説明

電食防止用絶縁転がり軸受

【課題】封孔処理を施したセラミックス製の絶縁層6aの絶縁抵抗値、及び、密着力のばらつきが小さい構造を実現する。
【解決手段】外輪3の外周面7及び軸方向両端面8、8に、セラミックスを溶射する。この溶射層の気孔率は2〜6%とする。又、この溶射層の気孔に、透湿係数が10-6cm3・cm/(cm2・s・cmHg) 以下、且つ、吸湿率が0.2%未満の有機系封孔剤を充填する事により封孔処理を施して、上記絶縁層6aとする。これにより、封孔剤が上記溶射層に浸透し易くなり、上記課題を解決できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、汎用或いは鉄道車両用の電動モータの回転軸、或いは発電機の回転軸の様に、電流が流れる可能性がある回転支持部に組み込む電食防止用絶縁転がり軸受の改良に関する。
【背景技術】
【0002】
電動モータや発電機等、各種電気機器等の回転軸を支承する為の転がり軸受の場合、対策を講じないと、転がり軸受自体に、帰路電流、モータ軸電流等の電流が流れてしまう。転がり軸受に電流が流れた場合、電流の通路となる部分の腐食が進む、所謂電食が発生して、転がり軸受の寿命を著しく短縮してしまう。この様な電食の発生を防止する為、転がり軸受を構成する外輪や内輪の表面に絶縁層を形成する事で、転がり軸受に電流が流れない様にする電食防止用絶縁転がり軸受が、例えば特許文献1〜3に記載されている様に、従来から知られている。
【0003】
これら各特許文献に記載された絶縁型の転がり軸受は何れも、転がり軸受を構成する軌道輪のうちで、相手部材の嵌合支持する部分に、セラミックス、合成樹脂等の絶縁層を形成して成るもので、例えば図6に示す様に構成されている。転がり軸受は、内輪1の外周面に形成した内輪軌道2と外輪3の内周面に形成した外輪軌道4との間に複数の転動体5を設ける事で、上記内輪1と外輪3との相対的回転を自在としている。そして、この外輪3の外周面及び軸方向両端面に、セラミックス製の絶縁層6を形成している。この様な電食防止用絶縁転がり軸受の場合、上記外輪3を金属製のハウジングに内嵌支持した状態では、上記絶縁層6が、これら外輪3とハウジングとを絶縁する。この結果、これら外輪3とハウジングとの間に電流が流れなくなり、上記転がり軸受の構成各部材1、3、5に、上述した様な電食が発生しなくなる。
【0004】
上述の様に、電食防止の為に軌道輪の表面に形成されるセラミックス製の絶縁層の場合、絶縁層形成時に気孔が生じる場合がある。例えば、上記絶縁層として、アルミナ(Al2O3 )を主成分としたセラミックス溶射層を使用した場合、この溶射層は、アルミナの粒子を溶射する事により形成される為、この溶射層内には、不可避的に気孔(微細な空隙)が存在する。そして、この様な気孔に水分が入り込んだ場合には、絶縁性能が低下する。この為に、例えば、特許文献2〜4に記載されている様に、この気孔内に合成樹脂等の封孔剤を含浸、硬化させる封孔処理を行なう事により、絶縁抵抗を維持する構造が、従来から知られている。
【0005】
但し、上述の様に封孔処理を行なっても、絶縁抵抗値にばらつきが生じる場合がある。従来、例えば、粒径が40〜70μm程度のアルミナの粒子を溶射していたが、アルミナの粒径が大きいと、溶射層の気孔率(素材内の空隙部分の比率)が大きくなると共に気孔自体の大きさにばらつきが生じ易い。この様に、気孔の大きさにばらつきが生じたり気孔率が大きくなると、封孔処理を施したとしても、セラミックスの溶射層に封孔剤が十分に浸透せず、絶縁抵抗値にばらつきが生じ易くなる。又、封孔剤は、絶縁層の密着力を維持する働きを有するので、封孔剤が十分に浸透しない場合には、この絶縁層の密着力にもばらつきが生じる。更に、封孔剤の種類によっては、封孔剤が十分に溶射層に浸透せず、絶縁抵抗値にばらつきが生じる場合がある。
【0006】
この様に、絶縁層の絶縁抵抗値及び密着力にばらつきが生じ易いと、品質を管理しにくくなる為、好ましくない。従って、これら絶縁抵抗値及び密着力のばらつきを小さくする事が、品質管理の面から重要となる。
【0007】
【特許文献1】特開2005−133876号公報
【特許文献2】実開昭60−85626号公報
【特許文献3】特開平5−52223号公報
【特許文献4】特開2003−183806号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、上述の様な事情に鑑みて、封孔処理を施したセラミックス製の絶縁層の絶縁抵抗値、及び、密着力のばらつきが小さい構造を実現すべく発明したものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の電食防止用絶縁転がり軸受は、1対の軌道輪と、複数個の転動体とを備える。
このうちの両軌道輪は、それぞれが金属製で、互いに同心に配置されている。
又、上記各玉は、それぞれが金属製で、上記両軌道輪の互いに対向する面に形成された1対の軌道面同士の間に転動自在に設けられている。
そして、上記両軌道輪のうちの少なくとも一方の軌道輪の表面のうちで軌道面を設けた面以外の面を、セラミックス製の溶射層に封孔処理を施した絶縁層により被覆している。
特に、本発明の電食防止用絶縁転がり軸受に於いては、上記溶射層の気孔率を2〜6%としている。これと共に、この溶射層の気孔に、透湿係数が10-6cm3・cm/(cm2・s・cmHg) 以下、且つ、吸湿率(「吸湿率」とは、封孔剤のエポキシ樹脂やフッ素樹脂等の合成樹脂に含有される水分の割合で、「吸水率」(JIS K 6911に準拠)と呼ばれる事もある。)が0.2%未満の有機系封孔剤を充填する事により、封孔処理を施している。
【0010】
又、本発明を実施する場合に好ましくは、請求項2に記載した様に、セラミックス製の絶縁層を、アルミナ(Al2O3 )を97重量%以上含有するものとする。
又、請求項3に記載した様に、セラミックス製の絶縁層が、チタニア(酸化チタン、TiO2)と、シリカ(SiO2)と、酸化クロム(CrO2)とのうちの少なくとも何れかの、又は、全ての物質を含有するものである場合には、これら各物質の含有量の合計を1重量%以下とする事が好ましい。
又、請求項4に記載した様に、粒径が10〜50μmで、平均粒径が15〜25μmであるアルミナを使用する事が、より好ましい。
更に、請求項5に記載した様に、前記有機系封孔剤は、エポキシ樹脂若しくはフッ素樹脂系の封孔剤である事が好ましい。
【発明の効果】
【0011】
上述の様に構成する本発明の電食防止用絶縁転がり軸受によれば、封孔処理を施したセラミックス製の絶縁層の絶縁抵抗値、及び、密着力のばらつきが小さい構造を実現できる。
即ち、セラミックスの溶射層の気孔率を2〜6%に規制すると共に、封孔剤として、透湿係数が10-6cm3・cm/(cm2・s・cmHg) 以下、且つ、吸湿率が0.2%未満のものを使用する事により、封孔剤を溶射層に対し十分に浸透させる事ができ、絶縁層の絶縁抵抗値及び密着力のばらつきを抑えられる。
【0012】
又、請求項2に記載した様に、セラミックス製の絶縁層を、アルミナを97重量%以上含有するものとすれば、絶縁性能を確保し易くなる。
尚、アルミナの溶射層に、チタニア、ジルコニア(ZrO2)のうちの何れかを含有すれば、絶縁性能の確保と、耐久性の確保と、低コスト化と、良好な外観の確保とを、高次元で並立させる事ができる。
具体的には、アルミナの含有量を99重量%以上とし、アルミナの溶射層に含有するチタニアを、0.01〜0.2重量%、或は、アルミナの含有量を97重量%以上とし、アルミナの溶射層に含有するジルコニアの含有量を、0.5〜2.5重量%とすれば、良好な外観の確保をより図り易くなる。
【0013】
即ち、アルミナを主成分とするセラミックス溶射層のうち、チタニア等を含まないホワイトアルミナの場合には、絶縁性能が優れている反面、封孔処理に伴って外観が悪化する。これに対して、上述した構造の場合には、0.01重量%以上のチタニア、或は、0.5重量%以上のジルコニアを含有している為、上記封孔処理を施した場合に、外観悪化に結び付く様な色むらは発生しない。即ち、セラミックス溶射層内部に存在する微細な空隙(気孔)を合成樹脂により塞ぐ為の封孔処理に伴って、この合成樹脂の一部が上記セラミックス溶射層の表面に表れる。表面の色彩が純白に近い、ホワイトアルミナの場合、この様に表面に表れた合成樹脂により、表面に色むらを生じて、製品の外観を悪くする。これに対して、0.01重量%以上のチタニアを含有したグレイアルミナ、或は、0.5重量%以上のジルコニアを含有したものの場合には、表面の色彩がグレー(灰色)がかっている為、上記封孔処理に使用する合成樹脂として、適切な(灰色系統の)色彩のものを使用すれば、表面に、製品の外観を悪くする程の色むらを生じる事はない。
【0014】
但し、上記チタニアを、0.2重量%、或は、上記ジルコニアを2.5重量%を越えて含有させると、必要とする絶縁性能を確保する為に要する、上記セラミックス溶射層の厚さが大きくなる。そこで、上記チタニアの含有量を0.01〜0.2重量%、或は、上記ジルコニアの含有量を0.5〜2.5重量%の範囲に規制する。
【0015】
尚、セラミックス溶射層中に於ける、上記チタニアの含有量を0.2重量%以下、或は、上記ジルコニアの含有量を2.5重量%以下に抑える事により、溶射層形成時の材料(アルミナ粒)の歩留が多少は悪化する。
但し、請求項4に記載した様に、粒径が10〜50μmで、平均粒径が15〜25μmであるアルミナを使用すれば、上記セラミックス溶射層を構成するアルミナの付着効率を向上させる事と合わせて、上記セラミックス溶射層の厚さ寸法に関する精度を向上させ、コスト上昇を抑えられる。即ち、付着効率の向上による材料費の節約と、寸法精度の向上による仕上加工の容易化(仕上加工時間の短縮化)とにより、電食防止用絶縁転がり軸受の製造コストの低廉化を図れる。
更に、アルミナの溶射層に、高強度、高靱性を有するジルコニアを含有させた場合には、このアルミナの溶射層の密着力を向上させる事ができる。この為、耐久性を十分に確保できる。
【0016】
又、請求項3に記載した様に、セラミックス製の絶縁層が、チタニアと、シリカと、酸化クロムとのうちの少なくとも何れかの、又は、全ての物質を含有するものである場合に、これら各物質の含有量の合計を1重量%以下とすれば、より絶縁抵抗値のばらつきを抑えられる。
即ち、上記物質を含むセラミックスは、親水性が高く絶縁抵抗値にばらつきが生じ易い。従って、上記物質の含有量の合計を、1重量%以下、好ましくは0.5重量%以下、より好ましくは0.2重量%以下とする。
【0017】
又、請求項4に記載した様に、粒径が10〜50μmで、平均粒径が15〜25μmであるアルミナを使用すれば、絶縁層の気孔の大きさのばらつきを抑えられると共に、気孔率を小さくできる。
即ち、アルミナの粒径を小さくする事により、気孔の大きさのばらつきを小さくできる(気孔の大きさを均一にできる)。特に、粒径が10〜50μmの場合、気孔率を2〜8%で均一にできる。更に、平均粒径を15〜25μmとする事により、気孔率を2〜6%と十分に小さくできる。尚、気孔の大きさのばらつき及び気孔率が大きい場合には、封孔剤が十分に浸透せず、絶縁層の絶縁抵抗値及び密着力のばらつきが生じ易い。従って、上述の様に気孔の大きさのばらつき及び気孔率を小さくする事により、上記絶縁抵抗値及び密着力のばらつきを、より小さくできる。
【0018】
更に、請求項5に記載した様に、有機系封孔剤を、エポキシ樹脂若しくはフッ素樹脂系の封孔剤とすれば、透湿係数を10-6cm3・cm/(cm2・s・cmHg) 以下、且つ、吸湿率を0.2%未満とし易い。
上述の様に、絶縁層の絶縁抵抗値及び密着力のばらつきを抑えられれば、高品質な電食防止用絶縁転がり軸受を、安定して供給できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
図1(A)、図2、3は、本発明の実施の形態の1例を示している。本例の電食防止用絶縁転がり軸受は、金属製の内輪1の外周面に形成した内輪軌道2と、金属製の外輪3の内周面に形成した外輪軌道4との間に、それぞれが金属製の複数の転動体5(図示の例の場合は玉)を設ける事で、上記内輪1と外輪3との相対的回転を自在としている。そして、この外輪3の外周面7及び軸方向両端面8、8に、絶縁層6aを形成している。尚、図1(B)は、本発明の実施の形態の別例で、内輪1の内周面9及び軸方向両端面10、10に、絶縁層6aを形成した構造を示している。
【0020】
上記絶縁層6aは、アルミナを97重量%以上含むセラミックスの溶滴を上記外周面7及び軸方向両端面8、8(或は、内周面9及び軸方向両端面10、10)に、例えばプラズマ溶射により噴射して成るセラミックス溶射層に、封孔処理を施したものである。又、このセラミックスの溶射層には、チタニアと、シリカと、酸化クロムとのうちの少なくとも何れかの物質が含有されている。但し、これら各物質の含有量の合計を1重量%以下としている。
【0021】
又、本例の場合、上記セラミックスの溶射層の気孔率を2〜6%としている。即ち、粒径が10〜50μmで、平均粒径が15〜25μmであるアルミナを溶射する事により、上記溶射層の気孔率を2〜6%としている。これと共に、この溶射層の気孔に、吸湿性の小さいエポキシ樹脂若しくはフッ素樹脂系の有機系封孔剤を含浸、硬化(充填)させる事により封孔処理を施して、上記絶縁層6aとしている。この封孔剤の透湿係数は、10-6cm3・cm/(cm2・s・cmHg) 以下、且つ、吸湿率は、0.2%未満である。
【0022】
又、上記絶縁層6aは、前記外輪3の外周面7及び軸方向両端面8、8(或は、内輪1の内周面9及び軸方向両端面10、10)の他、この外周面7(或は内周面9)の軸方向両端縁とこれら軸方向両端面8、8(或は10、10)の外周縁とを連続させる、断面四分の一円弧状の折れ曲がり連続部11、11(或は12、12)の表面も覆っている。
【0023】
図2、3により、具体的に説明すると、上記各面7、8、11を覆っている、上記絶縁層6aの厚さ寸法T7 、T8 、T11 (図3参照)のうち、上記外周面7及び軸方向両端面8、8の表面を覆っている部分の厚さ寸法T7 、T8 に関しては、0.4mm以下に抑えている。そして、これら各部分の厚さ寸法T7 、T8 を0.4mm以下に抑える事により、上記両折れ曲がり連続部11、11の表面を覆っている部分の厚さ寸法T11を、0.48mm以下に抑えている。
【0024】
又、上記絶縁層6aのうち、上記外周面7及び軸方向両端面8、8の表面を覆っている部分を研磨する事により、これら各部分を平滑面とし、これら各面7、8と上記外輪3を内嵌固定するハウジングの内面とが密に当接する様にしている。この様な研磨に伴って、上記各面7、8を覆っている上記絶縁層6aの表面部分(図3の斜格子部分)が、図3に示した研磨取代δ分だけ除去されて、この絶縁層6aの厚さ寸法が、セラミックス溶射層を形成した状態よりも薄くなっている。但し、上記研磨取代δを除去した後の厚さt7 (=T7 −δ)、t8 (=T8 −δ)に関しても、0.25mm以上確保している。これに対して、上記絶縁層6aのうちで上記両折れ曲がり連続部11、11の表面を覆っている部分に関しては、研磨する事なく、そのままの(セラミックスの溶滴を噴射したままの)状態としている。
【0025】
上述の様に構成する本例の電食防止用絶縁転がり軸受によれば、封孔処理を施したセラミックス製の絶縁層6aの絶縁抵抗、及び、密着力のばらつきが小さい構造を実現できる。
即ち、本例の場合、セラミックスの溶射層の気孔率を2〜6%に規制すると共に、封孔剤として、透湿係数が10-6cm3・cm/(cm2・s・cmHg) 以下、且つ、吸湿率が0.2%未満のものを使用する事により、封孔剤を溶射層に対し十分に浸透させる事ができ、絶縁層6aの絶縁抵抗値及び密着力のばらつきを抑えられる。
【0026】
上記数値に規制した理由を説明する。先ず、絶縁抵抗値のばらつきを抑える面から、上記溶射層の気孔率を0%に近づける事が好ましい。但し、0%とする事は不可能である。又、気孔率を2%未満とした場合でも、封孔処理を施さなければ、気孔部分に水が入り込んで絶縁性能を低下させる一方、封孔処理の面から見ると、気孔率が小さ過ぎて封孔剤の含浸が不完全な部分が存在する。この封孔剤は、上記溶射層の気孔を封孔するばかりでなく、封孔処理後の絶縁層6aの密着力を維持する働きも備える。従って、絶縁性能の確保と、この絶縁層6aの密着力を維持する面から、上記溶射層の気孔率を2%以上としている。一方、この溶射層の気孔率を6%よりも大きくした場合、封孔剤が十分に浸透しない場合があり、絶縁層6aの密着力及び絶縁抵抗値にばらつきが生じ易くなる。従って、本例の場合、上記気孔率を2〜6%に規制して、上記絶縁層6aの密着力を維持すると共に、絶縁抵抗値及び密着力のばらつきを抑えている。
【0027】
尚、本例の場合、粒径が10〜50μmで、平均粒径が15〜25μmであるアルミナを溶射する事により、上記溶射層を形成している。この為、この溶射層の気孔率を6%以下に規制できると共に、気孔の大きさのばらつきを抑えられる。即ち、本発明者の実験によれば、粒径が10〜50μmのアルミナを溶射する事により形成した溶射層の場合、気孔率が2〜8%で、気孔の大きさを均一にできる。更に、アルミナの平均粒径を15〜25μmに規制する事により、溶射層の気孔率を2〜6%にできる。この様に、粒径が小さいアルミナを溶射する事により、気孔率が小さく、気孔の大きさが均一な溶射層を得られる。そして、溶射層の気孔の大きさを均一にできれば、封孔剤の浸透度合をより良好にでき、絶縁層の絶縁抵抗値及び密着力のばらつきを抑える面から有利になる。
【0028】
次に、上記溶射層に封孔処理を施す為の有機系封孔剤として、透湿係数が10-6cm3・cm/(cm2・s・cmHg) よりも大きく、且つ、吸湿率が0.2%以上である、例えばアクリル樹脂若しくはウレタン樹脂系の封孔剤を使用した場合、この封孔剤が上記溶射層に浸透しにくくなり、絶縁抵抗値にばらつきが生じ易い。これに対し、本例の様に、上記絶縁層6aに封孔処理を施す為の有機系封孔剤として、エポキシ樹脂若しくはフッ素樹脂系で、透湿係数が10-6cm3・cm/(cm2・s・cmHg) 以下、且つ、吸湿率が0.2%未満の封孔剤を使用すれば、この封孔剤が上記溶射層に浸透し易くなり、絶縁抵抗値のばらつきを抑えられる。尚、上記封孔剤は、セラミックスの浴射層との濡れ角度が60度以下で、毛細管現象により含浸するものを用いる事が好ましい。又、本例の場合、セラミックスの溶射層に含まれるチタニアと、シリカと、酸化クロムとの含有量の合計を1重量%以下としている為、セラミックスの親水性を低くでき、この面からも絶縁抵抗値のばらつきを抑えられる。尚、上記含有量の合計を小さくする程、100℃以下の飽和水蒸気未満の環境下での漏洩電流を少なくできる。この為、上記含有量の合計を、好ましくは0.5重量%以下、より好ましくは0.2重量%以下とする。
この様に、絶縁層6aの絶縁抵抗値及び密着力のばらつきを抑えられれば、高品質な電食防止用絶縁転がり軸受を、安定して供給できる。
【0029】
又、本例の場合、上記絶縁層6aを構成するセラミックス溶射層として、アルミナを97重量%以上含有するものを使用している為、絶縁性能を確保できる。即ち、アルミナを97重量%以上含有するセラミックス溶射層は電気抵抗値が大きい(優れた絶縁性を有する)為、研磨後の(使用状態での)絶縁層の厚さを0.25mm以上確保すれば、用途が、汎用或いは鉄道車両用の電動モータの回転軸、或いは発電機の回転軸の様に、電位差が3000V程度までの回転支持部である限り、電食防止効果を十分に確保できる。
【0030】
又、研磨後の絶縁層6aの厚さを0.25mm以上確保する為には、研磨前のセラミックス溶射層の厚さを0.4mm以下としても、十分に(最大で0.15mm程度の)研磨代を確保できる。即ち、上記絶縁層6aの表面と前記ハウジングの内面とを均一に当接させて、前記外輪3の姿勢を安定させると共に、上記絶縁層6aの一部に過大な力が加わる事を防止する為には、上記外周面7及び軸方向両端面8、8(或は内周面9及び軸方向両端面10、10)の表面を覆っている部分を研磨する必要がある。この場合でも、必要な研磨代は0.15mm以下であるから、上記研磨前のセラミックス溶射層の厚さを0.4mm以下に抑えても、研磨後の絶縁層6aの厚さを0.25mm以上確保できる。
【0031】
そして、上記セラミックス溶射層の厚さを0.4mm以下に抑えられれば、前述した通り、前記両折れ曲がり連続部11、11(或は両折れ曲がり連続部12、12)の表面を覆っている部分の厚さ寸法T11を、0.48mm以下に抑えられる。即ち、これら両折れ曲がり連続部11、11には、上記外周面7に径方向外方から噴射するセラミックス溶滴、及び、上記軸方向両端面8、8に軸方向外方から噴射するセラミックス溶滴が付着する。この為、上記両折れ曲がり連続部11、11を覆うセラミックス溶射層の厚さ寸法は、上記外周面7及び上記軸方向両端面8、8を覆うセラミックス溶射層の厚さ寸法よりも大きくなる。
【0032】
本例の場合には、上記各面7、8を覆うセラミックス溶射層の厚さ寸法を0.4mm以下に抑えている為、上記両折れ曲がり連続部11、11を覆うセラミックス溶射層の厚さ寸法は0.48mm以下に抑えられる。厚さが0.48mm程度のセラミックス溶射層であれば、厚さ寸法が過大であるとは言えず、そのままであっても(研磨により厚さ寸法を小さくしなくても)、割れ、欠け等の損傷を発生しにくい。従って、上記セラミックス溶射層である前記絶縁層6aのうちで、上記両折れ曲がり連続部11、11を被覆した部分を研磨する手間を省略して、コスト低減を図れる。
尚、上述の作用効果は、図1(B)に示す様に、絶縁層6aを内輪1側に被覆した場合も同様である。
【実施例1】
【0033】
絶縁層の気孔率が、絶縁抵抗値及び封孔剤の浸透度合に及ぼす影響を調べた実験に就いて説明する。
この実験では、粒径が40〜70μmのアルミナを溶射して、厚さを300μmとした溶射層に、透湿係数が10-6cm3・cm/(cm2・s・cmHg) 以下、且つ、吸湿率が0.2%未満の、エポキシ樹脂若しくはフッ素樹脂系の有機系封孔剤により封孔処理を施した場合の絶縁抵抗値を測定した。この結果、1000V印加した場合に、1000MΩ未満の、十分には絶縁されていないものから、5.0×103 MΩ以上の、十分に高い絶縁抵抗値を示すものがあり、絶縁抵抗値にばらつきがある事が分かった。
【0034】
又、溶射するアルミナの粒径を40〜70μmとした場合の絶縁層の断面の気孔率を調べた結果、絶縁抵抗値が1000MΩ未満のものは、気孔の大きさにばらつきがあり、しかも、気孔率が10%以上である事が確認された。そして、この様な絶縁層の場合、封孔剤が十分に浸透されない事が分かった。一方、粒径が10〜50μmのアルミナを溶射した溶射層内部の気孔を調べた結果、気孔率が2〜8%以下で、気孔の大きさのばらつきを抑えられる事が分かった。更に、粒径が10〜50μmである事に加えて、平均粒径を15〜25μmとした(粒径のばらつきを抑えた)アルミナを溶射した溶射層の場合、気孔率を2〜6%にできる事が分かった。
【実施例2】
【0035】
次に、封孔剤の透湿係数及び吸湿率が、この封孔剤の浸透度合に及ぼす影響に就いて行なった実験に就いて説明する。この実験では、粒径が10〜50μmのアルミナを溶射して、厚さが300μmで気孔率を2〜8%とした溶射層に、透湿係数及び吸湿率が異なる封孔剤により封孔処理を施した場合の、それぞれの封孔剤の浸透度合を調べた。封孔剤は、透湿係数が10-6cm3・cm/(cm2・s・cmHg) 以下、且つ、吸湿率が0.2%未満の、エポキシ樹脂若しくはフッ素樹脂系の有機系封孔剤と、透湿係数が10-6cm3・cm/(cm2・s・cmHg) よりも大きく、且つ、吸湿率が0.2%以上の、アクリル樹脂系の有機系封孔剤とを使用した。又、浸透度合は、表面から50μmずつ研磨する毎に、カラーチェックを行なう事により調べた。又、カラーチェックは、残り50μmまで行なった。この実験の結果、アクリル樹脂系の封孔剤の場合、溶射層内部まで十分に浸透していない場合もあったが、エポキシ樹脂若しくはフッ素樹脂系の封孔剤の場合、溶射層内部まで確実に浸透している事が確認された。
【実施例3】
【0036】
次に、吸湿率が絶縁抵抗値に及ぼす影響を調べた実験に就いて説明する。この実験では、気孔率が2〜6%の溶射層に、吸湿率が0.3%以上(0.3〜0.4%)の封孔剤により封孔処理を施した場合と、吸湿率が0.2%未満(0.08〜0.15%)の封孔剤により封孔処理を施した場合とで、それぞれ8個ずつの試料(合計16個)を用意した。そして、これら各試料に就いて絶縁抵抗値を調べた。尚、絶縁層の膜厚は300μmとし、印加電圧は1000Vとした。この結果を図4に示す。
【0037】
上記図4から明らかな様に、吸湿率が0.3%以上の場合、絶縁抵抗値が5000MΩ以上を示すものから、700MΩ程度のものまで存在し、絶縁抵抗値のばらつきが大きい事が分かった。これに対して、吸湿率が0.2%未満の場合、全ての試料で絶縁抵抗値が5000MΩ以上を示し、安定して高い絶縁抵抗値を有する事が分かった。
【実施例4】
【0038】
次に、絶縁層の気孔率が密着力に及ぼす影響を調べた実験に就いて説明する。この実験では、気孔率が3、6、7%の溶射層を形成した試料を複数個ずつ用意し、それぞれの試料の密着力を調べた。密着力の測定は、JIS H 8666の密着強さ試験により行なった。この結果を図5に示す。
【0039】
上記図5から明らかな様に、気孔率が3、6%の場合、約65MPa程度の安定した密着力を示し、密着力のばらつきが小さい事が分かった。これに対して、気孔率が7%の場合、約45〜65MPaと密着力にばらつきが生じる事が分かった。この結果、気孔率を6%以下とすれば、密着力を安定して高くできる事が分かる。
【産業上の利用可能性】
【0040】
本発明は、前述の図1に示した単列深溝型のラジアル玉軸受に限らず、アンギュラ型、複列等、他の型式のラジアル玉軸受や、円すいころ軸受、円筒ころ軸受、自動調心ころ軸受、スラスト玉軸受或いはスラストころ軸受等、他の型式の転がり軸受で実施する事もできる。スラスト転がり軸受で実施する場合に絶縁層は、内外両周面と軸方向片面とに形成する。
【図面の簡単な説明】
【0041】
【図1】本発明の実施の形態の2例を示す部分断面図。
【図2】同じく外輪のみを取り出して示す断面図。
【図3】図2のA部拡大図。
【図4】封孔剤の吸湿率が、絶縁抵抗値に及ぼす影響を調べた実験の結果を示す棒グラフ。
【図5】溶射層の気孔率が、密着力に及ぼす影響を調べた実験の結果を示す線図。
【図6】従来構造の1例を示す半部断面図。
【符号の説明】
【0042】
1 内輪
2 内輪軌道
3 外輪
4 外輪軌道
5 転動体
6、6a 絶縁層
7 外周面
8 端面
9 内周面
10 端面
11 折れ曲がり連続部
12 折れ曲がり連続部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
互いに同心に配置された、それぞれが金属製である1対の軌道輪と、これら両軌道輪の互いに対向する面に形成された1対の軌道面同士の間に転動自在に設けられた、それぞれが金属製である複数個の転動体とを備え、上記両軌道輪のうちの少なくとも一方の軌道輪の表面のうちで軌道面を設けた面以外の面を、セラミックスの溶射層に封孔処理を施した絶縁層により被覆した電食防止用絶縁転がり軸受に於いて、この溶射層の気孔率を2〜6%とすると共に、この溶射層の気孔に、透湿係数が10-6cm3・cm/(cm2・s・cmHg) 以下、且つ、吸湿率が0.2%未満の有機系封孔剤を充填する事により、封孔処理を施した事を特徴とする電食防止用絶縁転がり軸受。
【請求項2】
セラミックス製の絶縁層が、アルミナを97重量%以上含有するものである、請求項1に記載した電食防止用絶縁転がり軸受。
【請求項3】
セラミックス製の絶縁層が、チタニアと、シリカと、酸化クロムとのうちの少なくとも何れかの、又は、全ての物質を含有するものであり、これら各物質の含有量の合計が1重量%以下である、請求項2に記載した電食防止用絶縁転がり軸受。
【請求項4】
粒径が10〜50μmで、平均粒径が15〜25μmであるアルミナを使用した、請求項2又は請求項3に記載した電食防止用絶縁転がり軸受。
【請求項5】
有機系封孔剤が、エポキシ樹脂若しくはフッ素樹脂系の封孔剤である、請求項1〜4のうちの何れか1項に記載した電食防止用絶縁転がり軸受。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate


【公開番号】特開2008−50669(P2008−50669A)
【公開日】平成20年3月6日(2008.3.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−229608(P2006−229608)
【出願日】平成18年8月25日(2006.8.25)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【出願人】(000109875)トーカロ株式会社 (127)
【Fターム(参考)】