説明

分離精製方法とマイクロ流体回路

【課題】微粒子凝集反応を利用して、対象となる生体分子または生体関連物質の簡便かつ高精度の分離精製方法を提供する。また、微粒子凝集体を電気化学または表面プラズモン共鳴などの非蛍光法における検出マーカーとして利用するマイクロ流体回路を提供する。
【解決手段】本発明の分離精製方法は、標識対象物質と特異的に反応する標識物質により修飾された微粒子と、標識対象物質を含む生体分子または生体関連物質との反応により微粒子凝集体を生成する工程と、微粒子凝集体を分離精製する工程とを備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、遺伝子変異、腫瘍マーカーなどの迅速かつ簡便な検出が可能であり、微粒子の凝集反応を利用する分離精製方法と、その分離精製方法を利用するマイクロ流体回路に関する。
【背景技術】
【0002】
近年の生化学と医療分野の発展に伴ない、高精度かつ迅速で簡便な遺伝子、免疫診断が可能なマイクロ流体回路が望まれている。現在、遺伝子解析においては、DNAマイクロアレイを用い、ハイブリダイゼーションの特異性を利用した、蛍光検出による変異部位の特定などが行なわれている。しかし、蛍光法は標識剤の退色によるシグナルの不安定化と、感度の低下、試薬のコスト高、装置のスケールダウンの困難さ、などの要因により、今後の高度医療とテーラーメード医療に対応するのが困難である。そこで、これらの問題を克服するために、新規蛍光標識物質の開発、また、蛍光に代わる新規な検出システムが開発され、電気化学法、表面プラズモン共鳴法または半導体トランジスタなどを用いた方法が提案され、検出マーカー材料の開発も試みられている。
【0003】
一方、マイクロ流体回路の現状として、とくに遺伝子解析などの分野においては、チップ内ですべての反応を遂行することは難しく、多くの場合は、DNAマイクロアレイのように、ポリメラーゼ連鎖反応まではチップ外で行ない、検出直前にチップへ導入する方法などがなされている。また、最近では血液をサンプルとして使用した蛍光方式のトータルシステムの構築が試みられているが、採取液や反応前後における対象物質と、不純物および妨害物質との精度の良い分離精製プロセスは、上記開発チップにおいて達成されておらず、応答感度の伸び悩みが解消されていない段階である。また、マイクロセンサシステムの高性能化には、検出法、検出マーカーと対象物質の精製の3要素の相補的な改善が必要である。とくに、蛍光に代わる新規な検出系に対応し、かつ検出マーカー、分離精製においても役割を担う物質が高性能化に貢献するものと考えられる。
【0004】
ここで、現在検討されている対象物質の分離精製システムとして、二液層流分離、磁気微粒子分離などの手法が提案されている。二液層流分離においては、光改変ゲル流路などの仕様による分子ソーティングが一例として挙げられるが、当該方式の場合、通例は送液ポンプと外部光源が必要となり、かつ、ゲルの導入に伴ない、反応系の複雑化が付帯している。また、磁気微粒子を用いる方法は、一般的に分離精製プロセスに多用されているが(特許文献1参照)、微粒子自体の安定性が低く、自己凝集が起こりやすく、粒子が広径であるため、反応効率が低く、検出が蛍光以外では適用しにくい、などが問題とされている。ただ、分離と凝集における微粒子の利用は、簡便さと迅速さの面で好適であり、微粒子の材料と寸法設計などのプロセスのさらなる工夫により、マイクロ流体回路内での分離精製プロセスが実現可能になると期待されている。
【0005】
磁気微粒子のような分離精製の用途とは異なり、凝集反応をバイオ検出のためのマーカーとして用いる用途には、平均粒径が十数ナノメーター程度の金製の粒子(平均粒径がナノメーターサイズである金製の粒子を、以下「金ナノ粒子」ともいう。)が使用される。たとえば、遺伝子変異の検出の場合、検出対象のDNAと相補的なDNAを有する2種の金ナノ粒子と対象DNAとのハイブリダイゼーション反応を伴なう凝集系の有無を、濁度と比色により観察する手法が提案されている(特許文献2、特許文献3と非特許文献1参照)。また、標識物質が修飾された金ナノ粒子と、標識対象物質が修飾された生体分子との間の反応系において、制限酵素による切断の有無による凝集の程度を検出する方法などが知られている(特許文献4参照)。この方法は凝集反応の有無と凝集分離の有無を検出しているのみで、凝集体自体の分離精製は行なわれていない。
【0006】
従来法の問題点としては、DNA修飾金ナノ粒子を利用する場合、検出対象のDNAの種類nに応じて、2n種のDNA修飾金ナノ粒子を作製する必要があり、非効率的である点があり、汎用性に乏しい。また、制限酵素利用による凝集の程度の変化量の観察においては、制限酵素が高価であり、かつ代表的なもの以外は入手しづらく、必要な酵素が用途毎に存在しない場合があるため、多様性に欠けるといった点が挙げられる。
【0007】
そこで、現行より精度と感度の向上を図るためには、当該凝集系の分離精製方法を反応システム内に付与することが重要である。しかし、現在までに当該金ナノ粒子凝集反応系においては、検出マーカーの利用のみに焦点が向けられ、好適な検出方法とのマッチング、分離精製プロセスへの利用といった、トータルプロセスで利用可能な方式は提案されてこなかった。また、上記凝集反応による検出は通常の光検出であるが、電気化学、表面プラズモン共鳴または半導体トランジスタなどの検出システムの利用により、さらなる感度向上が見込まれる。
【0008】
また、昨今では癌による死亡率の高さゆえに、その早期診断、簡便かつ迅速なセンシングシステムの需要が高まっている。これまでに、癌遺伝子を対象とした遺伝子診断チップなどが開発されているが、従来のDNAマイクロアレイと基本的な検出システムにおいて変革がない。また、遺伝子以外の癌診断法として腫瘍マーカー診断も有効とされるため、臨床現場ではしばしば検診が行なわれるようになってきた。しかし、その手法は、従来のマイクロチューブとクロマトグラフィーベースの血液診断にほかならず、簡便性と迅速性に欠けるものである。
【0009】
このような癌市場により、マイクロ流体回路を用いた高性能診断チップは、当該分野において大きな貢献を果たすものと考えられる。しかし、現時点では、まだ癌診断用のマイクロ流体回路化の発想は見受けられていない。さらに、腫瘍マーカーと特定機能遺伝子変異診断を同一チップで検出可能であれば、従来法を超越した迅速かつ簡便な早期診断と治療を提供できるものと考えられる。
【特許文献1】特開2005−312353号公報
【特許文献2】特表2000−516460号公報
【特許文献3】特表2003−503699号公報
【特許文献4】特許第3545158号公報
【非特許文献1】Inorganic Chemistry, 39, 2000, 2258-2272
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明の課題は、微粒子凝集反応を利用して、対象となる生体分子または生体関連物質の簡便かつ高精度の分離精製方法を提供することにある。また、凝集体を電気化学または表面プラズモン共鳴などの非蛍光法における検出マーカーとして利用するマイクロ流体回路を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の分離精製方法は、標識対象物質と特異的に反応する標識物質により修飾された微粒子と、標識対象物質を含む生体分子または生体関連物質との反応により微粒子凝集体を生成する工程と、微粒子凝集体を分離精製する工程とを備える。微粒子は、平均粒径が1nm〜500nmの金製の粒子が好ましい。また、微粒子凝集体を遠心力により分離精製する態様が好適である。標識対象物質は、体液または組織片に含まれる野生型遺伝子または変異型遺伝子を増幅させた増幅遺伝子を含む態様が好ましく、体液または組織片が、標識対象物質を含む態様が望ましい。
【0012】
本発明のマイクロ流体回路は、特異反応部と、分離精製部と、検出部とを備え、特異反応部では、標識対象物質と特異的に反応する標識物質により修飾された微粒子と、標識対象物質を含む生体分子または生体関連物質との特異反応により微粒子凝集体を生成する。また、分離精製部では、生成した微粒子凝集体を分離精製し、検出部では、分離精製した微粒子凝集体を非蛍光法により検出する。このマイクロ流体回路により、一塩基多型を含む遺伝子変異を検出することができ、癌腫瘍マーカーを定性的または定量的に検出することが可能である。特異反応部と、分離精製部と、検出部とのうち、少なくとも一部が複数のチャンバーを備える態様が好ましい。また、特異反応部と、分離精製部と、検出部との間の送液は遠心力により行なうことができる。検出部は、微粒子凝集体を固定化する検出表面を備える態様が好ましく、微粒子は、金製の粒子と、金以外の貴金属製の粒子を含む態様が好適である。また、検出部は、電気化学反応用の電極を有する態様が好ましく、検出は、表面プラズモン共鳴法により行なうことができる。このマイクロ流体回路を使用すると、癌関連遺伝子と腫瘍マーカーのうち一方または双方の定性的または定量的な検出を同一チップ内で行なうことができる。
【発明の効果】
【0013】
検出対象である生体分子または生体関連物質を簡便に分離精製し、定性的または定量的な検出を高精度かつ迅速に行なうことができる。とくに、一塩基多型を含む遺伝子変異の解析および腫瘍マーカーの検出などを同一のマイクロ流体回路で容易に行なうことができるため、全血、血清または組織液などを簡便に検査することができ、テーラーメード医療の一助となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
(分離精製方法)
本発明の分離精製方法は、標識物質により修飾された金ナノ粒子などの微粒子と、標識対象物質を含む生体分子または生体関連物質とを組み合わせることにより、標識対象物質と標識物質とが特異的に反応し、微粒子凝集体を生成し、その後、生成した微粒子凝集体を分離精製する方法である。標識対象物質と標識物質との間で、抗原抗体反応などの反応特異的な凝集反応が起こり、測定対象物を凝集体として捕獲し、凝集体を分離精製し、不純物除去した後、凝集体のままで、電気化学的方法または表面プラズモン共鳴法などにより、迅速かつ高精度に測定対象物質を定性的または定量的に検出することができる。
【0015】
全血、血漿、血清、組織、組織液、毛髪、爪、皮膚、唾液、尿もしくは便などの体液または組織片に含まれる野生型遺伝子または変異型遺伝子は、LAMP(Loop-Mediated Isothermal Amplification)法などの遺伝子増幅法により反応特異的に増幅することができ、本発明における標識対象物質には、このような選択的に増幅した遺伝子が含まれる。体液または組織片に含まれる標識対象物質を増幅することにより、標識対象物質の定性的または定量的な分析を効率よく行なうことができる。
【0016】
本発明において、微粒子には、標識対象物質と特異的に反応する標識物質により修飾した微粒子を使用する。たとえば、抗原、抗体またはビオチンなどの標識対象物質と凝集反応を起こすように、それぞれ、抗体、抗原またはストレプトアビジンなどの標識物質で微粒子を修飾する。そのため、微粒子表面に、標識物質と反応する分子などをあらかじめ修飾しておく態様が好適である。修飾分子としては、アルカンチオール分子、またはポリエルシンなどのイオン性高分子などが望ましい。このような分子は、末端官能基としてCOOH−,NH2−、CF3−、CH3−、CN−などを少なくとも1つ以上有する直鎖分子が好ましい。
【0017】
微粒子は、化学的に安定であり、単体純度が高く、特異的な電気化学応答とプラズモン共鳴を生じる物質である点で、金製の粒子が好ましい。とくに、金ナノ粒子の凝集精製は、特異的な反応を伴なう生体分子の捕獲と検出、たとえば、一塩基多型のような遺伝子解析と、抗原抗体反応を伴なう反応基質系のセンシングに重要な役割を果たすため有効である。また、貴金属微粒子は、粒子混合体を形成することで光学特性と電気化学特性を増幅させることが可能である点で、金製の粒子と、金以外の貴金属製の粒子とを混合する態様が好ましい。金以外の貴金属としては、白金、ロジウム、パラジウムが有効である。
【0018】
金ナノ粒子の平均粒径は、金ナノ粒子特有の光学特性と電気化学特性を発現する点で、1nm以上が好ましく、2nm以上がより好ましい。一方、金ナノ粒子の平均粒径は、凝集体の円滑な形成と遠心分離の容易さから、500nm以下が好ましく、50nm以下がより好ましい。本明細書において、粒径は、透過型電子顕微鏡を用いた観察により測定する。また、平均粒径は、透過型電子顕微鏡の画像から直接計測により算出する。1nm〜10nmの金粒子においては、非分子修飾の場合、水溶液中で自己凝集するので、あらかじめトルエンなどの有機溶媒中でアルカンチオールなどの分子修飾をしたものを用いる態様が好適である。
【0019】
標識対象物質との選択的な凝集反応を起こす標識物質としては、抗原抗体反応、選択的なポリメラーゼ連鎖反応のような反応特異的な生体反応をする物質が好ましい。たとえば、ポリメラーゼ連鎖反応においては、等温ポリメラーゼ連鎖反応などのように、反応特異的に選択増幅可能な系を用いることで、凝集反応の選択性を高めることが可能である。凝集反応に用いる標識物質としては、抗原、抗体または遺伝子が望ましく、金ナノ粒子などの微粒子に固定化されて用いる態様が好ましい。抗原抗体反応においてはサンドイッチイムノアッセイが可能な反応系が好ましく、遺伝子の場合は両末端に金ナノ粒子と反応可能な標的分子が修飾されている態様が好適である。さらに、これらの抗原抗体反応または遺伝子増幅反応においては、反応特異性が得られるよう、条件を精査することが好ましく、凝集分離の選択性をより向上させることが可能である。また、凝集反応は、水溶液中で行ない、温度は15℃〜55℃の範囲である態様が望ましい。ここに、凝集反応とは、標識対象物質と標識物質との反応により金ナノ粒子同士が集合体を形成する反応を意味する。
【0020】
(マイクロ流体回路)
本発明のマイクロ流体回路の横断面を図2に例示する。検出対象などの相違に応じて、図2(a)に示す態様の回路または図2(b)に示す態様の回路を任意に選択することができる。このマイクロ流体回路は、図2に示すように、特異反応部と分離精製部と検出部とを備え、特異反応部では、標識対象物質と特異的に反応する標識物質により修飾された微粒子と、標識対象物質を含む生体分子または生体関連物質との特異反応により微粒子凝集体を生成する。つぎに、分離精製部において、微粒子凝集体を分離精製し、検出部において、分離精製した微粒子凝集体を非蛍光法により検出する。凝集反応を利用して生体分子または生体関連物質の簡便な分離精製が可能であり、精度の高い検出を実現することができる。また、微粒子凝集体を、比色法、比濁法、電気化学法もしくは表面プラズモン共鳴法などの非蛍光法における検出マーカーとして利用することにより、検査対象物を簡易に検出できる。このため、一塩基多型を含む癌由来遺伝子変異の検出と腫瘍マーカーを定性的または定量的にワンチップで分析することも可能である。
【0021】
微粒子凝集体は、マイクロ流体回路内で、遠心力により分離精製することができ、上澄液を廃液として排出し、新たな液を投入する。特異反応部と、分離精製部と、検出部との間の送液も遠心力により行なうことができる。また、液液二層流方式でのマイクロ流路系を使用する際には、一方の入り口に生体分子を含む水溶液を、他方に金ナノ粒子を含む水溶液を投入し、液を外部作用により流すことで、液液界面にて凝集反応が進行し、それを片方の出口側の流路で回収することができる。
【0022】
分離精製を行なった後の微粒子凝集体の検出は、電気化学的手法または表面プラズモン共鳴法などにより行なうと、界面反応を敏感に捉えることができ、ラベル剤を必要とせずに測定することが可能である。検出部には、検出を容易にし、検出精度を高める点で、微粒子凝集体を固定化する検出表面を設ける態様が好ましい。微粒子凝集体の固定化は、静電吸着、化学結合、物理吸着または電気化学的手法により行なうことができる。具体的には、マイクロ流体回路内の検出部における電極の表面をアミノ末端単分子膜で覆うことにより、たとえば、微粒子凝集体中のビオチン−ストレプトアビジンと、電極上のアミノ基との相互作用により、微粒子凝集体を電極の表面に固定化することができる。また、カルボキシル基、フェロセニル基などの機能性分子で修飾することにより、金ナノ粒子の安定状態を制御することができ、また検出時において電気化学的な増幅を行なうことが可能である。一方、電気化学的な固定化を行なう場合、金の酸化還元電位よりも卑の電位を掃引することによりイオン性分子修飾面を形成し、金ナノ粒子を基板表面に迅速に引き付けることができる。
【0023】
検出部では、電気化学反応用の電極材として、酸化還元ラベル剤を用いる際には、金、白金、炭素、ITOなどを用いることができる。ラベル剤を用いない場合は、金の特異ピーク電位位置と重ならない電位窓を有する材料が望ましく、具体的には、炭素、ITOなどが好適である。表面プラズモン共鳴検出系においては、金ナノ粒子の吸収ピークと重ならない材料が望ましく、たとえば、金属では銀、銅などが好適であり、非金属では、下地基板より屈折率の高い基板が効果的である。たとえば、誘電体として、石英、ITOなどを用いることができる。
【0024】
金ナノ粒子凝集体の凝集の程度から特定対象分子の有無や定量を行なうことが可能である。また、特異反応部と、分離精製部と、検出部のうち、少なくとも一部が複数のチャンバーを備える態様が好ましい。複数のチャンバーを設けることにより、多数の対象物質を同一のチップで検出することができる。標識対象物質としては、遺伝子増幅などを行なった、特定機能部位の遺伝子、抗体、抗原が挙げられ、具体的には、一塩基多型を含む癌関連遺伝子と腫瘍マーカーのうち一方または双方の定性的または定量的な検出を同一チップ内で行なうことができる。
【0025】
以下、実施例を挙げて本発明を具体的に説明するが、本発明は下記実施例に限定されるものではない。
【0026】
(実施例1)
本実施例では、金ナノ粒子凝集反応を利用し、癌由来増幅遺伝子の分離精製を行なった後、微粒子凝集体を検出した。反応のプロトコールを図1に示す。図1に示すように、まず、検体である全血に対し、LAMP法により、標識対象物質で修飾したプライマーを用いて等温遺伝子増幅を行ない、増幅遺伝子を形成した後、標識物質で修飾された金ナノ粒子と増幅遺伝子を反応させて、微粒子凝集体を形成した。つぎに、遠心力により微粒子凝集体の分離精製を行ない、不純物を除去した後、凝集体のままで、表面プラズモン共鳴法と電気化学法により検出した。
【0027】
金ナノ粒子は、標識対象物質と特異的に反応する標識物質であるストレプトアビジンにより修飾された平均粒径10nmの金ナノ粒子とし、その水溶液(シグマ アルドリッチジャパン製)を用いた。血液から抽出したP53遺伝子の突然変異の検出を行なうため、本実施例では、P53遺伝子内のエクソン4遺伝子の増幅を行ない、その中のコドン72の変異の有無を検出した。コドン72は野生型(Wild Type)(以下、「WT」とも言う。)の場合、5‘側からCGCの配列をとり、アルギニンを生成するが、変異型(Mutant Allele)(以下、「MT]とも言う。)の場合、CCC配列に変異し、プロリンを生成する。P53遺伝子は癌診断に多用される遺伝子であり、多くの癌が当該遺伝子の一塩基多型に関係しているといわれている。そこで、エクソン4遺伝子を特異的に増幅した。標識対象物質であるエクソン4遺伝子は、スレプトアビジン修飾金ナノ粒子との間で特異的に凝集反応する。
【0028】
増幅には、等温遺伝子増幅法として知られるLAMP法を用いた。LAMP法は、標的遺伝子の特定領域に対して数種類のプライマーを設定し、鎖置換反応を利用して一定温度で反応させる安価で簡易な遺伝子増幅反応である。この方法は、遺伝子、プライマー、鎖置換型DNA合成酵素と基質などを混合し、65℃付近の一定温度で保温することにより、ワンステップで遺伝子増幅が可能であり、増幅効率が高く、DNAを15分〜1時間で109〜1010倍に増幅することができる。また、極めて高い特異性により、増幅産物の有無を調査することにより、標的遺伝子配列の有無を迅速かつ高精度で判定することができる。
【0029】
本実施例では、F3、B3、FIP、BIP、LoopF、LoopBの6種のプライマーを用いた。
F3:5’−CCCCGGACGATATTGAACAA−3’(配列番号1)
B3:5’−CCAGACGGAAACCGTAGCT−3’(配列番号2)
FIP(WT):5’−GCGGGGAGCAGCCTCGGTTCACTGAAGACCCAGG−3’(配列番号3)
BIP(WT):5’−CGCGTGGCCCCTGCGACAGGGGCCAGGAGG−3’(配列番号4)
LoopF:5’−Biotin−TGGCATTCTGGGAGCTTCA−3’(配列番号5)
LoopB:5’−Biotin−CGGCCCCTGCACCAG−3’(配列番号6)
変異型(MT)におけるプライマーとして、FIP、BIPには下記のものを用いた。
FIP(MT):5’−GGGGGGAGCAGCCTCGGTTCACTGAAGACCCAGG−3’(配列番号7)
BIP(MT):5’−CCCGTGGCCCCTGCGACAGGGGCCAGGAGG−3’(配列番号8)
サンプルは、健常者のヒト血液(WT)(1μL)を用いた。増幅反応の前に、鮮血を利用するため、活性化処理を行なった。液組成は以下の通りである。
緩衝液:Ampdirect(島津バイオ社製) 25μL
サンプル(全血):1μL
活性化処理は、95℃で、10分間行ない、室温にまで放冷した後、つぎの試薬を混合し、増幅反応溶液とした。混合後、マイクロ流路回路内に試料を導入した。このマイクロ流体回路は、図2(a)に示すように、特異反応部と、分離精製部と、検出部を備えていた。
酵素:Bst DNA ポリメラーゼ 0.25μL
プライマー:(16μM FIP、16μM BIP、2μM F3、2μM B3、8μM LoopF、8μM LoopB) 2.5μL
蒸留水:18.75μL
本実施例では、FIP、BIPについて、WTとMTそれぞれを含む2種類の溶液を調整した。また、遺伝子増幅反応は63℃の一定温度で30分行なった。
【0030】
LAMP法は、プライマーの設計により反応特異的な増幅を行なうことができ、一塩基多型が含まれるMT−DNAは、ほとんど増幅されず、WT−DNAのみが選択的に増幅されることが知られているが、まず、この点を予備検討した。まず、血液から抽出したDNAをサンプルとして使用し、下記の溶液にて増幅反応を行なった。予備検討においては、WTとMTの反応選択性をLoopamp蛍光目視検出試薬(栄研化学社製)を用いて、UV−可視スペクトルにおける波長365nmの吸収を観測した。なお、FIP、BIPについては、WTとMTそれぞれを含む2種類について検討し、増幅反応は、63℃で、30分間行なった。
緩衝液:Loopamp Reaction Buffer(栄研化学社製) 25μL
サンプル(抽出DNA):1μL
酵素:Bst DNA ポリメラーゼ 0.25μL
プライマー:(16μM FIP、16μM BIP、2μM F3、2μM B3、8μM LoopF、8μM LoopB) 2.5μL
Loopamp蛍光目視検出試薬 2.5μL
蒸留水:16.25μL
図5に、遺伝子増幅後のWT−DNAとMT−DNAの蛍光強度を示す。健常者ヒト血液に含まれるP53遺伝子は、WT−DNAであるので、WTでのプライマーを用いた場合には、選択的に増幅反応が進行するが、MTプライマーを用いた場合には増幅せず、図5に示すように、WT−DNAとMT−DNAの蛍光強度比は、100倍以上であった。図3に、本実施例における予備的な確認試験の概要を示す。図3に示すように、試験対象DNAをP53遺伝子とし、コドン72を対象機能発現コード部位に選定した後、プライマー設計を行ない、P53遺伝子内のエクソン4遺伝子の増幅をLAMP法により行なった。その結果、野生型(WT)では、遺伝子増幅が行なわれ、増幅遺伝子が金ナノ粒子と凝集し、生成した凝集体を分離精製後、測定に供した。一方、変異型(MT)では、遺伝子増幅が起こらなかったため、金ナノ粒子との有効な凝集反応も認められなかった。遠心力による分離精製は、市販の一般的な遠心分離装置を用い、条件を3000rpm〜30000rpmに設定して行なった。このような予備的な検討後、遺伝子増幅を行なった。
【0031】
まず、遺伝子増幅後のビオチン化DNAとストレプトアビジン修飾金ナノ粒子の反応について検討を行なった。遺伝子増幅後の試料10μLを金ナノ粒子溶液10μLに混合し、室温で10分間反応させた後の凝集の程度を目視で確認した。WTプライマーから増幅されたビオチン化DNA溶液においては、溶液が赤色から紫色に変化し、凝集反応が進行していることが確認された。一方で、MTプライマーから増幅されたDNA溶液においては、金ナノ粒子の添加前後で色の変化が認められなかった。凝集反応が認められたWTの試料を遠心力により分離精製し、凝集サンプルを回収した。回収後、マイクロ流体回路内の他のチャンバーから低塩濃度緩衝液を導入し、微粒子凝集体を溶液中に再拡散した。
【0032】
つぎに、金ナノ粒子凝集体の検出を行なった。金ナノ粒子凝集体を含む溶液を、ITO製電極を有する電気化学反応室に導入した。ITOの表面には、3−アミノプロピルトリエトキシシラン(APS)であらかじめ修飾し、アミノ末端単分子膜を形成しておいた。分子膜の形成は、1質量%のAPS水溶液に10分間基板を浸漬することにより行なった。ITO電極上に修飾されているアミノ基と金ナノ粒子凝集体に存在するビオチン−ストレプトアビジンとの相互作用により、金粒子凝集体は基板表面に固定化される。固定化後、サイクリックボルタンメトリー測定を行なったところ、金由来の還元ピークがサイクリックボルタモグラムより観測された。一方で、MT−DNAプライマーを用いた場合には、ITO表面において、金凝集体由来のピークはほとんど観測されず、有意差が認められた。
【0033】
また、表面プラズモン共鳴装置を用いた測定を行なった。前述の手法によりITO基板表面に固定化されたWT由来の金ナノ粒子凝集体を表面プラズモン共鳴装置を用いて測定した結果を図4に示す。波長525nm付近には、金ナノ粒子の単離状態に起因する特有のプラズモン吸収ピークが現れ、波長560nm付近には、金特有のプラズモン吸収ピークが観察される。各波長について、凝集反応前、凝集反応後と分離精製後の吸収ピークを図4に整理した。図4に示すように、WTプライマー溶液由来のサンプルにおいては、金特有のプラズモン吸収ピークが観測され、凝集反応によりピーク強度が3〜4倍増大した。また、波長525nmの吸収ピークは、凝集、分離精製に伴ない、次第にピーク強度が減少した。一方、MT由来のサンプルにおいては、金由来のピークはほとんど観測されなかった。以上の電気化学測定および表面プラズモン共鳴測定により、金ナノ粒子を無ラベルにて検出可能であり、野生型と変異型の選択的な増幅反応により、簡便な手法で微粒子凝集体を分離精製することができた。
【0034】
(実施例2)
本実施例では、金ナノ粒子を用いた抗原抗体反応により、癌腫瘍マーカーのひとつであるペプシノゲンIの検出を行なった。ヒト血清を出発物質として用い、検体中のペプシノゲンと特異的に反応する微粒子として、マウスモノクローナル抗ペプシノゲンI抗体で修飾した平均粒径20nmの金ナノ粒子を用いた。検体中にペプシノゲンIが存在する場合、マウスモノクローナル抗ペプシノゲンI抗体で修飾した金ナノ粒子とペプシノゲンIが特異的に反応し、サンドイッチ反応を伴なって、微粒子凝集体を形成した。反応により、溶液の色は、赤色から紫色に変化した。その後、生成した微粒子凝集体を遠心力により分離精製した。遠心力による分離精製は、実施例1と同様の装置を用い、同様の条件で行なった。
【0035】
また、検体中のペプシノゲンIの濃度を0%〜200ng/mL変化させて同様の処理を行なった結果、ペプシノゲンIの濃度の増大に伴ない、反応後の溶液の色が徐々に赤色から紫色に変化し、紫外線可視分光装置を用いて溶液の吸収スペクトルを測定した結果、吸収波長ピークが、初期の525nmから、反応後においては、560nm〜620nmに変化した。したがって、検体中のペプシノゲンIの量に応じて、形成する微粒子凝集体の量が変化することを定量的に確認することができ、本発明の方法により、標識対象物質の定性分析のみならず、定量分析も可能であることがわかった。また、実施例の結果と合せて考察すると、癌由来遺伝子変異と癌腫瘍マーカーを類似のパターンを有する同一のチップ上で検出することができ、本発明の方法とマイクロ流体回路は、今後の高度医療診断と早期治療に有効あることがわかった。
【0036】
今回開示された実施の形態および実施例はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【産業上の利用可能性】
【0037】
生体分子または生体関連物質中の標識対象物質を定性的または定量的に簡易に検査することが可能であるため、今後の高度医療診断および遺伝子疾患の早期治療などに有用である。
【図面の簡単な説明】
【0038】
【図1】実施例1における反応のプロトコールを示す図である。
【図2】本発明のマイクロ流体回路の横断面を例示する図である。
【図3】実施例1における予備的な確認試験の概要を示す図である。
【図4】実施例1における、凝集反応前、凝集反応後と分離精製後のプラズモン吸収ピークを示す図である。
【図5】実施例1における、遺伝子増幅後のWT−DNAとMT−DNAの蛍光強度を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
標識対象物質と特異的に反応する標識物質により修飾された微粒子と、標識対象物質を含む生体分子または生体関連物質との反応により微粒子凝集体を生成する工程と、
前記微粒子凝集体を分離精製する工程と
を備える微粒子の凝集反応を利用する分離精製方法。
【請求項2】
前記微粒子は、平均粒径が1nm〜500nmの金製の粒子であることを特徴とする請求項1に記載の分離精製方法。
【請求項3】
前記微粒子凝集体を遠心力により分離精製することを特徴とする請求項1または2に記載の分離精製方法。
【請求項4】
前記標識対象物質は、体液または組織片に含まれる野生型遺伝子または変異型遺伝子を増幅させた増幅遺伝子を含むことを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の分離精製方法。
【請求項5】
前記体液または組織片は、標識対象物質を含むことを特徴とする請求項4に記載の分離精製方法。
【請求項6】
特異反応部と、分離精製部と、検出部とを備えるマイクロ流体回路であって、
前記特異反応部においては、標識対象物質と特異的に反応する標識物質により修飾された微粒子と、標識対象物質を含む生体分子または生体関連物質との特異反応により微粒子凝集体を生成し、
前記分離精製部においては、生成した微粒子凝集体を分離精製し、
前記検出部においては、分離精製した微粒子凝集体を非蛍光法により検出することを特徴とするマイクロ流体回路。
【請求項7】
一塩基多型を含む遺伝子変異の検出に用いられることを特徴とする請求項6に記載のマイクロ流体回路。
【請求項8】
癌腫瘍マーカーの定性的または定量的な検出に用いられることを特徴とする請求項6または7に記載のマイクロ流体回路。
【請求項9】
特異反応部と、分離精製部と、検出部とのうち、少なくとも一部が複数のチャンバーを備える請求項6〜8のいずれかに記載のマイクロ流体回路。
【請求項10】
特異反応部と、分離精製部と、検出部との間の送液を遠心力により行なうことを特徴とする請求項6〜9のいずれかに記載のマイクロ流体回路。
【請求項11】
前記検出部は、微粒子凝集体を固定化する検出表面を有することを特徴とする請求項6〜10のいずれかに記載のマイクロ流体回路。
【請求項12】
前記微粒子は、金製の粒子と、金以外の貴金属製の粒子を含むことを特徴とする請求項6〜11のいずれかに記載のマイクロ流体回路。
【請求項13】
前記検出部は、電気化学反応用の電極を有することを特徴とする請求項6〜12のいずれかに記載のマイクロ流体回路。
【請求項14】
前記検出部は、表面プラズモン共鳴法により検出することを特徴とする請求項6〜13のいずれかに記載のマイクロ流体回路。
【請求項15】
癌関連遺伝子と腫瘍マーカーのうち一方または双方の定性的または定量的な検出を同一チップ内で行なうことを特徴とする請求項6〜14のいずれかに記載のマイクロ流体回路。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2008−154493(P2008−154493A)
【公開日】平成20年7月10日(2008.7.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−346208(P2006−346208)
【出願日】平成18年12月22日(2006.12.22)
【出願人】(000116024)ローム株式会社 (3,539)
【Fターム(参考)】