ダイオード用半導体担持電極材料
【課題】良好な整流特性を示すショットキー型ダイオードデバイスに利用可能な、半導体層を担持した安価な材料を提供する。
【解決手段】Cr含有量が10.5〜32.0質量%であるFe−Cr系合金の母材21と、その母材を酸化性雰囲気に加熱することによって形成させた表面酸化皮膜22とが一体となった材料であって、AESによる前記酸化皮膜表面からの深さ方向分析において酸素濃度が最大酸素濃度の1/2となる深さ位置に対応するSiO2換算深さを当該酸化皮膜の膜厚とするとき、当該酸化皮膜は、膜厚が17〜50nmのn型半導体であり、かつ皮膜表面側から順にFe主体アモルファス酸化物、Cr濃化したFe−Cr結晶酸化物を形成して母材とオーミック接合で一体化しており、n型半導体中のドナー密度が1E16cm−3〜1E18cm−3の範囲で含まれているダイオード用n型半導体担持電極材料。
【解決手段】Cr含有量が10.5〜32.0質量%であるFe−Cr系合金の母材21と、その母材を酸化性雰囲気に加熱することによって形成させた表面酸化皮膜22とが一体となった材料であって、AESによる前記酸化皮膜表面からの深さ方向分析において酸素濃度が最大酸素濃度の1/2となる深さ位置に対応するSiO2換算深さを当該酸化皮膜の膜厚とするとき、当該酸化皮膜は、膜厚が17〜50nmのn型半導体であり、かつ皮膜表面側から順にFe主体アモルファス酸化物、Cr濃化したFe−Cr結晶酸化物を形成して母材とオーミック接合で一体化しており、n型半導体中のドナー密度が1E16cm−3〜1E18cm−3の範囲で含まれているダイオード用n型半導体担持電極材料。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
図1に、ショットキー型ダイオードデバイスの一般的な構成を模式的に示す。金属1とn型半導体2が接合されてショットキー型ダイオード10が形成されている。n型半導体2の表面の一部(例えば金属1と反対側)には集電用電極3が接合され、金属1と集電用電極3には導線4が接続されている。本発明は、Fe−Cr系合金の表面にn型半導体を担持したダイオード用電極材料に関するものである。図1のショットキー型ダイオードデバイスに対応させると、本発明の半導体担持電極材料は、n型半導体2と集電用電極3を構成する部材に相当する。
【背景技術】
【0002】
ダイオードはpn接合型とショットキー型に大別される。ショットキー型ダイオードはn型半導体と、そのn型半導体より大きい仕事関数を有する金属とを接合したもの、あるいはp型半導体と、そのp型半導体より小さい仕事関数を有する金属とを接合したものであり、その接合によって生じるショットキー障壁を利用して整流作用を行うものである。ショットキー型ダイオードはpn接合型に比べ、低損失であり、高速スイッチング特性に優れ、大電流を流せるので、種々の用途で広く使用されている。
【0003】
一方、金属材料の表面に存在する酸化皮膜には半導体的性質を示すものがあることが知られている。例えば、非特許文献1には硫酸水溶液中で形成させたステンレス鋼表面の不動態皮膜は内層p型、外層n型のpn接合を呈する酸化皮膜であることが記載されている。非特許文献2には#1200のSiCペーパーで研磨したオーステナイト系ステンレス鋼(SUS304)を大気中300℃で2〜4時間加熱することにより形成させた酸化皮膜はn型半導体であることが記載されている。
【0004】
また、非特許文献3にはアルミニウムや銅合金(真鍮)の酸化皮膜を水銀と接触させた回路におけるi−v(電流−電圧)カーブが示されている。それによると、酸化皮膜と水銀との間で酸化皮膜側がプラスになる電圧を印加した場合に、それとは逆向きの電圧を印加した場合と比べ、電流が非常に流れにくくなるという現象が生じている。この場合、酸化皮膜がn型半導体として機能し、水銀との間にショットキー接合が実現されたものと考えられる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】H.Tsuchiya,S.Fujimoto:Electrochimica Acta 47(2002)p.4357−4366
【非特許文献2】L.Hamadou:Applied Surface Science 252(2006)p.4209−4217
【非特許文献3】J.H.Whitley:Proc Tech Programm Natl.Electron.Packaging Prod.Conf.(1975)p.263−269
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ショットキー型ダイオードデバイスには、半導体の表面の一部に集電用の電極(図1の符号3に相当するもの)が設けられる。この電極は当該半導体との間でオーミック接合を呈するものでなければならない。その部分でショットキー接合が形成されると、両方向ともに電流の流れが阻害されてしまうからである。半導体が例えばシリコンである場合、オーミック接合を実現するための電極材料としてはInGaなどが挙げられる。このような特殊な金属材料からなる電極を介在させることは導電性を低下させる要因となり、素材コストを増大させることにもなる。また従来、ショットキー型ダイオードデバイスの製造は、蒸着工程を含む複雑な工程を経て行われることが多く、そのこと自体もデバイスの製造コストを押し上げる要因となっている。
【0007】
一方、前述のように、金属材料の表面に形成させた酸化皮膜のなかには半導体として機能するものがあることは知られているが、それを利用して良好なスイッチング特性を呈するショットキー型ダイオードを構成した報告例は見当たらない。その理由として、母材金属と酸化皮膜の間の接合状態においてもショットキー接合の傾向が発現しやすいことが考えられる。すなわち、酸化皮膜(半導体)と、その母材の金属材料との間で安定してオーミック接合を実現させる手法は見出されていないのが現状である。
【0008】
本発明は、良好な整流特性を示すショットキー型ダイオードデバイスに利用可能な、半導体層を担持した安価な材料を提供しようというものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的は、Cr含有量が10.5〜32.0質量%であるFe−Cr系合金の母材と、その母材を酸化性雰囲気に加熱することによって形成させた表面酸化皮膜とが一体となった材料であって、AES(オージェ電子分光分析)による前記酸化皮膜表面からの深さ方向分析において酸素濃度が最大酸素濃度の1/2となる深さ位置に対応するSiO2換算深さを当該酸化皮膜の膜厚とするとき、当該酸化皮膜は、膜厚が17〜50nmのn型半導体であり、かつ皮膜表面側から順にFe主体酸化物層、Cr濃化したFe−Cr酸化物層を形成して母材とオーミック接合で一体化しているダイオード用半導体担持電極材料によって達成される。
ここで、Fe主体酸化物層は主としてアモルファスであり、Cr濃化したFe−Cr結晶性酸化物層を形成して、なおかつ皮膜中のドナー密度が1E16cm−3〜1E18cm−3である。Cr濃化したFe−Cr結晶性酸化物層は、Crが母材金属Crよりも高濃度で分布している領域部分である。
【0010】
前記Fe−Cr系合金としては、フェライト系ステンレス鋼を採用することができる。「ステンレス鋼」とは、JIS
G0203:2009の番号3801に示されているように、Cr含有量10.5質量%以上、C含有量1.2質量%以下として耐食性を向上させた合金鋼である。
【0011】
合金成分の含有量範囲を例示すると、以下の組成を挙げることができる。
質量%で、Cr:10.5〜32.0%、C:0.0001〜0.15%、Si:0.001〜1.2%、Mn:0.001〜1.2%、P:0〜0.080%、S:0〜0.030%、Ni:0〜0.6%、Mo:0〜3.0%、Cu:0〜1.0%、Nb:0〜1.0%、Ti:0〜1.0%、Al:0〜0.2%、N:0〜0.025%以下、B:0〜0.010%、V:0〜0.5%、W:0〜0.3%、Ca、Mg、Y、REM(希土類元素)の合計:0〜0.1%、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成。
ここで、含有量の下限が0%である元素は、任意添加元素であることを意味する。
【0012】
規格鋼種としては、例えばJIS G4305:2005、あるいはJIS
G4312−1991に示されているフェライト系の各鋼種が挙げられる。
【発明の効果】
【0013】
本発明の半導体担持電極材料は、以下のようなメリットを有するものである。
(1)この電極材料はステンレス鋼板を母材に用いて、これを大気中で加熱するという簡単な手法により製造することができるので低コストである。
(2)この電極材料は従来のショットキー型ダイオードデバイスにおける半導体と集電用電極が一体化した部材(図1の符号2と3の部分に相当する部材)を構成するものであるから、これを用いるとショットキー型ダイオードデバイスの製造においてオーミック接合となる特殊な金属材料で集電用電極を形成する工程が不要となる。
(3)この電極材料の酸化皮膜側に、仕事関数が当該酸化皮膜(n型半導体)の仕事関数よりも大きい金属材料を接合するだけで直ちにショットキー型ダイオードが構築されるので、ダイオードデバイスの製造が容易である。
(4)この電極材料はステンレス鋼を母材とするものであるから耐食性にも優れる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】ショットキー型ダイオードデバイスの一般的な構成を模式的に示した図。
【図2】本発明のn型半導体担持電極材料の断面構造を模式的に示した図。
【図3】Fe−17%Cr合金を大気中400℃で1h加熱した場合に形成された皮膜についてのAESによる深さ方向のFe、Cr、Oプロファイルを例示したグラフ。
【図4】Fe−17%Cr合金を大気中250℃で1h加熱した場合に形成された皮膜についてのAESによる深さ方向のFe、Cr、Oプロファイルを例示したグラフ。
【図5】母材金属/酸化皮膜/接触金属からなるデバイスにおいて、界面の通電タイプ(態様)と当該デバイスのi−vカーブの関係を模式的に示した図。
【図6】Fe−11%Cr合金母材/1h加熱による酸化皮膜/水銀で構成されるデバイスのi−vカーブを例示したグラフ。
【図7】Fe−11%Cr合金母材/1h加熱による酸化皮膜/水銀で構成されるデバイスのi−vカーブを例示したグラフ。
【図8】Fe−11%Cr合金母材/24h加熱による酸化皮膜/水銀で構成されるデバイスのi−vカーブを例示したグラフ。
【図9】Fe−17%Cr合金母材/1h加熱による酸化皮膜/水銀で構成されるデバイスのi−vカーブを例示したグラフ。
【図10】Fe−18%Cr−1%Mo合金母材/1h加熱による酸化皮膜/水銀で構成されるデバイスのi−vカーブを例示したグラフ。
【図11】純鉄母材/1h加熱による酸化皮膜/水銀で構成されるデバイスのi−vカーブを例示したグラフ。
【図12】純クロム母材/1h加熱による酸化皮膜/水銀で構成されるデバイスのi−vカーブを例示したグラフ。
【図13】Fe−17%Cr合金母材/1h加熱による酸化皮膜/水銀で構成されるデバイスのインピーダンス測定から得られたC−Vカーブを例示したグラフ。
【図14】Fe−17%Cr合金母材/1h加熱による酸化皮膜/水銀で構成されるデバイスのインピーダンス測定から得られたMotto−Schottkyプロットを例示したグラフ。
【図15】Si基板タイプのショットキーダイオードデバイスのi−vカーブを例示したグラフ。
【図16】Si基板タイプのショットキーダイオードデバイスのインピーダンス測定から得られたC−Vカーブを例示したグラフ。
【図17】Si基板タイプのショットキーダイオードデバイスのインピーダンス測定から得られたMotto−Schottkyプロットを例示したグラフ。
【図18】Fe−17%Cr合金母材/400℃×1h加熱による断面STEM暗視野像。
【図19】図18中の上層皮膜、下層皮膜の中心部分の極微電子線回折像を例示したグラフ。
【図20】Motto−Schottkyプロットの解析より計算した皮膜中のドナー密度と加熱温度との関係を例示した図。
【発明を実施するための形態】
【0015】
図2に、本発明の半導体担持電極材料の断面構造を模式的に示す。Fe−Cr系合金からなる母材金属21の表面に酸化皮膜22が形成されて両者が一体化しており、これら母材金属21と酸化皮膜22によって本発明の半導体担持電極材料20が構成されている。すなわち本発明の半導体担持電極材料20は、母材金属21の表面に酸化皮膜22からなるn型半導体が担持された形態を有している。図2において、酸化皮膜22の厚さは母材金属21の厚さに対して非常に誇張して描いてある。また母材/皮膜界面31は酸化皮膜22の膜厚に相当する位置を示したものである。本明細書において酸化皮膜22の膜厚は「AESによる酸化皮膜表面32からの深さ方向分析において酸素濃度が最大酸素濃度の1/2となる深さ位置に対応するSiO2標準試料換算深さ」を意味する。母材/皮膜界面31付近では深さ方向(皮膜の厚さ方向)に母材金属21の成分元素と酸素が拡散による濃度勾配を有している。
【0016】
酸化皮膜22はn型半導体として機能し、酸化皮膜表面32に当該n型半導体よりも仕事関数が大きい金属材料を接触させることにより、当該酸化皮膜表面32においてショットキー接合が実現され、その金属材料と酸化皮膜22によってダイオードが構成される。母材金属21と酸化皮膜22とは、母材/皮膜界面31においてオーミック接合となっている。
【0017】
本発明の半導体担持電極材料20は、
(i)酸化皮膜22がn型半導体であること、
(ii)酸化皮膜表面32に当該n型半導体より仕事関数の大きい金属を接触させたとき、ショットキー障壁による電流阻止効果が得られること、
(iii)母材/皮膜界面31において母材金属21と酸化皮膜22がオーミック接合となっていること、
を要件とするものである。
【0018】
上記(i)については、種々の金属において、その表面に形成した酸化皮膜がn型半導体的性質を示すことは既に知られている。発明者らの検討によれば、鉄やクロムを主成分とする金属においては、Fe−Cr系合金だけでなく、純鉄を母材とする酸化皮膜でもn型半導体の特性を有するものを得ることが可能である。ただし、Fe−Cr系合金、純鉄のいずれにおいても、酸化皮膜の膜厚が非常に薄い場合には、その酸化皮膜表面に接触させた金属(以下「接触金属」という)との界面(以下「皮膜/接触金属界面」という)において、上記(ii)のショットキー障壁による電流阻止効果が実現されない。その原因としては、膜厚の減少に伴ってn型半導体の空乏層(空間電荷層)が薄くなりトンネル電流による通電が生じることが考えられる。なお、膜厚が極端に薄い場合は皮膜の欠陥部などを通して電流が流れる可能性もある。
【0019】
また、純クロムを母材とする酸化皮膜などはp型半導体の特性を有するものを得ることが可能であり、この場合、仕事関数の小さい金属と接触させたとき、ショットキー障壁による電流阻止効果が得られる。しかし、上記の純鉄、Fe−Cr系合金の場合と同様な理由により、酸化皮膜の膜厚が非常に薄い場合には、ショットキー障壁による電流阻止効果が実現できない。
【0020】
本発明で規定する組成範囲のFe−Cr系合金を母材とする場合、上記(ii)のショットキー障壁による電流阻止効果を安定して享受するには膜厚17nm以上を確保する必要がある。ただし、膜厚を過剰に厚くする必要はなく、通常、50nm以下の範囲とすればよい。40nm以下、あるいは30nm以下の範囲となるように熱処理条件を管理しても構わない。
【0021】
上記(iii)の母材/皮膜界面31におけるオーミック接合を実現すること自体は、例えば膜厚を薄くすることによって可能となる。しかしながら、(ii)の皮膜/接触金属界面(後述図5の32’)におけるショットキー接合との両立を図ることは必ずしも容易ではなく、それを安価な材料で安定して実現する手法はこれまでに見出されていない。例えば純鉄や純クロムでは、皮膜/接触金属界面でショットキー接合となるように酸化皮膜を厚くすると、母材/皮膜界面31も同時にショットキー接合となってしまう。逆に母材/皮膜界面31でオーミック接合となるように皮膜を薄くすると、こんどは皮膜/接触金属界面も同時にオーミック接合となってしまうのである。ところが発明者らは、詳細な研究の結果、Fe−Cr系合金を母材として用いたときに、母材/皮膜界面31でオーミック接合となり、かつ皮膜/接触金属界面でショットキー接合となるような酸化皮膜を形成させることができることを発見した。そのような酸化皮膜を形成させたFe−Cr系合金はダイオードデバイスに利用可能となる。
【0022】
本発明で規定する組成範囲のFe−Cr系合金の場合は、膜厚が17nm以上となる種々の酸化熱処理条件(温度、時間)のうち、比較的長時間の加熱を行うことにより母材/皮膜界面31でのみオーミック接合を呈するものを作り分けることができる。特に、母材のCr含有量が低くなるほど、高温・短時間の酸加熱処理で膜厚17nm以上のn型半導体酸化皮膜を形成させたときに母材/皮膜界面31がショットキー接合となりやすいので、比較的低温・長時間の熱処理条件を採用することが好ましい。
【0023】
母材として用いるFe−Cr系合金のCr含有量が10.5質量%を下回ると母材/皮膜界面31でのオーミック接合を安定して実現させるための酸化熱処理条件が狭くなる。また、ステンレス鋼としての耐食性も得られなくなる。したがって母材Fe−Cr系合金のCr含有量は10.5質量%以上とする。15質量%以上であることがより好ましい。一方、母材のCr含有量が増大すると製造性や加工性が低下しコスト増となる。Cr含有量は32.0質量%以下の範囲で設定すればよい。25.0質量%以下、あるいは20.0質量%以下の範囲で設定しても構わない。
【0024】
本発明の半導体担持電極材料は、Fe−Cr系合金を酸化性雰囲気中で加熱するという簡単な手法で作製することができる。Fe−Cr系合金としては前述のようなステンレス鋼種が採用できる。酸化性雰囲気は大気雰囲気が利用できる。例えばステンレス鋼板の表面を湿式研磨したものを大気雰囲気下の加熱炉に装入して加熱保持すればよい。加熱温度は250〜500℃の範囲で設定することができる。加熱時間は膜厚17nm以上の酸化皮膜が形成される時間であって、かつ母材/皮膜界面31でオーミック接合となる時間を確保する。あまり短時間の熱処理だと膜厚17nm以上の酸化皮膜が形成されても母材/皮膜界面31でオーミック接合とならない場合がある。母材のCr含有量が低いほど長時間の加熱が望ましい。大気雰囲気下の加熱の場合、例えば母材のCr含有量が10.5〜13.5質量%未満では280〜400℃で3h以上の加熱保持を行うことが望ましく、13.5〜15.0質量%未満では300〜450℃で0.5h以上の加熱保持を行うことが望ましく、15.5質量%以上では320〜500℃で0.1h以上の加熱保持を行うことが望ましい。加熱時間の上限は膜厚が過剰とならない範囲で適宜設定できるが、概ね50h以下の範囲で設定すればよい。熱処理条件が適正であるかどうかは、熱処理後の材料を用いてi−v特性を測定することによって評価できる。したがって、母材の組成(特にCr含有量)に応じた熱処理条件の適正範囲は、予め予備実験を行うことによって見出すことができる。また、加熱温度が高くなると皮膜中のドナー密度が減少して良好なスイッチング特性を示さなくなる。良好なスイッチング特性を示すには皮膜中のドナー密度が1E16cm−3以上必要である。
【0025】
図3に、17%Cr鋼を大気中400℃で1h加熱した場合に形成された皮膜について、AESによる深さ方向のFe、Cr、Oプロファイルを例示する。これは後述表1のNo.24(本発明例)の皮膜を調べたものである。膜厚は17nm以上であることがわかる。
【0026】
図18に、17%Cr鋼を大気中で400℃で1h加熱した場合に形成された皮膜構造を調べるため、Arイオンミリング法を用いて断面TEM試料を作製し、電界放射型透過電子顕微鏡にてTEM観察を行った際に得られた暗視野STEM像およびEDSマッピング像(Cr−K,Fe−K,O−K)を例示する。EDSマッピング像の元素の重なりから、皮膜は上層がFe主体酸化物層、下層がFe−Cr酸化物層の二層構造からなることがわかる。さらに、Oの強度は皮膜下層になるほど減少しており、濃度勾配を有していることがわかる。また、図19に図18中に示した上層皮膜、下層皮膜の中心部分の極微電子線回折像を例示する。回折像から明らかなように、分析点1の上層皮膜部ではアモルファス層、分析点2の下層皮膜部は結晶層と考えられる。本発明の電極材料における酸化皮膜は、皮膜表面側からアモルファスFe主体酸化物層、Cr濃化した結晶性Fe−Cr酸化物層を形成しており、このような2重の層構造によって、n型半導体の形成および母材とのオーミック接触が実現されている。
【0027】
その詳細なメカニズムについては現時点で十分解明されていないが、次のようなことが考えられる。本発明の酸化皮膜は、n型半導体層を形成している。Feの酸化物は主に2価と3価が存在し、2価の酸化物は酸素との結合が不十分であることからドナーとして働く。Oは皮膜下層になるほど減少していることから、皮膜下層の母材側になるほど、2価の割合が多く、ドナーが多く存在すると考えられる。皮膜中のドナーは電気伝導性に大きく影響しており、ドナー密度が極端に高くなるとオーミック接合となる。したがって、母材との界面ではオーミック接合になっていると考えられる。
【0028】
一方、皮膜上層はOの割合が高く、2価のFeの割合が少なくなり、オーミック接合に必要なドナーがなく整流性が保たれる。Cr酸化物は拡散速度が遅く、なおかつ、表層からのOの拡散を抑制して皮膜成長を妨げる働きをしている。そのため、Crが比較的濃化している皮膜下層において酸化は十分でなく、Feの2価に起因するドナーを多く保つ働きをすることにより、母材側ではオーミック接合し、表層では良好な整流性を示したものと考えられる。加熱温度が高い場合あるいは合金中のFeの割合が高い場合には、前記とは逆の作用でFeの酸化が進み、2価のFe酸化物が減少し、すなわちドナーが減少するために導電性が低下して良好なスイッチング性が低下するものと考えられる。
このような整流性の働きは、酸化により表面に形成するFeとCrの絶妙なバランスによって形成された酸化皮膜中のドナーによってもたらされたと考えられる。また、電気伝導性はMoやMnなどのドナーとして作用することが可能な添加元素によってもある程度の制御することも可能である。
【0029】
図4に、図3と同じ17%Cr鋼を大気中250℃で1h加熱した場合に形成された皮膜について、AESによる深さ方向のFe、Cr、Oプロファイルを例示する。これは後述表1のNo.21(比較例)の皮膜を調べたものである。膜厚が17nmに達していないことがわかる。この場合、母材とのオーミック接触は実現されているが、皮膜表面でショットキー障壁による電流阻止効果が発揮されない。皮膜表面側からFe主体酸化物層、Cr濃化してFe−Cr酸化物層を形成している点は図3の場合と同様であることから、この酸化皮膜はn型半導体となっているものの、表面に当該n型半導体より仕事関数の大きい金属を接触させた場合に、膜厚が薄いことに起因して空乏層が狭くなり、トンネル電流によってオーミック接合となってしまうものと推察される。
【0030】
本発明の半導体担持電極材料を用いてダイオードデバイスを作製する場合は、酸化皮膜からなるn型半導体よりも仕事関数の大きい金属材料を酸化皮膜の表面に接触させればよい。そのような金属材料としては種々のものが考えられるが、例えば銅線などの導線材料の先端にPt、Au、Pdなどの貴金属元素をめっきした電極や、Pb電極などが採用できる。なお、当然のことながら、これらの金属が本発明の酸化皮膜22を突き破って母材金属21と直接接触しないようにすることが重要である。
【0031】
図5に、母材金属/酸化皮膜/接触金属からなるデバイスにおいて、界面の通電タイプ(態様)と当該デバイスのi−vカーブの関係を模式的に示す。母材金属21の表面に酸化皮膜22を形成させた材料20’の、当該酸化皮膜の表面に、接触金属40を接触させることによりデバイス50を構成し、その両端に接続された導線4に電圧を印加する場合を想定している。母材金属21と酸化皮膜22は母材/皮膜界面31を介して一体化されていることから、母材/皮膜界面31を破線で表示した。符号32’は皮膜/接触金属界面である。図5中、ダイオード記号はショットキー接合によってその記号の方向以外の電流が阻止される界面であることを意味し、抵抗記号は両方向の通電が可能な界面であることを意味する。i−vカーブを表す各グラフのx軸(横軸)には母材金属21側の電位を正方向(右向き)にとってある。これらのグラフは、原点を挟んで概ね±0.1V付近までの狭い電圧範囲を拡大して表示したものを想定している。i−vカーブの形態を直線で概念的に表示した。実際のi−vカーブでは通常、図示のものよりも曲線的な要素が多くなる。
【0032】
図5(A)は、母材金属21と酸化皮膜22が一体化した材料20’が本発明のn型半導体担持電極材料である場合の通電タイプである。母材/皮膜界面31でオーミック接合、皮膜/接触金属界面32’でショットキー接合となっている。このときのi−vカーブは(a)のようになる。すなわち界面32’での整流作用が発揮され、ダイオードデバイスとしての機能を呈する。
【0033】
図5(B)は、界面31、32’の両方でショットキー障壁による電流阻止効果が見られない場合であり、i−vカーブは(b)のようになる。酸化皮膜22がそもそもn型半導体になっていなければこのような通電タイプとなる。また、酸化皮膜22が薄い場合(Fe−Cr系合金では膜厚17nm未満)にもこのようになりやすい。Fe−Cr系合金でこの通電タイプとなる場合は、前述のように界面32’においてトンネル電流が流れるものと推察される。
【0034】
図5(C)は、界面31、32’の両方がショットキー接合となった場合であり、i−vカーブは(c)のようになる。すなわち、いずれの方向にも電流が流れにくい。Fe−Cr合金を母材に用いて、過小な加熱時間にて膜厚17nm以上の酸化皮膜を形成させた場合に界面31でのオーミック接合が実現されず、このような通電タイプとなる。Cr含有量が低い母材で起こりやすい。また、純鉄や純クロムで十分な厚さの皮膜を形成させた場合にもこのような通電タイプとなる。
【0035】
図5(D)は、界面31のみでショットキー障壁による電流阻止効果が生じる場合であり、i−vカーブは(d)のようになる。酸化皮膜22はn型半導体になっているので、前記(B)の通電タイプにおいて当該n型半導体より仕事関数が小さい金属材料40を接触させない限り、このような通電タイプにはならないと考えられる。
【実施例】
【0036】
母材金属に用いるFe−Cr系合金として、Fe−11%Cr系、Fe−17%Cr系、Fe−18%Cr−1%Mo系の各フェライト系ステンレス鋼板を用意した。また比較材としてニラコ社製の純鉄および純クロム試料を用意した。各母材金属の組成は以下のとおりである。
・Fe−11%Cr系合金; 質量%で、Cr:10.97%、C:0.080%、Si:0.61%、Mn:0.18%、P:0.022%、S:0.001%、Ni:0.06%、Cu:0.01%、Mo:0.04%、Ti:0.174%、Al:0.036%、残部Feおよび不可避的不純物
・Fe−17%Cr系合金; 質量%で、Cr:16.55%、C:0.004%、Si:0.08%、Mn:0.22%、P:0.023%、S:0.001%、Ni:0.11%、Cu:0.04%、Mo:0.04%、Ti:0.180%、Al:0.072%、Nb:0.250%、残部Feおよび不可避的不純物
・Fe−18%Cr−1%Mo系合金; 質量%で、Cr:18.01%、C:0.005%、Si:0.08%、Mn:0.22%、P:0.026%、S:0.002%、Mo:0.94%、Ni:0.22%、Cu:0.04%、Ti:0.150%、Al:0.020%、Nb:0.240%、残部Feおよび不可避的不純物
・純鉄; 純度99.5%
・純クロム; 純度99.9%
【0037】
各母材金属の表面を湿式で鏡面研磨したのち超音波洗浄して得られた試料を、マッフル炉にて大気雰囲気下の種々の温度で1h(一部の試料は24h)保持する加熱処理に供した。加熱処理後の試料の鏡面研磨面に生成した酸化皮膜の表面を、金属材料と接触させて、「母材金属−酸化皮膜−接触金属」からなるデバイスを構成し、北斗電工株式会社製の電気化学測定システムHZ−5000を用いて上記デバイスの両端に電圧を印加して常温でのi−v特性を測定した。ここでは接触金属として水銀を用いた。試料の酸化皮膜表面を容器に収容した水銀の液面に接触させた状態で保持し、試料の母材金属裏面に設けた導線と、水銀を収容した容器の底部で水銀と接触している銅板の裏面に設けた導線との間に電圧が印加されるように回路を構成し、掃引速度600mV/minで0Vから電圧を変化させながら電流値を測定した。母材金属裏面の電圧が0Vからプラス側へと向かう掃引と、0Vからマイナス側へと向かう掃引は、試料を交換して行った。水銀と試料の接触面積は約28mm2である。
【0038】
また、株式会社エヌエフ回路設計ブロック社製の周波数特性分析器FRA5087にて上記と同様なデバイスに1Ωの電流検出抵抗を直列に接続してインピーダンスを測定した。インピーダンス測定は各出力電圧について周波数範囲:10MΩから100Ω、振幅10mVの条件にて行い、母材金属裏面の電圧が0Vからプラス側へ向かう測定と、0Vからマイナス側へと向かう測定を行った。また、インピーダンス測定より得られたボード線図の周波数−インピーダンス曲線の傾きが1となる直線部分のうち、インピーダンスが最大値と最小値の中間となる値をインピーダンス値として定義し、各電圧ごとの容量成分Cを算出し、C−V特性を得た。また、縦軸を1/C2となるMotto−Schottokyプロットを求めて半導体的性質を判定し、その傾きにより皮膜中のドナー密度を算出した。なお、C−V特性ならびにMotto−Schottkyプロットの横軸の電圧はi−v特性の電圧と一致するように、装置の内部抵抗(50Ω)と電流検出抵抗(1Ω)による電圧降下分を考慮し、デバイス部分に実際にかかっている電圧として再計算した値である。
【0039】
さらに、比較例として、市販のSi基板タイプのショットキーダイオード(Panasonic製;MA2Q73800L)について、上記の装置を用いてi−v特性ならびにインピーダンス測定によるC−V特性、Motto−Schottkyプロットを同様な方法により求めた。
【0040】
また、上記加熱処理後の試料について、日本電子製のAES分析装置JAMP9500Fを用いて一次電子ビーム加速電圧10kV、電流10nA、分析領域0.5mm×0.5mmにて酸化皮膜表面から深さ方向の分析を行い、酸化皮膜の膜厚を測定した。supattaリング速度はSiO2標準試料換算で27nm/minとし、検出オージェピークはO:KLL503eV近傍、Cr:LMM525eV近傍、Fe:LMM703eV近傍とした。ピーク強度の算出は原子プロファイル(運動エネルギー対電子検出強度のプロット)とした。この際、ピーク強度の算出は原子プロファイル(運動エネルギー対電子検出強度のプロット)N(E)数値微分した微分プロファイルにおいて、各元素ピークが形成する低エネルギー側の上向きピークと高エネルギー側の下向きピークの差(ピーク対ピーク)を計算することによって得た。この際、該当する上下ピークが存在しない場合はピーク強度を0とした。相対濃度(%)は装置メーカーから与えられた各元素の相対感度因子(RSF)を用いて計算した。この膜厚は酸素濃度が最大酸素濃度の1/2となる深さ位置に対応するSiO2換算深さである。
【0041】
結果を表1に示す。また、i−vカーブを図6〜12に例示する。このうち図7は、横軸を拡大して原点付近を示したものである。これらのi−vカーブのグラフは、母材金属側の電圧を横軸にとったものである。さらに、Fe−17%Cr系合金のC−VカーブならびにMotto−Schottkyプロットを図13〜図14に例示する。このC−Vカーブのグラフは、母材金属側の電圧を横軸にとったものである。比較のために、市販のSi基板タイプのショットキーダイオードについて得たi−vカーブを図15に、C−VカーブならびにMotto−Schottkyプロットを図16、図17にそれぞれ例示する。
【0042】
【表1】
【0043】
表1および図6〜12からわかるように、母材金属としてFe−Cr系合金を用い、酸化雰囲気中で十分な加熱保持時間を確保した加熱を行うことによって膜厚17nm以上の酸化皮膜を形成させたものにおいて、整流作用を呈するダイオードデバイスが構築できることが確認された。AESによる深さ方向分析の結果、これら発明例の酸化皮膜はいずれも、図3に例示した元素プロファイルと同様に、皮膜表面側からFe主体酸化物層、Cr濃化したFe−Cr酸化物層を形成している。その皮膜は母材とオーミック接合で一体化しているものである。インピーダンス測定から得られたMotto−schttkyプロットの解析より導出したドナー密度が1E16cm−3以上のものは良好なスイッチング特性を示す整流作用を呈するダイオードデバイスが構築できることが確認された(表1中発明例)。
【0044】
また、本発明例のNo.23、24(図13、図14)のC−V特性、Motto−Schottkyプロットは市販のショットキーダイオード(図16、図17)による挙動と似ており、n型半導体的性質を有していることがわかる。
【0045】
これに対し、Fe−Cr系合金の表面酸化皮膜の膜厚が17nm未満と薄い場合は、接触金属(ここでは水銀)との間でショットキー障壁による電流阻止効果を安定して得ることが難しくなる(No.1、2、3、7、21、22、31)。また、膜厚が17nm以上であっても、十分な加熱保持時間を確保せずに形成させた酸化皮膜の場合は、母材/皮膜界面が良好なオーミック接合とならないことがある(No.4、5、6)。図20にMotto−schttkyプロットを解析して得られた皮膜中のドナー密度と加熱温度との関係の例示からもわかるように、これらの条件で得られる皮膜中のドナー密度は、いずれも1E16cm−3未満であることがわかる。
【0046】
加熱時間不足はCr含有量が低いFe−Cr系合金で生じやすい傾向にあるが、Fe−11%Cr合金において適正な加熱温度−保持時間の範囲が存在することが確認された(発明例No.8、9、10)。
【0047】
一方、純鉄および純クロムでは、母材/皮膜界面でオーミック接合となり、かつ皮膜/接触金属界面でショットキー接合となる酸化皮膜を形成させる条件は、現時点で見つかっていない。
【符号の説明】
【0048】
1 金属
2 n型半導体
3 集電用電極
4 導線
10 ショットキー型ダイオード
20 n型半導体担持電極材料
20’ 母材金属と酸化皮膜が一体化した材料
21 母材金属
22 酸化皮膜
31 母材/皮膜界面
32 酸化皮膜表面
32’ 皮膜/接触金属界面
40 接触金属
50 デバイス
【技術分野】
【0001】
図1に、ショットキー型ダイオードデバイスの一般的な構成を模式的に示す。金属1とn型半導体2が接合されてショットキー型ダイオード10が形成されている。n型半導体2の表面の一部(例えば金属1と反対側)には集電用電極3が接合され、金属1と集電用電極3には導線4が接続されている。本発明は、Fe−Cr系合金の表面にn型半導体を担持したダイオード用電極材料に関するものである。図1のショットキー型ダイオードデバイスに対応させると、本発明の半導体担持電極材料は、n型半導体2と集電用電極3を構成する部材に相当する。
【背景技術】
【0002】
ダイオードはpn接合型とショットキー型に大別される。ショットキー型ダイオードはn型半導体と、そのn型半導体より大きい仕事関数を有する金属とを接合したもの、あるいはp型半導体と、そのp型半導体より小さい仕事関数を有する金属とを接合したものであり、その接合によって生じるショットキー障壁を利用して整流作用を行うものである。ショットキー型ダイオードはpn接合型に比べ、低損失であり、高速スイッチング特性に優れ、大電流を流せるので、種々の用途で広く使用されている。
【0003】
一方、金属材料の表面に存在する酸化皮膜には半導体的性質を示すものがあることが知られている。例えば、非特許文献1には硫酸水溶液中で形成させたステンレス鋼表面の不動態皮膜は内層p型、外層n型のpn接合を呈する酸化皮膜であることが記載されている。非特許文献2には#1200のSiCペーパーで研磨したオーステナイト系ステンレス鋼(SUS304)を大気中300℃で2〜4時間加熱することにより形成させた酸化皮膜はn型半導体であることが記載されている。
【0004】
また、非特許文献3にはアルミニウムや銅合金(真鍮)の酸化皮膜を水銀と接触させた回路におけるi−v(電流−電圧)カーブが示されている。それによると、酸化皮膜と水銀との間で酸化皮膜側がプラスになる電圧を印加した場合に、それとは逆向きの電圧を印加した場合と比べ、電流が非常に流れにくくなるという現象が生じている。この場合、酸化皮膜がn型半導体として機能し、水銀との間にショットキー接合が実現されたものと考えられる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】H.Tsuchiya,S.Fujimoto:Electrochimica Acta 47(2002)p.4357−4366
【非特許文献2】L.Hamadou:Applied Surface Science 252(2006)p.4209−4217
【非特許文献3】J.H.Whitley:Proc Tech Programm Natl.Electron.Packaging Prod.Conf.(1975)p.263−269
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ショットキー型ダイオードデバイスには、半導体の表面の一部に集電用の電極(図1の符号3に相当するもの)が設けられる。この電極は当該半導体との間でオーミック接合を呈するものでなければならない。その部分でショットキー接合が形成されると、両方向ともに電流の流れが阻害されてしまうからである。半導体が例えばシリコンである場合、オーミック接合を実現するための電極材料としてはInGaなどが挙げられる。このような特殊な金属材料からなる電極を介在させることは導電性を低下させる要因となり、素材コストを増大させることにもなる。また従来、ショットキー型ダイオードデバイスの製造は、蒸着工程を含む複雑な工程を経て行われることが多く、そのこと自体もデバイスの製造コストを押し上げる要因となっている。
【0007】
一方、前述のように、金属材料の表面に形成させた酸化皮膜のなかには半導体として機能するものがあることは知られているが、それを利用して良好なスイッチング特性を呈するショットキー型ダイオードを構成した報告例は見当たらない。その理由として、母材金属と酸化皮膜の間の接合状態においてもショットキー接合の傾向が発現しやすいことが考えられる。すなわち、酸化皮膜(半導体)と、その母材の金属材料との間で安定してオーミック接合を実現させる手法は見出されていないのが現状である。
【0008】
本発明は、良好な整流特性を示すショットキー型ダイオードデバイスに利用可能な、半導体層を担持した安価な材料を提供しようというものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的は、Cr含有量が10.5〜32.0質量%であるFe−Cr系合金の母材と、その母材を酸化性雰囲気に加熱することによって形成させた表面酸化皮膜とが一体となった材料であって、AES(オージェ電子分光分析)による前記酸化皮膜表面からの深さ方向分析において酸素濃度が最大酸素濃度の1/2となる深さ位置に対応するSiO2換算深さを当該酸化皮膜の膜厚とするとき、当該酸化皮膜は、膜厚が17〜50nmのn型半導体であり、かつ皮膜表面側から順にFe主体酸化物層、Cr濃化したFe−Cr酸化物層を形成して母材とオーミック接合で一体化しているダイオード用半導体担持電極材料によって達成される。
ここで、Fe主体酸化物層は主としてアモルファスであり、Cr濃化したFe−Cr結晶性酸化物層を形成して、なおかつ皮膜中のドナー密度が1E16cm−3〜1E18cm−3である。Cr濃化したFe−Cr結晶性酸化物層は、Crが母材金属Crよりも高濃度で分布している領域部分である。
【0010】
前記Fe−Cr系合金としては、フェライト系ステンレス鋼を採用することができる。「ステンレス鋼」とは、JIS
G0203:2009の番号3801に示されているように、Cr含有量10.5質量%以上、C含有量1.2質量%以下として耐食性を向上させた合金鋼である。
【0011】
合金成分の含有量範囲を例示すると、以下の組成を挙げることができる。
質量%で、Cr:10.5〜32.0%、C:0.0001〜0.15%、Si:0.001〜1.2%、Mn:0.001〜1.2%、P:0〜0.080%、S:0〜0.030%、Ni:0〜0.6%、Mo:0〜3.0%、Cu:0〜1.0%、Nb:0〜1.0%、Ti:0〜1.0%、Al:0〜0.2%、N:0〜0.025%以下、B:0〜0.010%、V:0〜0.5%、W:0〜0.3%、Ca、Mg、Y、REM(希土類元素)の合計:0〜0.1%、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成。
ここで、含有量の下限が0%である元素は、任意添加元素であることを意味する。
【0012】
規格鋼種としては、例えばJIS G4305:2005、あるいはJIS
G4312−1991に示されているフェライト系の各鋼種が挙げられる。
【発明の効果】
【0013】
本発明の半導体担持電極材料は、以下のようなメリットを有するものである。
(1)この電極材料はステンレス鋼板を母材に用いて、これを大気中で加熱するという簡単な手法により製造することができるので低コストである。
(2)この電極材料は従来のショットキー型ダイオードデバイスにおける半導体と集電用電極が一体化した部材(図1の符号2と3の部分に相当する部材)を構成するものであるから、これを用いるとショットキー型ダイオードデバイスの製造においてオーミック接合となる特殊な金属材料で集電用電極を形成する工程が不要となる。
(3)この電極材料の酸化皮膜側に、仕事関数が当該酸化皮膜(n型半導体)の仕事関数よりも大きい金属材料を接合するだけで直ちにショットキー型ダイオードが構築されるので、ダイオードデバイスの製造が容易である。
(4)この電極材料はステンレス鋼を母材とするものであるから耐食性にも優れる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】ショットキー型ダイオードデバイスの一般的な構成を模式的に示した図。
【図2】本発明のn型半導体担持電極材料の断面構造を模式的に示した図。
【図3】Fe−17%Cr合金を大気中400℃で1h加熱した場合に形成された皮膜についてのAESによる深さ方向のFe、Cr、Oプロファイルを例示したグラフ。
【図4】Fe−17%Cr合金を大気中250℃で1h加熱した場合に形成された皮膜についてのAESによる深さ方向のFe、Cr、Oプロファイルを例示したグラフ。
【図5】母材金属/酸化皮膜/接触金属からなるデバイスにおいて、界面の通電タイプ(態様)と当該デバイスのi−vカーブの関係を模式的に示した図。
【図6】Fe−11%Cr合金母材/1h加熱による酸化皮膜/水銀で構成されるデバイスのi−vカーブを例示したグラフ。
【図7】Fe−11%Cr合金母材/1h加熱による酸化皮膜/水銀で構成されるデバイスのi−vカーブを例示したグラフ。
【図8】Fe−11%Cr合金母材/24h加熱による酸化皮膜/水銀で構成されるデバイスのi−vカーブを例示したグラフ。
【図9】Fe−17%Cr合金母材/1h加熱による酸化皮膜/水銀で構成されるデバイスのi−vカーブを例示したグラフ。
【図10】Fe−18%Cr−1%Mo合金母材/1h加熱による酸化皮膜/水銀で構成されるデバイスのi−vカーブを例示したグラフ。
【図11】純鉄母材/1h加熱による酸化皮膜/水銀で構成されるデバイスのi−vカーブを例示したグラフ。
【図12】純クロム母材/1h加熱による酸化皮膜/水銀で構成されるデバイスのi−vカーブを例示したグラフ。
【図13】Fe−17%Cr合金母材/1h加熱による酸化皮膜/水銀で構成されるデバイスのインピーダンス測定から得られたC−Vカーブを例示したグラフ。
【図14】Fe−17%Cr合金母材/1h加熱による酸化皮膜/水銀で構成されるデバイスのインピーダンス測定から得られたMotto−Schottkyプロットを例示したグラフ。
【図15】Si基板タイプのショットキーダイオードデバイスのi−vカーブを例示したグラフ。
【図16】Si基板タイプのショットキーダイオードデバイスのインピーダンス測定から得られたC−Vカーブを例示したグラフ。
【図17】Si基板タイプのショットキーダイオードデバイスのインピーダンス測定から得られたMotto−Schottkyプロットを例示したグラフ。
【図18】Fe−17%Cr合金母材/400℃×1h加熱による断面STEM暗視野像。
【図19】図18中の上層皮膜、下層皮膜の中心部分の極微電子線回折像を例示したグラフ。
【図20】Motto−Schottkyプロットの解析より計算した皮膜中のドナー密度と加熱温度との関係を例示した図。
【発明を実施するための形態】
【0015】
図2に、本発明の半導体担持電極材料の断面構造を模式的に示す。Fe−Cr系合金からなる母材金属21の表面に酸化皮膜22が形成されて両者が一体化しており、これら母材金属21と酸化皮膜22によって本発明の半導体担持電極材料20が構成されている。すなわち本発明の半導体担持電極材料20は、母材金属21の表面に酸化皮膜22からなるn型半導体が担持された形態を有している。図2において、酸化皮膜22の厚さは母材金属21の厚さに対して非常に誇張して描いてある。また母材/皮膜界面31は酸化皮膜22の膜厚に相当する位置を示したものである。本明細書において酸化皮膜22の膜厚は「AESによる酸化皮膜表面32からの深さ方向分析において酸素濃度が最大酸素濃度の1/2となる深さ位置に対応するSiO2標準試料換算深さ」を意味する。母材/皮膜界面31付近では深さ方向(皮膜の厚さ方向)に母材金属21の成分元素と酸素が拡散による濃度勾配を有している。
【0016】
酸化皮膜22はn型半導体として機能し、酸化皮膜表面32に当該n型半導体よりも仕事関数が大きい金属材料を接触させることにより、当該酸化皮膜表面32においてショットキー接合が実現され、その金属材料と酸化皮膜22によってダイオードが構成される。母材金属21と酸化皮膜22とは、母材/皮膜界面31においてオーミック接合となっている。
【0017】
本発明の半導体担持電極材料20は、
(i)酸化皮膜22がn型半導体であること、
(ii)酸化皮膜表面32に当該n型半導体より仕事関数の大きい金属を接触させたとき、ショットキー障壁による電流阻止効果が得られること、
(iii)母材/皮膜界面31において母材金属21と酸化皮膜22がオーミック接合となっていること、
を要件とするものである。
【0018】
上記(i)については、種々の金属において、その表面に形成した酸化皮膜がn型半導体的性質を示すことは既に知られている。発明者らの検討によれば、鉄やクロムを主成分とする金属においては、Fe−Cr系合金だけでなく、純鉄を母材とする酸化皮膜でもn型半導体の特性を有するものを得ることが可能である。ただし、Fe−Cr系合金、純鉄のいずれにおいても、酸化皮膜の膜厚が非常に薄い場合には、その酸化皮膜表面に接触させた金属(以下「接触金属」という)との界面(以下「皮膜/接触金属界面」という)において、上記(ii)のショットキー障壁による電流阻止効果が実現されない。その原因としては、膜厚の減少に伴ってn型半導体の空乏層(空間電荷層)が薄くなりトンネル電流による通電が生じることが考えられる。なお、膜厚が極端に薄い場合は皮膜の欠陥部などを通して電流が流れる可能性もある。
【0019】
また、純クロムを母材とする酸化皮膜などはp型半導体の特性を有するものを得ることが可能であり、この場合、仕事関数の小さい金属と接触させたとき、ショットキー障壁による電流阻止効果が得られる。しかし、上記の純鉄、Fe−Cr系合金の場合と同様な理由により、酸化皮膜の膜厚が非常に薄い場合には、ショットキー障壁による電流阻止効果が実現できない。
【0020】
本発明で規定する組成範囲のFe−Cr系合金を母材とする場合、上記(ii)のショットキー障壁による電流阻止効果を安定して享受するには膜厚17nm以上を確保する必要がある。ただし、膜厚を過剰に厚くする必要はなく、通常、50nm以下の範囲とすればよい。40nm以下、あるいは30nm以下の範囲となるように熱処理条件を管理しても構わない。
【0021】
上記(iii)の母材/皮膜界面31におけるオーミック接合を実現すること自体は、例えば膜厚を薄くすることによって可能となる。しかしながら、(ii)の皮膜/接触金属界面(後述図5の32’)におけるショットキー接合との両立を図ることは必ずしも容易ではなく、それを安価な材料で安定して実現する手法はこれまでに見出されていない。例えば純鉄や純クロムでは、皮膜/接触金属界面でショットキー接合となるように酸化皮膜を厚くすると、母材/皮膜界面31も同時にショットキー接合となってしまう。逆に母材/皮膜界面31でオーミック接合となるように皮膜を薄くすると、こんどは皮膜/接触金属界面も同時にオーミック接合となってしまうのである。ところが発明者らは、詳細な研究の結果、Fe−Cr系合金を母材として用いたときに、母材/皮膜界面31でオーミック接合となり、かつ皮膜/接触金属界面でショットキー接合となるような酸化皮膜を形成させることができることを発見した。そのような酸化皮膜を形成させたFe−Cr系合金はダイオードデバイスに利用可能となる。
【0022】
本発明で規定する組成範囲のFe−Cr系合金の場合は、膜厚が17nm以上となる種々の酸化熱処理条件(温度、時間)のうち、比較的長時間の加熱を行うことにより母材/皮膜界面31でのみオーミック接合を呈するものを作り分けることができる。特に、母材のCr含有量が低くなるほど、高温・短時間の酸加熱処理で膜厚17nm以上のn型半導体酸化皮膜を形成させたときに母材/皮膜界面31がショットキー接合となりやすいので、比較的低温・長時間の熱処理条件を採用することが好ましい。
【0023】
母材として用いるFe−Cr系合金のCr含有量が10.5質量%を下回ると母材/皮膜界面31でのオーミック接合を安定して実現させるための酸化熱処理条件が狭くなる。また、ステンレス鋼としての耐食性も得られなくなる。したがって母材Fe−Cr系合金のCr含有量は10.5質量%以上とする。15質量%以上であることがより好ましい。一方、母材のCr含有量が増大すると製造性や加工性が低下しコスト増となる。Cr含有量は32.0質量%以下の範囲で設定すればよい。25.0質量%以下、あるいは20.0質量%以下の範囲で設定しても構わない。
【0024】
本発明の半導体担持電極材料は、Fe−Cr系合金を酸化性雰囲気中で加熱するという簡単な手法で作製することができる。Fe−Cr系合金としては前述のようなステンレス鋼種が採用できる。酸化性雰囲気は大気雰囲気が利用できる。例えばステンレス鋼板の表面を湿式研磨したものを大気雰囲気下の加熱炉に装入して加熱保持すればよい。加熱温度は250〜500℃の範囲で設定することができる。加熱時間は膜厚17nm以上の酸化皮膜が形成される時間であって、かつ母材/皮膜界面31でオーミック接合となる時間を確保する。あまり短時間の熱処理だと膜厚17nm以上の酸化皮膜が形成されても母材/皮膜界面31でオーミック接合とならない場合がある。母材のCr含有量が低いほど長時間の加熱が望ましい。大気雰囲気下の加熱の場合、例えば母材のCr含有量が10.5〜13.5質量%未満では280〜400℃で3h以上の加熱保持を行うことが望ましく、13.5〜15.0質量%未満では300〜450℃で0.5h以上の加熱保持を行うことが望ましく、15.5質量%以上では320〜500℃で0.1h以上の加熱保持を行うことが望ましい。加熱時間の上限は膜厚が過剰とならない範囲で適宜設定できるが、概ね50h以下の範囲で設定すればよい。熱処理条件が適正であるかどうかは、熱処理後の材料を用いてi−v特性を測定することによって評価できる。したがって、母材の組成(特にCr含有量)に応じた熱処理条件の適正範囲は、予め予備実験を行うことによって見出すことができる。また、加熱温度が高くなると皮膜中のドナー密度が減少して良好なスイッチング特性を示さなくなる。良好なスイッチング特性を示すには皮膜中のドナー密度が1E16cm−3以上必要である。
【0025】
図3に、17%Cr鋼を大気中400℃で1h加熱した場合に形成された皮膜について、AESによる深さ方向のFe、Cr、Oプロファイルを例示する。これは後述表1のNo.24(本発明例)の皮膜を調べたものである。膜厚は17nm以上であることがわかる。
【0026】
図18に、17%Cr鋼を大気中で400℃で1h加熱した場合に形成された皮膜構造を調べるため、Arイオンミリング法を用いて断面TEM試料を作製し、電界放射型透過電子顕微鏡にてTEM観察を行った際に得られた暗視野STEM像およびEDSマッピング像(Cr−K,Fe−K,O−K)を例示する。EDSマッピング像の元素の重なりから、皮膜は上層がFe主体酸化物層、下層がFe−Cr酸化物層の二層構造からなることがわかる。さらに、Oの強度は皮膜下層になるほど減少しており、濃度勾配を有していることがわかる。また、図19に図18中に示した上層皮膜、下層皮膜の中心部分の極微電子線回折像を例示する。回折像から明らかなように、分析点1の上層皮膜部ではアモルファス層、分析点2の下層皮膜部は結晶層と考えられる。本発明の電極材料における酸化皮膜は、皮膜表面側からアモルファスFe主体酸化物層、Cr濃化した結晶性Fe−Cr酸化物層を形成しており、このような2重の層構造によって、n型半導体の形成および母材とのオーミック接触が実現されている。
【0027】
その詳細なメカニズムについては現時点で十分解明されていないが、次のようなことが考えられる。本発明の酸化皮膜は、n型半導体層を形成している。Feの酸化物は主に2価と3価が存在し、2価の酸化物は酸素との結合が不十分であることからドナーとして働く。Oは皮膜下層になるほど減少していることから、皮膜下層の母材側になるほど、2価の割合が多く、ドナーが多く存在すると考えられる。皮膜中のドナーは電気伝導性に大きく影響しており、ドナー密度が極端に高くなるとオーミック接合となる。したがって、母材との界面ではオーミック接合になっていると考えられる。
【0028】
一方、皮膜上層はOの割合が高く、2価のFeの割合が少なくなり、オーミック接合に必要なドナーがなく整流性が保たれる。Cr酸化物は拡散速度が遅く、なおかつ、表層からのOの拡散を抑制して皮膜成長を妨げる働きをしている。そのため、Crが比較的濃化している皮膜下層において酸化は十分でなく、Feの2価に起因するドナーを多く保つ働きをすることにより、母材側ではオーミック接合し、表層では良好な整流性を示したものと考えられる。加熱温度が高い場合あるいは合金中のFeの割合が高い場合には、前記とは逆の作用でFeの酸化が進み、2価のFe酸化物が減少し、すなわちドナーが減少するために導電性が低下して良好なスイッチング性が低下するものと考えられる。
このような整流性の働きは、酸化により表面に形成するFeとCrの絶妙なバランスによって形成された酸化皮膜中のドナーによってもたらされたと考えられる。また、電気伝導性はMoやMnなどのドナーとして作用することが可能な添加元素によってもある程度の制御することも可能である。
【0029】
図4に、図3と同じ17%Cr鋼を大気中250℃で1h加熱した場合に形成された皮膜について、AESによる深さ方向のFe、Cr、Oプロファイルを例示する。これは後述表1のNo.21(比較例)の皮膜を調べたものである。膜厚が17nmに達していないことがわかる。この場合、母材とのオーミック接触は実現されているが、皮膜表面でショットキー障壁による電流阻止効果が発揮されない。皮膜表面側からFe主体酸化物層、Cr濃化してFe−Cr酸化物層を形成している点は図3の場合と同様であることから、この酸化皮膜はn型半導体となっているものの、表面に当該n型半導体より仕事関数の大きい金属を接触させた場合に、膜厚が薄いことに起因して空乏層が狭くなり、トンネル電流によってオーミック接合となってしまうものと推察される。
【0030】
本発明の半導体担持電極材料を用いてダイオードデバイスを作製する場合は、酸化皮膜からなるn型半導体よりも仕事関数の大きい金属材料を酸化皮膜の表面に接触させればよい。そのような金属材料としては種々のものが考えられるが、例えば銅線などの導線材料の先端にPt、Au、Pdなどの貴金属元素をめっきした電極や、Pb電極などが採用できる。なお、当然のことながら、これらの金属が本発明の酸化皮膜22を突き破って母材金属21と直接接触しないようにすることが重要である。
【0031】
図5に、母材金属/酸化皮膜/接触金属からなるデバイスにおいて、界面の通電タイプ(態様)と当該デバイスのi−vカーブの関係を模式的に示す。母材金属21の表面に酸化皮膜22を形成させた材料20’の、当該酸化皮膜の表面に、接触金属40を接触させることによりデバイス50を構成し、その両端に接続された導線4に電圧を印加する場合を想定している。母材金属21と酸化皮膜22は母材/皮膜界面31を介して一体化されていることから、母材/皮膜界面31を破線で表示した。符号32’は皮膜/接触金属界面である。図5中、ダイオード記号はショットキー接合によってその記号の方向以外の電流が阻止される界面であることを意味し、抵抗記号は両方向の通電が可能な界面であることを意味する。i−vカーブを表す各グラフのx軸(横軸)には母材金属21側の電位を正方向(右向き)にとってある。これらのグラフは、原点を挟んで概ね±0.1V付近までの狭い電圧範囲を拡大して表示したものを想定している。i−vカーブの形態を直線で概念的に表示した。実際のi−vカーブでは通常、図示のものよりも曲線的な要素が多くなる。
【0032】
図5(A)は、母材金属21と酸化皮膜22が一体化した材料20’が本発明のn型半導体担持電極材料である場合の通電タイプである。母材/皮膜界面31でオーミック接合、皮膜/接触金属界面32’でショットキー接合となっている。このときのi−vカーブは(a)のようになる。すなわち界面32’での整流作用が発揮され、ダイオードデバイスとしての機能を呈する。
【0033】
図5(B)は、界面31、32’の両方でショットキー障壁による電流阻止効果が見られない場合であり、i−vカーブは(b)のようになる。酸化皮膜22がそもそもn型半導体になっていなければこのような通電タイプとなる。また、酸化皮膜22が薄い場合(Fe−Cr系合金では膜厚17nm未満)にもこのようになりやすい。Fe−Cr系合金でこの通電タイプとなる場合は、前述のように界面32’においてトンネル電流が流れるものと推察される。
【0034】
図5(C)は、界面31、32’の両方がショットキー接合となった場合であり、i−vカーブは(c)のようになる。すなわち、いずれの方向にも電流が流れにくい。Fe−Cr合金を母材に用いて、過小な加熱時間にて膜厚17nm以上の酸化皮膜を形成させた場合に界面31でのオーミック接合が実現されず、このような通電タイプとなる。Cr含有量が低い母材で起こりやすい。また、純鉄や純クロムで十分な厚さの皮膜を形成させた場合にもこのような通電タイプとなる。
【0035】
図5(D)は、界面31のみでショットキー障壁による電流阻止効果が生じる場合であり、i−vカーブは(d)のようになる。酸化皮膜22はn型半導体になっているので、前記(B)の通電タイプにおいて当該n型半導体より仕事関数が小さい金属材料40を接触させない限り、このような通電タイプにはならないと考えられる。
【実施例】
【0036】
母材金属に用いるFe−Cr系合金として、Fe−11%Cr系、Fe−17%Cr系、Fe−18%Cr−1%Mo系の各フェライト系ステンレス鋼板を用意した。また比較材としてニラコ社製の純鉄および純クロム試料を用意した。各母材金属の組成は以下のとおりである。
・Fe−11%Cr系合金; 質量%で、Cr:10.97%、C:0.080%、Si:0.61%、Mn:0.18%、P:0.022%、S:0.001%、Ni:0.06%、Cu:0.01%、Mo:0.04%、Ti:0.174%、Al:0.036%、残部Feおよび不可避的不純物
・Fe−17%Cr系合金; 質量%で、Cr:16.55%、C:0.004%、Si:0.08%、Mn:0.22%、P:0.023%、S:0.001%、Ni:0.11%、Cu:0.04%、Mo:0.04%、Ti:0.180%、Al:0.072%、Nb:0.250%、残部Feおよび不可避的不純物
・Fe−18%Cr−1%Mo系合金; 質量%で、Cr:18.01%、C:0.005%、Si:0.08%、Mn:0.22%、P:0.026%、S:0.002%、Mo:0.94%、Ni:0.22%、Cu:0.04%、Ti:0.150%、Al:0.020%、Nb:0.240%、残部Feおよび不可避的不純物
・純鉄; 純度99.5%
・純クロム; 純度99.9%
【0037】
各母材金属の表面を湿式で鏡面研磨したのち超音波洗浄して得られた試料を、マッフル炉にて大気雰囲気下の種々の温度で1h(一部の試料は24h)保持する加熱処理に供した。加熱処理後の試料の鏡面研磨面に生成した酸化皮膜の表面を、金属材料と接触させて、「母材金属−酸化皮膜−接触金属」からなるデバイスを構成し、北斗電工株式会社製の電気化学測定システムHZ−5000を用いて上記デバイスの両端に電圧を印加して常温でのi−v特性を測定した。ここでは接触金属として水銀を用いた。試料の酸化皮膜表面を容器に収容した水銀の液面に接触させた状態で保持し、試料の母材金属裏面に設けた導線と、水銀を収容した容器の底部で水銀と接触している銅板の裏面に設けた導線との間に電圧が印加されるように回路を構成し、掃引速度600mV/minで0Vから電圧を変化させながら電流値を測定した。母材金属裏面の電圧が0Vからプラス側へと向かう掃引と、0Vからマイナス側へと向かう掃引は、試料を交換して行った。水銀と試料の接触面積は約28mm2である。
【0038】
また、株式会社エヌエフ回路設計ブロック社製の周波数特性分析器FRA5087にて上記と同様なデバイスに1Ωの電流検出抵抗を直列に接続してインピーダンスを測定した。インピーダンス測定は各出力電圧について周波数範囲:10MΩから100Ω、振幅10mVの条件にて行い、母材金属裏面の電圧が0Vからプラス側へ向かう測定と、0Vからマイナス側へと向かう測定を行った。また、インピーダンス測定より得られたボード線図の周波数−インピーダンス曲線の傾きが1となる直線部分のうち、インピーダンスが最大値と最小値の中間となる値をインピーダンス値として定義し、各電圧ごとの容量成分Cを算出し、C−V特性を得た。また、縦軸を1/C2となるMotto−Schottokyプロットを求めて半導体的性質を判定し、その傾きにより皮膜中のドナー密度を算出した。なお、C−V特性ならびにMotto−Schottkyプロットの横軸の電圧はi−v特性の電圧と一致するように、装置の内部抵抗(50Ω)と電流検出抵抗(1Ω)による電圧降下分を考慮し、デバイス部分に実際にかかっている電圧として再計算した値である。
【0039】
さらに、比較例として、市販のSi基板タイプのショットキーダイオード(Panasonic製;MA2Q73800L)について、上記の装置を用いてi−v特性ならびにインピーダンス測定によるC−V特性、Motto−Schottkyプロットを同様な方法により求めた。
【0040】
また、上記加熱処理後の試料について、日本電子製のAES分析装置JAMP9500Fを用いて一次電子ビーム加速電圧10kV、電流10nA、分析領域0.5mm×0.5mmにて酸化皮膜表面から深さ方向の分析を行い、酸化皮膜の膜厚を測定した。supattaリング速度はSiO2標準試料換算で27nm/minとし、検出オージェピークはO:KLL503eV近傍、Cr:LMM525eV近傍、Fe:LMM703eV近傍とした。ピーク強度の算出は原子プロファイル(運動エネルギー対電子検出強度のプロット)とした。この際、ピーク強度の算出は原子プロファイル(運動エネルギー対電子検出強度のプロット)N(E)数値微分した微分プロファイルにおいて、各元素ピークが形成する低エネルギー側の上向きピークと高エネルギー側の下向きピークの差(ピーク対ピーク)を計算することによって得た。この際、該当する上下ピークが存在しない場合はピーク強度を0とした。相対濃度(%)は装置メーカーから与えられた各元素の相対感度因子(RSF)を用いて計算した。この膜厚は酸素濃度が最大酸素濃度の1/2となる深さ位置に対応するSiO2換算深さである。
【0041】
結果を表1に示す。また、i−vカーブを図6〜12に例示する。このうち図7は、横軸を拡大して原点付近を示したものである。これらのi−vカーブのグラフは、母材金属側の電圧を横軸にとったものである。さらに、Fe−17%Cr系合金のC−VカーブならびにMotto−Schottkyプロットを図13〜図14に例示する。このC−Vカーブのグラフは、母材金属側の電圧を横軸にとったものである。比較のために、市販のSi基板タイプのショットキーダイオードについて得たi−vカーブを図15に、C−VカーブならびにMotto−Schottkyプロットを図16、図17にそれぞれ例示する。
【0042】
【表1】
【0043】
表1および図6〜12からわかるように、母材金属としてFe−Cr系合金を用い、酸化雰囲気中で十分な加熱保持時間を確保した加熱を行うことによって膜厚17nm以上の酸化皮膜を形成させたものにおいて、整流作用を呈するダイオードデバイスが構築できることが確認された。AESによる深さ方向分析の結果、これら発明例の酸化皮膜はいずれも、図3に例示した元素プロファイルと同様に、皮膜表面側からFe主体酸化物層、Cr濃化したFe−Cr酸化物層を形成している。その皮膜は母材とオーミック接合で一体化しているものである。インピーダンス測定から得られたMotto−schttkyプロットの解析より導出したドナー密度が1E16cm−3以上のものは良好なスイッチング特性を示す整流作用を呈するダイオードデバイスが構築できることが確認された(表1中発明例)。
【0044】
また、本発明例のNo.23、24(図13、図14)のC−V特性、Motto−Schottkyプロットは市販のショットキーダイオード(図16、図17)による挙動と似ており、n型半導体的性質を有していることがわかる。
【0045】
これに対し、Fe−Cr系合金の表面酸化皮膜の膜厚が17nm未満と薄い場合は、接触金属(ここでは水銀)との間でショットキー障壁による電流阻止効果を安定して得ることが難しくなる(No.1、2、3、7、21、22、31)。また、膜厚が17nm以上であっても、十分な加熱保持時間を確保せずに形成させた酸化皮膜の場合は、母材/皮膜界面が良好なオーミック接合とならないことがある(No.4、5、6)。図20にMotto−schttkyプロットを解析して得られた皮膜中のドナー密度と加熱温度との関係の例示からもわかるように、これらの条件で得られる皮膜中のドナー密度は、いずれも1E16cm−3未満であることがわかる。
【0046】
加熱時間不足はCr含有量が低いFe−Cr系合金で生じやすい傾向にあるが、Fe−11%Cr合金において適正な加熱温度−保持時間の範囲が存在することが確認された(発明例No.8、9、10)。
【0047】
一方、純鉄および純クロムでは、母材/皮膜界面でオーミック接合となり、かつ皮膜/接触金属界面でショットキー接合となる酸化皮膜を形成させる条件は、現時点で見つかっていない。
【符号の説明】
【0048】
1 金属
2 n型半導体
3 集電用電極
4 導線
10 ショットキー型ダイオード
20 n型半導体担持電極材料
20’ 母材金属と酸化皮膜が一体化した材料
21 母材金属
22 酸化皮膜
31 母材/皮膜界面
32 酸化皮膜表面
32’ 皮膜/接触金属界面
40 接触金属
50 デバイス
【特許請求の範囲】
【請求項1】
Cr含有量が10.5〜32.0質量%であるFe−Cr系合金の母材と、その母材を酸化性雰囲気に加熱することによって形成させた表面酸化皮膜とが一体となった材料であって、AESによる前記酸化皮膜表面からの深さ方向分析において酸素濃度が最大酸素濃度の1/2となる深さ位置に対応するSiO2換算深さを当該酸化皮膜の膜厚とするとき、当該酸化皮膜は、膜厚が17〜50nmのn型半導体であり、かつ皮膜表面側から順にFe主体酸化物、Cr濃化したFe−Cr酸化物を形成して母材とオーミック接合で一体化しているダイオード用半導体担持電極材料。
【請求項2】
前記Fe−Cr系合金は、フェライト系ステンレス鋼である請求項1に記載のダイオード用半導体担持電極材料。
【請求項3】
前記Fe−Cr系合金は、質量%で、Cr:10.5〜32.0%、C:0.0001〜0.15%、Si:0.001〜1.2%、Mn:0.001〜1.2%、P:0〜0.080%、S:0〜0.030%、Ni:0〜0.6%、Mo:0〜3.0%、Cu:0〜1.0%、Nb:0〜1.0%、Ti:0〜1.0%、Al:0〜0.2%、N:0〜0.025%以下、B:0〜0.010%、V:0〜0.5%、W:0〜0.3%、Ca、Mg、Y、REM(希土類元素)の合計:0〜0.1%、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成を有する請
求項1に記載のダイオード用半導体担持電極材料。
【請求項4】
皮膜表面側のFe主体酸化物が主としてアモルファス構造であり、母材側のCr濃化したFe−Cr酸化物が結晶構造であることを特徴とする請求項1〜4に記載のダイオード用半導体担持電極材料。
【請求項5】
n型半導体中のドナー密度が1E16cm−3〜1E18cm−3の範囲で含まれていることを特徴とする請求項1〜3に記載のダイオード用半導体担持電極材料。
【請求項1】
Cr含有量が10.5〜32.0質量%であるFe−Cr系合金の母材と、その母材を酸化性雰囲気に加熱することによって形成させた表面酸化皮膜とが一体となった材料であって、AESによる前記酸化皮膜表面からの深さ方向分析において酸素濃度が最大酸素濃度の1/2となる深さ位置に対応するSiO2換算深さを当該酸化皮膜の膜厚とするとき、当該酸化皮膜は、膜厚が17〜50nmのn型半導体であり、かつ皮膜表面側から順にFe主体酸化物、Cr濃化したFe−Cr酸化物を形成して母材とオーミック接合で一体化しているダイオード用半導体担持電極材料。
【請求項2】
前記Fe−Cr系合金は、フェライト系ステンレス鋼である請求項1に記載のダイオード用半導体担持電極材料。
【請求項3】
前記Fe−Cr系合金は、質量%で、Cr:10.5〜32.0%、C:0.0001〜0.15%、Si:0.001〜1.2%、Mn:0.001〜1.2%、P:0〜0.080%、S:0〜0.030%、Ni:0〜0.6%、Mo:0〜3.0%、Cu:0〜1.0%、Nb:0〜1.0%、Ti:0〜1.0%、Al:0〜0.2%、N:0〜0.025%以下、B:0〜0.010%、V:0〜0.5%、W:0〜0.3%、Ca、Mg、Y、REM(希土類元素)の合計:0〜0.1%、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成を有する請
求項1に記載のダイオード用半導体担持電極材料。
【請求項4】
皮膜表面側のFe主体酸化物が主としてアモルファス構造であり、母材側のCr濃化したFe−Cr酸化物が結晶構造であることを特徴とする請求項1〜4に記載のダイオード用半導体担持電極材料。
【請求項5】
n型半導体中のドナー密度が1E16cm−3〜1E18cm−3の範囲で含まれていることを特徴とする請求項1〜3に記載のダイオード用半導体担持電極材料。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【公開番号】特開2012−178503(P2012−178503A)
【公開日】平成24年9月13日(2012.9.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−41444(P2011−41444)
【出願日】平成23年2月28日(2011.2.28)
【出願人】(000004581)日新製鋼株式会社 (1,178)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成24年9月13日(2012.9.13)
【国際特許分類】
【出願日】平成23年2月28日(2011.2.28)
【出願人】(000004581)日新製鋼株式会社 (1,178)
【Fターム(参考)】
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