説明

シリンダライナとピストンリングの組み合わせ

【課題】シリンダライナとピストンリングの組み合わせで軽量化、低フリクション化、摩耗低減する。
【解決手段】シリンダライナ1の組成を、珪素:23.0〜28.0質量%(以下同じ)、マグネシウム:0.80〜2.0、銅:3.0〜4.5、鉄:0.25以下、ニッケル:0.01以下、残部:不可避不純物及びアルミニウムとし、その内周面の表面粗さをRz=0.5〜1.0μm、Rk=0.2〜0.4μm、Rpk=0.05〜0.1μm、Rvk=0.08〜0.2μm、とし、一方、ピストンリングの組成を、炭素:0.6〜0.7、クロム:12〜14、モリブデン:0.2〜0.4、珪素:1.0以下、マンガン:1.0以下、残部:不可避的不純物及び鉄とし、直径5.0μm以下の炭化物を、面積率が4〜10%の割合で含有せしめ、その外周摺動面の表面粗さをRz=0.8μm以下、Rpk=0.15μm以下とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はシリンダライナとピストンリングの組み合わせに関する。さらに具体的には、自動車、芝刈り機、発電機等に用いる内燃機関において用いられるシリンダライナと、当該シリンダライナの内周面と摺動するピストンリングとの組み合わせに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、燃費の向上および運動性能の向上を図るため自動車全体の軽量化が促進されており、当該自動車全体の軽量化に伴い、そのエンジンも当然に軽量化の対象となっている。
【0003】
エンジンの軽量化を図るため、シリンダライナおよびこれを鋳包むシリンダブロックともにマグネシウム合金やアルミニウム合金などに代表される軽合金を用いることが開発されている。このようなシリンダライナやシリンダブロックの具体例としては、例えば、特許文献1〜5を挙げることができる。
【0004】
特許文献1〜3には、繊維強化材を用いたアルミニウム合金により形成されたシリンダライナと、これを鋳包むアルミニウム合金製のシリンダブロックが開示されている。また、特許文献4には、過共晶アルミニウム−珪素合金からなるシリンダライナと、これを鋳包むアルミニウム合金製のシリンダブロックが開示されている。
【0005】
一方で、シリンダライナの内周面に接しつつ摺動するピストンリングにあっても、前記エンジンの軽量化の目的を達成すべく、さらには、前述したような様々なシリンダライナに合わせて開発が行われている。
【0006】
例えば、特許文献5には、前記特許文献4に開示されているシリンダライナと組み合わせるためのピストンリングが開示されている。
【特許文献1】特開昭63−038567号公報
【特許文献2】特開平03−267549号公報
【特許文献3】特開平04−076251号公報
【特許文献4】特開平09−019757号公報
【特許文献5】特開平11−287326号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献5に開示されているシリンダライナとピストンリングの組み合わせでは十分な性能が得られなく、さらなる改良の余地がある。
【0008】
具体的は、例えば、近年は燃費向上を目的として、シリンダライナとピストンリングとの摩擦力を低減する動きがあり、ピストンリングの合計張力をボア径で割ることに得られる張力比(N/m)を小さくするように考慮されているところ、特許文献5に開示されているシリンダライナとピストンリングの組み合わせにあっては、この考慮はされておらず、十分な性能が得られているとは言い難い。
【0009】
また、特許文献4に開示されているシリンダライナにあっても、十分な性能が得られているとは言えず、例えば、当該シリンダライナにあっては化学研磨(エッチング)により、珪素一次結晶およびAlCuやMgSi等の金属間化合物と基地であるAl合金との段差や、これら化合物の摺動面基地側へ伸びるコーナーエッジがピストンリングと摺動する際、ピストンリングとの摩擦力が大きくなってしまう問題があった。また、オイルリングのように、比較的ピストンリングの張力が大きい場合(圧力リングに対し約10倍程度)には、リングの耐摩耗性やシリンダライナへの相手攻撃性が問題となる場合もあった。
【0010】
さらに、前記特許文献1〜5に限らず、従来からシリンダライナとピストンリングとは別個に開発される場合が多く、エンジン全体の軽量化はもとより、シリンダライナとピストンリングとの低フリクション化、さらには互いの摩耗量の低減等を、シリンダライナとピストンリングの総合力で解決することまで考慮がされていなかった。
【0011】
本発明は、このような状況においてなされたものであり、現在のエンジンの軽量化の要請に応えることができ、かつ、シリンダライナとピストンリングの低フリクション化、互いの摩耗量の低減、および耐スカッフ性の向上を図ることが可能な、これらの最適な組み合わせを提供することを主たる課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題を解決するために、本願発明者は鋭意研究をした結果、シリンダライナとピストンリングとの面圧を考慮しつつ、それぞれの組成、表面粗さ等、種々のパラメータを決定すべきことを見いだし、本発明を開発した。
【0013】
すなわち、上記課題を解決するための本願第一の発明は、内燃機関に用いられるシリンダライナと、当該シリンダライナの内周面に、面圧0.03〜0.2MPaで摺動するピストンリングとの組み合わせであって、前記シリンダライナは、その組成が、(組成A)珪素:23.0〜28.0質量%、マグネシウム:0.80〜2.0質量%、銅:3.0〜4.5質量%、鉄:0.25質量%以下、ニッケル:0.01質量%以下、残部:不可避不純物及びアルミニウム、もしくは、(組成B)珪素:23.0〜28.0質量%、マグネシウム:0.80〜2.0質量%、銅:3.0〜4.5質量%、鉄:1.0〜1.4質量%、ニッケル:1.0〜5.0質量%、残部:不可避不純物及びアルミニウム、の何れかであり、その内周面の表面粗さが、JIS B 0601(1994)に基づく十点平均粗さRz=0.5〜1.0μm、DIN4776規格に基づく有効負荷粗さRk=0.2〜0.4μm、DIN4776規格に基づく初期摩耗高さRpk=0.05〜0.1μm、DIN4776規格に基づく油溜まり深さRvk=0.08〜0.2μm、であって、一方、前記ピストンリングは、その組成が、炭素:0.6〜0.7質量%、クロム:13〜14質量%、モリブデン:0.2〜0.4質量%、珪素:0.25〜0.50質量%、マンガン:0.2〜0.5質量%、残部:不可避不純物及び鉄、であり、直径5.0μm以下の炭化物を、面積率が4〜10%の割合で含有し、かつ、外周摺動面の表面粗さが、JIS B 0601(1994)に基づく十点平均粗さRz=0.8μm以下、DIN4776規格に基づく初期摩耗高さRpk=0.15μm以下、であることを特徴とする。
【0014】
また、上記課題を解決するための本願第二の発明は、内燃機関に用いられるシリンダライナと、当該シリンダライナの内周面に、面圧0.2〜1.2MPaで摺動するピストンリングとの組み合わせであって、前記シリンダライナは、その組成が、(組成A)珪素:23.0〜28.0質量%、マグネシウム:0.80〜2.0質量%、銅:3.0〜4.5質量%、鉄:0.25質量%以下、ニッケル:0.01質量%以下、残部:不可避不純物及びアルミニウム、もしくは、(組成B)珪素:23.0〜28.0質量%、マグネシウム:0.80〜2.0質量%、銅:3.0〜4.5質量%、鉄:1.0〜1.4質量%、ニッケル:1.0〜5.0質量%、残部:不可避不純物及びアルミニウム、の何れかであり、その内周面の表面粗さが、JIS B 0601(1994)に基づく十点平均粗さRz=0.5〜1.0μm、DIN4776規格に基づく有効負荷粗さRk=0.2〜0.4μm、DIN4776規格に基づく初期摩耗高さRpk=0.05〜0.1μm、DIN4776規格に基づく油溜まり深さRvk=0.08〜0.2μm、であって、一方、前記ピストンリングは、その組成が、炭素:0.26〜0.4質量%、クロム:12〜14質量%、ニッケル:0.6質量%以下、珪素:1.0質量%以下、マンガン:1.0質量%以下、残部:不可避不純物及び鉄、であり、直径5.0μm以下の炭化物を、面積率が4〜10%の割合で含有し、かつ、外周摺動面の表面粗さが、JIS B 0601(1994)に基づく十点平均粗さRz=0.8μm以下、DIN4776規格に基づく初期摩耗高さRpk=0.15μm以下、であることを特徴とする。
【0015】
また、上記本願第一および第二の発明にあっては、前記ピストンリングの外周摺動面には、DLC(ダイヤモンド・ライク・カーボン)被膜が形成されていてもよい。
【発明の効果】
【0016】
本発明のシリンダライナとピストンリングとの組み合わせによれば、シリンダライナの内周面と摺動するピストンリングとの面圧に応じてピストンリングの組成が決定されており、さらに、シリンダライナとピストンリングの双方において、その表面粗さについて種々のパラメータを用いて限定されているため、低フリクション化を実現することができるとともに、シリンダライナおよびピストンリング双方の摩耗量を低減することや、初期なじみ性、耐スカッフ性を向上することもできる。
【0017】
さらに、本発明にあっては、ピストンリングの表面にDLC被膜を形成することによって、前記効果をより発揮させることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
本発明のシリンダライナとピストンリングの組み合わせ(以下、単に「組み合わせ」とする場合がある。)について具体的に説明する。
【0019】
図1は、ピストンリングを装着したピストンとシリンダライナを示す概略図である。
【0020】
図1に示すように、シリンダ1内を往復移動するピストンリング2には、環状のリング溝2a、2b、2cが形成され、燃焼室CM側から順に第1圧力リング3、第2圧力リング4、3ピースオイルリング5がそれぞれリング溝溝2a〜2cに装着され、シリンダ壁面1に摺接している。3ピースオイルリング5は、サイドレール6とスペーサエキスパンダ8により構成される。
【0021】
さらにピストン2には、オイルリング1を装着したリング溝2cと連通してオイルを図示せぬクランクケースに環流させるためのドレーンホール2dが形成されている。
【0022】
これらのピストンリングはシリンダライナ1に摺接する第1圧力リング摺動面3a、第2圧力リング摺動面4a、オイルリング摺動面5aが形成されている。
【0023】
本願発明は、このようなシリンダライナ1とピストンリング3、4、5の組み合わせに関するものである。
【0024】
<シリンダライナ>
先ずは、本発明の組み合わせを構成するシリンダライナについて説明する。なお、本発明におけるシリンダライナは、後述するピストンリングとの面圧に左右されることなく、以下に説明するシリンダライナである(本発明におけるピストンリングにあっては、面圧に応じてその組成が異なっている。)。
【0025】
(シリンダライナの組成)
本発明の組み合わせにおけるシリンダライナは、以下の二種類(組成A、組成B)の組成の何れかからなる過共晶アルミニウム−珪素合金である。
【0026】
(組成A)
珪素:23.0〜28.0質量%
マグネシウム:0.80〜2.0質量%
銅:3.0〜4.5質量%
鉄:0.25質量%以下
ニッケル:0.01質量%以下
残部:不可避不純物及びアルミニウム
(組成B)
珪素:23.0〜28.0質量%
マグネシウム:0.80〜2.0質量%
銅:3.0〜4.5質量%
鉄:1.0〜1.4質量%
ニッケル:1.0〜5.0質量%
残部:不可避不純物及びアルミニウム
ここで、前記(組成A)および(組成B)何れの場合であっても、珪素(Si)を質量%で23〜28%の過共晶にすることにより、一次結晶のSiを積極的に晶出させることができる。珪素を23%未満にすると、スプレーフォーミングによる製造方法の際に、一次結晶の珪素の晶出が不十分となることと、マグネシウム(Mg)と反応するSiが不足しMgSiが十分に形成できなくなる。一方で、珪素を28%より多くすると、スプレーフォーミングによる製造方法の際に、成形体の加工性が悪くなるため好ましくない。
【0027】
また、前記(組成A)および(組成B)何れの場合であっても、マグネシウムを質量%で0.8〜2.0%の範囲することにより、アルミニウムと銅と珪素による金属間化合物を形成し、合金強度を向上させることができる。Mgを0.8%未満にすると、金属間化合物を形成する形成量が不十分であり、一方で、2.0%より多くなると、靭性や疲労強度を低下させる。
【0028】
また、前記(組成A)および(組成B)何れの場合であっても、銅を質量%で3.0〜4.5%の範囲することにより、アルミニウムと銅によるAlCuを析出することができ、その他の銅はアルミニウム基地に固溶する。銅を3.0%未満にすると、十分な疲労強度効果が得られず、4.5%より多くなると、アルミニウム母相中に未固溶のアルミニウム−銅金属化合物が多くなり、靭性や疲強度を低下させる。
【0029】
また、前記(組成A)の場合においては、鉄の含有量は、ひけ割れ防止のため、0.25%以下とすることが好ましく、ニッケルにあっては、熱収縮を防止する作用があるため、0.01%以下とすることが好ましい。
【0030】
一方で、前記(組成B)の場合においては、鉄は、金型等への吹き付けの際に焼きつきを防止する効果があるため、質量%で1.0〜1.4%の割合で添加する。1.0%未満では効果が足りなく、1.4%より多くなると、FeAl等が晶出し強度を低下させるため好ましくない。
【0031】
また、前記組成(組成B)の場合においては、ニッケルは、収縮量を小さくし、さらに強度も向上させる効果があるため、質量%で1.0〜5.0%の割合で添加する。1.0%未満では効果は少なく、5.0%より多くなると、耐熱衝撃性を著しく低下させるため好ましくない。
【0032】
なお、前記(組成A)および(組成B)何れの場合であっても、不可避不純物としてMn、Zn、Pb、Sn、Cr等や溶湯処理により合金中に必然的に混入するTi、B、Be等の元素が含まれる。
【0033】
(シリンダライナの内周面の表面粗さ)
また、本発明の組み合わせを構成するシリンダライナにあっては、前記組成Aもしくは組成Bからなる過共晶アルミニウム−珪素合金により構成されており、さらに、その内周面(つまり、後述するピストンリングと摺動する面)の表面粗さが、以下のパラメータを有している。
十点平均粗さ(Rz)=0.5〜1.0μm
有効負荷粗さ(Rk)=0.2〜0.4μm
初期摩耗高さ(Rpk)=0.05〜0.1μm
油溜まり深さ(Rvk)=0.08〜0.2μm
なお、前記十点平均粗さ(Rz)は、JIS B 0601(1994)に従って求めた値であり、有効負荷粗さ、初期摩耗高さ、および油溜まり深さのそれぞれは、DIN(ドイツ規格)4776に従って求めた値である。
【0034】
ここで、十点平均粗さ(Rz)の値を、0.5〜1.0μmにすることにより、摩耗を低減することができる。0.5μm未満であると、耐スカッフ性が劣り、一方で1.0μmを超えると相手攻撃性が大きくなってしまう。
【0035】
また、有効負荷粗さ(Rk)の値を、0.2〜0.4μmにすることにより、摺動抵抗を低減することができる。
【0036】
また、初期摩耗高さ(Rpk)の値を、0.05〜0.1μmにすることにより、耐スカッフ性を向上させることができる。0.05μm未満であると、初期なじみ性が劣り、一方で0.1μmを超えると初期なじみ性および相手攻撃性に悪影響を及ぼしてしまう。
【0037】
また、油溜まり深さ(Rvk)の値を、0.08〜0.2μmにすることにより、耐スカッフ性を向上させることができる。0.08μm未満であると、耐スカッフ性が劣り、一方で0.2μmを超えるとオイル消費量を増大させるため好ましくない。
【0038】
このようなパラメータを有するシリンダライナの製造方法については、特に限定されることはなく、任意に選択可能であるが、例えば、上述した(組成A)または(組成B)からなる粉末材料を準備し、これを溶融後にいわゆる噴霧圧縮処理し、引き抜き加工およびハンマリングを行い、アルミダイキャストで鋳包まれた後(つまりシリンダブロックに鋳包まれた後)、ホーニング加工を施すことにより内周面の表面粗さを調整することにより製造することができる。
【0039】
より具体的には、以下の通りである。
【0040】
上述の(組成A)のシリンダライナ材を溶湯よりプリフォームの形成及び、円筒状物体となるようにするために、まず微粒構成の珪素一次結晶及び金属間化合物を持つプリフォーム成形体をスプレーフォーミングにより形成する。プリフォーム成形体を押出し機により管状の半製品に変形し、更に、機械加工等を施し、この半製品からシリンダライナを製造する。
【0041】
スプレーフォーミングにより形成されるプリフォーム成形体は、珪素一次結晶及び金属間化合物が、μmで示す次の寸法を持つ粒度で生じるように形成する。
【0042】
珪素一次結晶は、2〜15μm(狙い:4.0〜10.0μm)、アルミニウムと銅との金属間化合物(AlCu)は、0.1〜5.0μm(狙い0.8〜1.8μm)、マグネシウムと珪素との金属間化合物(MgSi)は、2.0〜10.0μm(狙い:2.5〜4.5μm)とする。
【0043】
このシリンダライナをアルミダイキャストにより、クランクケースへ鋳込む。そのシリンダライナ内周面は、以下の機械ホーニングにより、荒加工及び仕上げ加工を行い所望の粗さのシリンダライナを作成する。
【0044】
荒加工は粗さRzで1.0〜2.0μmの範囲となるようにホーニング加工を行う。砥石の種類は特に限定されないが、砥石の粒度は800〜2000程度の砥石を用い、砥石はホーニングヘッドに固定し、加工する。
【0045】
仕上げ加工は、粒度600〜1200程度のセラミック系の砥粒を、結合材としてレジンボンド等を用いた砥石を使用して内周面の仕上げ研磨加工を行う。その研磨加工により、内周面の皮膜表面を、十点平均粗さRz:0.5〜1.0μm、DIN4776規格に基づく初期摩耗高さRpk:0.05〜0.1μm、有効負荷粗さRk:0.2〜0.4μm、油溜まり深さRvk:0.08〜0.2μmの形状に仕上げる。
【0046】
シリンダライナ表面の珪素一次結晶2〜15μm、アルミニウムと銅との金属間化合物0.1〜5.0μm、マグネシウムと珪素との金属間化合物2.0〜10.0μmに対し、精密に調整された表面粗さをホーニング加工により、凸部の部位を荒加工により削ることとで段差を無くことと、さらに、これらの珪素一次結晶及び、金属間化合物のエッジを落としながら、削りこむことが好ましい。
【0047】
更に、仕上げ加工にて小さな凸部位を仕上げ加工にて更に削り込む。
【0048】
表面の粗さを細かくするには、荒加工にて、母材の深い凹部迄削り、仕上げ加工をすることが好ましい。十点平均粗さRzを0.8〜0.9μmの粗さ上限とする際には、荒加工を少なくし、仕上げ加工に入ることで所望の表面粗さが得られる。初期摩耗高さRpkと有効負荷粗さRkの調整としては、仕上げ砥石の種類と加工時間により調整する。油溜まり深さRvkは初期の荒加工の量と加工時間により調整することができる。
【0049】
なお、本発明の組み合わせにおけるシリンダライナにあっては、前記パラメータのうち、JIS B 0601(1994)に基づく十点平均粗さRzを見ればわかるように、珪素一次結晶や金属間化合物等に起因する表面の段差を小さくしていることに特徴を有している。珪素一次結晶や金属間化合物等に起因する表面の段差を小さくすることにより、後述するピストンリングとの摩擦力を小さくすることができ、低フリクション化を実現することができる。
【0050】
ここで、当該段差を小さくし、JIS B 0601(1994)に基づく十点平均粗さRzを0.5〜1.0μmとする方法については、本発明は特に限定することはないが、例えば、前記ホーニング加工を施す際にNaOHを含む水溶液を用いた化学研磨(エッチング)を敢えてしないでおく方法を挙げることができる。化学研磨を行うと、シリンダライナのアルミニウム系母材表面が削られて珪素一次結晶や金属間化合物の段差や、これら粒子のコーナーエッジがシャープな状態となり、その分だけ表面の段差が大きくなり悪影響を及ぼす可能性があるからである。
【0051】
<ピストンリング>
次に、上記シリンダライナと組み合わされるピストンリングについて説明する。
【0052】
本発明にあっては、以下に示すように、上記シリンダライナとピストンリングとの面圧に応じて、ピストンリングの組成を変化させている。
【0053】
(面圧:0.03〜0.2MPaの時の組成)
炭素:0.6〜0.7質量%
クロム:13〜14質量%
モリブデン:0.2〜0.4質量%
珪素:0.25〜0.50質量%
マンガン:0.2〜0.5質量%
残部:不可避不純物及び鉄
ここで、炭素(C)の含有量を0.6質量%以上とすることで、クロム(Cr)と反応した1〜5μm程度の炭化物を析出させることができる。一方で、0.7質量%を超えると、一次炭化物が粗大化し,板状の炭化物が析出するため、相手材であるアルミシリンダ内周面に対する攻撃性が強まり、摩耗を増大させることとなってしまう。
【0054】
また、クロム(Cr)の含有量が13質量%未満では、炭素量とのバランスから、耐スカッフ性、耐摩耗性を十分満足させることができない。一方で、14質量%を超えると、炭化物の析出が多くなり、相手材であるアルミシリンダ内周面に対する攻撃性が強まり、摩耗を増大させることとなる。更に、成形時の加工性も悪くなってしまう。
【0055】
また、モリブデン(Mo)は、それ自体で炭素と結びつき硬質の炭化物を形成するだけでなく、一部はクロム炭化物中へ固溶するため、0.2質量%未満では、炭化物の形成が十分でなく、耐摩耗性を満足させることができない。クロムを0.2質量%以上含有せしめることにより、クロム炭化物自身が強化されて耐摩耗性を向上させることができ、また熱へたりを向上させることができる。しかしながら、その含有量が0.4質量%を超えると炭化物の増加を招き、アルミシリンダ内周面の摩耗量を増加させ、加工性、靭性も低下させることとなる。
【0056】
珪素(Si)は、脱酸剤として添加されるものであり、熱へたり性を向上させることができるが、その含有量が0.50質量%を超えると加工性が悪化してしまう。
【0057】
マンガン(Mn)は、前記珪素と同様に、脱酸剤として添加されるものであり、0.2質量%以上が必要となるが、その含有量が0.5質量%を超えると冷間加工性を低下させることとなる。
【0058】
また、不可避不純物としては、特にリン(P)や硫黄(S)が許容される。
【0059】
(面圧:0.2〜1.2MPaの時の組成)
炭素:0.26〜0.4質量%
クロム:12〜14質量%
ニッケル:0.6質量%以下
珪素:1.0質量%以下
マンガン:1.0質量%以下
残部:不可避不純物及び鉄
ここで、炭素(C)の含有量が0.26質量%未満では、炭化物の形成が十分でなく、耐摩耗性を満足させることができない。一方で、その上限を0.4質量%とすることで、炭化物の大きさを0.05〜2.0μm程度とすることができ、シリンダライナへの攻撃性を小さくすることができる。
【0060】
また、クロム(Cr)の含有量については、12質量%未満では、炭素量とのバランスから、耐スカッフ性、耐摩耗性を十分満足させることができない。一方で、14質量%を超えると、炭化物の析出が多くなり、相手材であるアルミシリンダライナ内周面に対する攻撃性が強まり、摩耗を増大させることとなる。さらに、成形時の加工性もわるくなってしまう。
【0061】
また、ニッケル(Ni)は、靭性の向上を目的として添加される元素であるが、その含有量が0.6質量%を超えると加工性が低下することとなる。
【0062】
珪素(Si)は、脱酸剤として添加されるものであり、熱へたり性を向上させることができるが、その含有量が1.0質量%を超えると加工性が悪化してしまう。
【0063】
また、マンガン(Mn)も脱酸剤として添加されるものであり、0.2質量%以上が必要となるが、1.0質量%を超えると冷間加工性を低下させてしまう。
【0064】
なお、不可避不純物としても、前記「面圧が0.03〜0.2MPaの時の組成」と同様と同様に、特にリン(P)や硫黄(S)が許容される。
【0065】
上記のピストンリングが組み合わされる本発明の過共晶アルミニウム−珪素合金からなるシリンダライナにあっては、前記ようにフリクションや摩耗を考慮して粗さを細かくするが、例えばオイルリングのような面圧が高い場合、局部的に強い力で摺動するため、ピストンリングの炭化物あるいは窒化により変化した窒化物によりシリンダライナの表面が攻撃されていく。この際に、炭化物を少なくし、攻撃性の低い小さな粒状の炭化物とすることが好ましく、シリンダライナとピストンリングとの面圧に応じたピストンリングの組成を組み合わせることにより効果を発揮する。
【0066】
(ピストンリング中の炭化物)
前記各成分組成の説明からも明らかなように、前記面圧に応じた各組成の何れにあっても、当該ピストンリング内には炭化物が形成されており、その直径は5.0μm以下であり、またその面積率は4〜10%である。
【0067】
鉄を主成分とし、炭素(C)やクロム(Cr)を添加しているため、当該合金中には炭化物が存在することとなるが、当該炭化物の直径が5.0μmを超えると、シリンダライナへの攻撃性が大きくなってしまう。このような理由から、当該直径は、0.05〜2.0μmが好ましく、0.1〜1.0μmがより好ましい。
【0068】
また、当該炭化物の面積率、つまり当該炭化物がピストンリング表面に占める割合については、4%未満では炭化物の量が少なく、ピストンリングの摩耗量が増大してしまい、一方で10%を超えると炭化物の量が多くなり、シリンダライナへの攻撃性が大きくなってしまう。このような理由から、当該面積率は、6〜8%が特に好ましい。
【0069】
なお、本発明における炭化物の面積率は、画像解析装置によって測定した値である。
【0070】
(ピストンリングの外周摺動面の表面粗さ)
本発明の組み合わせを構成するピストンリングの外周摺動面の表面粗さは、シリンダライナとの面圧等に関係なく、以下のパラメータを有している。
十点平均粗さ(Rz)=0.8μm以下
初期摩耗高さ(Rpk)=0.15μm以下
なお、前記十点平均粗さ(Rz)は、JIS B 0601(1994)に従って求めた値であり、初期摩耗高さは、DIN(ドイツ規格)4776に従って求めた値である。
【0071】
ここで、十点平均粗さ(Rz)を0.8μm以下とすることにより、相手攻撃性を低下させ耐スカッフ性を向上させることができる。0.8μmを超えると、相手攻撃性が大きくなってしまう。このような理由から、当該十点平均粗さ(Rz)は、0.8μm以下が好ましく、0.2〜0.6μmの範囲が特に好ましい。
【0072】
一方で、初期摩耗高さ(Rpk)を0.15μm以下とすることにより、シリンダライナへの攻撃性(相手攻撃性)を小さくすることができる。
【0073】
このような外周摺動面の表面粗さを有するピストンリングの製造方法については特に限定することはないが、例えば、ラップを数回程度行い、仕上げに使用するラップは、細かい研磨砥粒を使用して行う方法を挙げることができる。また、必要に応じてバフ研磨を施してもよい。
【0074】
(ピストンリングの表面被膜処理)
上述してきた本発明の組み合わせを構成するピストンリングにあっては、その表面、より具体的には、ピストンリングにおける前記シリンダライナと接する外周摺動面には、DLC(ダイヤモンド・ライク・カーボン)被膜が形成されていてもよい。
【0075】
前述したように、ピストンリングとシリンダライナとの面圧は、一般的には0.03〜1.2MPa程度であるが、耐摩耗性等を考慮してピストンリングやシリンダライナに微細な凹凸が設けられた場合(本発明の組み合わせにあっても、炭化物等によって微細な凹凸を設けている。)、局所的にみると、前記面圧の100〜1000倍程度の圧力がかかっている場合がある。このような状況下にあっては、容易に境界潤滑領域に入り、オイルの膜は存在しないことになり、ピストンリングとシリンダライナが、いわゆるメタル−メタル接触の状態となり、珪素粒子を欠落させて、双方の表面が傷つくことが想定される。ここで、ピストンリングの表面にDLC(ダイヤモンド・ライク・カーボン)被膜を形成しておくことにより、特に摺動初期段階において、ピストンリングとシリンダライナとのなじみ性を向上させることができる。
【0076】
このようなDLC(ダイヤモンド・ライク・カーボン)被膜の組成としては、特に限定することはないが、例えば、アモルファスカーボン(a−C)と水素(H)とタングステン(W)とニッケル(Ni)からなる被膜や、アモルファスカーボン(a−C)と水素(H)と珪素(Si)からなる被膜、などを挙げることができる。
【0077】
また、DLC(ダイヤモンド・ライク・カーボン)被膜の硬度についても、特に限定することはないが、例えば、1000Hv0.1〜2500Hv0.1程度が好ましい。
【0078】
1000Hv0.1未満の場合は耐摩耗性が劣り、一方で、2500Hv0.1を超えると被膜の応力が高くなり剥離等が発生するからである。
【0079】
さらに、DLC(ダイヤモンド・ライク・カーボン)被膜の厚さについても、特に限定することはないが、前述したように、本発明の組み合わせを構成するピストンリングにあっては、その表面粗さのパラメータ(RzとRpk)が特徴であるため、当該パラメータ各数値を維持できる程度(ピストンリングの表面粗さを維持できる程度)の厚さであることが必要である。具体的には、0.5〜10.0μm程度が好ましく、0.5〜5.0μm程度が特に好ましい。
【0080】
なお、DLC(ダイヤモンド・ライク・カーボン)被膜は、前述の如く、ピストンリングの表面粗さを維持できる程度に、薄く形成されるため、ピストンリングとシリンダライナとが摺動し続けた場合、摩耗により消滅することが考えられるが、当該DLC(ダイヤモンド・ライク・カーボン)被膜は、摺動初期段階において、ピストンリングとシリンダライナとのなじみ性を向上することを目的としているため、消耗しても問題はない。
【0081】
このようなDLC(ダイヤモンド・ライク・カーボン)被膜の形成方法については、特に限定されることはなく、従来公知の方法を適宜選択することが可能である。具体的には、例えば、各成分元素をターゲットとして用いる反応性スパッタリング法などを挙げることができる。
【実施例】
【0082】
本発明のシリンダライナとピストンリングとの組み合わせについて、実施例を用いてさらに具体的に説明する。
【0083】
<面圧0.2〜1.2Mpaにおける実施例>
(実施例1〜15)
まず、本発明の組み合わせを構成するシリンダライナの試験片として、Si:25質量%、Mg:1.2質量%、Cu:3.9質量%、Fe:0.12質量%、Ni:0.008質量%、Mn:0.007質量%、Zn:0.008質量%、残部:不可避不純物およびAl、たる組成の試料片を製造した。また、当該シリンダライナの試料片の表面粗さ(Rz、Rpk、Rk、Rvk)を以下の表1に示すように変化させて、それぞれ本発明の実施例1〜15のシリンダライナの試験片とした。
【0084】
一方で、本発明の組み合わせを構成するピストンリングの試験片として、C:0.33質量%、Si:0.05質量%、Mn:0.05質量%、Ni:0.20質量%、Cr:13.0質量%、P:0.02質量%、S:0.01質量%、残部:不可避不純物およびFe、たる組成の試験片を製造した。また、当該ピストンリングの試験片の表面粗さ(Rz、Rpk)、および炭化物(直径0.1〜1.5μm)の面積率を以下の表1に示すように変化させて、それぞれ本発明の実施例1〜15のピストンリングの試験片とした。なお、当該各ピストンリングの試験片においては、その外周摺動面にガス窒化にて550℃にて1〜1.5時間保持し、55μmの窒化層を形成し、化合物層を除去し拡散層を露出させて、その後、DLC(ダイヤモンド・ライク・カーボン)被膜を形成するものとしないものとに分け、表1に示すように、DLC被膜を形成しないものと、成分組成の異なる2種類のDLC(ダイヤモンド・ライク・カーボン)被膜を形成したものの、合計3種類を作成した。
【0085】
なお、表1に示すa−C:H:W:Niたる組成のDLC被膜は、以下の方法により成膜した。
【0086】
ピストンリングの試験片を反応性スパッタリング装置のチャンバー内の取付治具にセットし、そのチャンバー内を真空引きする。その後、取付治具を回転させつつアルゴン等の不活性ガスを導入し、イオンボンバードメントによってピストンリングの試験片の表面を清浄化する。その後、先ず、Crターゲットをイオン化したアルゴン等でスパッタリングし、チャンバー内の蒸発したCr原子をピストンリングの試験片上に1μm程度析出させ、次いで、炭素源であるメタン等の炭化水素ガスをチャンバー内に導入し、Wが含まれている金属ターゲットをイオン化したアルゴン等でスパッタリングし、チャンバー内の炭素原子と蒸発した金属原子とが結合してピストンリング試験片上に少なくともWを含有する皮膜として析出させ、初期なじみ性に優れたDLC皮膜を形成した。Wの含有比率は、それらの元素の蒸発速度および反応性ガスの圧力等を調整することによって制御した。金属ターゲットをイオン化したアルゴン等でのスパッタリングは、約5時間にわたって行い、当該DLC被膜の膜厚は5μmとした。なお、このDLC被膜の硬度は、1500Hv0.1であった。
【0087】
一方で、表1に示すa−C:H:Siたる組成のDLC被膜は、以下の方法により成膜した。
【0088】
ピストンリングの試験片をスパッタリング装置のチャンバー内の取付治具にセットし、そのチャンバー内を真空引きする。その後、取付治具を回転させつつアルゴン等の不活性ガスを導入し、イオンボンバードメントによってピストンリングの試験片の表面を清浄化する。その後、先ず、Crターゲットをイオン化したアルゴン等でスパッタリングし、チャンバー内の蒸発したCr原子をピストンリング母材1上に1μm以下程度析出させる。
その後、プラズマCVD処理を行う。真空蒸着室に非対称パルス電圧が印加される試験片を設置し、この基材をアルゴンガスと水素ガスの混合プラズマによって放電洗浄を行う工程、テトラメチルシランガスを導入して上記基材上に非晶質炭化珪素膜層を形成する工程とをプラズマCVD法によって順次おこなっていくことで形成した。
【0089】
プラズマCVD処理は、約2時間にわたって行い、当該DLC被膜の膜厚は5μmとした。なお、このDLC被膜の硬度は、2500Hv0.1であった。
【0090】
(比較例1〜9)
本発明の比較例としてのシリンダライナとピストンリングの組み合わせを製造した。
【0091】
具体的には、比較例の組み合わせを構成するシリンダライナの試験片として、前記実施例と同様の組成の試料片を製造した。また、当該シリンダライナの試料片の表面粗さ(Rz、Rpk、Rk、Rvk)を以下の表1に示すように変化させて、それぞれ比較例1〜9のシリンダライナの試験片とした。
【0092】
一方で、比較例の組み合わせを構成するピストンリングの試験片として、前記実施例と同様の組成の試験片を製造した。また、当該ピストンリングの試験片の表面粗さ(Rz、Rpk)、および炭化物(直径0.1〜1.5μm)の面積率を以下の表1に示すように変化させて、それぞれ比較例1〜9のピストンリングの試験片とした。なお、当該ピストンリングの試験片においても、その外周摺動面にガス窒化にて550℃にて1〜1.5時間保持し、55μmの窒化層を形成し、化合物層を除去し拡散層を露出させて、その後、DLC(ダイヤモンド・ライク・カーボン)被膜を形成するものとしないものとに分け、表1に示すように、DLC被膜を形成しないものと、成分組成の異なる2種類のDLC(ダイヤモンド・ライク・カーボン)被膜を形成したものの、合計3種類を作成した。その成膜方法は上記実施例と同じである。
【0093】
(従来例1〜3)
従来例としてのシリンダライナとピストンリングの組み合わせを製造した。
【0094】
具体的には、従来例の組み合わせを構成するシリンダライナの試験片として、前記実施例と同様の組成の試料片を製造した。また、当該シリンダライナの試料片の表面粗さ(Rz、Rpk、Rk、Rvk)を以下の表1に示すように変化させて、それぞれ従来例1〜3のシリンダライナの試験片とした。
【0095】
一方で、従来例の組み合わせを構成するピストンリングの試験片として、前記実施例と同様の組成の試験片を製造した。また、当該ピストンリングの試験片の表面粗さ(Rz、Rpk)、および炭化物(直径0.1〜1.5μm)の面積率を以下の表1に示すように変化させて、それぞれ従来例1〜3のピストンリングの試験片とした。なお、当該ピストンリングの試験片においても、その外周摺動面にガス窒化にて550℃にて1〜1.5時間保持し、55μmの窒化層を形成し、化合物層を除去し拡散層を露出させて、その後、DLC(ダイヤモンド・ライク・カーボン)被膜を形成するものとしないものとに分け、表1に示すように、DLC被膜を形成しないものと、成分組成の異なる2種類のDLC(ダイヤモンド・ライク・カーボン)被膜を形成したものの、合計3種類を作成した。その成膜方法は上記実施例と同じである。
【0096】
(評価)
上記実施例1〜15、比較例1〜9、および従来例1〜3のそれぞれのシリンダライナとピストンリングの組み合わせについて、シリンダライナとピストンリングそれぞれの耐摩耗性、および耐スカッフ性を評価した。その結果を表1に示す。
【0097】
ここで、耐摩耗性試験は、図2に示すアムスラ−型摩耗試験機9を使用した。この摩耗試験機9において、本発明の実施例1〜15、比較例1〜9、および従来例1〜3の各ピストンリングの試験片10(8mm×7mm×5mm)を固定片とし、同様に各シリンダライナの試験片11(回転片)にはドーナツ状(外径40mm、内径16mm、厚さ10mm)のものを用い、これらの試験片10および11を接触させ、荷重Pを負荷して行った。摩耗係数試験条件は、潤滑油:軸受け油、油温:80℃、周速:1m/秒(478rpm)、荷重:80kgf、試験時間:7時間の条件下で行った。なお、摩耗量の測定は、粗さ計による段差プロフィールで摩耗量(μm)を測定することにより行った。
【0098】
表1に示す摩耗指数は、実施例1〜15および比較例1〜9の各試験片の摩耗量を、従来例1〜3の試験片の摩耗量に対しての相対比として算出した値である。従って、各供試材の摩耗指数が100より小さいほど摩耗量が少なく耐摩耗性に優れていることを表す。
【0099】
また、スカッフ試験も、図2に示すアムスラー型摩耗試験機を使用した。スカッフ試験においては、前記の各試験片に潤滑油を付着させ、スカッフ発生まで荷重を負荷させて行った。試験条件は、潤滑油クリセフH8(1号スピンドル油相当品)、周速:1m/秒(478rpm)の条件下で行った。
【0100】
耐スカッフ性は、従来例1〜3の試験片のスカッフ発生荷重を100とし、実施例1〜15および比較例1〜9の試験片のスカッフ発生荷重を、従来例1〜3の試験片の結果に対しての相対比として比較し、スカッフ指数とした。従って、各試験片のスカッフ指数が100より大きいほど、スカッフ発生荷重が大きくなり、従来例の試験片よりも耐スカッフ性に優れることとなる。
【0101】
【表1】

<面圧0.03〜0.2Mpaにおける実施例>
(実施例16〜27)
本発明の組み合わせを構成するピストンリングの試験片として、C:0.65質量%、Si:0.40質量%、Mn:0.35質量%、Cr:13.5質量%、Mo:0.30質量%、P:0.02質量%、S:0.01質量%、残部:不可避不純物およびFe、たる組成の試料片を製造した以外は、全て前記実施例1〜15と同様の要領で、表2に示すような実施例16〜27のシリンダライナとピストンリングの組み合わせを製造した。なお、実施例16〜27のピストンリングの試験片は炭化物の直径を0.1〜2.0μmとした。
【0102】
(比較例10〜18)
前記比較例1〜9と同様の要領で、表2に示すような比較例10〜18のシリンダライナとピストンリングの組み合わせを製造した。なお、比較例10〜18のピストンリングの試験片は炭化物の直径を0.1〜2.0μmとした。
【0103】
(従来例4〜6)
さらに前記従来例1〜3と同様の要領で、表2に示すような従来例4〜6のシリンダライナとピストンリングの組み合わせを製造した。なお、従来例4〜6のピストンリングの試験片は炭化物の直径を0.1〜2.0μmとした。
【0104】
(評価)
これら実施例16〜27、比較例10〜18、および従来例4〜6のそれぞれについて、前記と同様にアムスラー型摩耗試験機を使用し、荷重のみ100kgfとし、その他は同条件として耐摩耗性、および耐スカッフ性を評価した。その結果を表2に示す。
【0105】
表2に示す摩耗指数は、実施例16〜27および比較例10〜18の各試験片の摩耗量を、従来例4〜6の試験片の摩耗量に対しての相対比として算出した値である。従って、各供試材の摩耗指数が100より小さいほど摩耗量が少なく耐摩耗性に優れていることを表す。
【0106】
また、耐スカッフ性は、従来例4〜6の試験片のスカッフ発生荷重を100とし、実施例16〜27および比較例10〜18の試験片のスカッフ発生荷重を、従来例4〜6の試験片の結果に対しての相対比として比較し、スカッフ指数とした。従って、各試験片のスカッフ指数が100より大きいほど、スカッフ発生荷重が大きくなり、従来例の試験片よりも耐スカッフ性に優れることとなる。
【0107】
【表2】

表1、2からも明らかなように、従来例に対し、シリンダライナ内周面の表面粗さを本発明の範囲にし、かつピストンリングも本発明の範囲内にしたものは、シリンダライナおよびピストンリングの摩耗量を低減することができることが分かる。また、ピストンリング外周摺動面にDLC被膜を形成したものにあっては、さらにお互いの摩耗量を低減させることができ、耐スカッフ性も向上することができることが分かる。
【0108】
<実機試験>
前記図1に示したピストンリングとシリンダライナとの組み合わせについて、排気量3.0リットルV型6気筒の自動車用ガソリンエンジンによる耐久試験を行った。
【0109】
第2圧力リング及びオイルリングのスペーサエキスパンダについては、全ての気筒において同一材とし、第1圧力リングとオイルリングのサイドレールのみ、材質と外周摺動面の表面粗さを変化させ、第1圧力リングとオイルリングのサイドレールの摩耗量及び外観を確認した。
【0110】
なお、第1圧力リングにかかる面圧は0.14MPa、オイルリングのサイドレールにかかる面圧は0.7MPaとした。
【0111】
シリンダライナとしては、第1気筒は、従来例3仕様のシリンダライナとし、ピストンリングは第1圧力リング材として従来例4仕様とオイルリングのサイドレールに従来例1の仕様の組み合わせとした。第2気筒は、実施例16仕様のシリンダライナとし、ピストンリングは第1圧力リング材として実施例16仕様とオイルリングのサイドレールに実施例1の仕様の組み合わせとした。第3気筒は、実施例20仕様のシリンダライナとし、ピストンリングは第1圧力リング材として実施例20仕様とオイルリングのサイドレールに実施例6の仕様の組み合わせとした。第4気筒は、実施例17仕様のシリンダライナとし、ピストンリングは第1圧力リング材及びオイルリングのサイドレールに実施例17仕様の組み合わせとした。第5気筒は、実施例24仕様のシリンダライナとし、ピストンリングは第1圧力リング材として実施例24仕様とオイルリングのサイドレールに実施例11仕様の組み合わせとした。第6気筒は、実施例5仕様のシリンダライナとし、ピストンリングは第1圧力リング材及びオイルリングのサイドレールを実施例5仕様の組み合わせとした。
【0112】
従来例の第1気筒での第1圧力リング、サイドレール、シリンダライナそれぞれの摩耗量を100とした際に、第2気筒での摩耗量は、第1圧力リングが92、サイドレールが93、シリンダライナが93、第3気筒での摩耗量は、第1圧力リングが90、サイドレールが91、シリンダライナが92、第4気筒での摩耗量は、第1圧力リングが95、サイドレールが96、シリンダライナが110、第5気筒での摩耗量は、第1圧力リングが91、サイドレールが91、シリンダライナが92、第6気筒での摩耗量は、第1圧力リングが110、サイドレールが93、シリンダライナが94であった。
【0113】
以上のことから本発明品を装着した第2、第3気筒は摩耗量比で5%以上の効果を示し、DLC被膜を形成した第3、第5気筒は、ピストンリング及びシリンダライナがそれぞれ8%以上の効果を示してことがわかる。また、第1圧力リング及びサイドレールを実施例17仕様とした第4気筒には、シリンダライナ内周面に円周状の傷が見られ、第1圧力リングおよびサイドレールを実施例5仕様とした第6気筒は、シリンダライナ内周面に傷は見られなかったが、第1圧力リングの摩耗が増大した。このことから、使用される面圧によって、ピストンリングの材質を変える必要があることがわかる。
【0114】
したがって、本願の範囲にシリンダライナ内周面及びピストンリング外周摺動面を設定することで、耐摩耗性が改善でき、更にDLC被膜をピストンリングにコーティングすることにより優れた効果を示す。
【図面の簡単な説明】
【0115】
【図1】ピストンリングを装着したピストンとシリンダライナを示す概略図である。
【図2】アムスラ−型摩耗試験機を用いた評価実験を説明するための図である。
【符号の説明】
【0116】
1 シリンダライナ
2 ピストン
3 第1圧力リング
3a 第1圧力リングの外周摺動面
4 第2圧力リング
4a 第2圧力リングの外周摺動面
5 3ピースオイルリング
5a 3ピースオイルリングの外周摺動面
6 サイドレール
7 シリンダライナ内周面
8 スペーサエキスパンダ
9 アムスラ−型摩耗試験機
10、11 試験片
12 潤滑油
P 荷重

【特許請求の範囲】
【請求項1】
内燃機関に用いられるシリンダライナと、当該シリンダライナの内周面に、面圧0.03〜0.2MPaで摺動するピストンリングとの組み合わせであって、
前記シリンダライナは、
その組成が、(組成A)珪素:23.0〜28.0質量%、マグネシウム:0.80〜2.0質量%、銅:3.0〜4.5質量%、鉄:0.25質量%以下、ニッケル:0.01質量%以下、残部:不可避不純物及びアルミニウム、もしくは、(組成B)珪素:23.0〜28.0質量%、マグネシウム:0.80〜2.0質量%、銅:3.0〜4.5質量%、鉄:1.0〜1.4質量%、ニッケル:1.0〜5.0質量%、残部:不可避不純物及びアルミニウム、の何れかであり、
その内周面の表面粗さが、JIS B 0601(1994)に基づく十点平均粗さRz=0.5〜1.0μm、DIN4776規格に基づく有効負荷粗さRk=0.2〜0.4μm、DIN4776規格に基づく初期摩耗高さRpk=0.05〜0.1μm、DIN4776規格に基づく油溜まり深さRvk=0.08〜0.2μm、であって、
一方、前記ピストンリングは、
その組成が、炭素:0.6〜0.7質量%、クロム:13〜14質量%、モリブデン:0.2〜0.4質量%、珪素:0.25〜0.50質量%、マンガン:0.2〜0.5質量%、残部:不可避不純物及び鉄、であり、
直径5.0μm以下の炭化物を、面積率が4〜10%の割合で含有し、
かつ、外周摺動面の表面粗さが、JIS B 0601(1994)に基づく十点平均粗さRz=0.8μm以下、DIN4776規格に基づく初期摩耗高さRpk=0.15μm以下、である
ことを特徴とするシリンダライナとピストンリングの組み合わせ。
【請求項2】
内燃機関に用いられるシリンダライナと、当該シリンダライナの内周面に、面圧0.2〜1.2MPaで摺動するピストンリングとの組み合わせであって、
前記シリンダライナは、
その組成が、(組成A)珪素:23.0〜28.0質量%、マグネシウム:0.80〜2.0質量%、銅:3.0〜4.5質量%、鉄:0.25質量%以下、ニッケル:0.01質量%以下、残部:不可避不純物及びアルミニウム、もしくは、(組成B)珪素:23.0〜28.0質量%、マグネシウム:0.80〜2.0質量%、銅:3.0〜4.5質量%、鉄:1.0〜1.4質量%、ニッケル:1.0〜5.0質量%、残部:不可避不純物及びアルミニウム、の何れかであり、
その内周面の表面粗さが、JIS B 0601(1994)に基づく十点平均粗さRz=0.5〜1.0μm、DIN4776規格に基づく有効負荷粗さRk=0.2〜0.4μm、DIN4776規格に基づく初期摩耗高さRpk=0.05〜0.1μm、DIN4776規格に基づく油溜まり深さRvk=0.08〜0.2μm、であって、
一方、前記ピストンリングは、
その組成が、炭素:0.26〜0.4質量%、クロム:12〜14質量%、ニッケル:0.6質量%以下、珪素:1.0質量%以下、マンガン:1.0質量%以下、残部:不可避不純物及び鉄、であり、
直径5.0μm以下の炭化物を、面積率が4〜10%の割合で含有し、
かつ、外周摺動面の表面粗さが、JIS B 0601(1994)に基づく十点平均粗さRz=0.8μm以下、DIN4776規格に基づく初期摩耗高さRpk=0.15μm以下、である
ことを特徴とするシリンダライナとピストンリングの組み合わせ。
【請求項3】
前記ピストンリングの外周摺動面には、DLC(ダイヤモンド・ライク・カーボン)被膜が形成されていることを特徴とする請求項1または請求項2に記載のシリンダライナとピストンリングの組み合わせ。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate


【公開番号】特開2008−57478(P2008−57478A)
【公開日】平成20年3月13日(2008.3.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−236974(P2006−236974)
【出願日】平成18年8月31日(2006.8.31)
【出願人】(390022806)日本ピストンリング株式会社 (137)
【Fターム(参考)】