説明

希土類金属を含む蛍光体とそれを含む発光性組成物、およびその製造法、ならびに蛍光体を含む発光素子

【課題】従来よりも長波長の励起光で励起可能な、発光強度および発光効率に優れた蛍光体およびそれを含む発光性組成物、ならびにそれを用いた発光素子の提供。
【解決手段】希土類金属と、構造中に少なくとも一つのシロキサン結合を有するホスフィンオキシド配位子とからなる蛍光体と、それを含んでなる発光性組成物。この蛍光体は、ホスフィンオキシドが配位した希土類錯体に、シロキサン結合を有する化合物を反応させることにより製造できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、発光強度に優れた発光素子に関するものであり、特に近紫外領域〜青色領域の光を励起源とするLED素子およびそれらの素子を用いる蛍光体に関するものである。
【背景技術】
【0002】
希土類金属にホスフィンオキシドとβ−ジケトナートなどの有機物が配位した蛍光体およびそれを用いたLEDの概念および実施例は例えば特許文献1に記載されている。、このような有機蛍光体は無機蛍光体と異なり溶媒に対する溶解性や樹脂分散性に優れているので、この特徴を利用して光取り出し効率を増加させ、強い発光強度を得る例が記載されている。発光のためのエネルギー源として、LEDやLDを用いる場合にはある特定の波長域の光を利用する。しかし、従来、最も強い発光強度を得ることができる光の波長である励起最大波長は、多くの場合300nm〜350nm程度の範囲にある。しかし、このような波長の光は人体への影響が懸念されるため、実用の際にはより長波長の励起光を用いることが一般的である。したがって、もっとも効率のよい波長で蛍光体を励起することが困難となり、より低い発光強度で蛍光体を利用せざるを得なかった。これを解決するために長波長の光を吸収させることを目的に配位子の骨格を変化させると、今度は配位子と金属の間のエネルギー移動効率が悪くなって、実用上十分な発光強度が得られないというジレンマがあった。
【0003】
希土類金属は、各元素固有のf電子のエネルギー準位を有し、空軌道と電子占有軌道との間の準位エネルギー差に相当する波長の光を照射することにより希土類金属自身の電子を励起することができる。これは配位子からのエネルギー移動を伴わない発光のため、移動効率によるロスがなく、一般に高い内部エネルギー変換効率を有する。すなわち、励起された状態からの発光効率が高い。f−f遷移のエネルギー準位の差に相当する波長は、Euのの遷移が465nmであるように、一般に400nmを大きく超えるものもあり、長波長の励起光で励起することができ、発光中心400nm付近の近紫外LEDや、発光中心460nm付近の青色LEDを励起源として利用することができる。
【0004】
量子化学、および群論の見地から、希土類金属のf−f遷移は禁制遷移である。禁制遷移は、一般に金属原子の軌道の対称性が崩れれば活性化する。しかし、一般に、最も安定な軌道の状態からずれた状態であるのでエネルギー的に不安定であり、大きく対称性が崩れた状態を作り出し安定な状態に保つことは困難であった。通常存在する化合物においても、金属周りの配位環境の非対称性によるひずみのためにf−f遷移の禁制が緩和されることがあり、活性は存在するが、励起が十分高い確率で起こるほどには活性でないのが一般的である。そして、励起された状態からの発光効率が高くても、照射した光に対しての発光効率でみると結局、β−ジケトナートからの電子移動を利用した発光の効率に比べて低くなってしまうことが多く、f−f遷移の励起で得られる発光はLEDに利用するには不十分であった。
【0005】
β−ジケトナートを有する希土類蛍光体にホスフィンオキシドが配位すると、β−ジケトナートが配位していない場合に比べて強い発光が得られることは、非特許文献1に記載されている。また、特許文献2には、β−ジケトナートとホスフィンオキシドを有し、380nm〜410nmの波長での励起により強い発光を有する蛍光体について記載されている。しかし、これらの文献に記載された蛍光体においても、Eu3+のf−f遷移の励起帯である465nm付近の発光強度は弱く、f−f遷移が十分に活性化しているとは言い難い。
【0006】
特許文献3には、励起スペクトルで観測されるf−f遷移に帰属する発光が強い発光性組成物として、希土類金属にリン酸トリエステルが配位した化合物およびその化合物がシリコーン樹脂などの樹脂中に分散された組成物が挙げられている。しかしながら、リン酸トリエステルはフッ素化合物と反応して一般に猛毒なフルオロリン酸化合物を生成する可能性が高いという問題点がある。強い発光を有する希土類錯体がβ−ジケトナート上にCF基などのフルオロアルキル基を有することや、シリコーン樹脂を含めケイ素化合物を扱う工場が一般にフッ酸などのフッ素化合物を頻繁に使用することからも、このような組成物は安全性の観点から実用的とは言い難い。
【0007】
非特許文献2には、ゾルゲル法を用いて希土類金属錯体とSi−O−Si結合の骨格とを結合させた組成物が記載されている。しかしながら、当該文献には、612.5nmで観測した励起スペクトルにおいて、f−f遷移は観測されなかったと記載されている。このように、Si−O−Si結合の骨格と蛍光体が結合したときに、f−f遷移が活性化するという知見はなかった。
【0008】
【特許文献1】特許第3811142号公報
【特許文献2】特開2005−252250号公報
【特許文献3】特開2007−46021号公報
【非特許文献1】Journal of Alloys and Compounds 408−412、pp921−925(2006)
【非特許文献2】Journal of Luminescence 117、pp163−169(2006)
【非特許文献3】Journal of Physical Chemistry、68、pp3324−3346(1964)。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、上記の問題点に鑑み、従来よりも長波長の励起光で励起可能な、発光強度および発光効率に優れた蛍光体およびそれを含む発光性組成物、ならびにそれを用いた発光素子を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、鋭意検討の結果、希土類金属に少なくとも一つのホスフィンオキシドが配位した化合物を含む発光性組成物において、当該ホスフィンオキシドのうち少なくとも一つが分子中にSi−O−Si結合を有する場合に、f−f遷移が従来になく活性化することを見出した。
【発明の効果】
【0011】
本発明の発光性組成物を用いると近紫外領域〜青色領域の光を励起源として発光強度に優れた発光素子が実現できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明における蛍光体は、希土類金属にホスフィンオキシドが少なくとも一つ配位したものである。
【0013】
希土類金属は元素ごとに固有のエネルギー準位を有しているので、本発明においては、必要とするf−f遷移の発光波長と励起波長に応じて希土類金属を適宜選ぶことができる。例えば赤色発光素子の材料としてはSm3+、Eu3+、Tm3+などが、緑色発光素子の材料としてはPr3+、Tb3+、Dy3+、Ho3+、Er3+などが候補となる。これらは近紫外〜青色領域に相当するf−f遷移の励起準位をいくつか有するが、強発光の白色LEDを実現するためには、青色光励起においては特に、Eu3+の465nm付近および、Tb3+の480nm付近のf−f遷移に基づく励起が重要であり、近紫外励起においては特に、Eu3+の390nm付近および、Tb3+の380nm付近のf−f遷移に基づく励起が重要である。このため、希土類金属の中ではEuおよびTbが特に好ましい。
【0014】
一般的には、3価の希土類金属への配位子としてはβ−ジケトナートが用いられることが多い。本発明における蛍光体においても、ホスフィンオキシド配位子の他に、β−ジケトナートを配位子として含んでいてもよい。β−ジケトナートは1価の陰イオンとして金属原子に配位し、これが3つ配位することにより中性な分子が形成される。β−ジケトナートの配位した金属錯体が300nm〜350nmの光を効率的に吸収し、配位子から中心金属イオンへのエネルギー移動が起こり、金属イオンのエネルギー緩和に伴う発光が起こる。β−ジケトナートを有しない希土類金属錯体は光吸収率が低く、また全体として中性でない分子の場合には一般に有機物への溶解度が低くなり、有機分子に高濃度で溶解して強く発光させる用途には不適当なことが多い。
【0015】
3価の希土類金属にβ−ジケトナートが配位した化合物の合成法は、例えば非特許文献3に記載されており、希土類金属の化合物とβ−ジケトンとを塩基存在下で反応させることによって容易に得られる。
【0016】
上記の希土類金属の化合物は一般的に入手可能なものであれば特に限定されるものではない。例えば、酸化物、水酸化物、硫化物、フッ化物、塩化物、臭化物、ヨウ化物、硫酸塩、亜硫酸塩、二硫酸塩、硫酸水素塩、チオ硫酸塩、硝酸塩、亜硝酸塩、リン酸塩、亜リン酸塩、リン酸水素塩、リン酸二水素塩、二リン酸塩、ポリリン酸塩、(ヘキサ)フルオロリン酸塩、炭酸塩、炭酸水素塩、チオ炭酸塩、シアン化物、チオシアン化物、ホウ酸塩、(テトラ)フルオロホウ酸塩、シアン酸塩、チオシアン酸塩、イソチアン酸塩、アジ化物、窒化物、ホウ化物、ケイ酸塩、(ヘキサ)フルオロケイ酸塩、イソポリ酸、ヘテロポリ酸、その他の縮合ポリ酸の塩、などの無機化合物、アルコラート、チオラート、アミド、イミド、カルボン酸塩、スルホン酸塩、ホスホン酸塩、ホスフィン酸塩、アミノ酸塩、カルバミン酸塩、キサントゲン酸塩、などの有機化合物があげられる。
【0017】
一方、一般的な希土類錯体を製造する場合に、希土類金属に反応させる上記β−ジケトンの構造は式(1)に示す通りである。RおよびRはそれぞれ独立に、置換または非置換の、アリール基、アルキル基、または複素芳香環基であり、Rは任意の1価の置換基である。
【0018】
【化1】

【0019】
式中、各置換基は、原料の入手しやすさ、希土類錯体の必要な励起波長と得られる発光強度などの観点から、適宜選ぶことができる。RないしRは、置換または非置換の、アリール基、アルキル基、または複素芳香環基である。アリール基としてはフェニル基、ナフチル基、ビフェニル基、アンスリル基、ターフェニル基、シクロペンタジエニル基、インデニル基、などが挙げられる。複素芳香環基としては、フリル基、チエニル基、ピリジル基、キノリル基、ピロリル基、などが挙げられる。上記アリール基、アルキル基または複素芳香環を有する基が置換基を有する場合、その置換基としては、フルオロ基、アルキル基またはパーフルオロアルキル基、シアノ基、ニトロ基、アルコキシ基、置換あるいは無置換アミノ基、チオ基、などが挙げられる。これらのうち、RないしRとしては、メチル基、エチル基、プロピル基、ブチル基、フェニル基、若しくはこれらのパーフルオロ置換体、またはメチルフェニル基、エチルフェニル基、メトキシフェニル基、エトキシフェニル基、チエニル基、ナフチル基、フリル基、ピリジル基、キノリル基が好ましく、それらの中でもメチル基、トリフルオロメチル基、ブチル基、ヘプタフルオロプロピル基、フェニル基、ナフチル基、チエニル基、がより好ましい。
は、1価の基であれば限定されるものではないが、例えばH、ハロゲン原子、炭化水素基などが選ばれ、その中でも特にH、またはFが好ましい。
【0020】
次に、本発明の蛍光体に含まれるホスフィンオキシドについて述べる。このようなホスフィンオキシドの構造は下記式(2)に示す通りである。
【化2】

【0021】
式中、それぞれのRは同一であっても異なっていてもよく、そのうち少なくとも一つはシロキサン結合、すなわちSi−O−Si結合、を有する基であり、それ以外はアルキル基、置換アルキル基、アルコキシ基、置換アルコキシ基、フェニル基、置換フェニル基、ビフェニル基、置換ビフェニル基、ナフチル基、置換ナフチル基から選択されるものである。また、Rの一つが2価の炭化水素基、例えば炭素数1〜7のアルキレン基であり、式(2)で表される他のホスフィンオキシドと結合していてもよい。本発明においてはRのうち少なくとも一つがシロキサン結合を含むこと以外、特に限定されるものはない。
【0022】
本発明において、ホスフィンオキシド配位子に含まれるシロキサン結合は、その周辺の置換基を限定するものではないが、特にその結合がシリコーン樹脂の一部であることが好ましい。
【0023】
LEDにおいては、その封止のためにシリコーン樹脂を用いていることが多い。したがって、封止剤組成物に含まれるシリコーン樹脂を希土類錯体に反応させてシロキサン結合を蛍光体に導入することができれば、シリコーン樹脂を封止剤組成物の成分、および蛍光体の成分に兼用させることができるので好ましい。例えばLEDの封止用のシリコーン樹脂は、一般に、H−Si−基を有するシリコーン(以下ヒドロシリコーンという)とCH=CH−Si−基を有するシリコーン(以下ビニルシリコーンという)とを、触媒的に付加反応させて硬化するものである。具体的には、ヒドロシリコーンとビニルシリコーンを触媒の存在下で反応させて、Si−CH−CH−Siという化学構造を実現するものである。本発明におけるホスフィンオキシド中のシロキサン結合はヒドロシリコーンまたはビニルシリコーンに由来するものであることが特に好ましい。
【0024】
このようなホスフィンオキシド配位子の好ましい構造は、下記式(2A)で示されるものである:
【化3】

ここで、Lは二価の連結基であり、Sはシロキサン結合を含む基である。Lは例えば単結合または置換又は非置換の炭化水素基であり、より具体的には、単結合、炭素数1〜3のアルキレン基またはアリーレン基、エーテル結合、あるいはエーテル結合を含む炭化水素基などである。また、Sはシロキサン結合を含む基であり、その好ましい構造は下記式(Sa)で示されるものである:
【化4】

式中、R’は、それぞれ独立に、H、置換又は非置換の炭化水素基、置換または非置換のアミド基、水酸基、または式(Sa)で示されるシロキサン結合を含む基であり、好ましくは炭素数1〜3のアルキル基、または(Sa)で示されるシロキサン結合を含む基である。この構造は、そのまま発光性組成物中では樹脂成分としても機能することから、H、水酸基、またはアミド基などの反応性の高い基は少ないことが好ましい。ただし、さらなる反応に供する場合には、必要な反応性基を有することが必要である。
【0025】
さらに、製造原料や製造プロセスの容易化のため、本発明のホスフィンオキシド中にシロキサン結合を導入する反応は、希土類錯体に配位した、または遊離のホスフィンオキシドとシリコーン化合物とを反応させることにより行うのが一般的である。例えば、ヒドロシリコーンと、これと反応し得る置換基を有するホスフィンオキシドを反応させるか、ビニルシリコーンと、これと反応し得る置換基を有するホスフィンオキシドを反応させることが好ましく、ヒドロシリコーンと、これと反応し得る置換基を有するホスフィンオキシドを反応させることがより好ましい。ヒドロシリコーンと反応させるホスフィンオキシドの例としては、不飽和結合、例えばCH=CH−基、水酸基、あるいは、置換または無置換アミノ基を有するホスフィンオキシドなどがあげられ、特にビニル基、アリル基または水酸基を有するホスフィンオキシドが好ましい。このようなホスフィンオキシドの例として市販品としてはAldrich社製のジフェニルビニルホスフィンオキシド、アリルジフェニルホスフィンオキシド、ジフェニルホスフィニルメタノールなどが挙げられるが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0026】
ヒドロシリコーンとしては、特に限定されないが、具体的には下記式(HS−1)〜(HS−5)で表されるものが挙げられる。
【化5】

これらは、例えば、Gelest社よりHMS−013、HMS−082、HMS151、HMS−993、およびHQM−105の商品名で入手可能である。
【0027】
ビニルシリコーンとしては、特に限定されないが、具体的には下記式で表されるものが挙げられる。
【化6】

これらは、例えば、Gelest社製、DMS−V05、VDT−131、VDS−2513、VQM−135、VQX−221、およびPDV−0331の商品名で入手可能である。
【0028】
ホスフィンオキシドにシロキサン結合を導入する方法は、上記したように、ホスフィンオキシドとシリコーン化合物との反応によるのが一般的である。このような反応は、一般に白金触媒を付与して100〜150℃程度で1〜10時間程度加熱して行う。ただし、触媒の種類、温度、時間などの条件は、目的とする蛍光体の構造、蛍光体の用途などにより選択されるものであり、特に限定されるものではない。
【0029】
本発明におけるf−f遷移の増強の効果は、ホスフィンオキシド分子中にシロキサン結合が導入された時点で得られるものであるから、本発明の効果を得るためには、ホスフィンオキシドとあるシリコーン化合物との反応により得られた発光性組成物をさらに他のシリコーン化合物と反応させることは必須ではない。しかしながら、最終的なシリコーン樹脂組成物に対して硬度、接着性などに関する要求がある場合、別の種類のシリコーン化合物や他のケイ素を含むかまたは含まない任意の物質を添加して反応を行うこともできる。
【0030】
例えば、LED用封止樹脂においては、ヒドロシリコーンとビニルシリコーンとの反応は一般的には必須である。本発明による蛍光体は、このようなLED用封止樹脂に兼用し、または混合することもできる。そのような場合には、ホスフィンオキシドに結合されたヒドロシリコーンまたはビニルシリコーンに、ビニルシリコーンまたはヒドロシリコーンを反応させることが好ましい。
【0031】
上記のような、ホスフィンオキシドに結合したシリコーン化合物、例えばヒドロシリコーンと、他のシリコーン化合物、例えばビニルシリコーンとの反応は、前記したホスフィンオキシドとシリコーン化合物との反応と同様の条件で行うことが理想的であるが、触媒の種類、温度、時間などの条件は、目的とする蛍光体の構造、蛍光体の用途などにより選択されるものであり、特に限定されるものではない。
【0032】
ただし、本発明において、ホスフィンオキシドに2種類以上の異なったシリコーン化合物を反応させる場合には、シリコーン化合物同士の反応に先立って、ホスフィンオキシドとシリコーン化合物との反応を行うことが好ましい。具体的には、ホスフィンオキシドにヒドロキシシリコーンとビニルシリコーンとを反応させる場合には、ホスフィンオキシドとヒドロシリコーンとの反応は、ヒドロシリコーンとビニルシリコーンとの反応を行うよりも前に実施する方が好ましい。これは、ヒドロシリコーンとビニルシリコーンとの反応によってシリコーンが硬化してゲル状、ゴム状もしくはレジン状などになることがあり、あるいは粘度が増加すると、ホスフィンオキシドを均一に分散させることが困難になってしまうことがあるからである。従って、ホスフィンオキシドとヒドロシリコーンを反応させ、ついでビニルシリコーンを反応させることが好ましい。
【0033】
上記において、ホスフィンオキシドは希土類金属に配位した状態で反応を行うこと、すなわち希土類錯体とヒドロシリコーンとの反応を行うことが好ましい。一般にホスフィンオキシドなどの配位子は上記触媒の毒となって反応を阻害することが多いが、希土類金属に配位して錯体を形成していれば、遊離の状態で存在するホスフィンオキシドが少なくなり、反応阻害を抑制することができるためである。
【0034】
すなわち、本発明による蛍光体を製造する場合には、
(1)希土類金属にホスフィンオキシド配位子を結合させ、
(2)配位したホスフィンオキシド配位子にシリコーン化合物を反応させ、
(3)必要に応じて、別のシリコーン化合物を反応させる、
ことが好ましい。
【0035】
特許文献1には、Eu3+にβ−ジケトナートが3つ配位した錯体に対してホスフィンオキシドが配位し得る場所が2ヶ所あり、そこに異なるホスフィンオキシドが配位した場合に特に発光強度が強くなる旨が記載されている。一般に希土類金属には、ホスフィンオキシド配位子が配位可能な場所が2ヶ所以上あるが、本発明においては、そのうち少なくとも1ヶ所は本発明において特定された、シロキサン結合を有するホスフィンオキシドである必要があるが、他は特に限定されない。具体的には、シロキサン結合を有していないホスフィンオキシドが配位していても、前記したβ−ジケトナート配位子が配位していてもよい。ここで、異なった配位子が混在することにより、配位子場に歪みが生じて発光が強くなる傾向があるので、2種類以上の配位子が希土類金属に配位していることが好ましい。特に、シロキサン結合を有するホスフィンオキシドとβ−ジケトナート配位子とが希土類金属に配位していることが好ましい。
【0036】
本発明による蛍光性錯体は、光を吸収し、それよりも長波長の光を発光する特性を有する。この特性を利用すると、電気エネルギー等を利用して発光する発光素子、例えばLED素子やエレクトロルミネッセンス素子に組み合わせることで、その発光素子とは異なった波長の光を発生させることができる。さらには、YAG蛍光体や色素などを組み合わせることで演色性に優れた発光素子とすることができる。
【0037】
このような発光素子の一例がLED素子であり、その断面図は図8に示されるとおりである。収容容器4上に設けられたLEDチップ1の上に、本発明による蛍光体を含んでなる蛍光層2を配置する。LEDチップ1は電極5および6から供給される電力により発光する。このような構成により、LEDからの光により蛍光層2が発光し、LED素子3が機能する。
【0038】
本発明の実施態様の一つであるLED素子は、前記した蛍光体を含んでなるものである。このようなLED素子は、一般的には、ダイオードと、少なくとも1種以上の、前記の蛍光体を含んでなる蛍光層と、必要に応じてその他の着色組成物や発光性組成物を含む層とを具備してなる。このような組み合わせにより、ダイオードの発光色と本発明による発光性組成物の色と、存在する場合にはその他の着色組成物や発光性組成物との組み合わせにより、目的に応じた色の発光を得ることができる。例えばダイオードの発光色が青色で、これに黄色蛍光体が付与されたチップに、赤色蛍光を発光する本発明による発光性組成物を組み合わせることによって、赤みのある白色のLED素子を作製できる。また、青色ダイオードに緑色および赤色の本発明の発光性組成物を適量混合することによっても、白色LED素子を作製できる。赤や緑の単色のLED素子は、発光波長が近紫外領域にあるダイオードに対して当該色の本発明による発光性組成物を導入するか、または本発明による発光性組成物を少なくとも一つ含むように適宜色を組み合わせて目的の色となるようにすればよい。
【0039】
次に本発明の実施態様の一つであるエレクトロルミネッセンス素子は、前記した蛍光体を含んでなるものである。上記LED素子において設計する場合と同様に、適切な電圧印加によって青色に発光するエレクトロルミネッセンス素子に対して本発明による蛍光体を少なくとも一つ含む緑色および赤色の発光性組成物を導入することにより、所望の色、例えば白色に発光するエレクトロルミネッセンス素子とすることができる。また、本発明の発光性組成物は、エレクトロルミネッセンスによって得られる色表現域や特定の波長の発光強度を補う目的で本発明による蛍光体をエレクトロルミネッセンス素子に導入することもできる。
【0040】
次に、本発明で用いる発光性組成物の発光素子への導入について述べる。本発光性組成物は、LEDチップに導入する場合、LED用封止樹脂として用いるシリコーンの場合と同様に、収容容器内のチップ上に硬化前のシリコーンを滴下して導入した後、素子を加熱して熱硬化反応を進行させることが、製造プロセス上の都合上好ましい。その中でも、保管や取扱いの都合上、少なくともヒドロシリコーンおよびこれに本発明の発光性組成物を含むものをA液とし、少なくともビニルシリコーンおよび触媒を含むものをB液として、A液とB液とを別々に保管し、反応前に混合して使用することが、保管時の反応進行を抑制する意味で好ましいが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0041】
本発明の反応性組成物は、LED以外の発光素子に対しても、既知の一般的な方法を用いて素子に導入することができる。滴下法の他、塗布法やキャスト法、バインダーを用いた接着など、適宜選択して用いることができる。
【発明の詳細な実施の形態】
【0042】
以下、本発明の実施例を具体的に記述する。
【0043】
実施例1
希土類金属としてEu3+を、β−ジケトナートとして6,6,7,7,8,8,8−ヘプタフルオロ−2,2−ジメチル−3,5−オクタンジオナートを含む錯体として、トリス(6,6,7,7,8,8,8−ヘプタフルオロ−2,2−ジメチル−3,5−オクタンジオナート)ユーロピウム(Aldrich社製Resolve−Al(登録商標)EuFOD16093、以下、Eu錯体Aという)を用い、アリル基を有するホスフィンオキシドとしてアリルジフェニルホスフィンオキシド(東京化成株式会社製A1463)を用いて、以下の反応を行った。
【0044】
Eu錯体Aの1当量とアリルジフェニルホスフィンオキシドの2当量をエタノール20ml中で加熱攪拌後、乾燥させて、白色結晶性固体を得た。
【0045】
次に、末端がトリメチルシロキシ基である(7〜8%メチルヒドロシロキサン)−ジメチルシロキサンコポリマー、(Gelest社製HMS082(商品名);HS−2)を用い、触媒として白金−シクロビニルメチルシロキサン錯体溶液(Gelest社製SiP6832.2(商品名);以下触媒Xという)を用いて、以下の反応を行った。
【0046】
上で得られた白色結晶性固体30mgを130mgのヒドロシリコーンHS−2および触媒Xの1μLと混合し均一に分散させた後、120℃で2時間、150℃で4時間加熱攪拌して、白色ゴム状組成物を得た。この組成物の、Eu3+の616nmの発光で観測した場合の励起スペクトルは図1に示す通りであった。
【0047】
実施例2
アリルジフェニルホスフィンオキシド2当量の代わりに、水酸基を有するホスフィンオキシドとしてジフェニルホスフィニルメタノール(Aldrich社製)を2当量用いた以外は、実施例1と同様の製造法によって、最終的に白色ゴム状組成物を得た。この組成物の、Eu3+の616nmの発光で観測した場合の励起スペクトルは図2に示す通りであった。
【0048】
実施例3
アリルジフェニルホスフィンオキシド2当量の代わりに、アリルジフェニルホスフィンオキシド1当量と反応性置換基をもたないホスフィンオキシドとしてトリオクチルホスフィンオキシド(Aldrich社製22330−1)の1当量の混合物を用いた以外は、実施例1と同様の製造法によって、最終的にゴム状組成物を得た。この組成物の、Eu3+の616nmの発光で観測した場合の励起スペクトルは図3に示す通りであった。
【0049】
実施例4
実施例3と同様にEu3+の錯体と2種類のホスフィンオキシドとの反応を行った後、以下の反応を行った。得られた生成物の100mgと130mgのヒドロシリコーンHS−2と、触媒Xの1μLとを混合し均一に分散させた後、120℃で2時間加熱攪拌した。これにシリコーンの側鎖にビニル基が結合したビニルシリコーン(Gelest社製VQM135;VS−4)200mgと触媒Xの1μLを加えてさらに150℃で4時間加熱攪拌して、無色ゴム状組成物を得た。この組成物の、Eu3+の616nmの発光で観測した場合の励起スペクトルは図4に示す通りであった。
【0050】
実施例5
実施例3と同様にEu3+の錯体と2種類のホスフィンオキシドとの反応を行った後、以下の反応を行った。得られた生成物の100mgとシリコーンの末端にヒドロ基を有するヒドロシリコーン(Gelest社製HQM105;HS−5)20mg、触媒Xの1μLと混合し均一に分散させた後、120℃で2時間加熱攪拌した。これにVS−4の160mgと触媒Xの1μLを加えてさらに150℃で4時間加熱攪拌して、無色ゴム状組成物を得た。この組成物の、Eu3+の616nmの発光で観測した場合の励起スペクトルは図5に示す通りであった。
【0051】
実施例6
実施例4において、Eu錯体Aの代わりに、希土類金属としてTb3+を、β−ジケトナートとしてジピバロイルメタナートを含む錯体(Gelest社製AKT821;以下Tb錯体Bという)を用いた以外は、実施例4と同様の製造法によって、白色ゴム状組成物を得た。この組成物の、Tb3+の545nmの発光で観測した場合の励起スペクトルは図6に示す通りである。
【0052】
比較例1
Eu錯体Aを、そのままシリコーンと反応させた他は実施例4と同様の製造法を実施し、白色ゴム状組成物を得た。この組成物の、Eu3+の616nmの発光で観測した場合の励起スペクトルは図7に示す通りであった。
【0053】
参考例1
実施例4において、Eu錯体Aの代わりにアリルジフェニルホスフィンオキシドを用いた以外は、実施例4と同様の製造法を実施したが、シリコーンは液状のままで、ゴム状組成物を得ることができなかった。
【0054】
図1〜図7の励起スペクトルから分かるように、本発明の発光性組成物の励起スペクトル(図1〜図6)は比較例1の励起スペクトル(図7)と比べて、f−f遷移が大きく増強されている。また、図1〜3から分かるように、このf−f遷移の増強の効果は、ヒドロシリコーンとホスフィンオキシドとの反応の時点で生じており、ビニルシリコーンとの反応は必須でないことが分かった。また、参考例1に記述したように、シリコーンの硬化が阻害されないためには、ヒドロシリコーンと反応させるホスフィンオキシドは希土類金属に配位している方がよいことが分かった。
【図面の簡単な説明】
【0055】
【図1】実施例1で得られた組成物の、Eu3+の616nmの発光で観測した場合の励起スペクトル図。
【図2】実施例2で得られた組成物の、Eu3+の616nmの発光で観測した場合の励起スペクトル図。
【図3】実施例3で得られた組成物の、Eu3+の616nmの発光で観測した場合の励起スペクトル図。
【図4】実施例4で得られた組成物の、Eu3+の616nmの発光で観測した場合の励起スペクトル図。
【図5】実施例5で得られた組成物の、Eu3+の616nmの発光で観測した場合の励起スペクトル図。
【図6】実施例6で得られた組成物の、Tb3+の545nmの発光で観測した場合の励起スペクトル図。
【図7】比較例1で得られた組成物の、Eu3+の616nmの発光で観測した場合の励起スペクトル図。
【図8】本発明の一実施形態に係るLED素子の概略を示す図。
【符号の説明】
【0056】
1 LEDチップ
2 発光性組成物
3 LED素子
4 収容容器
5、6 電極端子

【特許請求の範囲】
【請求項1】
希土類金属と、構造中に少なくとも一つのシロキサン結合を有し、前記希土類金属に結合したホスフィンオキシド配位子とを含んでなることを特徴とする蛍光体。
【請求項2】
前記希土類金属が、Eu、Tb、およびそれらの混合物からなる群から選択される少なくとも1つである、請求項1に記載の発光性組成物。
【請求項3】
前記ホスフィンオキシド配位子が、下記式(2)に示される構造を有するものである、請求項1または2に記載の発光性組成物。
【化1】

式中、それぞれのRは同一であっても異なっていてもよく、そのうち少なくとも一つはシロキサン結合を有する基であり、それ以外はアルキル基、置換アルキル基、アルコキシ基、置換アルコキシ基、フェニル基、置換フェニル基、ビフェニル基、置換ビフェニル基、ナフチル基、置換ナフチル基から選択されるものである。
【請求項4】
配位子として少なくとも一つのβジケトナート配位子をさらに含んでなる、請求項1〜3のいずれか1項に記載の蛍光体。
【請求項5】
希土類金属と、構造中に少なくとも一つのシロキサン結合を有する、前記希土類金属に結合したホスフィンオキシド配位子とを含んでなる蛍光体を含んでなることを特徴とする発光性組成物。
【請求項6】
希土類金属と、不飽和結合、水酸基、ならびに置換および無置換アミノ基からなる群から選択される少なくとも一つの結合を有し、前記希土類金属に結合したホスフィンオキシド配位子とを含んでなる希土類錯体と、かつシロキサン結合を少なくとも一つ有する化合物とを反応させる工程を含んでなることを特徴とする、蛍光体の製造法。
【請求項7】
前記シロキサン結合を少なくとも一つ有する化合物が、ヒドロシリコーンである、、請求項6に記載の蛍光体の製造法。
【請求項8】
希土類錯体とヒドロシリコーンを反応させ、ついでビニルシリコーンを反応させる、請求項6または7に記載の蛍光体の製造法。
【請求項9】
請求項1〜4のいずれか1項に記載の蛍光体を含んでなる発光性組成物を含んでなることを特徴とする発光素子。
【請求項10】
少なくとも波長370〜500nmの範囲に含まれる光を発する励起光源を具備してなる、請求項9に記載の発光素子。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2009−46577(P2009−46577A)
【公開日】平成21年3月5日(2009.3.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−213638(P2007−213638)
【出願日】平成19年8月20日(2007.8.20)
【出願人】(000003078)株式会社東芝 (54,554)
【Fターム(参考)】