説明

惰行制御装置

【課題】ドライバーのアクセル操作に応じた惰行制御を行うことができ、ドライバーの不快感を低減可能な惰行制御装置を提供する。
【解決手段】所定の学習開始条件を満たし、かつ、アクセル開度速度が、惰行制御開始条件、あるいは惰行制御終了条件で設定されているしきい値範囲外となったとき、当該アクセル開度速度の大きさに応じて、前記しきい値範囲を拡大するアクセル開度速度学習手段6を備えた。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ドライバーのアクセル操作に応じた惰行制御を行うことが可能な惰行制御装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
車両において、クラッチが断のとき、アクセルペダルが踏み込まれると、アクセルが開かれてエンジンがいわゆる空ぶかしとなり、エンジン回転数は、アクセル開度に対応したエンジン回転数に落ち着く。このとき、エンジンが発生させた駆動力とエンジン内部抵抗(フリクション)とが均衡し、エンジン出力トルクは0である。すなわち、エンジンは、外部に対して全く仕事をせず、燃料が無駄に消費される。
【0003】
エンジンが外部に対して仕事をしない状態は、前述したクラッチ断のときの空ぶかしに限らず、車両の走行中にも発生している。このとき、エンジンは、空ぶかしのときと同じようにアクセル開度に対応したエンジン回転数で回転するだけで、車両の加速・減速に寄与しない。したがって、エンジンを回転させるためだけに燃料が消費されており、非常に無駄である。
【0004】
本出願人は、エンジンが回転はしているが外部に対して仕事をしないときに、クラッチを断にし、エンジンをアイドル状態に戻して燃料消費を抑える惰行制御を行う惰行制御装置を提案した(特許文献2)。
【0005】
惰行制御は、クラッチを自動で断接できる機構を搭載した車両において、エンジンが回転はしているが外部に対して仕事をしないときに自動でクラッチを切り、エンジン回転数をアイドリング回転数又は相当する回転数とする事で、燃費を向上させる手法である。
【0006】
惰行制御は、上述のように自動でエンジン出力を切る(自動でクラッチを断接する)ことができる車両であれば適用できるので、マニュアル式のクラッチシステム(マニュアルT/M)に限らず、自動式のクラッチシステム(通常のトルコンATやAMT)においても同様の効果を得ることが可能である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平8−67175号公報
【特許文献2】特開2006−342832号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、特許文献2では、ドライバーが加速の意志でアクセルを踏み込んでいるときにもクラッチが断にされる場合があり、ドライバーにとっては減速から加速に移行する際にトルク抜けが感じられ、違和感がある。
【0009】
そこで、本出願人は、アクセル開度とクラッチ回転数を指標とする惰行制御判定マップを作成し、この惰行制御判定マップ上で、アクセル開度とクラッチ回転数の座標点が予め設定された惰行制御しきい線をアクセル開度が減少する方向に通過したとき、惰行制御を開始する惰行制御装置を提案中である。
【0010】
ところで、この惰行制御装置では、アクセル開度速度(アクセルペダルの操作速度)がしきい値範囲内であるときのみ惰行制御を行うようになっており、アクセル開度速度がしきい値範囲外となると、惰行制御を終了するようになっている。
【0011】
しかしながら、従来の惰行制御装置では、アクセル開度速度のしきい値範囲を固定しているため、ドライバーのアクセル操作の傾向によっては、惰行制御が短時間しか行われず、十分な燃費削減効果が得られないといった問題があった。
【0012】
より具体的には、例えば、アクセル操作の小さいドライバーの場合、アクセル開度速度も小さく、上述のしきい値範囲内となるため、十分に惰行制御を行うことができる。しかし、アクセル操作の大きいドライバーの場合、アクセル開度速度も大きくなり、惰行制御を行う時間が極端に短くなってしまうおそれがある。惰行制御を行う時間が極端に短くなると、十分な燃費削減効果が得られないのみならず、ハンチングなどの現象を引き起こすこととなり、ドライバーが不快と感じるおそれがある。
【0013】
そこで、本発明の目的は、上記課題を解決し、ドライバーのアクセル操作に応じた惰行制御を行うことができ、ドライバーの不快感を低減可能な惰行制御装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明は上記目的を達成するために創案されたものであり、走行中にエンジンが外部に対して仕事をしないときに、クラッチを断にすると共に、エンジン回転数をアイドル回転数に落とす惰行制御を行う惰行制御装置において、アクセル開度センサの出力信号を基にアクセル開度を検出するアクセル開度検出部と、該アクセル開度検出部で検出したアクセル開度を基にアクセル開度速度を演算し、そのアクセル開度速度が所定のしきい値範囲内であるとき、惰行制御開始の判定を許可する判定条件検出部とを備え、さらに、所定の学習開始条件を満たし、かつ、前記アクセル開度速度が前記しきい値範囲外となったとき、当該アクセル開度速度の大きさに応じて、前記しきい値範囲を拡大するアクセル開度速度学習手段を備えた惰行制御装置である。
【0015】
前記しきい値範囲は、しきい値Bを用いて−B〜Bの範囲に設定され、前記アクセル開度速度学習手段は、前記学習開始条件を満たしたときに、学習フラグをオンにする学習フラグ制御部と、前記学習フラグがオンであり、かつ、アクセル開度速度の絶対値Aが前記しきい値Bよりも大きいとき、下式
C=(A−B)×k
但し、k:係数(k<1)
で得られるしきい値増加量Cを用いて、前記しきい値Bに前記しきい値増加量Cを加えた値を新たなしきい値Bとすることで、前記しきい値範囲を拡大するしきい値範囲制御部と、を備えてもよい。
【0016】
前記しきい値範囲制御部は、エンジン停止時あるいはエンジン始動時に、前記しきい値範囲を初期値に戻すようにされてもよい。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、ドライバーのアクセル操作に応じた惰行制御を行うことができ、ドライバーの不快感を低減可能な惰行制御装置を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明の惰行制御装置が適用される車両の入出力構成図である。
【図2】本発明の惰行制御装置が適用される車両のクラッチシステムのブロック構成図である。
【図3】図2のクラッチシステムを実現するアクチュエータの構成図である。
【図4】本発明において、惰行制御の概要を説明するための作動概念図である。
【図5】本発明において、惰行制御判定マップのグラフイメージ図である。
【図6】本発明において、惰行制御による燃費削減効果を説明するためのグラフである。
【図7】本発明において、実際に惰行制御が行われた惰行制御判定マップの図である。
【図8】本発明の惰行制御装置の制御フローを説明するフローチャートである。
【図9】本発明において、アクセル開度速度を求める方法を説明する図である。
【図10】本発明において、学習フラグの制御の制御フローを説明するフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明の好適な実施の形態を添付図面にしたがって説明する。
【0020】
図1は、本実施の形態に係る惰行制御装置が適用される車両の入出力構成図である。
【0021】
図1に示すように、車両には、主として変速機・クラッチを制御する電子制御ユニット11と、主としてエンジンを制御するECM(エンジン・コントロール・モジュール)12が設けられている。
【0022】
電子制御ユニット11には、シフトノブスイッチ、変速機のシフトセンサ、セレクトセンサ、ニュートラルスイッチ、T/M回転センサ、車速センサ、アイドルスイッチ、マニュアル切替スイッチ、パーキングブレーキスイッチ、ドアスイッチ、ブレーキスイッチ、半クラッチ調整スイッチ、クラッチセンサ、油圧スイッチの各入力信号線が接続されている。また、電子制御ユニット11には、クラッチシステム51の油圧ポンプ64のモータおよびソレノイドバルブ62、坂道発進補助用バルブ、ウォーニング&メータの各出力信号線が接続されている。
【0023】
ECM12には、図示しないがエンジン制御に利用される各種の入力信号線と出力信号線が接続されている。ECM12は、エンジン回転数、アクセル開度、エンジン回転変更要求の各信号をCAN(Controller Area Network;車載ネットワーク)の伝送路を介して電子制御ユニット11に送信することができる。
【0024】
ここで、車両のクラッチシステムについて説明しておく。
【0025】
図2に示すように、車両のクラッチシステム51は、マニュアル式と電子制御ユニット11の制御による自動式との両立方式である。クラッチペダル52に機械的に連結されたクラッチマスターシリンダ53は、クラッチフリーオペレーティングシリンダ54に動作油を供給するようになっている。一方、電子制御ユニット11で制御されるクラッチフリーアクチュエータユニット55もまた、クラッチフリーオペレーティングシリンダ54に動作油を供給するようになっている。クラッチフリーオペレーティングシリンダ54は、クラッチスレーブシリンダ56に動作油を供給するようになっている。クラッチスレーブシリンダ56のピストン57がクラッチ58の可動部に機械的に連結されている。
【0026】
図3に示すように、図2のクラッチフリーオペレーティングシリンダ54である中間シリンダ61、クラッチフリーアクチュエータユニット55を構成するソレノイドバルブ62、リリーフバルブ63、油圧ポンプ64がクラッチフリーアクチュエータ65に設けられる。中間シリンダ61は、プライマリピストン66とセカンダリピストン67とが直列配置されており、クラッチマスターシリンダ53からの動作油によりプライマリピストン66がストロークすると、セカンダリピストン67が随伴してストロークするようになっている。また、クラッチフリーアクチュエータユニット55からの動作油によりセカンダリピストン67がストロークするようになっている。セカンダリピストン67のストロークに応じてクラッチスレーブシリンダ56に動作油が供給されるようになっている。この構成により、マニュアル操作が行われたときには、優先的にマニュアル操作どおりのクラッチ断・接が実行され、マニュアル操作が行われていないときには電子制御ユニット11の制御どおりのクラッチ断・接が実行される。
【0027】
ここでは、マニュアル式と自動式の両立方式のクラッチシステムについて説明したが、自動式のクラッチシステム(ATM)であってもよい。
【0028】
次に、本実施の形態に係る惰行制御装置について説明する。
【0029】
車両には、走行中にエンジンが外部に対して仕事をしないときに、クラッチを断にすると共に、エンジン回転数をアイドル回転数(又は相当する回転数)に落とす惰行制御を行う惰行制御装置1が搭載されている。
【0030】
まず、図4により、惰行制御の作動概念を説明する。図4においては、横軸は時間と制御の流れを示し、縦軸はエンジン回転数を示す。
【0031】
図4に示すように、アクセルペダル71が大きく踏み込まれてアクセル開度70%の状態が継続する間、エンジン回転数72が上昇し、車両が加速される。エンジン回転数72が安定し、アクセルペダル71の踏み込みが小さくなりアクセル開度が35%になったとき後述する惰行制御開始条件が成立したとする。惰行制御開始により、クラッチが断に制御され、エンジン回転数72がアイドル回転数に制御される。その後、アクセルペダル71の踏み込みがなくなってアクセル開度が0%になるか又はその他の惰行制御終了条件が成立したとする。惰行制御終了により、エンジンが回転合わせ制御され、クラッチが接に制御される。この例では、アクセル開度が0%であるので、エンジンブレーキの状態となり、車両は減速される。
【0032】
惰行制御が行われなかったとすると、惰行制御の実行期間の間、破線のようにエンジン回転数が高いまま維持されることになるので、燃料が無駄に消費されるが、惰行制御が行われることで、エンジン回転数72がアイドル回転数となり燃料が節約される。
【0033】
図1に戻り、惰行制御装置1は、具体的には、所定時間ごとにアクセル開度センサの出力信号をデジタルサンプリングし、その移動平均値を所定時間ごとのアクセル開度とするアクセル開度検出部2と、アクセル開度の所定時間分を微分してアクセル開度速度を演算し、そのアクセル開度速度が所定のしきい値範囲内であるとき(アクセル開度速度が負であって、かつ、その絶対値があらかじめ設定された開始基準値より小さいとき)、惰行制御開始の判定を許可する判定条件検出部3と、アクセル開度とクラッチ回転数を指標とし、エンジン出力トルクが負となるマイナス領域とエンジン出力トルクが正となるプラス領域との境界となるエンジン出力トルクゼロ線(ノーロード線)に沿わせて惰行制御しきい線が設定され、かつ、マイナス領域とプラス領域との間に惰行制御しきい線を含む有限幅の惰行制御可能領域が設定された惰行制御判定マップ4と、惰行制御開始の判定が許可されており、惰行制御判定マップ4上で、アクセル開度とクラッチ回転数の座標点が惰行制御しきい線をアクセル開度が減少する方向に通過したとき、惰行制御を開始し、かつ、アクセル開度とクラッチ回転数の座標点が惰行制御可能領域から外に出たとき、あるいはアクセル開度速度が前記しきい値範囲外となったときに、惰行制御を終了する惰行制御実行判定部5とを備えている。
【0034】
ここで、クラッチ回転数とは、クラッチのドリブン側の回転数であり、トランスミッションのインプットシャフトの回転数と同一である。本実施形態では、インプットシャフトにクラッチ回転数センサを設け、インプットシャフトの回転数からクラッチ回転数を検出するようにした。
【0035】
アクセル開度検出部2、判定条件検出部3、惰行制御判定マップ4、惰行制御実行判定部5は、電子制御ユニット11に搭載されるのが好ましい。
【0036】
図5に、惰行制御判定マップ4をグラフイメージで示す。
【0037】
惰行制御判定マップ4は、あらかじめエンジンについてアクセル開度とクラッチ回転数の相関をクラッチ断の状態にて計測して作成される。
【0038】
図5に示すように、惰行制御判定マップ4は、横軸をアクセル開度とし、縦軸をクラッチ回転数とするマップである。惰行制御判定マップ4は、エンジン出力トルクが負となるマイナス領域Mと、エンジン出力トルクが正となるプラス領域Pとに分けることができる。すなわち、マイナス領域Mは、エンジン要求トルクよりもエンジンのフリクションが大きく、エンジン出力トルクが負となる領域である。プラス領域Pは、エンジン要求トルクがエンジンのフリクションより大きいため、エンジン出力トルクが正となる領域である。マイナス領域Mとプラス領域Pの境界となるエンジン出力トルクゼロ線(ノーロード線)Zは、エンジンが外部に対して仕事をせず、燃料が無駄に消費されている状態を示している。
【0039】
本実施形態では、惰行制御判定マップ4のエンジン出力トルクゼロ線Zよりやや左(アクセル開度が小さい側)に惰行制御しきい線Tが設定される。
【0040】
惰行制御判定マップ4には、マイナス領域Mとプラス領域Pとの間に惰行制御しきい線Tを含む有限幅の惰行制御可能領域CAが設定される。
【0041】
惰行制御判定マップ4には、クラッチ回転数の下限しきい線Uが設定されている。下限しきい線Uは、アクセル開度とは無関係にクラッチ回転数の下限しきい値を規定したものである。下限しきい線Uは、アイドル状態におけるクラッチ回転数よりも図示のようにやや上に設定される。
【0042】
惰行制御装置1では、次の4つの惰行制御開始条件が全て成立したとき、惰行制御を開始するようになっている。
(1)アクセル開度速度がしきい値範囲内
(2)惰行制御判定マップ4において惰行制御しきい線Tをアクセル戻し方向で通過
(3)惰行制御判定マップ4へのプロット点が惰行制御可能領域CA内
(4)惰行制御判定マップ4においてクラッチ回転数が下限しきい線U以上
【0043】
また、惰行制御装置1では、次の2つの惰行制御終了条件がひとつでも成立したとき、惰行制御を終了するようになっている。
(1)アクセル開度速度がしきい値範囲外
(2)惰行制御判定マップ4へのプロット点が惰行制御可能領域CA外
【0044】
図6により、惰行制御による燃費削減効果を説明する。
【0045】
まず、惰行制御を行わないものとする。エンジン回転数は、約30sから約200sまでの間、1600〜1700rpmの範囲で遷移しており、約200sから約260sまでの間に、約1700rpmから約700rpm(アイドル回転数)へ低下している。
【0046】
エンジントルクは、約30sから約100sまでの間に増加しているが、その後、減少に転じ、約150sまで減少を続けている。エンジントルクは、約150sから約160sまで(楕円B1)、約200sから約210sまで(楕円B2)、約220sから約260sまで(楕円B3)の3箇所で、ほぼ0Nmとなっている。
【0047】
燃料消費量(縦軸目盛りなし;便宜上、エンジントルクと重なるように配置してある)は、約50sから約200sまではエンジントルクの遷移にほぼ随伴して変化している。エンジントルクがほぼ0Nmであっても、燃料消費量は0ではない。
【0048】
ここで惰行制御を行うものとすると、エンジントルクがほぼ0Nmとなる期間において、エンジン回転数がアイドル回転数に制御されることになる。グラフには、惰行制御を行わないエンジン回転数の線(実線)から分かれるように惰行制御時のエンジン回転数の線(太い実線)が示される。惰行制御は、楕円B1,B2,B3の3回にわたり実行された。この惰行制御が行われた期間における燃料消費量は、惰行制御を行わない場合の燃料消費量を下回っており、燃料消費が節約されたことが分かる。
【0049】
図7に、実際に惰行制御が行われた惰行制御判定マップ100を示す。各点は、実際に検出されたアクセル開度とクラッチ回転数のプロット点を示す。惰行制御判定マップ100には、マイナス領域、プラス領域、惰行制御しきい線(加速0しきい点、減速0しきい点)、惰行制御可能領域がそれぞれ設定されている。
【0050】
さて、本実施の形態に係る惰行制御装置1は、所定の学習開始条件を満たし、かつ、アクセル開度速度がしきい値範囲外となったとき、当該アクセル開度速度の大きさに応じて、しきい値範囲を拡大するアクセル開度速度学習手段6を備えている。このアクセル開度速度学習手段6は、つまり、ドライバーのアクセル操作を学習し、ドライバーのアクセル操作に応じて適切なしきい値範囲となるように、しきい値範囲を制御するものである。なお、ここでいうしきい値範囲とは、判定条件検出部3や惰行制御実行判定部5で用いるアクセル開度速度のしきい値範囲(上述の惰行制御開始条件の(1)、惰行制御終了条件の(1)におけるアクセル開度速度のしきい値範囲)のことである。以下、単にしきい値範囲というときは、判定条件検出部3や惰行制御実行判定部5で用いるアクセル開度速度のしきい値範囲を意味することとする。このしきい値範囲は、しきい値Bを用いて−B〜Bの範囲に設定される。しきい値Bの値(初期値)は、実験等により適切な値に設定される。
【0051】
アクセル開度速度学習手段6は、惰行制御を開始したときに学習フラグをオンにし、惰行制御判定マップ4上で、アクセル開度とクラッチ回転数の座標点が惰行制御可能領域CAから外に出たときに学習フラグをオフする学習フラグ制御部7と、学習フラグがオンであり、かつ、アクセル開度速度の絶対値Aがしきい値Bよりも大きいとき、下式
C=(A−B)×k
但し、k:係数(k<1)
で得られるしきい値増加量Cを用いて、しきい値Bにしきい値増加量Cを加えた値を新たなしきい値Bとすることで、しきい値範囲を拡大するしきい値範囲制御部8とを備える。
【0052】
つまり、本実施の形態に係る惰行制御装置1では、次の4つの学習開始条件が全て成立したとき、学習フラグ制御部7が学習フラグをオンにし、しきい値範囲の制御を開始するようになっている。
(1)アクセル開度速度がしきい値範囲内
(2)惰行制御判定マップ4において惰行制御しきい線Tをアクセル戻し方向で通過
(3)惰行制御判定マップ4へのプロット点が惰行制御可能領域CA内
(4)惰行制御判定マップ4においてクラッチ回転数が下限しきい線U以上
【0053】
これら(1)〜(4)の学習開始条件は、上述の惰行制御開始条件と同じである。
【0054】
なお、本実施の形態では、学習開始条件を惰行制御開始条件と同じに設定しているが、学習開始条件を惰行制御開始条件と異ならせてもよい。例えば、学習開始条件の(1)で用いるしきい値範囲として惰行制御開始条件と異なるしきい値範囲を用いてもよいし、また、学習開始条件の(1)を省略することも可能である。ただし、学習開始条件の(1)を省略する場合、惰行制御判定マップ4上で、アクセル開度とクラッチ回転数の座標点がプラス領域P側からマイナス領域M側に惰行制御可能領域CAを横切るような場合(例えば、ある程度アクセルペダルを踏み込んだ状態から急にアクセルペダルを開放したような場合)についても学習が行われることになるので、しきい値範囲が拡大されやすくなる。よって、この場合は、係数kとして非常に小さい値を設定する、あるいはアクセル開度とクラッチ回転数の座標点が惰行制御可能領域CA内に所定時間以上存在した場合のみしきい値範囲の制御を行うなどの対策が必要である。
【0055】
また、惰行制御装置1では、次の学習禁止条件が成立したとき、学習フラグ制御部7が学習フラグをオフにし、しきい値範囲の制御を終了するようになっている。
【0056】
(1)惰行制御判定マップ4へのプロット点が惰行制御可能領域CA外
学習フラグ制御部7、しきい値範囲制御部8は、アクセル開度検出部2、判定条件検出部3、惰行制御判定マップ4、惰行制御実行判定部5と同様に、電子制御ユニット11に搭載される。なお、学習フラグ制御部7、しきい値範囲制御部8は、電子制御ユニット11以外のユニット(例えばECM12)に搭載されていてもよく、また、アクセル開度検出部2、判定条件検出部3、惰行制御判定マップ4、惰行制御実行判定部5が搭載されたユニットとは別のユニットに搭載されていてもよい。
【0057】
次に、アクセル開度速度学習手段6における制御フローについて図8を用いて説明する。
【0058】
図8に示すように、まず、学習フラグ制御部7が学習フラグの制御を行う(ステップS1)。ステップS1の学習フラグの制御の詳細については後述する。
【0059】
学習フラグの制御を行った後、しきい値範囲制御部8が、学習フラグがオンであるかを判断する(ステップS2)。ステップS2にて学習フラグがオンでない(NO)と判断された場合、処理を終了する。
【0060】
ステップS2にて学習フラグがオンである(YES)と判断された場合、しきい値範囲制御部8が、アクセル開度速度A(絶対値)を求める(ステップS3)。
【0061】
図9に示すように、アクセル開度速度Aは、アクセル開度検出部2で検出したアクセル開度と、時間とから算出することができる。本実施の形態では、アクセル開度の所定時間分を微分してアクセル開度速度Aを算出することとした。
【0062】
アクセル開度速度Aを求めた後、しきい値範囲制御部8は、求めたアクセル開度速度Aがしきい値Bよりも大きいかを判断する(ステップS4)。ステップS4にてアクセル開度速度Aがしきい値Bよりも大きくない(NO)と判断された場合、すなわちアクセル開度速度Aがしきい値範囲内にあると判断された場合、しきい値範囲を拡大する必要はないので、処理を終了する。
【0063】
ステップS4にてアクセル開度速度Aがしきい値Bよりも大きい(YES)と判断された場合、すなわちアクセル開度速度Aがしきい値範囲外にあると判断された場合、しきい値範囲制御部8は、アクセル開度速度Aとしきい値Bとの差に係数kを乗じたしきい値増加量Cを求め(ステップS5)、現在のしきい値Bにしきい値増加量Cを加えた値を、新たなしきい値Bとし(ステップS6)、処理を終了する。以降、惰行制御開始条件や惰行制御終了条件には、新たに設定されたしきい値Bが使用されることとなり、アクセル開度速度のしきい値範囲が拡大される。
【0064】
また、図8の制御フローでは図示していないが、しきい値範囲制御部8は、エンジン停止時あるいはエンジン始動時に、しきい値Bを初期値に戻し、しきい値範囲を初期値に戻す。これにより、エンジンを停止するごと(あるいはエンジンを始動するごと)にしきい値範囲をリセットし、改めてしきい値範囲を適切な範囲に設定し直すことが可能となり、ドライバーが頻繁に交代するような車両においても、各ドライバーの個性に応じた適切なしきい値範囲に設定することが可能となる。
【0065】
次に、ステップS1の学習フラグの制御について図10を用いて説明する。
【0066】
図10に示すように、学習フラグの制御では、まず、学習フラグ制御部7が、学習禁止条件が不成立であるかを判断する(ステップS11)。
【0067】
ステップS11にて学習禁止条件が不成立である(YES)と判断された場合、つまり、惰行制御判定マップ4上で、アクセル開度とクラッチ回転数の座標点が惰行制御可能領域CA内にあると判断された場合、学習フラグ制御部7は、学習開始条件が成立するかを判断する(ステップS12)。
【0068】
ステップS12にて学習開始条件が成立する(YES)と判断された場合、学習フラグ制御部7は、学習フラグをONにして(ステップS13)、処理を終了する。なお、本実施の形態では、学習開始条件を惰行制御開始条件と同じにしているので、惰行制御が開始されたときに学習フラグがONにされることになる。ステップS12にて学習開始条件が成立しない(NO)と判断された場合、そのまま処理を終了して学習フラグを維持する。
【0069】
また、ステップS11にて学習禁止条件が不成立でない(NO)と判断された場合、つまり、惰行制御判定マップ4上で、アクセル開度とクラッチ回転数の座標点が惰行制御可能領域CA外にあると判断された場合、学習フラグ制御部7は、学習フラグをOFFにして(ステップS14)、処理を終了する。
【0070】
以上説明したように、本実施の形態に係る惰行制御装置1では、所定の学習開始条件を満たし、かつ、アクセル開度速度がしきい値範囲外となったとき、当該アクセル開度速度の大きさに応じて、しきい値範囲を拡大するアクセル開度速度学習手段6を備えている。
【0071】
アクセル開度速度学習手段6を備えることにより、ドライバーのアクセル操作を学習して、惰行制御開始条件や惰行制御終了条件におけるアクセル開度速度のしきい値範囲を適切に設定することが可能となる。そのため、たとえアクセル操作が大きくアクセル開度速度が大きいドライバーであっても、ドライバーのアクセル操作に応じた惰行制御を行い、惰行制御を行う時間を十分に確保することが可能となり、ハンチングなどの現象を引き起こすこともなくなる。よって、惰行制御装置1によれば、十分な燃費削減効果を得ることが可能となり、ドライバーの不快感を低減することができる。
【0072】
また、惰行制御装置1では、エンジン停止時あるいはエンジン始動時に、しきい値範囲を初期値に戻すようにしているため、たとえドライバーが頻繁に交代するような車両に適用される場合であっても、各ドライバーの個性に応じた適切なしきい値範囲に設定することが可能である。
【符号の説明】
【0073】
1 惰行制御装置
2 アクセル開度検出部
3 判定条件検出部
4 惰行制御判定マップ
5 惰行制御実行判定部
6 アクセル開度速度学習手段
7 学習フラグ制御部
8 しきい値範囲制御部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
走行中にエンジンが外部に対して仕事をしないときに、クラッチを断にすると共に、エンジン回転数をアイドル回転数に落とす惰行制御を行う惰行制御装置において、
アクセル開度センサの出力信号を基にアクセル開度を検出するアクセル開度検出部と、 該アクセル開度検出部で検出したアクセル開度を基にアクセル開度速度を演算し、そのアクセル開度速度が所定のしきい値範囲内であるとき、惰行制御開始の判定を許可する判定条件検出部とを備え、
さらに、所定の学習開始条件を満たし、かつ、前記アクセル開度速度が前記しきい値範囲外となったとき、当該アクセル開度速度の大きさに応じて、前記しきい値範囲を拡大するアクセル開度速度学習手段を備えたことを特徴とする惰行制御装置。
【請求項2】
前記しきい値範囲は、しきい値Bを用いて−B〜Bの範囲に設定され、
前記アクセル開度速度学習手段は、
前記学習開始条件を満たしたときに、学習フラグをオンにする学習フラグ制御部と、
前記学習フラグがオンであり、かつ、アクセル開度速度の絶対値Aが前記しきい値Bよりも大きいとき、下式
C=(A−B)×k
但し、k:係数(k<1)
で得られるしきい値増加量Cを用いて、前記しきい値Bに前記しきい値増加量Cを加えた値を新たなしきい値Bとすることで、前記しきい値範囲を拡大するしきい値範囲制御部と、を備えた請求項1記載の惰行制御装置。
【請求項3】
前記しきい値範囲制御部は、エンジン停止時あるいはエンジン始動時に、前記しきい値範囲を初期値に戻すようにされる請求項2記載の惰行制御装置。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate


【公開番号】特開2012−11944(P2012−11944A)
【公開日】平成24年1月19日(2012.1.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−152127(P2010−152127)
【出願日】平成22年7月2日(2010.7.2)
【出願人】(000000170)いすゞ自動車株式会社 (1,721)
【出願人】(391008559)株式会社トランストロン (30)
【Fターム(参考)】