説明

外乱オブザーバ、フィードバック補償器、位置決め装置、露光装置、及び外乱オブザーバ設計方法

【課題】設計者が試行錯誤することなく決定した伝達関数に基づく位相進み補償器と位相遅れ補償器により、共振の位相を安定化させることが可能な外乱オブザーバ、フィードバック補償器、位置決め装置、露光装置、及び外乱オブザーバ設計方法を提供する。
【解決手段】
制御対象28に加わる外乱dを推定する外乱オブザーバ21において、外乱オブザーバ21は、制御対象28の共振成分を外乱dの一部として含んだ外乱モデルに基づいて相補感度関数のパラメータが設計されたことを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、外乱オブザーバ及びフィードバック補償器に係り、少なくともこれらのいずれかを備えた位置決め装置、露光装置、及び外乱オブザーバ設計方法に関する。
【背景技術】
【0002】
磁気ディスク装置などの位置決め制御系において、複数の機械的共振が存在する場合、各共振に対して安定化する手法を選定する手法が開示されている(特許文献1及び非特許文献1参照)。また、外乱オブザーバと共振比制御を適用し,多慣性系共振系の全ての共振モードを安定化する手法が、特許文献2に開示されている。また、位置決め制御装置等の制御対象に入力される外乱を推定する外乱オブザーバが、非特許文献2及び3に開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2000−254256号公報
【特許文献2】特開2007−43884号公報
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Takenori Atsumi,Toshiro Arisaka,Toshihiko Shimizu and Takashi Yamaguchi,“Vibration Servo Control Design for Mechanical Resonant Modes of a Hard-Disk-Drive Actuator”, JSME International Journal
【非特許文献2】大西,「メカトロニクスにおける新しいサーボ技術」,電気学会論文誌D,Vol.107,No.1,pp.83−pp.86(1987)
【非特許文献3】島田明,「モーションコントロール」,オーム社,p.157−164
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、特許文献1に開示された位置決め制御手法では、一巡伝達関数の位相特性を設計者が確認しながら試行錯誤して、伝達関数(位相補償器の個数及びパラメータ等)を決定しなければならない、という問題があった。
【0006】
また、特許文献2に開示された位置決め制御手法では、セミクローズド制御系が想定されている。セミクローズド制御系(モータ側の位置情報を用いた制御)では、制御対象に含まれる共振のモード影響定数が全て正になるため、外乱オブザーバ又はフィードバック補償器を備えた制御装置は、位相進み補償器により、共振の位相を安定化させることができる。
【0007】
一方、露光装置等、及び特許文献1に示されたHDD(Hard Disk Drive)では、フルクローズド制御系(負荷側の位置情報を用いた制御)が想定されている。しかしながら、フルクローズド制御系では、共振のモード影響定数が正負にばらつくため、共振の位相を安定化させるには、外乱オブザーバ又はフィードバック補償器を備えた制御装置は、多数の位相進み補償器と多数の位相遅れ補償器とを組み合わせなければならない、という問題があった。
【0008】
本発明は、前記の諸点に鑑みてなされたものであり、フルクローズド制御系において、設計者が試行錯誤することなく決定した伝達関数に基づく位相進み補償器と位相遅れ補償器により、共振の位相を安定化させることが可能な外乱オブザーバ、フィードバック補償器、位置決め装置、露光装置、及び外乱オブザーバ設計方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、上記の課題を解決するためになされたものであり、制御対象に加わる外乱を推定する外乱オブザーバにおいて、前記制御対象の共振成分を前記外乱の一部として含んだ外乱モデルに基づいて相補感度関数のパラメータが設計されたことを特徴とする外乱オブザーバである。
【0010】
また、本発明は、外乱オブザーバの極が、複素平面において、虚軸と平行な直線であって、当該直線と実軸との交点である実数成分が負値である第1直線と、原点を中心とする円のうち、前記第1直線と前記虚軸との距離よりも大きい半径を有する円と、により囲まれる第1領域と、前記原点を通り、前記虚軸と平行でない2本の直線であって、実軸について互いに対称である第2及び第3直線により区切られる領域のうち、前記実軸を含む第2領域と、に共通する領域に配置されることを特徴とする外乱オブザーバである。
【0011】
また、本発明は、前記外乱オブザーバの前記相補感度関数のH∞ノルムが最小化されるように、複素平面上の領域に前記極が配置されたことを特徴とする外乱オブザーバである。
【0012】
また、本発明は、外乱オブザーバと、前記制御対象の目標軌道を示す信号から、前記制御対象の位置を示す観測信号を減算し、該減算結果を当該外乱オブザーバに出力する減算器と、を備えることを特徴とするフィードバック補償器である。
【0013】
また、本発明は、前記制御対象の移動を制御するフィードバック補償器と、当該制御に応じて、前記制御対象を移動させる駆動部を有するステージ装置と、を備えた位置決め装置である。
【0014】
また、本発明は、マスクステージに保持されたマスクのパターンを基板ステージに保持された感光基板に露光する露光装置であって、前記マスクステージと前記基板ステージの少なくとも一方のステージとして、位置決め装置を備えることを特徴とする露光装置である。
【0015】
また、本発明は、制御対象に加わる外乱を推定する外乱オブザーバを設計する設計方法であって、前記制御対象の共振成分を前記外乱の一部として含んだ外乱モデルに基づいて相補感度関数のパラメータが設計される過程を有することを特徴とする外乱オブザーバ設計方法である。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、外乱オブザーバは、制御対象の共振成分を外乱の一部として含んだ外乱モデルに基づいて相補感度関数のパラメータが設計される。これにより、外乱オブザーバは、フルクローズド制御において、位相進み補償器と位相遅れ補償器により共振の位相を安定化させることができる。
【0017】
また、外乱オブザーバは、外乱オブザーバの相補感度関数のH∞ノルム(ピーク値)が最小化されるように、複素平面上の領域に極が配置される。これにより、設計者は、伝達関数を試行錯誤することなく、フルクローズド制御において、位相進み補償器と位相遅れ補償器により共振の位相を安定化させる外乱オブザーバを設計することができる。
【0018】
また、フィードバック補償器は、外乱オブザーバと、制御対象の目標軌道を示す信号から、制御対象の位置を示す観測信号を減算し、該減算結果を当該外乱オブザーバに出力する減算器を備える。これにより、フィードバック補償器は、フルクローズド制御において、位相進み補償器と位相遅れ補償器により共振の位相を安定化させることができる。また、フィードバック補償器は、共振の位相を安定化させることにより、高精度に位置決めすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】本発明の実施形態におけるステージ装置の構成図である。
【図2】プレートホルダの位置決め(振動抑制)制御を実行する制御装置、及び拡大系のブロック図である。
【図3】減算器と、拡大系と、フィードバック補償器とを含むロバストサーボ系(位置決めサーボ系)を伝達関数表現により示す図である。
【図4】極を配置する領域を示す図である。
【図5】プレートステージを制御対象としたロバストサーボ系における、制御入力からテーブル位置までの周波数特性を示すボーデ線図である。
【図6】プレートステージから同定されたパラメータの例を示す表である。
【図7】設計例2及び3におけるパラメータを示す表である。
【図8】設計例1〜3における、フィードバック補償器の周波数特性を示すボーデ線図である。
【図9】設計例1〜3における相補感度関数T(s)を示す図である。
【図10】設計例1〜3における感度関数S(s)を示す図である。
【図11】設計例1〜3における外乱抑圧特性を示す図である。
【図12】目標値ステップ応答のシミュレーション結果である。
【図13】ステップ外乱応答のシミュレーション結果である。
【図14】ステージ装置を適用した露光装置の構成図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明の実施形態について図面を参照して詳細に説明する。図1には、本発明の実施形態におけるステージ装置(位置決め装置)の構成が示されている。
【0021】
ベース1の上面には、X軸方向に延在するX軸ガイド2がY軸方向に間隔をあけて2本平行に敷設されており(図ではそのうちの1本が示されている)、これら各X軸ガイド2の両側部及び上部を跨ぐようにXキャリッジ3がそれぞれ移動自在に設けられている。Xキャリッジ3の上部には、Y軸方向(紙面に垂直な方向)に沿って延在し、2つのXキャリッジ3を結ぶブリッジ状にYビームガイド4が懸架されて締結固定されている。
【0022】
Xキャリッジ3とXガイド2との間には、エアベアリング5が複数配置されている。エアベアリング5はXキャリッジ3に固定されており、Xガイド2に対してフローティング(非接触)支持されたXキャリッジ3及びYビームガイド4は、Xガイド2にガイドされてX軸方向に移動自在の構成となっている。
【0023】
Yビームガイド4の上部には、Yキャリッジ7が載置されている。Yキャリッジ7とYビームガイド4の上面との間には、エアベアリング8(ベースベアリング)が複数配置されており、Yキャリッジ7とYビームガイド4の両側面との間には、エアベアリング9(サイドベアリング)が複数配置されている。これらエアベアリング8、9はYキャリッジ7に固定されており、Yビームガイド4にフローティング(非接触)支持されたYキャリッジ7は、Yビームガイド4にガイドされてY軸方向に移動自在の構成となっている。
【0024】
Yキャリッジ7上には、プレートテーブル10が複数の支持機構(不図示)で支持されている。プレートテーブル10上には、ガラス基板等を吸着保持するプレートホルダ11と、位置を計測するための位置センサ12とが設けられている。この位置センサ12(測定対象部)は、例えば干渉計測器(レーザ干渉計)の一部を構成する移動鏡であって、外部に設けられた光源からのレーザ光を測定光としてこの移動鏡に照射して反射させ、上記干渉計測器内で参照光と干渉を生じさせることにより、プレートホルダ11の位置を精密に計測する。
【0025】
Yビームガイド4の両端部(紙面の手前側と奥側)には、図示しないアクチュエータ(駆動部、例えばXリニアモータ)が設けられ、このXリニアモータの駆動によってXキャリッジ3に搭載された構造物がXガイド2に沿ってX軸方向に移動する。また、Yキャリッジ7の側面部には、Yリニアモータ6が設けられ、このYリニアモータ6の駆動によってYキャリッジ7に搭載された構造物がYビームガイド4に沿ってY軸方向に移動する。換言すれば、Xキャリッジ3とYビームガイド4とXリニアモータとによりXステージ100が形成され、Xステージ100がX軸方向に移動するとともに、Yキャリッジ7とプレートテーブル10とプレートホルダ11と位置センサ12とYリニアモータ6とによりYステージ200が形成され、Yステージ200がY軸方向に移動するように、本ステージ装置が構成されている。
【0026】
次に、外乱オブザーバについて説明する。以下、一例として、プレートホルダ11を制御対象とする。
図2は、一実施形態における、プレートホルダ11の位置決め(振動抑制)制御を実行する制御装置、及び拡大系のブロック図である。このブロック図において、制御対象(プレートホルダ11)は、拡大系26に含まれる制御対象28として表されている。この制御装置は、外乱オブザーバ21を備える。図2において、外乱オブザーバ21、及び拡大系26は、それぞれ伝達関数表現により示されている。
【0027】
図2において、制御入力uは、制御対象であるプレートホルダ11(図2において、拡大系26に含まれる制御対象28)の位置を位置決め制御するための入力である。
【0028】
以下、本明細書中において、外乱dの推定値をd^と表記する。また、数式中において、文字の上にハット記号が付いている場合、その文字が示す物理量の推定値を示すものとする。
【0029】
減算器20は、外乱オブザーバ21が算出した外乱dの推定値d^を、ノミナル制御入力uから減算し、得られた値を制御入力uとして、制御対象及びフィルタ24に出力する。
【0030】
拡大系26は、ノイズv及び外乱dを考慮した制御対象のモデルである。ここで、uは制御入力、yは観測信号である。
【0031】
制御対象28は、加算器27から入力された加算結果に、制御対象28の伝達関数である第1伝達関数P(s)を乗算して、この乗算結果を加算器29に出力する。例えば、制御対象28が出力する乗算結果とは、加算器27から入力された加算結果に応じて移動するプレートホルダ11(図1を参照)の位置に関する値である。
【0032】
加算器29には、ノイズの一例として白色ノイズvが入力される。加算器29は、制御対象28から入力された乗算結果と、白色ノイズvとを加算し、この加算結果(観測信号)yを外乱オブザーバ21に出力する。観測信号yは、例えば、位置センサ12(図1を参照)により得られた、プレートホルダ11の位置情報である。
【0033】
外乱オブザーバ21は、フィルタ23と、フィルタ24と、減算器25とを備える。フィルタ23は、伝達関数Q(s)と伝達関数P(s)の逆システムとの積で表されるフィルタである。フィルタ23には、加算器29から観測信号yが入力される。フィルタ23は、入力された観測信号yに、伝達関数Q(s)と伝達関数P(s)の逆システムとの積を乗算し、乗算結果を減算器25に出力する。
【0034】
フィルタ24は、伝達関数Q(s)で表されるフィルタである。フィルタ24には、制御入力uが入力される。フィルタ24は、制御入力uに伝達関数Q(s)を乗算し、乗算結果を減算器25に出力する。
減算器25は、フィルタ23の出力(乗算結果)から、フィルタ24の出力(乗算結果)を減算し、外乱dの推定値d^として、減算器20に出力(フィードバック)する。
【0035】
次に、外乱オブザーバ21の設計について説明する。
制御対象28を、式(1)で表される多慣性系とする。ここで、Kp0:剛体モードのゲイン、Kpi:共振モードのゲイン、ωpi:共振周波数、ζpi:減衰係数、np:制御対象28における共振モードの数である。
【0036】
【数1】

【0037】
また、式(1)は、制御対象28の状態空間モデルとして、式(2)に変換されることが可能である。
【0038】
【数2】

【0039】
また、外乱dのモデル(以下、「外乱モデル」という)は、式(3)で表される。
【0040】
【数3】

【0041】
式(3)の第3項は、制御対象の共振モデルの伝達関数を示す。ここで、ωdi:周期外乱周波数、ζdi:周期外乱モデルの減衰係数、nd:周期外乱モデルの数、A:安定化させる共振モードに対して値1となり、それ以外では値0となる係数、m:等価変形して得られたフィードバック制御系の型(m>0)である。なお、外乱オブザーバ21は、m≧1であれば、U=0でも、外乱オブザーバ21単体で外乱を抑圧することが可能である。また、外乱オブザーバ21を等価変形して得られたフィードバック補償器は、m≧1であれば、U=0でも、ステップ外乱を抑圧することが可能である。よって、制御系の型mを増加することにより、高い積分特性を得ることができる。
【0042】
なお、図2に示す外乱オブザーバ21は、外乱モデルが多慣性系モデルとして表される場合を例にしているが、外乱モデルの伝達関数の表し方は、特に式(3)に限定されるものではない。
【0043】
また、式(3)は、外乱dの状態空間モデルとして、式(4)に変換されることが可能である。ここで、v:ノイズ(白色ノイズ)である。
【0044】
【数4】

【0045】
外乱オブザーバ21は、外乱モデルを示す式(3)の第3項によって、制御対象に加わる外乱dを抑圧し、式(3)の第3項で指定された共振モードを安定化させることができる。そこで、式(3)の第3項が示す外乱の共振モデル(共振成分)に、式(1)の第2項が示す制御対象の共振モデル(共振成分)を含める。そして、式(2)及び(4)を組み合わせることにより、拡大系26の状態空間モデルを示す式(5)を得る。
【0046】
【数5】

【0047】
さらに、式(5)に、外乱オブザーバ21のオブザーバゲインLを追加して、外乱オブザーバ21の状態空間モデルを示す式(6)を得る。
【0048】
【数6】

【0049】
外乱モデルの極(制御対象28の共振モード等)は、外乱オブザーバ21の感度関数S(s)=1−Q(s)の零点として現れる。そのため,式(3)の第3項により指定された共振モードの周波数で、感度関数のピークが圧縮されることになる。
なお、図2に示す伝達関数表現された外乱オブザーバ21と、式(6)とが等価であることは、非特許文献3の7−2節(p.157−164)に説明されている。
【0050】
式(6)に示す外乱オブザーバ21の状態空間モデルにおいて、減算器20が出力した制御入力uから、外乱推定値d^までの伝達関数は、−Q(s)である。ここで、伝達関数Q(s)と、外乱オブザーバ21の相補感度関数T(s)とには、T(s)=Q(s)という関係がある。
【0051】
式(6)に示す外乱オブザーバ21の極を、複素平面に適切に配置すれば、外乱オブザーバ21は、外乱dを抑圧し、かつ指定された共振モードを安定化することができる。
【0052】
図3には、減算器40と、拡大系26と、フィードバック補償器(制御装置)30とを含む位置決めサーボ系が示されている。減算器40は、目標軌道rから観測信号yを減算し、この減算結果をフィードバック補償器30に出力する。
【0053】
フィードバック補償器30は、減算器40が出力した減算結果を取得して、伝達関数C(s)を乗算し、乗算結果を拡大系26に出力する。ここで、Un=0とおいて、加算器20及び外乱オブザーバ21(図2に示す実線枠内)の伝達関数を等価変形することにより、フィードバック補償器30の伝達関数C(s)は、式(7)で表される。
【0054】
【数7】

【0055】
次に、制御系の極配置について説明する。
外乱オブザーバ21の状態空間モデルを示す式(6)の極を、複素平面上の領域に配置した場合、極の配置に応じて、外乱オブザーバ21の相補感度関数T(s)の零点が移動する。この零点の位置によっては、相補感度関数T(s)(=Q(s))及び感度関数S(s)(=1−Q(s))のH∞ノルム(ピーク値)は非常に大きくなる。そして、これらのH∞ノルムが大きい場合、安定余裕が少なくなり、位置決め性能は悪くなる。
【0056】
そこで、相補感度関数T(s)及び感度関数S(s)のH∞ノルムが可能な限り小さくなるように、外乱オブザーバ21の状態空間モデルを示す式(6)の極を、複素平面上の安定領域に配置する。一般的に、相補感度関数T(s)のH∞ノルムを小さくすれば、同時に感度関数S(s)のH∞ノルムも小さくなるので、以下では、相補感度関数T(s)を考慮して極を配置する。
【0057】
また、以下では、一例として、線形行列不等式(LMI)を用いて外乱オブザーバの相補感度関数が最小化されるように、最適な極配置を行う。まず、式(6)に示す制御入力uから外乱推定値d^までの伝達特性を状態方程式で表すと、式(8)のようになる。この伝達特性は、−T(s)=−Q(s)である。また、式(8)の双対システムは、式(9)で表される。
【0058】
【数8】

【0059】
図4には、極を配置する領域44(斜線部分)が示されている。極を配置する領域44は、アルファ(α)安定領域と、円安定領域と、コニックセクタ領域とに共通する共通領域である。
【0060】
これらの領域について説明する。まず、アルファ安定領域は、虚軸(Im)と平行な直線であって、その直線と実軸(Re)との交点である実数成分αが負値である直線40から、実軸の負方向に広がる領域である。すなわち、直線40の実数成分αは、負値(α<0)である。また、αと、円の半径rとには、r>|α|という関係がある。
【0061】
また、円安定領域は、原点を中心とする円のうち、直線40と虚軸との距離よりも大きい半径rを有する円41に囲まれる領域である。また、コニックセクタ領域は、原点を通り、虚軸と平行でない2本の直線であって、実軸について互いに対称である直線42及び43により区切られる領域のうち、実軸を含む円錐領域である。すなわち、直線42及び43が成す角度θ[rad]は、角度π[rad]より小さい。
【0062】
次に、領域44に極を配置するフィードバックゲインKを求める。相補感度関数T(s)及び感度関数S(s)のH∞ノルムを可能な限り小さくするLMIは、式(10)で表される。
【0063】
【数9】

【0064】
また、領域44に極を配置するLMIは、クロネッカ積を用いて、式(11)で表される。
【0065】
【数10】

【0066】
式(10)及び(11)を同時に満足する解X及びYを求めることにより、H∞ノルムを可能な限り小さくし、かつ、領域44に極を配置するフィードバックゲインKを求めることが可能である。このようにして求められたフィードバックゲインKは、式(12)で表される。また、外乱オブザーバ21のオブザーバゲインLの最適値は、式(12)により求められたフィードバックゲインKを用いて、式(13)で表される。そして、このオブザーバゲインLの最適値から、式(8)等によって外乱オブザーバ21における相補感度関数Q(s)を求めることができる。
【0067】
【数11】

【0068】
さらに、相補感度関数Q(s)から、外乱オブザーバ21(図2を参照)の伝達関数、及びフィードバック補償器30(図3を参照)の伝達関数C(s)を定めることができる。
【0069】
以上のように、制御対象28に加わる外乱dを推定する外乱オブザーバ21において、外乱オブザーバ21は、制御対象28の共振成分を外乱dの一部として含んだ外乱モデルに基づいて設計されたことを特徴とする。これにより、外乱オブザーバ21は、フルクローズド制御において、位相進み補償器と位相遅れ補償器により共振の位相を安定化させることができる。
【0070】
また、外乱オブザーバ21の極は、複素平面において、虚軸と平行な直線であって、当該直線と実軸との交点である実数成分が負値である直線40と、原点を中心とする円のうち、直線40と虚軸との距離よりも大きい半径rを有する円41と、により囲まれる第1領域と、原点を通り、虚軸と平行でない2本の直線であって、実軸について互いに対称である直線42及び43により区切られる領域のうち、実軸を含む第2領域と、に共通する領域44に配置されることを特徴とする。
【0071】
また、外乱オブザーバ21は、外乱オブザーバ21の相補感度関数のH∞ノルムが最小化されるように、複素平面上の領域に極が配置されたことを特徴とする。これにより、設計者は、伝達関数(位相補償器の個数及びパラメータ等)を試行錯誤することなく、フルクローズド制御において、位相進み補償器により共振の位相を安定化させる外乱オブザーバ21を設計することができる。
【0072】
また、フィードバック補償器30は、外乱オブザーバ21と、制御対象28の目標軌道rを示す信号から、制御対象28の位置を示す観測信号yを減算し、該減算結果を外乱オブザーバ21に出力する減算器40と、を備えることを特徴とする。これにより、フィードバック補償器30は、フルクローズド制御において、位相進み補償器により共振の位相を安定化させることができる。また、フィードバック補償器30は、共振の位相を安定化させることにより、高精度に位置決めすることができる。
【0073】
また、位置決め装置は、制御対象28の移動を制御するフィードバック補償器30と、当該制御に応じて、制御対象28を移動させる駆動部を有するステージ装置と、を備える。
【0074】
また、制御対象28に加わる外乱dを推定する外乱オブザーバ21を設計する設計方法であって、外乱オブザーバ設計方法は、制御対象28の共振成分を外乱dの一部として含んだ外乱モデルに基づいて設計される過程を有することを特徴とする。
【0075】
<設計例>
位置決め装置が備える制御装置の設計例を説明する。ここで、位置決め装置は、図1に示す液晶露光装置のステージ装置が有するプレートステージ(X軸)のテーブル位置(X2)を位置決めする。また、制御系を図3に示す構成とする。
【0076】
図5は、プレートステージにおける、制御入力からテーブル速度までの周波数特性を示すボーデ線図である。ここで、「before」及び「after」は、プレートステージにおける周波数特性の実測値を示す。また、「model」は、プレートステージの4慣性系モデルにおける制御入力からテーブル速度までの周波数特性の理論値を示す。ここで、テーブル位置までのプレートステージの4慣性系モデルの伝達関数P(s)は、式(14)で表される。
【0077】
【数12】

【0078】
図6には、プレートステージから同定されたパラメータの例が示されている。同定されたパラメータによれば、1次共振のモード定数(ゲイン)Kp1の絶対値は、2次及び3次共振のモード定数(ゲイン)Kp2及びKp3の絶対値と比較して小さい。また、1次共振周波数は、ほとんど変化しない。
【0079】
そこで、本明細書において提案する制御系の設計例(以下、「設計例3」という)では、1次共振は、ノッチフィルタにより抑制されるようにする。また、2次及び3次共振は、位相補償で安定化されるようにする。設計例3における外乱モデルDproposed(s)を式(15)に示す。
【0080】
【数13】

【0081】
共振を考慮した設計例3では、式(14)に示す制御対象の伝達関数の第2項を、式(15)に示す外乱モデルに追加する。なお、式(15)の外乱モデルでは、周期外乱を考慮していないので、前述の(3)式の第2項に相当する項は省略されている。
【0082】
また、設計例3と比較するため、1次〜3次共振がノッチフィルタにより抑制されるようにした設計例2における外乱モデルDnotch(s)を式(16)に示す。そして、共振を考慮した設計例2では、式(14)に示す制御対象の伝達関数を、式(16)に示す外乱モデルに追加する。
【0083】
一方、設計例2及び3と比較するため共振を考慮せず、制御対象のモデルを、式(14)の第2項を無視した剛体モデルとし、式(16)と同じ外乱モデルを用いて設計した制御系の設計例を、以下、「設計例1」という。
【0084】
図7には、設計例2及び3におけるパラメータが示されている。ここで、図4に示す複素平面に極を配置する領域を定める、距離αと、半径rと、角度θとは、一例として、次に示す(i)〜(iii)のように定められるものとする。
(i)距離αにより定まる最も遅い極(制御帯域)は、1次共振の周波数の半分程度とする。これは、最も遅い極を仮に1次共振周波数以上とした場合、感度関数のH∞ノルム(ピーク)が大きな値となり、高周波領域でフィードバック補償器が非常に大きなゲインを持ってしまうためである。また、最も遅い極を仮に0に近づけ過ぎた場合、制御帯域が非常に低い制御系となってしまうためである。
(ii)半径rにより定まる最も早い極は、3次共振の周波数と同程度とする。これは、最も早い極を仮に所定周波数以上とした場合、高周波領域でフィードバック補償器が非常に大きなゲインを持ってしまうためである。
(iii)θ=0.8π[rad]程度とする。これは、角度θを仮に小さくした場合、感度関数のH∞ノルム(ピーク)が大きくなってしまうためである。
【0085】
図8は、設計例1〜3における、フィードバック補償器30(図3を参照)の周波数特性を示すボーデ線図である。設計例1(rigid)では、剛体モードを安定化する位相進み補償のみが形成されている。また、設計例2(notch)では、剛体を安定化する位相進み補償器に加えて、1次〜3次の共振周波数付近で、ノッチフィルタが形成されている。一方、設計例3(proposed)では、1次の共振周波数付近でのみノッチフィルタが形成され、2次及び3次共振については、共振モードを安定化する位相遅れ補償器が形成されている。
【0086】
図9には、設計例1〜3における相補感度関数T(s)が示されている。また、図10には、設計例1〜3における感度関数S(s)が示されている。図10に示すように、設計例3では、設計例2と比較して、2次及び3次の共振周波数付近(図10において、楕円で示された部分)のゲインが低下しており、2次及び3次共振の影響が除去されていることが判る。一方、設計例1では、感度関数の低域特性によれば、広帯域化されていないことが判る。また、設計例1では、1次共振が考慮されていないため、18[Hz]付近で感度関数S(s)のゲインが増加していることが判る。
【0087】
図11には、設計例1〜3における外乱抑圧特性が示されている。設計例3では、設計例1及び設計例2と比較して、共振周波数付近の感度関数(図11において、楕円で示された部分)が大幅に圧縮されており、外乱を抑圧する制御性能が向上していることが判る。
【0088】
図12は、目標値ステップ応答のシミュレーション結果である。また、図13はステップ外乱応答のシミュレーション結果である。図13に示すように、設計法2では、1次〜3次共振の残留振動が残っていることが判る。一方、設計例3では、2次及び3次共振の残留振動が除去されていることが判る。
【0089】
次に、露光装置用のステージ装置について説明する。
以上に説明した本実施形態によるステージ装置(位置決め装置)は、例えば、微細な回路パターンをガラス基板や半導体基板に焼き付ける露光装置用のステージ装置として用いることができる。
【0090】
図14は、上述のステージ装置を適用した露光装置の構成図である。露光装置31は、照明光学系32と、マスクMを保持して移動するマスクステージ装置33と、投影光学系PLと、ガラス基板Pを保持して移動する基板ステージ装置35と、を含んで構成される。
【0091】
照明光学系32は、いずれも図示していない光源ユニット、シャッタ、2次光源形成光学系、ビームスプリッタ、集光レンズ系、レチクルブラインド、および結像レンズ系から構成され、マスクステージ装置33に保持されたマスクM上の所定の照明領域(回路パターンを含んでいる)を照明光ILにより均一な照度で照明する。
【0092】
投影光学系PLは、光軸AX方向に沿って所定間隔で配置された複数枚のレンズエレメントを有する光学系(例えば屈折光学系)であり、照明光学系32からの照明光ILによってマスクMの照明領域が照明されると、このマスクMを通過した照明光により、投影光学系PLを介してマスクM上の照明領域の回路パターンの所定倍率の正立像がガラス基板P上に投影され、これによりガラス基板Pの表面に塗布されたフォトレジストが露光される。
【0093】
マスクステージ装置33または基板ステージ装置35の少なくともいずれか一方には、上述した図1のステージ装置を用いる。ここで、マスクステージ装置33として用いる場合にはプレートホルダ11にマスクMが保持され、基板ステージ装置35として用いる場合にはプレートホルダ11にガラス基板Pが保持される。
【0094】
以上のように、露光装置は、マスクステージに保持されたマスクのパターンを基板ステージに保持された感光基板に露光する露光装置であって、マスクステージと基板ステージの少なくとも一方のステージとして、ステージ装置(位置決め装置)を備える。
【0095】
以上、この発明の実施形態について図面を参照して詳述してきたが、具体的な構成はこの実施形態に限られるものではなく、この発明の要旨を逸脱しない範囲の設計等も含まれる。
【0096】
例えば、極を配置する位置の最適化には、シンプレックス法、又は遺伝的アルゴリズム(GA)等のアルゴリズムが用いられてもよい。
【0097】
なお、以上説明したような制御系を実現するためのプログラムを、コンピュータ読み取り可能な記録媒体に記録し、そのプログラムをコンピュータシステムに読み込ませて実行するようにしてもよい。なお、ここでいう「コンピュータシステム」とは、OSや周辺機器等のハードウェアを含むものとする。また、「コンピュータ読み取り可能な記録媒体」とは、フレキシブルディスク、光磁気ディスク、ROM、CD−ROM等の可搬媒体、コンピュータシステムに内蔵されるハードディスク等の記憶装置のことをいう。さらに「コンピュータ読み取り可能な記録媒体」とは、インターネット等のネットワークや電話回線等の通信回線を介してプログラムが送信された場合のサーバやクライアントとなるコンピュータシステム内部の揮発性メモリ(RAM)のように、一定時間プログラムを保持しているものも含むものとする。また、上記プログラムは、このプログラムを記憶装置等に格納したコンピュータシステムから、伝送媒体を介して、あるいは、伝送媒体中の伝送波により他のコンピュータシステムに伝送されてもよい。ここで、プログラムを伝送する「伝送媒体」は、インターネット等のネットワーク(通信網)や電話回線等の通信回線(通信線)のように情報を伝送する機能を有する媒体のことをいう。また、上記プログラムは、前述した機能の一部を実現するためのものであってもよい。さらに、前述した機能をコンピュータシステムにすでに記録されているプログラムとの組み合わせで実現できるもの、いわゆる差分ファイル(差分プログラム)であってもよい。
【符号の説明】
【0098】
1…ベース 2…X軸ガイド 3…Xキャリッジ 4…Yビームガイド 5,8,9…エアベアリング 6…Yリニアモータ 7…Yキャリッジ 10…プレートテーブル 11…プレートホルダ 12…位置センサ 20…加算器 21…外乱オブザーバ 23…フィルタ 24…フィルタ 25…減算器 26…拡大系 27…加算器 28…制御対象 29…加算器 30…フィードバック補償器 31…露光装置 32…照明光学系 33…マスクステージ装置 35…基板ステージ装置 40…減算器 100…Xステージ 200…Yステージ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
制御対象に加わる外乱を推定する外乱オブザーバにおいて、
前記制御対象の共振成分を前記外乱の一部として含んだ外乱モデルに基づいて相補感度関数のパラメータが設計されたことを特徴とする外乱オブザーバ。
【請求項2】
請求項1に記載の外乱オブザーバの極は、複素平面において、虚軸と平行な直線であって、当該直線と実軸との交点である実数成分が負値である第1直線と、原点を中心とする円のうち、前記第1直線と前記虚軸との距離よりも大きい半径を有する円と、により囲まれる第1領域と、前記原点を通り、前記虚軸と平行でない2本の直線であって、実軸について互いに対称である第2及び第3直線により区切られる領域のうち、前記実軸を含む第2領域と、に共通する領域に配置されることを特徴とする請求項1に記載の外乱オブザーバ。
【請求項3】
前記外乱オブザーバの前記相補感度関数のH∞ノルムが最小化されるように、複素平面上の領域に前記極が配置されたことを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の外乱オブザーバ。
【請求項4】
請求項1から請求項3のいずれか1つに記載の外乱オブザーバと、
前記制御対象の目標軌道を示す信号から、前記制御対象の位置を示す観測信号を減算し、該減算結果を当該外乱オブザーバに出力する減算器と、
を備えることを特徴とするフィードバック補償器。
【請求項5】
前記制御対象の移動を制御する請求項4に記載のフィードバック補償器と、
当該制御に応じて、前記制御対象を移動させる駆動部を有するステージ装置と、
を備えた位置決め装置。
【請求項6】
マスクステージに保持されたマスクのパターンを基板ステージに保持された感光基板に露光する露光装置であって、
前記マスクステージと前記基板ステージの少なくとも一方のステージとして、請求項5に記載の位置決め装置を備えることを特徴とする露光装置。
【請求項7】
制御対象に加わる外乱を推定する外乱オブザーバを設計する設計方法であって、
前記制御対象の共振成分を前記外乱の一部として含んだ外乱モデルに基づいて相補感度関数のパラメータが設計される過程を有することを特徴とする外乱オブザーバ設計方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate

【図11】
image rotate

【図12】
image rotate

【図13】
image rotate

【図14】
image rotate


【公開番号】特開2011−233002(P2011−233002A)
【公開日】平成23年11月17日(2011.11.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−103807(P2010−103807)
【出願日】平成22年4月28日(2010.4.28)
【出願人】(000004112)株式会社ニコン (12,601)
【Fターム(参考)】