説明

DLC被膜とその製造方法、摺動部材および前記摺動部材が用いられている製品

【課題】潤滑油環境下での摺動において、従来以上に摩擦係数が低減された摺動部材を提供することができるDLC被膜とその製造方法を提供する。
【解決手段】摺動部材の摺動側表面にコーティングされた、少なくとも1種類の金属が含有されたDLC被膜であって、炭素同士の結合の割合および金属と炭素の結合の割合の合計に対して、金属と炭素の結合の割合が20%以下であるDLC被膜。プラズマCVD装置を用いて、DLC被膜を製造するDLC被膜の製造方法であって、炭化水素と不活性ガスの導入雰囲気中で、金属ターゲットをスパッタリングしつつ炭化水素を解離させて、基材上に、前記金属を含有するDLC被膜を成膜するDLC被膜の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、摩擦係数が低減されたDLC(ダイヤモンドライクカーボン)被膜とその製造方法、および摺動特性に優れた摺動部材、および前記摺動部材が用いられている製品に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車のピストンリングおよびピストン等のように、2つの部材が接触して相互に摺動する摺動部材は、自動車を始め、家電製品、工作機械等の各種機械や装置の部品、あるいはこれらの製造に用いる金型、刃物、針等の工具や治具等、多くの分野で用いられている。
【0003】
このような摺動部材として、ダイヤモンド結晶のような高硬度、高耐摩耗性、優れた化学的安定性に加え、相手材料との接触における低摩擦性を有するDLC被膜を基材にコーティングした摺動部材が、従来より広く使用されている。
【0004】
しかし、このような摺動部材に対して、近年、環境問題や省エネルギーの観点から、一層、摩擦係数、特に潤滑油環境下における摩擦係数を低減することが求められている。即ち、例えば、自動車の内燃機関の摺動部、特にカムフォロア部シム・タペット部など動弁系での摺動部の摩擦を低減させることは、自動車全体の燃費の向上や排出ガスの低減に多大の効果があるため、注目されている。
【0005】
このような要求に応え、潤滑油環境下における摩擦係数をより低減させる技術として、DLC被膜にW、Mo、Siなどの金属元素を添加、含有させることにより、摩擦係数をより低減させる技術が特許文献1〜5などに開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2005−264221号公報
【特許文献2】特開2006−169614号公報
【特許文献3】特開2007−100189号公報
【特許文献4】特開2009−052081号公報
【特許文献5】特開2009−203556号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし、前記の各先行技術文献に開示された技術によっても、前記した近年の要請に対して未だ充分な技術が提供されているとは言えず、さらなる摩擦係数の低減が求められている。
【0008】
そこで、本発明は、潤滑油環境下での摺動において、従来以上に摩擦係数が低減された摺動部材を提供することができるDLC被膜とその製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、DLC被膜における摩擦係数のさらなる低減を図るに際して、金属の含有量の他に、DLC被膜の表面に存在する炭素の結合状態、具体的には、DLC被膜における炭素同士の結合および金属と炭素の結合の割合が、摩擦係数の低減に関係していると考え、金属元素が添加された種々のDLC被膜を作製し、金属と炭素の結合の割合と摩擦係数との関係につき詳細に検討した。
【0010】
本発明者は、これらの検討を行う具体的な手段として、比較的簡単に精度高く測定することができ、一般的に広く用いられているX線光電子分光法(XPS:X-ray Photoelectron Spectroscopy)を用いて得られるDLC被膜のXPSスペクトルを利用した。
【0011】
図2に、W(タングステン)を含有したDLC被膜のXPSスペクトルの一例を示す。図2において、横軸は結合エネルギー(eV)、縦軸は強度(任意単位)である。なお、図2に示したXPSスペクトルは、285eV付近に現れるC1sピーク近傍におけるXPSスペクトルを示したものであり、その他のW4fピークやO1sピークは、この範囲外であるため、表示されていない。
【0012】
図2において、C1sピークは、C−C結合に起因する284eV前後(より厳密には、284.4eVのCの2重結合[sp]、および285.1eVのCの1重結合[sp]が存在)のピーク(曲線1)、C−O結合に起因する286.6eV前後のピーク(曲線2)、およびC−W結合に起因する283.0eV前後のピーク(曲線3)の3種類のピークより構成されている。
【0013】
これら3つのピークのそれぞれを、ガウス関数により分離し、各ピーク面積を求める。これらの面積は、DLC被膜における各結合の割合を反映しているため、[C−C結合のピーク面積]と[C−W結合のピーク面積]とから、この2つのピーク面積の和に対する[C−W結合のピーク面積]の比率を求めることにより、金属と炭素の結合の割合(%)が分かる。なお、C−O結合のピーク面積を除外しているのは、C−O結合は不純物である酸素と炭素の結合であることによる。
【0014】
本発明者は、含有量を種々変えたW含有DLC被膜を作製し、上記の方法を用いて、各W含有DLC被膜における金属と炭素の結合の割合を求めると共に、各W含有DLC被膜の潤滑油環境下における摩擦係数を測定した。
【0015】
そして、その測定結果に基づき、W含有DLC被膜における金属と炭素の結合の割合と潤滑油環境下における摩擦係数との関係について検討を行った。検討の結果、W含有DLC被膜における金属と炭素の結合の割合が20%以下である場合、Wを含有しないDLC被膜の摩擦係数0.1に比べて充分に低減されていることが分かった。
【0016】
以上、W含有DLC被膜を一例に挙げて説明したが、その他のMo、Siなど、摩擦係数の低減に用いられる金属を含有するDLC被膜においても、同様に、金属と炭素の結合の割合が20%以下である場合、潤滑油環境下における摩擦係数が充分に低減される。
【0017】
このように、金属と炭素の結合の割合が20%以下と小さい場合、潤滑油環境下における摩擦係数が低減する理由は、添加された金属が炭素と反応して化合物を生成するのではなく、金属単体の微小な粒子として膜中に存在することにより、潤滑油と反応する起点になる場所がDLC以上に点在するようになるためと推測される。
【0018】
請求項1および請求項2に記載の発明は、上記の知見に基づく発明である。即ち、請求項1に記載の発明は、
摺動部材の摺動側表面にコーティングされた、少なくとも1種類の金属が含有されたDLC被膜であって、
炭素同士の結合の割合および金属と炭素の結合の割合の合計に対して、金属と炭素の結合の割合が20%以下である
ことを特徴とするDLC被膜である。
【0019】
前記した通り、金属と炭素の結合の割合が20%以下であるDLC被膜は、充分に摩擦係数が低減されているため、従来以上に摩擦係数が低減された摺動部材を提供することができる。
【0020】
DLC被膜に添加、含有される金属としては、摩擦係数を低減することができる限り、特に限定されないが、潤滑油との反応性の観点から、W、Mo(モリブデン)、Ti(チタン)、Si(シリコン)などを好ましく挙げることができる。
【0021】
また、請求項2に記載の発明は、
摺動部材の摺動側表面にコーティングされた、少なくとも1種類の金属が含有されたDLC被膜であって、
X線光電子分光分析(XPS)において測定されるC1sピークを、炭素同士の結合、金属と炭素との結合、炭素と酸素との結合に基づく3つのピークに分離した時の、炭素同士の結合に基づくピーク面積および金属と炭素との結合に基づくピーク面積の合計に対する金属と炭素との結合に基づくピーク面積の割合が20%以下である
ことを特徴とするDLC被膜である。
【0022】
XPSは、前記した通り、比較的簡単に精度高く測定することができ、一般的に広く用いられている測定法であり、また、XPSスペクトルにおけるC1sピークを分離して得られる各ピーク面積の割合は、DLC被膜における各結合の割合を反映するため、金属と炭素の結合の割合(%)を容易に知ることができる。そして、上記の通り、金属と炭素の結合が20%以下である場合、DLC被膜の摩擦係数が充分に低減される。
【0023】
請求項3に記載の発明は、
前記金属が、W(タングステン)であることを特徴とする請求項1または請求項2に記載のDLC被膜である。
【0024】
含有金属として、Wを採用することにより、本発明の効果を顕著に発揮させることができる。
【0025】
次に、同じXPSスペクトルから、C1sピーク、W4fピーク、O1sピークのピーク強度に基づき、一般的に用いられている周知の方法により、各元素の濃度を定量し、不純物である酸素の割合を除外して、金属の割合を炭素と金属との和に対する比率として求めることができる。
【0026】
本発明者は、前記した含有量を変えた種々のW含有DLC被膜について、上記の方法を用いて、各W含有DLC被膜におけるWの割合を求め、各W含有DLC被膜の潤滑油環境下における摩擦係数との関係につき検討を行った。
【0027】
その結果、Wの割合が1〜56原子%であると、Wを含有しないDLC被膜の摩擦係数0.1よりも小さな摩擦係数が得られることが分かった。
【0028】
即ち、Wの割合が1〜56原子%であると共に、Wと炭素の結合の割合が20%以下であれば、Wを含有しないDLC被膜の摩擦係数0.1に比べて摩擦係数を充分に低減できることが分かった。
【0029】
請求項4に記載の発明は、上記の知見に基づく発明であり、即ち、
前記金属の含有比率が1〜56原子%であることを特徴とする請求項3に記載のDLC被膜である。
【0030】
なお、Wの含有比率が15〜41原子%であると、より摩擦係数を充分に低減できるため、好ましい。
【0031】
以上のように、金属の割合と金属と炭素の結合の割合とを適切に制御することにより、摩擦係数が充分に低減されたDLC被膜を得ることができることが分かったため、本発明者は、次に、このような金属含有DLC被膜の好ましい製造方法について、種々の実験、検討を行った。
【0032】
その結果、プラズマCVD装置を用いるが、ターゲットとして固体カーボンターゲットは用いず、炭化水素と不活性ガスの導入雰囲気中で、金属ターゲットをスパッタリングしつつ炭化水素を解離させて、基材上に金属含有DLC被膜を成膜するプロセスを採用することにより、金属の割合と金属と炭素の結合の割合とを適切に制御することができ、上記により得られた成膜条件で制御することにより、摩擦係数が充分に低減されたDLC被膜を製造することができることを見出した。
【0033】
請求項5に記載の発明は、この知見に基づく発明であり、即ち、
プラズマCVD装置を用いて、請求項1ないし請求項4のいずれか1項に記載のDLC被膜を製造するDLC被膜の製造方法であって、
炭化水素と不活性ガスの導入雰囲気中で、金属ターゲットをスパッタリングしつつ炭化水素を解離させて、基材上に、前記金属を含有するDLC被膜を成膜する
ことを特徴とするDLC被膜の製造方法である。
【0034】
固体カーボンターゲットを用いず、炭化水素ガスの導入により成膜条件を制御するため、容易に、金属の割合および金属と炭素の結合の割合を適切に制御することができる。
【0035】
請求項6に記載の発明は、
前記DLC被膜の成膜におけるスパッタ電力が、125〜500Wであることを特徴とする請求項5に記載のDLC被膜の製造方法である。
【0036】
金属ターゲットのスパッタリングを適切に制御することができるスパッタ電力としては、125〜500Wが好ましい。
【0037】
請求項7に記載の発明は、
前記炭化水素が、CまたはCHであることを特徴とする請求項5または請求項6に記載のDLC被膜の製造方法である。
【0038】
DLC被膜の成膜における炭化水素としては、カーボンを供給できる炭化水素であれば、特に限定されないが、CやCHは、安価で、入手も容易であるため好ましい。
【0039】
請求項8に記載の発明は、
前記炭化水素がCであり、流量が50〜100sccmであることを特徴とする請求項7に記載のDLC被膜の製造方法である。
【0040】
ガスの好ましい流量は、50〜100sccmである。特に、前記条件でさらに、スパッタ電力を125〜500Wに制御することにより、金属と炭素の結合の割合が20%以下の摩擦係数が低減されたDLC被膜を、安価で、確実に製造することができる。
【0041】
請求項9に記載の発明は、
前記金属ターゲットが、W(タングステン)であることを特徴とする請求項5ないし請求項8のいずれか1項に記載のDLC被膜の製造方法である。
【0042】
Wを含有したDLC被膜は、前記したように、本発明の効果を顕著に発揮することができる。
【0043】
金属ターゲットとしてのWは、不純物のない純Wを使用することが好ましいが、多少のWC(炭化タングステン)が含有されていてもよい。
【0044】
請求項10の発明は、
表面に、請求項1ないし請求項4のいずれか1項に記載のDLC被膜がコーティングされていることを特徴とする摺動部材である。
【0045】
摩擦係数が0.1未満に低減された上記のDLC被膜がコーティングされた摺動部材は、充分な摺動特性を発揮することができる。なお、相手材はDLC被膜のコーティングが施されていなくてもよいが、相手材にも同様なDLC被膜のコーティングが施されている場合には、さらに優れた摺動特性を発揮することができ好ましい。
【0046】
請求項11の発明は、
請求項10に記載の摺動部材が用いられていることを特徴とする製品である。
【0047】
上記した摺動特性に優れた摺動部材が用いられている製品は、環境問題や省エネルギーの観点から好ましい製品として提供することができる。特に好ましい製品としては、自動車等の輸送機械部品、工作機械部品、家電部品、金型、刃物、針、治具、および輸送機械、工作機械、家電製品、スポーツ用品、レジャー用品、医療用品等を挙げることができる。
【発明の効果】
【0048】
本発明によれば、潤滑油環境下での摺動において、従来以上に摩擦係数が低減された摺動部材を提供することができるDLC被膜とその製造方法を提供することができる。そして、従来以上に摩擦係数が低減されたDLC被膜を用いることにより、摺動特性に優れた摺動部材、さらには、環境問題や省エネルギーの観点から好ましい製品を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0049】
【図1】DLC被膜の形成に用いる陰極PIGプラズマCVD装置の概要を示す図である。
【図2】本発明の一実施例におけるDLC被膜のXPSスペクトルを示す図である。
【図3】摩擦係数の測定方法を模式的に示す図である。
【図4】本発明の一実施例におけるDLC被膜の摩擦係数とC−W結合ピーク面積との関係を示す図である。
【図5】本発明の一実施例におけるDLC被膜の摩擦係数とWの含有比率との関係を示す図である。
【図6】図5に示した図を基にしてDLC被膜の摩擦係数とWの含有比率とに関する近似式を求めた結果を示す図である。
【図7】本発明の一実施例におけるDLC被膜のWと結合している炭素の比率と成膜時のCの流量との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0050】
以下、本発明を実施の形態に基づき、図面を用いて説明する。
【0051】
1.DLC被膜の成膜方法
最初に、DLC被膜の成膜方法について説明する。DLC被膜の成膜には図1に示す陰極PIGプラズマCVD装置が好ましく用いられる。
【0052】
図1において、40はチャンバー(成膜室)、41はDLC被膜が形成される基材、42は取り付け治具(ホルダー)、43はプラズマ源、44は基材積載台(電極)、45はコイル、46はWターゲット(カソード)、47はガス導入ポート、48はガス排出口、49はバイアス電源、50はチャンバー(成膜室)40内に形成されたプラズマである。
【0053】
基材41には、取り付け治具42および基材載置台44を介してバイアス電源49が接続されており、マイナスの電圧がパルス印加されるように構成されている。
【0054】
そして、基材41を取り付け治具42にセットした後、ガス導入ポート47よりチャンバー(成膜室)40内にArガスを注入すると共に、プラズマ源43、基材積載台(電極)44、コイル45を用いて、プラズマ50を発生、安定させる。次に、プラズマ50中にて分解されたArガスをバイアス電源49にて基材41へ引きつけ、表面エッチングを行う。
【0055】
その後、高密度プラズマ雰囲気下でガス導入ポート47より注入された炭化水素ガス(原料ガス)を分解、反応させることにより生成させた、原料ガスおよびArガスの解離分子、イオンを基材41に照射すると共に、電力が投入されてWターゲット46からスパッタされたW粒子をDLC被膜中に混入することにより、基材41上にW含有DLC被膜を形成し、所定の厚さになるまでそのまま維持してW含有DLC被膜の成膜を完了する。
【0056】
なお、基材41としては、金属系またはセラミックス系の基材を用いることができ、具体的には、例えば、鉄、熱処理鋼、超硬合金、ステンレス、ニッケル、銅、アルミニウム合金、チタン合金、アルミナ、窒化珪素、炭化珪素などが好ましく用いられる。
【0057】
2.W含有DLC被膜の作製
まず、70mm(長さ)×14mm(幅)×9mm(厚さ)のSKH51製の基材41を準備した。
【0058】
次に、図1に示す陰極PIGプラズマCVD装置を用い、表1のA〜Jおよびaに示すCガス流量とスパッタ電力とを組み合わせた成膜パラメータの下で、基材41上にW含有DLC被膜を作製した。
【0059】
具体的には、陰極PIGプラズマCVD装置のプラズマ源43に、50sccmの量のArガスを流しながら直流放電(アノード電圧:50V、放電電流:10A)を発生させることによりプラズマ50を発生させ、発生したプラズマ50をチャンバー(成膜室)40内に輸送した(輸送用コイル電流:3A)。
【0060】
そして、ガス導入ポート47から、所定の流量のアセチレンガス(C)を導入すると共に、所定のスパッタ電力によりWをスパッタリングして、A〜Jおよびaに示す11種類のW含有DLC被膜(厚さ3〜4μm)を成膜した。なお、バイアス電源49のバイアス電圧は−700Vとした。
【0061】
【表1】

【0062】
3.W含有DLC被膜におけるC−W結合の割合およびW含有比率と摩擦係数との関係
(a)組成分析
サンプルA〜J及びaについて、X線光電子分光法(XPS)を用いて、XPSスペクトルを取得し、Au 4fにてピーク位置補正を行った後、DLC被膜の表面に存在するC元素の結合状態と、W元素(4fピーク)、C元素(C1sピーク)及びO元素(O1sピーク)の濃度を定量した。
【0063】
(b)C−W結合と、C−C結合の割合の決定
各XPSスペクトルにおいては、前述したように、C−C結合(ピーク位置:284.4eV前後)、C−O結合(ピーク位置:286.6eV前後)、C−W結合(ピーク位置:283.0eV前後)の3つのピークから、C1sピークが構成されている。C1sピークを各ピークに分離し、それぞれのピーク面積を求める。そして、C−W結合のピーク面積A1およびC−C結合のピーク面積A2から、C−W結合の比率(A1/(A2+A1))およびC−C結合の比率(A2/(A2+A1))を求めた。結果を表2に示す。
【0064】
【表2】

【0065】
(c)Wの含有量の決定
また、各XPSスペクトルを用いて、C1sピーク、W4fピーク、O1sピークのピーク強度に基づき、W、C、Oの量を求め、さらに、(W+C)に対するWおよびCの比率(%)を算出した。また、前記した方法を用いてC−W結合およびC−C結合の比率(%)を算定した。結果を表3に示す。
【0066】
【表3】

【0067】
(d)摩擦係数の測定
サンプルA〜J及びaについて、往復動摩擦摩耗試験機を用いて、潤滑油環境下における摩擦係数を測定した。図3に摩擦係数の測定方法を模式的に示す。図3において、41aは基材41上に成膜されたDLC被膜、23は摺動相手材である。そして、以下に示す潤滑油環境下において、摺動相手材23を矢印で示すように往復動させることにより、摩擦係数を測定した。
【0068】
(イ)測定条件
潤滑油環境:油中(NISSAN 5W−30SM グレード)
往復摺動:往復動摩擦摩耗試験機
荷重:550N
回転数:600rpm
摺動時間:120分
基材:SKH51
摺動相手材:FC250
【0069】
(ロ)測定結果
測定結果を表4に示す。
【0070】
【表4】

【0071】
(e)C−W結合の割合およびW含有比率と摩擦係数との関係
次に、上記の測定結果における摩擦係数とC−W結合の比率、並びに摩擦係数とWの含有比率を、それぞれグラフ上にプロットし、これらの関連性を調べた。また、成膜パラメータとC−W結合の比率の関連性を調べた。
【0072】
(イ)摩擦係数とC−W結合の比率
摩擦係数とC−W結合の比率をプロットした結果を図4に示す。図4において、縦軸は摩擦係数であり、横軸はC−W結合の比率である。
【0073】
図4より、W無添加の場合、DLC被膜の摩擦係数が0.099であるのに対して、C−W結合の比率が20%以下の場合、摩擦係数が0.05前後に低下したことが確認された。
【0074】
(ロ)摩擦係数とW含有比率
摩擦係数とW含有比率をプロットした結果を図5に示す。図5において、縦軸は摩擦係数であり、横軸はW含有比率である。
【0075】
図5より、摩擦係数がW含有比率が24〜41原子%である場合、37.0原子%(サンプルB)を除き、摩擦係数が0.05前後に低下することが確認された。Wの含有比率が24〜41原子%の範囲から外れる49.3原子%(サンプルH)および62.9原子%(サンプルA)については、62.9原子%(サンプルA)の摩擦係数が0.124であるため、摩擦係数は低下しないことが確認され、49.3原子%(サンプルH)の摩擦係数が0.082であるため、摩擦係数の低下割合は少ないことが確認された。
【0076】
37.0原子%(サンプルB)の場合は、C−W結合の比率が36.2%と高いため、摩擦係数が低下しなかったと考えられる。この結果から、C−W結合の比率が小さく、かつ、W含有比率が24〜41原子%である場合、摩擦係数が確実に低下することが確認された。
【0077】
次に、図5に基づき、摩擦係数が低下しない37.0原子%(サンプルB)は、表2に示すC−W結合の面積比率が20%を超えており、W含有比率が近い他のサンプルよりも明らかに摩擦係数が高くなっているため除外して、近似曲線を作成し、下記の2次関数の近似式(y:摩擦係数、x:W含有比率(原子%))を得た。この近似式の曲線を図6に示す。
y=(0.058x−3.259x+99.306)/1000
【0078】
図6に示す近似曲線から、一般的なDLC被膜の摩擦係数である0.1未満の摩擦係数になるW添加量は1〜56原子%であることが分かる。近似式から算出される最小摩擦係数である0.0535の2割増となる摩擦係数はより好ましく、この場合のW添加量は15〜41原子%である。
【0079】
(f)成膜パラメータとC−W結合の比率
スパッタ電力が125W、250W、500Wで成膜したときのC−W結合の比率(%)とCの流量(sccm)とをプロットした結果を図7に示す。
【0080】
図7より、スパッタ電力が500Wの場合、Cの流量を50〜100sccmとした時に、C−W結合の比率が20%以下に抑えられることが分かった。また、スパッタ電力が125W、250Wの場合もCの流量を70sccmに設定した場合、C−W結合の比率が20%以下に抑えられることが分かった。
【0081】
以上より、本発明によれば、潤滑油環境下においてDLC被膜のプラズマ処理に際し、従来のDLC被膜を凌ぐ低摩擦係数のDLC被膜を作製することができることが実証された。
【0082】
なお、参考に表1〜表4をまとめた表を表5として示す。
【0083】
【表5】

【0084】
以上、本発明を実施の形態に基づき説明したが、本発明は上記の実施の形態に限定されるものではない。本発明と同一および均等の範囲内において、上記の実施の形態に対して種々の変更を加えることが可能である。
【符号の説明】
【0085】
21 DLC被膜
22、41 基材
23 摺動相手材
40 チャンバー(成膜室)
42 取り付け治具(ホルダー)
43 プラズマ源
44 基材積載台(電極)
45 コイル
46 タングステンターゲット(カソード)
47 ガス導入ポート
48 ガス排出口
49 バイアス電源
50 プラズマ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
摺動部材の摺動側表面にコーティングされた、少なくとも1種類の金属が含有されたDLC被膜であって、
炭素同士の結合の割合および金属と炭素の結合の割合の合計に対して、金属と炭素の結合の割合が20%以下である
ことを特徴とするDLC被膜。
【請求項2】
摺動部材の摺動側表面にコーティングされた、少なくとも1種類の金属が含有されたDLC被膜であって、
X線光電子分光分析(XPS)において測定されるC1sピークを、炭素同士の結合、金属と炭素との結合、炭素と酸素との結合に基づく3つのピークに分離した時の、炭素同士の結合に基づくピーク面積および金属と炭素との結合に基づくピーク面積の合計に対する金属と炭素との結合に基づくピーク面積の割合が20%以下である
ことを特徴とするDLC被膜。
【請求項3】
前記金属が、W(タングステン)であることを特徴とする請求項1または請求項2に記載のDLC被膜。
【請求項4】
前記金属の含有比率が1〜56原子%であることを特徴とする請求項3に記載のDLC被膜。
【請求項5】
プラズマCVD装置を用いて、請求項1ないし請求項4のいずれか1項に記載のDLC被膜を製造するDLC被膜の製造方法であって、
炭化水素と不活性ガスの導入雰囲気中で、金属ターゲットをスパッタリングしつつ炭化水素を解離させて、基材上に、前記金属を含有するDLC被膜を成膜する
ことを特徴とするDLC被膜の製造方法。
【請求項6】
前記DLC被膜の成膜におけるスパッタ電力が、125〜500Wであることを特徴とする請求項5に記載のDLC被膜の製造方法。
【請求項7】
前記炭化水素が、CまたはCHであることを特徴とする請求項5または請求項6に記載のDLC被膜の製造方法。
【請求項8】
前記炭化水素がCであり、流量が50〜100sccmであることを特徴とする請求項7に記載のDLC被膜の製造方法。
【請求項9】
前記金属ターゲットが、W(タングステン)であることを特徴とする請求項5ないし請求項8のいずれか1項に記載のDLC被膜の製造方法。
【請求項10】
表面に、請求項1ないし請求項4のいずれか1項に記載のDLC被膜がコーティングされていることを特徴とする摺動部材。
【請求項11】
請求項10に記載の摺動部材が用いられていることを特徴とする製品。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2012−149302(P2012−149302A)
【公開日】平成24年8月9日(2012.8.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−8660(P2011−8660)
【出願日】平成23年1月19日(2011.1.19)
【出願人】(591029699)日本アイ・ティ・エフ株式会社 (25)
【Fターム(参考)】