説明

酸窒化物圧電材料及びその製造方法

【課題】強誘電性を示し、圧電特性の良好な酸窒化物圧電材料及びその製造方法を提供する。
【解決手段】下記一般式(1)で表される正方晶ペロブスカイト型酸窒化物からなり、窒素原子がc軸方向に配向している酸窒化物圧電材料。
【化1】


(式中、Aは2価の元素、BおよびB’は4価の元素を表す。xは0.35以上0.6以下、yは0.35以上0.6以下、zは0.35以上0.6以下、δ1およびδ2は−0.2以上0.2以下の数値を表す。)前記AはBa,Sr,Caから選ばれた少なくとも1種であり、BおよびB’はTi,Zr,Hf,Si,Ge,Snから選ばれた少なくとも1種である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酸窒化物圧電材料及びその製造に関し、特に鉛を含有しない圧電材料に関する。また、ペロブスカイト型酸窒化物である圧電材料に関する。
【背景技術】
【0002】
圧電材料は、アクチュエータ、超音波振動子、マイクロ電源、高圧電発生装置等の用途で、幅広く利用されている。これらに使用されている圧電体の多くは、いわゆるPZTと呼称されている材料で、鉛(Pb)、ジルコニウム(Zr)、チタン(Ti)を含む酸化物である。そのため、環境上の問題から、非鉛系酸化物圧電材料の開発が進められている。
【0003】
例えば、非鉛系酸化物として、チタン酸バリウム(BaTiO3)などが知られている。しかし、チタン酸バリウムはキュリー点が120℃と低く、その温度以上では圧電性が消失するので、ハンダ等による接合工程または車載用などの高温に曝される用途を考えると実用的でない。このようにキュリー点が低いので、非鉛系酸化物で、鉛系酸化物を代替することは実現していない。
【0004】
一方ペロブスカイト型化合物には、酸化物以外に酸窒化物が知られている。図1に示すようにc軸方向にN原子の存在する酸窒化物としてYSiONとYGeONが研究されている(非特許文献1)。これは、c軸方向にN原子が存在するため、強誘電性を有するので、高い圧電性を期待することが出来る。そして、YSiONとYGeONのc/a(単位格子のc軸長とa軸長の長さ比)は1.37、1.41と大きいのでキュリー点が非常に高いことが期待出来る。このように酸窒化物は圧電材料の有望な材料としての可能性を有している。
【非特許文献1】R.Caracas et al.,Applied Physics Letters,Vol.91,092902(2007)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、c/aの値が大きすぎる材料は構造が不安定なので、合成が困難である。例えば、c/aが1.27であるBiCoOは超高圧高温下でないと合成が出来ない。ましてや、YSiONやYGeONは、c/aが1.27よりはるかに大きく、合成が非常に困難な材料で、実際に合成された例がない。
【0006】
本発明は、かかる問題点に鑑みてなされたもので、強誘電性を示し、圧電特性の良好な酸窒化物圧電材料及びその製造方法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記の課題を解決する酸窒化物圧電材料は、下記一般式(1)で表される正方晶ペロブスカイト型酸窒化物からなり、窒素原子がc軸方向に配向していることを特徴とする。
【0008】
【化1】

【0009】
(式中、Aは2価の元素、BおよびB’は4価の元素を表す。xは0.35以上0.6以下、yは0.35以上0.6以下、zは0.35以上0.6以下、δ1およびδ2は−0.2以上0.2以下の数値を表す。)
【0010】
また、上記の課題を解決する酸窒化物圧電材料の製造方法は、上記一般式(1)で表される酸窒化物圧電材料の製造方法であって、少なくともAおよびBiを含有する形状異方性粒子を原料とし、前記形状異方性粒子を配向させる配向工程と、窒素原子を含有する雰囲気で焼結する焼結工程を有することを特徴とする。
【0011】
また、上記の課題を解決する酸窒化物圧電材料の製造方法は、上記一般式(1)で表される酸窒化物圧電材料の製造方法であって、AおよびBiを含有する形状異方性粒子と、BおよびB’を含有する酸窒化物を原料とし、前記形状異方性粒子を配向させる配向工程を有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、強誘電性を示し、圧電特性の良好な酸窒化物圧電材料及びその製造方法を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明に係る酸窒化物圧電材料は、下記一般式(1)で表される正方晶ペロブスカイト型酸窒化物からなり、窒素原子がc軸方向に配向していることを特徴とする。
【0014】
【化2】

【0015】
一般式(1)において、Aは2価の元素、BおよびB’は4価の元素を表す。xは0.35以上0.6以下、yは0.35以上0.6以下、zは0.35以上0.6以下、δ1およびδ2は−0.2以上0.2以下の数値を表す。
【0016】
一般式(1)において、Aは、Biと共にABX3型ペロブスカイト構造を形成するAサイトを占める元素を意味し、BとB’は、Bサイトを占める元素を意味する。
酸窒化物圧電材料は、組成のずれが生じるため、x、y、zは等しくならず、δは0にはならない。また、より望ましくはx=y=zであるが、x≒y>zが好ましい。zがx、yと比べ小さい理由は、窒素原子が導入されにくく、代わりに酸素が取り込まれるためである。そのような組成比でも、c/a比的には1.0を超えるために強誘電性を発現し、圧電材料となる。
【0017】
Aとしては、Ca、Sr、Ba、Pbが挙げられるが、好ましくはBa,Sr,Caである。さらに好ましくはBaである。
【0018】
BおよびB’としては、Ti,Zr,Hf,Si,Ge,Sn,Cが挙げられる。また、BおよびB’として、B11/4B53/4の組成比の場合、例えばB1=Li、Cuで、B5=Nb、Sb、Taがある。また、BおよびB’として、B32/3B61/3の組成比の場合、例えばB3=Mn、Sb、Al、Yb、In、Fe、Co、Sc、Y、Snで、B6=W、Te、Reがある。また、BおよびB’として、B21/2B61/2の組成比の場合、例えばB2=Mg,Ni,Zn,Co,Sn,Fe,Cd,Cu,Crで、B6=W、Te、Reがある。また、BおよびB’として、例えば、B31/2B51/2の組成比ではB3=Mn、Sb、Al、Yb、In、Fe、Co、Sc、Y、Snで、B5=Nb、Sb、Taがある。また、BおよびB’として、B21/3B52/3の組成比では、B2=Mg,Ni,Zn,Co,Sn,Fe,Cd,Cu,Crで、B5=Nb、Sb、Taがある。これらの内、望ましくは、Bまたは、B’としては、Ti,Zr,Hf,Si,Ge,Snである。さらに望ましくは、BとしてTiであり、B’として、Si、Ge、Snである。後述する第1の実施形態で、さらに詳しく説明する。
【0019】
本発明に係る酸窒化物圧電材料は、配向を有しても良い。
配向軸は、ミラー指数を用いて表現する。配向を有する場合の配向軸は、<100>、<110>、<111>が望ましい。
【0020】
配向を有する場合において、配向の程度は、次の(1)式で表されるロットゲーリング(Lotgering)法による平均配向度F(HKL)で表す。
F(HKL)={(P−P0)/(1−P0)}×100(%) ・・・(1)
但し、P=ΣI(HKL)/ΣI(hkl)、
P0=ΣI0(HKL)/ΣI0(hkl)。
【0021】
なお、(1)式において、ΣI(hkl)は、酸窒化物配向セラミクスについて測定されたすべての結晶面(hkl)のX線回折強度の総和である。
ΣI0(hkl)は、酸窒化物配向セラミクスと同一組成を有する酸窒化物無配向セラミクスについて測定されたすべての結晶面(hkl)のX線回折強度の総和である。
【0022】
また、ΣI(HKL)は、酸窒化物配向セラミクスについて測定された結晶学的に等価な特定の結晶面(HKL)のX線回折強度の総和である。
ΣI0(HKL)は、酸窒化物配向セラミクスと同一組成を有する酸窒化物無配向セラミクスについて測定された結晶学的に等価な特定の結晶面(HKL)のX線回折強度の総和である。
【0023】
さらに、[100]面配向度を求める場合は、(HKL)として(100)と等価な面を用いた。また、CuKα線を用いてX線回折パターンを測定した。2θが5度から72度の範囲にあるピークを計算に用いた。
【0024】
従って、結晶粒が無配向である場合には、平均配向度F(HKL)は0%となる。また、すべての結晶粒の(HKL)面が測定面に対して平行に配向している場合、平均配向度F(HKL)は100%となる。
【0025】
配向している結晶粒の割合が多くなる程、高い特性が得られる。具体的には、特定の結晶面を面配向させる場合において、高い特性を得るためには、(1)式で表される平均配向度F(HKL)は、10%以上が望ましく、より望ましくは50%以上である。さらに望ましくは90%以上である。
【0026】
セラミクスはセラミクスの理論密度に対するセラミクスの密度の割合である相対密度が高いほど、高い圧電特性及び機械特性が得られる。相対密度は80%以上が望ましい。より望ましくは90%以上であり、さらに望ましくは95%以上である。後述する第2の実施形態で、さらに詳しく説明する。
【0027】
本発明に係る酸窒化物圧電材料の製造方法は、下記一般式(1)で表される酸窒化物圧電材料の製造方法であって、少なくともAおよびBiを含有する形状異方性粒子を原料とし、前記形状異方性粒子を配向させる配向工程と、窒素原子を含有する雰囲気で焼結する焼結工程を有することを特徴とする。
【0028】
また、本発明に係る酸窒化物圧電材料の製造方法は、下記一般式(1)で表される酸窒化物圧電材料の製造方法であって、AおよびBiを含有する形状異方性粒子と、BおよびB’を含有する酸窒化物を原料とし、前記形状異方性粒子を配向させる配向工程を有することを特徴とする。
【0029】
【化3】

【0030】
(式中、Aは2価の元素、BおよびB’は4価の元素を表す。xは0.35以上0.6以下、yは0.35以上0.6以下、zは0.35以上0.6以下、δ1およびδ2は−0.2以上0.2以下の数値を表す。)
【0031】
前記配向工程において、前記形状異方性粒子をバインダーによってスラリーとし、テープキャスティングして前記形状異方性粒子を配向させることが好ましい。
前記配向工程において、一軸加圧しながら焼結して前記形状異方性粒子を配向させることが好ましい。
【0032】
(第1の実施形態)
第1の実施形態として、一般式(1)におけるAがBa、BがTi、B’がSiからなる酸窒化物に関する実施形態の説明を行う。本実施形態においては、一例として、Ba1−xBiTi1−xSi3−xについて説明を行う。
【0033】
本実施形態は、第一原理計算と呼ばれる電子状態計算のシミュレーション結果に基づくものである。まず、電子状態計算シミュレーションの概要について、以下に説明を行う。
第一原理計算とはフィッティングパラメータ等を一切使用しない電子状態計算手法の総称であり、単位格子や分子等を構成する各原子の原子番号と座標を入力するだけで、電子状態計算が可能な手法である。
【0034】
また、任意の組成比の原子を含む系の電子状態計算は、コヒーレントポテンシャル近似(Coherent Potential Approximation:CPA)と呼ばれる手法により、比較的簡単に且つ高精度に求めることが出来る。
【0035】
このCPAを用いた電子状態計算手法の一つとして、KKR−CPA(Korringa−Kohn−Rostoker Coherent Potential Approximation)法と呼ばれる計算手法がある。このKKR−CPA法のプログラムの一つが、大阪大学 赤井久純教授が開発した、「MACHIKANEYAMA2002」と呼ばれるプログラム(H & M. Akai,Korringa−Kohn−Rostoker Coherent Potential Approximation Package(H. Akai,Osaka University,2000))である。
【0036】
本実施形態で示すBa1−xBiTi1−xSi3−xの電子状態計算結果は、全て「MACHIKANEYAMA2002」を用いて行った結果である。
但し、x=0であるBaTiO及びx=1であるBiSiONの結晶構造については、「ABINIT」と呼ばれる第一原理計算パッケージプログラムによる計算より、予め別途求めている。「ABINIT」は、Cornell大学のX.Gonze教授が中心となって開発した構造最適化も可能なパッケージプログラムである。
【0037】
次に、「MACHIKANEYAMA2002」による酸窒化物の全エネルギーの計算方法及び最安定構造と酸窒化物の構成元素との相関について、以下に説明する。
ABX3型ペロブスカイト酸窒化物には2つの構造が存在する。これら2つの構造は、図1に示すように、N原子がc軸方向に存在している構造(Nc構造)と図2に示すようにN原子がab面内に存在している構造(Nab構造)である。図1に示すように酸窒化物ABO2NのAサイトの原子をA原子、Bサイトの原子をB原子とよぶ。安定構造を求めるには、A原子とB原子として、然るべき元素を選択し、Nc構造及びNab構造をそれぞれ初期構造として用意し、電子状態計算を行えばよい。係る電子状態計算から求めた安定構造における全エネルギーを、それぞれE_Nc及びE_Nabと定義する。全エネルギーの小さな方が最安定構造、他方が準安定構造であると結論出来る。
【0038】
当然のことながら、Nc構造及びNab構造のどちらが最安定構造をとるかは、どのような元素を選択するかで決定される。しかしながら、A原子及びB原子の元素と最安定構造との関係を示す指標については、これまで明確に提示されたことはなかった。本発明者らは、酸窒化物ABONの最安定構造と元素との相関について鋭意検討した結果、以下のような条件を満たす場合、Nc構造が最安定構造をとることを見出した。
【0039】
第1条件としては、A原子に3価の原子をB原子に4価の原子を選択することである。これは、図1に示すようにN原子がc軸方向に存在するとA原子面での電荷が中性になるため、N原子はc軸方向に優先的に存在するからである。一方、O原子は、B原子面に存在すると電荷が中性になるため、O原子はB原子面に優先的に存在する。
【0040】
第2条件としては、単位格子のc軸長の長さcとa軸長の長さaの比c/aが大きいことである。これは、c/a比が小さい場合、A原子面とB原子面の電子状態の干渉がおこるため、第1条件の電荷の中性効果が低減してしまうからである。
【0041】
以上の2つの条件を鑑みて、A原子としてBiを、B原子としてSiを選択した。これは、Biは3価の原子であり、Bi系酸化物は異方性が高いので、高いc/a比を期待できるためである。BiSiONにおいては、Nc構造が最安定構造であることを、電子状態計算を行って、検証した。
【0042】
表1は、Ba1−xBiTi1−xSi3−xのxとΔE=E_Nab-E_Ncとの関係を示した表である。
【0043】
【表1】

【0044】
x=1の時、つまり、BiSiONの構造は、構造最適化を含む電子状態計算を行って、求めた。BiSiONのΔEは正であるので、Nc構造が最安定構造である。また、BiSiONの結晶構造は正方晶である。この時のc/a比は、1.471であり、非常に高い。
【0045】
c/aの好ましい範囲は、前述したように1.269以下である。これは、c/aが1.27であるBiCoOは超高圧高温下でないと合成が出来ないので、c/aが1.27よりも大きいと合成が困難であるばかりは、一定のサイズを有するバルク体となり難いからである。
【0046】
BiSiONとBaTiOとを固溶させるとc/aを低下させることができる。しかし、c/aがあまり小さくなると、上述の第2条件が満たされなくなるので、Nc構造ではなくNab構造が最安定構造になってしまう。
【0047】
そこで、Nc構造が最安定構造になるc/aの臨界点を以下のように検討した。Ba1−xBiTi1−xSi3−xのa軸長、c軸長及び各原子の変位はBiSiONとBaTiOとの間でVegard則を適用して求めた。Vegard則で求めたa軸長、c軸長及び各原子の変位に対して電子状態計算を行って、ΔE=E_Nab-E_Ncを求めた。その結果を表1に示す。
【0048】
表1において、xが0.3と0.4の間で、ΔEの正負が逆転している。つまり、xが0.4以上では、Nc構造が最安定であり、xが0.3以下では、Nab構造が最安定であり、よって、臨界点はxが0.3と0.4の間にある。そこで、表1の結果を内挿すると、x=0.35が臨界点である。この時のc/aは、1.15である。
【0049】
以上より、c/aの望ましい範囲は1.15以上1.269以下であり、xの望ましい範囲は0.35以上0.6以下である。
また、前記酸窒化物が正方晶からなり、前記酸窒化物の窒素原子がc軸方向に存在することが好ましい。
xが0.5の時、電子状態計算を行って構造最適化することで、圧電定数を求めた結果、d33が73.53[C/m]となり圧電性を確認した。
【0050】
第1の実施形態の構成を有する酸窒化物は、例えば、以下のように粉体でも薄膜でも製造することができる。
粉体の場合、Ba0.6Bi0.4Ti0.6Si0.42.60.4は以下のように固相合成した。BaCO((株)高純度化学製、99.99%)とTiO((株)高純度化学製、99.99%)とBi((株)高純度化学製、99.999%)とSiO((株)高純度化学製、99.999%)を3:3:1:2のモル比でエタノール溶液に加え、遊星ボールミルを用いて、1時間混合した。Biは蒸気圧が高く、Biが不足する可能性があるので、前述のモル比よりも過剰に加えることが望ましい。
【0051】
十分乾燥した後に、図3に示すような管状雰囲気炉を用いて乾燥アンモニアガス(99.99% 流量0.5cm/s)雰囲気下で混合物の仮焼を行った。仮焼は、加熱温度:900℃から1000℃、加熱時間:80時間、昇温速度:5℃/min、降温速度:10℃/minの条件で行った。仮焼後の粉末をエタノール溶液に加え、遊星ボールミルを用いて、1時間粉砕した。
【0052】
窒素源としてアンモニアガス雰囲気を用いる以外に、原料として、SiN、TiNを用いる事も好ましい製法である。
一方、薄膜の場合、スパッタリング法、ゾルゲル法、レーザーアブレーション法、CVD法などの公知の方法を用いて容易に成膜が可能である。好ましくは、スパッタリング法である。例えばスパッタ装置による成膜の場合、Nガス、Oガス及びArガスが流入しているチャンバー内に、例えば、Bi、Ba、Ti、及びSiの金属ホルダーを用意し、それらのホルダー上にイオン源となるArビームを照射した。所望とする元素組成が得られるように成膜条件を設定し、Arビームにより叩き出された各金属をチャンバー内に備えた基板上に飛翔させることにより、目的とするBa0.6Bi0.4Ti0.6Si0.42.60.4圧電体膜を形成することが出来た。
【0053】
(第2の実施形態)
第2の実施形態として、酸窒化物において、配向軸を有することについての説明をする。
【0054】
従来の酸化物の圧電体は原料粉体を混合し、高温で焼結して製造されている。よって、図4(a)に示すように、酸化物の圧電体は焼結直後において、配向軸を持たず、分極軸方向がランダムになっている。分極軸がランダムな状態では圧電性がないので、圧電体として酸化物を使用することができない。そこで、酸化物の焼結体の両面に電圧を印加し、分極軸を揃えことで、圧電性を持たせて、使用している。当然、分極軸が揃えば、揃えるほど、圧電特性は改善される。この工程を分極と呼ぶ。酸化物の場合、図4(b)に示すように分極することでc軸が電場の方向に回転し、a軸とc軸が可換であるため、例え、初期の分極軸方向がランダムであっても、ある程度一方向に分極軸をそろえることができる。
【0055】
その一方で、配向軸を持たない酸窒化物においては、図5(a)に示すように、分極軸方向がランダムになっていると、分極を行っても、一方向に分極軸をそろえることが困難である。これは、図5(b)に示すように、分極を行っても、N原子の位置が変化せず、よって、a軸とc軸が可換ではないので、c軸が電場の方向に回転しないためである。このため、酸窒化物の焼結体は、十分な圧電性を示すことができない。
【0056】
そこで、図6に示すように、初期から分極軸方向が揃っている、つまり、配向軸を有することで、分極によって、分極軸方向を揃えることができる。よって、配向軸を有する酸窒化物は、無配向の酸窒化物と比較して、高い圧電性を有するという効果がある。
【0057】
次に、配向軸を有する酸窒化物圧電材料の製造方法について説明を行う。
配向軸を有する酸窒化物圧電材料の工程フローについて図7を用いて説明する。
まず、酸窒化物圧電材料の原料について説明する。原料として、形状異方性粒子31と等方性であるマトリクス粒子32を用いる。
【0058】
形状異方性粒子31とは、粒子の形状に異方性を持っている粒子のことであり、例えば、板状、ウィスカー、棒状などがある。板状としては、アスペクト比が3以上20以下のものである。ウィスカー、棒状としては、長軸と短軸の比が5以上100以下のものである。これらの形状異方性粒子は、ABX3型ペロブスカイト化合物以外の物を用いても良い。例えば、Bi層状化合物や、TiNOやSiNO等を用いても良いが、好ましくは、ABX3型ペロブスカイト化合物であり、Bi層状化合物である。
【0059】
後述する製造方法において、成形時に一定の方向に配向させることが容易な形状を有しているものが好ましい。形状異方性粒子は、異方性を有する方向に特定の結晶面があるので、形状異方性粒子を配列させたセラミクスは、結晶面の方向の配向を有する。
【0060】
それに対して、マトリクス粒子は等方的な形状をしている。セラミクスの密度を高めるために、形状異方性粒子よりも平均粒径が小さいことが望ましい。
形状異方性粒子とマトリクス粒子は、窒化物、もしくは、酸窒化物、もしくは酸化物のいずれかである。窒化物及び酸窒化物は、酸化物を窒化することで得られる。
【0061】
窒化とは、原料を窒素雰囲気下、または、アンモニア雰囲気下で、原料と窒素が反応する温度よりも高く、粒成長温度よりも低い適切な加熱温度で、加熱することである。望ましくは、アンモニア雰囲気下ならば、アンモニアの反応性が良好であるため、低い加熱温度で、粒成長を抑制することができる。また窒化物を原料とすることで、原料中の窒素原子が加熱焼成下取り込まれ、ABX3のXサイトに導入される。
【0062】
この形状異方性粒子とマトリクス粒子を、所望の酸窒化物の組成になるように両粒子の組成を決定し、混合焼成する。
次に、酸窒化物圧電材料の製造工程について説明する。製造工程は、混合工程、成形工程、焼結工程から構成される。
【0063】
第一に、混合工程について説明する。混合工程とは、形状異方性粒子と、マトリクス粒子とを混合する工程である。混合工程においては、1種類の形状異方性粒子を用いても良く、あるいは、2種以上を組み合わせて用いても良い。
【0064】
また、混合工程においては、所定の比率で配合された形状異方性粒子及びマトリクス粒子に対して、さらに、焼結助剤(例えば、CuO、MnO等)を添加しても良い。出発原料に対して、焼結助剤を添加すると、焼結体の緻密化がさらに容易化するという利点がある。
【0065】
また、形状異方性粒子とマトリクス粒子とを混合する場合において、形状異方性粒子の配合比率が小さくなりすぎると、配向度が低下する場合がある。従って、形状異方性粒子の配合比率は、要求される焼結体密度及び配向度に応じた最適な比率を選択するのが好ましい。
【0066】
さらに、形状異方性粒子及びマトリクス粒子、並びに、必要に応じて配合される焼結助剤の混合は、乾式で行っても良く、あるいは、水、アコール等の適当な分散媒を加えて湿式でも良い。さらに、この時、必要に応じてバインダ及び/又は可塑剤を加えても良い。
【0067】
第二に、成形工程について説明する。成形工程は、混合工程で得られた混合物を、形状異方性粒子が配向するように成形する工程である。
この場合、形状異方性粒子が図7に示すように面配向するように成形しても良く、あるいは、図7に示すように軸配向するように成形しても良い。成形方法については、形状異方性粒子を配向させることが可能な方法であれば良く、特に限定されるものではない。形状異方性粒子を面配向させる成形方法として、具体的には、ドクターブレード法、プレス成形法、圧延法等が好適な一例として挙げられる。
【0068】
また、形状異方性粒子を軸配向させる成形方法としては、具体的には、押出成形法、遠心成形法等が好適な一例として挙げられる。
また、形状異方性粒子が面配向した成形体の厚さを、配向度を上げるために、成形体に対し、さらに積層圧着、プレス、圧延などの処理を行っても良い。この成形体に対して、いずれか1種類の処理を行っても良く、あるいは、2種以上の処理を行っても良い。
【0069】
また、成形体に対して、1種類の処理を複数回繰り返し行っても良い。あるいは、2種以上の処理をそれぞれ複数回繰り返し行っても良い。
最後に、焼結工程について説明する。焼結工程は、成形工程で得られた成形体を加熱し、焼結させる工程である。
【0070】
形状異方性粒子とマトリクス粒子を含有する成形体を所定の温度に加熱すると、異方形状結晶が生成及び成長し、これと同時に、セラミクスの焼結が進行する。所定の温度は700℃から1600℃が好ましい。
【0071】
加熱温度は、異方形状結晶の成長及び/又は焼結が効率よく進行し、かつ、目的とする組成を有する化合物が生成するように、使用する形状異方性粒子、マトリクス粒子、作製しようとする配向セラミクスの組成等に応じて最適な温度を選択すればよい。最適な温度は700℃から1600℃が好ましい。
【0072】
また、加熱は、大気中、窒素中、酸素と窒素の混合ガス中、アンモニア中のいずれの雰囲気下で行っても良い。好ましくは、窒素中、アンモニア中であれば、窒素の欠損を低減することができる。
【0073】
さらに、加熱時間は、所定の焼結体密度が得られるよう、加熱温度に応じた最適な時間を選択すればよい。
加熱方法は、常圧焼結法、あるいは、一軸加圧焼結法、ホットプレス、ホットフォージング、HIP等の加圧焼結法のいずれを用いても良く、組成、用途等に応じて、最適な方法を選択することができる。好ましくは、一軸加圧焼結を行うことで、配高度をさらに高めることができる。
【0074】
なお、バインダを含む成形体の場合、焼結工程の前に、脱脂を主目的とする熱処理を行っても良い。この場合、脱脂の温度は、少なくともバインダを熱分解させるに十分な温度であれば良い。300℃から600℃が好ましい。但し、揮発しやすい物(例えば、Na化合物)が原料中に含まれる場合、脱脂は、500℃以下で行うのが好ましい。
【実施例】
【0075】
以下、実施例を示して本発明を具体的に説明する。
実施例1
Ba0.6Bi0.4Ti0.6Si0.42.60.4で表される酸窒化物圧電材料の製造方法について述べる。
【0076】
形状異方性粒子として、本実施例では、板状のBaTiO粒子を用いた。板状のBaTiO粒子は、最大の面が<100>の配向を有していた。もちろん、板状のBi層状化合物でもよく、両者の混合物でも良い。Bi層状化合物としては、例えば、BiTi12、BaBiTi15等がある。
【0077】
次にマトリクス粒子として、Ba0.5Bi0.5Ti0.5Si0.52.50.5粒子を用いた。Ba0.5Bi0.5Ti0.5Si0.52.50.5は以下のように固相合成した。BaCO((株)高純度化学製、99.99%)とTiO((株)高純度化学製、99.99%)とBi((株)高純度化学製、99.999%)とSiO((株)高純度化学製、99.999%)を2:2:1:2のモル比でエタノール溶液に加え、遊星ボールミルを用いて、1時間混合した。Biは蒸気圧が高く、Biが不足する可能性があるので、前述のモル比よりも過剰に加えることが望ましい。
【0078】
十分乾燥した後に、図3に示すような管状雰囲気炉を用いて乾燥アンモニアガス(99.99% 流量0.5cm/s)雰囲気下で混合物の仮焼を行った。仮焼は、加熱温度:900℃から1000℃、加熱時間:80時間、昇温速度:5℃/min、降温速度:10℃/minの条件で行った。仮焼後の粉末をエタノール溶液に加え、遊星ボールミルを用いて、1時間粉砕した。
【0079】
粉砕後の仮焼粉を乾燥し、板状BaTiO粒子とBa0.5Bi0.5Ti0.5Si0.52.50.5仮焼粉を1:4のモル比で秤量した。秤量した粉末に対し、55vol%トルエン+45vol%エタノールの混合溶液を、粉末に対する重量比で90wt%となるように加えた。
【0080】
これに対してバインダ(積水化学(株)製、エスレック(登録商標)BH−3)及び可塑剤(フタル酸ブチル)を、それぞれ、粉末量に対し、6wt%となるよう配合した。この混合物をボールミルで、5時間の湿式混合を行い、スラリを作製した。
【0081】
次に、ドクターブレード装置で、スラリを厚さ100μmのテープ状に成形し、乾燥させた。さらに、このテープを25枚積層し、80℃×100kg/cm(9.8MPa)×10minの条件で厚着し、厚さ2.3mmの板状成形体を得た。
【0082】
最後に得られた板状成形体を、窒素雰囲気下において、加熱温度:600℃、加熱時間:2時間、昇温速度:200℃/h、冷却速度:炉冷の条件下で脱脂した。さらに、これを窒素雰囲気下において、1200℃から1400℃で1時間の条件で焼結させ酸窒化物を得た。
【0083】
得られた酸窒化物の平均配向度F(100)は54%であった。d33メータにより求めたd33は54[pC/N]で、圧電性の存在を確認した。
【0084】
実施例2
BaCO((株)高純度化学製、99.99%)、TiO((株)高純度化学製、99.99%)、Bi((株)高純度化学製、99.999%)、GeO((株)高純度化学製、99.999%)を用いて圧粉体を形成した。これをスパッタリング成膜用のターゲットとして用いた。ガスとしてN/O/Ar=4/1/20で、ガス圧を0.1Paから0.7Paに振りLa−SrTiO(100)基板上に基板温度500℃から700℃でrf−スパッタリング成膜を行った。各元素比を振り、A1−xBix+δ11−yB’y−+δ23−zでAがBa,BとしてTi、B’がGeの酸窒化物を400nmから600nmの膜厚で成膜した。成膜条件で、ガス圧を0.2Paから0.5Paで、基板温度550℃から650℃で成膜した組成がx=0.35から0.65、y=0.35から0.65の膜がX線解析より異相のない良質なABX型ペロブスカイト化合物で強誘電体であることを確認した。また、窒素量としてzは、0.35から0.5で、δ1とδ2は±0.2の範囲内であった。
【0085】
以上、本発明の実施例について詳細に説明したが、本発明は上記実施例に何ら限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲で種々の改変が可能である。
【産業上の利用可能性】
【0086】
本発明に係る酸窒化物圧電材料は、加速度センサ、焦電センサ、超音波センサ、電界センサ、温度センサ、ガスセンサ、ノッキングセンサ、ヨーレートセンサ、エアバックセンサ、圧電ジャイロセンサ等の各種センサ、圧電トランス等のエネルギー変換素子、圧電アクチュエータ、超音波モータ、レゾネータ等の低損失アクチュエータ又は低損失レゾネータ、液体吐出装置のアクチュエータ、キャパシタ、バイモルフ圧電素子、振動ピックアップ、圧電マイクロホン、圧電点火素子、ソナー、圧電ブザー、圧電スピーカ、発振子、フィルタ等に用いられる圧電材料あるいは、コンデンサ並びに積層コンデンサ等に用いられる誘電材料、熱電変換材料、イオン伝導材料等として使用することができる。
【0087】
また、本発明に係る酸窒化物圧電材料は、バルクに限らず薄膜デバイスにも使用することができる。例えば、強誘電体メモリ等の記憶デバイス、薄膜インクジェットヘッド等の記録デバイスなどである。
【図面の簡単な説明】
【0088】
【図1】Nc構造の酸窒化物の単位格子を示す図である。
【図2】Nab構造の酸窒化物の単位格子を示す図である。
【図3】管状雰囲気炉を示す図である。
【図4】従来の酸化物圧電体の分極を示す図である。
【図5】無配向の酸窒化物圧電体の分極を示す図である。
【図6】配向軸を有する酸窒化物圧電体の分極を示す図である。
【図7】配向軸を有する酸窒化物圧電材料の製造工程を示す図である。
【符号の説明】
【0089】
1 A原子
2 B原子
3 O原子
4 N原子
11 電気炉
12 酸窒化物
13 石英管
14 トラップ
21 粒
22 単位格子
23 セラミックス
24 分極軸
25 窒素原子
31 形状異方性粒子
32 マトリクス粒子

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(1)で表される正方晶ペロブスカイト型酸窒化物からなり、窒素原子がc軸方向に配向していることを特徴とする酸窒化物圧電材料。
【化1】

(式中、Aは2価の元素、BおよびB’は4価の元素を表す。xは0.35以上0.6以下、yは0.35以上0.6以下、zは0.35以上0.6以下、δ1およびδ2は−0.2以上0.2以下の数値を表す。)
【請求項2】
前記AはBa,Sr,Caから選ばれた少なくとも1種であり、BおよびB’はTi,Zr,Hf,Si,Ge,Snから選ばれた少なくとも1種であることを特徴とする請求項1に記載の酸窒化物圧電材料。
【請求項3】
前記AがBa、BがTi、B’がSiであることを特徴とする請求項1または2に記載の酸窒化物圧電材料。
【請求項4】
前記酸窒化物が正方晶からなり、単位格子のc軸長の長さcとa軸長の長さaの比c/aが1.15以上1.269以下であることを特徴とする請求項1乃至3のいずれかの項に記載の酸窒化物圧電材料。
【請求項5】
下記一般式(1)で表される酸窒化物圧電材料の製造方法であって、少なくともAおよびBiを含有する形状異方性粒子を原料とし、前記形状異方性粒子を配向させる配向工程と、窒素原子を含有する雰囲気で焼結する焼結工程を有することを特徴とする酸窒化物圧電材料の製造方法。
【化2】

(式中、Aは2価の元素、BおよびB’は4価の元素を表す。xは0.35以上0.6以下、yは0.35以上0.6以下、zは0.35以上0.6以下、δ1およびδ2は−0.2以上0.2以下の数値を表す。)
【請求項6】
下記一般式(1)で表される酸窒化物圧電材料の製造方法であって、AおよびBiを含有する形状異方性粒子と、BおよびB’を含有する酸窒化物を原料とし、前記形状異方性粒子を配向させる配向工程を有することを特徴とする酸窒化物圧電材料の製造方法。
【化3】

(式中、Aは2価の元素、BおよびB’は4価の元素を表す。xは0.35以上0.6以下、yは0.35以上0.6以下、zは0.35以上0.6以下、δ1およびδ2は−0.2以上0.2以下の数値を表す。)
【請求項7】
前記配向工程において、前記形状異方性粒子をバインダーによってスラリーとし、テープキャスティングして前記形状異方性粒子を配向させることを特徴とする請求項5または6に記載の酸窒化物圧電材料の製造方法。
【請求項8】
前記配向工程において、一軸加圧しながら焼結して前記形状異方性粒子を配向させることを特徴とする請求項5乃至7のいずれかの項に記載の酸窒化物圧電材料の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2010−143788(P2010−143788A)
【公開日】平成22年7月1日(2010.7.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−322831(P2008−322831)
【出願日】平成20年12月18日(2008.12.18)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成19年度文部科学省元素戦略プロジェクトの委託研究
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【出願人】(504132272)国立大学法人京都大学 (1,269)
【出願人】(304021417)国立大学法人東京工業大学 (1,821)
【出願人】(304023994)国立大学法人山梨大学 (223)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【出願人】(803000115)学校法人東京理科大学 (545)
【Fターム(参考)】