説明

転がり軸受

【課題】内輪内径面および内輪幅面等、軸受の外周面に化成処理被膜を形成してなり、この化成処理被膜の微細な結晶粒子間に耐摩耗性に優れる潤滑剤を充填することができ、該軸受外周面における他部材等との摩擦に起因する摩耗を防止できる転がり軸受を提供する。
【解決手段】外輪3および内輪1間に複数の円すいころ5が介在し、内輪1の内径面1cおよび内輪の幅面1a、1b、1d、1eに化成処理被膜が形成されてなる圧延機ロールネック用の転がり軸受であって、化成処理被膜の結晶粒子間に、モリブデン酸アルカリ金属塩の粒子を分散保持した潤滑剤が充填されてなり、上記潤滑剤は、界面活性剤を添加した基油中でモリブデン酸アルカリ金属塩を湿式粉砕して得られる。また、モリブデン酸アルカリ金属塩の最大粒子径が 10 μm以下であり、上記化成処理被膜が、りん酸塩被膜、特にりん酸マンガン塩被膜である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は転がり軸受、特に軸受がハウジングや回転軸にルーズフィットで取り付けられて使用されるものに関し、例えば製鉄所内圧延機設備のロール支持等に使用される転がり軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
熱間圧延機や冷間圧延機のワークロール、中間ロールに用いられるロールネック軸受としては、大荷重を支持することができる4列円すいころ軸受(特許文献1参照)、複列円すいころ軸受(特許文献2参照)や、両端部にシールを設けた密封型転がり軸受(特許文献3参照)等が使用されている。これら軸受の潤滑方法としては、グリース潤滑以外にオイルエア潤滑を使用する方法が知られている(特許文献4参照)。
【0003】
特許文献1〜特許文献3の軸受では、軸受の内輪内径面、内輪幅面の摩耗が課題とされている。例えば、通常の4列円すいころ軸受では、一対の内輪を組み合わせ、さらに3つまたは4つからなる外輪を、一対の内輪の間および内輪の軸線方向外側に一つずつ配置している構造のため、円筒状である内輪の幅面同士を突き合わせて使用すると、圧延時にロールネックより過大な力が伝達されて内輪がクリープし幅面同士がこすれて摩耗する。また、各軸受は、回転軸にルーズフィットで取り付けられて使用されるため、回転軸とのすべり摩擦等により軸受内径面が摩耗する。
【0004】
これらの摩耗等を防止するため、特許文献2および特許文献3の軸受構造では、軸受内部以外に内輪内径面および軸受幅面への給脂が必要であり、作業手間が生じるという問題がある。特許文献1では内輪同士の相対回転を禁止することで、軸受内輪同士の摩耗を防止することができるが、回転軸と摩擦接触する内輪内径面や、カラーとの接触側の内輪幅面の摩耗は防止できないという問題がある。
【0005】
また、開放タイプの軸受では、内輪端面、内径面には軸受内部の潤滑剤が供給されるが、その潤滑方法には、グリース潤滑や油(オイルエア)潤滑があり、また、供給方法も運転初期に封入したままのものや、途中給脂(給油)するものがある。
しかし、潤滑剤を途中給脂(給油)する場合、必ずしも耐摩耗性に優れた潤滑剤が供給されるとは限らない。また、途中給脂(給油)する場合の頻度によっては、その潤滑剤の効果が持続されないという問題がある。また、付帯設備であるオイルエア潤滑装置を運転するために高速の空気流の作成、潤滑油の間欠的噴射、微量の潤滑油供給調整等を行なう必要があり設備費や運転管理、保守管理費等のコストがかかる等の問題がある。
【特許文献1】特開2003−314565号公報
【特許文献2】特開2005−76746号公報
【特許文献3】特開平9−267108号公報
【特許文献4】特開2002−181283号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明はこのような問題に対処するためになされたものであり、内輪内径面および内輪幅面等、軸受の外周面に化成処理被膜を形成してなり、この化成処理被膜の微細な結晶粒子間に耐摩耗性に優れる潤滑剤を充填することができ、該軸受外周面における他部材等との摩擦に起因する摩耗を防止できる転がり軸受を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の転がり軸受は、外輪および内輪間に複数の転動体が介在し、上記内輪の内径面、上記内輪の幅面、上記外輪の外径面、および上記外輪の幅面の少なくとも一つに化成処理被膜が形成されてなる転がり軸受であって、上記化成処理被膜の結晶粒子間に、モリブデン酸アルカリ金属塩の粒子を分散保持した潤滑剤が充填されてなることを特徴とする。
特に、上記転がり軸受は、圧延機のロールを支持する軸受であることを特徴とする。
【0008】
上記潤滑剤は、界面活性剤を添加した基油中でモリブデン酸アルカリ金属塩を湿式粉砕して得られることを特徴とする。
また、上記モリブデン酸アルカリ金属塩の最大粒子径が 10 μm以下であることを特徴とする。
【0009】
上記化成処理被膜が、りん酸塩被膜であることを特徴とする。特に、該りん酸塩被膜が、りん酸マンガン塩被膜であることを特徴とする。
【0010】
圧延機のロール支持等に用いられる転がり軸受において、内輪内径面、内輪幅面等の軸受外周面に形成されたりん酸塩被膜等の結晶粒子間に、耐摩耗性に優れるモリブデン酸アルカリ金属塩を配合した潤滑剤を充填できれば、被膜が徐々に摩耗するのに伴いモリブデン酸アルカリ金属塩を他部材等との摺動面に供給できるが、りん酸塩被膜の結晶粒子の粒子径は 50μm 以下であり、結晶粒子の隙間はそれよりも小さく、モリブデン酸アルカリ金属塩の平均粒子径は一般的に 200μm 程度であることから充填ができなかった。また、モリブデン酸塩を予め粉砕等して粒子径を小さくしても、潤滑剤中で凝集しやすく、りん酸塩被膜等の結晶粒子間に充填することは困難であった。
これに対し、界面活性剤を添加した基油中でモリブデン酸アルカリ金属塩を湿式粉砕することで、潤滑剤中でのモリブデン酸アルカリ金属塩の凝集を防止でき、潤滑剤をりん酸塩被膜等の結晶粒子間に充填することが可能となった。本発明はこのような知見に基づくものである。
【発明の効果】
【0011】
本発明の転がり軸受は、内輪内径面、内輪幅面、外輪外径面、および外輪幅面の少なくとも一つに化成処理被膜を形成してなり、この化成処理被膜の結晶粒子間に、モリブデン酸アルカリ金属塩の粒子を分散保持した潤滑剤が充填されてなるので、各面の防錆性や、初期なじみ性等を向上できるとともに、結晶粒子間から各面にモリブデン酸アルカリ金属塩粒子を含む潤滑剤が被膜の摩耗に伴い徐々に放出され、長期にわたって耐摩耗性に優れる。
このため、内輪内径面と回転軸、外輪外径面とハウジング、または、内輪同士のすべり摩擦等に起因するこれらの面等での摩耗を防止でき、軸受の交換周期が長くなる。
【0012】
特に上記潤滑剤として、界面活性剤を添加した基油中でモリブデン酸アルカリ金属塩を湿式粉砕して得られる潤滑剤を用いるので、潤滑剤中のモリブデン酸アルカリ金属塩の粒子径を小さく、例えば最大粒子径で 10 μm 以下とでき、化成処理被膜の微細な結晶粒子間にも該潤滑剤を容易に充填することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明の転がり軸受は、ハウジングや回転軸にルーズフィット(隙間嵌め)で取り付けられて使用される場合等、軸受の内輪内径面、内輪幅面、外輪外径面、または外輪幅面といった軸受外周面が、取り付けられた他部材との摩擦により摩耗するような軸受を主に対象とするものである。
【0014】
本発明の転がり軸受の一実施例として、圧延機ロールネック用転がり軸受を図1に基づいて説明する。図1は圧延機ロールネック用転がり軸受の断面図である。図1に示すように、圧延機のロールネックに装着される密封型の4列円すいころ軸受12は、2列の転走面2a、2b、2c、2dを有する一対の内輪と、単列の転走面4a、4dを有する一対の外輪3a、3bおよび2列の転走面4b、4cを有する一つの外輪3cと、各内輪1の転走面2a、2d、2b、2cと外輪3a、3b、3cの転走面4a、4d、4b、4cとの間に転動自在に配された4列の円すいころ5と、円すいころ5を円周方向で所定間隔に保持する保持器6とを備え、両側の外輪3a、3bの両端部にシール部材7を装着している。各内輪1の中央部には大つば8が設けられ、軸受使用時に円すいころ5は、大つば8に案内されながら各転走面2上を転動する。
【0015】
円すいころ5は内輪1の転走面2a、2d、2b、2cと外輪の転走面4a、4d、4b、4cとの間でころがり摩擦を受け、内輪1のつば部8a、8b、8c、8d、8e、8f、8g、8hとの間ですべり摩擦を受ける。これらの摩擦を低減するためにグリースが封入されている。
また、外輪3a、3bの端部に装着されたシール部材7は、内輪1の外径面にそれぞれ摺接して軸受内部をシールしている。上記シール部材7は、両側の外輪3a、3bの端部に装着されるシールケース9a、9bと、このシールケース9a、9bの内径部に形成した環状溝10に嵌め込まれる接触形オイルシール11とからなる。
【0016】
内輪1の内径面1cおよび内輪1の幅面1a、1b、1d、1eに化成処理被膜が形成され、かつ上記化成処理被膜の結晶粒子間に、モリブデン酸アルカリ金属塩の粒子を分散保持した潤滑剤が充填されている。また、必要に応じて同様の化成処理被膜を、内輪1の転走面2a、2d、2b、2c、外輪の転走面4a、4d、4b、4c、円すいころ5の表面等に形成してもよい。本発明の潤滑剤が充填された化成処理被膜は、すべり摩擦、ころがり摩擦のいずれに対しても摩耗防止効果に優れる。
【0017】
本発明の転がり軸受である圧延機ロールネック用転がり軸受は、図1に示す四列円すいころ軸受に限定されず、複列円すい軸受等でもよく、また、それぞれ密封型、開放型のいずれであってもよい。
【0018】
本発明の転がり軸受における化成処理被膜は、内輪内径面、内輪幅面、外輪外径面、および外輪幅面の各面に適当な手段により処理液を接触させることにより、化学反応により該面に形成される。この被膜は、微結晶から構成される化合物被膜である。
化成処理方法を例示すれば、りん酸塩処理、クロメート処理等がある。本発明においては、化成処理方法としてりん酸塩処理が耐摩耗性、保油性に優れるため好ましい。また、りん酸塩処理の中でも、特にりん酸マンガン塩処理が特に好ましい。
【0019】
りん酸マンガン塩処理に用いる処理液としては、例えば、2価のマンガンイオン、鉄イオン、ニッケルイオンと、3価のりん酸イオンとからなるりん酸マンガン塩化合物の水溶液が挙げられる。この処理液を用い、母材として鉄鋼を用いた場合の被膜形成の反応過程を以下に示す。りん酸マンガン塩水溶液の第1次解離により遊離りん酸が生じ、該遊離りん酸によって金属表面の鉄が溶解する。その金属表面で水素イオン濃度が減少し、りん酸マンガン塩水溶液の解離平衡がりん酸マンガン塩生成の方向に移行し、不溶性のりん酸マンガン塩の微結晶が金属表面に析出して被膜を形成する。被膜中の結晶粒子径、被膜厚さ、被膜粗さは、使用する処理液組成等によって調整できる。
【0020】
化成処理被膜の平均結晶粒子径は、10μm〜 50μmであることが好ましい。平均結晶粒子径が 10μm 未満であると、後述する潤滑剤であっても結晶粒子の隙間に潤滑剤を充填しにくく、50μmをこえると潤滑剤の保持能力が低下するとともに、摺動等により被膜が剥がれやすくなる。
【0021】
本発明の転がり軸受を構成し、化成処理被膜の母材となる内輪、外輪、ころ等の材質としては、例えば、軸受鋼(高炭素クロム軸受鋼JIS G 4805)、肌焼鋼(JIS G 4103、4104等)、高速度鋼(AMS 6490)、ステンレス鋼(JIS G 4303)、高周波焼入鋼(JIS G 4051等)が挙げられる。
りん酸塩処理では、金属母材の表面状態が、形成される被膜の結晶粒子径等に大きく影響するため、処理前に金属表面の脱脂や、イオン交換水による洗浄を行なうことが好ましい。
【0022】
本発明の転がり軸受では、上記化成処理被膜の結晶粒子間に、モリブデン酸アルカリ金属塩の粒子を分散保持した潤滑剤が充填されてなる。潤滑剤としては、モリブデン酸アルカリ金属塩粒子を分散保持した潤滑油またはグリース等を用いることができる。
【0023】
モリブデン酸アルカリ金属塩の粒子を潤滑剤中に分散保持させる方法を以下に示す。分散剤として界面活性剤を添加した基油中でモリブデン酸アルカリ金属塩を湿式粉砕することで潤滑油組成物が得られる。該方法を用いることにより粉砕されたモリブデン酸アルカリ金属塩が、基油中において凝集することなく微粒子で分散された状態で得られる。
【0024】
本発明で用いる潤滑剤は、この潤滑油組成物そのもの、該潤滑油組成物を希釈して潤滑油としたもの、該潤滑油組成物を他の潤滑油やベースグリースに添加剤として配合したものを使用できる。該潤滑油組成物を潤滑油やグリース等に配合した場合でも、これらの中でモリブデン酸アルカリ金属塩が凝集・沈澱しにくく、モリブデン酸アルカリ金属塩が微粒子で分散保持された状態を維持できる。
【0025】
化成処理被膜の結晶粒子間への潤滑剤の充填方法としては、上記潤滑剤が満たされた含浸槽に化成処理被膜が形成された内輪、外輪等を浸漬し、被膜の結晶粒子間の毛細管作用を利用して含浸して充填する方法等が挙げられる。上述のように、これら潤滑剤中ではモリブデン酸アルカリ金属塩が微粒子(最大粒子径で 10μm 以下)で分散保持されているため、結晶粒子間へ容易に充填ができる。また、必要に応じて、上記含浸を減圧または加圧しながら行なってもよい。
【0026】
上記潤滑油組成物の製造時において界面活性剤を用いる効果については、基油中で粉砕されたモリブデン酸アルカリ金属塩の微粒子を界面活性剤で包み込み、基油中で分散させることができることである。その結果、本来基油に対して親和性のないモリブデン酸アルカリ金属塩の微粒子が界面活性剤で包み込まれて基油に対する親和性が向上するため、基油中で分散状態をより維持しやすくなり、沈澱によりモリブデン酸アルカリ金属塩添加の効果が減少することを防止できる。
【0027】
界面活性剤は一つの分子内に親水基と親油基という性質の異なる官能基を持つ。界面活性剤はその構造から、親水基が電離してイオンになるイオン性界面活性剤とイオン化しない非イオン性界面活性剤とに分けることができる。イオン性界面活性剤はさらに電離したイオンの性質によってマイナスイオンに電離する陰イオン性界面活性剤、プラスイオンに電離する陽イオン性界面活性剤、系のpHによってマイナスにもプラスにも電離する両性界面活性剤に細かく分類される。
本発明において使用する界面活性剤としては、モリブデン酸アルカリ金属塩と親和性のよい陰イオン性界面活性剤および非イオン性界面活性剤の中から選ばれた少なくとも一つの界面活性剤であることが好ましい。
【0028】
陰イオン性界面活性剤の例としては、脂肪酸塩、アルキルベンゼンスルホン酸塩、高級アルコール硫酸エステル塩、ポリオキシエチレンアルキルエーテル硫酸塩、α−スルホ脂肪酸エステル塩、α−オレフィンスルホン酸塩、アルキルりん酸エステル塩、アルカンスルホン酸塩、アシルグルタミン酸塩、イミダゾリン系化合物、ポリカルボン酸型高分子、ナフタレンスルホン酸ホルマリン縮合物等を挙げることができるが、これに限定されるものではない。
【0029】
非イオン性界面活性剤の例としては、ポリオキシエチレンアルキルエーテル、ポリオキシアルキレンアルキルエーテル、ポリオキシエチレン誘導体、ポリオキシエチレンアルキルフェノールエーテル、アルキルグルコシド、ポリオキシエチレン脂肪酸エステル、ショ糖脂肪酸エステル、ソルビタン脂肪酸エステル、グリセリン脂肪酸エステル、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル、ポリオキシエチレンソルビトール脂肪酸エステル、脂肪酸アルカノールアミド、ポリオキシエチレンアルキルアミン、ポリオキシエチレングリセリド等を挙げることができるが、これに限定されるものではない。
界面活性剤の併用には微粉化されたモリブデン酸アルカリ金属塩が基油中で凝集することを防ぐことによって、モリブデン酸アルカリ金属塩の分散状態を良好にし、かつモリブデン酸アルカリ金属塩が二次粒子として大きくなることを防ぐ効果がある。
【0030】
潤滑油組成物中に占める界面活性剤の配合割合は 0.05 重量%〜5 重量%であることが好ましい。0.05 重量%未満では微粉化されたモリブデン酸アルカリ金属塩を基油中に分散させる界面活性剤の量が不足し、モリブデン酸アルカリ金属塩微粒子の凝集や二次粒子径の増大が生じる。5 重量%をこえると微粉化されたモリブデン酸アルカリ金属塩を基油中に分散させる効果が頭打ちになりコスト的に不利になる。
【0031】
本発明に使用できるモリブデン酸アルカリ金属塩は、代表的なものとしてモリブデン酸カリウム、モリブデン酸ナトリウム、モリブデン酸リチウム等が挙げられる。モリブデン酸塩、特にモリブデン酸アルカリ金属塩は、非常に優れた耐摩耗性を有する。これは、モリブデン酸アルカリ金属塩を潤滑剤に配合すると、該潤滑剤存在下における摩擦摩耗面または摩耗により露出した鉄系金属新生面において、モリブデン酸アルカリ金属塩が反応し、摺動面に被膜を生成するためであると考えられる。
【0032】
モリブデン酸アルカリ金属塩を分散させた潤滑油組成物の製造には、上述のように湿式粉砕法を採用している。固体/粉体の一般的な粉砕方法としては、乾式と湿式とがある。乾式粉砕法とは、ドライな粉・粒体を気相や真空中で粉砕する方法である。湿式粉砕法とは、液相中で粉体を粉砕する方法である。乾式粉砕法では、粒子径分布がシャープになり分級機能を持つという利点があるが、基油などの液相に粒子が分散しにくいという欠点がある。
本発明に用いる湿式粉砕法では液相(ここでは基油)中で、液相に対して親和性のない粉体(ここではモリブデン酸アルカリ金属塩)を界面活性剤の存在下で粉砕するため、粉砕された粉体は界面活性剤に包み込まれて液相に対する親和性が向上し、結果としてモリブデン酸アルカリ金属塩の分散性が向上し凝集や沈澱が生じにくくなる。
【0033】
モリブデン酸アルカリ金属塩を粉砕させる手段は、湿式粉砕が可能な手段であればよい。湿式粉砕が可能であれば一般的な粉砕機を使用することができる。例えばボールミル、ロッドミル、遊星ミル、アトマイザーミル、ビーズミル、乳鉢、三段ロールミル、コロイドミル、コーンミル、オートフォーミル、アルティマイザー、ホモジナイザーなどを挙げることができる。また、これらを組み合わせた粉砕機でもよい。
【0034】
潤滑油組成物中のモリブデン酸アルカリ金属塩は、最大粒子径が 10μm 以下となるように上記各手段により粉砕することが好ましい。潤滑油組成物中におけるモリブデン酸アルカリ金属塩の最大粒子径が10μmをこえる場合は、化成処理被膜の結晶粒子間にモリブデン酸アルカリ金属塩の粒子を含む潤滑剤を充填しにくくなる。
化成処理被膜に充填する潤滑剤として、この潤滑油組成物を潤滑油やグリース等に配合したものを用いる場合でも、潤滑剤中でモリブデン酸アルカリ金属塩が凝集・沈澱しにくく、モリブデン酸アルカリ金属塩が、潤滑油組成物中における場合と同程度の最大粒子径で分散保持された状態を維持できる。
【0035】
潤滑油組成物の製造時において該潤滑油組成物中に占めるモリブデン酸アルカリ金属塩の配合量は、0.1 重量%〜60 重量%であることが好ましく、0.1 重量%〜50 重量%であることがさらに好ましい。0.1 重量%未満であると粉砕物(モリブデン酸アルカリ金属塩)の量が少なくなるため、粉砕しにくくなるだけでなく粉砕時間が長くなり実用的でない。また、60 重量%をこえるとモリブデン酸アルカリ金属塩を微分散させた潤滑油組成物がペースト状から固体状になり流動性を失い、粉砕や分散が困難になる。また、モリブデン酸アルカリ金属塩濃度が低い潤滑油を製造する際には、先にモリブデン酸アルカリ金属塩濃度が高い潤滑油組成物を作製し、それを希釈して所望の濃度に調整する方法を採用することができる。
【0036】
化成処理被膜に充填する潤滑剤中におけるモリブデン酸アルカリ金属塩濃度は、潤滑剤全体に対して 0.1 重量%〜20 重量%、好ましくは0.5 重量%〜10 重量%であることが好ましい。0.1 重量%未満の場合には耐摩耗性向上等の効果は期待できない。また、20 重量%をこえる場合には効果は頭打ちになりコスト的に不利になる。
【0037】
本発明の潤滑剤を構成する潤滑油組成物に用いる、または該潤滑油組成物を配合・希釈するために用いる基油としては、一般的に使用されている基油であれば特に制限なく使用できる。例えば、ナフテン系、パラフィン系、流動パラフィン、水素化脱ろう油などの鉱油、ポリアルキレングリコールなどのポリグリコール油、アルキルジフェニルエーテル、ポリフェニルエーテルなどのエーテル系合成油、ジエステル油、ポリオールエステル油などのエステル系合成油、ポリジメチルシロキサン、ポリフェニルメチルシロキサンなどのシリコーン油、GTL基油、ポリ−α−オレフィン油等の炭化水素系合成油、フッ素油等、また、これらの混合油が挙げられる。
【0038】
本発明の潤滑剤を構成するグリースは、基油に増ちょう剤を加えたものである。基油としては上述のものを挙げることができ、増ちょう剤としては、リチウム石けん、リチウムコンプレックス石けん、カルシウム石けん、カルシウムコンプレックス石けん、アルミニウム石けん、アルミニウムコンプレックス石けん等の石けん類、ジウレア化合物、ポリウレア化合物等のウレア系化合物が挙げられるが、特に限定されるものではない。
【0039】
ジウレア化合物は、例えばジイソシアネートとモノアミンの反応で得られる。ジイソシアネートとしては、フェニレンジイソシアネート、ジフェニルジイソシアネート、フェニルジイソシアネート、ジフェニルメタンジイソシアネート、オクタデカンジイソシアネート、デカンジイソシアネート、へキサンジイソシアネート等が挙げられ、モノアミンとしては、オクチルアミン、ドデシルアミン、へキサデシルアミン、オクタデシルアミン、オレイルアミン、アニリン、p-トルイジン、シクロヘキシルアミン等が挙げられる。ポリウレア化合物は、例えば、ジイソシアネートとモノアミン、ジアミンとの反応で得られる。ジイソシアネート、モノアミンとしては、ジウレア化合物の生成に用いられるものと同様のものが挙げられ、ジアミンとしては、エチレンジアミン、プロパンジアミン、ブタンジアミン、ヘキサンジアミン、オクタンジアミン、フェニレンジアミン、トリレンジアミン、キシレンジアミン等が挙げられる。
【0040】
本発明の潤滑剤は、必要に応じて公知の添加剤を含有させることができる。この添加剤として、例えば、二硫化モリブデン、グラファイト等の固体潤滑剤、アミン系、フェノール系化合物等の酸化防止剤、石油スルフォネート、ジノニルナフタレンスルフォネート、ソルビタンエステル等の錆止め剤、硫化油脂、硫化オレフィンに代表される硫黄系化合物、チオフォスフェート、チオフォスファイトに代表される硫黄−りん系化合物、トリクレジルフォスフェートに代表されるりん系化合物等の極圧剤、金属スルフォネート、金属フォスフェート等の清浄分散剤、有機モリブデン等の摩擦低減剤、ワックス系化合物、脂肪酸アミド、脂肪酸、アミン、油脂類等の油性剤、ベンゾトリアゾール等の金属不活性剤、ポリメタクリレート、ポリスチレン等の粘度指数向上剤等が挙げられる。これらを単独または 2 種類以上組合せて添加できる。
【実施例】
【0041】
潤滑油作製例1〜潤滑油作製例4および比較作製例1、比較作製例2
基油中で、モリブデン酸アルカリ金属塩と、界面活性剤とを表1に示す配合割合にて調整した。これらを乳鉢にて 72 時間粉砕させ、ペースト状のモリブデン酸塩分散潤滑油を得た。
【0042】
潤滑油作製例5および潤滑油作製例6
基油中で、モリブデン酸アルカリ金属塩と、界面活性剤とを表1に示す配合割合にて調整した。これらをアトマイザーミルにて 72 時間粉砕させ、ペースト状のモリブデン酸塩分散潤滑油を得た。
【0043】
比較作製例3
予めジェットミルにてモリブデン酸アルカリ金属塩を粉砕し、粒子径 4μm に調整した。調整したモリブデン酸アルカリ金属塩と界面活性剤とを基油中で、表1に示した配合割合にて調整・混合し、モリブデン酸塩分散潤滑油を得た。
【0044】
これらのモリブデン酸塩分散潤滑油について、以下の評価を行ない分散性や粒子径を比較した。
<最大粒子径>
得られたモリブデン酸塩分散潤滑油を脱脂して、粉砕されたモリブデン酸塩粒子の長辺を電子顕微鏡で 1000 倍の倍率にて、5 視野観察し、最も大きいものを最大粒子径として表1に併記した。
<分散度評価>
作製したモリブデン酸塩分散潤滑油をモリブデン酸塩濃度が 1 重量%になるように同種の基油で希釈した。希釈した基油を充分に撹拌した後、静置させた。24 時間後に基油内のモリブデン酸塩の分散状態を確認し、基油全体がモリブデン酸塩により白濁している状態が観察されたものを分散性に優れていると評価して「○」を、白濁状態が観察されないものを分散性に劣ると評価して「×」を、それぞれ表1に併記した。
<総合評価>
最大粒子径が 10μm 以下であり、かつ分散度評価が「○」であったものを分散性に優れていると総合評価して「◎」を、それ以外のものを分散性に劣ると総合評価して「×」を、それぞれ表1に併記した。
【0045】
【表1】

【0046】
表1に示すように、各潤滑油作製例は最大粒子径が 10μm 以下であり、かつ分散性に優れ、比較作製例は分散性に劣っていた。また、界面活性剤の存在下で湿式粉砕しなかった比較作製例3ではモリブデン酸アルカリ金属塩の分散性に劣っていた。
【0047】
実施例1〜実施例6
図1に示す圧延機ロールネック用転がり軸受を模擬した軸受試験片(材質:SNCM420、寸法:φ110×φ130×50(mm))の内輪内径面および内輪幅面にりん酸マンガン塩処理を施し被膜を形成した。処理工程としては、試験片をアセトンにより30℃で10分間超音波洗浄し、70℃で 2 分間アルカリ脱脂処理を行ない、イオン交換水で洗浄した後、表面調整剤として日本パーカーライジング社製プレパノンVMA、VMBをそれぞれ 30g 使用して40℃で 40 秒間前処理を行なった。次いで、この試験片をりん酸マンガン塩処理液により、95℃で10分間被膜処理した。
【0048】
化成処理後の平均結晶粒子径を測定したところ、30μmであった。また、結晶粒子の平均隙間幅は、6μmであった。平均結晶粒子径は、200倍の電子顕微鏡(SEM)で観察したときの2次元的サイズであり、円形状、多角形状、楕円形状等を有する結晶の約20個の平均径である。なお、楕円形状においてはその長径で表した。
【0049】
りん酸マンガン塩被膜が形成された試験片を、潤滑油作製例1〜潤滑油作製例6で作製したモリブデン酸塩分散潤滑油をモリブデン酸塩濃度が 1 重量%になるように同種の基油で希釈した各潤滑油に 10分間浸漬した。
得られた試験片(実施例1〜実施例6)を観察したところ、いずれの試験片の結晶粒子間にも潤滑油が充填されていることが確認できた。潤滑油作製例1〜潤滑油作製例6の各潤滑油ではモリブデン酸アルカリ金属塩の最大粒子径が10μm以下であり分散性に優れるため、該潤滑油がりん酸マンガン塩被膜の結晶粒子間に毛細管作用により容易に充填できたと考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0050】
本発明の転がり軸受は、内輪内径面、内輪幅面等の他部材等との摺動面に化成処理被膜を形成してなり、この化成処理被膜の結晶粒子間に、モリブデン酸アルカリ金属塩の粒子を分散保持した潤滑剤が充填されてなり、摺動面における耐摩耗性に優れるので、製鉄所内圧延機設備のロール支持に使用される圧延機ロールネック用転がり軸受等として好適に利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0051】
【図1】圧延機ロールネック用軸受の断面図である。
【符号の説明】
【0052】
1 内輪
2 内輪の転走面
3 外輪
4 外輪の転走面
5 円すいころ
6 保持器
7 シール部材
8 大つば
9 シールケース
10 環状溝
11 接触形オイルシール
12 円すいころ軸受

【特許請求の範囲】
【請求項1】
外輪および内輪間に複数の転動体が介在し、前記内輪の内径面、前記内輪の幅面、前記外輪の外径面、および前記外輪の幅面の少なくとも一つに化成処理被膜が形成されてなる転がり軸受であって、
前記化成処理被膜の結晶粒子間に、モリブデン酸アルカリ金属塩の粒子を分散保持した潤滑剤が充填されてなることを特徴とする転がり軸受。
【請求項2】
前記潤滑剤は界面活性剤を添加した基油中でモリブデン酸アルカリ金属塩を湿式粉砕して得られることを特徴とする請求項1記載の転がり軸受。
【請求項3】
前記モリブデン酸アルカリ金属塩の最大粒子径が 10μm 以下であることを特徴とする請求項1または請求項2記載の転がり軸受。
【請求項4】
前記化成処理被膜が、りん酸塩被膜であることを特徴とする請求項1、請求項2または請求項3記載の転がり軸受。
【請求項5】
前記りん酸塩被膜が、りん酸マンガン塩被膜であることを特徴とする請求項4記載の転がり軸受。
【請求項6】
前記転がり軸受は、圧延機のロールを支持する軸受であることを特徴とする請求項1ないし請求項5のいずれか一項記載の転がり軸受。

【図1】
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【公開番号】特開2008−121770(P2008−121770A)
【公開日】平成20年5月29日(2008.5.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−305478(P2006−305478)
【出願日】平成18年11月10日(2006.11.10)
【出願人】(000102692)NTN株式会社 (9,006)
【Fターム(参考)】