説明

切削工具およびその製造方法

【課題】 突発欠損しやすい切削加工においても安定した切削加工が可能な切削工具を提供する。
【解決手段】 超硬合金からなる基体6の表面を被覆層5で被覆し、切刃4における基体6と被覆層5との界面にはオージェ分光分析法で測定される酸素量が10原子%以下であり、かつ界面に算術平均粗さRa値換算で50〜150nmの微細凹凸が形成されている切削工具1である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は切削工具に関し、特に被覆層との密着性に優れた超硬合金からなる切削工具に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から金属の切削加工に広く用いられている切削工具として、超硬合金の表面に被覆層を被覆したコーティング工具が知られている。
【0003】
例えば、特許文献1では、基体の表面を研磨加工して表面粗さRa=0.15〜0.4μmに制御することが開示されている。
【0004】
また、特許文献2では、基体の表面を洗浄して表面に存在する脆化相を除去する方法が開示されている。
【0005】
さらに、特許文献3では、超硬合金基体の表面をRmaxが0.2〜1.3μmとなるように加工した後、レーザ照射等により基体の表面にη相を点在させ、その基体の表面に化学蒸着膜を成膜した切削工具が開示され、高硬度なη相の存在で基体の耐摩耗性が向上して工具寿命が長くなることが記載されている。
【0006】
さらには、特許文献4では、基体の表面に被覆層を成膜した後、ブラスト加工やブラシ加工によって被覆層の表面を加工する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平06−108253号公報
【特許文献2】特開平09−241826号公報
【特許文献3】特開2002−329808号公報
【特許文献4】特開2006−113552号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、特許文献1のように基体の表面を研磨加工する方法では、被覆層の密着性が向上するものの、さらなる密着性の向上が必要な場合があった。また、特許文献2のように化学的に脆化相を除去する方法では、脆化相は除去できるが更なる被覆層の密着性の向上が求められていた。さらに、特許文献3のように基体の表面を加工した後にレーザ照射する方法では、加工面に酸化物が生成しやすくて被覆層の密着性には限界があった。また、特許文献4のように被覆層の表面から研磨加工する方法でも、基体と被覆層との界面における密着性には問題があった。
【0009】
本発明は、上記問題点を解決するためになされたものであり、その目的は、基体と被覆層との密着性を向上させて、被覆層が剥離しにくい安定した切削性能を発揮することができる切削工具を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の切削工具は、超硬合金からなる基体の表面を被覆層で被覆して、切刃における前記基体と前記被覆層との界面にはオージェ分光分析法で測定される酸素量が10原子%以下であり、かつ該界面に算術平均粗さRa値換算で50〜150nmの微細凹凸が形成
されていることを特徴とする。
【0011】
ここで、上記構成において、すくい面および逃げ面においては、基体と前記被覆層との界面には酸素量が10原子%より多く、かつ該界面の凹凸が算術平均粗さRa値換算で50nm未満であることが望ましい。
【0012】
また、本発明の切削工具の製造方法は、焼成にて超硬合金からなる基体を作製する工程と、前記超硬合金の少なくとも切刃をホーニング加工する工程と、微細凹凸研磨加工する工程と、洗浄する工程と、該洗浄された基体に被覆層を成膜する工程とを含むものである。
【0013】
このとき、荷重15〜35Nで、砥粒#200〜#400の砥石を用いて微細凹凸加工することが望ましい。
【発明の効果】
【0014】
本発明の切削工具によれば、基体と被覆層との界面に酸化物が介在せず、かつ界面の凹凸が算術平均粗さRa値換算で50〜150nmであることから、基体と被覆層との間の密着性が良くてチッピングや膜剥離の発生がなく、切削工具として安定した切削が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明の切削工具の一例について、(a)斜視図、(b)被覆層の近傍についての模式断面図である。
【図2】図1の切削工具について、基体と被覆層との界面における原子間力顕微鏡分析(AFM)データであり、(a)上方から見た斜視図、(b)上面から見た平面図、(c)(b)のA−A線についての断面図である。
【図3】従来の切削工具の一例について、基体と被覆層との界面における原子間力顕微鏡分析(AFM)データであり、(a)上方から見た斜視図、(b)上面から見た平面図、(c)(b)のA−A線についての断面図である。
【図4】(a)図1の切削工具、(b)従来の切削工具についての基体と被覆層との界面におけるオージェ電子分光分析(AES)データである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明の切削工具の一例について、被覆層の近傍についての模式段面図である図1、図1の切削工具および従来の切削工具の一例について、基体と被覆層との界面における原子間力顕微鏡分析(AFM)データであり、(a)上方から見た斜視図、(b)上面から見た平面図、(c)(b)のA−A線についての断面図である図2、3、(a)図1の切削工具、(b)従来の切削工具についての基体と被覆層との界面におけるオージェ電子分光分析(AES)データである図4を基に説明する。
【0017】
図1のスローアウェイチップ1は、超硬合金からなる基体6の表面を被覆層5で被覆した切削工具であって、すくい面2と逃げ面3との交差稜線部である切刃4における基体6と被覆層5との界面には、図4に示すように酸素含有量は10原子%以下で、かつ図2、3の原子間力顕微鏡分析(AFM)データから明らかなように、この界面には算術平均粗さRa値換算で50〜150nmの凹凸が存在する。これによって、基体6と被覆層5との間の密着性が良くてチッピングや膜剥離の発生がなく、切削工具として安定した切削が可能となる。
【0018】
なお、実際の切削工具については基体6と被覆層5との界面は被覆層5で覆われているので、図2のような原子間力顕微鏡分析(AFM)で観察することができないが、基体6
と被覆層5との界面の状態の違いを示すために図2、3を示している。そのため、本発明においては、凹凸の状態を、基体6と被覆層5の界面については断面における顕微鏡写真から見積もっている。具体的には、透過型電子顕微鏡(TEM)観察を行い、界面の凹凸をトレースして、JISB01601に準拠して評価長さ500nm、カットオフ値100nmで算術平均粗さRaを算出することによって評価する。また、オージェ分光分析法にて基体6と被覆層5との界面での酸素含有量を測定する。
【0019】
ここで、上記構成において、すくい面2および逃げ面3においては、基体6と被覆層5との界面には酸素量が10原子%より多く、かつ該界面の凹凸が表面粗さRa値換算で50nm未満であることが、被覆層5が摩耗して基体が露出する際にベラーグを生成して基体6の摩耗の進行を抑制できるとともに、製造が容易である点で望ましい。
【0020】
なお、図1(b)によれば、基体6の表面に被覆された被覆層5は、1層目がTiN層7、2層目がTiCN層8(8a、8b、8c)、3層目がTi(C)(x+y+z=1、0≦x≦0.6、0≦y≦0.6、0.2≦z≦0.8)からなる中間層11、4層目がα型結晶構造のAl層(以下、単にAl層と略す。)12、5層目がTi(C(x+y+z=1、0≦x≦0.6、0≦y≦0.6、0.2≦z≦0.8、1.0≦a≦1.7)からなる最表層14とが順に積層された構成からなる。
【0021】
なお、基体6は、WC相、結合相、および所望によりB1型固溶相から形成されている。
【0022】
(製造方法)
また、本実施形態のスローアウェイチップ1の製造方法の一実施形態について説明する。
【0023】
まず、上述した硬質合金を焼成によって形成しうる金属炭化物、窒化物、炭窒化物、酸化物等の無機物粉末に、金属粉末、カーボン粉末等を適宜添加、混合し、プレス成形、鋳込成形、押出成形、冷間静水圧プレス成形等の公知の成形方法によって所定の工具形状に成形する。その後、得られた成形体を真空中または非酸化性雰囲気中にて焼成することによって上述した硬質合金からなる基体を作製する。
【0024】
そして、上記基体の表面に所望によってチップの両面を研磨加工した後、切刃部にホーニング加工を施した後、砥粒#200〜#400の砥石を用いて、荷重15〜35Nで研磨加工する微細凹凸研磨加工を施し、酸洗浄した後に有機溶剤にて洗浄する。この工程によって、基体6の表面には所定の凹凸が形成されるとともに、基体の表面に残存している不純物酸素を除去することができる。
【0025】
次に、得られた基体6の表面に化学気相蒸着(CVD)法によって被覆層を形成する。始めに、基体をCVD装置のチャンバ内にセットする。このとき、中央にネジ孔の空いた基体を串刺しにし、基体間の間隔を調整することにより、すくい面、逃げ面および切刃に成膜される被覆層の厚みを調整することができる。
【0026】
成膜に際しては、まず、基体の直上に1層目としてTiN層を形成する。TiN層の成膜条件としては、混合ガス組成として四塩化チタン(TiCl)ガスを0.5〜10体積%、窒素(N)ガスを10〜60体積%の割合で含み、残りが水素(H)ガスからなる混合ガスを用い、成膜温度を800〜940℃(チャンバ内)、圧力を8〜50kPaにて成膜される。
【0027】
次に、2層目としてTiCN層を形成する。ここでは、TiCN層が、平均結晶幅が小さい微細柱状結晶層と、この層よりも平均結晶幅が大きい粗柱状結晶層とのMT−TiCN層と、HT−TiCN層との3層にて構成する場合の成膜条件について説明する。
【0028】
MT−TiCN層のうちの微細柱状結晶層の成膜条件は、四塩化チタン(TiCl)ガスを0.5〜10体積%、窒素(N)ガスを10〜60体積%、アセトニトリル(CHCN)ガスを0.1〜0.4体積%の割合で含み、残りが水素(H)ガスからなる混合ガスを用い、成膜温度を780〜900℃、圧力を5〜25kPaとする。MT−TiCN層のうちの粗柱状結晶層の成膜条件は、四塩化チタン(TiCl)ガスを0.5〜4.0体積%、窒素(N)ガスを0〜40体積%、アセトニトリル(CHCN)ガスを0.4〜2.0体積%の割合で含み、残りが水素(H)ガスからなる混合ガスを用い、成膜温度を780〜900℃、圧力を5〜25kPaとする。
【0029】
HT−TiCN層の成膜条件は、四塩化チタン(TiCl)ガスを0.1〜3体積%、メタン(CH)ガスを0.1〜10体積%、窒素(N)ガスを0〜15体積%の割合で含み、残りが水素(H)ガスからなる混合ガスを用い、成膜温度を950〜1100℃、圧力を5〜40kPaとして成膜する。そして、チャンバ内を950〜1100℃、5〜40kPaとし、四塩化チタン(TiCl)ガスを1〜5体積%、メタン(CH)ガスを4〜10体積%、窒素(N)ガスを10〜30体積%、一酸化炭素(CO)ガスを4〜8体積%、残りが水素(H)ガスからなる混合ガスを調整して反応チャンバ内に10〜60分導入して成膜した後、続いて体積%で二酸化炭素(CO)ガスを0.5〜4.0体積%、残りが窒素(N)ガスからなる混合ガスを調整して反応チャンバ内に導入し、成膜温度を950〜1100℃、5〜40kPaにて、二酸化炭素(CO)ガスを0.5〜10体積%、残りが窒素(N)ガスからなる混合ガスを反応チャンバ内に10〜60分導入することによって、HT−TiCN層を酸化させてTiCNO層に変化させながら中間層を成膜する。なお、このCOガスを含む混合ガスを流す工程を経ることなく中間層を形成することもできるが、α型Al層を構成する結晶を微細なものとするためには、COガスを含む混合ガスを流す工程を経ることが望ましい。
【0030】
続いて体積%で二酸化炭素(CO)ガスを0.3〜4.0体積%、残りが窒素(N)ガスからなる混合ガスを調整して反応チャンバ内に導入し、成膜温度を1000〜1100℃、5〜40kPaにて、反応チャンバ内に5〜30分導入することによって、被覆層表面の表面粗さを粗くする。そして、引き続き、α型Al層を形成する。α型Al層の成膜条件としては、三塩化アルミニウム(AlCl)ガスを0.5〜5.0体積%、塩化水素(HCl)ガスを0.5〜3.5体積%、二酸化炭素(CO)ガスを0.5〜5.0体積%、硫化水素(HS)ガスを0〜0.5体積%、残りが水素(H)ガスからなる混合ガスをチャンバ内に導入し、成膜温度を950〜1100℃、圧力を5〜10kPaとして成膜することが望ましい。
【0031】
さらに、α型Al層の上層に最表層を形成する。四塩化チタン(TiCl)ガスを1〜10体積%、メタン(CH)ガスを4〜10体積%、窒素(N)ガスを0〜60体積%の割合で含み、残りが水素(H)ガスからなる混合ガスを反応チャンバ内に導入し、チャンバの温度を960〜1100℃、圧力を10〜85kPaとして、成膜時間を1分〜10分の間で成膜することで膜厚みを調整した後、続いて体積%で二酸化炭素(CO)ガスを0.5〜4.0体積%、残りが窒素(N)ガスからなる混合ガスを調整して反応チャンバ内に導入し、成膜温度を950〜1100℃、5〜40kPaにて、反応チャンバ内に5〜30分導入することによって、HT−TiCN層を酸化させてTiCNO層に変化させながら最表層を成膜する。Tiに対する酸素の比率は、二酸化炭素(CO)ガスの濃度や酸化時間により調整する。
【0032】
そして、所望により形成した被覆層の表面の少なくとも切刃部、望ましくは切刃部とすくい面を研磨加工する。この研磨加工により、切刃部およびすくい面が平滑に加工され、被削材の溶着を抑制して、さらに耐欠損性に優れた切削工具となる。
【実施例】
【0033】
平均粒径1.5μmの炭化タングステン(WC)粉末に対して、平均粒径1.2μmの金属コバルト(Co)粉末を6質量%の割合で添加、混合して、プレス成形により切削工具形状(CNMG120412)に成形した。得られた成形体について、脱バインダ処理を施し、0.5〜100Paの真空中、1400℃で1時間焼成して超硬合金を作製した。さらに、作製した超硬合金に対して、両頭加工を施した後、表1に示す条件でRホーニング加工および微細凹凸加工を施した。
【0034】
次に、上記の加工した超硬合金の表面に化学気相蒸着(CVD)法によって、0.5μmの窒化チタン(TiN)膜、9.0μmの柱状の結晶構造をなす炭窒化チタン(TiCN)膜、3μmのα型酸化アルミニウム(Al)膜の被覆層を順次成膜して、試料No.1〜7の表面被覆切削工具を作製した。
【0035】
得られた工具に対して、切刃およびすくい面における基体と被覆層との界面(表中、切刃界面およびすくい面界面と記す。)について透過型電子顕微鏡(TEM)観察を行い、界面の凹凸をトレースして、JISB01601に準拠して評価長さ500nm、カットオフ値100nmで算術平均粗さRaを算出した。また、オージェ分光分析法にて界面での酸素含有量を測定した。結果は表1に示した。
【0036】
そして、この工具を用いて下記の条件により強断続切削試験を行い、切削工具の耐欠損性を評価した。
(切削条件)
被削材 :FCD700
工具形状:CNMG120412
切削速度:150m/分
送り速度:0.15〜0.3mm/rev
切り込み:1.5mm
切削液 :エマルジョン15%+水85%混合液
評価項目:衝撃回数2000回以内に欠損した試料の個数(評価数20個)
および衝撃回数2000回で欠損しなかった試料の刃先状態の確認
結果は表1に示した。
【0037】
【表1】

【0038】
表1に示す結果より、切刃における基体と被覆層との界面における酸素量が10原子%を超える試料No.5、および基体と被覆層との界面粗さが50nmより小さい試料No.6では、膜剥離が発生して少ない衝撃回数で寿命となった。また、基体と被覆層との界面における界面粗さが150nmより大きい試料No.7では、早期に膜剥離と欠損が発生してしまった。
【0039】
これに対して、切刃における基体と被覆層との界面における酸素量が10原子%以下であり、かつ界面粗さが50〜150nmの微細凹凸が形成されている試料No.1〜4では、突発欠損の発生が抑制されて安定した切削加工が可能であった。
【符号の説明】
【0040】
1 スローアウェイチップ
2 すくい面
3 逃げ面
4 切刃
5 被覆層
6 基体
7 TiN層
8(8a、8b、8c) TiCN層
11 Ti(C)(x+y+z=1、0≦x≦0.6、0≦y≦0.6、0.2≦z≦0.8)からなる中間層
12 Al
14 最表層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
超硬合金からなる基体の表面を被覆層で被覆した切削工具であって、切刃における前記基体と前記被覆層との界面にはオージェ分光分析法で測定される酸素量が10原子%以下であり、かつ該界面に算術平均粗さRa値換算で50〜150nmの微細凹凸が形成されている切削工具。
【請求項2】
すくい面および逃げ面においては、基体と前記被覆層との界面には酸素量が10原子%より多く、かつ該界面の凹凸が算術平均粗さRa値換算で50nm未満である請求項1記載の切削工具。
【請求項3】
焼成にて超硬合金からなる基体を作製する工程と、前記超硬合金の少なくとも切刃をホーニング加工する工程と、微細凹凸研磨加工する工程と、洗浄する工程と、該洗浄された基体に被覆層を成膜する工程とを含む切削工具の製造方法。
【請求項4】
砥粒#200〜#400の砥石を用いて、荷重15〜35Nで微細凹凸研磨加工する請求項3記載の切削工具の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−30309(P2012−30309A)
【公開日】平成24年2月16日(2012.2.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−170753(P2010−170753)
【出願日】平成22年7月29日(2010.7.29)
【出願人】(000006633)京セラ株式会社 (13,660)
【Fターム(参考)】