説明

段付円柱状部材の製造方法

【課題】使用する金属材料や形状に限定されず、シェブロンクラックの発生を防止でき、しかも、材料の歩留が悪化したり、加工の手間が煩雑化するのを防止する。
【解決手段】円柱状の素材をダイス32の成型用キャビティ33内に押し込む事により、この素材の先端部乃至中間部の外径を縮める。そして、このうちの先端部に最も小径の第一円筒面部25を、中間部にこの第一円筒面部25よりも外径が大きな第二円筒面部26を、基端部に最も外径が大きい第三円筒面部27を、それぞれ形成する。又、前記第一円筒面部25と前記第二円筒面部26との間に第一傾斜段部28を、この第二円筒面部26と前記第三円筒面部27との間に第二傾斜段部29を、それぞれ形成して、段付円柱状部材である中間素材30とする。前記第一傾斜段部28を形成する為に、前記ダイス32の内周面に設けた第一加工用段差部35の傾斜角度βを、50〜75度とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、例えば、車輪支持用転がり軸受ユニットを構成する軌道輪部材、即ち、内輪と組み合わされてハブを構成するハブ本体の如く、外周面に互いに同心で径が互いに異なる、複数の円筒面部を設け、隣り合う円筒面部同士を段部により連続させた段付円柱状部材の製造方法の改良に関する。具体的には、この様な段付円柱状部材を、冷間での塑性加工である冷間鍛造加工により造る場合に、内部にシェブロンクラックと呼ばれる損傷が発生せず、良質の段付円柱状部材を安定して得られる(歩留の向上を図れる)製造方法の実現を図るものである。
【背景技術】
【0002】
自動車の車輪を構成するホイール、及び、制動用回転部材であるディスク或いはドラムを、懸架装置を構成するナックルに回転自在に支持する為に、車輪支持用転がり軸受ユニットが広く使用されている。図5は、従来から広く知られている、従動輪(FR車及びMR車の前輪、FF車の後輪)用の車輪支持用転がり軸受ユニット1の1例を示している。この車輪支持用転がり軸受ユニット1は、外輪2の内径側にハブ3を、複数の転動体4、4を介して、回転自在に支持している。使用状態では、前記外輪2を前記ナックルに結合固定し、前記ハブ3に車輪及び制動用回転部材を支持固定する。そして、これら車輪及び制動用回転部材を前記ナックルに対し、回転自在に支持する。
【0003】
この為に、前記外輪2の内周面の2箇所位置に複列の外輪軌道5、5を、外周面の一部で、軸方向中央部よりも少し軸方向内寄り部分(軸方向に関して内とは、使用状態で車体の幅方向中央側となる側を言い、図5の右側。反対に、使用状態で車体の幅方向外側となる、図5の左側を、軸方向に関して外と言う。本明細書全体で同じ。)に静止側フランジ6を、それぞれ形成している。一方、前記ハブ3の外周面には、前記外輪2よりも軸方向外方に突出した外端寄り部分に、車輪及び制動用回転部材を支持固定する為の回転側フランジ7を、軸方向中間部乃至内端寄り部分に複列の内輪軌道8、8を、それぞれ形成している。そして、これら両列の内輪軌道8、8と前記両列の外輪軌道5、5との間に前記各転動体4、4を、両列毎に複数個ずつ配置して、前記外輪2の内径側での前記ハブ3の回転を自在としている。
【0004】
尚、前記ハブ3は、ハブ本体9と、内輪10と、ナット11とから成り、前記内輪軌道8、8は、このハブ本体9の中間部及びこの内輪10の外周面に形成されている。又、この内輪10は、このハブ本体9の軸方向内端寄り部分に形成した小径段部12に外嵌した状態で、前記ナット11により、前記ハブ本体9に対し固定している。尚、このハブ本体9の軸方向内端部に形成したかしめ部により、前記内輪10をこのハブ本体9に対し固定する構造も、広く知られている。
【0005】
上述の様な車輪支持用転がり軸受ユニット1を構成する前記ハブ本体9は、S48C〜S58C(JIS G 4051)の如き機械構造用炭素鋼鋼材等の炭素鋼(主として中炭素鋼)に塑性加工を施す事により造る。この様な塑性加工により造られるハブ本体の構造、並びにこの様な塑性加工の方法に就いては、例えば特許文献1〜4に記載される等により、従来から広く知られている。このうちの特許文献4に記載されたハブ本体の構造及びその製造方法に就いて、図6〜9により説明する。
【0006】
このうちの図6に示したハブ本体9aは、外周面の軸方向外端寄り部分に放射状の回転側フランジ7aを、同じく中間部に内輪軌道8を、同じく内端部に小径段部12を、それぞれ形成している。
この様なハブ本体9aは、図7〜9に示した工程により造る。先ず、押し出し成形、圧延成形等により造られた長尺な原材料を所定長さに切断する事により、各図の(A)に示す様な、円柱状の素材13を得る。次いで、この素材13に、冷間鍛造加工の一種である、第一段階の前方押し出し加工を施す事により、各図の(B)に示した第一中間素材14を造る。次に、この第一中間素材14に、やはり冷間鍛造加工の一種である、第二段階の前方押し出し加工を施す事により、各図の(C)に示した第二中間素材15を得る。次に、この第二中間素材15を、前記特許文献4に記載されている様に、所定の内周面形状を有する分割型のダイス内にセットした状態で、前記第二中間素材15の軸方向端面{各図の(C)の上端面}にパンチを押し付ける。そして、この軸方向外端面を凹ませると共に、この第二中間素材15を構成する金属材料を径方向外方に流動させる、冷間鍛造の一種である側方押出加工を施す事により、各図の(D)に示す様な、回転側フランジ7aを有する、第三中間素材16とする。次に、この第三中間素材16に、スタッド17の頭部18(図5参照)の軸方向側面を当接させる座面19、19を形成する為のサイジング加工を施して、各図の(E)に示した第四中間素材20とする。
【0007】
この第四中間素材20の軸方向内端部{各図の(E)の下端部}には、外周面に雄ねじ部を形成するか(図5に示す様に、前記小径段部12に外嵌した内輪10の抜け止めをナット11により図る構造の場合)、或いは、図8の(F)に示す様に、軸方向内端面に開口する、有底で円形の凹孔21を形成し、この凹孔21の周囲部分を円筒部22として、第五中間素材23とする。この様な円筒部22は、前記小径段部12に前記内輪10を外嵌した状態で、径方向外方に塑性変形させて(かしめ拡げて)、この内輪10の軸方向内端面を抑え付け、この内輪10が前記小径段部12から抜け出る事を防止する。更に、前記第四中間素材20乃至前記第五中間素材23に、前記スタッド17を挿通する為の円孔を形成する為の穿孔、バリ取り、内輪軌道8の加工等の、所定の切削加工及び研削加工を施して、前記ハブ本体9aとする。
【0008】
このハブ本体9aを造るのに従来は、上述の様に、前記図7〜9の(A)→(B)→(C)→(D)→(E){更に必要に応じて図8の(F)}の工程を経ている。これに対して本発明者等は、前記ハブ本体9aの加工コストの低減を目的として、前記図7〜9の(B)の工程を省略する事を考えた。即ち、これら図7〜9の(A)に示した素材13に対する加工量を多くし、この素材13を一挙に(1工程で)、(C)に示した第二中間素材15に対応する中間素材にまで加工する事により、工程数を削減して製造コストを低減する事を考えた。但し、この場合に、前記素材13を一挙に前記中間素材に加工する事を考慮して、この中間素材の形状を、前記第二中間素材15の形状に比べて少し単純化する。この様な観点で先に考えた、前記中間素材である段付円柱状部材の製造方法(先発明方法)に関して、本発明の実施の形態を表した図1により説明する。
【0009】
先発明方法により造る段付円柱状部材は、図1の(A)に示す様に、外周面に、外径が互いに異なる3箇所の円筒面部を、軸方向に関する位相を互いにずらせた状態で設け、隣り合う円筒面部同士を2箇所の傾斜段部により連続させている。即ち、軸方向に関して、先端部に最も小径の第一円筒面部25を、中間部にこの第一円筒面部25よりも外径が大きな第二円筒面部26を、基端部に最も外径が大きい第三円筒面部27を、それぞれ設けている。そして、前記第一円筒面部25の基端側端縁と前記第二円筒面部26の先端側端縁とを第一傾斜段部28により、この第二円筒面部26の基端側端縁と前記第三円筒面部27の先端側端縁とを第二傾斜段部29により、それぞれ連続させている。
【0010】
この様な各部25〜29を外周面に設けた、前記段付円柱状部材である中間素材30を、冷間鍛造により造るには、前記図7〜9の(A)に示す様な素材13を、図1の(B)に示す様に、パンチ31により、ダイス32の成形用キャビティ33内に押し込む。この成形用キャビティ33の内周面には、奥端部から順番に、前記第一円筒面部25を形成する為の小径円筒面部34と、前記第一傾斜段部28を形成する為の第一加工用段差部35と、前記第二円筒面部26を形成する為の中径円筒面部36と、前記第二傾斜段部29を形成する為の第二加工用段差部37と、前記第三円筒面部27を形成する為の大径円筒面部38とを設けている。前記素材13の外径は、前記成形用キャビティ33の開口部に存在する、前記大径円筒面部38の内径と同じか、僅かに小さい。
【0011】
従って、前記素材13の軸方向先端部を前記成形用キャビティ33の開口部に挿入した状態では、この素材13がこの成形用キャビティ33と同心に保持される。そこで、この状態から、前記パンチ31によりこの素材13をこの成形用キャビティ33内に押し込めば、この成形用キャビティ33の内周面の形状が前記素材13に転写され(この素材13の外周面形状が、この成形用キャビティ33の内周面形状に合致するまで塑性変形し)、前記中間素材30を得られる。この際、前記成型用キャビティ33の奥端部で前記小径円筒面部34の奥部にカウンタパンチ39の先端面を配置して、前記素材13の先端部が前記成形用キャビティ33の奥にまで、過度に移動する事を防止する。この様にして造られた前記中間素材30は、前記カウンタパンチ39を上昇させる事により前記成形用キャビティ33から取り出して、次の工程に送る。
【0012】
上述の様な先発明方法により前記中間素材30を造れば、加工工程数を少なく抑えて、しかも、続いて行う切削加工及び研削加工を最小限に止め、前記ハブ本体9aを造る事ができる。又、材料の歩留まりを向上させると共に、これら切削加工及び研削加工に要する加工時間を短縮して、前記ハブ本体9aを含む、車輪支持用転がり軸受ユニット1(図5参照)のコスト低減を図れる。但し、上述の図1の(B)に示す様に、冷間での前方押し出し加工を利用して前記段付の中間素材30を造ると、この中間素材30の先端部(第一円筒面部25の内部)に、特許文献5〜7、非特許文献1に記載される等により冷間鍛造の技術分野で広く知られている、シェブロンクラックと呼ばれる亀裂が発生する可能性がある。前記先端部は、前記中間素材30を更に加工してハブ本体9、9a(図5〜6参照)とした場合に、内輪10を外嵌固定する為の軸部24(図5参照)となるべき部分であり、亀裂による強度低下を避ける必要性が大きい部分である。
【0013】
段付部材を冷間鍛造する際にシェブロンクラックが発生する機構に就いては従来から各種研究されているが、基本的には、金属材料(中炭素鋼)の断面形状を変化させる事に伴って、この金属材料の移動速度が部分的に異なる状態となり、その結果、移動速度が速い部分と遅い部分との間に引っ張り応力が作用する為と考えられている。そして、従来は、上述の様なシェブロンクラックの発生を防止する為に、加工前に素材に焼鈍処理を施してから、前方押し出し加工を施す事が、一部で行われていた。但し、この様な方法による場合には、前記ハブ本体9aの軸方向中間部で前記内輪軌道8を形成すべき部分を含め、各部に必要な硬度を確保する事が難しくなる。
【0014】
シェブロンブロックの発生を抑える為の別の方法として、前方押し出し加工時に、素材乃至中間素材を、例えば軸方向両側から強く押圧し(高い静水圧を加え)、これら素材乃至中間素材の内部を圧縮応力場にする方法も知られている。但し、この様な方法では、前記前方押し出し加工に使用する金型(パンチ及びダイス)として十分な強度及び剛性を有するものを使用する必要があり、この金型の制作費が嵩む。更には、プレス装置として、容量の大きな大型のものを使用する必要があり、この面からも設備費が嵩む。
【0015】
上述の様なシェブロンクラックの発生防止の為の他の方法として従来から、前記特許文献5〜7に記載された技術が知られている。このうちの特許文献5に記載された従来技術は、変形抵抗比を抑えられる材料を使用するもの、特許文献6に記載された従来技術は、材料の加工硬化指数と各段階での減面率とを規制するもの、特許文献7に記載された従来技術は、マンガン当量と減面率とを規制するものである。これら特許文献5〜7に記載された従来技術の場合、条件さえ満たす事ができれば、前記シェブロンクラックの発生を抑えられると考えられる。但し、何れの場合も、金属材料(鋼材)の種類や減面率が制限される。本発明の製造方法の対象となる、ハブ本体9aを造る為の段付の中間素材30の場合、使用可能な金属材料の種類が限られる(多くの場合中炭素鋼を使用する)し、減面率に関しても、前記第一〜第三各円筒面部25〜27の直径の比をあまり小さくはできない為、条件を満たす事は難しい。従って、前記中間素材30に関して、前記特許文献5〜7に記載された様な従来技術により、シェブロンクラックの発生を防止する事は難しい。
尚、本発明に関連する技術を記載した刊行物として、先に説明したものの他に、非特許文献2が存在する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0016】
【特許文献1】特開2006−111070号公報
【特許文献2】特開2006−142983号公報
【特許文献3】特開2008−296694号公報
【特許文献4】特開2009−255751号公報
【特許文献5】特開2000−042676号公報
【特許文献6】特開2000−312947号公報
【特許文献7】特開2007−130661号公報
【非特許文献】
【0017】
【非特許文献1】木下修司、井上毅、秋田章二著、「鐵と鋼:日本鐵鋼協▲会▼々誌、62(4)」、社団法人日本鉄鋼協会、1976年3月10日、p.165
【非特許文献2】加田修、戸田正弘、柳秀和著、「棒線材の高機能成形解析:新日鉄技報第386号」、株式会社新日本製鐵、2007年、p.59−63
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0018】
本発明は、上述の様な事情に鑑みて、使用する金属材料や形状が限られる場合にも、シェブロンクラックの発生を防止でき、しかも、材料の歩留が悪化したり、加工の手間が煩雑化するのを防止できる、段付円柱状部材の製造方法を実現すべく発明したものである。
【課題を解決するための手段】
【0019】
本発明の段付円柱状部材の製造方法は、外周面に、外径が互いに異なる3箇所の円筒面部を、軸方向に関する位相をずらせた状態で設け、隣り合う円筒面部同士を傾斜段部により連続させた段付円柱状部材を、冷間鍛造加工により造る。
この為に、円柱状の素材をダイスの成形用キャビティ内に押し込む事により、この素材の先端部乃至中間部の外径を縮めて、このうちの先端部に最も小径の第一円筒面部を、中間部にこの第一円筒面部よりも外径が大きな第二円筒面部を、基端部に最も外径が大きい第三円筒面部を、これら第一円筒面部と第二円筒面部との間に第一傾斜段部を、これら第二円筒面部と第三円筒面部との間に第二傾斜段部を、それぞれ形成する。
【0020】
特に、本発明の段付円柱状部材の製造方法に於いては、前記第一傾斜段部を形成する為に、前記ダイスの内周面に設けた、部分円すい凹面状の第一加工用段差部の、前記素材及び前記成形用キャビティの中心軸に対する傾斜角度を、50度以上とする。
尚、前記第一加工用段差部の傾斜角度の上限値は、例えば請求項2に記載した発明の様に、80度以下、更に好ましくは75度以下とする。前記第二傾斜段部を形成する為の、第二加工用段差部の、同方向に関する傾斜角度は、特に規制しないが、現実的には30〜70度、好ましくは30〜50度、より好ましくは40〜45度とする。
又、前記素材としては、例えば請求項3に記載した発明の様に、炭素含有量が0.45重量%以上(好ましくは0.61重量%以下)の炭素鋼(JIS G 4051で、S48C以上の機械構造用炭素鋼鋼材)とする。
更に、段付円柱状部材の用途は特に限定しないが、例えば、請求項4に記載した発明の様に、車輪支持用転がり軸受ユニットを構成するハブ本体を構成する為の中間素材とする。
【発明の効果】
【0021】
上述の様に構成する本発明の段付円柱状部材の製造方法によれば、使用する金属材料や、段付円柱状部材の外面形状(第一〜第三各円筒面部の直径の比)が限られる場合にも、シェブロンクラックの発生を防止でき、しかも、材料の歩留が悪化したり、加工の手間が煩雑化するのを防止できる。又、設備コストが嵩む事もなくなって、車輪支持用転がり軸受ユニットを構成するハブ本体の如き段付円柱状部材の製造コストの上昇を抑えられる。
【0022】
即ち、本発明の段付円柱状部材の製造方法の場合には、段付円柱状部材の外周面のうちの軸方向2箇所位置に形成される第一、第二両傾斜段部のうちで、先端側の第一傾斜段部を形成する為の第一加工用段差部の傾斜角度を、50度以上と、大きくしている。この為、パンチにより素材をダイスの成形用キャビティの奥に押し込んで塑性変形させる際に、この素材を構成する金属材料がこのキャビティの先端側に移動する事に対する抵抗が大きくなる。この結果、この金属材料の移動速度が抑えられて、前記素材から前記段付円柱状部材(中間素材)を造る過程、特に前記先端側の第一傾斜段部を形成する過程で、前記金属材料の移動速度が、各部分同士の間で大きく相違する事を防止できる。従って、前記第一傾斜段部の加工に伴って、この第一傾斜段部乃至は前記第一円筒面部の内部に、シェブロンクラックの発生に結び付くほど大きな引っ張り応力が作用する事がなくなる。
【0023】
一方、前記第二傾斜段部に関しては、初めに加工される部であり、シェブロンクラック発生の要因の一つである、材料の加工硬化が生じていない。又、前記第二傾斜段部に関しては、第二加工用段差部による加工後、直ちに素材の先端寄り部分が前記第一加工用段差部に突き当たる。この状態で前記素材には、この第一加工用段差部によるこの素材の塑性変形に起因する、前記抵抗が加わる。従って、前記素材を前記段付円柱状部材に加工する過程で、前記第一、第二両傾斜段部同士の間部分(第二円筒面部の内径側に位置する部分)には、圧縮応力が作用する傾向になる。この圧縮応力は、前記シェブロンクラック発生の原因となる引っ張り応力を打ち消す(相殺する)方向に働く為、前記第二加工用段差部に関しては、特に傾斜角度を規制しなくても(50度未満としても)、得られる段付円柱状部材の内部にシェブロンクラックが発生する事はない。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】本発明の製造方法により造られる段付円筒状部材の断面図(A)とこの段付円筒状部材を冷間鍛造する状態を示す断面図(B)。
【図2】第一、第二両傾斜段部を形成する為の、第一、第二両加工用段差部の傾斜角度が、素材内部のダメージ値に及ぼす影響を知る為に行った、第一のコンピュータシミュレーションの結果を示すグラフ。
【図3】同じく第二のコンピュータシミュレーションの結果を示すグラフ。
【図4】第一、第二両傾斜段部での減面率がダメージ値に及ぼす影響を知る為に行ったコンピュータシミュレーションの結果を示すグラフ。
【図5】本発明の製造方法の対象となるハブ本体を組み込んだ、車輪支持用転がり軸受ユニットの1例を示す断面図。
【図6】冷間での鍛造加工により造られる、従来から知られたハブ本体の1例を示す、端面図(A)及び側面図(B)。
【図7】従来から知られているハブ本体の製造方法の1例に関して、側面形状の変化を工程順に示すと共に、一部に関して端面形状を示した図。
【図8】同じく側面形状乃至断面形状の変化を示す図。
【図9】同じく表面形状の変化を示す斜視図。
【発明を実施するための形態】
【0025】
本発明の特徴は、前述の図1の(A)に示す様な、外周面に、外径が互いに異なる第一〜第三各円筒面部25〜27を、軸方向に関する位相を互いにずらせた状態で設け、隣り合う円筒面部同士をそれぞれ第一、第二両傾斜段部28、29により連続させた中間素材30を形成する際に、内部にシェブロンクラックが発生するのを防止する点にある。即ち、前記第一、第二両傾斜段部28、29のうち、先端側の第一傾斜段部28の、中間素材30の中心軸に対する傾斜角度(成形用キャビティ33の中心軸に対する第一加工用段差部35の傾斜角度と同じ)βを、50度以上、80度以下(好ましくは75度以下)とする。基端側の第二傾斜段部29の傾斜角度αに関しては、30〜70度、好ましくは30〜50度の範囲、より好ましくは40〜45度とする。
【0026】
前記第一、第二両傾斜段部28、29を形成する為の、第一、第二両加工用段差部35、37の傾斜角度β、αを上述の範囲に規制したダイス32の成形用キャビティ33内に素材13を押し込む事により、段付円柱状部材である中間素材30とする際に、前述した様な理由により、各部に大きな引っ張り応力が発生する事を防止できる。そして、前記素材13乃至中間素材30の内部にシェブロンクラックが発生する事を防止できる。本発明の場合には、前記第一加工用段差部35の傾斜角度βを50度以上にすれば、他の部分の形状及び寸法の自由度を大きくできる。即ち、後述する様に、小径、中径、大径各円筒面部34、36、38の直径差(直径の比率)を特に限定しなくても、前記第一傾斜段部28乃至は前記第一円筒面部25の内部に、シェブロンクラックの発生に結び付くほど大きな引っ張り応力が作用する事がなくなる。又、前記第二傾斜段部29乃至前記第二円筒面部26の内部に関しても、前述した様な理由により、シェブロンクラックが発生する事はない。
【0027】
尚、前記成形用キャビティ33内に前記素材13を押し込む事により得られた、前記図1の(A)に示した中間素材30には、前述の図7〜9の(C)→(D)→(E){→(F)}に示した様な、更に必要な冷間鍛造加工、切削加工、研削加工を施して、ハブ本体9、9aとする。前記中間素材30のうちの第一傾斜段部28乃至第一円筒面部25部分は、このハブ本体9、9aのうちの小径段部12(図5〜6参照)となる。この際、前記第一傾斜面部28は冷間鍛造により、この小径段部12の奥端部に存在する、中心軸に対し直角方向に存在する段差面に加工する。この際の加工は、材料の移動量が少ないので、シェブロンクラックが発生する可能性は低い。又、第二傾斜段部29部分には、必要な切削加工及び研削加工を施して、内輪軌道8(図5〜6参照)を設ける。この第二傾斜段部29部分の傾斜角度は自由に設定できる事から、この内輪軌道8を設ける為の加工量を少なく抑えられる。
【実施例1】
【0028】
本発明の効果を確認する為に行ったコンピュータシミュレーションの結果に就いて説明する。このコンピュータシミュレーションは、S53C材(JIS G 4051に規定されている機械構造用炭素鋼鋼材)製で円柱状の、図7〜9の(A)に示す様な素材13に冷間で前方押し出し加工を施す事により、図1の(A)に示す様な中間素材30とした。前記素材13として、外径D13(具体的には60mm)と軸方向長さL13との比D13/L13が5/7のもの(D13/L13=5/7)を使用する事とした。又、前記中間素材30のうちで、最も大径の第三円筒面部27の外径は、前記素材13の外径と同じとした。又、前記中間素材30の第一、第二両傾斜段部28、29の間隔(第二円筒面部26の軸方向長さL26)は、前記素材13の外径D13の1/5(L26=D13/5)とした。更に、図2、3にそれぞれの結果を示したコンピュータシミュレーションの条件として、前記第二円筒面部26の外径は、後述する減面率Rd0−1が10〜70%になる様に、前記第三円筒面部27の外径は、後述する減面率Dd1−2が20〜80%になる様に、それぞれ設定した。
【0029】
更に、上述した素材13の各部の寸法のうち、前記第一、第二両円筒部25、26の外径以外の寸法に関する条件を同じとし、第一、第二両傾斜段部28、29(第一、第二両加工用段差部35、37)の傾斜角度β、α、前記第二傾斜段部29部分での減面率Rd0−1、前記第一傾斜段部28部分での減面率Rd1−2が、前記素材13乃至前記中間素材30に関するダメージ値Dfに及ぼす影響を求めた。尚、ダメージ値Dfとは、シェブロンクラックの解析(発生予測)に関するパラメータとして信頼性がある事が知られており、例えば非特許文献2にも記載されている。前記ダメージ値Dfが、材料により定まる所定値K以上になると、シェブロンクラックが発生する。因みに前記S53C材の所定値Kは、150MPa程度である。今回は、(コンピュータシミュレーションの対象として各種条件を変えて設定した)各試料のダメージ値Dfを、次の(1)式で求めた。
【数1】

尚、この(1)式中、εfは、変形終了時(中間素材30の加工終了時)の歪量を、σmaxは、最大主応力(加工工程中での各瞬間に各部に加わる応力のうちの最大値)を、dεeqは、加工工程中での各瞬間に於ける歪の増加量を、それぞれ表している。
【0030】
上述の条件で行ったコンピュータシミュレーションの結果を、図2〜4に示した。これら各図のうちの図2は、横軸に前記第一傾斜段部28の傾斜角度βを、縦軸にダメージ値Df(最大値)を、それぞれ表している。グラフ中に表した3種類の記号(▲、◆、■)は、図2中に示した様に、それぞれ前記第二傾斜段部29の傾斜角度αが異なる事(30度、45度、70度)を表している。この様な図2から、前記ダメージ値Dfは、前記第一傾斜段部28の傾斜角度βに大きく影響され、この傾斜角度βが極く小さい(β=10度である)場合には前記ダメージ値Dfも小さく抑えられるが、前記傾斜角度βが30度程度にまで大きくなるとこのダメージ値Dfが急激に大きくなる事が分かる。但し、前記傾斜角度βが30度を越えて大きくなると、逆に前記ダメージ値Dfが小さくなり、50度を越えて大きくなると十分に小さくなり、しかも、前記第二傾斜段部29の傾斜角度αの影響も小さくなる事も分かる。
【0031】
これらから、本発明の様に、前記第一傾斜段部28の傾斜角度βを50度以上にする事で、前記素材13乃至中間素材30の内部にシェブロンクラックが発生する事を十分に防止できる事が分かる。尚、前記第一傾斜段部28の傾斜角度βが極く小さい(10度)場合には、前記ダメージ値Dfを低く抑えられる。これは、前記第一傾斜段部28による絞り量が極く少ないので、金属材料の移動速度に余り差が生じる事がなく、前記素材13乃至中間素材30の内部に大きな引っ張り応力が発生しない為である。但し、前記第一傾斜段部28の傾斜角度βが小さ過ぎて、後加工(小径段部12を形成する為の切削加工)が面倒で、最終製品(ハブ本体9、9aを組み込んだ車輪支持用転がり軸受ユニット1)の製造コストを抑える事ができない。
【0032】
次に、図3は、横軸に前記第二傾斜段部29の傾斜角度αを、縦軸にダメージ値Df(最大値)を、それぞれ表している。グラフ中に表した6種類の記号(×、▲、●、■、*◆)は、図3中に示した様に、それぞれ前記第一傾斜段部28の傾斜角度βが異なる事(10度、30度、40度、50度、60度、70度)を表している。この様な図3から明らかな通り、前記第二傾斜段部29の傾斜角度αの大小は、前記素材13乃至中間素材30の内部のダメージ値Dfに余り影響しない。
【0033】
次に、図4は、横軸に前記素材13から前記第一円筒面部25までの減面率(断面積の減少率)Rd0−2を、縦軸にダメージ値Dfを、それぞれ表している。コンピュータシュミレーションの条件として、前記第一傾斜段部28の傾斜角度βを60度とし、前記第二傾斜段部29の傾斜角度αを30度とした。尚、前記図4の横軸に表した減面率Rd0−2とは、前記第二傾斜面部29を境とした、前記第三円筒面部27から前記第二円筒面部26への減面率Rd0−1と、前記第一傾斜面部28を境とした、この第二円筒面部26から前記第一円筒面部25への減面率Dd1−2とを合計したもの[Rd0−2=(Rd0−1)+{1−(Rd0−1)}×(Rd1−2)]である。尚、図4の横軸に記載した全体としての減面率Rd0−2の内訳(各段の減面率Rd0−1、Rd1−2)は、前記図4の右上部分に記載した通りである。この様な図4の記載から明らかな通り、前記各減面率Rd0−1、Rd1−2、Rd0−2は、余りダメージ値Dfに影響しない。
【0034】
以上に説明した、図2〜4にその結果を表したコンピュータシミュレーションの結果から明らかな様に、本発明の様に、前記第一傾斜段部28を係止する為の第一加工用段差部35の傾斜角度βを50度以上とする事で、前記素材13乃至中間素材30の内部に、シェブロンクラックが発生する事を防止できる。尚、シェブロンクラックの発生防止を図る面からのみ考えれば、前記第一加工用段差部35の傾斜角度βは、90度近くまで大きくしても良い。但し、この傾斜角度βを80度を越えて大きくすると、機械構造用炭素鋼鋼材等の炭素鋼に前方押し出し加工を施す際に、鍛造加工の分野で広く知られている様に、デッドメタルと呼ばれる欠肉が生じる。この様な欠肉を生じない様にする為に、前記傾斜角度βの最大値を80度、好ましくは75度程度に抑える。尚、前記コンピュータシミュレーションの結果は、前記素材13の外径D13及び軸方向長さL13が多少異なった場合でも(外径が60mmからずれたり、外径と軸方向長さとの比が5/7からずれた場合でも)、ほぼそのまま適用できる。特に、本発明が意図している、車輪支持用転がり軸受ユニットを構成するハブ本体を造る場合に関する限り、小型乗用車用から大型乗用車用まで、そのまま適用できる。
【産業上の利用可能性】
【0035】
本発明の段付円柱状部材の製造方法は、従動輪用の車輪支持用転がり軸受ユニットを構成するハブ本体を造る場合に、顕著な効果を得られる。但し、外周面の軸方向2箇所位置にそれぞれ傾斜段部を有する物品であれば、前記ハブ本体に限らず、当該物品の製造に適用できる。
【符号の説明】
【0036】
1 車輪支持用転がり軸受ユニット
2 外輪
3 ハブ
4 転動体
5 外輪軌道
6 静止側フランジ
7、7a 回転側フランジ
8 内輪軌道
9、9a ハブ本体
10 内輪
11 ナット
12 小径段部
13 素材
14 第一中間素材
15 第二中間素材
16 第三中間素材
17 スタッド
18 頭部
19 座面
20 第四中間素材
21 凹孔
22 円筒部
23 第五中間素材
24 軸部
25 第一円筒面部
26 第二円筒面部
27 第三円筒面部
28 第一傾斜段部
29 第二傾斜段部
30 中間素材
31 パンチ
32 ダイス
33 成形用キャビティ
34 小径円筒面部
35 第一加工用段差部
36 中径円筒面部
37 第二加工用段差部
38 大径円筒面部
39 カウンタパンチ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
外周面に、外径が互いに異なる3箇所の円筒面部を、軸方向に関する位相を互いにずらせた状態で設け、隣り合う円筒面部同士を2箇所の傾斜段部により連続させた段付円柱状部材を冷間鍛造加工により造るべく、円柱状の素材をダイスの成形用キャビティ内に押し込む事により、この素材の先端部乃至中間部の外径を縮めて、このうちの先端部に最も小径の第一円筒面部を、中間部にこの第一円筒面部よりも外径が大きな第二円筒面部を、基端部に最も外径が大きい第三円筒面部を、これら第一円筒面部と第二円筒面部との間に第一傾斜段部を、これら第二円筒面部と第三円筒面部との間に第二傾斜段部をそれぞれ形成する段付円柱状部材の製造方法であって、前記第一傾斜段部を形成する為に、前記ダイスの内周面に設けた、部分円すい凹面状の第一加工用段差部の、前記素材及び前記成形用キャビティの中心軸に対する傾斜角度を、50度以上とした事を特徴とする段付円柱状部材の製造方法。
【請求項2】
前記第一加工用段差部の傾斜角度が80度以下である、請求項1に記載した段付円柱状部材の製造方法。
【請求項3】
前記素材が、炭素含有量が0.45重量%以上の炭素鋼である、請求項1〜2のうちの何れか1項に記載した段付円柱状部材の製造方法。
【請求項4】
段付円柱状部材が、車輪支持用転がり軸受ユニットを構成するハブ本体を造る為の中間素材である、請求項1〜3のうちの何れか1項に記載した段付円柱状部材の製造方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate


【公開番号】特開2012−236208(P2012−236208A)
【公開日】平成24年12月6日(2012.12.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−106094(P2011−106094)
【出願日】平成23年5月11日(2011.5.11)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】