説明

抗菌製品及びその製造方法並びに生体インプラント

【課題】生体内のような暗所においても十分な抗菌性を発揮することの可能な酸化チタンを用いた抗菌製品及びその製造方法並びに生体インプラントを提供すること。
【解決手段】本発明の抗菌製品は、金属、セラミックス又はプラスチックからなる基体上の少なくとも一部に、ブルッカイト型酸化チタンを主成分とする粉末を高速フレーム溶射してなる溶射被膜を有する。また、本発明の抗菌製品の製造方法は、金属、セラミックス又はプラスチックからなる基体上の少なくとも一部に、ブルッカイト型酸化チタンを主成分とする粉末を高速フレーム溶射する。また、本発明の生体インプラントは、金属、セラミックス又はプラスチックからなる基体上の少なくとも一部に、ブルッカイト型酸化チタンを主成分とする粉末を高速フレーム溶射してなる溶射被膜を有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、医療用品や家庭用品等に使用される抗菌製品であって、暗所でも抗菌性を有する抗菌製品、及びその製造方法並びに生体インプラントに関する。
【背景技術】
【0002】
抗菌製品は、医療用品、家庭用品そして産業用品に広く使用されている。医療用品としては、例えば、疾病や外傷等の治療のために使用される人工骨や内固定具、または失われた関節機能を再建するために使用される人工関節、歯牙を再建するために使用される人工歯根などの金属製、セラミック製もしくはプラスチック製のインプラント、メスやカンシなどのチタン製手術器具、診断治療時に使用する口腔内ヘラのようなチタン製医療器具及び金属製、セラミック製もしくはプラスチック製の医療機器用部品、骨固定義手、義足等の金属製、セラミック製もしくはプラスチック製福祉用具等を挙げることができる。また、家庭用品としては、例えば、台所用品、トイレ用品、浴室用品など一般家庭の水周りで使用される金属製、セラミック製もしくはプラスチック製家庭用品を挙げることができる。また、産業用品としては、例えば、家屋や工場で使用されているチタン製水系配管や、金属製、セラミック製もしくはプラスチック製の設備装置用部品等を挙げることができる。
【0003】
抗菌製品の一例として、整形外科用インプラントを例にとって説明する。整形外科で使用される人工関節は、変形性関節症など対して関節機能を再建できる有効な治療法であるが、人工関節表面に細菌が繁殖し、術後感染を発症することがある。これは人工関節表面に細菌が付着しやすく、また付着した細菌がバイオフィルムと呼ばれる生息域を形成するためである。この場合、抗菌薬(抗生物質)も効かなくなり、治療に難渋する。さらに骨髄炎を引き起こした場合には、人工関節を抜去、再手術が必要になり、時には患肢を切断せざるを得なくなることある。
【0004】
この術後感染を予防する目的で、人工関節などのインプラント自体に抗菌性を付与させ
る研究開発が近年盛んに行われている。そのひとつとして、酸化チタンコーティングが検討されている。酸化チタンは光触媒作用を有し、所定領域の紫外光を受けて活性酸素を発生し、細菌を死滅させることができる。この酸化チタンを医療用具にコーティングしようとするものである。
【0005】
例えば、特許文献1には、チタンまたはチタン合金からなる基材の表面を酸化して成る光触媒材料の製造法が記載され、非特許文献1には、その光触媒材料の医療器具への応用が記載されている。また、特許文献2には、酸化チタン系触媒層とその下面に設けた蓄光材層からなり、この蓄光材層が200〜40nmの波長を含む励起光を照射し、励起光遮断後に発光して、酸化チタン光触媒層を活性化することによって、暗所においても抗菌作用、脱臭作用を発揮できる抗菌製品が記載されている。また、非特許文献2には、アナターゼ型酸化チタンの溶射被膜の抗菌性について記載されている。
【特許文献1】特許第3370290号公報
【特許文献2】特開平11−12114号公報
【非特許文献1】Yoshinobu Oka et. al., "Efficacy of titanium dioxide photocatalyst for inhibition of bacterial colonization on percutaneous implants", J. Biomed. Mater. Res. B. Appli. Biomate., on line published 3rd Apr. 2008.
【非特許文献2】桑嶋ら,「TiO2溶射皮膜の抗菌性に及ぼす溶射条件の影響」,岩手県工業技術センター研究報告,第9号(2002)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1に記載の方法によれば、光触媒活性を有するアナターゼ型酸化チタンの光触媒活性を向上させることが可能である。しかし、触媒活性を発揮するには波長380nmの紫外光が必要であり、生体インプラントのような埋植型の医療機器の使用条件すなわち紫外光の届かない生体内では、抗菌性を発揮することはできない。
【0007】
また、特許文献2に記載の方法は、酸化チタン系光触媒層の下面に蓄光材層を備え、その蓄光材層からの発光により暗所でも酸化チタン系光触媒層による光触媒活性を得ようとするものである。しかし、蓄光材層に事前に200〜400nmの紫外光を照射して蓄光させる必要があることから、そして定期的に蓄光させる必要があることからインプラントとして生体内に埋入するには手術的に無理がある。
【0008】
また、非特許文献3はアナターゼ型酸化チタンの溶射被膜の抗菌性について検討しているが、暗所ではほとんど抗菌性がないことが報告されている。
【0009】
以上のように、従来の技術によれば、酸化チタンに抗菌性を発揮させるには、紫外光を直接的に又は間接的に照射する必要があり、暗所では抗菌性を発揮させることができないのが現状であった。
【0010】
そこで、本発明は、生体内のような暗所においても十分な抗菌性を発揮することの可能な酸化チタンを用いた抗菌製品及びその製造方法並びに生体インプラントを提供することを目的とした。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決するため、本発明者らは鋭意検討した結果、ブルッカイト型酸化チタン粉末を高速フレーム溶射した溶射被膜が暗所でも抗菌性を発揮することを見い出して本発明を完成させたものである。すなわち、本発明の抗菌製品は、金属、セラミックス又はプラスチックからなる基体上の少なくとも一部に、ブルッカイト型酸化チタンを主成分とする粉末を高速フレーム溶射してなる溶射被膜を有することを特徴とするものである。
【0012】
また、上記溶射被膜の厚さは、1〜300μmであることが好ましい。
【0013】
また、本発明の抗菌製品の製造方法は、金属、セラミックス又はプラスチックからなる基体上の少なくとも一部に、ブルッカイト型酸化チタンを主成分とする粉末を高速フレーム溶射することを特徴とするものである。
【0014】
また、本発明の生体インプラントは、金属、セラミックス又はプラスチックからなる基体上の少なくとも一部に、ブルッカイト型酸化チタンを主成分とする粉末を高速フレーム溶射してなる溶射被膜を有することを特徴とするものである。
【0015】
本発明において用いる暗所とは、市販の酸化チタン型光触媒を活性化する波長の光、すなわち近紫外線及び可視光(波長が300〜830nmの電磁波)がほとんど存在しない状態を言う。この状態はヒトの目には全くの暗黒であり、物を見ることはできない。
【発明の効果】
【0016】
酸化チタンは、アナターゼ型、ルチル型、ブルッカイト型の結晶構造をとることが知られている。この中で、強い光触媒活性を示すのはアナターゼ型である。アナターゼ型酸化チタンに紫外光を照射すると、光励起した酸素及びその離脱孔によって活性酸素が発生し、抗菌性を発揮する。このアナターゼ型の酸化チタンを高速フレーム溶射すると、アナターゼ型酸化チタンの一部は、高温域で安定な結晶構造であるルチル型酸化チタンに変態するため、その溶射被膜の抗菌性は、元のアナターゼ型酸化チタンの抗菌性よりも低下する。もちろん、その溶射被膜は、暗所では抗菌性を示さない。これに対し、本発明における、ブルッカイト型酸化チタンを高速フレーム溶射することにより得られた溶射被膜は、暗所でも優れた抗菌性を示す。
【0017】
ここで、高速フレーム溶射法は、約2000℃〜3000℃のトーチを使用し、溶射材料をマッハ4〜6という高速で吹き飛ばすことによりコーティングを行う技術である。高速フレーム溶射装置に導入された溶射粉末は、トーチ内での熱エネルギーと高速搬送の運動エネルギーで溶融し、基材に衝突して溶射皮膜を形成する。この溶射皮膜が暗所で抗菌性を有するメカニズムは明確ではないが、通常のフレーム溶射(溶射温度は約2700℃、溶射速度マッハ0.6)で同じブルッカイト型酸化チタンを溶射しても暗所では抗菌活性を示さないことから、高速フレーム溶射時に溶射粒子が基材に高速衝突する際に、高運動エネルギーによる構造的な歪が結晶内に蓄積され、酸化チタンの触媒活性を発現させているものと考えられる。
【0018】
本発明によれば、暗所で抗菌性を発揮させるために、特許文献2に記載された蓄光層を設けたりする必要はなく、また抗菌性を有する金属イオン、例えば銀イオンや銅イオンを酸化チタンに添加したりする必要もない。また、高速フレーム溶射法によれば、金属製、セラミック製もしくはプラスチック製の基材に溶射被膜を形成することができるので、抗菌性の要求される用途に広く用いることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する。
本発明の抗菌製品は、金属、セラミックス又はプラスチックからなる基体上の少なくとも一部に、ブルッカイト型酸化チタンを主成分とする粉末を高速フレーム溶射してなる溶射被膜を有することを特徴とするものである。
【0020】
(基体)
本発明の抗菌製品に用いる基体は、特に限定されない。
金属としては、例えば、鉄、アルミニウム、及びそれらの合金、チタン、チタン合金、コバルト・クロム合金、ニッケル・クロム合金、ステンレス鋼等を用いることができる。また、セラミックスとしては、例えば、アルミナ、ジルコニア、アルミナ・ジルコニア複合セラミックス等を用いることができる。また、プラスチックとしては、例えば、ポリエチレン、フッ素系樹脂、エポキシ樹脂、ベークライト等を用いることができる。
【0021】
また、抗菌製品が生体インプラントである場合には、以下の基体を用いることができる。生体インプラントの基体には、ステンレス合金、コバルト・クロム合金、チタン、チタン合金、アルミナ、そしてジルコニア等を用いることができるが、チタン又はチタン合金が好ましい。チタン合金としては、アルミニウム、スズ、ジルコニウム、モリブデン、ニッケル、パラジウム、タンタル、ニオブ、バナジウム、白金等の少なくとも1種を添加した合金を用いることができる。好ましくは、Ti−6Al−4V合金である。なお、本発明において、生体インプラントとは、少なくともその一部が生体内に埋植されて使用されるものであり、人工歯根、人工骨、内固定具、そして人工関節等が含まれる。
【0022】
(製造方法)
高速フレーム溶射法は、約2000℃〜3000℃のトーチを使用し、溶射材料をマッハ4〜6という高速で吹き飛ばすことによりコーティングを行う技術である。
例えば、以下の溶射条件で行うことができる。
酸素ガス 200psi、プロピレンガス 150psiのガス組成で形成された高速フレームトーチ中に、125psiのドライエアーで溶射粉末を導入し、溶射距離150−200mmで溶射を行う。
【0023】
本発明では、ブルッカイト型酸化チタンを主成分とする粉末を高速フレーム溶射するが、ブルッカイト型酸化チタンを主成分とする粉末とは、ブルッカイト型酸化チタンを51〜100重量%含む粉末をいう。すなわち、他の成分(以下、第2成分という。)を含んでも良いし、ブルッカイト型酸化チタンのみを用いることもできる。第2成分としては、ケイ酸塩系ガラス、リン酸塩系ガラス、ソーダガラス、AW−GCなどの結晶化ガラス等のガラス粉末、チタン及びチタン合金、コバルト−クロム合金、ステンレス鋼、アルミニウム及びアルミニウム合金等の金属粉末、アルミナ、ジルコニア及びリン酸カルシウム系セラミックス等のセラミックス粉末を1種又は2種以上用いることができる。なお、金属粉末やセラミックス粉末は基体の材料の組成に近いものを用いることが好ましい。また、第2成分の粒径は0.1〜200μmが好ましい。この第2成分は、バインダーとしての作用を有し、溶射被膜を強化し厚膜の溶射被膜を形成することができる。
【0024】
酸化チタンの溶射粉末には、ブルッカイト型の結晶構造を有し、平均粒径が0.1〜300 μmの範囲にあるものを用いることができる。 0.1μm より小さいと、粉末の搬送が不安定となり、溶射工程に支障をきたすからであり、300μm より大きいと、溶融不良で溶射被膜が形成されなくなるからである。
【0025】
溶射被膜の厚さは特に限定されるものではなく、用途に応じて適宜選択することができる。例えば、1〜300μm、より好ましくは10〜40μmである。ただし、1μmより薄い皮膜では十分な抗菌効果が得られない。また、300μmを超えるとコーティング皮膜が脆弱になって耐久性が劣化する。
【実施例】
【0026】
実施例1
(試験片作製)
50mm×50mm×2mmの純チタン板の片面に、酸化チタン粉末を溶射することにより、厚さ約20μmの酸化チタン溶射被膜を形成した。この時酸化チタン粉末は、酸化チタンA(ブルッカイト型酸化チタン)または酸化チタンB(ルチル型酸化チタン)を使用し、また溶射法は高速フレーム溶射法とガスフレーム溶射法を使用した。4種類の試験片の作製条件を表1に示す。
【0027】
【表1】

【0028】
ここで、高速フレーム溶射法とガスフレーム溶射法の溶射条件は、以下の通りである。
高速フレーム溶射は、酸素ガス 150psi、エチレンガス 100psiのガス組成で形成された高速フレームトーチ中に、125psiのドライエアーで溶射粉末を導入し、溶射距離150〜200mmで溶射を行った。一方、フレーム溶射は、酸素ガス 50psi、アセチレンガス 43psiのガスフレームトーチ中に、100psiのドライエアーで溶射粉末を導入し、溶射距離60〜100mmで溶射を行った。
【0029】
(抗菌試験)
JIS Z 2801「抗菌加工製品−抗菌性試験方法・抗菌効果」に準拠して抗菌性評価を行った。ただし、本抗菌部材の生体内での使用を想定し、生体環境を模擬する目的で培地は1/500普通ブイヨン培地の代わりに牛血清を使用した。また、培養温度も35℃から37℃に変更した。培養は暗所にて24時間行った。
【0030】
(結果)
抗菌活性値Rを図1に示す。これにより、ブルッカイト型酸化チタン粉末を高速フレーム溶射した試験片1のみが、他の試験片と比較して暗所にて優位に高い抗菌活性を有していることがわかる。これより、本実施例で用いた試験片1は、生体内のような光が届かないところにおいても、抗菌性能を発揮でき、術後感染症の予防のみならず、感染症の治療にも有効であると考えられる。
【0031】
実施例2.
本実施例では、基体にセラミックスを用いた。すなわち、直径25mm、厚さ6mmのアルミナセラミック板の直径25mmの片面をサンドブラストで粗面化した後、実施例1と同じ溶射条件で高速フレーム溶射を行い、厚さ約3μmの酸化チタン溶射皮膜を形成させた。基体にセラミックスを用いた場合でも、実施例1と同様の溶射被膜を形成することができた。これにより、基体にセラミックスを用いた場合でも、実施例1と同様の抗菌性を発現させることができる。
【0032】
実施例3.
本実施例では、基体にプラスチックスを用いた。すなわち、35mmx15mmx2mmのベークライト板の35mmx15mmの片面をサンドブラストで粗面化した後、実施例1と同じ溶射条件で高速フレーム溶射を行い、厚さ約20μmの酸化チタン溶射皮膜を形成させた。基体にプラスチックスを用いた場合でも、実施例1と同様の溶射被膜を形成することができた。これにより、基体にプラスチックスを用いた場合でも、実施例1と同様の抗菌性を発現させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【図1】本発明の実施例における抗菌活性値Rを示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属、セラミックス又はプラスチックからなる基体上の少なくとも一部に、ブルッカイト型酸化チタンを主成分とする粉末を高速フレーム溶射してなる溶射被膜を有する抗菌製品。
【請求項2】
上記溶射被膜の厚さが、1〜300μmである請求項1記載の抗菌製品。
【請求項3】
金属、セラミックス又はプラスチックからなる基体上の少なくとも一部に、ブルッカイト型酸化チタンを主成分とする粉末を高速フレーム溶射する、抗菌製品の製造方法。
【請求項4】
金属、セラミックス又はプラスチックからなる基体上の少なくとも一部に、ブルッカイト型酸化チタンを主成分とする粉末を高速フレーム溶射してなる溶射被膜を有する生体インプラント。

【図1】
image rotate


【公開番号】特開2010−65304(P2010−65304A)
【公開日】平成22年3月25日(2010.3.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−234897(P2008−234897)
【出願日】平成20年9月12日(2008.9.12)
【出願人】(504209655)国立大学法人佐賀大学 (176)
【出願人】(504418084)日本メディカルマテリアル株式会社 (106)
【Fターム(参考)】