説明

デュアルクラッチ式自動変速機

【課題】エンジン回転数吹き上げ中の駆動力が変速開始時点の駆動力を下回らないような目標エンジン回転数変化速度となるようにクラッチトルクを制御するデュアルクラッチ式自動変速機を提供する。
【解決手段】クラッチの係合制御を行う変速制御装置が、パワーオンダウン変速開始時点での原動機の出力トルクを変速開始時トルクとして演算する変速開始時トルク演算部と、原動機の現出力トルクから変速開始時トルクを減算した差を原動機のイナーシャトルクで除算して原動機の目標回転増速度を演算する目標回転増速度演算部と、原動機の回転数が低速段側の入力軸の回転数に同期するまでの間は、原動機の回転増速度が目標回転増速度以下となるように、高速段側のクラッチの伝達トルクを制御し、原動機の回転数が前記低速段側の入力軸の回転数に同期すると、低速段側の入力軸に対応する低速段側のクラッチを接続状態にするパワーオンダウン変速制御部とを備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、デュアルクラッチを備え、プレシフトを可能にしたデュアルクラッチ式自動変速機に関するものである。
【背景技術】
【0002】
車両用変速機の一種に、2つのクラッチをもつデュアルクラッチと、これらクラッチに接続された2つの入力軸と、出力軸との間に構成された複数のギヤトレーンとを備えるデュアルクラッチ式自動変速機がある。この自動変速機には、2つのクラッチで係合切替を操作することによりトルクが途切れないようにして変速操作を行えるという利点がある。この種のデュアルクラッチ式自動変速機として、例えば、特許文献1に記載されたものが知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2010−196745号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、デュアルクラッチ式自動変速機におけるパワーオンダウン変速は、任意のエンジン回転数変化速度になるようにエンジントルクに対してクラッチトルクをコントロールするようになっている。
【0005】
ところが、エンジン回転数変化速度をコントロールするため、エンジン回転数吹き上げによる駆動力抜けを生ずる問題があり、また、駆動力確保を重視すると、パワーオンダウン変速時間が遅くなる問題がある。
【0006】
すなわち、図7のタイムチャートに示すように、アクセルの踏み込みに基づいてパワーオンダウン変速が開始されると、エンジンを吹き上げるために、変速前の変速段(例えば4速)に接続されたクラッチ(第2のクラッチ)のクラッチトルクを低減し、半クラッチ状態に制御される。
【0007】
この場合、変速を早く行うためには、エンジン回転数をダウン変速に必要な目標回転数まで早く到達させることが必要となるが、クラッチの半クラッチ状態でエンジン回転数を目標まで上げるためには、変速時間が長くなることが避けられない。従って、変速時間を所定時間内に完了させるためには、半クラッチ状態のクラッチトルクを適切に制御しないことには、図7に示すように、変速中の駆動力Taが変速前の駆動力T0より低下することになり、アクセルを踏み込んでいるのに駆動力が抜けてしまい、ドライバは変速中に減速感を感ずるという問題が発生する。
【0008】
本発明は上記した問題点に鑑みてなされたもので、エンジン回転数吹き上げ中の駆動力が変速開始時点の駆動力を下回らないような目標エンジン回転数変化速度となるようにクラッチトルクを制御するデュアルクラッチ式自動変速機を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するため、請求項1に係る発明の特徴は、同心に配置された第1入力軸および第2入力軸と、原動機の回転駆動力を前記第1入力軸に伝達する第1クラッチと前記回転駆動力を前記第2入力軸に伝達する第2クラッチとを有するデュアルクラッチと、前記第1入力軸に伝達された前記回転駆動力を変速して奇数変速段を成立させる第1シフト機構、および前記第2入力軸に伝達された前記回転駆動力を変速して偶数変速段を成立させる第2シフト機構と、変速指令が送出されると、前記第1クラッチおよび前記第2クラッチのうち、前記第1入力軸および前記第2入力軸のうちの前記原動機から切り離される入力軸に対応するクラッチを切離状態にする切離制御を行い、前記第1クラッチおよび前記第2クラッチのうち、前記第1入力軸および前記第2入力軸のうちの前記原動機に接続される入力軸に対応するクラッチを、前記原動機の回転数が前記接続される入力軸の回転数とを同期させて接続状態にする係合制御を行う変速制御装置とを備え、前記変速制御装置は、前記変速指令がパワーオンダウン変速指令である場合、パワーオンダウン変速開始時点での前記原動機の出力トルクを変速開始時トルクとして演算する変速開始時トルク演算部と、前記原動機の現出力トルクから前記変速開始時トルクを減算した差を前記原動機のイナーシャトルクで除算して前記原動機の目標回転増速度を演算する目標回転増速度演算部と、前記原動機の回転数が前記低速段側の入力軸の回転数に同期するまでの間は、前記原動機の回転増速度が前記目標回転増速度以下となるように、前記高速段側のクラッチの伝達トルクを制御し、前記原動機の回転数が前記低速段側の入力軸の回転数に同期すると、前記低速段側の入力軸に対応する低速段側のクラッチを接続状態にするパワーオンダウン変速制御部とを備えることである。
【0010】
請求項2に係る発明の特徴は、請求項1において、前記許容回転増速度に所定値を減算した目標回転増速度を演算し、目標回転増速度となるように前記クラッチの伝達トルクを制御することである。
【0011】
請求項3に係る発明の特徴は、請求項1または請求項2において、車速と変速前後のギヤ段から変速動作に必要なエンジン回転数の変化量と前記目標回転増速度から目標変速時間を演算し、前記目標変速時間が予め定められた保障時間より大きい場合には、前記目標回転増速度を前記保障時間に基づいて算出するようにしたことである。
【0012】
請求項4に係る発明の特徴は、 請求項1ないし請求項3のいずれか1項において、前記パワーオンダウン変速開始時点は、アクセルの操作量および車両速度の変化が変速線図の変速点を通過したことに基づいて設定された時点であることである。
【発明の効果】
【0013】
請求項1に係る発明によれば、原動機の回転数が低速段側の入力軸の回転数に同期するまでの間は、原動機の回転増速度が目標回転増速度以下となるように、高速段側のクラッチの伝達トルクを制御し、原動機の回転数が低速段側の入力軸の回転数に同期すると、低速段側の入力軸に対応する低速段側のクラッチを接続状態にするパワーオンダウン変速制御部とを備えているので、原動機の回転増速度が目標回転増速度以下となるように、高速段側のクラッチの伝達トルクが制御されることにより、変速時間を長くすることなく、エンジン回転数吹き上げ中の車両の駆動力を、パワーオンダウン変速開始時点の駆動力より下回らないように制御することができ、パワーオンダウン変速時に減速感を感ずることがない。
【0014】
請求項2に係る発明によれば、許容回転増速度に所定値を減算した目標回転増速度を演算し、目標回転増速度となるように前記クラッチの伝達トルクを制御するので、エンジン回転数吹き上げ中の車両の駆動力を、パワーオンダウン変速開始時点の駆動力より高めに制御することができ、パワーオンダウン変速時に加速感を感じることができ、良好なフィーリングを得ることができる。
【0015】
請求項3に係る発明によれば、車速と変速前後のギヤ段から変速動作に必要なエンジン回転数の変化量と目標回転増速度から目標変速時間を演算し、目標変速時間が予め定められた保障時間より大きい場合には、目標回転増速度を保障時間に基づいて算出するようにしたので、目標変速時間が予め定められた保障時間より大きい場合には、目標回転増速度を変更することにより、目標変速時間が保障時間より長くなることを防止することができる。
【0016】
請求項4に係る発明によれば、パワーオンダウン変速開始時点は、アクセルの操作量および車両速度の変化が変速線図の変速点を通過したことに基づいて設定された時点であるので、変速線図の変速点通過時あるいは変速開始指令の送出時の駆動力を基準にしてクラッチトルクを制御することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本発明の実施の形態に係るデュアルクラッチ式自動変速機を搭載した車両を示す図である。
【図2】本発明の実施の形態を示すデュアルクラッチ式自動変速機の全体構造を示すスケルトン図である。
【図3】デュアルクラッチの特性図を示す図である。
【図4】パワーオンダウン変速時のタイムチャートを示す図である。
【図5】実施の形態に係る車速とアクセル開度との関係に基づく変速線図を示す図である。
【図6】パワーオンダウン変速制御のフローチャートを示す図である。
【図7】従来におけるパワーオンダウン変速時のタイムチャートを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の実施の形態に係るデュアルクラッチ式自動変速機を、図面に基づいて説明する。図1は、デュアルクラッチ式自動変速機10を適用可能な車両の一部の構成を示したブロック図である。図1に示す車両はFF(フロントエンジンフロントドライブ)タイプの車両であり、原動機の一例であるガソリンの燃焼によって駆動されるエンジン11と、デュアルクラッチ式自動変速機10と、差動装置(ディファレンシャル)13と、エンジン11の作動を制御するECU(Enzine Control Unit)14と、駆動軸15a、15bと、駆動輪16a、16b(前輪)および図示しない従動輪(後輪)を備えている。
【0019】
デュアルクラッチ式自動変速機10は、エンジン11と差動装置12の間の動力伝達経路上に配設され、複数のギヤ段を収納するミッションケース10aと、デュアルクラッチ20を収納するクラッチハウジング20aを有している。デュアルクラッチ20は、エンジン11から出力されるトルクを、第1入力軸31に伝達する第1クラッチ21と、第2入力軸32に伝達する第2クラッチ22を有している。
【0020】
エンジン11の回転数Neを検出するために、エンジン11の出力軸(クランクシャフト)に近接してエンジン回転数センサ90が設けられている。また、第1入力軸31の回転数N1を検出する第1入力軸回転数センサ91、および第2入力軸32の回転数N2を検出する第2入力軸回転数センサ92が設けられている。さらに、駆動輪16a、16bの回転速度を検出する車輪速センサ93、94と、アクセルペダルの操作量としてのアクセル開度ACCを検出するアクセル開度センサ95が設けられている。車輪速センサS3、S4で検出された駆動輪16a、16bの回転速度に基づいて、車速(車両速度)Vが検出される。
【0021】
デュアルクラッチ式自動変速機10は、ミッションケース17に収容される複数のギヤ段の切替え(変速シフト)、およびデュアルクラッチ20が有する後述する第1クラッチ21および第2クラッチ22の切替えを制御する変速制御装置23を有している。変速制御装置23は、本発明におけるパワーオンダウン変速制御部として機能する。なお、以下においては変速制御装置23をTCU(Traction Control Unit)と称することにする。
【0022】
ECU14は、TCU23からの各種情報、およびエンジン回転数センサ90からのエンジン回転数Neデータと、アクセル開度センサ95からのアクセル開度ACCデータとを取得する。そしてECU14は、これらの情報に基づきアクセル開度ACCを制御したり、インジェクタ(図示しない)の燃料噴射量を制御してエンジン回転数Neを制御する。TCU23はECU14と接続され、CAN通信によってECU14と相互に情報を交換しながら、後述するクラッチアクチュエータ25、26および変速アクチュエータ27を制御し、デュアルクラッチ式自動変速機10の変速制御を行う。
【0023】
デュアルクラッチ20の第1および第2クラッチ部21,22は、乾式摩擦クラッチからなり、第1クラッチ21は、モータを駆動源とする第1のクラッチアクチュエータ25によって係合制御され、第2クラッチ22は、モータを駆動源とする第2のクラッチアクチュエータ26によって係合制御される。第1および第2のクラッチアクチュエータ25、26は、クラッチアクチュエータ25、26の作動量(ストローク量)を検出するストロークセンサ25a、26aを有している。第1および第2クラッチ21,22のクラッチトルクTcは、第1および第2クラッチアクチュエータ25,26の作動量に応じて制御される。
【0024】
図3は、第1および第2クラッチ21,22のトルク伝達特性の一例を示す図で、横軸はクラッチアクチュエータ25、26の作動量Ma、縦軸は伝達可能なクラッチトルクTcを示している。第1および第2クラッチ21、22は、作動量Ma=0で切断状態となるクラッチであり、作動量Maが増加するにしたがって半接続状態となってクラッチトルクTcが増加し、作動量Ma=MmaxでクラッチトルクTcが最大となる特性を有している。これによって、第1および第2クラッチアクチュエータ25、26による作動量Maを適切に制御することにより、第1および第2クラッチ21、22を、所定のクラッチトルクTcに制御できるようになる。なお、第1および第2クラッチ21,22は、常時はともに切断状態に保持される。
【0025】
デュアルクラッチ式自動変速機10は、図2に示すように、前進7速、後進1速のギヤトレーンを備えている。デュアルクラッチ式自動変速機10は、デュアルクラッチ20と、第1入力軸31および第2入力軸32と、第1副軸35および第2副軸36を備えている。第1入力軸31は棒状とされ、第2入力軸32は筒状とされて、同軸的に回転可能に配置されている。第1入力軸31の図中左側はデュアルクラッチ20の第1クラッチ21に連結され、第2入力軸22の図中左側はデュアルクラッチ20の第2クラッチ22に連結されている。第1入力軸31と第2入力軸32は、独立してトルクが伝達され、異なる回転数で回転可能となっている。第1副軸35は、第1入力軸31および第2入力軸32と並行して、図中下側に配置され、第2副軸36は、第1入力軸31および第2入力軸32と並行して、図中上側に配置されている。
【0026】
第1入力軸31には、複数の奇数変速段駆動ギヤである1速駆動ギヤ51、3速駆動ギヤ53、5速駆動ギヤ55および7速駆動ギヤ57が直接形成または別体で固定して設けられている。第2入力軸32には、複数の偶数変速段駆動ギヤである2速駆動ギヤ52、4−6速駆動ギヤ54が直接形成または別体で固定して設けられている。
【0027】
第1副軸35には、1速、3速、4速従動ギヤ61、63、64がそれぞれ遊転可能に設けられ、1速従動ギヤ61は1速駆動ギヤ51に、3速従動ギヤ63は3速駆動ギヤ53に、4速従動ギヤ64は4−6速駆動ギヤ54に、それぞれ噛合されている。
【0028】
第2副軸36には、2速、5速、6速、7速従動ギヤ62、65、66、67がそれぞれ遊転可能に設けられ、2速従動ギヤ62は2速駆動ギヤ52に、5速従動ギヤ65は5速駆動ギヤ55に、6速従動ギヤ66は4−6速駆動ギヤ54に、7速従動ギヤ67は7速駆動ギヤ57に、それぞれ噛合されている。
【0029】
また、第1副軸35には、後進ギヤ70が遊転可能に設けられ、後進ギヤ70は、2速従動ギヤ62の小径ギヤ62bに常時噛合されている。
【0030】
第1副軸35および第2副軸36上には、シンクロメッシュ機能を有する第1、第2、第3、第4ギヤシフトクラッチ71〜74が設けられ、これらギヤシフトクラッチ71〜74は、TCU23によって制御される変速アクチュエータ27によって選択的に作動される。
【0031】
第1ギヤシフトクラッチ71は、第1副軸35上に設けられ、1速従動ギヤ61のシンクロギヤ部と3速従動ギヤ63のシンクロギヤ部との間に設けられている。第1ギヤシフトクラッチ71のスリーブが軸方向にスライドすることにより、1速従動ギヤ61および3速従動ギヤ63の一方と第1副軸35とが相対回転不能に連結され、中間位置ではどちらの従動ギヤ61、63とも連結されないニュートラル状態となるように構成されている。
【0032】
第2ギヤシフトクラッチ72は、第1副軸35上に設けられ、4速従動ギヤ64のシンクロギヤ部と後進ギヤ70のシンクロギヤ部との間に設けられている。第2ギヤシフトクラッチ72のスリーブが軸方向にスライドすることにより、4速従動ギヤ64および後進ギヤ70の一方と第1副軸35とが相対回転不能に連結され、中間位置ではどちらのギヤ64、70とも連結されないニュートラル状態となるように構成されている。
【0033】
第3ギヤシフトクラッチ73は、第2副軸36上に設けられ、7速従動ギヤ67のシンクロギヤ部と5速従動ギヤ65のシンクロギヤ部との間に設けられている。第3ギヤシフトクラッチ73のスリーブが軸方向にスライドすることにより、7速従動ギヤ67および5速従動ギヤ65の一方と第2副軸36とが相対回転不能に連結され、中間位置ではどちらの従動ギヤ65、67とも連結されないニュートラル状態となるように構成されている。
【0034】
第4ギヤシフトクラッチ74は、第2副軸36上に設けられ、6速従動ギヤ66のシンクロギヤ部と2速従動ギヤ62のシンクロギヤ部との間に設けられている。第4ギヤシフトクラッチ74のスリーブが軸方向にスライドすることにより、6速従動ギヤ66および2速従動ギヤ62の一方と第2副軸36とが相対回転不能に連結され、中間位置ではどちらの従動ギヤ62、66とも連結されないニュートラル状態となるように構成されている。
【0035】
上記した第1および第3ギヤシフトクラッチ71、73により、第1入力軸31に伝達された回転駆動力を変速して奇数変速段を成立させる第1シフト機構を構成し、第2および第4ギヤシフトクラッチ72、74により、第2入力軸32に伝達された回転駆動力を変速して偶数変速段を成立させる第2シフト機構を構成している。
【0036】
第1副軸35および第2副軸36には、それぞれ最終減速駆動ギヤ58および最終減速駆動ギヤ59が固定され、これら最終減速駆動ギヤ58、59は、差動機構13(図1参照)に連結された軸33上の減速従動ギヤ80に常時噛合されている。これにより、最終減速駆動ギヤ58および最終減速駆動ギヤ59を介して駆動輪16a、16bが駆動される。
【0037】
図4は、パワーオンダウン変速時のデュアルクラッチ式自動変速機の動作を模式的に示すタイムチャートである。図4のタイムチャートは、例えば、第2クラッチ22を介して、車両が4速のギヤ段で走行している状態において、4速から3速にパワーオンダウン変速する例で示しており、横軸は時間を表わしている。
【0038】
図5は、自動変速機の変速制御で用いられる変速線図の一例を示すもので、ある車速で走行中にアクセルペダルが踏み込まれ、矢印で示すように変速線図の変速線を越えたことに基づいて、例えば4速から3速のギヤ段にパワーオンダウン変速が行われることを示している。そして、パワーオンダウン変速を行うために、高速段側のクラッチ(実施の形態においては第2クラッチ22)のクラッチトルクTcが以下のように制御される。
【0039】
すなわち、4速から3速へのパワーオンダウン変速指令が発せられると、TCU23は変速アクチュエータ27に制御指令を出力する。かかる制御指令に基づいて、第1ギヤシフトクラッチ71のスリーブが図2の左方に移動され、3速従動ギヤ63が第1副軸35に連結されるプレシフトが実施される。これにより、低速段側の第1クラッチ21が駆動輪16a、16bからの動力によって、駆動輪16a、16bの回転数に応じた回転数で回転駆動される。
【0040】
一方、アクセル開度ACCの増大により、図4に示すように、エンジン回転数Neが上昇されるとともに、エンジントルクTeが増大される。このときのエンジントルクTeと第2クラッチ22のクラッチトルクTcとの関係は、式「Te−Tc=Ie・ΔNe」で表わされる。なお、Ieは、エンジン11のイナーシャトルク、ΔNeは、エンジン回転数を微分したエンジン回転数変化速度(エンジン回転数加速度)である。すなわち、エンジントルクTeとクラッチトルクTcとの差分は、エンジン11のイナーシャトルクIeにエンジン回転数加速度ΔNeを乗算したものに等しくなる。
【0041】
ここで、半クラッチ状態における車両の駆動力は、クラッチトルクTcと、変速前のギヤ比との積によって求められ、また、エンジントルクTeは、エンジン回転数Neとアクセル開度ACCに基づいて算出され、エンジン11のイナーシャトルクIeは設計値から得られるので、エンジン回転数吹き上げ中の車両の駆動力T1が変速直前の駆動力T0を下回らないような目標エンジン回転数加速度ΔNeを算出できる。そして、算出された目標エンジン回転数加速度ΔNeを維持するように、クラッチトルクTcを制御することにより、変速中の車両の駆動力T1を変速直前の駆動力T0より下回らないようにすることができる。
【0042】
このように、パワーオンダウン変速が開始されると、エンジン吹き上げ中の駆動力が変速直前の駆動力T0を下回らないような目標エンジン回転数加速度ΔNeとなるように、第2クラッチ22のクラッチトルクTcが制御される。言い換えれば、上記したエンジントルクTeとクラッチトルクTcの関係式より、エンジントルクTeのうち、エンジン回転数加速に費やされる分をできるだけ小さくすることにより、車両の駆動力に振り向けられるエンジントルクを増大できすることができ、変速直前の駆動力以上の駆動力を確保できる。
【0043】
また、パワーオンダウン変速中に、プレシフトにより第1ギヤシフトクラッチ71が作動されて、3速従動ギヤ63が第1副軸35に相対回転不能に連結され、駆動輪16a、16b側からの回転により、低速段側の第1入力軸31が3速駆動ギヤ53を介して回転駆動される。
【0044】
このようなパワーオンダウン変速によるエンジン11の回転数の上昇により、エンジン回転数Neが低速段側の第1入力軸31の回転数N1と等しくなるまで上昇されると、すなわち、エンジン回転数Neが第1入力軸31の回転数に同期するようになると、第1のクラッチアクチュエータ25が作動されて、第1クラッチ21が係合制御される。同時に、第2のクラッチアクチュエータ26が作動されて、第2クラッチ22が半クラッチ状態から完全に切り離され、車両は3速のギヤ段によって加速されながら走行されるようになる。
【0045】
この場合、変速中の駆動力T1は、図4に示すように、変速直前の駆動力T0を所定量(a)上回るように制御させる他、変速直前T0の駆動力を下回らないように、変速直前の駆動力T0を維持するように制御するものであってもよい。
【0046】
なお、エンジン回転数加速度ΔNeを上記のように制御することにより、第1クラッチ21が締結するまでの変速時間が長くなる傾向となるが、変速時間が予め定められた保障時間t1を上回るような場合には、後述するように保障時間t1内に変速が完了することを優先させ、エンジン回転数加速度を増大させるようにしている。
【0047】
次に、パワーオンダウン変速時の駆動力の低下を抑制する変速制御装置23の制御プログラムを、図6のフローチャートに基づいて説明する。かかるフローチャートは所定時間(例えば、6ms)毎に実施される。
【0048】
まず、ステップS100において、パワーオンダウン変速中であることを示すフラッグがONされているか否かが判断される。フラッグがONされていない(パワーオンダウン変速中でない)場合には、ステップS102に移行し、フラッグがONされている(パワーオンダウン変速中である)場合には、ステップS106に移行する。
【0049】
ステップS102においては、パワーオンダウン変速指令が発せられたか否かが判断され、パワーオンダウン変速指令が発せられた場合には、ステップS104に移行し、フラッグをONにした後、ステップS106に移行する。ステップS102において、パワーオンダウン変速指令が発せられていないと判断された場合には、ステップS122に移行し、現在のエンジントルクTeを演算して保存し、プログラムはリターンされる。これにより、ステップS122によって、パワーオンダウン変速開始時(変速直前)のエンジントルクTe(駆動力T0=エンジントルクTe×ギヤ比)が演算されるようになる。
【0050】
ステップS106においては、パワーオンダウン変速中のエンジントルクTe(駆動力T1)がパワーオンダウン変速開始時のエンジントルクTe(駆動力T0)以下とならないようにするため、下記関係式を満たす目標エンジン回転数加速度ΔNe1を算出する。
Tc=Te−(Ie・ΔNe1)≧T0
【0051】
ここで、エンジントルクTeは、エンジン回転数センサ93によって検出されたエンジン回転数Neとアクセル開度センサ95によって検出されたアクセル開度ACCに基づいて算出され、クラッチトルクTcは、クラッチアクチュエータ25、26の作動量に基づいて算出され、エンジントルクTeからクラッチトルクTcを減算した差を、エンジン11のイナーシャトルクIeで除算することにより、目標とするエンジン回転数加速度ΔNe1が演算される。
【0052】
次いで、ステップS108において、車速Vと変速前後のギヤ段から、パワーオンダウン変速動作に必要なエンジン回転数変化量Nxを算出するとともに、このエンジン回転数変化量Nxと、目標エンジン回転数加速度ΔN1より、目標変速時間tを算出する。続いて、ステップS110において、算出した目標変速時間tが予め設定した保障時間t1より長い(大きい)か否かを判断し、目標変速時間tが保障時間t1より長い場合には、ステップS112に移行する。ステップS112においては、パワーオンダウン変速が保障時間t1内で行うことを優先するため、目標エンジン回転数加速度ΔNe1を保障時間t1に基づいて算出し、しかる後、プログラムはリターンされる。従って、この場合の目標エンジン回転加速度ΔN1は、パワーオンダウン変速開始時(変速直前)のエンジントルクT0を下回らないエンジン回転加速度よりも大きくなる。
【0053】
一方、ステップS110において、算出した目標変速時間tが保障時間t1より短い(小さい)と判断された場合には、ステップS114において、エンジントルクTeとクラッチトルクTcの関係式「Te−Tc=Ie・ΔNe」を用いて、現在のエンジン回転数加速度ΔNeを目標エンジン回転数加速度ΔNe1に一致する方向に、第2クラッチ22のクラッチトルクTcを低下する方向に、クラッチアクチュエータ26によって一定量だけ制御する。
【0054】
このような処理は、予め定められた周期(例えば、6ms)毎に実行されるため、これが繰り返されることにより、現在のエンジン回転数加速度ΔNeが目標エンジン回転数加速度ΔNe1に到達するまでの間、第2のクラッチアクチュエータ26によってクラッチトルクTcがさらに低下する方向に一定量制御される。逆に、現在のエンジン回転数加速度ΔNeが目標エンジン回転数加速度ΔNe1を上回った場合には、第2のクラッチアクチュエータ26を前記と逆方向に作動させ、クラッチトルクTcが増加する方向に一定量制御される。これによって、エンジン回転数加速度ΔNeが目標エンジン回転数加速度ΔNe1に一致するように制御される。
【0055】
次いで、S116において、エンジン回転数センサ93によって検出されたエンジン回転数Neが、第1入力軸回転数センサ91によって検出された低速段(3速)側の第1入力軸31の回転数N1と一致するまで上昇されたか否かが判断される。エンジン回転数Neが第1入力軸31の回転数N1に等しくなると、低速段(3速)側の第1のクラッチ21が係合制御されるとともに、半クラッチ状態にある高速段(4速)側の第2クラッチ22が完全に切断される。
【0056】
このような制御によって、エンジン回転数加速度ΔNeが目標エンジン回転数加速度ΔNe1と一致するように、高速段側の第2クラッチ22のクラッチトルクTcが制御される。
【0057】
このように、変速中のエンジントルクがパワーオンダウン変速開始時(変速直前)のエンジントルクを下回らないように制御されることにより、ドライバは変速中に減速感を感ずることなく、しかも、変速時間が遅くなることもなく、保障時間t1内で変速が完了される。
【0058】
なお、上記したフローチャートにおいては、変速中のエンジントルクがパワーオンダウン変速開始時(変速直前)のエンジントルクを下回らないように制御するようにしたが、エンジントルクにギヤ比を加味することにより、変速中の車両の駆動力T1が、パワーオンダウン変速開始時の車両の駆動力T0を下回らないように制御することもできる。
【0059】
上記したステップS106により、エンジン11の目標回転増速度ΔNe1を演算する目標回転増速度演算部を構成し、ステップS122により、パワーオンダウン変速開始時(変速直前)のエンジントルクを演算するトルク演算部を構成している。
【0060】
上記した実施の形態によれば、エンジン11の回転数が低速段側の入力軸の回転数に同期するまでの間は、エンジン11の回転増速度が目標回転増速度以下となるように、高速段側のクラッチのクラッチトルクTcを制御し、エンジン11の回転数が低速段側の入力軸の回転数に同期すると、低速段側の入力軸に対応する低速段側のクラッチを接続状態にするパワーオンダウン変速制御装置23を備えているので、変速時間を長くすることなく、エンジン回転数吹き上げ中の車両の駆動力を、パワーオンダウン変速時の駆動力より下回らないように制御することができ、パワーオンダウン変速時に減速感を感ずることがない。
【0061】
上記した実施の形態においては、エンジン回転数加速度ΔNeが目標エンジン回転数加速度ΔNe1と一致するように、高速段側のクラッチのクラッチトルクTcを一定量ずつ制御するようにしたが、目標エンジン回転数加速度ΔNe1と現在のエンジン回転数加速度ΔNeとの偏差に応じて、クラッチトルクTcを制御するようにしてもよい。
【0062】
また、上記した実施の形態においては、パワーオンダウン変速時の駆動力T1を、変速直前の駆動力T0を下回らないように制御するようにしたが、必ずしも変速直前の駆動力に限定されるものではなく、変速開始時前後の駆動力を基準にしてクラッチトルクTcを制御するようにしてもよい。
【0063】
さらに、上記した実施の形態においては、パワーオンダウン変速開始時点の駆動力T0を基準にして、その駆動力T0を下回らない駆動力T1となるように、クラッチトルクTcを制御する例について述べたが、必ずしもパワーオンダウン変速開始時点のトルク(駆動力)でなくても、変速線図の変速点を通過した時点のトルク(駆動力)であってもよい。
【0064】
なお、上記した実施の形態においては、FFタイプの車両に好適なデュアルクラッチ式自動変速機を例にして説明したが、FR(フロントエンジンリヤドライブ)タイプの車両に適用する場合には、例えば、特開2011−144872号公報に記載されているように、変速段ギヤ(5速ギヤ)を第1入力軸に直結したり、あるいはギヤシフト機構の一部を第1または第2入力軸上に配置してもよい。
【0065】
また、上記した実施の形態においては、第1および第2副軸35、36側に従動ギヤを遊転可能に設けた例について述べたが、第1および第2入力軸31、32側に設けたギヤを遊転可能としてもよい。
【0066】
以上、本発明の実施の形態について説明したが、本発明は実施の形態に限定されるものではなく、特許請求の範囲に記載した本発明の主旨を逸脱しない範囲内で種々の変形が可能であることは勿論である。
【産業上の利用可能性】
【0067】
本発明に係るデュアルクラッチ式自動変速機は、第1および第2入力軸に連結された第1および第2クラッチからなるデュアルクラッチを備え、プレシフトを可能にしたものに用いるのに適している。
【符号の説明】
【0068】
10…デュアルクラッチ式自動変速機、11…エンジン、20…デュアルクラッチ、21…第1クラッチ、22…第2クラッチ、23…パワーオンダウン変速制御部、25、26…クラッチアクチュエータ、31…第1入力軸、32…第2出力軸、33…出力軸、35…第1副軸、36…第2副軸、51、53、55、57…奇数変速段駆動ギヤ、52、54…偶数変速段駆動ギヤ、61、63、65、67…奇数変速段従動ギヤ、62、64、66…偶数変速段従動ギヤ、71、73…第1シフト機構、72、74…第2シフト機構、S106…目標回転増速度演算部、S122…変速開始時トルク演算部。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
同心に配置された第1入力軸および第2入力軸と、
原動機の回転駆動力を前記第1入力軸に伝達する第1クラッチと前記回転駆動力を前記第2入力軸に伝達する第2クラッチとを有するデュアルクラッチと、
前記第1入力軸に伝達された前記回転駆動力を変速して奇数変速段を成立させる第1シフト機構、および前記第2入力軸に伝達された前記回転駆動力を変速して偶数変速段を成立させる第2シフト機構と、
変速指令が送出されると、前記第1クラッチおよび前記第2クラッチのうち、前記第1入力軸および前記第2入力軸のうちの前記原動機から切り離される入力軸に対応するクラッチを切離状態にする切離制御を行い、前記第1クラッチおよび前記第2クラッチのうち、前記第1入力軸および前記第2入力軸のうちの前記原動機に接続される入力軸に対応するクラッチを、前記原動機の回転数が前記接続される入力軸の回転数とを同期させて接続状態にする係合制御を行う変速制御装置と、
を備え、
前記変速制御装置は、
前記変速指令がパワーオンダウン変速指令である場合、パワーオンダウン変速開始時点での前記原動機の出力トルクを変速開始時トルクとして演算する変速開始時トルク演算部と、
前記原動機の現出力トルクから前記変速開始時トルクを減算した差を前記原動機のイナーシャトルクで除算して前記原動機の目標回転増速度を演算する目標回転増速度演算部と、
前記原動機の回転数が前記低速段側の入力軸の回転数に同期するまでの間は、前記原動機の回転増速度が前記目標回転増速度以下となるように、前記高速段側のクラッチの伝達トルクを制御し、前記原動機の回転数が前記低速段側の入力軸の回転数に同期すると、前記低速段側の入力軸に対応する低速段側のクラッチを接続状態にするパワーオンダウン変速制御部と、
を備えるデュアルクラッチ式自動変速機。
【請求項2】
請求項1において、前記許容回転増速度に所定値を減算した目標回転増速度を演算し、目標回転増速度となるように前記クラッチの伝達トルクを制御するデュアルクラッチ式自動変速機。
【請求項3】
請求項1または請求項2において、車速と変速前後のギヤ段から変速動作に必要なエンジン回転数の変化量と前記目標回転増速度から目標変速時間を演算し、前記目標変速時間が予め定められた保障時間より大きい場合には、前記目標回転増速度を前記保障時間に基づいて算出するようにしたデュアルクラッチ式自動変速機。
【請求項4】
請求項1ないし請求項3のいずれか1項において、前記パワーオンダウン変速開始時点は、アクセルの操作量および車両速度の変化が変速線図の変速点を通過したことに基づいて設定された時点であるデュアルクラッチ式自動変速機。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2013−36479(P2013−36479A)
【公開日】平成25年2月21日(2013.2.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−170485(P2011−170485)
【出願日】平成23年8月3日(2011.8.3)
【出願人】(592058315)アイシン・エーアイ株式会社 (490)
【Fターム(参考)】