説明

圧電性複合基板の製造方法

【課題】圧電体の単結晶基材が再利用可能になり、圧電体の単結晶基材の配置方向に応じた結晶軸の配向方向の均質な厚みの単結晶薄膜を得られ、効率的にマイクロキャビティを形成できる圧電性複合基板の製造方法の提供を図る。
【解決手段】圧電体の単結晶薄膜を備える圧電性複合基板の製造方法であって、イオン注入工程(S1)と剥離工程(S2)とを含む。イオン注入工程(S1)では、圧電体の単結晶基材1へHe+イオンを注入する。これにより、単結晶基材1の表面から内部に離れた剥離層3に、マイクロキャビティを集積して形成する。そして、剥離工程(S2)では、イオン注入工程(S1)で形成したマイクロキャビティに熱応力を作用させる。これにより、単結晶基材1を剥離層3で分断して単結晶薄膜4を剥離する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、圧電体の単結晶薄膜を備える圧電性複合基板の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、圧電体の単結晶薄膜を備える圧電性複合基板を利用する圧電素子が開発されている。圧電体の単結晶薄膜の製造に、従来はスパッタ法やCVD法などにより圧電体であるAlNやZnOを堆積する第1の製造方法や、圧電体の単結晶基材を研磨する第2の製造方法が採用されていた(例えば、非特許文献1および2参照。)。
【0003】
他にも、ZカットされたLiNbO基板に、ヘリウムイオンを注入して結晶ダメージ層を形成し、ウェットエッチングにより結晶ダメージ層を除去して、圧電体の単結晶薄膜を得る第3の製造方法が提案されている(非特許文献3参照)。
【非特許文献1】Y. Osugi et al.; "Single crystalFBAR with LiNbO3 and LiTaO3", 2007 IEEE MTT-S International MicrowaveSymposium, pp.873-876
【非特許文献2】M. Bruel ; "A new Silicon OnInsulator material technology", Electronics Letters, vol. 31, Issue 14,June 6th 1995, p.1201
【非特許文献3】"Fabrication of single-crystal lithium niobate films by crystal ion slicing",APPLIEDPHYSHICS LETTERS VOLUME73,NUMBER16
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
第1の製造方法では、圧電体の結晶軸の配向方向を揃えるための成膜温度や成膜条件などから材料制約が厳しく、また配向膜が得られたとしても結晶軸の配向方向が基板の上下に整列したC軸配向膜となり、結晶軸の配向方向を制御することができない。そのため、結晶軸の配向方向を傾斜させて振動モードを制御することができない。
【0005】
第2の製造方法では、圧電体の単結晶基材を研磨するので、大半の圧電体を研磨クズとして廃棄することになり、圧電体の利用効率が悪い。さらに、得られる薄膜の厚みは、研磨速度のばらつきや、研磨前の基板うねりにより左右されるため、均質な厚みを得るための制御は難しく生産性が悪い。
【0006】
第3の製造方法では、ウェットエッチングを利用するために製造コストが高く、また、ウェットエッチングによる影響を受けうる位置に電極を設けておくことができない。このため、圧電体の単結晶薄膜と支持基板との貼合せ面に電極を設けたい場合には、その電極をウェットエッチングの後で形成することになるが、剛性が低い薄膜の取り回しが困難で破損する虞が強い。
【0007】
そこで本発明は、上述の問題を解消して圧電体の単結晶薄膜を形成する、圧電性複合基板の製造方法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
この発明は、圧電体の単結晶薄膜を備える圧電性複合基板の製造方法であって、イオン注入工程と剥離工程とを含む。イオン注入工程では、圧電体の単結晶基材へ希ガスイオンを注入する。これにより、単結晶基材の表面から内部に離れた剥離層に、マイクロキャビティを集積して形成する。そして、剥離工程では、イオン注入工程で形成したマイクロキャビティに熱応力を作用させる。これにより、単結晶基材を剥離層で分断して単結晶薄膜を剥離する。
【0009】
この製造方法では、イオン注入工程で単結晶基材の表面から内部に離れた剥離層にマイクロキャビティを集積して形成し、剥離工程で単結晶基材を剥離層で分断して単結晶薄膜を剥離するので、圧電体の単結晶基材を再利用可能になり圧電体の利用効率が高い。さらには、薄膜の厚みはイオン注入工程での注入エネルギーにより定まり、均質な厚みの薄膜を得られる。また、圧電体の単結晶基材の配置方向の制御により、結晶軸の配向方向を傾斜させて振動モードを制御することができる。また、イオン注入は剥離による影響は剥離層のみに作用するので、圧電性複合基板の他の部位への影響が少ない。
【0010】
また、イオン注入工程では希ガスイオンを利用するが、これは、希ガス元素の最外殻の電子軌道が電子で満たされているため、他の元素に比べ圧電体を構成する元素との反応性が小さいためである。仮に、半導体などでの薄膜形成に利用される水素イオン注入法のように水素を含む最外殻の電子軌道が電子で満たされていない元素のイオンを圧電体の薄膜形成に利用した場合、このイオンが圧電体を構成する元素と反応し、より強いボンドが形成される。水素イオンではその質量が小さいためボンドを切ることが難しく、マイクロキャビティの形成効率が悪い。一方、希ガスイオンを採用する本発明の構成では、上述のイオンよりも圧電体を構成する元素との反応性が弱く、また、水素イオンよりもその質量が大きいため、効率的にマイクロキャビティを形成できる。
【0011】
イオン注入工程は、水素のイオン化エネルギーよりも大きいイオン化エネルギーの希ガス元素のイオンを希ガスイオンとして利用すると好適であり、ヘリウムイオンを利用するとさらに好適である。
【0012】
図1は、元素周期番号と各元素のイオン化エネルギーとの対応を示す図である。
ここで示すように、ヘリウム、ネオン、アルゴン、クリプトンは水素よりもイオン化エネルギーが大きく、それらのうちヘリウムが最もイオン化エネルギーが大きい。大きなイオン化エネルギーを持つイオンを利用して、圧電体の単結晶薄膜を形成すると、イオン化が解除される際のエネルギー放出によって、ボンドを効率的に切ることができ、効率的にマイクロキャビティを形成できる。
【0013】
イオン注入工程は、希ガスイオンの注入密度を、2×1016〜5×1016atom/cm2とすると好適である。希ガスイオンの注入密度2×1016atom/cm2とすると、剥離工程で圧電体の単結晶基材を欠陥層で分断できる程度のマイクロキャビティが発生し、圧電体の単結晶薄膜の形成が可能になる。また、希ガスイオンの注入密度5×1016atom/cm2よりも大きい8×1016atom/cm2とすると、欠陥層に発生するマイクロキャビティが過多になって、イオン注入工程で圧電体の単結晶基材にかかる熱により欠陥層で分断してしまう。その場合、実用的な品質を確保できない。そのため、希ガスイオンの注入密度を、2×1016〜5×1016atom/cm2として、実用的な品質を確保する。
【0014】
この圧電性複合基板の製造方法は、イオン注入工程の後から前記剥離工程の前までに、単結晶薄膜が剥離される単結晶基材の表面に、圧電性複合基板を構成する支持基板を接合する工程を含むと好適である。また、この圧電性複合基板の製造方法は、単結晶薄膜が剥離された単結晶基材の表面および、単結晶薄膜の表面を平坦化する工程を含むと好適である。
【発明の効果】
【0015】
この発明によれば、イオン注入工程と剥離工程との採用により、圧電体の単結晶基材を再利用可能になり、圧電体の単結晶基材の配置方向に応じた結晶軸の配向方向の、均質な厚みの単結晶薄膜を得られる。また、希ガスイオンのイオン注入により効率的にマイクロキャビティを形成できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下、本発明の実施形態に係る圧電性複合基板の製造方法を、表面弾性波共振素子の製造方法に採用した工程例を説明する。本実施形態では圧電体としてLiNbO3を採用し、支持基板にSi基板を採用する。
【0017】
図2は、本実施形態に係る表面弾性波共振素子の製造方法の製造工程フローを示す図である。図3は、同製造工程フローにおける各工程での圧電性複合基板や、圧電体の単結晶基材、支持基板を示す模式図である。
【0018】
この製造工程フローでは、まず圧電体単結晶基材1の鏡面研磨された主面にHe+イオンを注入するイオン注入工程を行う(S1)。ここで、He+イオンの注入エネルギーは150KeVとし、ドーズ量(イオン注入密度)は2×1016atom/cm2とする。これにより、He+イオンが圧電体単結晶基材1の主面から約0.5μmの深さで集積してマイクロキャビティを形成する。この圧電体単結晶基材1の主面から約0.5μmの深さの面が剥離層3となる。
【0019】
なお、弾性表面波共振素子を製造する上で圧電体の結晶方位は、電気機械結合係数や周波数温度特性、音速に影響し、弾性表面波共振素子の周波数や帯域幅、挿入損失などに重要な影響を与える。そのため、本工程で利用する圧電体単結晶基材1の主面近傍における結晶方位を適切に制御しておくことで、優れた弾性表面波共振素子を構成できる。本実施形態では、圧電体単結晶基材1の主面近傍における結晶方位を制御可能であるため、製造する弾性表面波共振素子の周波数や帯域幅、挿入損失、電気機械結合係数、周波数温度特性、音速などの選択自由度が高い。
【0020】
次に、圧電体単結晶基材1の主面に支持基板2の主面を接合する接合工程を行う(S2)。ここで、LiNbO3を採用する圧電体単結晶基材1とSiを採用する支持基板2とでは線膨張係数が異なるので常温直接接合法を利用して、常温環境下で圧電体単結晶基材1と支持基板2との主面をプラズマにより活性化して真空中で接合する。
【0021】
次に、接合した圧電体単結晶基材1と支持基板2とを500℃加熱環境下におき、剥離層3を分断する剥離工程を行う(S3)。これにより剥離層3では、マイクロキャビティが熱応力により成長し、圧電体単結晶基材1の剥離層3より上部の約0.5μmの厚み部分が、圧電体単結晶薄膜4として剥離して支持基板2とともに圧電性複合基板5を構成する。
【0022】
なお、圧電体単結晶薄膜4の厚みはイオン注入するときのエネルギーで決まり、研磨のように基板うねりに厚みが左右されることはなく安定する。この厚みは、表面弾性波の音速を決定するので、本実施形態の製造方法により表面弾性波素子を安定した性能に設定できる。
【0023】
次に、残りの圧電体単結晶基材1と圧電性複合基板5とで、それぞれの剥離面を化学機械研磨(CMP)する研磨工程を行う(S4)。ここで、圧電体単結晶基材1と圧電性複合基板5との剥離面は、それぞれRMS(二乗平均平方根)で1nm程度で荒れるので、CMPにより荒れが1nm以下になるように鏡面研磨する。なお、CMPでは深さ方向に約100nmほど研磨を行う。鏡面研磨後の圧電体単結晶基材1は再びイオン注入工程で利用する。
【0024】
なお、鏡面研磨後の圧電体単結晶基材1は再利用するので、高単価な圧電体単結晶基材1から、数十枚〜数百枚の圧電体単結晶薄膜4を得ることができる。したがって、圧電体単結晶薄膜4の一枚当たりの、LiやTaなどの使用量を抑制でき、環境負荷を抑えられる。また、低単価なSiなどからなる支持基板2を利用するので、圧電性複合基板5を低単価で得られる。圧電体単結晶基材1が高単価となるのは、単結晶の育成速度が遅く、割れやすいためスライスしづらく、LiやTaなどの原料が希少であるためである。
【0025】
次に、鏡面研磨後の圧電性複合基板5に分極工程を行う(S5)。ここでは、圧電性複合基板5の圧電体単結晶薄膜4に対して、400℃環境下で約5ms、22kVのパルス電圧を印加し分極処理を行う。この分極処理は、イオン注入や熱処理によって圧電体単結晶内の電気双極子の状態が変化して部分的な分極反転が生じた状態を修復するために行う。部分的な分極反転は圧電性の劣化を引き起こすため好ましくないが、この工程を採用することにより、圧電性を回復できる。この分極反転する圧電体単結晶内の電気双極子は、正に帯電した原子が電界内で陰極側に、負に帯電した原子が電界内で陽極側に結晶内をシフトして生ずる電気双極子が電界の印加を止めても分極の状態を維持する自発分極現象により生じる。
【0026】
なお、この分極工程は剥離工程後に行うことが望ましく、温度は支持基板や電極の融点や熱膨張係数差を考慮して、200〜1200℃で行う。高温であるほど抗電界が下がるので、印加する電界を低く抑えることができる。また、電界は1μs〜1分の範囲で断続的に印加すると直流電界による結晶へのダメージを抑制できるので、望ましい。また、200℃以上での加熱は、イオン注入により受けた結晶のひずみを緩和するため望ましい。結晶ひずみをとるための加熱温度は、分極の解消を避けるためにキューリー温度より100℃以上低くするとよい。
【0027】
次に、圧電性複合基板5の圧電体単結晶薄膜4上に、フォトリソグラフィプロセスを利用して、アルミニウムによるIDT電極を形成して表面弾性波共振フィルタを構成する(S6)。
【0028】
なお、携帯電話用のRFフィルタに表面弾性波共振素子を利用する際には、1〜2Wの大きな電力が印加されることになる。表面弾性波共振素子の耐電力性能は、電気信号を加えたときのIDT領域の温度により大きな影響を受ける。電力印加によりIDT領域が250℃などの高温になると、表面弾性波共振素子が破壊するまでの時間が著しく短くなる。IDT領域の温度上昇は、電気的なオーミック損に起因するジュール熱や弾性的な吸音による発熱が、圧電体基板の熱伝導率の低さにより十分に放熱されないことが要因となる。本発明により製造される表面弾性波共振素子では、Siに比べて熱伝導率が小さいLiTaO3やLiNbO3などの圧電体を薄膜として利用し、支持基板は熱伝導率が大きいSiとするので、放熱性が改善でき、大きな電力印加に耐えることができる。
【0029】
本実施形態では、表面弾性波共振素子の製造方法に本発明を採用する実施形態を示したが、本発明はこれ以外にも、バルク弾性波共振素子や、界面弾性波共振素子の製造方法にも採用することができる。表面弾性波共振素子やバルク弾性波共振素子は一般的な構成を採用するとよい。境界弾性波共振素子については、特願2003−32409などの構成を採用するとよい。
【0030】
また、本実施形態では希ガスイオンとしてHe+イオンを採用する実施形態を示したが、本発明はこれ以外の希ガスイオンであっても採用でき、好ましくは、イオン化エネルギーが水素よりも大きい、ネオン、アルゴン、クリプトンのイオンを採用するとよい。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】元素周期番号と各元素のイオン化エネルギーとの対応を示す図である。
【図2】本発明の第1の実施形態に係る表面弾性波共振素子の製造方法の製造工程フローを示す図である。
【図3】本発明の第1の実施形態に係る製造工程フローにおける各工程での圧電性複合基板や、圧電体の単結晶基材、支持基板を示す模式図である。
【符号の説明】
【0032】
1…圧電体単結晶基材
2…支持基板
3…剥離層
4…圧電体単結晶薄膜
5…圧電性複合基板

【特許請求の範囲】
【請求項1】
圧電体の単結晶薄膜を備える圧電性複合基板の製造方法であって、
前記圧電体の単結晶基材へ希ガスイオンを注入することにより、前記単結晶基材の表面から内部に離れた剥離層に、マイクロキャビティを集積して形成するイオン注入工程と、
前記イオン注入工程で形成した前記マイクロキャビティに熱応力を作用させるにより、前記単結晶基材を前記剥離層で分断して前記単結晶薄膜を剥離する剥離工程と、を含む、圧電性複合基板の製造方法。
【請求項2】
前記イオン注入工程は、水素のイオン化エネルギーよりも大きいイオン化エネルギーの希ガス元素のイオンを前記希ガスイオンとして利用する、請求項1に記載の圧電性複合基板の製造方法。
【請求項3】
前記イオン注入工程は、前記希ガスイオンとしてヘリウムイオンを利用する、請求項2に記載の圧電性複合基板の製造方法。
【請求項4】
前記イオン注入工程は、前記希ガスイオンの注入密度を、2×1016〜5×1016atom/cm2とする、請求項1〜3のいずれかに記載の圧電性複合基板の製造方法。
【請求項5】
前記イオン注入工程の後から前記剥離工程の前までに、
前記単結晶薄膜が剥離される前記単結晶基材の表面に、前記圧電性複合基板を構成する支持基板を接合する工程を含む、請求項1〜4のいずれかに記載の圧電性複合基板の製造方法。
【請求項6】
前記単結晶薄膜が剥離された前記単結晶基材の表面および、前記単結晶薄膜の表面を平坦化する工程を含む、請求項1〜5のいずれかに記載の圧電性複合基板の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2010−109909(P2010−109909A)
【公開日】平成22年5月13日(2010.5.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−282212(P2008−282212)
【出願日】平成20年10月31日(2008.10.31)
【出願人】(000006231)株式会社村田製作所 (3,635)
【Fターム(参考)】