説明

収束電子回折法による局所領域の格子歪み測定方法及びその測定装置

【課題】収束電子回折法を利用した格子歪み及び応力測定法において、HOLZ線の特定精度を高くして、測定精度を高くする
【解決手段】被測定物である結晶材料2に収束電子1を入射して得られるホルツ(HOLZ)図形のHOLZ線の位置に応じて、結晶材料の格子歪みを定量化する格子歪み測定方法において、ホルツ図形から抽出される複数の点の座標をハフ変換してハフ変換画像に置き換え、複数のハフ変換画像の多重点を抽出し、当該多重点を逆変換してホルツ図形のホルツ線を特定する。そして、特定されたホルツ線の位置に応じて、結晶材料の格子定数を定量化する。測定作業者による恣意的なホルツ線の特定工程を伴わずに、所定の演算工程によりホルツ線を特定することができるので、ホルツ線の特定精度を高くすることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、結晶材料の局所領域における格子歪み及び応力の測定方法及びその測定装置に関し、特に、測定精度を高くすることができる格子歪み測定方法及びその測定装置に関する。本発明の測定方法は、電子デバイスなどにおける格子歪み及び応力を測定する場合に特に有用である。
【背景技術】
【0002】
半導体デバイスなどの結晶材料に応力が加わると格子歪みが生じ、結晶材料の様々な物性に影響を及ぼす。特に、超LSIの高集積化および微細化に伴って発生する格子歪みは、電子デバイスの素子特性を左右する重要な因子のひとつとなっている。従って、電子デバイスの結晶材料の格子歪みやそれの原因となっている応力を測定することは、所望のデバイスを設計するために必要になる。
【0003】
格子歪みは格子定数の変化率として捉えることができることから、格子歪みの測定には、X線回折法、ラマン分析法あるいは収束電子回折法などの格子定数測定手法が従来用いられてきた。そのなかでも、収束電子回折法はナノメートル単位の空間分解能で格子定数を決定できるので、微細な電子デバイス素子の格子歪み測定に利用されている。この収束電子回折法に関する先行技術には次のようなものがある。
【特許文献1】特開平4−206941号公報
【特許文献2】特開平7−167719号公報
【特許文献3】特開平2000−9664号公報
【特許文献4】特開平2001−27619号公報
【非特許文献1】ウルトラマイクロスコピー(Ultramicroscopy 41(1992年)211-223頁)
【0004】
上記の特許文献1、3、4には、収束電子回折法を利用して抽出したHOLZ図形を利用して、シリコン半導体基板における局所領域の格子歪みを評価する方法が開示されている。また、上記の特許文献2や非特許文献1には、同様に、収束電子回折法を利用して抽出したHOLZ図形を利用して、ステンレス鋼や酸化物高温超電導体などシリコン半導体以外の結晶材料の格子歪みを評価する方法が開示されている。
【0005】
上記の収束電子回折法を利用して格子歪みを測定する方法によれば、結晶材料に収束電子線を入射して得られる高次ラウエゾーン(HOLZ:High Order Laue Zone)の図形中に現われるHOLZ線の交点間距離を測定し、理論計算値と比較することにより結晶材料の格子歪みを測定するものである。従って、上記の方法による格子歪みの測定精度は、HOLZ線の交点間距離の測定精度に大きく依存する。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、上記の従来の測定方法では、HOLZ線の交点の決定精度が十分に考慮されていない。例えば、特許文献1および特許文献2には、HOLZ線の交点の決定方法についての記載が無く、その決定精度は全く考慮されていない。更に、特許文献3には、注目するHOLZ線上の数点の座標を測定し、これらの測定値から直線の線形方程式を最小自乗法により求め、直線の連立方程式を解くことにより交点の座標を決定し、最終的に格子歪みを2.2 x 10-4の精度で測定できることが開示されている。
【0007】
しかし、本発明者が考えるところでは、HOLZ線を特定する定式化において、数点の座標のみから直線を決定する方法では、大きな誤差を生じる可能性が高い。例えば、収束電子線を結晶材料に入射して得られるHOLZ図形は、1024 x 1024以上の画素サイズの画像データで取得するのが現実的であり、シリコンなどの結晶材料から得られるHOLZ図形の典型的な収束角を10 mradとした場合、1画素に対応する格子歪み変化量は8 x 10-4となる。即ち、HOLZ線の線分抽出精度が1画素のとき、格子歪み検出精度として8 x 10-4が得られるのである。従って、格子歪みを2.2 x 10-4の精度で測定可能にするためには、HOLZ線の線分抽出精度が2.2 x 10-4/8 x 10-4=0.275画素になることが条件である。
【0008】
一方、最小自乗法の精度は測定数に依存し、測定点が増加するのに伴い誤差は減少し精度は向上する。これを考慮に入れると、数点の座標のみからHOLZ線を定式化した場合に、その誤差が0.3画素未満(2.2 x 10-4/8 x 10-4=0.275)となることは実質的に考えにくい。また、解析効率を考慮すると、測定する座標の数を増やして誤差を減少させることは、工数増大になり得策とはいえない。
【0009】
そこで、本発明の目的は、格子歪み検出精度に影響を及ぼすHOLZ線の線分抽出精度を高め、結晶材料の局所領域における微小格子歪みを高精度で、かつ高速に定量化する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記の目的を達成するために、本発明の一つの側面は、被測定物である結晶材料に収束電子を入射して得られるホルツ(HOLZ)図形のHOLZ線の位置に応じて、前記結晶材料の格子歪みを定量化する格子歪み測定方法において、前記ホルツ図形から抽出される複数の点の座標をハフ変換してハフ変換画像に置き換え、複数のハフ変換画像の多重点を抽出し、当該多重点を逆変換してホルツ図形のホルツ線を特定する工程と、当該特定されたホルツ線の位置に応じて、前記結晶材料の格子定数を定量化する工程とを有することを特徴とする。
【0011】
上記発明の側面によれば、HOLZ図形を光電変換して得られる複数の画素からなる画像データの画像処理などにより、ホルツ図形の複数の点をハフ変換して複数のハフ変換画像に置き換え、そのハフ変換画像の多重点を抽出し、その多重点を逆変換してホルツ線を特定するので、測定作業者による恣意的なホルツ線の特定工程を伴わずに、所定の演算工程によりホルツ線を特定することができる。従って、ホルツ線の特定精度を高くすることができる。
【0012】
上記発明の側面において、より好ましい実施例によれば、ホルツ図形から複数の点を抽出する時に、ホルツ線の交点近傍の点を抽出点から除外することを特徴とする。動力学的回折効果として知られる原理により、ホルツ線が交差する時に線の分裂が発生するので、ホルツ線が曲がりあって交点を作らないことがあり、ホルツ線の交点近傍には、本来のホルツ線とは異なる曲線が発生することがある。従って、その領域の点を抽出点から除去することで、ホルツ線の特定精度を上げることができる。
【0013】
更に、上記の発明の側面において、より好ましい実施例によれば、ハフ変換画像の多重点を抽出する時に、ホルツ図形の点の濃度とハフ変換画像の数の累積値が極大の点を抽出することを特徴とする。上記の累積値の分布から、累積値が大きい複数の多重点を抽出することで、高精度にホルツ線を特定することができる。
【発明の効果】
【0014】
以上、本発明によれば、収束電子回折法を利用した格子歪み及び応力測定法において、HOLZ線の特定精度を高くすることができ、測定精度を高くすることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下、図面を参照して本発明の実施の形態例を説明する。しかしながら、本発明の保護範囲は、以下の実施の形態例に限定されるものではなく、特許請求の範囲に記載された発明とその均等物にまで及ぶものである。
【0016】
図1は、本実施の形態における収束電子回折法による格子歪み測定装置の構成図である。また、図2は、受像面に形成されるHOLZ図形を説明する図である。高真空状態の装置4内に配置された被測定試料である結晶材料2に対して、10mrad程度の収束角を有する電子ビーム1を照射すると、大部分の電子は結晶材料2を透過して受像面3に透過波として零次ラウエゾーン1Aを形成し、回折条件を満たす電子は零次ラウエゾーン1Aを、あるいは零次ラウエゾーン1Aの外側に回折され同心円上の高次ラウエゾーン1B,1Cを形成する。このような同心円上の回折が、高次ラウエゾーン反射(HOLZ反射)と呼ばれる。このHOLZ反射に伴って、零次ラウエゾーン1A内の透過波ディスク1A’にはHOLZ線と呼ばれる暗線が生じる。また、零次及び高次ラウエゾーン1A,1B,1Cは回折波ディスクと称される。
【0017】
高次ラウエゾーン1B,1Cの透過波ディスク1A’に対する距離は、結晶材料の格子定数に応じて異なる。従って、その距離を求めることで、結晶材料の格子定数を定量化することができ、結晶材料の公称の格子定数との差分から、結晶材料に発生している格子歪みを定量化することができる。更に、透過波ディスク1A’内には、高次ラウエゾーン1B,1C内の回折波がHOLZ線として発生するので、このHOLZ線のずれを求めることでも、同様に格子定数とその原因である格子歪みを定量化することができる。
【0018】
図3は、HOLZ図形の一例を示す図である。図3(A)は例えば格子歪みがない場合のHOLZ図形であり、図3(B)は格子歪みがある場合のHOLZ図形である。透過ゾーン1A内には、暗線として複数のHOLZ線9が生成されている。このHOLZ線9の傾きや位置は、それぞれ回折を発生した結晶面の方向や歪み量により異なる。格子歪みが発生すると、図3(B)に示されるとおり、元のHOLZ線9が、破線10のようにずれて発生する。このずれ量を測定することで、結晶面の歪みを見つけることができる。このHOLZ線のずれは、例えば、HOLZ線の交点間距離や3交点からなる三角形面積を指標にして定量化することができる。そして、後述する格子歪みと応力の関係の連立方程式を解くことで、格子歪みを発生させている応力を求めることができる。
【0019】
図1に戻ると、測定装置の処理ユニット5では、例えばCCDなどの受像面3に形成されたHOLZ図形が取り込まれ、画像処理ユニット6にて複数の画素からなる画像データに変換される。そして、その画像データに対して、ハフ変換によるHOLZ線の特定が、HOLZ線特定ユニット7にて行われ、歪み及び応力演算ユニット8にて、その特定された複数のHOLZ線の交点間距離や三角形面積から格子歪みが求められ、更に応力演算が行われる。
【0020】
次に、本実施の形態におけるハフ変換によるHOLZ線特定方法について説明する。ハフ変換は、多くの点からそれらの点を通過する直線を特定することができる手法である。図4は、図3で示したHOLZ図形とその一部分を拡大した画像データを示す図である。図4(A)は、図3(A)と同じHOLZ図形が透過ゾーン1A内に再現されていて、HOLZ図形には8本のHOLZ線12〜19とそれらの16個の交点20〜35が含まれている。そこで、HOLZ図形が画像処理により複数の画素からなる画像データに変換されると、その一部の領域RXYは、図4(B)のように、複数の黒い画素の集合になる。格子歪みを高精度に定量化するためには、この複数の点上にHOLZ線を正確に特定しなければならない。そこで、本実施の形態では、ハフ変換によりこのHOLZ線を特定する。
【0021】
まず、準備として、HOLZ線のうち交点の領域を含まない領域RXYを選択し、その領域内で輝度が極小になる画素(濃度が極大になる黒い点の画素)を抽出する。この濃度の極大点は、例えばX方向に走査したときの極大値をとる画素と、Y方向に走査した時の極大値をとる画素をそれぞれ採用することで、簡単に抽出することができる。
【0022】
図5は、ハフ変換の原理を示す図である。図5(A)に示すように、xy平面内の領域RXY内の画像を走査して濃度が極大値をとる図形画素P1(x1,y1)を検出したとき、その座標(x1,y1)は、次式(1)により、図5(B)のようなθρ平面RH上の曲線C1に変換される。ここで、ρは原点からその点を通過する任意の直線までの垂線の距離であり、θはその垂線の角度である。つまり、ある直線はρとθにより特定することができ、任意の点P1(x1,y1)を通過しうる直線をその点の周りに回転させると、各直線毎に所定の関係のρとθが得られる。これらの関係が次式(1)である。
【0023】
【数1】

【0024】
同様な処理を、図形画素P2(x2,y2)やP3(x3,y3)についても行うことにより、θρ平面RH上の曲線C2およびC3が得られる。
【0025】
そこで、図形画素P1(x1,y1)、P2(x2,y2)およびP3(x3,y3)が、ある直線L1上にある場合には、図5(B)に示されるように、θρ平面RH上の曲線C1、C2およびC3は1点L1で交わる。このときの交点L1の座標を(ρLL)とすると、xy平面RXYの直線L1は、座標(ρLL )に関して上記式(1)を逆変換して次式(2)で表される。
【0026】
【数2】

【0027】
このように、結晶材料に収束電子線を入射して得られるHOLZ図形の画像データのうちの、輝度が極小値を取る画素のX、Y座標を数式(1)でハフ変換し、図5(B)のハフ変換画像において多重点即ち極大値を探索し、その極大値をとる多重点L1を数式(2)で逆変換を行うことにより、HOLZ線の線分L1を抽出することができる。
【0028】
ハフ変換では、図5(B)の曲線の交点L1を候補と呼び、その交点に交わる曲線の数を投票数と呼ぶ。xy平面内の濃度が極大値になる複数の点を、θρ平面内の曲線に変換すると、多くの交点が出現する。それらの交点のうち大きな投票数を有する交点が、xy平面内の複数の点を通過する直線に対応する。投票数が高いほど、直線の特定精度が高くなる。また、各交点の投票数に、曲線の数に加えて、元の図形から点を抽出した時の濃度をその重みとして利用することで、投票数の精度をより高くすることができる。このようにしてρθ座標上で出現した複数の交点L1から、投票数が極大値になる交点を抽出して、元の図形の直線を高精度に抽出することができる。
【0029】
本実施の形態における一つの特徴は、ハフ変換を行うことにより、元画像の1画素が細分化され、より精密な直線を抽出することが可能となることである。即ち、演算処理において、 式(1)におけるθおよびρの刻み幅を小さくすることにより、対応するxy平面の画素が1画素よりも小さくなり、その結果として線分抽出精度が向上する。例えば、式(1)において、θを0.1°刻みで(x1,y1)を変換し、得られたρを0.5画素刻みで処理することにより、θρ平面からなるハフ変換画像での1画素あたりの格子歪み精度は4 x 10-4となり、元画像の1画素あたりの格子歪み精度(8 x 10-4)を上回ることができる。処理ユニット5の記憶容量しだいでは、更にθおよびρの刻み幅を小さくし、4 x 10-4以上の検出精度の向上が見込める。
【0030】
本実施の形態では、上記のとおり、ハフ変換はHOLZ図形の全画素について行うのではなく、ノイズ除去およびマスク処理して得られるHOLZ線近傍の画素のみについて行うことにより、高速かつ精密な格子歪み測定が可能となる。ノイズ除去とは孤立した輝度を有する点を除去することであり、マスク処理とはHOLZ線交点近傍の点を除去することである。HOLZ線の交点近傍の点を除去する理由は、収束電子線を材料に入射して得られるHOLZ図形において、HOLZ線が交点近傍で曲がることがあるためである。
【0031】
即ち、HOLZ線は交差するとき、一般に動力学的回折効果として知られる原理により、線の分裂が起こる。動力学的効果が顕著な場合は線の分裂が著しくなり、本来、運動学的近似で交点として現われるべき位置に交点が現われず、互いのHOLZ線が曲がりあって交点を作らないことがある。このような曲がった領域の画素をハフ変換してしまうと、線分抽出精度を著しく低下させ、交点間距離や三角形面積の測定精度を低下させるおそれがある。そのため、本発明では、予めHOLZ線の交点と予想される領域にマスクを施し、直線近傍の限られた領域RXYの点についてハフ変換を行い、線分抽出精度が低下しないようにした。
【0032】
次に、ハフ変換により特定されたHOLZ線から、その交点を求め、交点間距離、三角形面積により格子点歪みを求め、更に応力を求める方法について説明する。
【0033】
ハフ変換により抽出したHOLZ線は、式(2)に表されるようにy=Ax+B型の線形方程式として求まるので、HOLZ線の交点は連立方程式を解くことにより、(x, y)
= ((B2-B1)/(A1-A2), (A1B2-A2B1)/(A1-A2))として求まる。ここで、A1、B1、A2およびB2はHOLZ線y=A1x+B1及びy=A2x+B2の係数である。
【0034】
更に、HOLZ線の交点の座標を(x1,y1)、(x2,y2)および(x3,y3)とすると、交点間距離DはD = ((x1-x2)2+(y1-y2)2)1/2として求められ、他方、三角形面積Sはヘロンの公式よりS = (s(s-D1)(s-D2)(s-D3))2として求められる。ここで、D1 = ((x3-x2)2+(y3-y2)2)1/2、D2 = ((x1-x3)2+(y1-y3)2)1/2、D3 = ((x1-x2)2+(y1-y2)2)1/2およびs = (D1+D2+D3)/2である。
【0035】
HOLZ線の位置は、収束電子の加速電圧および結晶材料の格子歪みにより変化するので、HOLZ線の交点の位置もそれらに応じて変化し、結果的に交点間距離Dおよび三角形面積Sも変化する。従って、所定の加速電圧での収束電子を格子歪みのない結晶材料に照射した時のHOLZ図形における交点距離や三角形面積を、加速電圧が異なる複数の理論計算値と比較して、最も近似する理論計算値に対応する加速電圧を、実際の有効加速電圧として検出する。これは一種の校正工程になる。次に、被測定物のHOLZ図形における上記交点間距離Dや三角形面積Sと、検出された有効加速電圧を考慮し且つ格子定数が異なる複数の理論計算値とを比較して、被測定物に最も近似する理論計算値に対応する格子定数が、被測定物の格子定数と判定される。そのため歪み量と判定される。
【0036】
次に、格子歪みから応力を求める方法について説明する。シリコンの結晶材料(単結晶及び多結晶)には、応力と格子歪みとの間に次式(3)のような関係があるため、測定した格子歪みを変換して応力を求めることができる。
【0037】
【数3】

【0038】
ここで、C11, C12, C44は弾性率、exx, eyy, ezz, exy, eyz, ezxは格子歪み成分、およびfxx, fyy, fzz, fxy, fyz, fzxは応力成分である。ここで、xxとはX軸方向を、xyとはX軸とY軸の角度を変化させる方向をそれぞれ示す。
【0039】
以上のようにして得られた格子歪みあるいは応力を、シリコン半導体基板のチャネル近傍、あるいは浅い溝に形成された素子分離酸化膜近傍のシリコン単結晶部分で複数点定量化することにより、シリコンを利用した半導体デバイスにおける2次元の格子歪みモニタリングあるいは応力モニタリングが可能となる。
【0040】
図6は、本実施の形態における格子歪み及び応力を測定するフローチャート図である。このフローチャートでは、結晶材料としてシリコン基板を利用した半導体デバイスを対象とし、最初に格子歪みのない結晶を利用して有効加速電圧を測定し(S1〜S10)、その後、測定対象の結晶材料の格子歪みと応力とを測定する(S11、S2〜S9、S12、13)。
【0041】
まず、格子歪みのないシリコン基板に収束電子線を入射してHOLZ図形を取得し、これを参照画像とする(S1)。HOLZ図形は、図4(A)に示した通りであり、例えば、加速電圧200 kVで収束電子線を入射したときに得られるHOLZ図形の一例である。透過波ディスク1A内にHOLZ線12〜19が示されている。そして、電子入射方位は動力学的回折効果の少ない[230]軸である。
【0042】
次に、得られたHOLZ図形を電子計算機である処理ユニット5に入力する(S2)。この時、HOLZ線を何本抽出するかを指定する。処理ユニット5ではHOLZ図形を画像処理して複数の画素の輝度データからなる画像データとし、その画像を走査し、黄金分割法などの極小点探索法を用いて、輝度極小点のみからなる図形を作成する(S3)。これにより、濃度が高い画素からなる点が検出される。
【0043】
次に、ステップS3で得られた図形において、ノイズやHOLZ線の交点近傍の点を除去(マスク)する(S4)。その結果、図5(A)に示したようなHOLZ直線上及び近傍の複数の点が抽出される。
【0044】
そこで、マスクされずに残った点の座標を元画像にフィードバックし、その座標の点をハフ変換する(S5)。同様に、その座標からの距離が5画素以内にある座標の点もハフ変換する。そして、図5(B)のようなハフ変換画像において投票数の極大値の交点L1を探索する(S6)。投票数は、元画像の座標の点の濃度を重み値とする交点L1を通過する曲線の数の累積値を利用する。この極大値の探索は、あらかじめ指定した抽出数に達するまで続行する。図4(A)の例では8本のHOLZ線が抽出されている。8本のHOLZ線に対応する結晶面のミラー指数は、(5-3-7)、(5-37)、(-1111)、(-11-11)、(-11-13)、(-1113)、(-757)、(-75-7)であった。
【0045】
この後、探索した極大値の交点L1を逆変換することにより、xy平面における線形方程式:y=Ax+Bを求める(S7)。そして、複数の線形方程式からなる連立方程式を解き、HOLZ線の交点座標を求める(S8)。前述した8本のHOLZ線からは16個の交点20〜35が得られた。その後、交点間距離Dあるいは三角形面積Sを求める(S9)。
【0046】
次に、求めたDあるいはSと理論計算値を比較し、有効加速電圧Veffを決定する(S10)。ここでは、交点間距離Dを用いた場合について例を示す。図4(A)に示されるように、抽出した8本のHOLZ線が作る16個の交点からは、16×15=240個の交点間距離De(n)が得られる。理論的計算によって求められる交点間距離をDc(n)としたとき、黄金分割法などの極小点探索法によって、次式(4)を最小にする有効加速電圧が求められる。
【0047】
【数4】

【0048】
ここでmは測定数であり、この例ではm=240である。このようにして求められた有効加速電圧は、Veff = 198.30 kVとなった。尚、表示加速電圧値は200 kVであった。
【0049】
同様に、三角形面積Sを用いた場合も、黄金分割法などの極小点探索法によって次式(5)を最小にする有効加速電圧が求められる。
【0050】
【数5】

【0051】
次に、電子デバイスのシリコン基板における測定希望領域からHOLZ図形を取得し、これを格子歪み測定用画像とする(S11)。図7は、測定希望領域と測定結果を示す図である。この図には、一例として浅い溝に形成された素子分離酸化膜36を有するトランジスタが示され、ここでは、シリコン基板37上の測定点38においてHOLZ図形を取得した。プローブ径は約1ナノメートルである。いずれも図4(A)に示したHOLZ図形と同様な図形が得られた。
【0052】
次に、このHOLZ図形を用いてステップS2からステップS9までの処理を繰り返し、そこで得られた交点距離Dあるいは三角形面積Sと、有効加速電圧を補正した理論計算値とを比較して、格子定数が求められる(S12)。即ち、式(4)あるいは式(5)のRを最小とする格子定数がSimplex法などの多次元極小点探索法によって求められる。ここで求められた格子定数Bと、測定対象のシリコン結晶の公称の格子定数Aとの差ΔAが格子歪みになる。
【0053】
そこで、得られた格子歪みの成分ΔA/A=eを、式(3)の行列式に代入して応力fに変換する(S13)。更に測定希望箇所がある場合は、ステップS11に戻り、次いでステップS2〜S9、S12、S13の処理を繰り返す。
【0054】
図7(B)に測定結果の一例が示される。測定は、図7(A)に示すように、シリコン基板37において両側の素子分離酸化膜36からの距離が等しくなる領域38で行った。図7(B)において、横軸はシリコン基板表面からの距離、縦軸はx方向およびy方向の格子歪みおよび応力を示す。この図より、測定領域にはx方向に圧縮歪みが導入され、一方y方向は引張歪みが導入されていることがわかる。即ち、x方向とy方向では呼応して逆の振る舞いを示すことがわかる。
【0055】
図8は、別の測定試料と測定結果を示す図である。この例では、素子分離酸化膜36の間隔が長いトランジスタのシリコン基板41における格子歪みおよび応力を測定した。測定は、前述の図7と同様の箇所42で行った。そして、測定結果が図8(B)に示される。
【0056】
図7(B)及び図8(B)の格子歪み量を比較すると、明らかに図8の方が格子歪み量が小さく、素子分離酸化膜36の間幅の大きな試料では格子歪みが抑制されていることがわかる。これより、格子歪みが生じる要因のひとつが素子分離酸化膜の間幅にあることが理解される。
【0057】
以上のように、電子デバイス製造工程の異なる試料に、局所領域格子歪み測定方法を適用してモニタリングすることで、素子特性に影響を及ぼす工程や加工条件の検知および定量評価が可能となる。
【0058】
以上、実施の形態例をまとめると以下の付記の通りである。
【0059】
(付記1)被測定物である結晶材料の格子歪みを定量化する格子歪み測定方法において、
前記結晶材料に収束電子を入射してホルツ図形を取得する工程と、
前記ホルツ図形から抽出される複数の点の座標をハフ変換してハフ変換画像に置き換え、複数のハフ変換画像の多重点を抽出し、当該多重点を逆変換して前記ホルツ線を特定する工程と、
当該特定されたホルツ線の位置に応じて、前記結晶材料の格子定数を定量化する工程とを有することを特徴とする格子歪み測定方法。
【0060】
(付記2)付記1において、
前記ホルツ図形から複数の点を抽出する時に、前記ホルツ線の交点近傍の点を抽出点から除外することを特徴とする格子歪み測定方法。
【0061】
(付記3)付記1において、
前記ハフ変換画像の多重点を抽出する時に、前記ホルツ図形の複数の点の濃度と多重点で交差するハフ変換画像の数との累積値が極大値になる点を抽出することを特徴とする格子歪み測定方法。
【0062】
(付記4)付記1において、
前記ハフ変換は、前記ホルツ図形から抽出される複数の点のX、Y座標から、当該点を通過する複数の直線を特定するρ、θ(ρは原点から直線までの垂線の距離、θは垂線の角度)座標に変換して、X、Y座標平面上の前記複数の点を、ρ、θ座標平面上の複数の線に変換することを特徴とする格子歪み測定方法。
【0063】
(付記5)付記1において、
前記格子定数定量化工程において、前記特定された複数のホルツ線の交点間距離または交点で形成される多角形面積を、複数の格子定数の結晶に対応するホルツ図形の理論値と比較し、最も類似する理論値に対応する格子定数を特定することを特徴とする格子歪み測定方法。
【0064】
(付記6)付記1において、
前記被測定物を結晶歪みのない結晶材料にし、前記定量化した格子定数から前記収束電子の加速電圧を検出することを特徴とする格子歪み測定方法。
【0065】
(付記7)被測定物である結晶材料に収束電子を入射して得られるホルツ図形のホルツ線の位置に応じて、前記結晶材料の格子歪みを定量化する格子歪み測定装置において、
前記被測定物に収束電子を入射して前記ホルツ図形を生成するホルツ図形生成ユニットと、
前記ホルツ図形から抽出される複数の点の座標をハフ変換してハフ変換画像に置き換え、複数のハフ変換画像の多重点を抽出し、当該多重点を逆変換して前記ホルツ線を特定するホルツ線特定ユニットと、
当該特定されたホルツ線の位置に応じて、前記結晶材料の格子定数を定量化する格子歪み演算ユニットとを有することを特徴とする格子歪み測定装置。
【0066】
(付記8)付記7において、
前記ホルツ線特定ユニットは、前記ホルツ図形から複数の点を抽出する時に、前記ホルツ線の交点近傍の点を抽出点から除外することを特徴とする格子歪み測定装置。
【0067】
(付記9)付記7において、
前記ホルツ線特定ユニットは、前記ハフ変換画像の多重点を抽出する時に、前記ホルツ図形の複数の点の濃度と多重点で交差するハフ変換画像の数との累積値が極大値になる点を抽出することを特徴とする格子歪み測定装置。
【図面の簡単な説明】
【0068】
【図1】本実施の形態における収束電子回折法による格子歪み測定装置の構成図である。
【図2】受像面に形成されるHOLZ図形を説明する図である。
【図3】HOLZ図形の一例を示す図である。
【図4】図3で示したHOLZ図形とその一部分を拡大した画像データを示す図である。
【図5】ハフ変換の原理を示す図である。
【図6】本実施の形態における格子歪み及び応力を測定するフローチャート図である。
【図7】測定希望領域と測定結果を示す図である。
【図8】別の測定試料と測定結果を示す図である。
【符号の説明】
【0069】
1 収束電子ビーム
2 結晶材料
4 ホルツ図形生成手段
5 処理ユニット
7 ハフ変換によるホルツ線特定ユニット
8 格子歪み及び応力演算ユニット
9 ホルツ線

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被測定物であるシリコン半導体基板の格子歪みを定量化する半導体デバイスの格子歪み測定方法において、
前記シリコン半導体基板に収束電子を入射してHOLZ図形を取得する第1の工程と、
前記HOLZ図形から抽出される複数の点の座標をハフ変換してハフ変換画像に置き換え、複数のハフ変換画像の多重点を抽出し、当該多重点を逆変換してHOLZ線を特定する第2の工程と、
当該特定されたHOLZ線の位置に応じて、前記シリコン半導体基板の格子定数を定量化する第3の工程とを有することを特徴とする半導体デバイスの格子歪み測定方法。
【請求項2】
前記第2の工程が、
前記HOLZ図形を各画素が有する輝度データからなる画像データとし、
前記画像データから極小点探査法を用いて輝度が極小となる点のみからなる図形を作成し、
前記図形から抽出される複数の点の座標をハフ変換してハフ変換画像に置き換え、複数のハフ変換画像の多重点を抽出し、
当該多重点を逆変換してHOLZ線を特定する工程であること特徴とする請求項1に記載の格子歪み測定方法。
【請求項3】
前記第3の工程が、
格子歪みの無いシリコン基板に収束電子線を入射して取得したHOLZ図形に基づいて第1〜第3の工程の前に決定された前記収束電子の有効加速電圧と、当該特定されたHOLZ線の位置に応じて、
前記シリコン半導体基板の格子定数を定量化する工程であることを特徴とする請求項1又は2に記載の格子歪み測定方法。
【請求項4】
前記画像画像データをX方向に走査したときに輝度が極小値をとる画素と、
前記画像画像データをY方向に走査したときに輝度が極小値をとる画素とを抽出して前記極小となる点とすることを特徴とする請求項2に記載の格子歪み測定方法。
【請求項5】
前記複数の点が、前記図形から抽出される一の点から5画素以内の点であるであることを特徴とする請求項2に記載の格子歪み測定方法。
【請求項6】
前記座標における輝度をハフ変換した曲線の重み値として、前記多重点を抽出することを特徴とする請求項2に記載の格子歪み測定方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2007−71887(P2007−71887A)
【公開日】平成19年3月22日(2007.3.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−314041(P2006−314041)
【出願日】平成18年11月21日(2006.11.21)
【分割の表示】特願2002−236663(P2002−236663)の分割
【原出願日】平成14年8月14日(2002.8.14)
【出願人】(000005223)富士通株式会社 (25,993)
【Fターム(参考)】