説明

アラキドン酸、その製造方法およびその使用方法

【課題】エイコサペンタエン酸をほとんど含まない油を含むアラキドン酸の生産方法、及び高濃度のトリグリセリド形アラキドン酸を含有する油を含む組成物を提供する。
【解決手段】アラキドン酸を特に多く含有するトリグリセリド油を産生する条件を使って、糸状菌モルティエレラ・アルピーナを培養し、バイオマスを採収して、油を抽出、回収、そして調合乳の添加剤として使用する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
産業上の利用分野
本発明は、アラキドン酸(arachidonic acid)の製造、アラキドン酸を含む組成物およびその使用に関する。
【背景技術】
【0002】
発明の背景
アラキドン酸(arachidonic acid;ARA)は、オメガ−6級(5,8,11,14- エイコテトラエン酸、すなわち20:4)の長鎖多不飽和脂肪酸(polyunsaturated fatty acid; PUFA)である。ARAは、人体に最も豊富にあるC20(炭素が20個)のPUFAであり、血液、肝臓、筋肉および他の主要な器官系においてリン脂質と主に結び付く構造脂質としての役割を主とする特に器官、筋肉、血液組織において最も注目されている物質である。また、この構造脂質としての主要な役割に加えて、ARAは、プロスタグカンジンE2(PGE2)、プロスタシクリンI2(PGI2)、トロンボキサンA2(Tx2)、ロイコチレンズB4(LTB4)、C4(LTC4)など多数の環式エイコサノイドの先駆物質である。これらのエイコサノイドは、リポタンパク代謝、血液流体学、血管音、白血球の機能および血小板の活性に調整効果を示す。
【0003】
ARAは、ヒトの代謝に重要な役割を果たすにもかかわらず、ヒトの体内で新たに合成することはできない。ARAは、リノール酸(linoleic acid;LOA)を長鎖化し、かつ不飽和にして合成する。しかし、このプロセスには、ヒトの体内には少量しか存在しない酵素であるΔ6−デサチュラーゼ(desaturase;Burre 他「Lipids」,第25巻,第354-356 頁(1990年);非特許文献1)を必要とする。したがって、ほとんどの場合、ARAは食事によって取り入れなければならない。これは乳児のような身体の成長が非常に著しい時期には特に重要なことである。
【0004】
人生の第1年の間に、乳児は、体重が二ないし三倍になる。したがって、食事においては大量のARAが必要となる。この要求を満たすため、母乳には高濃度のARAが含まれている(Sanders 他「Am.J.Clin.Nutr.」,第31巻,第805-813 頁(1978年);非特許文献2)。ARAは、母乳中においては最も多く含まれている炭素数20のPUFAである。しかし、菜食主義者の母親が母乳を与える場合、そうした母親は、食事からARAを追加摂取する方がよい。しかし、母乳をまったく与えなかったり、乳児の急速な成長期の全期間にわたっては母乳を与えず、替わりに調合乳(infant formula)を使う母親も多い。
【0005】
出願人の知る範囲では、これまでARAをトリグリセリド形で含有する調合乳は市販されていない。米国特許第4,670,285 号(Clandinin他);特許文献1は、乳児についてのARAを含む脂肪酸摂取の必要性を明らかにしている。Clandinin 他は、この特許において、それら脂肪酸を供給するため、自らの提案する調合乳の脂肪成分として、卵黄、魚油あるいは赤血球リン脂質および野菜油のブレンドを示唆している。しかし、魚油は、多量のエイコサペンタエン酸(EPA)を含有している。EPAは、乳児においては、ARAの合成を抑制することが知られている(Carlson他,「INFORM」,第1巻,第306頁(1990年);非特許文献3)。したがって、ARAは、EPAを伴わずに供給できれば好ましい。さらに、卵黄は、ARAの含有量が比較的少ないため、Clandinin 他の調合乳は、経済的に実行可能なものではない。
ARAは動物の体内に存在し、植物、油などには存在しないため、これを商業ベースにのるだけの量を生産することは、望まれてはいるが、先の見えない状態にとどまっていた。新免(Shinmen)他は、「Microbiol. Biotech.」,第31巻,第11〜16頁(1989年);非特許文献4で、公知の攪拌タンク発酵により、ARAを単離した菌「モルティエレラ・アルピ−ナ(Mortierella alpina)」から産生することを報告している(外に日本国特許第1,215,245 号(新免他);特許文献2参照)。培養が終わったら、微生物は回収し、乾燥した後、菌体のバイオマスから脂質を有機溶媒で抽出し、その脂質を化学的に(共有結合で)修飾する。例えば、脂質混合物は、栄養補助食(サプルメント)として使用する前に、加水分解してエチルエステルに転化させ、ついでシクロデキストリンと結合させる。しかし、新免他は、未修飾微生物油の投与については、開示も示唆もしていない。
【0006】
ポルピリジウム・クルエントゥム(Porphyridium cruentum;赤藻類)は、湖沼で大量に成長し、ARAを40%まで含有する脂質を含む(Ahern他「Biotech. Bioeng.」,第25巻,第1057〜1070頁(1983年);非特許文献5)。しかし、残念なことに、ARAは、まず、よく知られてはいるが母乳には存在しない複雑な脂質であるガラクト脂質と結合する。したがって、ARAは、使用可能なものは、バイオマスの1%分画にすぎないだけでなく、その上修飾しなければ、調合乳の添加物として適当な形にはならない。
【0007】
米国特許第4,870,011 号(鈴木他);特許文献3は、γ−リノール酸のような脂質をモルティエレラ属の菌体から得る方法を開示している。γ−リノール酸は、上記菌体に含まれる脂質の混合物から精製される。
【0008】
ドイツ国特許DE 3603000A1号(Milupa);特許文献4は、高度のPUFA混合物とこれを調合乳における脂肪成分として使用することを開示している。この脂肪混合物は、高濃度のARAとDHA(ドコサヘキサエン酸)を2.5:1の割合で含み、他に高濃度のコレステロールも含む。脂肪酸の供給源としては、藻、魚油、および牛肉、豚肉あるいは高精製卵黄油などの有機脂肪が上げられている。また、DHAとARAの供給源は、ファエコファイト(phaecophyte) およびロドファイト(rhodophyte)などの藻であるされている。しかし、この特許では、油の供給源として微生物を使用することは示唆されていない。藻と魚油は、通常、生体でARAの合成を抑制知るEPAを含む。さらに、高精製卵黄油は、ARAAの供給源として経済的なものではない。その上、既存の調合乳に栄養を補給するARAが濃縮された添加剤については開示がない。
国際公開WO92/13086号;特許文献5は、ピシウム・インシディオスム(Pythium Insidiosum)から菌体油を調整する方法とその使用方法について記載している。この菌体油は30〜35%のアラキドン酸を含むが、検出量のエイコサペンタエン酸は含有しない。
H.Yamada他の「Industrial Applications of Single Cell Oils」 およびD.Kyle他偏、「AOCS, Champaign; IL」, 第118〜138頁(1992年);非特許文献6には、菌体微生物、特にモルティエルラ・アルピナをARA、EPA他の他不飽和脂肪酸の生産に使用することが記載されている。この方法によれば、ARAを約65%まで含む菌体油が得られると有る。
したがって、好ましくはEPAのような副産物なしに、ARAを、経済的で、商業ベースにのるように生産できる方法を求める声は依然として強い。本発明の目的は、このようなニーズを満たすことにある。
本発明はまた、ARAの濃度がヒトの母乳中の濃度にほぼ近い調合乳にするために使用する添加剤および、そのような添加剤の供給源を提供することも目的とする。
本発明は、さらに、経口、非経口あるいは皮下注射用の投与物に使用するARAを含有する菌体油を提供することも目的とする。
【特許文献1】米国特許第4,670,285 号(Clandinin他)
【特許文献2】日本国特許第1,215,245 号(新免他)
【特許文献3】米国特許第4,870,011 号(鈴木他)
【特許文献4】ドイツ国特許DE 3603000A1号(Milupa)
【特許文献5】国際公開WO92/13086号
【非特許文献1】Burre 他「Lipids」,第25巻,第354-356 頁(1990年)
【非特許文献2】Sanders 他「Am.J.Clin.Nutr.」,第31巻,第805-813 頁(1978年)
【非特許文献3】Carlson他「INFORM」,第1巻,第306頁(1990年)
【非特許文献4】新免(Shinmen)他「Microbiol. Biotech.」,第31巻,第11〜16頁(1989年)
【非特許文献5】Ahern他「Biotech. Bioeng.」,第25巻,第1057〜1070頁(1983年)
【非特許文献6】H.Yamada他「Industrial Applications of Single Cell Oils」 およびD.Kyle他偏、「AOCS, Champaign; IL」, 第118〜138頁(1992年)
【発明の開示】
【0009】
発明の概要
本発明は、菌体を含むアラキドン酸(ARASCO)の製造および使用、ならびにこの油を含む組成物に関する。この油は、単細胞油とも呼ばれる。菌体は、油を生産する条件の下で培養し、採収した後、油を抽出・回収する。この油は、さらに化学的な修飾をしなくても、新生児、妊婦、哺乳中の母親、あるいはARA欠乏症患者用のARA補給食に直接使用することができる。本発明に係るARAの生産方法の利点は、生産が容易であること、ARAが高純度で得られること、および検出量のEPAが生産されないことである。
【0010】
好ましい態様の詳細な説明
「ARA」と「EPA」の語は、本明細書では、それぞれアラキドン酸とエイコサペンタエン酸の残基を指す意味でも用いられる。これらの残基分は、脂肪アシルグリセリドあるいはピン脂質の一部としてグリセロールにエステル化される。また、本明細書においては、組成物がEPAを「実質的に含まない」とは、この組成物を栄養食として使用する際EPAの残量がARAの合成を阻害する量より少ないことをいう。本発明は、アラキドン酸の経済的な供給源を提供する。
【0011】
本発明は、その一実施態様においては、アラキドン酸を含有し、かつエイコサペンタエン酸(EPA)を実質的に含まない菌体油(ARASCO)の生産方法にも関する。ここで「実質的に含まない」とは、油中に、EPAがARAの存在量の約1/5未満しか存在しないことを意味する。この油、すなわち単細胞油は、未修飾のまま、直接投与することができる。ここで「未修飾のまま」とは、脂肪酸の化学特性あるいは油そのものが、共有結合の観点から見て、変化を生じていないことをいう。したがって、例えば、油の回収後にすぐ元に戻されるようなARASCOまたはARAの一時的な化学修飾は、本発明の範囲を越えるものではない。本発明に係る未修飾の菌体油は、脂肪酸の残基のうち比較的高い割合がARA(好ましくは脂肪酸残基の少なくとも40%、より好ましくは少なくとも50%がARA)で、ARA残基のEPA残基に対する割合も高い(重量比で少なくとも5:1、好ましくは20:1)トリセリド形で提供される。このような天然物から得られる油は、本発明以前には文献には記載されていない。そのような組成比のトリグリセリドは、化学的に合成することができるが(例えばARAを多く含む脂肪酸混合物をエステル化するか、そのような脂肪酸混合物のエチルエステルとエステル交換する)、脂肪酸混合物に化学的な処理を施すと、不要な副産物が生ずるおそれがある。しかし、本発明の方法は、天然物からの抽出により、所望の組成比のトリグリセリドを生成することができる。
【0012】
【表1】

【0013】
これまでに産生する脂肪酸の種類が明らかになった菌体種をみてみると、ARAを産生する種はほとんどないことが分った(Weete,J.D.,「Fungal Lipid Biochemistry」,Plenum Press,ニューヨーク,(1974年))。またARAを産生する種の中でも(ピシウム属に属するすべての種を含めて)、多くは相当量のエイコサペンタエン酸(EPA)も産生する。表1は、ピシウム・インシディオースム他の菌体が産生する脂肪酸の概要を明らかにしたものである。予想に反して、ピシウム・インシディオースムは、EPAの産生を伴わないことが分った。魚油と同じように、栄養補助食に高濃度のEPAがあると、食事から摂取したリノール酸(LOA)からARAを形成する反応が阻害される。このため、ARAとEPAの両方を産生する菌体種を本発明の方法で用いる場合は、EPAを多量の産生する種は使用しないのが好ましい。このような好ましい種には、ピシウム・インシディオースムとモルティエレラ・アルピーナがある。この両種は市販されており、またAmerican Type Culture Collective(メリーランド州ロックヴィル)に、それぞれ寄託番号28251 と42430 で寄託されている。ピシウム・インシディオースムとモルティエレラ・アルピーナは、本明細書において、代表的な菌体として使用される。勿論、本明細書で紹介するARAを含みEPAを少量しか含まないトリグリセリドを産生する他の菌体も、本発明で用いることを企図されるものである。
【0014】
本発明が克服しなければならない大きな問題の一つは、食事から摂取される高濃度のEPAによる乳児におけるARA生合成の阻害である。この問題は、母乳に匹敵する量のARAを調合乳に添加することで解決される。ヒトの母乳中におけるARA:EPAの比は、典型的には約20:1である。本発明は、上述のEPAによる負の効果を克服するのに十分な量のARAを与える微生物油の提供を企図している。ARA含有油を使用したときのARA:EPAの比は、少なくとも約5:1になるのが好ましい。この比は、より好ましくは、少なくとも約10:1あるのがよく、最も好ましくは約20:1あるのがよい。これまで述べたように、最終製品において、ARAの存在量がEPAのそれに比して多ければ多いほど、好ましい結果が得られる。
【0015】
本発明のプロセスにおいては、菌体は、適当なARA含有油を産生できる条件下で培養される。菌体培養の技術は当業者によく知られており、それらの技術を本発明のプロセスに適用することができる。例えば、接種量の菌体は、振盪フラスコ中の沈水培養により培養することができる。フラスコに培地を入れ、菌糸体の根付け、往復振盪器を作動させて約3〜4日かけて成長させる。
【0016】
成長培地の組成は、種々のものにすることができるが、炭素源と窒素源は含まなければならない。好ましい炭素源はグルコースで、その量は、培地1l当り約10〜100gがよい。振盪フラスコで培養する場合は、典型的には約15g/lの割合で使用される。この量は、最終的な培養物の密度をどの程度にするかによって変わる。他の使用可能な炭素源としては、糖蜜、高フルクトース含有コーンシロップ、加水分解デンプンあるいは発酵プロセスで用いられる他の安価な公知の炭素源がある。ピシウム・インシディオースムを培養する場合は、さらにラクトースも炭素源として用いることができる。ラクトースを多く含んで安価な炭素源である乳漿透過物は、基質として使用できる。これら炭素源の適当量は、当業者ならば容易に決定することができる。通常は、培養中に追加の炭素が必要になる。これは、微生物が多量の炭素を使用するためで、バッチモードで一時に全量を添加するのは非常にやっかいなことが分る。
【0017】
窒素は、典型的には酵母抽出物の形で、濃度は培地1l当り約2〜15gの割合で供給される。好ましいのは培地1l当り約4gである。他の窒素源には、ペプトン、トリプトファン、コーンスティープリカー(corn steep liquor) 、大豆粉、加水分解済み植物タンパク等である。これら窒素源の添加量は、当業者ならば容易に決定できるであろう。窒素は、バッチモードで、すなわち培養前に全量を一時に添加することができる。
【0018】
公知の攪拌タンク発酵器(stirred tank fermentor;STF)中で、3〜4日適当な温度、典型的には約25〜30℃で培養すると、接種には十分な量の菌体が成長する。そのようなSTFは、当業者にはよく知られており、市販されてもいる。発酵は、バッチモード、フィードバッチモードあるいは連続発酵モードで行うことができる。STFには海洋インペラを装備するが、Rushton 型のタービンインペラも使用できる。
【0019】
発酵器には、所望の炭素源と窒素源を入れて準備する。例えば、要領1.5lの発酵器は、水道水1l当り約50gのグルコースと約15gの酵母エキスを混合して用意する。すでに述べたように、他の炭素源、窒素源あるいはそれらの混合物も使用することができる。
【0020】
栄養分溶液を収めた反応器は、例えば菌体を接種する前に加熱して殺菌すべきである。そして、約30°に冷却した後で、菌体を接種し、培養を開始する。ガス交換は、空気散布によって行う。空気散布の速度は、種々に設定できるが、好ましくは約0.5〜約4.0VVM(volume of air per volume of fermentor per minute;1分当りかつ発酵器1容量単位当りの空気の体積単位)がよい。溶解酸素の濃度は、溶液への空気の飽和値の約10%〜約50%に維持するのが好ましい。したがって、空気散布速度は、培養中に調整が必要になる。また反応器では攪拌を行った方がよい。攪拌はインペラで行う。攪拌棒の速度は、約50〜500cm/秒が好ましく、より好ましくは約100〜200cm/秒である。
【0021】
菌体の接種量は様々であるが、典型的には、約2〜約10容量%である。発酵器では、約5容量%が好ましい。栄養分の濃度は、監視される。グルコースの濃度が5g/lを下回ると、グルコースが追加される。典型的な培養サイクルにおいては、発酵器の容量1l当り約100gのグルコースと約15gの酵母エキスを用いる。窒素は、菌体による油の産生を促進するため、培養中に消費し尽くしてしまうのが望ましい。これは使用する微生物がモルティエラ・アルピーナである場合に、特にあてはまる。
【0022】
特に好ましい態様においては、非常に高い養分濃度の下に、高濃度のARAを含む油濃度の高いモルティエラ・アルピーナを培養することができる。予想に反して、発酵中に添加される炭素含有養分の全量が比較的多い限り、窒素含有養分の濃度は、発酵の開始時には、15g/lの酵母エキスを与えて過剰なものにできることが分った。発酵工程の最初の25〜50%の時間に、好ましくは連続的にあるいは間欠的に、これと同じ時間に少量ずつ多数回にわたって供給される炭素養分の全量は、培地1l当り75〜300g(グルコースと酵母エキスの重量比で表すC:N比は5:1以上)となるようにするのが好ましい。特に好ましい態様の場合、窒素源は、培地1l当り約16gの割合で添加される大豆粉で、炭素源は、培養の当初は、約80g以上となるグルコースである。炭素源および窒素源の濃度を高くする場合は、それらの栄養を含む二つの溶液を別々に殺菌するのが好ましい。バイオマスの収率は、炭素源の濃度を高くし、窒素源の一部は当初から内部にとどめ、残りは連続的にあるいは1回ないしそれ以上に分けて供給する発酵の場合は、増加することが分った。
培養物は、過剰の泡を産生することもあるが、この泡を抑えたければ、当業者に公知の、例えばMazu 310Rあるいは植物油のような消泡剤を添加することができる。
【0023】
培養温度は様々であるが、ARAとEPAの両方を産生する菌体の場合は、温度が高い方がARAをより多く、EPAをより少なく産生する傾向がある。例えば、モルティエレラ・アルピーナを18℃未満で培養すると、EPAを産生し始める。したがって、ARAを優先的に生産する温度を維持することが好ましい。適当な培養温度は、典型的には約25〜約30℃である。
培養は、所望のバイオマス濃度が得られるまで続けられる。望ましいバイオマス(微生物)濃度は、約25g/lである。このような濃度は、典型的には、菌体の接種後48〜72時間の間に得られる。この時点で、微生物は、典型的には約5〜40%の複合脂質、すなわち油を含有している。この油の約10〜40%はARAで、好ましくはこのARAの少なくとも40%、より好ましくは少なくとも50%がARAであることが期待される。
【0024】
本発明によるARA製造のための菌体発酵は、pHが約5〜8の培地で行われる。しかし、モルティエレラ・アルピーナを使った場合のバイオマス、油およびARAの収率は、培地のpHを制御せずに上昇するにまかせるよりも、調整することにより向上させることができる。この収率はまた、発酵中の酸素濃度を高水準に維持することによっても向上させることができる。このように発酵のプロセスに修正を加えることは、高濃度の栄養分を使用する場合に特に効果的である。
発酵当初の窒素(酵母)濃度が、発酵器1l当り約15gを超え、および/または炭素(グルコース)濃度が、発酵器1l当り約150gを超えると、菌体の成長が阻害される。この成長阻害は、発酵を、例えば発酵用の栄養分をアリコート(aliquot) に分割し、1回前のアリコートにより供給した栄養分の一部またはすべてが代謝したら次のアリコートを供給するシーケンス方式によるフィードバッチモードすれば、解決できる。成長阻害の防止は、炭素養分(新免他参照)だけを補給すれば、達成できる。成長阻害の防止はまた、栄養分をアリコートに分割し、このアリコートを発酵中に供給するか、また栄養分を含む溶液を連続的に供給することによって達成できる。同様に、この成長阻害の防止は、炭素養分が発酵当初から高濃度で存在する発酵環境に、窒素養分だけを供給することによっても達成されることが、予想に反して発見された。
【0025】
また、予想に反して、成長阻害は、発酵中のpHを調整したり、発酵器中の酸素濃度を高レベルに維持するか、あるいはその両方によっても緩和されることが分った。低いpH(pH=5〜6)で、培地の養分濃度を高くしてモルティエレラ・アルピーナを発酵させると、バイオマスの成長が速まる(そして油の収率も増加する)ことが分った。しかし、これらの条件の下で産生される油は、ARAの組成割合が低い。逆に、高いpH(pH=7〜7.5)で発酵させると、油中のARAの組成割合は高くなるが、バイオマスの成長速度は遅くなる。好ましい態様においては、本発明の発酵方法は、発酵の初期段階ではpHを低くし、発酵の後期になったらpHを高くするpHの経時的調整工程を含む。発酵の初期段階は、栄養分が高速で代謝される急速な(指数関数的)成長時期を含み、一方、発酵の後期は、通常一またはそれ以上の養分が不足することにより細胞分裂が停止し、ARAの豊富な油の産生が強化される定常相を含む。pHの時相調整(プロファイリング)は、発酵期を2ないしそれ以上の期間に分け、それらの期間における発酵器中のpHを制御することによって行う。
【0026】
同じように、培地における溶解酸素(Dissolved oxygen;DO)の濃度を高水準(例えば空気飽和の場合の40%以上)に維持すると、養分濃度が高い場合の成長阻害が免れたり、ARAの組成比が向上することが分った。DOは、容器圧を増加させ(容器頂部の空間により多くの空気を送り込む)、攪拌速度を高め(例えばインペラの先端の速度を上げる)、そして空気の導入量を増加させ(所定の時間内に発酵器を通過する空気量を増大させる。通常VVMを増加させると表現する)、および/または散布ガス中の酸素濃度を増加させることで、高水準に維持することができる。発酵は、これらの条件の下で行うと、炭素の消費が増し、最終的なバイオマス濃度が高くなって、発酵器中でARAに富む油の生産性が増すことが分った。特に、上記のような条件の調整を一ないしそれ以上行った発酵は、ARAの残基が少なくとも40%、好ましくは少なくとも50%の抽出可能なトリグリセリド形の油を生成した。
【0027】
特に好ましい態様においては、発酵用の培地は、80g/l以上のグルコースおよび16g/l以上の酵母エキスと均等な量の炭素分を含み、発酵の開始後、培地のpHは5〜6に調整される。菌体を接種した後、培地のpHは、発酵当初のレベルあるいはこれをわずかに上回るレベルに制御される。一旦炭素養分の濃度が60g/l以下に低下したら(通常約48時間後)、pHの設定点は、約6以上に変更する。酸素の取り込み速度(および/または二酸化炭素発生速度(carbon dioxide evolution rate;CER)が最大値に達する頃(通常約72時間後)、pHの設定点は6.5〜7に上げる(通常段階的に、例えば1時間当り約0.1pH単位の割合で増加させる)。その後発酵の最終段階に当り、pHは、約7〜7.5以下の値を維持するように調整する。
【0028】
この態様の場合、培地中の溶解酸素濃度(D.O.)は、好ましくは容器圧をシーケンス式に11psi まで増加させ、攪拌速度をインペラ先端の速度が約300cm/sec に相当するものにまで増加させ、さらに空気の導入量を約0.5VVMにまで増加させることによって、空気飽和濃度の約40%ないしそれ以上に維持される。菌体の急速な成長時期および発酵による酸素の多量の取り込みが終わると、菌体の成長(および酸素の取り込み)は減速する。攪拌や空気導入は、この時点で、D.O.が高水準(通常約40%以上)に維持されている限り、減速させる。
【0029】
これまで説明したようにモルティエレラ・アルピーナの発酵を最適なものにすると、20〜60%の油を含むバイオマスを高い収率で得ることが可能になる。ここで、油の25〜70重量%は、トリグリセリド形のARAである。このバイオマス(および油)は、ここで述べる方法で採収される。バイオマスは、生産量(ARA/L/日で測定される)が最大に達した後48時間以内に発酵器から回収される。
【0030】
採収は、濾過、遠心分離あるいは噴霧乾燥のような適当な方法で行うことができる。費用が安いという観点からは、濾過が好ましい。
採収後、菌糸体ケーキを抽出する。菌糸体ケーキは、採収後のバイオマスを採収して得られる。この菌糸体ケーキは、ばらけたものであったり、あるいは圧縮されたものである場合もある。また、ぼろぼろにくずれたものであることも、又、そうでないものであることもある。ケーキは、内部に残留している水を、真空乾燥、流動層乾燥、噴霧乾燥あるいは凍結乾燥などにより、抽出の前に除去することができる。この水の除去を行う場合は、ARA含有油を抽出する際は、非極性の溶媒を用いるのが好ましい。非極性溶媒はどのようなものでもよいが、好ましいのはヘキサンである。
【0031】
好ましい態様においては、油は、水研ぎあるいは未使用のヘキサンを使ったパーコレーションにより、乾燥したバイオマスから抽出する。溶媒は、通常溶媒:バイオマスの比が約5:1(重量比)となるように添加される。水研ぎの後は、デカントあるいは遠心分離によって、固体を抽出物から分離する。溶媒を含有する抽出物(種々のものの寄せ集め)は、油中の不飽和脂肪酸の酸化を防ぐため、無酸素状態に保つのが好ましい。この寄せ集めは、粗菌糸体油を得るため、溶媒を除去する。
【0032】
菌糸体バイオマスから抽出した、非極性溶媒を含む粗精製油は、濁っている。この濁りは、特にバイオマスを粉砕したときは、顕著である。これは粉砕すると、細胞壁の断片や溶解性のポリサッカリドのような微粒子が放出されるためであろう。このような濁った油は、この粗精製油を、アセトンやアルコールのようなより極性の溶媒に溶解すれば清澄化できる。このましい態様においては、菌糸体の粗精製油は、アセトンによる抽出と沈殿によって、さらに清澄にされる。アセトンと菌糸体の混合物は、アセトンを濁った粗精製抽出物に添加し(油の容量割合が約20%になるよう、すなわち粗精製油1単位容量に対して約4単位容量のアセトンを加える)、両者を完全に混合し、この混ぜ合わせ物を微粒子の沈殿が完了するのに十分な時間放置する(通常室温で約1時間)ことによって調整する。油を含有するアセトンと菌糸体の混合物は、遠心分離および/または濾過によって不純物を取り除いて清澄にし、ついで溶媒を除去してアセトンを用いて清澄化された菌糸体油を得る。このアセトンを用いて清澄化された菌糸体油は、菌糸体のバイオマスを抽出して生じた微粒子をアセトンを使う工程で除去しておかないと精製プロセスの障害となるため、さらに処理(例えば、公知の方法による脱粘、漂白、脱臭など)を施すのが好ましい。
【0033】
他の好ましい態様においては、乾燥したバイオマスを向流抽出する。これは、例えばCrown Ironworks 社製造の装置(Crown Mark IV)あるいはFrench社の装置など市販の抽出装置を使って行う。これらの装置は、塵や土を除くために設計されたもので、一般に植物油の抽出には用いられない。バイオマスの再粉砕をしない場合、抽出効率はそれほど高くないため、向流抽出は、微粒子をほとんど生じず、澄んだ精製油を回収する上での技術的な困難を減らすことができる。
【0034】
これとは別に、湿潤したケーキ(典型的には約30〜50%の固体を含む)をぼろぼろにくずし、エタノールやイソプロピルアルコールなどの極性溶媒かあるいはCO2 やNOなどの溶媒を使った臨界超過流体抽出によって直接抽出することもできる。ケーキは、抽出の前にくずしておくのが好ましい。本発明の利点は、臨界超過流体抽出(McHugh外,「Supercritical Fluid Extraction」, Butterworth(1986年))という経済的な方法を用いることである。この技術は、当業者には知られており、例えばカフェイン抜きのコーヒー豆をつくる際に使用されている。
【0035】
好ましい水性の抽出法においては、適当な反応容器中で、菌糸体バイオマスを極性のイソプロピルアルコール溶媒と混合する。この場合は、バイオマス1部に対して溶媒を3〜6部使うのが好ましい。最も好ましいのは、脂質抽出物中にあるARAの酸化を防止するため、混合を、窒素雰囲気中あるいは酸化防止剤の存在下で行うことである。本明細書では、「脂質抽出物」、「油」、「脂質複合物」および「菌糸体油」は、同じ意味である。
【0036】
抽出が終わったら、油は、脂質抽出物を含む溶媒からバイオマスを除去するため、濾過にかける。そして、バイオマスは回収して、食物補給食(フードサプルメント)として使用する。本明細書においては、「フードサプルメント」の語は、穀物などの典型的な食物に混ぜ合わせる飼料ないし添加剤等の、動物の餌を指す。
【0037】
溶媒は、脂質抽出物から分離し、再使用するため、粗精製油を残して適当な収集器に蒸発させるなどして回収する。イソプロピルアルコールを溶媒と使用すると、蒸発の際、水とイソプロピルアルコール共沸混合物が自発的に形成されて除去されるため、残留水が粗精製油から分離できるという好ましい成果が得られる。
【0038】
粗精製油は、これ以上処理しなくても使用することはできるが、さらに精製することもできる。この再精製工程には、植物油からレシチンを調整する際に用いる当業者には公知のプロセスを用いることができる。このプロセスは、ARAを含有する脂質あるいはARAそのものの共有結合に変化を与えることはない。
【0039】
収率は種々に変動するが、典型的には、乾燥菌糸体100g当りARAを含有するリン脂質が約5g得られる。モルティエレラ・アルピーナの場合は、乾燥菌糸体100g当り10〜50gのトリグリセリド形ARAが得られる。粗精製油あるいは最終生産物は、ヒトに投与するために用いられるが、これらのどちらも本明細書でいうARASCOの定義に含められる。
【0040】
本発明の最も重要な目的は、ARAの含有量が母乳のそれに近い調合乳に用いる添加物を提供することである。以下の表2は、ARASCO中の脂肪酸組成比を母乳、ならびにARASCOを含む調合乳とARASCOを含まない調合乳と比較したものである。表2において、1 については、Simopoulis,A. の「Omega-3 Fatty Acids in Health and Disease」,第115〜156頁(1990年)を参照されたい。
【0041】
【表2】

【0042】
表から分かるように、ARASCOを補給した調合乳中に存在するARAの量は、ヒトの母乳中のARA量に近い。さらに、調合乳の脂肪酸組成比は、ARASCOを加えても、大きな変化はない。典型的には、調合乳1l当り約50〜1000mgのARASCOが使用される。必要なARASCOの量は、ARAの要求割合により変わり、その量は、油中の脂肪酸の約10〜70%の範囲内で変更可能である。しかし、典型的なARAの含量は、脂肪酸の約30〜50%である。調合乳を補給する目的で使用される油は、脂肪酸のうち好ましくは少なくとも40%、より好ましくは少なくとも50%のARAを含むのがよい。ARAの含量が約30%のときは、ARASCOの特に好ましい調合量は、調合乳1l当り約600〜700mgである。この調合割合だと、Similac R(Ross Laboratories 社、オハイオ州コロンバス)のような調合乳にすでに含まれている成分を、調合乳の油分50部に対してARASCO1部分だけ希釈する程度ですむ。この希釈割合は、ARAの含量が多い油にも当てはまる。そして、好ましいことに、このARASCOは、ほとんどEPAを含まない。
【0043】
上述のプロセスでピシウム・インシディオースムを用いた場合は、抽出されるARA含有油は、主にリン脂質の形をしている。しかし、ARAの含量が多いトリグリセリド形のものも、上述のプロセスで培養したピシウム・インシディオースムから相当量回収できることが分った。このプロセスでモルティエレラ・アルピーナを用いた場合は、ARAを含有する油は、主にトリグリセリド形である。ARASCOは、どちらの形でも、調合乳の添加剤として有用である。リン脂質形のものはARAの材料としてだけでなく、市販の調合乳に普通に添加されている乳化剤、すなわちフォスファチジルコリンの原料としても使用できる。但し、モルティエレラ・アルピーナから得られる油の方が、製造費用が安い。
【0044】
本発明に係るARAを含有する油は、調合乳の添加剤としての用途の外に、多くの用途がある。当業者に知られているように、ARAの欠乏に関係する疾患は、消耗症(Vajreswari外,「Metabolism」,第39巻,第779〜782頁(1990年))、アトピー性皮膚炎(Melnik,B.,「Monatsschr, Kinderheilta」,第138巻,第162〜166頁(1990年))、肝臓病、フェニルケトン症、精神分裂病、晩発性運動障害、ペルオキソシーム障害など多数ある。本発明の一態様によれば、これらの疾患は、本発明に係る油を薬理学的に効果のある量だけ投与することによって治療できる。薬理学的に効果のある量とは、典型的には、患者の血清中のARA濃度を正常なものにするのに必要な量をいう。上述の疾患を治療するのに特に好ましいのは、上述の少なくとも40%、より好ましくは少なくとも50%のARAを含む、ARAの含量が高い油である。この油は、健康管理者の判断により、経口的、局所的あるいは非経口的のいずれの形でも投与することができる。
【0045】
当業者には公知のカプセル投与は、経口投与の場合に効果的な方法である。菌糸体油を含むカプセルは、ARAの食餌摂取が必要な、あるいはそれを望む患者に投与される。この方法は、妊婦あるいは授乳中の母親にARAを投与する場合に特に有効である。
【0046】
ARA欠乏に起因する疾患に対処するためARASCOを投与する場合は、薬理学的な効果量を与えなければならない。この量は、当業者ならば過度な実験を行わなくても、決定することができる。この量は、典型的には、ARAの血清濃度を通常正常化するとされている0.5〜2.0g/日である。
【0047】
本発明は、もう一つの態様によれば、ここで述べた高ARA含量の油のような、ARASCOを含む化粧品組成物を提供する。本明細書で化粧品組成物とは、そのような化粧品として投与される組成物を指す。この組成物の好ましい例は、しわ取りクリームである。このような化粧品組成物は、肌の状態を維持するのを助けるため、肌に局所的に投与するのに有用な手段となる。
【0048】
以上、本発明を一般的な形で説明してきたが、以下では、本発明をより分りやすく説明するため実施例を使う。しかし、この実施例は、本発明を限定するものではない。
〔実施例1〕 ピシウム・インシディオースム脂質の調製とこの調合乳への添加
80l(粗容量)の発酵器の中で、水道水51l、グルコース1.2kg,酵母エキス240gおよび15mlの消炎剤MAZU 210S Rを混ぜ合わせた。発酵器は、121℃で45分間殺菌した。殺菌中には5lの蒸留水を追加した。pHは、6.2に調整し、次いで約1lのピシウム・インシディオースム(細胞密度で5〜10g/l)を接種した。攪拌速度は125RPM(毎分125回転;インペラ先端の速度が250cm/secに相当)、そして空気導入速度は1SCFM(Standard cubic feet per minute;毎分1立方フィート)にした。空気導入の速度は、導入の開始後24時間経過したら3SCFMに上げた。また発酵の開始後28時間経過した時点で50%のグルコースシロップ2l(グルコース1kgに相当)を添加した。そして、発酵の開始後50時間経過したところで、発酵器から採収し、湿潤重量で1l当り約2.2kg(乾燥重量で約15g)のバイオマスを回収した。採収したバイオマスは、凍結乾燥する前に吸引濾過して絞り、固いケーキ(固体分が50%)にする。乾燥したバイオマスは乳鉢と乳棒で粉砕し、室温下で2時間攪拌し続けて、乾燥バイオマス200g当り1lのヘキサンで抽出した。混合物はついで濾過し、濾液を蒸発させたところ、乾燥バイオマス100g当り5〜6gの粗精製油が得られた。バイオマスはついで、室温下で、乾燥バイオマス20g当り1lのエタノールで1時間かけて再抽出・濾過し、溶媒を蒸発させて、さらに乾燥バイオマス100g当り22gの粗精製油を得た。第1の分画におけるARAはリン脂質形とトリグリセリド形の混合物であったが、第2の分画におけるARAは主にリン脂質形であった。これら二つの分画を合わせて、約30〜35%のアラキドン酸を含有する油を生成したが、この油には検出量のEPAは存在しなかった。この油は、市販の調合乳Similac R(Ross Laboratories社(オハイオ州コロンバス)製)に、調合乳1l当り60mgの添加割合となるよう滴下した。
【0049】
〔実施例2〕 モルティエレラ・アルピーナ脂質の調製とこの調合乳への添加
モルティエレラ・アルピーナ(ATCC寄託番号第42430号)を、1lの水道水と20gのじゃがいものデキストロースを含む容量2lの振盪フラスコ中で成長させた。親等フラスコは一定の軌道を描いて攪拌するようにし、7日間25℃に維持した。バイオマスは、遠心分離で採収した後凍結乾燥し、約8gの脂質に富んだ菌糸体を得た。この菌糸体はヘキサンを使って実施例1と同様に抽出し、約2.4gの粗精製油を得た。この脂は、約23%のアラキドン酸を含み、市販の調合乳Similac R(Ross Laboratories社(オハイオ州コロンバス)製)に、調合乳1l当り1000mgの添加割合となるよう滴下した。
【0050】
〔実施例3〕 モルティエレラ・アルピーナによるアラキドン酸の大量生産
GYE媒体(50g/lのデキストロースと6g/lのTastone 154 からなる)を入れた接種用発酵器に、モルティエレラ・アルピーナを接種した。発酵温度は28℃に設定し、発酵開始時の攪拌速度は130〜160cm/sec、当初の容器圧は6psi、そして最初の空気導入速度は0.25VVMにした。pHは、予備殺菌のため5.0に調整し、殺菌後発酵の開始時には5.5に設定した。発酵媒体のpHは、8NのNaOHにより、5.5以上に維持した。酸素濃度は、攪拌速度と空気導入速度を次のシーケンスに従って調整し、D.O.≧40%に維持した:容器圧を11psi まで増加する;攪拌速度をインペラ先端の速度が175cm/secとなるまで増加させる;そして空気導入速度を0.5VVMまで増加させる。泡の発生は、Dow 1520-US 消泡剤を必要に応じて添加して制御した。(泡の発生防止を補助するためには、殺菌に先立って、培地に約0.1ml/lの消泡剤を添加しなければならない。)
pHが6.0を超えたら、12時間以内に、接種用の菌体を種子発酵器から主発酵器に移す。
主発酵器は、GYE媒体(50g/lのデキストロースと6g/lのTastone 154 からなる)を含む。グルコースは別個に殺菌し、この後主発酵器中に添加する。発酵温度は28℃に設定し、発酵開始時の攪拌速度は160cm/sec、当初の容器圧は6psi、そして最初の空気導入速度は0.15VVMにした。pHは、予備殺菌のため5.5に調整し、その後も8NのNaOHにより、5.5以上に維持した。pHは、定常相(接種後約24時間)の間は上昇するにまかせるが、その後はH2SO4 を添加して6.8未満に維持する。酸素濃度は、攪拌速度と空気導入速度を次のシーケンスに従って調整し、D.O.≧40%に維持した:容器圧を11psi まで増加する;攪拌速度をインペラ先端の速度が175cm/secとなるまで増加させる;そして空気導入速度を0.5VVMまで増加させる。泡の発生は、Dow 1520-US 消泡剤を必要に応じて添加して制御した。(泡の発生防止を補助するためには、殺菌に先立って、培地に約0.1ml/lの消泡剤を添加しなければならない。)
【0051】
培養物は、バイオマスと脂肪酸の分析のため12時間ごとに試料を採取し、pHが6.5まで上昇した後3〜4日後には採収を開始する。乾燥バイオマスの密度は、8.5g/l以上にする。バイオマス混合物中のグルコース濃度は、50g/lから25g/l以下にまで低下しているはずである。採収時には、培養物すべてをバスケット型の遠心分離装置に通し、菌糸体を使用済みの培地から分離し、得られたバイオマスを乾燥する。
【0052】
〔実施例4〕 モルティエレラ・アルピーナから得たバイオマスの収率の改善−第1試行
モルティエレラ・アルピーナは、実施例3に手順に従って、振盪フラスコで培養したものを接種し、20lの攪拌タンク発酵器で培養した。65g/lのグルコース(Staleydex) 中のモルティエレラ・アルピーナと6g/lの酵母エキス(Tastone 154) の培養物は、12g/lのバイオマスを産生する。16時間経過したところで、6g/lのTastone 154 を追加したところ、18g/lのバイオマスが産生した。
【0053】
〔実施例5〕 モルティエレラ・アルピーナから得たバイオマスの収率の改善−第2試行
Tastone 154 をさらに追加してバイオマスを増加させる実験をいくつか行った。これらの実験においては、168時間かけて20lの発酵器を二個使った。この二つの発酵においては、最初のグルコース濃度は、100g/lにした(実施例4の65g/lと比較されたい)。一方の発酵器には3回に分けて各回6g/lのTastone 154 を追加し、他方の発酵器には4回に分けて同じく各回6g/lのTastone 154 を追加した。酵母エキスは、濃縮液として調整し、オートクレーブにかけてから、殺菌後何回かに分けて発酵器に追加した。
【0054】
接種菌体を用意するため、種子(1mlの布粉菌糸体)を2個のフラスコ(それぞれが50mlのGYE媒体(100g/lのStaleydex と6g/lのTastone 154 からなる))に注入し、28℃・150rpm の攪拌速度の下に4日間かけて成長させた。4日後、混合物はペレット状のバイオマスを含んでいた。ペレットの径は2〜5mmであった。これらのフラスコ中での菌体の成長は、予想していたよりも遅かった。これはグルコースの濃度が高かったためであろう。バイオマスは、Waringブレンダーを使い、3秒間かけて2回浸して柔らかくした。浸軟したバイオマスは25mlを、2.8l(正味容量は800ml)の培養ビン2個にそれぞれ接種した。(これより前の実験では、10mlの裁断バイオマスを使用した。接種量は、種子フラスコのバイオマス密度が低いこと、およびグルコース濃度が高く成長が遅くなることが予想されたことから増加させた。)培養ビン中の培地は、デキストロース(Staleydex)100g/lと酵母エキス(Tastone 154)8g/lとした。デキストロースと酵母エキスは、別々に40分間かけてオートクレーブにかけた。種子の発酵温度は、28℃に維持し、攪拌速度は100〜150rpm に維持した。
培養ビン中で44時間培養した後、接種を20lの発酵器二つに対して行った。接種は菌糸の非常にゆるい凝集体の形で行い、バイオマス密度は約5.2g/lであった。
【0055】
1.6kg(10%)のデキストロース(Staleydex) とMazu 204消泡剤(12lのR.O.H2O に1.6gを溶解したもの)を含む第14ステーションと第15ステーションの発酵器は、122℃で45分間殺菌した。そして、その直後に、800mlの接種菌糸体(5%)を各発酵器に添加した。発酵器の操作パラメータは、以下の通りである:
温度:28℃,
pH:2NのNaOHと2NのH2SO4 により5.5に維持した,
空気導入速度:0.5VVM,
背圧:0.2bar,
攪拌速度(開始当初):80cm/sec,
D.O.:40%以上に制御。
【0056】
〈第14ステーション〉
酵母エキス(Tastone 154)を濃度が96g/lになるまで溶解し、1時間オートクレーブにかけた。酵母エキスは、0時間後、20時間後および26時間後の3回に分けて、それぞれ1l(1.8%)づつ供給した。
15時間経過したところで、DOは40%より低くなり、攪拌速度は15〜22時間かけて175cm/secまで段階的に増加させた。DOは次いで空気流を酸素で調整して制御した。酸素は23〜72時間の間、空気流に導入した。開始36時間後には、混合の適切を確保するため、攪拌速度をさらに増加させた。そして、攪拌速度は、48時間経過するまでには200cm/secまで、72時間経過するまでには250cm/secまで、そして30時間経過するまでには280cm/secまでそれぞれ増加させた。さらに、攪拌速度は、適当な温度制御を促進するため、120時間経過後には290cm/secまで増加させた。最後に、144時間経過時には、攪拌速度は、280cm/secまで減少させた。
【0057】
〈第15ステーション〉
酵母エキス(Tastone 154)384gを濃度が96g/lになるまで溶解し、1時間オートクレーブにかけた。酵母エキスは、0時間後、20時間後、26時間後および32時間後の4回に分けて、それぞれ1l(2.4%)づつ供給した。
16時間経過したところで、DOは40%より低くなり、攪拌速度は23時間経過するまでには175cm/secまで段階的に増加させた。DOは次いで空気流を酸素で調整して40%を超えるように制御した。酸素は23〜72時間の間、空気流に導入した。開始36時間後には、混合の適切を確保するため、攪拌速度をさらに増加させた。そして、攪拌速度は、48時間経過するまでには210cm/secまで、72時間経過するまでには260cm/secまで、そして80時間経過するまでには290cm/secまでそれぞれ増加させた。攪拌速度は、90時間経過時には280cm/secまで減少させ、さらに144時間経過時には260cm/secまで減少させた。
【0058】
〈観察〉
量発酵器にあるバイオマスの接種は、非常にゆるい羽のような菌糸凝集体の形で行った。24時間経過するまでに、ペレットが形成し始めた。ペレットは小さく(径が1〜3mm)、中央の小さな核と広く緩い周縁部からなる。48時間が経過するまでには、ペレットはより大きく、そして形がよりはっきりとしてきた。72時間が経過するまでには、周縁部は小さくなり、多数の緩い菌糸体フラグメントが出現して、ペレットが細分されたことが明らかになった。168時間が経過するまでには、ペレット核の径は、0.5〜2mmになり、菌糸体が凝集して、周縁部は太い紐状に縮んだ。しっかりと凝縮した菌糸体凝集体は多数見られた。 発酵器には、24時間経過しても、泡はわずかに見られただけだった。その後は泡の発生量が増加したため、泡の水面上の部分の大きさが2〜4cmになったところで、消泡剤を手動で添加して発生量を制御した。泡は、48時間を経過するまでには、突発的な発生はあるものの、幾分収まった。両発酵器は、発酵中に、一回は出口のフィルタを通して泡を流し出す。発酵には約150mlの消泡剤を要した。
【0059】
両発酵器は、頂部に、付着により嵩が増したバイオマスを相当量集積した。しかし、これは、表面積:容量の比が大きい小型の発酵器で菌体を発酵する場合は、珍しい事象ではない。第15ステーションの付着により嵩が増したバイオマスの量は、最後の24時間、すなわち中身が少なくなってきてしぶきの量が増してきたとき(液面がインペラの先端に近づいたとき)に増加した。168時間径後の発酵器中の最終容積は、約13lであった。
【0060】
顕微鏡で観察したところ、72時間を経過するまでには、培養混合物中には、多くの残骸があり、損傷したり機能が衰退した菌糸片があることの証拠がいくつかみられた。細胞質に油滴が存在することは、168時間経過時点でナイルレッドの染みがあることによって確認された。油滴は、時折見られる大きな油の粒に比べて非常に小さく、無数に存在した。バイオマスと油の収率は、炭素と窒素の利用状況とともに、表3に示す。
【0061】
【表3】

【0062】
〔実施例6〕 モルティエレラ・アルピーナから得たバイオマスの収率の改善−第3試行
この実験は、リン酸塩とミネラル分の濃度を上げて、生産物の量をさらに増加させるために試みた。この手順は、30時間経過時点で塩溶液添加する余地を残しておくため、デキストロースとMazu 204消泡剤を、12.5lではなく、11.5lのR.O.H2O に溶解した点を除いて、実施例5のものとほぼ同じである。第14ステーションにおいては、栄養素として、さらにFe、ZnおよびCu、また第15ステーションにおいては、これらFe、ZnおよびCuに加えてリン酸塩を添加した。
【0063】
〈第14ステーション〉 (3×6g/lのTastone 154 を使用)
酵母エキスは、1lづつ3回に分けて、96g/lの濃度になるまで溶解し、1時間オートクレーブにかけた。そして、0時間、22時間および28時間経過した時に、この酵母液溶液1lのアリコートを添加した。22時間と28時間を経過したときには、二酸化炭素の発生速度(CER;発酵器中の代謝速度の指標)は指数関数的に増加し、発酵物は、塩基を必要とし始めた。
【0064】
供給した塩は、以下のものを含む:FeCl3 ・6H2O を480mg、ZnSO4 ・7H2O を240mg、そしてCuSO4 ・5H2O を16mg。 FeCl3 は、5g/lのクエン酸1lに溶解した。そして残りの塩を添加し、pHをNaOHで4.5に調整した。この溶液は1時間オートクレーブにかけた。この塩の供給物は、30時間経過したところで添加した。
【0065】
発酵器中での最初の攪拌速度は、当初計画した80cm/secではなく、50cm/secにした。これは、発酵器中における最初の液体(13l)の液面高さがインペラの頂部先端がかろうじて浸漬する程度のものであり、攪拌速度を高くすると、しぶきが大きくなることを考慮したものである。16時間経過したところで、D.O.は、40%を下回ったため、28時間経過するまでに175cm/secまで段階的に増加させた。D.O.はついで、空気流を酸素で修正しながら、40%を超える水準に制御した。46時間経過したら、攪拌速度は、発酵物の混合を考慮して、190cm/secまで増加させる。攪拌速度は、48時間を経過するまでには200cm/secまで、51時間を経過するまでには220cm/secまで、53時間を経過するまでには235cm/secまで、56時間を経過するまでには250cm/secまで、57時間を経過するまでには260cm/secまで、そして70時間を経過するまでには280cm/secまで、さらに増加させた。しかし、このような高い攪拌速度(450rpm)でも、混合は十分でなかった。「いくらか動いている」という最低限の条件が満たされている間は、バイオマスの回転(攪拌)は非常にゆっくりで、動きが停滞に近い領域もあった。消泡剤を数滴滴下すると、泡は小さくなって停滞領域は除去された。116時間経過したところで、攪拌速度は265cm/secに減少させ、120時間経過したときには、さらに250cm/secまで低下させた。
【0066】
発酵器は、約18時間で泡が発生し始めた。泡は、消泡剤を手で添加して発生を制御した。消泡剤は、20時間経過したときに、最初の添加を行った。24時間経過するまでには、発酵はかなりの泡の発生を伴い、定期的な消泡剤の添加を必要とした。そして、72時間を経過するまでには、泡はほとんどが収まっていた。しかし、発酵物には時折消泡剤の添加が必要であった。
24時間を経過するまでには、バイオマスは非常に締まりのないペレット(1〜2mm径)および菌糸のゆるい凝集体の形状をしていた。細胞の破片も多数みられた。48時間を経過するまでには、バイオマスは菌糸の非常にゆるい凝集体、および非常に小さい核とぐちゃぐちゃした周縁部をもつペレット(1〜2mm径)、ならびにぐちゃぐちゃした周縁部のない小さく締まったペレット(1〜3mm径)の形状をしていた。96時間を経過するまでには、バイオマスは締まった丸いペレット(1〜2mm径)、針状のペレット(0.5mm径未満)および緩い菌糸凝集体の形状になった。144時間経過時には、ナイルレッドの染みが生じて、菌糸体には多数の非常に小さな油滴が存在することが分った。
【0067】
〈第15ステーション〉 (4×6g/lのTastone 154 を使用)
酵母エキスは、96g/lの濃度になるまで溶解し、1時間オートクレーブにかけた。酵母エキス溶液は、0時間、22時間および26時間を経過した時に、1lづつ3回に分けて添加した。22時間と26時間を経過したときには、CERは指数関数的に増加し、発酵物は、塩基を必要とし始めた。
【0068】
供給した塩は、以下のものを含む:KH2PO4を77g、FeCl3 ・6H2O を480mg、ZnSO4 ・7H2O を240mg、そしてCuSO4 ・5H2O を16mg。FeCl3 は、5g/lのクエン酸500mlに溶解した。そして残りの塩を添加し、pHをNaOHで4.5に調整した。一方、KH2PO4は500mlのR.O.水に溶解した。両溶液は1時間オートクレーブにかけてその後23℃まで冷却した。ついで両溶液を一緒にし、30時間経過したところで発酵器に添加した。
【0069】
発酵器中での最初の攪拌速度は、当初計画した80cm/secではなく、50cm/secにした。これは、発酵器中における最初の液体(13l)の液面高さがインペラの頂部先端がかろうじて浸漬する程度のものであり、攪拌速度を高くすると、しぶきが大きくなることを考慮したものである。16時間経過したところで、D.O.は、40%を下回ったため、27時間経過するまでに175cm/secまで段階的に増加させた。D.O.はついで、空気流を酸素で修正しながら、40%を超える水準に制御した。41時間経過したところで、攪拌速度は、最低限の混合は行われるよう、200cm/secまで増加させた。攪拌速度は、42時間を経過するまでには220cm/secまで、46時間を経過するまでには230cm/secまで、51時間を経過するまでには235cm/secまで、そして70時間を経過するまでには240cm/secまで増加させた。しかし、このような高い攪拌速度(410rpm)でも、混合は滑らかとはいえない状況だったが、最低限動き続けた。80時間経過したところで、攪拌速度は、205cm/secまで低下させた。
【0070】
発酵器は、約18時間で泡が発生し始めた。泡は、消泡剤を手で添加して発生を制御した。消泡剤は、17時間経過したときに、最初の添加を行った。20時間経過するまでには、発酵はかなりの泡の発生を伴い、定期的な消泡剤の添加を必要とした。そして、72時間を経過するまでには、泡はほとんどが収まっていた。しかし、発酵物には時折消泡剤の添加が必要であった。
24時間を経過するまでには、バイオマスは非常に締まりのないペレット(1〜2mm径)および菌糸のゆるい凝集体の形状をしていた。細胞の破片も多数みられた。48時間を経過するまでには、バイオマスは菌糸の非常にゆるい凝集体、および非常に小さい核とぐちゃぐちゃした周縁部をもつペレット(1〜2mm径)、ならびにぐちゃぐちゃした周縁部のない小さく締まったペレット(1〜3mm径)の形状をしていた。96時間を経過するまでには、バイオマスは丸いペレット(1〜2mm径)となり、このうち多くは緩い毛羽だった周縁部有していた。また緩い菌糸体の断片も多くあった。144時間経過時には、ナイルレッドの染みが生じて、菌糸体には多数の非常に小さな油滴が存在するものがあることが分った。また、その他の菌糸体には、非常に大きな油滴も存在していた。
【0071】
第15ステーションは、第14ステーションとはリン酸塩を添加することが違うだけであるが、一般に低い攪拌速度の下で、発酵の期間を通して混合の程度が勝っていた。第15ステーションはまた、バイオマスの形態がより緩いものであった。バイオマスと油の収率、ならびに炭素消費の程度を表4に示す。リン酸塩を含む発酵器を使った第15ステーションは、第14ステーションに比べ、グルコースはより多く消費され(第14ステーションの64g/lに対して、第15ステーションでは82g/lあった)、バイオマスの集積の程度も高くなり、菌糸体の一部に大きな油滴が存在するのが特徴となっている。
【0072】
【表4】

【0073】
〔実施例7〕 モルティエレラ・アルピーナによるアラキドン酸を含むバイオマスの大量生産
繁殖用の発酵器から、GYE(グルコースと酵母)媒体(50g/lのデキストロースと6g/lのTastone 154)を収めた種子発酵器に、菌糸体を接種した。温度は28℃に維持し、最初の攪拌速度は、130〜160cm/sec(約43rpm)に設定した。最初の容器圧は6psi、最初の空気導入速度は0.25VVMにした。pHは、予備殺菌のため5.0に調整し、殺菌後発酵の開始時には5.5に設定した。倍地中の酸素濃度は、攪拌速度と空気導入速度を次のシーケンスに従って調整し、D.O.≧40%に維持した:(i) 容器圧を11psi まで増加する、(ii)攪拌速度をインペラ先端の速度が175cm/secとなるまで増加させる、(iii) そして空気導入速度を0.5VVMまで増加させる。泡の発生は、Dow 1520-US 消泡剤を必要に応じて添加して制御した。(泡の発生防止を補助するためには、殺菌に先立って、培地に約0.1ml/lの消泡剤を添加しなければならない。)接種後、培地のpHは、8NのNaOHにより、5.5以上に維持した。
【0074】
pHが6.0を超えたら、12時間以内に、接種用の菌体を種子発酵器から主発酵器に移す。主発酵器中の培地は、以下のものを含む:
80g/lのデキストロース(ADM)
16g/lの大豆粉(ADM nutrisoy)
30mg/lのFeCl3 ・6 H2O(Sigma/Aldrich)
1.5mg/lのZnSO4 ・7 H2O(Sigma/Aldrich)
0.1mg/lのCuSO4 ・5 H2O(Sigma/Aldrich)
1mg/lのビオチン(Sigma/Aldrich)
2mg/lのチアミン・HCl(Sigma/Aldrich)
2mg/lのパントテン酸(ヘミカルシウム塩)(Sigma/Aldrich)
(殺菌前はpH4.8〜5.0に調整)
【0075】
主発酵器に、種子発酵器(11.8%)から接種する。発酵器の温度は28℃に維持する。開始当初の攪拌速度は162cm/sec(約23rpm)に設定する。最初の容器圧は6psi、最初の空気導入速度は0.15VVMにした。酸素濃度は、以下のi)〜iii)により、D.O.≧40%に維持した:i)容器圧を11psi まで増加する、ii) 攪拌速度をインペラ先端の速度が300cm/secとなるまで増加させる(毎秒約30cmの増加割合)、iii)そして空気導入速度を0.5VVMまで増加させる。
【0076】
pHは、次のpH制御プロトコルに従って経時調整された:
・殺菌後、接種当初のpHは5.5に設定し、その後も8NのNaOHで5.5以上に維持した。
・接種後24〜36時間経過したら、2g/lのKH2PO4(約700 lの水中に110kg)
・接種後48時間経過したときに、デキストロースの濃度が60g/l以下である場合は、pHの設定点を6.1以上に変更する。
・接種後72時間経過したときに、毎時約0.1pH単位の上昇速度で、pHの設定点を6.6以上に徐々に上げ始める。
・必要に応じて硫酸を使い、pHを7.3未満に維持する。
【0077】
バイオマスと脂肪酸の分析のため、12時間ごとに、発酵器からサンプルを採取した。採収はpHを6.6以上に上昇させた後約3日してから(接種後約6日を経過)、開始した。乾燥したバイオマスの密度は24g/l以上でなければならない。培地中のデキストロースの濃度は、80g/lから14g/l未満にまで低下しているはずである。
採収は、培養混合物すべてを回転真空フィルタに通し、菌体を消費された培地から分離して行う。
この実施例手順による二つの典型的な発酵実験の結果は、表5と6に示す。
【0078】
【表5】

【0079】
【表6】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも約40%のトリグリセリド形ARAと、ARAの10分の1を超えない量のEPAを含む未修飾菌糸トリグリセリド油。
【請求項2】
前記油は、少なくとも40%のトリグリセリド形ARAを含み、EPAをほとんど含まない請求の範囲第1項記載の未修飾菌糸トリグリセリド油。
【請求項3】
前記油は、少なくとも50%のARAを含む請求の範囲第1項または第2項記載の未修飾菌糸トリグリセリド油。
【請求項4】
前記菌糸はモルティエレラ属である請求の範囲第1項ないし第3項のいずれか一項記載の未修飾菌糸トリグリセリド油。
【請求項5】
前記菌糸はモルティエレラ・アルピーナである請求の範囲第4項記載の未修飾菌糸トリグリセリド油。
【請求項6】
アラキドン酸含有油の生産方法であって、前記油は、油脂の少なくとも25%がARAであるトリグリセリドを含み、前記油中のEPA残量は、ARA残量の10分の1を超えず、
(a)モルティエレラ属の菌糸を、培地を収め空気を導入した発酵器中で、炭素源として少なくとも80g/lのグルコースと窒素源として少なくとも15g/lの酵母エキスを発酵の全期間にわたって培地に添加しながら、培養する工程と、
(b)前記培養の開始時にはpHを5と6に間に維持する工程と、
(c)前記培養の終了時にはpHを7と7.5に間に維持する工程と、
(d)前記発酵器からバイオマスを採収し、このバイオマスから前記アラキドン酸を含む油を回収する工程を含む方法。
【請求項7】
前記培地には、空気飽和量の少なくとも35%の酸素を溶解させる請求の範囲第6項記載の方法。
【請求項8】
前記窒素源は、二ないし三のアリコートに分割され、これらアリコートは時間をずらして、そして少なくとも一つのアリコートは前記炭素源を前記発酵器に導入する時間とはずらして、発酵器に導入する請求の範囲第6項記載の方法。
【請求項9】
前記モルティエレラ属の菌糸はモルティエレラ・アルピーナである請求の範囲第6項ないし請求の範囲第8項のいずれか一項記載の方法。
【請求項10】
前記バイオマスからはアラキドン酸を含む粗精製油が、非極性溶媒を使った抽出により回収され、前記粗精製油は極性の有機溶媒を使った抽出により透明にされる請求の範囲第6項ないし第9項のいずれか一項記載の方法。
【請求項11】
前記非極性溶媒はヘキサンである請求の範囲第10項記載の方法。
【請求項12】
前記極性溶媒は、アセトン、エタノールおよびイソプロピルアルコールからなる群より選ばれる請求の範囲第10項記載の方法。
【請求項13】
調合乳にARAを含有するトリグリセリドを与える方法であって、少なくとも40%のARAを含み、かつARAの5分の1を超えない量のEPAを含む未修飾の菌糸トリグリセリド油を、ヒトの母乳中のARA量に匹敵するARA濃度とするのに十分な量だけ調合乳に添加する工程を含む方法。
【請求項14】
前記油は、モルティエレラ属の菌体から生産される請求の範囲第13項記載の方法。
【請求項15】
前記油は、モルティエレラ・アルピーナから生産される請求の範囲第14項記載の方法。
【請求項16】
前記油中のEPAは、ARAの量の10分の1を超えない請求の範囲第13項ないし第15項のいずれか一項記載の方法。
【請求項17】
前記油は、ほとんどEPAを含まない請求の範囲第13項ないし第16項のいずれか一項記載の方法。
【請求項18】
前記油は、50%のARAを含む請求の範囲第13項ないし第17項のいずれか一項記載の方法。
【請求項19】
ヒトの母乳中のARA量に匹敵する量のARAを含有するトリグリセリドを含む調合乳であって、前記ARAは、少なくとも40%のARAを含み、かつARAの5分の1を超えない量のEPAを含む未修飾の菌糸トリグリセリド油を、十分な量だけ調合乳に添加することによって与えられる、調合乳。
【請求項20】
前記未修飾の菌糸油中のEPA量は、前記ARAの量の10分の1を超えない請求の範囲第19項記載の調合乳。
【請求項21】
前記菌糸油は、EPAをほとんど含まない請求の範囲第20項記載の調合乳。
【請求項22】
前記未修飾の菌糸油は、少なくとも50%のARAを含有するトリグリセリドを含む請求の範囲第19項ないし第21項のいずれか一項記載の調合乳。
【請求項23】
ヒトにアラキドン酸を補給する方法であって、ARAの補給を必要としているヒトに、トリグリセリド形のARAを含む未修飾の菌糸油を含有する組成物を投与する工程を有し、前記菌糸油は、少なくとも40%のARAとARAの5分の1以下のEPAを含み、そして前記菌糸油は、ARAをヒトに補給する上で効果のある量だけ前記組成物中に存在する方法。
【請求項24】
前記油は、少なくとも50%のARAを含有する請求の範囲第23項記載の方法。
【請求項25】
前記組成物は、ARAを0.2〜0.8g/日だけ供給する量をヒトに投与される請求の範囲第23項または第24項記載の方法。
【請求項26】
前記組成物は経口投与される請求の範囲第23項ないし第25項のいずれか一項記載の方法。
【請求項27】
前記組成物は非経口投与される請求の範囲第23項ないし第25項のいずれか一項記載の方法。
【請求項28】
前記組成物は局所的に投与される請求の範囲第23項ないし第25項のいずれか一項記載の方法。
【請求項29】
前記ヒトは、妊婦または授乳中の母親である請求の範囲第23項ないし第25項のいずれか一項記載の方法。
【請求項30】
前記ARAの補給を必要とするヒトは、神経障害に罹患している請求の範囲第23項ないし第25項のいずれか一項記載の方法。
【請求項31】
前記神経障害は晩発性運動障害、精神分裂秒またはペルオキシソームである請求の範囲第30項記載の方法。
【請求項32】
前記ARAの補給を必要とするヒトは、血清中のARA濃度の欠乏に関連する病気に罹患している請求の範囲第23項ないし第25項のいずれか一項記載の方法。
【請求項33】
前記病気は、肝臓病、フェニルケトン症または嚢胞性線維症である請求の範囲第30項記載の方法。
【請求項34】
トリグリセリド形のARAを含む未修飾の菌糸油を含有する化粧品組成物であって、前記菌糸油は、少なくとも40%のARAとARAの5分の1以下のEPAを含み、そして前記菌糸油は、前記化粧品組成物を局所的に投与したとき、皮膚の状態を維持するのを穂処する上で効果のある量だけ存在する化粧品組成物。
【請求項35】
前記油は少なくとも50%のARAを含む請求の範囲第34項記載の組成物。

【公開番号】特開2007−319161(P2007−319161A)
【公開日】平成19年12月13日(2007.12.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−158505(P2007−158505)
【出願日】平成19年6月15日(2007.6.15)
【分割の表示】特願2005−368593(P2005−368593)の分割
【原出願日】平成8年1月3日(1996.1.3)
【出願人】(501316356)マーテック・バイオサイエンシーズ・コーポレーション (11)
【Fターム(参考)】