説明

周波数シンセサイザ

【課題】位相雑音を改善することのできる周波数シンセサイザを提供すること。
【解決手段】周波数設定部により設定された周波数の正弦波信号を設定信号出力部からディジタル信号として出力し、これをD/A変換する。ここから出力された正弦波信号と電圧制御発振部の出力周波数に対応する周波数の正弦波信号と、前記D/A変換部からの正弦波信号と、の差分を差動増幅器で増幅し、増幅された信号をA/D変換部を介して、既述の両正弦波信号の位相差を取り出す手段に入力する。この位相差を積分した信号に相当する電圧を電圧制御発振器に制御電圧として入力する。そして差動増幅器の利得をA/D変換部の位相雑音劣化の最大値よりも大きく設定し、これによりA/D変換部の位相雑音劣化をキャンセルする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、周波数シンセサイザに関する。
【背景技術】
【0002】
周波数シンセサイザとして、電圧制御発振器の出力信号をA/D変換(アナログ/ディジタル変換)し、得られたディジタル信号を処理して処理結果を電圧制御発振器に入力し、これによりPLL(Phase Locked Loop)を形成するものが知られている。例えば特許文献1には、電圧制御発振器の出力信号をA/D変換(アナログ/ディジタル変換)し、そのディジタル信号により作成される正弦波信号を直交検波して当該正弦波信号と検波に用いた正弦波信号との差分周波数で回転する回転ベクトルを取り出し、この回転ベクトルと、当該回転ベクトルとは逆に回転しかつ設定周波数に対応する周波数で回転する回転ベクトルと、の差分速度を積分して電圧制御発振器の入力電圧とする周波数シンセサイザが記載されている。
しかしながらPLL中に位相雑音が存在し、このため周波数シンセサイザの出力に位相雑音が発生するという課題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2007−74291号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明はこのような事情の下になされたものであり、位相雑音を改善することのできる周波数シンセサイザを提供すること目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は、制御電圧に応じた周波数信号を出力する電圧制御発振部と、
周波数設定部により設定された周波数の正弦波信号をディジタル信号として出力する設定信号出力部と、
この設定信号出力部から出力されたディジタル信号をディジタル/アナログ変換するディジタル/アナログ変換部と、
前記電圧制御発振部の出力周波数に対応する周波数の正弦波信号と、前記ディジタル/アナログ変換部からの正弦波信号と、の差分を増幅する差動増幅器と、
この差動増幅器の出力信号をアナログ/ディジタル変換するアナログ/ディジタル変換部と、
このアナログ/ディジタル変換部により得られた周波数信号を直交検波して当該周波数信号のうち、差動増幅器に入力される両正弦波信号の位相差に対応する位相差信号を取り出すための直交検波部と、
前記位相差信号を積分してその積分値に応じた電圧を電圧制御発振部に供給するための積分部と、
差動増幅器に入力される両正弦波信号の振幅が揃うように前記ディジタル/アナログ変換部の出力信号の振幅を調整するための振幅調整部と、を備えたことを特徴とする。
【発明の効果】
【0006】
本発明によれば、電圧制御発振部の出力に対応する出力正弦波信号と、周波数設定部から出力される設定周波数に対応する設定正弦波信号と、を両正弦波信号の振幅を同じになるように制御した上で差動増幅器に入力し、その出力をA/D変換器を通してディジタル化し、得られたディジタル信号を直交検波して両正弦波信号の位相差を取り出し、この位相差を積分して電圧制御発振部に入力するようにしている。このように差動増幅器に入力される両正弦波信号の振幅を揃えていることから、当該差動増幅器の利得を大きくすることができる。そこでこの差動増幅器の利得を後段のA/D変換器の位相雑音劣化の最大値よりも大きくすることにより、A/D変換器の位相雑音レベルが差動増幅器による電力レベルの増加によりキャンセルされ、この結果周波数シンセサイザの位相雑音が改善される。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【図1】実施の形態に係る周波数シンセサイザのブロック図である。
【図2】前記周波数シンセサイザに設けられている積分回路の構成図である。
【図3】実施例に係るシミュレーション結果を示す説明図である。
【図4】比較例に係るシミュレーション結果を示す説明図である。
【図5】実際例に係る実験結果を示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0008】
以下、図1に示したブロック図を参照しながら、本実施の形態に係る周波数シンセサイザの構成について説明する。本例に係る周波数シンセサイザは、電圧制御発振器11(Voltage Controlled Oscillator;以下、VCOという)から出力された周波数信号に対応する正弦波信号を帰還信号として、DDS21(Direct Digital Synthesizer)から出力された正弦波信号との位相比較を行い、これらの周波数の位相差に対応する電圧を積分して、VCO11の入力側に供給するPLL(Phased Lock Loop)回路を形成している。これらの信号の周波数差がゼロになったときにPLLがロックされ、VCO11の出力周波数が設定周波数にロックされることになる。このDDS21は特許請求の範囲の設定信号出力部に相当する。
【0009】
図1中VCO11は、供給電圧に応じた周波数fVCOのアナログ周波数信号を出力する役割を果たす。VCO11の後段には分周器12が設けられており、VCO11から出力された周波数信号を1/N(Nは整数)に分周して、その周波数を(fVCO/N)とする機能を有する。
【0010】
ミキサ13は、分周器12から出力された周波数信号に、周波数fMIXの固定周波数信号を乗算し、ヘテロダインの原理により得られる「(fVCO/N)±fMIX」の2つの周波数を持つ信号のうち、低周波数「(fVCO/N)―fMIX」の正弦波信号を取り出すことができる。ミキサ13から出力された正弦波信号は、後段の差動増幅器14に入力される。
【0011】
差動増幅器14には、VCO11側からの正弦波信号に加えて、この信号と位相比較を行うための正弦波信号がDDS21側より入力されるので、先にDDS21についての説明を行う。DDS21は、不図示の波形テーブルに例えば正弦波の振幅データを位相データに対応付けて記憶しており、不図示の基準クロック発生源からのクロック信号の入力タイミング毎に予め設定された位相幅データを累積加算して得た位相データに基づいて振幅データを読み出し、予め設定された周波数の正弦波信号を出力する機能を備えている。基準クロック発生源は、例えば水晶発振器などから構成される。
【0012】
DDS21では、位相幅データの値を大きくすることにより、波形テーブルに記憶されている波形データが位相幅データの大きさに応じて読み飛ばされ、これによって周波数を調整している。即ち、位相幅データの値を大きくするほど周波数の高い信号を出力することができる。
【0013】
パラメータ設定部20は、DDS21から出力される正弦波信号の周波数設定を行うために、位相幅データの設定をおこなう役割を果たす。このパラメータ設定部20は、特許請求の範囲の周波数設定部に相当する。本例では、周波数シンセサイザの設定周波数をfとしたとき、DDS21から出力される信号の周波数fDDSは、VCO11から出力される周波数信号が設定周波数にロックされたときに、ミキサ13から出力される信号の周波数「(f/N)―fMIX」と一致するように設定され、この値に基づいてパラメータ設定部20の位相幅データが設定される。図中、22は、DDS21から出力されたディジタル信号をアナログ信号に変換して差動増幅器14へと出力するD/A変換器である。このD/A変換器14は特許請求の範囲のディジタル/アナログ変換部に相当する。
【0014】
差動増幅器14はVCO11側のミキサ13から入力された正弦波信号とDDS21側から入力された正弦波信号との差分値を算出し、この結果を増幅してから後段のA/D変換器15へと出力する役割を果たす。
【0015】
ここで正弦波信号の位相比較を行う前に差動増幅器14を設けた理由について簡単に説明しておく。一般に周波数シンセサイザから出力される周波数信号には位相雑音(周波数の経時的なゆらぎ)が含まれており、この位相雑音を低減することが周波数シンセサイザの性能を高める一つの手段となる。そこで本発明者らは、周波数シンセサイザの解析を行ったところ、例えばVCO11からのアナログ信号をディジタル信号に変換するA/D変換器にて、サンプリングクロックの位相雑音よりも大きな位相雑音が発生する位相雑音劣化が起きていることが分かった。
【0016】
A/D変換器にて位相雑音劣化が発生する理由としては、アナログ信号からのディジタル信号のサンプリング時に、当該信号を所定のビット数、例えば14ビットに丸める際に、ディジタル信号中に雑音が含まれてしまうことなどが考えられる。例えばA/D変換器への入力信号を増幅すれば、ビット末における丸め処理の影響は小さくすることができる。しかしながら、入力信号を増幅すると、例えば処理ビット数が大きな回路が必要となるので装置コストが上昇してしまう。
【0017】
そこで本実施の形態に係る周波数シンセサイザでは差動増幅器14を設け、VCO11、DDS21の双方から出力される正弦波信号の差分を取り、この差分値を増幅することにより処理ビット数を増やすことなく、ディジタル信号のサンプリング時におけるビット末の丸め処理の影響を小さくしている。本発明者らは、A/D変換器における位相雑音劣化のない理想的な周波数シンセサイザのシミュレーション結果と実際の周波数シンセサイザの出力とを比較することにより、A/D変換器における位相雑音の劣化量は最大で10dB程度の大きさであることを把握している。
【0018】
そこで本実施の形態に係る差動増幅器14は、2つの正弦波信号の差分値を10dB以上の例えば26dB増幅する(20倍に増幅する)ことにより、A/D変換器15にて発生する位相雑音劣化をキャンセル(相殺)する構成となっている。
【0019】
ここで例えば、DDS21から出力される正弦波信号の角速度をω[rad/秒]としたとき当該正弦波信号はcos(ωt)で表すことができ、VCO11からの周波数信号の角速度をω’[rad/秒]としたとき、ミキサ13出口の正弦波信号はcos(ω’t)で表せる。そして、VCO11の出力周波数fVCOが設定周波数fに十分に近づきPLLがロックされる直前の状態においては、ω≒ω’=ω+Δω(Δω≪1)となるのでミキサ13出口の正弦波信号はcos(ωt+Δωt)と表現できる。Δω≪1の条件下では、Δωtの値は時間的に殆ど変化しないので、位相のずれΔθと表すことができる。
【0020】
即ち、PLLがロックされる直前の状態においては、DDS21側から差動増幅器14に入力される正弦波信号をcos(ωt)、ミキサ13から差動増幅器14に入力される正弦波信号をcos(ωt+Δθ)と表すことができ、差動増幅器14からは、以下の(1)式で表される周波数信号が出力されることになる。
20{cos(ωt+Δθ)−cos(ωt)} …(1)
【0021】
差動増幅器14の後段に設けられたA/D変換器15は、当該(1)式で表される信号をディジタル信号に変換する役割を果たすが、VCO11側のミキサ13及びDDS21側のD/A変換器22から各々出力された正弦波信号は、差動増幅器14及びA/D変換器15で処理される間に時間遅れを生ずる。この時間遅れをΔtで表し、t’=t+Δtとすると、A/D変換器15からの出力信号は下記の(1)’式で表すことができる。
20{cos(ωt’+Δθ)−cos(ωt’)} …(1)’
【0022】
A/D変換器15の後段には、2つの正弦波信号の位相差Δθを検出するための直交検波部である位相検出部16が設けられている。位相検出部16は、(1)’式で表される前段のA/D変換器15からの出力信号に、当該(1)’式に含まれるcos(ωt’)と直交する周波数信号sin(ωt’)を乗じて、位相差成分を取り出すための前処理を行う機能を備えている。
【0023】
ここで既述のDDS21からは、VCO11側のミキサ13出力と位相比較される正弦波信号(cos(ωt))と直交する正弦波信号(sin(ωt))を並行して出力することができる。そしてこの信号を位相補正部31にてΔtだけ位相補正して得られたsin(ωt’)が位相検出部16へと入力されるようになっている。位相検出部16にて実行される演算を整理すると、下記(2)式で表される出力が得られる。
sin(ωt’)
×[20{cos(ωt’+Δθ)−cos(ωt’)}]
=(20/2)sin(2ωt’+Δθ)+(20/2)sin(−Δθ)
+(20/2)sin(2ωt’)…(2)
【0024】
位相検出部16の後段には、フィルタ17が設けられており(2)式で表される位相検出部16の出力から交流成分を除去して、直流成分である(20/2)sin(−Δθ)=−(20/2)sin(Δθ)を取り出すことにより、2つの正弦波信号の位相差を知ることができる。
【0025】
積分回路18は、本実施の形態に係るPLL回路のループフィルタに相当し、フィルタ17にて検出した位相差に対応する信号「−(20/2)sin(Δθ)」にPLL回路のループゲインを調整するための係数を乗算し、その信号を積分系と直接系とに分けた後に加算する構成となっている。
【0026】
図2は、積分回路18の構成例を示しており、図中181は入力信号に調整係数を乗ずる乗算部、182は乗算後の信号を累積加算する累積加算部、183は乗算後の信号(直接系)と累積加算部182からの出力信号(積分系)とを加算する加算部である。積分回路18は、入力された「−(20/2)sin(Δθ)」の値がゼロとなるように、PLL回路のループ制御を実行する役割を果たす。
【0027】
積分回路18の後段にはD/A変換器19が設けられており、積分回路18からの出力がアナログ信号に変換されて、D/A変換器19の出力がVCO11に制御電圧として入力され、PLL回路による周波数調整を実行することができる。
【0028】
以上に説明した本実施の形態に係る周波数シンセサイザは、既述のように差動増幅器14を備えており、この差動増幅器14にてVCO11側からの正弦波信号とDDS21側からの正弦波信号との差分値を増幅することにより後段のA/D変換器15にて発生する位相雑音劣化を抑える構成となっている。ここで上述の2つの正弦波信号の信号レベルが互いに大きく異なると、PLLによる制御が十分にできなくなってしまう。そこで本実施の形態に係る周波数シンセサイザは、A/D変換器15の出力信号に基づき、これら2つの信号の振幅をDDS21側の出力(D/A変換器22)にフィードバックして、2つの信号の振幅を揃えることが可能な構成となっている。
【0029】
以下、DDS21側出力の振幅を調整する機構について説明すると、A/D変換器15の後段には、振幅調整部32が接続されている。この振幅調整部32には、(1)’式で表されるA/D変換器15の出力信号が入力される一方、既述の位相補正部31にも接続されており、この位相補正部31からはDDS21の出力信号cos(ωt)を位相補正した信号cos(ωt’)が入力される構成となっている。
【0030】
ここで、振幅調整の観点から、ミキサ13からの出力信号をAcos(ωt’+Δθ)、DDS21側のD/A変換器22からの出力信号をBcos(ωt’)(いずれの信号もΔt分の位相調整済み)とおくと、振幅調整部32内では以下の(3)式に基づく演算が実行される。
cos(ωt’)×{Acos(ωt’+Δθ)−Bcos(ωt’)}
=(A/2){cos(2ωt’+Δθ)+cos(Δθ)}
−(B/2){(cos(2ωt)+1) …(3)
【0031】
振幅調整部32は不図示のローパスフィルタを備えており、(3)式中の2ωtの周波数信号をカットすると下記(4)式の信号が得られる。
(A/2){cos(Δθ)}−B/2 …(4)
ここで既述のようにΔθ≪1であり、この場合はcos(Δθ)≒1と近似できるので、(4)式は以下(4)’のように書き替えることができる。
(A/2)−(2/B)…(4)’
【0032】
振幅調整の観点においては、DDS21の後段に設けられた既述のD/A変換器22は、DDS21から入力される正弦波信号をディジタル信号に変換すると共に、前記(4)’式の結果が0となるように出力信号の振幅調整を行うことができるようにも構成されている。
【0033】
以上に説明した構成を備えた周波数シンセサイザの作用について説明する。周波数シンセサイザの各設定値は例えば設定周波数をf=8755.5MHz、分周器12のN=104、ミキサ13の固定周波数信号fMIX=80MHzとなっている。また、周波数シンセサイザは、不図示の周波数引き込み機構を備えており、その立ち上げ時においてVCO11の出力周波数を設定周波数の近傍まで引き込むことが可能となっている。
【0034】
VCO11の出力周波数が設定周波数の近傍まで引き込まれたら、図1に示すPLL回路が作用する。VCO11からの出力は、分周器12にて1/104の周波数に分周され、ミキサ13にて固定周波数80MHzが乗算され、差動増幅器14へ向けて出力される。ここで、fVCO=fとなった場合には、ミキサ13からは8755.5×10/104−80×10=4187500Hzの周波数信号が出力されることになる。
【0035】
一方、DDS21においては、出力周波数fDDSが上述の4187500Hzとなるように予めパラメータ設定部20からの設定がなされており、この出力周波数を持つ正弦波信号は、D/A変換器22にて振幅調整された後、差動増幅器14に入力される。
【0036】
差動増幅器14ではミキサ13からの入力値とDDS21側からの入力値との差分値が算出され、この算出結果が例えば10dB以上の例えば26dB分だけ増幅(20倍に増幅)されてからA/D変換器15へと入力される。A/D変換器15では、入力された周波数データをサンプリングして例えば14ビットのディジタルデータに変換する演算が行われるが、A/D変換器15への入力値が10dB以上増幅されている。この結果、量子化誤差が小さくなり、位相雑音劣化の発生を抑えることができる。
【0037】
このようにして得られたA/D変換器15の出力は、振幅調整部32及び位相検出部16に各々入力され、振幅調整部32ではミキサ13、DDS21から各々出力される正弦波信号の振幅が比較されて、これらの振幅が一致するようにD/A変換器22へのフィードバックが行われる。このようにDDS21側の正弦波信号の振幅がミキサ13側の正弦波信号の振幅と一致するように振幅調整が行われるので、差動増幅器14にてこれらの信号の差分値を増幅する処理を行っても、A/D変換器15に入力される信号が過大とならずに済む。
【0038】
一方、位相検出部16に入力された信号は、位相差Δθを検出するための演算がなされ、(2)式に示した信号が出力されてフィルタ17にて当該位相差に対応する信号「−(20/2)sin(Δθ)」が取り出さる。フィルタ17で取り出された信号は、積分回路18にて積分、加算されD/A変換器19にてアナログデータに変換された後、制御電圧としてVCO11に印加される。
【0039】
このPLL回路により「−(20/2)sin(Δθ)=0」、即ちΔθ=0となるようにループ制御が実行され、Δθ=0となったときVCO11の出力周波数fVCOが設定周波数fにロックされると共に、ミキサ13から出力される正弦波信号がDDS21からの出力に同期した状態となる。
【0040】
以上に説明した周波数シンセサイザによれば、以下の効果がある。VCO11の出力に対応する出力正弦波信号と、パラメータ設定部20にて設定される設定周波数に対応する設定正弦波信号と、を両正弦波信号の振幅を同じになるように制御した上で差動増幅器14に入力し、その出力をA/D変換器15を通してディジタル化し、得られたディジタル信号を直交検波して両正弦波信号の位相差を取り出し、この位相差を積分してVCO11に入力するようにしている。このように差動増幅器14に入力される両正弦波信号の振幅を揃えていることから、当該差動増幅器14の利得を大きくすることができる。そこでこの差動増幅器14の利得を後段のA/D変換器15の位相雑音劣化の最大値よりも大きくすることにより、A/D変換器15の位相雑音レベルが差動増幅器14による電力レベルの増加によりキャンセルされ、この結果周波数シンセサイザの位相雑音が改善される。
【実施例】
【0041】
(シミュレーション)
図1に示す周波数シンセサイザモデルを作成し、差動増幅器14にて正弦波信号の差分値を増幅した場合とこの増幅を行わなかった場合とにおける位相雑音のレベルのシミュレーションを行った。設定周波数はf=8755.5MHz、分周器12の分周数はN=104、ミキサ13の固定周波数信号はfMIX=80MHzとした。
A.シミュレーション条件
(実施例1) 差動増幅器14にて正弦波信号の差分値を26dB分だけ(20倍に)増幅した。
(比較例1) 差動増幅器14にて正弦波信号の増幅を行わなかった。
【0042】
B.シミュレーション結果
(実施例1)のシミュレーション結果を図3に示し、(比較例1)の結果を図4に示す。各グラフの横軸は周波数シンセサイザが設定周波数fにロックされた状態における設定周波数からのずれ量を示すオフセット周波数[Hz]であり、縦軸は周波数シンセサイザから出力される周波数信号中に含まれる位相雑音のレベル[dBc/Hz]を示す。図中の実線は、周波数シンセサイザ全体の位相雑音レベルを示しており、破線は当該全体レベル中に含まれる位相雑音のうち、A/D変換器15に起因して発生する位相雑音のレベルを示している。
【0043】
図3に示した(実施例1)の結果によれば、例えばオフセット周波数が10kHzの位置における位相雑音のレベルは約−100dBc/Hzとなっている。そして破線で示したA/D変換器15に起因する位相雑音のレベルは、周波数シンセサイザ全体の位相雑音レベルよりも低くなっている。このことは、A/D変換器15から発生する位相雑音が周波数シンセサイザ全体の位相雑音レベルを決定するボトルネックにはなっておらず、他の原因で発生する移送雑音を低減することにより、全体の位相雑音レベルをさらに提言することができることを示している。
【0044】
一方、差動増幅器14にて差分値の増幅を行っていない(比較例1)では、図4に示すようにオフセット周波数が10kHzの位置における位相雑音のレベルが約−90dBc/Hzとなり(実施例1)と比較して位相雑音のレベルが大きい。また、破線で示したA/D変換器15に起因する位相雑音のレベルは、周波数シンセサイザ全体の位相雑音レベルと一致しており、当該A/D変換器15に起因する位相雑音が周波数シンセサイザの位相雑音レベルを決定するボトルネックとなっている。このため、A/D変換器15にて発生する位相雑音を低減しない限り、周波数シンセサイザ全体の位相雑音レベルを改善する余地がないことが分かる。
【0045】
以上のシミュレーション結果から、位相を比較する2つの正弦波信号について差動増幅器14を設けて差分値を取り、この差分値を10dB分以上増幅させると、周波数シンセサイザ全体の位相雑音レベルを改善する(位相雑音劣化を低減する)効果があることが分かる。
【0046】
(実験)
図1に示す周波数シンセサイザを製作し、位相雑音レベルを実測した。
A.実験条件
(実施例2) (実施例1)と同様の条件にて周波数シンセサイザを作動させ、位相雑音レベルを計測した。
【0047】
B.実験結果
(実施例2)の結果を図5に示す。(実施例2)の結果によれば、実際の周波数シンセサイザにて観測された位相雑音のレベルは(実施例1)のシミュレーション結果と良好に一致した。このことから、実際にも差動増幅器14を設けることによる位相雑音レベルの改善効果(位相雑音劣化の低減効果)が確認された。
【符号の説明】
【0048】
11 電圧制御発振器(VCO)
12 分周器
13 ミキサ
14 差動増幅器
15 A/D変換器
16 位相検出部
17 フィルタ
18 積分回路
181 乗算部
182 累積加算部
183 加算部
19 D/A変換器
20 パラメータ設定部
21 DDS
22 D/A変換器
31 位相補正部
32 振幅調整部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
制御電圧に応じた周波数信号を出力する電圧制御発振部と、
周波数設定部により設定された周波数の正弦波信号をディジタル信号として出力する設定信号出力部と、
この設定信号出力部から出力されたディジタル信号をディジタル/アナログ変換するディジタル/アナログ変換部と、
前記電圧制御発振部の出力周波数に対応する周波数の正弦波信号と、前記ディジタル/アナログ変換部からの正弦波信号と、の差分を増幅する差動増幅器と、
この差動増幅器の出力信号をアナログ/ディジタル変換するアナログ/ディジタル変換部と、
このアナログ/ディジタル変換部により得られた周波数信号を直交検波して当該周波数信号のうち、差動増幅器に入力される両正弦波信号の位相差に対応する位相差信号を取り出すための位相検出部と、
前記位相差信号を積分してその積分値に応じた電圧を電圧制御発振部に供給するための積分部と、
差動増幅器に入力される両正弦波信号の振幅が揃うように前記ディジタル/アナログ変換部の出力信号の振幅を調整するための振幅調整部と、を備えたことを特徴とする周波数シンセサイザ。
【請求項2】
cos(ωt)で表される前記正弦波信号が前記設定信号出力部より出力された時点から、当該正弦波信号に対応する信号がアナログ/ディジタル変換部より出力される時点までの時間遅れをΔtとすると、前記直交検波を行うための検波信号であるsin[ω(t+Δt)]で表される信号を作成する手段を備えたことを特徴とする請求項1記載の周波数シンセサイザ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2011−77910(P2011−77910A)
【公開日】平成23年4月14日(2011.4.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−228328(P2009−228328)
【出願日】平成21年9月30日(2009.9.30)
【出願人】(000232483)日本電波工業株式会社 (1,148)
【Fターム(参考)】