説明

撥油被膜を備えた部品およびその製造方法

【課題】 燃料インジェクタの噴孔近傍の表面から燃料や潤滑油の液滴を速やかに滑落させるのに十分な撥油性を有する撥油被膜を備えた部品およびその製造方法を提供する。
【解決手段】 金属基材12の表面に撥油被膜14を備えた部品10であって、
撥油被膜14が、基材表面に密着したPES(ポリエーテルサルフォン)の下層16と、下層16のPESと一体を成すPESの連続相20中にFEP(4弗化エチレン・6弗化プロピレン共重合体)の離散相22が分散して成る上層18とで構成され、上層18が撥油被膜14の表面として露出していることを特徴とする撥油被膜を備えた部品。撥油被膜14を構成するPESとFEPとの重量比PESwt%:FEPwt%が40:60〜80:20であることが望ましく、60:40〜75:25であることが更に望ましい。基材12の表面はPES下層16との密着性を高めるように粗化されていることが望ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、撥油被膜を備えた部品およびその製造方法に関する。本発明は特に、内燃機関内でガソリン、軽油、潤滑油等の油性物質に由来するデポジットの発生を防止するのに有用である。
【背景技術】
【0002】
自動車エンジン等の内燃機関では、燃料インジェクタの噴孔付近には噴霧された燃料や潤滑油の液滴が付着滞留することがあり、この液滴が燃焼室内の高温下で熱分解してデポジットを形成し噴孔を一部分でも塞いでしまうと、インジェクタの噴霧特性が著しく損なわれ、エンジンの正常な作動に悪影響が生ずる。
【0003】
デポジットの形成を防止するには、その由来する燃料や潤滑油の液滴を滞留させず速やかに滑落させる必要がある。
【0004】
そのためには、液滴の付着滞留が起きる噴孔付近の表面に高い撥油性を付与することが有効であり、これは共に撥液であるという観点からは、水滴の付着滞留防止のための撥水性の付与と共通する。
【0005】
撥水性の付与については、例えば特許文献1に、水に対する接触角が150°以上の浸水部分(CF、CF2、CF3で対応構成)と、水に対する接触角が70°以下の撥水部分(NHCOと環状鎖を介しOと架橋)とを共存させた、水無しオフセット印刷に適した印刷版が提案されている。
【0006】
しかし、液滴の構成媒体が水ではなく油であるため、単に撥水性付与の延長として撥油性付与を達成することはできない。
【0007】
すなわち、基材表面が撥液性を発揮するためには、液滴を構成する媒体の表面張力に比べて基材表面の表面張力が十分に小さいことが必要である。媒体が水の場合、表面張力は70dyne/cmであるが、これに比べて本発明が対象とするガソリン、軽油、潤滑油等の油性媒体の場合、表面張力は17〜22dyne/cmと水に比べて遥かに小さい。したがって、撥水性付与のために表面張力が70dyne/cmより十分に小さい撥水膜材料の選定は比較的容易であるのに対して、撥油性付与のために表面張力が17〜22dyne/cmより十分に小さい撥油膜材料を選定することは現実には非常に困難である。
【0008】
そのため従来は、燃料インジェクタの噴孔近傍の表面から燃料や潤滑油の液滴を速やかに滑落させるのに十分な撥油性を付与することはできなかった。
【0009】
すなわち、撥油膜を形成した例として特許文献2には撥油膜(ETFE、PVF、PVDF、ECTFE、PCTFE、PFA、PTFE、FEP)を形成した動圧軸受装置が開示され、特許文献3には凝縮器および蒸発器の冷媒用チューブ、圧縮機の吸入側の冷媒配管の内壁面に撥油膜を形成し、圧縮機の潤滑油が熱交換部分のチューブに付着するのを防止した冷凍サイクルが開示され、特許文献4には過給機のディフューザ流路を挟んで対峙するシールプレート隣接部、ハウジング隣接部に撥油膜を形成し、オイルミストの付着、炭化層の形成を防止した過給機が開示されているが、いずれも内燃機関の燃料インジェクタにおける油滴の付着滞留防止には有効でない。
【0010】
また、特許文献5には撥油剤の塗布領域の表面粗さを塗布されていない軸体または回転体の表面粗さよりも粗くした流体軸受装置が開示され、特許文献6には撥油膜が形成される部位は、流体動圧軸受を構成する軸受面より表面粗度を粗くして形成し、撥油膜の剥がれを防止することが開示されているが、いずれも基材に対する撥油膜の密着性向上させるためのものであり、撥油膜自体については内燃機関の燃料インジェクタにおける油滴の付着滞留防止の考慮がなされていない。
【0011】
【特許文献1】特許第3340377号
【特許文献2】特開2004−211851号公報
【特許文献3】特開平09−210513号公報
【特許文献4】特開2004−044452号公報
【特許文献5】特開2003−065336号公報
【特許文献6】特開2004−239346号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、燃料インジェクタの噴孔近傍の表面から燃料や潤滑油の液滴を速やかに滑落させるのに十分な撥油性を有する撥油被膜を備えた部品およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記の目的を達成するために、本発明によれば、金属基材の表面に撥油被膜を備えた部品であって、
上記撥油被膜が、基材表面に密着したPES(ポリエーテルサルフォン)の下層と、該下層のPESと一体を成すPESの連続相中にFEP(4弗化エチレン・6弗化プロピレン共重合体)の離散相が分散して成る上層とで構成され、該上層が該撥油被膜の表面として露出していることを特徴とする撥油被膜を備えた部品が提供される。
【0014】
上記撥油被膜を構成するPESとFEPとの重量比PESwt%:FEPwt%が40:60〜80:20であることが望ましく、60:40〜75:25であることが更に望ましい。
【0015】
上記基材表面は上記PESの下層との密着性を高めるように粗化されていることが望ましい。
【0016】
本発明によれば更に、上記本発明の部品を製造する方法であって、
PES粉末を有機溶媒中に溶解してPES溶液を作成する工程、
FEP粉末を有機溶媒中に分散させてFEP分散液を作成する工程、
上記PES溶液と上記FEP分散液とを混合して被膜形成溶液を作成する工程、
上記被膜形成溶液をろ過する工程、
上記ろ過済みの被膜形成溶液を金属基材の表面に塗布して塗膜を形成する工程、
上記塗膜に一次焼成を施して、該塗膜中の溶媒を揮発除去すると共に該塗膜中のPESを養生する工程、および
上記一次焼成済みの塗膜に二次焼成を施して、該塗膜中のFEPを軟化させて該塗膜の下部から上部へ流動分散させることにより、上記PESから成る下層と、該下層のPESと一体を成す上記PESの連続相中に該FEPの離散相が分散している上層とから成り、該上層が表面として露出している撥油被膜を形成する工程、
を含むことを特徴とする撥油被膜を備えた部品の製造方法が提供される。
【0017】
上記の製造方法において、上記PES溶液と上記FEP分散液との混合比は、得られる被膜形成溶液中の重量比PESwt%:FEPwt%が40:60〜80:20となる混合比とすることが望ましく、60:40〜75:25となる混合比とすることが更に望ましい。
【0018】
本発明の方法において、二次焼成は温度350℃以上で行なうことが望ましい。
【0019】
本発明の方法において、上記金属基材の表面を粗化した後に、上記被膜形成溶液の塗布を行なうことが望ましい。上記粗化を、ショットブラストにより、またはショットブラスト後化学エッチングにより行なうことが望ましい。
【発明の効果】
【0020】
本発明の部品に設けた撥油被膜は、基材表面に密着したPESの下層と、該下層のPESと一体を成すPESの連続相中にFEPの離散相が分散して成る上層とで構成され、該上層が該撥油被膜の表面として露出している。
【0021】
したがって本発明の撥油被膜の表面はPES連続相の表面からFEP離散相が露出して分散して構成されており、FEP(4弗化エチレン・6弗化プロピレン共重合体)の高い撥油性により付着油滴を表面から持ち上げ、同時に、PES(ポリエーテルサルフォン)の高い親油性により油滴を引っ張って滑落させる。
【0022】
このように、撥油被膜を撥油性のFEPのみで構成せず、逆に親油性であるPESを共存させた点が本発明の特徴である。
【0023】
本発明において撥油性のFEPのみで撥油被膜を形成しないのは、前述のようにガソリン、軽油、潤滑油等の油性物質は水に比べて表面張力が遥かに小さいためである。すなわち、FEPが高い撥液性を持つとはいえ表面張力の大きい水に対する撥水効果に匹敵するような強い撥油効果は得られず、FEP単独では付着油滴の滑落を起こす十分な作用が得られないからである。
【0024】
その打開策を求めて本発明者は種々の実験を行なった結果、撥油性のFEPに親油性のPESを組み合わせると、前述のように撥油性FEPによる油滴持ち上げ作用と親油性PESによる油滴引っ張り作用との協働作用により、FEP単独では得られない滑落効果が得られるという新規知見を得て、本発明を完成させた。
【0025】
また、本発明の撥油被膜は、下層のPESと上層のPES連続相とが一体を成しており、同時に、PES下層が基材に密着しているため、撥油被膜は全体として強固であると同時に金属基材に対する密着性が良好である。
【0026】
加えて、本発明の撥油被膜を構成するFEPおよびPESが共に高い耐熱性を持つため、自動車エンジン等の内燃機関の燃料インジェクタに適用するのに十分な高い耐熱性を備えている。
【0027】
更に、本発明の撥油被膜を構成するFEPとPESとは相溶性がないため、本発明の撥油被膜を製造する際に行なう一次焼成および二次焼成において明瞭に2相に分離し、PES連続相中にFEP離散相が分散した上層を安定して形成できる。
【0028】
本発明の製造方法においては、PES溶液とFEP分散液を混合して均質な被膜形成溶液として基材に塗布した後に、一次・二次の焼成を行なうので、基材表面の塗膜内では均質に多数のサイトで2相分離(あるいは析出)が起きるため、極めて高密度・高分散のFEP/PES・2相組織が得られる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0029】
図1に、本発明の望ましい実施形態による撥油被膜付き部品の構造例を示す。
【0030】
図示した本発明の撥油被膜付き部品10は、金属基材12の表面に、撥油被膜14を備えている。金属基材12は基材本体12Aの被膜形成側表面が粗化されて粗化層12Bとなっており、撥油被膜14の密着性を高めている。
【0031】
撥油被膜14は、基材12の表面に密着しているPES20から成る下層16と、この下層16のPES20と一体を成すPESの連続相20中にFEPの離散相22が分散して成る上層18とで構成されており、上層18が撥油被膜14の表面として露出している。
【0032】
図2は、撥油被膜14の表面を示す平面図である。図示したように、撥油被膜14の表面は上層18の構成のままにPES連続相20中にFEP離散相22が分散して構成されている。この表面に付着した油滴は、FEP離散相22によって持ち上げられ、PES連続相20によって引張られる、という協働作用により容易に滑落することができる。
【0033】
図3に、(1)PES(ポリエーテルサルフォン)および(2)FEP(4弗化エチレン・6弗化プロピレン共重合体)の構造を示す。PESは親油性が高く基材金属との密着性が優れている。一方、FEPは、CFおよびCFを架橋した分子構造であるため、表面張力は約7dyne/cmであり、油滴が由来するガソリン、軽油、潤滑油の表面張力17〜22dyne/cmに比べて小さい値であるため、撥油性を持つ。
【0034】
金属基材12は特に限定する必要はないが、内燃機関の燃料インジェクタの場合には、フェライト系ステンレス鋼、オーステナイト系ステンレス鋼、高クロムモリブデン鋼、アルミニウム合金等が代表的である。
【0035】
基材12の表面を粗化して、基材本体12A上に粗化層12Bを形成する方法も特に限定する必要はないが、アルミナ等の微細硬質粒子を用いたショットブラストあるいはこれに更にシュウ酸などを用いた化成処理によるエッチングなどが適している。
【実施例】
【0036】
〔実施例1〕
図4に示した製造工程(1A/1B→2→3→4→5→6)により、本発明の撥油被膜を備えた部品を本発明の方法により製造する一例を説明する。
【0037】
〔工程1A:PES溶液の作成〕
先ず、工程1Aにおいて、PES溶液を作成する。ステンレス容器に粒度調整剤としてDMF(ジメチルホルムアミド)を規定量投入後、PES(ポリエーテルサルフォン)の粉末を規定量投入し、ディスパ攪拌機等を用い、30分以上攪拌しPESを完全に溶解させる。その際、溶解させるための溶剤として、NMP(ノルマルメチル2ピロリドン)、DMAC(ジメチルアエトアマイド)を使用することもできる。
【0038】
〔工程1B:FEP分散液の作成〕
一方、工程1Bにおいて、FEP溶液を作成する。ステンレス容器にFEP粉末を規定量投入後、フッ素系界面活性剤を投入し、次にブチルセロソルブを投入する。用いるFEP粉末は一次粒子径1μm程度の微粉末であるため凝集し易い。これを避けるために分離剤としてブチルセロソルブと、更に分離促進のためにフッ素系界面活性剤とを用いる。これら3成分の望ましい配合量は、例えば重量比でFEP粉末:15.00、ブチルセロソルブ:84.250、フッ素系界面活性剤:0.750である。
【0039】
上記3成分を投入後、ディスパ攪拌機等を用い、プレ分散を行なう。
【0040】
次に本分散を行なう。本分散は、ボールミル分散機、サンドミル分散機、ビーズミル分散機等を用いて、粒度分布測定、個数分布測定により評価した分散度が、粒子径2.5μm以下の粒子が個数で80%以上を占める分散度になるまで行なう。
【0041】
〔工程2:混合=被膜形成素液の作成〕
上記の工程1A、1Bでそれぞれ作成したPES溶液とFEP分散液とをステンレス容器に投入し、ディスパ攪拌機等を用いて混合分散させ、被膜形成素液とする。
【0042】
〔工程3:被膜形成液の作成〕
上記の被膜形成素液を、ステンレス・メッシュ#200にて濾過を行い、被膜形成液とする。
【0043】
〔工程4:塗布=塗膜の形成〕
脱脂した金属基材の表面に、上記の被膜形成液を塗布する。塗布はエアスプレーガン等によって行なうことができる。金属基材の表面は被膜の密着度を高めるために、塗布前に予め粗化しておくことができる。粗化は前述のように、アルミナ等の微細硬質粒子を用いたショットブラストあるいはこれに更にシュウ酸などを用いた化成処理(化学エッチング)などにより行なう。
【0044】
〔工程5:一次焼成=溶媒除去・PES養生〕
塗膜形成後の基材に一次焼成を行いDMFを揮発除去すると同時にPESを養生する。これにより基材表面との密着性が生じる。一次焼成の条件は80〜180℃程度の温度で30分程度の時間が適当である。一次焼成の雰囲気は、大気中でよい。
【0045】
〔工程6:二次焼成=撥油被膜の形成〕
上記一次焼成後の基材に二次焼成を行い、塗膜中のFEPを軟化させて、膜内で流動・分散させる。これによりPESのみから成る下層と、この下層PESと一体を成すPESの連続相中にFEPの離散相(粒子)が分散した上層とから成る撥油被膜が形成される。PESとFEPとは相溶性が無いため、明瞭にPES相とFEP相とに2相分離する。二次焼成の条件は、FEPが軟化して流動・分散するのに適した温度で、下層と上層とが明瞭に形成するのに十分な時間とする。代表的には、350〜380℃程度の温度で30分程度の時間が適当である。二次焼成の雰囲気は大気中でよい。
【0046】
得られた撥油被膜の表面は上層の表面であり、上層の構成のままにPESの連続相中にFEPの離散相(粒子)が分散した表面組織である。FEP粒子の分散は非常に高密度・高分散であり、典型的には粒子径0.5μm〜5μm程度の微細なFEP粒子が、粒子径と同等程度の間隔で分散している。
【0047】
このような表面組織を持った撥油被膜上にある油滴は、高密度・高分散の微細なFEP相の撥油性により持ち上げられると同時に、FEP粒子間に露出している親油性のPES相から受ける引張力を駆動力として容易に滑落できる。
【0048】
自動車エンジン等の内燃機関に用いるガソリン、軽油、潤滑油等の油滴は、典型的には直径10μm前後であるため、前述のようにFEP粒子の直径および間隔が0.5〜5μmであると、個々の油滴は撥油被膜表面のFEP相とPES相に同時に接触して、上記の「FEPによる持ち上げ」+「PESによる引張り」の協働作用を受ける。
【0049】
金属基材上に、上記の手順でPESとFEPとの比率を種々に変えて撥油被膜を形成し、軽油について滑落角度θを測定した。図5に試験装置を示す。サンプル基板Sの撥油被膜B上に、高さH=10mmの位置からマイクロシリンジMにより油滴Dを滴下する。油滴Dの直径は10μmになるようにマイクロシリンジMを調整した。種々のPES:FEP比率の撥油被膜B上で油滴Dが滑落を開始するサンプル基板Sの傾斜角θを滑落角度とした。結果を表1および図6に示す。
【0050】
【表1】

【0051】
表1に示した実データのうちでは、PES比率70wt%すなわちPESwt%:FEPwt%=70:30の場合に滑落角度θ=17°の最小値が得られている。図6から、PES比率(wt%)に対する滑落角度(°)の変化を見ると、PES比率67〜68wt%付近を極小値とする下向きのピークが、概ねPES比率40wt%〜80wt%(PESwt%:FEPwt%=40:60〜80:20)の範囲に渡って存在する。すなわち、このPES比率範囲内では、PES無し(FEP単独)の場合に対して、FEP/PES共存による滑落角度低減効果が認められる。また、例えば滑落角度θ≦20°となるのはPES比率が概ね60wt%〜75wt%(PESwt%:FEPwt%=60:40〜75:25)の範囲の場合であることが分かる。
【0052】
〔実施例2〕
実施例1で説明した製造方法において、PESwt%:FEPwt%=50:50で一定とし、二次焼成温度を300℃〜380℃の範囲で種々に変えて撥油被膜を形成した。このようにして撥油被膜を付与したサンプルについて、実施例1と同じ試験方法により、(1)ガソリン、(2)軽油、(3)潤滑油の各油性媒体に対する滑落角度を測定した。図7に二次焼成温度と滑落角度との関係を示す。いずれの媒体の場合も、二次焼成温度が300℃から上昇するのに伴い滑落角度は小さくなるが、二次焼成温度350℃以上でこの変化は飽和してほぼ一定になることが分かる。これは、二次焼成温度が350℃以上になると2相分離によるFEP粒子の高密度・高分散の状態が完成するからであると考えられる。
【0053】
〔実施例3〕
実施例2と同様の条件で撥油被膜を形成した。ただし、本発明のFEPすなわちCFCF系フロロカーボンに代えて、比較のためにCF系フロロカーボンおよびCFCFCF系フロロカーボンを用いた。実施例1と同様の試験方法により、ガソリン、軽油、潤滑油の3種類の油性媒体に対する滑落角度を測定した。結果を図8にまとめて示す。
【0054】
図8の結果から、CF系フロロカーボンを用いた比較例の試料Aが最も滑落角度が大きく、特に潤滑油の場合には滑落しなかった。CFCFCF系フロロカーボンを用いた比較例の試料Bは試料Aよりは滑落角度が低下した。しかし、その試料Bに比較しても、CFCF系フロロカーボン(FEP)を用いた本発明例の試料Cは滑落角度が著しく低下していることが分かる。
【0055】
〔実施例4〕
実施例2と同様にして撥油被膜を形成した本発明例の試料を作成し、高温での耐久性を調べた。大気中にて230℃で連続100時間の加熱を行った試料と、未加熱の新品試料とについて、実施例1と同様の試験方法でガソリン、軽油、潤滑油の3種類の油性媒体に対する滑落角度を測定した。結果をまとめて図9に示す。
【0056】
図9の結果から、いずれの媒体についても、新品に対する加熱後の滑落角度の差は測定誤差範囲内であり、有意差は認められなかった。すなわち、230℃程度の温度では本発明の撥油被膜は全く問題なく有効性を維持できることが分かった。
【0057】
〔実施例5〕
実施例2と同様にして撥油被膜を形成した本発明例の試料を作成し、耐ヒートショック性能を調べた。大気中にて230℃に15分加熱した後に空冷または水冷(23℃の水中に浸漬)する加熱・冷却サイクルを20サイクル行なった試料と、新品試料とについて、実施例1と同様の試験方法で軽油に対する滑落角度を測定した。結果をまとめて図10に示す。
【0058】
図10の結果から、空冷、水冷いずれの場合にも、新品に対する加熱・冷却20サイクル後の滑落角度の差は測定誤差範囲内であり、有意差は認められなかった。すなわち、ヒートショックによって撥油被膜に亀裂や剥離などの損傷は生じることがなく、良好な耐ヒートショック性を持つことが分かった。
【0059】
なお、図10において、何も熱サイクルを受けていない新品の滑落角度が、空冷と水冷とで異なるのは下記の理由による。すなわち、空冷に使用した膜と水冷に使用した膜の仕様に差異があり、空冷に使用した基材表面はショットブラスト、水冷に使用した基材表面は滑落方向にエメリー紙による研磨で、エメリー紙研磨が滑落方向に研磨された場合に限られるが、ショットブラストより滑落角は小さくなる。
【産業上の利用可能性】
【0060】
本発明によれば、燃料インジェクタの噴孔近傍の表面から燃料や潤滑油の液滴を速やかに滑落させるのに十分な撥油性を有する撥油被膜を備えた部品およびその製造方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0061】
【図1】本発明の望ましい一実施形態による撥油被膜付き部品の断面図である。
【図2】図1に示した部品の撥油被膜を表面から見た平面図である。
【図3】本発明の撥油被膜を構成する(1)PES(ポリエーテルサルフォン)および(2)FEP(4弗化エチレン・6弗化プロピレン共重合体)の構造を示す。
【図4】本発明による撥油被膜付き部品の製造工程を示すフローチャートである。
【図5】滑落角度測定試験装置を示す立面図である。
【図6】撥油被膜のPES比率と軽油の滑落角度との関係を示すグラフである。
【図7】撥油被膜形成時の二次焼成温度と各油性媒体の滑落角度との関係を示すグラフである。
【図8】本発明の撥油被膜の構成成分であるFEPを別の種類のフロロカーボンに代えた場合の各油性媒体の滑落角度を示すグラフである。
【図9】本発明の撥油被膜の高温耐久性を各油性媒体について示すグラフである。
【図10】本発明の撥油被膜の耐ヒートショック性を水冷時と空冷時について示すグラフである。
【符号の説明】
【0062】
10 本発明の撥油被膜付き部品
12 金属基材
12A 基材本体
12B 粗化層
14 撥油被膜
16 下層
18 上層
20 PES連続相
22 FEP分散層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属基材の表面に撥油被膜を備えた部品であって、
上記撥油被膜が、基材表面に密着したPESの下層と、該下層のPESと一体を成すPESの連続相中にFEPの離散相が分散して成る上層とで構成され、該上層が該撥油被膜の表面として露出していることを特徴とする撥油被膜を備えた部品。
【請求項2】
請求項1において、上記撥油被膜を構成するPESとFEPとの重量比PESwt%:FEPwt%が40:60〜80:20であることを特徴とする撥油被膜を備えた部品。
【請求項3】
請求項2において、PESwt%:FEPwt%が60:40〜75:25であることを特徴とする撥油被膜を備えた部品。
【請求項4】
請求項1から3までのいずれか1項において、上記基材表面は上記PESの下層との密着性を高めるように粗化されていることを特徴とする撥油被膜を備えた部品。
【請求項5】
請求項1から4までのいずれか1項に記載された部品を製造する方法であって、
PES粉末を有機溶媒中に溶解してPES溶液を作成する工程、
FEP粉末を有機溶媒中に分散させてFEP分散液を作成する工程、
上記PES溶液と上記FEP分散液とを混合して被膜形成溶液を作成する工程、
上記被膜形成溶液をろ過する工程、
上記ろ過済みの被膜形成溶液を金属基材の表面に塗布して塗膜を形成する工程、
上記塗膜に一次焼成を施して、該塗膜中の溶媒を揮発除去すると共に該塗膜中のPESを養生する工程、および
上記一次焼成済みの塗膜に二次焼成を施して、該塗膜中のFEPを軟化させて該塗膜の下部から上部へ流動分散させることにより、上記PESから成る下層と、該下層のPESと一体を成す上記PESの連続相中に該FEPの離散相が分散している上層とから成り、該上層が表面として露出している撥油被膜を形成する工程、
を含むことを特徴とする撥油被膜を備えた部品の製造方法。
【請求項6】
請求項5において、上記PES溶液と上記FEP分散液との混合比は、得られる被膜形成溶液中の重量比PESwt%:FEPwt%が40:60〜80:20となる混合比とすることを特徴とする製造方法。
【請求項7】
請求項6において、PESwt%:FEPwt%が60:40〜75:25となる混合比とすることを特徴とする製造方法。
【請求項8】
請求項5から7までのいずれか1項において、上記二次焼成を温度350℃以上で行なうことを特徴とする製造方法。
【請求項9】
請求項5から8までのいずれか1項において、上記金属基材の表面を粗化した後に、上記被膜形成溶液の塗布を行なうことを特徴とする製造方法。
【請求項10】
請求項9において、上記粗化を、ショットブラストにより、またはショットブラストとその後の化学エッチングとにより行なうことを特徴とする製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2006−321182(P2006−321182A)
【公開日】平成18年11月30日(2006.11.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−148378(P2005−148378)
【出願日】平成17年5月20日(2005.5.20)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【出願人】(591056396)東洋ドライルーブ株式会社 (1)
【Fターム(参考)】