説明

気化器、CVD装置、気化状態の監視方法、薄膜の形成方法及び超電導線材の製造方法

【課題】溶液気化型のCVD装置を用いて超電導体等の薄膜を形成する際に有用な技術であって、気化器における気化状態の異常により良質な薄膜の形成が阻害されるのを回避するための技術を提供する。
【解決手段】気化室と、気化室内に原料溶液を導入する導入部と、気化室において気化された原料ガスを外部に導出する導出部と、気化室の外周に設けられ発熱体により気化室を加熱するヒータと、を備えた気化器において、発熱体の近傍の第1温度Tを測定する第1温度センサと、発熱体によって加熱される気化室の対応部分の第2温度Tを測定する第2温度センサとを設け、発熱体の出力を前記第2温度Tが一定となるように制御する。そして、第1温度Tの変動量に基づいて気化器における気化状態の異常を検出する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、原料溶液を気化して反応チャンバに原料ガスを供給する気化器、溶液気化型のCVD装置、気化器における気化状態の監視方法、薄膜の形成方法及び超電導線材の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
有機金属気相成長法(MOCVD:Metal Organic Chemical Vapor Deposition)は、半導体や誘電体、超電導体の成膜に広く応用されている。このMOCVD法では、反応チャンバにおいて原料ガスを基材表面に供給し化学反応させることにより成膜するが、有機金属原料(以下、MO原料)の蒸気圧が低く常温固体である場合には、原料をガス化して反応チャンバに供給するために、MO原料を溶解した溶液(原料溶液)を高温の気化器内に噴霧し、昇華させるという手法(溶液気化方式)が採られる。
YBCOからなる超電導体(以下、Y系超電導体)を成膜する場合にも、この溶液気化方式が用いられる。この場合、原料溶液として、例えばTHF(テトラヒドロフラン)の溶媒に、金属のβ−ジケトン錯体(例えばジピバロイルメタン(DPM:dipivaloylmethane)を溶解したものが用いられる。以下、金属MのDPM錯体をM(DPM)と表す。
【0003】
上述した溶液気化方式では、基材表面に均一な薄膜を成長させるために、MO原料の気化状態が重要となる。特に、Y系超電導体の薄膜を成膜する場合、超電導体薄膜の組成は臨界電流特性(I特性)に大きく影響するため、この組成が変動する原因となるMO原料の気化状態は極めて重要となる。また、超電導線材を電力輸送や超電導磁気エネルギー貯蔵(SMES:Superconducting Magnetic Energy Storage)に利用するためには、長尺のテープ状基材に超電導体薄膜を連続的に成膜しなければならない。そこで、MO原料の気化状態を安定させるための様々な技術が提案されている。
【0004】
例えば、特許文献1,2には、気化器の配管に圧力センサを設け、キャリアガスの圧力変化を検知して気化器の噴出口の状況(配管詰まり)を監視する方法が開示されている。また例えば、特許文献3には、気化器内部の数箇所に圧力センサを設けて、気化状態をその場観察(in−situ観察)する方法が開示されている。その他、成膜後の膜厚や、成長形態、組成等をその場観察するような、結果系の観察方法により気化状態を改善することも多く行われている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2006−303534号公報
【特許文献2】特開2006−108230号公報
【特許文献3】特開2003−160869号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、Y系超電導体薄膜の成膜に用いられるMO原料は昇華点が高いため、溶媒が蒸発したり温度が低下したりすると、固体原料が析出し、気化室へ原料を噴出するノズルや気化室内壁に堆積することがある。特に、Ba(DPM)は、気化温度と分解温度が近いので、気化中にわずかに生じる分解のために、分解した原料が気化室内壁にペースト状に付着することがある。
そして、気化室内壁等にMO原料や分解した原料が付着して気化状態が悪化すると、気化室内の温度が低下したり、固体原料が気化室内で剥離して反応チャンバに供給されたりするなどの問題が生じる。いずれの場合も反応チャンバに安定した原料ガスを供給することができなくなる。
【0007】
特許文献1,2に記載の技術では、気化器におけるノズル詰まりを検知できるが、気化室内の気化状態までを監視することができない。特許文献3に記載の技術では、気化室内の圧力センサにより気化状態をその場観察することはできるが、気化室内壁に原料が付着していることを検知するのは困難である。また、結果系の観察方法ではレスポンスが遅く、気化状態の異常を速やかに解消できないため、超電導線材等の長尺品を連続して製造する場合に不向きである。
このように、従来の気化器では、気化器における気化状態の異常をすばやく検出できないため、反応チャンバに安定したMO原料ガスを供給することが困難となっている。
【0008】
本発明は、気化器を備えた溶液気化型のCVD装置を用いて超電導体等の薄膜を形成する際に有用な技術であって、気化器における気化状態の異常により良質な薄膜の形成が阻害されるのを回避するための技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
請求項1に記載の発明は、上記目的を達成するためになされたもので、
気化室と、
前記気化室内に原料溶液を導入する導入部と、
前記気化室において気化された原料ガスを外部に導出する導出部と、
前記気化室の外周に設けられ、発熱体により前記気化室を加熱するヒータと、を備えた気化器において、
前記発熱体の近傍の第1温度Tを測定する第1温度センサと、
前記発熱体によって加熱される前記気化室の対応部分の第2温度Tを測定する第2温度センサと、を設け、
前記発熱体の出力は、前記第2温度Tが一定となるように制御されることを特徴とする。
【0010】
請求項2に記載の発明は、請求項1に記載の気化器において、前記ヒータは、前記気化室の外周に多段に配置された個別に温度制御可能な複数の発熱体を有し、
前記複数の発熱体のそれぞれに対応して、前記第1温度センサ及び前記第2温度センサが設けられていることを特徴とする。
【0011】
請求項3に記載の発明は、請求項1又は2に記載の気化器において、前記気化室及び前記ヒータは同心円上に配置され、
前記第1温度センサと前記第2温度センサは、同一径方向で離間して配置されていることを特徴とする。
【0012】
請求項4に記載の発明は、請求項1から3の何れか一項に記載の気化器と、
固体原料を溶媒に溶解した原料溶液を前記気化器に供給する原料溶液供給部と、
前記気化器によって気化された原料ガスを基材表面に供給し化学反応させることにより薄膜を形成する反応チャンバと、を備えることを特徴とするCVD装置である。
【0013】
請求項5に記載の発明は、請求項1から3の何れか一項に記載の気化器における気化状態の監視方法であって、
前記第1温度Tの変動量に基づいて、気化状態が異常であるか否かを判断することを特徴とする。
【0014】
請求項6に記載の発明は、請求項5に記載の気化状態の監視方法において、基準温度に対する前記第1温度Tの変動量が所定値以上となったときに、気化状態が異常になったと判断することを特徴とする。
【0015】
請求項7に記載の発明は、請求項4に記載のCVD装置を用い、前記気化器において前記第2温度Tが一定となるようにヒータの出力を制御することにより原料溶液を気化させ、この気化された原料ガスを前記反応チャンバに供給し、基材表面で化学反応させることにより薄膜を形成する方法において、
基準温度に対する前記第1温度Tの変動量が所定値以上となったときに、気化状態が異常になったと判断し、
気化状態が異常になったと判断した場合に、前記反応チャンバへの原料ガスの供給を停止し、
前記原料溶液の供給を停止し、
前記溶媒のみを前記気化室内に導入してパージし、
前記原料溶液の供給を再開し、
前記第1温度Tが所定の値に回復した後、前記反応チャンバへの原料ガスの供給を再開することを特徴とする。
【0016】
請求項8に記載の発明は、請求項7に記載の薄膜の形成方法において、前記原料溶液の供給を停止し、前記溶媒のみを前記気化室内に導入してパージする際、
前記原料溶液の流量を徐々に減少させるとともに、前記溶媒の流量を徐々に増加させることにより全体流量を一定に保つことを特徴とする。
【0017】
請求項9に記載の発明は、請求項7又は8に記載の薄膜の形成方法において、前記第1温度Tが所定の値に回復しない場合には、当該CVD装置の操業を停止して前記気化器のメンテナンスを行うことを特徴とする。
【0018】
請求項10に記載の発明は、請求項7から9の何れか一項に記載の薄膜の形成方法により、長尺のテープ状基材の表面に超電導体薄膜を形成することを特徴とする超電導線材の製造方法である。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、気化器における気化状態の異常をすばやく検出することができるので、速やかに正常な気化状態に回復させることが可能となる。これにより、反応チャンバに安定した原料ガスを供給することができるので、気化器における気化状態の異常により良質な薄膜の形成が阻害されるのを回避することができる。したがって、超電導体等からなる薄膜を均一に形成することができ、さらには長尺のテープ状基材に連続して成膜する場合にも好適である。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】実施形態に係る気化器の概略構成を示す断面図である。
【図2】気化状態の異常検出の原理を説明するための図である。
【図3】気化器を備えた溶液気化型のCVD装置の概略構成を示す図である。
【図4】気化状態に異常が検出されたときにTHFでパージすることにより正常な気化状態に回復できた場合の作業手順、第1温度Tの変動及び成膜された超電導体薄膜のI特性の一例について示す図である。
【図5】気化状態に異常が検出されてもTHFでパージせずに気化状態を回復させなった場合の作業手順、第1温度Tの変動及び成膜された超電導体薄膜のI特性の一例について示す図である。
【図6】気化状態に異常が検出されたときにTHFでパージしても正常な気化状態に回復できず、メンテナンスを行った場合の作業手順、第1温度Tの変動及び成膜された超電導体薄膜のI特性の一例について示す図である。
【図7】気化状態に異常が検出されたときにTHFによるパージで気化状態の回復を試みた場合の作業手順、第1温度Tの変動及び成膜された超電導体薄膜のI特性の一例について示す図である。
【図8】気化器の変形例について示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する。
図1は、実施形態に係る気化器10の概略構成を示す断面図である。図1に示すように、気化器10は、気化室11、導入部12、円筒型ヒータ13、導出部14を備えて構成されている。
気化室11は、上下面を閉塞された中空円筒体であり、上壁に導入部12が設けられ、底壁に導出部14が設けられている。
導入部12は、原料供給部30から供給された原料溶液を気化室11内に導入する。具体的には、先端に噴霧ノズルを有し、この噴霧ノズルから気化室11内に向けて原料溶液を噴霧する。
【0022】
ヒータ13は、気化室11の外周を囲繞する円筒形状を有し、発熱体131をマッフル材(断熱材)132で覆った構成とされている。発熱体131は、後述する第2温度Tが設定温度で一定となるように出力が制御され、気化室11の壁体を所定の温度に加熱・保持する。
導出部14は、気化室11の底壁の略中央に設けられた導出口であり、気化室11において気化された原料ガスを反応チャンバ20に導出する。また、導出部14には、排気・排液用のベントライン17が接続されており、気化室11内の不要なガスを排気できるようになっている。
なお、導出部14の配置箇所は気化室11の底壁に限定されず、側壁に設けるようにしてもよい。また、ベントライン17は、導出部14からT字型に分岐する形態に限定されず、不要なガスを導出部14の近傍から排気できる形態であればよい。例えば、気化室11の側壁下部に設けてもよいし、気化室11の底壁に導出部14と並んで設けてもよい。
【0023】
本実施形態の気化器10は、さらに、第1温度センサ15と第2温度センサ16を備えている。第1温度センサ15及び第2温度センサ16は、例えば熱電対で構成される。
第1温度センサ15は、例えば発熱体131にできるだけ近い部位に配置され、その部位の温度、すなわち発熱体131の近傍の温度(第1温度)Tを測定する。第2温度センサ16は、例えば気化室11の外壁表面に接触するように配置され、その部位の温度、すなわち発熱体131によって加熱される気化室11の対応部分の温度(第2温度)Tを測定する。
【0024】
また、第1温度センサ15と第2温度センサ16は、発熱体131の高さ方向の中央で、同じ高さとなるように、すなわち同一径方向で距離L(例えば8mm)だけ離間して配置されている。第1温度センサ15及び第2温度センサ16により径方向に異なる2箇所の温度T,Tを計測することで、その温度差に基づいて、発熱体131から気化室11に向かう熱伝達経路における熱流量をモニタすることができる。
【0025】
気化室11内において、原料の分解や気化室11の内壁への付着等の異常反応が生じると、反応熱が発生する。また、気化室11の内壁に原料が付着すると、内壁の熱伝導率が徐々に変化する。このように、反応熱が発生したり、気化室11の内壁の熱伝導率が変化したりして、気化室11内で熱変動が生じると、第2温度Tが変動する。
このとき、第2温度Tを一定(設定温度±3℃以内)に保持するために、気化室11内の熱変動(反応熱の発生や反応室11の熱伝導率の変化)を補償すべく、発熱体131の出力が制御される。例えば、気化室11内の熱変動により第2温度Tが設定温度よりも低くなると発熱体131の出力が増大され、第2温度Tが設定温度よりも高くなると発熱体131の出力が減少される。第1温度(発熱体131の近傍の温度)Tは発熱体131の出力に応じて刻々と変化することとなる。
【0026】
ここで、発熱体131から気化室11に向かう熱伝達経路における熱流量Q(M−b)は下式(1)で与えられる。
(M−b)=k・A・(T−T)/L ・・・(1)
k:熱伝達経路における等価熱伝導率
A:伝熱面積
L:第1温度センサ15と第2温度センサ16の距離
【0027】
気化室11内の熱変動を補償するために発熱体131の出力が制御された結果、第1温度TがTM1からTM2に変化していれば、式(1)より熱流量は
ΔQ(M−b)=k・A・(TM2−TM1)/L ・・・(2)
だけ変動したことになる。すなわち、図2に示すように、第1温度Tの変動量(TM2−TM1)を検出することによって、熱流量の変動ΔQ(M−b)を評価でき、気化室11内の熱変動を監視できる。
【0028】
気化室11内の熱変動は気化状態の変化に起因するので、第1温度センサ15により発熱体131の近傍の第1温度Tを測定(その場測定)することによって、気化室11内の気化状態の変化を監視でき、気化状態の異常を検出できることになる。例えば、正常な気化状態における第1温度Tを基準温度Tとして予め取得しておき、この基準温度Tと薄膜形成中に測定された第1温度Tの差(基準温度Tに対する第1温度Tの変動量)が所定値以上となった場合に、気化状態が異常であると判断する。
【0029】
なお、異常と判断する第1温度Tの変動量は、気化室11の容量やサイズ、発熱体131の位置、発熱体131と第1温度センサ15の距離などによって適宜設定される。
本実施形態では、これらの影響因子と実験結果を考慮したうえで、第1温度Tの変動量が±5℃以上となった場合に気化状態が異常であると判断する。例えば、図2において、第1温度TM1(=260℃)を基準温度Tとすれば、第1温度TがTM2(=270℃)となった場合には、変動量が10℃となるので、気化状態が異常であると判断される。
【0030】
図3は、気化器10を備えた溶液気化型のCVD装置の概略構成を示す図である。ここでは、Y系超電導体薄膜を成膜する場合に用いられるCVD装置の一例について示している。
図3に示すように、CVD装置1は、気化器10、反応チャンバ20、原料溶液供給部30を備えて構成されている。原料溶液供給部30は、原料溶液を貯留する原料容器31〜33と、溶媒を貯留する溶媒容器34とを備えている。原料容器31〜33には、それぞれ溶媒であるTHFにイットリウム(Y)、バリウム(Ba)、銅(Cu)のDPM錯体を溶解させたY(DPM)3/THF,Ba(DPM)2/THF,Cu(DPM)2/THFが貯留されている。また、溶媒容器34には、溶媒であるTHFが貯留されている。
【0031】
CVD装置1において、原料容器31〜33に貯留されている原料溶液又は溶媒容器34に貯留されているTHFは、Heなどの不活性ガスにより容器内の圧力を上昇させることで容器外へ圧送される。原料溶液及び溶媒の流量は、流量計によって調整される。そして、原料溶液輸送管35において、原料溶液Y(DPM)3/THF,Ba(DPM)2/THF,Cu(DPM)2/THFが所定比で混合される。
混合された原料溶液は、Ar等の噴霧用ガスと合流して気化器10に導入され、噴霧ノズルから噴霧される。そして、気化器10の内壁に衝突して瞬時に気化され、この気化ガスが図示しないO2ガスとともに原料ガスとして反応チャンバ20に供給される。反応チャンバ20に導入された原料ガスが基材表面に供給され化学反応することでY系超電導体薄膜が形成される。
なお、原料溶液輸送管35の形態は、Y、Ba、Cuの原料溶液とTHFがそれぞれ所定の比率で混合されて気化器10に送られる形態であればよい。例えば、前記3種類の原料溶液をそれぞれ独立して輸送可能に構成し、Ar等の噴霧用ガスと合流する部分で混合されるような形態でもよい。この場合、それぞれの原料溶液の輸送管にTHFが供給される構成とし、原料溶液とTHFの混合液が輸送されるようにする。
【0032】
このY系超電導体薄膜の形成工程では、基準温度Tに対する第1温度Tの変動量に基づいて気化器10における気化状態を常時監視する。
基準温度Tに対する第1温度Tの変動量が所定値(例えば±5℃)以上になると、気化室11内の気化状態が異常であると判断し、気化器10からの導出経路をベントライン17側に切り替えて反応チャンバ20への原料ガスの供給を停止する。すなわち、原料の分解等により気化室11内で熱変動が生じ、気化状態の異常が検出された場合には、気化状態の安定していない原料ガスが反応チャンバ20に導入されるのを遮断して、基材表面での成膜を停止するようにしている。
【0033】
次に、気化器10への原料溶液の供給を停止し、THFのみを気化室11内に導入して所定時間(例えば40min)パージする。これにより、気化室11の内壁に付着している固体原料等が除去されるので、正常な気化状態に回復できる。
このとき、原料溶液の流量を徐々に減少させるとともに、THFの流量を徐々に増加させることにより全体の流量を一定に保つようにするのが望ましい。気化器10に導入される流量が急激に変化すると、気化器10に原料溶液及び溶媒を導入する配管が詰まったり、気化室11内の圧力が急激に変動したりして、気化状態がさらに悪化する虞があるためである。
THFによりパージした後、気化器11への原料溶液の供給を再開する。そして、第1温度Tが所定の値(基準温度±5℃)に回復したことを確認した後、反応チャンバ20への原料ガスの供給を再開する。
【0034】
図4は、気化状態に異常が検出されたときにTHFでパージすることにより正常な気化状態に回復できた場合の作業手順、第1温度Tの変動及び成膜された超電導体薄膜のI特性の一例について示す図である。
図4に示す例では、気化器10において第2温度Tが210℃で一定にとなるように発熱体131の出力を制御した。このとき、正常な気化状態における第1温度Tは260℃であった。そこで、基準温度Tを260℃とし、第1温度Tが基準温度Tに対して±5℃以上変動したとき(すなわち265℃以上又は255℃以下となったとき)に、気化状態が異常であると判断した。
【0035】
図4に示すように、第1温度Tは、運転時間が23.5時間となった時点で260℃より上昇し始め、23.8時間となった時点で265℃となった。この時点で、気化状態が異常になっていると判断し、気化器10からの導出経路をベントライン17側に切り替えて反応チャンバ20への原料ガスの供給を停止した。
そして、気化器10への原料溶液の供給を停止し、THFのみを気化室11内に導入して0.7時間パージした。THFによりパージした後、気化器10への原料溶液の供給を再開した。第1温度Tが260℃に回復したことを確認した後、反応チャンバ20への原料ガスの供給を再開した。
【0036】
また、第1温度Tは、運転時間が27.5時間となった時点で260℃より上昇し始め、27.8時間となった時点で265℃となったので、上記と同様にしてTHFによるパージを行った。そして、THFによりパージした後、気化器10への原料溶液の供給を再開し、第1温度Tが260℃であること(気化状態が回復したこと)を確認し、反応チャンバ20への原料ガスの供給を再開した。
このようにして正常な気化状態の下で成膜されたY系超電導体薄膜は、Ic特性が約200Aでほぼ均一となり、良好な超電導特性を有することが確認された。
【0037】
図5は、気化状態に異常が検出されてもTHFでパージせずに気化状態を回復させなった場合の作業手順、第1温度Tの変動及び成膜された超電導体薄膜のI特性の一例について示す図である。
図5に示す例では、気化器10において第2温度Tが210℃で一定にとなるように発熱体131の出力を制御した。
【0038】
図5に示すように、第1温度Tは、運転時間が23.5時間となった時点で260℃より上昇し始め、23.8時間となった時点で265℃となった。この時点で、気化状態が異常になっていると判断できるが、そのままY系超電導体薄膜の形成を継続したところ、第1温度Tは275℃付近まで上昇した。
気化状態の異常が検出されて以降に成膜されたY系超電導体薄膜は、Ic特性が約70以下となり、著しく低下していた。気化状態が異常となっていることにより、反応チャンバ20に安定した原料ガスが供給されず、形成されたY系超電導体薄膜の組成がずれたためと考えられる。
【0039】
上述したように、気化状態の異常が検出されたときには、THFによるパージを行うことで、気化室11の内壁に付着している固体原料等を効率よく除去して、気化状態を回復させることができる。
しかしながら、気化室11の内壁に固体原料等が強固に付着するなどして、期待通りに気化状態を回復できない場合もある。この場合は、CVD装置1の操業を停止させ、メンテナンスを行うのが望ましい。具体的には、気化器10を分解して気化室11の内壁を清掃し、付着物を除去する。
そして、メンテナンスした後、気化器11への原料溶液の供給を再開し、反応チャンバ20への原料ガスの供給を再開する。基準温度Tに対する第1温度Tの変動量に基づいてTHFによるパージだけでは気化状態を回復できないことを容易に確認でき、この場合にはメンテナンスすることで正常な気化状態に効率よく回復することができる。
【0040】
図6は、気化状態に異常が検出されたときにTHFでパージしても正常な気化状態に回復できず、メンテナンスを行った場合の作業手順、第1温度Tの変動及び成膜された超電導体薄膜のI特性の一例について示す図である。
図6に示す例では、気化器10において第2温度Tが210℃で一定にとなるように発熱体131の出力を制御した。また、基準温度Tを260℃とし、第1温度Tが基準温度Tに対して±5℃以上変動したときに、気化状態が異常であると判断した。
【0041】
図6に示すように、第1温度Tは、運転時間が23.5時間となった時点で260℃より上昇し始め、23.8時間となった時点で265℃となった。この時点で、気化状態が異常になっていると判断し、気化器10からの導出経路をベントライン17側に切り替えて反応チャンバ20への原料ガスの供給を停止した。
そして、気化器10への原料溶液の供給を停止し、THFのみを気化室11内に導入して0.7時間パージした。THFによりパージした後、気化器10への原料溶液の供給を再開したが、第1温度Tは270℃より高く気化状態の回復が認められなかったので、CVD装置1の操業を停止して、メンテナンスを行った。
【0042】
メンテナンスした後、気化器11への原料溶液の供給を再開し、反応チャンバ20への原料ガスの供給を再開した。メンテナンス後の第1温度Tは260℃であり、正常な気化状態に回復していた。
このようにして正常な気化状態の下で成膜されたY系超電導体薄膜は、Ic特性が約200Aでほぼ均一となり、良好な超電導特性を有することが確認された。
【0043】
図7は、気化状態に異常が検出されたときにTHFによるパージで気化状態の回復を試みた場合の作業手順、第1温度Tの変動及び成膜された超電導体薄膜のI特性の一例について示す図である。
図7に示す例では、気化器10において第2温度Tが210℃で一定にとなるように発熱体131の出力を制御した。また、基準温度Tを260℃とし、第1温度Tが基準温度Tに対して±5℃以上変動したときに、気化状態が異常であると判断した。
【0044】
図7に示すように、第1温度Tは、運転時間が23.5時間となった時点で260℃より上昇し始め、23.8時間となった時点で265℃となった。この時点で、気化状態が異常になっていると判断し、気化器10からの導出経路をベントライン17側に切り替えて反応チャンバ20への原料ガスの供給を停止した。
そして、気化器10への原料溶液の供給を停止し、THFのみを気化室11内に導入して0.7時間パージした。THFによりパージした後、気化器10への原料溶液の供給を再開したが、第1温度Tは270℃より高く気化状態の回復が認められなかったので、THFによるパージを再度行った。その後も何度かTHFによるパージを行ったが、第1温度Tは275℃付近で一定となり、気化状態は異常のままであった。
気化状態の異常が検出されて以降に成膜されたY系超電導体薄膜は、Ic特性が約70以下となり、著しく低下していた。気化状態が異常となっていることにより、反応チャンバ20に安定した原料ガスが供給されず、形成されたY系超電導体薄膜の組成がずれたためと考えられる。
【0045】
このように、実施形態の気化器10は、発熱体131の近傍の第1温度Tを測定する第1温度センサ15と、発熱体131によって加熱される気化室11の対応部分の第2温度Tを測定する第2温度センサ16と、を備えている。そして、発熱体131の出力は、第2温度Tbが一定となるように制御される。
気化器10によれば、第1温度センサ15によるその場測定により気化状態の異常を簡単に検出することができるので、速やかに正常な気化状態に回復させることが可能となる。
【0046】
また、実施形態に係るCVD装置1及び薄膜の形成方法によれば、反応チャンバ20に安定した原料ガスを供給することができるので、気化器10における気化状態の異常により良質な薄膜の形成が阻害されるのを回避することができ、薄膜を均一に形成することができる。
【0047】
さらに、長尺のテープ状基材の表面に超電導体薄膜を形成する場合においては、気化状態の異常が検出されたときに成膜を一端停止し、気化状態を回復させてから成膜を再開するので、テープ状基材に連続して均一な超電導体薄膜を形成することができる。したがって、良好なIc特性を有する超電導線材を製造できる。
【0048】
以上、本発明者によってなされた発明を実施形態に基づいて具体的に説明したが、本発明は上記実施形態に限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲で変更可能である。
例えば、上記実施形態では、気化器10のヒータ13が1つの発熱体131を有する構成について示したが、図8に示すように、ヒータ13が複数の発熱体131a〜131cを有する構成とし、これらを個別に温度制御できるようにしてもよい。この場合、それぞれの発熱体131a〜131cに対応して、第1温度センサ151〜153及び第2温度センサ161〜163を配置する。
このような構成とすることで、固体原料が析出して付着しやすい気化室入口(上部)や出口(下部)を独立して温度制御することができるとともに、気化器10における気化状態をより正確に監視することができる。
【0049】
また例えば、上記実施形態では、第1温度Tを気化状態の異常を検出するためのモニタ用とし、第2温度Tを定温制御用としているが、第1温度Tを定温制御用とし、第2温度Tを気化状態の異常を判断するためのモニタ用とすることもできる。
この場合には、気化室11内で発生する熱変動を敏感に検出できるが、気化器内壁に徐々に生じる原料付着の検出は困難である。また、気化状態の異常を検出するだけでなく、極力安定な気化状態を保つためには、実施形態のように気化室11に近い部位を温度制御点とし、気化室11の温度を一定に保持することが望ましい。
【0050】
上記実施形態では、圧送用ガスとしてHeを用いた例を示したが、ArやN等の不活性ガスを用いることができる。同様に、噴霧用ガスとしてArの代わりにHeやN等の不活性ガスを用いることができる。
また、溶媒としてTHFを用いた例を示したが、キシレン、アルコール類、エーテル類、ケトン類、アミン類等、沸点100℃以下、かつ炭化水素類の有機溶剤を用いることができる。具体的には、ジエチルエーテル、ジエチルケトン、エタノール、テトラグリム(テトラグライム)、2,5,8,11,14−ペンタオキサペンタデカン等を適用できる。
【0051】
また、上記実施形態では、Y系超電導体薄膜を形成する場合について説明したが、本発明は、蒸気圧が低く常温固体である原料を使用してMOCVD法により薄膜を形成する場合に共通して適用できる技術である。例えば、固体原料として、酸素原子を介して金属原子と有機基とが結合した有機金属原料を使用する場合に適用できる。ここで、有機基は、アセチルアセトネート、ジピバロイルメタネート、アルコキシド、ヘキサフルオロアセチルアセトネート、ペンタフルオロプロパノイルピバロイルメタネートのいずれかであればよい。
また、チタン酸バリウムやチタン酸ストロンチウムのような強誘電体の薄膜を形成する際の原料としては、バリウムジピバロイルメタネート「Ba(DPM)2」、ストロンチウムジピバロイルメタネート「Sr(DPM)2」、ビス(ジピバロイルメタネート)ジイソプロポキシチタニウム「Ti(iPrO)2(DPM)2」等が挙げられる。また、TTIP(Titanium Tetra Isopropoxide「Ti(OC374」)等をTHFに溶解させた原料でもよい。
【0052】
今回開示された実施の形態はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0053】
1 CVD装置
10 気化器
11 気化室
12 導入部
13 ヒータ
14 導出部
15 第1温度センサ
16 第2温度センサ
20 反応チャンバ
30 原料溶液供給部
131 発熱体
132 マッフル材(断熱材)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
気化室と、
前記気化室内に原料溶液を導入する導入部と、
前記気化室において気化された原料ガスを外部に導出する導出部と、
前記気化室の外周に設けられ、発熱体により前記気化室を加熱するヒータと、を備えた気化器において、
前記発熱体の近傍の第1温度Tを測定する第1温度センサと、
前記発熱体によって加熱される前記気化室の対応部分の第2温度Tを測定する第2温度センサと、を設け、
前記発熱体の出力は、前記第2温度Tが一定となるように制御されることを特徴とする気化器。
【請求項2】
前記ヒータは、前記気化室の外周に多段に配置された個別に温度制御可能な複数の発熱体を有し、
前記複数の発熱体のそれぞれに対応して、前記第1温度センサ及び前記第2温度センサが設けられていることを特徴とする請求項1に記載の気化器。
【請求項3】
前記気化室及び前記ヒータは同心円上に配置され、
前記第1温度センサと前記第2温度センサは、同一径方向で離間して配置されていることを特徴とする請求項1又は2に記載の気化器。
【請求項4】
請求項1から3の何れか一項に記載の気化器と、
固体原料を溶媒に溶解した原料溶液を前記気化器に供給する原料溶液供給部と、
前記気化器によって気化された原料ガスを基材表面に供給し化学反応させることにより薄膜を形成する反応チャンバと、を備えることを特徴とするCVD装置。
【請求項5】
請求項1から3の何れか一項に記載の気化器における気化状態の監視方法であって、
前記第1温度Tの変動量に基づいて、気化状態が異常であるか否かを判断することを特徴とする気化状態の監視方法。
【請求項6】
基準温度に対する前記第1温度Tの変動量が所定値以上となったときに、気化状態が異常になったと判断することを特徴とする請求項5に記載の気化状態の監視方法。
【請求項7】
請求項4に記載のCVD装置を用い、前記気化器において前記第2温度Tが一定となるようにヒータの出力を制御することにより原料溶液を気化させ、この気化された原料ガスを前記反応チャンバに供給し、基材表面で化学反応させることにより薄膜を形成する方法において、
基準温度に対する前記第1温度Tの変動量が所定値以上となったときに、気化状態が異常になったと判断し、
気化状態が異常になったと判断した場合に、前記反応チャンバへの原料ガスの供給を停止し、
前記原料溶液の供給を停止し、
前記溶媒のみを前記気化室内に導入してパージし、
前記原料溶液の供給を再開し、
前記第1温度Tが所定の値に回復した後、前記反応チャンバへの原料ガスの供給を再開することを特徴とする薄膜の形成方法。
【請求項8】
前記原料溶液の供給を停止し、前記溶媒のみを前記気化室内に導入してパージする際、
前記原料溶液の流量を徐々に減少させるとともに、前記溶媒の流量を徐々に増加させることにより全体流量を一定に保つことを特徴とする請求項7に記載の薄膜の形成方法。
【請求項9】
前記第1温度Tが所定の値に回復しない場合には、当該CVD装置の操業を停止して前記気化器のメンテナンスを行うことを特徴とする請求項7又は8に記載の薄膜の形成方法。
【請求項10】
請求項7から9の何れか一項に記載の薄膜の形成方法により、長尺のテープ状基材の表面に超電導体薄膜を形成することを特徴とする超電導線材の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2011−122223(P2011−122223A)
【公開日】平成23年6月23日(2011.6.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−282414(P2009−282414)
【出願日】平成21年12月14日(2009.12.14)
【出願人】(000005290)古河電気工業株式会社 (4,457)
【Fターム(参考)】