説明

イオン注入方法及びイオン注入装置

【課題】背景技術による内包フラーレンの製造方法では、真空容器中で堆積基板に直流のバイアス電圧を印加して内包原子からなるイオンを含むプラズマを堆積基板に向けて照射し、同時にフラーレン蒸気を堆積基板に向けて噴射していた。そのため、堆積時間が長くなると堆積膜がイオンの電荷によりチャージアップし、堆積膜の剥離が起きるという問題があった。
【解決手段】堆積基板に正と負のバイアス電圧を交互に印加することにした。イオンに加速エネルギーを与える状態と堆積膜のチャージを中和する状態を交互に繰り返すことにより、堆積膜に過度のチャージが蓄積しないので、堆積膜の剥離を防止できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、堆積基板上の有機材料膜又は高分子材料膜に注入イオンを含むプラズマ流を照射し、内包フラーレンなどのイオン注入膜を形成するイオン注入方法、及び、イオン注入装置に関する。
【背景技術】
【0002】
【特許文献1】特開2004-001362号公報 内包フラーレンは、フラーレンとして知られるC60、C70、C76、C78、C82、C84などの球状炭素分子に、アルカリ金属などの原子を内包した、エレクトロニクス、医療等への応用が期待される材料である。
【0003】
内包フラーレンを製造する背景技術として、本発明の出願人により出願された特許文献1に記載されたイオン注入方法及びイオン注入装置がある。
【0004】
背景技術により内包フラーレンを生成するイオン注入装置は、プラズマ発生部、フラーレン導入部、内包フラーレン生成部からなる管状の真空容器、真空容器を排気する真空ポンプ、プラズマを閉じ込めるための電磁コイルにより構成される。
【0005】
プラズマ発生部において、Liなどの内包原子材料をオーブンで加熱し昇華させ、発生した内包原子蒸気を加熱した金属板に噴射し、接触電離により内包原子イオンと電子からなるプラズマを発生させる。発生したプラズマは、電磁コイルにより発生させた均一磁場に沿って管軸方向に流れ、内包フラーレン生成部内に配置された堆積基板に照射される。同時に、堆積基板の前面に配置したフラーレン導入部からフラーレン蒸気を堆積基板に噴射する。堆積基板には、バイアス電源により負の直流バイアス電圧を印加する。負のバイアス電圧によりプラズマを構成するLiの正イオンが加速され、堆積基板近傍又は堆積基板上でフラーレン分子に衝突して、内包フラーレンが生成される。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
図4(a)及び(b)は、背景技術による内包フラーレンの製造方法を示す説明図である。
内包フラーレンの生成プロセスの間、正イオン105と電子106からなるプラズマが堆積基板101に向けて照射される。同時に、フラーレン昇華オーブン103から堆積基板101に向けてフラーレン分子104からなる蒸気を噴射する。堆積基板101には、バイアス電源102により負の直流電圧が印加されている。そのため、プラズマを構成する正イオンは、加速エネルギーを得てフラーレン分子に衝突し、内包フラーレンが生成されるが、電子は堆積基板から斥力を受け、プラズマ中の電子密度は堆積基板近傍で小さくなる。
【0007】
また、堆積基板上に堆積する物質は、内包フラーレンだけでなく、内包原子が内包されなかった空のフラーレンも含まれる。空のフラーレンは、極めて電気伝導度が小さく絶縁体に近い物質である。そのため、堆積基板上に衝突するイオンの正電荷は堆積基板から供給される電子によって中和されにくい。また、堆積基板近傍のプラズマ中の電子密度が小さいので、該正電荷はプラズマ中の電子によっても中和されることがなく、堆積膜上に蓄積していく。
【0008】
図4(b)に示すように、内包フラーレンの生成プロセスを長時間継続すると、堆積膜の一部が剥離するという問題が発生する。実験によれば、堆積時間が長く堆積膜が厚くなった場合や、プラズマ源が生成するイオン電流を増やした場合に、特に、剥離が発生しやすいことがわかった。このことは、堆積膜上に過度に蓄積した正電荷により堆積膜を構成する分子間に斥力が働き、その結果、剥離が発生することを示すものである。
【0009】
堆積膜上に過度に正電荷が蓄積することにより発生する問題は、膜剥がれだけではない。堆積基板に印加する負電圧のプラズマに対する作用が堆積膜に蓄積した正電荷により打ち消されて、プラズマ中の正イオンの加速エネルギーが弱まり、堆積膜に対しイオンが注入されなくなるという問題が発生する。そのため、長時間のイオン注入や、高イオン密度のイオン注入ができないという問題があった。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明(1)は、堆積基板上に材料膜を堆積し、同時に、正電荷を持つ注入イオンと電子を含むプラズマを前記堆積基板上に輸送し、前記堆積基板に正電圧と負電圧を交互に切り替えるパルス電圧を印加して、前記材料膜に前記注入イオンを注入することを特徴とするイオン注入方法である。
【0011】
本発明(2)は、前記堆積基板が複数のプレートからなる分割基板であり、前記分割基板を構成する一部のプレートに第一のパルス電圧を印加し、前記分割基板を構成する残りのプレートに第二のパルス電圧を印加し、第一のパルス電圧を正電圧とする時は第二のパルス電圧を負電圧とし、第一のパルス電圧を負電圧とする時は第二のパルス電圧を正電圧とすることを特徴とする前記発明(1)のイオン注入方法である。
【0012】
本発明(3)は、堆積基板上に材料膜を堆積し、同時に、正電荷を持つ注入イオンと電子を含むプラズマを前記堆積基板上に輸送し、前記堆積基板に負電圧を印加し、前記材料膜に電子を照射して、前記材料膜に前記注入イオンを注入することを特徴とするイオン注入方法である。
【0013】
本発明(4)は、前記堆積基板を冷却しながら前記注入イオンを前記材料膜に注入することを特徴とする前記発明(1)乃至前記発明(3)のイオン注入方法である。
【0014】
本発明(5)は、フラーレンからなる材料膜にイオンを注入することにより、内包フラーレン又はヘテロフラーレンを生成することを特徴とする前記発明(1)乃至前記発明(4)のイオン注入方法である。
【0015】
本発明(6)は、前記加速エネルギーが、10eV以上500eV以下の範囲であることを特徴とする前記発明(5)のイオン注入方法である。
【0016】
本発明(7)は、前記材料膜が、カーボンナノチューブ、有機ELの材料膜、太陽電池の材料膜、燃料電池の材料膜、有機半導体材料膜、又は、導電性高分子材料膜であることを特徴とする前記発明(1)乃至前記発明(4)のイオン注入方法である。
【0017】
本発明(8)は、前記加速エネルギーが、0.5eV以上500eV以下の範囲であることを特徴とする前記発明(7)のイオン注入方法である。
【0018】
本発明(9)は、真空容器と、前記真空容器内で正電荷を持つ注入イオンと電子を含むプラズマを発生するプラズマ生成手段と、磁場発生手段と、前記真空容器内に配置した堆積基板と、前記堆積基板に正電圧と負電圧を交互に切り替えるパルス電圧を印加するバイアス電圧印加手段と、前記堆積基板上に材料膜を堆積する材料膜堆積手段とからなるイオン注入装置である。
【0019】
本発明(10)は、真空容器と、前記真空容器内で正電荷を持つ注入イオンと電子を含むプラズマを発生するプラズマ生成手段と、磁場発生手段と、前記真空容器内に配置した堆積基板と、前記堆積基板に負電圧を印加するバイアス電圧印加手段と、前記堆積基板上に材料膜を堆積する材料膜堆積手段と、前記堆積基板に電子を照射する電子照射手段とからなるイオン注入装置である。
【0020】
本発明(11)は、前記堆積基板を冷却する冷却手段を有することを特徴とする前記発明(9)又は前記発明(10)のイオン注入装置である。
【発明の効果】
【0021】
(1)堆積基板に印加するバイアス電圧を正電圧、負電圧を切り替えるパルス電圧とすることにより、堆積膜上に蓄積する正電荷を中和することができるので、堆積膜の膜剥がれを防止できる。
(2)堆積基板に負のバイアス電圧を印加し、同時に電子を堆積基板に向けて照射することにより、堆積膜上に蓄積する正電荷を中和することができるので、堆積膜の膜剥がれを防止できる。
(3)堆積基板を冷却することにより、プラズマ照射による堆積膜の温度上昇を抑制することができるため、堆積膜の膨張、収縮による膜剥がれを防止できる。
(4)堆積基板を複数のプレートに分割し、堆積基板に正電圧、負電圧を切り替えるパルス電圧を印加する時に、常にいずれかのプレートに印加するパルス電圧が負電圧となるため、プラズマ中の正イオンがイオン注入プロセスの間、常にいずれかのプレートに照射されるので、イオン注入生成物の生成効率を向上できる。
(5)膜剥がれを防止し、内包フラーレンやヘテロフラーレンなどのフラーレン類を効率よく生成できるので、工業利用のためのフラーレン類の大量生産が可能になる。
(6)高エネルギーでイオン注入を行うと損傷を受けやすい有機材料や高分子材料に、低エネルギーで高密度のイオン注入を行う際の膜剥がれを防止することも可能である。
(7)堆積膜上に蓄積した正電荷を中和することにより、堆積基板に印加した負のバイアス電圧が該正電荷により打ち消されることがないために、長時間のイオン注入や、高イオン密度のイオン注入を行う場合でも安定性、再現性のあるイオン注入が可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
以下、本発明の最良形態について説明する。
【0023】
(内包フラーレンの製造方法)
図2(a)及び(b)は、本発明の内包フラーレンの製造方法を示す説明図である。
内包フラーレンの生成プロセスの間、正イオン45と電子46からなるプラズマが堆積基板41に向けて照射される。同時に、フラーレン昇華オーブン43から堆積基板41に向けてフラーレン分子44からなる蒸気を噴射する。堆積基板41にバイアス電源42から負の直流電圧が印加されるタイミングでは、プラズマを構成する正イオンは、加速エネルギーを得て堆積基板近傍又は堆積基板上のフラーレン分子に衝突し、内包フラーレンが生成される。プラズマ中の電子は堆積基板から斥力を受け、堆積基板近傍のプラズマ中の電子密度が小さくなる。そのため、堆積基板上に形成される内包フラーレンを含む堆積膜上に正電荷が蓄積される。
【0024】
堆積基板に一定時間、負のバイアス電圧を印加した後、バイアス電圧を切り替えて、正の電圧を印加する。内包原子の正イオンは加速エネルギーを受けなくなるが、プラズマ中の電子が堆積基板から引力を受け、堆積基板上の堆積膜に向けて照射される。そのため、堆積基板に負のバイアス電圧を印加していたタイミングで堆積膜上に蓄積していた正電荷が電子により中和される。
【0025】
内包フラーレンの生成プロセスの間、以上説明したような堆積基板に印加するバイアス電圧を正電圧、負電圧と切り替える操作を繰り返す。内包フラーレンを含む堆積膜を厚く形成するために長時間の生成プロセスを行う場合でも、堆積膜上に過度の正電荷が蓄積しないので、電荷の蓄積による膜剥がれを防止できる。また、内包フラーレンの収量を増やすために、プラズマ中のイオン電流を増やした場合でも、同様に、膜剥がれの問題を防止できる。
【0026】
(バイアス電圧)
堆積基板に印加するバイアス電圧が負電圧のタイミングで、プラズマ中の正イオンが加速され堆積基板に向けて照射される。また、バイアス電圧が正電圧のタイミングで、プラズマ中の電子が堆積基板に向けて照射される。
【0027】
正イオンを堆積基板に向けて照射する時の負電圧の大きさは、イオン注入膜の形成に最適な加速エネルギーに応じて設定するのが好ましい。イオン注入膜の種類に応じた加速エネルギーの最適値については、本明細書の(注入エネルギー)の項で説明する。
【0028】
電子を堆積基板に向けて照射する時の正電圧の大きさは、負電圧の印加時間と正電圧の印加時間が同じ場合は、正イオンを堆積基板に向けて照射する時の負電圧と同程度の大きさとするのが好ましい。負電圧の印加時間と正電圧の印加時間が異なる場合は、
負電圧印加時間 × 負電圧の大きさ = 正電圧印加時間 × 正電圧の大きさ
となるように正電圧の大きさを設定するのが好ましい。このように設定することにより、堆積膜上に蓄積する正電荷をほぼ等量の電子によって中和することが可能である。
【0029】
バイアス電圧を正電圧、負電圧と切り替える時間(周期)については、周期があまり長くなると、電子で正電荷を中和する前に膜剥がれが起きるという問題があり、周期があまり短すぎると、プラズマ中の荷電粒子がバイアス電圧の変化に十分追随できなくなり効率的なイオン注入を行うことができない。バイアス電圧の切り替え時間は、10秒から1時間の間が好ましい。イオン注入時間に応じて、1回のイオン注入の間にバイアス電圧の切り替えが、好ましくは4回以上、さらに好ましくは、10回以上切り替えられるように切り替え時間を設定すればよい。
【0030】
(内包フラーレンの製造装置)
<第一具体例>
図1(a)は、本発明のイオン注入装置の第一具体例に係る断面図である。本発明の第一具体例は、接触電離方式のプラズマ生成装置によりアルカリ金属イオンからなるプラズマを生成し、生成したプラズマを堆積基板に照射し、同時にフラーレン蒸気を堆積基板に噴射し、アルカリ金属内包フラーレンを製造するイオン注入装置である。
【0031】
真空チャンバー1は、真空ポンプ2により約10-4Paの真空度に排気している。アルカリ金属昇華オーブン4により、オーブンに充填したアルカリ金属を昇華し、アルカリ金属蒸気導入管5よりホットプレート6にアルカリ金属蒸気を噴射する。アルカリ金属蒸気はホットプレート6上で電離しアルカリ金属イオンと電子からなるプラズマが生成する。
【0032】
真空チャンバー1の周りに電磁コイル3を配置して、生成したプラズマに均一磁場(B=2〜7kG)を作用させる。プラズマを構成するイオンと電子は磁場方向に直交する平面内でラーモア運動と呼ばれる円運動する。そのため、プラズマはホットプレートとほぼ同一形状の断面を持つ空間内に閉じ込められ、拡散によりホットプレート6から、真空チャンバー1内でプラズマ生成装置の対面に配置した堆積基板10に向かって流れるプラズマ流7となる。
【0033】
堆積基板10には、バイアス電圧印加用電源11により正のバイアス電圧と負のバイアス電圧を交互に印加する。プラズマ中のアルカリ金属イオンは、堆積基板10に印加されたバイアス電圧が負電圧となるタイミングで加速エネルギーが与えられ、堆積基板10に向かって照射される。同時に、フラーレンをフラーレン昇華オーブン8で昇華してフラーレン蒸気導入管9から堆積基板10に向かって噴射する。堆積基板10上、又は、堆積基板10の近傍でフラーレン分子にアルカリ金属イオンが衝突し、アルカリ金属内包フラーレンが生成される。
【0034】
また、バイアス電圧が正電圧となるタイミングで、プラズマ中の電子が堆積基板10に向けて照射され、フラーレン膜上に蓄積した正電荷が中和される。
【0035】
<第二具体例>
図1(b)は、本発明のイオン注入装置の第二具体例に係る断面図である。本発明の第二具体例は、ECRプラズマ生成装置により窒素イオンからなるプラズマを生成し、生成した窒素イオンをフラーレンに注入し、窒素内包フラーレンを製造する内包フラーレン製造装置である。
【0036】
真空チャンバー21とプラズマ生成室26は、連通した真空容器であり、真空ポンプ22により約10-4Paの真空度に排気している。プラズマ生成室26に窒素ガス導入管25から窒素ガスを導入し、マイクロ波発振器24により前記窒素ガスを構成する原子や分子を励起して窒素プラズマを生成する。電磁コイル27、28は、例えば、プラズマ生成室26を取り巻くように円形とされたものを互いに離間状態で配置し、同方向に電流を流す。電磁コイル27、28の近傍では強い磁場が形成され、電磁コイル27、28の間では弱い磁場が形成される。強い磁場のところでイオンや電子の跳ね返えりが起きるので、一時的に閉じ込められた高エネルギーのプラズマが形成され、窒素1個からなるN+イオンを多く含むプラズマ30を発生させることができる。
【0037】
PMHアンテナ29は、複数のコイルエレメントの位相を変えて高周波電力(13.56MHz、MAX2kW)を供給するもので、各コイルエレメント間にはより大きな電界差が生じることになる。従って、プラズマ生成室26内において発生するプラズマ30はその全域においてより高密度なものになる。
【0038】
生成したプラズマ30は電磁コイル23により形成された均一磁場(B=2〜7kG)に沿って真空チャンバー21内の軸方向に閉じ込められ、プラズマ生成室26から真空チャンバー21内に配置した堆積基板36に向かって流れ、プラズマ流33となる。プラズマ流33の途中に、電子温度制御電源32により制御電圧を印加したグリッド電極31を配置することにより、プラズマ中の電子のエネルギー及び窒素イオン密度を制御することができる。
【0039】
堆積基板36には、バイアス電圧印加用電源37により正のバイアス電圧と負のバイアス電圧を交互に印加する。プラズマ中の窒素イオンは、堆積基板36に印加されたバイアス電圧が負電圧となるタイミングで加速エネルギーが与えられ、堆積基板36に向かって照射される。同時に、フラーレンをフラーレン昇華オーブン34で昇華してフラーレン蒸気導入管35から堆積基板36に向かって噴射する。堆積基板36上、又は、堆積基板36の近傍でフラーレン分子に窒素イオンが衝突し、窒素内包フラーレンが生成される。
【0040】
また、バイアス電圧が正電圧となるタイミングで、プラズマ中の電子が堆積基板36に向けて照射され、フラーレン膜上に蓄積した正電荷が中和される。
【0041】
(分割基板)
堆積基板を複数の電気的に分離された導電性基板(分割プレート)により構成し、各分割プレートに印加するバイアス電圧を独立に制御することにより、より効率的に内包フラーレンを製造することが可能である。
【0042】
図3(a)及び(b)は、分割プレートにより構成した本発明に係る堆積基板の平面図である。図3(a)では、堆積基板は2枚の半月状のプレート51、52に分割されている。プレート51には、バイアス電源53から正電圧と負電圧を交互に印加するパルス電圧を印加する。同様に、プレート52には、バイアス電源54から正電圧と負電圧を交互に印加するパルス電圧を印加する。電圧を切り替えるタイミングは、バイアス電源53、54において同期させる。さらに、プレート51に正電圧を印加している時は、プレート52に負電圧を印加し、プレート51に負電圧を印加している時は、プレート52に正電圧を印加する。
【0043】
プレート51に正電圧を印加し、プレート52に負電圧を印加するタイミングでは、プラズマ中の正イオンはプレート52に向かって照射され、電子はプレート51に向かって照射される。また、プレート51に負電圧を印加し、プレート52に正電圧を印加するタイミングでは、プラズマ中の正イオンはプレート51に向かって照射され、電子はプレート52に向かって照射される。プラズマ中の正イオンが常にいずれかのプレートに向かって照射され、内包フラーレンが常に生成され続けるので、非分割プレートを用いた内包フラーレンの生成方法に比べて、内包フラーレンの生成効率が高い。
【0044】
図3(b)では、堆積基板は、分割プレートの形状が半月状ではなく、中心円プレート55とドーナツ状プレート56に分割されている。プレート55には、バイアス電源57から正電圧と負電圧を交互に印加するパルス電圧を印加する。同様に、プレート56には、バイアス電源57から正電圧と負電圧を交互に印加するパルス電圧を印加する。電圧を切り替えるタイミングは、バイアス電源57、58において同期させる。さらに、プレート55に正電圧を印加している時は、プレート56に負電圧を印加し、プレート55に負電圧を印加している時は、プレート56に正電圧を印加する。
【0045】
図3(a)に示す堆積基板と同様に、図3(b)に示す堆積基板においても、プラズマ中の正イオンが常にいずれかの堆積基板に向かって照射され、内包フラーレンが常に生成され続けるので、非分割プレートを用いた内包フラーレンの生成方法に比べて、内包フラーレンの生成効率が高い。
【0046】
(電子照射装置)
堆積膜に過度の正電荷が蓄積することによる膜剥がれの問題は、堆積基板に正電圧、負電圧を切り替えるパルス電圧を印加する方法を用いなくても、堆積基板に負の直流バイアス電圧を印加して、同時に、電子照射装置により堆積基板上の堆積膜に向けて電子を照射する方法を用いる場合でも、堆積膜上の正電荷を中和し、膜剥がれを防止することができる。
【0047】
プラズマ中の正イオンに常に加速エネルギーを与え、内包フラーレンを生成し続けながら、膜剥がれの問題を防止できるので、内包フラーレンの生成効率が高い。
【0048】
(堆積基板の冷却)
堆積膜の膜剥がれの原因は、正電荷の蓄積だけではない。プロセス中に堆積膜の温度がプラズマ照射により上昇し、プロセス終了後、堆積膜を取り出した時に堆積膜の温度が急激に下がり、堆積膜が収縮することも膜剥がれが発生する原因である。
【0049】
堆積膜の急激な温度変化を回避するために、堆積基板を冷却する。堆積基板の冷却方法は、例えば、冷却水を循環する方式を用いることができる。堆積基板の温度を0℃以上50℃以下に制御し、さらに、(1)パルス電圧印加方式、又は、(2)電子照射方式と組み合わせることにより、膜剥がれ発生の防止効果をより高めることができる。
【0050】
(内包フラーレン以外の材料物質の製造)
以上説明した本発明のイオン注入方法の応用分野は、フラーレンに内包原子を注入する内包フラーレンの製造に限定されない。
【0051】
本発明のイオン注入方法は、一般的に、高いエネルギーのイオン注入を行うと膜を構成する分子が破壊されるため、低いエネルギーでの高密度イオン注入が必要な有機材料膜又は高分子材料膜への高密度イオン注入に適用した場合に、膜剥がれの問題解決に特に大きな効果が得られる。例えば、カーボンナノチューブ、有機ELの材料膜、太陽電池の材料膜、燃料電池の材料膜、有機半導体材料膜、導電性高分子材料膜などに、内包物質、あるいは、不純物物質となるイオンを注入する応用分野に、本発明のイオン注入方法を好適に用いることができる。また、本発明のイオン注入方法は、フラーレンにイオンを注入することにより、フラーレンを構成する炭素原子を注入原子で置き換えるヘテロフラーレンの製造にも、好適に用いることができる。
【0052】
(注入エネルギー)
本発明における「低い注入エネルギー」又は「低い加速エネルギー」とは、シリコンなどの無機低分子材料を用いた半導体プロセスで通常使用される数KeVから数100KeVまでのイオン注入エネルギーと比較して低い注入エネルギーのことである。
【0053】
本発明のイオン注入方法が好適に適用される注入エネルギーとしては、内包物質の注入の場合には、ケージ構造の分子に効率よく内包物質を注入するために、20eV以上の注入エネルギーでイオン注入を行うことが好ましい。また、注入対象膜の破壊を防止するため、500eV以下の注入エネルギーでイオン注入を行うことが好ましい。
【0054】
不純物物質の注入の場合には、内包物質の注入に比べ低い注入エネルギーでのイオン注入を行うことが可能であり、効率よくイオン注入を行うためには、注入エネルギーを0.5eV以上とすることが好ましい。また、注入対象膜の破壊を防止するため、500eV以下の注入エネルギーでイオン注入を行うことが好ましい。
【0055】
ヘテロフラーレンの製造の場合は、フラーレン分子と注入イオンの置換反応が起こりやすい注入条件として、10eV以上の注入エネルギーでイオン注入を行うことが好ましい。また、注入対象膜の破壊を防止するため、500eV以下の注入エネルギーでイオン注入を行うことが好ましい。
【0056】
(イオン密度)
本発明における「高密度のイオン」又は「高密度のイオン注入」とは、内包フラーレンの生成、あるいは、有機又は高分子材料膜の物性制御のためのイオン注入を適切な注入時間で行える程度のイオン密度のことである。具体的には、面積あたりのイオン電流として、1μA/cm2以上が好ましく、100μA/cm2以上がさらに好ましい。
【0057】
(分子イオンの注入)
カーボンナノチューブへの内包物質の注入や、有機材料膜、高分子材料膜への不純物物質注入の場合には、原子イオンの注入だけでなく、分子をイオン化した分子イオンを、本発明のイオン注入方法により、注入することが可能である。
本発明のイオン注入方法によれば、分子イオンを注入対象膜に高いイオン密度で注入する場合にも膜剥がれの問題解決に効果がある。
【0058】
(ヘテロフラーレン)
「ヘテロフラーレン」とは、フラーレン分子を構成する一つ又は複数の炭素原子を炭素以外の原子で置き換えたフラーレンのことであり、炭素原子を置換する原子としては、窒素、ボロンが挙げられる。例えば、フラーレンの炭素原子を窒素又はボロンで置換したC59N、C69N、C58BN、C68BNなどのヘテロフラーレンの製造に本発明のイオン注入方法を好適に用いることができる。
【0059】
(カーボンナノチューブ)
注入対象膜がカーボンナノチューブである例として、FETなどに使用される単層ナノチューブ、又は、多層ナノチューブからなる有機材料膜に、アルカリ金属又はハロゲン元素からなるイオンを注入する場合に本発明のイオン注入方法を好適に用いることができる。
該有機材料膜にイオン注入を行うことにより、該有機材料膜の導電性などの物性の制御を行うことが可能である。
【0060】
(有機ELの材料膜)
注入対象膜が有機ELの電子輸送層を構成する材料膜である例として、1, 3, 4-オキサゾール誘導体(PBD)、又は、1, 2, 4-トリアゾール誘導体(TAZ)からなる有機材料膜に、アルカリ金属からなるイオンを注入する場合に本発明のイオン注入方法を好適に用いることができる。
該有機材料膜にイオン注入を行うことにより、電子注入特性などの物性を改善することが可能である。
【0061】
注入対象膜が有機ELの発光層を構成する材料膜である例として、トリス(8-キノリノラト)アルミニウム錯体(Alq3)、ビス(ベンゾキノリノラト)ベリリウム錯体(BeBq2)、ビス(8-キノラト)亜鉛錯体(Znq2)、フェナントロリン系ユロピウム錯体(Eu(TTA)3(phen))、ポリパラフェニレンビニレン、又は、ポリフルオレンからなる有機材料膜に、アルカリ金属からなるイオンを注入する場合に本発明のイオン注入方法を好適に用いることができる。
該有機材料膜にイオン注入を行うことにより、発光効率などの物性を改善することが可能である。
【0062】
(太陽電池の材料膜)
注入対象膜が太陽電池の陰極、陽極、又は、発電層を構成する材料膜である例として、ポリ3アルキルチオフェン、又は、ポリパラフェニレンビニレンからなる有機材料膜に、アルカリ金属、又は、C60からなるイオンを注入する場合に本発明のイオン注入方法を好適に用いることができる。
該有機材料膜にイオン注入を行うことにより、エネルギー変換効率などの物性を改善することが可能である。
【0063】
(燃料電池の材料膜)
注入対象膜が燃料電池の電解質膜などの材料膜である例として、フラーレンからなる有機材料膜に、Cs、Rb、K、Ba、Na、Sr、Ca、又は、Liからなるイオンを注入する場合に本発明のイオン注入方法を好適に用いることができる。
該有機材料膜にイオン注入を行うことにより、プロトンの伝導度などの物性を改善し、例えば、燃料電池の内部抵抗を低減することが可能である。
【0064】
(有機半導体材料膜)
注入対象膜がTFTなどに使用される有機半導体材料膜である例として、ペンタセン、テトラセン、ペリレン、又は、クマリンからなる有機材料膜に、ハロゲン元素、又は、アルカリ金属からなるイオンを注入する場合に本発明のイオン注入方法を好適に用いることができる。
該有機材料膜にイオン注入を行うことにより、キャリアの移動度などの物性を改善することが可能である。
【0065】
(導電性高分子材料膜)
注入対象膜がTFTなどに使用される導電性高分子材料膜である例として、ポリピロール系、ポリチオフェン系、ポリアニリン系、ポリアセチレン系、ポリチアジル系、ポリパラフェニレンビニレン系の高分子材料膜に、アルカリ金属、ハロゲン元素、又は、窒素からなるイオンを注入する場合に本発明のイオン注入方法を好適に用いることができる。
該高分子材料膜にイオン注入を行うことにより、導電度などの物性を改善することが可能である。
【実施例】
【0066】
以下、実施例を挙げて本発明について詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0067】
(Li内包フラーレンの生成)
Liを内包した内包フラーレンの製造には、円筒形状のステンレス製真空容器の周囲に電磁コイルを配置した製造装置を用いた。使用原料であるLiは、アルドリッチ製のLiを用い、また、使用原料であるC60は、フロンティアカーボン製のC60を用いた。真空容器を真空度4.2×10-5Paに排気し、電磁コイルにより、磁場強度0.2Tの磁界を発生させた。内包原子昇華オーブンに固体状のLiを充填し、480℃の温度に加熱してLiを昇華させ、Li ガスを発生させた。発生したLi ガスを500℃に加熱したガス導入管を通して導入し、2500℃に加熱したホットプレートに噴射した。ホットプレート表面で電離したLiの正イオンと電子からなるプラズマ流を発生させ、堆積プレートに対しプラズマ流を照射した。同時に、堆積プレートに対し、フラーレンオーブンで610℃に加熱、昇華させたC60蒸気を照射した。堆積プレートには、-20V、+20Vのバイアス電圧印加を10分ごとに交互に繰り返し、堆積プレート表面に内包フラーレンを含む薄膜を堆積した。約2時間の堆積を行い、厚さ1.4μmの薄膜が堆積した。その結果、直径8cmの円形基板上に堆積膜の剥がれは観察されなかった。
【図面の簡単な説明】
【0068】
【図1】(a)及び(b)は、本発明に係る内包フラーレンの製造装置の断面図である。
【図2】(a)及び(b)は、本発明の内包フラーレンの製造方法を示す説明図である。
【図3】(a)及び(b)は、本発明に係る堆積基板の平面図である。
【図4】(a)及び(b)は、背景技術による内包フラーレンの製造方法を示す説明図である。
【符号の説明】
【0069】
1 真空室
21 内包フラーレン生成室
2、22 真空ポンプ
3、23、27、28 電磁コイル
4 アルカリ金属昇華オーブン
5 アルカリ金属ガス導入管
6 ホットプレート
7 プラズマ
8、34、43、103 フラーレン昇華オーブン
9、35 フラーレン導入管
10、36、41、51、52、55、56、101 堆積基板
11、37、42、53、54、57、58、102 基板バイアス電源
12、38 内包フラーレン膜
24 マイクロ波発信器
25 ガス導入管
26 高電子温度プラズマ生成室
29 PMHアンテナ
30 高電子温度プラズマ
31 制御電極
32 電子温度制御電源
33 低電子温度プラズマ
44、104 フラーレン分子
45、105 内包対象イオン
46、106 電子
47、107、108 内包フラーレン分子

【特許請求の範囲】
【請求項1】
堆積基板上に材料膜を堆積し、同時に、正電荷を持つ注入イオンと電子を含むプラズマを前記堆積基板上に輸送し、前記堆積基板に正電圧と負電圧を交互に切り替えるパルス電圧を印加して、前記材料膜に前記注入イオンを注入することを特徴とするイオン注入方法。
【請求項2】
前記堆積基板が複数のプレートからなる分割基板であり、前記分割基板を構成する一部のプレートに第一のパルス電圧を印加し、前記分割基板を構成する残りのプレートに第二のパルス電圧を印加し、第一のパルス電圧を正電圧とする時は第二のパルス電圧を負電圧とし、第一のパルス電圧を負電圧とする時は第二のパルス電圧を正電圧とすることを特徴とする請求項1記載のイオン注入方法。
【請求項3】
堆積基板上に材料膜を堆積し、同時に、正電荷を持つ注入イオンと電子を含むプラズマを前記堆積基板上に輸送し、前記堆積基板に負電圧を印加し、前記材料膜に電子を照射して、前記材料膜に前記注入イオンを注入することを特徴とするイオン注入方法。
【請求項4】
前記堆積基板を冷却しながら前記注入イオンを前記材料膜に注入することを特徴とする請求項1乃至3のいずれか1項記載のイオン注入方法。
【請求項5】
フラーレンからなる材料膜にイオンを注入することにより、内包フラーレン又はヘテロフラーレンを生成することを特徴とする請求項1乃至4のいずれか1項記載のイオン注入方法。
【請求項6】
前記加速エネルギーが、10eV以上500eV以下の範囲であることを特徴とする請求項5記載のイオン注入方法。
【請求項7】
前記材料膜が、カーボンナノチューブ、有機ELの材料膜、太陽電池の材料膜、燃料電池の材料膜、有機半導体材料膜、又は、導電性高分子材料膜であることを特徴とする請求項1乃至4のいずれか1項記載のイオン注入方法。
【請求項8】
前記加速エネルギーが、0.5eV以上500eV以下の範囲であることを特徴とする請求項7記載のイオン注入方法。
【請求項9】
真空容器と、前記真空容器内で正電荷を持つ注入イオンと電子を含むプラズマを発生するプラズマ生成手段と、磁場発生手段と、前記真空容器内に配置した堆積基板と、前記堆積基板に正電圧と負電圧を交互に切り替えるパルス電圧を印加するバイアス電圧印加手段と、前記堆積基板上に材料膜を堆積する材料膜堆積手段とからなるイオン注入装置。
【請求項10】
真空容器と、前記真空容器内で正電荷を持つ注入イオンと電子を含むプラズマを発生するプラズマ生成手段と、磁場発生手段と、前記真空容器内に配置した堆積基板と、前記堆積基板に負電圧を印加するバイアス電圧印加手段と、前記堆積基板上に材料膜を堆積する材料膜堆積手段と、前記堆積基板に電子を照射する電子照射手段とからなるイオン注入装置。
【請求項11】
前記堆積基板を冷却する冷却手段を有することを特徴とする請求項9又は10のいずれか1項記載のイオン注入装置。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate


【公開番号】特開2006−213968(P2006−213968A)
【公開日】平成18年8月17日(2006.8.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−28350(P2005−28350)
【出願日】平成17年2月4日(2005.2.4)
【出願人】(502344178)株式会社イデアルスター (59)
【Fターム(参考)】