説明

酸化物材料、光磁気デバイス、ファラデー回転係数制御方法、磁気抵抗効果素子、磁気メモリ素子、残留磁化制御方法及び保持力制御方法

【課題】 大容量通信の需要に伴い、次世代の短波長帯通信では、青色や紫外域へと波長帯がさらに短波長化するものと考えられる。この状況に鑑み、次世代の短波長帯通信にも適した新しい磁気光学材料を提供する。
【解決手段】 アナターゼ型結晶構造を有し、Ti1-x-yCoxNbyO2(0<x+y<1,x>0,y>0)の化学式で表されることを特徴とする酸化物材料。本構成によれば、青色などの短波長領域であっても大きなファラデー回転係数を示す磁気光学効果が得られる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酸化物材料、特に磁気光学材料に関する。
【背景技術】
【0002】
光ファイバ通信は、電気信号を半導体レーザ(LD、laser diode)からの光パルス列に換え、光信号を光ファイバによって伝送し、受信端でフォトダイオードを用いて電気信号に戻す通信方法である。伝送路の送信端と受信端の間には、コネクタ、ビームスプリッタ等の多くの光回路部品が挿入され、それらの光部品の端面からの反射戻り光が発生する。戻り光は、LDの発振を不安定にし、ノイズ発生の原因になる。その対策として、戻り光をカットするための光アイソレータをLDの後に挿入することが有効である。この光アイソレータには、ファラデー効果を有する磁気光学材料が利用される。
【0003】
室温で使用可能であり、且つ大きなファラデー回転係数を有する磁気光学材料には、磁性ガーネットがある。そのファラデー回転係数は、大きいものであれば1.0×104degree/cm〜4.0×104degree/cm程度である。このような大きなファラデー回転係数を示す光の波長は、いずれも赤〜近赤外域の長波長帯(0.6μm〜1.5μm)である。これは、現在の光ファイバ通信で使用されている光の波長0.8μmや1.3〜1.5μmの長波長帯に対応するものである。
【非特許文献1】佐藤勝昭著「光と磁気」(朝倉書店)
【非特許文献2】光機能材料マニュアル編集幹事会編「光機能材料マニュアル」(オプトロニクス社)
【0004】
しかしながら、さらなる大容量通信の需要に伴い、次世代の短波長帯通信では、可視光(青色)や紫外域へと波長帯がさらに短波長化するものと考えられる。磁性ガーネット膜を用いた光アイソレータでは、この短波長域において光吸収によりその性能が劣化する。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、上述の背景技術に鑑みてなされたものであり、短波長帯にも適した新しい磁気光学材料を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
この発明によれば、上述の目的を達成するために、特許請求の範囲に記載のとおりの構成を採用している。以下、この発明を詳細に説明する。
【0007】
本発明の第1の側面は、アナターゼ型結晶構造を有し、
Ti1-x-yCoxNbyO2(0<x+y<1,x>0,y>0)の化学式で表されることを特徴とする酸化物材料にある。
【0008】
本構成によれば、青色などの短波長領域であっても大きなファラデー回転係数を示す磁気光学効果が得られる。
【0009】
本発明の第2の側面は、アナターゼ型結晶構造を有し、
Ti1-x-yCoxNbyO2(0<x+y<1,x>0,y>0)の化学式で表されることを特徴とする光磁気デバイスにある。
【0010】
本構成によれば、短波長領域で有用な磁気光学効果を奏するデバイスが得られる。
【0011】
本発明の第3の側面は、アナターゼ型結晶構造を有し、Ti1-x-yCoxNbyO20<x+y<1,x>0,y>0)の化学式で表される酸化物材料のx及びyの少なくとも一方の値を変化させることによりファラデー回転係数を制御するファラデー回転係数制御方法にある。
【0012】
本構成によれば、x及びyの少なくとも一方の値を変化させることにより、使用される条件等に応じた適切な程度のファラデー効果を奏する材料を選択することが可能となる。
【0013】
本発明の第4の側面は、アナターゼ型結晶構造を有し、
Ti1-x-yFexNbyO2(0<x+y<1,x>0,y>0)の化学式で表されることを特徴とする酸化物材料にある。
【0014】
本構成によれば、ドーピング量を変化させることで保持力(保磁力)及び残留磁化を制御できることにより、優れた強磁性材料を得ることができる。
【0015】
本発明の第5の側面は、アナターゼ型結晶構造を有し、Ti1-x-yFexNbyO2(0<x+y<1,x>0,y>0)の化学式で表される酸化物材料のx及びyの少なくとも一方の値を変化させることにより残留磁化を制御する残留磁化制御方法にある。
【0016】
本構成によれば、x及びyの少なくとも一方の値を変化させることにより、使用される条件等に応じた適切な程度の残留磁化を奏する材料を選択することが可能となる。
【0017】
本発明の第6の側面は、アナターゼ型結晶構造を有し、Ti1-x-yFexNbyO2(0<x+y<1,x>0,y>0)の化学式で表される酸化物材料のx及びyの少なくとも一方の値を変化させることにより保持力を制御する保持力制御方法にある。
【0018】
本構成によれば、x及びyの少なくとも一方の値を変化させることにより、使用される条件等に応じた適切な程度の保持力を奏する材料を選択することが可能となる。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、優れた特性を示す磁気材料が得られる。
【0020】
本発明のさらに他の目的、特徴又は利点は、後述する本発明の実施の形態や添付する図面に基づきより詳細な説明によって明らかになるであろう。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
以下、本発明の実施の形態について図面を参照しながら詳細に説明する。
【0022】
《第1の実施形態》
【0023】
図1に示すように、酸化物材料膜12は基板11上に形成される。
【0024】
基板11は、例えば基板表面11aが(100)面である(LaxSr1-x)(AlxTa1-x)O3(LSAT)(100)基板で構成される。
【0025】
なお、基板11は、LaSrAlO4(LSAO)(001)基板で構成されていてもよい。
【0026】
LSAT基板、又は特にLSAO基板であれば基板そのものが常磁性体であり、STO基板に比べて、所望の印加磁場における磁化の大きさが十分小さいため、後述するファラデー効果を測定するのに都合がよいという利点がある。また、これらの基板上に酸化物材料膜12を形成すると光磁気デバイスの小型化が図れるという利点もある。
【0027】
この基板11は、SrTiO3(STO)の単結晶基板で構成されていてもよいし、その他のペロブスカイト型結晶、もしくは類似構造を有する岩型結晶で構成されていれば他のいかなる材料で構成されていてもよい。即ち、この基板11をペロブスカイト型もしくは岩型結晶で構成することにより、アナターゼ単結晶薄膜を形成させることが可能となる。
【0028】
以下に説明する実施の形態においては、酸化物材料膜12の厚さを50nm、基板11の厚さを0.5mmとした場合を例に挙げて説明をするが、これに限定されるものではない。
【0029】
また、この基板11上に積層形成される酸化物材料膜12はTi1-x-yCoxNbyO2で構成される。このTi1-x-yCoxNbyO2は、アナターゼ(TiO2)のTiサイトをNb及びCoで置換したものである。酸化物材料膜12は、基板表面11a上にエピタキシャル成長されて形成される。
【0030】
次に、この酸化物材料膜12の作製方法につき説明をする。
【0031】
先ず、基板表面が(100)面となるように切り出したLSAT基板を、例えばダイヤモンドスラリーを使用して機械研磨する。この機械研磨では、使用するダイヤモンドスラリーの粒径を徐々に微細化してゆき、最後に粒径約0.5μmのダイヤモンドスラリーで鏡面研磨する。このとき、更にコロイダルシリカを用いて研磨することにより、表面粗さのrmsが10Å以下となるまで平坦化させてもよい。
【0032】
次に、物理気相蒸着(PVD)法に基づき、基板11のLSAT(100)面上にTi1-x-yCoxNbyO2を蒸着させる。以下の実施の形態では、かかる蒸着をパルスレーザー堆積法(Pulsed Laser Deposition: PLD法)に基づいて実行する場合につき説明をする。
【0033】
このPLD法では、例えば図2に示すようなPLD装置30を用いて酸化物材料膜12を基板11上に堆積させる。このPLD装置30は、チャンバ31内に基板11とターゲット39とを配設して構成され、またこのチャンバ31の外部において上記ターゲット39表面に対向する側に配設された光発振器32と、光発振器32により発振されたパルスレーザー光の位置を調節するための反射鏡33、レーザ光のスポット径を制御するためのレンズ34とを備え、さらにチャンバ31内へ酸素ガスを注入するためのガス供給部44とを備えて構成されている。
【0034】
チャンバ31は、適切な真空度を維持すると共に、外部からの不純物混入を防止することにより、高品質な薄膜を作製するために設けられたものである。チャンバ31内には、基板を加熱するための赤外線ランプ36が設置されている。基板温度は窓31bを介して、チャンバ31外部に設置された放射温度計37によってモニターされており、常に一定温度となるように制御されている。また、チャンバには、酸素ガスの流量を調節するための弁45が付設されている。減圧下における製膜を実現するため、チャンバ31にはターボ分子ポンプ42および圧力弁43が連結されている。チャンバ31の圧力は、酸素ガス流量調整弁45および圧力弁43を用い、例えば酸素雰囲気中において1×10-7torr〜1×10-4torrとなるように制御される。なお、ターボ分子ポンプ42には、油回転ポンプ40と逆流防止弁41が連結されており、ターボ分子ポンプ42の排気側の圧力は常に1×10-3torr以下に保たれている。
【0035】
このチャンバ31には、ターゲット39と対向する面において窓31aがさらに配設されており、窓31aを介して光発振器32からのパルスレーザー光が入射される。光発振器32は、上記パルスレーザー光として、例えばパルス周波数が1〜10Hzであり、レーザパワーが100mJ/pulseであり、波長が248nmであるKrFエキシマレーザを発振する。この発振されたパルスレーザー光は、反射鏡33およびレンズ34により焦点位置が上記ターゲット39近傍となるようにスポット調整され、窓31aを介してチャンバ31内に配設されたターゲット39表面に対して約45°の角度で入射される。
【0036】
ターゲット39は、例えばCo,Nb:TiO2焼結体で構成される。このCo,Nb:TiO2焼結体は、所望の原子比となるように秤量されたTiO2とNb2O5とCoOとの各粉末を混合し、さらにこの混合した粉末を加熱成形することにより作製される。このターゲット39は、基板11における(100)面に対してほぼ平行となるように配設される。
【0037】
また、このPLD法に基づく製膜過程は以下の通りである。
【0038】
まず、研磨した基板11をチャンバ31内に設置する。
【0039】
次に、酸素雰囲気を例えば1×10-5torr、基板温度を500℃にそれぞれ設定し、基板をモーター35により回転駆動させながら製膜を行う。さらに、ターゲット39を回転軸38を介して回転駆動させつつ、上記パルスレーザー光を断続的に照射することにより、ターゲット39表面の温度を急激に上昇させ、アブレーションプラズマを発生させる。このアブレーションプラズマ中に含まれるTi、Co、Nb、O各原子は、チャンバ31中の酸素ガスとの衝突反応等を繰り返しながら状態を徐々に変化させて基板11へ移動する。そして基板11へ到達したTi、Co、Nb、O原子を含む粒子は、そのまま基板11上の(100)面に拡散し、格子整合性の最も安定な状態で薄膜化されることになる。その結果、酸化物材料膜12が作製されることになる。
【0040】
上述のPLD法によれば、準安定相であるため構造制御が困難とされているアナターゼ型の酸化物材料膜12を形成できる。しかしながら、上述のPLD法に限定されるものではなく、例えば分子線エピタキシャル(MBE)法やスパッタリング法等、他の物理気相蒸着(PVD)法、あるいはPLD法以外の方法、例えばMOCVD法を利用した化学気相蒸着(CVD)法に基づいて作製してもよい。
【0041】
次に、上述の方法により作成されたTi1-x-yCoxNbyO2の磁気光学特性について説明する。
【0042】
図3は、Ti1-x-yCoxNbyO2(薄膜の厚さ:50nm、LSAT基板の厚さ:0.5mm)の室温におけるファラデー回転係数の印加磁場依存性を示す図である。横軸は印加磁場、縦軸はファラデー回転係数を示す。
【0043】
Coを5%及びNbを20%共添加したTiO2薄膜の場合、Coを5%及びNbを10%共添加したTiO2薄膜の場合、及び、Coを5%添加したTiO2薄膜の場合では、十分実用レベルとされている0.1×104degree/cm以上の値を満たす。
【0044】
ファラデー回転係数を無磁場下400nm近傍で示した。さらに、Coを5%及びNbを10%共添加したTiO2薄膜の場合では、ファラデー回転係数が約0.45×104degree/cmの値を示した。Nb無添加の薄膜と比べても、Coを5%及びNbを10%共添加したTiO2薄膜の場合には400nm近傍のファラデー回転係数が約2倍向上していることがわかる。
【0045】
図4は、Ti1-x-yCoxNbyO2(薄膜の厚さ:50nm、LSAT基板の厚さ:0.5mm)の室温におけるファラデー回転係数の波長依存性を示す図である。横軸は波長、縦軸はファラデー回転係数を示す。
【0046】
Coを5%及びNbを20%共添加したTiO2薄膜の場合、Coを5%及びNbを10%共添加したTiO2薄膜の場合、及び、Coを5%添加したTiO2薄膜の場合では、600nm以下において十分実用レベルとされている0.1×104degree/cm以上の値を満たすファラデー回転係数を示した。さらに、Coを5%及びNbを10%共添加したTiO2薄膜の場合では、600nm以下においてファラデー回転係数が特に向上していることがわかる。
【0047】
図5は、Co5%及びNb10%を共添加したTiO2薄膜の室温における外部透過率を示す図である。横軸は波長を、縦軸は透過率を示している。
【0048】
これによれば、260nm以上の波長の光であればこの薄膜を透過できることがわかる。また、350nm以上の光であれば70%以上の透過率を得ることができ、さらに、500nm以上の光であれば80%以上の透過率を得ることができることがわかる。つまり、この薄膜であれば、可視光域において約70〜80%の透過率を確保できることがわかる。
【0049】
上述のとおり、本実施形態で示される酸化物材料によれば、短波長領域で有用な磁気光学材料をえることができる。
【0050】
また、Nbの添加量を変化させることにより、ファラデー回転角の大きさを制御することも可能である。
【0051】
なお、Ti1-x-yCoxNbyO2のxは、0<xとすることが好ましい。0の場合には強磁性が発現しないという不都合がある可能性があるからである。より大きな自発磁化を得るため、xは0.03≦xとすることがさらに好ましい。
【0052】
Ti1-x-yCoxNbyO2のyは、0.1≦y≦0.2とすることが好ましい。0.1の場合にはファラデー回転係数が小さくなる可能性があるという不都合があり、0.2より大きい場合にはファラデー回転係数が再び小さくなる可能性があるという不都合があるからである。
【0053】
Ti1-x-yCoxNbyO2(x=0.05)のyは、0<y≦0.2とすることが好ましい。Nbが含まれない場合にはNb添加のものと比べてファラデー回転係数が小さいという不都合があり、0.2より大きい場合にはファラデー回転係数が再び小さくなる可能性があるという不都合があるからである。大きなファラデー回転係数を得るため、yは0.1≦y≦0.2の値とすることがさらに好ましい。
【0054】
近い将来、光通信で用いられると予想される光の波長は、青色や紫外光などの短波長帯に移行して行くものと予想されている。そのような状況の中、波長400nm近傍で大きなファラデー回転係数を示す光磁気デバイスとしてもこの酸化物材料は使用することができる。特に、現在実用化されている磁性ガーネット膜並に大きなファラデー回転係数が得られたことは、この酸化物材料によれば、次世代の短波長帯通信に適した光アイソレータの作製が可能となることを示している。
【0055】
本実施形態で示される酸化物材料の用途は、光アイソレータレーザ使用に限定されるものではなく、光サーキュレータ、可変光アッテネータ、光通信デバイス等の磁気光学デバイス、光磁気デバイス、光回路、非相反光学部品、非相反光学素子、アイソレータを備えた半導体レーザ、電流磁界センサ、磁区観察、磁気光学測定等にも使用できる。
【0056】
また、光アイソレータとしては、例えば、LDとアイソレータとが一体化されたモジュール、ファイバ挿入用光アイソレータ、光増幅器用光アイソレータ、偏向依存光型光アイソレータ、偏向無依存型光アイソレータ、導波路型光アイソレータが挙げられる。導波路型光アイソレータとしては、例えば、マッハツェンダー型の分岐導波路を用いたもの、リブ型導波路を用いたものがある。
【0057】
光サーキュレータとしては、偏向依存光型サーキュレータ、偏向無依存型サーキュレータでもよい。
【0058】
また、集積回路に組み込んで機能するような素子として使用してもよい。この場合には、基板と整合性を適度に合わせ、しかもエピタキシャル成長することも可能であり、製造プロセスや集積化で有利になる。
【0059】
《第2の実施形態》
【0060】
次に、上述の方法と同様の方法により作成されたTi1-x-yFexNbyO2の磁気光学特性について説明する。なお、基板11はSTO基板を使用し、酸素分圧1×10-8torr、基板温度550℃という条件下でアナターゼ型Ti1-x-yFexNbyO2を成膜し、比較のために、酸素分圧1×10-6torr、基板温度650℃という条件下でルチル型Ti1-xFexO2及びルチル型Ti1-xCoxO2を成膜した。また、Ti1-x-yFexNbyO2の成膜過程においてターゲット39は、例えばTi0.93Fe0.06Nb0.01O2焼結体で構成される。このTi0.93Fe0.06Nb0.01O2焼結体は、所望の原子比となるように秤量されたTiO2とNb2O5とFe2O3との各粉末を混合し、さらにこの混合した粉末を加熱成形することにより作製される。
【0061】
なお、LAO基板もしくはLSAT基板上においても製膜は可能である。今回STO基板を選択したのは、Co:TiO2においてSTOを用いた報告例が多いこと、加工がしやすいこと、比較的安価で高品質のものを得ることが容易であることが理由である。
【0062】
図6は、Fe6%Nb15%:TiO2及びFe6%Nb20%:TiO2とした酸化物材料膜12につき、X線回折(XRD)測定を行った結果を示す図である。この図6に示すXRDスペクトルによれば、Nb15%の場合には不純物のきわめて少ない酸化物材料膜12が安定して生成されており、Nb20%の場合にはNb酸化物の可能性がある不純物をやや含む酸化物材料膜12が生成されていることが確認できる。Nbの添加量が15%より少ない場合であってもNb15%の場合と同様に不純物のきわめて少ない酸化物材料膜12が生成される。また、多少の不純物を含む酸化物材料膜12であっても、不純物の少ない酸化物材料膜12と同様に以下に述べる磁気光学特性等の特性を示す。
【0063】
図7は、アナターゼ型Ti1-x-yFexNbyO2のカー回転角の磁場依存性をルチル型Ti0.94Fe0.06O2のカー回転角の磁場依存性と比較しつつ示す図である。測定の際の波長λは400nmである。図7中の斜体文字はルチル型を、太字はアナターゼ型を示している。Ti1-x-yFexNbyO2としては、アナターゼ型Ti0.84Fe0.06Nb0.1O2、アナターゼ型Ti0.91Fe0.06Nb0.03O2、アナターゼ型Ti0.94Fe0.06O2を使用し、比較のため、ルチル型Ti0.94Fe0.06O2のカー回転角も測定を行った。図7に示すように、カー回転角の印加磁場依存性を調べた結果、アナターゼ型Ti0.91Fe0.06Nb0.03O2を除く酸化物材料膜12においてヒステリシス曲線が観測された。このことは、アナターゼ型Ti0.91Fe0.06Nb0.03O2以外の酸化物材料膜12は強磁性であることを示している。また、Nbドープ量の増加に伴い、アナターゼ型Ti1-x-yFexNbyO2の保持力及び残留磁化が増加している。これは、Nbドープ量を変化させることによってアナターゼ型Ti1-x-yFexNbyO2の保持力及び残留磁化が制御できることを示している。ルチル型Ti1-xFexO2に比べ、アナターゼ型Ti1-x-yFexNbyO2は、Nbをドープすることが上述の方法等によれば比較的であるが容易であり、アナターゼ型Ti1-x-yFexNbyO2中のNbがキャリアとして機能し易いことも保持力制御の実現性に影響している。
【0064】
図8は、アナターゼ型Ti1-x-yFexNbyO2のカー回転角の磁場依存性をルチル型Ti0.95Co0.05O2のカー回転角の磁場依存性と比較しつつ示す図である。測定の際の波長λは400nmである。図8中の斜体文字はルチル型を、太字はアナターゼ型を示している。Ti1-x-yFexNbyO2としては、アナターゼ型Ti0.84Fe0.06Nb0.1O2、アナターゼ型Ti0.91Fe0.06Nb0.03O2、アナターゼ型Ti0.94Fe0.06O2を使用し、比較のためルチル型Ti0.95Fe0.05O2のカー回転角も測定を行った。図8によると、Ti1-x-yFexNbyO2の保持力は、ルチル型Ti1-xCoxO2の保持力の1.5倍以上の大きさに制御することも可能であることが確認できる。
【0065】
図9は、Nbドープ量を変化させた際におけるアナターゼ型Ti1-x-yFexNbyO2のカー回転角の磁場依存性を示す図である。アナターゼ型Ti1-x-yFexNbyO2としては、アナターゼ型Fe0.06NbXTi1-0.06-XO2(Fe6%Nb1%:TiO2、Fe6%Nb3%:TiO2、Fe6%Nb6%:TiO2、Fe6%Nb10%:TiO2、Fe6%Nb15%:TiO2、Fe6%Nb20%:TiO2、Fe6%Nb30%:TiO2)を使用した。また、測定の際の波長λは400nm、磁場Hは-20k〜20k(Oe)であった。各図中のテスターによる抵抗値はNb1% 10kW、Nb3% 3kW、Nb6% 500W、Nb10% 200W、Nb15% 500W、Nb20% 8kW、Nb30% 10kWの値を示している。図9によると、Nb添加量を増加するにつれてカー回転角が増大していることが確認できる。しかし図9に示されるとおり、Nb20%以上添加すると、カー回転角が減少していることがわかる。これはX線回折の結果より、過剰なNb量添加により固溶限界を超えてしまったため、Nb酸化物もしくはその他の不純物が析出したことが要因のひとつとして考えられる。よって、特に、Ti1-x-yFexNbyO2のyは、y≦15%の範囲であることが好ましい。
【0066】
図10は、アナターゼ型Ti1-x-yFexNbyO2のカー回転角の波長依存性を示す図である。アナターゼ型Ti1-x-yFexNbyO2としては、図9に示す測定の際と同様の酸化物材料膜12を使用した。ここで、一般には、可視光線に相当する電磁波の波長は、おおよそ短波長側が360nm〜400nm、長波長側が760nm〜830nmとされる。よって、図9によれば、可視光線の範囲の波長ではNbドープ量にかかわらず、安定した磁気カー効果を得ることができる。特に、Nbドープ量が3%以上の場合には長波長となってもきわめて安定した磁気カー効果を得ることができる。さらに、図10によると、波長400nm付近にてカー回転角が最大であることが確認できる。
【0067】
なお、Ti1-x-yFexNbyO2のyを、1≦y≦15の範囲とすることが好ましい。1%より小さい場合には、カー回転が起こりにくいという不都合があり、15%より大きい場合には、カー回転角が減少という不都合があるからである。また、最も大きなカー回転角を得るためには、yは10≦y≦15の値とすることがさらに好ましい。
【0068】
上述のように、Feに加えNbを共添加することによりキャリア量を増加させ、強磁性発現を試みた。その結果、Nb添加によりカー効果が出現し、カー回転角は添加量、すなわちキャリア濃度の増加とともに増大することを見出した。このことは、希薄磁性半導体の起源として、有力とされているキャリア誘起強磁性説に当てはまるものである。
【0069】
また、近年、キャリア数により磁性を制御する技術開発が盛んに行われている。しかし、本実施形態で示される酸化物材料は、室温においても磁性制御が可能であり、保持力制御も可能である点で優れた特性を有する。
【0070】
磁気カー効果は、光が磁性体表面で反射される時にその偏光面が回転する現象であり、実用的には磁区観察や光磁気メモリの再生手段に利用されることで知られてきた。しかし、この磁気カー効果は通常の磁性体ではかなり小さく、これが応用を進める上での隘路になっている。本実施形態で示される酸化物材料は、この隘路を切り開く材料にもなり得るものである。
【0071】
本実施形態で示される酸化物材料によれば、ドーピングにより保持力及び残留磁化を制御できる。よって、従来の半導体エレクトロニクスではなしえなかった磁気メモリ等のデバイスの材料を本実施形態で示される酸化物材料によれば得ることができる。保持力又は残留磁化を変調できると、これを記憶層とする不揮発性メモリを構成するとき、データの書き込みに必要な磁力を電気信号で低下させる等の効果が期待できる。
【0072】
磁気記録媒体上に磁気ヘッドにより信号を記録し再生する装置(例えば、磁気ディスク装置)として使用することも考えられる。また、レーザ光を照射しつつ、磁気ヘッドで信号を記録し、レーザ光のカー回転により記録信号を再生する磁気光記録装置もある。レーザ光による記録媒体の状態変化と、その状態変化の検出により信号を記録し再生する光ディスク装置がそれに当たる。
【0073】
本実施形態で示される酸化物材料の用途としては、例えば、磁気抵抗効果を用いるもの、正常磁気抵抗効果を用いるもの、異常磁気抵抗効果を用いるもの、異方的磁気抵抗(anisotropic magneto-resistance: AMR)効果を用いるもの、配向効果(orientation effect)を用いるもの、巨大磁気抵抗効果(GMR効果(giant magneto-resistance effect))を用いるもの、トンネル磁気抵抗効果(TMR効果(tunneling magneto-resistance effect))を用いるもの、強制効果を用いるもの、スピン注入磁化反転を用いるものを挙げることができる。
【0074】
さらに具体的には、例えば、メモリ、不揮発性メモリ、MRAM(magnetic random access memory、magneto-resistive
random access memory)、電着磁性線メモリ、センサ、磁場センサ、方位センサ、スピンコヒーレンス素子、電子・スピン・光集積回路、計算機用素子、量子コンピュータ、トンネル磁気抵抗(TMR (tunnel magneto resistance))素子、磁気ヘッド、GMRヘッド(giant magneto resistive head)、HDD再生ヘッド、トランジスタ、FET(field effect transistor)、SVT(spin-valve transistor)、MTT(magnetic tunneling transistor)、発光素子、LED(light emitting diode)、spin-LED、モーターを挙げることができる。
【0075】
さらに、Ti1-x-yCoxNbyO2と同様に、波長400nm近傍で大きなファラデー回転係数を示す光磁気デバイスとしてもこの酸化物材料は使用することができる。この酸化物材料によれば、次世代の短波長帯通信に適した光アイソレータの作製が可能となる。
【0076】
本実施形態で示される酸化物材料の用途は、光アイソレータとしての使用に限定されるものではなく、光サーキュレータ、可変光アッテネータ、光通信デバイス等の磁気光学デバイス、光磁気デバイス、光回路、非相反光学部品、非相反光学素子、アイソレータを備えた半導体レーザ、電流磁界センサ、磁区観察、磁気光学測定等にも使用できる。
【0077】
また、光アイソレータとしては、例えば、LDとアイソレータとが一体化されたモジュール、ファイバ挿入用光アイソレータ、光増幅器用光アイソレータ、偏向依存光型光アイソレータ、偏向無依存型光アイソレータ、導波路型光アイソレータが挙げられる。導波路型光アイソレータとしては、例えば、マッハツェンダー型の分岐導波路を用いたもの、リブ型導波路を用いたものがある。
【0078】
光サーキュレータとしては、偏向依存光型サーキュレータ、偏向無依存型サーキュレータでもよい。
【0079】
また、集積回路に組み込んで機能するような素子として使用してもよい。この場合には、基板と整合性を適度に合わせ、しかもエピタキシャル成長することも可能であり、製造プロセスや集積化で有利になる。
【0080】
以上、特定の実施形態を参照しながら、本発明について説明してきた。しかしながら、本発明の要旨を逸脱しない範囲で当業者が該実施形態の修正又は代用を成し得ることは自明である。すなわち、例示という形態で本発明を開示してきたのであり、本明細書の記載内容を限定的に解釈するべきではない。本発明の要旨を判断するためには、冒頭に記載した特許請求の範囲の欄を参酌すべきである。
【0081】
また、この発明の説明用の実施形態が上述の目的を達成することは明らかであるが、多くの変更や他の実施例を当業者が行うことができることも理解されるところである。特許請求の範囲、明細書、図面及び説明用の各実施形態のエレメント又はコンポーネントを他の1つまたは組み合わせとともに採用してもよい。特許請求の範囲は、かかる変更や他の実施形態をも範囲に含むことを意図されており、これらは、この発明の技術思想および技術的範囲に含まれる。
【図面の簡単な説明】
【0082】
【図1】基板上に形成された酸化物材料膜を示す図である。
【図2】PLD装置の構成につき説明するための図である。
【図3】Ti1-x-yCoxNbyO2の室温におけるファラデー回転係数の印加磁場依存性を示す図である。
【図4】Ti1-x-yCoxNbyO2の室温におけるファラデー回転係数の波長依存性を示す図である。
【図5】Co5%及びNb10%を共添加したTiO2薄膜の室温における外部透過率を示す図である。
【図6】Fe6%Nb15%:TiO2及びFe6%Nb20%:TiO2とした酸化物材料膜12につき、X線回折(XRD)測定を行った結果を示す図である。
【図7】アナターゼ型Ti1-x-yFexNbyO2のカー回転角の磁場依存性をルチル型Ti0.94Fe0.06O2のカー回転角の磁場依存性と比較しつつ示す図である。
【図8】アナターゼ型Ti1-x-yFexNbyO2のカー回転角の磁場依存性をルチル型Ti0.95Co0.05O2のカー回転角の磁場依存性と比較しつつ示す図である。
【図9】Nbドープ量を変化させた際におけるアナターゼ型Ti1-x-yFexNbyO2のカー回転角の磁場依存性を示す図である。
【図10】アナターゼ型Ti1-x-yFexNbyO2のカー回転角の波長依存性を示す図である。
【符号の説明】
【0083】
11 基板、12 酸化物材料膜、30 PLD装置、31 チャンバ、32 光発振器、33 反射鏡、34 レンズ、36 赤外線ランプ、39 ターゲット、40 油回転ポンプ、41 逆流防止弁、42 ターボ分子ポンプ、43 圧力弁、45 酸素ガス流量調整弁

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アナターゼ型結晶構造を有し、
Ti1-x-yCoxNbyO2(0<x+y<1,x>0,y>0)の化学式で表されることを特徴とする酸化物材料。
【請求項2】
アナターゼ型結晶構造を有し、
Ti1-x-yCoxNbyO2(x=0.05,0≦y≦0.2)の化学式で表されることを特徴とする酸化物材料。
【請求項3】
y=0.1であることを特徴とする請求項2記載の酸化物材料。
【請求項4】
LSAT基板上に形成されていることを特徴とする請求項1又は2記載の酸化物材料。
【請求項5】
LSAO基板上に形成されていることを特徴とする請求項1又は2記載の酸化物材料。
【請求項6】
パルスレーザー堆積法により形成することを特徴とする請求項1又は2記載の酸化物材料。
【請求項7】
アナターゼ型結晶構造を有し、
Ti1-x-yCoxNbyO2(0<x+y<1,x>0,y>0)の化学式で表されることを特徴とする光磁気デバイス。
【請求項8】
アナターゼ型結晶構造を有し、
Ti1-x-yCoxNbyO2(x=0.05,0≦y≦0.2)の化学式で表されることを特徴とする光磁気デバイス。
【請求項9】
光通信デバイスであることを特徴とする請求項7又は8記載の光磁気デバイス。
【請求項10】
光アイソレータであることを特徴とする請求項7又は8記載の光磁気デバイス。
【請求項11】
アナターゼ型結晶構造を有し、Ti1-x-yCoxNbyO2(0<x+y<1,x>0,y>0)の化学式で表される酸化物材料のx及びyの少なくとも一方の値を変化させることによりファラデー回転係数を制御するファラデー回転係数制御方法。
【請求項12】
アナターゼ型結晶構造を有し、Ti1-x-yCoxNbyO2(x=0.05,0≦y≦0.2)の化学式で表される酸化物材料のyの値を変化させることによりファラデー回転係数を制御するファラデー回転係数制御方法。
【請求項13】
アナターゼ型結晶構造を有し、
Ti1-x-yFexNbyO2(0<x+y<1,x>0,y>0)の化学式で表されることを特徴とする酸化物材料。
【請求項14】
x=0.06かつy≦0.3であることを特徴とする請求項13記載の酸化物材料。
【請求項15】
x=0.06かつy≦0.15であることを特徴とする請求項13記載の酸化物材料。
【請求項16】
STO基板上に形成されていることを特徴とする請求項13記載の酸化物材料。
【請求項17】
パルスレーザー堆積法により形成することを特徴とする請求項13記載の酸化物材料。
【請求項18】
アナターゼ型結晶構造を有し、
Ti1-x-yFexNbyO2(0<x+y<1,x>0,y>0)の化学式で表されることを特徴とする磁気抵抗効果素子。
【請求項19】
アナターゼ型結晶構造を有し、
Ti1-x-yFexNbyO2(0<x+y<1,x>0,y>0)の化学式で表されることを特徴とする磁気メモリ素子。
【請求項20】
アナターゼ型結晶構造を有し、
Ti1-x-yFexNbyO2(0<x+y<1,x>0,y>0)の化学式で表されることを特徴とする光磁気デバイス。
【請求項21】
光アイソレータであることを特徴とする請求項20記載の光磁気デバイス。
【請求項22】
アナターゼ型結晶構造を有し、Ti1-x-yFexNbyO2(0<x+y<1,x>0,y>0)の化学式で表される酸化物材料のx及びyの少なくとも一方の値を変化させることにより残留磁化を制御する残留磁化制御方法。
【請求項23】
x=0.06かつy≦0.3であることを特徴とする請求項22記載の残留磁化制御方法。
【請求項24】
x=0.06かつy≦0.15であることを特徴とする請求項22記載の残留磁化制御方法。
【請求項25】
アナターゼ型結晶構造を有し、Ti1-x-yFexNbyO2(0<x+y<1,x>0,y>0)の化学式で表される酸化物材料のx及びyの少なくとも一方の値を変化させることにより保持力を制御する保持力制御方法。
【請求項26】
x=0.06かつy≦0.3であることを特徴とする請求項25記載の保持力制御方法。
【請求項27】
x=0.06かつy≦0.15であることを特徴とする請求項25記載の保持力制御方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2006−133726(P2006−133726A)
【公開日】平成18年5月25日(2006.5.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−70287(P2005−70287)
【出願日】平成17年3月14日(2005.3.14)
【出願人】(591243103)財団法人神奈川科学技術アカデミー (271)
【Fターム(参考)】