説明

クランクシャフト及びその製造方法

【課題】 表面に軟窒化処理が施されているにも拘わらず、これまでの材料と同等以上の製造性を有し、かつ、高い疲労強度も両立させたクランクシャフトを提供する。
【解決手段】 表面に軟窒化処理が施された鋼よりなる、ピン部及びジャーナル部を有するクランクシャフトにおいて、前記ピン部及びジャーナル部をなす前記軟窒化処理された鋼表層部に、焼入れ誘起マルテンサイト相と、該焼入れ誘起マルテンサイト相が生成する際の残留オーステナイト相を、塑性加工によりマルテンサイト変態させた加工誘起マルテンサイト相とが混在した表層焼入れ加工層が形成されてなる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、表面に軟窒化層を有した鋼からなるクランクシャフトと、その製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
【特許文献1】特開平10−030632号公報
【特許文献2】特開平06−128690号公報
【特許文献3】特開平05−279795号公報
【特許文献4】特開平05−279794号公報
【0003】
自動車用のクランクシャフトは、大きなねじり負荷と曲げ負荷とが繰り返し作用する環境下で使用されるため、静的強度と疲労強度とに優れていることが要求される。他方、非常に大形で形状も複雑な部材なので、基本的には熱間鍛造後、焼入焼き戻しを行なわない非調質鋼にて製造するのが一般的である。この場合、強度確保のため最終的には鋼表面の硬化処理が必要であるが、特許文献1〜4には、その表面効果処理として軟窒化処理を用いる方法が開示されている。軟窒化処理は、A1変態点以下、一般には570℃程度の温度で、例えばアンモニアガス雰囲気中で被処理物を処理して、窒素とともに一部の炭素を鋼中に浸入させ、窒化物や炭窒化物を生成させて表層部を硬化させるものである。このような軟窒化処理は、浸炭焼入法のように被処理物に歪を生じることが少なく、また窒化法のように処理に長時間を要することもないため、自動車用の大形エンジン部品であるクランクシャフトの量産に適している。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、自動車用クランクシャフトとはエンジンの高出力化や高回転化などに対応し、優れた疲労強度特性が要求され、近年では、小型化などの要求なども加味されているため、さらなる疲労強度の改善が要求されている。クラシックシャフトの製造は鋳造工法と鍛造工法に大別されるが、鋳造品は鍛造品に比べてヤング率、非強度が低いため、強度を重視される場合には鍛造工法によって製造されてきた。また、熱間鍛造状態のままでは十分な強度を得ることができないので、高周波焼入れ処理や軟窒化処理などの表面効果処理を施している。また、他の強化手法としてはピンやジャーナル部根元のR部にロール加工を行い、冷間域での塑性変形を与えることで強化する手法などが用いられている。
【0005】
クランクシャフトには、曲げ負荷とねじり負荷が同時に作用することになるが、曲げ負荷による最大の応力はピンやジャーナルの根元R部に作用し、一般的にはR部が最弱部位となる。一方、ねじり負荷ではピンやジャーナルの根元R部に作用する応力の他に、コンロッド内面に潤滑油を供給するオイル穴部にも大きな応力が作用するため、ピンやジャーナルの根元R部に加えてオイル穴部も強化する必要がある。
【0006】
高周波焼入れ処理では、ピンやジャーナルの根元R部を硬化させるR焼入れ処理などが実用化されており曲げ疲労強度を改善しているが、オイル穴部を強化することが困難とされるため、ねじり疲労強度が十分に改善されないために、部品としての疲労強度特性を改善することが困難である。
【0007】
また、軟窒化処理では、ピンやジャーナルの根元R部に加えてオイル穴内部も強化することはできるが、軟窒化処理によって硬化できる深さは0.5mm以下の浅い領域であり高周波焼入れ処理に比べて硬化層深さが浅いために、曲げ疲労強度を改善することが困難である。また、軟窒化処理では600℃前後の温度域に加熱保持されるので、加熱による熱影響でNが侵入しない内部の硬度は、処理前に比べて低くなることが一般的である。クランクシャフトの製造工程では、鍛造後に機械加工を行うことが一般的であり、機械加工の観点から内部硬さは低めとするために、軟窒化処理では心部硬さも低く疲労強度の改善には不利であった。他方、ロールによって加工を行うと塑性変形によって硬度が増加し、また、圧縮の残留応力が付与されるので高強度化手法として採用されている。しかし、この方法では、素材状態から著しく硬さを増加させること(例えばビッカース硬さにて200Hv以上)は困難であり、同様に高強度化には限界があった。
【0008】
本発明の課題は、表面に軟窒化処理が施されているにも拘わらず、これまでの材料と同等以上の製造性を有し、かつ、高い疲労強度も両立させたクランクシャフトと、その製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段及び作用・効果】
【0009】
上記課題を解決するため、本発明のクランクシャフトは、
表面に軟窒化処理が施された鋼よりなる、ピン部及びジャーナル部を有するクランクシャフトであって、前記ピン部及びジャーナル部をなす前記軟窒化処理された鋼表層部に、焼入れ誘起マルテンサイト相と、該焼入れ誘起マルテンサイト相が生成する際の残留オーステナイト相を、塑性加工によりマルテンサイト変態させた加工誘起マルテンサイト相とが混在した表層焼入れ加工層が形成されてなることを特徴とする。
【0010】
また、本発明のクランクシャフトの製造方法は、上記本発明のクランクシャフトの製造方法であって、
鋼を、ピン部及びジャーナル部を有し部材形状に加工した後に、ピン部及びピン部を含めた部材表面に軟窒化処理を施す軟窒化工程と、
軟窒化処理後の部材の表層部に表面焼入れ処理を施す表面焼入れ工程と、
表面焼入れ後の部材の少なくとも表層部に塑性加工を施すことにより、焼入れ誘起マルテンサイト相が生成する際の残留オーステナイト相を加工誘起マルテンサイト変態させて表層焼入れ加工層を形成する塑性加工工程と、
を有したことを特徴とする。
【0011】
本発明によると、クランクシャフトをなす鋼の表面(特にピン部とジャーナル部)に軟窒化処理を施した上、さらに高周波焼入れ等による表面焼入れ処理を、表層近傍に残留オーステナイト相を残存させた形で実施し、さらにこの残留オーステナイト相を塑性加工によってマルテンサイトに変態させる。これによって、加工硬化だけでなくマルテンサイト変態による硬さの増加も加わり、さらには、圧縮の残留応力が付与されることによって、大幅な疲労強度の改善を図ることができる。これにより、表面に軟窒化処理が施されているにも拘わらず、これまでの材料と同等以上の製造性を有し、かつ、高い疲労強度も両立させたクランクシャフトが実現する。
【0012】
前述のごとく、クランクシャフトでは、コンロッド内面に潤滑油を供給する注油用の孔部にも大きな応力が作用するため、ピンやジャーナルの根元R部に加えて注油用の孔部も強化することが重要な課題となる。本発明では、軟窒化処理に加えて表面焼入れ処理と、その残留オーステナイト相に対する加工誘起マルテンサイト変態とを組み合わせることで、ピン部に注油用の孔部が形成されている場合も、これを無理なく十分に強化することができ、部品全体としての疲労強度特性を大幅に改善することができる。
【0013】
クランクシャフトにおいて良好な疲労強度を確保するためには、表層焼入れ加工層の表面のビッカース硬さを800Hv以上(技術的に実現可能な上限限界値は、例えば1000Hv程度である)に確保することが望ましい。表層焼入れ加工層の表面固さを800Hv以上とするには、上記の加工誘起マルテンサイト相を、鋼表面から0.1mmの位置において残留オーステナイト相が組織断面での面積比率にて20%以上80%以下の範囲となるように焼入れ誘起マルテンサイト相を生成させた後、変形歪が25%以上60%以下となるように塑性加工を施して形成されたものとすることが望ましい。残留オーステナイト相が20%未満では、焼き入れ歪が著しくなるとともに、加工誘起マルテンサイト変態により硬さをアップするためのマージンがほとんどなくなる。他方、残留オーステナイト相が80%を超えると、塑性加工工程を経ても表層焼入れ加工層の表面のビッカース硬さを800Hv以上に確保することが困難となる。
【0014】
表面焼入れ処理は本発明において重要な役割を果たす工程であり、安定した残留オーステナイト相を得るために不可欠な工程である。本発明における表面焼入れ処理は、一般に行われている高周波焼入れ処理等とは目的が異なるので、他の焼入れ処理(例えば、大気加熱炉を用いた焼入処理など)で代替することも可能である。しかし、長時間に渡って高温で加熱保持されると鋼中表層に存在する高濃度のNが内部に拡散して、焼入れ処理後に残留オーステナイト相を得ることが困難になるので短時間の加熱処理が有効であり、この観点で高周波焼入れを採用することが望ましいといえる。
【0015】
また、軟窒化処理は本発明において重要な役割を果たす工程であり、表面焼入れ処理によって安定した残留オーステナイト相を得るために不可欠な工程である。軟窒化処理の手法はガス軟窒化処理、塩浴窒化などのいずれの窒化、軟窒化の手法でも問題なく採用できる。高Nの得られる領域が深いほど、疲労強度向上に有利であることはいうまでもないが、表面焼入れ処理を行った後に安定して20%以上の残留オーステナイト相を得るには、表層直下0.1mmの深さに0.1質量%以上1質量%以下のNを含有させることが必要である。
【0016】
また、塑性加工工程は、残留オーステナイト相をマルテンサイトに誘起変態させて加工部の硬さを増加させ、疲労強度を向上するのに不可欠の工程である。塑性加工工程は、例えばロール加工にて実施できるが、ショットピーニングなど、他の塑性加工の手法を用いることも可能である。前述の残留オーステナイト相の形成範囲で、表層焼入れ加工層の表面のビッカース硬さを800Hv以上に確保するために、塑性加工工程で与える変形歪は25%以上60%以下の範囲で適宜設定することになる。
【0017】
本発明においては、鋼の表層近傍にのみ残留オーステナイト相を残存させることが必要とされる。汎用の機械構造用鋼では焼入れ処理を施すことにより残留オーステナイト相を得ることができるが、そのためには鋼の主成分として多量のMnやNiなどを含有させることが必要であり、素材硬さは大幅に増加するものの機械加工性が著しく劣化する問題がある。他方、多量のNを含有させた鋼を急冷することにより残留オーステナイト相を得ることも可能であるが、鋼中に多量のNを含有させるには多量のCrを添加することが必要であり、同様に素材硬さが上昇し機械加工性が劣化する。また、JISに規定されている機械構造用鋼の成分系では、大気中で溶解した場合に含有されるNの含有率は精々0.03質量%レベルであり、残留オーステナイト相を安定して得るために十分なN含有率を確保することができない。
【0018】
本発明においては、多量の合金元素を添加することなく安定して残留オーステナイト相を得る手法も検討し、軟窒化処理を事前に行うことで表層近傍に高Nの領域を得た後に、鋼種は焼入れ処理を行うことで表層部のみに残留オーステナイト相を残存させる手法を見いだした。さらに、上記によって得られた残留オーステナイト相をロール加工などの塑性加工を与えることでマルテンサイト組織に誘起変態させ大幅な硬さ増加を達成し、かつ、加工硬化による硬さ増加と圧縮残留応力の硬化によって大幅な疲労強度の向上が期待できる。
【0019】
そのためには、具体的な鋼の組成として、
C:0.20質量%以上0.50質量%以下、
Si:0.05質量%以上0.7質量%以下、
Mn:0.3質量%以上1.6質量%以下、
Cr:0.05質量%以上0.5質量%以下、
Ni:0.1質量%以上0.5質量%以下、
残部がFe及び不可避不純物からなるものを採用することが望ましい。
【0020】
以下、上記鋼組成の限定理由について説明する。
C:0.20質量%以上0.50質量%以下
Cは部品強度に影響する元素である。本発明による高強度化の手法を採用しても、クランク内部の硬さが確保されなければ高強度化を達成することができない。クランクとして必要な内部の硬さを確保するためには、0.20質量%以上のCを含有させることが望ましい。また、0.50質量%を超えて多量に含有されると熱間鍛造後の硬さが上昇し機械加工性を劣化させるので、C量の上限は0.50質量%とすることが望ましい。より望ましくは0.3質量%以上0.5質量%以下とするのがよい。
【0021】
Si:0.05質量%以上0.7質量%以下
Siは溶製時の脱酸剤として含有され、また焼入れ性を向上させる元素である。0.05質量%未満では所望の効果が得られず、0.7質量%を超えて多量に添加されると被削性を低下させる。より望ましくは0.1質量%以上0.4質量%以下とするのがよい。
【0022】
Mn:0.3質量%以上1.6質量%以下
MnはSiと同様に脱酸剤として含有され、焼入性を向上する元素である。0.3質量%以下では所望の硬さが得られず、1.6質量%を超えて多量に添加されると、熱間鍛造後の硬さを大幅に上昇させ、被削性が著しく低下する。より望ましくは0.4質量%以上1.2質量%以下とするのがよい。
【0023】
Cr:0.1質量%以上1.0質量%以下
Crは鋼の靱性を改善し、疲労強度を改善する効果を有する。また、軟窒化処理を施した場合、表層硬さを増加させる効果を有している。特に、注油用の孔部内部は軟窒化処理ままの状態となるので、Crを用いて高硬さを得ることが必要であり、この効果を得るために0.05質量%以上を含有させることが必要である。しかし、0.5質量%を超えて多量に含有すると窒化深さが浅くなり強度低下を生じる。より望ましくは0.05質量%以上0.3質量%以下とするのがよい。
【0024】
Ni:0.1質量%以上0.5質量%以下
NiもCrと同様に鋼の靱性を改善し、疲労強度を改善する効果を有する。0.1質量%より含有される量が少ないと所望の効果が得られないので、Niの下限を0.1質量%に限定した。しかし、0.5質量%を超えて多量に含有されると熱間鍛造後の硬さが増加し機械加工性を劣化させる。より望ましくは0.1質量%以上0.3質量%以下とするのがよい。
【0025】
上記鋼には、さらに以下の元素を含有させることができる。
Mo:0.10質量%以上2.0質量%
V:0.1質量%以上0.5質量%
Nb:0.02質量%以上0.2質量%
Ti:0.02質量%以上0.2質量%
Mo、V、Nb、Tiは軟窒化処理時の加熱保持の過程で鋼中の炭素と結合して炭化物を生成し内部硬さを増加させ、疲労強度の改善に有効な元素である。単独で用いても、複合して用いても同様の効果を有しているので、目標とする強度に併せて添加する。この際、それぞれの元素は、上記の下限値以下では十分な効果がえられない。また、各上限値を超えて含有すると、Mo、Vは熱間鍛造後の素材硬さを大幅に増加し被削性の劣化を生じ、Nb、Tiでは鋼の凝固時に大型の炭窒化物を生成し介在物として鋼中に残存し、破壊の起点となり疲労強度が低下する一因となる。Moは、より望ましくは0.1質量%以上1.0質量%以下とするのがよい。Vは、より望ましくは0.1質量%以上0.3質量%以下とするのがよい。Nbは、より望ましくは0.02質量%以上0.1質量%以下とするのがよい。Tiは、より望ましくは0.02質量%以上0.1質量%以下とするのがよい。
【0026】
S:0.01質量%以上0.10質量%以下
Ca:Ca:0.0010質量%以上0.0050質量%以下
SとCaは被削性を改善する目的で添加する。Sは鋼中のMnと結合してMnSを生成し、工具寿命の改善や切粉の破砕性に有効である。この効果を得るためにSは0.01質量%以上含有する必要がある。一方、0.1質量%を超えて多量に含有すると熱間鍛造時に割れ発生を生じることがある。CaはCa酸化物などを生成し切削工具表面にCaが付着することで工具寿命を改善する効果が得られるので0.0010質量%以上を添加する。しかし、0.0050質量%を超えて多量に含有しても効果が飽和する。Sは、より望ましくは0.04質量%以上0.1質量%以下とするのがよい。Caは、より望ましくは0.001質量%以上0.004質量%以下とするのがよい。
【0027】
なお、本発明にて使用する鋼には、本発明の前述の効果が損なわれない範囲にて上記必須成分以外の成分、例えばCu、Ni、P及びOなどが含有されていてもよい。Cu及びNiは、0.10質量%程度までであれば、スクラップ等から不可避不純物として混入する可能性もある。また、P及びOは製鋼工程上の不可避不純物として混入しうる元素であるが、Pは鋼の靭性を低下させるので、その含有率は0.0030質量%以下とするのがよい。
【発明を実施するための最良の形態】
【0028】
図1は、本発明のクランクシャフトの一例を示すものである。該クランクシャフト1は、回転軸線Oの方向に所定の間隔にて配置されたクランクアーム2を、回転軸線Oと中心軸線が一致するように配置されるジャーナル部4と、回転軸線Oから半径方向に一定距離隔たった位置に中心軸線を有するピン部5とにより、交互に連結した構造を有してなる。ピン部5には、注油用の孔部8が形成されている。クランクアーム2は、隣接するクランクアーム2と対向する面が平面状の基面2aとされた基面形成部を形成する。ジャーナル部4及びピン部5(軸状部)の突出基端部には、基面2a側に向かうほど外径を漸増させるフィレット部7が形成されている。突出基端縁は凹状であり、曲げ負荷が作用したときに応力集中しやすいが、上記のようなフィレット部7を形成しておくと、応力集中が緩和され、曲げ強度を高めることができる。
【0029】
ジャーナル部4及びピン部5はいずれも円形断面の軸状に形成されてなり、既に説明した組成の鋼を熱間鍛造後、その外周面全体に軟窒化処理が施され、さらに高周波焼入れ後、ロール加工を施すことによって、焼入れ加工層が形成されている。このようなクランクシャフト1は、以下のようにして製造される。まず、既に詳しく例示した組成の鋼が得られるように原料を溶解・鋳造後、分塊された鋼素材を熱間鍛造し、空冷する。この状態で、必要な形状に切削加工後、部材にはアンモニアガス雰囲気中で軟窒化処理を施す。軟窒化処理は表層直下0.1mmの深さに0.1質量%以上1.0質量%以下のNを含有させるように実施する。この際の標準的な軟窒化処理は、例えば600℃の加熱で60分程度の処理である。その後、矯正ロール等を用いた周知の冷間矯正加工を施して、軟窒化処理時に生じた部材の変形や歪等を矯正する。
【0030】
次に、軟窒化処理された鋼の表面に高周波焼入れを施す。この高周波焼入れ処理は、鋼表面から0.1mmの位置において残留オーステナイト相が組織断面での面積比率にて20%以上80%以下の範囲となるように施す。具体的には、900℃から1100℃の温度域で2〜6秒(例えば4秒)の加熱を行った後に水冷すればよい。
【0031】
高周波焼入れが終了した鋼の表面に、ロール加工により塑性加工を施す。このロール加工は、変形歪が25%以上60%以下となるように実施する。図2に、ロール加工の概念図を示す。
これにより、表層焼入れ加工層の表面のビッカース硬さが800Hv以上1000Hv以下の確保できる。
【実施例】
【0032】
以下、本発明の効果を確認するために行なった実験結果について説明する。
表1に示す化学組成を有する鋼を5tonアーク炉、或いは150kg高周波真空誘導炉にて溶製した。得られた鋼塊は、直径90mmの丸棒に圧延、或いは鍛造した。上記90mmの丸棒から20mmの丸棒を切り出し、炭素量に応じて標準的な温度域に加熱し、0.5℃/sの冷却速度で冷却した。この冷却速度は、一般的なクランクシャフトを熱間鍛造し放冷した場合のピン部、ジャーナル部の冷却速度と同等の冷却速度である。さらに、機械加工によって直径16mm、長さ210mmの丸棒を製造し、小野式回転曲げ疲労試験の素材とした。なお、試験片は図2に示す形状であり、平行部の外径は、ロール加工後に直径8mmとなるよう、設定に加工率に応じて適宜調整した。なお、加工率の定義は、(初期断面積−加工後の断面積)÷加工後の断面積である。
【0033】
【表1】

【0034】
次に、上記の試験片を量産のガス軟窒化炉に装入し、600℃×120分のガス軟窒化処理を施した。軟窒化処理後の試験片は、出力20kW、周波数10kHzの高周波焼入れ装置により、定置焼入れで1.5秒保持の後に水冷する高周波焼入れ処理にて実施した。そして、軟窒化処理後の表面から0.1mm深さ位置のN分析値を、X線マイクロアナライザーによって求めた。続いて、高周波焼入れ処理後の試験片の、表面から0.1mm深さにおける残留オーステナイト相量を、断面の微小X線回折装置によって評価した。これらの結果を表1に示す。
【0035】
さらに、高周波焼入れ処理後の試験片平行部に、図3に示すような端部の曲率半径1R、角度60度のロールを押し当て、試験片とロールとを相対回転させるとともに、ロールの負荷を変化させて塑性加工し、その加工部の硬さを測定した。また、加工前(高周波焼入れ後の)表面硬さも測定してある。なお、表面硬さとは、試料横断面のサンプルを使用し0.1mm位置の硬さをビッカース硬度計で5点測定したときの平均値である。また、小野式回転曲げ疲労試験機による疲労試験も行なった。さらに、被削性の評価を、クランクシャフトの加工の中で最も重要とされておる油孔の加工を模擬したガンドリル加工性の評価にて行った。ガンドリル穴あけ加工の評価は、異音や工具折損による切削不能になるまでの加工穴数を切削性の指標として評価した。なお、切削条件は、直径6mmの超硬製ガンドリルで、切削速度:150m/min、送り:0.04mm/rev、穴深さ:60mmとした。なお、結果については、一般構造用鋼S48CMについて行なった参考結果の工具寿命を100として相対評価した。以上の結果を表1に示す。本発明の要件を充足するクランクシャフトはロール加工後の表層硬さが良好で疲労寿命も高く、また、熱間鍛造後の芯部硬さが適度に高く、強度と被削性とのバランスも良好である。
【図面の簡単な説明】
【0036】
【図1】クランクシャフトの一例を示す正面図。
【図2】試験片の説明図。
【図3】図2の試験片の塑性加工に用いたロールの説明図。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
表面に軟窒化処理が施された鋼よりなる、ピン部及びジャーナル部を有するクランクシャフトであって、前記ピン部及びジャーナル部をなす前記軟窒化処理された鋼表層部に、焼入れ誘起マルテンサイト相と、該焼入れ誘起マルテンサイト相が生成する際の残留オーステナイト相を、塑性加工によりマルテンサイト変態させた加工誘起マルテンサイト相とが混在した表層焼入れ加工層が形成されてなることを特徴とするクランクシャフト。
【請求項2】
前記ピン部は注油用の孔部を有する請求項1記載のクランクシャフト。
【請求項3】
前記表層焼入れ加工層の表面のビッカース硬さが800Hv以上である請求項1又は請求項2に記載のクランクシャフト。
【請求項4】
前記加工誘起マルテンサイト相は、前記鋼表面から0.1mmの位置において前記残留オーステナイト相が組織断面での面積比率にて20%以上80%以下の範囲となるように前記焼入れ誘起マルテンサイト相を生成させた後、変形歪が25%以上60%以下となるように前記塑性加工を施して形成されたものである請求項3記載のクランクシャフト。
【請求項5】
前記軟窒化処理は、鋼表面から0.1mmの位置における表面から0.1mm位置におけるN含有率が0.1%以上となるように施される請求項4記載のクランクシャフト。
【請求項6】
前記鋼は、
C:0.20質量%以上0.50質量%以下、
Si:0.05質量%以上0.7質量%以下、
Mn:0.3質量%以上1.6質量%以下、
Cr:0.05質量%以上0.5質量%以下、
Ni:0.1質量%以上0.5質量%以下、
残部がFe及び不可避不純物からなる請求項1ないし請求項5のいずれか1項に記載のクランクシャフト。
【請求項7】
前記鋼は、さらに、
Mo:0.10質量%以上2.0質量%以下、
V:0.1質量%以上0.5質量%以下、
Nb:0.02質量%以上0.2質量%以下、及び、
Ti:0.02質量%以上0.2質量%以下、
のうちの1種または2種以上を含有する請求項6記載のクランクシャフト。
【請求項8】
前記鋼は、さらに、
S:0.01質量%以上0.10質量%以下、及び、
Ca:0.0010質量%以上0.0050質量%以下、
の1種または2種を含有する請求項6又は請求項7に記載のクランクシャフト。
【請求項9】
請求項1記載のクランクシャフトの製造方法であって、
前記鋼を、前記ピン部及びジャーナル部を有し部材形状に加工した後に、前記ピン部及びピン部を含めた部材表面に軟窒化処理を施す軟窒化工程と、
前記軟窒化処理後の部材の表層部に表面焼入れ処理を施す表面焼入れ工程と、
前記表面焼入れ後の部材の少なくとも表層部に塑性加工を施すことにより、焼入れ誘起マルテンサイト相が生成する際の残留オーステナイト相を加工誘起マルテンサイト変態させて前記表層焼入れ加工層を形成する塑性加工工程と、
を有したことを特徴とするクランクシャフトの製造方法。
【請求項10】
前記表面焼入れ工程において、前記鋼表面から0.1mmの位置において前記残留オーステナイト相が組織断面での面積比率にて20%以上80%以下の範囲となるように前記焼入れ誘起マルテンサイト相を生成させ、
前記塑性加工工程において前記塑性加工を、変形歪が25%以上60%以下となるように施こす請求項9記載のクランクシャフトの製造方法。
【請求項11】
前記軟窒化工程において前記軟窒化処理は、鋼表面から0.1mmの位置における表面から0.1mm位置におけるN含有率が0.1%以上となるように実施される請求項9又は請求項10に記載のクランクシャフト。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2006−292108(P2006−292108A)
【公開日】平成18年10月26日(2006.10.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−115132(P2005−115132)
【出願日】平成17年4月12日(2005.4.12)
【出願人】(000003713)大同特殊鋼株式会社 (916)
【出願人】(000005326)本田技研工業株式会社 (23,863)
【Fターム(参考)】