説明

アルミニウム鋳造用仕切り板及びその製造方法

【課題】 離型性に優れ、健全な鋳肌のアルミニウム鋳物を製造するのに適した仕切り板を得る。
【解決手段】 表層に微細な凹凸のある酸化物層を介し、カーボン塗膜がステンレス鋼板表面に設けられた仕切り板であり、鋳造金型にセットされ内部を所定サイズのキャビティに区画する。酸化物層は、Al2O3,SiO2,ZrO2,Cr2O3,TiO2から選ばれた一種又は二種以上の酸化物からなり、カーボン塗膜の密着性を改善すると共に高温加熱時にカーボンの分解を抑え、優れた離型性を維持する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、板状のアルミニウム鋳物を多数同時に製造する場合に鋳造金型の内部を所定サイズのキャビティに区画する仕切り板に関する。
【背景技術】
【0002】
アルミニウム鋳物の製造には、プレッシャーダイカスト,スクイーズダイカスト等のダイカスト法や低圧鋳造法が採用されている。ダイカスト法や低圧鋳造法で板状のアルミニウム鋳物を多数同時に製造する場合、鋳造金型にセットした仕切り板で内部を所定サイズのキャビティに区画している。セラミックス等の鋳包みでは、仕切り板で区画したキャビティに被鋳包み材をセットし、同様にアルミニウム溶湯を注入している。何れの場合にも、仕切り板はアルミニウム溶湯のスムーズな流動を保証し、鋳造後にアルミニウム鋳物からの分離を容易にするため、次の特性が要求される。
【0003】
〔離型性〕
アルミニウム鋳物を仕切り板から分離する際、アルミニウム合金鋳造用仕切り板に変形や大きな応力を発生させることなく容易に分離できること。
〔溶湯の流動性〕
鋳造金型に注入されたアルミニウム溶湯が仕切り板に焼き付くことなく仕切り板で区画されたキャビティの隅々にまで送り込まれるように、アルミニウム溶湯の流動性を阻害せず、アルミニウム合金の付着を防止する表面であること。
【0004】
〔溶湯に対する不活性〕
注入後の凝固過程にある溶湯と反応してアルミニウム鋳物に表面欠陥を生じさせたり、アルミニウム鋳物の表面仕上げを困難にする表面変質層が生じないように、アルミニウム鋳物に対して不活性な表面層をもつこと。また、アルミニウム鋳物の表面層の多孔質化や気密性の低下がないように、高温のアルミニウム溶湯との接触によってガスを発生しない表面層が望まれる。仮にガス,反応生成物,残渣等が生じる場合でも、毒性のないことが必要である。
【0005】
アルミニウム鋳物と仕切り板との分離を容易にするため、離型剤を仕切り板に塗布している。代表的な離型剤として黒鉛粉末の水性分散液があるが、ウンモ,タルク等を主成分とする離型剤も使用されている(特許文献1)。離型剤成分を含む水分散液を仕切り板や鋳造金型に塗布・焼成することにより離型剤層を形成するが、塗布された離型剤の不均一分布や焼成時の消失・脱落等があると、離型剤層の欠陥部で仕切り板や鋳造金型に焼付きが生じやすくなる。
【特許文献1】特開2003-285155号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明者等は、アルミニウム溶湯に対して不活性な黒鉛粉末を離型剤に使用した仕切り板について、離型剤層の密着性に及ぼす仕切り板の表面状態を種々調査・検討した。その結果、仕切り板の表面に特定酸化物層を形成した後で離型剤層を設けるとき、離型剤層の密着性が向上し、離型剤本来の性能が発揮されることを見出した。
本発明は、かかる知見をベースに開発された仕切り板であり、優れた離型性が確保されることは勿論、アルミニウム鋳物の鋳肌や耐食性に悪影響を及ぼす反応生成物,残渣,表面変質層等がなく、安定した品質のアルミニウム鋳物を製造するのに適したアルミニウム合金鋳造用仕切り板を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明のアルミニウム合金鋳造用仕切り板は、ステンレス鋼板を基材とし、表面に微細な凹凸をもつ酸化物層を介してカーボン塗膜が基材表面に設けられている。酸化物層は、好ましくはAl23,SiO2,ZrO2,Cr23,TiO2から選ばれた一種又は二種以上の酸化物からなり,0.01〜1.0μmの膜厚をもつ。
ステンレス鋼板を脱脂及び/又は酸洗で清浄化し、酸化物前駆体の水性分散液をステンレス鋼板に塗布・焼成することにより酸化物層を形成し、次いでカーボン分散液を塗布し乾燥してカーボン塗膜を形成することにより製造される。
該仕切り板を用いて製造されるアルミニウム鋳物には、内部,表層共に金属アルミニウム又はアルミニウム合金からなる鋳物は勿論,セラミックスや異種金属を内包する複合鋳物等がある。
【発明の効果】
【0008】
カーボン粉末は、大気中で加熱されると480℃程度から分解され始める。そのため、カーボン塗膜を直接設けたステンレス鋼板を仕切り板に使用すると、アルミニウム溶湯の注入に先立つ予熱時に大半のカーボンが分解し、残留カーボンもアルミニウム溶湯の注入時に仕切り板から脱落する。他方、ステンレス鋼板の表面に酸化物層を形成した後でカーボン塗装した仕切り板では、予熱時の分解抑制やカーボンの脱落防止が酸化物の種類によって異なる。
【0009】
酸化物層の影響を考察するため、SPMで酸化物層の表面形状を観察し、また熱分析でカーボンの燃焼挙動を調査した。その結果、酸化物の水性分散液を塗布・焼成して形成される酸化物層は、カーボン塗膜に対するアンカー作用を呈する微細な凹凸が表層部にあることが判った。なかでも、Al23,SiO2,ZrO2,Cr23,TiO2から選ばれた一種又は二種以上の酸化物は表面に酸素を吸着する性質をもち、酸化物層としても親水性を呈する。この点、ステンレス鋼板表面に自然発生する不動態皮膜は、緻密なものが多く、親水性を示さない。
【0010】
酸化物層の親水性は、カーボン分散液に対する濡れ性が良好で、塗布されたカーボン分散液が酸化物層の微細凹凸にまで侵入することを意味する。この状態で焼成されるため、形成されたカーボン塗膜は、酸化物層,ひいてはステンレス鋼板基材に高い物理的付着強度で結合し、膜厚変動の少ない均一皮膜になる。しかも、Al23,SiO2,ZrO2,Cr23,TiO2等の酸化物は、カーボンの燃焼を抑制する作用を呈する。
実際、Tg-DTAによる熱分析結果は、カーボン単独の分解温度:574℃に対し、SiO2−ZrO2が共存する系では592℃に、Al23が共存する系では610℃に分解温度がシフトすることを示している。
【0011】
酸化物層の共存でカーボンの分解温度が高温側にシフトする理由は、Al23を例にとると次のように説明できる。酸化物層形成用の水性分散液としてアルミナゾルをステンレス鋼板に塗布し、100℃以上で乾燥すると、付着水,結晶水をもつアルミナゲルが生成する。アルミナゲルを更に加熱すると、400〜600℃で脱水反応が生じる。脱水反応は吸熱反応であり、塗布後600℃までの温度に昇温乾燥する過程で脱水反応が生じると、カーボンの燃焼に必要な熱量がアルミナゲルの脱水反応で消費される。しかも、Al23は表面に酸素を吸着する特性をもつ酸化物であり、カーボンの燃焼に必要な酸素濃度を低減する。その結果、カーボンは燃焼分解することなく、離型剤として有効な状態で残存する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
仕切り板の基材には、フェライト系,オーステナイト系,マルテンサイト系等、多様なステンレス鋼板を使用できる。酸化物層の形成に先立って、脱脂及び/又は酸洗でステンレス鋼板表面を清浄化する。この過程でステンレス鋼表面の不動態皮膜は完全に除去されないものの、OH基の吸着により親水性が付与された表面に改質される。
【0013】
脱脂,酸洗後のステンレス鋼板に酸化物前駆体の水性分散液を塗布し、80〜300℃で焼成することにより酸化物層を形成する。
水性分散液は、Al,Si,Zr,Cr,Tiの水酸化物やアルコキシドの加水分解物,水和酸化物等の酸化物前駆体を主成分とし、好ましくは乾燥膜厚が0.01〜1.0μmとなる割合でステンレス鋼板に塗布される。酸化物層が薄すぎると、ステンレス鋼板の全表面を覆う均一皮膜になり難く、カーボン塗装後の焼成過程でカーボンの残存が不足して離型性の低下が懸念される。逆に厚すぎる酸化物層では、膜厚変動や凝集破壊が生じやすくなる。
目標の酸化物層をステンレス鋼板表面に形成させるためには、100℃以上の加熱で水分(溶媒)を飛ばす必要がある。しかし、過度の高温加熱ではゲル内の付着水や結晶水が消失し膜質も緻密化するので、400℃以下の温度で加熱することにより焼き付ける。
【0014】
酸化物層形成後、カーボン分散液を塗布し、乾燥することによってカーボン塗膜を形成する。カーボン分散液は、たとえば平均粒径:1〜2μmのカーボン粒子を水に分散させ、アンモニアでpH10〜11に調整することにより用意される。
カーボン分散液は、好ましくは膜厚:1〜10μmのカーボン塗膜が形成される割合で塗布され、100〜480℃で乾燥される。離型性を付与する上で1μm以上の膜厚が必要であるが、過度に厚膜のカーボン塗膜では乾燥時に割れが入り酸化物層界面からの剥離が懸念される。また、カーボン塗膜を脱水し酸化物層と強固に結合させる上で乾燥温度を100℃以上に設定するが、480℃を超える高温加熱ではカーボンの熱分解が促進される。
【0015】
形成されたカーボン塗膜は、酸化物層の表層にある微細凹凸と強固に絡み合い、ステンレス鋼板に対する密着性に優れている。優れた密着性は、カーボン塗膜を設けたステンレス鋼板を所定形状に加工できることを意味し、仕切り板用素材のプレコート化も可能となる。そのため、アルミニウム鋳造用仕切り板の製造工程が簡略化され、アルミニウム鋳物の離型が容易で、焼付き,変質等の欠陥がない健全な鋳肌をもつアルミニウム鋳物製品が得られる。
【実施例1】
【0016】
板厚:0.1mmのSUS430ステンレス鋼板を仕切り板の基材に用い、アルカリ脱脂後に表面調整した。
前処理後のステンレス鋼板にベイマイト分散タイプのアルミナゾル-520(日産化学株式会社製)をスプレーコートし、200℃で20分焼成することにより乾燥膜厚:0.8μmのアルミナ皮膜を形成した。
更に、カーボン分散液(ヒタゾル-GA-242B:日立粉末冶金株式会社製)をスプレーコートし、常温で1時間乾燥することにより乾燥膜厚:5μmのカーボン塗膜を形成した。
【0017】
得られた仕切り板をアルミニウム鋳造用の金型にセットし、1時間かけて600℃まで昇温した後、600℃に30分保持した。次いで、鋳造温度:600℃でアルミニウム溶湯を金型に注入し、加圧鋳造した。冷却後、金型から仕切り板,アルミニウム鋳物を一体的に取り出し、仕切り板とアルミニウム鋳物との離型性を調査した。
アルミニウム鋳物は、別段の力を加える必要なく仕切り板から容易に分離した。仕切り板の表面を観察すると、鋳造前と同様に仕切り板の全表面がカーボン塗膜で覆われていた。アルミニウム鋳物は、焼付きや変質等の欠陥がない健全な鋳肌をもっていた。
【実施例2】
【0018】
板厚:0.1mmのSUS409ステンレス鋼板を仕切り板の基材に使用し、実施例1と同様にアルカリ脱脂,表面調整した。次いで、コロイダルシリカ,コロイダルジルコニアのゾルをロールコートし、100℃で1分焼成することにより乾燥膜厚:0.2μmのSiO2-ZrO2皮膜を形成した。更に、実施例1と同じカーボン分散液をスプレーコートし、常温で1時間乾燥することにより乾燥膜厚:3μmのカーボン塗膜を形成した。
【0019】
得られた仕切り板をアルミニウム鋳造用の金型にセットし、実施例1と同じ条件下でアルミニウム鋳物を加圧鋳造した。冷却後、金型から仕切り板,アルミニウム鋳物を一体的に取り出し、仕切り板とアルミニウム鋳物との離型性を調査したところ、別段の力を加える必要なく仕切り板からアルミニウム鋳物が分離された。仕切り板の表面を観察すると、鋳造前と同様に仕切り板の全表面がカーボン塗膜で覆われていた。アルミニウム鋳物は、焼付きや変質等の欠陥がない健全な鋳肌をもっていた。
【比較例】
【0020】
実施例1と同じSUS340ステンレス鋼板を用い、酸化物層を設けることなく、カーボン分散液をステンレス鋼板表面に直接塗布し、高温で1時間乾燥させることにより、膜厚:5μmのカーボン塗膜を形成した。得られた仕切り板をアルミニウム鋳造用の金型にセットし、実施例1と同様にアルミニウム鋳物を加圧鋳造した。
冷却後、金型からアルミニウム鋳物,仕切り板を一体的に取り出し、離型性を調査した。比較例の仕切り板にはアルミニウム鋳物が強固に結合しており、バールを用いて強引に仕切り板を剥がしたところ、焼付きに起因する欠陥がアルミニウム鋳物の表面に発生していた。剥離した仕切り板の表面もカーボン塗膜が部分的に散在しているに留まり、カーボン塗膜のない表面部にはアルミニウム鋳物から欠落したアルミニウム片の付着が検出された。
【0021】
実施例1,2及び比較例の仕切り板が離型性,アルミニウム鋳物の表面性状に及ぼす影響は表1の通りである。実施例1,2の仕切り板は、アルミニウム鋳物と分離した後でも基板全面をカーボン塗膜で覆っていたので、次回の鋳造工程で繰返し使用できた。実施例1ではAl23を、実施例2ではSiO2-ZrO2を酸化物層としたが、Cr23,TiO2の一種又は二種以上の酸化物層を形成した場合でも、同様に離型性がよく健全な鋳肌をもつアルミニウム鋳物を製造できた。
【0022】

【産業上の利用可能性】
【0023】
以上に説明したように、Al23,SiO2,ZrO2,Cr23,TiO2等の酸化物層を介してカーボン塗膜をステンレス鋼板表面に設けることにより、カーボン塗膜が強固に付着した仕切り板が得られる。中間層としての酸化物層は、カーボン分散液に対するステンレス鋼板の濡れ性を高め、カーボン塗装時の乾燥過程でカーボンの分解を抑えるため、ステンレス鋼板の全表面に均一な膜厚で密着性に優れたカーボン塗膜が形成される。得られた仕切り板をセットした鋳造金型にアルミニウム溶湯を注入すると、作業性が改善されると共に、良好な鋳肌のアルミニウム鋳物が高生産性で製造される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
表面に微細な凹凸をもつ酸化物層を介しカーボン塗膜がステンレス鋼板の表面に設けられていることを特徴とするアルミニウム鋳造用仕切り板。
【請求項2】
酸化物層がAl23,SiO2,ZrO2,Cr23,TiO2から選ばれた一種又は二種以上である請求項1記載のアルミニウム鋳造用仕切り板。
【請求項3】
脱脂及び/又は酸洗で表面を清浄化したステンレス鋼板を用意し、
Al23,SiO2,ZrO2,Cr23,TiO2から選ばれた一種又は二種以上の酸化物の前駆体を分散させた水性分散液をステンレス鋼板に塗布・焼成することにより酸化物層を形成し、
次いで、カーボン分散液を塗布し乾燥することによりカーボン塗膜を形成することを特徴とするアルミニウム鋳造用仕切り板の製造方法。

【公開番号】特開2006−272352(P2006−272352A)
【公開日】平成18年10月12日(2006.10.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−91202(P2005−91202)
【出願日】平成17年3月28日(2005.3.28)
【出願人】(000004581)日新製鋼株式会社 (1,178)
【出願人】(000003296)電気化学工業株式会社 (1,539)
【Fターム(参考)】