説明

AP−1活性阻害剤

【課題】特にMMPの亢進が原因として起こる疾患(ガンの転移等)を予防または改善しうる安全性の高いAP−1活性阻害剤、遺伝子発現阻害剤、および医薬組成物の提供。
【解決手段】アスコクロリン、4−O−メチルアスコクロリン、4−O−カルボキシメチルアスコクロリン、4−O−メトキシカルボニルオキシアスコクロリン、4−O−(2−エトキシカルボニルオキシ)エチルアスコクロリン、4−O−ニコチノイルアスコクロリン、アスコフラノン、4−O−メチルアスコフラノン、4−O−カルボキシメチルアスコフラノン、4−O−メトキシカルボニルオキシアスコフラノン、4−O−(2−エトキシカルボニルオキシ)エチルアスコフラノンまたは4−O−ニコチノイルアスコフラノンで示される化合物もしくは生体内でこの化合物を生じうる化合物またはその薬理学的に許容できる塩を有効成分とする、AP−1活性阻害剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アスコクロリン、アスコフラノンおよびその誘導体を含有するアクチベータープロテイン1(以下「AP−1」ということがある)阻害剤に関し、詳しくは、腎疾患(糸球体腎炎)、脳梗塞などの虚血性神系疾患、中枢興奮性疾患(てんかんなど)、アルツハイマー病、骨代謝疾患、ガン、虚血性心疾患(心筋梗塞等)など、AP−1の亢進が原因で起こる各種疾患の予防、抑制または症状の改善に有効であり、かつ安全性の高いAP−1阻害剤に関する。
また、本発明は、アスコクロリン、アスコフラノンおよびその誘導体を含有するAP−1によって発現調節される遺伝子、特にマトリックスメタロプロテアーゼ(以下「MMP」ということがある)の発現阻害剤に関し、詳しくは、ガンの転移、潰瘍形成、慢性関節リウマチ、骨粗鬆症、歯周炎、皮膚の老化等、MMP等の亢進が原因で起こる各種疾患の予防、抑制または症状の改善に有効であり、かつ安全性の高いMMP等の発現阻害剤に関する。
【背景技術】
【0002】
ガンは、ほとんどの先進諸国における主要死亡原因の1つであり、我が国では、およそ3割の人がガンで亡くなっている状況である。近年の外科療法、放射線療法の発達により、ガンの原発巣自体はほぼ取り除けるようになった。しかし、それでもなお死亡率が高いのは、ガンが転移を起こす性質を有しているためと考えられており、転移が多発するようになったガンを治療することは、現状では非常に困難であると言わざるをえない。したがって、従来の原発巣の治療法に加えて、転移を抑制する方法を確立することが、ガン治療の大きな目的の1つであると考えられている。
【0003】
このような現況の中、徐々にではあるが転移のメカニズムが分子レベルで明らかになりつつあり、最近では、その転移プロセスの1つとして細胞外基質の分解系が注目されている。
【0004】
腫瘍細胞の浸潤のステップとしては、1)細胞の遊走および正常組織への接着、2)MMPを介した正常組織の融解、3)正常組織内への遊走および衛星病変での細胞の増加という段階があることが知られている。
【0005】
ガンの転移とは、原発部位から離脱したガン細胞が血流に乗って全身に散布され、他の臓器に生着し、その組織で再び増殖をはじめることである。一般に、腫瘍組織は、密な細胞外基質に囲まれているため、ガン細胞が原発部位からの移動を行うためには細胞外基質の酵素分解を必要とする。細胞外基質は、コラーゲン、エラスチン、フィブロネクチン、ラミニン、プロテオグリカン等の多様な高分子によって構成されている。これら細胞外基質の分解に関わる主要な酵素群が、MMPである。少なくとも20種のメンバーがMMPとして知られており、これらは、構造および基質特異性に応じて4つのファミリー(コラゲナーゼ、ゼラチナーゼ、ストロメリシン、および膜結合MMP)に分けられる。例えば、MMP−9は、ゼラチナーゼ−Bとも呼ばれ、IV型コラーゲンを分解する重要な酵素の一つである。
【0006】
MMPについては、ガン組織中で血管が新生される際またはガンが転移する際に、発現量が上昇し、酵素の活性化が起こることが、例えば「腫瘍湿潤およびマトリックスメタロプロティナーゼ合成のレチノイド媒介性阻害」(Schoenermark M P等、『Annals New York Academy of Sciences』、Vol.878、第466-486頁、1999年;非特許文献1)に記載されている。したがって、これらの酵素の発現量の低下や活性阻害は、ガン細胞の浸潤性を抑制し、転移を抑えることに繋がると考えられる。また、MMP−9のプロモーターには、AP−1結合部位を含む、いくつかのシス作用性調節因子が存在することが知られている。
AP−1は、JunとFosとのヘテロダイマーからなる転写制御因子であり、MMPのほかにも多数の遺伝子の発現の調節に関与している。
【0007】
ガン細胞による高分子群の浸潤過程において、とりわけコラーゲンの分解は重要なステップである。例えば、ガン細胞が血管内へ侵入、および血管外へ脱出するためには、血管の基底膜に存在するIV型コラーゲンを分解する必要があるが、Liottaらはガン細胞が分泌するIV型コラーゲン分解酵素の作用がガンの転移能を決定する重要な因子であることを、「転移可能性と基底膜コラーゲン酵素分解との相関」(Liotta LA等、『Nature』、Vol.284、第67-68頁、1980年;非特許文献2)において示している。MMPに属するゼラチナーゼは、線維芽細胞や内皮細胞、ガン細胞等によって産生される酵素であり、IV型コラーゲン、ゼラチン、エラスチン等の基質を分解する。したがって、例えばゼラチナーゼに対して阻害活性を有する物質は、ガン組織における血管新生やガンの転移を抑制する効果が期待され、ガン疾患の予防、治療に有用であると考えられる。
【0008】
さらに、MMPは、ガン疾患のみならず、潰瘍形成、慢性関節リウマチ、骨粗鬆症、歯周炎等の種々の病態での細胞外基質の分解に中心的な役割を果たすことが、「組織破壊性プロテアーゼとしてのマトリックスメタロプロテアーゼ」(中田光俊、岡田保典 『呼吸』、Vol.18、No.4、第365-371頁、1999年;非特許文献3)に報告されている。また、皮膚においては、紫外線等の外部刺激によって活性の亢進したMMPが皮膚の構造維持に重要な成分を分解することから、紫外線によって活性化する老化促進因子として、最近特に注目されている。
【0009】
MMPの阻害剤は、MMPの亢進が原因で起こる上記疾患の治療および改善に有用であると考えられることから、各方面で盛んにスクリーニングが行われてきた。こうした阻害剤については、特開平9−40552号公報(特許文献1)、特開平11−147833号公報(特許文献2)、特開2000−226311号公報(特許文献3)に記載されている。
【0010】
アスコクロリンおよびアスコフラノンは、本発明者らによって糸状菌Ascochyta visiaeの生産物より見いだされた抗ウイルス性および抗腫瘍性を有する物質である(特公昭45−9832号公報;特許文献4)。また、その誘導体が血糖低下作用を有することが特公平1−41624号公報(特許文献5)および特公平3−6138号公報(特許文献6)に記載されている。しかし、これまでアスコクロリン、アスコフラノンまたはその誘導体のMMP発現阻害作用またはAP−1阻害作用については記載されていない。
【0011】
【特許文献1】特開平9−40552号公報
【特許文献2】特開平11−147833号公報
【特許文献3】特開2000−226311号公報
【特許文献4】特公昭45−9832号公報
【特許文献5】特公平1−41624号公報
【特許文献6】特公平3−6138号公報
【非特許文献1】Schoenermark M P等、『Annals New York Academy of Sciences』、Vol.878、第466-486頁、1999年
【非特許文献2】Liotta LA等、『Nature』、Vol.284、第67-68頁、1980年
【非特許文献3】中田光俊、岡田保典 『呼吸』、Vol.18、No.4、第365-371頁、1999年
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、高転移性悪性腫瘍細胞株により産生されるMMPに対して、その発現を阻害し、ガンの転移等、AP−1によって発現調節される遺伝子の発現の亢進、特にMMPの亢進が原因として起こる疾患を予防または改善しうる安全性の高い遺伝子発現阻害剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、MMP発現阻害活性を有する化合物のスクリーニングを行った。その結果、本発明者らは、アスコクロリン、アスコフラノンおよびその誘導体が、MMP発現阻害効果を有することを見出し、さらに、これらの化合物によるMMP発現阻害機構の解明の際、アスコクロリン、アスコフラノンおよびその誘導体が、AP−1阻害剤としての活性を示すことをも見出し、本発明を完成するに至った。
【0014】
したがって、本発明は、
〔1〕下記の一般式(I):
【化5】

または一般式(II):
【化6】

(式中、Rは、−CHOまたは−COOHを表し;Rは、水素原子、炭素数1〜5のアルキル基、−(C2n)COOR’(ここで、nは1〜5の整数、R’は水素原子または炭素数1〜3のアルキル基を表す)または−COR''(ここで、R''はピリジル基、炭素数1〜3のアルキル基で置換されたアミノ基、ベンゼン環上にハロゲン原子を有するフェノキシアルキル基、またはベンゼン環上に炭素数1〜3のアルコキシ基もしくは炭素数1〜3のアルコキシカルボニル基を有するフェニル基を表す)を表す)
で示される化合物もしくは生体内でこの化合物を生じうる化合物またはその薬理学的に許容できる塩を有効成分とする、アクチベータープロテイン1(AP−1)活性阻害剤;
〔2〕下記の一般式(I):
【化7】

または一般式(II):
【化8】

(式中、Rは、−CHOまたは−COOHを表し;Rは、水素原子、炭素数1〜5のアルキル基、−(C2n)COOR’(ここで、nは1〜5の整数、R’は水素原子または炭素数1〜3のアルキル基を表す)または−COR''(ここで、R''はピリジル基、炭素数1〜3のアルキル基で置換されたアミノ基、ベンゼン環上にハロゲン原子を有するフェノキシアルキル基、またはベンゼン環上に炭素数1〜3のアルコキシ基もしくは炭素数1〜3のアルコキシカルボニル基を有するフェニル基を表す)を表す)
で示される化合物もしくは生体内でこの化合物を生じうる化合物またはその薬理学的に許容できる塩を有効成分とする、AP−1によって発現調節される遺伝子の発現阻害剤;
〔3〕前記AP−1によって発現調節される遺伝子が、マトリックスメタロプロテアーゼ(MMP)遺伝子である、前記〔2〕記載の阻害剤;
〔4〕前記〔1〕〜〔3〕のいずれか記載の阻害剤を含有する、MMP亢進性疾患またはAP−1亢進性疾患の予防または治療のための医薬組成物;
〔5〕前記MMP亢進性疾患またはAP−1亢進性疾患が、変形性関節症、関節リウマチ、角膜潰瘍、歯周炎、ウイルス感染症、閉塞性動脈硬化症、動脈硬化性動脈瘤、粥状動脈硬化症、再狭窄、敗血症、敗血症ショック、冠状血栓症、異常血管新生、強膜炎、多発性硬化症、開放角緑内障、網膜症、増殖性網膜症、血管新生緑内障、翼状皮膚、角膜炎、水泡性表皮剥離、乾癬、糖尿病、腎炎、神経性疾患、炎症、骨粗鬆症、骨吸収、歯肉炎、腫瘍増殖、腫瘍血管新生、眼腫瘍、血管線維腫、血管腫、熱病、出血、凝固、悪液質、食欲不振、急性感染症、ショック、自己免疫症、マラリア、クローン病、髄膜炎、心不全、喘息性気道炎、動脈硬化症、ガンの転移、潰瘍形成、慢性関節リウマチ、骨粗鬆症、歯周炎、皮膚の老化、胃腸潰瘍、腎疾患(糸球体腎炎)、脳梗塞、虚血性神経系疾患、中枢興奮性疾患、てんかん、アルツハイマー病、骨代謝疾患、ガン、虚血性心疾患、心筋梗塞等からなる群から選択される1以上の疾患である、前記〔4〕記載の医薬組成物、
を提供する。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、ガンの転移、潰瘍形成、慢性関節リウマチ、骨粗鬆症、歯周炎、皮膚の老化等、MMPの亢進が原因で起こる各種疾患の予防、抑制または症状の改善に有効であり、かつ安全性の高いMMP発現阻害剤が提供される。また、腎疾患(糸球体腎炎)、脳梗塞などの虚血性神経系疾患、中枢興奮性疾患(てんかんなど)、アルツハイマー病、骨代謝疾患、ガン、虚血性心疾患(心筋梗塞等)など、AP−1の亢進が原因で起こる各種疾患の予防、抑制または症状の改善に有効であり、かつ安全性の高いAP−1阻害剤が提供される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
本発明において有効成分として使用されるアスコクロリン、アスコフラノンおよびその誘導体は、以下の一般式(I)または(II)によって示される化合物を含む:
一般式(I):
【化9】

一般式(II):
【化10】

(式中、Rは、−CHOまたは−COOHを表し;Rは、水素原子、炭素数1〜5のアルキル基、−(C2n)COOR’(ここで、nは1〜5の整数、R’は水素原子または炭素数1〜3のアルキル基を表す)または−COR''(ここで、R''はピリジル基、炭素数1〜3のアルキル基で置換されたアミノ基、ベンゼン環上にハロゲン原子を有するフェノキシアルキル基、またはベンゼン環上に炭素数1〜3のアルコキシ基もしくは炭素数1〜3のアルコキシカルボニル基を有するフェニル基を表す)を表す)
【0017】
上記一般式(I)および(II)中のR''に関して、アミノ基上のアルキル基、フェノキシアルキル基を構成するベンゼン環上のハロゲン原子、フェニル基を構成するベンゼン環上のアルコキシ基もしくはアルコキシカルボニル基は、それぞれ少なくとも1以上存在すればよく、2以上存在する場合、相互に同じであっても異なっていてもよい。
【0018】
一般式(I)で示される化合物の具体的な例としては、以下の化合物が挙げられる:
【0019】
【表1】

【0020】
一般式(II)で示される化合物の具体的な例としては、以下の化合物が挙げられる:
【0021】
【表2】

【0022】
上記のうち、好ましくはアスコクロリン、4−O−メチルアスコクロリン、4−O−カルボキシメチルアスコクロリン、アスコフラノン、4−O−メチルアスコフラノン、4−O−カルボキシメチルアスコフラノンである。
【0023】
また、本発明において使用されるアスコクロリン、アスコフラノンおよびその誘導体は、薬理的に許容される塩またはその水和物であってもよい。このような塩としては、例えば、アルカリ金属(リチウム、ナトリウム、カリウム等)、アルカリ土類金属(マグネシウム、カルシウム等)、アンモニウム、有機塩基またはアミノ酸との塩、または無機酸(塩酸、臭化水素酸、リン酸、硫酸等)または有機酸(酢酸、クエン酸、マレイン酸、フマル酸、ベンゼンスルホン酸、p−トルエンスルホン酸等)との塩が挙げられる。これらの塩は、通常行われる方法によって形成させることができる。また、これらの化合物が水和物を形成する場合は、任意の数の水分子と配位していてもよい。本発明において使用される化合物は、これらの化合物を生体内で代謝によって生じうる化合物(プロドラッグ)であってもよい。
【0024】
さらに、本発明において使用されるアスコクロリン、アスコフラノンおよびその誘導体は、特定の異性体に限定されるものではなく、全ての可能な異性体やラセミ体を含むものであり、それらもまた、後述する実施例に記載のとおり、MMP−9などのAP−1支配下の遺伝子の優れた発現阻害活性およびAP−1阻害活性を示す。
【0025】
本発明において使用されるアスコクロリン、アスコフラノンおよびその誘導体は、MMP遺伝子のプロモーター領域中の主にAP−1(結合)サイトに作用し、その結果、MMPの発現を阻害することができる。また、同様にして、AP−1によって発現を調節されている他の遺伝子の発現を阻害することができる。
AP−1によって発現調節される遺伝子としては、CyclinD1、p53、p21、p19、p16遺伝子などが挙げられる。
【0026】
したがって、これらの化合物は、MMP遺伝子発現阻害剤、AP−1によって発現調節される他の遺伝子の発現阻害剤またはAP−1活性阻害剤等として研究用試薬として使用できることはもちろん、生体に投与することにより、ガンの転移等、MMPの亢進が原因として起こる疾患(「MMP亢進性疾患」ということがある)を予防および改善しうる。さらに、AP−1の亢進が原因として起こる疾患(「AP−1亢進性疾患」ということがある)を予防および改善しうる。なお、本発明に関して、「予防」は未だ罹患していない疾患に対して罹患を防止することを意味し、「治療」は罹患している疾患のあらゆる改善(症状の軽減、抑制、完全な治癒などを含む)を意味する。
【0027】
MMP亢進性疾患としては、具体的には、変形性関節症、関節リウマチ、角膜潰瘍、歯周炎、ウイルス感染症(例えば、HIV感染症)、閉塞性動脈硬化症、動脈硬化性動脈瘤、粥状動脈硬化症、再狭窄、敗血症、敗血症ショック、冠状血栓症、異常血管新生、強膜炎、多発性硬化症、開放角緑内障、網膜症、増殖性網膜症、血管新生緑内障、翼状皮膚、角膜炎、水泡性表皮剥離、乾癬、糖尿病、腎炎、神経性疾患、炎症、骨粗鬆症、骨吸収、歯肉炎、腫瘍増殖、腫瘍血管新生、眼腫瘍、血管線維腫、血管腫、熱病、出血、凝固、悪液質、食欲不振、急性感染症、ショック、自己免疫症、マラリア、クローン病、髄膜炎、心不全、喘息性気道炎、動脈硬化症、ガンの転移、潰瘍形成、慢性関節リウマチ、骨粗鬆症、歯周炎、皮膚の老化および胃腸潰瘍等が挙げられる。
【0028】
AP−1亢進性疾患としては、具体的には、腎疾患(糸球体腎炎)、脳梗塞などの虚血性神経系疾患、中枢興奮性疾患(てんかんなど)、アルツハイマー病、骨代謝疾患、ガン、虚血性心疾患(心筋梗塞等)、慢性関節リウマチ、動脈硬化症などが挙げられる。
【0029】
本発明の遺伝子発現阻害剤を、上記の疾患の予防または治療を目的としてヒトに投与する場合は、製薬技術分野で当業者に公知の方法によって医薬組成物とすることができる。
【0030】
例えば、有効量の本発明の遺伝子発現阻害剤に、所望の剤型に適した賦形剤、結合剤、湿潤剤、崩壊剤、滑沢剤等の医薬用添加剤を必要に応じて添加・混合し、製剤化することができる。注射剤の場合には、適当な担体と共に滅菌処理を行って製剤とする。剤型及び投与経路は、当業界で公知のいずれのものであってもよく、例えば、散剤、顆粒剤、錠剤、カプセル剤、丸剤、液剤等として経口的に、または注射剤、坐剤、経皮吸収剤、吸入剤等として非経口的に投与することができる。
【0031】
本発明の医薬組成物に含有される有効成分である上記化合物の投与量は、疾患の種類、疾患の状態、投与経路、患者の年齢・体重等によっても異なるが、例えば成人に経口で投与する場合、通常は0.1〜100mg/kg/日であり、好ましくは1〜20mg/kg/日であることができる。
以下に実施例を挙げて本発明をさらに詳しく説明するが、本発明はこれらにより限定されるものではない。
【実施例】
【0032】
以下の例において、特に示さない限り、下記の材料を使用した:
Caki−1細胞、Chang細胞、MDA−MB−231細胞、U2OS細胞およびMX−1細胞は、アメリカン・タイプ・カルチャー・コレクションから入手した。これらの細胞は、10% ウシ胎児血清(FBS)および100μg/ml ゲンタマイシンを含有するDulbecco’s Modified Eagle's Medium(DMEM; Gibco, Grand Island)中で培養した。アスコクロリンおよびアスコフラノンは、(株)NRLファーマ(川崎市、日本)から入手した。
リポフェクタミン試薬は、Life Technologies, Inc.(Rockville, MD)から入手した。ルシフェラーゼおよびβ−ガラクトシダーゼアッセイ系は、Promega(Madison, WI)から入手した。フォルボール12−ミリステート13−アセテート(PMA)は、SIGMA(St. Louis, USA)から入手した。
【0033】
実施例1:アスコクロリンによるCaki−1細胞の浸潤活性の抑制
ヒト腎臓ガン細胞であるCaki−1細胞を用い、アスコクロリンによる浸潤活性の抑制効果を検討した。
トランズウェル(「Transwell」、登録商標;Corning Coastar社製、Cambridge, MA, USA)の上側部分を、マトリゲル(商標、ベクトン・ディッキンソン、米国):リン緩衝食塩水(PBS)、1:2の混合液30μlで被覆した。マトリゲルで被覆したトランスウェルに、1チェンバーあたり5×10個のCaki−1細胞を、50nM PMAの存在下および非存在下において、各種の濃度のアスコクロリン(1、10、30、50μM)存在下でプレーティングした。その後、これらのインサートを37℃で24時間培養した。膜の下側表面に浸潤した細胞を、メタノールで固定し、ヘマトキシリンおよびエオシンで染色して、光学顕微鏡下で計数した。
【0034】
結果を、図1に示す。PMAで処理したCaki−1細胞(「B」)は、PMA非存在下の対照(「A」)と比べて浸潤が約5倍促進された。これに対し、アスコクロリンは、濃度依存的にPMA依存性の浸潤を阻害し、10〜30μMのアスコクロリン濃度において、PMA非存在下の対照のレベルに到達した(「C」〜「F」)。
【0035】
実施例2:アスコフラノンによるU2OS細胞の浸潤活性の抑制
実施例1と同様の方法により、ヒト骨肉種細胞U2OS細胞を用い、アスコフラノンによる浸潤活性の抑制効果を検討した。その結果、アスコフラノンは、1〜50μMの濃度範囲において、濃度依存的な浸潤の抑制を示した。
【0036】
実施例3:アスコクロリンによる、PMAにより誘導されたMMP−9活性の阻害
Caki−1細胞を、10% FBSを含む培地に懸濁し、35mmディッシュ1個あたり3×10の細胞をプレーティングした。このディッシュを、細胞が80%コンフルエントの状態に到達するまで培養した。次いで、培地を新鮮な無血清培地に交換し、1、10または30μMのアスコクロリン存在下および非存在下でさらに24時間培養後、上清を回収した。これらの培地を、1mg/mlのゼラチン共存下で調製した10%ポリアクリルアミドゲルを用いて、SDS電気泳動に供した。電気泳動後、ゲルを2.5%トライトンX−100(Triton‐X100)を含む50mMトリス−塩酸、pH7.6緩衝液中で、数回、室温にて1時間洗浄した。それから、ゲルを5mM CaClおよび1μM ZnClを含む同緩衝液中で、37℃で24時間振蕩した。その後、ゲルを、0.25% クマシー・ブリリアント・ブルーR250(Coomassei Brilliant Blue R250;Bio-Rad社製、California, USA)で1時間染色し、その後、脱色した。タンパク分解活性の存在は、染色されたゼラチンの青色の背景に対し、透明なバンドとして検出される。
【0037】
同様の実験を、Caki−1細胞の代わりにChang(ヒト肝細胞)、MDA−MB−231(ヒト乳腺ガン)およびU2OS細胞(ヒト骨肉腫)を用いて行った。
【0038】
結果を図2に示す。Caki−1細胞は、無血清培地中で培養すると、前駆型MMP−2(proMMP−2)および前駆型MMP−9(proMMP−9)を放出する。Caki−1細胞をPMA(50nM)で24時間処理すると、前駆型MMP−2(proMMP−2)発現レベルに変化は認められないが、前駆型MMP−9(proMMP−9)は誘導される。PMAにより誘導された前駆型MMP−9(proMMP−9)活性は、1〜50μMのアスコクロリン処理により、濃度依存的に減少した。
【0039】
アスコクロリンによる前駆型MMP−9(proMMP−9)活性抑制が、一般的な現象であるのかを確認するため、Chang、MDA−MB−231、およびU2OS細胞を用いて、アスコクロリン感受性について同様の検討を行ったところ、いずれの細胞においてもアスコクロリンによる前駆型MMP−9(proMMP−9)活性の抑制が認められた。このことは、アスコクロリンによる本効果は、細胞タイプ特異性がないことを示している。
【0040】
実施例4:アスコフラノンによる、PMAにより誘導されたMMP−9活性の阻害
実施例3と同様の方法により、U2OS細胞を用い、アスコフラノンによるMMP−9活性に及ぼす効果について検討した。その結果、アスコフラノンは、1μM以上の濃度において、濃度依存的にMMP−9活性を抑制した。
【0041】
実施例5:アスコクロリンによる、PMAにより誘導されたMMP−9酵素発現の阻害
アスコクロリンによる、PMAにより誘導されたMMP−9酵素活性の阻害が、MMP−9酵素タンパクの発現の阻害によるものかどうかを検討した。
35mmディッシュ1個あたり3×10個のCaki−1細胞を、50nM PMAでMMP−9を誘導し、各種の濃度のアスコクロリン(1、10、30、50nM)存在下で培養した細胞を用いた。細胞を、30μlのリシス緩衝液(50mM Tris、150mM NaCl、5mM EDTA、1mM DTT、0.5% NP−40、100μM フェニルメチルスルフォニルフロリド(phenylmethylsulfonyl fluoride)、20μM アプロチニン(aprotinin)および20μM ロイペプチン;pHは8.0に調整した)に懸濁し、4℃にて30分処理し、細胞溶解液を調製した。タンパク質を、Immobilin−P膜(Millipore Corporation, Bredford, USA)に電気泳動的に転写した。MMP−9酵素の検出は、ウサギ抗MMP−9ポリクロ―ナル抗体(Santa Cruz Biotechnology社、Santa Cruz, California, USA)を用いて、強化化学発光法(enhanced chemiluminescence)により業者のマニュアル(Amersham, UK)にしたがって行った。
【0042】
その結果、MMP−9タンパク質の発現レベルは、アスコクロリンの濃度に依存して低下していることがわかった。このことは、アスコクロリンによる前駆型MMP−9(proMMP−9)活性抑制は、MMP−9タンパク質の減少によることを示している。
【0043】
実施例6:アスコクロリンによるMMP−9遺伝子発現の抑制におけるAP−1の関与
MMP−9遺伝子のプロモーター領域には、2カ所のAP−1サイトおよび1カ所のNF−κBサイトが存在する。これらの何れかが、Caki−1細胞におけるMMP−9遺伝子の発現の調節に関与しているかどうかをルシフェラーゼレポーター遺伝子アッセイによって検討した。
【0044】
この目的のために、野生型のMMP−9プロモーター(pGL2−MMP−9WT)、1カ所または2カ所のAP−1プロモーターに変異を入れた変異型プロモーター(それぞれ、pGL2−MMP−9mAP−1−1およびpGL2−MMP−9mAP−1−2)、またはNF−κBサイトに変異を入れたプロモーター(pGL2−MMP−9mNFκB)の下流にレポーター遺伝子(ルシフェラーゼ)をもったプラスミドを、Clonetech(Palo Alto, CA, USA)から購入した。これらを、Caki―1細胞に一過性にトランスフェクトした。細胞を、35mmディッシュ1個あたり3×10細胞の密度でプレーティングし、一晩生育させた。細胞を、リポフェクタミン試薬を業者の指示にしたがって用いて、2μgのプラスミドおよび1μgのpCMV−β−ガラクトシダーゼプラスミドとで5時間同時トランスフェクションした。
【0045】
次に、上記のCaki−1細胞を、各種濃度(1〜50μM)のアスコクロリンを含む培地中で24時間培養した後、業者の指示にしたがってルシフェラーゼ活性およびβ−ガラクトシダーゼ活性を測定した。ルシフェラーゼ活性を、細胞溶解液中のβ−ガラクトシダーゼ活性に関して標準化し、3回の別個の実験の平均として表した。
【0046】
その結果を、図3に示す。AP−1サイトに変異を導入したプロモーターにおいては、PMAによる誘導が極端に減少し、2カ所のプロモーターに変異があるものでは、PMAによる誘導が完全に消失した。NF−κBに変異を導入した場合も、PMAによる誘導は、減少したが、AP−1の変異による影響よりは、弱かった。アスコクロリン10μMの存在下で、PMAによる誘導を調べたところ、変異を持ったAP−1、NFκBプロモーターの下においてもルシフェラーゼ活性の低下が認められた。アスコクロリンの濃度に依存したルシフェラーゼ活性の低下が認められる。
【0047】
また、同様の実験を、NFκB結合サイトを有するレポーター遺伝子についても行ったところ、図4に示すように、有意なアスコクロリンによる影響は、観察されなかった。
したがって、MMP−9プロモーター中のAP−1およびNF−κB結合サイトの両方が、プロモーター活性に寄与しており、AP−1サイトがMMP−9プロモーターのPMA依存性の活性化中のアスコクロリンに対する調節応答に関して主要な部位であることがわかった。
【0048】
実施例7:アスコフラノンによるMMP−9遺伝子発現の抑制におけるAP−1の関与
U2O2細胞を用いて、実施例6と同様の方法で、アスコフラノンによる、AP−1活性に及ぼす影響について検討した。その結果、アスコフラノンは、1〜50μMの濃度範囲において、濃度依存的にAP−1プロモーターにコントロールされたレポーター遺伝子(ルシフェラーゼ)の活性を、減弱させた。結果を図5に示す。
【0049】
実施例8:アスコクロリンによるAP−1支配下の遺伝子発現の抑制
エストロジェンレセプターを欠損したヒト乳ガン細胞MX−1(1×10/ml)を一晩培養した後、AP−1プロモーター下流にレポーター遺伝子(ルシフェラーゼ)を結合したプラスミド(pTRE−luc)、[これはY. Janssen-Heininger(バーモント大学、カナダ)より入手した。]および発現ベクターpCMV−β−galを感染し、さらに20時間培養した。アスコクロリンを1μM添加し、30分処理した後、PMAを10ng/ml添加し、AP−1活性を誘導するため、さらに20時間培養した。その結果、アスコクロリンは、PMAで誘導していないケースでのルシフェラーゼ活性を有意に抑制し、また、PMAによる誘導がかかっている条件では、完全に阻害した。
したがって、アスコクロリンは、MMP−9のみでなく、AP−1の支配下にある遺伝子の発現を阻害しうることが判明した。
【0050】
以上のとおり、アスコクロリン、アスコフラノンおよびその誘導体は、MMPをはじめとしてAP−1に支配された遺伝子の発現を阻害することができるので、AP−1亢進性またはMMP亢進性疾患の予防または治療に有効である。
【図面の簡単な説明】
【0051】
【図1】図1は、アスコクロリンによるCaki−1細胞の浸潤活性の抑制を示す図である。
【図2】図2は、アスコクロリンによる、PMAにより誘導されたMMP−9活性の阻害を示す図である。
【図3】図3は、アスコクロリンによるMMP−9遺伝子発現の抑制にAP−1が関与していることを示すルシフェラーゼアッセイの結果を示す図である。MMP−9プロモーターとして、(A)は野生型、(B)は1ヵ所のAP−1部位に変異を有するもの、(C)はNF−κB部位に変異を有するもの、(D)は2ヵ所のAP−1部位に変異を有するものを用いた場合の結果である。
【図4】図4は、図3に示したものと同様の実験を、AP−1結合サイトを有する遺伝子およびNF−κB結合サイトを有するレポーター遺伝子について行った結果を示す図である。(A)はAP−1、(B)はNF−κBについての結果を示す。
【図5】図5は、図3および4に示したものと同様の実験を、アスコフラノンおよび別の細胞(U2O2細胞)を用いて行った結果を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記の一般式(I):
【化1】

または一般式(II):
【化2】

(式中、Rは、−CHOまたは−COOHを表し;Rは、水素原子、炭素数1〜5のアルキル基、−(C2n)COOR’(ここで、nは1〜5の整数、R’は水素原子または炭素数1〜3のアルキル基を表す)または−COR''(ここで、R''はピリジル基、炭素数1〜3のアルキル基で置換されたアミノ基、ベンゼン環上にハロゲン原子を有するフェノキシアルキル基、またはベンゼン環上に炭素数1〜3のアルコキシ基もしくは炭素数1〜3のアルコキシカルボニル基を有するフェニル基を表す)を表す)
で示される化合物もしくは生体内でこの化合物を生じうる化合物またはその薬理学的に許容できる塩を有効成分とする、アクチベータープロテイン1(AP−1)活性阻害剤。
【請求項2】
下記の一般式(I):
【化3】

または一般式(II):
【化4】

(式中、Rは、−CHOまたは−COOHを表し;Rは、水素原子、炭素数1〜5のアルキル基、−(C2n)COOR’(ここで、nは1〜5の整数、R’は水素原子または炭素数1〜3のアルキル基を表す)または−COR''(ここで、R''はピリジル基、炭素数1〜3のアルキル基で置換されたアミノ基、ベンゼン環上にハロゲン原子を有するフェノキシアルキル基、またはベンゼン環上に炭素数1〜3のアルコキシ基もしくは炭素数1〜3のアルコキシカルボニル基を有するフェニル基を表す)を表す)
で示される化合物もしくは生体内でこの化合物を生じうる化合物またはその薬理学的に許容できる塩を有効成分とする、AP−1によって発現調節される遺伝子の発現阻害剤。
【請求項3】
前記AP−1によって発現調節される遺伝子が、マトリックスメタロプロテアーゼ(MMP)遺伝子である、請求項2記載の阻害剤。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項記載の阻害剤を含有する、MMP亢進性疾患またはAP−1亢進性疾患の予防または治療のための医薬組成物。
【請求項5】
前記MMP亢進性疾患またはAP−1亢進性疾患が、変形性関節症、関節リウマチ、角膜潰瘍、歯周炎、ウイルス感染症、閉塞性動脈硬化症、動脈硬化性動脈瘤、粥状動脈硬化症、再狭窄、敗血症、敗血症ショック、冠状血栓症、異常血管新生、強膜炎、多発性硬化症、開放角緑内障、網膜症、増殖性網膜症、血管新生緑内障、翼状皮膚、角膜炎、水泡性表皮剥離、乾癬、糖尿病、腎炎、神経性疾患、炎症、骨粗鬆症、骨吸収、歯肉炎、腫瘍増殖、腫瘍血管新生、眼腫瘍、血管線維腫、血管腫、熱病、出血、凝固、悪液質、食欲不振、急性感染症、ショック、自己免疫症、マラリア、クローン病、髄膜炎、心不全、喘息性気道炎、動脈硬化症、ガンの転移、潰瘍形成、慢性関節リウマチ、骨粗鬆症、歯周炎、皮膚の老化、胃腸潰瘍、腎疾患(糸球体腎炎)、脳梗塞、虚血性神経系疾患、中枢興奮性疾患、てんかん、アルツハイマー病、骨代謝疾患、ガン、虚血性心疾患、心筋梗塞からなる群から選択される1以上の疾患である、請求項4記載の医薬組成物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2006−213644(P2006−213644A)
【公開日】平成18年8月17日(2006.8.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−28133(P2005−28133)
【出願日】平成17年2月3日(2005.2.3)
【出願人】(599012167)株式会社NRLファーマ (18)
【Fターム(参考)】