mTORのシグナル伝達の増強を処置する方法
哺乳類ラパマイシン標的タンパク質(mTOR)のシグナル伝達が増強された被検体を、Group 1 mGluRを活性化する少なくとも1種の化合物を含む組成物で処置する。一実施形態では、被検体は、結節性硬化症(TSC)である。一実施形態では、化合物は、Group 1 mGluRアゴニストである。別の実施形態では、化合物は、Group 1 mGluRのポジティブアロステリックモジュレーターである。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
関連出願
本出願は、2009年11月5日に出願された米国仮特許出願第61/258,453号明細書;2009年11月12日に出願された米国仮特許出願第61/260,769号明細書;2010年6月29日に出願された米国仮特許出願第61/359,648号明細書;2010年6月29日に出願された米国仮特許出願第61/359,604号明細書、および2010年9月29日に出願された米国仮特許出願第61/387,649号明細書の利益を主張するものである。上記の出願の本教示内容全体を参照によって本明細書に援用する。
【背景技術】
【0002】
神経細胞の適切なシグナル伝達は、行動および認知機能を含む正常な機能のための、シナプスの完全性の維持にとって極めて重要である。哺乳類ラパマイシン標的タンパク質(mTOR:mammalian target of rapamycin)シグナル伝達経路の突然変異は、腫瘍の形成、行動変化、および認知プロセスの障害を含む神経細胞シグナル伝達の変化を引き起こすことがある。たとえば、結節性硬化症(TSC:Tuberous Sclerosis Complex)では、mTORのシグナル伝達の増強が起こる。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
TSCのヒトなどmTORのシグナル伝達の突然変異を持つヒトには、認知処理の発達遅延、精神遅滞、不安、自閉症および発作があることがあり、これらが、学習、記憶、言語、社会的能力、および行動を障害することにより毎日の機能に影響を与える可能性がある。現時点で、mTORのシグナル伝達の突然変異を持つヒトに利用できる処置レジメンとして、腫瘍の外科的除去、行動変容、認知行動療法、および抗発作薬による処置がある。しかしながら、こうした処置は、効果的でない場合が多く、長期的な利用に伴い望ましくない副作用を起こす恐れがあり、mTORの突然変異に関連する認知障害の処置を特に対象としたものでもない。このため、mTORのシグナル伝達の突然変異に関連する状態を処置する、改良された効果的な新しい方法の開発が求められている。
【課題を解決するための手段】
【0004】
本発明は一般に、哺乳類ラパマイシン標的タンパク質(mTOR)のシグナル伝達が増強した被検体を処置する方法に関する。
【0005】
一実施形態では、本発明は、哺乳類ラパマイシン標的タンパク質(mTOR)のシグナル伝達が増強した被検体を処置する方法であって、Group I mGluRのシグナル伝達を活性化する少なくとも1種の化合物を含む組成物を被検体に投与するステップを含む方法である。
【0006】
特許請求の範囲に記載された方法の利点として、たとえば、有効性および生活の質を向上させ、かつ副作用が最小限にとなる可能性があり、それにより比較的長期間にわたる利用における忍容性が改善された形で、被検体の処置が行われることが挙げられる。本発明の方法は、mTORのシグナル伝達が増強した被検体の認知障害、学習障害、社会性障害、行動障害、言語障害、コミュニケーション障害および発達障害を、シナプス機能を正常化することにより処置する効果的な手段を提供し得る。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【図1】インスリンまたはBDNFなどの成長因子によるTSC1/2複合体の調節および機能のモデルを図示する。
【図2】正常なmTORの細胞シグナル伝達、増強されたmTORの細胞シグナル伝達、およびシナプス機能を図示する。
【図3A】Tsc2+/−マウスに欠けているmGluR−LTDのタンパク質合成依存的成分を図示する。
【図3B】Tsc2+/−マウスに欠けているmGluR−LTDのタンパク質合成依存的成分を図示する。
【図3C】Tsc2+/−マウスに欠けているmGluR−LTDのタンパク質合成依存的成分を図示する。
【図3D】Tsc2+/−マウスに欠けているmGluR−LTDのタンパク質合成依存的成分を図示する。
【図3E】Tsc2+/−マウスに欠けているmGluR−LTDのタンパク質合成依存的成分を図示する。
【図4A】野生型およびTsc2+/−マウスにおける海馬CA1領域の基礎シナプス伝達、および正常なNMDAR−LTDを図示する。
【図4B】野生型およびTsc2+/−マウスにおける海馬CA1領域の基礎シナプス伝達、および正常なNMDAR−LTDを図示する。
【図4C】野生型およびTsc2+/−マウスにおける海馬CA1領域の基礎シナプス伝達、および正常なNMDAR−LTDを図示する。
【図5A】過剰なmTOR活性は、mGluR−LTDのタンパク質合成依存的成分を抑制するが、これがmGluR5の増強により克服され得ることを図示する。
【図5B】過剰なmTOR活性は、mGluR−LTDのタンパク質合成依存的成分を抑制するが、これがmGluR5の増強により克服され得ることを図示する。
【図5C】過剰なmTOR活性は、mGluR−LTDのタンパク質合成依存的成分を抑制するが、これがmGluR5の増強により克服され得ることを図示する。
【図5D】過剰なmTOR活性は、mGluR−LTDのタンパク質合成依存的成分を抑制するが、これがmGluR5の増強により克服され得ることを図示する。
【図5E】過剰なmTOR活性は、mGluR−LTDのタンパク質合成依存的成分を抑制するが、これがmGluR5の増強により克服され得ることを図示する。
【図6A】mGluR5の正の調節が、Tsc2+/−マウスの文脈の弁別障害を回復させることを図示する。
【図6B】mGluR5の正の調節が、Tsc2+/−マウスの文脈の弁別障害を回復させることを図示する。
【図7】mGluRのシグナル伝達、mTORのシグナル伝達の変化、およびmGluR5のPAMの作用を図示する。
【図8】mGluRのシグナル伝達、mTORのシグナル伝達の変化、およびmGluR5のPAMの作用を図示する。
【発明を実施するための形態】
【0008】
本発明の特徴および他の詳細は、本発明のステップ、あるいは、本発明の部分の組み合わせのいずれかとして、特許請求の範囲でより詳細に記載および指摘される。本発明の特定の実施形態は、本発明の限定としてではなく例示として示されることが理解されよう。本発明の主な特徴は、本発明の範囲から逸脱しない範囲で種々の実施形態において利用することができる。
【0009】
一実施形態では、本発明は、哺乳類ラパマイシン標的タンパク質(mTOR)のシグナル伝達が増強した被検体を処置する方法であって、Group 1 mGluR5のシグナル伝達またはGroup 1 mGluR1のシグナル伝達の活性化などGroup I mGluRのシグナル伝達を活性化する少なくとも1種の化合物を含む組成物を被検体に投与するステップを含む、方法である。
【0010】
本明細書で使用する場合、mTORのシグナル伝達について「増強された」とは、細胞または被検体の通常レベルのmTORのシグナル伝達と比較してmTORのシグナル伝達が増強していることを意味する。
【0011】
mTORは、細胞増殖の調節に重要な役割を果たすセリン/トレオニンプロテインキナーゼである。mTORは、翻訳機構の活性化を制御することができるシグナル伝達を惹起し、その結果特定のmRNAの翻訳が起こる。mTORは、PI3キナーゼ/Aktシグナル伝達経路により、および、自己リン酸化を介して調節される。mTORが適切に調節されない(たとえば、活性が増強された)場合、TSCにおけるように腫瘍が発生することがある。
【0012】
mTORは、2つの異なる複合体として存在する。mTOR複合体1(mTORC1)は、mTOR、RaptorおよびGβL(mLST8)を含み、ラパマイシンにより阻害される。mTORC1は、成長因子、栄養素またはエネルギーの利用性に関する複数のシグナルを統合し、条件が好ましい場合に細胞の成長を促進したり、あるいは、ストレス時または成長条件が好ましくない場合に異化プロセスを促進したりする。インスリン様成長因子(ILGF)などの成長因子は、AktまたはERK1/2を活性化し、これが、たとえば、TSC2(すなわち、結節性硬化症2(TSC2)遺伝子がコードするタンパク質)を不活性化してTSC2によるmTORC1の阻害を防止することにより、mTORC1にシグナルを伝達する。あるいは、ATPレベルが低いと、TSC2のAMPK依存的な活性化が起こり、mTORC1のシグナル伝達が抑制される。アミノ酸の利用性のシグナルは、RaGタンパク質が関与する経路によりmTORC1に伝達される。活性なmTORC1は、下流標的、4E−BP1およびp70 S6キナーゼのリン酸化によるmRNAの翻訳、オートファジーの抑制、リボソームのバイオジェネシス、およびミトコンドリアの代謝または脂肪生成につながる転写の活性化など、いくつかの下流での生物学的作用を有する。
【0013】
mTOR複合体2(mTORC2)は、mTOR、Rictor、GβLおよびSin1を含む。mTORC2は、Aktの活性化により細胞生存を促進する。mTORC2はまた、PKCαおよびRho GTPaseからなる群から選択される少なくとも1つの要素を活性化することにより細胞骨格のダイナミクスも調節する。異常なmTORのシグナル伝達は、癌、循環器疾患および代謝障害など多くの病状に関与している。
【0014】
増強されたmTORのシグナル伝達については、mTORのシグナル伝達経路に関与したリン酸化細胞タンパク質標的のレベルを測定する、細胞のイムノアッセイのアッセイによりmTORのシグナル伝達を測定するAlphaScreen(登録商標)SureFire(登録商標)p−eIF4E Ser209キット;AlphaScreen(登録商標)SureFire(登録商標)Phospho−4EBP 1(Thr37/Thr46)キット;AlphaScreen(登録商標)SureFire(登録商標)Phospho−4EBP 1(Thr70)アッセイキット;AlphaScreen(登録商標)SureFire(登録商標)Phospho−mTOR(Ser2448)アッセイキット;AlphaScreen(登録商標)SureFire(登録商標)Phospho−mTOR(Ser2481)アッセイキット;AlphaScreen(登録商標)SureFire(登録商標)Phospho−p70 S6K(Thr229)アッセイキット;AlphaScreen(登録商標)SureFire(登録商標)Phospho−p70 S6K(Thr389)アッセイキット;AlphaScreen(登録商標)SureFire(登録商標)Phospho−p70 S6K(Thr421/Ser424)アッセイキット;AlphaScreen(登録商標)SureFire(登録商標)Phospho−S6 RP(Ser235/Ser236)アッセイキット、およびAlphaScreen(登録商標)SureFire(登録商標)Phospho−S6 RP(Ser240/Ser244)アッセイ(PerkinElmer(登録商標))などの市販されているキットを利用することにより評価することができる。
【0015】
mTORのシグナル伝達の増強は、たとえば、通常細胞内のmTOR活性を阻害するTSC1、TSC2およびPTENからなる群から選択される少なくとも1つの要素の少なくとも1つのタンパク質産物の非存在下で、mTORの阻害が除去された結果である場合がある(図2および図8を参照)。たとえば、TSC1、TSC2、PTEN、またはこれらのタンパク質をコードする遺伝子の突然変異の非存在下で、mTORのシグナル伝達は増強され、その結果、最終的にS6キナーゼが活性化される。ニューロンでは、mTORの細胞シグナル伝達の増強によりS6キナーゼが活性化すると、脆弱X精神遅滞タンパク質(FMRP)のリン酸化が起こり得、その結果、図2、図7および図8に図示するように、ニューロンにおけるタンパク質合成、特に樹状突起(シナプス後ニューロン)におけるタンパク質合成が抑制される。シナプス後ニューロンにおけるタンパク質合成の抑制は、Group I mGluRの活性化に応答したシナプス長期抑圧(LTD)を測定することにより評価することができる。mTORのシグナル伝達の増強の直接的または間接的な結果としてのFMRPのリン酸化は、シナプス後のタンパク質合成を抑制する場合があり、それに伴い、図2、図7および図8に図示したようにLTDが低下することがある。
【0016】
一実施形態では、本発明の方法により処置された、mTORのシグナル伝達が増強した被検体は、結節性硬化症(TSC)である。Group I mGluRアゴニストの投与は、シナプスのシグナル伝達を正常化し、それにより被検体を処置する。
【0017】
TSCは、TSC1またはTSC2遺伝子のどちらかのヘテロ接合性の稀な単一遺伝子突然変異(不活性化突然変異)により引き起こされる。TSC1遺伝子は、9番染色体上にあり、ハマルチン遺伝子と呼ばれる。TSC2遺伝子は、16番染色体上にあり、ツベリン遺伝子と呼ばれる。こうしたTSC1遺伝子およびTSC2遺伝子のタンパク質産物は、多くの組織型で腫瘍の抑制に関与する複合体を形成する。TSCにおいてこれらの遺伝子の一方または両方が不完全である場合、腫瘍が抑制されず、脳などのいくつかの器官で良性腫瘍(血管腫)が生じる。TSCは、6000人に約1人が罹患している。TSCのヒトの最大約90%は、癲癇に罹患し、約50%が精神遅滞(知能指数約<70)に罹患している(Joinson,C.,et al.,Psychol.Med.33:335−344(2003))。当業者であれば、確立された臨床基準を用いて被検体がTSCであるかどうかを評価できるであろう。たとえば、TSCの診断基準にされる主な症状として、顔面の血管線維腫または前頭部の結合織よりなる局面(forehead plaque);非外傷性の爪下または爪周囲の線維腫;3つを超える白斑;シャグリンパッチ(結合組織母斑);多発性の網膜の過誤腫;皮質結節(cortical tubera);脳室上衣下結節;脳室上衣下巨大細胞性星状細胞腫;心臓の横紋筋腫、単一または複数;リンパ管筋腫症(lymphangiomyomatosisb)および腎血管筋脂肪腫(renal angiomyolipomab)がある。TSCの診断基準にされる小症状として、歯エナメル質の多発性小腔;過誤腫性直腸ポリープ;骨シスト;大脳白質細胞移動線;歯肉の線維腫;腎以外の過誤腫;網膜無色素斑;散在性小白斑;および多発性腎嚢腫がある。最も確実なTSCの臨床診断は、2つの大症状、あるいは、1つの大症状と2つの小症状のどちらかを含む。
【0018】
臨床基準により被検体がTSCであることが示された場合、TSCの診断を確認するための分子遺伝子検査は市販されているものが利用できる。遺伝子検査は、TSC1遺伝子および/またはTSC2遺伝子の突然変異を検出する。
【0019】
TSC1およびTSC2のタンパク質産物は、哺乳類ラパマイシン標的タンパク質(mTOR)のシグナル伝達を阻害するグアノシン三リン酸活性化タンパク質(GAP)として機能する複合体を形成する。mTORは、S6キナーゼなどのタンパク質のセリンおよびトレオニン残基をリン酸化するホスホイノシチドキナーゼ関連キナーゼ(PIKK)ファミリーのメンバーである。S6キナーゼのリン酸化は、次に、ニューロンを含む細胞内のタンパク質合成を修飾する。
【0020】
ニューロンでは、TSC1および/またはTSC2の非存在下で、mTOR活性の抑制が除去される。活性化されたmTORは次に、S6キナーゼのリン酸化を行うことができる。本明細書に記載するように、TSCのよく知られたモデル、Tsc2+/−マウスでは、シナプスのタンパク質合成が減少し、長期抑圧(LTD)が抑制される。
【0021】
LTDは、シナプス強度のよく知られた指標であり、mGluR依存的タンパク質合成の機能情報(functional readout)である(Huber,K.M.,et al.,Science 288:1254−1257(2000))。タンパク質合成の調節は、脳を含む多くの器官および組織の正常な活動にとって極めて重要である。シナプス可塑性の長期的な維持には、新しいタンパク質の合成が不可欠である。シナプス強度の持続的な修飾は、学習および記憶の神経基盤である可能性がある。シナプスのタンパク質合成が不適切に調節されると、シナプス可塑性が変化し、学習、記憶および認知に悪影響を及ぼす。本明細書に記載するように、mTORの細胞シグナル伝達の増強は、シナプス後のタンパク質合成を抑制することができる(たとえば、LTDの抑制)。シナプスのタンパク質合成の低下は、mTORのシグナル伝達が増強した個体で観察される学習および認知障害に寄与し得る。本発明の方法は、TSCの被検体などmTORのシグナル伝達が増強した被検体のニューロンにおいて、mGluRの活性化によりタンパク質合成を亢進することでシナプスのタンパク質合成を正常化し、それによりmTORのシグナル伝達の増強と関連する認知および学習障害を持つ被検体を処置する。
【0022】
中枢神経系の機能障害はTSCを定義づける特徴であり、最も一般的な臨床的特徴の一部として精神遅滞、癲癇、自閉症、不安および気分障害がある(Prather,P.,et al.,J Child Neurol 19,666−74(2004))。TSCに関連して最も多く見られる2つの障害(disruption)は発作および精神遅滞であり、それぞれ患者の約90%および約50%で見られる(Shepherd,C.W.,et al.,AJNR Am J Neuroradiol 16,149−55(1995))。この障害の第3の主な特徴は、自閉症の発生率が高いことであり、自閉症の特徴は、TSC患者の25〜60%で認められ、TSCは、自閉症集団の1〜4%を占める(Wiznitzer,M.,et al.,J Child Neurol 19,675−9(2004))。現時点で、TSCの治療法はなく、この障害に関連する認知障害に対する処置も存在しない。
【0023】
TSCの電気生理学的障害および行動障害における皮質結節の役割は、不明である。一部の研究では、結節レベルと発作の事例とが相関することが示されている(Goodman,M.,et al.,J Child Neurol 12,85−90(1997))。しかしながら、いくつかの研究では、同様の関係が示されていない(Bolton,P.F.,et al.,Brain 125,1247−55(2002);およびWalz,N.C.,et al.,J Child Neurol 17,830−2(2002))。さらに、TSC患者の癲癇の切除組織の記録からは、興奮/抑制バランスは、皮質結節の外側のTSCの脳で、発作の発生が促進される方向に変化することが示唆されている(Wang,Y.,et al.,Ann Neurol 61,139−52(2007);およびGoorden,S.M.,et al.,Ann Neurol 62,648−55(2007))。マウスモデルから得られた新たな証拠からは、TSCに見られる認知障害は、神経解剖学的病変と分離して考えられ得ることが示唆されている(Kaufmann,R.,et al.,J Child Neurol 24,361−4(2009);およびEhninger,D.,et al.,Nat Med 14,843−8(2008))。近年、この考えは、癲癇および発育遅延に悩まされているものの、皮質結節の特徴がない、TSC2の突然変異が遺伝学的に証明されたTSC患者の症例により裏付けられている(Zhang,H.,et al.,J Clin Invest 112,1223−33(2003))。
【0024】
TSCで観察される認知障害の性質を理解し、この障害のより優れた処置剤を開発するには、分子/細胞レベルのTSC1遺伝子産物およびTSC2遺伝子産物の機能を理解しなければならない。TSC1遺伝子産物およびTSC2遺伝子産物は、十分に研究されたインスリン/成長因子−PI3キナーゼ−Akt細胞内シグナル伝達経路において主要な役割を果たすタンパク質複合体を形成する(Job,C.,et al.,Proc Natl Acad Sci USA 98,13037−42(2001);Todd,P.K.,et al.,Proc Natl Acad Sci USA 100,14374−8(2003);およびWeiler,I.J.,et al.,Proc Natl Acad Sci USA 90,7168−71(1993))(図1)。通常、TSC1/TSC2タンパク質複合体の主要な細胞機能の1つは、RasファミリーGTPase、Rhebを阻害することにより、タンパク質合成を制限することである。Rheb、およびその下流のエフェクターmTORは、タンパク質合成および細胞増殖の主要な調節因子として働く。脳および身体の多くの機能にとってタンパク質合成の調節が必要である。シナプス可塑性の長期的な維持には、新しいタンパク質の合成が不可欠である。シナプス強度の持続的な修飾は、学習および記憶の神経基盤であると考えられており、シナプスのタンパク質合成が不適切に調節されると、シナプス可塑性が変化し、学習、記憶および認知に悪影響を及ぼす(Gold,P.E.,et al.,Introduction.Neurobiol Learn Mem 89,199−200(2008))。調節不全のシナプスのタンパク質合成は、TSCに見られる学習障害および認知障害の極めて重要な因子であり得る。
【0025】
TSCのヒトと同様の認知障害および記憶障害を示す当該技術分野で知られたTSCの動物モデルTsc2+/−マウスを用いた本明細書に記載のデータは、脆弱Xノックアウト(KO)マウスと異なり、Gp1 mGluR依存的可塑性およびタンパク質合成の欠乏(低下)を示す。mGluR5活性の正の調節(アップレギュレーションまたは活性化)、およびmTOR活性の阻害は、可塑性の欠損を救出することができ(図2)、このことは、シナプスのタンパク質合成を正常化することにより、TSCの被検体の認知障害を処置する手段を示唆し得る。mGluR依存的可塑性およびタンパク質合成の変化は、TSCに見られる認知機能障害と因果関係があり、Group 1 mGluRアゴニストなどのGroup 1 mGluRを活性化する組成物と、mGluR5のPAMおよび/またはmGluR1のPAMなどのポジティブアロステリックモジュレーター(PAM)とを用い、本発明の方法によりmGluR5の機能を増強(増大)させると、TSCに見られるシナプス障害および行動障害が軽減することがある。
【0026】
別の実施形態では、mTORのシグナル伝達が増強した、本発明の方法により処置される被検体は、PTEN過誤腫症候群(PHTS)である。PTENとは、「ホスファターゼ・テンシン・ホモログ(phosphatase and tensin homolog)」をいう。PHTSは、身体の様々な部位を侵し得る多発性過誤腫を特徴とする一連の障害である。過誤腫は、身体の任意の部位を侵し得、病巣部位に通常認められる成熟細胞および組織からなる良性腫瘍様奇形を表す一般的な用語である。PHTSには、カウデン(Cowden)症候群(CS)、バナヤン・ライリー・ルバルカバ(Bannayan−Riley−Ruvalcaba)症候群(BRRS)、プロテウス(Proteus)症候群(PS)およびプロテウス(Proteus)様症候群がある。
【0027】
PHTSは、カウデン(Cowden)症候群(多発性過誤腫症候群とも呼ばれる)のほぼすべての症例、および一定割合のバナヤン・ライリー・ルバルカバ(Bannayan−Riley−Ruvalcaba)症候群、プロテウス(Proteus)症候群およびプロテウス(Proteus)様症候群の症例(すなわち、PTEN遺伝子の突然変異に関連する症例)を含む。
【0028】
カウデン(Cowden)症候群は、身体の様々な部位における多発性の、良性腫瘍に似た奇形(過誤腫)の発生を特徴とし、過小診断される遺伝性障害である。また、罹患する個体は、ある種の癌、特に乳房、甲状腺および子宮内膜の癌の素因がある。カウデン(Cowden)症候群の個々の症状は、症例によって異なる。
【0029】
バナヤン・ライリー・ルバルカバ(Bannayan−Riley−Ruvalcaba)症候群は、異常に大きい頭(大頭症)、腸における多発性の良性増殖(過誤腫性ポリープ)の発生(腸ポリポーシス)、脂肪組織(脂肪腫)からなる皮膚直下の良性腫瘍、および出生前後の過剰成長を特徴とする。
【0030】
プロテウス(Proteus)症候群は、身体の様々な部分の不釣合いな過成長を特徴とする稀で複雑な成長障害である。ほとんどの場合、骨、皮膚、中枢神経系および眼の組織ならびに結合組織が侵される。
【0031】
プロテウス(Proteus)様症候群は、プロテウス(Proteus)症候群の特徴が著しいものの、プロテウス(Proteus)症候群、カウデン(Cowden)症候群、およびバナヤン・ライリー・ルバルカバ(Bannayan−Riley−Ruvalcaba)症候群の特定の診断基準を満たしてない個体を説明するのに使用される。
【0032】
PHTSは、染色体10上のq23.3に位置する常染色体優性の腫瘍抑制因子遺伝子、PTEN遺伝子の突然変異により生じる常染色体優性形質として遺伝する。PTENは、ヒトでは、PTEN遺伝子がコードするタンパク質である。PTENは、細胞周期停止およびアポトーシスを媒介する。PTEN遺伝子のコピーの両方が細胞内で変化すると、その影響を受けた細胞は、制御不能に分裂し、プログラムされた細胞死を免れることができる。これらの異常細胞は、蓄積し、PHTSを特徴付ける過誤腫を形成し得る。
【0033】
PTEN遺伝子がコードするタンパク質は、ホスファチジルイノシトール−3,4,5−三リン酸3−ホスファターゼである。これは、二重特異性タンパク質チロシンホスファターゼに類似したテンシン様ドメインおよび触媒ドメインを含む。PTEN遺伝子がコードするタンパク質は、大部分のタンパク質チロシンホスファターゼと異なり、ホスホイノシチド基質を優先的に脱リン酸化し、細胞内のホスファチジルイノシトール−3,4,5−三リン酸の細胞内レベルを負に調節し、それによりAkt/PKBシグナル伝達経路を負に調節することによって腫瘍抑制因子として働く。
【0034】
PHTS障害の予備診断は、当業者に公知であり、本明細書に一般に記載の、個体における一定数および一定種の臨床的特徴の存在に基づき行うことができる。PHTSの最終的な診断は、PTEN遺伝子の変化を遺伝子検査により確認する際に行われる。PTEN遺伝子の遺伝的突然変異に関する市販の検査が、たとえば、Ambry Genetics,Aliso Viejo,CA(THE AMBRY TEST(登録商標))で利用できる。PTEN遺伝子の突然変異およびそのタンパク質産物を評価する遺伝子検査。
【0035】
TSC1遺伝子および/またはTSC2遺伝子の突然変異と同様に、PTEN遺伝子産物の突然変異も、図2に図示したように、mTORの細胞シグナル伝達を増強し、それに伴い、たとえば、S6キナーゼの活性化によりFMRPをリン酸化し、シナプスのタンパク質合成およびシナプス機能を抑制する場合がある。mTOR活性は、PTEN遺伝子、TSC1遺伝子およびTSC2遺伝子のタンパク質産物などの阻害分子の存在下で、阻害され(図2の「X」で示す)、その結果、脆弱X精神遅滞タンパク質(FMRP)の阻害、ひいては、正常なシナプス後のタンパク質合成が行われ得る。mTORのシグナル伝達を阻害する分子、または正常なmTORのシグナル伝達を維持する分子の非存在下で、mTORのシグナル伝達は増強され得、FMRPがリン酸化により活性化され、FMRPの活性化により正常なシナプスのタンパク質合成が抑制される。これが、mTORのシグナル伝達の増強と関連する認知障害および行動障害に寄与する可能性がある。シナプス機能の最適化には、最適なタンパク質合成が極めて重要であり、シナプス後のタンパク質合成がmTORの細胞シグナル伝達の増強により抑制される場合、Group I mGluRのポジティブアロステリックモジュレーター(PAM)を含むGroup I mGluRのシグナル伝達を活性化する化合物により、これを正常化することができる。
【0036】
さらなる実施形態では、本発明の方法により処置される被検体は、シナプス後ニューロン、特に、ニューロンのグルタミン酸シグナル伝達に関与する樹状突起のLTDが抑制された被検体を含み得る。同様に、本発明の方法により処置される被検体は、Group I mGluRアンタゴニスト、Group I mGluRネガティブアロステリックモジュレーター(NAM)、またはGroup I mGluRの細胞シグナル伝達を他の方法で不活性化または抑制する化合物に反応しない、あるいは、処置できない被検体を含み得る。
【0037】
別の実施形態では、本発明の方法により処置される被検体は、自閉症のあるTSCの被検体など、mTORの細胞シグナル伝達の増強を特徴とする自閉症スペクトラム障害の被検体を含み得る。
【0038】
自閉症スペクトラム障害は、コミュニケーション能力、他者との関係を形成する能力、および環境に適切に反応する能力が侵される発達障害である。自閉症スペクトラム障害の個体には、言語および知能が正常な範囲内にある高機能自閉症の個体もいれば、非言語的であり得る、および/または、様々な程度の精神遅滞を呈し得る個体もいる。自閉症スペクトラム障害は、特発性自閉症(たとえば、原因不明の自閉症)を含んでもよい。当業者であれば、たとえば、Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders(DSMMD)(4th ed.,pp.70−71) Washington,D.C.,American Psychiatric,1994に記載されたよく知られた臨床基準を利用して、自閉症スペクトラム障害の個体を診断できるであろう。
【0039】
一実施形態では、Group 1 mGluRを活性化する、本発明の方法に利用される化合物として、Group 1 mGluRアゴニストが含まれる。別の実施形態では、Group 1 mGluRを活性化する本発明の方法に利用される化合物として、Group 1 mGluRのポジティブアロステリックモジュレーター(PAM)がある。
【0040】
代謝型(metabotrophic)グルタミン酸受容体(mGluR)は、局所的にシナプスのタンパク質合成調節することができるグルタミン酸Gタンパク質共役型受容体の異種ファミリーである(Job,C.,et al.,Proc Natl Acad Sci USA 98,13037−42(2001);Todd,P.K.,et al.,Proc Natl Acad Sci USA 100,14374−8(2003);およびWeiler,I.J.,et al.,Proc Natl Acad Sci USA 90,7168−71(1993))mGluRは、3つのグループに分類される。Group 1(Gp1)受容体(mGluR1およびmGluR5)は、共役してホスホリパーゼCを刺激し、ホスホイノシチド加水分解および細胞内カルシウムレベルの上昇、イオンチャネル(たとえば、カリウムチャネル、カルシウムチャネル、非選択的カチオンチャネル)およびN−メチル−D−アスパルテート(NMDA)受容体の調節を行うことができる。mGluR5は、シナプス後ニューロンに存在し得る。mGluR1は、シナプス前ニューロンおよび/またはシナプス後ニューロンに存在し得る。Group 2受容体(mGluR2およびmGluR3)およびGroup 3受容体(mGluR4、6、7および8)は、cAMPの形成、およびGタンパク質活性化内向整流カリウムチャネルを阻害する。Group 2 mGluRおよびGroup 3 mGluRは、アデニリルシクラーゼと負に共役し、一般にシナプス前ニューロンに存在するが、シナプス後ニューロンに存在することもあり、シナプス前ニューロンからのグルタミン酸の放出を抑えるシナプス前自己受容体として働く。グルタミン酸は、脳における主要な興奮性神経伝達物質であり、グルタミン酸受容体は、脳に広く発現する。
【0041】
mGluR依存的な翻訳は、学習および記憶に重要であることが知られている脳の領域、海馬におけるある種の長期抑圧(LTD)などシナプス可塑性の形態に一定の役割を果たすことができる。海馬のLTDのこうした形態は、mGluR5に依存しており、迅速なタンパク質合成を必要とする(Huber,K.M.,et al.,Proc Natl Acad Sci USA 99,7746−50(2002);Huber,K.M.,et al.,Science 288,1254−7(2000))遺伝的突然変異に起因し、精神遅滞および自閉症を呈する脆弱X症候群のマウスモデルでは、mGluRによるLTDが増強される。
【0042】
TSCなどmTORのシグナル伝達が増強した状態を処置するため本発明の方法に利用される組成物は、mGluRのシグナル伝達を活性化する。本明細書で使用する場合、mGluRのシグナル伝達について「活性化する」とは、組成物が、代謝型(metabotrophic)グルタミン酸受容体により細胞シグナル伝達を促す、促進する、または増強することを意味する。mGluRを活性化する組成物として、たとえば、mGluRアゴニストおよびmGluRのポジティブアロステリックモジュレーターからなる群から選択される少なくとも1つの要素がある。
【0043】
mGluRアゴニスト(たとえば、Group 1 mGluRアゴニスト、mGluR1アゴニスト、mGluR5アゴニスト)は、リガンド(たとえば、グルタミン酸)の作用を模倣しており、それによりmGluR1および/またはmGluR5を活性化する。mGluRアゴニストは、たとえば、競合的にまたは非競合的に(たとえば、アロステリックに)リガンド結合を活性化することにより、リガンド−受容体相互作用のレベルで作用してもよい。mGluRアゴニスト(たとえば、mGluR1アゴニスト、mGluR5アゴニスト)は、たとえば、化学的なアゴニストでも、または薬物動態学的なアゴニストでもよい。mGluRアゴニストは、PLCの活性化、細胞内カルシウムの増加、cAMPもしくはアデニルシクラーゼの産生またはレベル、およびイオンチャネル(たとえば、カリウムチャネル、カルシウムチャネル)の刺激もしくは調節など、たとえば、Gタンパク質と受容体の相互作用、またはGタンパク質活性化に関連するその後の細胞シグナル伝達事象を活性化することにより、受容体の下流で作用してもよい。
【0044】
本発明に使用される例示的なmGluRアゴニストとして、式I〜IIIの少なくとも1種の化合物を挙げることができる。
【0045】
Group 1選択的アゴニスト(mGluR1、mGluR5)であるキスカル酸/L−クシクアレート(式I)(Tocris,Sigma)((L)−(+)−a−アミノ−3,5−ジオキソ−1,2,4−オキサジアゾリン−2−プロパン酸)(Brauner−Osborne,H.,et al.,Br J Pharmacol,123(2):p.269−74(1998);Watkins,J.C.,et al.,Trends Pharmacol Sci,11(1):p.25−33(1990);Watkins,J.C.,et al.,Adv Exp Med Biol,268:p.49−55(1990))。
【化1】
【0046】
Group 1選択的アゴニスト(mGluR1、mGluR5)である(S)−3,5−DHPG(式II)(Tocris,Sigma)((S)−3,5−ジヒドロキシフェニルグリシン)(Schoepp,D.D.,et al.,J Neurochem,.63(2):p.769−72(1994);Contractor,A.,et al.,Proc Natl Acad Sci USA,95(15):p.8969−74(1998);Wisniewski,K.,et al.,CNS Drug Rev,8(1):p.101−16(2002))。
【化2】
【0047】
mGluR5アゴニストであるCHPG(式III)(Tocris,Sigma)((RS)−2−クロロ−5−ヒドロキシフェニルグリシン)(Doherty,A.J.,et al.,Neuropharmacology,36(2):p.265−7(1997))。
【化3】
【0048】
mGluRのポジティブアロステリックモジュレーター(PAM)、特にGroup 1 mGluRのPAMは、mGluRの7回膜貫通ドメインのアロステリック部位への結合によりリガンド(たとえば、グルタミン酸)に対するmGluRの感受性を高めることによってmGluRを間接的に活性化する。
【0049】
本発明の方法に使用される例示的なmGluR5のPAMとして、下記(式IV〜XII)の少なくとも1種の化合物を挙げることができる。
【0050】
mGluR5のPAMであるDFB(式IV)(Sigma,Tocris)([(3−フルオロフェニル)メチレン]ヒドラゾン−3−フルオロベンザルデイード)(O’Brien,J.A.,et al.,Mol Pharmacol,64(3):p.731−40(2003))。
【化4】
【0051】
mGluR5のPAMであるCPPHA(式V)(Sigma)(N−{4−クロロ−2−[(1,3−ジオキソ−1,3−ジヒドロ−2H−イソインドール−2−イル)メチル]フェニル}−2−ヒドロキシ/ベンズアミド)(O’Brien,J.A.,et al.,J Pharmacol Exp Ther,309(2):p.568−77(2004))。
【化5】
【0052】
mGluR5のPAMであるCDPPB(式VI)(Tocris,Calbiochem)(3−シアノ−N−(1,3−ジフェニル−1H−ピラゾール−5−イル)ベンズアミド)(Ayala,J.E.,et al.,Neuropsychopharmacology,34(9):p.2057−71(2009);Uslaner,J.M.,et al.,Neuropharmacology,57(5−6):p.531−8(2009);Kinney,G.G.,et al.,J Pharmacol Exp Ther,313(1):p.199−206(2005);Lindsley,C.W.,et al.,J Med Chem,47(24):p.5825−8(2004))。
【化6】
【0053】
mGluR5のPAMであるVU−29(式VII)(4−ニトロ−N−(1,3−ジフェニル−1H−ピラゾール−5−イル)ベンズアミド)(Ayala,J.E.,et al.,Neuropsychopharmacology,34(9):p.2057−71(2009);Chen,Y.,et al.,Mol Pharmacol,71(5):p.1389−98(2007);de Paulis,T.,et al.,J Med Chem,49(11):p.3332−44(2006))。
【化7】
【0054】
mGluR5のPAMであるADX47273(式VIII)([S−(4−フルオロ−フェニル)−{3−[3−(4−フルロ−フェニル)−[1,2,45]オキサジアゾール−5−イル]−ピペリジン−1−イル}−メタノン])(Liu,F.,et al.,J Pharmacol Exp Ther,327(3):p.827−39(2008))。
【化8】
【0055】
本発明の方法に使用される例示的なmGluR1のPAMとして、下記(式IX〜XII)の少なくとも1種の化合物を挙げることができる。
【0056】
mGluR1のPAMであるRo 67−7476(式IX)((S)−2−(4−フルオロフェニ)−1−(トルエン−4−スルホニル)ピリジン)(Wisniewski,K.,et al.,CNS Drug Rev,8(1):p.101−16(2002);Doherty,A.J.,et al.,Neuropharmacology,36(2):p.265−7(1997);Knoflach,F.,et al.,Proc Natl Acad Sci USA,98(23):p.13402−7(2001))。
【化9】
【0057】
mGluR1のPAMであるRo 67−4853(式X)(ブチル(9H−キサンテン−9−カルボニル)カルバメート)(Wichmann,J.,et al.,Farmaco,.57(12):p.989−92(2002))。
【化10】
【0058】
mGluR1のPAMであるRo 01−6128(式XI)(ジフェニルアセチル−カルバミン酸エチルエステル)(Wichmann,J.,et al.,Farmaco,.57(12):p.989−92(2002))。
【化11】
【0059】
mGluR1のPAMであるVU−71(式XII)(4−ニトロ−N−(1,4−ジフェニル−1H−ピルゾール−5−イル)ベンズアミド)(Hemstapat,K.,et al.,Mol Pharmacol,70(2):p.616−26(2006))。
【化12】
【0060】
一実施形態では、本発明の方法により処置される、TSCの被検体などmTORのシグナル伝達が増強した被検体は、自閉症でもある。
【0061】
本発明の方法により処置される被検体は、ヒト(「患者」ともいう)を含む。本発明の方法により処置されるヒトは、子供であってもよい。子供は、乳児期および青年期を含むどのような年齢でも処置することができる。本発明の方法により処置されるヒトは、成人(18歳を超える)でも、高齢者(65歳を超える)でもよい。
【0062】
本発明の方法により処置される被検体は、注意、実行機能、反応時間、学習、情報処理、概念的理解、問題解決、語流暢性、または記憶(たとえば、記憶固定、短期記憶、作業記憶、長期記憶、陳述記憶または手続き記憶)の障害など認知障害を持っていてもよい。
【0063】
本明細書に記載の方法により処置される認知機能の障害は、受容可能な感覚刺激または感情刺激の全体から、所与の時点に集中して最も適切もしくは望ましい刺激を選別する能力またはプロセスである注意の障害であってもよい(Kinchla,R.A.,et al.,Annu.Rev.Psychol.43:711−742(1992))。認知プロセスの障害は、意志決定、計画、自発性、優先順位付け、順序付け、運動制御、情動制御、抑制、問題解決、計画、衝動制御、目標設定、行為の結果の監視、および自己修正などの神経心理学的な機能である実行機能の障害であってもよい(Elliott,R.,Br.Med.Bull.65:49−59(2003))。認知障害は、用心深さ、覚醒、覚醒状態、不眠、および反応時間の情報処理、概念的理解、問題解決、ならびに/または語流暢性の障害であってもよい。当業者であれば、Reyの聴覚言語学習検査(RAVLT:Rey Auditory and Verbal Learning Test);子供の記憶尺度(CMS:Children’s Memory Scale);文脈記憶検査(Contextual Memory Test);連続認識記憶検査(CMRT:Continuous Recognition Memory Test);姓名関連性(First−Last Name Association)(Youngjohn J.R.,et al.,Archives of Clinical Neuropsychology 6:287−300(1991));Wechsler記憶評価尺度改訂版(Wechsler Memory Scale−Revised)(Wechsler,D.,Wechsler Memory Scale−Revised Manual,NY,NY,The Psychological Corp.(1987));認知薬物研究(CDR:Cognitive Drug Research)のコンピューター機能検査(Computerized Assessment Battery)−Wesnes;Buschkeの選択的想起検査(Selective Reminder Test)(Buschke,H.,et al.,Neurology 24:1019−1025(1974));電話ダイヤル検査(Telephone Dialing Test);および簡易視空間記憶検査−改訂版(Brief Visuospatial Memory Test−Revised)などよく知られた検査を利用して、個体の認知機能の障害を特定し、評価できるであろう。
【0064】
一実施形態では、本発明の方法により処置される被検体は、聴原発作および癲癇発作からなる群から選択される少なくとも1種の発作性疾患などの発作性疾患である。
【0065】
発作性疾患は、脳における異常な電気伝導によって起こり、筋肉の不随意筋運動、感覚障害(disturbance)、および意識変容など一過性の神経症状が突然発生することがある。発作性疾患は、発作が脳の特定の領域に限局している(部分起始または焦点性起始発作)か、あるいは、脳全体に分布している(全般発作)かどうかに基づき分類することができる。部分発作はさらに、意識が影響を受けた程度により分類される(単純部分発作および複雑部分発作)。意識に影響が見られない場合が、単純部分発作であり、そうでない場合は、複雑部分発作である。部分発作は、脳内に広がる場合があり、これを二次性全般化という。全般発作は、身体への影響により分類されるが、全般発作はどれも意識消失を伴う。こうした発作として、欠神発作、ミオクローヌス発作、間代発作、強直発作、強直間代発作および脱力発作がある。混合発作は、同じ患者に全般発作および部分発作の両方が存在するものと定義される。聴原発作は、音、たとえば、突然の音または大きな音により引き起こされ得る。癲癇発作は、癲癇において起こる、反復性無熱発作を特徴とする一般的な慢性神経障害である。
【0066】
本発明の方法に利用される、mGluRを活性化する組成物は、約0.1mg/kg体重〜約1mg/kg体重;約1mg/kg体重〜約5mg/kg体重;または約5mg/kg体重〜約15mg/kg体重の用量で投与してもよい。組成物は、約0.01mg、約0.05mg、約0.1mg、約0.5mg、約1mg、約2mg、約10mg、約25mg、約50mg、約100mg、約200mg、約250mg、約300mg、約400mg、約500mg、約600mg、約700mg、約900mg、約1000mg、約1200mg、約1400mg、約1600mg、約2000mg、約500mg、約10,000mg、約50,000mg、または約100,000mgの用量で投与してもよい。組成物は、1日1回投与しても、または1日複数(たとえば、2、3、4、5)回投与してもよい。
【0067】
本発明の方法に利用される化合物は、被検体の特定の障害または状態の処置に利用される他の化合物の投与と共に(たとえば、前に、同時に、連続的にまたは後に)被検体に投与することができる。たとえば、本発明の組成物は、抗不安処置剤および抗発作処置剤からなる群から選択される少なくとも1種の要素と共に投与してもよい。
【0068】
本発明の方法に利用される組成物は、被検体に急性(短時間または短期間)投与しても、または慢性(長時間または長期間)投与してもよい。
【0069】
本発明の方法により処置される、mTORのシグナル伝達が増強した被検体はまた、知能または精神遅滞が平均より低くてもよい。知能とは、問題について思考、学習および解決する被検体の能力をいう。mTORのシグナル伝達が増強した精神遅滞の被検体は、学習するのが困難な場合があり、コミュニケーションの方法など社会的能力を学習するのに長い時間を要することがあり、自己を管理する、あるいは、成人として1人で生活する能力が低い可能性がある。
【0070】
本発明の方法に利用される組成物は、複数の投与経路(たとえば、筋肉内、経口、鼻腔内、吸入、局所、経皮)により被検体、特にヒトに投与してもよい。本発明の方法に利用される組成物(たとえば、mGluRアゴニスト、mGluRのPAM)は、単独で投与して、あるいは、通常の賦形剤、たとえば、被検体に投与される化合物)と有害な反応を起こさない、経腸適用または非経口適用に好適な薬学的にもしくは生理学的に許容可能な有機または無機キャリア物質との混合物として投与してもよい。好適な薬学的に許容されるキャリアとして、水、塩溶液(リンゲル液など)、アルコール、油、ゼラチン、およびラクトース、アミロースまたはデンプンなどの炭水化物、脂肪酸エステル、ヒドロキシメチセルロース、およびポリビニルピロリジンが含まれる。こうした調製物は滅菌し、必要に応じて、本発明の方法に利用される化合物と有害な反応を起こさない滑沢剤、防腐剤、安定剤、湿潤剤、乳化剤、浸透圧に影響を与える塩、緩衝液、着色物質および/または芳香物質、ならびに同種のものなどの助剤と混合してもよい。調製物はまた、所望の場合、代謝分解を抑えるため他の活性物質と組み合わせてもよい。本発明の方法に利用される組成物は、単独でまたは混合物と組み合わせて、所望の効果を得る(たとえば、認知を改善する)ため、単回投与しても、または一定期間にわたり2回以上投与(反復投与)してもよい。
【0071】
非経口適用が必要または所望である場合、本発明の方法に利用される化合物に特に好適な混合物は、注射用滅菌溶液、好ましくは油性または水性溶液のほか、懸濁液、エマルジョン、または坐剤などの植込錠がある。特に、非経口投与のキャリアとして、デキストロース水溶液、食塩水、純水、エタノール、グリセロール、プロピレングリコール、ピーナッツ油、ゴマ油、ポリオキシエチレンブロックポリマー、および同種のものがある。アンプル剤は、都合のよい単位用量剤(unit dosages)である。本発明の方法に使用される化合物はまた、リポソームに組み込んでも、または経皮ポンプまたはパッチにより投与してもよい。本発明に使用するのに好適な医薬品混合物は、当業者によく知られており、たとえば、Pharmaceutical Sciences(17th Ed.,Mack Pub. Co.,Easton,PA)および国際公開第96/05309号パンフレットに記載されている。
【0072】
被検体に投与される投与量および頻度(単回投与または反復投与)は、認知障害、精神遅滞、自閉症および発作性疾患の重症度など状態の重症度;組成物の投与経路;年齢、性別、健康および体重、併用処置の種類(たとえば、行動変容、抗痙攣薬)、たとえば、発作性疾患、認知機能の障害の合併症;または他の健康に関連する問題など様々な因子によって異なってもよい。他の治療レジメンまたは治療薬を本発明の方法と併用してもよい。たとえば、本発明の方法に利用される組成物の投与に、行動変容および抗発作薬を併用してもよい。確立された投与量(たとえば、頻度および持続期間)の調整および操作については、十分に当業者の能力の範囲内である。
【0073】
本明細書では、mGluRアゴニストまたはmGluRのPAMなど、Group 1 mGluRのシグナル伝達を活性化する組成物の量をいう場合、「有効量」は、「治療有効量」ともいい、被検体に投与した場合、薬効に十分な化合物、組成物、mGluRアゴニストまたはmGluRのPAMの量または用量(たとえば、行動または認知スコアの臨床的改善を示す;発作性疾患緩和するのに十分な量)を意味する。
【0074】
本発明の方法に利用される化合物の実験的評価は、本明細書に記載するような野生型マウスとTsc2+/−マウスとの比較などの前臨床技術を用いて行うことができる。たとえば、文脈的恐怖条件付け、モリス水迷路課題、眼優位可塑性の評価、および5−選択反応時間課題を利用することができる。
【0075】
文脈的恐怖条件付けは、海馬依存的な学習の一般的な指標である。最近の研究では、文脈性恐怖条件付け課題で訓練されたTsc2+/−マウスは、訓練された文脈と新規な文脈とを弁別する能力が欠損していることが示された(Ehninger,D.,et al.,Nat Med 14,843−8(2008))。
【0076】
モリス水迷路課題は、海馬依存的学習のもう1つの確立された尺度である。mTORのシグナル伝達が増強した被検体は、この課題の実行に障害がある可能性がある。文脈的恐怖条件付け課題の場合と同様、このパラダイムは、mTORのシグナル伝達が増強した被検体における電気生理学的障害と行動障害との間の関係と、これらの障害におけるmTORのシグナル伝達とmGluRのシグナル伝達との間の関係のもう1つの尺度となる。モリス水迷路課題において、mGluR5のPAMによる処置が、mTORのシグナル伝達が増強したマウスの成績を高める能力は、以前に記載されたように判定することができる(Ehninger,D.,et al.,Nat Med 14,843−8(2008))。
【0077】
簡単に説明すると、野生型、およびmTORのシグナル伝達が増強したマウス(8〜12週齡)を、モリス水迷路の隠されたプラットフォーム版により、1日4試行、5日間連続でトレーニングを行って訓練することができる。逃避プラットフォームは、一定の位置の水面下1cmに隠されている。マウスは、いくつかの地点の1つからプールに入れる。訓練試行は、マウスがプラットフォームに到達するか、あるいは、約60秒が経過したときに終了する。マウスは、約15秒間プラットフォーム上でそのままにし、その後プールから出す。訓練が終了したら、プラットフォームを取り除いてある間にプローブ試行を行ってもよい。空間学習は、プローブ試行における象限の滞在時間および標的横断回数により評価される。
【0078】
Group 1 mGluRのシグナル伝達を活性化する組成物の注射は、各訓練セッションの30分前に毎日投与してもよい。プローブ試行の日には、注射を投与しなくてもよい。4群(野生型+ビヒクル、増強されたmTOR+ビヒクル、野生型+薬剤、および増強されたmTOR+薬剤)を評価すればよい。実験はすべて、遺伝子型をブラインドにして行い、遺伝子型および処置のヨークト・コントロールを含む。
【0079】
視覚野は、皮質回路および機能の経験依存的発達の確立されたモデルである。近年、マウスは、これらの研究に好まれる種になっており、視覚野可塑性の機構の理解がかなり進んでいる。短期間の単眼遮蔽(MD)では、遮蔽眼に対して興奮性シナプス伝達が最初に起こり、その後遮蔽されていない眼に対して代償性のシナプス増強が起こる(Frenkel,M.Y.,et al.,Neuron 44,917−23(2004))。短期間の単眼遮蔽(MD)に対する正常な皮質応答は、LTD、長期増強(LTP)、メタ可塑性、シナプスのホメオスタシスのほか、抑制性および構造可塑性の機構に関与している(Smith,G.B.,et al.,Philos Trans R Soc Lond B Biol Sci 364,357−67(2009))。さらに、視覚野応答は、知覚学習の機構を明らかにすると考えられる現象である選択的視覚経験の後に増強され得る。(Frenkel,M.Y.,et al.,Neuron 51,339−49(2006))。遺伝的に定義された脳発達障害、脆弱X症候群(Dolen,G.,et al.,Neuron 56,955−62(2007))およびアンジェルマン症候群(Yashiro,K.,et al.,Nat Neurosci 12,777−83(2009))などのマウス視覚野モデルを用いることにより、治療上重要な知見が既に得られている。こうしたアッセイは、皮質シナプス可塑性においてmTORのシグナル伝達が増強した任意の障害マウスの特徴付けを行い、そうした障害に対するGroup 1 mGluRのPAMなどのGroup 1 mGluRの活性剤による処置の作用を評価することができる。
【0080】
視覚野可塑性は、視覚野可塑性を高度に理解することにより、マウスでモデル化できる遺伝性障害におけるシナプスの病態生理学を明らかにする好適なモデルとなる。ODの変化はMD後に加速すると見られることから、mTORのシグナル伝達を単に抑制することにより、「過剰な可塑性(hyperplasticity)」が著しく修正され得ることが示唆される。
【0081】
視覚誘発電位(VEP)は、MDの1日後、3日後および7日後に生じる。短期間のMDでは、遮蔽眼の応答が選択的に抑制され、1日で明確になり、3日で漸近線に達する。このため、これらの遮蔽プロトコルから、シナプス抑制の速度および量が測定される。MDから7日目に、遮蔽されていない眼から代償性のシナプス増強が起こる。VEPは、視機能の高感度の指標であり、ベースライン視力およびコントラスト感度の測定に使用することができる。このアプローチは、単一神経記録などの他の記録方法、および変異マウスの視覚野および受容野特性の全体的な構造を評価するための光学イメージングと共に利用してもよい。VEPの記録では、50mg/kgのケタミンおよび10mg/kgのキシラジンで動物を腹腔内麻酔しながら、皮質表面下約450μmの両眼の視覚野にタングステン微小電極を刺入し、前頭前皮質の両側に参照電極を設置する。単眼遮蔽には、縫合糸を使用する。イソフルオランで麻酔後、目蓋をトリミングし(trimmed)、3針縫って、目蓋全体を閉鎖する。
【0082】
マウスは、縫合した眼が完全に閉じられており、感染していないことを確認するため、毎日モニターする。遮蔽から3日後、縫い目を取り、眼を食塩水でフラッシュする。刺激は、コントラスト0%および100%の全視野(full−field)正弦波格子、1Hzで反転した矩形波(square reversing at 1 Hz)から構成され、コンピューターモニターに0.05cycles/degreeで提示する。VEPは、水平バー(bar)または垂直バー(bar)のどちらかにより誘発される。ディスプレイは、マウスの前方20cmに配置し、正中を中心とすることで、視野の92°×66°を占める。VEPの記録は、覚醒している頭部固定マウスを用いて行う。動物は、記録中、警戒して静止している。視覚刺激は、左右の眼にランダムに提示する。各条件につき、合計約100〜約200の刺激を提示する。VEPの振幅は、ピークツーピーク応答の振幅を測定することにより定量し、データは、0日目の同側眼の値に正規化する。統計解析は、MANOVA(登録商標)を用いて行い、遺伝子型の主効果が観察された場合、続いて事後解析を行う。
【0083】
覚醒しているマウスでは、単一方位でコントラスト反転正弦波格子刺激を毎日提示すると、そうした刺激により誘発されたVEPの特定の増強作用、SRP(「刺激選択的応答増強作用(stimulus−selective response potentiation)」)と呼ばれる現象が起こる。SRPは、ヒト知覚学習のいくつかの形態で記載された特性と類似の特性を共有する(Karni,A.,et al.,Curr Opin Neurobiol 7,530−5(1997))。機構的には、この自然発生的なシナプス強度の増強は、入力特異的、NMDA受容体依存的、速やかに誘発される、飽和性、持続性、およびタンパク質合成依存的であるため、長期増強(LTP)といくつかの特性を共有する(Frenkel,M.Y.,et al.,Neuron 51,339−49(2006))。
【0084】
確立された技術により、mTORのシグナル伝達が増強したマウスが知覚学習を行う能力を評価することができ、皮質シナプスの強化の自然発生的形態に何らかの障害があるかどうかを判定することが可能である。SRPに何らかの障害が確認された際に、こうした障害は、本明細書に記載の方法により特定することができる。これらの薬理学的な救出実験におけるSRPの主な利点は、視覚経験の短時間のエピソードによりシナプス修飾が誘発され、1時間以下持続することである。このため、SRPは、長期処置を要すると考えられる眼優位可塑性と異なり、被検化合物の急性注入により操作することができる。SRPは、ヒトで類似(analagous)現象が観察されている(Ross,R.M.,et al.,Brain Res Bull 76,97−101(2008))。
【0085】
視覚野の記録電極の長期刺入、および記録装置への馴化は、上記のように実施することができる。動物には、1Hzの固定時間周波数(fixed temporal frequency of presentation of 1 Hz)と同位相で交互する、固定方位の正弦波格子刺激(約0.05cyc/deg、コントラスト100%)の曝露を毎日施す。日々の各訓練セッションにおいて、視覚刺激(約400刺激)を両眼にランダムに、さらに左眼および右眼に提示する。視覚刺激の提示は、SRPが飽和するまで毎日行う。SRPの飽和は、野生型動物では、4〜5日以内に起こることが明らかになっている(Frenkel,M.Y.,et al.,Neuron 51,339−49(2006))VEP振幅は、前述のようにトラフからピークまでの応答振幅を測定することにより定量する。パターン視覚刺激により誘発されない活性を測定するため、コントラスト0%の刺激に対する応答も収集する。
【0086】
野生型コントロールと比較してmTORのシグナル伝達が増強したマウスのSRPに差が存在する場合、被検体に、本発明の方法に利用される組成物または適切なビヒクルを腹腔内に投与してもよい。注射は、選択的視覚経験の約30〜約120分前に行い、約24時間後に応答の増強を評価する。実験群(野生型+ビヒクル、増強されたmTOR+ビヒクル、野生型+薬剤、および増強されたmTOR+薬剤)は、本明細書に記載するように評価する。実験はすべて、遺伝子型をブラインドにして行い、遺伝子型および処置のヨークト・コントロールを含む。
【0087】
TSCのmTORのシグナル伝達の増強と関連する認知障害は、実行−注意機能の障害を含む(Prather,P.,et al.,J Child Neurol 19,666−74(2004);およびGillberg,I.C.,et al.,Dev Med Child Neurol 36,50−6(1994))。実行機能とは、注意、抑制制御、および認知的柔軟性に関係する一連の認知能力をいう。TSC、およびmTORのシグナル伝達の増強を特徴とする他の状態におけるこの中核障害に関する広範な臨床研究にもかかわらず、前臨床研究では、実行機能不全の障害はほとんど注目を集めてこなかった。mTORのシグナル伝達が増強した被検体の実行機能を評価する一連の行動指標があれば、その後これを利用してこの中核障害における代謝型グルタミン酸受容体のシグナル伝達の役割の調査を行うことができる。
【0088】
5−選択反応時間課題(5CSRTT)は、齧歯動物の実行機能の評価に使用される確立されたオペラント条件付けパラダイムである(Ehninger,D.,et al.,Nat Med 14,843−8(2008))。これは、ヒトの持続処理課題に相当する齧歯動物の課題として開発された(Chudasama,Y.,et al.,Biol Psychol 73,19−38(2006);およびWrenn,C.C.,et al.,Pharmacol Biochem Behav 83,428−40(2006))。5CSRTTの主な目的は、持続的注意を評価することであるが、衝動性および反復応答(repetitive responding)を測定するように改変してもよい。
【0089】
この課題では、食雑誌およびペレットディスペンサー、刺激光、照明、ならびに5つのノーズポーク開口部が装備されたオペラント条件付けチャンバー(Med Associates,USA)にマウスを入れる。これらのノーズポーク開口部は、それぞれ個別に照射して短時間の視覚刺激を与えてもよく、マウスは、これらの視覚刺激のため、課題を終了するにはノーズポーク開口部を連続的にモニターする必要がある。マウスを装置に馴化させ、照射開口部で報酬としての食物が得られるようにノーズポークの訓練を行う。各試行の開始時に、5つの開口部の1つをランダムに作用開口部に指定して、その試行で照射する。マウスは、食物ペレットを得るため照射開口部に応答する必要である(正しい応答)。非照射開口部に応答する(誤った応答)、刺激終了から5秒間または5秒以内に応答しない(オミッションエラー)、および刺激の開始前に開口部の1つに応答する(予測的誤り)場合、2秒中断し、その間、照明および他のすべての明かりを消す。
【0090】
マウスが5CSRTTを学習できない場合でも、なお動物の行動のいくつかの別の面を評価することができる。予測的応答(ノーズポークが早すぎる場合と定義される)は、ヒトの衝動性に類似していると考えられる。固執性応答(正しい応答後、新しい試行の開始前に行われる追加のノーズポーク)は、ヒトの強迫行動に類似していると考えられる。この課題では、報酬規則について、刺激の位置ではなく開口部の位置を変えて逆転学習を評価してもよい。5CSRTTは複雑な課題ではあるが、一方、非常に柔軟性もあり、多くの認知の特徴を調べることができる。
【0091】
Group 1 mGluRを活性化する組成物による処置は、mTORのシグナル伝達を正常化することにより、mTORのシグナル伝達が増強したマウスの5CSRTTの行動を回復させることができる。5CSRTTの訓練にはいくつかの段階があり、処置の適切なタイミングを判定することができる。mTORのシグナル伝達が増強したマウスがこの課題の習得に障害がある場合、訓練の初日から注射を投与する。しかしながら、mTORのシグナル伝達が増強したマウスが5CSRTTを学習できるが、課題のある状況で障害がある場合、まず訓練後に施した処置が、これらの障害を劇的に救うかどうかを判定してもよい。救出しない場合、訓練プロセスを通じて長期の処置を行う。
【実施例】
【0092】
実施例1−ニューロンのシグナル伝達の変化
ヒトTSCは、脳を含む多臓器での過誤腫の増殖を特徴とする。TSC1またはTSC2突然変異はとりわけ、mTORC1と呼ばれるタンパク質複合体内のmTORに対して高特異性を有するRasファミリーGTPase、Rhebを阻害する働きをするタンパク質複合体を破壊する。RhebによるmTORC1の活性化は、mRNAの翻訳および細胞増殖を刺激することができ、過剰な活性化がTSCで病原性を示すと考えられる(Ehninger,D.,et al.,Nat Med 14,843−8(2008))。TSCの一部の症候(たとえば、発作)は、大脳皮質における結節の増殖と関連していると考えられるが、認知障害および自閉症などの他の症候は、シナプスでの異常なシグナル伝達に起因すると提唱されている(deVries,P.J.,et al.,Trends Mol Med 13:319(2007))。Tsc1またはTsc2にヘテロ接合性の機能喪失型突然変異を持つように操作されたマウスは、腫瘍または発作がなくても海馬依存的な学習および記憶障害になることが明らかにされている(Goorden,S.M.,et al.,Ann Neurol 62,648−55(2007);Ehninger,D.,et al.,Nat Med 14,843−8(2008))。Tsc2+/−マウスを出生後mTORC1阻害剤ラパマイシンで処置すると、海馬記憶障害が軽減されることが明らかになったことから、TSCのいくつかの状況が薬物療法に適している可能性が示唆されて注目されている。
【0093】
Tsc2+/−マウスのシナプス機能は、mTORC1活性の増強に応答して変化したシナプスのタンパク質合成に関連している可能性がある。LTDは、シナプスにおけるmRNAの翻訳の高感度の機能情報(functional read−out)である(Huber,K.M.,et al.,Science 288,1254−7(2000))。雄Tsc2+/−マウスの海馬におけるmGluR依存的LTDの変化について記載する。
【0094】
動物
C57Bl/6Jクローンから樹立したTsc2+/−雄および雌変異マウスをC57Bl/6J WTパートナーと交配し、WT子孫およびTsc2+/−子孫を得て使用した。実験動物はすべて、年齢を一致させた雄同腹仔であり、実験者に対して遺伝子型および処置条件をブラインドにして試験した。動物は、群飼して、明暗周期各12時間で飼育した。
【0095】
電気生理学
NaCl 87、スクロース 75、KCl 2.5、NaH2PO4 1.25、NaHCO3 25、CaCl2 0.5、MgSO4 7、アスコルビン酸 1.3、およびD−グルコース 10(95%O2/5%CO2飽和)を(mM単位で)含む氷冷解離緩衝液中、急性海馬スライスをP25〜30の動物から調製した。スライスした直後にCA3領域を除去した。NaCl 124、KCl 5、NaH2PO4 1.23、NaHCO3 26、CaCl2 2、MgCl2 1、およびD−グルコース 10(95%O2/5%CO2飽和)を含む32.5℃の人工脳脊髄液(ACSF)で、記録の約≧3時間前にスライスを回復させた。
【0096】
30℃でACSF(約2〜3ml/分)を灌流した浸漬チャンバー(submersion chamber)を用いて、フィールド記録法を実施した。ACSFを満たした細胞外電極でCA1放射状層のフィールドEPSP(fEPSP)を記録した。ベースライン応答は、約0.2msの刺激を使用して2コンタクトクラスター電極(2−contact cluster electrode)(FHC)により0.033HzでSchaffer側枝を刺激して誘発し、最大応答の約40〜60%を得た。fEPSPの記録は、約0.1Hz〜1kHzのフィルターをかけ、10kHzでデジタル化し、pClamp9(Axon Instruments)を用いて解析した。応答の最初のスロープを用いてシナプス強度の変化を評価した。データは、ベースライン応答に正規化を行い、群平均±SEMで表す。LTDは、DHPGの適用から約55〜60分後の平均応答をベースラインの最後の5分の平均と比較して測定した。
【0097】
入出力機能は、電流を段階的に増加させて(約20μA、約40μA、約80μA、約120μA、約200μA、約300μA)スライスを刺激し、fEPSP応答を記録することにより調べた。2連発刺激の促通を、2つのパルスを様々な刺激間隔(約10ms、約20ms、約50ms、約100ms、約200ms、約300ms、約500ms)で印加することにより誘発した。促通は、刺激1に対する刺激2のfEPSPスロープの比率により測定した。NMDAR依存的LTDについては、1Hzで900テストパルスを与えることにより誘発した。mGluR−LTDを、R,S−ジヒドロキシフェニルグリシン(R,S−DHPG、50μM)またはS−ジヒドロキシフェニルグリシン(S−DHPG、25μM)を約5分間適用することにより誘発した。その作用は、処置後60分続いた。一部の実験では、スライスをタンパク質合成阻害剤シクロヘキシミド(60μM)と、以下のように、ベースライン記録中に約20分、DHPG適用中に約5分、およびDHPG適用後約5分、合わせて30分間インキュベートした。
【0098】
mGluRのPAMの実験では、シクロヘキシミドあるいはコントロールACSFの存在下、上記と同じ要領でスライスをCDPPB(10μM)またはDMSOコントロールで約30分間前処理した。ラパマイシンの実験では、スライスを、シクロヘキシミドを用いてあるいは用いずに、DHPG適用前の少なくとも30分間ラパマイシン(20nM)またはDMSOコントロールで前処理し、実験の間ずっと行った。有意性は、2元配置分散分析(ANOVA)および事後のスチューデントのt検定により判定した。実験はすべて、遺伝子型をブラインドにして行い、遺伝子型および処理のインターリーブコントロール(interleaved control)を含む。
【0099】
試薬
(R,S)−3,5−ジヒドロキシフェニルグリシン(R,S−DHPG)はTocris Biosciences(Ellisville,MO)から購入し、(S)−3,5−ジヒドロキシフェニルグリシン(S−DHPG)はSigma(St. Louis,MO)から購入した。DHPGの新鮮なビンをH2Oの100×ストック液として準備し、アリコートに分けて、−80℃で保存した。新鮮なストック液は、週1回作製した。ラパマイシン(EMD Biosciences,San Diego,CA)は、10mMのストック液を含むDMSOで調製し、−80℃で保存した。ラパマイシンの最終濃度は、<0.01%DMSO中20nMであった。シクロヘキシミド(Sigma)は、H2Oの100×ストック液で毎日調製した。スライスの実験では、75mMのストック液を含むDMSOで3−シアノ−N−(1,3−ジフェニル−1H−ピラゾール−5−イル)ベンズアミド(CDPPB,EMD Biosciences)を調製し、ACSFで希釈して最終濃度を<0.1%DMSO中10μMとした。インビボ実験では、CDDPBを、20%(2−ヒドロキシプロピル)−β−シクロデキストリンを含む食塩水からなるビヒクルに懸濁した。他の試薬はすべて、Sigmaから購入した。
【0100】
Tsc2+/−マウスのmGluR依存的LTDは変化する
選択的アゴニストDHPG((R,S)−3,5−ジヒドロキシフェニルグリシン)によるGroup 1 mGluRの活性化は、2つの独立の機構、すなわちシナプス前のグルタミン酸放出の可能性の低下(Fitzjohn,S.M.,et al.,J.Physiol.537:421(2001);およびNosyreva,E.D.,et al.,J.Neuroscience 25:2992(2005))、およびシナプス後のAMPA受容体の発現の低下(Nosyreva,E.D.,et al.,J.Neuroscience 25:2992(2005))により、海馬のCA1領域のLTDを誘導する。野生型(WT)動物の場合、シナプス後修飾には、海馬錐体ニューロンの樹状突起で利用可能なmRNAの迅速な翻訳が不可欠であることが知られている(Huber,K.M.,et al.,Science 288,1254−7(2000);およびSnyder,E.M.,et al.,Nat.Neurosci 4:1079(2001))。
【0101】
試験した年齢幅(出生後の日数(P)25〜30)のWTマウス(C57Bl/6J)のLTDは、タンパク質合成阻害剤シクロヘキシミド(60μM;図3A)により確実に低下した。LTDのシナプス前成分は、2連発刺激の促通(PPF)を測定することによりモニターした。2連発刺激の促通(PPF)は、DHPG後に持続的な増大を示し(図3D)、これは、最初の刺激により放出されるグルタミン酸の可能性の低下によるとされている(Fitzjohn,S.M.,et al.,J.Physiol.537:421(2001);およびNosyreva,E.D.,et al.,J.Neuroscience 25:2992(2005))。PPFの変化は、シクロヘキシミド(図3D)により阻害されないことから、この薬剤の存在下で残留するLTD(residual LTD)は、シナプス前性に発現することが示唆される。
【0102】
図3Aは、Gp1mGluR選択的アゴニストR,S−DHPG(50μM)またはS−DHPG(25μM)の5分間の適用(黒いバー)が、WTマウス由来の海馬スライスのCA1領域にLTDを誘発することを示す。LTDは、タンパク質合成阻害剤シクロヘキシミド(CHX、60μM、グレーのバー)を用いた前処理により有意に減弱される(コントロール:76±2.6%、n=11;CHX:85.6±3.4%、n=7;*p<0.01)。図3Bは、DHPGが、同腹仔のWTマウスのスライスと比較してTsc2+/−マウス由来のスライスで、LTDを非常に誘発しにくいことを示す(WT:74.1±2.0%、n=10;Tsc2+/− 85.2±2.7%、n=12;*p<0.01)。図3Cは、CHX処理が、Tsc2+/−マウス由来のスライスのDHPG−LTDに影響を与えないことを示す(コントロール:85.2±2.7%、n=12;CHX:83.5±2.1%、n=7、p=0.61)。代表的な電場電位のトレース(平均10スイープ(sweep))を、数字で表示した時間に得た。図3Dのスケールバーは、0.5mV、5msに相当し、シナプス前LTDが、遺伝子型またはCHXにより影響を受けないことを示す。PPFは、CHXあるいはコントロールACSFで前処理したスライスでベースライン期間中、およびDHPG適用から60分後に評価した。DHPGは、野生型マウスおよびTsc2+/−マウス由来のスライスのPPFを共に有意に増大させ(50msの刺激間隔のPPF:WT ベースライン:1.43±0.02、WT DHPG:1.59±0.04、n=9、*p<0.001;Tsc2+/− ベースライン:1.43±0.02、Tsc2+/− DHPG:1.63±0.02、n=9、*p<0.001)、この作用は、シクロヘキシミドにより遮断されなかった(WT DHPG+CHX:1.58±0.05、n=11、p=0.84;Tsc2+/− DHPG+CHX:1.62±0.04、n=7、p=0.80)。
【0103】
Tsc2+/−マウスのCA1の基礎シナプス伝達は、正常のようであり、LTDのNMDA受容体依存的形態に差がない(図4A〜図4C)ことから、Tsc2+/−変異体のmGluR依存的LTDには、特定の障害があることが示される(図3B)。変異体におけるDHPG後の持続的なPPFの変化は、WTと変わらなかったものの、シナプス後修飾が不十分であることが示唆された(図3D)。Tsc2+/−動物では、WTと異なり、シクロヘキシミド処理がLTDに影響を与えなかった(図3C)。これらのデータは、変異マウスにおけるLTDのタンパク質合成依存的成分が選択的に消失されることを示唆する。このため、野生型マウスおよびTsc2+/−マウス由来のスライスを用いて、タンパク質合成速度を直接測定した。図3Eは、Tsc2+/−マウス由来の海馬スライスでは、野生型コントロールと比較してタンパク質合成速度が低下したことを示す(WT:100±3%;TSC:88.2±3%;n=12、p<0.05)ことから、mTORのシグナル伝達の増強がタンパク質合成を低下させ、その結果LTDのタンパク質合成依存的成分が消失することが示唆される。
【0104】
図4Aは、基礎シナプス伝達(シナプス前線維斉射振幅に対するfEPSP振幅としてプロット)が遺伝子型間で異ならないことを示す。スケールバーは、代表的な電場電位のトレースの0.5mV、5msに相当する。図4Bは、Tsc2+/−マウスにおいて、2連発刺激の促通が複数の刺激間隔で正常であることを示す。スケールバーは、代表的な電場電位のトレースの0.5mV、20msに相当する。図4Cは、低周波刺激(LFS、1Hz 900パルス)により誘発されるNMDAR依存的LTDの大きさが遺伝子型間で異ならないことを示す(WT:78.9±3.8%、n=6;Tsc:77.1±2.7%、n=6;p=0.69)。代表的な電場電位のトレース(平均10スイープ(sweep))を、数字で表示した時間に得た。スケールバーは、0.5mV、5msに相当する。
【0105】
mGluR−長期抑圧(LTD)は、特性がよく解明された、Gp1 mGluRが介在するプロセスである。Gp1 mGluRの活性化は、種々の細胞およびシナプス作用を有し得る(Lee,A.C.,et al.,J Neurophysiol 88,1625−33(2002);Vanderklish,P.W.,et al.,Proc Natl Acad Sci USA 99,1639−44(2002);Neyman,S.,et al.,Eur J Neurosci 27,1345−52(2008);およびFrancesconi,W.,et al.,Brain Res 1022,12−8(2004))。これらの変化の多くは、迅速な新規のタンパク質合成に依存している(Merlin,L.R.,et al.,J Neurophysiol 80,989−93(1998);およびRaymond,C.R.,et al.,J Neurosci 20,969−76(2000))。これらのプロセスの大部分が、mGluR−LTDを含むTSCに見られる複数の症状に関与している可能性がある。海馬のmGluR−LTDのレベルとタンパク質合成速度との間で相互関係が確認されており、mGluR5活性を調節すると、タンパク質合成速度に直接作用することが明らかになっている(Dolen,G.,et al.,Neuron 56,955−62(2007))。本明細書に記載するように、Tsc2+/−マウスでは、mGluR依存的LTDおよびタンパク質合成が不十分である。mGluR依存的LTDの障害は、mTORの急性阻害により救出する(本明細書では「正常化する」または「回復させる」ともいう)ことができることから、この障害が、mTORのシグナル伝達の増強の結果であることが示唆される。本明細書にも記載したように、mGluR5のPAMの処置によりmGluR5活性が増大すれば、タンパク質合成依存的にmGluR−LTDを回復させることができる。
【0106】
Tsc2+/−マウスのmGluR−LTD速度に対するラパマイシンおよびmGluR5のPAMによる処置の作用
ヒト疾患と同様に、TSC2の生殖細胞系列変異は、LTDで観察される表現型に関与し得る神経発生に種々の二次的影響を与える恐れがある。不十分なLTDが、無秩序なmTOR活性に特異的な結果であるかどうかを判定するため、mTORC1阻害剤ラパマイシン(20nM)の作用を評価した。ラパマイシン(RAP、20nM、グレーのバー)は、DHPG(図9A、50μM、黒いバー)で誘発した、野生型動物由来の海馬スライスのLTDに影響を与えない。しかしながら、Tsc2+/−マウス由来のスライスをラパマイシンで急性処理すると、LTDをWTレベルまで正常化した(図5B)。このLTDの救出は、Tsc2+/−マウスにおけるラパマイシンの作用がシクロヘキシミドの存在下で消失する(図5C)ため、特にタンパク質合成依存的成分の回復によるものである。したがって、Tsc2+/−マウスにおける無秩序なmTOR活性は、mGluR−LTDに必要とされるシナプスのタンパク質合成を抑制すると思われる。
【0107】
脆弱X症候群のFmr1 KOモデル(Huber,K.M.,et al.,Proc.Natl.Acad.Sci.USA 99:7746−7750(2002))では、本明細書に示すように、mGluR5によるシグナル伝達を抑制することにより、過剰なmGluR−LTDおよび海馬のタンパク質合成を修正することができる。mGluR5のポジティブ(postive)アロステリックモジュレーター(PAM)3−シアノ−N−(1,3−ジフェニル−1H−ピラゾール−5−イル)ベンズアミド(CDPPB(60))で海馬スライスを前処理すると、Tsc2+/−マウスにおけるmGluR−LTDの大きさがWTレベルまで回復した(図5D)。LTDの救出は、CDPPBの作用がシクロヘキシミドにより完全に消失する(図5E)ため、特にタンパク質合成依存的成分の回復によるものと思われる。したがって、mGluR5のシグナル伝達のアロステリックなど増強は、LTDを支持するシナプスのタンパク質合成に対する無秩序なmTOR活性の阻害作用を解消することができる。
【0108】
図5Aは、mTORC1阻害剤ラパマイシン(RAP、20nM、グレーのバー)でスライスを前処理しても、野生型動物由来のスライスにおいてDHPGで誘発されたLTDに影響を与えないことを示す(DMSO:71.4% n=12;RAP:73.0%、n=12;p>0.6)。図5Bは、ラパマイシンでスライスを前処理すると、Tsc2+/−マウス由来のスライスにおける、DHPGで誘発されたLTDが有意に増強することを示す(DMSO:85.4±2.2%、n=13;RAP:75.3±3%、n=14;*p<0.02)。図5Cは、Tsc2+/−マウスにおいて、DHPGで誘発されたLTDに対するラパマイシンの作用がタンパク質合成阻害剤シクロヘキシミドにより阻止されることを示す(DMSO:89.5±5.1%、n=7;RAP:89.3±2.4%、n=8;p=0.99)。図5Dは、mGluR5のポジティブアロステリックモジュレーターCDPPB(10μM、グレーのバー)でTsc2+/−マウス由来のスライスを前処理すると、DHPGで誘発されたLTDが有意に増強されることを示す(コントロール:87.6±3.4%、n=12;CDPPB:72.7±4.4%、n=10;*p<0.02)。図5Eは、CDPPBによる処理が、タンパク質合成阻害剤シクロヘキシミドと共適用すると、Tsc2+/−マウスにおいてDHPGで誘発されたLTDを増強できないことを示す(DMSO:87.1±3.5% n=9;CDPPB:84.8±1.8%、n=9;p=0.65)。代表的な電場電位のトレース(平均10スイープ(sweep))を、数字で表示した時間に得た。スケールバーは、0.5mV、5msに相当する。
【0109】
TSCの認知障害には、mGluR5のシグナル伝達の変化が関連している可能性があり、適切にmGluR5機能を回復させると、これらの障害が緩和することがある。Tsc2+/−マウスでは、mGluR5のポジティブ(postive)アロステリックモジュレーター(PAM)により、不十分なmGluR−LTDを回復させた。mGluRのPAM(たとえば、mGluR5のPAM)は、mGluR5を直接活性化しないが、その天然リガンドグルタミン酸、またはDHPGなどの合成アゴニストにより、アロステリック部位に作用して受容体の生理学的活性化を増強する化合物である。mGluRのPAMは、mGluR活性を直接活性化したり、または阻害したりせずに、むしろ内因性活性化に対する受容体応答を調節するため、生理学的に適切な方法でmGluR5活性を増強する特性を有する。mGluR5のCDPPBで海馬スライスを前処理すると、Tsc2+/−マウスに見られるmGluR−LTDのレベルが野生型動物と同程度のレベルまで有意に増強される。
【0110】
PAMによる処置は、タンパク質合成阻害剤の存在下では、mGluR−LTDに作用しなくなる。これは、PAMによる処置が、Tsc2+/−マウスのmGluR刺激によるタンパク質合成を回復させ、それがmGluR−LTDの増強に反映され、それによりLTDが正常化されることを示す。これらのデータは、mGluR5のポジティブアロステリック調節が、Tsc2+/−マウスの電気生理学的障害をタンパク質合成依存的に救出することを示す。このため、mGluR5のPAMによる処置は、TSCなどmTORのシグナル伝達の増強と関連する認知障害の有効な治療法であり得る。ラパマイシン処置は、通常TSC1/TSC2複合体により行われるmTORの負の調節を再構築するため、TSCの薬理学的な救出である。ラパマイシンは臨床的に使用されているが、免疫抑制特性が強いため、TSCの長期処置の理想的な薬剤ではない。PAMを使用したmGluR活性の直接調節は、副作用が軽微である、TSCの処置の効果的な治療戦略であり得る。
【0111】
実施例2−mGluR5のPAMによる処置
これらのデータは、Tsc2+/−マウスの海馬におけるmGluR機能が破壊されていることを示す。海馬は、学習および記憶の多くの形態にとって重要であることが知られている脳の領域である(Eichenbaum,H.,et al.,Neuron 44,109−20(2004))。海馬機能の変化は、学習および認知に対して有害作用を持ち、したがってTSCに見られる認知障害に寄与する可能性がある。本明細書に示すように、mGluR5のPAMおよびラパマイシンによる処置は、Tsc2+/−マウスの海馬における電気生理学的障害を回復させる。ラパマイシンによる処置は、これらのマウスで観察される海馬依存的学習の障害を回復させることが明らかになっている。したがって、mGluR5のPAMによる処置は、Tsc2+/−マウスの海馬依存的障害も回復させる可能性がある。Tsc2+/−マウスで見られるmTORのシグナル伝達と、mGluR依存的可塑性と、電気生理学的障害および行動障害との間の関係の性質は、以下に記載されているように、Tsc2+/−マウスにおいてラパマイシンにより救出されることが既に明らかにされた行動障害に対するmGluR5のPAMによる処置の作用を調べることにより、さらに評価することができる。
【0112】
文脈性恐怖条件付け実験を利用して、mGluR5のPAMの投与などGroup I mGluRのシグナル伝達を活性化する組成物の投与後の認知処置の改善を評価した。文脈性恐怖条件付けは、以前記載された手順を改変して行った(Ehninger,D.,et al.,Nat Med 14,843−8(2008)。野生型およびTsc2+/−マウス(8〜12週齡)を訓練前の3日間試験室および実験者に馴化させる。訓練の当日、マウスを訓練文脈に入れ、0.80mAショックを1回(2秒)与える。条件付けの前にマウスに約3分間文脈を探索させ、ショックを与えてから約15秒後に取り出し、ホームケージに戻した。条件付け恐怖応答は24時間後、試験期間(約3分のセッション)中にすくみに費やされた時間の割合を、訓練を受けた観察者が測定することにより評価した。条件付け応答の文脈性特異性を判定するため、同じ時間で訓練されたマウスを、2群に分けた。1つの群は、同じ訓練文脈で試験し、もう1つの群は、新規な文脈で試験した。この新規な文脈は、試験装置の遠方の手掛かり、匂い、床材、および照明を変えて作成した。救出実験では、訓練セッションの約30分前に動物にCDPPBの単回注射(10mg/kg、腹腔内)を行った。
【0113】
Tsc2+/−マウスの認知障害は、mTORC1阻害剤ラパマイシンで動物を処置することにより改善された(Ehninger,D.,et al.,Nat.Med.14:843−848(2008))。ロバストな表現型(robust phenotype)は、Tsc2+/−マウスが恐怖条件付けパラダイムの見慣れた文脈と新規な文脈とを識別する能力の障害であると報告された。このパラダイムの利点は、学習が1試行で行われるため、薬剤による急性処置に適していること、および記憶が海馬依存的であることである。マウスは最初に、特有の文脈にさらし、そこで足に嫌悪ショックを与える。翌日、文脈の弁別は、動物を2群に分け、1群をショックに関連する見慣れた文脈に入れ、もう1群を新規文脈に入れることにより試験する(図6A)。文脈の弁別は、動物が各文脈においてすくみにより恐怖を表現する時間を測定することにより評価する。WTマウスは、文脈間を明確に弁別するけれども、Tsc2+/−マウスは、弁別しない(図6B)。mGluR5のシグナル伝達の増強の作用を試験するため、両方の遺伝子型由来のマウスに、訓練の30分前にCDPPB(10mg/kg)を腹腔内に注射した。この処置は、WTマウスには作用しなかったものの、Tsc2+/−マウスで観察される文脈の弁別障害を修正するには十分であった(図6B)。
【0114】
図6Aに示すように、ショックを受けた文脈(文脈1)の記憶は、見慣れた文脈(文脈1)で訓練された動物の第1のコホートのすくみと、新規な文脈(文脈2)の第2のコホートのすくみとを比較することにより24時間後に評価した。図6Bは、野生型(WT)マウスは、新規文脈(N)より見慣れた文脈(F)ですくみが長いことにより正常な記憶を示す(黒いバー;見慣れた文脈:50±7.7%、n=12;新規文脈:34.1±3.2%、n=14;*p<0.01)。訓練の30分前にCDPPB(10mg/kg、腹腔内)を単回注射しても、WTの文脈の弁別には影響を与えない(見慣れた文脈:42.3±3.7%、n=12;新規な文脈:26.4±3.6%、n=12;*p<0.01)。コントロールTsc2+/−マウスは、文脈の弁別に有意な障害を示す(赤色バー;見慣れた文脈:40.9±5.3%、n=11;新規な文脈:39.3±5.2%、n=14;p=0.83)が、この障害は、CDPPBの単回注射により修正される(見慣れた文脈:44.5±4.3%、n=11;新規な文脈:31.6±3%、n=12;*p<0.05)。
【0115】
これらのデータは、mGluR5により引き起こされるシナプスのタンパク質合成およびLTDの機構をさらに理解し、TSCで観察される障害などmTORのシグナル伝達の増強と関連する認知障害の治療処置を設計するうえで重要である。脆弱Xノックアウトマウスモデルでは、基礎タンパク質合成が増強され、マイトジェン活性化キナーゼERK1/2を含むと見られるmGluR5のシグナル伝達経路の下流でLTDが亢進する。mGluR5の阻害は、動物モデルの脆弱X症候群の状況を修正する。最近のデータからは、mTORのシグナル伝達経路は、Fmr1 KOマウスでも恒常的に過活動であることが示唆される(Sharma,A.,et al.,J.Neurosci.30:694(2010))、しかしながら、タンパク質合成の亢進およびシナプス機能の変化との関連については、見解が一致していない。本知見は、ラパマイシンによるmTORのシグナル伝達の阻害が、Tsc2+/−マウスのLTDを救出することを示すことから、シナプスのmTOR活性の増強が、これらの動物のLTDに必要とされるタンパク質合成を抑制することが示唆される(図2、図7および図8)。過剰なmTOR活性が「LTDタンパク質」の合成を精密に抑制する方法は、FMRPの過剰リン酸化、またはLTDに無関係の競合的なmRNAプール(competing pool mRNA)の翻訳の促進によるものである可能性がある。
【0116】
グルタミン酸またはDHPGによるmGluR5の活性化は、シナプスに局在するmRNAの迅速な翻訳を通常必要とするプロセスにより安定化されるシナプス抑制を速やかに引き起こす(図7)。シナプスでのmTORの抑制解除は、LTDに必要とされるタンパク質合成を障害する。この障害は、ラパマイシンでmTORを阻害するか、あるいは、PAMでmGluR5のシグナル伝達を増強することにより克服することができる(図7)。mGluR5によるシグナル伝達は、mRNAの局所的翻訳の極めて重要なレギュレーターであると見られる。脆弱X症候群では、過剰な局所タンパク質合成により引き起こされる機能の障害を、mGluR5のネガティブアロステリックモジュレーター(NAM)により修正し得る。TSCなどmTORのシグナル伝達の増強を特徴とする状態では、本明細書に示すように、局所タンパク質合成の低下により引き起こされた機能の障害(たとえば、認知障害)をmGluR5のPAMにより回復させる。
【0117】
本知見は、TSCなどの状態におけるmTORのシグナル伝達の増強と関連する行動障害の処置にも当てはまる。Tsc2+/−マウスのこれまでの研究により、処置を成人期に開始しても、TSCの認知状況がラパマイシンで軽減され得るという可能性が高まった(Ehninger,D.,et al.,Nat.Med.14:843−848(2008))。本明細書に記載するように、mGluR5のPAMなどのmGluRのPAMも、同様に効果的であり得る。ラパマイシンは臨床的に使用されているが、免疫抑制特性が強いため、長期処置には問題がある。mGluR5のPAMなどGroup I mGluRのシグナル伝達を活性化する化合物による処置の利点は、系統全体に作用があるのではなく、TSCの認知および行動障害に関与している可能性が高いシナプス機構を特異的に標的とすることである。
【0118】
脆弱X症候群の原因となるFmr1突然変異と異なり、Tsc2突然変異は、シナプスのタンパク質合成およびLTDの抑制を引き起こすが、これは、mGluR5の増強により修正される(図7および図8)。MECP2など個々の遺伝子の機能獲得型および機能喪失型突然変異は、癲癇、認知障害および自閉症スペクトラム障害など特徴の重複した症候群を引き起こす恐れがある。しかしながら、こうした特徴を引き起こす機構は、類似または共通していないように思われる。
【0119】
本明細書に引用するすべての参考文献の教示内容は、参照によってその全体を本明細書に援用する。
【0120】
均等物
本発明について、その例示的実施形態を参照しながら詳細に図示して説明してきたが、当業者であれば、添付の特許請求の範囲により包含される本発明の範囲から逸脱しない範囲で、その形式および細部に関する様々な変更が可能であることが理解されよう。
【技術分野】
【0001】
関連出願
本出願は、2009年11月5日に出願された米国仮特許出願第61/258,453号明細書;2009年11月12日に出願された米国仮特許出願第61/260,769号明細書;2010年6月29日に出願された米国仮特許出願第61/359,648号明細書;2010年6月29日に出願された米国仮特許出願第61/359,604号明細書、および2010年9月29日に出願された米国仮特許出願第61/387,649号明細書の利益を主張するものである。上記の出願の本教示内容全体を参照によって本明細書に援用する。
【背景技術】
【0002】
神経細胞の適切なシグナル伝達は、行動および認知機能を含む正常な機能のための、シナプスの完全性の維持にとって極めて重要である。哺乳類ラパマイシン標的タンパク質(mTOR:mammalian target of rapamycin)シグナル伝達経路の突然変異は、腫瘍の形成、行動変化、および認知プロセスの障害を含む神経細胞シグナル伝達の変化を引き起こすことがある。たとえば、結節性硬化症(TSC:Tuberous Sclerosis Complex)では、mTORのシグナル伝達の増強が起こる。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
TSCのヒトなどmTORのシグナル伝達の突然変異を持つヒトには、認知処理の発達遅延、精神遅滞、不安、自閉症および発作があることがあり、これらが、学習、記憶、言語、社会的能力、および行動を障害することにより毎日の機能に影響を与える可能性がある。現時点で、mTORのシグナル伝達の突然変異を持つヒトに利用できる処置レジメンとして、腫瘍の外科的除去、行動変容、認知行動療法、および抗発作薬による処置がある。しかしながら、こうした処置は、効果的でない場合が多く、長期的な利用に伴い望ましくない副作用を起こす恐れがあり、mTORの突然変異に関連する認知障害の処置を特に対象としたものでもない。このため、mTORのシグナル伝達の突然変異に関連する状態を処置する、改良された効果的な新しい方法の開発が求められている。
【課題を解決するための手段】
【0004】
本発明は一般に、哺乳類ラパマイシン標的タンパク質(mTOR)のシグナル伝達が増強した被検体を処置する方法に関する。
【0005】
一実施形態では、本発明は、哺乳類ラパマイシン標的タンパク質(mTOR)のシグナル伝達が増強した被検体を処置する方法であって、Group I mGluRのシグナル伝達を活性化する少なくとも1種の化合物を含む組成物を被検体に投与するステップを含む方法である。
【0006】
特許請求の範囲に記載された方法の利点として、たとえば、有効性および生活の質を向上させ、かつ副作用が最小限にとなる可能性があり、それにより比較的長期間にわたる利用における忍容性が改善された形で、被検体の処置が行われることが挙げられる。本発明の方法は、mTORのシグナル伝達が増強した被検体の認知障害、学習障害、社会性障害、行動障害、言語障害、コミュニケーション障害および発達障害を、シナプス機能を正常化することにより処置する効果的な手段を提供し得る。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【図1】インスリンまたはBDNFなどの成長因子によるTSC1/2複合体の調節および機能のモデルを図示する。
【図2】正常なmTORの細胞シグナル伝達、増強されたmTORの細胞シグナル伝達、およびシナプス機能を図示する。
【図3A】Tsc2+/−マウスに欠けているmGluR−LTDのタンパク質合成依存的成分を図示する。
【図3B】Tsc2+/−マウスに欠けているmGluR−LTDのタンパク質合成依存的成分を図示する。
【図3C】Tsc2+/−マウスに欠けているmGluR−LTDのタンパク質合成依存的成分を図示する。
【図3D】Tsc2+/−マウスに欠けているmGluR−LTDのタンパク質合成依存的成分を図示する。
【図3E】Tsc2+/−マウスに欠けているmGluR−LTDのタンパク質合成依存的成分を図示する。
【図4A】野生型およびTsc2+/−マウスにおける海馬CA1領域の基礎シナプス伝達、および正常なNMDAR−LTDを図示する。
【図4B】野生型およびTsc2+/−マウスにおける海馬CA1領域の基礎シナプス伝達、および正常なNMDAR−LTDを図示する。
【図4C】野生型およびTsc2+/−マウスにおける海馬CA1領域の基礎シナプス伝達、および正常なNMDAR−LTDを図示する。
【図5A】過剰なmTOR活性は、mGluR−LTDのタンパク質合成依存的成分を抑制するが、これがmGluR5の増強により克服され得ることを図示する。
【図5B】過剰なmTOR活性は、mGluR−LTDのタンパク質合成依存的成分を抑制するが、これがmGluR5の増強により克服され得ることを図示する。
【図5C】過剰なmTOR活性は、mGluR−LTDのタンパク質合成依存的成分を抑制するが、これがmGluR5の増強により克服され得ることを図示する。
【図5D】過剰なmTOR活性は、mGluR−LTDのタンパク質合成依存的成分を抑制するが、これがmGluR5の増強により克服され得ることを図示する。
【図5E】過剰なmTOR活性は、mGluR−LTDのタンパク質合成依存的成分を抑制するが、これがmGluR5の増強により克服され得ることを図示する。
【図6A】mGluR5の正の調節が、Tsc2+/−マウスの文脈の弁別障害を回復させることを図示する。
【図6B】mGluR5の正の調節が、Tsc2+/−マウスの文脈の弁別障害を回復させることを図示する。
【図7】mGluRのシグナル伝達、mTORのシグナル伝達の変化、およびmGluR5のPAMの作用を図示する。
【図8】mGluRのシグナル伝達、mTORのシグナル伝達の変化、およびmGluR5のPAMの作用を図示する。
【発明を実施するための形態】
【0008】
本発明の特徴および他の詳細は、本発明のステップ、あるいは、本発明の部分の組み合わせのいずれかとして、特許請求の範囲でより詳細に記載および指摘される。本発明の特定の実施形態は、本発明の限定としてではなく例示として示されることが理解されよう。本発明の主な特徴は、本発明の範囲から逸脱しない範囲で種々の実施形態において利用することができる。
【0009】
一実施形態では、本発明は、哺乳類ラパマイシン標的タンパク質(mTOR)のシグナル伝達が増強した被検体を処置する方法であって、Group 1 mGluR5のシグナル伝達またはGroup 1 mGluR1のシグナル伝達の活性化などGroup I mGluRのシグナル伝達を活性化する少なくとも1種の化合物を含む組成物を被検体に投与するステップを含む、方法である。
【0010】
本明細書で使用する場合、mTORのシグナル伝達について「増強された」とは、細胞または被検体の通常レベルのmTORのシグナル伝達と比較してmTORのシグナル伝達が増強していることを意味する。
【0011】
mTORは、細胞増殖の調節に重要な役割を果たすセリン/トレオニンプロテインキナーゼである。mTORは、翻訳機構の活性化を制御することができるシグナル伝達を惹起し、その結果特定のmRNAの翻訳が起こる。mTORは、PI3キナーゼ/Aktシグナル伝達経路により、および、自己リン酸化を介して調節される。mTORが適切に調節されない(たとえば、活性が増強された)場合、TSCにおけるように腫瘍が発生することがある。
【0012】
mTORは、2つの異なる複合体として存在する。mTOR複合体1(mTORC1)は、mTOR、RaptorおよびGβL(mLST8)を含み、ラパマイシンにより阻害される。mTORC1は、成長因子、栄養素またはエネルギーの利用性に関する複数のシグナルを統合し、条件が好ましい場合に細胞の成長を促進したり、あるいは、ストレス時または成長条件が好ましくない場合に異化プロセスを促進したりする。インスリン様成長因子(ILGF)などの成長因子は、AktまたはERK1/2を活性化し、これが、たとえば、TSC2(すなわち、結節性硬化症2(TSC2)遺伝子がコードするタンパク質)を不活性化してTSC2によるmTORC1の阻害を防止することにより、mTORC1にシグナルを伝達する。あるいは、ATPレベルが低いと、TSC2のAMPK依存的な活性化が起こり、mTORC1のシグナル伝達が抑制される。アミノ酸の利用性のシグナルは、RaGタンパク質が関与する経路によりmTORC1に伝達される。活性なmTORC1は、下流標的、4E−BP1およびp70 S6キナーゼのリン酸化によるmRNAの翻訳、オートファジーの抑制、リボソームのバイオジェネシス、およびミトコンドリアの代謝または脂肪生成につながる転写の活性化など、いくつかの下流での生物学的作用を有する。
【0013】
mTOR複合体2(mTORC2)は、mTOR、Rictor、GβLおよびSin1を含む。mTORC2は、Aktの活性化により細胞生存を促進する。mTORC2はまた、PKCαおよびRho GTPaseからなる群から選択される少なくとも1つの要素を活性化することにより細胞骨格のダイナミクスも調節する。異常なmTORのシグナル伝達は、癌、循環器疾患および代謝障害など多くの病状に関与している。
【0014】
増強されたmTORのシグナル伝達については、mTORのシグナル伝達経路に関与したリン酸化細胞タンパク質標的のレベルを測定する、細胞のイムノアッセイのアッセイによりmTORのシグナル伝達を測定するAlphaScreen(登録商標)SureFire(登録商標)p−eIF4E Ser209キット;AlphaScreen(登録商標)SureFire(登録商標)Phospho−4EBP 1(Thr37/Thr46)キット;AlphaScreen(登録商標)SureFire(登録商標)Phospho−4EBP 1(Thr70)アッセイキット;AlphaScreen(登録商標)SureFire(登録商標)Phospho−mTOR(Ser2448)アッセイキット;AlphaScreen(登録商標)SureFire(登録商標)Phospho−mTOR(Ser2481)アッセイキット;AlphaScreen(登録商標)SureFire(登録商標)Phospho−p70 S6K(Thr229)アッセイキット;AlphaScreen(登録商標)SureFire(登録商標)Phospho−p70 S6K(Thr389)アッセイキット;AlphaScreen(登録商標)SureFire(登録商標)Phospho−p70 S6K(Thr421/Ser424)アッセイキット;AlphaScreen(登録商標)SureFire(登録商標)Phospho−S6 RP(Ser235/Ser236)アッセイキット、およびAlphaScreen(登録商標)SureFire(登録商標)Phospho−S6 RP(Ser240/Ser244)アッセイ(PerkinElmer(登録商標))などの市販されているキットを利用することにより評価することができる。
【0015】
mTORのシグナル伝達の増強は、たとえば、通常細胞内のmTOR活性を阻害するTSC1、TSC2およびPTENからなる群から選択される少なくとも1つの要素の少なくとも1つのタンパク質産物の非存在下で、mTORの阻害が除去された結果である場合がある(図2および図8を参照)。たとえば、TSC1、TSC2、PTEN、またはこれらのタンパク質をコードする遺伝子の突然変異の非存在下で、mTORのシグナル伝達は増強され、その結果、最終的にS6キナーゼが活性化される。ニューロンでは、mTORの細胞シグナル伝達の増強によりS6キナーゼが活性化すると、脆弱X精神遅滞タンパク質(FMRP)のリン酸化が起こり得、その結果、図2、図7および図8に図示するように、ニューロンにおけるタンパク質合成、特に樹状突起(シナプス後ニューロン)におけるタンパク質合成が抑制される。シナプス後ニューロンにおけるタンパク質合成の抑制は、Group I mGluRの活性化に応答したシナプス長期抑圧(LTD)を測定することにより評価することができる。mTORのシグナル伝達の増強の直接的または間接的な結果としてのFMRPのリン酸化は、シナプス後のタンパク質合成を抑制する場合があり、それに伴い、図2、図7および図8に図示したようにLTDが低下することがある。
【0016】
一実施形態では、本発明の方法により処置された、mTORのシグナル伝達が増強した被検体は、結節性硬化症(TSC)である。Group I mGluRアゴニストの投与は、シナプスのシグナル伝達を正常化し、それにより被検体を処置する。
【0017】
TSCは、TSC1またはTSC2遺伝子のどちらかのヘテロ接合性の稀な単一遺伝子突然変異(不活性化突然変異)により引き起こされる。TSC1遺伝子は、9番染色体上にあり、ハマルチン遺伝子と呼ばれる。TSC2遺伝子は、16番染色体上にあり、ツベリン遺伝子と呼ばれる。こうしたTSC1遺伝子およびTSC2遺伝子のタンパク質産物は、多くの組織型で腫瘍の抑制に関与する複合体を形成する。TSCにおいてこれらの遺伝子の一方または両方が不完全である場合、腫瘍が抑制されず、脳などのいくつかの器官で良性腫瘍(血管腫)が生じる。TSCは、6000人に約1人が罹患している。TSCのヒトの最大約90%は、癲癇に罹患し、約50%が精神遅滞(知能指数約<70)に罹患している(Joinson,C.,et al.,Psychol.Med.33:335−344(2003))。当業者であれば、確立された臨床基準を用いて被検体がTSCであるかどうかを評価できるであろう。たとえば、TSCの診断基準にされる主な症状として、顔面の血管線維腫または前頭部の結合織よりなる局面(forehead plaque);非外傷性の爪下または爪周囲の線維腫;3つを超える白斑;シャグリンパッチ(結合組織母斑);多発性の網膜の過誤腫;皮質結節(cortical tubera);脳室上衣下結節;脳室上衣下巨大細胞性星状細胞腫;心臓の横紋筋腫、単一または複数;リンパ管筋腫症(lymphangiomyomatosisb)および腎血管筋脂肪腫(renal angiomyolipomab)がある。TSCの診断基準にされる小症状として、歯エナメル質の多発性小腔;過誤腫性直腸ポリープ;骨シスト;大脳白質細胞移動線;歯肉の線維腫;腎以外の過誤腫;網膜無色素斑;散在性小白斑;および多発性腎嚢腫がある。最も確実なTSCの臨床診断は、2つの大症状、あるいは、1つの大症状と2つの小症状のどちらかを含む。
【0018】
臨床基準により被検体がTSCであることが示された場合、TSCの診断を確認するための分子遺伝子検査は市販されているものが利用できる。遺伝子検査は、TSC1遺伝子および/またはTSC2遺伝子の突然変異を検出する。
【0019】
TSC1およびTSC2のタンパク質産物は、哺乳類ラパマイシン標的タンパク質(mTOR)のシグナル伝達を阻害するグアノシン三リン酸活性化タンパク質(GAP)として機能する複合体を形成する。mTORは、S6キナーゼなどのタンパク質のセリンおよびトレオニン残基をリン酸化するホスホイノシチドキナーゼ関連キナーゼ(PIKK)ファミリーのメンバーである。S6キナーゼのリン酸化は、次に、ニューロンを含む細胞内のタンパク質合成を修飾する。
【0020】
ニューロンでは、TSC1および/またはTSC2の非存在下で、mTOR活性の抑制が除去される。活性化されたmTORは次に、S6キナーゼのリン酸化を行うことができる。本明細書に記載するように、TSCのよく知られたモデル、Tsc2+/−マウスでは、シナプスのタンパク質合成が減少し、長期抑圧(LTD)が抑制される。
【0021】
LTDは、シナプス強度のよく知られた指標であり、mGluR依存的タンパク質合成の機能情報(functional readout)である(Huber,K.M.,et al.,Science 288:1254−1257(2000))。タンパク質合成の調節は、脳を含む多くの器官および組織の正常な活動にとって極めて重要である。シナプス可塑性の長期的な維持には、新しいタンパク質の合成が不可欠である。シナプス強度の持続的な修飾は、学習および記憶の神経基盤である可能性がある。シナプスのタンパク質合成が不適切に調節されると、シナプス可塑性が変化し、学習、記憶および認知に悪影響を及ぼす。本明細書に記載するように、mTORの細胞シグナル伝達の増強は、シナプス後のタンパク質合成を抑制することができる(たとえば、LTDの抑制)。シナプスのタンパク質合成の低下は、mTORのシグナル伝達が増強した個体で観察される学習および認知障害に寄与し得る。本発明の方法は、TSCの被検体などmTORのシグナル伝達が増強した被検体のニューロンにおいて、mGluRの活性化によりタンパク質合成を亢進することでシナプスのタンパク質合成を正常化し、それによりmTORのシグナル伝達の増強と関連する認知および学習障害を持つ被検体を処置する。
【0022】
中枢神経系の機能障害はTSCを定義づける特徴であり、最も一般的な臨床的特徴の一部として精神遅滞、癲癇、自閉症、不安および気分障害がある(Prather,P.,et al.,J Child Neurol 19,666−74(2004))。TSCに関連して最も多く見られる2つの障害(disruption)は発作および精神遅滞であり、それぞれ患者の約90%および約50%で見られる(Shepherd,C.W.,et al.,AJNR Am J Neuroradiol 16,149−55(1995))。この障害の第3の主な特徴は、自閉症の発生率が高いことであり、自閉症の特徴は、TSC患者の25〜60%で認められ、TSCは、自閉症集団の1〜4%を占める(Wiznitzer,M.,et al.,J Child Neurol 19,675−9(2004))。現時点で、TSCの治療法はなく、この障害に関連する認知障害に対する処置も存在しない。
【0023】
TSCの電気生理学的障害および行動障害における皮質結節の役割は、不明である。一部の研究では、結節レベルと発作の事例とが相関することが示されている(Goodman,M.,et al.,J Child Neurol 12,85−90(1997))。しかしながら、いくつかの研究では、同様の関係が示されていない(Bolton,P.F.,et al.,Brain 125,1247−55(2002);およびWalz,N.C.,et al.,J Child Neurol 17,830−2(2002))。さらに、TSC患者の癲癇の切除組織の記録からは、興奮/抑制バランスは、皮質結節の外側のTSCの脳で、発作の発生が促進される方向に変化することが示唆されている(Wang,Y.,et al.,Ann Neurol 61,139−52(2007);およびGoorden,S.M.,et al.,Ann Neurol 62,648−55(2007))。マウスモデルから得られた新たな証拠からは、TSCに見られる認知障害は、神経解剖学的病変と分離して考えられ得ることが示唆されている(Kaufmann,R.,et al.,J Child Neurol 24,361−4(2009);およびEhninger,D.,et al.,Nat Med 14,843−8(2008))。近年、この考えは、癲癇および発育遅延に悩まされているものの、皮質結節の特徴がない、TSC2の突然変異が遺伝学的に証明されたTSC患者の症例により裏付けられている(Zhang,H.,et al.,J Clin Invest 112,1223−33(2003))。
【0024】
TSCで観察される認知障害の性質を理解し、この障害のより優れた処置剤を開発するには、分子/細胞レベルのTSC1遺伝子産物およびTSC2遺伝子産物の機能を理解しなければならない。TSC1遺伝子産物およびTSC2遺伝子産物は、十分に研究されたインスリン/成長因子−PI3キナーゼ−Akt細胞内シグナル伝達経路において主要な役割を果たすタンパク質複合体を形成する(Job,C.,et al.,Proc Natl Acad Sci USA 98,13037−42(2001);Todd,P.K.,et al.,Proc Natl Acad Sci USA 100,14374−8(2003);およびWeiler,I.J.,et al.,Proc Natl Acad Sci USA 90,7168−71(1993))(図1)。通常、TSC1/TSC2タンパク質複合体の主要な細胞機能の1つは、RasファミリーGTPase、Rhebを阻害することにより、タンパク質合成を制限することである。Rheb、およびその下流のエフェクターmTORは、タンパク質合成および細胞増殖の主要な調節因子として働く。脳および身体の多くの機能にとってタンパク質合成の調節が必要である。シナプス可塑性の長期的な維持には、新しいタンパク質の合成が不可欠である。シナプス強度の持続的な修飾は、学習および記憶の神経基盤であると考えられており、シナプスのタンパク質合成が不適切に調節されると、シナプス可塑性が変化し、学習、記憶および認知に悪影響を及ぼす(Gold,P.E.,et al.,Introduction.Neurobiol Learn Mem 89,199−200(2008))。調節不全のシナプスのタンパク質合成は、TSCに見られる学習障害および認知障害の極めて重要な因子であり得る。
【0025】
TSCのヒトと同様の認知障害および記憶障害を示す当該技術分野で知られたTSCの動物モデルTsc2+/−マウスを用いた本明細書に記載のデータは、脆弱Xノックアウト(KO)マウスと異なり、Gp1 mGluR依存的可塑性およびタンパク質合成の欠乏(低下)を示す。mGluR5活性の正の調節(アップレギュレーションまたは活性化)、およびmTOR活性の阻害は、可塑性の欠損を救出することができ(図2)、このことは、シナプスのタンパク質合成を正常化することにより、TSCの被検体の認知障害を処置する手段を示唆し得る。mGluR依存的可塑性およびタンパク質合成の変化は、TSCに見られる認知機能障害と因果関係があり、Group 1 mGluRアゴニストなどのGroup 1 mGluRを活性化する組成物と、mGluR5のPAMおよび/またはmGluR1のPAMなどのポジティブアロステリックモジュレーター(PAM)とを用い、本発明の方法によりmGluR5の機能を増強(増大)させると、TSCに見られるシナプス障害および行動障害が軽減することがある。
【0026】
別の実施形態では、mTORのシグナル伝達が増強した、本発明の方法により処置される被検体は、PTEN過誤腫症候群(PHTS)である。PTENとは、「ホスファターゼ・テンシン・ホモログ(phosphatase and tensin homolog)」をいう。PHTSは、身体の様々な部位を侵し得る多発性過誤腫を特徴とする一連の障害である。過誤腫は、身体の任意の部位を侵し得、病巣部位に通常認められる成熟細胞および組織からなる良性腫瘍様奇形を表す一般的な用語である。PHTSには、カウデン(Cowden)症候群(CS)、バナヤン・ライリー・ルバルカバ(Bannayan−Riley−Ruvalcaba)症候群(BRRS)、プロテウス(Proteus)症候群(PS)およびプロテウス(Proteus)様症候群がある。
【0027】
PHTSは、カウデン(Cowden)症候群(多発性過誤腫症候群とも呼ばれる)のほぼすべての症例、および一定割合のバナヤン・ライリー・ルバルカバ(Bannayan−Riley−Ruvalcaba)症候群、プロテウス(Proteus)症候群およびプロテウス(Proteus)様症候群の症例(すなわち、PTEN遺伝子の突然変異に関連する症例)を含む。
【0028】
カウデン(Cowden)症候群は、身体の様々な部位における多発性の、良性腫瘍に似た奇形(過誤腫)の発生を特徴とし、過小診断される遺伝性障害である。また、罹患する個体は、ある種の癌、特に乳房、甲状腺および子宮内膜の癌の素因がある。カウデン(Cowden)症候群の個々の症状は、症例によって異なる。
【0029】
バナヤン・ライリー・ルバルカバ(Bannayan−Riley−Ruvalcaba)症候群は、異常に大きい頭(大頭症)、腸における多発性の良性増殖(過誤腫性ポリープ)の発生(腸ポリポーシス)、脂肪組織(脂肪腫)からなる皮膚直下の良性腫瘍、および出生前後の過剰成長を特徴とする。
【0030】
プロテウス(Proteus)症候群は、身体の様々な部分の不釣合いな過成長を特徴とする稀で複雑な成長障害である。ほとんどの場合、骨、皮膚、中枢神経系および眼の組織ならびに結合組織が侵される。
【0031】
プロテウス(Proteus)様症候群は、プロテウス(Proteus)症候群の特徴が著しいものの、プロテウス(Proteus)症候群、カウデン(Cowden)症候群、およびバナヤン・ライリー・ルバルカバ(Bannayan−Riley−Ruvalcaba)症候群の特定の診断基準を満たしてない個体を説明するのに使用される。
【0032】
PHTSは、染色体10上のq23.3に位置する常染色体優性の腫瘍抑制因子遺伝子、PTEN遺伝子の突然変異により生じる常染色体優性形質として遺伝する。PTENは、ヒトでは、PTEN遺伝子がコードするタンパク質である。PTENは、細胞周期停止およびアポトーシスを媒介する。PTEN遺伝子のコピーの両方が細胞内で変化すると、その影響を受けた細胞は、制御不能に分裂し、プログラムされた細胞死を免れることができる。これらの異常細胞は、蓄積し、PHTSを特徴付ける過誤腫を形成し得る。
【0033】
PTEN遺伝子がコードするタンパク質は、ホスファチジルイノシトール−3,4,5−三リン酸3−ホスファターゼである。これは、二重特異性タンパク質チロシンホスファターゼに類似したテンシン様ドメインおよび触媒ドメインを含む。PTEN遺伝子がコードするタンパク質は、大部分のタンパク質チロシンホスファターゼと異なり、ホスホイノシチド基質を優先的に脱リン酸化し、細胞内のホスファチジルイノシトール−3,4,5−三リン酸の細胞内レベルを負に調節し、それによりAkt/PKBシグナル伝達経路を負に調節することによって腫瘍抑制因子として働く。
【0034】
PHTS障害の予備診断は、当業者に公知であり、本明細書に一般に記載の、個体における一定数および一定種の臨床的特徴の存在に基づき行うことができる。PHTSの最終的な診断は、PTEN遺伝子の変化を遺伝子検査により確認する際に行われる。PTEN遺伝子の遺伝的突然変異に関する市販の検査が、たとえば、Ambry Genetics,Aliso Viejo,CA(THE AMBRY TEST(登録商標))で利用できる。PTEN遺伝子の突然変異およびそのタンパク質産物を評価する遺伝子検査。
【0035】
TSC1遺伝子および/またはTSC2遺伝子の突然変異と同様に、PTEN遺伝子産物の突然変異も、図2に図示したように、mTORの細胞シグナル伝達を増強し、それに伴い、たとえば、S6キナーゼの活性化によりFMRPをリン酸化し、シナプスのタンパク質合成およびシナプス機能を抑制する場合がある。mTOR活性は、PTEN遺伝子、TSC1遺伝子およびTSC2遺伝子のタンパク質産物などの阻害分子の存在下で、阻害され(図2の「X」で示す)、その結果、脆弱X精神遅滞タンパク質(FMRP)の阻害、ひいては、正常なシナプス後のタンパク質合成が行われ得る。mTORのシグナル伝達を阻害する分子、または正常なmTORのシグナル伝達を維持する分子の非存在下で、mTORのシグナル伝達は増強され得、FMRPがリン酸化により活性化され、FMRPの活性化により正常なシナプスのタンパク質合成が抑制される。これが、mTORのシグナル伝達の増強と関連する認知障害および行動障害に寄与する可能性がある。シナプス機能の最適化には、最適なタンパク質合成が極めて重要であり、シナプス後のタンパク質合成がmTORの細胞シグナル伝達の増強により抑制される場合、Group I mGluRのポジティブアロステリックモジュレーター(PAM)を含むGroup I mGluRのシグナル伝達を活性化する化合物により、これを正常化することができる。
【0036】
さらなる実施形態では、本発明の方法により処置される被検体は、シナプス後ニューロン、特に、ニューロンのグルタミン酸シグナル伝達に関与する樹状突起のLTDが抑制された被検体を含み得る。同様に、本発明の方法により処置される被検体は、Group I mGluRアンタゴニスト、Group I mGluRネガティブアロステリックモジュレーター(NAM)、またはGroup I mGluRの細胞シグナル伝達を他の方法で不活性化または抑制する化合物に反応しない、あるいは、処置できない被検体を含み得る。
【0037】
別の実施形態では、本発明の方法により処置される被検体は、自閉症のあるTSCの被検体など、mTORの細胞シグナル伝達の増強を特徴とする自閉症スペクトラム障害の被検体を含み得る。
【0038】
自閉症スペクトラム障害は、コミュニケーション能力、他者との関係を形成する能力、および環境に適切に反応する能力が侵される発達障害である。自閉症スペクトラム障害の個体には、言語および知能が正常な範囲内にある高機能自閉症の個体もいれば、非言語的であり得る、および/または、様々な程度の精神遅滞を呈し得る個体もいる。自閉症スペクトラム障害は、特発性自閉症(たとえば、原因不明の自閉症)を含んでもよい。当業者であれば、たとえば、Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders(DSMMD)(4th ed.,pp.70−71) Washington,D.C.,American Psychiatric,1994に記載されたよく知られた臨床基準を利用して、自閉症スペクトラム障害の個体を診断できるであろう。
【0039】
一実施形態では、Group 1 mGluRを活性化する、本発明の方法に利用される化合物として、Group 1 mGluRアゴニストが含まれる。別の実施形態では、Group 1 mGluRを活性化する本発明の方法に利用される化合物として、Group 1 mGluRのポジティブアロステリックモジュレーター(PAM)がある。
【0040】
代謝型(metabotrophic)グルタミン酸受容体(mGluR)は、局所的にシナプスのタンパク質合成調節することができるグルタミン酸Gタンパク質共役型受容体の異種ファミリーである(Job,C.,et al.,Proc Natl Acad Sci USA 98,13037−42(2001);Todd,P.K.,et al.,Proc Natl Acad Sci USA 100,14374−8(2003);およびWeiler,I.J.,et al.,Proc Natl Acad Sci USA 90,7168−71(1993))mGluRは、3つのグループに分類される。Group 1(Gp1)受容体(mGluR1およびmGluR5)は、共役してホスホリパーゼCを刺激し、ホスホイノシチド加水分解および細胞内カルシウムレベルの上昇、イオンチャネル(たとえば、カリウムチャネル、カルシウムチャネル、非選択的カチオンチャネル)およびN−メチル−D−アスパルテート(NMDA)受容体の調節を行うことができる。mGluR5は、シナプス後ニューロンに存在し得る。mGluR1は、シナプス前ニューロンおよび/またはシナプス後ニューロンに存在し得る。Group 2受容体(mGluR2およびmGluR3)およびGroup 3受容体(mGluR4、6、7および8)は、cAMPの形成、およびGタンパク質活性化内向整流カリウムチャネルを阻害する。Group 2 mGluRおよびGroup 3 mGluRは、アデニリルシクラーゼと負に共役し、一般にシナプス前ニューロンに存在するが、シナプス後ニューロンに存在することもあり、シナプス前ニューロンからのグルタミン酸の放出を抑えるシナプス前自己受容体として働く。グルタミン酸は、脳における主要な興奮性神経伝達物質であり、グルタミン酸受容体は、脳に広く発現する。
【0041】
mGluR依存的な翻訳は、学習および記憶に重要であることが知られている脳の領域、海馬におけるある種の長期抑圧(LTD)などシナプス可塑性の形態に一定の役割を果たすことができる。海馬のLTDのこうした形態は、mGluR5に依存しており、迅速なタンパク質合成を必要とする(Huber,K.M.,et al.,Proc Natl Acad Sci USA 99,7746−50(2002);Huber,K.M.,et al.,Science 288,1254−7(2000))遺伝的突然変異に起因し、精神遅滞および自閉症を呈する脆弱X症候群のマウスモデルでは、mGluRによるLTDが増強される。
【0042】
TSCなどmTORのシグナル伝達が増強した状態を処置するため本発明の方法に利用される組成物は、mGluRのシグナル伝達を活性化する。本明細書で使用する場合、mGluRのシグナル伝達について「活性化する」とは、組成物が、代謝型(metabotrophic)グルタミン酸受容体により細胞シグナル伝達を促す、促進する、または増強することを意味する。mGluRを活性化する組成物として、たとえば、mGluRアゴニストおよびmGluRのポジティブアロステリックモジュレーターからなる群から選択される少なくとも1つの要素がある。
【0043】
mGluRアゴニスト(たとえば、Group 1 mGluRアゴニスト、mGluR1アゴニスト、mGluR5アゴニスト)は、リガンド(たとえば、グルタミン酸)の作用を模倣しており、それによりmGluR1および/またはmGluR5を活性化する。mGluRアゴニストは、たとえば、競合的にまたは非競合的に(たとえば、アロステリックに)リガンド結合を活性化することにより、リガンド−受容体相互作用のレベルで作用してもよい。mGluRアゴニスト(たとえば、mGluR1アゴニスト、mGluR5アゴニスト)は、たとえば、化学的なアゴニストでも、または薬物動態学的なアゴニストでもよい。mGluRアゴニストは、PLCの活性化、細胞内カルシウムの増加、cAMPもしくはアデニルシクラーゼの産生またはレベル、およびイオンチャネル(たとえば、カリウムチャネル、カルシウムチャネル)の刺激もしくは調節など、たとえば、Gタンパク質と受容体の相互作用、またはGタンパク質活性化に関連するその後の細胞シグナル伝達事象を活性化することにより、受容体の下流で作用してもよい。
【0044】
本発明に使用される例示的なmGluRアゴニストとして、式I〜IIIの少なくとも1種の化合物を挙げることができる。
【0045】
Group 1選択的アゴニスト(mGluR1、mGluR5)であるキスカル酸/L−クシクアレート(式I)(Tocris,Sigma)((L)−(+)−a−アミノ−3,5−ジオキソ−1,2,4−オキサジアゾリン−2−プロパン酸)(Brauner−Osborne,H.,et al.,Br J Pharmacol,123(2):p.269−74(1998);Watkins,J.C.,et al.,Trends Pharmacol Sci,11(1):p.25−33(1990);Watkins,J.C.,et al.,Adv Exp Med Biol,268:p.49−55(1990))。
【化1】
【0046】
Group 1選択的アゴニスト(mGluR1、mGluR5)である(S)−3,5−DHPG(式II)(Tocris,Sigma)((S)−3,5−ジヒドロキシフェニルグリシン)(Schoepp,D.D.,et al.,J Neurochem,.63(2):p.769−72(1994);Contractor,A.,et al.,Proc Natl Acad Sci USA,95(15):p.8969−74(1998);Wisniewski,K.,et al.,CNS Drug Rev,8(1):p.101−16(2002))。
【化2】
【0047】
mGluR5アゴニストであるCHPG(式III)(Tocris,Sigma)((RS)−2−クロロ−5−ヒドロキシフェニルグリシン)(Doherty,A.J.,et al.,Neuropharmacology,36(2):p.265−7(1997))。
【化3】
【0048】
mGluRのポジティブアロステリックモジュレーター(PAM)、特にGroup 1 mGluRのPAMは、mGluRの7回膜貫通ドメインのアロステリック部位への結合によりリガンド(たとえば、グルタミン酸)に対するmGluRの感受性を高めることによってmGluRを間接的に活性化する。
【0049】
本発明の方法に使用される例示的なmGluR5のPAMとして、下記(式IV〜XII)の少なくとも1種の化合物を挙げることができる。
【0050】
mGluR5のPAMであるDFB(式IV)(Sigma,Tocris)([(3−フルオロフェニル)メチレン]ヒドラゾン−3−フルオロベンザルデイード)(O’Brien,J.A.,et al.,Mol Pharmacol,64(3):p.731−40(2003))。
【化4】
【0051】
mGluR5のPAMであるCPPHA(式V)(Sigma)(N−{4−クロロ−2−[(1,3−ジオキソ−1,3−ジヒドロ−2H−イソインドール−2−イル)メチル]フェニル}−2−ヒドロキシ/ベンズアミド)(O’Brien,J.A.,et al.,J Pharmacol Exp Ther,309(2):p.568−77(2004))。
【化5】
【0052】
mGluR5のPAMであるCDPPB(式VI)(Tocris,Calbiochem)(3−シアノ−N−(1,3−ジフェニル−1H−ピラゾール−5−イル)ベンズアミド)(Ayala,J.E.,et al.,Neuropsychopharmacology,34(9):p.2057−71(2009);Uslaner,J.M.,et al.,Neuropharmacology,57(5−6):p.531−8(2009);Kinney,G.G.,et al.,J Pharmacol Exp Ther,313(1):p.199−206(2005);Lindsley,C.W.,et al.,J Med Chem,47(24):p.5825−8(2004))。
【化6】
【0053】
mGluR5のPAMであるVU−29(式VII)(4−ニトロ−N−(1,3−ジフェニル−1H−ピラゾール−5−イル)ベンズアミド)(Ayala,J.E.,et al.,Neuropsychopharmacology,34(9):p.2057−71(2009);Chen,Y.,et al.,Mol Pharmacol,71(5):p.1389−98(2007);de Paulis,T.,et al.,J Med Chem,49(11):p.3332−44(2006))。
【化7】
【0054】
mGluR5のPAMであるADX47273(式VIII)([S−(4−フルオロ−フェニル)−{3−[3−(4−フルロ−フェニル)−[1,2,45]オキサジアゾール−5−イル]−ピペリジン−1−イル}−メタノン])(Liu,F.,et al.,J Pharmacol Exp Ther,327(3):p.827−39(2008))。
【化8】
【0055】
本発明の方法に使用される例示的なmGluR1のPAMとして、下記(式IX〜XII)の少なくとも1種の化合物を挙げることができる。
【0056】
mGluR1のPAMであるRo 67−7476(式IX)((S)−2−(4−フルオロフェニ)−1−(トルエン−4−スルホニル)ピリジン)(Wisniewski,K.,et al.,CNS Drug Rev,8(1):p.101−16(2002);Doherty,A.J.,et al.,Neuropharmacology,36(2):p.265−7(1997);Knoflach,F.,et al.,Proc Natl Acad Sci USA,98(23):p.13402−7(2001))。
【化9】
【0057】
mGluR1のPAMであるRo 67−4853(式X)(ブチル(9H−キサンテン−9−カルボニル)カルバメート)(Wichmann,J.,et al.,Farmaco,.57(12):p.989−92(2002))。
【化10】
【0058】
mGluR1のPAMであるRo 01−6128(式XI)(ジフェニルアセチル−カルバミン酸エチルエステル)(Wichmann,J.,et al.,Farmaco,.57(12):p.989−92(2002))。
【化11】
【0059】
mGluR1のPAMであるVU−71(式XII)(4−ニトロ−N−(1,4−ジフェニル−1H−ピルゾール−5−イル)ベンズアミド)(Hemstapat,K.,et al.,Mol Pharmacol,70(2):p.616−26(2006))。
【化12】
【0060】
一実施形態では、本発明の方法により処置される、TSCの被検体などmTORのシグナル伝達が増強した被検体は、自閉症でもある。
【0061】
本発明の方法により処置される被検体は、ヒト(「患者」ともいう)を含む。本発明の方法により処置されるヒトは、子供であってもよい。子供は、乳児期および青年期を含むどのような年齢でも処置することができる。本発明の方法により処置されるヒトは、成人(18歳を超える)でも、高齢者(65歳を超える)でもよい。
【0062】
本発明の方法により処置される被検体は、注意、実行機能、反応時間、学習、情報処理、概念的理解、問題解決、語流暢性、または記憶(たとえば、記憶固定、短期記憶、作業記憶、長期記憶、陳述記憶または手続き記憶)の障害など認知障害を持っていてもよい。
【0063】
本明細書に記載の方法により処置される認知機能の障害は、受容可能な感覚刺激または感情刺激の全体から、所与の時点に集中して最も適切もしくは望ましい刺激を選別する能力またはプロセスである注意の障害であってもよい(Kinchla,R.A.,et al.,Annu.Rev.Psychol.43:711−742(1992))。認知プロセスの障害は、意志決定、計画、自発性、優先順位付け、順序付け、運動制御、情動制御、抑制、問題解決、計画、衝動制御、目標設定、行為の結果の監視、および自己修正などの神経心理学的な機能である実行機能の障害であってもよい(Elliott,R.,Br.Med.Bull.65:49−59(2003))。認知障害は、用心深さ、覚醒、覚醒状態、不眠、および反応時間の情報処理、概念的理解、問題解決、ならびに/または語流暢性の障害であってもよい。当業者であれば、Reyの聴覚言語学習検査(RAVLT:Rey Auditory and Verbal Learning Test);子供の記憶尺度(CMS:Children’s Memory Scale);文脈記憶検査(Contextual Memory Test);連続認識記憶検査(CMRT:Continuous Recognition Memory Test);姓名関連性(First−Last Name Association)(Youngjohn J.R.,et al.,Archives of Clinical Neuropsychology 6:287−300(1991));Wechsler記憶評価尺度改訂版(Wechsler Memory Scale−Revised)(Wechsler,D.,Wechsler Memory Scale−Revised Manual,NY,NY,The Psychological Corp.(1987));認知薬物研究(CDR:Cognitive Drug Research)のコンピューター機能検査(Computerized Assessment Battery)−Wesnes;Buschkeの選択的想起検査(Selective Reminder Test)(Buschke,H.,et al.,Neurology 24:1019−1025(1974));電話ダイヤル検査(Telephone Dialing Test);および簡易視空間記憶検査−改訂版(Brief Visuospatial Memory Test−Revised)などよく知られた検査を利用して、個体の認知機能の障害を特定し、評価できるであろう。
【0064】
一実施形態では、本発明の方法により処置される被検体は、聴原発作および癲癇発作からなる群から選択される少なくとも1種の発作性疾患などの発作性疾患である。
【0065】
発作性疾患は、脳における異常な電気伝導によって起こり、筋肉の不随意筋運動、感覚障害(disturbance)、および意識変容など一過性の神経症状が突然発生することがある。発作性疾患は、発作が脳の特定の領域に限局している(部分起始または焦点性起始発作)か、あるいは、脳全体に分布している(全般発作)かどうかに基づき分類することができる。部分発作はさらに、意識が影響を受けた程度により分類される(単純部分発作および複雑部分発作)。意識に影響が見られない場合が、単純部分発作であり、そうでない場合は、複雑部分発作である。部分発作は、脳内に広がる場合があり、これを二次性全般化という。全般発作は、身体への影響により分類されるが、全般発作はどれも意識消失を伴う。こうした発作として、欠神発作、ミオクローヌス発作、間代発作、強直発作、強直間代発作および脱力発作がある。混合発作は、同じ患者に全般発作および部分発作の両方が存在するものと定義される。聴原発作は、音、たとえば、突然の音または大きな音により引き起こされ得る。癲癇発作は、癲癇において起こる、反復性無熱発作を特徴とする一般的な慢性神経障害である。
【0066】
本発明の方法に利用される、mGluRを活性化する組成物は、約0.1mg/kg体重〜約1mg/kg体重;約1mg/kg体重〜約5mg/kg体重;または約5mg/kg体重〜約15mg/kg体重の用量で投与してもよい。組成物は、約0.01mg、約0.05mg、約0.1mg、約0.5mg、約1mg、約2mg、約10mg、約25mg、約50mg、約100mg、約200mg、約250mg、約300mg、約400mg、約500mg、約600mg、約700mg、約900mg、約1000mg、約1200mg、約1400mg、約1600mg、約2000mg、約500mg、約10,000mg、約50,000mg、または約100,000mgの用量で投与してもよい。組成物は、1日1回投与しても、または1日複数(たとえば、2、3、4、5)回投与してもよい。
【0067】
本発明の方法に利用される化合物は、被検体の特定の障害または状態の処置に利用される他の化合物の投与と共に(たとえば、前に、同時に、連続的にまたは後に)被検体に投与することができる。たとえば、本発明の組成物は、抗不安処置剤および抗発作処置剤からなる群から選択される少なくとも1種の要素と共に投与してもよい。
【0068】
本発明の方法に利用される組成物は、被検体に急性(短時間または短期間)投与しても、または慢性(長時間または長期間)投与してもよい。
【0069】
本発明の方法により処置される、mTORのシグナル伝達が増強した被検体はまた、知能または精神遅滞が平均より低くてもよい。知能とは、問題について思考、学習および解決する被検体の能力をいう。mTORのシグナル伝達が増強した精神遅滞の被検体は、学習するのが困難な場合があり、コミュニケーションの方法など社会的能力を学習するのに長い時間を要することがあり、自己を管理する、あるいは、成人として1人で生活する能力が低い可能性がある。
【0070】
本発明の方法に利用される組成物は、複数の投与経路(たとえば、筋肉内、経口、鼻腔内、吸入、局所、経皮)により被検体、特にヒトに投与してもよい。本発明の方法に利用される組成物(たとえば、mGluRアゴニスト、mGluRのPAM)は、単独で投与して、あるいは、通常の賦形剤、たとえば、被検体に投与される化合物)と有害な反応を起こさない、経腸適用または非経口適用に好適な薬学的にもしくは生理学的に許容可能な有機または無機キャリア物質との混合物として投与してもよい。好適な薬学的に許容されるキャリアとして、水、塩溶液(リンゲル液など)、アルコール、油、ゼラチン、およびラクトース、アミロースまたはデンプンなどの炭水化物、脂肪酸エステル、ヒドロキシメチセルロース、およびポリビニルピロリジンが含まれる。こうした調製物は滅菌し、必要に応じて、本発明の方法に利用される化合物と有害な反応を起こさない滑沢剤、防腐剤、安定剤、湿潤剤、乳化剤、浸透圧に影響を与える塩、緩衝液、着色物質および/または芳香物質、ならびに同種のものなどの助剤と混合してもよい。調製物はまた、所望の場合、代謝分解を抑えるため他の活性物質と組み合わせてもよい。本発明の方法に利用される組成物は、単独でまたは混合物と組み合わせて、所望の効果を得る(たとえば、認知を改善する)ため、単回投与しても、または一定期間にわたり2回以上投与(反復投与)してもよい。
【0071】
非経口適用が必要または所望である場合、本発明の方法に利用される化合物に特に好適な混合物は、注射用滅菌溶液、好ましくは油性または水性溶液のほか、懸濁液、エマルジョン、または坐剤などの植込錠がある。特に、非経口投与のキャリアとして、デキストロース水溶液、食塩水、純水、エタノール、グリセロール、プロピレングリコール、ピーナッツ油、ゴマ油、ポリオキシエチレンブロックポリマー、および同種のものがある。アンプル剤は、都合のよい単位用量剤(unit dosages)である。本発明の方法に使用される化合物はまた、リポソームに組み込んでも、または経皮ポンプまたはパッチにより投与してもよい。本発明に使用するのに好適な医薬品混合物は、当業者によく知られており、たとえば、Pharmaceutical Sciences(17th Ed.,Mack Pub. Co.,Easton,PA)および国際公開第96/05309号パンフレットに記載されている。
【0072】
被検体に投与される投与量および頻度(単回投与または反復投与)は、認知障害、精神遅滞、自閉症および発作性疾患の重症度など状態の重症度;組成物の投与経路;年齢、性別、健康および体重、併用処置の種類(たとえば、行動変容、抗痙攣薬)、たとえば、発作性疾患、認知機能の障害の合併症;または他の健康に関連する問題など様々な因子によって異なってもよい。他の治療レジメンまたは治療薬を本発明の方法と併用してもよい。たとえば、本発明の方法に利用される組成物の投与に、行動変容および抗発作薬を併用してもよい。確立された投与量(たとえば、頻度および持続期間)の調整および操作については、十分に当業者の能力の範囲内である。
【0073】
本明細書では、mGluRアゴニストまたはmGluRのPAMなど、Group 1 mGluRのシグナル伝達を活性化する組成物の量をいう場合、「有効量」は、「治療有効量」ともいい、被検体に投与した場合、薬効に十分な化合物、組成物、mGluRアゴニストまたはmGluRのPAMの量または用量(たとえば、行動または認知スコアの臨床的改善を示す;発作性疾患緩和するのに十分な量)を意味する。
【0074】
本発明の方法に利用される化合物の実験的評価は、本明細書に記載するような野生型マウスとTsc2+/−マウスとの比較などの前臨床技術を用いて行うことができる。たとえば、文脈的恐怖条件付け、モリス水迷路課題、眼優位可塑性の評価、および5−選択反応時間課題を利用することができる。
【0075】
文脈的恐怖条件付けは、海馬依存的な学習の一般的な指標である。最近の研究では、文脈性恐怖条件付け課題で訓練されたTsc2+/−マウスは、訓練された文脈と新規な文脈とを弁別する能力が欠損していることが示された(Ehninger,D.,et al.,Nat Med 14,843−8(2008))。
【0076】
モリス水迷路課題は、海馬依存的学習のもう1つの確立された尺度である。mTORのシグナル伝達が増強した被検体は、この課題の実行に障害がある可能性がある。文脈的恐怖条件付け課題の場合と同様、このパラダイムは、mTORのシグナル伝達が増強した被検体における電気生理学的障害と行動障害との間の関係と、これらの障害におけるmTORのシグナル伝達とmGluRのシグナル伝達との間の関係のもう1つの尺度となる。モリス水迷路課題において、mGluR5のPAMによる処置が、mTORのシグナル伝達が増強したマウスの成績を高める能力は、以前に記載されたように判定することができる(Ehninger,D.,et al.,Nat Med 14,843−8(2008))。
【0077】
簡単に説明すると、野生型、およびmTORのシグナル伝達が増強したマウス(8〜12週齡)を、モリス水迷路の隠されたプラットフォーム版により、1日4試行、5日間連続でトレーニングを行って訓練することができる。逃避プラットフォームは、一定の位置の水面下1cmに隠されている。マウスは、いくつかの地点の1つからプールに入れる。訓練試行は、マウスがプラットフォームに到達するか、あるいは、約60秒が経過したときに終了する。マウスは、約15秒間プラットフォーム上でそのままにし、その後プールから出す。訓練が終了したら、プラットフォームを取り除いてある間にプローブ試行を行ってもよい。空間学習は、プローブ試行における象限の滞在時間および標的横断回数により評価される。
【0078】
Group 1 mGluRのシグナル伝達を活性化する組成物の注射は、各訓練セッションの30分前に毎日投与してもよい。プローブ試行の日には、注射を投与しなくてもよい。4群(野生型+ビヒクル、増強されたmTOR+ビヒクル、野生型+薬剤、および増強されたmTOR+薬剤)を評価すればよい。実験はすべて、遺伝子型をブラインドにして行い、遺伝子型および処置のヨークト・コントロールを含む。
【0079】
視覚野は、皮質回路および機能の経験依存的発達の確立されたモデルである。近年、マウスは、これらの研究に好まれる種になっており、視覚野可塑性の機構の理解がかなり進んでいる。短期間の単眼遮蔽(MD)では、遮蔽眼に対して興奮性シナプス伝達が最初に起こり、その後遮蔽されていない眼に対して代償性のシナプス増強が起こる(Frenkel,M.Y.,et al.,Neuron 44,917−23(2004))。短期間の単眼遮蔽(MD)に対する正常な皮質応答は、LTD、長期増強(LTP)、メタ可塑性、シナプスのホメオスタシスのほか、抑制性および構造可塑性の機構に関与している(Smith,G.B.,et al.,Philos Trans R Soc Lond B Biol Sci 364,357−67(2009))。さらに、視覚野応答は、知覚学習の機構を明らかにすると考えられる現象である選択的視覚経験の後に増強され得る。(Frenkel,M.Y.,et al.,Neuron 51,339−49(2006))。遺伝的に定義された脳発達障害、脆弱X症候群(Dolen,G.,et al.,Neuron 56,955−62(2007))およびアンジェルマン症候群(Yashiro,K.,et al.,Nat Neurosci 12,777−83(2009))などのマウス視覚野モデルを用いることにより、治療上重要な知見が既に得られている。こうしたアッセイは、皮質シナプス可塑性においてmTORのシグナル伝達が増強した任意の障害マウスの特徴付けを行い、そうした障害に対するGroup 1 mGluRのPAMなどのGroup 1 mGluRの活性剤による処置の作用を評価することができる。
【0080】
視覚野可塑性は、視覚野可塑性を高度に理解することにより、マウスでモデル化できる遺伝性障害におけるシナプスの病態生理学を明らかにする好適なモデルとなる。ODの変化はMD後に加速すると見られることから、mTORのシグナル伝達を単に抑制することにより、「過剰な可塑性(hyperplasticity)」が著しく修正され得ることが示唆される。
【0081】
視覚誘発電位(VEP)は、MDの1日後、3日後および7日後に生じる。短期間のMDでは、遮蔽眼の応答が選択的に抑制され、1日で明確になり、3日で漸近線に達する。このため、これらの遮蔽プロトコルから、シナプス抑制の速度および量が測定される。MDから7日目に、遮蔽されていない眼から代償性のシナプス増強が起こる。VEPは、視機能の高感度の指標であり、ベースライン視力およびコントラスト感度の測定に使用することができる。このアプローチは、単一神経記録などの他の記録方法、および変異マウスの視覚野および受容野特性の全体的な構造を評価するための光学イメージングと共に利用してもよい。VEPの記録では、50mg/kgのケタミンおよび10mg/kgのキシラジンで動物を腹腔内麻酔しながら、皮質表面下約450μmの両眼の視覚野にタングステン微小電極を刺入し、前頭前皮質の両側に参照電極を設置する。単眼遮蔽には、縫合糸を使用する。イソフルオランで麻酔後、目蓋をトリミングし(trimmed)、3針縫って、目蓋全体を閉鎖する。
【0082】
マウスは、縫合した眼が完全に閉じられており、感染していないことを確認するため、毎日モニターする。遮蔽から3日後、縫い目を取り、眼を食塩水でフラッシュする。刺激は、コントラスト0%および100%の全視野(full−field)正弦波格子、1Hzで反転した矩形波(square reversing at 1 Hz)から構成され、コンピューターモニターに0.05cycles/degreeで提示する。VEPは、水平バー(bar)または垂直バー(bar)のどちらかにより誘発される。ディスプレイは、マウスの前方20cmに配置し、正中を中心とすることで、視野の92°×66°を占める。VEPの記録は、覚醒している頭部固定マウスを用いて行う。動物は、記録中、警戒して静止している。視覚刺激は、左右の眼にランダムに提示する。各条件につき、合計約100〜約200の刺激を提示する。VEPの振幅は、ピークツーピーク応答の振幅を測定することにより定量し、データは、0日目の同側眼の値に正規化する。統計解析は、MANOVA(登録商標)を用いて行い、遺伝子型の主効果が観察された場合、続いて事後解析を行う。
【0083】
覚醒しているマウスでは、単一方位でコントラスト反転正弦波格子刺激を毎日提示すると、そうした刺激により誘発されたVEPの特定の増強作用、SRP(「刺激選択的応答増強作用(stimulus−selective response potentiation)」)と呼ばれる現象が起こる。SRPは、ヒト知覚学習のいくつかの形態で記載された特性と類似の特性を共有する(Karni,A.,et al.,Curr Opin Neurobiol 7,530−5(1997))。機構的には、この自然発生的なシナプス強度の増強は、入力特異的、NMDA受容体依存的、速やかに誘発される、飽和性、持続性、およびタンパク質合成依存的であるため、長期増強(LTP)といくつかの特性を共有する(Frenkel,M.Y.,et al.,Neuron 51,339−49(2006))。
【0084】
確立された技術により、mTORのシグナル伝達が増強したマウスが知覚学習を行う能力を評価することができ、皮質シナプスの強化の自然発生的形態に何らかの障害があるかどうかを判定することが可能である。SRPに何らかの障害が確認された際に、こうした障害は、本明細書に記載の方法により特定することができる。これらの薬理学的な救出実験におけるSRPの主な利点は、視覚経験の短時間のエピソードによりシナプス修飾が誘発され、1時間以下持続することである。このため、SRPは、長期処置を要すると考えられる眼優位可塑性と異なり、被検化合物の急性注入により操作することができる。SRPは、ヒトで類似(analagous)現象が観察されている(Ross,R.M.,et al.,Brain Res Bull 76,97−101(2008))。
【0085】
視覚野の記録電極の長期刺入、および記録装置への馴化は、上記のように実施することができる。動物には、1Hzの固定時間周波数(fixed temporal frequency of presentation of 1 Hz)と同位相で交互する、固定方位の正弦波格子刺激(約0.05cyc/deg、コントラスト100%)の曝露を毎日施す。日々の各訓練セッションにおいて、視覚刺激(約400刺激)を両眼にランダムに、さらに左眼および右眼に提示する。視覚刺激の提示は、SRPが飽和するまで毎日行う。SRPの飽和は、野生型動物では、4〜5日以内に起こることが明らかになっている(Frenkel,M.Y.,et al.,Neuron 51,339−49(2006))VEP振幅は、前述のようにトラフからピークまでの応答振幅を測定することにより定量する。パターン視覚刺激により誘発されない活性を測定するため、コントラスト0%の刺激に対する応答も収集する。
【0086】
野生型コントロールと比較してmTORのシグナル伝達が増強したマウスのSRPに差が存在する場合、被検体に、本発明の方法に利用される組成物または適切なビヒクルを腹腔内に投与してもよい。注射は、選択的視覚経験の約30〜約120分前に行い、約24時間後に応答の増強を評価する。実験群(野生型+ビヒクル、増強されたmTOR+ビヒクル、野生型+薬剤、および増強されたmTOR+薬剤)は、本明細書に記載するように評価する。実験はすべて、遺伝子型をブラインドにして行い、遺伝子型および処置のヨークト・コントロールを含む。
【0087】
TSCのmTORのシグナル伝達の増強と関連する認知障害は、実行−注意機能の障害を含む(Prather,P.,et al.,J Child Neurol 19,666−74(2004);およびGillberg,I.C.,et al.,Dev Med Child Neurol 36,50−6(1994))。実行機能とは、注意、抑制制御、および認知的柔軟性に関係する一連の認知能力をいう。TSC、およびmTORのシグナル伝達の増強を特徴とする他の状態におけるこの中核障害に関する広範な臨床研究にもかかわらず、前臨床研究では、実行機能不全の障害はほとんど注目を集めてこなかった。mTORのシグナル伝達が増強した被検体の実行機能を評価する一連の行動指標があれば、その後これを利用してこの中核障害における代謝型グルタミン酸受容体のシグナル伝達の役割の調査を行うことができる。
【0088】
5−選択反応時間課題(5CSRTT)は、齧歯動物の実行機能の評価に使用される確立されたオペラント条件付けパラダイムである(Ehninger,D.,et al.,Nat Med 14,843−8(2008))。これは、ヒトの持続処理課題に相当する齧歯動物の課題として開発された(Chudasama,Y.,et al.,Biol Psychol 73,19−38(2006);およびWrenn,C.C.,et al.,Pharmacol Biochem Behav 83,428−40(2006))。5CSRTTの主な目的は、持続的注意を評価することであるが、衝動性および反復応答(repetitive responding)を測定するように改変してもよい。
【0089】
この課題では、食雑誌およびペレットディスペンサー、刺激光、照明、ならびに5つのノーズポーク開口部が装備されたオペラント条件付けチャンバー(Med Associates,USA)にマウスを入れる。これらのノーズポーク開口部は、それぞれ個別に照射して短時間の視覚刺激を与えてもよく、マウスは、これらの視覚刺激のため、課題を終了するにはノーズポーク開口部を連続的にモニターする必要がある。マウスを装置に馴化させ、照射開口部で報酬としての食物が得られるようにノーズポークの訓練を行う。各試行の開始時に、5つの開口部の1つをランダムに作用開口部に指定して、その試行で照射する。マウスは、食物ペレットを得るため照射開口部に応答する必要である(正しい応答)。非照射開口部に応答する(誤った応答)、刺激終了から5秒間または5秒以内に応答しない(オミッションエラー)、および刺激の開始前に開口部の1つに応答する(予測的誤り)場合、2秒中断し、その間、照明および他のすべての明かりを消す。
【0090】
マウスが5CSRTTを学習できない場合でも、なお動物の行動のいくつかの別の面を評価することができる。予測的応答(ノーズポークが早すぎる場合と定義される)は、ヒトの衝動性に類似していると考えられる。固執性応答(正しい応答後、新しい試行の開始前に行われる追加のノーズポーク)は、ヒトの強迫行動に類似していると考えられる。この課題では、報酬規則について、刺激の位置ではなく開口部の位置を変えて逆転学習を評価してもよい。5CSRTTは複雑な課題ではあるが、一方、非常に柔軟性もあり、多くの認知の特徴を調べることができる。
【0091】
Group 1 mGluRを活性化する組成物による処置は、mTORのシグナル伝達を正常化することにより、mTORのシグナル伝達が増強したマウスの5CSRTTの行動を回復させることができる。5CSRTTの訓練にはいくつかの段階があり、処置の適切なタイミングを判定することができる。mTORのシグナル伝達が増強したマウスがこの課題の習得に障害がある場合、訓練の初日から注射を投与する。しかしながら、mTORのシグナル伝達が増強したマウスが5CSRTTを学習できるが、課題のある状況で障害がある場合、まず訓練後に施した処置が、これらの障害を劇的に救うかどうかを判定してもよい。救出しない場合、訓練プロセスを通じて長期の処置を行う。
【実施例】
【0092】
実施例1−ニューロンのシグナル伝達の変化
ヒトTSCは、脳を含む多臓器での過誤腫の増殖を特徴とする。TSC1またはTSC2突然変異はとりわけ、mTORC1と呼ばれるタンパク質複合体内のmTORに対して高特異性を有するRasファミリーGTPase、Rhebを阻害する働きをするタンパク質複合体を破壊する。RhebによるmTORC1の活性化は、mRNAの翻訳および細胞増殖を刺激することができ、過剰な活性化がTSCで病原性を示すと考えられる(Ehninger,D.,et al.,Nat Med 14,843−8(2008))。TSCの一部の症候(たとえば、発作)は、大脳皮質における結節の増殖と関連していると考えられるが、認知障害および自閉症などの他の症候は、シナプスでの異常なシグナル伝達に起因すると提唱されている(deVries,P.J.,et al.,Trends Mol Med 13:319(2007))。Tsc1またはTsc2にヘテロ接合性の機能喪失型突然変異を持つように操作されたマウスは、腫瘍または発作がなくても海馬依存的な学習および記憶障害になることが明らかにされている(Goorden,S.M.,et al.,Ann Neurol 62,648−55(2007);Ehninger,D.,et al.,Nat Med 14,843−8(2008))。Tsc2+/−マウスを出生後mTORC1阻害剤ラパマイシンで処置すると、海馬記憶障害が軽減されることが明らかになったことから、TSCのいくつかの状況が薬物療法に適している可能性が示唆されて注目されている。
【0093】
Tsc2+/−マウスのシナプス機能は、mTORC1活性の増強に応答して変化したシナプスのタンパク質合成に関連している可能性がある。LTDは、シナプスにおけるmRNAの翻訳の高感度の機能情報(functional read−out)である(Huber,K.M.,et al.,Science 288,1254−7(2000))。雄Tsc2+/−マウスの海馬におけるmGluR依存的LTDの変化について記載する。
【0094】
動物
C57Bl/6Jクローンから樹立したTsc2+/−雄および雌変異マウスをC57Bl/6J WTパートナーと交配し、WT子孫およびTsc2+/−子孫を得て使用した。実験動物はすべて、年齢を一致させた雄同腹仔であり、実験者に対して遺伝子型および処置条件をブラインドにして試験した。動物は、群飼して、明暗周期各12時間で飼育した。
【0095】
電気生理学
NaCl 87、スクロース 75、KCl 2.5、NaH2PO4 1.25、NaHCO3 25、CaCl2 0.5、MgSO4 7、アスコルビン酸 1.3、およびD−グルコース 10(95%O2/5%CO2飽和)を(mM単位で)含む氷冷解離緩衝液中、急性海馬スライスをP25〜30の動物から調製した。スライスした直後にCA3領域を除去した。NaCl 124、KCl 5、NaH2PO4 1.23、NaHCO3 26、CaCl2 2、MgCl2 1、およびD−グルコース 10(95%O2/5%CO2飽和)を含む32.5℃の人工脳脊髄液(ACSF)で、記録の約≧3時間前にスライスを回復させた。
【0096】
30℃でACSF(約2〜3ml/分)を灌流した浸漬チャンバー(submersion chamber)を用いて、フィールド記録法を実施した。ACSFを満たした細胞外電極でCA1放射状層のフィールドEPSP(fEPSP)を記録した。ベースライン応答は、約0.2msの刺激を使用して2コンタクトクラスター電極(2−contact cluster electrode)(FHC)により0.033HzでSchaffer側枝を刺激して誘発し、最大応答の約40〜60%を得た。fEPSPの記録は、約0.1Hz〜1kHzのフィルターをかけ、10kHzでデジタル化し、pClamp9(Axon Instruments)を用いて解析した。応答の最初のスロープを用いてシナプス強度の変化を評価した。データは、ベースライン応答に正規化を行い、群平均±SEMで表す。LTDは、DHPGの適用から約55〜60分後の平均応答をベースラインの最後の5分の平均と比較して測定した。
【0097】
入出力機能は、電流を段階的に増加させて(約20μA、約40μA、約80μA、約120μA、約200μA、約300μA)スライスを刺激し、fEPSP応答を記録することにより調べた。2連発刺激の促通を、2つのパルスを様々な刺激間隔(約10ms、約20ms、約50ms、約100ms、約200ms、約300ms、約500ms)で印加することにより誘発した。促通は、刺激1に対する刺激2のfEPSPスロープの比率により測定した。NMDAR依存的LTDについては、1Hzで900テストパルスを与えることにより誘発した。mGluR−LTDを、R,S−ジヒドロキシフェニルグリシン(R,S−DHPG、50μM)またはS−ジヒドロキシフェニルグリシン(S−DHPG、25μM)を約5分間適用することにより誘発した。その作用は、処置後60分続いた。一部の実験では、スライスをタンパク質合成阻害剤シクロヘキシミド(60μM)と、以下のように、ベースライン記録中に約20分、DHPG適用中に約5分、およびDHPG適用後約5分、合わせて30分間インキュベートした。
【0098】
mGluRのPAMの実験では、シクロヘキシミドあるいはコントロールACSFの存在下、上記と同じ要領でスライスをCDPPB(10μM)またはDMSOコントロールで約30分間前処理した。ラパマイシンの実験では、スライスを、シクロヘキシミドを用いてあるいは用いずに、DHPG適用前の少なくとも30分間ラパマイシン(20nM)またはDMSOコントロールで前処理し、実験の間ずっと行った。有意性は、2元配置分散分析(ANOVA)および事後のスチューデントのt検定により判定した。実験はすべて、遺伝子型をブラインドにして行い、遺伝子型および処理のインターリーブコントロール(interleaved control)を含む。
【0099】
試薬
(R,S)−3,5−ジヒドロキシフェニルグリシン(R,S−DHPG)はTocris Biosciences(Ellisville,MO)から購入し、(S)−3,5−ジヒドロキシフェニルグリシン(S−DHPG)はSigma(St. Louis,MO)から購入した。DHPGの新鮮なビンをH2Oの100×ストック液として準備し、アリコートに分けて、−80℃で保存した。新鮮なストック液は、週1回作製した。ラパマイシン(EMD Biosciences,San Diego,CA)は、10mMのストック液を含むDMSOで調製し、−80℃で保存した。ラパマイシンの最終濃度は、<0.01%DMSO中20nMであった。シクロヘキシミド(Sigma)は、H2Oの100×ストック液で毎日調製した。スライスの実験では、75mMのストック液を含むDMSOで3−シアノ−N−(1,3−ジフェニル−1H−ピラゾール−5−イル)ベンズアミド(CDPPB,EMD Biosciences)を調製し、ACSFで希釈して最終濃度を<0.1%DMSO中10μMとした。インビボ実験では、CDDPBを、20%(2−ヒドロキシプロピル)−β−シクロデキストリンを含む食塩水からなるビヒクルに懸濁した。他の試薬はすべて、Sigmaから購入した。
【0100】
Tsc2+/−マウスのmGluR依存的LTDは変化する
選択的アゴニストDHPG((R,S)−3,5−ジヒドロキシフェニルグリシン)によるGroup 1 mGluRの活性化は、2つの独立の機構、すなわちシナプス前のグルタミン酸放出の可能性の低下(Fitzjohn,S.M.,et al.,J.Physiol.537:421(2001);およびNosyreva,E.D.,et al.,J.Neuroscience 25:2992(2005))、およびシナプス後のAMPA受容体の発現の低下(Nosyreva,E.D.,et al.,J.Neuroscience 25:2992(2005))により、海馬のCA1領域のLTDを誘導する。野生型(WT)動物の場合、シナプス後修飾には、海馬錐体ニューロンの樹状突起で利用可能なmRNAの迅速な翻訳が不可欠であることが知られている(Huber,K.M.,et al.,Science 288,1254−7(2000);およびSnyder,E.M.,et al.,Nat.Neurosci 4:1079(2001))。
【0101】
試験した年齢幅(出生後の日数(P)25〜30)のWTマウス(C57Bl/6J)のLTDは、タンパク質合成阻害剤シクロヘキシミド(60μM;図3A)により確実に低下した。LTDのシナプス前成分は、2連発刺激の促通(PPF)を測定することによりモニターした。2連発刺激の促通(PPF)は、DHPG後に持続的な増大を示し(図3D)、これは、最初の刺激により放出されるグルタミン酸の可能性の低下によるとされている(Fitzjohn,S.M.,et al.,J.Physiol.537:421(2001);およびNosyreva,E.D.,et al.,J.Neuroscience 25:2992(2005))。PPFの変化は、シクロヘキシミド(図3D)により阻害されないことから、この薬剤の存在下で残留するLTD(residual LTD)は、シナプス前性に発現することが示唆される。
【0102】
図3Aは、Gp1mGluR選択的アゴニストR,S−DHPG(50μM)またはS−DHPG(25μM)の5分間の適用(黒いバー)が、WTマウス由来の海馬スライスのCA1領域にLTDを誘発することを示す。LTDは、タンパク質合成阻害剤シクロヘキシミド(CHX、60μM、グレーのバー)を用いた前処理により有意に減弱される(コントロール:76±2.6%、n=11;CHX:85.6±3.4%、n=7;*p<0.01)。図3Bは、DHPGが、同腹仔のWTマウスのスライスと比較してTsc2+/−マウス由来のスライスで、LTDを非常に誘発しにくいことを示す(WT:74.1±2.0%、n=10;Tsc2+/− 85.2±2.7%、n=12;*p<0.01)。図3Cは、CHX処理が、Tsc2+/−マウス由来のスライスのDHPG−LTDに影響を与えないことを示す(コントロール:85.2±2.7%、n=12;CHX:83.5±2.1%、n=7、p=0.61)。代表的な電場電位のトレース(平均10スイープ(sweep))を、数字で表示した時間に得た。図3Dのスケールバーは、0.5mV、5msに相当し、シナプス前LTDが、遺伝子型またはCHXにより影響を受けないことを示す。PPFは、CHXあるいはコントロールACSFで前処理したスライスでベースライン期間中、およびDHPG適用から60分後に評価した。DHPGは、野生型マウスおよびTsc2+/−マウス由来のスライスのPPFを共に有意に増大させ(50msの刺激間隔のPPF:WT ベースライン:1.43±0.02、WT DHPG:1.59±0.04、n=9、*p<0.001;Tsc2+/− ベースライン:1.43±0.02、Tsc2+/− DHPG:1.63±0.02、n=9、*p<0.001)、この作用は、シクロヘキシミドにより遮断されなかった(WT DHPG+CHX:1.58±0.05、n=11、p=0.84;Tsc2+/− DHPG+CHX:1.62±0.04、n=7、p=0.80)。
【0103】
Tsc2+/−マウスのCA1の基礎シナプス伝達は、正常のようであり、LTDのNMDA受容体依存的形態に差がない(図4A〜図4C)ことから、Tsc2+/−変異体のmGluR依存的LTDには、特定の障害があることが示される(図3B)。変異体におけるDHPG後の持続的なPPFの変化は、WTと変わらなかったものの、シナプス後修飾が不十分であることが示唆された(図3D)。Tsc2+/−動物では、WTと異なり、シクロヘキシミド処理がLTDに影響を与えなかった(図3C)。これらのデータは、変異マウスにおけるLTDのタンパク質合成依存的成分が選択的に消失されることを示唆する。このため、野生型マウスおよびTsc2+/−マウス由来のスライスを用いて、タンパク質合成速度を直接測定した。図3Eは、Tsc2+/−マウス由来の海馬スライスでは、野生型コントロールと比較してタンパク質合成速度が低下したことを示す(WT:100±3%;TSC:88.2±3%;n=12、p<0.05)ことから、mTORのシグナル伝達の増強がタンパク質合成を低下させ、その結果LTDのタンパク質合成依存的成分が消失することが示唆される。
【0104】
図4Aは、基礎シナプス伝達(シナプス前線維斉射振幅に対するfEPSP振幅としてプロット)が遺伝子型間で異ならないことを示す。スケールバーは、代表的な電場電位のトレースの0.5mV、5msに相当する。図4Bは、Tsc2+/−マウスにおいて、2連発刺激の促通が複数の刺激間隔で正常であることを示す。スケールバーは、代表的な電場電位のトレースの0.5mV、20msに相当する。図4Cは、低周波刺激(LFS、1Hz 900パルス)により誘発されるNMDAR依存的LTDの大きさが遺伝子型間で異ならないことを示す(WT:78.9±3.8%、n=6;Tsc:77.1±2.7%、n=6;p=0.69)。代表的な電場電位のトレース(平均10スイープ(sweep))を、数字で表示した時間に得た。スケールバーは、0.5mV、5msに相当する。
【0105】
mGluR−長期抑圧(LTD)は、特性がよく解明された、Gp1 mGluRが介在するプロセスである。Gp1 mGluRの活性化は、種々の細胞およびシナプス作用を有し得る(Lee,A.C.,et al.,J Neurophysiol 88,1625−33(2002);Vanderklish,P.W.,et al.,Proc Natl Acad Sci USA 99,1639−44(2002);Neyman,S.,et al.,Eur J Neurosci 27,1345−52(2008);およびFrancesconi,W.,et al.,Brain Res 1022,12−8(2004))。これらの変化の多くは、迅速な新規のタンパク質合成に依存している(Merlin,L.R.,et al.,J Neurophysiol 80,989−93(1998);およびRaymond,C.R.,et al.,J Neurosci 20,969−76(2000))。これらのプロセスの大部分が、mGluR−LTDを含むTSCに見られる複数の症状に関与している可能性がある。海馬のmGluR−LTDのレベルとタンパク質合成速度との間で相互関係が確認されており、mGluR5活性を調節すると、タンパク質合成速度に直接作用することが明らかになっている(Dolen,G.,et al.,Neuron 56,955−62(2007))。本明細書に記載するように、Tsc2+/−マウスでは、mGluR依存的LTDおよびタンパク質合成が不十分である。mGluR依存的LTDの障害は、mTORの急性阻害により救出する(本明細書では「正常化する」または「回復させる」ともいう)ことができることから、この障害が、mTORのシグナル伝達の増強の結果であることが示唆される。本明細書にも記載したように、mGluR5のPAMの処置によりmGluR5活性が増大すれば、タンパク質合成依存的にmGluR−LTDを回復させることができる。
【0106】
Tsc2+/−マウスのmGluR−LTD速度に対するラパマイシンおよびmGluR5のPAMによる処置の作用
ヒト疾患と同様に、TSC2の生殖細胞系列変異は、LTDで観察される表現型に関与し得る神経発生に種々の二次的影響を与える恐れがある。不十分なLTDが、無秩序なmTOR活性に特異的な結果であるかどうかを判定するため、mTORC1阻害剤ラパマイシン(20nM)の作用を評価した。ラパマイシン(RAP、20nM、グレーのバー)は、DHPG(図9A、50μM、黒いバー)で誘発した、野生型動物由来の海馬スライスのLTDに影響を与えない。しかしながら、Tsc2+/−マウス由来のスライスをラパマイシンで急性処理すると、LTDをWTレベルまで正常化した(図5B)。このLTDの救出は、Tsc2+/−マウスにおけるラパマイシンの作用がシクロヘキシミドの存在下で消失する(図5C)ため、特にタンパク質合成依存的成分の回復によるものである。したがって、Tsc2+/−マウスにおける無秩序なmTOR活性は、mGluR−LTDに必要とされるシナプスのタンパク質合成を抑制すると思われる。
【0107】
脆弱X症候群のFmr1 KOモデル(Huber,K.M.,et al.,Proc.Natl.Acad.Sci.USA 99:7746−7750(2002))では、本明細書に示すように、mGluR5によるシグナル伝達を抑制することにより、過剰なmGluR−LTDおよび海馬のタンパク質合成を修正することができる。mGluR5のポジティブ(postive)アロステリックモジュレーター(PAM)3−シアノ−N−(1,3−ジフェニル−1H−ピラゾール−5−イル)ベンズアミド(CDPPB(60))で海馬スライスを前処理すると、Tsc2+/−マウスにおけるmGluR−LTDの大きさがWTレベルまで回復した(図5D)。LTDの救出は、CDPPBの作用がシクロヘキシミドにより完全に消失する(図5E)ため、特にタンパク質合成依存的成分の回復によるものと思われる。したがって、mGluR5のシグナル伝達のアロステリックなど増強は、LTDを支持するシナプスのタンパク質合成に対する無秩序なmTOR活性の阻害作用を解消することができる。
【0108】
図5Aは、mTORC1阻害剤ラパマイシン(RAP、20nM、グレーのバー)でスライスを前処理しても、野生型動物由来のスライスにおいてDHPGで誘発されたLTDに影響を与えないことを示す(DMSO:71.4% n=12;RAP:73.0%、n=12;p>0.6)。図5Bは、ラパマイシンでスライスを前処理すると、Tsc2+/−マウス由来のスライスにおける、DHPGで誘発されたLTDが有意に増強することを示す(DMSO:85.4±2.2%、n=13;RAP:75.3±3%、n=14;*p<0.02)。図5Cは、Tsc2+/−マウスにおいて、DHPGで誘発されたLTDに対するラパマイシンの作用がタンパク質合成阻害剤シクロヘキシミドにより阻止されることを示す(DMSO:89.5±5.1%、n=7;RAP:89.3±2.4%、n=8;p=0.99)。図5Dは、mGluR5のポジティブアロステリックモジュレーターCDPPB(10μM、グレーのバー)でTsc2+/−マウス由来のスライスを前処理すると、DHPGで誘発されたLTDが有意に増強されることを示す(コントロール:87.6±3.4%、n=12;CDPPB:72.7±4.4%、n=10;*p<0.02)。図5Eは、CDPPBによる処理が、タンパク質合成阻害剤シクロヘキシミドと共適用すると、Tsc2+/−マウスにおいてDHPGで誘発されたLTDを増強できないことを示す(DMSO:87.1±3.5% n=9;CDPPB:84.8±1.8%、n=9;p=0.65)。代表的な電場電位のトレース(平均10スイープ(sweep))を、数字で表示した時間に得た。スケールバーは、0.5mV、5msに相当する。
【0109】
TSCの認知障害には、mGluR5のシグナル伝達の変化が関連している可能性があり、適切にmGluR5機能を回復させると、これらの障害が緩和することがある。Tsc2+/−マウスでは、mGluR5のポジティブ(postive)アロステリックモジュレーター(PAM)により、不十分なmGluR−LTDを回復させた。mGluRのPAM(たとえば、mGluR5のPAM)は、mGluR5を直接活性化しないが、その天然リガンドグルタミン酸、またはDHPGなどの合成アゴニストにより、アロステリック部位に作用して受容体の生理学的活性化を増強する化合物である。mGluRのPAMは、mGluR活性を直接活性化したり、または阻害したりせずに、むしろ内因性活性化に対する受容体応答を調節するため、生理学的に適切な方法でmGluR5活性を増強する特性を有する。mGluR5のCDPPBで海馬スライスを前処理すると、Tsc2+/−マウスに見られるmGluR−LTDのレベルが野生型動物と同程度のレベルまで有意に増強される。
【0110】
PAMによる処置は、タンパク質合成阻害剤の存在下では、mGluR−LTDに作用しなくなる。これは、PAMによる処置が、Tsc2+/−マウスのmGluR刺激によるタンパク質合成を回復させ、それがmGluR−LTDの増強に反映され、それによりLTDが正常化されることを示す。これらのデータは、mGluR5のポジティブアロステリック調節が、Tsc2+/−マウスの電気生理学的障害をタンパク質合成依存的に救出することを示す。このため、mGluR5のPAMによる処置は、TSCなどmTORのシグナル伝達の増強と関連する認知障害の有効な治療法であり得る。ラパマイシン処置は、通常TSC1/TSC2複合体により行われるmTORの負の調節を再構築するため、TSCの薬理学的な救出である。ラパマイシンは臨床的に使用されているが、免疫抑制特性が強いため、TSCの長期処置の理想的な薬剤ではない。PAMを使用したmGluR活性の直接調節は、副作用が軽微である、TSCの処置の効果的な治療戦略であり得る。
【0111】
実施例2−mGluR5のPAMによる処置
これらのデータは、Tsc2+/−マウスの海馬におけるmGluR機能が破壊されていることを示す。海馬は、学習および記憶の多くの形態にとって重要であることが知られている脳の領域である(Eichenbaum,H.,et al.,Neuron 44,109−20(2004))。海馬機能の変化は、学習および認知に対して有害作用を持ち、したがってTSCに見られる認知障害に寄与する可能性がある。本明細書に示すように、mGluR5のPAMおよびラパマイシンによる処置は、Tsc2+/−マウスの海馬における電気生理学的障害を回復させる。ラパマイシンによる処置は、これらのマウスで観察される海馬依存的学習の障害を回復させることが明らかになっている。したがって、mGluR5のPAMによる処置は、Tsc2+/−マウスの海馬依存的障害も回復させる可能性がある。Tsc2+/−マウスで見られるmTORのシグナル伝達と、mGluR依存的可塑性と、電気生理学的障害および行動障害との間の関係の性質は、以下に記載されているように、Tsc2+/−マウスにおいてラパマイシンにより救出されることが既に明らかにされた行動障害に対するmGluR5のPAMによる処置の作用を調べることにより、さらに評価することができる。
【0112】
文脈性恐怖条件付け実験を利用して、mGluR5のPAMの投与などGroup I mGluRのシグナル伝達を活性化する組成物の投与後の認知処置の改善を評価した。文脈性恐怖条件付けは、以前記載された手順を改変して行った(Ehninger,D.,et al.,Nat Med 14,843−8(2008)。野生型およびTsc2+/−マウス(8〜12週齡)を訓練前の3日間試験室および実験者に馴化させる。訓練の当日、マウスを訓練文脈に入れ、0.80mAショックを1回(2秒)与える。条件付けの前にマウスに約3分間文脈を探索させ、ショックを与えてから約15秒後に取り出し、ホームケージに戻した。条件付け恐怖応答は24時間後、試験期間(約3分のセッション)中にすくみに費やされた時間の割合を、訓練を受けた観察者が測定することにより評価した。条件付け応答の文脈性特異性を判定するため、同じ時間で訓練されたマウスを、2群に分けた。1つの群は、同じ訓練文脈で試験し、もう1つの群は、新規な文脈で試験した。この新規な文脈は、試験装置の遠方の手掛かり、匂い、床材、および照明を変えて作成した。救出実験では、訓練セッションの約30分前に動物にCDPPBの単回注射(10mg/kg、腹腔内)を行った。
【0113】
Tsc2+/−マウスの認知障害は、mTORC1阻害剤ラパマイシンで動物を処置することにより改善された(Ehninger,D.,et al.,Nat.Med.14:843−848(2008))。ロバストな表現型(robust phenotype)は、Tsc2+/−マウスが恐怖条件付けパラダイムの見慣れた文脈と新規な文脈とを識別する能力の障害であると報告された。このパラダイムの利点は、学習が1試行で行われるため、薬剤による急性処置に適していること、および記憶が海馬依存的であることである。マウスは最初に、特有の文脈にさらし、そこで足に嫌悪ショックを与える。翌日、文脈の弁別は、動物を2群に分け、1群をショックに関連する見慣れた文脈に入れ、もう1群を新規文脈に入れることにより試験する(図6A)。文脈の弁別は、動物が各文脈においてすくみにより恐怖を表現する時間を測定することにより評価する。WTマウスは、文脈間を明確に弁別するけれども、Tsc2+/−マウスは、弁別しない(図6B)。mGluR5のシグナル伝達の増強の作用を試験するため、両方の遺伝子型由来のマウスに、訓練の30分前にCDPPB(10mg/kg)を腹腔内に注射した。この処置は、WTマウスには作用しなかったものの、Tsc2+/−マウスで観察される文脈の弁別障害を修正するには十分であった(図6B)。
【0114】
図6Aに示すように、ショックを受けた文脈(文脈1)の記憶は、見慣れた文脈(文脈1)で訓練された動物の第1のコホートのすくみと、新規な文脈(文脈2)の第2のコホートのすくみとを比較することにより24時間後に評価した。図6Bは、野生型(WT)マウスは、新規文脈(N)より見慣れた文脈(F)ですくみが長いことにより正常な記憶を示す(黒いバー;見慣れた文脈:50±7.7%、n=12;新規文脈:34.1±3.2%、n=14;*p<0.01)。訓練の30分前にCDPPB(10mg/kg、腹腔内)を単回注射しても、WTの文脈の弁別には影響を与えない(見慣れた文脈:42.3±3.7%、n=12;新規な文脈:26.4±3.6%、n=12;*p<0.01)。コントロールTsc2+/−マウスは、文脈の弁別に有意な障害を示す(赤色バー;見慣れた文脈:40.9±5.3%、n=11;新規な文脈:39.3±5.2%、n=14;p=0.83)が、この障害は、CDPPBの単回注射により修正される(見慣れた文脈:44.5±4.3%、n=11;新規な文脈:31.6±3%、n=12;*p<0.05)。
【0115】
これらのデータは、mGluR5により引き起こされるシナプスのタンパク質合成およびLTDの機構をさらに理解し、TSCで観察される障害などmTORのシグナル伝達の増強と関連する認知障害の治療処置を設計するうえで重要である。脆弱Xノックアウトマウスモデルでは、基礎タンパク質合成が増強され、マイトジェン活性化キナーゼERK1/2を含むと見られるmGluR5のシグナル伝達経路の下流でLTDが亢進する。mGluR5の阻害は、動物モデルの脆弱X症候群の状況を修正する。最近のデータからは、mTORのシグナル伝達経路は、Fmr1 KOマウスでも恒常的に過活動であることが示唆される(Sharma,A.,et al.,J.Neurosci.30:694(2010))、しかしながら、タンパク質合成の亢進およびシナプス機能の変化との関連については、見解が一致していない。本知見は、ラパマイシンによるmTORのシグナル伝達の阻害が、Tsc2+/−マウスのLTDを救出することを示すことから、シナプスのmTOR活性の増強が、これらの動物のLTDに必要とされるタンパク質合成を抑制することが示唆される(図2、図7および図8)。過剰なmTOR活性が「LTDタンパク質」の合成を精密に抑制する方法は、FMRPの過剰リン酸化、またはLTDに無関係の競合的なmRNAプール(competing pool mRNA)の翻訳の促進によるものである可能性がある。
【0116】
グルタミン酸またはDHPGによるmGluR5の活性化は、シナプスに局在するmRNAの迅速な翻訳を通常必要とするプロセスにより安定化されるシナプス抑制を速やかに引き起こす(図7)。シナプスでのmTORの抑制解除は、LTDに必要とされるタンパク質合成を障害する。この障害は、ラパマイシンでmTORを阻害するか、あるいは、PAMでmGluR5のシグナル伝達を増強することにより克服することができる(図7)。mGluR5によるシグナル伝達は、mRNAの局所的翻訳の極めて重要なレギュレーターであると見られる。脆弱X症候群では、過剰な局所タンパク質合成により引き起こされる機能の障害を、mGluR5のネガティブアロステリックモジュレーター(NAM)により修正し得る。TSCなどmTORのシグナル伝達の増強を特徴とする状態では、本明細書に示すように、局所タンパク質合成の低下により引き起こされた機能の障害(たとえば、認知障害)をmGluR5のPAMにより回復させる。
【0117】
本知見は、TSCなどの状態におけるmTORのシグナル伝達の増強と関連する行動障害の処置にも当てはまる。Tsc2+/−マウスのこれまでの研究により、処置を成人期に開始しても、TSCの認知状況がラパマイシンで軽減され得るという可能性が高まった(Ehninger,D.,et al.,Nat.Med.14:843−848(2008))。本明細書に記載するように、mGluR5のPAMなどのmGluRのPAMも、同様に効果的であり得る。ラパマイシンは臨床的に使用されているが、免疫抑制特性が強いため、長期処置には問題がある。mGluR5のPAMなどGroup I mGluRのシグナル伝達を活性化する化合物による処置の利点は、系統全体に作用があるのではなく、TSCの認知および行動障害に関与している可能性が高いシナプス機構を特異的に標的とすることである。
【0118】
脆弱X症候群の原因となるFmr1突然変異と異なり、Tsc2突然変異は、シナプスのタンパク質合成およびLTDの抑制を引き起こすが、これは、mGluR5の増強により修正される(図7および図8)。MECP2など個々の遺伝子の機能獲得型および機能喪失型突然変異は、癲癇、認知障害および自閉症スペクトラム障害など特徴の重複した症候群を引き起こす恐れがある。しかしながら、こうした特徴を引き起こす機構は、類似または共通していないように思われる。
【0119】
本明細書に引用するすべての参考文献の教示内容は、参照によってその全体を本明細書に援用する。
【0120】
均等物
本発明について、その例示的実施形態を参照しながら詳細に図示して説明してきたが、当業者であれば、添付の特許請求の範囲により包含される本発明の範囲から逸脱しない範囲で、その形式および細部に関する様々な変更が可能であることが理解されよう。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
哺乳類ラパマイシン標的タンパク質(mTOR)のシグナル伝達が増強した被検体を処置する方法であって、Group I mGluRのシグナル伝達を活性化する少なくとも1種の化合物を含む組成物を前記被検体に投与するステップを含む方法。
【請求項2】
前記被検体はさらに、精神遅滞および自閉症からなる群から選択される少なくとも1つの状態である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記被検体はさらに、結節性硬化症である、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
前記被検体はさらにPTEN過誤腫症候群である、請求項2に記載の方法。
【請求項5】
前記化合物はGroup I mGluRアゴニストを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項6】
前記化合物はGroup I mGluRのポジティブアロステリックモジュレーターを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項7】
前記化合物はGroup I mGluR5のシグナル伝達を活性化する、請求項1に記載の方法。
【請求項8】
前記化合物はGroup I mGluR1のシグナル伝達を活性化する、請求項1に記載の方法。
【請求項9】
前記化合物は前記被検体に1日1回投与で投与される、請求項1に記載の方法。
【請求項10】
前記化合物は前記被検体に1日複数回投与で投与される、請求項1に記載の方法。
【請求項11】
前記被検体は認知機能に少なくとも1つの障害がある、請求項1に記載の方法。
【請求項12】
前記障害は記憶障害、実行機能障害、および処理速度障害からなる群から選択される、請求項11に記載の方法。
【請求項13】
前記被検体は発作性疾患である、請求項1に記載の方法。
【請求項14】
前記発作性疾患は聴原発作および癲癇発作からなる群から選択される少なくとも1つの要素を含む、請求項13に記載の方法。
【請求項1】
哺乳類ラパマイシン標的タンパク質(mTOR)のシグナル伝達が増強した被検体を処置する方法であって、Group I mGluRのシグナル伝達を活性化する少なくとも1種の化合物を含む組成物を前記被検体に投与するステップを含む方法。
【請求項2】
前記被検体はさらに、精神遅滞および自閉症からなる群から選択される少なくとも1つの状態である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記被検体はさらに、結節性硬化症である、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
前記被検体はさらにPTEN過誤腫症候群である、請求項2に記載の方法。
【請求項5】
前記化合物はGroup I mGluRアゴニストを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項6】
前記化合物はGroup I mGluRのポジティブアロステリックモジュレーターを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項7】
前記化合物はGroup I mGluR5のシグナル伝達を活性化する、請求項1に記載の方法。
【請求項8】
前記化合物はGroup I mGluR1のシグナル伝達を活性化する、請求項1に記載の方法。
【請求項9】
前記化合物は前記被検体に1日1回投与で投与される、請求項1に記載の方法。
【請求項10】
前記化合物は前記被検体に1日複数回投与で投与される、請求項1に記載の方法。
【請求項11】
前記被検体は認知機能に少なくとも1つの障害がある、請求項1に記載の方法。
【請求項12】
前記障害は記憶障害、実行機能障害、および処理速度障害からなる群から選択される、請求項11に記載の方法。
【請求項13】
前記被検体は発作性疾患である、請求項1に記載の方法。
【請求項14】
前記発作性疾患は聴原発作および癲癇発作からなる群から選択される少なくとも1つの要素を含む、請求項13に記載の方法。
【図1】
【図2】
【図3A】
【図3B】
【図3C】
【図3D】
【図3E】
【図4A】
【図4B】
【図4C】
【図5A】
【図5B】
【図5C】
【図5D】
【図5E】
【図6A】
【図6B】
【図7】
【図8】
【図2】
【図3A】
【図3B】
【図3C】
【図3D】
【図3E】
【図4A】
【図4B】
【図4C】
【図5A】
【図5B】
【図5C】
【図5D】
【図5E】
【図6A】
【図6B】
【図7】
【図8】
【公表番号】特表2013−510088(P2013−510088A)
【公表日】平成25年3月21日(2013.3.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−537209(P2012−537209)
【出願日】平成22年11月3日(2010.11.3)
【国際出願番号】PCT/US2010/055268
【国際公開番号】WO2011/056849
【国際公開日】平成23年5月12日(2011.5.12)
【出願人】(512104122)ブラウン ユニバーシティ (1)
【Fターム(参考)】
【公表日】平成25年3月21日(2013.3.21)
【国際特許分類】
【出願日】平成22年11月3日(2010.11.3)
【国際出願番号】PCT/US2010/055268
【国際公開番号】WO2011/056849
【国際公開日】平成23年5月12日(2011.5.12)
【出願人】(512104122)ブラウン ユニバーシティ (1)
【Fターム(参考)】
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