説明

冷極電子源と、これを用いたマイクロ波管及びその製造方法

この発明は、高周波化と高出力化の両立が図られた冷陰極電子源と、これを用いたマイクロ波管及びその製造方法を提供することを目的とする。本発明に係る冷陰極電子源においては、アスペクト比Rが4以上となるようにエミッタ(24)の先端が先鋭化されているため、ゲート電極(16)から遠ざかった分だけ、エミッタ(24)とゲート電極(16)と間の静電容量が小さくなっている。そのため、冷陰極電子は高周波に対応することが可能である。なお、この冷陰極電子源の陰極材料には、タングステンやシリコン等の従来の陰極材料ではなく、融点と熱伝導率の高いダイヤモンドが用いられている。そのため、エミッタ(24)内を流れる電流の電流密度が高い場合であってもエミッタ(24)が溶融しにくいので、この冷陰極電子源は高出力に対応することが可能である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電子ビームを放出する冷陰極電子源と、これを用いたマイクロ波管及びその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、進行波管(TWT)やクライストロンなどのマイクロ波管には、集束型の熱陰極電子源や円錐状の微小エミッタを有する冷陰極電子源が用いられており、冷陰極は例えば下記非特許文献1等に開示されている。この冷陰極(カソード電極及びエミッタ(電子放出電極))は、一般に、タングステン、モリブデン等の耐熱金属材料や、シリコン等の半導体材料といった材料で構成される。
【0003】
このマイクロ波管を高周波化する方法としては、エミッタから放出される電子の量を調整するゲート電極と、エミッタ及びカソード電極との間の静電容量を小さくする方法が一般に知られている。そこで、下記非特許文献2に開示された冷陰極電子源50においては、絶縁層52を厚くしてゲート電極54とカソード電極56とを離間させることで、ゲート電極54とカソード電極56との間の静電容量の低減が図られている(図9参照)。また、この冷陰極電子源50では、エミッタ58上端の一部分のみを先鋭化し、残りの大部分を太い円柱のままにしたエミッタ形状が採用することで、エミッタ58内を流れる電流の電流密度を下げて、エミッタ58の溶融防止が図られている。
【0004】
なお、ゲート電極とカソード電極等との間の静電容量を低減する他の例としては、下記特許文献1に開示されている冷陰極電子源などがあり、この冷陰極電子源60では、エミッタ62から離れるに従って絶縁層64を段階的に厚くすることにより、ゲート電極66とエミッタ62及びカソード電極68との間の静電容量の低減が図られている(図10参照)。
【0005】
特許文献1:日本国特許公開公報 特開平9−82248号公報
【0006】
特許文献2:日本国特許公開公報 特開2001−202871号公報
【0007】
特許文献3:日本国特許公開公報 特開平8−255558号公報
【0008】
非特許文献1:Nicol E.McGruer,A Thin−Film Field−Emission Cathode,“Jornal of Applied Physics”,39(1968),p.3504−3505.
【0009】
非特許文献2:Nicol E.McGruer,Prospects for a 1−THz Vacuum Microelectronic Microstrip Amplifier,“IEEE Transactions on Electron Devices”,38(1991),p.666−671.
【発明の開示】
【0010】
しかしながら、前述した従来の冷陰極電子源には次のような問題があった。すなわち、図9に示した冷陰極電子源50では、カソード電極56とゲート電極54との間の静電容量は低減されているが、エミッタ58とゲート電極54との間の静電容量に関しては何ら考慮されていないため、この冷陰極電子源50は高周波のマイクロ波管に十分対応できるものではなかった。また、マイクロ波管の高出力化にはエミッタ内を流れる電流の電流密度を高くすることが有効であることが知られているが、従来の陰極材料のタングステンやシリコンで構成されたエミッタは熱伝導率が低く、10〜100A/cm程度の電流密度で放熱限界(溶融限界)に達するため、それ以上に電流密度を上げることは困難であった。
【0011】
なお、ダイヤモンドを用いた冷陰極は、例えば上記特許文献2に開示されており、ダイヤモンドを用いたマイクロ波管の冷陰極は、例えば上記特許文献3に開示されている。
【0012】
本発明は、上述の課題を解決するためになされたもので、高周波化と高出力化の両立が図られた冷陰極電子源と、これを用いたマイクロ波管及びその製造方法を提供することを目的とする。
【0013】
本発明に係る冷陰極電子源は、ダイヤモンドで構成され、表面に複数の微細な突起状エミッタを有する平板状のカソード電極と、カソード電極表面上のエミッタ周囲に積層された絶縁層と、絶縁層上に積層されたゲート電極とを有し、カソード電極のエミッタから外部に放出される電子の量を、ゲート電極の印加電圧を制御することにより調整する冷陰極電子源であって、エミッタは、その先端が略円錐形状に先鋭化されており、この先鋭化部分の高さをH、その先鋭化部分の底面の径をLとしたときに、
R=H/L
であらわされるアスペクト比Rが4以上であることを特徴とする。
【0014】
この冷陰極電子源においては、アスペクト比Rが4以上となるようにエミッタの先端が先鋭化されている。このアスペクト比Rは、エミッタの先鋭化部分の高さHの、その底面の径Lに対する比率であり、そのエミッタの鋭さを表している。すなわち、同一の長さを有するエミッタでは、アスペクト比4未満のエミッタよりアスペクト比4以上のエミッタの方が先鋭化部分の底面が下方にあることになる。したがって、アスペクト比4以上のエミッタは、ゲート電極から遠ざかった分だけ、エミッタとゲート電極と間の静電容量が小さくなる。そのため、本発明に係る冷陰極電子源は高周波に対応することが可能である。なお、この冷陰極電子源の陰極材料には、タングステンやシリコン等の従来の陰極材料ではなく、融点と熱伝導率の高いダイヤモンドが用いられている。そのため、エミッタ内を流れる電流の電流密度が高く、発熱が激しい場合であってもエミッタが溶融しにくいので、この冷陰極電子源は高出力に対応することが可能である。
【0015】
また、絶縁層が、ダイヤモンドで構成されていることが好ましい。この場合、絶縁層とカソード電極との熱膨張係数が同一又は同等であるため、温度変化による絶縁層とカソード電極との界面における剥離の発生が抑制される。また、絶縁層に高い熱伝導率を有するダイヤモンドを採用することにより、エミッタから放出される熱を吸収してエミッタの冷却を促進させることができる。
【0016】
また、ゲート電極が、ダイヤモンドで構成されていることが好ましい。この場合、ゲート電極と絶縁層との熱膨張係数が同一又は同等であるため、温度変化による、ゲート電極と絶縁層との界面における剥離の発生が抑制される。また、ゲート電極に高い熱伝導率を有するダイヤモンドを採用することにより、ゲート電極の熱による変形が抑制される。さらに、ダイヤモンドは高い融点を有しているため、ゲート電極の溶解の発生が抑制される。
【0017】
また、カソード表面上におけるエミッタの密度が、10個/cm以上であることが好ましい。この場合、エミッタの密度を高くすることで、カソード電極からの電子放出量を増加させることができる。
【0018】
また、エミッタの先端の曲率半径が100nm以下であることが好ましい。この場合、エミッタから放出される電子の放出効率の向上が図られる。
【0019】
また、絶縁層及びゲート電極は、エミッタの径より大きい径の電子放出孔を有しており、各エミッタは、絶縁層及びゲート電極と接しないようにこの電子放出孔の内部に配置されていることが静電容量を小さくする上で好ましい。この場合、エミッタのショートが大幅に抑制される。
【0020】
また、エミッタはカソード電極上に複数形成されており、エミッタがカソード電極上のある特定の点から離れるに従い、各エミッタの対応する電子放出孔に対する相対位置の、特定の点方向へのズレ量が大きくなることが好ましい。この場合、いわゆる静電レンズ効果により、電子放出孔から放出される電子が特定の点上に集束するため、冷陰極電子源から得られる電流の電流密度が向上する。
【0021】
本発明に係るマイクロ波管は、上記冷陰極電子源を用いたことを特徴とする。上記冷陰極電子源は高周波及び高出力に対応することが可能なため、マイクロ波管にこの冷陰極電子源を用いた場合、周波数及び出力の向上を図ることができる。
【0022】
本発明に係る冷陰極電子源の製造方法は、ダイヤモンドで構成され、表面に複数の微細な突起状エミッタを有する平板状のカソード電極と、カソード電極表面上のエミッタ周囲に積層された絶縁層と、絶縁層上に積層されたゲート電極とを有し、カソード電極のエミッタから外部に放出される電子の量を、ゲート電極の印加電圧を制御することにより調整する冷陰極電子源の製造方法であって、冷陰極電子源のエミッタは、その先端が略円錐形状に先鋭化されており、この先鋭化部分の高さをH、その先鋭化部分の底面の径をLとしたときに、
R=H/L
であらわされるアスペクト比Rが4以上であり、エミッタ表面の全体を被膜で覆うステップと、カソード電極表面上のエミッタ周囲に絶縁層を積層するステップと、絶縁層上にゲート電極を積層するステップと、エミッタを覆う被膜をエッチング除去するステップとを有することを特徴とする冷陰極電子源の製造方法。
【0023】
この冷陰極電子源の製造方法においては、アスペクト比が4以上のエミッタを被膜で覆った後、その周囲に絶縁層及びゲート電極を積層するので、フォトリソグラフィを用いた製造方法のように精度よくエミッタの位置だしをおこなう必要がない。そのため、簡便な方法でエミッタの周囲に絶縁層及びゲート電極を積層することができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
図1は、本発明の実施形態に係る冷陰極電子源の概略斜視図である。
【0025】
図2は、図1の冷陰極電子源の要部(X)拡大図である。
【0026】
図3Aは、図1の冷陰極電子源の製造手順を示した図である。
【0027】
図3Bは、図1の冷陰極電子源の製造手順を示した図である。
【0028】
図3Cは、図1の冷陰極電子源の製造手順を示した図である。
【0029】
図3Dは、図1の冷陰極電子源の製造手順を示した図である。
【0030】
図3Eは、図1の冷陰極電子源の製造手順を示した図である。
【0031】
図4Aは、図1の冷陰極電子源の製造手順を示した図である。
【0032】
図4Bは、図1の冷陰極電子源の製造手順を示した図である。
【0033】
図4Cは、図1の冷陰極電子源の製造手順を示した図である。
【0034】
図4Dは、図1の冷陰極電子源の製造手順を示した図である。
【0035】
図4Eは、図1の冷陰極電子源の製造手順を示した図である。
【0036】
図5は、エミッタ形状の一例を示した図である。
【0037】
図6は、電子放出孔の配置の一例を示した図である。
【0038】
図7は、本発明の実施形態に係るマイクロ波管を示した概略断面図である。
【0039】
図8Aは、冷陰極電子源の異なる製造手順を示した図である。
【0040】
図8Bは、冷陰極電子源の異なる製造手順を示した図である。
【0041】
図8Cは、冷陰極電子源の異なる製造手順を示した図である。
【0042】
図8Dは、冷陰極電子源の異なる製造手順を示した図である。
【0043】
図8Eは、冷陰極電子源の異なる製造手順を示した図である。
【0044】
図8Fは、冷陰極電子源の異なる製造手順を示した図である。
【0045】
図8Gは、冷陰極電子源の異なる製造手順を示した図である。
【0046】
図9は、従来の冷陰極電子源の一例を示した図である。
【0047】
図10は、従来の冷陰極電子源の一例を示した図である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0048】
以下、添付図面を参照して本発明に係る冷陰極電子源と、これを用いたマイクロ波管及びその製造方法の好適な実施の形態について詳細に説明する。なお、同一又は同等の要素については同一の符号を付し、説明が重複する場合にはその説明を省略する。
【0049】
図1は、本発明の実施形態に係る冷陰極電子源10の概略構成図である。この冷陰極電子源10は、円形平板状のカソード電極12と、カソード電極12上に形成された円形平板状の絶縁層14と、この絶縁層14上に形成された円形平板状のゲート電極16とを備えており、所定距離だけ離間して対面する環状の集束電極18に向けて電子を放出する。絶縁層14及びゲート電極16には、マトリクス状に並ぶ電子放出孔20が形成されている。この電子放出孔20の位置に対応するカソード電極12表面には、後述のエミッタが形成されている。
【0050】
また、カソード電極12は、外部電源V1のマイナス極と電気的に接続されている。また、ゲート電極16は外部電源V2と電気的に接続されている。
【0051】
この冷陰極電子源10においては、外部電源V1からカソード電極12に電子が供給されると、カソード電極12表面に形成されたエミッタから集束電極18に向けて電子が放出される。その際、ゲート電極46への印加電圧を外部電源V2で変えて、各電子放出孔20周辺の電界を変化させることで、電子放出孔20から放出される電子の遮断や放出量の調整がおこなわれる。
【0052】
カソード電極12及びゲート電極16は導電性のダイヤモンドで構成されており、絶縁層14は絶縁性のダイヤモンドで構成されている。このように、カソード電極12、ゲート電極16及び絶縁層14が同じダイヤモンド材料で構成されているため、各要素12,14,16の熱膨張係数は略同一である。したがって、冷陰極電子源10の温度環境が広い範囲で変化した場合であっても、各要素12,14,16の互いの境界面における剥離の発生が抑制される。
【0053】
また、絶縁層14及びゲート電極16に高い熱伝導率と融点とを有するダイヤモンドを採用することにより、ゲート電極16の熱による変形が抑制されると共に、絶縁層14及びゲート電極16各々がエミッタ24から放出される熱を吸収してエミッタ24の冷却を促進させることができる。なお、従来の絶縁層は、二酸化ケイ素や窒化ケイ素などで構成されていたため、熱伝導率が低く、エミッタを効率よく冷却することができなかった。さらに、従来の絶縁層の材料に用いられるSiOの絶縁破壊電界は10cm/Vからせいぜい10cm/V程度であるが、ダイヤモンドの絶縁破壊電圧は10cm/V超と高いため、ダイヤモンドで構成された絶縁層14は、ゲート電圧とカソード電圧との間の電圧が高い場合であっても破壊されにくい。
【0054】
また、ゲート電極16の材料として金属材料を用いた場合には、アーク放電などの異常動作が起きた場合、溶解したゲート電極16の金属が広く飛散すると共に周囲の部材に付着し、ゲート電極16とカソード電極12とが短絡してしまうことがあったが、ゲート電極16を融点の高いダイヤモンドで構成することにより、ゲート電極16の溶融が起こりにくく、ゲート電極16とカソード電極12との間の短絡の発生が抑制される。さらに、ダイヤモンドは高い融点を有しているため、ゲート電極の溶解の発生が抑制される。
【0055】
ダイヤモンドに導電性を与えるため、ダイヤモンドにはホウ素、リン、硫黄、リチウム等をドーピングしている。導電性を有するダイヤモンドを得る別の方法としては、結晶粒界にグラファイト成分を有する多結晶ダイヤモンドを用いてもよい。また、ダイヤモンド表面に水素終端処理を施すことにより、表面導電層を形成してもよい。さらに、ダイヤモンド内にイオン打ち込みなどでグラファイト成分を形成し、電流通過領域を形成してもよい。なお、本明細書中における「ダイヤモンド」には、単結晶ダイヤモンド、多結晶ダイヤモンドが含まれるものとする。
【0056】
次に、カソード電極12のエミッタについて説明する。図2は、図1の要部(X)
拡大図である。
【0057】
図2に示すように、カソード電極12に形成されたエミッタ24は、先端側の円錐形状の先鋭化部分24Aと、固定端側の円筒形状の非先鋭化部分24Bとで構成されている。このエミッタ24は、後述する方法でカソード電極12をエッチングすることで形成されており、カソード電極同様、導電性ダイヤモンドで構成されている。そして、例えば、先鋭化部分24Aの長さHは4μm、先鋭化部分24Aの底面(先鋭化部分24Aと非先鋭化部分24Bとの境界面)の径Lは1μmであり、長さHを径Lで割って求められるアスペクト比R(=H/L)は4とすることが好ましい。このアスペクト比Rは、エミッタ24の鋭さを表す値であり、この値が大きいほどエミッタ24は鋭いことを示す。
【0058】
そして、アスペクト比Rが4であるエミッタ24においては、従来のエミッタ形状(図の符号25参照)に比べて、エミッタ24の円錐斜面部分がゲート電極16から遠くなるため、その分だけ、エミッタ24とゲート電極16と間の静電容量が低減されている。なお、従来のエミッタ材料(陰極材料)であるタングステンやシリコンでは、エミッタ内を流れる電流の電流密度が10〜100A/cm程度で溶融してしまうため、エミッタのアスペクト比を4以上にすることは非常に困難であったが、エミッタの材料として、熱伝導率、化学的安定性に優れたダイヤモンドを用いた場合には、カソード電極12のエミッタ24内を流れる電流の電流密度を高くしても損傷しにくい。
【0059】
また、エミッタ24及びカソード電極12がダイヤモンドで構成されている場合、低い印加電圧で電子放出が起こる。これは、ダイヤモンドの仕事関数が低いことによるものであり、この場合、エミッタ24の発熱が少なく、また電子放出のための消費電力量が少ない。
【0060】
一般に、冷陰極電子源10が形成する電界により、冷陰極電子源10周囲の正に帯電した荷電子がエミッタ24をスパッタして、エミッタ24の寿命を短くしてしまうことが知られているが、耐スパッタ損傷性が高いダイヤモンドで構成されたエミッタ24によれば長寿命を実現することができる。
【0061】
また、先鋭化部分24Aと非先鋭化部分24Bとを合わせたエミッタ24の高さD及び絶縁層14の厚さは、ともに約8μmである。このように、絶縁層14の厚さが厚いため、カソード電極12とゲート電極16との間の静電容量のさらなる低減が図られている。さらに、非先鋭化部分24Bの太さが十分に太く、エミッタ24内を流れる電流の電流密度が低減されているため、エミッタ24の溶解がさらに抑制されることとなる。
【0062】
また、エミッタ24の先端の曲率半径は、20nm以下となっている。このように、エミッタ24の先端の曲率半径が100nm以下であるため、電界集中して、エミッタから放出される電子の放出効率が向上する。さらに、エミッタ24の間隔は3μmであり、カソード電極12表面におけるエミッタ24その密度はおよそ1111万個/cmであった。このように、冷陰極電子源10はエミッタ24の密度が高いため、カソード電極12から多くの電子が放出される。また、エミッタ24は、電子放出孔20の内部で絶縁層14及びゲート電極16と接しないように配置されているため、エミッタのショートが大幅に抑制されている。
【0063】
以上の冷陰極電子源の製造方法について、図3A〜図3Eを参照しつつ説明する。
【0064】
まず、熱フィラメントCVD法、マイクロ波CVDを用いた気相合成法や、高圧合成法を用いて、カソード基板の基となるダイヤモンドプレート30を作製する。そして、このダイヤモンドプレート30を、CFと酸素との混合ガスを用いたRIE法でエッチングして、上述した形状を有するエミッタ24を形成する(図3A参照)。なお、エミッタの形成方法は、RIE法に限定されず、例えば、イオンビームエッチング法などでもよい。
【0065】
次に、スパッタ法を用いて、エミッタ24の表面にSiO膜(被膜)32を被覆する(図3B参照)。この状態で、カソード電極12の表面に、熱フィラメントCVD法を用いて絶縁性ダイヤモンドを積層し、SiO膜32で被覆されたエミッタ24の高さより低い絶縁層14を形成する(図3C参照)。カソード電極12に絶縁層14を積層した後、この絶縁層14の上に、熱フィラメントCVD法を用いて導電性ダイヤモンドを、SiO膜32で被覆されたエミッタ24が埋没してしまわない厚さだけ積層し、ゲート電極16を形成する(図3D参照)。そして、最後にエミッタ24を覆うSiO膜32をフッ酸でエッチング除去することにより、冷陰極電子源10の製造が完了する(図3E参照)。なお、絶縁層14及びゲート電極16の厚さは、適宜変更してもよい。
【0066】
このような製造方法を採用することで、フォトリソグラフィを用いた従来の製造方法に比べて比較的悪い位置精度でも絶縁層14及びゲート電極16を形成することができる。ここで、参考のために、フォトリソグラフィを用いた冷陰極電子源の製造方法を示す。図4A〜図4Eは、フォトリソグラフィを用いた冷陰極電子源の製造方法を示した図である。この方法では、まず、カソード電極12の全体に、エミッタ24が埋没する程度に絶縁層14を積層する(図4A参照)。そして、その絶縁層14上にゲート電極16となる金属膜16Aを積層し、さらにその上にフォトレジスト33を積層する(図4B参照)。このフォトレジスト33を積層した後、エミッタ領域33a以外の部分を露光し現像することにより、エミッタ領域33aのフォトレジスト33を除去する(図4C参照)。そして、このエミッタ領域33aの金属膜16A及び絶縁層14を適当なエッチング液又はエッチングガスを用いてエッチング除去する(図4D参照)。最後に、フォトレジスト33を除去して、冷陰極電子源10の製造が完了する(図4E参照)。
【0067】
しかし、この方法では、上記のようにゲート電極16と絶縁層14とが、カソード電極12のダイヤモンドと異なる材料でなければ作製は難しい。特に、絶縁層14にダイヤモンドを用いた場合には、ドーパントが異なるだけのダイヤモンド製絶縁層14とダイヤモンド製エミッタ24のエッチング選択比が低いため、尖鋭なエミッタ24を得るのが困難である。また、フォトリソグラフィを用いた冷陰極電子源10の製造方法では、エミッタ領域33aの位置だしをおこなう必要があり、サブμm以下オーダの高度な位置出し技術が要求される。このような高精度の位置出しにおいては、高価な露光装置が必要となる上に、生産性が非常に低い。一方、図3A〜図3Eに示した製造方法によれば、SiO膜が略均一の厚さでエミッタ24を覆うので、高精度の位置だし及び位置合わせをする必要がない。そのため、SiO膜を用いる製造方法によれば比較的簡便な方法でエミッタ24の周囲に絶縁層14及びゲート電極16を積層することができる。また、ダイヤモンドからなるカソード電極12上に、ダイヤモンドの絶縁層14をホモエピタキシャル成長させることで、従来材料からなる絶縁層よりも構造が緻密になり、高電圧に起因する絶縁層破壊の破壊強度が向上する。なお、エミッタ24を覆う被膜は、SiO膜に限定されず、例えば、Al膜のような酸化膜でもよい。
【0068】
以上、詳細に説明したように、冷陰極電子源10は、アスペクト比Rが4であるダイヤモンドからなエミッタ24を有しているため、高出力化が図られていると共に、カソード電極12とゲート電極16と間の静電容量の低減による高周波化が図られている。
【0069】
なお、エミッタ24の形状は上述した形状に限らず、絶縁層14の厚さを厚くしない場合には、図5に示すように、非先鋭化部分を有しないエミッタ形状であってもよい。また、電子放出孔の位置関係は、上述したようなマトリクス配列に限らず、図6に示すような点対称配列であってもよい。すなわち、カソード電極上のある特定の点(エミッタ24Cの中心)から離れたエミッタ24は、特定の点からの距離に応じた分だけ、対応する電子放出孔20に対してズレている。そして、このズレは、エミッタ24が特定の点から離れるに従い、対応電子放出孔20のエミッタ24に対する相対位置が特定の点から離れる方向である。このようにゲート電極16の電子放出孔20を配置し、ゲート電極16にプラスの電圧を印加した場合、エミッタ24から放出される電子は、エミッタ24に近いゲート電極16の縁の電界の影響を大きく受け、その縁の方向に放出方向が湾曲する。そのため、電子放出孔20から放出される電子は上述の特定の点方向に集束し(静電レンズ効果)、冷陰極電子源10から得られる電流の電流密度が向上する。なお、このようにエミッタ24が電子放出孔20の中心位置にない場合には、上述した被膜を用いる製造方法(図3A〜図3E参照)ではなく、フォトリソグラフィを用いる製造方法(図4A〜図4E参照)を利用する。
【0070】
続いて、上述した冷陰極電子源10を利用したマイクロ波管(進行波管)について、図7を参照しつつ説明する。図7は、冷陰極電子源10を利用したマイクロ波管34を示した概略構成図である。
【0071】
このマイクロ波管34においては、冷陰極電子源10のカソード電極12の面12aから放出された電子は、ウエーネルト電極36、陽極38並びに冷陰極電子源10で形成された電界によって集束され、冷陰極電子源10から離れるに従って径が縮小し、陽極38の中心孔を通り抜ける。このようにして電子流(電子ビーム)は、磁石40で作られる磁力線の影響を受け、一定ビーム径に集束されながら螺旋42の内側を通り、コレクタ44に達する。なお、螺旋42を通り抜ける途中で、螺旋42に沿って進む入力電磁波と電子ビームとが相互に作用し、電子ビーム中の直流エネルギを電磁波のエネルギに変換してこれを増幅する。このとき、電子線を高周波で変調すれば、S/N比の優れた増幅信号が得られる。
【0072】
このようなマイクロ波管34に冷陰極電子源10を用いた場合、上述したように冷陰極電子源10は高周波及び高出力に対応できるため、マイクロ波管の周波数及び出力の向上を図ることができる。例えば、従来の進行波管では、kW級の出力を出せる最高周波数は100GHz程度であり、ジャイロトロンでもkWが出せるのは300GHz程度であった。ここで、冷陰極電子源10のエミッタのアスペクト比を4以上にして静電容量を1/4程度に低下させた場合、電子ビームの変調周波数を従来の4倍にしても、電力損失を従来程度に抑制することができる。従って、従来ジャイロトロンでも実現が困難な400GHzという高周波数及びその周波数に対応する高出力領域まで、マイクロ波管34の周波数及び出力を向上させることができる。
【0073】
本発明は上記実施形態に限定されるものではなく、様々な変形が可能である。例えば、エミッタ24のアスペクト比Rは4に限定されず、4より大きい値でもよい。このようなアスペクト比を有するエミッタを形成することにより、冷陰極電極のさらなる高周波化が図られる。また、冷陰極電子源10は、マイクロ波管34だけでなく、CRTや電子線露光用電子源など、高周波、高出力を必要とするあらゆる電子放出装置に用いることができる。
【0074】
次に、上述した冷陰極電子源及びマイクロ波管の実施例を示す。
【0075】
(実施例1) 実施例として、カソード電極及びエミッタを導電性ダイヤモンドで作製した。その方法を以下に示す。
【0076】
まず、マイクロ波プラズマCVD法を用いて、(100)配向のIb単結晶ダイヤモンドの上に、ホウ素をドープしたダイヤモンド薄膜をホモエピタキシャル成長させた。成膜の条件は以下のとおりである。
【0077】
ダイヤモンドの合成に用いるガスの流量と組成は、水素ガス(H)流量を100sccmとし、CHとHとの比は6:100である。また、ホウ素(元素記号:B)ドーピングガスには、ジボランガス(B)を用いた。このジボランガスとCHガスとの流量比は167ppmである。また、このときの合成圧力は40Torrである。本実施例に用いたマイクロ波の周波数は2.45GHz、出力は300Wであり、ダイヤモンド合成中の試料温度は830℃であった。また、合成後の薄膜は30μmであった。
【0078】
次に、このダイヤモンドをエッチングしてエミッタを形成した。その形成方法は、まず、スパッタ法でAlを0.5μm成膜し、フォトリソグラフィで直径1.5μmのドットを作製した。次に、容量結合型RFプラズマエッチング装置を用いて、CFとOガスとの流量比1:100、ガス圧力2Pa、高周波電力200Wの条件下でエッチングをおこない、エミッタを形成した。形成されたエミッタの形状は、先鋭化部部の底辺の幅(L)が0.9μm、高さ(D)が約8μm、傾斜部分の高さ(H)が4μmであった。すなわち、アスペクト比Rは4.4であった。また、このエミッタの間隔は3μmであり、その密度はおよそ1111万個/cmであった。
【0079】
(実施例2) 実施例として、マイクロ波管に用いる冷陰極電子源を作製した。以下にその方法を示す。
【0080】
まず、(111)配向のIb単結晶ダイヤモンド基板に、マイクロ波プラズマCVD法を用いてリン(元素記号:P)ドープダイヤモンド薄膜を形成した。合成条件は、水素ガスを流量400sccm、CHとHとの比0.075:100である。また、ドーピングガスはPH(ホスフィン)を用いた。なお、PHとCHとの流量比を1000ppmとした。合成圧力は80Torr、マイクロ波出力は500Wであり、合成中の試料温度は900℃であった。また、合成した薄膜の膜厚は10μmであった。
【0081】
次に、このダイヤモンドをエッチングしてエミッタを形成した。その形成方法は、まず、Alをスパッタ法で0.5μm成膜し、フォトリソグラフィで直径2.5μmのドットを形成した。そして、容量結合型RFプラズマエッチング装置を用いて、CFとOとの流量比を1:100、ガス圧力を25Pa、高周波電力200Wとしてエッチングをおこない、エミッタを形成した。形成されたエミッタの形状は、底辺の幅(L)が1.2μm、エミッタの高さ(D)及び傾斜部分の高さ(H)が約5μmであった。すなわち、このエミッタの側面は、エミッタの先端から底辺までほぼ傾斜しており、アスペクト比Rは約4.2である。
【0082】
次に、絶縁層の形成に先立ち、スパッタ法を用いて、エミッタ表面にのみSiO膜を成膜した。以下、この成膜の手順について、図8A〜図8Gを参照しつつ詳細に説明する。まず、エミッタ24の表面にSiO膜(被膜)32aを被覆する(図8A参照)。これにレジスト32bを塗布した後(図8B参照)、酸素プラズマでレジスト32bをエッチングして、SiO32aの頭頂部分を露出させる(図8C参照)。この上にスパッタでMoレジスト32cを成膜する(図8E参照)。これをアセトンで超音波洗浄すると、Moレジスト32cが除去されて突起周辺のみMoレジスト32cが残留する(図8F参照)。これをフッ酸でエッチングすると、フッ酸に不溶なMoがマスクとなって突起周辺のみSiO32aが残留する。これを王水でエッチングすると、エミッタ24はSiO32aのみで被覆された状態となる(図3G参照)。この状態で、マイクロ波プラズマCVD装置に絶縁層用ダイヤモンドを成膜すると、SiO膜がマスクとなり、エミッタ以外の部分に絶縁性ダイヤモンドが形成される。成膜条件は、ジボランガスを用いない点でのみ、上述した実施例1と異なる。また、絶縁性ダイヤモンド(絶縁層)の膜厚は4.8μmであった。
【0083】
さらに、ボロンドープダイヤモンドを0.2μm成膜してゲート電極を形成した。ゲート電極の電子放出孔の直径(G)は、約1μmであった。
【0084】
このように形成した導電性ダイヤモンドに、Ti/Pt/Auを成膜して制御用の電極を形成し、図7に示すマイクロ波管34に電子源10として取り付けた。電子源10からは、連続動作で150A/cmの電子線が安定して得られた。電子線は、螺旋(低速波回路)42を通過中に入力信号と相互作用を起こし、増幅された信号を出力した。
【産業上の利用可能性】
【0085】
本発明によれば、高周波化と高出力化の両立が図られた冷陰極電子源と、これを用いたマイクロ波管及びその製造方法が提供される。
【図1】

【図2】



【図5】

【図6】

【図7】


【図9】

【図10】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
ダイヤモンドで構成され、表面に複数の微細な突起状エミッタを有する平板状のカソード電極と、
前記カソード電極表面上の前記エミッタ周囲に積層された絶縁層と、
前記絶縁層上に積層されたゲート電極とを有し、
前記カソード電極のエミッタから外部に放出される電子の量を、前記ゲート電極の印加電圧を制御することにより調整する冷陰極電子源であって、
前記エミッタは、その先端が略円錐形状に先鋭化されており、この先鋭化部分の高さをH、その先鋭化部分の底面の径をLとしたときに、
R=H/L
であらわされるアスペクト比Rが4以上であることを特徴とする冷陰極電子源。
【請求項2】
前記絶縁層が、ダイヤモンドで構成されていることを特徴とする請求項1に記載の冷陰極電子源。
【請求項3】
前記ゲート電極が、ダイヤモンドで構成されていることを特徴とする請求項1又は2に記載の冷陰極電子源。
【請求項4】
前記カソード電極表面上における前記エミッタの密度が、10個/cm以上であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項に記載の冷陰極電子源。
【請求項5】
前記エミッタの先端の曲率半径が100nm以下であることを特徴とする請求項1〜4のいずれか一項に記載の冷陰極電子源。
【請求項6】
前記絶縁層及び前記ゲート電極は、前記エミッタの径より大きい径の電子放出孔を有しており、
前記各エミッタは、前記絶縁層及び前記ゲート電極と接しないようにこの電子放出孔の内部に配置されていることを特徴とする請求項1〜5のいずれか一項に記載の冷陰極電子源。
【請求項7】
前記エミッタは前記カソード電極上に複数形成されており、
前記エミッタが前記カソード電極上のある特定の点から離れるに従い、前記各エミッタの対応する前記電子放出孔に対する相対位置の、前記特定の点方向へのズレ量が大きくなることを特徴とする請求項6に記載の冷陰極電子源。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれか一項に記載の冷陰極電子源を用いたことを特徴とするマイクロ波管。
【請求項9】
ダイヤモンドで構成され、表面に複数の微細な突起状エミッタを有する平板状のカソード電極と、前記カソード電極表面上の前記エミッタ周囲に積層された絶縁層と、前記絶縁層上に積層されたゲート電極とを有し、前記カソード電極のエミッタから外部に放出される電子の量を、前記ゲート電極の印加電圧を制御することにより調整する冷陰極電子源の製造方法であって、
前記冷陰極電子源の前記エミッタは、その先端が略円錐形状に先鋭化されており、この先鋭化部分の高さをH、その先鋭化部分の底面の径をLとしたときに、
R=H/L
であらわされるアスペクト比Rが4以上であり、
前記エミッタ表面の全体を被膜で覆うステップと、
前記カソード電極表面上の前記エミッタ周囲に前記絶縁層を積層するステップと、
前記絶縁層上にゲート電極を積層するステップと、
前記エミッタを覆う前記被膜をエッチング除去するステップとを有することを特徴とする冷陰極電子源の製造方法。

【国際公開番号】WO2004/088703
【国際公開日】平成16年10月14日(2004.10.14)
【発行日】平成18年7月6日(2006.7.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−504304(P2005−504304)
【国際出願番号】PCT/JP2004/004245
【国際出願日】平成16年3月26日(2004.3.26)
【出願人】(000002130)住友電気工業株式会社 (12,747)
【Fターム(参考)】