説明

電界放出素子用エミッタの作製方法

【課題】薄いエミッタ材層の一部を起立させてエミッタを作製する際に、基板上に段差を発生させることがなく、もって信頼性の高い電界放出素子を提供できる電界放出素子用エミッタの作製方法を提案する。
【解決手段】基板10上の局所的な部位に、少なくとも周側面の一部が斜面21になった犠牲層丘20を形成する。基板10上及び犠牲層丘20上にエミッタ材層30を形成する。エミッタ材層30のパターニングにより、犠牲層丘20の斜面21に乗っている部分に、先端に電子放出端31を有するエミッタ構成用パタン32を形成する。犠牲層丘20を除去し、エミッタ構成用パタン32の電子放出端31が基板10から浮いた片持ち梁構造を作る。片持ち梁構造を基板に垂直な方向に向けて起立させてエミッタとする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フラットパネルディスプレイ(FPD)型の画像表示装置の電子源として好適に用いられ、あるいはまた、簡単な場合には単なる照明ランプ等の照明源としても用い得る電界放出素子(冷電子放出素子)に関し、特にその電子放出部となるエミッタの作製方法に関する。
【背景技術】
【0002】
昨今ではテレビ等に代表される映像表示装置に、古典的な熱電子放出タイプの陰極線管(CRT)に代わり、液晶ディスプレイパネルやプラズマディスプレイパネルを用いた平板表示装置が普及してきた。しかし、その動画表示性能は未だ従前のCRTに比べると劣る。
【0003】
これに対し、本質的に高い動画表示性能が得られると期待される表示装置として、CRTにおけるようなヒータでの熱励起に頼らず、導体表面に強電界を掛けることで電子(冷電子)を放出する電界放出電子源装置を用い、放出電子で蛍光体を発光させる電界放出型の平板表示装置が注目を浴びている。この装置では、まず第一義に、高電界の印加時に電子を放出するエミッタ(カソードとも電子源とも呼ばれる)の先端形状、すなわち実際に電子の放出される電子放出端の先鋭化が着目課題となり、これまでにも放出効率を追求するためのエミッタ先端先鋭化に関し、種々の作製方法が提案されてきた。
【0004】
例えば基本的な一作製例としては、下記非特許文献1に開示の手法がある。図4に即してこの手法を説明してみると、まず、同図(A)に示すように、絶縁性基板50上に導体層51を形成し、さらにその上に絶縁体から成るスペーサ層52とゲート電極層53を積層する。その後、スペーサ層52とゲート電極層53の所定の位置には下地導体層51を露出するための開口54を開ける。このような構造の上に、同図(B)に示すようにモリブデンから成るエミッタ材層55を直進性の高い方法で蒸着形成すると、開口54の直下の導体層51上には円錐型のエミッタ56が形成されて行く。開口54がエミッタ材層55により完全に封止された後に当該エミッタ材層55を剥離すると、同図(C)に示すように、導体層51上に先端の先鋭なエミッタ56が得られる。このような手法により作製されたエミッタは、一般にスピント型エミッタと呼ばれている。
【非特許文献1】C. A. Spindt, “Physical Properties of thin-film field emission cathode with molybdenum cones”, Journal of applied Physics, vol. 47, (1976) p.5248
【0005】
しかし、このようなスピント型エミッタの場合、その作製には直進性のある成膜法でモリブデンのエミッタ材層55を成膜する必要があるため、大型の基板を使う場合には成膜装置が非常に大掛かりなものとなり、製造コストが高くなるという問題があった。さらに、例えば高さ1μm のエミッタを作るためには1μm 厚のモリブデン薄膜を堆積する必要があり、時間もコストも掛かっていた。しかも、堆積したモリブデン膜のほとんどは、続く剥離工程で除去されるため、希少金属であるモリブデンを大量に使用するにも拘わらず、そのほとんどを廃棄するという無駄が大きく、これもコストアップの要因となる。益々大面積なディスプレイが要求されて行くであろう将来を考えると、この手法は極めて不利な手法であると言わざるを得ない。
【0006】
この問題を解決するために、本願発明者の関与した下記非特許文献2では、平らに寝ているエミッタ薄膜をイオン照射により起立(直立)させ、エミッタとして利用する方法を開示している。
【非特許文献2】Tomoya YOSHIDA, Akiyoshi BABA and Tanemasa ASANO,“Fabrication of Micro Field Emitter Tip Using Ion-Beam Irradiation-Induced Self-Standing of Thin Films”,Japanese Journal of Applied Physics,Vol. 44, No.7B,2005,pp.5744-5748.
【0007】
図5に即しこの手法を説明すると、まず同図(A)に示すように、基板60上に犠牲層61として酸化シリコン膜を300nm、エミッタ材層62としてモリブデンシリサイド薄膜100nmを順次成膜する。同図(B)はこの時の平面図で、エミッタ材層62が見えている。犠牲層61は複数作製したエミッタ群をマトリクス駆動する場合等は素子分離の役割をも果たすため、この従前の構造では絶縁物であることが必要である。
【0008】
次に、同図(C),(D)に示すように、エミッタ材層62を必要な平面形状にパターンニングする。図示の場合は同図(D)に良く示されているように、平面形状的に見て先鋭な頂点63を有する三角形状部分64が切り出されており、ここが将来エミッタとなるべきエミッタ構成用パタン64となる。すなわち、このパタン64の少なくとも一部分が将来、最終的に起立させられてエミッタとなり、先鋭な頂点63が実質的に電子放出端となる。
【0009】
こうしたパターニング処理の後、起立させたい部分であるエミッタ構成用パタン64の直下にある犠牲層61の部分のみをフォトリソグラフィと沸酸によるエッチングにより横方向に除去し、同図(E),(F)に示されているように、頂点63を含むエミッタ構成用パタン64の少なくとも一部分を片持ち梁構造とする。図示の場合は平面的に見てエミッタ構成用パタン64の三角形状の頂点63から底辺に向かう途中まで、犠牲層61をエッチングしている。
【0010】
しかる後に、100KVに加速したアルゴンイオンを1016個/cm2注入すると、エミッタ構成用パタン64にあってその下には犠牲層61がなくなっている片持ち梁構造の部分が起立して行き、同図(G),(H)に示されているように、最終的には基板60に対して直立したエミッタ65が作製できる。
【0011】
このように、このエミッタ作製法ではエミッタ材層62の一部のエミッタ構成用パタン64における片持ち梁構造部分を基板60に垂直な方向に曲げることでエミッタ65を作製しているので、成膜するエミッタ材層62の膜厚はエミッタ65に求められる高さ寸法と同じにする必要は全くなく、薄くて十分なエミッタ65の厚みの程度、例えば100nm程度で良い上に、成膜方法にも直進性が要求されることはない。すなわち、図4に即して説明したスピント型のエミッタの製法とは異なり、エミッタ材層成膜方法の選択自由度が高く、なおかつ、成膜するエミッタ材料の量も格段に少なくて済むという利点がある。
【0012】
しかし、この非特許文献2に開示されている手法でも、最終的にエミッタ65の周囲に電子を引き出すためのゲート電極を形成する際、問題が生じた。例えば、ゲート電極を作成するのに最も合理的と思える手法は、本願発明者の関与した下記非特許文献3に開示されている手法である。
【非特許文献3】Tomoya Yoshida, Akiyoshi Baba, and Tanemasa Asano, “Fabrication of gated cold cathode using standing thin film induced by ion-beam bombardment”, Journal of Vacuum Science & Technology B 24, No.2, Mar/Apr 2006.
【0013】
これにつき図6に即して説明すると、同図(A)は既に説明した図5(G)と実質的に同じ図面であって、立ち上がったエミッタ65ができている状態を示している。この構造に対し、まずは同図(B)に示すように、当該エミッタ65の高さをも覆い隠すまで、基板60上に絶縁膜70を成膜し、その上に将来ゲート電極を作るための出発層となる導電性薄膜71を成膜する。絶縁膜70の種類には特に限定はないが、CVD等、コンフォーマルに成膜できる方法での成膜が望ましい。真空蒸着法等、直進性の高い成膜法であると、直立したエミッタ65の側壁部分には均等に成膜されず、後にエミッタ・ゲート間のリークに繋がるおそれが生ずる。本発明者らはTEOS(テトラエトキシシラン)ガスを用いたCVD法によりシリコン酸化膜を成膜した。
【0014】
次ぎに、同図(C)に示すように、適当な材料層72を塗布する。このとき、平坦な部分には所定の膜厚が塗布できるが、エミッタ65のような凸構造を持つ部分の上では自然と薄くなる。塗布する材料層は例えばフォトレジスト用として提供されているものを便利に使えるが、そうである必要も特にはなく、液体状のもので所定の膜厚に制御できるものであれば何でもよい。光に対する感光性も必要ない。また、塗布方法も、スピンコート法、スプレー法等から任意に選ぶことができる。
【0015】
このように、平坦な部分は厚く塗布され、凸状の部分は薄く塗布された状態で、RIE等のエッチング方法を用いてエッチングすると、凸状部分となっているエミッタ65の上の局所的領域のみを選択的にエッチングでき、同図(D)に示すように、エミッタ65上にある導電性薄膜71の領域のみをエッチング除去できる。
【0016】
そこでさらに、エミッタ65や形成されるべきゲート電極にダメージを与えることなく絶縁膜70のエミッタ近傍部分のみをエッチングし得る手法を用いてエミッタ65の周囲部分を開口させれば、同図(E)に示されているように、絶縁膜70はあたかも掘り下げられたようにエミッタ周りで窪み、エミッタ頂点(電子放出端)63が露出して、その近くに電子引き出し用ないし電子流制御用のゲート電極73が臨む電界放出素子が完成する。
【0017】
この手法では、用いた絶縁膜70の種類にも依存するが、これに通常用いられるシリコン酸化膜を利用する場合には、エミッタ65にもゲート電極73にも、共に沸酸に侵されないものを使用すると、ゲート開口処理が比較的簡単に行える。本発明者等における従前の試作例では、エミッタ65としてモリブデンやモリブデンシリサイド等を用い、ゲート電極73としてはニオブを用いた。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0018】
以上のように、図6に示した非特許文献2,3に開示のエミッタやゲート電極の作製法は、確かにそれまでの手法に比せば優れている点が多々あった。しかし、それでも、下記のような問題が新たに生じた。まず、この手法では、片持ち梁構造を作るために犠牲層61を局所的にエッチングして除去しているため、図6(E)に併記したように、当該犠牲層61の厚みに相当する高さの段差Dsが生じ、最終的に切り出されたゲート電極73にも幾何構造的な対称性を保証できず、犠牲層61の無い部分の上に作られた部分と有る部分の上に作られた部分では、その先端同士の間にやはり段差Dgが生じた。これが不都合で、エミッタ65の先端63への電界の掛かり方が変わって来るため、放出される電子ビームの直進性が保証できない等の問題が生じた。
【0019】
また、ゲート電極73の平坦部の高さも異なることから、それらを繋ぐときに段差部分で段切れ等が生じ、電気的導通が取れない等の問題も生ずることがあり、さらには、基板上に段差が多い構造であると、その上に成膜する膜にクラックが入り易くなり、そのクラックから沸酸が染み込んでしまい、本来エッチングされてはいけない部分の絶縁膜がエッチングされてしまう等、構造上の不具合も発生することが確認された。
【0020】
これらの問題をさらに解決するために、本願発明者等は下記非特許文献4に開示するように、スピンオングラスを用いて平坦化する方法を提案し、均一なゲート電極を作る方法を試みもした。しかし、スピンオングラスと他の薄膜との密着性は余り良くはないため、ゲート電極の剥離が起こる等、スピンオングラスに起因する作製プロセス上の新たな問題が生じた。
【非特許文献4】T. Yoshida, C. Yasumuro, M. Nagao, S. Kanemaru, A. Baba, and T. Asano, “Fabrication of Vertical Thin Film FEA Using Ion-Induced Bending Technique”, Proceedings of The 14th International Display Workshops (December 5 - 7, 2007) p.2209.
【0021】
本発明はこのような事情を鑑み、エミッタ材層の量を大いに節約できる手法として、例えば100nm以下と薄いエミッタ材層の一部を起立させてエミッタを作製する手法を取る場合にも、従前のように基板上に段差を発生させることがなく、従って当然、段差に起因する種々の不都合を招くことがないエミッタ作製方法を提供し、もって信頼性の高い電界放出素子を市場に提供せんとしてなされたものである。
【課題を解決するための手段】
【0022】
本発明は上記目的を達成するため、電界放出素子用エミッタの作製方法として、
基板上の局所的な部位に、少なくとも周側面の一部が斜面になった犠牲層丘を形成する犠牲層丘形成工程と;
基板上及び犠牲層丘上にエミッタ材層を形成するエミッタ材層形成工程と;
エミッタ材層のパターニングにより、犠牲層丘の斜面に乗っている部分に、先端に電子放出端を有するエミッタ構成用パタンを形成するエミッタ構成用パタン形成工程と;
犠牲層丘を除去し、エミッタ構成用パタンの電子放出端が基板から浮いた片持ち梁構造を作る片持ち梁作製工程と;
片持ち梁構造を基板に垂直な方向に向けて起立させてエミッタとする起立工程と;
を有して成る方法を提案する。
【0023】
上述の基本構成を満たした上で、上記の起立工程では、基板に向けてイオンビーム照射を用いる方法を提案できる。この際、照射するイオンビームのエネルギを、エミッタ材層の厚さの1/2以下の飛程となるエネルギに選定することも提案できる。
【0024】
さらに、本発明の特定の態様によれば、エミッタ構成用パタン形成工程では、エミッタ材層のパターニングの前に犠牲層丘の高さより厚いフォトレジストを塗布し、形成すべきエミッタ構成用パタンの形状に合わせてこのフォトレジストをパターニングし、パターンニングされたレジストを用いてエミッタ材層をパターニングするようにして、この際にエミッタ材層と同時にレジストもエッチングされるようにすることで、エミッタ構成用パタンの電子放出端がその厚みにおいても薄く尖って行くように図る。
【発明の効果】
【0025】
本発明によると、基板に垂直なミクロンオーダの高さのエミッタを例えば100nm以下という薄くて良いエミッタ材層から形成できるだけでなく、従前の手法では加工の途中で発生していた基板上の段差ないし複雑な凹凸形状を発生することがない。フラットな基板上に垂直配向したエミッタもしくはエミッタアレイを作製することができ、ゲート電極を形成する場合にも段差に起因していた多くの問題は全て根本的な所から解決される。エミッタ近傍に対称的にゲート電極を形成することができるようになるので、均一に電界が掛かり、電子放出特性が改善される。
【0026】
また、本発明の特定の態様によれば、工程も一工程増だけで、非常に先鋭な電子放出端を持つエミッタを簡単に作製することも可能になる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0027】
図1には、本発明の望ましい一実施形態における初期段階の工程図が示されている。まず、同図(A)に示すように、基板10の全面ないし大域的面積領域上に、最終的に後述の犠牲層丘を構築するための出発層である犠牲層薄膜11を成膜する。この犠牲層薄膜11の材料としては、例えばアモルファスシリコンを便利に選べる。この犠牲層薄膜11の上に、同図(B)に示すようにフォトリソグラフィを用いてレジストパタン12を形成する。その後、全体を通常のレジストのベーク温度より50℃程、高い温度で加熱すると、パタン12のエッジが熱により変形し、同図(C)に示すように、当該パタン12はその側面が斜面となった台地状の立体形状となる。
【0028】
本発明者が行った実験では、東京都千代田区大手町在の信越化学工業株式会社製、商品名:SIPR-9740-3.0なるフォトレジストを使い、水銀のg線を用いたステッパで露光、現像した後、ホットプレート上で160℃に加熱することでパタン12の側面に良好な斜面を得ることができた。
【0029】
その後、リアクティブイオンエッチング装置にて、レジストとアモルファスシリコン薄膜が適切な比率で同時にエッチングされるような条件でエッチングすると、同図(D)に示されるように、レジストパタン12の側面斜面形状が上手くその下のアモルファスシリコン層(犠牲層薄膜11)に転写される。具体例を挙げれば、SF6ガスを20sccm、O2ガスを40sccmの流量で流し、圧力を2.5Pa,RF電力40Wの条件でリアクティブイオンエッチングを行うと、犠牲層薄膜11であるアモルファスシリコン薄膜を台地状にパターニング形成し、犠牲層丘20を基板10上に局所的に形成でき、その側面21を良好な斜面に整形できる。図示の場合、断面において対向する一対の側面21,21が上に向かって互いに相寄る対称的な先細り斜面となっているので、全体としては犠牲層丘20はテーパ構造部材になっているとも言える。
【0030】
この状態でレジスト12を除去すれば、同図(E)に示すように、基板10上の局所的な部位に、少なくとも周側面の一部が斜面21になった犠牲層丘20が完成し、露呈する。図示の場合、犠牲層丘20は台地状の隆起となっているが、レジストパタン12が無くなるまでエッチングを続けると、断面三角形の犠牲層丘20を形成することができる。
【0031】
なお、上述のように、この実施形態では犠牲層丘20を構成する材料としてアモルファスシリコンを用いたが、材質には特に制限はなく、犠牲層丘20のみを選択的にエッチングする工程が後にあるので、エミッタ材料と基板の材質とを考慮して適切に決定すればよい。
【0032】
また、これも後述する所から顕かなように、従来例とは異なり、本発明の犠牲層丘20は最終的にすべてエッチングされて無くなるものであるので、出発層である犠牲層薄膜11には導電性、絶縁性の違いを問わない。この利点も大きく、単にエッチングの選択比を重視して決定すれば良いため、選択肢の幅が大いに広がる。
【0033】
形成される犠牲層丘20の形状は、先に述べたように断面三角形状でも台地形状でも良いし、予め述べておけば、平面的に見ても、後述するストライプ状のものの他、矩形を含む多角形状でも円形でも良い。要は、後述のように、その上に成膜するエミッタ材層が連続膜になり、クラック等が入らないようになっていれば良い。斜面21も、一般には断面で見て対称的に形成されることが普通であるが、意図的にしても非意図的にしても、そうならなくても良く、少なくとも犠牲層丘20の周側面の一部に斜面21が形成されれば良い。
【0034】
引き続き、本発明に従いエミッタを作製する工程を図2に即して追うと、まずは図1に即して説明した方法等により、図2(A),(B)に示すように基板10上に局所的に、すなわち全面ではなく一部の上に、少なくとも周側面の一部が斜面21になった犠牲層丘20を形成したならば、同図(C),(D)に示すように、犠牲層丘20の表面を含んで基板10上にエミッタ材層30を形成する。なお、この実施形態では犠牲層丘20は一対の対向斜面21,21を有する断面三角形状で、平面的には同図(B)に示すように、基板上を一方向(図面紙面上では上下方向)に伸びるストライプ状の隆起部材となっている。
【0035】
エミッタ材層30の材料としては、例えば既に述べた非特許文献2および非特許文献4に開示されているタングステンシリサイドもしくはモリブデンシリサイドが挙げられる。もちろん、これらの材料に限定されるものではなく、後述する本発明の工程を問題なく適用して行ける導電性材料であれば何であっても良い。
【0036】
また、エミッタ材層30の膜厚にも特に制限はないが、先鋭な電子放出端を有するエミッタを得るためには100nm程度もしくはそれ以下が望ましい。
【0037】
次に、図2(E),(F)に示されているように、エミッタ材層30をパターニングし、下地部材である犠牲層丘20の斜面21に乗っている部分に、先端に電子放出端31を有し、最終的にエミッタとなるエミッタ構成用パタン32を切り出す。図示の場合、細幅なストライプ状パタンとなっているが、先鋭な電子放出端31が有りさえすればその形状は任意であり、図5に示したような三角形状その他、任意の幾何形状であって良いし、エミッタ構成用パタン32を一方向に並設して、全体として見ると櫛形ないし鋸型になっているようにすれば、アレイ状のエミッタ群を便利に構成できる。
【0038】
エミッタ構成用パタン32の切り出し後、図2(G),(H)に示すように、犠牲層丘20を除去し、エミッタ構成用パタン32の電子放出端31が基板10から浮いた片持ち梁構造を作り上げる。犠牲層丘20の材料としてアモルファスシリコン等、シリコン系を選んだ場合には、この際のエッチング処理に弗化キセノン(XeF2)ガスを用いたノンプラズマエッチングを好適に用いることができる。XeF2ガスは種々の金属やシリコン酸化膜シリコン窒化膜等をほとんど侵さず、シリコン系材料のみを選択的にエッチングすることができるからである。また、プラズマを用いないエッチングであるので、エミッタ材層30、エミッタ構成用パタン32の表面ダメージも十分に良く抑え込める。
【0039】
XeF2ガス以外でも、ウエットエッチング等で選択比の高いものであれば用いることができ、犠牲層丘20がシリコン系の場合、例えばテトラメチルアンモニウムハイドロオキサイド(TMAH)等も都合良く用いることができる。ただ、ウエットエッチングにより犠牲層丘20をエッチングする際には、エッチング液やその後の洗浄液の表面張力により、形成された片持ち梁構造が崩れ、エミッタ構成用パタン32の先端にある電子放出端31が基板10に接着してしまわないような乾燥方法を用いる必要がある。そのためには、ウエット工程の最後を表面張力の小さな溶液で洗浄し、乾燥させれば良く、これで片持ち梁構造を破壊することなく乾燥することができる。本発明者の実験では、ハイドロフルオロエーテルが好適であった。
【0040】
片持ち梁構造を形成した後、エミッタ構成用パタン32を基板10に垂直な方向に向けて起立させて行く起立工程を実施する。原理的には任意の手法を援用して良いが、先にも述べたように、イオンビームを照射する方法が便利である。すなわち、既に述べた非特許文献2に開示されているように、片持ち梁構造のエミッタ構成用パタン32に適切なエネルギとドーズ量を持つイオンビームを照射すると、イオンビームの照射されている方向に平行な向きにエミッタ構成用パタン32が起立的な変形を起こして行き、やがては図2(I),(J)に示すように、基板10に垂直ないし垂直に極力近いエミッタ35を得ることができる。
【0041】
本発明者の知見に依れば、この現象のイオンビームのエネルギには最適値があり、概ね注入イオンビームのエミッタ構成用パタン薄膜内での飛程(注入深さ)が当該薄膜の厚さの概ね1/2より短く制御されていることが望ましい。そこで例えば、エミッタ材層30(エミッタ構成用パタン32)に100nm厚のモリブデンシリサイドMoSi2を用い、注入イオンとしてアルゴンArを用いた場合には、100〜130keV程度のエネルギが最適であった。
【0042】
また、イオンの照射量は100nm厚程度の薄膜の場合、5x1015〜1016個/cm2程度以上が好ましかった。これよりドーズ量が少ないと立体化が十分行われない場合があり、基板10に対して垂直と言える程には起立変形しないこともあった。ドーズ量は多ければ多い程、基板10に対してエミッタ構成用パタン32の垂直起立性が増すことが分かってはいるが、垂直に起立させた後のエミッタ35の電子放出端31が形状的に鈍化することも確認されたので、それらの天秤を設計的に図ることが実際には肝要になる。本発明者の実験では1〜3×1016個/cm2程度が好適と認められた。
【0043】
以上のように、本発明によると、例えば100nm厚以下という、実に薄くて良い薄膜のエミッタ構成用パタン32から、最終的には例えば1μm 以上の高さを持つエミッタ35を作製することができ、しかも、エミッタ35の周りに大きな段差は生じない。従ってその後、図6に即して既述したエッチバック法等によりゲート電極を作製するにも、従来、段差に起因して生じていた種々の不具合も、本発明を適用すれば原理的な所からしてそもそも発生し得ず、結果として信頼性の高い電界放出素子を提供することができる。
【0044】
図3には本発明の第二の実施形態が示されている。図1,2中におけると同一の符号は同一ないし同様の構成子を示す。また、以下の各工程において用いられる成膜法やエッチング法、そして最終的にエミッタを作製するために好ましくは用いられるイオンビーム照射法等に関する種々の配慮やパラメータ設定等に就いては、既に第一の実施形態に即して述べて来た所をそのままに援用できる。以下ではこの第二の実施形態にて追加された工程や第一実施形態におけると構造的な違いを生む点に就き、主として説明する。
【0045】
本実施形態でも、まずは基板10上に対向する一対の斜面21,21を有する断面三角形状の犠牲層丘20を形成した後、図3(A),(B)に示すように、基板10上の大域的面積領域の上にエミッタ材層30を形成する。その後、同図(C),(D)に示されているように、粘度や塗布回転数等を制御して犠牲層丘20の高さより若干厚くなるように(例えば二割増し程度の厚みになるように)フォトレジスト40を塗布した後、このフォトレジスト40を、形成すべきエミッタ構成用パタンの形状に合わせてパターニングする。この実施形態では底辺の短い鋭い三角形状にしている。
【0046】
次いで、パターンニングされたレジストを用いてエミッタ材層30をエッチングし、平面的に見ても鋭い三角形状のエミッタ構成用パタン32を形成するが、この際にはエミッタ材層30と同時にレジストも若干エッチングされるような条件を用いると、犠牲層丘20の頂点付近はレジストの厚さが薄いので、やがてレジストが無くなり、エミッタ材層30もエッチングされ始める。
【0047】
その結果、図3(E),(F)に示すように、エミッタ材層30は、下にある犠牲層丘20の斜面21に沿ってその頂点に向かう程に薄くなり、図示の場合はエミッタ材層30の当該部分であるエミッタ構成用パタン32の電子放出端31に向かう部分の断面も、犠牲層丘20の頂点に向かって三角形状に尖って行く。
【0048】
通常の均等な膜厚のフォトレジストを用いたエッチングにおいては、エミッタの先端を尖らせるために鋭角三角形のパタンを用いてレジストを露光したとしても、光の回り込み等により三角形の頂点は丸く鈍ってしまう。しかし、上述の手法によれば、平面図上でのパタン形状を犠牲層丘20の頂点に向かって細くなっていくような形状に設計しておくだけで、エッチングされ残ったエミッタ材層30におけるエミッタ構成用パタン32の先端である電子放出端31は、面無い方向のみならず、厚さ方向(断面方向)にも徐々に細く尖って行く形状にし得る。
【0049】
そこで、このような構造が得られたならば、図3(G),(H)に示すように、例えば既に図2(G),(H)に即して説明した手法等を用いて犠牲層丘20を除去し、エミッタ構成用パタン32の先端31が基板10から浮いた片持ち梁構造を作り上げ、さらに既に図2(I),(J)に即して説明した手法等でエミッタ構成用パタン32を望ましくは基板10に対して極力垂直となるように起立させれば、図3(I),(J)に示されているように、最終的に得られるエミッタ35の先端31は極めて先鋭なものとなる。
【0050】
以上、本発明をその望ましい実施形態に即して説明したが、本発明の要旨構成に即する限り、任意の改変は自由である。また、上述の実施形態では犠牲層丘20は一対の対向斜面21,21を有する三角形断面形状で、平面的には基板10上を一方向に伸びるストライプ状隆起部材となっていたが、先に少し述べたように、その平面形状も任意であり、例えば矩形を含む多角形であって、複数の斜面側面を有する周側面を持つ場合、その全ての斜面側面上にエミッタ構成用パタン32を形成しても良いし、選択した一つまたは複数の斜面側面上にのみ、エミッタ構成用パタン32を形成しても良い。犠牲層丘20が平面的には円形パタンであって、その周側面が全て斜面になっているような円錐台形の場合にも、その全部に亘るようにではなく、少なくとも一部にでもエミッタ構成用パタン32を形成すれば、それには等しく本発明を適用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0051】
【図1】本発明による電界放出素子用エミッタ作製方法の第一の実施形態における初期工程群に関する説明図である。
【図2】図1に示した工程に引き続く工程群の説明図である。
【図3】本発明による電界放出素子用エミッタ作製方法の第二の実施形態における工程群の説明図である。
【図4】従来における電界放出素子用エミッタ作製方法の代表的一例における工程群の説明図である。
【図5】従来において改良された電界放出素子用エミッタ作製方法における工程群の説明図である。
【図6】図5に即して構成されたエミッタ周りにゲート電極を構成する場合の従来における工程群の説明図である。
【符号の説明】
【0052】
10 基板
11 犠牲層薄膜
20 犠牲層丘
21 斜面
30 エミッタ材層
31 電子放出端
32 エミッタ構成用パタン
35 エミッタ
40 フォトレジスト

【特許請求の範囲】
【請求項1】
電界放出素子用エミッタの作製方法であって;
基板上の局所的な部位に、少なくとも周側面の一部が斜面になった犠牲層丘を形成する犠牲層丘形成工程と;
上記基板上及び上記犠牲層丘上にエミッタ材層を形成するエミッタ材層形成工程と;
上記エミッタ材層のパターニングにより、上記犠牲層丘の上記斜面に乗っている部分に、先端に電子放出端を有するエミッタ構成用パタンを形成するエミッタ構成用パタン形成工程と;
上記犠牲層丘を除去し、上記エミッタ構成用パタンの上記電子放出端が上記基板から浮いた片持ち梁構造を作る片持ち梁作製工程と;
上記片持ち梁構造を上記基板に垂直な方向に向けて起立させてエミッタとする起立工程と;
を有して成る電界放出素子用エミッタの作製方法。
【請求項2】
請求項1記載の電界放出素子用エミッタの作製方法であって;
上記起立工程において上記片持ち梁構造を上記基板に垂直な方向に向けて起立させる手法として該基板に向けてイオンビーム照射を行う手法を用いること;
を特徴とする電界放出素子用エミッタの作製方法。
【請求項3】
請求項2記載の電界放出素子用エミッタの作製方法であって;
上記照射する上記イオンビームのエネルギを、上記エミッタ材層の厚さの1/2以下の飛程となるエネルギに選定すること;
を特徴とする電界放出素子用エミッタの作製方法。
【請求項4】
請求項1記載の電界放出素子用エミッタの作製方法であって;
上記エミッタ構成用パタン形成工程において、上記エミッタ材層の上記パターニングの前に、上記犠牲層丘の高さより厚いフォトレジストを塗布し、形成すべき上記エミッタ構成用パタンの形状に合わせて該フォトレジストをパターニングし、該パターンニングされたレジストを用いて該エミッタ材層をパターニングするようにして、該エミッタ材層と同時にレジストもエッチングされるようにし、もって該エミッタ構成用パタンの上記電子放出端がその厚みにおいても薄く尖って行くように図ること;
を特徴とする電界放出素子用エミッタの作製方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2009−252689(P2009−252689A)
【公開日】平成21年10月29日(2009.10.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−102459(P2008−102459)
【出願日】平成20年4月10日(2008.4.10)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】