軌道面,外輪の軌道面,及び保持器のポケット面に、それぞれ前述のようなダイヤモンドライクカーボン膜が被覆してある。
ダイヤモンドライクカーボン膜の形成は、UBMS装置を用いて、前述とほぼ同様にして行った。ただし、カーボン層の厚さは0.8μm、複合層の厚さは1.5μmであり、金属層及び複合層の金属成分にはクロムを用いた。また、カーボン層中の炭素原子の数Cと水素原子の数Hとの比H/Cが、転がり接触面側部分と表面側部分とで異なり、転がり接触面側部分のH/Cは0.22以上0.3未満、表面側部分のH/Cは0.3以上0.5以下である。そして、カーボン層の転がり接触面側部分の硬さは20GPa以上30GPa以下であり、表面側部分の硬さは2GPa以上4GPa以下である。
【0034】
転がり軸受の回転試験の結果を、表1に示す。実施例1〜4の結果から、H/Cが0.3以上0.5以下の部分の厚さが0.7μm以上であると、カーボン層の耐摩耗性が優れ、転がり軸受が長寿命であることが分かる。また、実施例5,6の結果から、H/Cが0.22以上0.3未満の部分の厚さが0.4μm以上であると、カーボン層の耐摩耗性が優れ、転がり軸受が長寿命であることが分かる。
【0035】
【表1】

【0036】
なお、カーボン層の厚さと硬さは、スパッタリングによるダイヤモンドライクカーボン膜の成膜中に、成膜を一時中断して測定した。厚さは、マスキングにより生じた段差を表面形状測定器により測定した。また、硬さは、株式会社エリオニクス製の超微小押し込み硬さ試験機を用いて測定した。押し込み荷重20mNの条件で測定し、荷重−除荷曲線から硬さを求めることができる。ただし、厚さ1μm以下の薄膜の硬さを測定する場合には、押し込み荷重を0.4〜20mNに設定し、押し込み深さがカーボン層の厚さの範囲内とすることが好ましい。
【図面の簡単な説明】
【0037】
【図1】本発明に係る転動装置の一実施形態である深溝玉軸受の構造を示す部分縦断面図である。
【図2】図1の深溝玉軸受のうち内輪の軌道面近傍部分を拡大して示した部分拡大断面図である。
【図3】カーボン層中の水素の含有量と試験平板の摩耗深さとの関係を示すグラフである。
【図4】カーボン層中の水素の含有量と試験球の摩耗量との関係を示すグラフである。
【符号の説明】
【0038】
1 内輪
1a 軌道面
2 外輪
2a 軌道面
3 転動体
3a 転動面
D ダイヤモンドライクカーボン膜
M 金属層
F 複合層
C カーボン層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
他部材と転がり接触する転がり接触面がダイヤモンドライクカーボン膜で覆われており、前記転がり接触面が鋼で構成された転がり摺動部材において、
前記ダイヤモンドライクカーボン膜は、Cr,W,Ti,Si,及びNiのうち少なくとも1種の金属からなる金属層と、前記金属層を構成する金属と炭素との化合物からなる複合層と、炭素からなるカーボン層と、の3つの層で構成され、これらの3つの層は表面側からカーボン層,複合層,金属層の順に配されており、
前記カーボン層には水素が含有され、前記カーボン層中の炭素原子の数Cと水素原子の数Hとの比H/Cは、0.2以上0.5以下であることを特徴とする転がり摺動部材。
【請求項2】
前記カーボン層中の炭素原子の数Cと水素原子の数Hとの比H/Cが、転がり接触面側から表面側に向かうに従って大きくなっていることを特徴とする請求項1に記載の転がり摺動部材。
【請求項3】
前記ダイヤモンドライクカーボン膜は、非平衡型マグネトロンを用いたスパッタリングにより形成されたものであり、前記複合層及び前記カーボン層の炭素供給源は固体状炭素及び炭化水素系ガスであることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の転がり摺動部材。
【請求項4】
外面に軌道面を有する内方部材と、該内方部材の軌道面に対向する軌道面を有し前記内方部材の外方に配置された外方部材と、前記両軌道面間に転動自在に配された複数の転動体と、を備える転動装置において、前記内方部材,前記外方部材,及び前記転動体のうち少なくとも1つを、請求項1〜3のいずれかに記載の転がり摺動部材としたことを特徴とする転動装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2006−97871(P2006−97871A)
【公開日】平成18年4月13日(2006.4.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−287776(P2004−287776)
【出願日】平成16年9月30日(2004.9.30)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】