説明

エンジンのアイドル制御装置

【課題】目標回転速度への復帰が遅れて不快な車両振動が発生したりエンストに至ることを防止するエンジンのアイドル制御装置を提供する。
【解決手段】
回転速度と吸入空気量と目標点火時期とに基づいて目標点火時期トルクを演算する目標点火時期トルク演算手段28と、目標トルクとトルク比とに基づいて低速応答用目標トルクを演算する低速応答用目標トルク演算手段30と、基本点火時期を演算する基本点火時期演算手段31と、低速応答用目標トルクと回転速度と基本点火時期とに基づいて低速応答用目標トルクを発生するための目標吸入空気量を演算する目標吸入空気量演算手段32と、吸入空気量が目標吸入空気量と一致するようにスロットルを制御する低速応答トルク制御手段33と、回転速度と目標回転速度と目標トルクとに基づいて設定した点火時期制限値により制限した点火時期を最終点火時期として決定する点火時期変化量制限手段26とを備えた。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エンジンのアイドル制御装置に関するものであり、特に、トルクベース制御を採用したアイドル制御装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年のエンジン制御装置においては、例えば、特許文献1に記載されているような、トルクを指標としてエンジンの発生トルクを制御する、いわゆる、「トルクベース制御」と呼ばれるエンジンの制御方法が普及しつつある。
このようなトルクベース制御では、ドライバーによるアクセルペダルの操作量に基づいてエンジンの目標トルクを決定し、目標トルクを発生させることができる空気量がエンジンに吸入されるようにスロットルバルブの開度を制御し、エアーフローセンサで検出した実際の吸入空気量によって目標トルクが実現される点火時期で点火コイルを制御することにより、エンジンの出力が目標トルクに制御されてドライバーの要求する走行性能が実現される。
【0003】
また、アクセルペダルが踏まれていないとき、すなわち、アイドル時では、エンジンの損失トルク(機械損失とポンプ損失)と補機負荷損失(オルタネータやエアコンの負荷)の合計を目標トルクに決定し、目標トルクを発生させることができる空気量がエンジンに吸入されるようにスロットルバルブの開度を制御し、エアーフローセンサで検出した実際の吸入空気量によって目標トルクが実現される点火時期で点火コイルを制御することにより、エンジンの出力が目標トルクに制御されて目標回転速度が実現される。
【0004】
このようなトルクベース制御においては、その演算過程において、目標トルクを吸入空気量や点火時期に変換する必要があり、その変換方法としては、例えば、内燃機関の運転状態(回転速度とシリンダ内への吸入空気量)ごとに予め計測しておいた「点火時期−エンジントルク特性」をマップデータとして制御装置内のメモリに記憶させておき、トルクと回転速度と点火時期とから吸入空気量を求めたり、トルクと回転速度と空気量とから点火時期を求めている。
【0005】
ところが、点火時期とトルクの関係は2次関数で近似される特性を持っているため、エンジンのトルクが最大(2次関数の頂点)となる点火時期(MBT点火時期と言う)から離れたところに実際の点火時期が設定されるほど(2次関数の頂点から遠のくほど)、点火時期の変化幅に対するトルクの変化幅が大きくなる傾向を持つ。
【0006】
参考までに、「点火時期−トルク特性」の一例を図9に示す。
図9において、相対的にMBTに近い点火時期のときに△IGの変動ないし点火時期のずれが生じた場合には△T2のトルク変動ないしトルクずれを起こす。これに対し、相対的にMBTから離れた点火時期で△IGの変動ないし点火時期のずれが生じた場合には△T1(>△T2)のトルク変動ないしトルクずれを起こす。
このように、「点火時期−トルク特性」のずれは点火時期がMBTから離れたところ、すなわち、より遅角側に設定されるときほど拡大することが判る。
【0007】
また、各種部品特性の経年変化が進むと、制御装置内のメモリに記憶させておいた「点火時期−トルク特性」と、実際のエンジン特性としての「点火時期−発生トルク特性」とのずれが大きくなり、同じ点火時期であっても目標トルクと実際にエンジンで発生するトルクとのずれが増大してくる。
そのような状態で、アイドル時のトルクと回転速度と点火時期から空気量を算出する場
合、「点火時期−トルク特性」のマップデータから算出した空気量が必要量よりも多すぎた場合には実トルクが過剰となって回転速度が目標アイドル回転速度を超えて上昇し、逆に、「点火時期−トルク特性」のマップデータから算出した空気量が必要量よりも少なすぎた場合には実トルクが不足して回転速度が目標アイドル回転速度よりも低下する。
【0008】
また、トルクと回転速度と空気量から点火時期を算出する場合、「点火時期−トルク特性」のマップデータから算出した点火時期が進角しすぎた場合には実トルクが過剰となって回転速度が目標アイドル回転速を超えて上昇し、逆に、「点火時期−トルク特性」のマップデータから算出した点火時期が遅角しすぎた場合には実トルクが不足して回転速度が目標アイドル回転速度よりも低下する。
【0009】
しかし、前記いずれの場合に対しても、目標回転速度と実回転速度との回転偏差に基づいたPID制御等を追加し、目標回転速度と実回転速度との回転偏差に基づく補正量を目標トルクに加算することで、実際に発生したトルクの過不足分がフィードバック補正されて吸入空気量を増減するようにしているが、特に、点火時期が大きく遅角側にずれていた場合については回転速度が大きく低下して目標回転速度への復帰が遅れ、不快なエンジン振動が発生したり、最悪の場合にはエンストに至ることが懸念される。
【0010】
すなわち、「点火時期−トルク特性」にずれが生じている場合、本来なら、回転速度の低下に即して点火時期を進角させてトルクを増加させてやれば、目標回転速度への復帰を早めることが出来るのであるが、前述のトルクベース制御では、実際の空気量に基づいて目標トルクを実現するための点火時期が設定されてしまうため、回転速度の低下を補うためのトルクの増量は点火時期に対しては直接、反映されず、エンジントルクの増加が遅れて目標回転速度への復帰が遅くなる。
【0011】
上記への対策としては、例えば、特許文献2のように、予め所定の制限位置を設定しておき、その制限位置よりも遅角側に点火時期がセットされなくする方法や、特許文献3に記載のように、回転速度がアイドル目標回転速度よりも低下しているときには点火時期を遅角側へ動かさないようにする方法などが知られているが、これら特許文献2ないし特許文献3の方策を前述のトルクベース制御にそのまま適用したとしても以下の理由により目標回転速度への復帰の遅れは解消されない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特許第3627464号公報
【特許文献2】特許第3556682号公報
【特許文献3】特許第3435760号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
前述したようなトルクベース制御では、吸入空気量に基づいて演算された点火時期によって目標トルクが実現できなくなった場合、点火時期で実現できなくなった目標トルクの過不足分は目標空気量へフィードバックされるように操作される制御構成となっている。そのため、点火時期が目標値まで遅角できずに制限されてしまうと、点火時期で実現できなくなっているトルク分(目標点火時期で発生可能なトルクと制限された点火時期時で発生可能なトルクとの差分)は、目標空気量を減量側に補正するように目標トルクが補正され、結局のところ、点火時期が遅角側へ動くことが抑えられたにも関わらず、吸入空気量が減少側へ操作されてしまい、トルクの増加が遅れ、目標回転速度への復帰の遅れが解消されないという課題がある。
【0014】
本発明は、上記の点に鑑み、制御装置内に記憶させている「点火時期−トルク特性」と、実際の特性とのずれに起因して、アイドル時の回転速度が目標回転速度より低下しているにも関わらず、目標トルクに従って制御された吸入空気量に基づいて算出された目標点火時期が遅角側の値となってしまい、目標回転速度への復帰が遅れて不快な車両振動が発生したりエンストに至ることを防止するエンジンのアイドル制御装置を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明に係るエンジンのアイドル制御装置は、エンジンがアイドル運転状態であることを検出するアイドル検出手段と、前記エンジンの回転速度を検出する回転速度検出手段と、前記エンジンがアイドル運転状態のときの目標回転速度を演算する目標回転速度演算手段と、前記エンジンに吸入される吸入空気量を検出する吸入空気量検出手段と、前記エンジンがアイドル運転状態のときの目標トルクを演算する目標トルク演算手段と、前記回転速度と前記吸入空気量と前記目標トルクとに基づいて前記吸入空気量において前記目標トルクを発生させるための目標点火時期を演算する目標点火時期演算手段と、前記回転速度と前記目標回転速度と前記目標トルクとに基づいて前記目標点火時期の変更を制限する点火時期制限値を設定するとともに前記点火時期制限値により制限された後の点火時期を最終点火時期として決定する点火時期変化量制限手段と、前記最終点火時期において点火プラグによる火花放電が開始されるように点火コイルの駆動を制御する高速応答トルク制御手段と、前記回転速度と前記吸入空気量と前記目標点火時期とに基づいて前記目標点火時期で発生する目標点火時期トルクを演算する目標点火時期トルク演算手段と、前記目標トルクに対する前記目標点火時期トルクの比率(トルク比)を演算するトルク比演算手段と、前記目標トルクと前記トルク比とに基づいて低速応答用目標トルクを演算する低速応答用目標トルク演算手段と、前記エンジンの運転状態に応じて決定される基本点火時期を演算する基本点火時期演算手段と、前記低速応答用目標トルクと前記回転速度と前記基本点火時期とに基づいて前記低速応答用目標トルクを発生するための目標吸入空気量を演算する目標吸入空気量演算手段と、前記吸入空気量が前記目標吸入空気量と一致するようにスロットルバルブの開度を制御する低速応答トルク制御手段とを備えている。
【発明の効果】
【0016】
本発明に係るエンジンのアイドル制御装置によれば、制御装置内のメモリに記憶させておいた「点火時期−トルク特性」と、実際のエンジン特性としての「点火時期−トルク特性」とのずれに起因して、アイドル時の回転速度が目標回転速度より低下しているにも関わらず、目標トルクに従って制御された吸入空気量に基づいて算出された目標点火時期が遅角側の値となってしまい、目標回転速度への復帰が遅れて不快な車両振動が発生したりエンストに至ることを防止できる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本発明の実施の形態1に係るエンジンおよびアイドル制御装置の全体構成図である。
【図2】実施の形態1に係るアイドル制御装置の機能ブロック図である。
【図3】実施の形態1に係るアイドル制御装置の動作を示すフローチャートである。
【図4】実施の形態1に係るアイドル制御装置の動作を説明するためのタイミングチャートである。
【図5】回転偏差△NE(=NEt−NE)に応じた点火時期変化量制限値IGcの設定の例を示す説明図である。
【図6】従来装置における動作を説明するためのタイミングチャートである。
【図7】従来装置における課題を説明するためのタイミングチャートである。
【図8】特性ずれが発生している時の「点火時期−トルク特性」の一例を示す説明図である。
【図9】「点火時期−トルク特性」の一例を示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、添付の図面を参照して、本発明に係るエンジンのアイドル制御装置について好適な実施の形態を説明する。
実施の形態1.
図1は本発明の実施の形態1に係るエンジンおよびアイドル制御装置の全体構成図である。図1において、エンジン1における気筒1aの燃焼室1bには、吸気弁1cと排気弁1dとピストン1eとが備えられており、更に、燃焼室1b内を臨むようにして、点火プラグ2と燃料噴射弁3とが備えられている。また、エンジン1には、吸気通路4に設けられた電子制御スロットル5により、吸入空気量が調整される。電子制御スロットル5は、スロットルバルブ5aと、これを駆動するモータ5b、スロットルバルブ5aの開度を検出するスロットル開度センサ5cとから構成されている。
【0019】
エンジン制御ユニット(以下、ECUと称する。)6には、アクセルペダル7の操作量を検出するアクセルポジションセンサ8の出力信号を取得して、モータ5bに制御信号を送り、スロットル開度センサ5cからのスロットルバルブ開度信号に基づいて、スロットルバルブ5aを適切な開度に制御する。クランク角センサ9は、クランク軸1fのクランク角度を検出し、カム角センサ10は、吸気側のカム軸1gのカム角度を検出し、水温センサ11は、エンジン1の冷却水の温度を検出する。
【0020】
ECU6は、アクセルポジションセンサ8、クランク角センサ9、カム角センサ10、エアーフローセンサ12、水温センサ11、図示しないその他の各種センサ類からの各出力信号を取得して、点火タイミングや燃料噴射量などを決定する。そして、それらの各決定値に基づいて、燃料噴射弁3を駆動して燃料を燃焼室1b内に噴射供給し、点火プラグ2に接続された点火コイル13を駆動することにより点火プラグ2のプラグギャップから火花を放電させる。
【0021】
エアクリーナ14によって塵やごみが除去された吸入空気は、エアーフローセンサ12で流量が計測された後、電子制御スロットル5を通過してサージタンク15へと導かれ、更に、サージタンク15から吸気弁1cを通って燃焼室1bに導入される。燃焼室1b内に導入された吸入空気と燃料噴射弁3から噴射された燃料とが混ざりあって混合気が形成され、点火プラグ2の火花放電によって混合気が着火されて燃焼する。
【0022】
混合気の燃焼圧力はピストン1eに伝えられてピストン1eを往復運動させる。ピストン1eの往復運動はコネテクティングロッド1hを介してクランク軸1fに伝えられ、ここで回転運動に変換されて、エンジン1の出力として取り出される。燃焼後の混合気は排気ガスとなり、排気弁1dを通ってエキゾーストマニホールド16へ排出され、触媒17で浄化された後、大気中へ排出される。
【0023】
次に、図2の機能ブロック図を用いて実施の形態1に係るエンジンのアイドル制御装置の制御機能を詳しく説明する。なお、アイドル制御装置の制御機能は前述の図1に記載されたECU6内にプログラミングされている。
【0024】
アイドル検出手段20は、アクセルポジションセンサ8により検出されるアクセルペダル7の操作量が入力され、アクセルペダル7の操作量が零のとき(ドライバーがアクセルペダル7を踏んでいないとき)にエンジン1がアイドル運転状態であると判定してアイドル判定信号を出力する。
回転速度検出手段21は、クランク角センサ9により検出されるパルス信号が入力され、クランク軸1fの回転速度であるエンジン回転速度NEを検出する。
吸入空気量検出手段22は、エアーフローセンサ12の出力信号が入力され、吸入空気量QAを検出する。
【0025】
目標回転速度演算手段23は、水温センサ11の検出するエンジン1の冷却水温情報のほかオルタネータやエアコンといった補機負荷(図示せず)の作動信号が入力され、アイドル運転を行うのに最適な目標回転速度NEtを演算する。
【0026】
目標トルク演算手段24には、水温センサ11の検出するエンジン1の冷却水温情報のほかオルタネータやエアコンといった補機負荷(図示せず)の作動信号、アイドル検出手段20により判定されたアイドル判定信号、回転速度検出手段21により検出された回転速度NE、目標回転速度決定手段23により決定された目標回転速度NEtが入力され、これら入力情報に基づいて、エンジン1が目標回転速度NEtのときの損失トルク(機械損失とポンプ損失の合計)を演算し、これに、目標回転速度NEtと回転速度NEの偏差に基づいてPID演算を行った補正値である回転数F/B(フィードバック)補正量と、補機負荷の合計トルクとを加算して目標トルクTQtを決定する。
なお、オフアイドル時については、例えばアクセルペダル7の操作量と回転速度NEに基づいて決定したドライバ要求トルクに補機負荷の合計トルクが加算されて目標トルクTQtが決定される。
【0027】
目標点火時期演算手段25では、回転速度検出手段21により検出された回転速度NE、吸入空気量検出手段22により検出された吸入空気量QA、目標トルク演算手段24で演算された目標トルクTQtが入力され、これら入力情報に基づいて目標点火時期IGtを演算する。
なお、ここでは、回転速度と吸入空気量とトルクと点火時期の4つのパラメータのうち、回転速度NEと吸入空気量QAと目標トルクTQtの3つのパラメータが既知であり、これら既知のパラメータを、制御装置内のメモリに記憶させているマップデータと照合することにより、未知のパラメータである目標点火時期IGtが求められる。
【0028】
点火時期変化量制限手段26では、目標点火時期演算手段25で演算された目標点火時期IGt、回転速度検出手段21により検出された回転速度NE、目標回転速度決定手段23により決定された目標回転速度NEtが入力され、回転速度NEと目標回転速度NEtとに基づいて目標点火時期IGtの変更を制限する点火時期制限値を設定するとともに点火時期制限値により制限された後の点火時期を最終点火時期IGoとして決定する。
【0029】
高速応答トルク制御手段27では、点火遅角制限手段26で決定された最終点火時期IGoが入力され、最終点火時期IGoにて点火プラグ2から火花放電が開始されるように点火コイル13の駆動タイミングを制御する。
【0030】
目標点火時期トルク演算手段28では、回転速度検出手段21により検出された回転速度NE、吸入空気量検出手段22により検出された吸入空気量QA、目標点火時期演算手段25で演算された目標点火時期IGtが入力され、これら入力情報に基づいて目標点火時期IGtで発生する目標点火時期トルクTQsを演算する。
なお、ここでは、回転速度と吸入空気量とトルクと点火時期の4つのパラメータのうち、回転速度NEと吸入空気量QAと目標点火時期IGtの3つのパラメータが既知であり、これら既知のパラメータを、制御装置内のメモリに記憶させているマップデータと照合することにより、未知のパラメータである目標点火時期トルクTQsが求められる。
【0031】
トルク比演算手段29では、目標トルク演算手段24で演算された目標トルクTQtと目標点火時期トルク演算手段28で演算された目標点火時期トルクTQsとが入力され、目標トルクTQtに対する目標点火時期トルクTQsの比率(トルク比)TRが演算される

なお、トルク比TRは、TR=TQs/TQtとして演算され、TQt=TQsのときはTR=1.0、TQt>TQsのときは0<TR<1.0の値、TQt<TQsのときはTR>1.0の値をとる。
【0032】
低速応答用目標トルク演算手段30では、目標トルク演算手段24で演算された目標トルクTQtとトルク比演算手段29で演算されたトルク比TRとが入力され、目標トルクTQtとトルク比TRとに基づいて低速応答用目標トルクTQaが演算される。
なお、低速応答用目標トルクTQaは、TQa=TQt/TRとして演算され、TR=1.0のときにはTQa=TQt、0<TR<1.0のときにはTQa>TQt、TR>1.0のときにはTQa<TQtの値をとる。
すなわち、目標点火時期トルクTQsが目標トルクTQtに未達の場合には低速応答用目標トルクTQaが目標トルクTQtよりも増加された値となり、逆に、目標点火時期トルクTQsが目標トルクTQtよりも過剰となる場合には低速応答用目標トルクTQaが目標トルクTQtよりも減少された値となる。
【0033】
基本点火時期演算手段31では、例えば、回転速度検出手段21により検出された回転速度NEや吸入空気量検出手段22により検出された吸入空気量QAと言ったエンジンの運転状態を示す情報が入力され、これら入力情報に基づいて予め設定されている基本点火時期IGbが演算される。
【0034】
目標吸入空気量演算手段32では、低速応答用目標トルク演算手段30で演算された低速応答用目標トルクTQa、回転速度検出手段21により検出された回転速度NE、基本点火時期演算手段31で演算された基本点火時期IGbが入力され、これら入力情報に基づいて目標吸入空気量QAtが演算される。
なお、ここでは、回転速度と吸入空気量とトルクと点火時期の4つのパラメータのうち、低速応答用目標トルクTQaと回転速度NEと基本点火時期IGbの3つのパラメータが既知であり、これら既知のパラメータを、制御装置内のメモリに記憶させているマップデータと照合することにより、未知のパラメータである吸入空気量QAが演算される。
【0035】
低速応答トルク制御手段33では、目標吸入空気量演算手段32で演算された目標吸入空気量QAtと吸入空気量検出手段22により検出された吸入空気量QAが入力され、吸入空気量QAが目標吸入空気量QAtに一致するように電子制御スロットル5のスロットルバルブ5aの開度を制御する。
【0036】
次に、本発明の実施の形態1に係るアイドル制御装置の動作を図3のフローチャートに従って説明する。
なお、図3においては、アクセルペダル7の操作量、回転速度NE、吸入空気量QA、冷却水温度、補機負荷類(図示せず)の作動信号といった各種情報の検出ステップの記載は省略しているが、これら情報は、図3のフローチャートが実行される前段で既にECU6内のRAMに格納されているものとして説明を進める。
【0037】
最初のステップS101ではアイドル検出手段20によりエンジンがアイドル運転状態であるか否かが検出される。ここで、YES判定の場合(アイドルが検出されている場合)にはステップS101からステップS102へ進み、NO判定の場合には何もせずに処理を抜ける。
【0038】
ステップS101でYES判定の場合(アイドルが検出されている場合)、ステップS102、S103、S104、S105へと、順次、処理が進む。
ステップS102では目標回転速度演算手段23により目標回転速度NEtが演算され
、ステップS103では目標トルク演算手段24により目標トルクTQtが演算され、ステップS104では目標点火時期演算手段25により目標点火時期IGtが演算され、ステップ105へと進む。
【0039】
ステップ105では、点火時期変化量制限手段26の動作として、先ず、回転速度検出手段21により検出された回転速度NEが目標回転速度決定手段23により演算された目標回転速度NEtよりも低下しているか否かが判定される。
ここで、YES判定の場合(NE<NEtの場合)にはステップS105からステップS106へ処理が進み、NO判定の場合(NE≧NEtの場合)にはステップS105からステップS108へ処理が進む。
【0040】
ステップS105での判定がYESの場合、ステップS105からステップS106へ進み、点火時期変化量制限手段26により目標点火時期IGtの遅角側への変化量を制限するために設定された点火時期変化量制限値IGcが演算されてステップS107へ進む。ステップS107では、目標点火時期IGtの変更を制限する点火時期制限値IGcを設定し、目標点火時期IGtが点火時期制限値IGcを越えないように制限した値を最終点火時期IGoとして決定してステップS109へ進む。
【0041】
一方、ステップS105での判定がNOの場合、ステップS105からステップS108へ進み、ステップS104で演算された目標点火時期IGtを最終点火時期IGoとして決定してステップS109へ進む。
【0042】
ステップS109では、目標点火時期トルク演算手段28の動作として、回転速度NEと吸入空気量QAとステップS104で演算された目標点火時期IGtとに基づいて目標点火時期IGtで実現することができる目標点火時期トルクTQsを演算してステップS110へ進む。
【0043】
ステップS110では、トルク比演算手段29の動作として、ステップS103で演算された目標トルクTQtとステップS109で演算された目標点火時期トルクTQsとから、目標トルクTQtに対する目標点火時期トルクTQsの比率であるトルク比TRを演算してステップS111へ進む。
【0044】
ステップS111では、低速応答用目標トルク演算手段30の動作として、ステップS103で演算された目標トルクTQtとステップS110で演算されたトルク比TRとから低速応答用目標トルクTQaが演算されてステップS112へ進む。
【0045】
ステップS112では、基本点火時期演算手段31の動作として、回転速度NEと吸入空気量QAとを入力としたマップデータにより予め設定されている基本点火時期TGbが演算されてステップS113へ進む。
【0046】
ステップS113では、目標吸入空気量演算手段32の動作として、ステップS111で演算された低速応答用目標トルクTQaと回転速度NEとステップS112で演算された基本点火時期IGbとから目標吸入空気量QAtが演算されてステップS114へ進む。
【0047】
ステップS114では、低速応答トルク制御手段33の動作として、吸入空気量QAがステップS113で演算された目標吸入空気量QAtに一致するように電子制御スロットル5が制御される。
【0048】
そして、最後のステップS115では、高速応答トルク制御手段27の動作として、ス
テップS107ないしステップS108で決定された最終点火時期IGoにて点火プラグ2から火花放電が開始されるように点火コイル13の通電タイミングが制御される。
【0049】
次に、点火時期変化量制限手段26による目標点火時期IGtの制限を有しない従来装置の動作および課題について、図6、図7、図8を用いて補足説明する。
図6は従来装置におけるアイドル時の制御動作を示すタイミングチャートである。
【0050】
図6、図7のタイミングチャートには、上から順に、下記(1)〜(7)の動作状態が記載されている。
(1)損失トルク+補機負荷トルク
(2)目標トルクTQt(破線)
(3)基本点火時期IGbで実現できるトルク(実線)
(4)最終点火時期IGo
(5)発生トルク(エンジンで実際に発生しているトルク)
(6)目標回転速度NEt(破線)
(7)回転速度NE(実線)
【0051】
図6は、ECU6内のメモリに記憶させておいた「点火時期−トルク特性」と、実際の「点火時期−トルク特性」とにずれが無い状態で、例えば、補機負荷の1つが作動を開始して直ぐに作動停止したときの従来の制御動作として示されている。
図6において、補機負荷が作動して補機負荷トルクが増加すると、これに応じて目標トルクTQtが増加して吸入空気量(図示せず)を増加させるが、吸入空気量には応答遅れがあるため、基本点火時期IGbで実現できるトルクは目標トルクTQtに対して不足(斜線A部分)が生じる。しかし、その不足分は最終点火時期IGo(=目標点火時期IGt)が進角されることで相殺され、エンジンで実際に発生するトルクは、ほとんど遅れ無く目標トルクTQtに一致し、回転速度NEは変動せずに目標回転速度NEtを維持する。
【0052】
続いて、作動していた補機負荷が停止して補機負荷トルクが元のトルク値に戻ると、これに準じて目標トルクTQtも元の値に戻り、今度は、吸入空気量が減少されるが、吸入空気量には応答遅れがあるため、基本点火時期IGbで実現できるトルクは目標トルクTQtに対して過剰(斜線B部分)が生じる。しかし、その過剰分は最終点火時期IGo(=目標点火時期IGt)を遅角させることで相殺され、実際に発生するトルクは、ほとんど遅れ無く目標トルクTQtに一致し、回転速度NEは変動せずに目標回転速度NEtを維持する。
【0053】
次に示す図7は、ECU6内のメモリに記憶させておいた「点火時期−トルク特性」と、実際の「点火時期−トルク特性」とにずれが有る状態で、補機負荷の1つが作動を開始して直ぐに作動停止したときの従来の課題を示す動作として示されている。
【0054】
なお、ECU6内のメモリに記憶させておいた「点火時期−トルク特性」と、実際の「点火時期−トルク特性」と、のずれの発生とは、例えば、図8に示すように、ECU6内のメモリに記憶させておいた「点火時期−トルク特性」のマップデータ(実線)と、各種部品の性能や特性のばらつき等により変化した後の点火時期と発生トルクの関係であるところの真の特性(破線)とが一致していないときを言う。
図8において、例えば、TQtを目標トルクに設定した場合、点火時期IGtが演算されてトルクTQtを実現しにいくが、点火時期がIGtのときの真の特性における発生トルクは、TQr(<TQt)であり、発生トルクが不足して回転の低下が発生する。
【0055】
図7において、補機負荷が作動して補機負荷トルクが増加すると、これに応じて目標ト
ルクTQtが増加して吸入空気量(図示せず)を増加させるが、吸入空気量には応答遅れがあるため、基本点火時期IGbで実現できるトルクは目標トルクTQtに対して不足(斜線A部分)が生じる。しかし、その不足分は最終点火時期IGo(=目標点火時期IGt)が進角されることで相殺されるはずであるが、図7では、図6の場合と異なり、マップデータと真の特性との間にずれがあるため、最終点火時期IGo(=目標点火時期IGt)で実際に発生するトルクTQrは目標トルクTQtよりも少なめとなることから回転速度NEの低下が発生する。
【0056】
続いて、作動していた補機負荷が停止して補機負荷トルクが元のトルク値に戻ると、これに応じて目標トルクTQtも元の値に戻り、今度は、吸入空気量が減少されるが、吸入空気量には応答遅れがあるため、空気量だけで実現される空気トルクは目標トルクTQtに対して過剰(斜線B部分)が生じる。しかし、その過剰分は最終点火時期IGo(=目標点火時期IGt)を遅角させることで相殺されるはずであるが、今、マップデータと真の特性とにずれがあるため、最終点火時期IGo(=目標点火時期IGt)で実際に発生するトルクTQrは目標トルクTQtよりも少なめとなって、回転速度NEの低下が更に大きく発生し、前述の課題に挙げたように、目標回転速度NEtへの復帰が遅れ、不快なエンジン振動が発生したり、最悪の場合にはエンストに至る。
【0057】
次に、点火時期変化量制限手段26による目標点火時期IGtの変化量制限を採用した実施の形態1に係るアイドル制御装置の効果を示す動作について、図4を用いて説明する。
なお、点火時期変化量制限手段26では、回転速度NEが目標回転速度NEtよりも高いときに目標点火時期IGtが進角側へ変化したときの変化量を制限し、回転速度NEが目標回転速度NEtよりも低いときに目標点火時期IGtが遅角側へ変化したときの変化量を制限したものを最終点火時期IGoとして決定する。
また、目標トルクTQtと目標点火時期IGtにおけるトルクTQsに基づいてトルク比TRを演算して低速応答用目標トルクTQaが演算されるようになっている。
【0058】
図4は、実施の形態1に係るアイドル制御装置の動作を説明するためのタイミングチャートであり、図4には、図6および図7と同じ項目の動作状態が記載されている。
また、図4についても図7と同様、ECU6内のメモリに記憶させておいた「点火時期−トルク特性」と、実際の「点火時期−トルク特性」と、にずれが有る状態で、補機負荷の1つが作動を開始して直ぐに作動停止したときを示す動作として示されている。
【0059】
図4において、補機負荷が作動して補機負荷トルクが増加すると、これに応じて目標トルクTQtが増加して吸入空気量(図示せず)を増加させるが、吸入空気量には応答遅れがあるため、基本点火時期IGbで実現できるトルクは目標トルクTQtに対して不足(斜線A部分)が生じる。
しかし、その不足分は目標点火時期IGtを進角させることで相殺されるはずであるが、図7の場合と同様、マップデータと真の特性とにずれがあるため、空気量の増加に伴なう特性ずれの影響により、最終点火時期IGo(=目標点火時期IGt)に対する実際に発生するトルクが少なめとなって回転速度NEの低下が発生する。
なお、このとき、目標点火時期IGtは進角側へ変化しているが回転速度NEが目標回転速度NEtよりも低くなっているため、点火時期変化量制限手段26による目標点火時期IGtの進角側への変化量は制限されず、最終点火時期IGo(=目標点火時期IGt)による点火時期で制御される。
【0060】
続いて、作動していた補機負荷が停止して補機負荷トルクが元のトルク値に戻ると、これに応じて目標トルクTQtも元の値に戻り、今度は、吸入空気量を減少させるが、吸入空気量には応答遅れがあるため、空気量だけで実現される空気トルクは目標トルクTQt
に対して過剰(斜線B部分)が生じる。このとき、目標点火時期IGtは図7同様、遅角側へ変化するが、回転速度NEが目標回転速度NEtよりも低くなっているため、点火時期変化量制限手段26による目標点火時期IGtの遅角側への変化量が制限された点火時期制限値(図4の1点鎖線C)に最終点火時期IGoが制限され、特性ずれに起因したトルク不足が改善し、回転速度NEが大きく低下することが解消される。
【0061】
なお、図4における点火時期制限値IGcは、図3のステップS107で説明したように、目標点火時期IGtの変更を制限する固定値Cとして設定されているが、回転速度の低下量が小さいときほど、より遅角側の値とし、回転速度の低下量が大きくなるほど、より進角側の値とすることで、回転速度の低下量に応じて目標回転速度NEtへの収束性を更に最適化することが可能となる。
そのためには、点火時期制限値IGcは、図5の実線(A)に示すように、目標回転速度NEtと回転速度NEとの回転偏差△NE(=NEt−NE)に応じた変数として設定される。
また、図5の一点鎖線(B)に示すように、回転低下時に特化させて、回転偏差△NE>0のときにのみ点火時期制限値IGcによる制限が掛かるようにしても良い。
【0062】
以上のように、本発明に係るエンジンのアイドル制御装置によれば、制御装置内のメモリに記憶させておいた「点火時期−トルク特性」と、実際のエンジン特性としての「点火時期−発生トルク特性」とのずれに起因して、アイドル時の回転速度が目標回転速度より低下しているにも関わらず、目標トルクに従って制御された吸入空気量に基づいて算出された目標点火時期が遅角側の値となってしまい、目標回転速度への復帰が遅れて不快な車両振動が発生したりエンストに至ることが防止される。
【符号の説明】
【0063】
1 エンジン 1a 気筒
1b 燃焼室 1c 吸気弁
1d 排気弁 1e ピストン
1f クランク軸 1g カム軸
1h コネテクティングロッド 2 点火プラグ
3 燃料噴射弁 4 吸気通路
5 電子制御スロットル 5a スロットルバルブ
5b モータ 5c スロットル開度センサ
6 エンジン制御ユニット(ECU) 7 アクセルペダル
8 アクセルポジションセンサ 9 クランク角センサ
10 カム角センサ 11 水温センサ
12 エアフローセンサ 13 点火コイル
14 エアクリーナ 15 サージタンク
16 エキゾーストマニホールド 17 触媒
20 アイドル検出手段 21 回転速度検出手段
22 吸入空気量検出手段 23 目標回転速度演算手段
24 目標トルク演算手段 25 目標点火時期演算手段
26 点火時期変化量制限手段 27 高速応答トルク制御手段
28 目標点火時期トルク演算手段 29 トルク比演算手段
30 低速応答用目標トルク演算手段 31 基本点火時期演算手段
32 目標吸入空気量演算手段 33 低速応答トルク制御手段
NE 回転速度 NEt 目標回転速度
QA 吸入空気量 QAt 目標吸入空気量
IGt 目標点火時期 IGo 最終点火時期
IGb 基本点火時期 TR トルク比
TQt 目標トルク TQa 低速応答用目標トルク
TQs 目標点火時期IGtで発生する目標点火時期トルク

【特許請求の範囲】
【請求項1】
エンジンがアイドル運転状態であることを検出するアイドル検出手段と、
前記エンジンの回転速度を検出する回転速度検出手段と、
前記エンジンがアイドル運転状態のときの目標回転速度を演算する目標回転速度演算手段と、
前記エンジンに吸入される吸入空気量を検出する吸入空気量検出手段と、
前記エンジンがアイドル運転状態のときの目標トルクを演算する目標トルク演算手段と、前記回転速度と前記吸入空気量と前記目標トルクとに基づいて前記吸入空気量において前記目標トルクを発生させるための目標点火時期を演算する目標点火時期演算手段と、
前記回転速度と前記目標回転速度と前記目標トルクとに基づいて前記目標点火時期の変更を制限する点火時期制限値を設定するとともに前記点火時期制限値により制限された後の点火時期を最終点火時期として決定する点火時期変化量制限手段と、
前記最終点火時期において点火プラグによる火花放電が開始されるように点火コイルの駆動を制御する高速応答トルク制御手段と、
前記回転速度と前記吸入空気量と前記目標点火時期とに基づいて前記目標点火時期で発生する目標点火時期トルクを演算する目標点火時期トルク演算手段と、
前記目標トルクに対する前記目標点火時期トルクの比率(トルク比)を演算するトルク比演算手段と、
前記目標トルクと前記トルク比とに基づいて低速応答用目標トルクを演算する低速応答用目標トルク演算手段と、
前記エンジンの運転状態に応じて決定される基本点火時期を演算する基本点火時期演算手段と、
前記低速応答用目標トルクと前記回転速度と前記基本点火時期とに基づいて前記低速応答用目標トルクを発生するための目標吸入空気量を演算する目標吸入空気量演算手段と、
前記吸入空気量が前記目標吸入空気量と一致するようにスロットルバルブの開度を制御する低速応答トルク制御手段と、
を備えたことを特徴とするエンジンのアイドル制御装置。
【請求項2】
前記点火時期変化量制限手段は、少なくとも、前記回転速度が前記目標回転速度よりも低下しているときに前記目標点火時期の遅角側への変化量を制限することを特徴とする請求項1記載のエンジンのアイドル制御装置。
【請求項3】
前記点火時期変化量制限手段は、前記回転速度と前記目標回転速度との偏差に基づいて前記点火時期変化量制限値を補正することを特徴とする請求項1または2記載のエンジンのアイドル制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2012−127228(P2012−127228A)
【公開日】平成24年7月5日(2012.7.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−277958(P2010−277958)
【出願日】平成22年12月14日(2010.12.14)
【出願人】(000006013)三菱電機株式会社 (33,312)
【Fターム(参考)】