説明

ダイヤモンド状炭素被膜の製造方法及び摺動部材

【課題】表面粗さが小さく、自己スパッタによる成膜レートの低下が少ない方法で、摩擦係数を低下させ、且つ硬度を上昇させたダイヤモンド状炭素被膜を形成することができるダイヤモンド状炭素被膜の製造方法を提供する。
【解決手段】炭化水素からダイヤモンド状炭素被膜を合成するにあたって、炭化水素とともに、シリコン及び炭素を含む物質を導入し、イオンプロセス主体での合成を可能にする高電圧を印加するプラズマ化学気相成長法により、炭化水素とシリコン及び炭素を含む物質とからダイヤモンド状炭素被膜を合成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、摺動部材などの表面に被覆して用いられるダイヤモンド状炭素被膜の製造方法、及びこの方法で得たダイヤモンド状炭素被膜を表面に被覆した摺動部材に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ダイヤモンド状炭素被膜は高硬度を有する硬質炭素膜であり、従来から耐摩耗性を有する摺動部材などに利用されている。しかし、ダイヤモンド状炭素被膜の摩擦係数と硬さはトレードオフの関係にあり、摩擦係数を低下させれば硬さも低下してしまい、硬さを上昇させれば摩擦係数も上昇してしまう結果になって、摺動部材において必要とされる低い摩擦係数と高い硬さを両立させることは難しいものであった。
【0003】
ここで、摩擦係数が低下し、硬さも上昇するダイヤモンド状炭素被膜を製造する方法としては、特許文献1等に開示されているようなイオンビーム法でダイヤモンド状炭素被膜を形成する方法がある。この特許文献1によるイオンビーム法は、炭化水素と半導体もしくは金属を含む有機化合物との混合ガスのイオンを発生させ、このイオンを加速して基材に照射するイオンビーム蒸着法でダイヤモンド状炭素被膜を形成するようにしたものである。
【0004】
しかし、このようにイオンビーム法でダイヤモンド状炭素被膜を形成する方法は、もともと、蒸着時に水素を引き抜く方法であるため、高い硬度のダイヤモンド状炭素被膜を得ることはできるが、ダイヤモンド状炭素被膜の表面粗さが粗くなり、またイオンの加速電圧を上げたときの自己スパッタによって成膜レートが低下するという問題を有するものであった。
【特許文献1】特開2003−13200号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は上記の点に鑑みてなされたものであり、表面粗さが小さく、自己スパッタによる成膜レートの低下が少ない方法で、摩擦係数を低下させ、且つ硬度を上昇させたダイヤモンド状炭素被膜を形成することができるダイヤモンド状炭素被膜の製造方法を提供することを目的とするものであり、またこのようなダイヤモンド状炭素被膜を形成した摺動部材を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明に係るダイヤモンド状炭素被膜の製造方法は、炭化水素からダイヤモンド状炭素被膜を合成するにあたって、炭化水素とともに、シリコン及び炭素を含む物質を導入し、イオンプロセス主体での合成を可能にする高電圧を印加するプラズマ化学気相成長法により、炭化水素とシリコン及び炭素を含む物質とからダイヤモンド状炭素被膜を合成することを特徴とするものである。
【0007】
このように、プラズマ化学気相成長法でダイヤモンド状炭素被膜を形成するようにしているので、イオンビーム法による場合のような表面粗さや自己スパッタの問題がなくなり、表面粗さが小さく、自己スパッタによる成膜レートの低下が少ない方法でダイヤモンド状炭素被膜を形成することができるものである。また、炭化水素とシリコン及び炭素を含む物質とからダイヤモンド状炭素被膜を合成することによって、ダイヤモンド状炭素被膜に導入される−C−Si−結合により、摩擦係数を低下することができると共に、この合成の際に高電圧を印加することで、イオンエネルギーが大きくなり、中性ラジカルプロセスでなく、イオンプロセスが主体となってダイヤモンド状炭素被膜が形成され、ダイヤモンド状炭素被膜中のSP結合成分が多くなって硬度を向上することができるものである。
【0008】
また本発明は、上記の高電圧の印加は、1kV以上で行なうことを特徴とするものである。
【0009】
このように、1kV以上の高電圧を印加することによって、イオンプロセスによるプラズマ化学気相成長法でダイヤモンド状炭素被膜を合成することができ、硬度を低下させることなく摩擦係数を低減することができるものである。
【0010】
また本発明は、上記のシリコン及び炭素を含む物質の導入割合は、炭化水素との合計量に対して7〜10容積%の範囲であることを特徴とするものである。
【0011】
この発明によれば、シリコンと炭素を含む物質を多量に用いることなく、低コストで、十分に摩擦係数が低いダイヤモンド状炭素被膜を形成することができるものであり、材料コストを低減することができるものである。
【0012】
また本発明は、ヘリウムガスの雰囲気下で、上記のプラズマ化学気相成長法によるダイヤモンド状炭素被膜の合成を行なうことを特徴とするものである。
【0013】
この発明によれば、ペニング効果で、原料の炭化水素や、シリコン及び炭素を含む物質が分解し易くなり、硬度の上昇、摩擦抵抗の低下の要因の一つである−C−Si−結合が多いダイヤモンド状炭素被膜を得ることができるものである。
【0014】
また本発明は、炭化水素とともに、シリコン及び炭素を含む物質の他に水素を併せて導入することを特徴とするものである。
【0015】
このように水素を導入してダイヤモンド状炭素被膜の水素含有量を多くすることによって、ダイヤモンド状炭素被膜の摩擦抵抗をより低下させることができるものであり、またシリコン及び炭素を含む物質の量を低減することが可能になって、材料コストを低減することが可能になるものである。
【0016】
また本発明は、上記の高電圧の印加は、高圧パルス電源によるものであることを特徴とするものである。
【0017】
この発明によれば、高圧パルス電源を用いることで高いピーク電圧を印加することができ、イオンプロセスの割合が高いプラズマ化学気相成長法でダイヤモンド状炭素被膜を合成することができるものである。
【0018】
本発明に係る摺動部材は、上記の方法で得られたダイヤモンド状炭素被膜が、表面に形成されていることを特徴とするものであり、低い摩擦抵抗と高い硬度を有するダイヤモンド状炭素被膜が形成された摺動部材を得ることができるものである。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、プラズマ化学気相成長法でダイヤモンド状炭素被膜を形成することができ、イオンビーム法による場合のような表面粗さや自己スパッタの問題がなくなり、表面粗さが小さく、自己スパッタによる成膜レートの低下が少ない方法でダイヤモンド状炭素被膜を形成することができるものである。また、炭化水素とシリコン及び炭素を含む物質とからダイヤモンド状炭素被膜を合成することによって、ダイヤモンド状炭素被膜に導入される−C−Si−結合により、摩擦係数を低下することができると共に、この合成の際に高電圧を印加することで、イオンエネルギーが大きくなり、中性ラジカルプロセスでなく、イオンプロセスが主体となってダイヤモンド状炭素被膜が形成され、ダイヤモンド状炭素被膜中のSP結合成分が多くなって硬度を向上することができるものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
以下、本発明を実施するための最良の形態を説明する。
【0021】
プラズマ化学気相成長法でダイヤモンド状炭素被膜を形成するにあたって、本発明ではその原料として炭化水素と、シリコン及び炭素を含む物質を用いる。
【0022】
炭化水素としては、炭素と水素からなる化合物であって、常温で気体であるか、容易に気体にすることができるものであればよく、特に限定されるものではないが、例えば、アセチレン、メタン、エタン、ベンゼンなどを挙げることができる。
【0023】
またシリコン及び炭素を含む物質としては、シリコンと炭素を分子中に含む化合物であって、常温で気体であるか、容易に気体にすることができるものであればよく、特に限定されるものではないが、例えば、テトラメチルシラン、テトラエチルシラン、テトラプロピルシラン、ヘテロメチルジシロキサンなどを挙げることができる。
【0024】
図1は被膜形成装置の一例を示すものであり、1はチャンバー、2はチャンバー1内に気体を導入するガス導入口、3は排気口、4は電源であり、電源4に接続した状態で基材5をチャンバー1内にセットしてある。そして、排気口3から排気してチャンバー1内を減圧しつつ、上記の炭化水素の気体と、上記のシリコン及び炭素を含む物質の気体をそれぞれガス導入口2からチャンバー1内に導入し、電源4によって電圧を印加することによってこれらの混合気体のプラズマを発生させ、このプラズマを基材5に接触させることによって、プラズマ化学気相成長法で合成したダイヤモンド状炭素被膜を基材5の表面に形成することができるものである。
【0025】
このように、プラズマ化学気相成長法でダイヤモンド状炭素被膜を形成することによって、イオンビーム法でダイヤモンド状炭素被膜を形成する場合のような、ダイヤモンド状炭素被膜の表面粗さが粗くなることがなく、またイオンの加速電圧を上げたときの自己スパッタによって成膜レートが低下することが少なく、表面粗さが小さいダイヤモンド状炭素被膜を形成することができると共に、高い成膜レートでダイヤモンド状炭素被膜を形成することができるものである。
【0026】
また、炭化水素と、シリコン及び炭素を含む物質とから、ダイヤモンド状炭素被膜を合成するために、ダイヤモンド状炭素被膜に−C−Si−結合が導入されるものであり、この−C−Si−結合によってダイヤモンド状炭素被膜の摩擦係数を低下させることができるものである。
【0027】
ここで本発明では、上記のようにプラズマ化学気相成長法でダイヤモンド状炭素被膜を合成するにあたって、高電圧の印加でプラズマを生成させることによって、中性ラジカルによってダイヤモンド状炭素被膜が合成される中性ラジカルプロセスを主体とするのではなく、イオンによってダイヤモンド状炭素被膜が合成されるイオンプロセスが主体となるようにしてある。中性ラジカルプロセスを主体として合成されるダイヤモンド状炭素被膜は緻密ではなく高い硬度を有するダイヤモンド状炭素被膜を得ることはできないが、イオンプロセスを主体として合成されるダイヤモンド状炭素被膜は被膜中のSP結合成分が多くなって、緻密で高い硬度を有するダイヤモンド状炭素被膜を形成することができるものである。
【0028】
従って、上記のようにダイヤモンド状炭素被膜に−C−Si−結合を導入することによって摩擦係数を低下することができると同時に、イオンプロセスを主体としてダイヤモンド状炭素被膜を合成することによって硬度を向上できるものであり、低い摩擦抵抗と高い硬度を有するダイヤモンド状炭素被膜を形成することができるものである。
【0029】
そして上記のようにプラズマ化学気相成長法でダイヤモンド状炭素被膜を形成するにあたって、イオンプロセスが主体となるようにするための高電圧の印加は、1kV以上であることが望ましい。1kV未満の電圧であると、中性ラジカルプロセス主体となってイオンプロセス主体とならない場合があり、高い硬度を有するダイヤモンド状炭素被膜を形成する効果を十分に得ることができない。印加する高電圧の上限は特に限定されないが、例えば10kVなど、装置における印加可能電圧の上限が実質的な電圧の上限である。
【0030】
またこの高電圧の印加は、電源4として高圧パルス電源を用い、高圧パルスの印加によって行なうのが好ましい。このようにパルス電源を用いてパルス電圧を印加するようにすれば、高電圧のパルス電圧を容易に発生させて、高電圧の印加でプラズマを生成させることが容易になり、イオンプロセスを主体とするプラズマ化学気相成長法でダイヤモンド状炭素被膜を形成することが容易になるものである。高圧パルスのパルス幅は、2〜50μsec程度の範囲が好ましく、またデューティー比は5〜50%の範囲が好ましい。
【0031】
また、上記のようにダイヤモンド状炭素被膜に−C−Si−結合を導入するために、炭化水素とともに導入されるシリコン及び炭素を含む物質の量は、炭化水素と、シリコン及び炭素を含む物質との合計量に対して、7〜10容積%の範囲に設定することが望ましい。すなわち、上記のように、炭化水素の気体と、シリコン及び炭素を含む物質の気体をチャンバー1内に導入口2から導入するにあたって、シリコン及び炭素を含む物質の気体の流量を、炭化水素の気体の流量と、シリコン及び炭素を含む物質の気体の流量の合計量に対して7〜10%に設定するようにするものである。そしてシリコン及び炭素を含む物質の導入量が7容積%未満であると、ダイヤモンド状炭素被膜に導入される−C−Si−結合の量が不足し、摩擦係数が十分に低いダイヤモンド状炭素被膜を得ることができない。またシリコン及び炭素を含む物質の導入量が10容積%を超えても、ダイヤモンド状炭素被膜の摩擦係数はそれ以上に大きく低下することがないので、一般に材料コストが高価なシリコン及び炭素を含む物質の使用量を抑制することができ、ダイヤモンド状炭素被膜の製造コストを安価なものとすることができるものである。
【0032】
また本発明において、上記のように、炭化水素の気体と、上記のシリコン及び炭素を含む物質の気体のプラズマを発生させ、プラズマ化学気相成長法でダイヤモンド状炭素被膜を合成するにあたって、ヘリウムガスの雰囲気下でこのプラズマ化学気相成長法によるダイヤモンド状炭素被膜の合成を行なうのが望ましい。このようにヘリウムガスの雰囲気下でプラズマを発生させることによって、ペニング効果により、炭化水素や、シリコン及び炭素を含む物質の原子間の結合を切断して、これらの材料を分解することが容易になり、硬度の上昇や、摩擦係数の低下の一因である−C−Si−結合を多くする効果を、高く得ることができるものである。
【0033】
さらに、炭化水素とともに、シリコン及び炭素を含む物質を導入して、上記のようにプラズマ化学気相成長法でダイヤモンド状炭素被膜を合成するにあたって、水素を併せて導入するようにするのが好ましい。このように水素を併せて導入することによって、ダイヤモンド状炭素被膜中の水素の量を多くすることができ、ダイヤモンド状炭素被膜の摩擦抵抗を低くすることができるものである。このため、高価なシリコン及び炭素を含む物質の使用量を少なくすることが可能になり、ダイヤモンド状炭素被膜の製造コストを低減することができるものである。
【0034】
ここで、水素の導入量は、炭化水素と、シリコン及び炭素を含む物質と、水素の合計量に対して25〜75容積%の範囲に設定することが望ましい。すなわち、炭化水素の気体と、シリコン及び炭素を含む物質の気体と、水素ガスをチャンバー1内に導入口2から導入するにあたって、水素ガスの流量を、炭化水素の気体の流量と、シリコン及び炭素を含む物質の気体の流量と、水素ガスの流量の合計量に対して25〜75%に設定するようにするものである。水素の導入量が25容量%未満であると、ダイヤモンド状炭素被膜の摩擦抵抗を低くする効果が不充分になり、逆に75容量%を超えると、ダイヤモンド状炭素被膜の硬度が不充分になるおそれがある。
【0035】
そして上記のように基材の表面にダイヤモンド状炭素被膜を形成することによって、このダイヤモンド状炭素被膜は摩擦係数が低く、硬度が高いので、摺動摩擦を低減した摺動部材として良好に用いることができるものである。基材の表面に形成するダイヤモンド状炭素被膜の膜厚は、特に限定されるものではないが、0.1〜5μm程度が好ましい。
【0036】
図2は基材としてバリカンの可動刃6などの刃を用いた一例を示すものであり、バリカン可動刃6の摺動部分(斜線で示す)にダイヤモンド状炭素被膜Dを形成することによって、摺動部分の摺動摩擦を低減することができるものである。
【0037】
ここで、炭化水素としてアセチレンを、シリコン及び炭素を含む物質としてテトラメチルシランを用いてダイヤモンド状炭素被膜を合成する試験例を示す。
【0038】
(試験例1)
図1の装置において、基材5としてSUS304板をチャンバー1内にセットし、チャンバー1内を1×10−1Paまで減圧した後、アセチレンガスとテトラメチルシランガスをチャンバー内に導入した。このとき、アセチレンガス(C)とテトラメチルシランガス(TMS)の流量比率を0〜40%範囲で変えて導入を行なった。そして4Paの圧力で、5kVの電圧を印加することによって、プラズマ化学気相成長法により膜厚1μmのダイヤモンド状炭素被膜を基材5の表面に合成した。このように合成して得たダイヤモンド状炭素被膜の摩擦係数と、テトラメチルシランガスの導入比率(TMS/(TMS+C)との関係を図3のグラフに示す。尚、ダイヤモンド状炭素被膜の摩擦係数の測定法は後述する。
【0039】
図3のグラフにみられるように、テトラメチルシランの流量比率を上げて、シリコンの導入量が多くなるのに従って、ダイヤモンド状炭素被膜の摩擦係数は低下することが確認されものであり、特にテトラメチルシランの流量比率が10%以内で摩擦係数の低下が大きく、テトラメチルシランの比率は10%以下で十分であることが確認される。
【0040】
(試験例2)
試験例1と同様に、アセチレンガス(C)とテトラメチルシランガス(TMS)の流量比率を変えてチャンバー1内への導入を行ない、また印加電圧を5kVと0.5kVの2種類で変えて、ダイヤモンド状炭素被膜の合成を行なった。このように合成して得たダイヤモンド状炭素被膜の硬度と、テトラメチルシランガスの導入比率(TMS/(TMS+C)との関係を図4のグラフに示す。尚、ダイヤモンド状炭素被膜の硬度の測定法は後述する。
【0041】
図4のグラフにみられるように、印加電圧が5kVであると、テトラメチルシランの流量比率を上げて、シリコンの導入量が多くなるのに従って、ダイヤモンド状炭素被膜の硬度は向上するのに対して、印加電圧が0.5kVであると、逆にダイヤモンド状炭素被膜の硬度は低下しており、印加電圧は1kV以上が好ましいと予測される。
【0042】
(試験例3)
試験例1と同様に、アセチレンガス(C)とテトラメチルシランガス(TMS)の流量比率を変えてチャンバー1内への導入を行ない、また印加電圧を5kVと0.5kVの2種類で変えて、ダイヤモンド状炭素被膜の合成を行なった。このように合成して得たダイヤモンド状炭素被膜の−C−Si−結合の導入割合と、テトラメチルシランガスの導入比率(TMS/(TMS+C)との関係を図5のグラフに示す。尚、ダイヤモンド状炭素被膜の−C−Si−結合の導入割合の測定法は後述する。
【0043】
図5のグラフにみられるように、印加電圧が5kVの場合も、0.5kVの場合も、テトラメチルシランの流量比率を上げると、ダイヤモンド状炭素被膜の−C−Si−結合の導入割合が多くなるが、印加電圧が5kVのほうが−C−Si−結合の導入の増加割合が大きいものであり、印加電圧を1kV以上に設定することによって、少ないテトラメチルシランの使用量でも多くの−C−Si−結合を導入することができ、テトラメチルシランの使用量を低減できると予測される。
【実施例】
【0044】
次に、本発明を実施例によって具体的に説明する。
【0045】
(実施例1)
炭化水素としてアセチレンを、シリコン及び炭素を含む物質としてテトラメチルシランを用いた。そして図1の装置において、基材5としてSUS304板をチャンバー1内にセットし、チャンバー1内を1×10−1Paまで減圧した後、アセチレンガスを48sccmの流量で、テトラメチルシランガスを12sccmの流量で、それぞれチャンバー1内に供給することによって、テトラメチルシランガスを20容積%含む混合ガスを導入し、4Paの圧力で、5kVの電圧を印加することによって、20分間、プラズマ化学気相成長法によりダイヤモンド状炭素被膜を基材5の表面に合成した。このとき、合成はイオンプロセス主体で行なわれるものであった。
【0046】
このようにして得られたダイヤモンド状炭素被膜は、膜厚が0.8μm、−C−Si−結合の割合が12質量%、摩擦係数が0.07、硬度が18GPaであった。
【0047】
尚、摩擦係数の測定値は、大気中、相手材としてSUS440のCボールを用い、摺動ストローク6mm、周波数2Hzにて、120m摺動したときに測定した値である。また硬度の測定値は、空調装置により23℃に設定された環境にて、バーコビッチ型の圧子を用い、1000μNの荷重をかける条件でナノインデンターにより測定した値である。さらに−C−Si−結合の割合は、X線(Mg−Kα線)を使用して、2×5mmの範囲をX線光電子分光法(XPS)により表面分析して求めた。
【0048】
(比較例1)
アセチレンのみを用い、アセチレンガスを60sccmの流量で導入するようにした他は、実施例1と同様にしてダイヤモンド状炭素被膜を合成した。このとき、合成はイオンプロセス主体で行なわれるものであった。
【0049】
このようにして得られたダイヤモンド状炭素被膜は、膜厚が1μm、−C−Si−結合の割合が0質量%、摩擦係数が0.15、硬度が16GPaであった。
【0050】
(実施例2)
アセチレンとテトラメチルシランを用い、印加電圧を10kVに設定するようにした他は、実施例1と同様にしてダイヤモンド状炭素被膜を合成した。このとき、合成はイオンプロセス主体で行なわれるものであった。
【0051】
このようにして得られたダイヤモンド状炭素被膜は、膜厚が0.9μm、−C−Si−結合の割合が15質量%、摩擦係数が0.08、硬度が19GPaであった。
【0052】
(比較例2)
アセチレンのみを用い、アセチレンガスを60sccmの流量で導入するようにした他は、実施例2と同様にしてダイヤモンド状炭素被膜を合成した。このとき、合成はイオンプロセス主体で行なわれるものであった。
【0053】
このようにして得られたダイヤモンド状炭素被膜は、膜厚が1.1μm、−C−Si−結合の割合が0質量%、摩擦係数が0.16、硬度が17GPaであった。
【0054】
(実施例3)
アセチレンとテトラメチルシランを用い、印加電圧を1kVに設定するようにした他は、実施例1と同様にしてダイヤモンド状炭素被膜を合成した。このとき、合成はイオンプロセス主体で行なわれるものであった。
【0055】
このようにして得られたダイヤモンド状炭素被膜は、膜厚が0.6μm、−C−Si−結合の割合が10質量%、摩擦係数が0.07、硬度が17GPaであった。
【0056】
(比較例3)
アセチレンのみを用い、アセチレンガスを60sccmの流量で導入するようにした他は、実施例3と同様にしてダイヤモンド状炭素被膜を合成した。このとき、合成はイオンプロセス主体で行なわれるものであった。
【0057】
このようにして得られたダイヤモンド状炭素被膜は、膜厚が0.8μm、−C−Si−結合の割合が0質量%、摩擦係数が0.13、硬度が16GPaであった。
【0058】
(比較例4)
アセチレンとテトラメチルシランを用い、印加電圧を0.5kVに設定するようにした他は、実施例1と同様にしてダイヤモンド状炭素被膜を合成した。このとき、合成は中性ラジカルプロセス主体で行なわれるものであった。
【0059】
このようにして得られたダイヤモンド状炭素被膜は、膜厚が0.5μm、−C−Si−結合の割合が5質量%、摩擦係数が0.07、硬度が15GPaであった。
【0060】
(比較例5)
アセチレンのみを用い、アセチレンガスを60sccmの流量で導入するようにした他は、比較例4と同様にしてダイヤモンド状炭素被膜を合成した。このとき、合成は中性ラジカルプロセス主体で行なわれるものであった。
【0061】
このようにして得られたダイヤモンド状炭素被膜は、膜厚が0.7μm、−C−Si−結合の割合が0質量%、摩擦係数が0.14、硬度が17GPaであった。
【0062】
(比較例6)
アセチレンとテトラメチルシランを用い、印加電圧を0.1kVに設定するようにした他は、実施例1と同様にしてダイヤモンド状炭素被膜を合成した。このとき、合成は中性ラジカルプロセス主体で行なわれるものであった。
【0063】
このようにして得られたダイヤモンド状炭素被膜は、膜厚が0.4μm、−C−Si−結合の割合が2質量%、摩擦係数が0.08、硬度が13GPaであった。
【0064】
(比較例7)
アセチレンのみを用い、アセチレンガスを60sccmの流量で導入するようにした他は、比較例6と同様にしてダイヤモンド状炭素被膜を合成した。このとき、合成は中性ラジカルプロセス主体で行なわれるものであった。
【0065】
このようにして得られたダイヤモンド状炭素被膜は、膜厚が0.5μm、−C−Si−結合の割合が0質量%、摩擦係数が0.15、硬度が16GPaであった。
【0066】
【表1】

【0067】
表1において、実施例1と比較例1、実施例2と比較例2、実施例3と比較例3の比較にみられるように、炭化水素であるアセチレンに、シリコン及び炭素を含む物質であるテトラメチルシランを併用することによって、摩擦係数が低く、硬度が高いダイヤモンド状炭素被膜を形成できることが確認される。また比較例4及び比較例6にみられるように、アセチレンとテトラメチルシランを併用しても印加電圧が低いと中性ラジカルプロセス主体となり、高い硬度を得ることができないものであった。
【0068】
(実施例4)
炭化水素としてアセチレンを、シリコン及び炭素を含む物質としてテトラメチルシランを用いた。そして図1の装置において、基材5としてSUS304板をチャンバー1内にセットし、チャンバー1内を1×10−1Paまで減圧した後、アセチレンガスを54sccmの流量で、テトラメチルシランガスを6sccmの流量で、それぞれチャンバー1内に供給することによって、テトラメチルシランガスを10容積%含む混合ガスを導入し、4Paの圧力で、5kVの電圧を印加することによって、20分間、プラズマ化学気相成長法によりダイヤモンド状炭素被膜を基材5の表面に合成した。このとき、合成はイオンプロセス主体で行なわれるものであった。
【0069】
このようにして得られたダイヤモンド状炭素被膜は、膜厚が1μm、−C−Si−結合の割合が6質量%、摩擦係数が0.1、硬度が15.5GPaであった。
【0070】
(比較例8)
アセチレンとテトラメチルシランを用い、印加電圧を0.5kVに設定するようにした他は、実施例4と同様にしてダイヤモンド状炭素被膜を合成した。このとき、合成は中性ラジカルプロセス主体で行なわれるものであった。
【0071】
このようにして得られたダイヤモンド状炭素被膜は、膜厚が1μm、−C−Si−結合の割合が3質量%、摩擦係数が0.13、硬度が15.5GPaであった。
【0072】
【表2】

【0073】
表2の実施例4にみられるように、テトラメチルシランガスを10容量%にしても、印加電圧を5kVに設定してイオンプロセス主体でダイヤモンド状炭素被膜を形成するようにすれば、摩擦係数が低く、硬度が高いダイヤモンド状炭素被膜を形成できることが確認される。
【0074】
(実施例5)
炭化水素としてアセチレンを、シリコン及び炭素を含む物質としてテトラメチルシランを用い、ヘリウムガス雰囲気でプラズマ化学気相成長法によりダイヤモンド状炭素被膜を合成するようにした。すなわち図1の装置において、基材5としてSUS304板をチャンバー1内にセットし、チャンバー1内を1×10−1Paまで減圧した後、アセチレンガスを48sccmの流量で、テトラメチルシランガスを12sccmの流量で、ヘリウムガスを10sccmの流量で、それぞれチャンバー1内に導入し、4Paの圧力で、5kVの電圧を印加することによって、20分間、プラズマ化学気相成長法によりダイヤモンド状炭素被膜を基材5の表面に合成した。このとき、合成はイオンプロセス主体で行なわれるものであった。
【0075】
このようにして得られたダイヤモンド状炭素被膜は、膜厚が0.8μm、−C−Si−結合の割合が15質量%、摩擦係数が0.08、硬度が19GPaであった。
【0076】
(比較例9)
テトラメチルシランを用いず、アセチレンガスを60sccmの流量で、ヘリウムガスを10sccmの流量でそれぞれ導入するようにした他は、実施例5と同様にしてダイヤモンド状炭素被膜を合成した。このとき、合成はイオンプロセス主体で行なわれるものであった。
【0077】
このようにして得られたダイヤモンド状炭素被膜は、膜厚が1μm、−C−Si−結合の割合が0質量%、摩擦係数が0.15、硬度が16GPaであった。
【0078】
【表3】

【0079】
表3の実施例5にみられるように、ヘリウムガス雰囲気でプラズマ化学気相成長法によってダイヤモンド状炭素被膜を合成することにより、摩擦係数が低く、硬度が高いダイヤモンド状炭素被膜を形成できるものであった。
【0080】
(実施例6)
炭化水素としてアセチレンを、シリコン及び炭素を含む物質としてテトラメチルシランを用い、さらに水素を併用して、プラズマ化学気相成長法によりダイヤモンド状炭素被膜を合成するようにした。すなわち図1の装置において、基材5としてSUS304板をチャンバー1内にセットし、チャンバー1内を1×10−1Paまで減圧した後、アセチレンガスを24sccmの流量で、テトラメチルシランガスを6sccmの流量で、水素ガスを30sccmの流量で、それぞれチャンバー1内に導入し、4Paの圧力で、5kVの電圧を印加することによって、20分間、プラズマ化学気相成長法によりダイヤモンド状炭素被膜を基材5の表面に合成した。このとき、合成はイオンプロセス主体で行なわれるものであった。
【0081】
このようにして得られたダイヤモンド状炭素被膜は、膜厚が0.5μm、−C−Si−結合の割合が11質量%、摩擦係数が0.05、硬度が16GPaであった。
【0082】
(比較例10)
テトラメチルシランを用いず、アセチレンガスを30sccmの流量で、水素ガスを30sccmの流量でそれぞれ導入するようにした他は、実施例6と同様にしてダイヤモンド状炭素被膜を合成した。このとき、合成はイオンプロセス主体で行なわれるものであった。
【0083】
このようにして得られたダイヤモンド状炭素被膜は、膜厚が0.6μm、−C−Si−結合の割合が0質量%、摩擦係数が0.12、硬度が14GPaであった。
【0084】
【表4】

【0085】
表4の実施例6にみられるように、水素を併用してダイヤモンド状炭素被膜を合成することにより、より摩擦係数が低いダイヤモンド状炭素被膜を形成できるものであった。
【0086】
(実施例7)
炭化水素としてアセチレンを、シリコン及び炭素を含む物質としてテトラメチルシランを用いた。そして電源としてパルス電源を用い、定常電圧5kV、立上りピーク電圧15kV、パルス幅5μsec、デューティー比5%のパルス電圧を印加するようにした他は、実施例1と同様にしてダイヤモンド状炭素被膜を合成した。このとき、合成はイオンプロセス主体で行なわれるものであった。
【0087】
このようにして得られたダイヤモンド状炭素被膜は、膜厚が0.8μm、−C−Si−結合の割合が15質量%、摩擦係数が0.07、硬度が19GPaであった。
【0088】
(比較例11)
アセチレンのみを用い、アセチレンガスを60sccmの流量で導入するようにした他は、実施例7と同様にしてダイヤモンド状炭素被膜を合成した。このとき、合成はイオンプロセス主体で行なわれるものであった。
【0089】
このようにして得られたダイヤモンド状炭素被膜は、膜厚が1μm、−C−Si−結合の割合が0質量%、摩擦係数が0.12、硬度が14GPaであった。
【0090】
【表5】

【0091】
表5の実施例7にみられるように、パルス電源で高電圧を印加することによって、摩擦係数が低く、硬度が高いダイヤモンド状炭素被膜を形成できるものであった。
【0092】
(実施例8)
炭化水素としてアセチレンを、シリコン及び炭素を含む物質としてテトラメチルシランを用いた。そして図1の装置において、基材5としてバリカン刃の可動刃をチャンバー1内にセットし、チャンバー1内を1×10−1Paまで減圧した後、アセチレンガスを54sccmの流量で、テトラメチルシランガスを6sccmの流量で、それぞれチャンバー1内に供給することによって、テトラメチルシランガスを10容積%含む混合ガスを導入し、4Paの圧力で、5kVの電圧を印加することによって、20分間、プラズマ化学気相成長法によりダイヤモンド状炭素被膜をバリカン刃の可動刃の摺動部に形成した。
【0093】
(比較例12)
アセチレンガスを48sccmの流量で、テトラメチルシランガスを12sccmの流量で、それぞれチャンバー1内に供給することによって、テトラメチルシランガスを20容積%含む混合ガスを導入し、0.5kVの電圧を印加するようにした他は、実施例8と同様にしてダイヤモンド状炭素被膜をバリカン刃の可動刃の摺動部に形成した。
【0094】
実施例8及び比較例12でダイヤモンド状炭素被膜を形成したバリカン刃の可動刃を、固定刃に組み付け、200gf(2.0N)の荷重をかけて、無潤滑下で7000rpmにて往復摺動する試験を行ない、焼き付いて摺動が止まるまでの時間を焼き付き時間として測定した。その結果、実施例8は20時間、比較例12は7時間であった。またダイヤモンド状炭素被膜を合成するのに必要な材料コストは、実施例8が1.0とすると、比較例12は2.0であった。
【0095】
【表6】

【0096】
実施例8では5kVの電圧を印加するために、イオンプロセス主体で硬度の高いダイヤモンド状炭素被膜が形成されているのに対して、比較例12では0.5kVの電圧を印加するために、中性ラジカルプロセス主体でダイヤモンド状炭素被膜が形成されていて硬度が低い。このため、テトラメチルシランの導入比率を、比較例12の20%に対して、実施例8では10%に低減しても、実施例8のものは比較例12よりも焼き付き時間を長くすることができるものであった。また実施例8では、このようにテトラメチルシランの導入比率を低減することによって、コストも低減することができるものであった。
【図面の簡単な説明】
【0097】
【図1】本発明において用いる被膜形成装置の一例を示す概略図である。
【図2】ダイヤモンド状炭素被膜を形成したバリカン刃の可動刃を示すものであり、(a)は平面図、(b)は側面図である。
【図3】ダイヤモンド状炭素被膜の摩擦係数とテトラメチルシランガスの比率の関係を示すグラフである。
【図4】ダイヤモンド状炭素被膜の硬度とテトラメチルシランガスの比率の関係を示すグラフである。
【図5】ダイヤモンド状炭素被膜の−C−Si−結合導入割合とテトラメチルシランガスの比率の関係を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭化水素からダイヤモンド状炭素被膜を合成するにあたって、炭化水素とともに、シリコン及び炭素を含む物質を導入し、イオンプロセス主体での合成を可能にする高電圧を印加するプラズマ化学気相成長法により、炭化水素とシリコン及び炭素を含む物質とからダイヤモンド状炭素被膜を合成することを特徴とするダイヤモンド状炭素被膜の製造方法。
【請求項2】
上記の高電圧の印加は、1kV以上で行なうことを特徴とする請求項1に記載のダイヤモンド状炭素被膜の製造方法。
【請求項3】
シリコン及び炭素を含む物質の導入割合は、炭化水素との合計量に対して7〜10容積%の範囲であることを特徴とする請求項1又は2に記載のダイヤモンド状炭素被膜の製造方法。
【請求項4】
ヘリウムガスの雰囲気下で、上記のプラズマ化学気相成長法によるダイヤモンド状炭素被膜の合成を行なうことを特徴とする請求項1乃至3のいずれか1項に記載のダイヤモンド状炭素被膜の製造方法。
【請求項5】
炭化水素とともに、シリコン及び炭素を含む物質の他に水素を併せて導入することを特徴とする請求項1乃至4のいずれか1項に記載のダイヤモンド状炭素被膜の製造方法。
【請求項6】
上記の高電圧の印加は、高圧パルス電源によるものであることを特徴とする請求項1乃至5のいずれか1項に記載のダイヤモンド状炭素被膜の製造方法。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれかに記載の製造方法で得られたダイヤモンド状炭素被膜が、表面に形成されていることを特徴とする摺動部材。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2009−174039(P2009−174039A)
【公開日】平成21年8月6日(2009.8.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−16871(P2008−16871)
【出願日】平成20年1月28日(2008.1.28)
【出願人】(000005832)パナソニック電工株式会社 (17,916)
【Fターム(参考)】