説明

非晶質炭素被覆工具

【課題】非晶質炭素膜と基材との密着性に優れるとともに耐摩耗性に優れた非晶質炭素被覆工具を提供することを目的とする。
【解決手段】基材と非晶質炭素膜とを備え、非晶質炭素膜は基材側の内層部と表面側の外層部とからなり、非晶質炭素膜の内層部に含まれる水素量は0.5原子%以上3原子%以下であり、非晶質炭素膜の外層部に含まれる水素量は0.5原子%未満であり、非晶質炭素膜の内層部の水素量は、基材側から表面側に向かって水素量が徐々に減少するという濃度勾配を持つ非晶質炭素被覆工具。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、非晶質炭素膜を基材に被覆した非晶質炭素被覆工具に関する。
【背景技術】
【0002】
アルミニウム合金や真鍮などの非鉄金属、有機材料、グラファイトなど硬質粒子を含有する材料、電子関連プリント回路基板などの加工が増加している。このような被削材は、切削工具の切れ刃部分に被削材が溶着して切削抵抗が大きくなり、刃先が欠損しやすい。そのため、このような被削材を切削加工する場合には、非晶質炭素被覆工具が用いられる。従来の非晶質炭素被覆工具としては、非晶質カーボン膜中における水素量が5原子%以下である非晶質カーボン被覆工具がある(例えば、特許文献1参照。)。また、実質的に水素を含まないベース層と、ベース層の上に設けられるとともに2原子%〜20原子%の範囲内で水素を含む水素含有層との2層構造を成しているDLC被膜を被覆したDLC被膜被覆工具がある(例えば、特許文献2参照。)。しかしながら、これらの工具は被膜と基材との密着性が十分でないという問題があった。
【0003】
【特許文献1】特開2003−62706号公報
【特許文献2】特開2007−131893号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
非晶質炭素被覆工具に対して、高能率加工、長寿命および被削材の仕上げ品位を良くすることが求められている。これらの要求に答えるため、本発明は非晶質炭素膜と基材との密着性に優れるとともに耐摩耗性に優れた非晶質炭素被覆工具を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者は非晶質炭素被覆工具の開発を行ってきたところ、基材側に水素量が多い非晶質炭素膜を被覆した後に、表面側に水素量が少ない非晶質炭素膜を被覆すると、耐摩耗性が優れるとともに、非晶質炭素膜と基材との密着性に優れた非晶質炭素被覆工具が得られるという知見を得て本発明を完成するに至った。
【0006】
すなわち、本発明の非晶質炭素被覆工具は、基材と非晶質炭素膜とを備え、非晶質炭素膜は基材側の内層部と表面側の外層部とからなり、非晶質炭素膜の内層部に含まれる水素量は、非晶質炭素膜の外層部に含まれる水素量よりも多いというものである。
【0007】
本発明の非晶質炭素被覆工具の基材としては、高速度鋼、超硬合金、セラミックス、超高圧焼結体などを挙げることができる。その中でも超硬合金は硬さと靭性に優れるのでさらに好ましい。
【0008】
本発明の非晶質炭素膜は、硬質炭素膜、ダイヤモンドライクカーボン膜、DLC膜、a−C:H膜、i−カーボン膜、ta−C膜などと呼ばれるものを含む。
【0009】
本発明の非晶質炭素膜は、基材に接する内層部と表面側の外層部とからなる。非晶質炭素膜の内層部に含まれる水素量は、非晶質炭素膜の外層部に含まれる水素量よりも多い。これは、非晶質炭素膜の水素量が低いと、非晶質炭素膜の硬さは高いが非晶質炭素膜と基材との密着性は低く、非晶質炭素膜の水素量が高いと、基材との密着性は高くなるになるという知見から定めたものである。その中でも、非晶質炭素膜の内層部の水素量が基材側から表面側に向かって水素量が徐々に減少するという濃度勾配を持つと密着性の向上と被膜硬さの低下を防止できるため、さらに好ましい。
【0010】
本発明の非晶質炭素膜の外層部に含まれる水素量は0.5原子%未満であり、非晶質炭素膜の内層部に含まれる水素量は0.5原子%以上3原子%以下であると、さらに好ましい。これは、非晶質炭素膜の水素量が0.5原子%未満であると、非晶質炭素膜の硬さは高いが非晶質炭素膜と基材との密着性は低く、非晶質炭素膜の水素量が0.5原子%以上であると基材との密着性は高くなるが、非晶質炭素膜の水素量が3原子%を超えて多くなると非晶質炭素膜の硬さの低下が顕著になるためである。非晶質炭素膜の水素量およびその濃度勾配は、ヘリウムなどの高エネルギー重イオンを入射粒子として用いた弾性反跳粒子検出法(ERDA)を使用することで測定することができる。
【0011】
本発明の非晶質炭素膜における内層部の厚さは、非晶質炭素膜の膜厚の1〜10%が好ましい。非晶質炭素膜の内層部の厚さが非晶質炭素膜全体の膜厚の1%未満であると耐摩耗性を高くする効果が十分に得られず、非晶質炭素膜の内層部の厚さが非晶質炭素膜全体の膜厚の10%を超えると非晶質炭素膜全体の硬さが低下する。そのため、非晶質炭素膜の内層部の厚さは、非晶質炭素膜全体の膜厚の1〜10%であると好ましく、非晶質炭素膜の外層部の厚さは非晶質炭素膜の膜厚の90〜99%であると好ましい。
【0012】
ナノインデンテーション法による非晶質炭素膜の硬さは20GPa以上100GPa以下であることが好ましい。硬さが20GPa未満であると耐摩耗性が低下し、100GPaを超えると刃先の耐欠損性が低下するためである。その中でも、ナノインデンテーション法による非晶質炭素膜の硬さは30GPa以上80GPa以下であるとさらに好ましい。
【0013】
非晶質炭素膜の弾性復元率は式1で定義される。
[式1]弾性復元率(%)=(Hmax−Hf)/Hmax×100(%)
最大押し込み深さをHmaxとし、荷重除荷後の押し込み深さ(圧痕深さ)をHfとした場合、(Hmax−Hf)/Hmaxの値を弾性復元率と呼ぶ。本発明の非晶質炭素膜の弾性復元率は70〜100%であると好ましい。非晶質炭素膜の弾性復元率が70%未満であると塑性変形しやすいので、非晶質炭素膜の弾性復元率は70〜100%であると好ましい。
【0014】
本発明の非晶質炭素膜の膜厚は、0.06〜5μmであると好ましい。非晶質炭素膜の膜厚が0.06μm未満であると非晶質炭素膜を被覆する効果が得られず、5μmを超えると非晶質炭素膜の圧縮応力が大きくなり、非晶質炭素膜と基材との密着性が低下する。そのため、本発明の非晶質炭素膜の膜厚は0.06〜5μmであると好ましい。
【0015】
本発明の非晶質炭素被覆工具の基材に存在する圧縮応力は、耐欠損性や非晶質炭素膜と基材との密着性に影響を及ぼす。鏡面、研削面、焼肌面など基材の表面状態に関係なく、本発明の非晶質炭素被覆工具の基材に存在する圧縮応力が0.3GPa以下であると好ましい。基材の圧縮応力が0.3GPaを超えると、非晶質炭素膜にチッピングが発生しやすくなる。基材に存在する圧縮応力は2θ−sin2ψ法による測定できる。具体的には、下記の式2、式3を用いて基材の圧縮応力を測定することができる。なお、WCを主成分とする超硬合金基材の場合は、WCに存在する圧縮応力を基材に存在する圧縮応力とみなすことができる。
[式2]応力σ=-E/(2・(1+υ))・cotθ0・π/180・δ(2θ)/δ(sin2ψ)
[式3]応力σ=K・δ(2θ)/δ(sin2ψ)
ψ:試料面法線と格子面法線のなす角
σ:応力(MPa)
E:ヤング率(MPa)
υ:ポアソン比
θ0:標準ブラッグ角(度)
K:材料物性および標準ブラッグ角θ0で決まる定数
【0016】
514.5nmの波長を持つアルゴンガスレーザーを用いたラマン分光法により波数800〜2000cm-1の範囲でラマンスペクトルを測定したときに、従来の高結晶性熱分解グラファイト膜のラマンスペクトルは波数1580cm-1付近に1つのGバンドと呼ばれるラマンピークが現れる。そして高結晶性熱分解グラファイト膜の結晶性が低下するに従って波数1350cm-1付近にブロードなDバンドと呼ばれるラマンピークが現れる。
【0017】
514.5nmの波長を持つアルゴンガスレーザーを用いたラマン分光法により波数800〜2000cm-1の範囲でラマンスペクトルを測定したときに、本発明の非晶質炭素膜のラマンスペクトルは、波数1350cm-1付近にピークはほとんど見られず、波数1560〜1600cm-1の範囲内に第1ピークがあり、波数1100〜1200cm-1の範囲内に第2ピークがあると非晶質炭素膜の硬さが増加する傾向を示す。そのため、本発明の非晶質炭素膜のラマンスペクトルは、波数1560〜1600cm-1の範囲内に第1ピークがあり、波数1100〜1200cm-1の範囲内に第2ピークがあるとさらに好ましい。
【0018】
本発明の非晶質炭素膜は、ダイヤモンドに匹敵する高い硬さを有し、切削工具として用いた場合、優れた耐摩耗性を発揮する。本発明の非晶質炭素膜はsp3結合の割合が高いので、常温硬さと高温硬さが高くなる。
【0019】
本発明の非晶質炭素被覆工具の用途として、具体的には、ドリル、エンドミル、スローアウェイチップなどの切削工具、金型を挙げることができる。
【0020】
本発明の非晶質炭素膜は、固体のカーボンを出発原料とした物理蒸着法により得られる。物理蒸着法として具体的には、アークイオンプレーティング法、レーザーアブレーション法、スパッタリング法などを挙げることができる。その中でも、非晶質炭素膜と基材との密着性が高く、得られる非晶質炭素膜の硬さが高いアークイオンプレーティング法がさらに好ましい。アークイオンプレーティング法は、他の方式よりもイオン化率が高いカーボンイオンが生成するため、ダイヤモンド類似のsp3結合の比率が高く緻密で硬さの高い膜が得られ、耐摩耗性を大幅に向上させることができる。
【0021】
アークイオンプレーティング法は、非晶質炭素膜の表面にマイクロパーティクルと呼ばれる突起物が生じやすい。マイクロパーティクルは耐摩耗性の低下や非晶質炭素膜の表面粗さを粗くし、被削材の表面品位を悪くする原因となる。アークイオンプレーティング法の中でも、マイクロパーティクルを低減させるフィルタードアークイオンプレティング法は、さらに好ましい。
【0022】
具体的な製造方法としては以下の方法を挙げることができる。工具形状の基材を成膜装置内に入れ、アルゴンプラズマにて基材の表面を洗浄する。次に、基材に−30〜−300Vの直流電圧または−30〜−500Vのパルス電圧の基材バイアス電圧をかけてC22およびCH4の1種または2種を5〜20cm3/minの範囲の所定流量で炉内へ導入し、アーク放電電流80Aの陰極アーク放電によりグラファイトのターゲットを蒸発およびイオン化させることにより非晶質炭素膜の内層部を被覆する。内層部の水素量に濃度勾配を持たせるためには、C22およびCH4の1種または2種の流量を時間とともに減少させるとよい。非晶質炭素膜の内層膜の被覆終了後、C22およびCH4の1種または2種を供給せずに非晶質炭素膜の外層部を被覆すると本発明の非晶質炭素被覆工具を得ることができる。
【0023】
非晶質炭素膜の被覆時の基材温度は、50〜200℃であると好ましい。基材温度が200℃を超えると、軟質なsp2結合のグラファイトが析出しやすくなる。基材温度が50℃未満であると、基材と非晶質炭素膜との密着性が低下する。そのため基材温度は50〜200℃であると好ましい。その中でも基材温度は50〜150℃であるとさらに好ましい。非晶質炭素膜の被覆時にはカーボンイオンが基材表面に照射され、非晶質炭素膜が形成されるので基材温度は上昇する。従って基材を加熱ヒーターによって加熱しなくても基材温度が上昇する場合もある。
【発明の効果】
【0024】
本発明の非晶質炭素被覆工具は、非晶質炭素膜と基材との密着性に優れるとともに耐摩耗性に優れる。本発明の非晶質炭素被覆工具は、高能率加工と工具寿命の長寿命化を実現し、被削材の仕上げ品位を良くすることが可能となる。
【実施例1】
【0025】
基材として、ドリル径φ0.3mm×長さ5.8mm(形状PRM030L−E)のプリント回路基板加工用超硬合金製ドリルを用意した。この基材をアークイオンプレーティング装置の炉内に入れた。加熱ヒーターを用いて基材を300℃まで加熱させながら、炉内を圧力1×10-4Paの真空にした。加熱ヒーターの設定温度を100℃まで下げて基材温度を150℃まで低下させた後、アルゴンガスを導入し、圧力2×10-1Paのアルゴン雰囲気に保持しながら、バイアス電源により基材取付治具に−400Vの基材バイアス電圧をかけてアルゴンプラズマにて基材表面を洗浄した。
【0026】
次に、表1、2に示す条件にて基材の表面に非晶質炭素膜が形成した。表1は主にアークイオンプレーティング装置に関する条件を示し、表2は発明品5〜8の基材のバイアス電圧に用いるパルス電圧条件を示す。発明品1〜4については、基材のバイアス電圧に表1に示す直流電圧を用い、非晶質炭素膜の内層部の被覆開始時に5〜15cm3/minの所定流量のC22を炉内に導入し、C22の流量を時間とともに徐々に減少させ、非晶質炭素膜の内層部の被覆終了時にはC22の流量が0cm3/minになるように調節して内層部を被覆した。非晶質炭素膜の外層部はC22を炉内に供給せずに被覆した。発明品5〜8については、基材のバイアス電圧に表2に示すパルス電圧を用い、非晶質炭素膜の内層部の被覆開始から被覆終了まで、一定流量のC22を供給して内層部を被覆した。非晶質炭素膜の外層部はC22を炉内に供給せずに被覆した。
【0027】
【表1】

【0028】
【表2】

【0029】
比較品1は被覆を行わない超硬合金製ドリルである。比較品2、3は、超硬合金製ドリルの基材をプラズマCVD装置内に入れ、アノード電圧100V、リフレクター電圧50V、フィラメント電流30Aを共通条件とし、表3に示す条件で基材の表面に非晶質炭素膜を形成した。
【0030】
【表3】

【0031】
得られた発明品1〜8、比較品2、3について、高エネルギー重イオン(ヘリウムイオン)を入射粒子として用いた弾性反跳粒子検出法(ERDA)を使用して非晶質炭素膜の深さ方向の水素濃度分布を測定した。また、非晶質炭素膜の断面観察から走査型電子顕微鏡を用いて非晶質炭素膜の最大膜厚を測定した。それらの結果は表4に示した。
【0032】
【表4】

【0033】
表4に示すように外層部には水素が微量に含まれるが、これは、炉内に残った水分などから混入したものと思われる。次にHysitron社製TriboIndentorを使用し、荷重1mNで非晶質炭素膜の硬さと弾性復元率を測定した。基材のWCに存在する圧縮応力を下記の応力測定条件で測定した。これらの結果は表5に示した。
【0034】
[応力測定条件]
測定装置:株式会社リガク製微小部応力測定装置
X線管球:Cuターゲット
コリメータ:φ2mm
X線出力:30kV,20mA
標準ブラック角2θ0:117度(WC(211)面)
ψ:0度、17度、24度、30度、35度、40度の6点測定
ポアッソン比υ:0.19
ヤング率E:700GPa
【0035】
【表5】

【0036】
514.5nmの波長を持つアルゴンガスレーザーのラマン分光測定装置を用いて、発明品1〜8と比較品2,3の非晶質炭素膜のラマンスペクトルを測定した。これらの結果は表6に示した。
【0037】
【表6】

【0038】
得られたドリルについて、穴あけ試験を行い、切刃における凝着状況と摩耗状態を測定した。これらの結果は表7に示した。
【0039】
[穴あけ試験]
ドリル径:φ0.3mm
被削材:プリント回路基板FR−4(4層板)×2枚重ね
回転数:120000回転/min、
テーブル送り速度:3.0m/min
1回転当たりの送り量:25μm/rev
加工数:3000穴を加工する。
【0040】
【表7】

【0041】
本発明品は、比較品に比べて、優れた耐溶着性と耐摩耗性を備えることがわかる。従って、穴あけ加工後の穴加工精度も非常に高く、長寿命化が可能になる。
【実施例2】
【0042】
基材として、フライス用スローアウェイチップ(K10相当超硬合金、形番AECW16T3PEFR)を用意した。この基材をアークイオンプレーティング装置の炉内に入れた。加熱ヒーターを用いて基材を300℃まで加熱させながら炉内を圧力1×10-4Paの真空にした。加熱ヒーターの設定温度を100℃まで下げて基材温度を150℃まで低下させた後、アルゴンガスを導入し、圧力2×10-1Paのアルゴン雰囲気に保持しながら、バイアス電源により基材取付治具に−400Vの基材バイアス電圧をかけてアルゴンプラズマにて基材の表面を洗浄した。
【0043】
次に、表8、9に示す条件にて基材の表面に非晶質炭素膜が形成した。表8は主にアークイオンプレーティング装置に関する条件を示し、表9は基材のバイアス電圧に用いるパルス電圧条件を示す。発明品9〜12については、非晶質炭素膜の内層部の被覆開始時に6〜12cm3/minの所定流量のC22を炉内に導入し、C22の流量を時間とともに徐々に減少させ、非晶質炭素膜の内層部の被覆終了時にはC22の流量が0cm3/minになるように調節して内層部を被覆した。非晶質炭素膜の外層部はC22を炉内に供給せずに被覆した。発明品13〜16については、非晶質炭素膜の内層部の被覆開始から被覆終了まで、一定流量のC22を供給して内層部を被覆した。非晶質炭素膜の外層部はC22を炉内に供給せずに被覆した。
【0044】
【表8】

【0045】
【表9】

【0046】
比較品4は被覆を行わない超硬合金製スローアウェイチップである。比較品5は、基材をプラズマCVD成膜装置の炉内に入れ、ベンゼンC66の流量10cm3/min、圧力4.3×10-1Pa、基材温度200℃、基材のバイアス電圧−1500V(直流電圧)という条件で基材の表面に非晶質炭素膜を形成した。
【0047】
得られた発明品9〜16、比較品5について、高エネルギー重イオン(ヘリウムイオン)を入射粒子として用いた弾性反跳粒子検出法(ERDA)を使用して非晶質炭素膜の深さ方向の水素濃度分布を測定した。また、非晶質炭素膜の断面観察から走査型電子顕微鏡を用いて非晶質炭素膜の最大膜厚を測定した。それらの結果は表10に示した。
【0048】
【表10】

【0049】
表10に示すように外層部には微量の水素が含まれるが、これは、炉内に残った水分などから混入したものと思われる。Hysitron社製TriboIndentorを使用し、実施例1と同様な条件で非晶質炭素膜の硬さと弾性復元率を測定した。基材のWCに存在する圧縮応力を実施例1と同様な条件で測定した。これらの結果は表11に示した。
【0050】
【表11】

【0051】
514.5nmの波長を持つアルゴンガスレーザーのラマン分光測定装置を用いて、発明品9〜16と比較品5の非晶質炭素膜のラマンスペクトルを測定した。これらの結果は表12に示した。
【0052】
【表12】

【0053】
得られたスローアウェイチップについて、フライス加工試験を行い、切刃における凝着状況と摩耗状態を測定した。 これらの結果は表13に示した。
【0054】
[フライス加工試験]
被削材:アルミニウム合金ADC12
チップ形状:AECW16T3PEFR
切削速度:V=300m/min
切り込み:Ad=5mm
送り:f=0.15mm/rev
ダウンカット
【0055】
【表13】

【0056】
発明品は、比較品に比べて、被膜と基材との密着性に優れ、優れた耐溶着性と耐摩耗性を備えることがわかる。そのため長寿命化が可能になる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材と非晶質炭素膜とを備え、非晶質炭素膜は基材側の内層部と表面側の外層部とからなり、非晶質炭素膜の内層部に含まれる水素量は、非晶質炭素膜の外層部に含まれる水素量よりも多い非晶質炭素被覆工具。
【請求項2】
非晶質炭素膜の内層部の水素量は、基材側から表面側に向かって水素量が徐々に減少するという濃度勾配を持つ請求項1に記載の非晶質炭素被覆工具。
【請求項3】
非晶質炭素膜の内層部に含まれる水素量は0.5原子%以上3原子%以下であり、非晶質炭素膜の外層部に含まれる水素量は0.5原子%未満である請求項1または2に記載の非晶質炭素被覆工具。
【請求項4】
非晶質炭素膜の内層部の厚さは非晶質炭素膜の膜厚の1〜10%であり、非晶質炭素膜の外層部の厚さは非晶質炭素膜の膜厚の90〜99%である請求項1〜3のいずれか1項に記載の非晶質炭素被覆工具。
【請求項5】
非晶質炭素膜の最大膜厚は0.06〜5μmである請求項1〜4のいずれか1項に記載の非晶質炭素被覆工具。
【請求項6】
ナノインデンテーション法による非晶質炭素膜の硬さは20〜100GPaである請求項1〜5のいずれか1項に記載の非晶質炭素被覆工具。
【請求項7】
非晶質炭素膜の弾性復元率は70〜100%である請求項1〜6のいずれか1項に記載の非晶質炭素被覆工具。
【請求項8】
基材に存在する圧縮応力は0.3GPa以下である請求項1〜7のいずれか1項に記載の非晶質炭素被覆工具。
【請求項9】
514.5nmの波長を持つアルゴンガスレーザーを用いたラマン分光法による非晶質炭素膜のラマンスペクトルは、波数1560〜1600cm-1の範囲内の第1ピークと、波数1100〜1200cm-1の範囲内の第2ピークとを持つ請求項1〜8のいずれか1項に記載の非晶質炭素被覆工具。

【公開番号】特開2009−220238(P2009−220238A)
【公開日】平成21年10月1日(2009.10.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−68676(P2008−68676)
【出願日】平成20年3月18日(2008.3.18)
【出願人】(000221144)株式会社タンガロイ (185)
【Fターム(参考)】