説明

ベルトテンショナ用摺動材の製造方法およびベルトテンショナ

【課題】自動車用エンジンのベルト式補機駆動装置に用いられるベルトテンショナの摺動材40,60について、その主要樹脂成分として、該摺動材40,60とは異なる摩擦係数を有する市販の樹脂材料を用いても、必要とされる摩擦係数が得られるようにする。
【解決手段】摺動材40,60の主要樹脂成分として、曲げ弾性率が摺動材40,60よりも高い高弾性樹脂材料に対し、曲げ弾性率が摺動材40,60よりも低い低弾性樹脂材料を混合することとする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車用エンジンのベルト式補機駆動装置などにおいてベルトに張力を付与するベルトテンショナに使用される樹脂製摺動材の製造方法に関し、特に、摺動材とは摩擦係数の異なる市販の樹脂材料を用いて、必要とされる摩擦係数の摺動材を得る対策に関する。
【背景技術】
【0002】
例えば、自動車用エンジンのベルト式補機駆動装置において、ベルトに張力を付与しつつ、その張力付与作動をベルト張力の変動に応じて自動的にダンピングするようにしたオートテンショナは知られている。
【0003】
このものは、エンジンに取り付けられる固定体と、プーリがベルトを押圧する方向に対して進退移動するように固定体に揺動可能に保持された揺動体と、固定体に対し揺動体を捩りトルクでもってベルト押圧方向に回動付勢する捩りコイルばねと、固定体と揺動体との間に介装されていて、捩りコイルばねの捩りトルクの反力でもって揺動体との間に摺動摩擦を発生する樹脂製の摺動材とを備えており、揺動体の回動方向ないし揺動位置に応じて上記摺動摩擦力が変化することを利用して、揺動体の揺動に対するダンピング力を自動的に増減させるようになっている。
【0004】
ところで、上記のダンピング力を規定する主要な要素として、摺動材の摩擦係数が挙げられる。したがって、必要とされるベルト押圧力やダンピング特性ならびに設置スペースなどの諸条件を満たす上では、それらに適した摩擦係数の摺動材が必要であり、そのためには、それに見合った樹脂材料が必要である。
【0005】
例えば、特許文献1には、オートテンショナの摺動材の主要樹脂成分として、ポリアミド46樹脂を用い、これに、炭素繊維又は芳香族ポリアミド繊維などの繊維補強材と、自己潤滑性および耐摩耗性を向上させるための四フッ化エチレン樹脂などのフッ素樹脂と、さらなる耐摩耗性および寸法安定性のための二硫化モリブデンとを添加して摺動材を得ることが記載されている。
【特許文献1】特開平7−286646号公報(第3〜5頁)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、実際には、樹脂材料は市販品のなかから選んで使用せざるを得ず、このために、従来の場合には、要求される諸特性および諸条件を満たす上で最適と考えられる摩擦係数の摺動材を得ることが困難であり、そのしわ寄せが関連部品の設計変更を強いることになる結果、製造コストが高くなるという問題がある。
【0007】
本発明は、斯かる点に鑑みてなされたものであり、その主な目的は、自動車用エンジンのベルト式補機駆動装置に用いられるベルトテンショナの摺動材について、その主要樹脂線分として、該摺動材とは摩擦係数の異なる市販の樹脂材料を用いても、必要とされる摩擦係数が得られるようにすることにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記の目的を達成すべく、本発明では、樹脂材料の曲げ弾性率と摩擦係数との間に正の比例関係があるとの知見に基づき、摺動材の主要樹脂成分として、曲げ弾性率が所定の摺動材よりも高い高弾性樹脂材料に対し、曲げ弾性率が所定の摺動材よりも低い低弾性樹脂材料を混合するようにした。
【0009】
具体的には、本発明は、固定側に固定される固定体と、ベルト押圧部を有し、該ベルト押圧部がベルトを押圧する方向に対して進退移動するように上記固定体に変位可能に保持された可動体と、これら固定体および可動体間に介装されていて、該固定体に対し可動体をベルト押圧方向に向かって付勢する付勢手段と、上記固定体および可動体間に介装されていて、該固定体に対する可動体の変位に伴って該可動体の変位をダンピングする摺動摩擦を発生する摺動材とを備えたベルトテンショナにおける上記摺動材の製造方法を前提としている。
【0010】
そして、上記摺動材の主要樹脂成分として、曲げ弾性率が上記摺動材よりも高い高弾性樹脂材料に対し、曲げ弾性率が上記摺動材よりも低い低弾性樹脂材料を混合することとする。
【0011】
尚、上記の構成において、高弾性樹脂材料および低弾性樹脂材料として、共にポリアミド46樹脂を用いることが好適であり、さらに具体的には、一例として、それぞれ、略3000MPaおよび略1900MPaであるものを挙げることができる。また、その場合には、高弾性樹脂材料に対する低弾性樹脂材料の混合割合を、5〜20重量%とすることが望ましい。
【0012】
また、上記の摺動材が組み込まれてなるベルトテンショナの一例としては、付勢手段としての捩りコイルばねを備えており、この捩りコイルばねの捩りトルクの反力でもって摺動材と固定体および可動体のうちの少なくとも一方とを互いに圧接させるようにしたものが挙げられる。例えば、可動体が、ベルト押圧方向に対して進退移動するように固定体に揺動可能に保持された揺動体であり、かつ、捩りコイルばねが捩りトルクでもって上記揺動体をベルト押圧方向に回動付勢する一方、上記捩りトルクの反力でもって摺動材と固定体および揺動体のうちの一方とを互いに圧接させている場合、より具体的には、固定体が、揺動軸心に沿って延びるように設けられた軸部を有しており、揺動体が、揺動軸心回りに揺動可能に上記軸部上に外嵌合されたボス部を有しており、捩りコイルばねが、揺動体のボス部上に遊嵌されたコイル部を有する場合には、摺動材が、固定体に揺動不能に固定されつつ、揺動体のボス部に摺接するように設けられており、捩りコイルばねが、摺動材と揺動体のボス部とを互いに圧接させるようにされたものとすることができる。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、高弾性樹脂材料と低弾性樹脂材料とを混合して摺動材の主要樹脂成分とすることで、要求される諸条件を満たす上で最適な摩擦係数の摺動材を容易に得ることができ、よって、その分、ベルトテンショナの製造コストの低減に寄与することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下、本発明の実施形態を、図面に基づいて説明する。
【0015】
図1は、本発明の実施形態に係るオートテンショナの全体構成を示しており、このオートテンショナは、自動車用エンジンの出力トルクの一部を1本の伝動ベルトを介して複数の補機に伝達するようにしたサーペンタインレイアウトのベルト式補機駆動装置において使用されるものであり、伝動ベルトに所定の張力を付与する作動を行いつつ、その作動状態に応じて該作動に対するダンピング力を自動的に変化させるようになっている。
【0016】
このベルトテンショナは、固定側としてのエンジンに固定される固定体10と、この固定体10に揺動軸心P回りに揺動可能に支持された揺動体20とを備えている。
【0017】
上記の固定体10は、有底筒状のハウジング部11と、このハウジング部11内の底壁中央に立設された軸部12とを有する。軸部12の外周面は、先端側に向かって外径が漸次小さくなる断面テーパ状に形成されており、また、軸部12の軸心P部分には、該軸部を軸方向に貫通するボルト孔13が設けられている。ハウジング部11の外周には、図外の取付部が設けられており、固定体10は、これら取付部およびボルト孔13においてボルトによりエンジンに固定されるようになっている。さらに、ハウジング部11の周壁における周方向の一部には、該周壁を半径方向に貫通しかつ底壁に接する位置から開口近傍位置に達するスリット状の係止部14が形成されている。
【0018】
一方、上記の揺動体20は、有底筒状のハウジング部21と、このハウジング部21の底壁中央に上記固定体10の軸部12の先端側から外嵌合可能に設けられたボス部22とを有する。ボス部22は、ハウジング部21の底壁から該ハウジング部21の開口側に向かって延びるように形成されており、その内周面は、ハウジング部21の開口側に向かって内径が漸次大きくなる断面テーパ状に形成されている。ボス部22の内周面のテーパ角は、軸部12の外周面のテーパ角と略同じである。この揺動体20は、ハウジング部21の開口が固定体10のハウジング部11の開口と重なり合うとともに、ボス部22が固定体10の軸部12上に該軸部12の先端側から外嵌合された状態に配置されている。軸部12はボス部22を軸方向に貫通しており、その先端部分ハウジング部21の底壁から軸方向に突出している。この先端部分には、略円板状をなしていて外径がボス部22の内径よりも大きいフロントプレート23が係止されており、これにより、ボス部22が軸部12から抜け出ないようになている。また、ハウジング部21の周壁における周方向の一部でありかつ底壁近傍の部位には、該周壁を半径方向に貫通する係止孔(図示せず)が形成されている。
【0019】
上記ハウジング部21の外周には、アーム部24が半径方向外方に向かって突出するように設けられており、このアーム部24の先端には、プーリ保持部25が設けられている。プーリ保持部25には、揺動軸心Pに平行な方向に延びるボルト孔26が形成されている。プーリ保持部25の先端側外周は小径になっており、この小径部上には、ベアリング27が内輪において外嵌合されている。この内輪は、ボルト孔26に螺着された鍔付ボルト28の鍔部によりプーリ保持部25に取り付けられている。ベアリング27の外輪上には、押圧部としてのプーリ29が回転一体に外嵌合されており、このプーリ29が伝動ベルトに接触してプーリ軸心Q回りに回転しつつ該伝動ベルトを押圧するようになっている。
【0020】
上記揺動体20のボス部22と固定体10の軸部12との間には、第1の摺動材である略円筒状のインサートベアリング40が介装されており、揺動体20は、このインサートベアリング40を介して固定体10に揺動軸心P回りに揺動可能に支持されている。インサートベアリング40の内外周面はそれぞれ断面テーパ状に形成されている。内周面のテーパ角は軸部12の外周面と略同じであり、外周面のテーパ角は、ボス部22の内周面と略同じである。また、上記のフロントプレート23と、揺動体20のハウジング部21の底壁との間には、インサートベアリング40と同じ材料からなる円板状のスラストワッシャ41が介装されている。
【0021】
上記固定体10と揺動体20との間には、固定体10に対し、揺動体20をプーリ29が伝動ベルトを押圧する方向に向かって揺動軸心P回りに回動するように常時付勢する捩りコイルばね50が介装されている。具体的には、この捩りコイルばね50は、固定体10のハウジング部11と揺動体20のハウジング部21との間に収容されており、右巻きのコイル部51と、このコイル部51における固定体10側の端部から半径方向外方に向かって突出する固定側タング52と、コイル部51における揺動体20側の端部から半径方向外方に向かって突出する揺動側タング(図示せず)とを有する。コイル部51は、揺動体20のボス部22上に套嵌されていて、固定側タング52は固定体10の係止部14に周方向の移動を規制された状態に係止されており、一方、揺動側タングは揺動体20の係止孔に同じく周方向の移動を規制された状態に係止されている。
【0022】
また、捩りコイルばね50は、コイル部51が縮径する方向に捩られた状態で固定体10および揺動体20間に介装されており、このことで、コイル部51が拡径する方向の捩りトルクでもって揺動体20を回動付勢するようになっている。さらに、この捩りコイルばね50は、コイル部51が軸方向に圧縮された状態で介装されており、このことで、上記のスラストワッシャ41がフロントプレート23と揺動体20のハウジング部21との間に挟圧された状態となっている。
【0023】
上記捩りコイルばね50のコイル部51と上記揺動体20のボス部22との間には、第2の摺動材である略鍔付円筒状のスプリングサポート60が介装されている。このスプリングサポート60は、揺動体20のボス部22上に外嵌合されていて該ボス部22に対し摺接可能な円筒状のダンピング部61と、このダンピング部61の一方の開口縁に設けられた外向きフランジ状の鍔部62とからなっている。ダンピング部61の軸方向寸法は、捩りコイルばね50のコイル部51の1巻き分の軸方向寸法と略同じである。鍔部62は、コイル部51の固定側タング52の側の端部と固定体10のハウジング部11の底壁との間に配置されていて、コイル部51の圧縮力により両者間に挟圧保持されており、このことで、スプリングサポート60は、固定体10側に回動不能に固定されるようになっている。
【0024】
ここで、上記のように構成されたベルトテンショナの作動について説明する。
【0025】
自動車用エンジンの作動に伴い、伝動ベルトの張力が低下したときには、ベルトテンショナでは、捩りコイルばね50の捩りトルクでもって揺動体20がベルト押圧方向に回動し、プーリ29が伝動ベルトを押圧するので、ベルト張力の低下が抑えられ、一方、伝動ベルトの張力が上昇したときには、そのベルト反力によりプーリ29が押圧され、揺動体20がベルト押圧方向とは反対の方向に回動するので、ベルト張力の上昇が抑えられる。
【0026】
一方、捩りコイルばね50の捩りトルクの反力でもって、該捩りコイルばね50のコイル部51における周方向の一部は半径方向内方に向かって常に押圧されており、これにより、揺動体20のボス部22における周方向の一部がスプリングサポート60のダンピング部61とインサートベアリング40との間に挟圧されている。よって、揺動体20の揺動に伴い、スプリングサポート60のダンピング部61とボス部22との間、およびインサートベアリング40とボス部22との間には、それぞれ摺動摩擦が発生し、それらが揺動体20の揺動を減衰させるダンピング力として作用する。その際に、捩りトルクの反力は、揺動体20がベルト押圧方向に回動するとき、つまり、コイル部51が拡径するときには、それに応じて低下するので、ダンピング力も低下する。よって、揺動体20の回動が速やかに行われる。一方、揺動体20がベルト押圧方向とは反対の方向に回動するとき、つまり、コイル部51が縮径するときには、それに応じて上昇するので、ダンピング力も上昇する。
【0027】
これらの結果、ベルトテンショナは、ベルト張力が低下したときには速やかに伝動ベルトを押圧してベルト張力の低下を抑え、一方、ベルト張力が増大したときには緩やかにベルト反力の増加分を吸収してベルト張力の増大を抑える。このようにすることで、張力変動に起因する伝動ベルトのばたつきが回避され、これにより、補機プーリに対する伝動ベルトの滑りが抑えられてトルク伝達が確実化するとともに、伝動ベルトの寿命の短命化が防止されることとなる。
【0028】
次に、上記のように構成されたベルトテンショナにおけるインサートベアリング40およびスプリングサポート60の製造方法について説明する。尚、以下の説明では、インサートベアリング40およびスプリングサポート60を総称して、「摺動材」という。
【0029】
本実施形態では、曲げ弾性率が上記摺動材よりも高い高弾性樹脂材料と、曲げ弾性率が上記摺動材よりも低い低弾性樹脂材料とを用い、これらを所定の比率でもって混合することで、摺動材の主要樹脂成分とし、この混合物に、必要に応じて1種類ないし複数種類の任意の助剤を加えた後、所定の形状に成形する。
【0030】
具体的には、例えば、高弾性樹脂材料として、曲げ弾性率が略3000MPaであるものを用いる一方、低弾性樹脂材料として、曲げ弾性率が略1900MPaであるものを用いる場合には、例えば、摺動材に油脂分などが付着して該摺動材における静摩擦係数および動摩擦係数間の変化が大きくなり、そのためにスティックスリップによる異音が発生しやすくなるという事態を回避しつつ、必要な耐摩耗性を確保できるようにするという点では、混合比(重量比)は、高弾性樹脂材料:低弾性樹脂材料=95:5〜80:20であることが好ましい。尚、そのような高弾性樹脂材料としては、それぞれ、ディーエスエム・ジャパン・エンジニアリング・プラスチックス株式会社製のポリアミド46樹脂(PA46)である「スタニール(商品名)」の「PX−9a(グレード名)」および「TW363(同前)」を挙げることができる。
【0031】
−テスト1−
ここで、上記の製造方法において、高弾性樹脂材料と低弾性樹脂材料との混合比を変えて得られた実施例1〜実施例3の3種類の摺動材を用いてそれぞれベルトテンショナを作製し、各摺動面にモリブデングリース(MoS)を塗布した状態でベルト式補機駆動装置に組み込んでベルトを走行させ、ベルト張力の変動に伴う異音発生の有無を確認する実験を行った。
【0032】
具体的には、高弾性樹脂材料と低弾性樹脂材料との混合比を、実施例1では、95:05、実施例2では、90:10、実施例3では、80:20とした。また、比較のために、高弾性樹脂材料のみで得られた摺動材を比較例とし、これを用いたベルトテンショナを作製し、上記と同じ実験を行った。
【0033】
以上の結果を、次表1に併せて示す。さらに、回動位置および回動方向と出力トルクとの関係を、実施例1については図2に、実施例2については図3に、実施例3については図4に、また、比較例については図5にそれぞれ示す。尚、特性曲線上の矢印は、変化の方向を示している。
【0034】
【表1】

【0035】
実施例1〜実施例3では、何れも異音の発生は確認できなかった。これに対し、比較例の場合には、揺動体がベルト押圧方向に回動するときも、それとは逆の方向に回動するときも異音の発生が確認された。
【0036】
各特性図を見ると、比較例では、揺動体が揺動するときにその回動方向に拘わらず微小なトルク変動が現れており、これは、揺動体のボス部とインサートベアリング又はスプリングサポートとの間のスティックスリップによるものと考えられる。これに対し、実施例1〜実施例3では、そのようなトルク変動は見られない。尚、実施例1と実施例2との対比では、特性上の相違は殆ど確認できないが、実施例2と実施例3との対比では、実施例3の方が、ベルト押圧方向への回動時におけるトルクが小さい一方、反ベルト押圧方向への回動時のトルクが大きい。これは、低弾性樹脂材料の混合割合が高い分だけ摩擦係数が高くなり、それにより、揺動体の揺動に対するダンピング力が高くなったからである。
【0037】
−テスト2−
次に、上記の実施例1および実施例2について、図6に示す鈴木式摩擦摩耗試験機を用い、駆動100側にアルミニウム合金製の相手材110を配置する一方、従動200側に摺動材210を配置し、該摺動材210を所定の荷重300でもって相手材110に圧接させた状態で該相手材110を回転駆動することで摺動材210を介して従動200側にトルクを伝達し、そのトルクをロードセル400により検出するようにした。その際に、摺動材210の摺動面にモリブデングリースを塗布し、95℃の温間下におけるトルクの経時変化を調べるテストを行った。また、比較のために、高弾性樹脂材料のみからなる摺動材(比較例1)および低弾性樹脂材料のみからなる摺動材(比較例2)を作製し、これらについても、実施例1および実施例2の場合と同様のテストを行った。尚、相手材110には、アルミニウム合金(JIS H 5302に規定する「ADC12」)を使用した。また、摺動材210に対する荷重300(面圧)は200kgf/mm(≒1961.33MPa)とし、相手材110と摺動材210との相対速度は、線速度に換算して0.2mm/secとした。以上の結果を、特性図(図7)に併せて示す。
【0038】
比較例1と実施例1とを対比すると、トルクは、安定化した時点以降では互いに略同レベルにあることが判る。しかしながら、テスト開始直後におけるトルクの不安定な区間では、トルクの変動量が比較例1の場合よりも実施例1の場合の方が小さいことが判る。これは、実施例1の方が、静摩擦係数と動摩擦係数との間の変化が小さいことを意味している。つまり、実施例1では、比較例1の場合よりも静摩擦係数と動摩擦係数との間の変化が小さいにも拘わらず、比較例1の場合と同程度の摩擦係数を発揮するということである。
【0039】
次に、実施例1と実施例2とを対比すると、テスト開始直後における摺動トルクの不安定な区間では、摺動トルクの変動量が実施例1の場合よりも実施例2の場合の方がさらに小さいことが判る。また、摺動トルクのレベル自体も、実施例2の方が実施例1よりも小さくなっている。
【0040】
さらに、実施例2と比較例2とを対比すると、摺動トルクの変動量およびレベル自体は互いに略同じであることが判る。つまり、比較例2では、摩擦係数の変化が大きいことに起因する異音の発生は、実施例2の場合と同程度に回避されるということである。
【0041】
−テスト3−
上記の実施例1および実施例2に加え、高弾性樹脂材料と低弾性樹脂材料との混合比が、80:20である実施例3と、70:30である実施例4と、60:40である実施例5とをそれぞれ作製し、これらを上記構成のベルトテンショナに組み込んで自動車用エンジンのベルト式補機駆動装置に使用したときの固定体に対する揺動体の傾き(アームの傾き〔単位:deg〕)、つまり、伝動ベルトに対するベルトテンショナのプーリのアライメントの狂いやすさを調べるテストを行った。また、比較のために、上記の比較例1を組み込んだベルトテンショナについても同様のテストを行った。以上の結果を、特性図(図8)に併せて示す。尚、特性図中の縦軸は、固定体の軸部(揺動軸心)に対する揺動体のボス部の角度〔単位:deg〕であり、横軸は経過時間〔単位:h〕である。
【0042】
図7から判るように、比較例1の場合が最もアーム傾きが小さく、低弾性樹脂材料の混合割合が高くなるほどアーム傾きが大きくなる、つまり、摩耗量が増大することが判る。これは、低弾性樹脂材料は、耐摩耗性の点では、高弾性樹脂材料よりも劣るということである。特に、低弾性樹脂材料の混合割合が20重量%を超えると、摩耗量は急激に増大している。よって、耐摩耗性の点では、オートテンショナの一般的な使途においては、低弾性樹脂材料の混合割合が20重量%以下であることが好ましい。
【0043】
−テスト4−
テスト3の結果をさらに調べるために、実施例2について、その限界PV曲線を作成するテストを行った。また、比較のために、上記の比較例1および比較例2についても、同様のテストを行った。以上の結果を、特性図(図9)に併せて示す。尚、同特性図の縦軸は「摺動速度〔単位:m/s〕であり、横軸は「面圧〔単位:MPa〕」である。
【0044】
図8から判るように、比較例2,実施例2,比較例1の順に限界PV値が高くなっている。これは、比較例2,実施例2,比較例1の順に耐摩耗性が高いことを示している。つまり、耐摩耗性は、低弾性樹脂材料の混合割合が高くなるほど、低下するということである。
【0045】
−テスト1〜テスト4の結論−
以上のことから、曲げ弾性率が略3000MPaである高弾性樹脂材料に対し、曲げ弾性率が略1900MPaである低弾性樹脂材料を、混合割合が5重量%以上となるように混合することで、油脂分付着状態におけるスティックスリップの発生が少なくなる(静摩擦係数と動摩擦係数との間の差が小さくなる)ような摩擦係数のベルトテンショナ用摺動材が得られることが判る。
【0046】
一方、耐摩耗性の面では、高弾性樹脂材料に対する低弾性樹脂材料の混合割合が高くなるほど低下する。よって、実際には、ベルトテンショナの使用条件に応じて、混合割合をより低く抑えることが好ましく、一般的には、低弾性樹脂材料の混合割合は、5〜20重量%であることが望ましい。
【0047】
ここで、実施例1〜実施例6,比較例1,比較例2について、高弾性樹脂材料と低弾性樹脂材料との混合比を、次表2にまとめて示しておく。
【0048】
【表2】

【0049】
したがって、本実施形態によれば、自動車用エンジンのベルト式補機駆動装置において、エンジンに固定された固定体10が保持する揺動体20をベルト押圧方向に回動付勢する捩りコイルばね50の捩りトルクの反力でもって樹脂製のインサートベアリング40およびスプリングサポート60をそれぞれ揺動体20のボス部22に押し付けて該揺動体20の揺動時に摺動摩擦を生じさせるようにすることで、揺動体20のベルト押圧方向の回動に対しては小さなダンピング力でダンピングする一方、反ベルト押圧方向の回動に対しては大きなダンピング力でもってダンピングするようにしたオートテンショナのインサートベアリング40およびスプリングサポート60について、その主要樹脂材料として、曲げ弾性率がインサートベアリング40およびスプリングサポート60よりも高い高弾性樹脂材料と、曲げ弾性率がインサートベアリング40およびスプリングサポート60よりも低い低弾性樹脂材料とを混合するようにしたので、適正な摩擦係数を有するインサートベアリング40およびスプリングサポート60を、市販の樹脂材料を用いて得ることができ、よって、摩擦係数が一定であるインサートベアリング40およびスプリングサポート60に対して捩りコイルばね50の捩りトルクを変更したりする場合や、インサートベアリング40およびスプリングサポート60の樹脂材料を製造の段階から手掛ける場合に比べて、オートテンショナの製造コストの低減に寄与することができる。
【0050】
また、高弾性樹脂材料として曲げ弾性率が略3000MPaであるものを用いる一方、低弾性樹脂材料として曲げ弾性率が略1900MPaであるものを用いる場合に、上記高弾性樹脂材料に対する上記低弾性樹脂材料の混合割合を、5〜20重量%とすることで、インサートベアリング40やスプリングサポート60に油脂分などが付着した場合でも、静摩擦係数および動摩擦係数間の変化が大きくなってスティックスリップによる異音が発生するという事態を抑えることができ、しかも耐摩耗性の高いインサートベアリング40およびスプリングサポート60を得ることができる。
【0051】
尚、上記の実施形態では、高弾性樹脂材料および低弾性樹脂材料として、共にポリアミド46樹脂であり、かつ、それぞれ曲げ弾性率が略3000MPaおよび略1900MPaを用い、高弾性樹脂材料に対する低弾性樹脂材料の混合割合を5〜20重量%とすることが好ましいとしているが、樹脂材料の種類,曲げ弾性率,混合割合は特に限定されるものでなく、条件に基づいて適宜設定することができる。
【0052】
また、上記の実施形態では、ベルトテンショナの具体例としてのオートテンショナと該オートテンショナに組み込まれている摺動材とについて、その一例を示しているが、本発明に係るベルトテンショナおよび摺動材については、固定側に固定される固定体と、ベルトを押圧するための押圧部を有し、該押圧部が上記ベルトを押圧する方向に向かって進退移動するように固定体に変位可能に保持された可動体と、固定体および可動体間に介装され、該固定体に対し可動体をベルト押圧方向に向かって付勢する付勢手段と、固定体および可動体間に介装され、該固定体に対する可動体の変位に伴い、固定体および可動体のうちの少なくとも一方との間で摺動摩擦を発生し、該摺動摩擦でもって可動体の変位をダンピングする摺動材とを備えたものであればよく、特に限定されるものではない。
【図面の簡単な説明】
【0053】
【図1】図1は、本発明の実施形態に係るオートテンショナの全体構成を示す縦断面図である。
【図2】図2は、実施例1の摺動材を用いた場合のダンピング特性を示す特性図である。
【図3】図3は、テスト1において実施例2の摺動材を用いた場合のダンピング特性を示す図2相当図である。
【図4】図4は、テスト1において実施例4の摺動材を用いた場合のダンピング特性を示す図2相当図である。
【図5】図5は、テスト1において比較例1の摺動材を用いた場合のダンピング特性を示す図2相当図である。
【図6】図6は、鈴木式摩擦摩耗試験機を用いて行ったテスト2の要領を示す正面図である。
【図7】図7は、テスト2において実施例1および実施例2の摺動材と所定の相手材とを相対摺動させたときの摺動トルクの経時変化を比較例1および比較例の場合と併せて示す特性図である。
【図8】図8は、テスト3において実施例1〜実施例4の各摺動材を用いたベルトテンショナにおけるアーム傾きの変化を比較例1および比較例2の場合と併せて示す特性図である。
【図9】図9は、テスト4において実施例2の摺動材の限界PV曲線を比較例1および比較例2の場合と併せて示す特性図である。
【符号の説明】
【0054】
10 固定体
20 揺動体(可動体)
29 プーリ(押圧部)
40 インサートベアリング(摺動材)
50 捩りコイルばね(付勢手段)
60 スプリングサポート(摺動材)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
固定側に固定される固定体と、ベルトを押圧するための押圧部を有し、該押圧部が上記ベルトを押圧する方向に対して進退移動するように上記固定体に変位可能に保持された可動体と、上記固定体および可動体間に介装され、該固定体に対し可動体をベルト押圧方向に向かって付勢する付勢手段と、上記固定体および可動体間に介装され、該固定体に対する可動体の変位に伴い、固定体および可動体のうちの少なくとも一方との間で摺動摩擦を発生し、該摺動摩擦でもって上記可動体の変位をダンピングする摺動材とを備えたベルトテンショナにおける上記摺動材を製造する方法であって、
上記摺動材の主要樹脂成分として、曲げ弾性率が上記摺動材よりも高い高弾性樹脂材料に対し、曲げ弾性率が上記摺動材よりも低い低弾性樹脂材料を混合することを特徴とするベルトテンショナ用摺動材の製造方法。
【請求項2】
請求項1に記載のベルトテンショナ用摺動材の製造方法において、
高弾性樹脂材料および低弾性樹脂材料として、共にポリアミド46樹脂を用いることを特徴とするベルトテンショナ用摺動材の製造方法。
【請求項3】
請求項2に記載のベルトテンショナ用摺動材の製造方法において、
高弾性樹脂材料として曲げ弾性率が略3000MPaであるポリアミド46樹脂材料を用いる一方、低弾性樹脂材料として曲げ弾性率が略1900MPaであるポリアミド46樹脂材料を用い、
上記高弾性樹脂材料に対する上記低弾性樹脂材料の混合率を、5〜20重量%とすることを特徴とするベルトテンショナ用摺動材の製造方法。
【請求項4】
請求項1,2又は3のうちの何れか1項に記載のベルトテンショナ用摺動材の製造方法により得られた摺動材を備えていることを特徴とするベルトテンショナ。
【請求項5】
請求項4に記載のベルトテンショナであって、
可動体は、ベルト押圧方向に対して進退移動するように固定体に揺動可能に保持された揺動体であり、
摺動材は、固定体および揺動体のうちの一方に揺動一体に固定され、
上記ベルトテンショナの付勢手段は、捩りトルクでもって上記揺動体をベルト押圧方向に回動付勢する一方、上記捩りトルクの反力でもって上記摺動材と固定体および揺動体のうちの他方とを互いに圧接させる捩りコイルばねであることを特徴とするベルトテンショナ。
【請求項6】
請求項5に記載のベルトテンショナにおいて、
固定体は、揺動軸心に沿って延びるように設けられた軸部を有し、
揺動体は、上記揺動軸心回りに揺動可能に上記軸部上に外嵌合されたボス部を有し、
捩りコイルばねは、上記揺動体のボス部上に遊嵌されたコイル部を有し、
摺動材は、固定体に揺動不能に固定されつつ、上記揺動体のボス部に摺接するように設けられ、
捩りコイルばねは、上記摺動材と上記揺動体のボス部とを互いに圧接させていることを特徴とするベルトテンショナ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2008−240768(P2008−240768A)
【公開日】平成20年10月9日(2008.10.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−78213(P2007−78213)
【出願日】平成19年3月26日(2007.3.26)
【出願人】(000005061)バンドー化学株式会社 (429)
【Fターム(参考)】