鉄合金材料の表面処理方法
【課題】拡散剤である拡散元素の拡散量が十分でなく、かつ処理剤の寿命も短く、処理浴が経時変化して硬化層形成にバラツキを生じる等の従来の鉄合金材料の表面処理方法における問題点を解決すること。
【解決手段】鉄合金材料(被処理材)の表面に、予備窒化処理を実施後、拡散処理を実施して表面硬化層を形成する表面処理方法。鉄合金材料の表面に、窒化処理を実施した後、本窒化した被処理材を、400〜700℃の溶融塩中に加熱保持し、周期表第4〜6周期の4〜7族元素などの一種または二種以上の元素の窒化物あるいは炭窒化物からなる表面硬化層を被処理材に形成する。
【解決手段】鉄合金材料(被処理材)の表面に、予備窒化処理を実施後、拡散処理を実施して表面硬化層を形成する表面処理方法。鉄合金材料の表面に、窒化処理を実施した後、本窒化した被処理材を、400〜700℃の溶融塩中に加熱保持し、周期表第4〜6周期の4〜7族元素などの一種または二種以上の元素の窒化物あるいは炭窒化物からなる表面硬化層を被処理材に形成する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は鉄合金材料表面に、周期表の第4〜6周期の4〜7族(旧VIA〜VIIA族)元素の一種または二種以上の元素を含む、窒化物層または炭窒化物層を形成させて、耐摩耗性、耐焼付性、耐酸化性、耐疲労性を向上させる表面処理方法に関する。
【0002】
以下、周期表の族番号は、単に「n族」と表記する。また、粒度を示す「メッシュ」は、タイラー標準篩に基づくものである。
【0003】
本発明の鉄合金材料の表面処理方法は、下記の如く、各分野における各種鉄合金材料製品に適用できる。
【0004】
1)プレス加工分野:曲加工パンチとダイ、打抜パンチとダイ、線材ガイドロール、パイプ成形マンドレル、スクイズロール、引き抜きダイス、ガイドピンとブッシュ、位置決めピン、
2)冷間鍛造分野:据え込みパンチとダイ、後方押し出し冷鍛パンチ、
3)熱間鍛造分野:密閉鍛造型、アプセッター型、
4)鋳造型分野:ダイカストピン、鋳造型、入れ子型、
5)ゴム、プラスチック、ガラスなどの成形型、
6)ポンプ部品:ベーンノズル、
7)カム、自転車および産業用ピン、軸受け、ガイドなど。
【背景技術】
【0005】
鉄合金材料により構成された金型、工具等の表面に、窒化物層や炭窒化物層(以下「表面硬化層」と称することがある。)を形成することによって、耐摩耗性や耐溶融アルミ性を著しく向上させることは広く知られており、すでに工業化されている。鉄合金材料を700℃以下又は580℃以下の溶融浴に浸漬保持することによって、その表面にチタン、クロムおよび5族元素の窒化物層および炭窒化物層を形成する表面処理方法が、特許文献1・2・3等で提案されている。
【0006】
しかし、これらの方法は、チタン、クロム及び5族元素等の拡散剤が、必要な拡散濃度・深さを得難く、また処理浴の寿命が短くて、処理浴が経時変化して均質でなくなり、表面硬化層形成にバラツキを生じるという問題点があった。
【0007】
これらを改良した表面処理方法が特許文献4・5に提案されている。
【0008】
これらの表面処理方法はいずれもCrの窒化物層および炭窒化物層等の表面硬化層を形成する表面処理方法であり、しかも処理浴(溶融塩)の塩基度を適正に保持するために酸化ケイ素を主成分とするガラス粉末を添加し、さらに処理浴における浴面深さの違いによる表面硬化層の層厚さ・組成バラツキを小さくするために、ガス吹き込みパイプを付けたり、浴内に攪拌機を設置するなどの工夫がされている。
【0009】
このため、これらの表面処理方法は、コスト高であり、攪拌によって浴上にある装置や周辺の機器、天井までも錆が発生し易いという問題があった。また、容器には耐熱ステンレス鋼を使用して耐食性を向上させた容器を使用しているが、高価であり、長時間使用後には容器の腐食が発生することがある。この腐食により容器の構成物質であるFeを含む腐食物が処理浴に混入し、その結果、表面硬化層中に多量の鉄や不純物が入り、表面硬化層の硬さが低下するという問題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開昭61−291962号公報
【特許文献2】特開昭62−40362号公報
【特許文献3】特願昭62−70561号公報
【特許文献4】特開2000-178711号公報
【特許文献5】特開2000-144373号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
前記の従来の方法では、下記のような問題を発生し易かった。
【0012】
1)拡散剤(拡散元素)の必要な拡散濃度・深さを得難く、かつ、処理浴が経時変化して表面硬化層にバラツキを生じる。
【0013】
2)長時間の使用により容器の腐食が発生し、容器の構成物質であるFeからなる腐食物が処理浴に混入し、表面硬化層中に多量の鉄や不純物が浸透して、表面硬化層の硬さが変化(低下)する。
【0014】
3)ガス吹き込み装置や攪拌装置の設置によるコスト高と炉の周辺機器が腐食する。
【0015】
本発明は、上記諸問題を一挙に解決することができる鉄合金材料の表面処理方法を提供することを目的(課題)とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意開発に努力をした結果、下記構成の鉄合金材料の表面処理方法に想到した。
【0017】
鉄合金材料(被処理材)の表面に、予備窒化処理を実施後、拡散処理を実施して表面硬化層を形成させる表面処理をする方法において、
被処理材を処理浴に浸漬して拡散処理を実施するに際して、
処理浴を、溶融塩に、周期表第4〜6周期の4〜7族元素(以下、族番号のみで表記。)の一種または二種以上の元素を含む材料からなる拡散剤、および、シリコン(Si)を含む材料からなる補助剤とともに、単体炭素からなる還元剤を添加して調製することを特徴とする。
【0018】
通常、溶融塩(処理浴主剤)の形成剤として、アルカリ金属またはアルカリ土類金属の塩化物、フッ化物、ホウフッ化物、酸化物、炭酸塩、硝酸塩、ホウ酸塩のうちの一種または二種以上からなるもの選択するとともに、溶融塩を400〜700℃に加熱保持して前記表面処理をする。
【0019】
上記処理浴の容器は、少なくとも液接触面が、炭化物、窒化物、酸化物および黒鉛材料のいずれかで形成されたものとすることが望ましい。
【0020】
当該構成にすることにより、被処理材の表面に4〜7族元素の一種または二種以上の元素の窒化物層や炭窒化物層を安定して、容易に形成することができる。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、下記の如く、従来の諸問題を一挙に解決でき、被処理材である鉄合金材料表面に窒化物層および炭窒化物層を安定して、形成することができる。
【0022】
(1)700℃以下の低温の処理浴(溶融塩浴)中に浸漬するだけで、母材との密着性良好な4〜7族元素の窒化物および炭窒化物層を被処理材表面に形成することができる。
【0023】
(2)処理浴中の浴面深さのいかなる位置でも窒化物層および炭窒化物層が安定して形成され、処理浴の可使範囲が広い。
【0024】
(3)処理浴の経時変化が非常に少なく、浴寿命が著しく長期間である。
【0025】
(4)Crのみならず、他の4〜7族元素の窒化物層および炭窒化物層の形成が可能なため、処理材特性が優れている。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】本発明の鉄合金材料の表面処理方法の概略を示すフロー図である。
【図2】実施例1の表面硬化層の断面組織を示す光学顕微鏡(Optical Microscope:OM)写真の模写図である。
【図3】同じく電子プローブX線マイクロアナライザー(Electron Probe X-ray Micro-Analyzer:EPMA)の線分析結果を示すグラフ図である。
【図4】同じく試験片に形成される表面硬化層の厚さをOM観察した際における各浴面深さ基準を示す説明図である。
【図5】同じく浴面深さ30mmにおける断面組織を示すOM写真の模写図である。
【図6】実施例1及び比較例1の各浴面深さにおける表面硬化層の厚さをOM観察した結果を示すグラフ図である。
【図7】実施例2における表面硬化層の断面組織を示すOM写真の模写図である。
【図8】同じくEPMAの線分析結果を示すグラフ図である。
【図9】実施例2の処理浴を用いて表面処理を行った、経過日数と形成された表面硬化層との関係およびその拡散処理前のプラズマ窒化層の厚さ示すグラフ図である。
【図10】長時間経過後の実施例2の処理浴を用いて形成した表面硬化膜のビッカース硬さおよび拡散処理前のイオン窒化層のビッカース硬さを示すグラフ図である。
【図11】実施例3の表面硬化層の断面組織を示すOM写真の模写図である。
【図12】同じくEPMAの線分析結果を示すグラフ図である。
【図13】実施例4の表面硬化層の断面組織を示すOM写真の模写図である。
【図14】同じくX線回折結果を示すグラフ図である。
【図15】実施例5の表面硬化層の断面組織を示すOM写真の模写図である。
【図16】実施例6の表面硬化層の断面組織を示すOM写真の模写図である。
【図17】実施例7群と従来例の各表面処理を施した比較例7群を試験片としてファレックス試験を行なった摩耗試験の結果を示すグラフ図である。
【図18】実施例8群と従来例の各表面処理をした比較例8群を試験片として大越式迅速摩耗試験機による摩耗試験の結果を示すグラフ図である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
以下、本発明の実施形態(概要)について説明する。
【0028】
本発明者らは、上記処理浴における、溶融塩(主剤)および拡散剤に対する補助剤と還元剤の複合添加を知見し、さらには、黒鉛材料等の浴容器を使用することによって、これらの問題点を全て解決できるに至った。即ち、処理浴を攪拌することなく、被処理材(製品)を浴中に浸漬するだけで、長期間、各種4〜7族元素の窒化物層および炭窒化物層が安定して形成できることを知見した。例えば、予備窒化処理をした鉄合金材料の表面に、従来のCr炭窒化物層の形成のみならず、硬さの大きいバナジウム(V)の炭窒化物層や、耐焼付き性に優れているチタン(Ti)やマンガン(Mn)の炭窒化物層を、長期間安定して形成できるようになった。
【0029】
本発明における、予備窒化処理をする方法は、汎用の窒化処理であれば特に限定されない。例えば、イオン窒化、プラズマ窒化、グロー放電窒化、浸炭窒化、酸窒化、フッ化とガス軟窒化の複合窒化、ガス窒化、塩浴窒化、ガス軟窒化、塩浴軟窒化、等を挙げることができる。
【0030】
また、予備窒化の態様は、鉄合金材料の表面に鉄の窒化物層あるいは鉄と母材中の炭素とが反応した、鉄の炭窒化物層が形成されていてもよいし、またこれらの窒化物層が形成されずに、単に鉄への窒素の固溶体(窒素拡散層:γ‘層)のみが形成されていてもよい。窒素の拡散層のみの場合でも、1μm程度の薄い4〜7族元素の一種または二種以上の元素(以下、「特定拡散元素」という。)の窒化物層あるいは炭窒化物層が形成されるからである。
【0031】
本発明の表面処理方法における処理浴は、主剤(溶融塩形成剤)(1)に、従来と同様、拡散剤(2)および補助剤(3)を含ませるとともに、還元剤(4)を含ませて形成する。
【0032】
(1)主剤:拡散元素Mが鉄合金材料の表面に拡散する媒介となる働きをする物質で、処理浴の大半を形成する。
【0033】
該主剤としては、アルカリ金属・アルカリ土類金属化合物のうちから一種または二種以上を適宜選択して使用する。具体的には、アルカリ金属またはアルカリ土類金属の塩化物、フッ化物、ホウフッ化物、酸化物、炭酸塩、硝酸塩、ホウ酸塩等を挙げることができる。
【0034】
例えば、NaCl,CaCl2,LiCl,NaF,LiF,KBF4,Na2CO3,LiCO3,K2CO3,NaNO3,Na2Oなどを好適に使用できる。
【0035】
これらの主剤(溶融塩)で形成される処理浴は大気中に設置されるため、酸素が浴中に入り、例えばNa2Oが形成され、この酸素イオンが増加すると、特定拡散元素のイオン化を阻止すると考えられる。そこでこの酸素イオンが処理浴中で増加するのを阻止し、特定拡散元素のイオン化を促進させるために、補助剤としてシリコン(Si)を含む材料の添加が必要である。
【0036】
(2)拡散剤:特定拡散元素(4〜7族元素の一種または二種以上)を含む材料から選択する。
【0037】
ここで、4族元素としてはチタン(Ti)、ジルコニウム(Zr)、ハフニウム(Hf)があり、これらの元素の単体(金属)、合金および金属塩などを用いる。例えば、合金としてはフェロチタン、フェロジルコニウム等を、金属塩としては、TiCl3,TiF4,ZrCl3等のハロゲン化物を挙げることができる。
【0038】
5族元素としてはバナジウム(V)、ニオブ(Nb)、タンタル(Ta)があり、これらの元素の単体、合金及び金属塩(複合塩を含む。)を用いる。合金としてはフェロバナジウム等を、金属塩してはVCl3,TaCl5,NbCl5,K2NbF7,NbF5, VF5,K2TaF7等のハロゲン化物を挙げることができる。
【0039】
6族元素としてはクロム(Cr)、モリブデン(Mo)、タングステン(W)があり、これらの元素の単体、合金及び金属塩を用いる。例えば、合金としてはフェロクロム、フェロタングステン、フェロモリブデン等を、金属塩としては、CrCl3、WCl5、MoCl5, CrF6などのハロゲン化物を挙げることができる。
【0040】
7族元素としてはマンガン(Mn)があり、Mnの単体、合金および金属塩を用いる。例えば、合金としてはフェロマンガン等を、金属塩としてはMnCl5等のハロゲン化物を挙げることができる。
【0041】
なお、拡散剤として、TiやCrなどを含む化合物を使用する場合には、5族元素のV、Nb、Taと同時に、4族のTiや6族のCrを含む複合の表面硬化層が形成される。
【0042】
VとCrの両元素が含まれる拡散剤を用いる場合には、VとCrが含まれた複合の表面拡散層を形成することも可能である。なお、特定拡散元素Mを含む拡散剤の形態は、粉末状、粒状、塊状、棒状、板状のいずれでもよいが、通常、最も入手が容易で安価である粉末状のものを使用する。粉末は、通常、粒度:50メッシュ以下、望ましくは粒度:400メッシュ以下とする。
【0043】
なお、棒状や板状の特定拡散元素を含む金属を、陽極として溶融塩浴中に浸漬し、電解溶融させて処理浴中に混入させてもよい。
【0044】
拡散剤の浴中含有率は、拡散剤の種類、表面処理要求特性等により異なるが、3〜40wt%、更には3〜30wt%、より更には5〜20wt%が好ましい。拡散剤の含有量が少ないと、特定拡散元素が被処理材(鉄合金材料)に対して必要濃度・深さの拡散浸透ができないおそれがある。逆に、拡散剤含有量が多いと、処理浴中に未溶解の拡散剤が懸濁乃至沈澱状態となり、特定拡散元素の拡散(浸透)作用が阻害されるおそれがあるとともに、被処理材表面に未溶融の拡散剤が付着して、表面粗さが悪化するおそれがあり、更には、拡散剤の浪費につながる。
【0045】
(3)補助剤:酸化ケイ素(SiO2)などのシリコン(Si)を含む材料を用いる。
【0046】
例えば、ケイ酸ガラス、ホウケイ酸ガラス、ケイ酸アルカリガラス、オルトケイ酸ナトリウム、メタオルトケイ酸ナトリウム、パラオルトケイ酸ナトリウムの他に、フェロシリコンなどのSi合金、金属シリコン、窒化ケイ素、炭化ケイ素、等を挙げることをできる。これらは単独添加でも、複合添加でも使用できるが、最適な添加量は浴中拡散剤含有量に影響される。
【0047】
補助剤(Siを含む材料)の浴中含有率は0.5〜40wt%が、さらには実用的見地からは1.0〜30wt%が望ましい。Siを含む材料の形状は粉末でも、塊状でも、粒状でも、溶融状態でも使用できる。粉末とする場合は、平均粒径200μm以下のものを使用することが望ましい。
【0048】
本発明の補助剤の効果は、拡散剤である4〜7族元素の一種または二種以上の元素(特定拡散元素M)の窒化物層あるいは炭窒化物層を安定して形成できる重要な役割を発揮する。本発明の窒化物層あるいは炭窒化物層の形成は、特定拡散元素Mのイオン化により表面処理槽(拡散層)形成反応が進行すると推定される。
【0049】
(4) 還元剤:炭化物や黒鉛などの炭素材料から選択する。
【0050】
ここで炭素材料としては、TiC,B4C,SiCなどの炭化物粉末、あるいは黒鉛粉末、活性炭、および棒状や塊状の黒鉛等からなる材料を用いる。この炭素材料は、灰分や酸化物などの不純物が数%程度混入していてもよい。実用的には黒鉛粉末が望まれるが、炭化物粉末も黒鉛粉末も粒度:50メッシュ以下、更には100メッシュ、より更には350メッシュ以下のものが望ましい。還元剤(炭素材料)の浴中含有率は、0.1〜10wt%、さらには0.5〜2.0 wt%が望ましい。
【0051】
還元剤である炭化物や黒鉛などの炭素材料は、特定拡散元素の拡散層(窒化物層あるいは炭窒化物層)を浴面深さに関係なく広範囲にわたって、長期間、安定して形成する作用を奏する。
【0052】
還元剤は、特定拡散元素が浴中で酸化するのを防止するのみならず、特定拡散元素の活性化を促進させる。一方、特定拡散元素が浴中で酸化しても、炭素材料が浴中に存在することにより、特定拡散元素が還元され、特定拡散元素のイオン化が活性され、窒化物層あるいは炭窒化物層の形成が促進されると推定される。
【0053】
前記の補助剤(Siを含む材料)は、酸素イオンが浴中で増加するのを阻止する作用を奏するのに対して、還元剤(炭素材料)は、浴中での特定拡散元素が還元され、その活性化を促進させる作用を奏する。その結果、長期間、浴面深さに関係なく、安定して窒化物層や炭窒化物層を形成することが可能となる。
【0054】
本発明の特徴の他の一つは、上記の処理浴剤を保持する容器材質にある。
【0055】
従来の鉄系容器と異なり、黒鉛材料からなる黒鉛容器等を使用することにより浴寿命の長期化および浴中の層の形成範囲のさらなる拡大などを図っている。なお、鉄系容器に耐酸化性被覆層を形成したり、ステンレス容器を使用したりすることも可能である。
【0056】
なお、処理浴を大型浴して、処理量を増加したり、大物製品の処理を可能にしたりする要請がある。
【0057】
この際、浴面深さに関係なく、安定して窒化物層や炭窒化物層を形成するためには、従来は、不活性ガスを吹き込んだり、攪拌機を浴内に設置したりする必要があった。
【0058】
しかし、処理浴を攪拌したり、ガスをバブリングして処理浴中に入れたりするため、浴面上の電気炉の周辺に浴の構成成分である塩化物が化学変化して塩素ガスが発生する。この塩素ガスが、処理浴の周辺機器を腐食させる。
【0059】
本発明は、主剤および拡散剤に加えて補助剤と還元剤との複合添加により、不活性ガスを吹き込んだり、攪拌機を浴内に設置したりはしないで、浴中の浴面深さに関係なく広範囲にわたって、長期間、安定して、窒化物層あるいは炭窒化物層を形成することが可能になり、これらの問題点を解決することに成功した。
【0060】
本発明の窒化物あるいは炭窒化物からなる表面硬化層を形成させる方法の加熱温度条件は、通常、400〜700℃、望ましくは450〜650℃とする。
【0061】
上限温度は被処理材料の鉄合金材料の母材が熱歪を受け難くなる温度及び溶融塩が化学変化を受け難い温度を想定して設定する。下限温度は、処理浴(溶融塩)の融点を想定して設定する。融点に近いと表面硬化層の形成速度が遅くなり生産性が低下する。実用上は、ダイス鋼や構造用鋼の高温焼戻し温度、480〜600℃の温度範囲がさらに望ましい。
【0062】
次に、窒化物あるいは炭窒化物からなる表面硬化層を形成させる方法の加熱処理時間は、長くなると、表面硬化層中の特定拡散元素Mの含有量が増加する。このため、加熱処理時間は当該元素Mの含有量により決定されるが、概ね1〜50hの範囲で選定される。
【0063】
形成される表面硬化層の厚さは、3〜15μm程度が実用的であるが、1〜2μmと薄膜を希望される場合もある。この理由は、表面硬化層の直下にFe-Nからなる拡散層が形成され、靭性を必要とする用途には薄膜の表面硬化層が必要であるからである。
【0064】
以上、本発明の表面処理方法を、溶融塩浸漬法と呼ばれる方法で説明をしたが、上記の窒化した鉄合金材料を陰極として電解する溶融塩電解法でも可能である。なお、溶融電電解法における陰極電流密度は2A/cm2以下、さらには0.05〜0.8A/cm2が望ましい。
【実施例】
【0065】
以下、本発明の効果を確認するために行なった実施例について説明する。
【0066】
A.表面処理の内容
(1)試験用被処理材の調製
各実施例・比較例の被処理試験片は、下記試験片に対し下記(予備)窒化処理を施したものを使用した。
【0067】
・実施例1:
(試験片)熱間金型用工具鋼JIS/SKD61からなる丸棒;直径10mm×長さ500m
(窒化処理)ガス軟窒化処理;580℃×3h
・実施例2:
(試験片)冷間金型用工具鋼JIS/SKD11からなる角材試験片;幅10mm×高さ10mm×長さ30mm
(窒化処理)プラズマ窒化処理;520℃×2.5h
・実施例3:
(試験片)実施例1と同じ
(窒化処理)実施例1と同じ
・実施例4:
(試験片)の炭素構造用鋼JIS/S45Cからなる丸棒試験片;直径8mm×長さ50mm
(窒化処理)塩浴窒化処理;580℃×3h
・実施例5:
(試験片)マルテンサイト系ステンレス鋼JIS/SUS440からなる丸棒試験片;直径8mm×長さ50mm
(窒化処理)プラズマイオン窒化処理;580℃×3.5h
(処理容器)耐熱鋼容器;直径200mm×深さ450mm
・実施例6:
(試験片)高速度工具鋼JIS/SKH51からなる丸棒試験片;直径6.5mm×長さ40mm
(窒化処理)塩浴窒化処理;580℃,3.5h条件
・実施例7:
(試験片)片状黒鉛鋳鉄JIS/FC250からなる角材;幅30×厚さ10×長さ50mm
(窒化処理)塩浴窒化処理;580℃×3.5h
・実施例8:
(試験片)冷間鍛造工具鋼JIS/SKD11からなる丸棒試験片;直径10mm×長さ60mm
(窒化処理)イオン窒化処理;500℃×5h
(2)処理浴の調製
表1〜2に示すmol組成の溶融塩材を表示の各浴容器に充填して、電気炉で表示の温度で溶融塩とし、該溶融塩に対して表示の拡散剤、補助剤および拡散剤を、処理浴における含有率が表示値となるように添加して各処理浴を調製した。
【0068】
【表1】
【0069】
【表2】
【0070】
(3)拡散処理
そして、前記各試験用被処理材を、上記で調製した各処理浴に表示時間浸漬をして拡散処理を行った。
【0071】
なお、各添加成分は下記のものを使用した。メッシュはTyler社製標準篩に基づく。
【0072】
拡散剤・・・Cr粉末;100メッシュ以下
Fe−V(フェロバナジウム)粉末;100メッシュ以下
Ti粉末:100メッシュ以下
Mn粉末:100メッシュ以下
補助剤・・・シリカ(SiO2)粉末;150μm以下
オルトケイ酸(Na4SiO2・2H2O);150μm以下
還元剤・・・黒鉛粉末;350メッシュ以下
B.被処理物の観察結果
表面処理後の各試験片(被処理材)を切断し、断面を光学顕微鏡(OM)で観察するとともに電子プローブX線マイクロアナライザー(EPMA)で線分析を行なった。さらに、X線回折計による観察も行なった。
【0073】
<実施例1>
表面処理後の試験片の組織断面を示す図2のOM写真から、厚さ約6μmの硬化層が形成されたことが分かり、図3のEPMA線分析結果から、硬化層中には約70wt%のCrとN,Cの他に少量のFeを含むことが分かる。
【0074】
さらに、X線回析を行なった結果、窒化クロム(CrNとCr2N)に相当する回析線が認められた。
【0075】
これらの結果により、被処理材料の表面に形成された表面硬化層は(Cr,Fe)(N,C)と(Cr,Fe)2(N,C)からなるクロムの炭窒化物層であることが確認された。
【0076】
さらに、前記処理浴を建浴して、約2ヶ月後に、図5に示すように処理浴内に試験片を浸漬して各深さにおける表面硬化層の組織断面を光学顕微鏡で観察した。
【0077】
浴面深さ30mmにおける形成層の断面OM写真である図4から約7μm厚さの表面硬化層が形成されたことが分かる。
【0078】
表面硬化層の厚さと、処理浴表面から浴底への距離における層の形成厚さをOMで観察した結果を図6に示す。図6から、浴深さが300mmのうち、浴面深さ30mmという浴面近傍部分にも、浴内部と同じ厚さと組成の硬化層が形成されたことが確認できた。
【0079】
一方、実施例1においてシリカ粉末と黒鉛粉末を添加していない比較例1の処理浴では、浴面深さ30mmおよび60mmの範囲では、硬化層が形成されなかった。このことより、本発明の処理浴が、該シリカ粉末と黒鉛粉末を添加していない比較例1の処理浴に比べて、硬化層の形成範囲が非常に大きいことがわかった。
【0080】
<実施例2>
拡散処理後の試験片の組織断面を示す図7のOM写真から、厚さ約7μmの硬化層が形成されたことが分かり、図8のEPMA線分析結果から、層中には約70wt%のCrとN,Cの他に約10wt%のFeを含むことが分かる。
【0081】
さらに、X線回析により、窒化クロム(CrNとCr2N)に相当する回析線が認められた。
【0082】
これらの結果により、被処理材料の表面に形成された表面硬化層は(Cr,Fe)(N,C)と(Cr,Fe)2(N,C)からなるクロムの炭窒化物層であることが確認された。
【0083】
さらに、本実施例の処理浴を、約1年間、上記同一の被処理材の処理を実施し、経過日数と形成層の厚さとの関係を調べたが、処理の途中、土日とかその他やむをえない時には炉をストップして、処理浴を常温で保持した。また処理するときは、520℃に加熱して、処理を繰り返した。
【0084】
この結果、図9に示す形成層の厚さと建浴後の経過日数との関係が得られた。図9から、該シリカ粉末と黒鉛粉末を添加していない比較用処理浴に比べて、本発明の処理浴は、約1年間使用しても、同一厚さと同一組成の層が形成され、浴寿命が著しく長期間であることがわかった。
【0085】
次に硬化層の硬さを測定したところ、図10に示す結果が得られた。これは硬さが予備窒化処理の種類、母材鋼種、および処理日の違いによってどう変化するかを調査した結果である。この結果、塩浴窒化でもイオン窒化でもまた、鋼種がSKD11でもSKD61でも、あるいは処理日が異なってもほぼ同じ硬さ、Hv1,600程度を示すことが明らかになった。このことは本発明の処理浴は、長期間使用しても浴寿命が安定であり、しかも同一組成の表面硬化層(Cr,Fe)(N,C)と(Cr,Fe)2(N,C)からなるクロムの炭窒化物層が形成されるという実用上有意義な結果が得られた。
【0086】
<実施例3>
表面処理後の試験片の組織断面を示す図11のOM写真から、厚さ約6μmの被覆層が形成されたことが分かり、図12のEPMA線分析結果から、被覆層中には約60wt%Vと 約15wt%Crの他に、少量のFeとNとCを含むことが分かる。
【0087】
また、表面硬化層の表面からX線回折を行った結果、得られた回折線はV2Nの回折線とよく一致した。
【0088】
以上の結果、表面硬化層は少量のCrを含む、複合のバナジウム炭窒化物層からなっていると考えられる。
【0089】
<実施例4>
硬化層の組織断面を示す図13のOM写真から、厚さは約5μmの被覆層が形成されたことが分かり、EPMA分析結果(試験片A・B・C)を示す表3から、被覆層中に約70wt%のVの他に、少量のFeとNとCを含むことが分かる。
【0090】
また、X線回折を行って得られた回折線は、図14に示すように、V2NとVCの回折線とよく一致した。
【0091】
以上の結果から、表面硬化層は少量のFeを含む、バナジウム炭窒化物層からなっていると考えられる。
【0092】
【表3】
【0093】
<実施例5>
硬化層の組織断面を示す図15のOM写真から、厚さは約5μmの硬化層が形成されたことが分かる。
【0094】
図示しないが、X線回折を行った結果、得られた回折線はTiNの回折線とよく一致した。
【0095】
以上の結果から硬化層はチタンの炭窒化物層(Ti,Fe)(N,C)からなっていると推察される。
【0096】
<実施例6>
断面組織を示す図16のOM写真から約4μmの硬化層が形成されたことが分かった。また、EPMAによる線分析を行なった結果、約75wt%のMnの他に、少量のFeとN,Cが検出された。
【0097】
硬化層の表面からX線回折を行った結果、得られた回折線はMn4Nの回折線とよく一致した。
【0098】
以上の結果,この層は少量のFeを含むマンガンの炭窒化物層(Mn,Fe)4(N,C)からなっていると考えられる。
【0099】
<実施例7−1・2・3、比較例7−1・2・3>
実施例7群の同一の寸法と鋼種に、
1)塩浴窒化(条件;580℃×3.5h)により硬化層(膜厚約7μm)を形成して比較例7-1を、
2)Crメッキ(電解硬質クロムメッキ)により硬化層(膜厚約10μm)を形成して比較例7-2を、
3)低温CVD(条件;500℃×6h)によるW-C処理により硬化層(膜厚約5μm)を形成して比較例7-3を、それぞれ調製した。
【0100】
次に、これらの実施例7群及び比較例7群について、ガス浸炭焼入れされたJIS/SCM415を相手材としてファレックス試験機により下記条件で極圧試験(乾式)を行なって各試験片の摩耗量を測定した。
荷重:400kg、回転速度;0.1m/s、試験事件:4min試験
【0101】
試験結果を図17に示す。各比較例7群は、摩耗量は非常に大きかった。これに対して、本発明品である各実施例7群は、ほとんど焼付きが観察されず、また摩耗量も非常に少なかった。
【0102】
<実施例8-1・8-2、比較例8-1・8-2>
実施例8-1・8-2の各試験片の硬化層の断面組織のOM写真から、被処理材の表面に実施例2と同様の硬化層が約5μm形成されたことが確認できた。
【0103】
また、実施例処理後の母材硬さ(ロックウエルC)はHRC57であり、処理前の母材硬さとほとんど同じであった。
【0104】
金属クロム粉末の代わりに、金属Ti粉末を添加して、同様の条件で処理して、形成された硬化層を実施例8-2とする。
【0105】
次に比較のために、同一の寸法の鋼種にイオン窒化した硬化層を形成して比較例8-1、及び、低温CVDによるW-C処理により硬化層を形成して比較例8-2の各試験片を調製した。
【0106】
次にこれら表面処理した各試験片について、相手材:SCM21球状化焼鈍材、摩擦距離:600m、最終荷重・3.3kgf、無潤滑の条件で、摩擦速度を1m/secの低速度から4.2m/secの高速度まで変化して行う、摩耗試験を行った。
【0107】
その結果を図18に示す。2m/s以上の高速度域において、比較例8-1や比較例8-2は、摩耗量が大きかったのに対して、実施例8-1や実施例8-2の摩耗量が格段に小さかった。これは本発明の表面処理法で形成した硬化層の耐摩耗性が優れていることを示している。
【0108】
以上の実施例7・8の結果から本発明の表面処理方法で形成する硬化層は、耐焼付性および耐摩耗性において非常に優れていることが確認できた。
【技術分野】
【0001】
本発明は鉄合金材料表面に、周期表の第4〜6周期の4〜7族(旧VIA〜VIIA族)元素の一種または二種以上の元素を含む、窒化物層または炭窒化物層を形成させて、耐摩耗性、耐焼付性、耐酸化性、耐疲労性を向上させる表面処理方法に関する。
【0002】
以下、周期表の族番号は、単に「n族」と表記する。また、粒度を示す「メッシュ」は、タイラー標準篩に基づくものである。
【0003】
本発明の鉄合金材料の表面処理方法は、下記の如く、各分野における各種鉄合金材料製品に適用できる。
【0004】
1)プレス加工分野:曲加工パンチとダイ、打抜パンチとダイ、線材ガイドロール、パイプ成形マンドレル、スクイズロール、引き抜きダイス、ガイドピンとブッシュ、位置決めピン、
2)冷間鍛造分野:据え込みパンチとダイ、後方押し出し冷鍛パンチ、
3)熱間鍛造分野:密閉鍛造型、アプセッター型、
4)鋳造型分野:ダイカストピン、鋳造型、入れ子型、
5)ゴム、プラスチック、ガラスなどの成形型、
6)ポンプ部品:ベーンノズル、
7)カム、自転車および産業用ピン、軸受け、ガイドなど。
【背景技術】
【0005】
鉄合金材料により構成された金型、工具等の表面に、窒化物層や炭窒化物層(以下「表面硬化層」と称することがある。)を形成することによって、耐摩耗性や耐溶融アルミ性を著しく向上させることは広く知られており、すでに工業化されている。鉄合金材料を700℃以下又は580℃以下の溶融浴に浸漬保持することによって、その表面にチタン、クロムおよび5族元素の窒化物層および炭窒化物層を形成する表面処理方法が、特許文献1・2・3等で提案されている。
【0006】
しかし、これらの方法は、チタン、クロム及び5族元素等の拡散剤が、必要な拡散濃度・深さを得難く、また処理浴の寿命が短くて、処理浴が経時変化して均質でなくなり、表面硬化層形成にバラツキを生じるという問題点があった。
【0007】
これらを改良した表面処理方法が特許文献4・5に提案されている。
【0008】
これらの表面処理方法はいずれもCrの窒化物層および炭窒化物層等の表面硬化層を形成する表面処理方法であり、しかも処理浴(溶融塩)の塩基度を適正に保持するために酸化ケイ素を主成分とするガラス粉末を添加し、さらに処理浴における浴面深さの違いによる表面硬化層の層厚さ・組成バラツキを小さくするために、ガス吹き込みパイプを付けたり、浴内に攪拌機を設置するなどの工夫がされている。
【0009】
このため、これらの表面処理方法は、コスト高であり、攪拌によって浴上にある装置や周辺の機器、天井までも錆が発生し易いという問題があった。また、容器には耐熱ステンレス鋼を使用して耐食性を向上させた容器を使用しているが、高価であり、長時間使用後には容器の腐食が発生することがある。この腐食により容器の構成物質であるFeを含む腐食物が処理浴に混入し、その結果、表面硬化層中に多量の鉄や不純物が入り、表面硬化層の硬さが低下するという問題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開昭61−291962号公報
【特許文献2】特開昭62−40362号公報
【特許文献3】特願昭62−70561号公報
【特許文献4】特開2000-178711号公報
【特許文献5】特開2000-144373号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
前記の従来の方法では、下記のような問題を発生し易かった。
【0012】
1)拡散剤(拡散元素)の必要な拡散濃度・深さを得難く、かつ、処理浴が経時変化して表面硬化層にバラツキを生じる。
【0013】
2)長時間の使用により容器の腐食が発生し、容器の構成物質であるFeからなる腐食物が処理浴に混入し、表面硬化層中に多量の鉄や不純物が浸透して、表面硬化層の硬さが変化(低下)する。
【0014】
3)ガス吹き込み装置や攪拌装置の設置によるコスト高と炉の周辺機器が腐食する。
【0015】
本発明は、上記諸問題を一挙に解決することができる鉄合金材料の表面処理方法を提供することを目的(課題)とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意開発に努力をした結果、下記構成の鉄合金材料の表面処理方法に想到した。
【0017】
鉄合金材料(被処理材)の表面に、予備窒化処理を実施後、拡散処理を実施して表面硬化層を形成させる表面処理をする方法において、
被処理材を処理浴に浸漬して拡散処理を実施するに際して、
処理浴を、溶融塩に、周期表第4〜6周期の4〜7族元素(以下、族番号のみで表記。)の一種または二種以上の元素を含む材料からなる拡散剤、および、シリコン(Si)を含む材料からなる補助剤とともに、単体炭素からなる還元剤を添加して調製することを特徴とする。
【0018】
通常、溶融塩(処理浴主剤)の形成剤として、アルカリ金属またはアルカリ土類金属の塩化物、フッ化物、ホウフッ化物、酸化物、炭酸塩、硝酸塩、ホウ酸塩のうちの一種または二種以上からなるもの選択するとともに、溶融塩を400〜700℃に加熱保持して前記表面処理をする。
【0019】
上記処理浴の容器は、少なくとも液接触面が、炭化物、窒化物、酸化物および黒鉛材料のいずれかで形成されたものとすることが望ましい。
【0020】
当該構成にすることにより、被処理材の表面に4〜7族元素の一種または二種以上の元素の窒化物層や炭窒化物層を安定して、容易に形成することができる。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、下記の如く、従来の諸問題を一挙に解決でき、被処理材である鉄合金材料表面に窒化物層および炭窒化物層を安定して、形成することができる。
【0022】
(1)700℃以下の低温の処理浴(溶融塩浴)中に浸漬するだけで、母材との密着性良好な4〜7族元素の窒化物および炭窒化物層を被処理材表面に形成することができる。
【0023】
(2)処理浴中の浴面深さのいかなる位置でも窒化物層および炭窒化物層が安定して形成され、処理浴の可使範囲が広い。
【0024】
(3)処理浴の経時変化が非常に少なく、浴寿命が著しく長期間である。
【0025】
(4)Crのみならず、他の4〜7族元素の窒化物層および炭窒化物層の形成が可能なため、処理材特性が優れている。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】本発明の鉄合金材料の表面処理方法の概略を示すフロー図である。
【図2】実施例1の表面硬化層の断面組織を示す光学顕微鏡(Optical Microscope:OM)写真の模写図である。
【図3】同じく電子プローブX線マイクロアナライザー(Electron Probe X-ray Micro-Analyzer:EPMA)の線分析結果を示すグラフ図である。
【図4】同じく試験片に形成される表面硬化層の厚さをOM観察した際における各浴面深さ基準を示す説明図である。
【図5】同じく浴面深さ30mmにおける断面組織を示すOM写真の模写図である。
【図6】実施例1及び比較例1の各浴面深さにおける表面硬化層の厚さをOM観察した結果を示すグラフ図である。
【図7】実施例2における表面硬化層の断面組織を示すOM写真の模写図である。
【図8】同じくEPMAの線分析結果を示すグラフ図である。
【図9】実施例2の処理浴を用いて表面処理を行った、経過日数と形成された表面硬化層との関係およびその拡散処理前のプラズマ窒化層の厚さ示すグラフ図である。
【図10】長時間経過後の実施例2の処理浴を用いて形成した表面硬化膜のビッカース硬さおよび拡散処理前のイオン窒化層のビッカース硬さを示すグラフ図である。
【図11】実施例3の表面硬化層の断面組織を示すOM写真の模写図である。
【図12】同じくEPMAの線分析結果を示すグラフ図である。
【図13】実施例4の表面硬化層の断面組織を示すOM写真の模写図である。
【図14】同じくX線回折結果を示すグラフ図である。
【図15】実施例5の表面硬化層の断面組織を示すOM写真の模写図である。
【図16】実施例6の表面硬化層の断面組織を示すOM写真の模写図である。
【図17】実施例7群と従来例の各表面処理を施した比較例7群を試験片としてファレックス試験を行なった摩耗試験の結果を示すグラフ図である。
【図18】実施例8群と従来例の各表面処理をした比較例8群を試験片として大越式迅速摩耗試験機による摩耗試験の結果を示すグラフ図である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
以下、本発明の実施形態(概要)について説明する。
【0028】
本発明者らは、上記処理浴における、溶融塩(主剤)および拡散剤に対する補助剤と還元剤の複合添加を知見し、さらには、黒鉛材料等の浴容器を使用することによって、これらの問題点を全て解決できるに至った。即ち、処理浴を攪拌することなく、被処理材(製品)を浴中に浸漬するだけで、長期間、各種4〜7族元素の窒化物層および炭窒化物層が安定して形成できることを知見した。例えば、予備窒化処理をした鉄合金材料の表面に、従来のCr炭窒化物層の形成のみならず、硬さの大きいバナジウム(V)の炭窒化物層や、耐焼付き性に優れているチタン(Ti)やマンガン(Mn)の炭窒化物層を、長期間安定して形成できるようになった。
【0029】
本発明における、予備窒化処理をする方法は、汎用の窒化処理であれば特に限定されない。例えば、イオン窒化、プラズマ窒化、グロー放電窒化、浸炭窒化、酸窒化、フッ化とガス軟窒化の複合窒化、ガス窒化、塩浴窒化、ガス軟窒化、塩浴軟窒化、等を挙げることができる。
【0030】
また、予備窒化の態様は、鉄合金材料の表面に鉄の窒化物層あるいは鉄と母材中の炭素とが反応した、鉄の炭窒化物層が形成されていてもよいし、またこれらの窒化物層が形成されずに、単に鉄への窒素の固溶体(窒素拡散層:γ‘層)のみが形成されていてもよい。窒素の拡散層のみの場合でも、1μm程度の薄い4〜7族元素の一種または二種以上の元素(以下、「特定拡散元素」という。)の窒化物層あるいは炭窒化物層が形成されるからである。
【0031】
本発明の表面処理方法における処理浴は、主剤(溶融塩形成剤)(1)に、従来と同様、拡散剤(2)および補助剤(3)を含ませるとともに、還元剤(4)を含ませて形成する。
【0032】
(1)主剤:拡散元素Mが鉄合金材料の表面に拡散する媒介となる働きをする物質で、処理浴の大半を形成する。
【0033】
該主剤としては、アルカリ金属・アルカリ土類金属化合物のうちから一種または二種以上を適宜選択して使用する。具体的には、アルカリ金属またはアルカリ土類金属の塩化物、フッ化物、ホウフッ化物、酸化物、炭酸塩、硝酸塩、ホウ酸塩等を挙げることができる。
【0034】
例えば、NaCl,CaCl2,LiCl,NaF,LiF,KBF4,Na2CO3,LiCO3,K2CO3,NaNO3,Na2Oなどを好適に使用できる。
【0035】
これらの主剤(溶融塩)で形成される処理浴は大気中に設置されるため、酸素が浴中に入り、例えばNa2Oが形成され、この酸素イオンが増加すると、特定拡散元素のイオン化を阻止すると考えられる。そこでこの酸素イオンが処理浴中で増加するのを阻止し、特定拡散元素のイオン化を促進させるために、補助剤としてシリコン(Si)を含む材料の添加が必要である。
【0036】
(2)拡散剤:特定拡散元素(4〜7族元素の一種または二種以上)を含む材料から選択する。
【0037】
ここで、4族元素としてはチタン(Ti)、ジルコニウム(Zr)、ハフニウム(Hf)があり、これらの元素の単体(金属)、合金および金属塩などを用いる。例えば、合金としてはフェロチタン、フェロジルコニウム等を、金属塩としては、TiCl3,TiF4,ZrCl3等のハロゲン化物を挙げることができる。
【0038】
5族元素としてはバナジウム(V)、ニオブ(Nb)、タンタル(Ta)があり、これらの元素の単体、合金及び金属塩(複合塩を含む。)を用いる。合金としてはフェロバナジウム等を、金属塩してはVCl3,TaCl5,NbCl5,K2NbF7,NbF5, VF5,K2TaF7等のハロゲン化物を挙げることができる。
【0039】
6族元素としてはクロム(Cr)、モリブデン(Mo)、タングステン(W)があり、これらの元素の単体、合金及び金属塩を用いる。例えば、合金としてはフェロクロム、フェロタングステン、フェロモリブデン等を、金属塩としては、CrCl3、WCl5、MoCl5, CrF6などのハロゲン化物を挙げることができる。
【0040】
7族元素としてはマンガン(Mn)があり、Mnの単体、合金および金属塩を用いる。例えば、合金としてはフェロマンガン等を、金属塩としてはMnCl5等のハロゲン化物を挙げることができる。
【0041】
なお、拡散剤として、TiやCrなどを含む化合物を使用する場合には、5族元素のV、Nb、Taと同時に、4族のTiや6族のCrを含む複合の表面硬化層が形成される。
【0042】
VとCrの両元素が含まれる拡散剤を用いる場合には、VとCrが含まれた複合の表面拡散層を形成することも可能である。なお、特定拡散元素Mを含む拡散剤の形態は、粉末状、粒状、塊状、棒状、板状のいずれでもよいが、通常、最も入手が容易で安価である粉末状のものを使用する。粉末は、通常、粒度:50メッシュ以下、望ましくは粒度:400メッシュ以下とする。
【0043】
なお、棒状や板状の特定拡散元素を含む金属を、陽極として溶融塩浴中に浸漬し、電解溶融させて処理浴中に混入させてもよい。
【0044】
拡散剤の浴中含有率は、拡散剤の種類、表面処理要求特性等により異なるが、3〜40wt%、更には3〜30wt%、より更には5〜20wt%が好ましい。拡散剤の含有量が少ないと、特定拡散元素が被処理材(鉄合金材料)に対して必要濃度・深さの拡散浸透ができないおそれがある。逆に、拡散剤含有量が多いと、処理浴中に未溶解の拡散剤が懸濁乃至沈澱状態となり、特定拡散元素の拡散(浸透)作用が阻害されるおそれがあるとともに、被処理材表面に未溶融の拡散剤が付着して、表面粗さが悪化するおそれがあり、更には、拡散剤の浪費につながる。
【0045】
(3)補助剤:酸化ケイ素(SiO2)などのシリコン(Si)を含む材料を用いる。
【0046】
例えば、ケイ酸ガラス、ホウケイ酸ガラス、ケイ酸アルカリガラス、オルトケイ酸ナトリウム、メタオルトケイ酸ナトリウム、パラオルトケイ酸ナトリウムの他に、フェロシリコンなどのSi合金、金属シリコン、窒化ケイ素、炭化ケイ素、等を挙げることをできる。これらは単独添加でも、複合添加でも使用できるが、最適な添加量は浴中拡散剤含有量に影響される。
【0047】
補助剤(Siを含む材料)の浴中含有率は0.5〜40wt%が、さらには実用的見地からは1.0〜30wt%が望ましい。Siを含む材料の形状は粉末でも、塊状でも、粒状でも、溶融状態でも使用できる。粉末とする場合は、平均粒径200μm以下のものを使用することが望ましい。
【0048】
本発明の補助剤の効果は、拡散剤である4〜7族元素の一種または二種以上の元素(特定拡散元素M)の窒化物層あるいは炭窒化物層を安定して形成できる重要な役割を発揮する。本発明の窒化物層あるいは炭窒化物層の形成は、特定拡散元素Mのイオン化により表面処理槽(拡散層)形成反応が進行すると推定される。
【0049】
(4) 還元剤:炭化物や黒鉛などの炭素材料から選択する。
【0050】
ここで炭素材料としては、TiC,B4C,SiCなどの炭化物粉末、あるいは黒鉛粉末、活性炭、および棒状や塊状の黒鉛等からなる材料を用いる。この炭素材料は、灰分や酸化物などの不純物が数%程度混入していてもよい。実用的には黒鉛粉末が望まれるが、炭化物粉末も黒鉛粉末も粒度:50メッシュ以下、更には100メッシュ、より更には350メッシュ以下のものが望ましい。還元剤(炭素材料)の浴中含有率は、0.1〜10wt%、さらには0.5〜2.0 wt%が望ましい。
【0051】
還元剤である炭化物や黒鉛などの炭素材料は、特定拡散元素の拡散層(窒化物層あるいは炭窒化物層)を浴面深さに関係なく広範囲にわたって、長期間、安定して形成する作用を奏する。
【0052】
還元剤は、特定拡散元素が浴中で酸化するのを防止するのみならず、特定拡散元素の活性化を促進させる。一方、特定拡散元素が浴中で酸化しても、炭素材料が浴中に存在することにより、特定拡散元素が還元され、特定拡散元素のイオン化が活性され、窒化物層あるいは炭窒化物層の形成が促進されると推定される。
【0053】
前記の補助剤(Siを含む材料)は、酸素イオンが浴中で増加するのを阻止する作用を奏するのに対して、還元剤(炭素材料)は、浴中での特定拡散元素が還元され、その活性化を促進させる作用を奏する。その結果、長期間、浴面深さに関係なく、安定して窒化物層や炭窒化物層を形成することが可能となる。
【0054】
本発明の特徴の他の一つは、上記の処理浴剤を保持する容器材質にある。
【0055】
従来の鉄系容器と異なり、黒鉛材料からなる黒鉛容器等を使用することにより浴寿命の長期化および浴中の層の形成範囲のさらなる拡大などを図っている。なお、鉄系容器に耐酸化性被覆層を形成したり、ステンレス容器を使用したりすることも可能である。
【0056】
なお、処理浴を大型浴して、処理量を増加したり、大物製品の処理を可能にしたりする要請がある。
【0057】
この際、浴面深さに関係なく、安定して窒化物層や炭窒化物層を形成するためには、従来は、不活性ガスを吹き込んだり、攪拌機を浴内に設置したりする必要があった。
【0058】
しかし、処理浴を攪拌したり、ガスをバブリングして処理浴中に入れたりするため、浴面上の電気炉の周辺に浴の構成成分である塩化物が化学変化して塩素ガスが発生する。この塩素ガスが、処理浴の周辺機器を腐食させる。
【0059】
本発明は、主剤および拡散剤に加えて補助剤と還元剤との複合添加により、不活性ガスを吹き込んだり、攪拌機を浴内に設置したりはしないで、浴中の浴面深さに関係なく広範囲にわたって、長期間、安定して、窒化物層あるいは炭窒化物層を形成することが可能になり、これらの問題点を解決することに成功した。
【0060】
本発明の窒化物あるいは炭窒化物からなる表面硬化層を形成させる方法の加熱温度条件は、通常、400〜700℃、望ましくは450〜650℃とする。
【0061】
上限温度は被処理材料の鉄合金材料の母材が熱歪を受け難くなる温度及び溶融塩が化学変化を受け難い温度を想定して設定する。下限温度は、処理浴(溶融塩)の融点を想定して設定する。融点に近いと表面硬化層の形成速度が遅くなり生産性が低下する。実用上は、ダイス鋼や構造用鋼の高温焼戻し温度、480〜600℃の温度範囲がさらに望ましい。
【0062】
次に、窒化物あるいは炭窒化物からなる表面硬化層を形成させる方法の加熱処理時間は、長くなると、表面硬化層中の特定拡散元素Mの含有量が増加する。このため、加熱処理時間は当該元素Mの含有量により決定されるが、概ね1〜50hの範囲で選定される。
【0063】
形成される表面硬化層の厚さは、3〜15μm程度が実用的であるが、1〜2μmと薄膜を希望される場合もある。この理由は、表面硬化層の直下にFe-Nからなる拡散層が形成され、靭性を必要とする用途には薄膜の表面硬化層が必要であるからである。
【0064】
以上、本発明の表面処理方法を、溶融塩浸漬法と呼ばれる方法で説明をしたが、上記の窒化した鉄合金材料を陰極として電解する溶融塩電解法でも可能である。なお、溶融電電解法における陰極電流密度は2A/cm2以下、さらには0.05〜0.8A/cm2が望ましい。
【実施例】
【0065】
以下、本発明の効果を確認するために行なった実施例について説明する。
【0066】
A.表面処理の内容
(1)試験用被処理材の調製
各実施例・比較例の被処理試験片は、下記試験片に対し下記(予備)窒化処理を施したものを使用した。
【0067】
・実施例1:
(試験片)熱間金型用工具鋼JIS/SKD61からなる丸棒;直径10mm×長さ500m
(窒化処理)ガス軟窒化処理;580℃×3h
・実施例2:
(試験片)冷間金型用工具鋼JIS/SKD11からなる角材試験片;幅10mm×高さ10mm×長さ30mm
(窒化処理)プラズマ窒化処理;520℃×2.5h
・実施例3:
(試験片)実施例1と同じ
(窒化処理)実施例1と同じ
・実施例4:
(試験片)の炭素構造用鋼JIS/S45Cからなる丸棒試験片;直径8mm×長さ50mm
(窒化処理)塩浴窒化処理;580℃×3h
・実施例5:
(試験片)マルテンサイト系ステンレス鋼JIS/SUS440からなる丸棒試験片;直径8mm×長さ50mm
(窒化処理)プラズマイオン窒化処理;580℃×3.5h
(処理容器)耐熱鋼容器;直径200mm×深さ450mm
・実施例6:
(試験片)高速度工具鋼JIS/SKH51からなる丸棒試験片;直径6.5mm×長さ40mm
(窒化処理)塩浴窒化処理;580℃,3.5h条件
・実施例7:
(試験片)片状黒鉛鋳鉄JIS/FC250からなる角材;幅30×厚さ10×長さ50mm
(窒化処理)塩浴窒化処理;580℃×3.5h
・実施例8:
(試験片)冷間鍛造工具鋼JIS/SKD11からなる丸棒試験片;直径10mm×長さ60mm
(窒化処理)イオン窒化処理;500℃×5h
(2)処理浴の調製
表1〜2に示すmol組成の溶融塩材を表示の各浴容器に充填して、電気炉で表示の温度で溶融塩とし、該溶融塩に対して表示の拡散剤、補助剤および拡散剤を、処理浴における含有率が表示値となるように添加して各処理浴を調製した。
【0068】
【表1】
【0069】
【表2】
【0070】
(3)拡散処理
そして、前記各試験用被処理材を、上記で調製した各処理浴に表示時間浸漬をして拡散処理を行った。
【0071】
なお、各添加成分は下記のものを使用した。メッシュはTyler社製標準篩に基づく。
【0072】
拡散剤・・・Cr粉末;100メッシュ以下
Fe−V(フェロバナジウム)粉末;100メッシュ以下
Ti粉末:100メッシュ以下
Mn粉末:100メッシュ以下
補助剤・・・シリカ(SiO2)粉末;150μm以下
オルトケイ酸(Na4SiO2・2H2O);150μm以下
還元剤・・・黒鉛粉末;350メッシュ以下
B.被処理物の観察結果
表面処理後の各試験片(被処理材)を切断し、断面を光学顕微鏡(OM)で観察するとともに電子プローブX線マイクロアナライザー(EPMA)で線分析を行なった。さらに、X線回折計による観察も行なった。
【0073】
<実施例1>
表面処理後の試験片の組織断面を示す図2のOM写真から、厚さ約6μmの硬化層が形成されたことが分かり、図3のEPMA線分析結果から、硬化層中には約70wt%のCrとN,Cの他に少量のFeを含むことが分かる。
【0074】
さらに、X線回析を行なった結果、窒化クロム(CrNとCr2N)に相当する回析線が認められた。
【0075】
これらの結果により、被処理材料の表面に形成された表面硬化層は(Cr,Fe)(N,C)と(Cr,Fe)2(N,C)からなるクロムの炭窒化物層であることが確認された。
【0076】
さらに、前記処理浴を建浴して、約2ヶ月後に、図5に示すように処理浴内に試験片を浸漬して各深さにおける表面硬化層の組織断面を光学顕微鏡で観察した。
【0077】
浴面深さ30mmにおける形成層の断面OM写真である図4から約7μm厚さの表面硬化層が形成されたことが分かる。
【0078】
表面硬化層の厚さと、処理浴表面から浴底への距離における層の形成厚さをOMで観察した結果を図6に示す。図6から、浴深さが300mmのうち、浴面深さ30mmという浴面近傍部分にも、浴内部と同じ厚さと組成の硬化層が形成されたことが確認できた。
【0079】
一方、実施例1においてシリカ粉末と黒鉛粉末を添加していない比較例1の処理浴では、浴面深さ30mmおよび60mmの範囲では、硬化層が形成されなかった。このことより、本発明の処理浴が、該シリカ粉末と黒鉛粉末を添加していない比較例1の処理浴に比べて、硬化層の形成範囲が非常に大きいことがわかった。
【0080】
<実施例2>
拡散処理後の試験片の組織断面を示す図7のOM写真から、厚さ約7μmの硬化層が形成されたことが分かり、図8のEPMA線分析結果から、層中には約70wt%のCrとN,Cの他に約10wt%のFeを含むことが分かる。
【0081】
さらに、X線回析により、窒化クロム(CrNとCr2N)に相当する回析線が認められた。
【0082】
これらの結果により、被処理材料の表面に形成された表面硬化層は(Cr,Fe)(N,C)と(Cr,Fe)2(N,C)からなるクロムの炭窒化物層であることが確認された。
【0083】
さらに、本実施例の処理浴を、約1年間、上記同一の被処理材の処理を実施し、経過日数と形成層の厚さとの関係を調べたが、処理の途中、土日とかその他やむをえない時には炉をストップして、処理浴を常温で保持した。また処理するときは、520℃に加熱して、処理を繰り返した。
【0084】
この結果、図9に示す形成層の厚さと建浴後の経過日数との関係が得られた。図9から、該シリカ粉末と黒鉛粉末を添加していない比較用処理浴に比べて、本発明の処理浴は、約1年間使用しても、同一厚さと同一組成の層が形成され、浴寿命が著しく長期間であることがわかった。
【0085】
次に硬化層の硬さを測定したところ、図10に示す結果が得られた。これは硬さが予備窒化処理の種類、母材鋼種、および処理日の違いによってどう変化するかを調査した結果である。この結果、塩浴窒化でもイオン窒化でもまた、鋼種がSKD11でもSKD61でも、あるいは処理日が異なってもほぼ同じ硬さ、Hv1,600程度を示すことが明らかになった。このことは本発明の処理浴は、長期間使用しても浴寿命が安定であり、しかも同一組成の表面硬化層(Cr,Fe)(N,C)と(Cr,Fe)2(N,C)からなるクロムの炭窒化物層が形成されるという実用上有意義な結果が得られた。
【0086】
<実施例3>
表面処理後の試験片の組織断面を示す図11のOM写真から、厚さ約6μmの被覆層が形成されたことが分かり、図12のEPMA線分析結果から、被覆層中には約60wt%Vと 約15wt%Crの他に、少量のFeとNとCを含むことが分かる。
【0087】
また、表面硬化層の表面からX線回折を行った結果、得られた回折線はV2Nの回折線とよく一致した。
【0088】
以上の結果、表面硬化層は少量のCrを含む、複合のバナジウム炭窒化物層からなっていると考えられる。
【0089】
<実施例4>
硬化層の組織断面を示す図13のOM写真から、厚さは約5μmの被覆層が形成されたことが分かり、EPMA分析結果(試験片A・B・C)を示す表3から、被覆層中に約70wt%のVの他に、少量のFeとNとCを含むことが分かる。
【0090】
また、X線回折を行って得られた回折線は、図14に示すように、V2NとVCの回折線とよく一致した。
【0091】
以上の結果から、表面硬化層は少量のFeを含む、バナジウム炭窒化物層からなっていると考えられる。
【0092】
【表3】
【0093】
<実施例5>
硬化層の組織断面を示す図15のOM写真から、厚さは約5μmの硬化層が形成されたことが分かる。
【0094】
図示しないが、X線回折を行った結果、得られた回折線はTiNの回折線とよく一致した。
【0095】
以上の結果から硬化層はチタンの炭窒化物層(Ti,Fe)(N,C)からなっていると推察される。
【0096】
<実施例6>
断面組織を示す図16のOM写真から約4μmの硬化層が形成されたことが分かった。また、EPMAによる線分析を行なった結果、約75wt%のMnの他に、少量のFeとN,Cが検出された。
【0097】
硬化層の表面からX線回折を行った結果、得られた回折線はMn4Nの回折線とよく一致した。
【0098】
以上の結果,この層は少量のFeを含むマンガンの炭窒化物層(Mn,Fe)4(N,C)からなっていると考えられる。
【0099】
<実施例7−1・2・3、比較例7−1・2・3>
実施例7群の同一の寸法と鋼種に、
1)塩浴窒化(条件;580℃×3.5h)により硬化層(膜厚約7μm)を形成して比較例7-1を、
2)Crメッキ(電解硬質クロムメッキ)により硬化層(膜厚約10μm)を形成して比較例7-2を、
3)低温CVD(条件;500℃×6h)によるW-C処理により硬化層(膜厚約5μm)を形成して比較例7-3を、それぞれ調製した。
【0100】
次に、これらの実施例7群及び比較例7群について、ガス浸炭焼入れされたJIS/SCM415を相手材としてファレックス試験機により下記条件で極圧試験(乾式)を行なって各試験片の摩耗量を測定した。
荷重:400kg、回転速度;0.1m/s、試験事件:4min試験
【0101】
試験結果を図17に示す。各比較例7群は、摩耗量は非常に大きかった。これに対して、本発明品である各実施例7群は、ほとんど焼付きが観察されず、また摩耗量も非常に少なかった。
【0102】
<実施例8-1・8-2、比較例8-1・8-2>
実施例8-1・8-2の各試験片の硬化層の断面組織のOM写真から、被処理材の表面に実施例2と同様の硬化層が約5μm形成されたことが確認できた。
【0103】
また、実施例処理後の母材硬さ(ロックウエルC)はHRC57であり、処理前の母材硬さとほとんど同じであった。
【0104】
金属クロム粉末の代わりに、金属Ti粉末を添加して、同様の条件で処理して、形成された硬化層を実施例8-2とする。
【0105】
次に比較のために、同一の寸法の鋼種にイオン窒化した硬化層を形成して比較例8-1、及び、低温CVDによるW-C処理により硬化層を形成して比較例8-2の各試験片を調製した。
【0106】
次にこれら表面処理した各試験片について、相手材:SCM21球状化焼鈍材、摩擦距離:600m、最終荷重・3.3kgf、無潤滑の条件で、摩擦速度を1m/secの低速度から4.2m/secの高速度まで変化して行う、摩耗試験を行った。
【0107】
その結果を図18に示す。2m/s以上の高速度域において、比較例8-1や比較例8-2は、摩耗量が大きかったのに対して、実施例8-1や実施例8-2の摩耗量が格段に小さかった。これは本発明の表面処理法で形成した硬化層の耐摩耗性が優れていることを示している。
【0108】
以上の実施例7・8の結果から本発明の表面処理方法で形成する硬化層は、耐焼付性および耐摩耗性において非常に優れていることが確認できた。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
鉄合金材料(被処理材)の表面に、予備窒化処理を実施後、拡散処理を実施して表面拡散層(表面硬化層)を形成させる表面処理をする方法において、
前記被処理材を処理浴に浸漬して前記拡散処理を実施するに際して、
前記処理浴を、溶融塩に、周期表第4〜6周期の4〜7族元素(以下、族番号のみで表記。)の一種または二種以上の元素を含む材料からなる拡散剤、および、シリコン(Si)を含む材料からなる補助剤とともに、単体炭素からなる還元剤を添加して調製することを特徴とする鉄合金材料の表面処理方法。
【請求項2】
前記溶融塩の形成剤として、アルカリ金属またはアルカリ土類金属の、塩化物、フッ化物、ホウ弗化物、酸化物、炭酸塩、硝酸塩、ホウ酸塩のうちの一種または二種以上から選択するとともに、前記溶融塩を400〜700℃に加熱保持して前記表面処理をすることを特徴とする請求項1記載の鉄合金材料の表面処理方法。
【請求項3】
前記拡散剤が、Ti(4族)、V(5族)、Cr(6族)、Mn(7族)の一種または二種以上の単体又はそれらの合金を含み、前記処理浴における含有率が3〜40wt%であることを特徴とする請求項1又は2記載の鉄合金材料の表面処理方法。
【請求項4】
上記拡散剤が、それぞれ粒度:50メッシュ(Tyler)以下のTi粉末、Fe-V粉末、Cr粉末およびMn粉末のいずれか一種以上からなることを特徴とする請求項3記載の鉄合金材料の表面処理方法。
【請求項5】
上記補助剤が、酸化ケイ素(SiO2)であり、前記処理浴における含有率が0.5〜40wt%であることを特徴とする請求項1〜4いずれか一記載の鉄合金材料の表面処理方法。
【請求項6】
上記還元剤が、粒度200メッシュ(Tyler)以下の黒鉛であり、前記処理浴における含有率が0.1〜10wt%であることを特徴とする請求項1〜5いずれか一記載の鉄合金材料の表面処理方法。
【請求項7】
前記処理浴の容器が、少なくとも液接触面が、黒鉛材料、炭化物、窒化物および酸化物のいずれかで形成されたものであることを特徴とする請求項1〜6いずれか一記載の鉄合金材料の表面処理方法。
【請求項1】
鉄合金材料(被処理材)の表面に、予備窒化処理を実施後、拡散処理を実施して表面拡散層(表面硬化層)を形成させる表面処理をする方法において、
前記被処理材を処理浴に浸漬して前記拡散処理を実施するに際して、
前記処理浴を、溶融塩に、周期表第4〜6周期の4〜7族元素(以下、族番号のみで表記。)の一種または二種以上の元素を含む材料からなる拡散剤、および、シリコン(Si)を含む材料からなる補助剤とともに、単体炭素からなる還元剤を添加して調製することを特徴とする鉄合金材料の表面処理方法。
【請求項2】
前記溶融塩の形成剤として、アルカリ金属またはアルカリ土類金属の、塩化物、フッ化物、ホウ弗化物、酸化物、炭酸塩、硝酸塩、ホウ酸塩のうちの一種または二種以上から選択するとともに、前記溶融塩を400〜700℃に加熱保持して前記表面処理をすることを特徴とする請求項1記載の鉄合金材料の表面処理方法。
【請求項3】
前記拡散剤が、Ti(4族)、V(5族)、Cr(6族)、Mn(7族)の一種または二種以上の単体又はそれらの合金を含み、前記処理浴における含有率が3〜40wt%であることを特徴とする請求項1又は2記載の鉄合金材料の表面処理方法。
【請求項4】
上記拡散剤が、それぞれ粒度:50メッシュ(Tyler)以下のTi粉末、Fe-V粉末、Cr粉末およびMn粉末のいずれか一種以上からなることを特徴とする請求項3記載の鉄合金材料の表面処理方法。
【請求項5】
上記補助剤が、酸化ケイ素(SiO2)であり、前記処理浴における含有率が0.5〜40wt%であることを特徴とする請求項1〜4いずれか一記載の鉄合金材料の表面処理方法。
【請求項6】
上記還元剤が、粒度200メッシュ(Tyler)以下の黒鉛であり、前記処理浴における含有率が0.1〜10wt%であることを特徴とする請求項1〜5いずれか一記載の鉄合金材料の表面処理方法。
【請求項7】
前記処理浴の容器が、少なくとも液接触面が、黒鉛材料、炭化物、窒化物および酸化物のいずれかで形成されたものであることを特徴とする請求項1〜6いずれか一記載の鉄合金材料の表面処理方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【公開番号】特開2012−31480(P2012−31480A)
【公開日】平成24年2月16日(2012.2.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−172813(P2010−172813)
【出願日】平成22年7月30日(2010.7.30)
【出願人】(591258783)大東工業株式会社 (8)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成24年2月16日(2012.2.16)
【国際特許分類】
【出願日】平成22年7月30日(2010.7.30)
【出願人】(591258783)大東工業株式会社 (8)
【Fターム(参考)】
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