説明

Al基合金スパッタリングターゲット、及びCu基合金スパッタリングターゲット

【課題】Al基合金スパッタリングターゲットやCu基合金スパッタリングターゲットを用いたときのプレスパッタリング時、及び続いて行われる基板等へのスパッタリング時の成膜速度が高められ、且つスプラッシュなどのスパッタリング不良を抑制し得る技術を提供すること。
【解決手段】Al基合金またはCu基合金スパッタリングターゲットの最表面から1mm以内の深さのスパッタリング面法線方向の結晶方位<001>±15°と、<011>±15°と、<111>±15°と、<112>±15°と、<012>±15°との合計面積率をP値としたとき、下記(1)および/または(2)の要件を満足するスパッタリングターゲット。
(1)前記P値に対する、<011>±15°の面積率PA:40%以下、
(2)前記P値に対する、<001>±15°と<111>±15°との合計面積率PB:20%以上

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Al基合金スパッタリングターゲット、及びCu基合金スパッタリングターゲットに関し、詳細には、スパッタリング面法線方向の結晶方位が制御されたAl基合金スパッタリングターゲット、及びCu基合金スパッタリングターゲットに関するものである。
【背景技術】
【0002】
Al基合金やCu基合金は、電気抵抗率が低く、加工が容易であるなどの理由により、液晶ディスプレイ(LCD)、プラズマディスプレイパネル(PDP)、エレクトロルミネッセンスディスプレイ(ELD)、フィールドエミッションディスプレイ(FED)などのフラットパネルディスプレイ(FPD)の分野で汎用されており、配線膜、電極膜、反射電極膜などの材料に利用されている。
【0003】
例えば、アクティブマトリクス型の液晶ディスプレイは、スイッチング素子である薄膜トランジスタ(TFT)、導電性酸化膜から構成される画素電極、および走査線や信号線を含む配線を有するTFT基板を備えており、走査線や信号線は、画素電極に電気的に接続されている。走査線や信号線を構成する配線材料には、一般に、純Al薄膜やAl−Nd合金などの各種Al基合金薄膜や、純Cu薄膜やCu−Mn合金などの各種Cu基合金薄膜が用いられている。
【0004】
Al基合金薄膜やCu基合金薄膜の形成には、一般にスパッタリングターゲットを用いたスパッタリング法が採用されている。スパッタリング法とは、基板と、薄膜材料と同じ組成の材料から構成されるスパッタリングターゲット(ターゲット材)との間でプラズマ放電を形成し、プラズマ放電によってイオン化した気体をターゲット材に衝突させることによってターゲット材の原子をたたき出し、基板上に堆積させて薄膜を成膜する方法である。スパッタリング法は、真空蒸着法やアークイオンプレーティング法と異なり、ターゲット材と同じ組成の薄膜を形成できるというメリットを有している。特に、スパッタリング法で成膜されたAl基合金薄膜やCu基合金薄膜は、平衡状態では固溶しない合金元素を固溶させることができ、薄膜として優れた性能を発揮することから、工業的に有効な薄膜作製方法であり、その原料となるスパッタリングターゲットの開発が進められている。
【0005】
近年、FPDの生産性向上などに対応するため、スパッタリング工程時の成膜速度を従来よりも高速化する傾向にある。成膜速度を速くするには、スパッタリングパワーを大きくすることが最も簡便であるが、スパッタリングパワーを増加させると、スプラッシュ(微細な溶融粒子)などのスパッタリング不良が発生し、配線薄膜などに欠陥が生じるため、FPDの歩留りや動作性能が低下するなどの弊害をもたらす。
【0006】
そこで、スパッタリング不良の発生を防止する目的で、例えば、特許文献1〜4に記載の方法が提案されている。このうち、特許文献1〜3は、いずれも、スプラッシュの発生原因がターゲット材組織の微細な空隙に起因するという観点に基づいてなされたものであり、Alマトリックス中のAlと希土類元素との化合物粒子の分散状態を制御したり(特許文献1)、Alマトリックス中のAlと遷移元素との化合物の分散状態を制御したり(特許文献2)、ターゲット中の添加元素とAlとの金属間化合物の分散状態を制御したり(特許文献3)することによって、スプラッシュの発生を防止している。また、特許文献4には、スパッタ面の硬度を調整した後、仕上機械加工を行うことにより、機械加工に伴う表面欠陥の発生を抑制し、スパッタリングの際に発生するアーキングを低減する技術が開示されている。
【0007】
更に、特許文献5には、スパッタリングターゲットのスパッタ面における結晶方位の比率を制御することにより、速い成膜速度でスパッタリングを行なう方法が記載されている。ここには、スパッタ面をX線回折法で測定したときの<111>結晶方位の含有率を20%以上と高くすると、スパッタ面と垂直の方向に飛翔するターゲット物質の比率が増加するため、薄膜形成速度が増加することが記載されている。実施例の欄には、Siを1質量%、Cuを0.5質量%含有するAl基合金ターゲットを用いた結果が記載されている。
【0008】
また、特許文献6には、成膜速度に関する直接的な記載はないが、配線のエレクトロマイグレーション寿命を延長し、配線の信頼性を高めるには、スパッタ面をX線回折法で測定したときの<200>結晶方位の含有率を20%以上と高くすれば良いことが記載されている。実施例の欄には、Siを1質量%、Cuを0.5質量%含有するAl基合金ターゲットを用いた結果が記載されている。
【0009】
一方、本件出願人は、主に、成膜速度を速くした場合に問題となるアーキングを抑制する技術を開示している(特許文献7)。特許文献7は、Al−Ni−希土類元素合金スパッタリングターゲットを対象とし、特定の結晶方位の面積率を制御すると、アーキングを充分に抑制できることを提案している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開平10−147860号公報
【特許文献2】特開平10−199830号公報
【特許文献3】特開平11−293454号公報
【特許文献4】特開2001−279433号公報
【特許文献5】特開平6−128737号公報
【特許文献6】特開平6−81141号公報
【特許文献7】特開2008−127623号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
前述したように、スプラッシュなどのスパッタリング不良はFPDの歩留り、および生産性を低下させ、特にスパッタリングターゲットの成膜速度を速くしたい場合に深刻な問題をもたらしている。これまでにもスパッタリング不良の改善、および成膜速度向上のために種々の技術が提案されているが、一層の改善が求められている。
【0012】
またA1基合金やCu基合金スパッタリングターゲットは、ターゲット表面に付着している不純物の除去等(プレスパッタリング)を行い、所望の比率の成分組成を有する薄膜が形成されることを確認したのち、薄膜の生産を開始している。しかし、膜組成が安定するためには長時間のプレスパッタリングを行う必要があり、薄膜の生産コストに大きく影響することから、プレスパッタリング時間の一層短いスパッタリングターゲットが求められている。
【0013】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであり、その目的は、Al基合金スパッタリングターゲットやCu基合金スパッタリングターゲットを用いたときのプレスパッタリング時、及び続いて行われる基板等へのスパッタリング時の成膜速度が高められ、且つスプラッシュなどのスパッタリング不良を抑制し得る技術を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記課題を解決することのできた本発明のスパッタリングターゲットは、Al基合金またはCu基合金スパッタリングターゲットであって、後方散乱電子回折像法によって前記スパッタリングターゲットの最表面から1mm以内の深さにおけるスパッタリング面法線方向の結晶方位<001>、<011>、<111>、<112>、及び<012>を観察し、<001>±15°と、<011>±15°と、<111>±15°と、<112>±15°と、<012>±15°との合計面積率をP値としたとき、下記(1)および/または(2)の要件を満足することに要旨を有する。
(1)前記P値に対する、<011>±15°の面積率PA:40%以下、
(2)前記P値に対する、<001>±15°と<111>±15°との合計面積率PB:20%以上
【0015】
好ましい実施形態において、前記Al基合金またはCu基合金スパッタリングターゲットにおいて、後方散乱電子回折像法によって前記スパッタリングターゲットの表面から1/4×t(板厚)部の深さにおけるスパッタリング面法線方向の結晶方位<001>、<011>、<111>、<112>、及び<012>を観察し、<001>±15°と、<011>±15°と、<111>±15°と、<112>±15°と、<012>±15°との合計面積率をQ値としたとき、下記(3)および/または(4)の要件を満足するものである。
(3)前記最表面から1mm以内の深さにおける<011>±15°の面積率PAと、前記Q値に対する1/4×t部の深さにおける<011>±15°の面積率QAとの比率:0.8≧PA/QA
(4)前記最表面から1mm以内の深さにおける<001>±15°と<111>±15°との合計面積率PBと、前記Q値に対する1/4×t部の深さにおける<001>±15°と<111>±15°との合計面積率QBとの比率:1.2≦PB/QB
【0016】
また好ましい実施態様として、前記Al基合金がFeを0.0001〜1.0質量%、及びSiを0.0001〜1.0質量%含有するものである。
【0017】
更に好ましい実施態様として、前記Al基合金が更に、Mn、Cr、Mo、Nb、Ti、及びTaよりなる群から選択される少なくとも一種を0.0001〜0.5質量%含むものである。
【0018】
また、前記Cu基合金が酸素を0.00001〜0.04質量%、水素を0.00001〜0.003質量%、及び不可避不純物を0.01質量%以下含有するものであることも好ましい実施態様である。
【発明の効果】
【0019】
本発明のAl基合金スパッタリングターゲット、及びCu基合金スパッタリングターゲットは、特にプレスパッタリングで消費されるスパッタリングターゲット表面近傍のスパッタリング面法線方向の結晶方位が適切に制御されているため、速い成膜速度が得られる。更に、スパッタリングターゲットの内部の結晶方位をその表面近傍とは異なるものとすることによってスパッタリング時も速い成膜速度が得られる。したがって本発明によれば、プレスパッタリング工程で従来のようにスパッタリングパワーを増加させる必要はなく、生産性が著しく向上するほか、プレスパッタリングに続いて行われる基板等へのスパッタリングにおける成膜速度も高めることができ、且つスパッタリング不良(スプラッシュ)の発生が一層抑制されるようになる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】図1は、面心立方格子について、代表的な結晶方位と共に表示したものである。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明者らは、配線膜材料として有用なAl基合金薄膜形成に用いられるAl基合金スパッタリングターゲット、及びCu基合金薄膜形成に用いられるCu基合金スパッタリングターゲットについて、特にプレスパッタリング時、及びスパッタリング時の成膜速度を速くしつつも、スパッタリング不良(スプラッシュ)の発生を抑制し得る技術を提供するため、鋭意検討してきた。その結果、Al基合金スパッタリングターゲット、及びCu基合金スパッタリングターゲットのスパッタリング面法線方向の結晶方位を適切に制御すれば、所期の目的が達成されることを見出し、本発明を完成した。
【0022】
本明細書において、「スプラッシュの発生を抑制(低減)できる」とは、後記する実施例に記載の条件で成膜速度に応じたスパッタリングパワーを設定し、スパッタリングを行なったときに発生するスプラッシュ発生数(スパッタリングターゲットの表層部、1/4×t部、1/2×t部の3箇所での平均値)が21個/cm以下(好ましくは11個/cm以下、さらに好ましくは7個/cm以下)のものを意味する。なお、本発明では、スプラッシュの発生傾向をスパッタリングターゲットの厚さ(t)方向に対して評価している点で、厚さ方向におけるスプラッシュの発生を評価していない上記特許文献2〜7の技術とは、評価基準が相違している。
【0023】
Al基合金スパッタリングターゲットとは、純Al及び合金元素を含むAlを主体とするスパッタリングターゲットであり、特に本発明は合金成分としてFe及びSiを含有するAl−Fe−Si基合金スパッタリングターゲットに好適である。
【0024】
またCu基合金スパッタリングターゲットとは、純Cuを主体とするスパッタリングターゲットであり、JIS H 3100に規定されている無酸素銅(合金番号C1020)、タフピッチ銅(合金番号C1100)、リン脱酸銅(合金番号C1201、C1220、C1221)を対象とし、特に本発明は酸素及び水素を含み、さらに不可避不純物としてJIS H 3100 に記載されている酸素及び水素以外の化学成分を含むCu基合金スパッタリングターゲットに好適である。
【0025】
まず、図1を参照しながら、本発明のAl基合金スパッタリングターゲット(及びCu基合金スパッタリングターゲット)を特徴付ける結晶方位について説明する。AlとCuは結晶構造が面心立方格子(FCC:Face Centered Cubic lattice)であり、特に本発明で規定する成分系のAl基合金スパッタリングターゲットとCu基合金スパッタリングターゲットは、スパッタリング時の挙動が同じであることから、両者をまとめて説明する。したがって本明細書では特に言及のない限り、Al基合金との記載は適宜Cu基合金に置き換えることができ、「Al(Cu)基合金」と表記することがある。
【0026】
図1は面心立方格子の代表的な結晶構造と結晶方位を示したものである。結晶方位の表示方法は一般的な方法を採用しており、例えば、[001]、[010]、および[100]は等価な結晶方位であり、これら3方位をまとめて<001>と表示している。
【0027】
Al(Cu)は図1に示すように、面心立方格子の結晶構造を有しており、スパッタリングターゲットのスパッタリング面法線方向[対向する基板に向かう方向(ND)]の結晶方位として、主に、<011>、<001>、<111>、<012>、および<112>の5種類の結晶方位を含むことが知られている。原子数密度が最も高い方位(最密方位)は<011>であり、次いで、<001>、<112>、<111>、<012>である。
【0028】
成膜速度を速くするためには、一般に多結晶組織からなるスパッタリングターゲットを構成する原子の線数密度が高い結晶方位を、できるだけ、薄膜を形成する基板に向かうように制御することが良いといわれている(例えば上記特許文献5)。スパッタリングの際、スパッタリングターゲットを構成する原子は、Arイオンとの衝突によって外に押し出されるが、そのメカニズムは、(a)衝突したArイオンがスパッタリングターゲットの原子間に割り込み、周囲の原子を激しく振動させる、(b)振動は、特に、互いに接している原子数密度の高い方向に伝播され、表面に伝えられる、(c)その結果、高い原子密度を有する方向の表面にある原子が外に押し出される、と言われている。従って、スパッタリングターゲットを構成するひとつひとつの原子の最密方向が、対向する基板に向かっていると、効率の良いスパッタリングが可能となり、成膜速度が高められると考えられている。
【0029】
また、一般に、スパッタリングターゲットの同一スパッタリング面内において、異なる結晶方位を有する結晶粒間ではエロージョンの進行が異なるため結晶粒間に微小な段差が形成されると言われている。かかる段差は、スパッタリング面内に結晶方位分布の不均一が存在する場合、特に形成されやすいと言われている。
【0030】
しかしながらスパッタリングターゲット表面から空間に放出されたスパッタリングターゲットを構成する原子は、必ずしも対向する基板上にのみ堆積する訳ではなく、周囲のスパッタリングターゲット表面上にも付着し、堆積物を形成する場合がある。この付着および堆積が前記の結晶粒間の段差のところで起こりやすく、かかる堆積物がスプラッシュの起点となり、スプラッシュが発生しやすくなる。その結果、スパッタリング工程の効率およびスパッタリングターゲットの歩留りが著しく低下すると考えられる。
【0031】
このように従来技術においても、成膜速度と結晶方位の関係について検討されており、例えば上記特許文献5には、Si含有Al基スパッタリングターゲットを対象とした場合、<111>の結晶方位の比率を高めると成膜速度が向上するため、<111>の結晶方位については含有比率を高めることがよいとされている。しかしながら<111>の結晶方位の比率は低い方がよいとする技術も存在しており(特許文献6、特許文献7など)、結晶方位と成膜速度の関係については不明な部分が多かった。このような一見矛盾する見解は、結晶方位の評価手法が異なるなど、様々な要因によるものと考えられるが、具体的にスパッタリングターゲットの表面性状と成膜速度との関係を明らかにしたものはない。
【0032】
そこで本発明者らが検討した結果、Al(Cu)基合金スパッタリングターゲットの組織が、スパッタリング面内およびスパッタリングターゲット板厚方向において、不均一な結晶方位の分布となっていると、スパッタリングターゲット固有の成膜速度が均一ではないため、スパッタリングターゲット固有の成膜速度が速い部位ではスプラッシュが発生しやすくなり、一方で、スパッタリングターゲット固有の成膜速度が遅い部位で成膜速度が低下し、生産性が著しく低下する恐れがあることがわかった。
【0033】
更に本発明者らは、スパッタリング後(使用後)のスパッタリングターゲットの表面性状と結晶粒方位の関係を走査型電子顕微鏡(SEM:Scanning Electron Micorscope)や後方散乱電子回折像法(EBSP:Electron Backscatter Diffraction Pattern)で直接観察して詳細に検討した。その結果、Al(Cu)基合金スパッタリングターゲット表面には凹凸が存在し、凸部のスパッタリング面法線方向の結晶方位は主に<011>方位によって形成され、一方、凹部は主に<001>と<111>方位によって形成されていることがわかった。また凸部を形成する<011>方位はスパッタリングされにくく、一方、凹部を形成する<001>と<111>方位はスパッタリングされやすいことを見出し、本発明に至った。
【0034】
本明細書では、以下のようにしてAl(Cu)基合金の結晶方位を、EBSP法を用いて測定した。
【0035】
まず、Al(Cu)基合金スパッタリングターゲットの厚さをtとした時、スパッタリングターゲットの板厚方向に向って表層部(最表面から1mm)、1/4×t部について、測定面(スパッタリング面と平行な面)が縦10mm以上×横10mm以上の面積を確保できるように切断してEBSP測定用試料とし、次いで、測定面を平滑にするため、エメリー紙での研磨やコロイダルシリカ懸濁液等で研磨を行った後、過塩素酸とエチルアルコールの混合液による電解研磨を行い、下記の装置およびソフトウェアを用い、上記スパッタリングターゲットの結晶方位を測定した。
【0036】
装置:EDAX/TSL社製後方散乱電子回折像装置
「Orientation Imaging MicroscopyTM(OIMTM)」
測定ソフトウェア:OIM Data Collection ver.5
解析ソフトウェア:OIM Analysis ver.5
測定領域:面積1200μm×1200μm×深さ50nm
step size:8μm
測定視野数:同一測定面内において、3視野
解析時の結晶方位差:±15°
【0037】
ここで、「解析時の結晶方位差:±15°」とは、例えば、<001>結晶方位の解析に当たり、<001>±15°の範囲内であれば許容範囲とみなし、<001>結晶方位と判断する、という意味である。上記の許容範囲内であれば、結晶学的に見て同一方位とみなしてよいと考えられるからである。以下に示すように、本発明では、すべて±15°の許容範囲内で各結晶方位を算出している。そして、結晶方位<uvw>±15°のPartition Fractionを面積率として求めた。
【0038】
以下、本発明の構成要件各スパッタリングターゲットについて説明する。
【0039】
まず、本発明の構成要件(1)および/または(2)の前提として、スパッタリングターゲットの最表面から1mm以内の深さにおけるスパッタリング面法線方向の結晶方位<001>、<011>、<111>、<112>、及び<012>をEBSP法によって観察し、<001>±15°と、<011>±15°と、<111>±15°と、<112>±15°と、<012>±15°との合計面積率をP値とした。これら5つの結晶方位は、成膜速度に影響を及ぼすスパッタリングターゲット面法線方位方向に存在する結晶方位である。
【0040】
本発明で測定位置をスパッタリングターゲットの最表面から深さ方向(ターゲット厚み方向)に1mm以内の位置としたのは、プレスパッタリング時のスパッタリング性(スパッタリングされ易さ)に影響する領域であり、この領域におけるスパッタリング性を改善するためには、スパッタリング最表面から1mm以内の深さの位置の結晶方位を制御すること有効だからである。
【0041】
(1)P値に対する、<011>±15°の面積率PA:40%以下
スパッタリング初期は、スパッタリングターゲットの表面が平滑な状態であるため、スパッタリング面に対する面方位の影響を受けやすいことからスパッタリングされ難い結晶方位を少なくすることが有効である。したがって原子数密度が高く、スパッタリングされ難い結晶方位である<011>が、スパッタリングターゲット最表面から1mm以内の深さの領域において、スパッタリング面法線方向に多く配向していると、スパッタリングの際に速い成膜速度が得られないため、P値に対する、<011>±15°の面積率PAを40%以下、好ましくは20%以下とした(PAはP値測定面と同じ平面上の面積率である)。なお、その下限は特に限定されず、0%も含みうるが、実操業上、制御しうる最大の割合は、おおむね1%である。
【0042】
(2)前記P値に対する、<001>±15°と<111>±15°との合計面積率PB:20%以上
上記したようにスパッタリング初期は、スパッタリングターゲットの表面が平滑な状態であるため、スパッタ面に対する面方位の影響を受けやすいことからスパッタリングされやすい結晶方位を多くすることが有効である。したがって、原子数密度が低く、スパッタリングされやすい結晶方位である<111>及び<001>の割合は大きいほどよい。したがって、前記P値に対する、<001>±15°と<111>±15°との合計面積率PBを20%以上、好ましくは30%以上とした(PBはP値測定面と同じ平面上の面積率である)。なお、その上限は特に限定されず、100%も含み得るが、実操業上、制御しうる最大の比率は、おおむね95%程度である。
【0043】
更に本発明では、上記構成要件(1)および/または(2)に加えて、スパッタリングターゲットの表面から1/4×t部(tは板厚)の深さにおけるスパッタリング面法線方向の結晶方位<001>、<011>、<111>、<112>、及び<012>をEBSP法によって観察したとき、<001>±15°と、<011>±15°と、<111>±15°と、<112>±15°と、<012>±15°との合計面積率をQ値としたとき、下記(3)および(4)の要件を満足することも好ましい実施態様である。
【0044】
(3)前記最表面から1mm以内の深さにおける<011>±15°の面積率PAと、前記Q値に対する1/4×t部の深さにおける<011>±15°の面積率QAとの比率:0.8≧PA/QA
(4)前記最表面から1mm以内の深さにおける<001>±15°と<111>±15°との合計面積率PBと、前記Q値に対する1/4×t部の深さにおける<001>±15°と<111>±15°との合計面積率QBとの比率:1.2≦PB/QB
【0045】
スパッタリングが進行してスパッタリングターゲットが使用前の最表面から1mmを超えて消費されると、スパッタリング面の一部に傾斜が生じたり、比較的大きな曲面を有する凹凸が生じることがある。これはスパッタリングターゲットが必ずしも均一に消費されず、局所的に消費速度が異なるためであるが、スパッタリングターゲットの表面に凹凸が生じるような状態になると、上記したようなスパッタリングターゲット最表面から1mm以内の深さにおける結晶方位とは異なる結晶方位によって成膜速度が影響を受けるようになる。またスパッタリング途中のスパッタリングターゲットの表面性状はスパッタリング毎に異なる。そのため、特定の結晶方位が必ずしも成膜速度向上に優位な結晶方位とはならないため、スパッタリングターゲット内部(最表面から1mmを超える深さ方向)の結晶方位は、できるだけランダムな方が望ましい。
【0046】
このような観点からすると、プレスパッタリングに続くスパッタリングにおいて成膜速度を向上させるためには、上記(1)で減少させた<011>の面積率を、スパッタリングターゲット内部では高めることが望ましく、上記(3)で規定したように、スパッタリングターゲットの最表面から1mm以内の深さにおける<011>の面積率PAと、1/4×t部の<011>の面積率QAの比率(PA/QA)を0.8以下とすることが好ましく、より好ましくは0.7以下、更に好ましくは0.6以下とするのがよい。下限は特に限定されないが、1/4×t部の<011>の面積率QAの比率を増やしすぎると、上記したように<011>自体はスパッタリングされ難い結晶方位であり、成膜速度を低下させるため、好ましくは0.1以上、より好ましくは0.2以上とする。
【0047】
同様に上記(2)ではスパッタリングターゲット最表面から1mm以内の深さにおける<111>と<001>の合計面積率PBを増加させていることから、スパッタリングターゲット内部では<111>と<001>の合計面積率QBを減少させることが望ましく、上記(4)で規定したように、スパッタリングターゲットの最表面から1mm以内の深さにおける<111>と<001>の合計面積率PBと、1/4×t部における<111>と<001>の合計面積率QBの比率(PB/QB)を1.2以上とすることが好ましく、より好ましくは1.5以上、更に好ましくは2.0以上とするのがよい。上限は特に限定されないが、内部の<111>と<001>の合計面積率QBを減少させすぎると、<111>と<001>よりもスパッタリングされ難い結晶方位が多くなり、成膜速度を低下させるため、好ましくは10.0以下、より好ましくは8.0以下とする。
【0048】
なお、本発明では上記以外の結晶方位の面積比率は特に限定されない。成膜速度の向上やスパッタリング不良低減にあたっては、上記のように結晶方位を規定すれば十分であり、他の結晶方位による影響は殆ど考慮しなくてもよいことを、実験によって確認している。
【0049】
以上、本発明を特徴付ける結晶方位について説明した。
【0050】
次に本発明で対象とするAl基合金について説明する。
【0051】
本発明はAl基合金として、Al−Fe−Si基合金が好適である。FeとSiを含有するAl基合金スパッタリングターゲットは、低電気抵抗率である上に、配線膜形成時に要求されるヒロック耐性およびドライエッチング特性に優れていることから望ましい。
【0052】
Feの含有量は、0.0001〜1.0質量%が好ましい。0.0001質量%未満では上記特性(ヒロック耐性、ドライエッチング特性)に効果がなく、一方、1.0質量%を超えると電気抵抗率の低減が困難となるからである。より好ましいFe含有量は0.0005質量%以上、0.5質量%以下、更に好ましくは、0.001質量%以上、0.1質量%以下である。
【0053】
Siは上記Fe添加効果を更に向上させるうえで望ましい元素であり、特にFeと共にSiを複合添加したAl基合金は、低電気抵抗率が実現できる。Siの含有量は、0.0001〜1.0質量%が好ましい。0.0001質量%未満では添加効果が低く、一方、1.0質量%を超えると電気抵抗率の低減が困難となるからである。更に好ましい含有量は、0.001質量%以上、0.5質量%以下である。
【0054】
また本発明では、Mn、Cr、Mo、Nb、Ti、およびTaよりなる群から選択される少なくとも一種を更に含有するAl基合金(好ましくはAl−Fe−Si基合金)も対象にしている。これら元素は本発明のAl基合金スパッタリングターゲットを用いて形成されるAl基合金膜の耐熱性を向上させるのに有効な元素であり、また成膜速度向上にも有用である。
【0055】
このような作用を発揮させるためには、Mn、Cr、Mo、Nb、Ti、およびTaよりなる群から選択される少なくとも一種を0.0001質量%以上含有させることが好ましい(単独の場合は単独の量、複数の場合は合計量である。以下同じ)。より好ましくは0.001質量%以上、更に好ましくは0.01質量%以上である。一方、含有量が多くなりすぎるとAl基合金膜の電気抵抗率が高くなってしまうため、好ましくは0.5質量%以下、よりこのましくは0.1質量%以下である。
【0056】
本発明では、上記合金元素の添加方法としては、通常用いられている方法を採用でき、代表的には、結晶粒微細化剤として溶湯中に添加することが挙げられる。結晶粒微細化剤の組成は所望となるAl基合金スパッタリングターゲットが得られるのであれば特に限定されず、市販品を用いることもできる。
【0057】
本発明に用いられるAl基合金の成分は、合金元素を含有し、残部Al及び不可避的不純物であることが好ましく、より好ましくはFe及びSiを含み残部Al及び不可避的不純物である。同様により好ましくはMn、Cr、Mo、Nb、Ti、およびTaよりなる群から選択される少なくとも一種を含み残部Al及び不可避的不純物である。更に好ましくはMn、Cr、Mo、Nb、Ti、およびTaよりなる群から選択される少なくとも一種、Fe、Siを含み残部Al及び不可避的不純物である。不可避的不純物としては、製造過程などで不可避的に混入する元素、例えばC、O、Nなどが挙げられ、その含有量としては各0.001質量%以下とすることが好ましい。
以上、本発明で対象とするAl基合金について説明した。
【0058】
次に本発明で対象とするCu基合金について説明する。
【0059】
本発明はCu基として、純Cuスパッタリングターゲットが好適である(本発明のCu基合金には純Cuも含む意味である)。純Cuスパッタリングターゲットは、低電気抵抗率である上に、配線膜形成時に要求されるヒロック耐性およびドライエッチング特性に優れていることから望ましい。もっとも、純Cuスパッタリングターゲットを用いて成膜した際、Cuは酸化されて酸化銅となるが、酸素含有量が増えるとCu基合金膜の電気抵抗率が高くなり、また、膜の表面形態にも悪影響を与えるため、酸素含有量としては0.04質量%以下が好ましい。また、実際の検出限界より、0.00001質量%以上が好ましい。なお、酸素の含有量測定は、不活性ガス融解赤外線吸収法を用いて行う。
以上、本発明で対象とするCu基合金について説明した。
【0060】
(スパッタリングターゲットの製造方法)
次に、上記Al(Cu)基合金スパッタリングターゲットを製造する方法について説明する。
本発明では、溶解鋳造法を用い、Al(Cu)基合金スパッタリングターゲットを製造することが望ましい。特に本発明では、結晶方位分布が適切に制御されたAl(Cu)基合金スパッタリングターゲットを製造するため、溶解鋳造→(必要に応じて均熱)→熱間圧延→焼鈍の工程において、均熱条件(均熱温度、均熱時間など)、熱間圧延条件(例えば圧延開始温度、圧延終了温度、1パス最大圧下率、総圧下率など)、焼鈍条件(焼鈍温度、焼鈍時間など)の少なくともいずれかを、適切に制御すると共に、上記工程の後、冷間圧延→焼鈍を行う。
【0061】
もっとも、Al(Cu)基合金の種類により適用し得る結晶方位分布、結晶粒径制御手段、および硬度調整手段も相違するため、Al(Cu)基合金の種類に応じ、例えば上記手段を、単独または組み合わせるなどして適切な手段を採用すればよい。以下、本発明の上記Al(Cu)基合金ターゲットの好ましい製造方法について、工程毎に詳しく説明する。なお、Al基合金をCu基合金に置き換えることによってCu基合金ターゲットも同様に製造できるため、特に言及する箇所以外は説明の重複を避けるために省略する。
【0062】
(溶解鋳造)
溶解鋳造工程は特に限定されず、スパッタリングターゲットの製造に通常用いられる工程を適宜採用し、Al(Cu)基合金鋳塊を造塊すればよい。例えば鋳造方法として、代表的にはDC(半連続)鋳造、薄板連続鋳造(双ロール式、ベルトキャスター式、プロペルチ式、ブロックキャスター式など)などが挙げられる。
【0063】
(必要に応じて、均熱)
上記のようにしてAl(Cu)基合金鋳塊を造塊した後、熱間圧延を行なうが、必要に応じて、均熱を行ってもよい。結晶方位分布制御のためには、均熱温度をおおむね300〜600℃程度、均熱時間をおおむね1〜8時間程度に制御することが好ましい。
【0064】
(熱間圧延)
上記の均熱を必要に応じて行なった後、熱間圧延を行なう。特に本発明では、熱間圧延条件を制御することによって、スパッタリングターゲット最表面から1mm以内の深さの面方向における結晶方位分布制御すると共に、内部(最表面から深さ方向に1mm超の領域、特に1/4×t部)における結晶方位分布を制御し、両者の関係を上記(1)〜(4)で規定するように制御する。特に(1)や(2)で規定するような制御を実現するためには、熱間圧延時に圧延条件(特に1パス当たりの最大圧下率)を適切に制御して最表面から1〜3mm以内の深さの領域にせん断ひずみを導入することで、せん断集合組織として<111>、<001>面方位を導入してこれらの面積率PBを増加させ、圧延集合組織として発達し易い<011>面方位の面積率PAを低減することができる。
【0065】
さらに、上記(3)や(4)で規定するような制御を実現するためには、ターゲット表面から1mm超(好ましくは1/4×t部、以下、同じ)の深さの集合組織を更に制御する必要があり、そのためには特に熱延工程での総圧下率を適切に制御することで、<011>面方位の面積率PAを積極的に低減させたターゲット表面近傍に対して、ターゲット表面から1mm超の深さにおいては<011>面方位の面積率QAを相対的に増大させ、また、<001>面方位と<111>面方位の面積率PBの合計を積極的に増大させたターゲット表面近傍に対して、ターゲット表面から1mm超の深さにおいては、<001>面方位と<111>面方位の面積率QBの合計を相対的に低減させる。それらによって、ターゲット表面から1mm超の深さにおいて、集合組織をランダムに制御することで、スパッタリングが進行してスパッタリングターゲットが使用前の最表面から1mmを超えて消費される際の成膜速度を向上させることが可能となる。
【0066】
もっとも、上記(1)〜(4)の各集合組織は1熱間圧延時の上記圧延条件のみによって決定されるのではなく、他の様々な要因(例えば熱延後の焼鈍や冷延後の焼鈍など)によっても影響を受けるため、所望の集合組織とするためには熱延条件等を適宜調整することが望ましい。
【0067】
本発明では熱間圧延開始温度を適切に制御にすることが望ましい。熱間圧延開始温度が低すぎると変形抵抗が高くなり、所望の板厚まで圧延が継続できなくなることがある。Al基合金の場合の好ましい熱間圧延開始温度は250℃以上、より好ましくは300℃以上、更により好ましくは350℃以上である。Cu基合金の場合の好ましい熱間圧延開始温度は300℃以上、より好ましくは400℃以上、更に好ましくは500℃以上である。一方、熱間圧延開始温度を高くしすぎると、スパッタリング面法線方向の結晶方位の分布にばらつきが生じるなどして、スプラッシュの発生数が多くなることがある。Al基合金の場合の好ましい熱間圧延開始温度は600℃以下、より好ましくは550℃以下、更に好ましくは500℃以下である。Cu基合金の場合の好ましい熱間圧延開始温度は800℃以下、より好ましくは750℃以下、更に好ましくは700℃以下である。
【0068】
熱間圧延時の1パス最大圧下率が低い方が所望の集合組織が得られやすいが、熱間圧延時の圧延パス回数が過度に増大し、生産性が顕著に低下するため工業的には現実的ではない。好ましい1パス最大圧下率は5%以上、より好ましくは10%以上、更に好ましくは15%以上である。一方、1パス最大圧下率が高すぎると、表面近傍1mmの領域にせん断ひずみが導入されにくくなり、最表面から1mm以内の深さの領域の組織が狙い通りにならず、上記(1)および/または(2)の組織が得られないことがある。好ましい1パス最大圧下率は35%以下、より好ましくは30%以下、更に好ましくは25%以下、より更に好ましくは20%以下である。
【0069】
また総圧下率が低すぎると、表面から1mm超(特に1/4×t部)の領域の集合組織を適切に制御できず、上記(3)および/または(4)の組織が得られないことがある。好ましい総圧下率は40%以上、より好ましくは50%以上、更に好ましくは70%以上である。一方、総圧下率が高すぎると、変形抵抗が高くなり、所望の板厚まで圧延が継続できなくなることがある。好ましい総圧下率は95%以下、より好ましくは92%以下、更に好ましくは90%以下である。
ここで、1パス当たりの圧下率および総圧下率は、それぞれ下記式で表される。
1パス当たりの圧下率(%)={(圧延1パス前の厚さ)−(圧延1パス後の厚さ)}/(圧延1パス前の厚さ)×100
総圧下率(%)={(圧延開始前の厚さ)−(圧延終了後の厚さ)}/(圧延開始前の厚さ)×100
【0070】
(焼鈍)
上記のようにして熱間圧延を行なった後、焼鈍する。結晶方位分布および結晶粒径制御のためには、焼鈍温度を高くすると、結晶粒が粗大化する傾向にあるため、450℃以下とすることが好ましい。また焼鈍温度が低すぎると、所望の結晶方位が得られなかったり、結晶粒が微細化されずに粗大な結晶粒が残留することがあるので250℃以上とすることが好ましい。焼鈍時間はおおむね1〜10時間程度に制御することが好ましい。
【0071】
(必要に応じて、冷間圧延→焼鈍)
上記の製法によりスパッタリングターゲットの結晶方位分布を制御することができるが、その後に、更に冷間圧延→焼鈍(2回目の圧延、焼鈍)を行なってもよい。結晶方位分布および結晶粒径を適切に制御する観点からは、焼鈍条件を制御することが好ましい。例えば焼鈍温度は150〜250℃、焼鈍時間は1〜5時間の範囲に制御することが推奨される。
【0072】
圧延率を高くし過ぎると、変形抵抗が高くなり、所望の板厚まで圧延が継続できなくなる。また、冷延では温度が低いため、材料強度が高いことと、圧延時に使用する潤滑油の影響のために表層部にせん断ひずみが導入されにくいため、(1)〜(4)で規定する範囲から外れやすくなることから30%以下とすることが好ましく、より好ましくは25%以下とすることが望ましい。
【0073】
また、これらの圧延板からスパッタリングターゲットに機械加工する際に、圧延表層部を通常約0.3mm〜1.5mm程度研削してスパッタリング表面としている。上述した(1)〜(4)の組織はこの機械加工後の組織であり、上述した制御条件は、この機械加工を想定して設定している。
【実施例】
【0074】
以下、実施例を挙げて本発明を更に具体的に説明するが、本発明は下記実施例に限定されず、本発明の趣旨に適合し得る範囲で適切に変更を加えて実施することも可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に含まれる。
【0075】
(実施例1)
表1に示す種々のAl基合金を用意し、鋳塊をDC鋳造法によって造塊した後、表1に記載の条件で熱間圧延および焼鈍を行って圧延板を作製した。圧延板を室温まで放冷した後、表1記載の圧下率で適宜冷間圧延を行った後、適宜焼鈍を行って圧延板を作製した。
【0076】
続いて機械加工(丸抜き加工および旋盤加工)を行い、1枚の圧延板から、圧延板の厚さ(t)方向に向って表層部から0.5mmまで研削し、その研削後の面がスパッタリング面となるように、旋盤加工で厚さを調整した、Al基合金スパッタリングターゲット(サイズ:直径4インチ×厚さ8mm)を製造した。
【0077】
参考例として、純Al(純度4N)スパッタリングターゲットを製造した。なお、熱延開始温度は610℃、1パスあたりの最大圧下率は50%、冷延率は50%とした。
【0078】
(結晶方位)
上記のスパッタリングターゲットを用い、前述したEBSP法に基づき、スパッタリング面法線方向の結晶方位を測定し、解析してP、PA、PB、Q、QA、QB値とを求め、(1)表層部の面積率PA[(PA/P)×100]、(2)表層部の面積率PB[(PB/P)×100]、(3)表層部の面積率PAと1/4×t部の面積率QAとの比率[PA/QA]、(4)表層部の面積率PBと1/4×t部の面積率QBとの比率[PB/QB]を算出した。
【0079】
また上記各スパッタリングターゲットを用いて、スパッタリング時の成膜速度測定およびスプラッシュ発生数を測定した。
【0080】
(成膜速度の測定)
上記スパッタリングターゲットを用いて、表層部1mmまでのスパッタリングと、1/4×t部までスパッタリングした際の成膜速度の測定を行った。
【0081】
下記の条件でスパッタリングを行い、ガラス基板上に膜厚が約600nmとなるように薄膜を成膜した。成膜速度は、下記式によって算出した。なお、実際の膜厚は薄膜表面の中心部分から任意の平面方向に5mm間隔で3点の膜厚を、触針式段差計によって測定し、その平均値を膜厚とした。
【0082】
スパッタリング装置:株式会社島津製作所製HSR−542S
スパッタリング条件:
背圧:3.0×10-6Torr以下、
Arガス圧:2.25×10-3Torr、
Arガス流量:30sccm、
スパッタリングパワー:DC260W、
極間距離:52mm、
基板温度:室温、
スパッタリング時間:120秒、
ガラス基板:CORNING社製#1737(直径50.8mm、厚さ0.7mm)、
触針式膜厚計:TENCOR INSTRUMENTS製alpha−step 250
成膜速度=平均膜厚(nm)/スパッタリング時間(s)
【0083】
各スパッタリングターゲットの成膜速度は、サンプルとして作製した純Al(純度4N)スパッタリングターゲットの成膜速度と対比して、1.05倍以上の場合を成膜速度に優れると評価した。
【0084】
(スプラッシュの発生数の測定)
本実施例では、高スパッタリングパワーの条件下で発生しやすいスプラッシュの発生数を測定し、スプラッシュの発生を評価した。
【0085】
まず、表1に示すNo.1のスパッタリングターゲットの表層部について、2.74nm/sの成膜速度で薄膜を成膜した。ここで、成膜速度とスパッタパワーとの積Y値は、以下のとおりである。
Y値=成膜速度(2.74nm/s)×スパッタリングパワー(260W)
=713
【0086】
次に、表1に示すスパッタリングターゲットについて、前述したY値(一定)に基づき、表1に併記する成膜速度に応じたスパッタリングパワーDCを設定してスパッタリングを行なった。
【0087】
例えば、No.2のスパッタリングターゲットの表層部のスパッタリング条件は以下のとおりである。
成膜速度:2.79nm/s
下式に基づき、スパッタリングパワーを255Wと設定
スパッタリングパワー=Y値(713)/成膜速度(2.79)
≒255W
【0088】
このようにして、上記のスパッタリングを行なう工程を、ガラス基板を差し替えながら連続して行い、スパッタリングターゲット1枚につき16枚の薄膜を形成した。従って、スパッタリングは、120(秒間)×16(枚)=1920秒間行なった。
【0089】
次に、パーティクルカウンター(株式会社トプコン製:ウェーハ表面検査装置WM−3)を用い、上記薄膜の表面に認められたパーティクルの位置座標、サイズ(平均粒径)、および個数を計測した。ここでは、サイズが3μm以上のものをパーティクルとみなしている。その後、この薄膜表面を光学顕微鏡観察(倍率:1000倍)し、形状が半球形のものをスプラッシュとみなし、単位面積当たりのスプラッシュの個数を計測した。
【0090】
上記16枚の薄膜について、スパッタリングターゲットの表層部、1/4×t部、1/2×t部の3箇所において上記スプラッシュ個数の計測を同様に行い、計測した3測定箇所のスプラッシュの個数の平均値を「スプラッシュの発生数」とした。本実施例では、このようにして得られたスプラッシュの発生数が7個/cm2以下のものを◎、8〜11個/cm2のものを○、12〜21個/cm2のものを△、22個/cm2以上のものを×と評価した。本実施例では、スプラッシュ発生数が21個/cm2以下(評価:◎、○、△)をスプラッシュ発生を抑制する効果がある(合格)と評価した。
【0091】
(電気抵抗率の測定)
薄膜の電気抵抗率測定用サンプルは、以下の手順で作製した。上記の薄膜表面上に、フォトリソグラフィによってポジ型フォトレジスト(ノボラック系樹脂:東京応化工業製TSMR−8900、厚さ1.0μm、線幅100μm)をストライプパターンに形成した。ウェットエッチングによって線幅100μm、線長10mmの電気抵抗率測定用パターン形状に加工した。ウェットエッチングにはH3PO4:HNO3:H2O=75:5:20の混合液を用いた。熱履歴を与えるため、前記エッチング処理後に、CVD装置内の減圧窒素雰囲気(圧力:1Pa)を用いて250℃で30分保持する雰囲気熱処理を行なった。その後、四探針法により電気抵抗率を室温で測定し、3.7μΩcm以下のものを良好(○)、3.7μΩcm超のものを不良(×)と評価した。
【0092】
これらの試験結果を表2に記載する。
【0093】
【表1】

【0094】
【表2】

【0095】
表1、2より、以下のように考察することができる。
【0096】
まず、No.1〜7は、合金組成、及び結晶方位分布が本発明の要件を満足する例であり、成膜速度を速くしてもスプラッシュの発生を抑制する効果が認められた。
【0097】
No.1、No.2は、好ましい全圧下率の範囲内での圧延を行ったが、表層部と内部の比率が最適化出来なかったものの、表層部の面積割合(表1中、(1)(2))を適切に制御できたため、スパッタリングターゲット内部におけるスパッタリングレート低下因子である<011>が少なく、また<001>、<111>が多い例である。そのため、スパッタリングターゲット表層部では成膜速度が速く、内部では成膜速度が落ちるものの、十分な成膜速度を確保できた例である。
【0098】
No.3、4は、好ましい1パスあたりの最大圧下率の範囲内で圧延を行ったが、表層部の集合組織の一方の面積割合(表1中、(1)(2))を適切に制御できなかったため、表層部の成膜速度は、(1)(2)の集合組織を両方満たす例(No.1、2、5〜7)と比べて低くなったが、十分な成膜速度を確保できた例である。
【0099】
No.8は、熱間圧延時の1パスあたりの最大圧下率が高く、及び全圧下率が低かった例であり、表層部、及び表層部と内部の比率が本発明の規定外となっており、所望の成膜速度比を得られなかった例である。
【0100】
No.9は、熱間圧延時の1パスあたりの最大圧下率と冷延率が高かった例であり、表層部、及び表層部と内部の比率が本発明の規定外となっており、所望の成膜速度比、及び配線抵抗を得られなかった例である。
【0101】
No.10は、Si含有量が高いと共に、熱間圧延時の1パスあたりの最大圧下率が高く、全圧下率が低かった例であり、所望の集合組織を得られず、成膜速度、及び配線抵抗が劣り、またスプラッシュが発生した例である。
【0102】
No.11は、Fe含有量が多く、また熱間圧延時の1パスあたりの最大圧下率が高く、全圧下率が低かった例であり、表層部、及び表層部と内部の比率が本発明の規定外となっており、所望の成膜速度比、及び配線抵抗が劣り、またスプラッシュが発生した例である。
【0103】
No.12は、Mn含有量が多く、また熱間圧延時の1パスあたりの最大圧下率と冷延率が高かった例であり、表層部、及び表層部と内部の比率が本発明の規定外となっており、所望の成膜速度比、及び配線抵抗を得られなかった例である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Al基合金またはCu基合金スパッタリングターゲットであって、
後方散乱電子回折像法によって前記スパッタリングターゲットの最表面から1mm以内の深さにおけるスパッタリング面法線方向の結晶方位<001>、<011>、<111>、<112>、及び<012>を観察し、<001>±15°と、<011>±15°と、<111>±15°と、<112>±15°と、<012>±15°との合計面積率をP値としたとき、下記(1)および/または(2)の要件を満足することを特徴とするスパッタリングターゲット。
(1)前記P値に対する、<011>±15°の面積率PA:40%以下、
(2)前記P値に対する、<001>±15°と<111>±15°との合計面積率PB:20%以上
【請求項2】
前記Al基合金またはCu基合金スパッタリングターゲットにおいて、
後方散乱電子回折像法によって前記スパッタリングターゲットの表面から1/4×t(板厚)部の深さにおけるスパッタリング面法線方向の結晶方位<001>、<011>、<111>、<112>、及び<012>を観察し、<001>±15°と、<011>±15°と、<111>±15°と、<112>±15°と、<012>±15°との合計面積率をQ値としたとき、下記(3)および/または(4)の要件を満足するものである請求項1に記載のスパッタリングターゲット。
(3)前記最表面から1mm以内の深さにおける<011>±15°の面積率PAと、前記Q値に対する1/4×t部の深さにおける<011>±15°の面積率QAとの比率:0.8≧PA/QA
(4)前記最表面から1mm以内の深さにおける<001>±15°と<111>±15°との合計面積率PBと、前記Q値に対する1/4×t部の深さにおける<001>±15°と<111>±15°との合計面積率QBとの比率:1.2≦PB/QB
【請求項3】
前記Al基合金がFeを0.0001〜1.0質量%、及びSiを0.0001〜1.0質量%含有するものである請求項1または2に記載のスパッタリングターゲット。
【請求項4】
前記Al基合金が更に、Mn、Cr、Mo、Nb、Ti、及びTaよりなる群から選択される少なくとも一種を0.0001〜0.5質量%含むものである請求項1〜3のいずれかに記載のスパッタリングターゲット。
【請求項5】
前記Cu基合金が酸素を0.00001〜0.04質量%、水素を0.00001〜0.003質量%、及び不可避不純物を0.01質量%以下含有するものである請求項1または2に記載のスパッタリングターゲット。

【図1】
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【公開番号】特開2012−162768(P2012−162768A)
【公開日】平成24年8月30日(2012.8.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−23224(P2011−23224)
【出願日】平成23年2月4日(2011.2.4)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【出願人】(000130259)株式会社コベルコ科研 (174)
【Fターム(参考)】