説明

ひび割れ深さ測定装置及び測定方法

【課題】ひび割れの深さに関係なく、精度良くひび割れ深さの測定を行うこと。
【解決手段】構造体Sの表面を照射加熱する加熱用レーザー装置1と、前記照射加熱に伴って、構造体Sに発生した弾性波を前記照射加熱の位置から所定距離だけ離れた検出位置で検出する第一検出用レーザー装置2と、前記照射加熱の位置から前記所定距離だけ離れた位置まで、ひび割れCの無い部分を通って弾性波が伝播する際の基準信号9の信号強度を測定する第二検出用レーザー装置3と、両検出用レーザー装置2、3での検出結果から、ひび割れ深さを導出する演算装置10とでひび割れ深さ測定装置を構成する。この演算装置10において、両検出用レーザー装置2、3で検出された測定信号8及び基準信号9の時間差Δt又は信号減衰比rからひび割れ深さを導出する。このように、異なるパラメータに基づいて導出を行い得るようにしたので、その導出値の信頼性が向上する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、例えば、トンネル内壁等のコンクリート構造体に生じたひび割れの深さをレーザー光の照射によって測定するひび割れ深さ測定装置及び測定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
トンネル内壁等のコンクリート構造体は、その安全性を維持するために定期的に強度検査(ひび割れの有無の検査)が行われる。この強度検査方法の一つとして、例えば下記特許文献1に示すように、コンクリート構造体の表面を打撃装置で打撃し、その衝撃で発生した弾性波を、前記打撃装置から所定間隔おきに設けられた検知器で検知するものがある。この方法に係る構成においては、打撃装置から見てひび割れの手前側、ひび割れの反対側に複数個の検知器が設けられている(同文献の図1を参照)。
【0003】
前記手前側の検知器で、弾性波がひび割れを通過する前の信号の信号強度を測定する一方で、前記反対側の検知器で、弾性波がひび割れを通過した後の信号の信号強度を測定する。各信号強度に対して、弾性波の伝播に伴う幾何減衰、材料減衰等の補正を行った上で、ひび割れ前後における振幅比が導出される。そして、この導出された振幅比をひび割れ深さの導出式に当てはめて、ひび割れ深さを導出する(同文献の段落0017を参照)。
【0004】
この弾性波として主要なものに、構造体表面を水面の波のように二次元的に広がりながら伝播する表面波(R波)、打撃位置から三次元的に広がりながら伝播する縦波(P波)がある。この表面波は、縦波と比較すると伝播速度は小さい一方で、あまり減衰することなく遠くまで伝播するという特徴がある。また、この表面波は、表面からその波長(通常は60〜80mm程度)程度の深さ範囲内を伝播することが分かっている。
【0005】
弾性波のうち縦波は上述したように減衰しやすいため、ひび割れ深さが深い場合、このひび割れ先端を回折した回折波(縦波)を検知器で検知できない。そこで、同文献においては、縦波と比較して減衰しにくい表面波のみに着目し、この表面波の振幅比(信号強度比)に基づいてひび割れ深さの導出を行っている(同文献の段落0009を参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2001−12933号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ひび割れの深さがある程度大きいと、縦波成分は減衰によりほとんど消失し、検知器において表面波成分のみが検知される。ところが、このひび割れの深さが比較的浅い場合、縦波があまり減衰することなく伝播し、検知器において表面波だけでなく縦波も検知される場合がある。この縦波は表面波よりも伝播速度が大きいため、検出器で最初に検出された弾性波(縦波)を表面波と誤認し、この縦波に対し、表面波に対して適用すべきひび割れ深さの導出式をそのまま適用してしまう恐れがある。この場合、縦波の伝播速度が、表面波の伝播速度よりも大きいことから、ひび割れ深さを実際よりも浅く見積もってしまうこととなり、構造体の安全性を判定するにあたり問題となる。
【0008】
そこで、本願発明は、ひび割れの深さに関係なく、精度良く、ひび割れ深さの測定を行うことを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記の課題を解決するため、この発明は、構造体の表面を照射加熱する加熱用レーザー装置と、前記照射加熱に伴って構造体に発生した弾性波を前記照射加熱の位置から所定距離だけ離れた検出位置で検出する第一検出用レーザー装置と、前記検出位置において前記第一検出用レーザー装置によって検出された測定信号と、前記構造体と同じ強度の材料からなる構造体のひび割れの無い部分において、前記加熱用レーザー装置による前記照射加熱の位置から前記所定距離に相当する距離だけ離れた位置で測定した基準信号とを比較してひび割れの深さを導出する演算装置から構成され、前記演算装置によって、前記測定信号及び前記基準信号が前記照射加熱の位置から前記検出位置まで弾性波が伝播する伝播時間の時間差、及び、前記検出位置における前記基準信号に対する測定信号の信号減衰比を算出して、前記ひび割れの深さを導出するようにひび割れ深さ測定装置を構成した。
【0010】
この演算装置で、前記時間差と信号減衰比のそれぞれに基づいてひび割れの深さを導出する。前記基準信号から、表面波の伝播速度と、所定距離だけ表面波が伝播した際の信号減衰が算出される。さらにこの算出結果から、縦波が伝播した際の伝播速度と、所定距離だけ縦波が伝播した際の信号減衰係数が算出される。表面波と縦波との間には、伝播速度及び信号減衰係数に所定の定量関係があるため、一方の波の伝播速度と信号減衰係数が分かれば、同じ材料中における他方の波の伝播速度と信号減衰係数が算出できる。
【0011】
この弾性波の伝播経路、及び、この伝播経路中において表面波及び縦波がどのように介在するかについては、一つのモデルに限定されるとは限らず、ひび割れの深さによって異なるモデルを採用するのが好ましい場合がある。例えば、測定信号と基準信号の伝播速度差に基づいて導出したひび割れ深さと、前記両信号の信号減衰比に基づいて導出したひび割れ深さが、予め決めた誤差範囲内に収まるときは伝播モデルAを採用して前記ひび割れ深さを導出値とし、前記範囲内に収まらないときは伝播モデルBを採用し、この伝播モデルBに基づいて導出したひび割れ深さを前記導出値とすることができる。このようにすれば、ひび割れの深さにかかわらず、精度の高い測定を行うことができる。
【0012】
前記加熱用レーザー装置からのレーザー光を構造体表面に照射すると、その表面が局所的に加熱されて体積膨張が生じ、この体積膨張によって、ハンマーで打撃した場合と同様に、構造体中に弾性波が発生する。さらに、この弾性波が到達した構造体の表面に、検出用レーザー装置からのレーザー光を照射すると、弾性波による構造体表面のレーザー光入射方向の振動によって、このレーザー光の位相が変調される。この変調の変調度から、その測定位置における弾性波の大きさを推定できる。このようにレーザー光を用いることで、例えばトンネルの天井部分のように、ハンマーによる打撃が困難な箇所のひび割れ測定を容易に行うことができる。
【0013】
前記構成においては、前記照射加熱の位置から前記所定距離だけ離れた位置まで、前記ひび割れの無い部分を通って弾性波が伝播する際の前記基準信号の伝播時間及び信号強度の減衰が、強度の異なる素材からなる構造体について予めデータベース化され、このデータベースが前記演算装置に記録されており、この記録されたデータベースを用いて前記比較がなされるようにすることができる。
【0014】
このように構造体の強度をデータベース化しておくことにより、その比較を容易に行うことができ、精度の高いひび割れ深さの測定をスムーズに行うことができる。
【0015】
前記構成のようにデータベース化を図る代わりに、前記照射加熱の位置から前記所定距離だけ離れた位置まで、前記ひび割れの無い部分を通って弾性波が伝播する際の前記基準信号の信号強度を測定する第二検出用レーザー装置を設けるようにすることもできる。
【0016】
加熱用レーザー装置によって生じた弾性波のうち、ひび割れを跨ぐようにして伝播したものは第一検出用レーザー装置で検出される一方で、ひび割れを跨ぐことなく伝播したものは、この第二検出用レーザー装置で検出される。すなわち、一つのレーザーショットによって発生した弾性波が、両検出用レーザー装置によってそれぞれ検出されるため、加熱用レーザー装置のショットごとのレーザー出力のばらつきや、大気の擾乱、室温変化等の外部影響を極力排除できる。また、予めデータベースの事前準備が不要となり、このひび割れ深さ測定装置による測定を一層スムーズに行うことができる。
【0017】
また、前記第二検出用レーザー装置を用いる構成においては、前記第一検出用レーザー装置による前記測定信号の検出位置と、前記第二検出用レーザー装置による前記基準信号の検出位置が、前記加熱用レーザー装置による照射加熱の位置を中心として対称となるように各レーザー装置を設けるようにすることもできる。
【0018】
このように第二検出用レーザー装置による検出位置を配置すると、この検出位置がひび割れから最も遠い位置となって、このひび割れの影響(ひび割れによる弾性波の反射の影響等)を極力抑制できる。このため、信頼性の高い基準信号を得ることができる。
【0019】
上記のように、構造体のひび割れの無い部分においてデータベースを作成したり、第二検出用レーザー装置で基準信号を取得したりする代わりに、上記の課題を解決するため、構造体の表面を照射加熱する加熱用レーザー装置と、前記照射加熱に伴って構造体に発生した弾性波を前記照射加熱の位置から所定距離だけ離れた検出位置で検出する第一検出用レーザー装置と、前記検出位置において前記第一検出用レーザー装置によって検出された測定信号と、前記構造体と同じ強度の材料からなり、ひび割れ深さが既知の基準構造体を用いて、前記加熱用レーザー装置による前記照射加熱の位置から前記所定距離だけ離れた位置で測定し、予めデータベース化した基準信号とを比較してひび割れの深さを導出する演算装置と、から構成され、前記演算装置によって、前記測定信号及び前記基準信号が前記照射加熱の位置から前記検出位置まで弾性波が伝播する伝播時間の時間差、及び、前記検出位置における前記基準信号に対する測定信号の信号減衰比を算出して、前記ひび割れの深さを導出するひび割れ深さ測定装置を構成することもできる。
【0020】
このデータベースに記録された基準信号は、ひび割れ深さが既知の構造体から得られたものなので、この基準信号と測定信号とを比較することで、一層精度の高いひび割れ深さの測定を行うことができる。
【0021】
また、前記各構成に係る深さ測定装置においては、前記弾性波が、前記照射加熱の位置からひび割れ先端部まで前記弾性波のうち表面波成分として、前記ひび割れ先端部から前記ひび割れの第一検出用レーザー装置側の開口部まで前記弾性波のうち縦波成分として、前記開口部から前記第一検出用レーザー装置による検出位置まで前記表面波成分として、それぞれの波成分に固有の伝播速度及び信号減衰をもって伝播する表面波伝播モデルに基づいて前記演算装置による演算がなされ、伝播時間の前記時間差に基づいて導出したひび割れ深さと、前記測定信号及び基準信号の信号減衰比から導出したひび割れ深さが、予め決めた誤差範囲内に収まる場合に、前記ひび割れ深さの導出値を第一確定導出値としてひび割れ深さを確定することができる。
【0022】
前記表面波伝播モデルは、前記照射加熱の位置から、前記第一検出用レーザー装置による検出位置まで、弾性波が表面波及び縦波で伝播する際の伝播時間及び伝播中の信号減衰を予測するためのモデルの一つである。この表面波伝播モデルは、後述する縦波伝播モデルと比較して、ひび割れ深さが深い場合に、信頼性の高いひび割れ深さを導出することができる。
【0023】
この表面波及び縦波は、それぞれの波成分に固有の伝播速度V、Vで伝播するとともに、単位伝播距離当たりの信号減衰係数l、lでもってその伝播中に減衰する。すなわち、弾性波がこの表面波伝播モデルに基づいて伝播する限りにおいては、前記伝播時間の時間差に基づいて導出したひび割れ深さと、前記信号減衰比に基づいて導出したひび割れ深さは、一致するか、少なくとも所定の誤差範囲内に収まっている。これに対し、両ひび割れ深さが前記所定の誤差範囲内に無いときは、この表面波伝播モデルに基づく前記第一確定導出値が不適切であると判断し、このモデルに基づく導出結果を採用しないようにすることができる。
【0024】
前記第一確定導出値を導出した場合において、前記伝播時間の前記時間差に基づいて導出したひび割れ深さと、前記測定信号及び基準信号の信号減衰比から導出したひび割れ深さが、予め決めた誤差範囲内から外れる場合に、前記第一確定導出値を採用せず、前記弾性波が、前記照射加熱の位置からひび割れ先端部まで、及び、ひび割れ先端部から前記第一検出用レーザー装置による検出位置まで、いずれも前記弾性波のうち縦波として、この縦波に固有の伝播速度及び信号減衰係数をもって伝播する縦波伝播モデルに基づいて前記演算装置による演算がなされ、伝播時間の前記時間差に基づいて導出したひび割れ深さと、前記測定信号及び基準信号の信号減衰比から導出したひび割れ深さのうちいずれか一方を第二確定導出値としてひび割れ深さを確定することができる。
【0025】
前記縦波伝播モデルは、ひび割れ深さが比較的浅い場合、あるいは、ひび割れ深さに比べて、照射加熱の位置と検出位置との間の距離が長い場合に、このひび割れ深さを導出するのに適したモデルである。この場合、ひび割れ先端部において回折する縦波の強度がある程度大きく、表面波よりも伝播速度の大きい縦波が、第二検出用レーザー装置によって先に検出されるためである。このように、複数の伝播モデルを適宜使い分けてひび割れ深さの導出を行うことにより、任意の深さのひび割れに対する測定信頼性が向上する。
【発明の効果】
【0026】
この発明は、構造物の表面に加熱用レーザー装置のレーザー光を照射して弾性波を生じさせ、この弾性波を第一検知用レーザー装置のレーザー光で検知信号として検知位置で検知するとともに、検知された弾性波の測定信号を、前記構造体と同じ強度の材料からなる構造体のひび割れの無い部分を伝播した基準信号と比較し、この弾性波が伝播する伝播時間の時間差、及び、前記測定信号及び基準信号の信号減衰比からそれぞれひび割れ深さを導出するようにした。このように、異なるパラメータ(時間差及び信号減衰比)に基づいてひび割れ深さを導出するようにしたので、その導出結果の信頼性が向上する。また、このひび割れ深さの導出結果が使用するパラメータによって異なる場合、この導出の基礎となる波伝播モデルに問題があるということが推測できる。このため、導出されたひび割れ深さの信憑性を考慮することができ、その信頼性の一層の向上を図ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】本願発明に係るひび割れ深さ測定装置の第一の実施形態を示す装置構成図
【図2】図1の構成において、ひび割れ位置と各レーザー装置との位置関係を模式的に示す図
【図3】図1に示す測定装置によって測定された測定信号と基準信号の波形の例を示す図
【図4】構造体中の弾性波の伝播モデルを示す模式図であって、(a)は弾性波として表面波が介在して伝播するモデル、(b)は縦波のみが伝播するモデル
【図5】本願発明に係るひび割れ深さ測定装置の第二の実施形態を示す装置構成図
【図6】照射加熱の位置と検出位置との距離と弾性波の伝播時間との関係を示す図
【図7】照射加熱の位置と検出位置との距離を変えたときの弾性波の伝播時間と信号強度との関係を示す図
【図8】照射加熱の位置と検出位置との距離と、弾性波の信号強度との関係を示す図
【図9】ひび割れ深さと、弾性波の信号強度との関係を示す図
【発明を実施するための形態】
【0028】
この発明に係るひび割れ深さ測定装置の第一の実施形態を図1及び2に示す。このひび割れ深さ測定装置は、コンクリート等の構造体Sの表面を照射加熱する加熱用レーザー装置1と、前記照射加熱に伴って、構造体Sに発生した弾性波を前記照射加熱の位置から所定距離だけ離れた検出位置で検出する第一検出用レーザー装置2と、加熱用レーザー装置1による照射加熱の位置を対称中心として、第一検出用レーザー装置2の反対側に、第二検出用レーザー3が設けられている。この加熱用レーザー装置1からは炭酸ガスレーザーのパルスレーザー光1aが、第一及び第二検出用レーザー装置2、3からはNd:YVOレーザーの2倍高調波レーザー光がそれぞれ発振されている。
【0029】
構造体Sのひび割れCが、加熱用レーザー装置1による照射加熱の位置と、第一検出用レーザー装置による検出位置の中間付近となるように、このひび割れ深さ測定装置は配置されている。
【0030】
各検出用レーザー装置2、3からのレーザー光2a、3aはビームスプリッター4によってそれぞれ2つに分岐される。分岐された一方の光は、参照光2a、3aとしてダイナミックホログラム結晶5に直接入射する。分岐された他方の光は、構造体S表面の所定の検出位置に入射され、この入射された光の反射光が信号光2b、3bとして、参照光2a、3aを入射したダイナミックホログラム結晶5に、この参照光2a、3aと所定角度をもって入射する。このダイナミックホログラム結晶5に入射した参照光2a、3aと信号光2b、3bは干渉し合い、この干渉光6は、その光路中に設けられた検出器7によって検出される。
【0031】
検出された干渉光6の強度は、構造体Sに振動が生じていなければ一定となる。ここで、加熱用レーザー装置1から発振されたパルスレーザー光1aを構造体Sの表面に照射すると、その表面が局所的に加熱されて体積膨張が生じ、この体積膨張によって構造体中に弾性波が発生する。この弾性波は、図2に示すように、パルスレーザー光1aの照射位置から信号光2bの検出位置まで、構造体S内の鉄筋Wから生じたひび割れCを回り込むように表面波R−縦波P−表面波Rの各成分によって順次伝播し、パルスレーザー光1aの照射位置から信号光3bの検出位置まで、表面波R成分によって伝播する。
【0032】
この弾性波によって構造体Sに振動が生じ、参照光2a、3aと信号光2b、3bによって生じた干渉縞の強度の変化が生じる。第一検出用レーザー装置2によって測定された干渉縞の強度(以下、測定信号8という。)から、弾性波が、構造体Sのひび割れCを通過及び伝播することによって生じた、伝播時間の遅延と、この通過及び伝播に伴う信号減衰についての情報を得ることができる。この一方で、第二検出用レーザー装置3によって測定された干渉縞の強度(以下、基準信号9という。)から、構造体Sのひび割れCの無い部分を伝播した弾性波の伝播時間と、伝播に伴う信号減衰についての情報を得ることができる。
【0033】
この測定信号8と基準信号9は、例えば図3に示す波形として測定され、検出器7に設けられた演算装置10によって両信号8、9の波形を比較して、加熱用レーザー装置1による照射加熱で生じた弾性波が検出器7で検出されるまでの時間差Δtと、両信号8、9の信号減衰比r(測定信号8の信号強度Aと基準信号9の信号強度Aとの比)を導出する。この時間差Δt及び信号減衰比rの導出は、演算装置10の演算機能によって自動的に行っても、演算装置から出力された測定波形に基づいて作業者が手作業で行ってもいずれでもよい。
【0034】
次に、導出した時間差Δtと信号減衰比rから、それぞれ別個にひび割れ深さを導出する。この導出のベースとなるモデルが、図4(a)に示す表面波伝播モデルである。この表面波伝播モデルは、(1)パルスレーザー光1aによる照射加熱の位置からひび割れCの先端部までは弾性波のうち表面波R成分として、(2)ひび割れCの先端部からこのひび割れCの第一検出用レーザー装置2側の開口部まで縦波P成分として、(3)前記開口部から第一検出用レーザー装置2による検出位置まで表面波R成分として、それぞれの波成分に固有の伝播速度及び信号減衰係数をもって伝播する伝播機構に基づく。
【0035】
前記(1)の過程において、表面波Rは構造体Sの表面からその波長とほぼ同程度の深さ領域内を伝播する。この表面波Rの波長は通常60〜80mm程度なので、ひび割れCの深さがこれと同程度、あるいはこれよりも小さければ、この表面波Rがひび割れCの先端部に直接到達し得る。そして、前記(2)の過程において、このひび割れCの先端部に到達した表面波Rが縦波P成分を生じさせ、この縦波Pがひび割れCに沿うようにその開口部まで伝播する。さらに、前記(3)の過程において、開口部まで伝播した縦波Pによって再び表面波R成分が生じ、この表面波Rが最終的に第一検出用レーザー装置2で信号光2bとして検出される。
【0036】
この表面波伝播モデルにおいて、表面波R及び縦波Pの伝播速度をそれぞれV、Vとし、表面波R及び縦波Pが単位伝播距離だけ伝播する際の信号減衰係数をそれぞれl、lとする。この表面波R及び縦波Pの伝播速度及び信号減衰係数の間には所定の定量関係があり、一方が分かれば他方を導出することができる。本構成においては、第二検出用レーザー装置3で検出した表面波Rの伝播速度V及び信号減衰係数lから、縦波Pの伝播速度V及び信号減衰係数lを導出している。
【0037】
この伝播速度V、V及び信号減衰係数l、lが既知であれば、加熱用レーザー装置1による照射加熱の位置と、各検出用レーザー装置2、3による検出位置との間の距離が既知であることから、両信号8、9の時間差Δt又は両信号の信号減衰比rからひび割れ深さを導出することができる。
【0038】
弾性波の伝播が、実際に表面波伝播モデルに基づいて伝播しているのであれば、前記時間差Δt又は信号減衰比rから導出したひび割れ深さは一致するか、多少の違いがあっても所定の誤差範囲内に収まるはずである。両ひび割れ深さの導出結果が前記誤差範囲内に収まる場合は、導出したひび割れ深さのうちいずれか一方を第一確定導出値として確定する。その一方で、両ひび割れ深さの導出結果が前記誤差範囲内から外れる場合は、この表面波伝播モデルに基づくひび割れ深さの導出結果の精度が不十分である可能性があることを示唆する。この場合においても、ひび割れ深さのおおよその推定値を得ることはできるが、この表面波伝播モデルに代えて、図4(b)に示す縦波伝播モデルを採用することにより、より精度の高いひび割れ深さ測定を行うこともできる。
【0039】
この縦波伝播モデルは、照射加熱の位置から第一検出用レーザー装置2による検出位置まで、ひび割れCの先端部を回折して、縦波P成分のみで伝播する伝播機構に基づくものであって、特にひび割れ深さが小さい場合における測定信頼性が高い。この縦波伝播モデルに基づいてひび割れ深さを導出する際は、前記表面波伝播モデルに基づいて導出した第一確定導出値を採用せずに、縦波伝播モデルに基づいて、伝播時間の時間差Δtから導出したひび割れ深さ、又は、前記測定信号及び基準信号の信号減衰比rから導出したひび割れ深さのうち一方を第二確定導出値としてひび割れ深さを確定する。
【0040】
この発明に係るひび割れ深さ測定装置の第二の実施形態を図5に示す。このひび割れ深さ測定装置は、加熱用レーザー装置1、第一検出用レーザー装置2を備え、この第一検出用レーザー装置2からのレーザー光を構造体Sの表面で反射させ、この反射によって生じた信号光2bと、加熱用レーザー装置1から直接到達した参照光2aをダイナミックホログラム結晶5で干渉させ、干渉光6の強度変化から弾性波の伝播を検知する点において第一の実施形態に係る構成と同じである。この第二の実施形態に係る構成は、第二検出用レーザー装置3を備えていないため、基準信号9を測定信号8の測定とともにリアルタイムで取得することはできない。そこで、強度の異なる材料からなる構造体Sを用いて、表面波Rの伝播速度V及び信号減衰係数lを導出するための予備実験を行って、その結果をデータベースとして演算装置10に予め記録しておく必要がある。
【0041】
このデータベースは、強度の異なる素材からなる構造体を用いて、この構造体の表面を加熱用レーザー装置1で照射加熱し、発生した弾性波を検出用レーザー装置で検知することにより取得される。このとき、照射加熱の位置から検知位置までの距離を変えながら測定することにより、より精度の高い伝播速度の算出が可能となる。
【0042】
照射加熱の位置と検出位置との距離と、弾性波の伝播時間との関係の一例を、図6に示す。同図中の「実測値 ひび割れ0mm」の実測結果は、ひび割れCの無い領域を伝播した表面波Rの伝播距離と時間との関係を示したものであり、この関係がデータベースとして演算装置10に記録されている。ひび割れCの無い領域を伝播する弾性波は表面波Rであることが分かっており、この「実測値 ひび割れ0mm」のグラフの傾きから、表面波Rがこの構造体Sの表面を伝播する際の伝播速度Vを導出することができる。この表面波Rの伝播速度Vが求まれば、これと所定の定量関係がある縦波Pの伝播速度Vも求めることができる。
【0043】
次に、表面波Rが伝播するのに伴う、信号減衰の信号減衰係数lを導出する。照射加熱の位置と検出位置との距離を変えたときの弾性波(弾性波R)の伝播時間と検出電圧(信号強度)との関係について、その一例を図7に示す。前記距離が長くなるほど、表面波Rの伝播に要する時間が長くなるとともに、検出電圧が次第に小さくなることが分かる。前記距離と信号強度の関係から、表面波Rが単位伝播距離だけ伝播する際の信号減衰係数lが導出できる。この表面波Rの信号減衰係数lが求まれば、これと所定の定量関係がある縦波Pの信号減衰係数lも求めることができる。
【0044】
この図7に示す関係について、強度の異なる材料からなる構造体についてデータを蓄積すると、図8に示すように、強度の異なる構造体について、照射加熱位置と位置検出位置との間の距離と、信号検出強度との関係が求められる。この関係もデータベースとして演算装置10に記録されている。一般的には強度の高い材料からなる構造体ほど信号減衰は小さく、弾性波の検出感度は高いと言える。
【0045】
前記データベースに記録した表面波R及び縦波Pの伝播速度V、V及び信号減衰係数l、lを用いることにより、図6に示すように、前記表面波伝播モデルに基づいて、信号の伝播時間又は信号強度の減衰から、ひび割れ深さを導出することができる。図6はひび割れ深さが既知の構造体を用いて、そのひび割れ深さを導出した結果であるが、理論値によって実測値が精度良く説明できることが分かる。
【0046】
ひび割れの無い構造体を用いて前記データベースを作成する代わりに、ひび割れ深さが既知の構造体(基準構造体)を用いてデータベースを作成し、ひび割れが無い場合とひび割れがある場合の信号検出強度比から、構造体内のひび割れ深さを導出するようにすることもできる。
【0047】
例えば、図8において(b)を付した構造体は、ひび割れが無い場合、照射加熱の位置と検出位置との間の距離dのときの信号検出強度はIである。この(b)の構造体に既知の深さのひび割れを形成し、照射加熱の位置と検出位置との間の距離をdに保った状態で、ひび割れ深さと、ひび割れCを通過して検出位置で検出された信号の強度Iと前記信号Iとの大きさの比(信号検出強度比(I/I))との関係を図示すると図9のようになる。この図9に示す関係をデータベースとして記録し、実際の測定で検知された信号の信号検出強度比に適用して、ひび割れ深さを導出する。例えば、この信号検出強度比がImの場合、ひび割れ深さはDmと推定することができる。図9に示すデータベースを用いる場合、信号検出強度比のみによって、精度の高いひび割れ深さの測定を行うことができる。
【符号の説明】
【0048】
1 加熱用レーザー装置
1a パルスレーザー光
2 第一検出用レーザー装置
2a 参照光
2b 信号光
3 第二検出用レーザー装置
3a 参照光
3b 信号光
4 ビームスプリッター
5 ダイナミックホログラム結晶
6 干渉光
7 検出器
8 測定信号
9 基準信号
10 演算装置
R 表面波
P 縦波
Δt 時間差
r 信号減衰比
、V 表面波、縦波の伝播速度
、l 表面波、縦波の信号減衰係数
S 構造体

【特許請求の範囲】
【請求項1】
構造体(S)の表面を照射加熱する加熱用レーザー装置(1)と、
前記照射加熱に伴って構造体(S)に発生した弾性波を前記照射加熱の位置から所定距離だけ離れた検出位置で検出する第一検出用レーザー装置(2)と、
前記検出位置において前記第一検出用レーザー装置(2)によって検出された測定信号(8)と、前記構造体(S)と同じ強度の材料からなる構造体(S)のひび割れの無い部分において、前記加熱用レーザー装置(1)による前記照射加熱の位置から前記所定距離に相当する距離だけ離れた位置で測定した基準信号(9)とを比較してひび割れ(C)の深さを導出する演算装置(10)と、
から構成され、前記演算装置(10)によって、前記測定信号(8)及び前記基準信号(9)が前記照射加熱の位置から前記検出位置まで弾性波が伝播する伝播時間の時間差(Δt)、及び、前記検出位置における前記基準信号(9)に対する測定信号(8)の信号減衰比(r)を算出して、前記ひび割れ(C)の深さを導出するようにしたひび割れ深さ測定装置。
【請求項2】
前記照射加熱の位置から前記所定距離だけ離れた位置まで、前記ひび割れ(C)の無い部分を通って弾性波が伝播する際の前記基準信号(9)の伝播時間及び信号強度の減衰が、強度の異なる素材からなる構造体(S)について予めデータベース化され、このデータベースが前記演算装置(10)に記録されており、この記録されたデータベースを用いて前記比較がなされる請求項1に記載のひび割れ深さ測定装置。
【請求項3】
前記照射加熱の位置から前記所定距離だけ離れた位置まで、前記ひび割れ(C)の無い部分を通って弾性波が伝播する際の前記基準信号(9)の信号強度を測定する第二検出用レーザー装置(3)を設けた請求項1に記載のひび割れ深さ測定装置。
【請求項4】
前記第一検出用レーザー装置(2)による前記測定信号(8)の検出位置と、前記第二検出用レーザー装置(3)による前記基準信号(9)の検出位置が、前記加熱用レーザー装置(1)による照射加熱の位置を中心として対称となるように各レーザー装置(1、2、3)が設けられている請求項3に記載のひび割れ深さ測定装置。
【請求項5】
構造体(S)の表面を照射加熱する加熱用レーザー装置(1)と、
前記照射加熱に伴って構造体(S)に発生した弾性波を前記照射加熱の位置から所定距離だけ離れた検出位置で検出する第一検出用レーザー装置(2)と、
前記検出位置において前記第一検出用レーザー装置(2)によって検出された測定信号(8)と、前記構造体(S)と同じ強度の材料からなり、ひび割れ深さが既知の基準構造体を用いて、前記加熱用レーザー装置(1)による前記照射加熱の位置から前記所定距離だけ離れた位置で測定し、予めデータベース化した基準信号(9)とを比較してひび割れ(C)の深さを導出する演算装置(10)と、
から構成され、前記演算装置(10)によって、前記測定信号(8)及び前記基準信号(9)が前記照射加熱の位置から前記検出位置まで弾性波が伝播する伝播時間の時間差(Δt)、及び、前記検出位置における前記基準信号(9)に対する測定信号(8)の信号減衰比(r)を算出して、前記ひび割れの深さを導出するようにしたひび割れ深さ測定装置。
【請求項6】
前記弾性波が、前記照射加熱の位置からひび割れ(C)先端部まで前記弾性波のうち表面波(R)成分として、前記ひび割れ先端部から前記ひび割れ(C)の第一検出用レーザー装置(2)側の開口部まで前記弾性波のうち縦波(P)成分として、前記開口部から前記第一検出用レーザー装置(2)による検出位置まで前記表面波(R)成分として、それぞれの波成分に固有の伝播速度(V、V)及び信号減衰係数(l、l)をもって伝播する表面波伝播モデルに基づいて前記演算装置(10)による演算がなされ、伝播時間の前記時間差(Δt)に基づいて導出したひび割れ深さと、前記測定信号(8)及び基準信号(9)の信号減衰比(r)から導出したひび割れ深さが、予め決めた誤差範囲内に収まる場合に、前記ひび割れ深さの導出値を第一確定導出値としてひび割れ深さを確定するようにした請求項1から5のいずれか一つに記載のひび割れ深さ測定装置。
【請求項7】
前記伝播時間の前記時間差(Δt)に基づいて導出したひび割れ深さと、前記測定信号(8)及び基準信号(9)の信号減衰比(r)から導出したひび割れ深さが、予め決めた誤差範囲内から外れる場合に、前記第一確定導出値を採用せず、前記弾性波が、前記照射加熱の位置からひび割れ(C)先端部まで、及び、ひび割れ(C)先端部から前記第一検出用レーザー装置(2)による検出位置まで、いずれも前記弾性波のうち縦波(P)として、この縦波(P)に固有の伝播速度(V)及び信号減衰係数(l)をもって伝播する縦波伝播モデルに基づいて前記演算装置(10)による演算がなされ、伝播時間の前記時間差(Δt)に基づいて導出したひび割れ深さと、前記測定信号(8)及び基準信号(9)の信号減衰比(r)から導出したひび割れ深さのうちいずれか一方を第二確定導出値としてひび割れ深さを確定するようにした請求項6に記載のひび割れ深さ測定装置。
【請求項8】
加熱用レーザー装置(1)で構造体(S)の表面を照射加熱し、この照射加熱によって構造体(S)に生じた弾性波を前記照射加熱の位置から所定距離だけ離れた位置において第一検出用レーザー装置(2)で検出された測定信号(8)を、演算装置(10)内のデータベースに記録された前記構造体(S)と同じ強度の素材からなる構造体(S)のひび割れ(C)の無い部分において測定した基準信号(9)と比較して、ひび割れ(C)の深さを測定するひび割れ深さ測定方法。
【請求項9】
加熱用レーザー装置(1)で構造体(S)の表面を照射加熱し、この照射加熱によって構造体(S)に生じた弾性波を前記照射加熱の位置から所定距離だけ離れた位置において第一検出用レーザー装置(2)で検出するとともに、前記照射加熱の位置から前記所定距離だけ離れた位置において、ひび割れ(C)の無い部分を通って伝播した弾性波を第二検出用レーザー装置(3)で検出し、演算装置(10)で前記第一検出用レーザー装置(2)で検出された測定信号(8)を、前記第二検出用レーザー装置(3)で検出された基準信号(9)と比較してひび割れ(C)の深さを測定するひび割れ深さ測定方法。
【請求項10】
前記演算装置(10)における比較が、前記弾性波が、前記照射加熱の位置からひび割れ(C)先端部まで前記弾性波のうち表面波(R)成分として、前記ひび割れ(C)先端部から前記ひび割れ(C)の第一検出用レーザー装置(2)側の開口部まで前記弾性波のうち縦波(P)成分として、前記開口部から前記第一検出用レーザー装置(2)による検出位置まで前記表面波(R)成分として、それぞれの波成分に固有の伝播速度(V、V)及び信号減衰係数(l、l)をもって伝播する表面波伝播モデルに基づいて行われ、伝播時間の前記時間差(Δt)に基づいて導出したひび割れ深さと、前記測定信号(8)及び基準信号(9)の信号減衰比(r)から導出したひび割れ深さが、予め決めた誤差範囲内に収まる場合に、前記ひび割れ深さの導出値のうちいずれか一方を第一確定導出値としてひび割れ深さを確定するようにした請求項8又は9に記載のひび割れ深さ測定方法。
【請求項11】
前記伝播時間の前記時間差(Δt)に基づいて導出したひび割れ深さと、前記測定信号(8)及び基準信号(9)の信号減衰比(r)から導出したひび割れ深さが、予め決めた誤差範囲内から外れる場合に、前記第一確定導出値を採用せず、前記弾性波が、前記照射加熱の位置からひび割れ(C)先端部まで、及び、ひび割れ(C)先端部から前記第一検出用レーザー装置(2)による検出位置まで、いずれも前記弾性波のうち縦波(P)として、この縦波(P)に固有の伝播速度(V)及び信号減衰係数(l)をもって伝播する縦波伝播モデルに基づいて前記演算装置(10)による演算がなされ、伝播時間の前記時間差(Δt)に基づいて導出したひび割れ深さと、前記測定信号(8)及び基準信号(9)の信号減衰比(r)から導出したひび割れ深さのうちいずれか一方を第二確定導出値としてひび割れ深さを確定するようにした請求項10に記載のひび割れ深さ測定方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2012−230053(P2012−230053A)
【公開日】平成24年11月22日(2012.11.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−99533(P2011−99533)
【出願日】平成23年4月27日(2011.4.27)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 発行者名 社団法人日本材料学会 刊行物名 コンクリート構造物の補修、補強、アップグレード論文報告集 第10巻 発行年月日 平成22年10月29日
【出願人】(591114803)公益財団法人レーザー技術総合研究所 (36)
【出願人】(000156938)関西電力株式会社 (1,442)
【Fターム(参考)】