説明

成膜方法、それを用いて製造された構造物及び圧電素子、並びに、液体吐出ヘッドの製造方法

【課題】AD法を用いることにより、比較的高い温度で成膜することができ、且つ、精度の高いパターンを形成できる成膜方法を提供する。
【解決手段】エアロゾルデポジション法を用いて所望のパターンを有する膜を形成する方法であって、対象物上に、アモルファス構造を有する成分を含有する第1の膜を形成する工程(a)と、第2の膜が形成される所望の成膜領域において、第1の膜に含まれているアモルファス構造を有する成分を結晶化する工程(b)と、成膜材料の粉体をノズルから第1の膜に向けて噴射することにより、工程(b)において結晶化された第1の膜の成膜領域上に第2の膜を形成する工程(c)とを含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、成膜材料の粉体を基板に吹き付けて堆積させるエアロゾルデポジション(aerosol deposition:AD)法を用いて、基板上に所望のパターンを有する膜を形成する成膜方法に関する。また、本発明は、そのような成膜方法を用いて製造された構造物及び圧電素子アレイに関する。さらに、本発明は、そのような成膜方法を含む液体吐出ヘッド(インクジェットヘッド)の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
図8及び図9を参照しながら、インクジェットプリンタにおいてインクを吐出する液体吐出ヘッドの一般的な構造について説明する。図8は、インクジェットプリンタの印字部の周辺を示す平面図である。図8に示すように、印字部100は、ローラ102及び103に掛け渡されたベルト104に吸着保持されている記録紙101の上部に配置されている。記録紙101は、制御信号に従って駆動されるローラ102及び103及びベルト104により、矢印の方向に送られる。
【0003】
印字部100は、インクを吐出する複数の液体吐出ヘッド100a〜100dを含んでいる。これらの液体吐出ヘッド100a〜100dは、記録紙101の紙幅に対応する長さを有するライン型ヘッドである。液体吐出ヘッド100a〜100dの各々は、記録紙101の紙送り方向に対して直交する方向に配置された複数のノズル部を含んでおり、供給される制御信号に従って、黒、シアン、マゼンタ、イエローのインクをそれぞれ吐出する。
印字検出部105は、印字部100による印字結果を撮像するためのラインセンサを含んでおり、ラインセンサによって読み取られた画像に基づいて、ノズルの目詰まり等の吐出不良を検出する。
【0004】
図9は、液体吐出ヘッドにおけるインク吐出機構を説明するための図であり、液体吐出ヘッドの断面の一部を示している。図9に示すように、液体吐出ヘッドは、ノズルプレート110と、ノズルプレート110上の空間を複数の領域に仕切る隔壁111と、隔壁111上に配置されている振動板112とを含んでいる。このノズルプレート110と、隔壁111と、振動板112とによって、複数の圧力室113が形成される。この圧力室113には、複数の色のインクが充填される。また、ノズルプレート110の面内には、複数の圧力室113に対応して、複数の吐出口(ノズル部)114が形成されている。さらに、振動板112上には下部電極115が形成されており、その上には、複数の圧電体116が複数の圧力室113に対応して配置されている。これらの圧電体116の各々の上には、上部電極117が形成されている。なお、図9においては、説明を簡単にするために、各圧力室113にインクを補給するための機構は省略されている。
【0005】
印字を行う場合には、制御信号に従って下部電極115及び上部電極117に電圧を印加する。それにより、圧電体116が圧電効果により伸縮して、振動板112が変形する。その結果、圧力室113の容積が変化するので、内部に充填されているインクが加圧されて吐出部114から滴下する。
【0006】
近年、プリンタの解像度を高くして画質を向上させるために、液体吐出ヘッドの高集積化が進められており、それに伴い液体吐出ヘッドを駆動する圧電体についても、微細化及び高集積化、並びに、性能の向上が望まれている。そのためには、圧力室を構成する隔壁111や、圧電体116のパターンを高い精度で形成する必要がある。
【0007】
最近では、微小電気機械システム(MEMS:micro electrical mechanical system)の分野において、高集積化された圧電アクチュエータを実用に供するために、成膜によって圧電素子等を作製することが検討されている。その1つとして、セラミックスや金属等の成膜技術として知られるエアロゾルデポジション法(以下において、「AD法」という)が注目されている。AD法とは、成膜材料の粉体を含むエアロゾルをノズルから基板に向けて噴射することにより、基板上に成膜材料を堆積させる成膜方法である。ここで、エアロゾルとは、気体中に浮遊している固体や液体の微粒子のことをいう。
【0008】
AD法においては、高速に加速された粉体が、基板や先に形成された堆積物等の下層に衝突して食い込み、衝突の際に粉体が破砕して新たに生成された破砕面が下層に付着するメカノケミカル反応によって成膜が為される。このようなAD法によれば、不純物を含まない、緻密で強固な厚膜を形成することができる。そのため、セラミックの圧電体をAD法によって作製することにより、圧電アクチュエータ等の機器の性能を向上させることが期待されている。なお、AD法は、噴射堆積法又はガスデポジション法とも呼ばれている。
【0009】
ところで、AD法を用いて所望のパターンを有する膜を形成するためには、例えば、次の3つの方法が考えられる。
第1の方法は、所望の開口パターン(マスクパターン)が形成されたメタルマスクを成膜基板上に配置し、メタルマスクの上から基板に向けて成膜材料の粉体を吹き付ける方法である。この方法は単純であり、工程は最も簡単であるが、解像度が比較的低くなるので、高精細なパターンを形成する場合には適していない。また、膜厚の分布が不均一になり易い。さらに、開口以外のマスク部分にも粉体が吹き付けられるので、メタルマスクの損傷が著しく、メタルマスクが薄い場合には変形してしまう場合もある。
【0010】
第2の方法は、成膜基板上にレジストを配置すると共に、レジストに所望の開口パターンを形成し、レジストの上から基板に向けて成膜材料の粉体を吹き付ける方法である。関連する技術として、特許文献1には、厚さが均一で、高精細な圧電体アレイを有する圧電式アクチュエータを形成するために、基板上にレジストパターンを形成する工程と、ガスデポジション法を用いてレジストパターンを覆うようにして基板上に圧電膜を形成する工程と、上記レジストパターンを除去することで圧電膜をパターニングすることにより圧電体ストライプを所定の間隔で並べた圧電体アレイを作製する工程を備える圧電式アクチュエータの形成方法が開示されている。
【0011】
粉体は、レジストに衝突しても破砕し難いので、メカノケミカル反応は生じ難い。そのため、レジスト上に強固な膜は形成されない。従って、レジストの除去も容易に行うことができる。しかしながら、この方法においては、粉体が吹き付けられることによりレジストが劣化してしまうので、レジストに高い耐久性が求められる。また、レジストの耐熱温度が比較的低いので(例えば、約300℃)、膜の特性や密着性を向上するために、比較的高い温度(例えば、約600℃)で成膜する必要がある場合には、この方法を用いることはできない。
【0012】
第3の方法は、成膜基板上にAD法によって膜を形成した後で、マスクを用いたサンドブラスト法、ドライエッチング法、又は、ウェットエッチング法により不要な領域の膜を除去する方法である。これらの方法によれば、精密にパターンを形成することが可能である。しかしながら、サンドブラスト法やドライエッチング法を用いる場合には、装置が複雑で高価であると共に、工程が煩雑となるので、コストが上昇してしまう。また、ウェットエッチングは、膜におけるエッチング特性を踏まえた上で基板やマスクの材料を選択しなければならないので現実的ではなく、サイドエッチも問題となっている。
【特許文献1】特開2003−142750号公報(第1頁、図1)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
例えば、高密度に配列された液体吐出ヘッドを製造する場合には、厚さが30μm以下の基板上にパターン成膜することにより、多数の圧電体を高密度に配置する。この基板は、製品において振動板として機能するので、圧電体のサイズが小さくなるほど、振動し易くするために薄くする必要がある。一方、基板が薄くなるほど、成膜時の膜応力によって変形し易くなるので、膜応力を低減するために比較的高い温度で成膜する必要がある。しかしながら、先に第1〜第3の方法において述べたように、現状では、高温成膜が可能で高精細なパターンを形成できる成膜技術は知られていない。
【0014】
そこで、上記の点に鑑み、本発明は、AD法を用いて、比較的高い温度で成膜することができ、且つ、精度の高いパターンを形成できる成膜方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
上記課題を解決するため、本発明の1つの観点に係る成膜方法は、エアロゾルデポジション法を用いて所望のパターンを有する膜を形成する方法であって、対象物上に、アモルファス構造を有する成分を含有する第1の膜を形成する工程(a)と、第2の膜が形成される所望の成膜領域において、第1の膜に含まれているアモルファス構造を有する成分を結晶化する工程(b)と、成膜材料の粉体をノズルから第1の膜に向けて噴射することにより、工程(b)において結晶化された第1の膜の成膜領域上に第2の膜を形成する工程(c)とを具備する。
【0016】
また、本発明の1つの観点に係る構造物は、基板と、該基板の主面上に形成された第1の膜、及び、該第1の膜上の少なくとも一部の領域にエアロゾルデポジション法によって形成された第2の膜であって、該第2の膜が形成されていない領域において、第1の膜がアモルファス構造を有する成分を含有する、第1及び第2の膜とを具備する。
【0017】
本発明の1つの観点に係る圧電素子は、基板と、該基板の主面上に配置された第1の電極と、該第1の電極上に形成された第1の圧電材料膜、及び、該第1の圧電材料膜上の少なくとも一部の領域にエアロゾルデポジション法によって形成された第2の圧電材料膜であって、該第2の圧電材料膜が形成されていない領域において、第1の圧電材料膜がアモルファス構造を有する成分を含有する、第1及び第2の圧電材料膜と、該第2の圧電材料膜上に形成された第2の電極とを具備する。
【0018】
本発明の1つの観点に係る液体吐出ヘッドの製造方法は、液体が充填される複数の圧力室と、該複数の圧力室に液体を供給するための流路とを含む空間が形成された3次元構造体と、複数の圧力室内の液体をノズルからそれぞれ吐出するための複数の圧電素子とを有する液体吐出ヘッドの製造方法であって、基板の第1の面上に、第1の電極を形成する工程(a)と、該第1の電極上に、アモルファス構造を有する成分を含有する第1の圧電材料膜を形成する工程(b)と、第2の圧電材料膜が形成される複数の領域において、第1の圧電材料膜に含まれているアモルファス構造を有する成分を結晶化する工程(c)と、圧電材料の粉体をノズルから第1の圧電材料膜に向けて噴射することにより、工程(c)において結晶化された第1の圧電材料膜の複数の領域上に複数の第2の圧電材料膜をそれぞれ形成する工程(d)と、該複数の第2の圧電材料膜上に複数の第2の電極をそれぞれ形成する工程(e)と、基板の第2の面上に、複数の第2の圧電材料膜に対応して複数の圧力室及び流路をそれぞれ形成する工程(f)とを具備する。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、下地膜内の成膜領域に含まれるアモルファス構造を有する成分を結晶化させて下地膜の硬度を選択的に変化させるので、AD法による成膜を行う際に、所望の成膜領域のみにおいてメカノケミカル反応を生じさせることができる。従って、メタルマスクやレジストマスクを用いることなく、比較的高い成膜温度で、精密なパターンを有する膜をAD法によって形成することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
以下、本発明を実施するための最良の形態について、図面を参照しながら詳しく説明する。なお、同一の構成要素には同一の参照番号を付して、説明を省略する。
【0021】
図1は、本発明の第1の実施形態に係る成膜方法を説明するための図である。本実施形態においては、底面サイズが約300μm角であり、厚さが約10μmのPZT(チタン酸ジルコン酸鉛:Pb(lead) zirconate titanate)膜を、100μm間隔のマトリクス状に配置する場合について説明する。
【0022】
まず、図1の(a)に示すように、成膜の対象物として、所定の材料によって形成された基板10を用意し、その主面上に、必要に応じてスパッタ法等の公知の技術により電極11を形成する。電極11は、必要に応じて複数層(例えば、白金の導電層とチタンの密着層)を含む構造としても良い。
【0023】
次に、図1の(b)に示すように、電極11上に、アモルファス構造を有する成分を含有する厚さ1μm程度のPZTの下地膜12を形成する。
ここで、本願において、アモルファス構造とは、X線回折による結晶構造解析において、特定の結晶相ピークが出現しない状態、又は、ピークにハロー(かさ)が明確に出現している状態のことをいう。図2は、PZT(チタン酸ジルコン酸鉛)焼結体及びPZTスパッタ膜についてX線回折を行うことにより得られた(110)方位のピークを示す図(実験値)である。図2において、横軸は反射角(2θ)を示しており、縦軸は1秒あたりのX線のカウント数(cps:カウンター・パー・セカンド)、即ち、反射強度を示している。例えば、PZTにおいては(110)方位のピークが2θ=31°付近に出現するが、図2に示すように、結晶性の良いPZT焼結体の場合には、その半値幅が0.5°であるのに対して、低温スパッタによるPZT膜の場合には、明確なハローが出現して半値幅が0.8に広がる。このように、ハローが出現することにより半値幅が増大したり、ピークが出現しない場合には、その物質はアモルファス構造となっている。
【0024】
アモルファス構造を有する成分を含有するPZT膜は、スパッタ法によるPZTの成膜を比較的低い温度(例えば、室温程度)で行うことにより形成することができる。ここで、下地膜としては、作製目的とする膜(本実施形態においてはPZT)と同一の組成を有する材料を用いるようにする。下地膜は、作製目的とする膜の下部に残留するからである。
【0025】
次に、図1の(c)に示すように、下地膜12上のPZT膜を配置する領域(成膜領域)に、PZTの吸収波長帯(例えば、約400nm)の波長成分を含む高出力レーザ(例えば、約10W)を照射する。図1の(c)においては、100μm間隔で配置された300μm角のピクセルパターンを成膜領域12aとしている。それにより、レーザを照射された領域に含まれるアモルファス構造を有する成分が結晶化され、その部分の硬度が上昇する。その際には、短パルスで高出力のレーザを用いることにより、短時間で効率良く結晶化を促進することができる。以下において、アモルファス構造を有する成分を含有する領域のことを「アモルファス領域」といい、アモルファス構造を有する成分が結晶化された領域のことを「結晶化領域」という。
【0026】
次に、図1の(d)に示すように、下地膜12の上に、AD法により膜を形成する。この工程においては、成膜材料の粉体として、結晶化したPZTの粉体が用いられる。ここで、AD法におけるエアロゾルに含まれる微粒子(粉体)の径は、成膜材料の種類や基板材料との関係等により様々であるが、本実施形態のようにPZT膜を形成する場合には、粒子径を0.1μm〜10μm程度とすることが好ましい。
【0027】
図3は、AD法による成膜装置を示す模式図である。この成膜装置は、ガスボンベ1と、搬送管2a及び2bと、エアロゾル生成室3と、成膜室4と、排気ポンプ5と、噴射ノズル6と、基板ホルダ7とを含んでいる。以下に説明するように、エアロゾルは、成膜材料の粉体(以下において、原料粉ともいう)をガスによって分散させることにより生成される。
【0028】
ガスボンベ1には、キャリアガスとして使用される窒素(N)、酸素(O)、ヘリウム(He)、アルゴン(Ar)、又は、乾燥空気等が充填されている。また、ガスボンベ1には、キャリアガスの供給量を調節するための圧力調整部1aが設けられている。
【0029】
エアロゾル生成室3は、原料粉が配置される容器である。ガスボンベ1から搬送管2aを介して、エアロゾル生成室3にキャリアガスを導入することにより、そこに配置された原料粉が噴き上げられて分散する。そのようにして生成されたエアロゾルは、搬送管2bを介して噴射ノズル6に供給される。また、エアロゾル生成室3は、エアロゾル生成室3に振動等を与えることにより、その内部に配置された原料粉を攪拌するための容器駆動部3aが設けられている。
【0030】
成膜室4の内部は、排気ポンプ5によって排気されており、それによって所定の真空度に保たれている。
噴射ノズル6は、所定の形状及び大きさ(例えば、長辺が5mm程度で、短辺が幅0.5mm程度の長方形)の開口を有しており、エアロゾル生成室3から供給されたエアロゾルを基板10に向けて高速で噴射する。
【0031】
基板ホルダ7は、基板10を保持している。また、基板ホルダ7には、基板ホルダ7を3次元的に移動させるための基板ホルダ駆動部7aが設けられている。これにより、噴射ノズル6と基板10との相対位置及び相対速度が制御される。
【0032】
図3に示す成膜装置において、PZTの結晶成分を含有する粉体をエアロゾル生成室3に配置すると共に、図1の(c)に示す基板10を基板ホルダ7にセットする。また、基板10を所定の成膜温度に保つ。そして、成膜装置を駆動してノズル6からエアロゾルを噴射すると共に、基板10を所定の速度で移動させることにより、下地膜12上を所定の回数走査する。それにより、図1の(e)に示すように、結晶化領域12a上にPZT膜13が形成される。なお、この成膜原理については後で説明する。
【0033】
さらに、成膜の後で、必要に応じて、上部にPZT膜13が形成されていない領域(即ち、アモルファス領域)の下地膜12を、ドライエッチングにより除去しても良い。例えば、光学デバイス等を作製する場合に、アモルファス領域は結晶成分のみの領域と比較して透過率が低いので、アモルファス領域を除去する必要がある。その場合には、下地膜12の厚さ(例えば、1μm)の分だけPZT膜13もエッチングされてしまうので、エッチングによる厚さの減少分を見越してPZT膜13を形成することが望ましい。
【0034】
次に、本発明に係る成膜方法における成膜原理について説明する。
本発明において用いられるAD法においては、エアロゾル化した原料粉が、基板や基板上に形成された堆積物等の下層に衝突して破砕し、その際に新たに生じた破砕面が下層に付着するメカノケミカル反応により成膜が為される。そのため、良質な膜を形成するための条件として、下地の硬度が重要となる。即ち、下地が適切な硬度を有している場合には、そこに衝突した原料粉が破砕し易くなるので、メカノケミカル反応により緻密な膜が形成される。反対に、下地が軟らかい場合には、原料粉が衝突しても破砕に至らないので、メカノケミカル反応が生じ難くなる。その場合に、原料粉は堆積しないか、圧粉体の状態(粉体が圧縮された状態)で堆積するだけであり、AD法の特徴である緻密で強固な膜は形成されない。
【0035】
そこで、本発明に係る成膜方法においては、膜が形成される下地の硬度を選択的に変化させることにより、AD法によって膜のパターニングを行っている。そして、下地の硬度を変化させるために、本実施形態においては、アモルファス構造を有する成分を含有する下地膜を形成して、その一部を結晶化している。先にも述べたように、AD法においては、メカノケミカル反応が生じるか否かによって成膜の可否が決まるので、アモルファス領域と結晶化領域との境界においては、成膜領域が明確に区別される。従って、このような方法によれば、AD法において精度の高いパターニングが可能となる。
【0036】
また、本実施形態においては、アモルファス構造を有する成分を結晶化するために、レーザを用いている。レーザが照射された領域は、レーザエネルギーを吸収することにより加熱されて、そこに含まれるアモルファス構造を有する成分が結晶化して硬化する。レーザを用いることにより下地膜に精密にパターンを描画することができるので、高精細なパターンで膜を形成することが可能となる。
【0037】
本実施形態において、シリコン基板上に形成された約1μmの厚さを有する下地膜に、400nm付近の波長成分を含む約10Wのレーザを照射した後で、レーザ照射された領域についてX線回折を行ったところ、アモルファス構造を有する成分が結晶化されていることが確認できた。またアモルファス領域のビッカース硬度が約300Hvであったのに対して、結晶化領域のビッカース硬度は約500Hvであった。即ち、レーザを照射することにより、下地膜の硬度が上昇していることが確認できた。
【0038】
さらに、下地膜上に、AD法によりPZTを成膜した。成膜条件としては、成膜温度を600℃とし、ノズル6に対する基板の速度を0.5mm/秒とし、走査回数を30回とした。その結果、下地膜内の結晶領域上に、緻密なPZT膜が約10μm形成された。反対に、アモルファス領域上には、PZT膜はほとんど堆積しなかった。
【0039】
以上説明した実施形態においては、成膜温度を600℃としたが、アモルファス構造を有する成分が結晶化される変態温度(PZTの場合には、約800℃)以下であれば、比較的高い温度でも成膜することができる。従って、比較的高い温度において成膜することによる膜特性や密着性の向上と、精度の高いパターニングとを両立することができる。
また、本実施形態によれば、AD法による成膜を行う際にアモルファス領域に原料粉が吹き付けられても、メカノケミカル反応は生じ難い。従って、原料粉が基板上に低い密度で堆積するだけなので、基板にダメージを与えることはあまりない。
【0040】
次に、本発明の第2の実施形態に係る成膜方法について、図1及び図4を参照しながら説明する。
本実施形態においては、アモルファス構造を有する成分を含有する下地膜における成膜領域を、レーザの替わりに紫外線ランプを用いて硬化させている。即ち、図4の(a)に示すように、下地膜12上に、所望のパターンとなるように開口20aが形成されたマスク20を配置し、高出力紫外線ランプを用いて紫外線を照射する。それにより、紫外線を照射された下地膜12の領域が加熱されて、アモルファス構造を有する成分が結晶化する。その結果、図4の(b)に示すように、硬度が上昇した結晶化領域(成膜領域)12aが形成される。その他の工程については、本発明の第1の実施形態におけるものと同様である。
本実施形態によれば、広い面積に対して一括して結晶化を促進することができるので、下地膜をパターニングする時間を短縮することができる。
【0041】
以上説明した本発明の第1及び第2の実施形態は、PZT以外の膜を形成する場合についても適用することができる。ここで、レーザや紫外線を照射することによって下地膜が結晶化される深さは、レーザ又は紫外線の出力強度と下地膜の透過率との関係によって定まるので、成膜領域においてアモルファス構造を有する成分が十分に結晶化されるように、下地膜の組成に応じて、レーザ又は紫外線の出力や下地膜の厚さを選択することが望ましい。
【0042】
次に、本発明の第1及び第2の実施形態に係る成膜方法の変形例について説明する。
図1の(d)に示すように、アモルファス領域と結晶化領域とにパターニングされた下地膜12上にAD法による成膜を行う際に、原料粉を噴射する噴射速度を調節することにより、アモルファス領域の下地膜をブラストして剥離する。それにより、AD法による成膜後に、別途アモルファス領域を除去する工程を設ける必要がなくなる。
【0043】
図5は、本発明の第1又は第2の実施形態に係る成膜方法を用いて製造された圧電素子アレイを示す断面図である。この圧電素子アレイは、インクジェットプリンタの印字部においてインクを吐出する液体吐出ヘッド用の圧電アクチュエータとして用いられる。
図5に示すように、この圧電素子アレイは、基板30と、下部電極31と、下地膜32と、複数のPZT膜33と、各PZT膜33上に配置されている上部電極34とを含んでいる。これらの内で、下部電極31と、圧電体33と、上部電極34とが、電圧を印加されることによって伸縮する圧電素子を構成している。
【0044】
基板30は、約30μ程度の厚さを有しており、シリコン(Si)やジルコニア(ZrO)等によって形成される。
下部電極31は、厚さが約50nmのチタン(Ti)層31aと、厚さが約500nmの白金(Pt)層31bとを含んでいる。白金層31bは導電層であり、チタン層31aは、基板30と白金層31bとの密着性を高めると共に、白金の基板30への不要な拡散を防止するために設けられている。
【0045】
下地膜32は、上部に圧電体33が配置されている結晶領域32aと、それ以外のアモルファス領域32bとを含んでいる。この内のアモルファス領域32bは、必要に応じて除去しても良い。
各PZT膜33の底面サイズは約300μm角であり、厚さは約10μmである。複数のPZT膜33が、約100μm間隔でマトリクス状に配置されている。また、上部電極34は、スパッタ法等により各PZT膜33上に形成されている。
【0046】
このような圧電素子アレイは、液体吐出ヘッド用の圧電アクチュエータ以外にも、超音波撮像装置に備えられている超音波用探触子において超音波の送受信を行う超音波トランスデューサ等の様々な用途に利用することができる。
【0047】
次に、本発明の一実施形態に係る液体吐出ヘッドの製造方法について、図5〜図7を参照しながら説明する。本実施形態に係る液体吐出ヘッドは、圧力室にインクを供給するための流路や圧力室からインクを吐出するためのノズルを含む3次元構造体をAD法によって形成することにより、モノリシック(一体的)構造化することを特徴としている。
【0048】
まず、図5に示すように、基板30上に複数の圧電素子が所定の配列で配置された圧電素子アレイを用意する。なお、図5に示すアモルファス領域32bは除去しておく。次に、図6の(a)に示すように、基板30における複数の圧電体34が配置されている主面と反対側の面上に、アモルファス構造を有する成分を含有するアルミナ(Al)の下地膜40を形成する。この下地膜40は、スパッタ法によるアルミナの成膜を比較的低い温度(例えば、室温程度)で行うことにより形成することができる。
【0049】
次に、図6の(b)に示すように、圧力室を形成するための隔壁が形成される領域(成膜領域)40aにレーザを照射することにより、アモルファス構造を有する成分を結晶化する。或いは、レーザを照射する替わりに、開口パターンが形成されたマスクを介して、下地膜40に紫外線を照射しても良い。
【0050】
次に、図3に示す成膜装置において、原料粉として、例えば、平均粒子径が約0.3μmのアルミナ単結晶の粉体を用いることにより、所定の成膜温度(例えば、600℃)で下地膜40上に成膜を行う。その結果、図6の(c)に示すように、結晶化された成膜領域40a上に、アルミナの単結晶材料が堆積する。このように形成された厚さが10μm程度の第1のアルミナ層41により、圧力室42の領域が画定される。
【0051】
次に、図6の(d)に示すように、圧力室42内に残留している下地膜40をエッチングにより除去し、犠牲層として溶解材料43をAD法により配置する。溶解材料43は、その上にAD法による成膜が可能な程度の硬さを有する材料であり、且つ、ウェットエッチングによって除去可能な材料である。具体的には、クロム(Cr)、チタン(Ti)等の金属材料や、ポリウレタン系樹脂、ポリウレタンアクリレート、エポキシ系樹脂等の硬質樹脂材料等が挙げられる。
【0052】
次に、図7の(a)に示すように、第1のアルミナ層41及び溶解材料43上において、インクの流路44を除いた領域に、AD法により第2のアルミナ層45を形成する。この工程においては、第1のアルミナ層41と同様に、一部を結晶化させた下地膜上にAD法による成膜を行っても良いし、インクの流路44にレジストを配置してAD法による成膜を行い、その後でレジストを除去しても良い。この工程においては、必ずしも高温で成膜を行う必要はないので、レジストを使用することも可能である。基板30上に直接膜を形成する場合と異なり、膜応力を除去するための高温成膜は不要だからである。
次に、図7の(b)に示すように、インクの流路に、AD法により犠牲層として溶解材料43を配置する。
【0053】
さらに、図7の(c)に示すように、第3のアルミナ層46の形成および溶解材料43の配置、第4のアルミナ層47の形成及び溶解材料43の配置、第5のアルミナ層48の形成および溶解材料43の配置、第6のアルミナ層(ノズルプレート)49の形成及び溶解材料43の配置を順次行う。これらの第3のアルミナ層46〜第6のアルミナ層49中に配置されている溶解材料43は、インクの流路やノズルを形成するための犠牲層となる。
【0054】
次に、ウェットエッチングにより、第1アルミナ層41〜第6のアルミナ層49中に配置されている溶解材料43を除去する。それにより、図7の(d)に示すように、圧力室42、インクを吐出するノズル50、圧力室42からノズル50にインクを供給するノズル流路51、及び、圧力室42にインクを供給するための共通流路52が形成される。
【0055】
なお、圧力室等の構造及び形成方法については、図6及び図7を参照しながら説明したものの他にも、種々の技術を適用することができる。例えば、ノズルが形成されたノズルプレートを別途作製して、接着剤により隔壁41(図6の(c)参照)に貼り付けるようにしても良い。また、3次元構造体のモノリシック構造化については、特願2004−60744号を参照されたい。
【0056】
以上説明した本発明の実施形態において、成膜方法としてAD法を用いる際には、エアロゾルを生成する機構は図3に示す構成に限定されない。即ち、原料粉がガス中に分散している状態を生成することができれば、様々な構成を用いることができる。例えば、原料粉を収納している容器(収納容器)にガスを導入するのではなく、収納容器から所定量の原料粉を取り出し、取り出された原料粉についてこれをエアロゾル化する構成としても良い。具体的には、原料粉の収納容器と、回転駆動することにより収納容器から所定のレート(供給速度)で連続的に原料粉の供給を受けてこれを搬送する原料粉供給部(粉末供給盤)と、原料粉供給部によって搬送された原料粉をガスによって分散させることによりエアロゾルを生成するエアロゾル生成部(エアロゾル化部)とを含む構成が挙げられる。このような構成においては、原料粉供給部に、原料粉が投入される所定の幅の溝を形成することにより、安定した量の原料粉を供給することができると共に、原料粉供給部を回転駆動する速度を調整することにより、原料粉の供給量を制御することができる。そして、原料粉の搬送先においてその溝にキャリアガスを導入することにより、濃度の安定したエアロゾルを生成することができる。
【0057】
また、原料粉の収納容器において原料粉を攪拌すると共に、この収納容器に圧縮ガスを導入することにより、圧縮ガスと混合された所定量の原料粉を収納容器から取り出し、これを細径の穴から外部に排出することにより、圧縮ガスの膨張を利用して原料粉を分散させる構成も挙げられる。さらに、キャリアガスの流路に原料粉を連続的に供給して原料粉をキャリアガスに分散させることにより、エアロゾルを生成する構成を用いても良い。
【産業上の利用可能性】
【0058】
本発明は、インクジェットプリンタにおいてインクを吐出する液体吐出ヘッドや超音波撮像装置において超音波を送受信する超音波トランスデューサ等において利用することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0059】
【図1】本発明の第1の実施形態に係る成膜方法を説明するための図である。
【図2】PZT焼結体及びPZTスパッタ膜についてX線回折実験を行うことにより得られた(110)方位のピークを示す図である。
【図3】エアロゾルデポジション(AD)法を用いた成膜装置を示す模式図である。
【図4】本発明の第2の実施形態に係る成膜方法を説明するための図である。
【図5】本発明の一実施形態に係る圧電素子アレイを示す断面図である。
【図6】液体吐出ヘッドの製造方法における圧電素子の形成工程を説明するための図である。
【図7】液体吐出ヘッドの製造方法における圧力室、ノズル流路、及び、共通流路の形成工程を説明するための図である。
【図8】インクジェットプリンタの印字部の周辺を示す平面図である。
【図9】液体吐出ヘッドにおけるインク吐出機構を説明するための図である。
【符号の説明】
【0060】
1 ガスボンベ
1a 圧力調整部
2a、2b 搬送管
3 エアロゾル生成室
3a 容器駆動部
4 成膜室
5 排気ポンプ
6 噴射ノズル
7 基板ホルダ
7a 基板ホルダ駆動部
10、30 基板
11 電極
12、32 PZTの下地膜
12a、40a 成膜領域(結晶化領域)
13、33 PZT膜
20 マスク
20a 開口
31 下部電極
31a チタン層
31b 白金層
32a 結晶領域
32b アモルファス領域
34、117、123 上部電極
40 アルミナの下地膜
41 第1のアルミナ層
42 圧力室
43 溶解材料
44 インクの流路
45 第2のアルミナ層
46 第3のアルミナ層
47 第4のアルミナ層
48 第5のアルミナ層
49 第6のアルミナ層(ノズルプレート)
50 ノズル
51 ノズル流路
52 共通流路
116、122 圧電体
100 印字部
100a〜100d 液体吐出ヘッド
101 記録紙
102、103 ローラ
104 ベルト
105 印字検出部
110 ノズルプレート
111 隔壁
112 振動板
114 吐出口(ノズル部)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
エアロゾルデポジション法を用いて所望のパターンを有する膜を形成する方法であって、
対象物上に、アモルファス構造を有する成分を含有する第1の膜を形成する工程(a)と、
第2の膜が形成される所望の成膜領域において、前記第1の膜に含まれているアモルファス構造を有する成分を結晶化する工程(b)と、
成膜材料の粉体をノズルから前記第1の膜に向けて噴射することにより、工程(b)において結晶化された前記第1の膜の成膜領域上に前記第2の膜を形成する工程(c)と、
を具備する成膜方法。
【請求項2】
工程(c)が、前記粉体をガスによって分散させることにより生成されたエアロゾルを前記ノズルから噴射させることを含む、請求項1記載の成膜方法。
【請求項3】
前記アモルファス構造を有する成分と前記粉体とが、同一の組成を有する、請求項1又は2記載の成膜方法。
【請求項4】
前記アモルファス構造を有する成分と前記粉体とが、PZT(チタン酸ジルコン酸鉛)系酸化物を含む、請求項3記載の成膜方法。
【請求項5】
工程(a)が、前記第1の膜をスパッタ法によって形成することを含む、請求項1〜4のいずれか1項記載の成膜方法。
【請求項6】
工程(b)が、前記成膜領域にレーザを照射することを含む、請求項1〜5のいずれか1項記載の成膜方法。
【請求項7】
工程(b)が、前記成膜領域が開口するようにマスクパターンが形成されたマスクを用いて、前記第1の膜に紫外線を照射することを含む、請求項1〜5のいずれか1項記載の成膜方法。
【請求項8】
工程(c)の後で、前記成膜領域を除く領域に形成されている前記第1の膜を除去する工程をさらに具備する、請求項1〜7のいずれか1項記載の成膜方法。
【請求項9】
基板と、
前記基板の主面上に形成された第1の膜、及び、前記第1の膜上の少なくとも一部の領域にエアロゾルデポジション法によって形成された第2の膜であって、前記第2の膜が形成されていない領域において、前記第1の膜がアモルファス構造を有する成分を含有する、前記第1及び第2の膜と、
を具備する構造物。
【請求項10】
基板と、
前記基板の主面上に配置された第1の電極と、
前記第1の電極上に形成された第1の圧電材料膜、及び、前記第1の圧電材料膜上の少なくとも一部の領域にエアロゾルデポジション法によって形成された第2の圧電材料膜であって、前記第2の圧電材料膜が形成されていない領域において、前記第1の圧電材料膜がアモルファス構造を有する成分を含有する、前記第1及び第2の圧電材料膜と、
前記第2の圧電材料膜上に形成された第2の電極と、
を具備する圧電素子。
【請求項11】
液体が充填される複数の圧力室と、該複数の圧力室に液体を供給するための流路とを含む空間が形成された3次元構造体と、複数の圧力室内の液体をノズルからそれぞれ吐出するための複数の圧電素子とを有する液体吐出ヘッドの製造方法であって、
基板の第1の面上に、第1の電極を形成する工程(a)と、
前記第1の電極上に、アモルファス構造を有する成分を含有する第1の圧電材料膜を形成する工程(b)と、
第2の圧電材料膜が形成される複数の領域において、前記第1の圧電材料膜に含まれているアモルファス構造を有する成分を結晶化する工程(c)と、
圧電材料の粉体をノズルから前記第1の圧電材料膜に向けて噴射することにより、工程(c)において結晶化された前記第1の圧電材料膜の複数の領域上に複数の第2の圧電材料膜をそれぞれ形成する工程(d)と、
前記複数の第2の圧電材料膜上に複数の第2の電極をそれぞれ形成する工程(e)と、
前記基板の第2の面上に、前記複数の第2の圧電材料膜に対応して前記複数の圧力室及び前記流路を形成する工程(f)と、
を具備する液体吐出ヘッドの製造方法。
【請求項12】
工程(d)が、前記粉体をガスによって分散させることにより生成されたエアロゾルを前記ノズルから噴射させることを含む、請求項11記載の液体吐出ヘッドの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2006−210896(P2006−210896A)
【公開日】平成18年8月10日(2006.8.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−373607(P2005−373607)
【出願日】平成17年12月26日(2005.12.26)
【出願人】(000005201)富士写真フイルム株式会社 (7,609)
【Fターム(参考)】