説明

除振システム、除振方法及びプログラム

【課題】多入力多出力を扱え、かつ非振動的な除振制御が可能であり、システム変動に頑強な制御を実現する。
【解決手段】搭載物が載置される定盤1を駆動する複数の駆動部3bに対応して配置された複数のセンサ3aにより、定盤1の状態量を計測する。次に、定盤1についての複数の状態量及び定盤1の運動方程式に基づいて、スライディングモード制御により、該当する駆動部3bに対する制御量を作成し、出力する。
またカルマンフィルタ9をさらに備え、制御部は、複数のセンサ3aのうち一部のセンサから取得した状態量をカルマンフィルタ9に入力し、カルマンフィルタ9で推定された他の状態量と一部のセンサから取得した状態量及び定盤1の運動方程式に基づいて、該当する駆動部に対する制御量を算出することが好適である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、振動を除去するための除振システム、除振方法及びそのプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、光学計測機器や超精密加工機械などの機械装置では、環境振動によって測定誤差や加工精度の低下を来すことから、これらを嫌振機械と称して振動絶縁あるいは除振という方法が講じられてきた。
【0003】
現在、市販されている除振装置の殆どはPID(比例・積分・微分)制御という古典制御理論を使用している。PID制御は、具体的数値を用いて実験(検証)を繰り返しながら答えを見つける方法(カット&トライ)によりフィードバックゲインを調整する必要がある。
【0004】
例えば、XYZ軸からなる3次元空間において、通常、除振装置には6軸制御(x,y,z,θx,θy,θz)が必要とされるが、PID制御では1入力1出力しか扱えない。そのため、定盤を駆動するそれぞれのアクチュエータで各軸を独立に制御しているため、ある軸を制御する事で他の軸の振動を誘発する恐れがある。
【0005】
図1に、従来の除振システムにおけるPID制御のブロック図を示す。
この例では、制御対象となる定盤(ステージ)1の四隅に脚部を兼ねた除振ユニット3が配置されているものを想定している。各除振ユニットはアクチュエータ及び加速度センサが対に設けられており、(x1,z1)、(y2,z2)、(x3,z3)、(y4,z4)の各軸に対する制御を行う。以下では、一つの除振ユニットにおける制御について説明する。
【0006】
除振ユニット3−1の加速度センサ3−1aからの出力(x1ddot,z1ddot)がPID制御部4に入力される。PID制御部4は、加速度センサ3−1aからの出力値と目標値との偏差に比例ゲイン(−KP)を乗算し、加算器へ出力する(比例動作)。また、加速度センサ3−1aからの出力値と目標値との偏差の時間積分に積分ゲイン(−KI)を乗算し、加算器へ出力する(積分動作)。さらに、加速度センサ3−1aからの出力値と目標値との偏差の時間微分に微分ゲイン(−KD)を乗算し、加算器へ出力する(微分動作)。そして、加算器の出力を除振ユニット3−1のアクチュエータ3−1bに入力し、定盤の一隅に対してx1,z1方向への制御力を発生させる。このようなPID制御を、他の三隅の除振ユニットについても行う。
【0007】
上述したように、PID制御では、1入力1出力しか扱えないので、各除振ユニットは各自の情報のみフィードバックする事になり定盤1全体として統制した制御ができない。
PID制御は除振対象となる定盤等装置の重量や重心、バネ定数、減衰係数等の変動があると制御効果が落ちる。その場合、再び実験を行い各除振ユニットの制御パラメータの再調整が必要となる。
また、市販の除振システムは6〜10個程度の加速度センサを搭載する必要がある。そのため、加速度センサのコストは勿論、CPU(Central Processing Unit)等の演算処理にも負荷がかかる。CPUはその処理能力によりに価格が違うので、演算処理を高めようとするとコストが増大してしまう。
【0008】
このような問題を解決するものとして、アクティブ制御を用いたアクティブ除振装置が特許文献1に記載されている。この特許文献1においては、低周波の除振対象周波数域におけるテーブルの弾性振動モードの制御に加えて、除振性能に影響を及ぼす搭載物の挙動を考慮した除振方法が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特許4078330号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
ところで、特許文献1に記載されたものは、アクティブ制御であり、数式モデルに誤差があると正確な制御が行えない。また、外乱や制御対象に変化があった場合、制御パラメータの微修正が必要である。
【0011】
本発明は、このような状況に鑑みてなされたものであり、多入力多出力を扱え、かつ非振動的な除振制御が可能であり、システム変動に頑強な制御を実現できるようにする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明の第1の側面の除振システムは、定盤を駆動する複数の駆動部と、その複数の駆動部に対応して配置され、定盤の状態量を計測する複数のセンサとを備える。さらに、複数のセンサからの状態量及び定盤の運動方程式に基づいて、スライディングモード制御により、該当する駆動部に対する制御量を出力する制御部を有するスライディングモード制御装置と、を備える。
【0013】
上記発明において、カルマンフィルタをさらに備え、制御部は、複数のセンサのうち一部のセンサからの状態量を前記カルマンフィルタに入力する。そして、カルマンフィルタで推定された他の状態量と前記一部のセンサから取得した状態量及び定盤の運動方程式に基づいて、該当する駆動部に対する制御量を算出することが好適である。
【0014】
本発明の第1の側面の除振方法及びプログラムは、定盤を駆動する複数の駆動部に対応して配置された複数のセンサにより、定盤の状態量を計測するステップと、定盤についての複数の状態量及び定盤の運動方程式に基づいて、スライディングモード制御により、該当する駆動部に対する制御量を出力するステップとを含む。
【0015】
本発明の第1の側面においては、搭載物が載置される定盤の除振にスライディングモード制御を適用したことにより、多入力多出力を扱え、かつ非振動的な除振制御が可能であり、システム変動に頑強な制御を実現できる。
さらに、スライディングモード制御にさらにカルマンフィルタを適用した場合、少入力多出力が可能になる。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、多入力多出力を扱え、かつ非振動的な除振制御が可能であり、システム変動に対して頑強な制御を実現できる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】PID制御の概要を説明するための図である。
【図2】本発明の第1の実施の形態に係るスライディングモード制御装置を用いた除振システムの外観図である。
【図3】本発明の第1の実施の形態に係るスライディングモード制御装置が適用される情報処理装置の内部構成を示すブロック図である。
【図4】本発明の第1の実施の形態に係る地盤振動と制御入力を示す図である。
【図5】図2の除振システムにおけるスライディングモード制御のブロック図である。
【図6】本発明の第2の実施の形態に係るカルマンフィルタを用いたスライディングモード制御のブロック図である。
【図7】本発明のカルマンフィルタを用いたスライディングモード制御による位相平面を示すグラフである。
【図8】本発明のカルマンフィルタを用いたスライディングモード制御による時系列応答を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明を実施するための最良の形態の例について、添付図面を参照しながら説明する。説明は下記項目の順に行う。
1.第1の実施の形態(スライディングモード制御を適用した例)
2.第2の実施の形態(カルマンフィルタを適用した例)
【0019】
<1.第1の実施の形態>
[除振システムの外観例]
図2は、本発明の第1の実施の形態に係るスライディングモード制御装置が用いられる除振システムの外観図である。なお、図2において図1に対応する部分には同一符号を付して示す。なお、スライディングモード制御については、例えば「野波健蔵、田宏奇、「スライディングモード制御」、コロナ社」等を参照されたい。
【0020】
除振システム10は、搭載物が載置される定盤1と、この定盤1を設置用板5−1,5−2を介して床上に支持する除振ユニット3−1,3−2,3−3,3−4と、データ入出力装置6と、情報処理装置7とを備えている。
【0021】
定盤1は、平面視矩形状とされた金属製の平板とされており、その面積に比べて厚さを薄くした大型・軽量化されたものとなっている。
【0022】
除振ユニット3−1,3−2,3−3,3−4は、図1の除振ユニット3−1に相当し、制御対象の定盤1の四隅に脚部を兼ねて設けられ、定盤1を設置用板5−1,5−2を介して床上に支持し、その振動を制御する。各除振ユニットにはそれぞれ、後述の図5に示すように複数の加速度センサと、アクチュエータとが設けられている。さらに、除振ユニットに定盤1の変位量を検出する変位センサを設けてもよい。
【0023】
設置用板5−1,5−2は、金属から形成されている。この設置用板5−1,5−2は一枚の板から構成してもよい。また設置用板5−1,5−2を使用せず各除振ユニットを床面に直接固設してもよい。
【0024】
加速度センサとしては、水平な2方向の振動を検出する加速度センサ(図示略)と、垂直方向すなわち地盤(床)の振動を検出する加速度センサ(図示略)が設けられている。以降、各除振ユニットの加速度センサを総称して加速度センサ3aと称することもある。
【0025】
アクチュエータは定盤1を駆動する駆動部であり、各除振ユニットに設けられ、例えば水平x軸および水平y軸、垂直z軸の三軸方向に独立して制御力を発生できる空気圧アクチュエータ等が適用される。以降、各除振ユニットのアクチュエータを総称してアクチュエータ3bと称することもある。
【0026】
データ入出力装置6は、A/D変換器を備え、各除振ユニットの加速度センサからの出力信号(アナログ信号)をデジタル信号に変換し、情報処理装置7へ出力する。また、各除振ユニットのアクチュエータの駆動を制御するための制御信号(制御量)を受信し、アクチュエータに供給する。なお、データ入出力装置6と同様の機能を情報処理装置7に搭載した場合、データ入出力装置6は不要とすることができる。
【0027】
[スライディングモード制御装置の構成例]
図3は、スライディングモード制御装置が適用される情報処理装置7の内部構成を示すブロック図である。
情報処理装置7は、例えば一連の処理を実行するために高性能化した専用コンピュータの他、一定の性能を備えるパーソナルコンピュータ(PC)やノート型PC等のコンピュータを適用することができる。
【0028】
情報処理装置7のCPU(Central Processing Unit)111は、ROM(Read Only Memory)112、または記録部118に記録されているプログラム等に従って、上記一連の処理の他、各種の処理を実行する制御部である。RAM(Random Access Memory)113には、CPU111が実行するスライディングモード制御用のプログラムの他、各種のプログラムやデータなどが適宜記憶される。これらのCPU111、ROM112、およびRAM113は、バス114により相互に接続されている。
【0029】
CPU111にはまた、バス114を介して入出力インタフェース115が接続されている。入出力インタフェース115には、キーボード、マウス、マイクロホンなどを含む入力部116、ディスプレイ、スピーカなどを含む出力部117が接続されている。CPU111は、入力部116から入力される指令や後述する通信部119から入力されるデータに対応して各種の処理を実行する。そして、CPU111は、処理の結果を出力部117に出力する。
【0030】
入出力インタフェース115に接続されている記録部118は、例えばハードディスクやフラッシュメモリ等からなり、CPU111が実行するプログラムや各種のデータを記録する。
【0031】
通信部119は、インターネットやローカルエリアネットワークなどのネットワークを介して外部の装置と通信する。また通信部119を介してプログラムを取得し、記録部118に記録してもよい。
【0032】
入出力インタフェース115に接続されているドライブ120は、磁気ディスク、光ディスク、光磁気ディスク、あるいは半導体メモリなどのリムーバブルメディア131が装着されたとき、それらを駆動し、そこに記録されているプログラムやデータなどを取得する。取得されたプログラムやデータは、必要に応じて記録部118に転送され、記録される。
【0033】
コンピュータにインストールされ、コンピュータによって実行可能な状態とされるプログラムを格納するプログラム記録媒体は、図3に示すように、リムーバブルメディア131によりパッケージメディアとして提供される。リムーバブルメディア131としては、磁気ディスク(フレキシブルディスクを含む)、光ディスク(CD−ROM(Compact Disc - Read Only Memory),DVD(Digital Versatile Disc),光磁気ディスクを含む)を適用できる。さらに半導体メモリなども適用できる。あるいは、プログラム記録媒体は、プログラムが一時的もしくは永続的に格納(記録)されるROM112や、記録部118により構成される。
【0034】
DSP121は、デジタル信号の処理に特化したマイクロプロセッサであり、CPU111の処理を一部肩代わりしたりする。スライディングモード制御の演算処理をソフトウェアに代えて、ハードウェアであるDSP121により行うようにしてもよい。また、これらの処理を実行する機能は、DSP121とソフトウェアの組み合わせによっても実現できる。
【0035】
なお、本明細書において、プログラム記録媒体に格納されるプログラムを記述する処理ステップは、記載された順序に沿って時系列的に行われる処理はもちろん、必ずしも時系列的に処理されなくとも、並列的あるいは個別に実行される処理(例えば、並列処理あるいはオブジェクトによる処理)をも含むものである。
【0036】
また、プログラムは、一つのコンピュータにより処理されるものであってもよいし、複数のコンピュータによって分散処理されるものであってもよい。さらに、プログラムは、遠方のコンピュータに転送されて実行されるものであってもよい。
【0037】
[除振システムのブロック構成]
図4は、除振システム10における地盤(床面)振動と制御入力を示す図である。また、図5は、除振システム10におけるスライディングモード制御のブロック図である。この例では、定盤1のy方向の長さを2a、x方向の長さを2b、z方向の長さを2cとしている。
【0038】
図5に示すように、加速度センサ3aでシステムの各軸の加速度を計測し、計測値として“x1,z1,y2,z2,x3,z3,y4,z4の各々のdotデータ”を、データ入出力装置6を介して情報処理装置7へ供給する。情報処理装置7は、1回積分と2回積分の処理を行い、“x1,z1,y2,z2,x3,z3,y4,z4の各々のdotデータ”と、“x1,z1,y2,z2,x3,z3,y4,z4のデータ”を得る。次に、(18)式により、各除振ユニットの座標を全体座標に変換する。続いて、以下に述べる「除振システムのモデル化」及び「制御理論」を適用し、基準座標ベクトルを算出する。本例では、後述の(1)〜(11)式により、基準座標ベクトルとして“q1,q2,q3,q4,q5”と、“q1,q2,q3,q4,q5,q6の各々のdotデータ”を得る。
【0039】
そして、ゲイン切換部8は、(12)〜(16)式により、これらの基準座標ベクトルと最終スライディングモード理論から切換平面を判定し、制御力(フィードバックゲイン)の切り替えを行う。選択したフィードバックゲインを各除振ユニットのアクチュエータ3bへ出力して機構部を駆動させ定盤1の除振を行う。
【0040】
[除振システムのモデル化]
除振システム10を図4,図5に示したモデルで考える場合、定常状態における運動方程式(Lagrange方程式より誘導)は以下のように記述できる。
【数1】

【0041】
ここで、xは各軸の変動量ベクトル、γは各方向への地盤変位ベクトル、uは各除振ユニットが発生する制御力ベクトルである。
また、Mは除振対象物の慣性マトリクス、Cは除振ユニットの減衰マトリクス、Kは除振ユニットの剛性マトリクス、Dは外力(地盤の振動)の入力を表すマトリクス、Bはアクチュエータの制御力の入力を表すマトリクスである。
本例では、それぞれのマトリクス(行列式)を、(2)式〜(7)式に示すものとする。
【0042】
【数2】

{・}は転置を示す。
【0043】
【数3】

【0044】
【数4】

【0045】
【数5】

【0046】
【数6】

【0047】
【数7】

【0048】
(1)式に対し固有値解析を行い、以下の(8)式,(9)式のような状態方程式を作成する。(8)式,(9)式は、(1)式を、基準座標を含む式と振動モードの式に分解し、時間を含む式で表記したものである。なお、(1)式も本来時間を含む式であるが、(8)式,(9)式には、説明上、時間が含まれることを強調するため表記している。
本例では、6次モードの基準座標まで計算した例としている。
【数8】

【数9】

【数10】

【0049】
【数11】

【0050】
ここで、X(t)は状態ベクトル、Y(t)は観測量、Cは観測マトリクス、q(t)は基準座標ベクトルである。
また、Aは除振システム全体のシステムマトリクスである。Dは状態方程式における外力の入力を表すマトリクス、Bは状態方程式における制御力の入力を表すマトリクス、Cは観測マトリクスである。本例において、Dの0は6×3のゼロ行列、Bの0は6×8のゼロ行列である。
さらに、Iは単位マトリクス、Hは減衰定数マトリクスであり、マトリクス中の要素は他の除振ユニットとの関連で求められる無次元の値である。マトリクス中のh1〜6は各モードに固有の減衰定数である。Ωは固有円振動数のマトリクスである。Φは6×6の振動モードマトリクスである。ΩやΦは振動方程式(運動方程式)を固有値解析して得られる。
【0051】
(8)式の制御力の算出に最終スライディングモード理論を適用する。通常のスライディングモード理論に比べ解が安定しており実装に適している。
【数12】

k(x,t)はスカラ関数である。||・||は2次ノルムである。
【0052】
【数13】

【0053】
【数14】

【0054】
【数15】

【0055】
【数16】

【0056】
ここで、Sは切換超平面、σは切換関数である。(16)式は、重心移動等、除振システムの変動がない場合の定常リカッチ方程式である。Q,Rは重み係数といい対称マトリックスでQは準正定、Rは正定である。Pはリカッチ方程式の解で正定対称行列である。Aεは係数である。
【0057】
本例では、図5において切換関数σ>0のとき制御量ベクトル(−ku)をアクチュエータ3bに供給し、切換関数σ<0のとき制御量ベクトル(−kl)をアクチュエータ3bに供給する。具体的な制御量は、(24)式から求める。
【0058】
[チャタリングの防止]
ところで、通常のスライディングモード理論はチャタリングとよばれる制御力の激しい振動を引き起こす。このような制御力を空圧式アクチュエータで発生させる事は不可能である。この現象に対し、(12)式の第2項に平滑関数を用いることでチャタリングが防止できる。
【0059】
【数17】

【0060】
なお、本実施形態では、図5の説明で述べたように、(18)式により各除振ユニットの座標を全体座標系に変換している。
【数18】

【0061】
以上説明したように、除振システムにスライディングモード制御を用いた場合、複数、例えば6軸同時に統合制御することができる。定盤を駆動するそれぞれのアクチュエータで各軸を独立に制御しているため、PID制御のように、ある軸を制御することで他の軸の振動を誘発する恐れがない。
【0062】
また、スライディングモード制御は、強力なロバスト(頑強)性を有するため、除振対象となる定盤等装置の重量や重心、バネ定数、減衰係数等の変動があってもパラメータの調整無しに制御効果が持続する。それによって、数個の重みパラメータを指定すれば、PID制御のようなフィードバックゲインを調整するための繰り返し実験(カット&トライ)が必要なくなる。
【0063】
<2.第2の実施の形態>
[カルマンフィルタ]
第2の実施の形態は、上記第1の実施の形態で説明した(8),(9)式に対しカルマンフィルタを適用した例である。カルマンフィルタを適用することにより、センサ出力すなわち加速度センサの数を減らすことができる。
【0064】
図6に、第2の実施の形態に係るカルマンフィルタを用いたスライディングモード制御のブロック図を示す。
図6に示した除振システム10Aの情報処理装置7Aは、第1の実施の形態に係る除振システム10の情報処理装置7A(図5)に対して、数点の振動値から他点の振動値を推定できるカルマンフィルタ9が追加された形態である。
【0065】
本実施の形態ではカルマンフィルタを構成するため、(9)式の観測量に観測雑音(電磁波等のノイズ)を付加して(19)式とする。
【数19】

【0066】
ここで、v(t)は12×1の観測雑音ベクトルであり,正規性の白色雑音であると仮定すると、その確率特性は、平均値が0で、自己相関関数は次式で表される。
【数20】

Σは,12×12の強度マトリクスである。(19)式においてv(t)を与えると(20)式から連続する時間における偏差σの合計値を表すΣが求まる。
【0067】
このとき、カルマンフィルタ9による状態推定機構は次式で与えられる。
【数21】

【0068】
ここで、X(t)(hat)はX(t)の推定値の状態ベクトルであり、Xは初期値である。Y(t)は観測量である。G(t)はカルマンフィルタの最適ゲインマトリクスであり、非定常リカッチ方程式の解により構成される。
【0069】
【数22】

S(t)は(23)式から求められる。
【0070】
【数23】

【0071】
(21)式のカルマンフィルタにより全状態量が推定できるので、(22)式の切換関数および(17)式の制御入力はこの推定量を用いて
【数24】

により得ることができる。
【0072】
カルマンフィルタを利用した第2実施の形態と第1の実施の形態を比較した場合、第1の実施の形態では8入力6出力であるのに対し、本実施の形態では2入力6出力を実現している。すなわち、計測値を8個から2個に減らすことができている。カルマンフィルタを搭載することで数個の加速度センサから6軸の振動値を推定することができる。
【0073】
[測定データ例]
図7は、スライディングモード制御による位相平面を示すグラフである。図8は、上記と同様、スライディングモード制御による時系列応答(時間−変位)を示すグラフである。
【0074】
図7は、(8)式から(17)式によるシミュレーション結果である。本例の制御対象の定盤は、3×2×0.5(m)、4(ton)である。x軸に30(mm)の初期変位を与えた場合のx軸方向の変位を、y軸に速度を示した位相平面図である。非制御の場合、曲線21は、同心円を描くようにして原点(振動無し)に収束する。原点の周りを1回周ると1回振動したことに相当する。スライディングモード制御では、切換線22というものを指定し、その線を沿うように一気に原点に収束する。1回も周っていないということは1回も振動していないということである。
【0075】
図8に示す時系列波形32についても、非制御の場合の曲線31と比較して、過渡応答の非振動的な制御が実現できていることが確認できる。除振システムにとってこのような制御が実現できることは非常に有効である。
【0076】
このように本発明によれば、除振システムにスライディングモード制御を適用した場合、多入力多出力を扱え、かつ非振動的な除振制御が可能であり、システム変動に頑強な制御を実現できる。また、カルマンフィルタを使用した場合には、このような作用効果に加え、数点の振動値から他点の振動値を推定できることから、加速度センサ数の減少やCPUの処理能力の抑制に寄与するので、コストダウンが可能となる。
【0077】
また、カルマンフィルタを追加したときは、計算量は増えるが、センサ入力を減らせるため、例えば情報処理装置7のCPU111やDSP121等の演算処理部による電力消費を低く抑えられる。
【0078】
上述した実施の形態発明では、除振システムを6自由度でモデル化し、複数個のユニットで統合制御する制御理論を組み込んでいる。その制御理論にはポスト現代制御理論であるスライディングモード理論を採用している。スライディングモード理論は、現代制御理論の最適レギュレータ制御(LQG制御)より進んだ制御理論であり、2値で制御力を切換える非線形制御でありシステム変動に対するロバスト(頑強)性が特徴である。
【0079】
また、以上の説明で挙げた使用材料とその使用量、処理時間、処理順序および各パラメータの数値的条件等は好適例に過ぎず、また、説明に用いた各図における寸法、形状および配置関係等も実施の形態の一例を示す概略的なものである。したがって、本発明は、上述した実施の形態の例に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲において、種々の変形、変更が可能である。
【0080】
また、上述した実施の形態では、最終スライディングモード制御理論を用いているが、固定階層制御理論や自由階層制御理論など、他のスライディングモード制御理論の適用を排除するものではない。
【0081】
また、本発明の実施の形態の説明において、6自由度モデルについて説明したが、6自由度以上(例えば8)またはそれ以下(例えば4)の自由度のモデルにも適用可能である。
【符号の説明】
【0082】
1…定盤、3,3−1,3−2,3−3,3−4…除振ユニット、3a…加速度センサ、3b…アクチュエータ、5−1,5−2…設置用板、6…データ入出力装置、7,7A…情報処理装置、8…ゲイン切換部、9…カルマンフィルタ、10,10A…除振システム、22…切換線、111…CPU、121…DSP

【特許請求の範囲】
【請求項1】
定盤を駆動する複数の駆動部と、
前記複数の駆動部に対応して配置され、前記定盤の状態量を計測する複数のセンサと、
前記複数のセンサからの状態量及び前記定盤の運動方程式に基づいて、スライディングモード制御により、該当する駆動部に対する制御量を出力する制御部を有するスライディングモード制御装置と、を備える
除振システム。
【請求項2】
カルマンフィルタをさらに備え、
前記制御部は、前記複数のセンサのうち一部のセンサからの状態量を前記カルマンフィルタに入力し、前記カルマンフィルタで推定された他の状態量と前記一部のセンサから取得した状態量及び前記定盤の運動方程式に基づいて、該当する駆動部に対する制御量を算出する
請求項1に記載の除振システム。
【請求項3】
前記駆動部と前記センサが対に収納され、前記定盤の脚部を兼ねる除振ユニットをさらに備える
請求項2に記載の除振システム。
【請求項4】
2個のセンサの各々で計測された状態量がそれぞれ前記カルマンフィルタに入力され、
前記制御部は、前記カルマンフィルタで推定された6個の状態量及び前記定盤の運動方程式に基づいて、該当する駆動部に対する制御量を算出する
請求項3に記載の除振システム。
【請求項5】
定盤を駆動する複数の駆動部に対応して配置された複数のセンサにより、前記定盤の状態量を計測するステップと、
前記定盤についての複数の状態量及び前記定盤の運動方程式に基づいて、スライディングモード制御により、該当する駆動部に対する制御量を出力するステップと、
を含む除振方法。
【請求項6】
定盤を駆動する複数の駆動部に対応して配置された複数のセンサにより、前記定盤の状態量を計測する処理と、
前記定盤についての複数の状態量及び前記定盤の運動方程式に基づいて、スライディングモード制御により、該当する駆動部に対する制御量を出力する処理を
コンピュータに実行させるためのプログラム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2010−242914(P2010−242914A)
【公開日】平成22年10月28日(2010.10.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−94293(P2009−94293)
【出願日】平成21年4月8日(2009.4.8)
【出願人】(000002185)ソニー株式会社 (34,172)
【Fターム(参考)】