説明

金属表面被膜形成方法及び当該方法により得られた被膜

【課題】
金属表面に形成された高分子薄膜の架橋膜形成を容易に行ない、均一な被膜が形成でき、離型性が高く、かつ薄膜表面の機能性を維持しつつ薄膜を長時間の使用に耐えるようにした、金属表面被膜形成方法を提供すること。
【解決手段】
金属表面に特定の化学式(化1、化2、又は化3)で示されるトリアジンチオール誘導体もしくはチオール化合物を含む溶液を用いた湿式法によって成膜し、その次に含フッ素有機化合物を乾式法によって成膜することを特徴とする金属表面被膜形成方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属表面被膜形成方法及び当該方法により得られた被膜に関し、特に湿式法と真空蒸着法を組み合わせて、金属表面にトリアジンジチオール誘導体の高分子薄膜、その上にフッ素含有有機化合物の薄膜を形成させる、2層以上の構造を有する金属表面被膜形成方法及び当該方法により得られた被膜に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、樹脂製品を成形する金型の離型性を改善する方法として、フィルム成形や金型への離型剤の塗布、又は成形材料への離型剤添加などが行なわれている。
しかしながら、フィルム成形では、製品の厚みや形状が制限される上、製品として使用されないフィルム部分が多く、製造価格の増加、フィルムからの製品の取り外しに係る作業性の低下などの問題を生じていた。光学製品用金型では、成形品の表面に微細形状の形成が必要であるのに対して、その転写性悪化の問題が生じている。
また、金型への離型剤塗布は、製品への離型剤の付着や環境汚染などの問題を生じ、さらに成形材料への離型剤添加は、製品の特性低下や金型汚染の問題を生じていた。
【0003】
他方、離型剤を金型に塗布する代わりに、金型へ被膜形成を行ない、離型性を改善することも行なわれている。TiC、TiCN、DLC、フッ素系高分子重合膜、NiF膜、PTFE含有Niメッキ、自己潤滑Crメッキなどがある。しかしながら、これらの被膜は膜の厚みが数μm以上あり、高精度な光学製品を製造する上では、好ましくない。
【0004】
このため、LEDやマイクロレンズアレイフィルム(MLAF)等の光学製品などの高精度な製品を成型するには、数十nm以下の厚みを有する被膜であり、離型性が良く、金型表面に均一な厚みの膜が形成でき、耐久性が高く、膜形成に係る作業負担の少ない、金属表面被膜の形成方法が求められている。
【0005】
この種の金属表面の処理方法としては、例えば、特許文献1(特開平11−140626号公報)あるいは特許文献2(特表2002−542392号公報)に掲載された技術が知られている。
これらの技術は、例えば真空技術でトリアジンを含む有機モノマーを、金属表面に形成させ、熱または放射線照射下で、重合反応を起こさせ、高分子薄膜に変化させるものである。
また、従来の技術としては、特許文献3(特開平2004−9340号公報)あるいは特許文献4(特開平2004−14584号公報)に記載のものがある。これらの技術は、例えば真空蒸着法によりトリアジンチオール誘導体を金属表面に付着し、その後、熱または紫外線などの放射線照射を行なうとともに、トリアジンチオール誘導体の蒸着膜にフッ素樹脂などの被膜を形成する。
これら従来の薄膜形成方法によって形成された薄膜には、薄膜表面に露出する官能基の性質により、非汚染性、非粘着性、離型性、防曇性、潤滑性、接着性、塗装性および氷結防止性等の機能性が付与される。
【0006】
ところで、このような従来の金属表面の処理方法では、金属表面に種々の機能性が付与されるが、得られる薄膜は、これを例えば半導体や発光ダイオード(LED)などをエポキシ樹脂やシリコン系樹脂で熱硬化して封止する金型に離型性を付与して用いると、耐摩耗強度あるいは耐剥離強度に対して、長期間の効果の持続性に劣るという問題があり、そのため使用範囲が限定されるなどの制約があった。
即ち、従来の金属表面に被膜を形成させる方法では、トリアジンチオール誘導体の分子間反応による重合膜が得られても、その高分子間の架橋は必ずしも満足のいくものは得られず、薄膜自体の強度や耐久性に欠けるという問題があり、長期間効果を持続させる、被膜の形成方法については未だ十分に検討されていなかった。
【0007】
また、特許文献1又は2に開示された単独膜においては、離型性が十分に発現しておらず、他方、特許文献3又は4に開示された二重膜では、離型性が発現するが、金型の立上り部やエッジ部への被膜の堆積が難しく、微細形状部を有する金型への均一成膜性に劣るという問題があった。
【0008】
【特許文献1】特開平11−140626号公報
【特許文献2】特表2002−542392号公報
【特許文献3】特開平2004−9340号公報
【特許文献4】特開平2004−14584号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、このような上記問題点に鑑みてなされたもので、金属表面に形成された高分子薄膜の架橋膜形成を容易に行ない、均一な被膜が形成でき、離型性が高く、かつ薄膜表面の機能性を維持しつつ薄膜を長時間の使用に耐えるようにした、金属表面被膜形成方法を及び当該方法により得られた被膜を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上述した課題を解決するため、請求項1に係る発明は、金属表面に次の化4、化5、又は化6で示されるトリアジンチオール誘導体もしくはチオール化合物を含む溶液を用いた湿式法によって被膜を形成し、その次に該湿式法で得られた被膜上に、含フッ素有機化合物を乾式法によって被膜を形成することを特徴とする金属表面被膜形成方法である。
【0011】
【化4】

【0012】
ただし、R1は、アルキン(−CH=CH−)、アルケン(−C≡C−)のような不飽和基を含む置換基である。R2は、−CH,−CH−CH等の−C2m+1(mは1〜18までの整数),−CHCH=CH等の−C2m−1(mは1〜18までの整数),CH=CH(CHCOOCHCH−等のCH=CH(CHCOOCHCH−(mは1〜10までの整数)である。M1,M2は、HもしくはLi,Na,K,Ca等のアルカリ金属を示す。
【0013】
【化5】

【0014】
ただし、M1,M2,M3は、HもしくはLi,Na,K,Ca等のアルカリ金属を示す。
【0015】
【化6】

【0016】
ただし、Rは、−CH,−CH−CH等の−C2m+1(mは1〜18までの整数),−CHCH=CH等の−C2m−1(mは1〜18までの整数),CH=CH(CHCOOCHCH−等のCH=CH(CHCOOCHCH−(mは1〜10までの整数)である。Mは、HもしくはLi,Na,K,Ca等のアルカリ金属を示す。
【0017】
請求項2に係る発明は、請求項1に記載の金属表面被膜形成方法において、該湿式法は、浸漬法又は電解重合法のいずれかであることを特徴とする。
【0018】
請求項3に係る発明は、請求項1又は2に記載の金属表面被膜形成方法において、該含フッ素有機化合物は、分子内にアミノ基(−NH)、アミド基(−CONH)もしくは不飽和結合を有し、分子量が1000以上であることを特徴とする。
【0019】
請求項4に係る発明は、請求項1乃至3のいずれかに記載の金属表面被膜形成方法において、該乾式法が真空蒸着法であり、該真空蒸着には、被膜を形成する金属を加熱する加熱処理、又は該加熱処理と該被膜への放射線を照射する放射線照射処理のいずれかを併用することを特徴とする。
請求項5に係る発明は、請求項1乃至3のいずれかに記載の金属表面被膜形成方法において、該乾式法が真空蒸着法であり、該真空蒸着して被膜を形成後に、該被膜を加熱する加熱処理、又は該加熱処理と該被膜への放射線を照射する放射線照射処理とのいずれかを行なうことを特徴とする。
【0020】
請求項6記載の被膜は、上記請求項1〜5のいずれかの項記載の金属表面被膜形成方法を用いて形成された、被膜である。
【発明の効果】
【0021】
本発明の金属表面被膜形成方法によれば、トリアジンチオール誘導体もしくはチオール化合物を含む被膜を湿式法により被膜を形成した後、含フッ素有機化合物を乾式法によって被膜を形成するため、金属表面に形成された高分子薄膜の架橋膜形成を容易に行ない、均一な被膜が形成でき、離型性が高く、かつ薄膜表面の機能性を維持しつつ薄膜を長時間の使用に耐える被膜を金属表面に形成することが可能となる。
【0022】
また、金属表面被膜形成方法において、湿式法は、浸漬法又は電解重合法のいずれかであるため、成膜時間の短縮が可能となる上、均一な被膜が得られ易い。しかも、含フッ素有機化合物を、分子内にアミノ基(−NH)、アミド基(−CONH)もしくは不飽和結合を有し、分子量が1000以上とすることで、トリアジンチオール誘導体もしくはチオール化合物を含む被膜との結合性の高い被膜を形成することが可能となる。さらに、乾式法を真空蒸着法とし、該真空蒸着には、被膜を形成する金属を加熱する加熱処理、又は該加熱処理と該被膜への放射線を照射する放射線照射処理のいずれかを併用することで、耐久性の高い被膜を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
本発明の金属表面被膜形成方法及び当該方法により得られた被膜について、以下に詳細に説明する。
本発明は、金属表面に湿式法によって被膜を形成し、その次に乾式法によって被膜を形成する工程を特徴とする金属表面被膜形成方法である。湿式法には浸漬法や電解重合法が、また乾式法には真空蒸着法が好適に利用される。
【0024】
湿式法では、化7、化8、又は化9で示されるトリアジンチオール誘導体もしくはチオール化合物を含む溶液が利用される。当該湿式法では、−SHの特徴を活用して、金属に密着性良好な被膜を形成する。
【0025】
【化7】

【0026】
R1は、アルキン(−CH=CH−)、アルケン(−C≡C−)のような不飽和基を含む置換基である。R2は、−CH,−CH−CH等の−C2m+1,−CHCH=CH等の−C2m−1,CH=CH(CHCOOCHCH−等のCH=CH(CHCOOCHCH−(mは1〜10までの整数)である。M1,M2は、HもしくはLi,Na,K,Ca等のアルカリ金属を示す。
【0027】
【化8】

【0028】
M1,M2,M3は、HもしくはLi,Na,K,Ca等のアルカリ金属を示す。
【0029】
【化9】

【0030】
Rは、−CH,−CH−CH等の−C2m+1,−CHCH=CH等の−C2m−1,CH=CH(CHCOOCHCH−等のCH=CH(CHCOOCHCH−(mは1〜10までの整数)である。Mは、HもしくはLi,Na,K,Ca等のアルカリ金属を示す。
【0031】
浸漬法は、銅及び銅合金、ニッケルなどの金属をトリアジンチオール誘導体もしくはチオール化合物を含む水溶液または有機溶液、あるいはそれらの混合液に、0.1〜120分間、好ましくは0.5〜30分間浸漬して、被膜を形成させる方法である。この場合のトリアジンチオール誘導体の溶液の濃度は、0.001〜5重量%、好ましくは0.01〜0.5重量%であるが、金属の種類や、浸漬温度、浸漬時間によって最適値は変化する。
【0032】
有機溶媒は、メチルアルコール、エチルアルコール、イソプロピルアルコール、アセトン、トルエン、エチルセルソルブ、ジメチルホルムアルデヒド、テトラヒドロフラン、メチルエチルケトン、ベンゼン、酢酸エチルエーテルなどが利用可能である。
【0033】
浸漬温度は、溶液濃度や金属の種類によって異なり、特に使用される溶剤によって決定されるため特定できないが、水では一般に1℃〜99℃まで可能であり、望ましくは20℃〜80℃の範囲である。浸漬処理法は形状の複雑な金属製品に均一に被膜を生成させることができるが、そのままでは重合度が低い被膜であり強度的に弱いので、浸漬後、次いで実施する100℃以上の加熱により重合度が高いポリマー被膜に変化させることが可能である。かかる浸漬処理法は銅及び銅合金の表面処理に特に有効である。
【0034】
電解重合法は、電解質を含む、トリアジンチオール誘導体もしくはチオール化合物を含む水溶液または有機溶液、あるいはそれらの混合液に、処理金属を陽極として、一方白金又はステンレス板を陰極として、サイクリック法、定電流法、定電位法、パルス定電位法及びパルス定電流法等の電解法によって金属または導電体表面にトリアジンチオールポリマーの被膜を形成させる方法である。金属としては、導電性である金属であれば特に限定されず、鉄及び鉄合金(ステンレス、パーマロイなど)、銅及び銅合金、ニッケル、金、銀、コバルト、アルミニウム、亜鉛、錫及び錫合金、チタン又はクロムなどを挙げることができる。上記導電体としては導電性被膜、ITO、カーボン、導電性ゴム、有機導電体等が含まれる。
【0035】
上記電解質としては、溶剤に溶解し、通電性を発揮しかつ安定性を有すれば特に限定されず、一般にNaOH,NaCO,NaSO,KSO,NaSO,KSO,NaNO,KNO,NaNO,NaClO,CHCOONa,Na,NaHPO,(NaPO,NaMoO,NaSiO,NaHPO等を好適に用いることができる。これらの濃度は一般に、0.001〜1モル、望ましくは0.01〜0.5モルの範囲であることが被膜の成長速度の点から好ましい。
【0036】
前記溶剤は電解質とトリアジンチオール誘導体もしくはチオール化合物とを同時に溶解するものが望ましく、その組み合わせは特に限定されず、例えば、水、メタノール、エタノール、カルビトール、セルソルブ、ジメチルホルムアミド、メチルピロリドン、アクリルニトリル、エチレンカーボナイト、イソプロピルアルコール、アセトン、トルエン、エチルセルソルブ、ジメチルホルムアルデヒド、テトラヒドロフラン、メチルエチルケトン、ベンゼン、酢酸エチルエーテルなどを用いることができる。
【0037】
トリアジンチオール誘導体もしくはチオール化合物の濃度は0.01〜100ミリモル/L、望ましくは0.1〜10ミリモル/Lである。電解液の温度は溶剤の凝固点や沸点と関係するので一義的に特定できないが、例えば、水溶液では1℃〜99℃、好ましくは20℃〜80℃である。
【0038】
対極(陰極)材料は、電解溶液と反応したり、導電性の著しく低いものでない限り、任意のものが使用できるが、一般にステンレス、白金、カーボン等の不活性導電体が用いられる。
【0039】
また、サイクリック法は、電位幅を水や溶剤の分解しない範囲内で行ない、かかる範囲は溶剤や電解質の種類等の影響を受けるので一義的に限定できない。定電位法は−0.5〜2VvsCES、好ましくは自然電位から酸化電位の範囲である。自然電位より低いと全く重合せず、酸化電位を超えると水や溶剤の分解が起こる危険性がある。
【0040】
定電流法においては電流密度は0.005〜50mA/cm、好ましくは0.05〜5mA/cmが適当である。0.05mA/cmより少ないと、被膜成長に時間がかかりすぎる。また5mA/cmより大きいと被膜に亀裂が生じたり、金属の溶出が見られ好ましくはない。
【0041】
パルス法における電解電位及び電解電流密度は上記の通りであるが、時間幅は0.01〜10分間、好ましくは0.1〜2分間である。0.1分間より短くてもまた10分間より長くてもパルス法の効果が十分に発揮されなくなる。
【0042】
金属の前処理は有機物などの異物が付着している場合はこれを除去しなければならないが、酸化物等は表面の導電性を著しく低下させない限り問題ではなく、活性化処理等も同様である。
【0043】
次に、本発明の実施の形態に係る金属表面の被膜形成方法は、上記のトリアジンチオール誘導体もしくはチオール化合物の薄膜を金属表面に湿式法で形成した後、金属表面に真空蒸着などの乾式法で含フッ素有機化合物の薄膜を形成させて2層以上の複数層とするものである。
【0044】
蒸着工程で付着させる含フッ素有機化合物は、その化合物は分子内にアミノ基(−NH)、アミド基(−CONH)、若しくは不飽和基を有し、分子量は1000以上であることが好ましく、例えば、4フッ化エチレン・6フッ化ポリピレン共重合体(FEP)、4フッ化エチレン・パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体(PFA)、エチレン−テトラフルオロエチレン共重合体(ETFE)等が例示でき、これらを単体でも混合物としても使用できる。
これにより、容易に蒸着膜が得られることとなる。また、末端に前記アミノ基等を有していると、トリアジン膜との相互作用があると考えられるため、好適に使用できる。例えば、FEPなどの3級フルオロカーボンを含有する化合物は、離型効果も高く好適に用いることができる。これにより、トリアジンチオール誘導体もしくはチオール化合物を含む被膜との結合性の高い被膜を形成することが可能となる。
【0045】
(1)蒸着工程
真空蒸着装置により、含フッ素有機化合物を加熱蒸発させ、これを上記湿式法で処理した金属表面に付着させる。真空度は一般に1.0〜1.0×10−6〔Pa〕、望ましくは、1.0×10−1〜1.0×10−4〔Pa〕である。含フッ素有機化合物を加熱させるヒータの温度は、一義的に定めることはできないが、例えば、200〜400℃、望ましくは、270〜360℃である。含フッ素有機化合物の分子量および真空度とヒータ温度との兼ね合いで最適な蒸着条件を決める。
【0046】
電離真空計を用いて装置内を一定の真空度に調整後、蒸発源のるつぼをヒータで加熱して含フッ素有機化合物を気化、あるいは昇華させる。このとき、被膜を形成する物を覆うシャッターは閉じておき、蒸発源を覆うシャッターは開けておき、含フッ素有機化合物が気化、あるいは昇華していることを水晶振動子式膜厚計など利用して確認し、蒸発速度を予定の値に調整し、整ったところで被膜を形成する物を覆うシャッターを開き、蒸着を開始する。このように構成することで、所定の成膜速度を確保することができる。
【0047】
この真空蒸着装置による蒸着においては、真空中で含フッ素有機化合物の分子を加熱蒸発、昇華し「飛ばす」ことによって、金属固体の表面に堆積させる。これは、多くの金属固体表面に分子を堆積させて薄膜を作製することができる手法である。真空中で蒸発源から飛行し堆積する分子は、固定表面での結晶核の発生、固体表面での拡散などにより衝突、反応し薄膜は成長する。固体表面に均一に分散した結晶核の形成が、その後の膜成長状態に影響し、規則的に分子配列しながら膜成長する。
また、かかる蒸着は、1層もしくは複数回の蒸着による多層としてもよい。形状への付きまわりを良好にするためには、ワーク位置、向きを変更しながら複数回に分けて蒸着することが好ましい。
【0048】
(2)蒸着時の加熱処理
トリアジンジチオール誘導体もしくはチオール化合物を付着させた金属固体に対し、真空蒸着により含フッ素有機化合物を付着させる際に及び/又は真空蒸着膜形成後に、金属固体を加熱することで、トリアジンジチオール誘導体もしくはチオール化合物と含フッ素有機化合物との結合をより強固にすることが可能となる。加熱温度は、トリアジンジチオール誘導体もしくはチオール化合物及び含フッ素有機化合物の材料の選定、並びに被膜の厚さにも依存するが、例えば、150〜400℃、230〜270℃、特に約250℃程度が好ましい。
【0049】
(3)放射線照射処理
真空蒸着時に及び/又は真空蒸着被膜形成後に、真空蒸着装置内に配置されたUVランプを点灯し、被膜への放射線照射を行うことが望ましい。
特に、真空蒸着時の被膜形成中に放射線、例えば紫外線を継続照射し、更に、成膜後に、更に紫外線を30〜60分照射することが好ましい。
照射条件は、例えば、照射距離を45cmとして、紫外線を照射する。真空蒸着被膜形成後に、大気中で光照射する場合には、波長が245〜400nmであることが好ましい。大気中での照射の場合、280nm以下の波長は、酸素や水分がラジカルを生成し、酸化劣化を引き起こしやすくなる。この場合、短波長は微量の酸素等によって散乱、吸収されることから、照射距離は20cm以下が好ましく、反応速度も速いことから短時間の照射が好ましく、適宜選定される。また真空中(5×10−3〔Pa〕程度)で照射する場合には、波長としては245nm〜400nmの波長が好ましい。
照射時間も、含フッ素有機化合物の分子量や温度等により適宜決定することができるが、後述する実施例の紫外線発生装置を用いたときには、30分〜60分程度の照射を行うことができる。
【0050】
このように、含フッ素有機化合物の蒸着時に及び/又は真空蒸着被膜形成後に、真空中及び/又は大気中で紫外線照射を行なう理由は以下の通りである。
分子配列して成長した膜に、紫外線照射すると、この照射によって分子に付与した官能基であるアミド基、アミノ基若しくは不飽和基が、分子内相互にあるいはトリアジンチオール誘導体と互いに酸化反応し、重合膜を形成する。重合には紫外線照射方法のほかに熱重合もあるが、熱重合の場合は固体が熱に耐えるものに限定されることから、応用が広範な光照射が好ましい。
また、好適には、放射線照射と加熱重合とを併用することが、得られる被膜の耐久性が向上する点から望ましい。
【0051】
例えば、例示すると、被成膜金属基板を加熱(230〜270℃)しながら含フッ素有機化合物を飛ばして、加熱による重合により成膜し、この間紫外線を照射することや、被成膜金属基板を加熱(230〜270℃)しながら含フッ素有機化合物を飛ばして成膜し、この間紫外線を照射し、次いで成膜終了後、加熱(230〜270℃)しながら真空中で紫外線を照射すること等があげられる。
【0052】
本発明者らは、放射線または紫外線照射による架橋重合について反応形態を調べ、トリアジンチオール誘導体は大気雰囲気では、チオール基の酸化反応、すなわち、チオール基のメルカプチド結合や2分子間のジスルフィド結合形成が優先し、真空中ではアリル基間あるいはアリル基とチオール基間の酸化反応が優先することを見出した。このことから、光照射の雰囲気を大気と真空中とを併用する工程も、本方法の構成とした。含フッ素有機化合物の光照射条件による反応形態は、完全に解明できている訳ではないが、これにより、トリアジンチオール誘導体は含フッ素有機蒸着膜との重合反応が進み易く、トリアジンチオール誘導体の未反応末端が存在せず、2層界面で強固に重合した被膜が得られるようになる。
この結果、本処理法においては、金属表面に形成された高分子薄膜の架橋膜形成を容易に行なうことができるとともに、得られた薄膜表面の機能性を維持しつつ、特に、耐摩耗強度あるいは耐剥離強度に対して、長期間の効果の持続性が向上させられる。
【実施例】
【0053】
以下、本発明を次の実施例、比較例及び試験例により詳述する。
(1)前処理
まず、各金属基板の表面を、表1に示す金属表面前処理、脱脂および表面処理1、更に必要に応じて表面処理2を行って、清浄化した。
但し、クロム基板としては、市販のフェロ基板(浅沼商会株式会社製 フェロタイププレート スタンダード(ステンレス板にハードクロムめっきした板))を用い、ステンレス基板(山本鍍金試験機 ハルセル板 SUS304)、ニッケル基板(株式会社ニラコ製 純度99%以上)、および鉄基板(山本鍍金試験機 ハルセル板)は市販の基板を用いた。
これらの基板の大きさは、50mm×50mm×0.4tとした。
【0054】
【表1】

【0055】
(2)湿式法
・電解法
上記前処理した各金属基板を用いて、表2に示す各化合物、必要に応じて表2に示す電解質が表2に示す濃度で溶解した電解溶液を、電解セルに入れて、表2に示す条件(温度、時間、電圧)で電解処理を行って、表2中の化合物の膜を該金属板上に形成した。但し、電解処理において、各電解液槽中、各処理金属基板を陽極とし、対極を陰極とした。
電解処理後、水で洗浄して未反応物を除き乾燥させた。
【0056】
・湿式法
上記前処理した金属板を、表2に示す各化合物、必要に応じて表2に示す電解質が表2に示す濃度で溶解した水溶液中に、表2に示す条件(温度・時間)で浸漬して、表2中の化合物の膜を、該金属板上に形成した(サンプルNo5及び6)。
【0057】
【表2】

【0058】
(3)乾式法
・真空蒸着
図1に示される真空蒸着装置に、第1膜が形成された各基板、サンプルNo11(比較例2)においては、前処理した基板をセットした。図1に示される真空蒸着装置の真空ポンプを作動させ、電離真空計により真空度が5×10−4Paに達したら、蒸発源ヒータ1の温度を275℃まであげて、基板温度が250℃になったら、シャッター4を開け、成膜速度が約0.02nm/secであることを確認成膜する。所定の成膜速度になったらメインシャッター9を開け、水晶振動子6にて計測して60分間の蒸着を行い、一定の厚みの被膜(表3)を得た。
【0059】
・放射線照射
上記、真空蒸着時及び/又は終了後、市販のUVランプ9(セン特殊光源株式会社製:HB400A−1)を用い(波長:245nm〜400nm:出力約400W)、照射距離を45cmとし、紫外線照射して重合被膜を得た。
ただし、サンプルNo9.No10.No12については、基板温度を250℃に設定し、当該紫外線照射を、真空蒸着しながら被膜形成と同時に照射し(60分)、被膜形成終了後は照射を止めた。
一方、サンプルNo13は、基板温度を250℃に設定し、真空蒸着しながら同時に紫外線照射し(60分)、被膜形成終了後に更に60分紫外線照射(後処理・表3参照)した。
【0060】
(実施例1〜10・比較例1〜3)
表3に示すような第1成膜方法と第2成膜方法との組み合わせにより、各基板上に2層の成膜を行った。
但し、実施例及び比較例中の湿式法で用いた第1膜形成化合物(但し、サンプルNo8(比較例例1)では第2膜形成化合物)は、以下の化合物である。
【0061】
【化10】

【0062】
但し、上記式中MはNa、MはH,R1は−CHCH=CH,R2は−CHCH=CHを示す。
【0063】
【化11】

【0064】
但し、上記式中、M1はNa、M2はH,M3はHを示す。
【0065】
また、実施例及び比較例中の乾式法で用いた第2膜形成化合物(但し、サンプルNo8(比較例例1)では第1膜形成化合物)は、以下の化合物である。
サンプルNo1〜11及びサンプルNo13;商品名 テフロンFEP−140J(三井デュポンフロロケミカル株式会社製)
サンプルNo12;商品名 パーフルオロデシルエチレン 商品番号F06003−D(株式会社アズマック製)MW546
【0066】
サンプルNo1〜7、サンプルNo9〜10及びサンプルNo13は、それぞれ実施例1〜7、実施例8〜9及び実施例10に該当するもので、サンプルNo8は比較例1、サンプルNo11〜12は比較例2及び比較例3にそれぞれ該当するものである。
【0067】
【表3】

【0068】
(試験例)
上記の実施例1〜10と比較例1〜3について、エポキシ樹脂を用いて接着試験を行ない、その非接着試験回数と試験後の膜厚変化について調べた試験結果を、それぞれ表4及び図2(1)〜(13)に示す。
エポキシ樹脂は市販の離型剤を含有しない熱硬化性タイプ(商品名:日東電工株式会社製 NT600)を用いた。成膜された基板を上に熱硬化性エポキシ樹脂を置き、さらに同じように表面改質した金属板でサンドイッチし、荷重1Kgとして2分間加圧しながら、150℃で加熱した。
その後、室温冷却し、その20回毎の膜厚変化および接着性の有無の結果を表4及び図2(1)〜(13)に示す。
比較例にかかる被膜では、その膜厚減少が大きく、長期に渡り性能維持できないことが分かる。
【0069】
【表4】

【0070】
また、比較例1のサンプルNo8と実施例1のサンプルNo1をフーリエ変換赤外分光分析(FT−IR)試験に供した。
ただし、フーリエ変換赤外分光分析(FT−IR)装置として、日本電子株式会社のWINSPEC100を用い、高感度反射法(FTIR−RAS)で赤外吸収スペクトルを測定した。
なお、FTIR−RASの測定は、被膜表面に平行偏光(p偏光)を入射し、入射角を80°に設定して、分解能を4cm−1とし、64回のスキャンを積算して行った。
図3(1)より、サンプルNo8のものは、乾式膜の上のトリアジン膜が接着試験で一気に消失したことがわかる。フーリエ変換赤外分光分析(FT−IR)試験では、1250cm−1付近に離型被膜のピーク、1560〜1580cm−1付近にトリアジン環が表れるが、図3(1)に示すように、サンプルNo8(比較例1)の乾式法+湿式法のものは、接着試験を9回行うとトリアジンの膜がなくなっていることが明らかであることがわかる。
一方、図3(2)に示すように、サンプルNo1(実施例1)の湿式法+乾式法のものは、接着試験を9回行った時点で、トリアジン膜が保持されていることが明らかである。
【0071】
これらの結果から、実施例に係る固体表面に形成した膜厚は、膜厚減少が少なく、表面機能が長く維持される傾向、すなわち離型性に優れ、耐久性が良好であるといえる。
【産業上の利用可能性】
【0072】
本発明によれば、金属表面に形成された高分子薄膜の架橋膜形成を容易に行ない、均一な被膜が形成でき、離型性が高く、かつ薄膜表面の機能性を維持しつつ薄膜を長時間の使用に耐えるようにした、金属表面被膜形成方法を提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0073】
【図1】真空蒸着装置の一例を示す概略図である。
【図2】実施例および比較例で得られた膜の接着回数における被膜厚変化を示すグラフ図である。
【図3】実施例及び比較例で得られた膜の一例についてのフーリエ変換赤外分光分析(FT−IR)測定結果を示す図である。
【符号の説明】
【0074】
1 るつぼ
2 ヒータ
3 蒸着物質
4 サブシャッター
5 メインシャッター
6 水晶振動子式膜厚計
7 保持体
8 バルブ
9 UVランプ
10 室
M 基板

【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属表面に次の化1、化2、又は化3で示されるトリアジンチオール誘導体もしくはチオール化合物を含む溶液を用いた湿式法によって成膜し、その次に該湿式法で得られた成膜上に、含フッ素有機化合物を乾式法によって成膜することを特徴とする金属表面被膜形成方法。
【化1】


(ただし、R1は、アルキン(−CH=CH−)またはアルケン(−C≡C−)、R2は、−C2m+1(mは1〜18までの整数),−C2m−1(mは1〜18までの整数)またはCH=CH(CHCOOCHCH−(mは1〜10までの整数)であり、M1またはM2は、Hもしくはアルカリ金属を示す。)
【化2】


(ただし、M1,M2,M3は、Hもしくはアルカリ金属を示す。)
【化3】


(ただし、Rは、−C2m+1(mは1〜18までの整数),−C2m−1(mは1〜18までの整数),またはCH=CH(CHCOOCHCH−(mは1〜10までの整数)であり、M1またはM2は、Hもしくはアルカリ金属を示す。)
【請求項2】
請求項1に記載の金属表面被膜形成方法において、該湿式法は、浸漬法又は電解重合法のいずれかであることを特徴とする金属表面被膜形成方法。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の金属表面被膜形成方法において、該含フッ素有機化合物は、分子内にアミノ基(−NH)、アミド基(−CONH)もしくは不飽和結合を有し、分子量が1000以上であることを特徴とする金属表面被膜形成方法。
【請求項4】
請求項1乃至3のいずれかに記載の金属表面被膜形成方法において、該乾式法が真空蒸着法であり、該真空蒸着には、被膜を加熱する加熱処理、又は該加熱処理と該被膜への放射線を照射する放射線照射処理のいずれかを併用することを特徴とする金属表面被膜形成方法。
【請求項5】
請求項1乃至3のいずれかに記載の金属表面被膜形成方法において、該乾式法が真空蒸着法であり、該真空蒸着して被膜を形成後に、該被膜を加熱する加熱処理、又は該加熱処理と該被膜への放射線を照射する放射線照射処理とのいずれかを行うことを特徴とする金属表面被膜形成方法。
【請求項6】
請求項1〜5いずれかの項記載の金属表面被膜形成方法により形成された被膜。

【図1】
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【図2(1)(2)(3)(4)】
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【図2(5)(6)(7)(8)】
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【図2(9)(10)(11)(12)(13)】
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【図3】
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【公開番号】特開2008−246992(P2008−246992A)
【公開日】平成20年10月16日(2008.10.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−94362(P2007−94362)
【出願日】平成19年3月30日(2007.3.30)
【出願人】(306017014)地方独立行政法人 岩手県工業技術センター (61)
【出願人】(591117206)株式会社東亜電化 (6)
【Fターム(参考)】