摺動部品
【課題】優れた耐摩耗性を有し、自動車および産業機械の歯車、プーリー、シャフトなどとして用いるのに好適な摺動部品の提供。
【解決手段】浸炭または浸炭窒化された摺動部品であって、摺動面の表面から深さ10μmまでの表層部において、セメンタイト粒子の平均粒子径:0.6μm以下、摺動面に対して垂直方向の断面におけるセメンタイト粒子の数密度:1個/μm2以上、かつ、摺動面の表面からの深さ10μmにおけるビッカース硬さ:700以上、を満たすとともに、摺動面の表面粗さが、Rz:4.0μm以下、Rpk/Rk:1.0未満、を満たす摺動部品。なお、Rzは、JIS B 0601(2001)で規定された「最大高さ粗さ」を表し、また、RpkおよびRkはそれぞれ、JIS B 0671−2(2002)で規定された「突出山部高さ」および「コア部のレベル差」を表す。
【解決手段】浸炭または浸炭窒化された摺動部品であって、摺動面の表面から深さ10μmまでの表層部において、セメンタイト粒子の平均粒子径:0.6μm以下、摺動面に対して垂直方向の断面におけるセメンタイト粒子の数密度:1個/μm2以上、かつ、摺動面の表面からの深さ10μmにおけるビッカース硬さ:700以上、を満たすとともに、摺動面の表面粗さが、Rz:4.0μm以下、Rpk/Rk:1.0未満、を満たす摺動部品。なお、Rzは、JIS B 0601(2001)で規定された「最大高さ粗さ」を表し、また、RpkおよびRkはそれぞれ、JIS B 0671−2(2002)で規定された「突出山部高さ」および「コア部のレベル差」を表す。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐摩耗性に優れた動力伝達部品としての摺動部品に関し、詳しくは、浸炭または浸炭窒化された摺動部品に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、自動車および産業機械における歯車、プーリー、シャフトなどの部品は、JIS規格のSCr420、SCM420、SNCM420などの機械構造用合金鋼に、浸炭または浸炭窒化を施して焼入れ(以下、浸炭を施した焼入れを「浸炭焼入れ」といい、また、浸炭窒化を施した焼入れを「浸炭窒化焼入れ」という。)を行った後、200℃以下の温度で焼戻しを行い、さらに必要に応じてショットピーニング処理を施すことにより、面疲労強度、曲げ疲労強度、耐摩耗性など、それぞれの部品に要求される特性を確保することが行われてきた。
【0003】
しかしながら、近年、自動車の燃費向上やエンジンの高出力化に対応するために、部品の小型化および軽量化が進み、これに伴って、部品にかかる負荷が著しく増加するようになってきた。このため、産業界からは、動力伝達用の摺動部品に対して、特に、優れた耐摩耗性を具備させることが要望されている。
【0004】
なお、これまでに、浸炭焼入れまたは浸炭窒化焼入れを施した部品の耐摩耗性を向上させる対策として、部品の表面粗さを小さくすること、部品表層部の硬さを硬くすること、不完全焼入れ組織の生成を防止することなどが知られている。
【0005】
しかしながら、単に上述したような対策を施すだけでは、部品にかかる負荷が著しく増加した場合には耐摩耗性の低下が避けられず、前述した産業界からの要望に応えることはできなかった。
【0006】
そこで、例えば、特許文献1に、化学成分を規定するとともに、「炭素ポテンシャルが1.2重量%以上の条件で浸炭した後に、A1温度以下の温度域に冷却し、再加熱処理を施して使用することを特徴とする浸炭部材」に関する技術が開示されている。
【0007】
また、特許文献2に、特定量の成分元素を含有するとともに、表面から深さ0.3mmまでの炭素濃度、析出炭化物の最大径、平均径、析出炭化物の面積率、残留オーステナイト量および常温での硬さを規定した「無段変速機の転動体」に関する技術が開示されている。
【0008】
さらに、特許文献3に、接触面の粗さ曲線の最大高さRyが1〜3μmであり、粗さ曲線から得られる負荷曲線の減衰山高さRpkと、最大高さRyとの間にRpk/Ry≦0.1の関係を満たす接触面を有することを特徴する「機械部品」に関する技術が開示されている。
【0009】
【特許文献1】特開平11−117059号公報
【特許文献2】特開平11−199983号公報
【特許文献3】WO97/19279号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
前記の特許文献1で開示された「浸炭部材」は、浸炭時における表面C濃度を調整した後に冷却し再加熱することによって分散させるセメンタイトの平均粒径と量を調整することについては規定されているものの、部材の表面粗さおよびその形状の特徴に関しては考慮されていない。しかしながら、耐摩耗性は、部材における表層の組織だけではなく、硬さ、表面粗さおよびその形状の特徴によって様々に変化する。このため、セメンタイトの平均粒径とその分散量を規定するだけの特許文献1で提案された技術では、十分な耐摩耗性を確保できない場合がある。しかも、特許文献1においては、部品の起動時のような、摩擦係数が急激に減少する場合の耐摩耗性を向上させることについては全く検討されていない。
【0011】
特許文献2で開示された「無段変速機の転動体」も動力伝達用の摺動部品であるが、前述のとおり、耐摩耗性には、部材表層の組織および硬さだけではなく、表面粗さおよびその形状の特徴も影響する。このため、表面粗さおよびその形状についての考慮がなされていない特許文献2で提案された技術では、優れた耐摩耗性を確保できない場合がある。さらに、この特許文献2においても、部品の起動時のような、摩擦係数が急激に減少する場合の耐摩耗性を向上させることについては全く検討されていない。
【0012】
特許文献3で提案された「機械部品」の一実施態様として開示されている「カムフォロワ用ローラ」も動力伝達用の部品であるが、耐摩耗性には、部材の表面粗さおよびその形状の特徴だけではなく、表層の硬さおよび組織も影響する。このため、部材における表層の組織および硬さについての考慮がなされていない特許文献3で提案された技術では、優れた耐摩耗性を確保できない場合がある。さらに、この特許文献3の場合も、部品の起動時のような、摩擦係数が急激に減少する場合の耐摩耗性を向上させることについては全く検討されていない。
【0013】
本発明は、上記現状に鑑みてなされたもので、優れた耐摩耗性を有する摺動部品、なかでも、浸炭または浸炭窒化を施され、優れた耐摩耗性を有する摺動部品を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
既に述べたように、部品の表面粗さを小さくすること、部品表層部の硬さを硬くすること、不完全焼入れ組織の生成を防止すること、といった従来の対策を施すだけでは、部品にかかる負荷が著しく増加した場合には耐摩耗性の低下を避けることができない。
【0015】
そこで、本発明者らは、部品にかかる負荷が著しく増加した場合の耐摩耗性を向上させるために、表層部の制御、特に、表面粗さとセメンタイトの分散とを制御することに着目して調査・研究を重ね、さらにそれに付帯する条件について詳細な検討を重ねた。
【0016】
その結果、下記(a)〜(d)の知見を得た。
【0017】
(a)動力伝達部品は、駆動側部品と従動側部品からなり、両部品の間で速度差が生じることがある。定常状態では、この速度差は一定あるいは連続的に変化し、接触面間の真実接触部がせん断力によって破壊される凝着摩耗や、あるいは、接触面間の高硬度の粗さ突起が低硬度の表面を削り取るアブレシブ摩耗が主となる。一方、例えば、部品の起動時のように、停止状態から瞬間的に速度差が生じる場合には、接触面の摩擦は瞬間的に静摩擦状態から動摩擦状態に遷移する。そして、この場合には、静摩擦係数に比べて動摩擦係数の値の方が小さいため、急激に摩擦係数が減少し、その結果、静摩擦力と動摩擦力の差を起振力とする振動が生じる。この振動は比較的短時間で減衰するものの、これが繰り返されることによって、接触面では疲労摩耗が生じる。
【0018】
(b)「凝着摩耗」および「アブレシブ摩耗」には表面粗さが影響を及ぼす。これらの摩耗を抑制するためには、粗さの最大値、例えば、JIS B 0601(2001)で規定された「最大高さ粗さ」であるRzを小さくすることが有効であるが、これだけでは不十分であり、さらに、JIS B 0671−2(2002)で規定された「突出山部高さ」であるRpkと「コア部のレベル差」であるRkの比、つまり、〔Rpk/Rk〕の値を1.0未満にするのが有効である。
【0019】
(c)しかしながら、表面粗さを小さくすると、静摩擦係数が大きくなるので、瞬間的に速度差が生じた際に発生する振動が生じやすくなる。
【0020】
(d)表面粗さを小さくした場合でも、表層に特定のサイズのセメンタイトを分散させると、上記(c)で述べた振動の発生を抑制できる場合がある。これは、鋼どうしの直接接触の頻度を下げることが可能なためと考えられる。
【0021】
以下に、上記の知見(a)〜(d)を得るに至った調査・研究の具体的内容について説明する。
【0022】
(A)凝着摩耗およびアブレシブ摩耗について:
本発明者らは、先ず、表面粗さが耐摩耗性に及ぼす影響を以下の方法で調査した。
【0023】
すなわち、表1に示す化学組成を有する鋼を150kg真空溶解炉で溶解した後、鋳造してインゴットを作製した。
【0024】
【表1】
【0025】
上記のインゴットを1250℃で8時間保持した後、大気中で放冷して一旦室温まで冷却した。次いで、1250℃に再加熱して30分保持し、仕上げ温度を1000℃以上として熱間鍛造して、直径45mmの丸棒を得た。なお、熱間鍛造終了後は、大気中で放冷して室温まで冷却した。
【0026】
このようにして得た丸棒に、925℃で1時間保持した後に大気中で放冷して室温まで冷却する焼ならしを施した。
【0027】
焼ならし後の直径が45mmの丸棒のR/2部(R:半径)から、機械加工により鍛錬軸に平行に図1に示す形状のブロックオンリング試験用ブロック試験片を切り出した。なお、ブロックオンリング試験およびその試験片形状は、ASTM−G77−98で規定されたものである。上記図1における(イ)および(ロ)は、それぞれ、ブロック試験片の正面図と側面図である。
【0028】
上記のブロックオンリング試験用ブロック試験片(以下、「ブロック試験片」という。)は、ガス浸炭炉を用いて、図2または図3に示すヒートパターンで浸炭してから油温80℃の油中に焼入れし、さらに、170℃で2時間焼戻しを行った。なお、図2および図3中の「Cp」はカーボンポテンシャルを意味する。
【0029】
上記のようにして浸炭焼入れ−焼戻ししたブロック試験片の試験部に、研削、ショットピーニング、研磨など種々の表面加工を施して、表面粗さを変化させた。
【0030】
表2に、表面加工条件の詳細を熱処理パターンとともに「処理条件」として示す。
【0031】
ここで、表2における「縦研削」とは、試験片の長手方向、つまり、図1の長さ15.75mmの方向に研削したことを、一方、「横研削」とは長手方向と直角の方向、つまり、図1の6.35mmの方向に研削したことを意味する。なお、研削は粒度80〜500の砥石を用いて実施した。
【0032】
また、「ペーパー研磨」とは、#500および#800のSiC研磨紙の順で、ランダムな研磨方向で湿式研磨したことを意味する。
【0033】
「鏡面研磨」とは、#500、#800、#1000、#1500および#2000のSiC研磨紙の順でランダムな研磨方向で湿式研磨した後、さらに、粒子径50μmのアルミナ砥粒で研磨方向はランダムとしてバフ研磨し、仕上げたことを意味する。
【0034】
「ショットピーニング」とは、硬さがビッカース硬さで800および粒径が0.8mmのラウンドカットワイヤを使用して、また、「微粒子ショットピーニング」とは、硬さがビッカース硬さで800および粒径が0.25mmのラウンドカットワイヤを使用して、いずれも、0.4MPaの投射圧でショットピーニング処理したことを意味する。
【0035】
【表2】
【0036】
上記のようにして表面加工したブロック試験片の表面粗さをJIS B 0601(2001)およびJIS B 0671−2(2002)で規定される方法に準拠し、次に示す条件で測定した。
【0037】
・測定方向:試験片長手方向、
・評価長さ:3.0mm、
・カットオフ値:0.8mm、
・測定項目:Rz、Rpk、RkおよびRvk。
【0038】
表2に、このようにして測定したRz、Rpk、RkおよびRvkを、〔Rpk/Rk〕の値とともに示す。なお、Rzは、JIS B 0601(2001)で規定された「最大高さ粗さ」を表し、また、Rpk、RkおよびRvkはそれぞれ、JIS B 0671−2(2002)で規定された「突出山部高さ」、「コア部のレベル差」および「突出谷部深さ」を表す。
【0039】
また、上記のようにして表面加工したブロック試験片の表面からの深さ10μmにおけるビッカース硬さを次のようにして調査した。
【0040】
すなわち、ショットピーニングによる圧縮残留応力のピーク深さは、表面から50μm以内となることが多い。そこで、ショットピーニングによる硬さの増大も、表面から50μm以内で生じると考え、通常よりも表層の硬さを詳細に観察することを目的に、摺動部に対応する位置であるブロック試験片の中央部を切断した後、長手方向に垂直な断面に対して15゜の角度で樹脂に埋め込んで鏡面研磨した。このとき、表面は見かけ上深さ方向に拡大されているため、表面から40μmの位置で5点の硬さを測定した。なお、上記の位置は、垂直方向の10μm位置に対応する。硬さ測定にはビッカース硬度計を用い、試験力を1.961Nとしてビッカース硬さ(以下「Hv硬さ」ともいう。)を測定した。そして、これら5点の硬さの算術平均値を求めた。
【0041】
表2に、このようにして求めた深さ10μmにおけるビッカース硬さを併せて示す。なお、表2においては、上記の硬さを「表面硬さ」と表記した。
【0042】
さらに、上記の表面加工したブロック試験片と図4に示す形状のブロックオンリング試験用リング試験片(以下、「リング試験片」という。)を用いて、表3に示す条件でブロックオンリング試験を実施して耐摩耗性を調査した。
【0043】
図5に、ブロックオンリング試験の模式図を示す。
【0044】
【表3】
【0045】
試験数は各処理条件について2個ずつとし、試験後のブロック試験片の摩耗幅を光学顕微鏡で測定した。なお、測定箇所は図6に示すように、各試験片について摩耗痕の両端および中央とし、各処理条件について、合計6箇所の摩耗幅を算術平均してこれを摩耗幅とした。
【0046】
なお、リング試験片は、既に述べた焼ならし後の直径が45mmの丸棒の中心部から、機械加工により鍛錬軸に平行に切り出し、ガス浸炭炉を用いて、図2に示すヒートパターンで浸炭してから油温80℃の油中に焼入れし、さらに、170℃で2時間焼戻しを行った。その後、粒度80の砥石を用いて2000m/minの研磨速度で2〜3分間円周方向に研磨し、表面粗さをRqで0.15〜0.30μmに仕上げた。なお、「Rq」はJIS B 0601(2001)に規定された「二乗平方根粗さ」を表す。
【0047】
表4に、摩耗幅の測定結果を示す。なお、この表4には、表2に示したブロック試験片の深さ10μmにおけるビッカース硬さならびに、表面粗さのうちのRzおよび〔Rpk/Rk〕の値を併せて示した。なお、表4においても、上記の硬さを「表面硬さ」と表記した。
【0048】
【表4】
【0049】
先ず、深さ10μmにおけるビッカース硬さと摩耗幅を比較すると、ビッカース硬さが700を下回る値の580である処理条件hと、ビッカース硬さが800を超える値の830と910である処理条件eおよびfの摩耗幅がいずれも2mmを超える著しく大きな値となっていることがわかる。
【0050】
なお、処理条件hの表面粗さRzは1.93μmで、摩耗幅が1.14mmと小さい処理条件aの1.95μmと同程度であることから、処理条件hの摩耗幅が著しく大きいのは、深さ10μmにおけるビッカース硬さが700よりも低いためであると考えられる。
【0051】
そこで次に、処理条件hを除いた残りの6条件について、摩耗幅とRzの関係を整理して図7に示した。なお、図7中の符号は、「処理条件」を表す。
【0052】
図7から、摩耗幅は、Rzが大きいほど増大し、Rzが2.0μm以下の場合には摩耗幅は2mmに達しないことが認められる。このことから、処理条件eおよびfの場合に、深さ10μmにおけるビッカース硬さが800を超える高い値であるにもかかわらず摩耗幅が著しく大きいのは、Rzがそれぞれ、6.99μmと4.82μmという4.0μmを超える大きな値であるためと考えられる。
【0053】
しかしながら、図7でRzが4.0μm以下である処理条件a〜dおよびgの場合でも、摩耗幅は1.14〜1.72mmとばらついていた。
【0054】
そこで、さらに、JIS B 0671−2(2002)で規定される粗さの幾何パラメータであるRpk(突出山部高さ)、Rk(コア部のレベル差)およびRvk(突出谷部深さ)に着目し、摩耗幅との関係を調査した。
【0055】
上記のJIS B 0671−2(2002)で規定された「Rpk」、「Rk」および「Rvk」は、それぞれ、荷重移動方向の表面粗さ負荷曲線中の「初期摩耗高さ」、「有効負荷粗さ」および「油溜まり深さ」を分離して表現したものに対応し、試験片どうしの接触には、これらのパラメータのうちで、RpkとRkが関与すると考えられる。
【0056】
すなわち、初期摩耗高さに対応する「Rpk」は、粗さ曲線中の特に高さの高い突起を表すものであるため「直接接触」に大きな影響を及ぼす。また、有効負荷粗さに対応する「Rk」は、「Rvk」と「Rpk」の中間の粗さ分布を表すものであり、「Rk」のうちの特定領域が「直接接触」に影響する。しかしながら、「Rpk」は粗さ曲線中の特に高さの高い突起であるがゆえに、接触または滑りの初期に摩耗し、その摩耗粉が相手面や自らの表面を摩耗させることがある。このため、「Rpk」は小さい方が望ましい。また、「Rk」はその領域のうち、半分程度しか直接接触に関与しないため、その値は大きい方が好ましい。
【0057】
「Rk」に対して「Rpk」が大きいほど接触が過酷になり、相手材を摩耗させたり、相手材の表面を荒らしたり、さらに、生成した摩耗粉で自己摩耗したり、表面が粗くなった相手材から摩耗させられたりすると考えられるので、二つの粗さの比である〔Rpk/Rk〕の値は小さい方が好ましいと考えられる。
【0058】
そこで、処理条件a〜dおよびgについて、摩耗幅と〔Rpk/Rk〕の値の関係を整理して図8に示した。なお、図8中の符号は、「処理条件」を表す。
【0059】
図8から、〔Rpk/Rk〕の値が1.0未満のとき、摩耗幅は1.5mm以下に抑制されていることがわかる。
【0060】
すなわち、表4、さらには、図7および図8から、深さ10μmにおけるビッカース硬さを700以上とすることに加えて、表面粗さを、Rzが4.0μm以下で、さらに、〔Rpk/Rk〕の値が1.0未満を満たすようにすれば、摩耗幅を1.5mm以下に抑制できて良好な耐摩耗性の確保が可能になることがわかる。
【0061】
(B)疲労摩耗について:
動力伝達部品では、部品の起動時のように、停止状態から瞬間的に速度差が生じる場合、接触面の摩擦は瞬間的に静摩擦状態から動摩擦状態に遷移する。この時、静摩擦係数に比べて動摩擦係数の値の方が小さいため、急激に摩擦係数が減少し、その結果、静摩擦力と動摩擦力の差を起振力とする振動が生じる。この振動は比較的短時間で減衰するが、これが繰り返されることによって、接触面においてき裂が生成することがあり、このき裂は繰返し数の増大により連結し、摺動面がはく離して、疲労摩耗が生じると考えられる。したがって、疲労摩耗低減のためには、このき裂の生成を抑制する必要がある。
【0062】
そこで、本発明者らは、上記のき裂を抑制する条件を明らかにするために、一定滑り速度での耐摩耗性を増大することができる表面硬さと表面粗さとをもつ試験片、つまり、摺動面の表面からの深さ10μmにおけるビッカース硬さが700以上で、表面粗さを、Rzが4.0μm以下で、さらに、〔Rpk/Rk〕の値が1.0未満を満たすように調整した試験片を用いて、調査・研究を重ねた。
【0063】
具体的には、上記(A)で述べた焼ならし後の直径が45mmの丸棒のR/2部(R:半径)から、機械加工により鍛錬軸に平行に図1に示す形状のブロック試験片を切り出し、ガス浸炭炉を用いて、図2に示すヒートパターンで浸炭してから油温80℃の油中に焼入れするか、あるいは、図9〜11に示すヒートパターンで高濃度浸炭し、さらに、再加熱処理してから油温80℃の油中に焼入れして、表層部の組織を変化させた。いずれの場合も、油焼入れ後は、170℃で2時間焼戻しを行った。
【0064】
なお、図9〜11中の「Cp」はカーボンポテンシャルを意味し、高濃度浸炭してから窒素冷却を行って一旦600℃まで冷却し、600℃で15分保持した後再び加熱し、温度が870℃、850℃または830℃で、カーボンポテンシャルが1.0%の雰囲気で再加熱処理した。
【0065】
次いで、上記の焼戻を施したブロック試験片の試験部に、研削、研磨の表面加工を施して、表面粗さを変化させた。
【0066】
表5に、表面加工条件の詳細を熱処理パターンとともに「処理条件」として示す。
【0067】
ここで、表5における「縦研削」は、試験片の長手方向、つまり、図1の長さ15.75mmの方向に研削したことを、一方、「横研削」は、長手方向と直角の方向、つまり、図1の6.35mmの方向に研削したことを意味する。なお、研削は粒度80〜500の砥石を用いて実施した。
【0068】
また、「鏡面研磨」は、#500、#800、#1000、#1500および#2000のSiC研磨紙の順でランダムな研磨方向で湿式研磨した後、さらに、粒子径50μmのアルミナ砥粒で研磨方向はランダムとしてバフ研磨し、仕上げたことを意味する。
【0069】
【表5】
【0070】
上記のようにして表面加工したブロック試験片の表面粗さをJIS B 0601(2001)およびJIS B 0671−2(2002)で規定される方法に準拠し、次に示す条件で測定した。
【0071】
・測定方向:試験片長手方向、
・評価長さ:3.0mm、
・カットオフ値:0.8mm、
・測定項目:Rz、RpkおよびRk。
【0072】
表5に、このようにして測定したRzおよび〔Rpk/Rk〕の値を併せて示す。なお、Rzは、JIS B 0601(2001)で規定された「最大高さ粗さ」を表し、また、RpkおよびRkはそれぞれ、JIS B 0671−2(2002)で規定された「突出山部高さ」および「コア部のレベル差」を表す。
【0073】
また、上記のようにして表面加工したブロック試験片の表層部の組織と表面からの深さ10μmにおけるビッカース硬さを次のようにして調査した。
【0074】
すなわち、既に(A)項で述べたように、摺動部に対応する位置であるブロック試験片の中央部を切断した後、長手方向に垂直な断面に対して15゜の角度で樹脂に埋め込んで鏡面研磨した。このとき、表面は見かけ上深さ方向に拡大されているため、表面から40μmの位置で5点の硬さを測定した。なお、上記の位置は、垂直方向の10μm位置に対応する。硬さ測定にはビッカース硬度計を用い、試験力を1.961NとしてHv硬さを測定した。そして、これら5点の硬さの算術平均値を求めた。
【0075】
次に、上記ブロック試験片の硬さを測定した面をピクラールで腐食し、走査型電子顕微鏡(以下、「SEM」という。)を用いて、試験片の最表層を含むように、垂直方向の10μm位置に対応する表面から40μmの位置までの領域について倍率10000倍で各4視野撮影し、表層部の組織を調査した。なお、各視野の大きさは10.6μm×13μmである。また、SEM像の画像処理からセメンタイト粒子の分布状況を調査し、平均粒子径および面積1μm2当たりのセメンタイト粒子の数、つまり、数密度を算出した。
【0076】
なお、「粒子径」とは「相当直径」を指し、上記の平均粒子径および数密度の算出には、相当直径が0.1μm以上であるセメンタイト粒子のデータを用いた。
【0077】
表5に、上記のようにして求めた深さ10μmにおけるビッカース硬さを併せて示す。なお、表5においては、上記の硬さを「表面硬さ」と表記した。
【0078】
また、表6に、表層部の組織、セメンタイト粒子の平均粒子径および数密度を示す。
【0079】
【表6】
【0080】
さらに、き裂発生の原因が、接触面で静摩擦力と動摩擦力の差を起振力とする振動が生じることであるとして、前記(A)項の場合と同様に、上記の表面加工したブロック試験片と既に(A)項で述べたリング試験片、つまり、焼ならし後の直径が45mmの丸棒の中心部から、機械加工により鍛錬軸に平行に切り出し、ガス浸炭炉を用いて、図2に示すヒートパターンで浸炭してから油温80℃の油中に焼入れし、さらに、170℃で2時間焼戻しを行い、さらに、その後、粒度80の砥石を用いて2000m/minの研磨速度で2〜3分間円周方向に研磨し、表面粗さをRqで0.15〜0.30μmに仕上げたリング試験片を用いて、ブロックオンリング試験を行い、最大静摩擦係数と動摩擦係数の値を測定し、さらに、き裂発生の有無を調査した。
【0081】
上記の最大静摩擦係数および動摩擦係数の測定は、ブロック試験片をリング試験片に1000Nの負荷で押し付けた後、滑り速度0.1m/sでリング試験片を回転させて行った。この際、潤滑油として、温度90℃のオートマティックトランスミッション油を用いた。
【0082】
なお、静止状態から急激に接触面に速度差が生じるため、図12に示すように、滑りはじめに瞬間的に摩擦係数が増大し、その後、動摩擦状態に遷移するために摩擦係数が低減する。このように摩擦係数は滑り速度の変化により変化するが、上記のブロックオンリング試験では、滑りはじめのピーク値を最大静摩擦係数とし、回転開始後10〜15秒間の平均摩擦係数を動摩擦係数とした。また、この試験を各試験片につき2000回繰返した後、ブロック試験片の摺動部を光学顕微鏡により500倍の倍率で観察して、き裂発生の有無を確認した。
【0083】
表5に、上記のようにして求めた最大静摩擦係数、動摩擦係数およびき裂発生調査結果を併せて示す。
【0084】
表5から、最大静摩擦係数と動摩擦係数との比が2以下の処理条件G〜Lの場合に、き裂が生じていないことがわかる。なお、処理条件A〜Lのいずれの場合も、(A)項で示した表面硬さと表面粗さ条件、つまり、摺動面の表面からの深さ10μmにおけるビッカース硬さが700以上という表面硬さと、Rzが4.0μm以下で、さらに、〔Rpk/Rk〕の値が1.0未満という表面粗さをともに満たしている。したがって、処理条件A〜Fにおいてき裂が発生し、一方、処理条件G〜Lの場合にき裂が生じていないのは、熱処理パターンによるセメンタイト粒子の分散形態の違いであると考えられる。
【0085】
実際、表6に示すように、き裂が認められなかった処理条件G〜Lの場合は、セメンタイト粒子の平均粒子径が0.6μm以下で、かつ、数密度が1個/μm2以上である。これに対して、き裂が認められなかった処理条件A〜Fの場合は、表層部の組織にセメンタイト粒子が存在しないか(処理条件A〜C)、存在してもその平均粒子径は0.62〜0.64μmと大きく、また、数密度は0.26〜0.31個/μm2と小さい(処理条件D〜F)。
【0086】
このことから、摺動面の表面からの深さ10μmにおけるビッカース硬さを700以上、表面粗さをRzが2μm以下で、さらに、〔Rpk/Rk〕の値が1.0未満とし、かつ、表層に平均粒子径が0.6μm以下のセメンタイト粒子を数密度で1個/μm2以上とすることで、凝着摩耗およびアブレシブ摩耗の抑制に加えて、急速滑りによる疲労摩耗も抑制することができることがわかる。
【0087】
本発明は、上記の知見に基づいて完成されたものであり、その要旨は、下記に示す摺動部品にある。
【0088】
『浸炭または浸炭窒化された摺動部品であって、摺動面の表面から深さ10μmまでの表層部において、
摺動面の表面からの深さ10μmにおけるビッカース硬さ:700以上、
セメンタイト粒子の平均粒子径:0.6μm以下、
摺動面に対して垂直方向の断面におけるセメンタイト粒子の数密度:1個/μm2以上、を満たすとともに、摺動面の表面粗さが、
Rz:4.0μm以下、
Rpk/Rk:1.0未満、
を満たすことを特徴とする摺動部品。
なお、Rzは、JIS B 0601(2001)で規定された「最大高さ粗さ」を表し、また、RpkおよびRkはそれぞれ、JIS B 0671−2(2002)で規定された「突出山部高さ」および「コア部のレベル差」を表す。』
【発明の効果】
【0089】
本発明の摺動部品は、優れた耐摩耗性を備えているので、自動車および産業機械における動力伝達用の摺動部品である歯車、プーリー、シャフトなどとして用いるのに好適である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0090】
以下、本発明の各要件について説明する。
【0091】
〈1〉表面硬さ(摺動面の表面からの深さ10μmにおけるビッカース硬さ):
「(A)凝着摩耗およびアブレシブ摩耗について」の項で述べたように、表面からの深さ10μmにおけるビッカース硬さが700を下回ると、著しく大きな摩耗を生じる。このため、部品にかかる負荷が著しく増加した場合には、動力伝達用の摺動部品である歯車、プーリー、シャフトなどとして用いることができない。
【0092】
したがって、摺動面の表面から深さ10μmまでの表層部において、表面からの深さ10μmにおけるビッカース硬さが700以上であることと規定した。
【0093】
上記の表面からの深さ10μmにおけるビッカース硬さは730以上とすることが好ましい。なお、上記のビッカース硬さは高ければ高いほどよいので、上限は特に規定するものではな。
【0094】
〈2〉表面粗さ:
「(A)凝着摩耗およびアブレシブ摩耗について」の項で述べたように、上記〈1〉の「表面硬さ」規定を満たしていても、Rzが4.0μmを超えると、大きな摩耗を生じる。このため、部品にかかる負荷が著しく増加した場合には、動力伝達用の摺動部品である歯車、プーリー、シャフトなどとして用いることができない。
【0095】
同様に、〔Rpk/Rk〕の値が1.0を超えても、摩耗量が大きくなるので、やはり、品にかかる負荷が著しく増加した場合には、動力伝達用の摺動部品である歯車、プーリー、シャフトなどとして用いることができない。
【0096】
したがって、摺動面の表面粗さが、Rz:4.0μm以下および〔Rpk/Rk〕:1.0未満を満たすことと規定した。
【0097】
上記のRzは2.0μm以下とすることが好ましい。なお、Rzが0.30μmより小さくなると,摺動の際に焼付きが生じる危険性が高くなる。よって、Rzは、0.30μm以上が望ましい。
【0098】
また、上記の〔Rpk/Rk〕の値は0.80以下とすることが好ましい。なお、〔Rpk/Rk〕が0.20より小さくなると、摺動の際に焼付きが生じる危険性が高くなる。よって、〔Rpk/Rk〕の値は0.20以上とすることが望ましい。
【0099】
〈3〉セメンタイト粒子:
「(B)疲労摩耗について」の項で述べたように、垂直方向の10μm位置に対応する領域までの表層部にセメンタイト粒子が存在し、しかも、その平均粒子径が0.6μm以下で、かつ、数密度が1個/μm2以上の場合には、き裂が発生しないので疲労摩耗を防止することができる。これに対して、上記表層部の組織にセメンタイト粒子が存在しないか、存在してもその平均粒子径が大きく、さらに、数密度が小さい場合には、き裂が発生して疲労摩耗を生じてしまう。
【0100】
したがって、摺動面の表面から深さ10μmまでの表層部において、セメンタイト粒子の平均粒子径が0.6μm以下で、さらに、摺動面に対して垂直方向の断面におけるセメンタイト粒子の数密度:1個/μm2以上であることと規定した。
【0101】
上記のセメンタイト粒子の平均粒径の上限は0.5μmとすることが好ましい。
【0102】
また、上記のセメンタイトの数密度は1.5個/μm2以上とすることが好ましい。
【0103】
本発明に係る摺動部品は、浸炭または浸炭窒化を施すことができるものであれば何を素材に用いても構わないが、好ましい素材としては、例えば、質量%で、C:0.13〜0.35%、Si:0.05〜0.80%、Mn:0.35〜1.50%、P:0.020%以下、S:0.005〜0.035%、Cr:0.50〜2.5%、Al:0.020〜0.040%、N:0.0030〜0.0250%を含み、さらに必要に応じて、〔a〕Cu:0.30%以下、Ni:0.30%以下、〔b〕Mo:0.50%以下、Nb:0.080%以下、の2つの群から選ばれる1種以上の元素を含み、残部がFeおよび不純物からなり、不純物中のO(酸素)が0.0020%以下である鋼が挙げられる。
【0104】
以下、実施例により本発明の構成および作用・効果をより具体的に説明するが、本発明は、もとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、趣旨に適合しうる範囲で適当に変更を加えて実施することも可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に含まれる。
【実施例】
【0105】
表7に示す化学組成を有する鋼1〜7を30kg真空溶解炉で溶解した後、鋳造してインゴットを作製した。
【0106】
【表7】
【0107】
上記のインゴットを1250℃で8時間保持した後、大気中で放冷して一旦室温まで冷却した。次いで、1250℃に再加熱して30分保持し、仕上げ温度を1000℃以上として熱間鍛造して、直径25mmの丸棒を得た。なお、熱間鍛造終了後は、大気中で放冷して室温まで冷却した。
【0108】
このようにして得た丸棒に、925℃で1時間保持した後に大気中で放冷して室温まで冷却する焼ならしを施した。
【0109】
焼ならし後の直径が45mmの丸棒のR/2部(R:半径)から、機械加工により鍛錬軸に平行に図1に示す形状のブロック試験片を切り出した。
【0110】
上記のブロック試験片に、ガス浸炭炉を用いて、図10または図11に示すヒートパターンで高濃度浸炭し、さらに、再加熱処理してから油温80℃の油中に焼入れして、あるいは、ガス浸炭炉を用いて、図13に示すヒートパターンで高濃度浸炭し、さらに、再加熱処理して窒化してから油温80℃の油中に焼入れして、その後さらに、170℃で2時間焼戻しを行った。
【0111】
なお、図13中の「Cp」もカーボンポテンシャルを意味し、高濃度浸炭してから窒素冷却を行って一旦600℃まで冷却し、600℃で15分保持した後再び加熱し、温度が830℃で、カーボンポテンシャルが1.0%、窒素ガス流量が15L/minの雰囲気で再加熱処理した。
【0112】
次いで、上記の焼戻を施したブロック試験片の試験部に、研削、研磨の表面加工を施して、表面粗さを変化させた。
【0113】
表8に、供試鋼、熱処理パターンと表面加工条件の詳細を示す。
【0114】
ここで、表8における「縦研削」とは、試験片の長手方向、つまり、図1の長さ15.75mmの方向に研削したことを意味する。なお、研削は粒度80〜500の砥石を用いて実施した。
【0115】
また、「鏡面研磨」とは、#500、#800、#1000、#1500および#2000のSiC研磨紙の順でランダムな研磨方向で湿式研磨した後、さらに、粒子径50μmのアルミナ砥粒で研磨方向はランダムとしてバフ研磨し、仕上げたことを意味する。
【0116】
【表8】
【0117】
上記のようにして表面加工したブロック試験片の表面粗さをJIS B 0601(2001)およびJIS B 0671−2(2002)で規定される方法に準拠し、次に示す条件で測定した。
【0118】
・測定方向:試験片長手方向、
・評価長さ:3.0mm、
・カットオフ値:0.8mm、
・測定項目:Rz、RpkおよびRk。
【0119】
表8に、このようにして測定したRzおよび〔Rpk/Rk〕の値を示す。なお、既に述べたように、Rzは、JIS B 0601(2001)で規定された「最大高さ粗さ」を表し、また、RpkおよびRkはそれぞれ、JIS B 0671−2(2002)で規定された「突出山部高さ」および「コア部のレベル差」を表す。
【0120】
また、上記のようにして表面加工したブロック試験片の表層部の組織と表面からの深さ10μmにおけるビッカース硬さを次のようにして調査した。
【0121】
すなわち、摺動部に対応する位置であるブロック試験片の中央部を切断した後、長手方向に垂直な断面に対して15゜の角度で樹脂に埋め込んで鏡面研磨した。このとき、表面は見かけ上深さ方向に拡大されているため、表面から40μmの位置で5点の硬さを測定した。なお、上記の位置は、垂直方向の10μm位置に対応する。硬さ測定にはビッカース硬度計を用い、試験力を1.961NとしてHv硬さを測定した。そして、これら5点の硬さの算術平均値を求めた。
【0122】
次に、上記ブロック試験片の硬さを測定した面をピクラールで腐食し、SEMを用いて、試験片の最表層を含むように、垂直方向の10μm位置に対応する表面から40μmの位置までの領域について倍率10000倍で各4視野撮影した。なお、各視野の大きさは10.6μm×13μmである。次いで、SEM像の画像処理からセメンタイト粒子の分布状況を調査し、平均粒子径および面積1μm2当たりのセメンタイト粒子の数、つまり、数密度を算出した。
【0123】
表8に、上記のようにして求めた深さ10μmにおけるビッカース硬さ、セメンタイト粒子の平均粒子径および数密度を併せて示す。なお、表8においては、上記の硬さを「表面硬さ」と表記した。
【0124】
また、上記の表面加工したブロック試験片と既に述べたリング試験片、つまり、表1に示す化学組成を有する鋼の、焼ならし後の直径が45mmの丸棒の中心部から、機械加工により鍛錬軸に平行に切り出し、ガス浸炭炉を用いて、図2に示すヒートパターンで浸炭してから油温80℃の油中に焼入れし、さらに、170℃で2時間焼戻しを行い、さらに、その後、粒度80の砥石を用いて2000m/minの研磨速度で2〜3分間円周方向に研磨し、表面粗さをRqで0.15〜0.30μmに仕上げたリング試験片を用いて、ブロックオンリング試験を実施して滑り摩耗性を調査した。
【0125】
試験数は、各試験番号について1個ずつとし、試験後のブロック試験片の摩耗幅を光学顕微鏡で測定した。なお、測定箇所は、既に述べたように、各試験片について摩耗痕の両端および中央とし(図6参照)、各試験番号について、3箇所の摩耗幅を算術平均してこれを摩耗幅とした。なお、本発明における摩耗幅の目標は、1.5mm以内であることとした。
【0126】
さらに、疲労摩耗性についても評価した。すなわち、ブロック試験片をリング試験片に1000Nの負荷で押し付けた後、滑り速度0.1m/sで5秒間滑らせた後に除荷し、リング試験片の回転を停止するという工程を各試験番号について4000回繰返した。その後、ブロック試験片の摺動部を光学顕微鏡により500倍の倍率で観察して、き裂の有無を調査した。なお、潤滑油として、温度90℃のオートマティックトランスミッション油を用いた。
【0127】
表8に、上記の摩耗幅、き裂の有無の調査結果を併せて示す。
【0128】
表8から明らかなように、本発明で規定する条件を満たせば、ブロックオンリング試験における滑り摩耗試験で摩耗幅が1.5mm以内となり、しかも、疲労摩耗試験で、き裂は生じておらず、耐摩耗性に優れていることが明らかである。
【産業上の利用可能性】
【0129】
本発明の摺動部品は、優れた耐摩耗性を備えているので、自動車および産業機械における動力伝達用の摺動部品である歯車、プーリー、シャフトなどとして用いるのに好適である。
【図面の簡単な説明】
【0130】
【図1】ブロックオンリング試験用ブロック試験片の形状を示す図で、(イ)が正面図、(ロ)が側面図である。
【図2】「浸炭焼入れ−焼戻し」における「浸炭焼入れ」のヒートパターンについて説明する図である。なお、図2中の「Cp」はカーボンポテンシャルを意味する。
【図3】「浸炭焼入れ−焼戻し」における別の「浸炭焼入れ」のヒートパターンについて説明する図である。なお、図3中の「Cp」はカーボンポテンシャルを意味する。
【図4】ブロックオンリング試験用リング試験片の形状を示す図である。
【図5】ブロックオンリング試験について模式的に説明する図である。
【図6】ブロックオンリング試験後のブロック試験片の摩耗幅を光学顕微鏡で測定した箇所について説明する図である。
【図7】表2および表4における処理条件a〜gについて、摩耗幅とRzの関係を整理して示す図である。
【図8】表2および表4における処理条件a〜dおよびgについて、摩耗幅と〔Rpk/Rk〕の値の関係を整理して示す図である。
【図9】「高濃度浸炭再加熱焼入れ−焼戻し」における「高濃度浸炭再加熱焼入れ」のヒートパターンについて説明する図である。なお、図9中の「Cp」はカーボンポテンシャルを意味する。
【図10】「高濃度浸炭再加熱焼入れ−焼戻し」における別の「高濃度浸炭再加熱焼入れ」のヒートパターンについて説明する図である。なお、図10中の「Cp」はカーボンポテンシャルを意味する。
【図11】「高濃度浸炭再加熱焼入れ−焼戻し」におけるさらに別の「高濃度浸炭再加熱焼入れ」のヒートパターンについて説明する図である。なお、図11中の「Cp」はカーボンポテンシャルを意味する。
【図12】実施例で行ったブロックオンリング試験による疲労摩耗性の評価の際の摩擦係数の変動と「最大静摩擦係数」および「動摩擦係数」の定義について説明する図である。
【図13】「高濃度浸炭再加熱窒化焼入れ−焼戻し」における「高濃度浸炭再加熱窒化焼入れ」のヒートパターンについて説明する図である。なお、図13中の「Cp」はカーボンポテンシャルを意味する。
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐摩耗性に優れた動力伝達部品としての摺動部品に関し、詳しくは、浸炭または浸炭窒化された摺動部品に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、自動車および産業機械における歯車、プーリー、シャフトなどの部品は、JIS規格のSCr420、SCM420、SNCM420などの機械構造用合金鋼に、浸炭または浸炭窒化を施して焼入れ(以下、浸炭を施した焼入れを「浸炭焼入れ」といい、また、浸炭窒化を施した焼入れを「浸炭窒化焼入れ」という。)を行った後、200℃以下の温度で焼戻しを行い、さらに必要に応じてショットピーニング処理を施すことにより、面疲労強度、曲げ疲労強度、耐摩耗性など、それぞれの部品に要求される特性を確保することが行われてきた。
【0003】
しかしながら、近年、自動車の燃費向上やエンジンの高出力化に対応するために、部品の小型化および軽量化が進み、これに伴って、部品にかかる負荷が著しく増加するようになってきた。このため、産業界からは、動力伝達用の摺動部品に対して、特に、優れた耐摩耗性を具備させることが要望されている。
【0004】
なお、これまでに、浸炭焼入れまたは浸炭窒化焼入れを施した部品の耐摩耗性を向上させる対策として、部品の表面粗さを小さくすること、部品表層部の硬さを硬くすること、不完全焼入れ組織の生成を防止することなどが知られている。
【0005】
しかしながら、単に上述したような対策を施すだけでは、部品にかかる負荷が著しく増加した場合には耐摩耗性の低下が避けられず、前述した産業界からの要望に応えることはできなかった。
【0006】
そこで、例えば、特許文献1に、化学成分を規定するとともに、「炭素ポテンシャルが1.2重量%以上の条件で浸炭した後に、A1温度以下の温度域に冷却し、再加熱処理を施して使用することを特徴とする浸炭部材」に関する技術が開示されている。
【0007】
また、特許文献2に、特定量の成分元素を含有するとともに、表面から深さ0.3mmまでの炭素濃度、析出炭化物の最大径、平均径、析出炭化物の面積率、残留オーステナイト量および常温での硬さを規定した「無段変速機の転動体」に関する技術が開示されている。
【0008】
さらに、特許文献3に、接触面の粗さ曲線の最大高さRyが1〜3μmであり、粗さ曲線から得られる負荷曲線の減衰山高さRpkと、最大高さRyとの間にRpk/Ry≦0.1の関係を満たす接触面を有することを特徴する「機械部品」に関する技術が開示されている。
【0009】
【特許文献1】特開平11−117059号公報
【特許文献2】特開平11−199983号公報
【特許文献3】WO97/19279号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
前記の特許文献1で開示された「浸炭部材」は、浸炭時における表面C濃度を調整した後に冷却し再加熱することによって分散させるセメンタイトの平均粒径と量を調整することについては規定されているものの、部材の表面粗さおよびその形状の特徴に関しては考慮されていない。しかしながら、耐摩耗性は、部材における表層の組織だけではなく、硬さ、表面粗さおよびその形状の特徴によって様々に変化する。このため、セメンタイトの平均粒径とその分散量を規定するだけの特許文献1で提案された技術では、十分な耐摩耗性を確保できない場合がある。しかも、特許文献1においては、部品の起動時のような、摩擦係数が急激に減少する場合の耐摩耗性を向上させることについては全く検討されていない。
【0011】
特許文献2で開示された「無段変速機の転動体」も動力伝達用の摺動部品であるが、前述のとおり、耐摩耗性には、部材表層の組織および硬さだけではなく、表面粗さおよびその形状の特徴も影響する。このため、表面粗さおよびその形状についての考慮がなされていない特許文献2で提案された技術では、優れた耐摩耗性を確保できない場合がある。さらに、この特許文献2においても、部品の起動時のような、摩擦係数が急激に減少する場合の耐摩耗性を向上させることについては全く検討されていない。
【0012】
特許文献3で提案された「機械部品」の一実施態様として開示されている「カムフォロワ用ローラ」も動力伝達用の部品であるが、耐摩耗性には、部材の表面粗さおよびその形状の特徴だけではなく、表層の硬さおよび組織も影響する。このため、部材における表層の組織および硬さについての考慮がなされていない特許文献3で提案された技術では、優れた耐摩耗性を確保できない場合がある。さらに、この特許文献3の場合も、部品の起動時のような、摩擦係数が急激に減少する場合の耐摩耗性を向上させることについては全く検討されていない。
【0013】
本発明は、上記現状に鑑みてなされたもので、優れた耐摩耗性を有する摺動部品、なかでも、浸炭または浸炭窒化を施され、優れた耐摩耗性を有する摺動部品を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
既に述べたように、部品の表面粗さを小さくすること、部品表層部の硬さを硬くすること、不完全焼入れ組織の生成を防止すること、といった従来の対策を施すだけでは、部品にかかる負荷が著しく増加した場合には耐摩耗性の低下を避けることができない。
【0015】
そこで、本発明者らは、部品にかかる負荷が著しく増加した場合の耐摩耗性を向上させるために、表層部の制御、特に、表面粗さとセメンタイトの分散とを制御することに着目して調査・研究を重ね、さらにそれに付帯する条件について詳細な検討を重ねた。
【0016】
その結果、下記(a)〜(d)の知見を得た。
【0017】
(a)動力伝達部品は、駆動側部品と従動側部品からなり、両部品の間で速度差が生じることがある。定常状態では、この速度差は一定あるいは連続的に変化し、接触面間の真実接触部がせん断力によって破壊される凝着摩耗や、あるいは、接触面間の高硬度の粗さ突起が低硬度の表面を削り取るアブレシブ摩耗が主となる。一方、例えば、部品の起動時のように、停止状態から瞬間的に速度差が生じる場合には、接触面の摩擦は瞬間的に静摩擦状態から動摩擦状態に遷移する。そして、この場合には、静摩擦係数に比べて動摩擦係数の値の方が小さいため、急激に摩擦係数が減少し、その結果、静摩擦力と動摩擦力の差を起振力とする振動が生じる。この振動は比較的短時間で減衰するものの、これが繰り返されることによって、接触面では疲労摩耗が生じる。
【0018】
(b)「凝着摩耗」および「アブレシブ摩耗」には表面粗さが影響を及ぼす。これらの摩耗を抑制するためには、粗さの最大値、例えば、JIS B 0601(2001)で規定された「最大高さ粗さ」であるRzを小さくすることが有効であるが、これだけでは不十分であり、さらに、JIS B 0671−2(2002)で規定された「突出山部高さ」であるRpkと「コア部のレベル差」であるRkの比、つまり、〔Rpk/Rk〕の値を1.0未満にするのが有効である。
【0019】
(c)しかしながら、表面粗さを小さくすると、静摩擦係数が大きくなるので、瞬間的に速度差が生じた際に発生する振動が生じやすくなる。
【0020】
(d)表面粗さを小さくした場合でも、表層に特定のサイズのセメンタイトを分散させると、上記(c)で述べた振動の発生を抑制できる場合がある。これは、鋼どうしの直接接触の頻度を下げることが可能なためと考えられる。
【0021】
以下に、上記の知見(a)〜(d)を得るに至った調査・研究の具体的内容について説明する。
【0022】
(A)凝着摩耗およびアブレシブ摩耗について:
本発明者らは、先ず、表面粗さが耐摩耗性に及ぼす影響を以下の方法で調査した。
【0023】
すなわち、表1に示す化学組成を有する鋼を150kg真空溶解炉で溶解した後、鋳造してインゴットを作製した。
【0024】
【表1】
【0025】
上記のインゴットを1250℃で8時間保持した後、大気中で放冷して一旦室温まで冷却した。次いで、1250℃に再加熱して30分保持し、仕上げ温度を1000℃以上として熱間鍛造して、直径45mmの丸棒を得た。なお、熱間鍛造終了後は、大気中で放冷して室温まで冷却した。
【0026】
このようにして得た丸棒に、925℃で1時間保持した後に大気中で放冷して室温まで冷却する焼ならしを施した。
【0027】
焼ならし後の直径が45mmの丸棒のR/2部(R:半径)から、機械加工により鍛錬軸に平行に図1に示す形状のブロックオンリング試験用ブロック試験片を切り出した。なお、ブロックオンリング試験およびその試験片形状は、ASTM−G77−98で規定されたものである。上記図1における(イ)および(ロ)は、それぞれ、ブロック試験片の正面図と側面図である。
【0028】
上記のブロックオンリング試験用ブロック試験片(以下、「ブロック試験片」という。)は、ガス浸炭炉を用いて、図2または図3に示すヒートパターンで浸炭してから油温80℃の油中に焼入れし、さらに、170℃で2時間焼戻しを行った。なお、図2および図3中の「Cp」はカーボンポテンシャルを意味する。
【0029】
上記のようにして浸炭焼入れ−焼戻ししたブロック試験片の試験部に、研削、ショットピーニング、研磨など種々の表面加工を施して、表面粗さを変化させた。
【0030】
表2に、表面加工条件の詳細を熱処理パターンとともに「処理条件」として示す。
【0031】
ここで、表2における「縦研削」とは、試験片の長手方向、つまり、図1の長さ15.75mmの方向に研削したことを、一方、「横研削」とは長手方向と直角の方向、つまり、図1の6.35mmの方向に研削したことを意味する。なお、研削は粒度80〜500の砥石を用いて実施した。
【0032】
また、「ペーパー研磨」とは、#500および#800のSiC研磨紙の順で、ランダムな研磨方向で湿式研磨したことを意味する。
【0033】
「鏡面研磨」とは、#500、#800、#1000、#1500および#2000のSiC研磨紙の順でランダムな研磨方向で湿式研磨した後、さらに、粒子径50μmのアルミナ砥粒で研磨方向はランダムとしてバフ研磨し、仕上げたことを意味する。
【0034】
「ショットピーニング」とは、硬さがビッカース硬さで800および粒径が0.8mmのラウンドカットワイヤを使用して、また、「微粒子ショットピーニング」とは、硬さがビッカース硬さで800および粒径が0.25mmのラウンドカットワイヤを使用して、いずれも、0.4MPaの投射圧でショットピーニング処理したことを意味する。
【0035】
【表2】
【0036】
上記のようにして表面加工したブロック試験片の表面粗さをJIS B 0601(2001)およびJIS B 0671−2(2002)で規定される方法に準拠し、次に示す条件で測定した。
【0037】
・測定方向:試験片長手方向、
・評価長さ:3.0mm、
・カットオフ値:0.8mm、
・測定項目:Rz、Rpk、RkおよびRvk。
【0038】
表2に、このようにして測定したRz、Rpk、RkおよびRvkを、〔Rpk/Rk〕の値とともに示す。なお、Rzは、JIS B 0601(2001)で規定された「最大高さ粗さ」を表し、また、Rpk、RkおよびRvkはそれぞれ、JIS B 0671−2(2002)で規定された「突出山部高さ」、「コア部のレベル差」および「突出谷部深さ」を表す。
【0039】
また、上記のようにして表面加工したブロック試験片の表面からの深さ10μmにおけるビッカース硬さを次のようにして調査した。
【0040】
すなわち、ショットピーニングによる圧縮残留応力のピーク深さは、表面から50μm以内となることが多い。そこで、ショットピーニングによる硬さの増大も、表面から50μm以内で生じると考え、通常よりも表層の硬さを詳細に観察することを目的に、摺動部に対応する位置であるブロック試験片の中央部を切断した後、長手方向に垂直な断面に対して15゜の角度で樹脂に埋め込んで鏡面研磨した。このとき、表面は見かけ上深さ方向に拡大されているため、表面から40μmの位置で5点の硬さを測定した。なお、上記の位置は、垂直方向の10μm位置に対応する。硬さ測定にはビッカース硬度計を用い、試験力を1.961Nとしてビッカース硬さ(以下「Hv硬さ」ともいう。)を測定した。そして、これら5点の硬さの算術平均値を求めた。
【0041】
表2に、このようにして求めた深さ10μmにおけるビッカース硬さを併せて示す。なお、表2においては、上記の硬さを「表面硬さ」と表記した。
【0042】
さらに、上記の表面加工したブロック試験片と図4に示す形状のブロックオンリング試験用リング試験片(以下、「リング試験片」という。)を用いて、表3に示す条件でブロックオンリング試験を実施して耐摩耗性を調査した。
【0043】
図5に、ブロックオンリング試験の模式図を示す。
【0044】
【表3】
【0045】
試験数は各処理条件について2個ずつとし、試験後のブロック試験片の摩耗幅を光学顕微鏡で測定した。なお、測定箇所は図6に示すように、各試験片について摩耗痕の両端および中央とし、各処理条件について、合計6箇所の摩耗幅を算術平均してこれを摩耗幅とした。
【0046】
なお、リング試験片は、既に述べた焼ならし後の直径が45mmの丸棒の中心部から、機械加工により鍛錬軸に平行に切り出し、ガス浸炭炉を用いて、図2に示すヒートパターンで浸炭してから油温80℃の油中に焼入れし、さらに、170℃で2時間焼戻しを行った。その後、粒度80の砥石を用いて2000m/minの研磨速度で2〜3分間円周方向に研磨し、表面粗さをRqで0.15〜0.30μmに仕上げた。なお、「Rq」はJIS B 0601(2001)に規定された「二乗平方根粗さ」を表す。
【0047】
表4に、摩耗幅の測定結果を示す。なお、この表4には、表2に示したブロック試験片の深さ10μmにおけるビッカース硬さならびに、表面粗さのうちのRzおよび〔Rpk/Rk〕の値を併せて示した。なお、表4においても、上記の硬さを「表面硬さ」と表記した。
【0048】
【表4】
【0049】
先ず、深さ10μmにおけるビッカース硬さと摩耗幅を比較すると、ビッカース硬さが700を下回る値の580である処理条件hと、ビッカース硬さが800を超える値の830と910である処理条件eおよびfの摩耗幅がいずれも2mmを超える著しく大きな値となっていることがわかる。
【0050】
なお、処理条件hの表面粗さRzは1.93μmで、摩耗幅が1.14mmと小さい処理条件aの1.95μmと同程度であることから、処理条件hの摩耗幅が著しく大きいのは、深さ10μmにおけるビッカース硬さが700よりも低いためであると考えられる。
【0051】
そこで次に、処理条件hを除いた残りの6条件について、摩耗幅とRzの関係を整理して図7に示した。なお、図7中の符号は、「処理条件」を表す。
【0052】
図7から、摩耗幅は、Rzが大きいほど増大し、Rzが2.0μm以下の場合には摩耗幅は2mmに達しないことが認められる。このことから、処理条件eおよびfの場合に、深さ10μmにおけるビッカース硬さが800を超える高い値であるにもかかわらず摩耗幅が著しく大きいのは、Rzがそれぞれ、6.99μmと4.82μmという4.0μmを超える大きな値であるためと考えられる。
【0053】
しかしながら、図7でRzが4.0μm以下である処理条件a〜dおよびgの場合でも、摩耗幅は1.14〜1.72mmとばらついていた。
【0054】
そこで、さらに、JIS B 0671−2(2002)で規定される粗さの幾何パラメータであるRpk(突出山部高さ)、Rk(コア部のレベル差)およびRvk(突出谷部深さ)に着目し、摩耗幅との関係を調査した。
【0055】
上記のJIS B 0671−2(2002)で規定された「Rpk」、「Rk」および「Rvk」は、それぞれ、荷重移動方向の表面粗さ負荷曲線中の「初期摩耗高さ」、「有効負荷粗さ」および「油溜まり深さ」を分離して表現したものに対応し、試験片どうしの接触には、これらのパラメータのうちで、RpkとRkが関与すると考えられる。
【0056】
すなわち、初期摩耗高さに対応する「Rpk」は、粗さ曲線中の特に高さの高い突起を表すものであるため「直接接触」に大きな影響を及ぼす。また、有効負荷粗さに対応する「Rk」は、「Rvk」と「Rpk」の中間の粗さ分布を表すものであり、「Rk」のうちの特定領域が「直接接触」に影響する。しかしながら、「Rpk」は粗さ曲線中の特に高さの高い突起であるがゆえに、接触または滑りの初期に摩耗し、その摩耗粉が相手面や自らの表面を摩耗させることがある。このため、「Rpk」は小さい方が望ましい。また、「Rk」はその領域のうち、半分程度しか直接接触に関与しないため、その値は大きい方が好ましい。
【0057】
「Rk」に対して「Rpk」が大きいほど接触が過酷になり、相手材を摩耗させたり、相手材の表面を荒らしたり、さらに、生成した摩耗粉で自己摩耗したり、表面が粗くなった相手材から摩耗させられたりすると考えられるので、二つの粗さの比である〔Rpk/Rk〕の値は小さい方が好ましいと考えられる。
【0058】
そこで、処理条件a〜dおよびgについて、摩耗幅と〔Rpk/Rk〕の値の関係を整理して図8に示した。なお、図8中の符号は、「処理条件」を表す。
【0059】
図8から、〔Rpk/Rk〕の値が1.0未満のとき、摩耗幅は1.5mm以下に抑制されていることがわかる。
【0060】
すなわち、表4、さらには、図7および図8から、深さ10μmにおけるビッカース硬さを700以上とすることに加えて、表面粗さを、Rzが4.0μm以下で、さらに、〔Rpk/Rk〕の値が1.0未満を満たすようにすれば、摩耗幅を1.5mm以下に抑制できて良好な耐摩耗性の確保が可能になることがわかる。
【0061】
(B)疲労摩耗について:
動力伝達部品では、部品の起動時のように、停止状態から瞬間的に速度差が生じる場合、接触面の摩擦は瞬間的に静摩擦状態から動摩擦状態に遷移する。この時、静摩擦係数に比べて動摩擦係数の値の方が小さいため、急激に摩擦係数が減少し、その結果、静摩擦力と動摩擦力の差を起振力とする振動が生じる。この振動は比較的短時間で減衰するが、これが繰り返されることによって、接触面においてき裂が生成することがあり、このき裂は繰返し数の増大により連結し、摺動面がはく離して、疲労摩耗が生じると考えられる。したがって、疲労摩耗低減のためには、このき裂の生成を抑制する必要がある。
【0062】
そこで、本発明者らは、上記のき裂を抑制する条件を明らかにするために、一定滑り速度での耐摩耗性を増大することができる表面硬さと表面粗さとをもつ試験片、つまり、摺動面の表面からの深さ10μmにおけるビッカース硬さが700以上で、表面粗さを、Rzが4.0μm以下で、さらに、〔Rpk/Rk〕の値が1.0未満を満たすように調整した試験片を用いて、調査・研究を重ねた。
【0063】
具体的には、上記(A)で述べた焼ならし後の直径が45mmの丸棒のR/2部(R:半径)から、機械加工により鍛錬軸に平行に図1に示す形状のブロック試験片を切り出し、ガス浸炭炉を用いて、図2に示すヒートパターンで浸炭してから油温80℃の油中に焼入れするか、あるいは、図9〜11に示すヒートパターンで高濃度浸炭し、さらに、再加熱処理してから油温80℃の油中に焼入れして、表層部の組織を変化させた。いずれの場合も、油焼入れ後は、170℃で2時間焼戻しを行った。
【0064】
なお、図9〜11中の「Cp」はカーボンポテンシャルを意味し、高濃度浸炭してから窒素冷却を行って一旦600℃まで冷却し、600℃で15分保持した後再び加熱し、温度が870℃、850℃または830℃で、カーボンポテンシャルが1.0%の雰囲気で再加熱処理した。
【0065】
次いで、上記の焼戻を施したブロック試験片の試験部に、研削、研磨の表面加工を施して、表面粗さを変化させた。
【0066】
表5に、表面加工条件の詳細を熱処理パターンとともに「処理条件」として示す。
【0067】
ここで、表5における「縦研削」は、試験片の長手方向、つまり、図1の長さ15.75mmの方向に研削したことを、一方、「横研削」は、長手方向と直角の方向、つまり、図1の6.35mmの方向に研削したことを意味する。なお、研削は粒度80〜500の砥石を用いて実施した。
【0068】
また、「鏡面研磨」は、#500、#800、#1000、#1500および#2000のSiC研磨紙の順でランダムな研磨方向で湿式研磨した後、さらに、粒子径50μmのアルミナ砥粒で研磨方向はランダムとしてバフ研磨し、仕上げたことを意味する。
【0069】
【表5】
【0070】
上記のようにして表面加工したブロック試験片の表面粗さをJIS B 0601(2001)およびJIS B 0671−2(2002)で規定される方法に準拠し、次に示す条件で測定した。
【0071】
・測定方向:試験片長手方向、
・評価長さ:3.0mm、
・カットオフ値:0.8mm、
・測定項目:Rz、RpkおよびRk。
【0072】
表5に、このようにして測定したRzおよび〔Rpk/Rk〕の値を併せて示す。なお、Rzは、JIS B 0601(2001)で規定された「最大高さ粗さ」を表し、また、RpkおよびRkはそれぞれ、JIS B 0671−2(2002)で規定された「突出山部高さ」および「コア部のレベル差」を表す。
【0073】
また、上記のようにして表面加工したブロック試験片の表層部の組織と表面からの深さ10μmにおけるビッカース硬さを次のようにして調査した。
【0074】
すなわち、既に(A)項で述べたように、摺動部に対応する位置であるブロック試験片の中央部を切断した後、長手方向に垂直な断面に対して15゜の角度で樹脂に埋め込んで鏡面研磨した。このとき、表面は見かけ上深さ方向に拡大されているため、表面から40μmの位置で5点の硬さを測定した。なお、上記の位置は、垂直方向の10μm位置に対応する。硬さ測定にはビッカース硬度計を用い、試験力を1.961NとしてHv硬さを測定した。そして、これら5点の硬さの算術平均値を求めた。
【0075】
次に、上記ブロック試験片の硬さを測定した面をピクラールで腐食し、走査型電子顕微鏡(以下、「SEM」という。)を用いて、試験片の最表層を含むように、垂直方向の10μm位置に対応する表面から40μmの位置までの領域について倍率10000倍で各4視野撮影し、表層部の組織を調査した。なお、各視野の大きさは10.6μm×13μmである。また、SEM像の画像処理からセメンタイト粒子の分布状況を調査し、平均粒子径および面積1μm2当たりのセメンタイト粒子の数、つまり、数密度を算出した。
【0076】
なお、「粒子径」とは「相当直径」を指し、上記の平均粒子径および数密度の算出には、相当直径が0.1μm以上であるセメンタイト粒子のデータを用いた。
【0077】
表5に、上記のようにして求めた深さ10μmにおけるビッカース硬さを併せて示す。なお、表5においては、上記の硬さを「表面硬さ」と表記した。
【0078】
また、表6に、表層部の組織、セメンタイト粒子の平均粒子径および数密度を示す。
【0079】
【表6】
【0080】
さらに、き裂発生の原因が、接触面で静摩擦力と動摩擦力の差を起振力とする振動が生じることであるとして、前記(A)項の場合と同様に、上記の表面加工したブロック試験片と既に(A)項で述べたリング試験片、つまり、焼ならし後の直径が45mmの丸棒の中心部から、機械加工により鍛錬軸に平行に切り出し、ガス浸炭炉を用いて、図2に示すヒートパターンで浸炭してから油温80℃の油中に焼入れし、さらに、170℃で2時間焼戻しを行い、さらに、その後、粒度80の砥石を用いて2000m/minの研磨速度で2〜3分間円周方向に研磨し、表面粗さをRqで0.15〜0.30μmに仕上げたリング試験片を用いて、ブロックオンリング試験を行い、最大静摩擦係数と動摩擦係数の値を測定し、さらに、き裂発生の有無を調査した。
【0081】
上記の最大静摩擦係数および動摩擦係数の測定は、ブロック試験片をリング試験片に1000Nの負荷で押し付けた後、滑り速度0.1m/sでリング試験片を回転させて行った。この際、潤滑油として、温度90℃のオートマティックトランスミッション油を用いた。
【0082】
なお、静止状態から急激に接触面に速度差が生じるため、図12に示すように、滑りはじめに瞬間的に摩擦係数が増大し、その後、動摩擦状態に遷移するために摩擦係数が低減する。このように摩擦係数は滑り速度の変化により変化するが、上記のブロックオンリング試験では、滑りはじめのピーク値を最大静摩擦係数とし、回転開始後10〜15秒間の平均摩擦係数を動摩擦係数とした。また、この試験を各試験片につき2000回繰返した後、ブロック試験片の摺動部を光学顕微鏡により500倍の倍率で観察して、き裂発生の有無を確認した。
【0083】
表5に、上記のようにして求めた最大静摩擦係数、動摩擦係数およびき裂発生調査結果を併せて示す。
【0084】
表5から、最大静摩擦係数と動摩擦係数との比が2以下の処理条件G〜Lの場合に、き裂が生じていないことがわかる。なお、処理条件A〜Lのいずれの場合も、(A)項で示した表面硬さと表面粗さ条件、つまり、摺動面の表面からの深さ10μmにおけるビッカース硬さが700以上という表面硬さと、Rzが4.0μm以下で、さらに、〔Rpk/Rk〕の値が1.0未満という表面粗さをともに満たしている。したがって、処理条件A〜Fにおいてき裂が発生し、一方、処理条件G〜Lの場合にき裂が生じていないのは、熱処理パターンによるセメンタイト粒子の分散形態の違いであると考えられる。
【0085】
実際、表6に示すように、き裂が認められなかった処理条件G〜Lの場合は、セメンタイト粒子の平均粒子径が0.6μm以下で、かつ、数密度が1個/μm2以上である。これに対して、き裂が認められなかった処理条件A〜Fの場合は、表層部の組織にセメンタイト粒子が存在しないか(処理条件A〜C)、存在してもその平均粒子径は0.62〜0.64μmと大きく、また、数密度は0.26〜0.31個/μm2と小さい(処理条件D〜F)。
【0086】
このことから、摺動面の表面からの深さ10μmにおけるビッカース硬さを700以上、表面粗さをRzが2μm以下で、さらに、〔Rpk/Rk〕の値が1.0未満とし、かつ、表層に平均粒子径が0.6μm以下のセメンタイト粒子を数密度で1個/μm2以上とすることで、凝着摩耗およびアブレシブ摩耗の抑制に加えて、急速滑りによる疲労摩耗も抑制することができることがわかる。
【0087】
本発明は、上記の知見に基づいて完成されたものであり、その要旨は、下記に示す摺動部品にある。
【0088】
『浸炭または浸炭窒化された摺動部品であって、摺動面の表面から深さ10μmまでの表層部において、
摺動面の表面からの深さ10μmにおけるビッカース硬さ:700以上、
セメンタイト粒子の平均粒子径:0.6μm以下、
摺動面に対して垂直方向の断面におけるセメンタイト粒子の数密度:1個/μm2以上、を満たすとともに、摺動面の表面粗さが、
Rz:4.0μm以下、
Rpk/Rk:1.0未満、
を満たすことを特徴とする摺動部品。
なお、Rzは、JIS B 0601(2001)で規定された「最大高さ粗さ」を表し、また、RpkおよびRkはそれぞれ、JIS B 0671−2(2002)で規定された「突出山部高さ」および「コア部のレベル差」を表す。』
【発明の効果】
【0089】
本発明の摺動部品は、優れた耐摩耗性を備えているので、自動車および産業機械における動力伝達用の摺動部品である歯車、プーリー、シャフトなどとして用いるのに好適である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0090】
以下、本発明の各要件について説明する。
【0091】
〈1〉表面硬さ(摺動面の表面からの深さ10μmにおけるビッカース硬さ):
「(A)凝着摩耗およびアブレシブ摩耗について」の項で述べたように、表面からの深さ10μmにおけるビッカース硬さが700を下回ると、著しく大きな摩耗を生じる。このため、部品にかかる負荷が著しく増加した場合には、動力伝達用の摺動部品である歯車、プーリー、シャフトなどとして用いることができない。
【0092】
したがって、摺動面の表面から深さ10μmまでの表層部において、表面からの深さ10μmにおけるビッカース硬さが700以上であることと規定した。
【0093】
上記の表面からの深さ10μmにおけるビッカース硬さは730以上とすることが好ましい。なお、上記のビッカース硬さは高ければ高いほどよいので、上限は特に規定するものではな。
【0094】
〈2〉表面粗さ:
「(A)凝着摩耗およびアブレシブ摩耗について」の項で述べたように、上記〈1〉の「表面硬さ」規定を満たしていても、Rzが4.0μmを超えると、大きな摩耗を生じる。このため、部品にかかる負荷が著しく増加した場合には、動力伝達用の摺動部品である歯車、プーリー、シャフトなどとして用いることができない。
【0095】
同様に、〔Rpk/Rk〕の値が1.0を超えても、摩耗量が大きくなるので、やはり、品にかかる負荷が著しく増加した場合には、動力伝達用の摺動部品である歯車、プーリー、シャフトなどとして用いることができない。
【0096】
したがって、摺動面の表面粗さが、Rz:4.0μm以下および〔Rpk/Rk〕:1.0未満を満たすことと規定した。
【0097】
上記のRzは2.0μm以下とすることが好ましい。なお、Rzが0.30μmより小さくなると,摺動の際に焼付きが生じる危険性が高くなる。よって、Rzは、0.30μm以上が望ましい。
【0098】
また、上記の〔Rpk/Rk〕の値は0.80以下とすることが好ましい。なお、〔Rpk/Rk〕が0.20より小さくなると、摺動の際に焼付きが生じる危険性が高くなる。よって、〔Rpk/Rk〕の値は0.20以上とすることが望ましい。
【0099】
〈3〉セメンタイト粒子:
「(B)疲労摩耗について」の項で述べたように、垂直方向の10μm位置に対応する領域までの表層部にセメンタイト粒子が存在し、しかも、その平均粒子径が0.6μm以下で、かつ、数密度が1個/μm2以上の場合には、き裂が発生しないので疲労摩耗を防止することができる。これに対して、上記表層部の組織にセメンタイト粒子が存在しないか、存在してもその平均粒子径が大きく、さらに、数密度が小さい場合には、き裂が発生して疲労摩耗を生じてしまう。
【0100】
したがって、摺動面の表面から深さ10μmまでの表層部において、セメンタイト粒子の平均粒子径が0.6μm以下で、さらに、摺動面に対して垂直方向の断面におけるセメンタイト粒子の数密度:1個/μm2以上であることと規定した。
【0101】
上記のセメンタイト粒子の平均粒径の上限は0.5μmとすることが好ましい。
【0102】
また、上記のセメンタイトの数密度は1.5個/μm2以上とすることが好ましい。
【0103】
本発明に係る摺動部品は、浸炭または浸炭窒化を施すことができるものであれば何を素材に用いても構わないが、好ましい素材としては、例えば、質量%で、C:0.13〜0.35%、Si:0.05〜0.80%、Mn:0.35〜1.50%、P:0.020%以下、S:0.005〜0.035%、Cr:0.50〜2.5%、Al:0.020〜0.040%、N:0.0030〜0.0250%を含み、さらに必要に応じて、〔a〕Cu:0.30%以下、Ni:0.30%以下、〔b〕Mo:0.50%以下、Nb:0.080%以下、の2つの群から選ばれる1種以上の元素を含み、残部がFeおよび不純物からなり、不純物中のO(酸素)が0.0020%以下である鋼が挙げられる。
【0104】
以下、実施例により本発明の構成および作用・効果をより具体的に説明するが、本発明は、もとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、趣旨に適合しうる範囲で適当に変更を加えて実施することも可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に含まれる。
【実施例】
【0105】
表7に示す化学組成を有する鋼1〜7を30kg真空溶解炉で溶解した後、鋳造してインゴットを作製した。
【0106】
【表7】
【0107】
上記のインゴットを1250℃で8時間保持した後、大気中で放冷して一旦室温まで冷却した。次いで、1250℃に再加熱して30分保持し、仕上げ温度を1000℃以上として熱間鍛造して、直径25mmの丸棒を得た。なお、熱間鍛造終了後は、大気中で放冷して室温まで冷却した。
【0108】
このようにして得た丸棒に、925℃で1時間保持した後に大気中で放冷して室温まで冷却する焼ならしを施した。
【0109】
焼ならし後の直径が45mmの丸棒のR/2部(R:半径)から、機械加工により鍛錬軸に平行に図1に示す形状のブロック試験片を切り出した。
【0110】
上記のブロック試験片に、ガス浸炭炉を用いて、図10または図11に示すヒートパターンで高濃度浸炭し、さらに、再加熱処理してから油温80℃の油中に焼入れして、あるいは、ガス浸炭炉を用いて、図13に示すヒートパターンで高濃度浸炭し、さらに、再加熱処理して窒化してから油温80℃の油中に焼入れして、その後さらに、170℃で2時間焼戻しを行った。
【0111】
なお、図13中の「Cp」もカーボンポテンシャルを意味し、高濃度浸炭してから窒素冷却を行って一旦600℃まで冷却し、600℃で15分保持した後再び加熱し、温度が830℃で、カーボンポテンシャルが1.0%、窒素ガス流量が15L/minの雰囲気で再加熱処理した。
【0112】
次いで、上記の焼戻を施したブロック試験片の試験部に、研削、研磨の表面加工を施して、表面粗さを変化させた。
【0113】
表8に、供試鋼、熱処理パターンと表面加工条件の詳細を示す。
【0114】
ここで、表8における「縦研削」とは、試験片の長手方向、つまり、図1の長さ15.75mmの方向に研削したことを意味する。なお、研削は粒度80〜500の砥石を用いて実施した。
【0115】
また、「鏡面研磨」とは、#500、#800、#1000、#1500および#2000のSiC研磨紙の順でランダムな研磨方向で湿式研磨した後、さらに、粒子径50μmのアルミナ砥粒で研磨方向はランダムとしてバフ研磨し、仕上げたことを意味する。
【0116】
【表8】
【0117】
上記のようにして表面加工したブロック試験片の表面粗さをJIS B 0601(2001)およびJIS B 0671−2(2002)で規定される方法に準拠し、次に示す条件で測定した。
【0118】
・測定方向:試験片長手方向、
・評価長さ:3.0mm、
・カットオフ値:0.8mm、
・測定項目:Rz、RpkおよびRk。
【0119】
表8に、このようにして測定したRzおよび〔Rpk/Rk〕の値を示す。なお、既に述べたように、Rzは、JIS B 0601(2001)で規定された「最大高さ粗さ」を表し、また、RpkおよびRkはそれぞれ、JIS B 0671−2(2002)で規定された「突出山部高さ」および「コア部のレベル差」を表す。
【0120】
また、上記のようにして表面加工したブロック試験片の表層部の組織と表面からの深さ10μmにおけるビッカース硬さを次のようにして調査した。
【0121】
すなわち、摺動部に対応する位置であるブロック試験片の中央部を切断した後、長手方向に垂直な断面に対して15゜の角度で樹脂に埋め込んで鏡面研磨した。このとき、表面は見かけ上深さ方向に拡大されているため、表面から40μmの位置で5点の硬さを測定した。なお、上記の位置は、垂直方向の10μm位置に対応する。硬さ測定にはビッカース硬度計を用い、試験力を1.961NとしてHv硬さを測定した。そして、これら5点の硬さの算術平均値を求めた。
【0122】
次に、上記ブロック試験片の硬さを測定した面をピクラールで腐食し、SEMを用いて、試験片の最表層を含むように、垂直方向の10μm位置に対応する表面から40μmの位置までの領域について倍率10000倍で各4視野撮影した。なお、各視野の大きさは10.6μm×13μmである。次いで、SEM像の画像処理からセメンタイト粒子の分布状況を調査し、平均粒子径および面積1μm2当たりのセメンタイト粒子の数、つまり、数密度を算出した。
【0123】
表8に、上記のようにして求めた深さ10μmにおけるビッカース硬さ、セメンタイト粒子の平均粒子径および数密度を併せて示す。なお、表8においては、上記の硬さを「表面硬さ」と表記した。
【0124】
また、上記の表面加工したブロック試験片と既に述べたリング試験片、つまり、表1に示す化学組成を有する鋼の、焼ならし後の直径が45mmの丸棒の中心部から、機械加工により鍛錬軸に平行に切り出し、ガス浸炭炉を用いて、図2に示すヒートパターンで浸炭してから油温80℃の油中に焼入れし、さらに、170℃で2時間焼戻しを行い、さらに、その後、粒度80の砥石を用いて2000m/minの研磨速度で2〜3分間円周方向に研磨し、表面粗さをRqで0.15〜0.30μmに仕上げたリング試験片を用いて、ブロックオンリング試験を実施して滑り摩耗性を調査した。
【0125】
試験数は、各試験番号について1個ずつとし、試験後のブロック試験片の摩耗幅を光学顕微鏡で測定した。なお、測定箇所は、既に述べたように、各試験片について摩耗痕の両端および中央とし(図6参照)、各試験番号について、3箇所の摩耗幅を算術平均してこれを摩耗幅とした。なお、本発明における摩耗幅の目標は、1.5mm以内であることとした。
【0126】
さらに、疲労摩耗性についても評価した。すなわち、ブロック試験片をリング試験片に1000Nの負荷で押し付けた後、滑り速度0.1m/sで5秒間滑らせた後に除荷し、リング試験片の回転を停止するという工程を各試験番号について4000回繰返した。その後、ブロック試験片の摺動部を光学顕微鏡により500倍の倍率で観察して、き裂の有無を調査した。なお、潤滑油として、温度90℃のオートマティックトランスミッション油を用いた。
【0127】
表8に、上記の摩耗幅、き裂の有無の調査結果を併せて示す。
【0128】
表8から明らかなように、本発明で規定する条件を満たせば、ブロックオンリング試験における滑り摩耗試験で摩耗幅が1.5mm以内となり、しかも、疲労摩耗試験で、き裂は生じておらず、耐摩耗性に優れていることが明らかである。
【産業上の利用可能性】
【0129】
本発明の摺動部品は、優れた耐摩耗性を備えているので、自動車および産業機械における動力伝達用の摺動部品である歯車、プーリー、シャフトなどとして用いるのに好適である。
【図面の簡単な説明】
【0130】
【図1】ブロックオンリング試験用ブロック試験片の形状を示す図で、(イ)が正面図、(ロ)が側面図である。
【図2】「浸炭焼入れ−焼戻し」における「浸炭焼入れ」のヒートパターンについて説明する図である。なお、図2中の「Cp」はカーボンポテンシャルを意味する。
【図3】「浸炭焼入れ−焼戻し」における別の「浸炭焼入れ」のヒートパターンについて説明する図である。なお、図3中の「Cp」はカーボンポテンシャルを意味する。
【図4】ブロックオンリング試験用リング試験片の形状を示す図である。
【図5】ブロックオンリング試験について模式的に説明する図である。
【図6】ブロックオンリング試験後のブロック試験片の摩耗幅を光学顕微鏡で測定した箇所について説明する図である。
【図7】表2および表4における処理条件a〜gについて、摩耗幅とRzの関係を整理して示す図である。
【図8】表2および表4における処理条件a〜dおよびgについて、摩耗幅と〔Rpk/Rk〕の値の関係を整理して示す図である。
【図9】「高濃度浸炭再加熱焼入れ−焼戻し」における「高濃度浸炭再加熱焼入れ」のヒートパターンについて説明する図である。なお、図9中の「Cp」はカーボンポテンシャルを意味する。
【図10】「高濃度浸炭再加熱焼入れ−焼戻し」における別の「高濃度浸炭再加熱焼入れ」のヒートパターンについて説明する図である。なお、図10中の「Cp」はカーボンポテンシャルを意味する。
【図11】「高濃度浸炭再加熱焼入れ−焼戻し」におけるさらに別の「高濃度浸炭再加熱焼入れ」のヒートパターンについて説明する図である。なお、図11中の「Cp」はカーボンポテンシャルを意味する。
【図12】実施例で行ったブロックオンリング試験による疲労摩耗性の評価の際の摩擦係数の変動と「最大静摩擦係数」および「動摩擦係数」の定義について説明する図である。
【図13】「高濃度浸炭再加熱窒化焼入れ−焼戻し」における「高濃度浸炭再加熱窒化焼入れ」のヒートパターンについて説明する図である。なお、図13中の「Cp」はカーボンポテンシャルを意味する。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
浸炭または浸炭窒化された摺動部品であって、摺動面の表面から深さ10μmまでの表層部において、
摺動面の表面からの深さ10μmにおけるビッカース硬さ:700以上、
セメンタイト粒子の平均粒子径:0.6μm以下、
摺動面に対して垂直方向の断面におけるセメンタイト粒子の数密度:1個/μm2以上、を満たすとともに、摺動面の表面粗さが、
Rz:4.0μm以下、
Rpk/Rk:1.0未満、
を満たすことを特徴とする摺動部品。
なお、Rzは、JIS B 0601(2001)で規定された「最大高さ粗さ」を表し、また、RpkおよびRkはそれぞれ、JIS B 0671−2(2002)で規定された「突出山部高さ」および「コア部のレベル差」を表す。
【請求項1】
浸炭または浸炭窒化された摺動部品であって、摺動面の表面から深さ10μmまでの表層部において、
摺動面の表面からの深さ10μmにおけるビッカース硬さ:700以上、
セメンタイト粒子の平均粒子径:0.6μm以下、
摺動面に対して垂直方向の断面におけるセメンタイト粒子の数密度:1個/μm2以上、を満たすとともに、摺動面の表面粗さが、
Rz:4.0μm以下、
Rpk/Rk:1.0未満、
を満たすことを特徴とする摺動部品。
なお、Rzは、JIS B 0601(2001)で規定された「最大高さ粗さ」を表し、また、RpkおよびRkはそれぞれ、JIS B 0671−2(2002)で規定された「突出山部高さ」および「コア部のレベル差」を表す。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【公開番号】特開2010−100881(P2010−100881A)
【公開日】平成22年5月6日(2010.5.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−271811(P2008−271811)
【出願日】平成20年10月22日(2008.10.22)
【出願人】(000002118)住友金属工業株式会社 (2,544)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成22年5月6日(2010.5.6)
【国際特許分類】
【出願日】平成20年10月22日(2008.10.22)
【出願人】(000002118)住友金属工業株式会社 (2,544)
【Fターム(参考)】
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